説明

メタンガス漏洩箇所の検知方法

【課題】 海底の水域環境下のメタンガスの漏洩箇所を検知する。
【解決手段】 メタン酸化細菌の増殖挙動及び/又はメタン酸化細菌の代謝反応をモニターすることによって、海底の水域環境下のメタンガスの漏洩箇所を検知する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタンを唯一の炭素源として生育できるメタン酸化細菌の増殖挙動や代謝反応によってメタンガスの漏洩箇所を検知する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メタンは無色無臭の気体であるため、人間の感覚では検知不可能である。一方、メタンは可燃性物質であるため漏洩が続くと火災や爆発を誘引する可能性があり危険である。また、メタンが大気中に放散し続けると温室効果をCOの数十倍で加速させる事が知られている。今迄は赤外方式のガスセンサーによって検出しているが、海底にガスセンサーを設置してモニタリングすることは不可能であった。また、ケーブルを用いる場合も深海底のような距離が長い場合には無理があった。
【0003】
又、テレビモニターにより海底からのガス気泡の湧出域を特定する方法も考えられている。しかし、水中で低温になるほど、また静水圧がかかるほど気体は水に溶解し易くなる。従って、海底の低温・高静水圧条件ではガス気泡として存在し得ないため、視覚的なモニタリングは適用できない。
【0004】
更に、陸起源のメタン酸化細菌は、海水の高塩濃度条件を始め、低温且つ高静水圧条件では、増殖できないため、モニタリングが不適であった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記メタンガス検出技術の問題点に鑑み、本発明が解決しようとする技術課題は以下のとおりである。
(1)海底の水域環境下でメタンを検出する技術の開発。
(2)海水中の低温・高静水圧条件下でガス気泡が溶解した状態において、溶存メタンを検出できる技術の開発。
(3)海底のメタン湧出箇所に、メタン酸化細菌をはじめとした微生物が増殖して形成したバクテリアマットによって、視覚的にも漏洩箇所の特定を可能とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、メタン酸化細菌をメタンガスのモニタリングに用いることによって、上記課題が解決されることを見出し、本発明に到達した。
【0007】
即ち、本発明は、海底の水域環境下のメタンガスの漏洩箇所を検知する方法の発明であり、(1)メタン酸化細菌の増殖挙動、(2)メタン酸化細菌の代謝反応をモニターすることによって、海底の水域環境下のメタンガスの漏洩箇所を検知する。
【0008】
前記メタン酸化細菌が海洋性メタン酸化細菌である場合には、メタン酸化細菌の増殖によって形成されるバクテリアマットの視覚的観察を行うことによって、直接的にモニターできる。これに対して、前記メタン酸化細菌が好気性メタン酸化細菌である場合には、海底より採取したサンプル中で該好気性メタン酸化細菌を増殖及び/又は代謝反応させることによって、間接的にモニターすることができる。
【0009】
又、前記メタン酸化細菌の増殖挙動及び/又はメタン酸化細菌の代謝反応のモニターを、メタン酸化細菌を固定したバイオセンサによって行うこともできる。
【0010】
前記メタン酸化細菌のモニター対象としては、(1)該メタン酸化細菌の増殖量、(2)該メタン酸化細菌が生じるメタン分解酵素(MMO:Methan Mono Oxygenase)量、(3)該メタン酸化細菌のメタン消費量、(5)該メタン酸化細菌の酸素消費量等が好ましく例示される。
【0011】
本発明のメタンガスの漏洩箇所を検知する方法は各種調査方法に用いられ、(1)海底のヘドロ堆積状況の調査方法、(2)海底のメタンハイドレート堆積状況の調査方法、(3)海底の天然ガス田ボーリング時の調査方法等が好ましく例示される。
【発明の効果】
【0012】
メタン酸化細菌をメタンガスのモニタリングに用いることによって、(1)海底の水域環境下でメタンを検出する技術の開発、(2)海水中の低温・高静水圧条件下でガス気泡が溶解した状態において、溶存メタンを検出できる技術の開発、(3)海底のメタン湧出箇所に、メタン酸化細菌をはじめとした微生物が増殖して形成したバクテリアマットによって、視覚的にも漏洩箇所の特定を可能とする等の効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
メタン酸化細菌は、
CH + 2O → CO + 2H
の反応によってエネルギーを得る。そこで、本発明は、メタンガスが漏洩し、かつ好気条件で酸素が存在すればメタン酸化細菌は増殖するという原理を用いるメタンの漏洩箇所を検知する方法である。
【0014】
ここで、本発明の適用を海底泥ヘドロの堆積状態の診断やメタンハイドレート賦存域からのメタンの湧出域、及び冷湧水性メタン湧出域の特定のように海底からメタンが湧出している地点のガス漏洩箇所の検知技術に応用する。そのために、海水の特性に応じた高塩濃度、低温、高静水圧に耐性のあるメタン酸化細菌をモニタリングに用いるところに特徴を有する。
【0015】
本発明に用いられるメタン酸化細菌としては特に限定されない。具体的には、メタン酸化細菌として、炭素資化にリブロース1リン酸経路(RuMP pathway)を利用するもの、セリン経路(Serine pathway)を利用するもの等を挙げることができる。
【0016】
