説明

メタボリックシンドローム予防又は治療薬

【課題】 メタボリックシンドロームの予防又は治療に用いることができる11β−HSD1発現抑制薬、それを用いた内臓脂肪型肥満を伴うメタボリックシンドロームの予防又は治療薬を提供する。
【解決手段】 フィブラート系薬剤を有効成分とする内臓脂肪型肥満を伴うメタボリックシンドロームの予防又は治療薬、フィブラート系薬剤を有効成分とする11β−HSD1発現抑制薬、及びフィブラート系薬剤を有効成分とする肥満症の予防又は治療薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタボリックシンドロームの予防又は治療薬に関するものである。さらに詳しく述べれば、本発明は、フィブラート系薬剤を有効成分として含有する1型11β−ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼの過剰発現によるメタボリックシンドロームの予防又は治療薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
メタボリックシンドロームは、内臓脂肪蓄積を背景とした高トリグリセライド・低HDL−コレステロール血症、糖代謝異常、高血圧等の危険因子を合併する病態である。それぞれが軽度でも、合併することにより動脈硬化性疾患を発症する危険性が高くなることから、動脈硬化性疾患のハイリスク群として注目されている。WHOは、2型糖尿病、耐糖能異常及びインスリン抵抗性のうち少なくとも1つの症状を示し、かつ高血圧、肥満症、脂質代謝異常(高トリグリセライド血症・低HDL-コレステロール血症)及び微量アルブミン尿のうち少なくとも2つの症状を示す場合をメタボリックシンドロームと定義している。
【0003】
また、NCEP ATP III(National Cholesterol Education Program: Adult Treatment Panel III,16,2001)では、下記基準の3項目以上当てはまる場合、メタボリックシンドロームと診断する。
【0004】
【表1】

【0005】
メタボリックシンドロームの治療には、現在、個々の危険因子に対する薬物療法が試みられている。すなわち、高トリグリセライド・低HDL−コレステロール血症にはフィブラート系又はスタチン系薬剤;糖代謝異常にはスルホニルウレア系薬剤、速効型インスリン分泌促進薬、α−グルコシダーゼ阻害薬又はインスリン抵抗性改善薬;高血圧にはアンギオテンシン変換酵素阻害薬又はアドレナリンα受容体拮抗薬等が用いられている。しかしながら、メタボリックシンドロームの背景疾患である内臓脂肪型肥満に対しては、運動療法や食事療法が主であり、薬物療法としては中枢性の食欲抑制剤が使用されているにすぎない。
【0006】
従来、肥満とペルオキシゾーム増殖因子活性化受容体(Peroxizome Proliferator Activated Receptor;以下「PPAR」という。)との関係が注目されてきた(非特許文献1参照)。PPARはリガンド応答性転写因子であり、グルココルチコイド、アンドロゲン、プロゲステロン、ミネラルコルチコイド、エストロゲン、活性化ビタミンD等をリガンドとする核内受容体ファミリーに属し、PPARα、γ及びδのサブタイプが存在する。
【0007】
PPARαは、肝臓、心筋、消化管、血管内皮細胞、大動脈平滑細胞、マクロファージ及びリンパ球等で発現し、肝臓における脂肪酸β酸化亢進及びリポプロテインリパーゼ(LPL)活性化等の脂質異化作用に関連している。
PPARγは、脂肪細胞等で発現し、脂肪組織における脂肪細胞分化及び脂肪合成促進等の脂質同化作用に関連している。
PPARδは、骨格筋等で発現し、脂肪酸酸化の活性化に関連している。
【0008】
近年、メタボリックシンドロームを脂肪細胞機能異常症として捉えるアプローチの中から、脂肪細胞におけるグルココルチコイド作用の異常な活性化機構が明らかになってきた。細胞内でグルココルチコイドを活性化する変換酵素、1型11β−ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(以下「11β−HSD1」という。)の脂肪細胞における活性は肥満度に応じて上昇し、インスリン抵抗性指標ともよく相関する。また、脂肪細胞の11β−HSD1酵素活性や遺伝子発現レベルは糖尿病治療薬のチアゾリジン誘導体等のインスリン感受性増強薬で代表されるPPARγアゴニストによって、顕著に抑制されることから、脂肪細胞におけるPPARγの標的分子として11β−HSD1の意義が注目されている(非特許文献1)。
【0009】
11β−HSD1を過剰発現するトランスジェニックマウス(aP2HSD1マウス)は、肥満者に相当する酵素活性の上昇を示し、メタボリックシンドロームの主要な要素を有することは知られている。このマウスは遺伝性肥満ob/obマウス又は重症肥満者と同程度に11β−HSD1が上昇しており、普通食飼育下、対照マウスよりも約15%の体重増加を認め、脂肪組織の中でも特に腸間膜脂肪組織重量の増加が顕著である(非特許文献2)。
【0010】
一方、11β−HSD1ノックアウトマウスは、ストレス負荷や高脂肪食負荷に対する肝臓の糖新生酵素群の誘導が起こらず、糖尿病の発症に対して明らかな抵抗性を示し、脂肪異化に関与する分子群とこれらの発現を制御する転写因子の肝臓における発現が明らかに増加している。また、高脂肪食負荷及びob/obマウスとの交配によって誘導される内臓脂肪組織の蓄積及び代謝異常の発症が抑制され、メタボリックシンドロームになりにくいことが知られている(非特許文献3)。
