説明

モナコリンK生産性に優れた紅麹菌株

【課題】本発明は、モナコリンKの生産性が高い紅麹菌を提供する。
【解決手段】モナスカス・ピローサス(Monascus pilosus) NBRC4520を育種改良して得られる、モナコリンK生産性がより優れた紅麹菌株。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モナコリンKの生産能力に優れた紅麹菌株及び紅麹に関する。
【背景技術】
【0002】
紅麹は穀類にモナスカス属の菌株を繁殖させた麹で、中国、台湾などでは紅酒、老酒、紅乳腐などの醸造原料として利用されており、また古来より生薬として「消食活血」「健脾燥胃」などの効果が知られている。(李時珍「本草綱目」(1590年))。また、血圧降下作用、コレステロール改善作用等、様々な機能を有することが知られ、味噌、醤油、食酢等の醸造食品をはじめ、パン、麺類等、色々な食品に使われている。
【0003】
紅麹のコレステロール改善作用については、モナスカス属の菌株によって生産されるモナコリンK(ロバスタチンとも呼ばれる)が、体内のコレステロール合成の律速酵素であるHMG-CoAレダクターゼを阻害することにより血中コレステロールを低下させることが明らかにされている(非特許文献1、2、特許文献1〜3)。それに伴い、紅麹はコレステロール調節用のサプリメント素材としての利用も増加している。
【0004】
紅麹菌が生産するモナコリンKの量は製麹条件により調節することが可能で、原料に米胚芽を添加し、水分率および培養温度を一定条件に調節することにより、モナコリンK含量が多い紅麹を生産できることが明らかにされている(特許文献4)。さらに紅麹からモナコリンKを抽出し、高濃度のモナコリンKを含むエキスが得られることが報告されている(特許文献5)。
【0005】
ところが現在使用している菌株では、最適製麹条件下でもサプリメント用原料として必要なモナコリンK含量(2%)を得ることはできず、サプリメント用の原料としては紅麹ではなくエキス加工した製品が用いられている。しかしエキスは、紅麹に本来含まれているアミノ酸、ミネラルなどの栄養成分の一部が消失しており、直接サプリメント用原料として利用できるモナコリンK含量が確保された紅麹が望まれていた。
【非特許文献1】発酵工学 第64巻 第6号 1986年発行
【非特許文献2】日本臨床栄養学会誌 第22巻 第3号 2000年発行
【特許文献1】特開昭58−43783号公報
【特許文献2】特公昭60−44914号
【特許文献3】特公昭59−25599号
【特許文献4】特開2000−106835号公報
【特許文献5】特開2002−27996号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、モナコリンKの生産性が高い紅麹菌株、及び当該菌株によって得られる紅麹を提供することを主な目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、紅麹菌株モナスカス・ピローサス(Monascus pilosus) NBRC4520に変異処理を行って、モナコリンKの生産性が高い菌株のスクリーニングを試み、該紅麹菌株の取得に至った。
【0008】
本発明は、以下の紅麹菌株及び紅麹を提供する。
項1.モナスカス・ピローサス(Monascus pilosus)に属するモナコリンK高産生性紅麹菌株。
項2.受託番号:NITE P-412によって独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに受託された項1に記載の紅麹菌株。
項3.項1又は2に記載の紅麹菌株を用いて得られる紅麹。
【発明の効果】
【0009】
本発明により取得した紅麹菌株を利用すれば、従来菌株では製造できなかった高濃度のモナコリンKを含有する、例えば、紅麹重量に対し2%程度の濃度で含まれる紅麹の製造ができる。また、例えば、モナコリンK含量が0.2重量%程度の従来紅麹を生産する場合も、従来菌株を使った場合に比べ、約1週間程度培養期間を短縮することが可能になる。
【0010】
従来は、モナコリンKを含む紅麹をサプリメント等に調製する場合、通常10倍程度に濃縮(エキス化)する必要があり、濃縮工程は必須であった。しかしながら、本発明によれば、モナコリンK含量が高い紅麹の生産が可能になることから、エキスに代わるサプリメント用原料としての提供が可能になり、従来よりも少量の紅麹で必要量のモナコリンKを摂取することができ(モナコリンKの1日摂取推奨量は約2mgとされている)、サプリメントとして調製されやすいことから、より簡便にモナコリンKによる効果(血中コレステロール値の低下等)が得られる。また、濃縮工程を省略できることから、紅麹に本来含まれているアミノ酸、ミネラルなどの栄養成分の消失を回避できるのみならず、生産コストの低減も可能である。
【0011】
さらに、本発明の紅麹菌株は、目的とする量のモナコリンKを含量する紅麹を作るのに要する製麹日数が、従来の紅麹菌株に比べて少なくて済み、生産性に優れたものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明のモナコリンK高生産性紅麹菌株は、従来紅麹菌株であるモナスカス属に属する菌(Monasucus. pilosus)を親菌株として、これに対して変異処理を行い、目的菌株をスクリーニングすることにより取得することができる。
【0013】
モナコリンKは紅麹菌の培養物から発見されたコレステロール合成阻害剤で、下記式(1)で示される構造をもつ物質であり、肝臓での生合成を抑制することによって、血中のコレステロールを減少させる働きがある。
【0014】
【化1】