上記RuMP経路メタン酸化細菌としては、例えば、単離株761、メチロバクター・ボビス(Methylobacter bovis)、メチロバクター・カプスラタス(Methylobacter capsulatus)メチロバクター・ウィテンブリイ(Methylobacter whittenburyi)、メチロバクター・ビネランディー(Methylobacter vinelandii)、メチロコッカス・カプスラタスBath(Methylococcus capsulatus Bath)、メチロモナス・アジル(Methylomonas agile)メチロバクター・アジリス(Methylobacter agilis)、メチロモナス・アルブスBG8(Methylomonas albus BG8)、メチロモナス・グラシリス(Methylomonas gracilis)、メチロモナス・ルテウス(Methylomonas luteus)、メチロモナス・メタニカ(Methylomonas methanica)、メチロモナス・ルブラ(Methylomonas rubra)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0017】
上記セリン経路メタン酸化細菌としては、例えば、メチロシスティス・エキノイデス(Methylocystis echinoides)、メチロシスティス・ミニムス(Methylocystis minimus)、メチロシスティス・パルブスOBBP(Methylocystis parvus OBBP)、メチロシスティス・ピリホルミス(Methylocystis pyriformis)、IMV B−3060株、メチロシヌス・メタニカ81Z(Methylosinus methanica 81Z)、メチロシヌス・スポリウム(Methylosinus sporium)、メチロシヌス・トリコスポリウムOB3b(Methylosinus trichosporium OB3b)、メチロシヌスsp.LAC株(Methylosinus sp. strain LAC)、メチロシヌスsp.B株(Methylosinus sp. strainB)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0018】
炭化水素資化能を有する他の微生物としては、例えば、上記メタン酸化細菌以外のメチロトローフ(含まれる炭素原子が1つの化合物を資化する細菌)が挙げられ、これにもRuMP経路メチロトローフ、セリン経路メチロトローフ等がある。
【0019】
上記RuMP経路メチロトローフとしては、例えば、上記RuMP経路メタン酸化細菌の他に、メチロバチルス・フラゲラツムKT1(Methylobacillus flagellatum KT1)、メチロバチルス・グリコゲネス(Methylobacillus glycogenes)、メチロモナス・メタノリカ(Methylomonas methanolica)、メチロモナス・メチロボラ(Methylomonas methylovora)、メチロフィルス・メチロトローフスAS1(Methylophilus methylotrophus AS1)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0020】
上記セリン経路メチロトローフとしては、例えば、上記セリン経路メタン酸化細菌の他に、メチロバクテリウム・エクストルクエンス(Methylobacterium extorquens)、メチロバクテリウム・オルガノフィルムXX(Methylobacterium organophilum XX)、メチロバクテリウム・ロデシアナム(Methylobacterium rhodesianum)、メチロバクテリウム・ロジナム(Methylobacterium rhodinum)、メチロバクテリウム・ザトマニイ(Methylobacterium zatmanii)、メチロバクテリウム・エクストルクエンスAM1(Methylobacterium extorquens AM1)、メチロバクテリウムsp.M27株(Methylobacterium sp. strain M27)、メチロバクテリウムsp.DM4株(Methylobacterium sp. strain DM4)、PK−1株、PR−6株等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0021】
以下、本発明を具体的に説明する。
海洋性メタン酸化細菌は、ヘドロ堆積物表層に棲息している。図1及び図2に、東京湾(試料ARA)及び函館港(試料HOK)の試料で培養された海洋性メタン酸化細菌の系統解析結果(16SrDNAクローニング解析)を示す。このことから、本発明の有効性が間接的に証明される。
【0022】
同上の海底泥表層(試料ARA及び試料HOK)を20℃海水で培養して、メタン消費量(図3、図5)を調べた所、約40μM/secの速度でメタンが消費された。又、その時のメタンの消費に伴うメタン酸化細菌の増殖との関係について速度論解析(図4、図6)を行った所、メタン酸化細菌の増殖量は
log10(全菌数) = 0.3 × (メタン消費量) + 7.343
の関係式で表せることが証明された。このことより、海底等にごく微量に溶解したメタンが湧出し続けると、メタン酸化細菌によって速やかに消費され、菌体増殖されることが分かる。
【0023】