【0011】
したがって、11β−HSD1はメタボリックシンドロームの発症の主要な因子の一つであり、この作用を抑制する薬物はメタボリックシンドロームの予防又は治療薬として用いることができる。
【0012】
ところで、フィブラート系薬剤の作用機序は多様であり、個々の医薬について固有の特性を有するが、いずれもPPARαに対するリガンドとしての作用は共通している。しかしながら、フィブラート系薬剤の11β−HSD1に対する作用、特にフィブラート系薬剤の組織11β−HSD1に対する作用については知られていない。
【0013】
最近、ベザフィブラートがメタボリックシンドローム患者における心筋梗塞発症を抑制することが報告された(非特許文献4参照)。しかしながら、この報告は複雑なメタボリックシンドロームのうちの一症状を抑制するという対症療法に関するものであり、背景疾患である内臓型肥満を治療することによりメタボリックシンドロームを根本的に治療するというものではない。
【非特許文献1】Masuzaki H.ら,Cureent Drug Targets-Immune, Endocrine & Metabolic Disorders,2003年,第3巻,p. 255−262
【非特許文献2】Masuzaki H.ら, Science,2001年,第294巻,2166−2170頁
【非特許文献3】Morton N.M.ら,Diabetes ,2004年,第53巻,931−938頁
【非特許文献4】Alexander Tenenbaumら, Arch Intern Med.,2005年,第165巻, 1154−1160頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、メタボリックシンドロームの予防又は治療に用いることができる11β−HSD1発現抑制薬、それを用いた内臓脂肪型肥満を伴うメタボリックシンドロームの予防又は治療薬を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討した結果、フィブラート系薬剤が優れた11β−HSD1の発現抑制活性を示すこと、特にフィブラート系薬剤のうちベザフィブラートが腸間膜脂肪組織において11β−HSD1の発現抑制効果を示すことを見出し、本発明を完成させた。
【0016】
すなわち、本発明の要旨は、フィブラート系薬剤を有効成分とする内臓脂肪型肥満を伴うメタボリックシンドロームの予防又は治療薬、フィブラート系薬剤を有効成分とする11β−HSD1発現抑制薬、及びフィブラート系薬剤を有効成分とする肥満症の予防又は治療薬、に存する。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る予防又は治療薬は、優れた11β−HSD1の発現抑制活性を有するので、内臓脂肪型肥満症を伴うメタボリックシンドローム等の疾患に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
フィブラート系薬物としては、例えば、ベザフィブラート、ベクロブラート、ビニフィブラート、シプロフィブラート、クリノフィブラート、クロフィブラート、クロフィブラートアルミニウム、クロフィブリン酸、エトフィブラート、フェノフィブラート、ゲムフィブロジル、ニコフィブラート、ピリフィブラート、ロニフィブラート、シムフィブラート、テオフィブラート、AHL−157等が挙げられる。
【0019】
本発明に係る予防又は治療薬の剤形としては、例えば、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤等の経口投与剤が挙げられる。これらの経口投与剤は、例えば錠剤の場合、有効成分に必要な賦形剤、崩壊剤、滑沢剤等を加え、常法により打錠して製造することができる。また、有効成分の投与量は、患者の年齢、体重及び疾患の程度等により適宜決定することができる。ベザフィブラートでは、成人1日当たり、通常100〜1000mg、好ましくは400〜600mgの範囲で投与する。
【実施例】
【0020】
本発明の内容を以下の実施例及び試験例でさらに詳細に説明するが、本発明はその内容に限定されるものではない。
【0021】
(実施例1)
2型糖尿病モデルマウスである遺伝的レプチン受容体欠損マウス(BKS.Cg−+Leptdb/+Leptdb/Jclマウス;以下db/dbマウス)及びその正常対照マウス(BKS.Cg−m+/+Leptdb/Jclマウス)に1%メチルセルロース溶液(病態コントロール群)、ベザフィブラート100mg/kg又は300mg/kg、フェノフィブラート300mg/kgを1日1回8週間経口反復投与した。反復投与開始8週間後に尾静脈より採血を行い、血液中のグルコヘモグロビン値、血漿中グルコース濃度、トリグリセライド濃度及びHDL−コレステロール濃度を測定した。
測定結果を図1に示す。
【0022】
ベザフィブラート及びフェノフィブラートは、いずれも8週間後のグルコヘモグロビン値及び血漿中トリグリセライド濃度を病態コントロール群に比較して有意に低下させ、血漿中HDL−コレステロール濃度を有意に増加させた。また、ベザフィブラートは、8週間後の血漿中グルコース濃度を病態コントロール群に比較して有意に低下させた。
したがって、ベザフィブラート及びフェノフィブラートはdb/dbマウスの糖尿病及び高脂血症を改善し、動脈硬化性疾患へのリスクを軽減することができる。
【0023】
(実施例2)
投与開始から8週間後、20%抱水クロラール(和光純薬工業株式会社)腹腔内投与による麻酔を施し、肝臓、骨格筋組織、腸間膜脂肪(内臓脂肪)組織及び皮下脂肪組織を摘出した。摘出した組織からRNA抽出試薬ISOGEN(株式会社ニッポンジーン)を用いてtotal RNAを抽出し、さらにRNeasy Micro Kit(株式会社キアゲン)を用いてtotal RNAを精製した。精製した肝臓、骨格筋組織、腸間膜脂肪組織又は皮下脂肪組織のtotal RNAを鋳型としたリアルタイムRT−PCRにより、各組織における11β−HSD1のmRNA発現量を定量した。反応はGeneAmp 5700 Sequence Detection System(Applied Biosystems)を用いた。
結果を図2に示す。
【0024】
ベザフィブラート及びフェノフィブラートは、肝臓における11β−HSD1の発現を病態コントロール群に比較して有意に抑制した。
フェノフィブラートは、骨格筋における11β−HSD1の発現を病態コントロール群に比較して有意に抑制した。
ベザフィブラートは、腸間膜脂肪における11β−HSD1の発現を病態コントロール群に比較して有意に抑制した。よって、ベザフィブラートは、内臓脂肪におけるグルココルチコイド作用の異常な活性化を改善し、内臓脂肪型肥満の予防又は治療に用いることができる。
また、ベザフィブラート及びフェノフィブラートは、いずれも皮下脂肪における11β−HSD1の発現に対する抑制効果を示さなかった。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】ベザフィブラート及びフェノフィブラートによるdb/dbマウスの糖尿病及び高脂血症改善効果を示したグラフである。棒グラフは,左から正常対照群,病態コントロール群,ベザフィブラート100mg/kg反復投与群、ベザフィブラート300mg/kg反復投与群、フェノフィブラート300mg/kg反復投与群の値の平均値及び標準誤差を示す。グラフ中の#印は正常対照群と病態コントロール群間の統計的有意差(5%未満)を示す。*印は病態コントロール群と統計的有意差(5%未満)があることを示す。(A)ベザフィブラート又はフェノフィブラート8週間反復投与後のグルコヘモグロビン値(%)を示したグラフである。(B)ベザフィブラート又はフェノフィブラート8週間反復投与後の血漿中グルコース濃度(mg/dL)を示したグラフである。(C)ベザフィブラート又はフェノフィブラート8週間反復投与後の血漿トリグリセライド濃度(mg/dL)を示したグラフである。(D)ベザフィブラート又はフェノフィブラート8週間反復投与後の血漿中HDL−コレステロール濃度(mg/dL)を示したグラフである。
【図2】ベザフィブラート及びフェノフィブラート反復投与後の各組織における11β−HSD1のmRNA発現量を定量した結果を示したグラフである。棒グラフは,左から正常対照群、病態コントロール群、ベザフィブラート100mg/kg反復投与群、ベザフィブラート300mg/kg反復投与群、フェノフィブラート300mg/kg反復投与群の11β−HSD1mRNA発現量を示す。縦軸は病態コントロール群のmRNA発現量を100%としたときの各群の発現量の平均値(%)及び標準誤差を示す。グラフ中の#印は正常対照マウスと病態コントロール群間の統計的有意差(5%未満)を示す。*印は病態コントロール群と統計的有意差(5%未満)があることを示す。(A)ベザフィブラート又はフェノフィブラート8週間反復投与後の肝臓における11β−HSD1の発現を示したグラフである。(B)ベザフィブラート又はフェノフィブラート8週間反復投与後の骨格筋組織における11β−HSD1の発現を示したグラフである。(C)ベザフィブラート又はフェノフィブラート8週間反復投与後の腸間膜脂肪組織における11β−HSD1の発現を示したグラフである。(D)ベザフィブラート又はフェノフィブラート8週間反復投与後の皮下脂肪組織における11β−HSD1の発現を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィブラート系薬剤を有効成分とする内臓脂肪型肥満を伴うメタボリックシンドロームの予防又は治療薬。
【請求項2】
フィブラート系薬剤を有効成分とする1型11β−ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼの発現抑制薬。
【請求項3】
フィブラート系薬剤を有効成分とする肥満症の予防又は治療薬。
【請求項4】
フィブラート系薬剤が、ベザフィブラートであることを特徴とする請求項3記載の予防又は治療薬。
【請求項5】
肥満症が、内臓脂肪型肥満であることを特徴とする請求項4記載の予防又は治療薬。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−112720(P2007−112720A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−303264(P2005−303264)
【出願日】平成17年10月18日(2005.10.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第78回日本内分泌学会学術集会、社団法人日本内分泌学会主催(開催日2005年7月1日〜7月3日)
【出願人】(000104560)キッセイ薬品工業株式会社 (78)
【Fターム(参考)】