メタンを唯一の炭素源とした海水を用いて試験管で上記試料を培養した所、図7に示すように、東京湾(試料ARA)及び函館港(試料HOK)の試料ともに、明らかにメタン酸化細菌群と思われる微生物の増殖に依って試験管内に白濁した凝集細胞が確認された。すなわち、海底等のメタン湧出域では、メタン酸化細菌群の増殖によってバクテリアマットが形成されるため、視覚的なモニタリングが可能であることが分る。
【0024】
メタン酸化細菌が、温室効果を加速する海底からの湧出メタンを速やかに消費することで、地球環境の保全に貢献する。
【0025】
又、バイオセンサへの適用は、図3、図4に示したように、約40μM/secの速度でメタンが消費されることから、感度の高い反応が期待される。
【0026】
メタン酸化細菌はメタンを唯一の炭素源として増殖している微生物であり、酸素を用いて、
メタン → メタノール → ホルムアルデヒド
に変換し、最終的に二酸化炭素と水に変換する生化学反応を成立させている。この生化学反応式より、理論上メタン酸化細菌がメタンをエネルギー源として利用するために消費される酸素の割合は、メタン1molに対して、酸素2molである。従って、この酸素消費速度を測定することでモニタリングが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0027】
東京湾内などの海底泥や湖沼・河川などに堆積するヘドロは還元状態にあるためメタン生成古細菌によってメタンガスを生成する。メタンガスが湧出する海底表層の好気条件下では、前述のメタン酸化細菌が増殖する。そこで、メタン酸化細菌の消長や代謝反応をモニタリングすることで海底のヘドロの堆積状況やその分布状況を診断することが可能となる。
【0028】
同様に、深海底に賦存するメタンハイドレートの採取が商業段階に入った際には、地盤変形等によって海底からメタンが漏洩する可能性がある。ここでも、メタン酸化細菌をモニタリングすることによってその漏洩箇所を特定できる。
【0029】
更に、陸上の大深度地下に賦存する天然ガス田のボーリング時において、上記手法によりメタンの漏洩状況を診断することが出来る。
【0030】
以上のケース以外においても、メタンが漏洩し、かつ空気中の酸素が存在する場所において本発明が適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】東京湾の底泥表層試料(試料ARA)で培養された微生物の系統解析結果を示す。
【図2】函館港の底泥表層試料(試料HOK)で培養された微生物の系統解析結果を示す。
【図3】東京湾の海底泥表層(試料ARA)を20℃海水で培養して、メタン消費量を調べた図。
【図4】東京湾の海底泥表層(試料ARA)のメタンの消費に伴うメタン酸化細菌の増殖との関係について速度論解析を行った図。
【図5】函館港の海底泥表層(試料HOK)を20℃海水で培養して、メタン消費量を調べた図。
【図6】函館港の海底泥表層(試料HOK)のメタンの消費に伴うメタン酸化細菌の増殖との関係について速度論解析を行った図。
【図7】メタンを唯一の炭素源とした海水を用いて試験管で上記試料を培養した場合の写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メタン酸化細菌の増殖挙動及び/又はメタン酸化細菌の代謝反応をモニターすることによって、海底の水域環境下のメタンガスの漏洩箇所を検知する方法。
【請求項2】
前記メタン酸化細菌の増殖挙動及び/又はメタン酸化細菌の代謝反応のモニターが、メタン酸化細菌の増殖によって形成されるバクテリアマットの視覚的観察であることを特徴とする請求項1に記載のメタンガスの漏洩箇所を検知する方法。
【請求項3】
前記メタン酸化細菌の増殖挙動及び/又はメタン酸化細菌の代謝反応のモニターが、メタン酸化細菌を固定したバイオセンサによることを特徴とする請求項1又は2に記載のメタンガスの漏洩箇所を検知する方法。
【請求項4】
前記メタン酸化細菌のモニター対象が、該メタン酸化細菌の増殖量を指標とすることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のメタンガスの漏洩箇所を検知する方法。
【請求項5】
前記メタン酸化細菌のモニター対象が、該メタン酸化細菌が生じるメタン分解酵素(MMO:Methan Mono Oxygenase)量を指標とすることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のメタンガスの漏洩箇所を検知する方法。
【請求項6】
前記メタン酸化細菌のモニター対象が、該メタン酸化細菌のメタン消費量を指標とすることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のメタンガスの漏洩箇所を検知する方法。
【請求項7】
前記メタン酸化細菌のモニター対象が、該メタン酸化細菌の酸素消費量を指標とすることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のメタンガスの漏洩箇所を検知する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−67830(P2006−67830A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−252382(P2004−252382)
【出願日】平成16年8月31日(2004.8.31)
【出願人】(000206211)大成建設株式会社 (1,602)
【Fターム(参考)】