【0015】
変異処理を行うモナスカス属菌種としては、モナスカス・プルプレウス(Monascus purpureus)、モナスカス・アンカ(Monascus anka)、モナスカス・ピローサス(Monascus pilosus)等が挙げられ、好ましくはモナスカス・ピローサスである。
【0016】
変異処理法は紫外線(UV)照射、X線照射、γ線照射などの物理的方法、NTG(N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン)、EMS(エチルメタンスルホネート)などの突然変異誘起処理による化学的方法のいずれでもよい。
【0017】
高モナコリンK生産菌株のスクリーニング方法としては、例えば以下のような方法が挙げられる。
変異処理の終了した紅麹菌胞子を基本平板培地上に塗抹し、出現してきたコロニーをランダムに分離する。次に分離した菌株を約5日間、斜面培地で培養し増殖させた後、フラスコスケールの紅麹製麹を無菌的に行う。製麹条件としては、原料の精白米に3〜10%量の米胚芽を添加し、水分率を35〜50%に維持、培養温度は20〜35℃、ただし製麹後期3日以上の期間は27℃以下として製麹日数14〜17日で行えばよい(特許文献2)。こうして得られた紅麹を110℃、20分間の熱処理により菌および酵素を失活させた後、通風乾燥機で水分率が10%以下になるまで乾燥し、粉砕機にて粉末化、調製した後、以下の方法でモナコリンKの生産性を評価する。
【0018】
モナコリンK含量は、調製した紅麹粉末に20〜100倍量の60%エタノールを加え、攪拌しながら30分間抽出し、その抽出液を高速液体クロマトグラフィーにかけて定量し、紫外線処理前の菌株の1.5倍以上、好ましくは2倍以上、より好ましくは2.5倍以上となる菌株をモナコリンK高生産性菌の候補株として選抜する。上述の製麹方法であれば、通常、紫外線処理前の菌株のモナコリンK生産量(紅麹100g中のモナコリンK含有量)は、50〜300mg/100gである。
【0019】
以上のようにして得られる具体的な菌株としては、例えば独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(NMPD)に、平成19年9月4日に受託番号:NITE P-412として寄託されている紅麹菌株が上げられる。NITE P-412は、モナスカス・ピローサス(Monascus pilosus) NBRC4520に生存率約0.5%の割合となる紫外線照射を行い、上記のスクリーニング法で取得したものである。
【0020】
本発明のNITE P-412菌株と親菌株であるNBRC4520菌株の培養的性質を下記表1に示す。
【0021】
【表1】

【0022】
NITE P-412菌株の形態的性質を表2に示す。
【0023】
【表2】

【0024】
NITE P-412菌株の生理的性質を表3に示す。
【0025】
【表3】

【0026】
上記表1〜3に示されるように、NITE P-412菌株とNBRC4520菌株では、モナコリンK産生能以外の培養的性質、形態的性質及び生理的性質は同等であることが確認された。
【0027】
さらに、28S rDNAD1/D2およびITS-5.8S rDNA塩基配列の解析結果からも、NITE P-412菌株はモナスカス属の1種と推定され、親菌株であるM. pilosusの塩基配列と98.7〜100%の高い相同率を示した。
【0028】
本発明のモナスカス属菌株を用いて紅麹を製造し、食品素材等に用いることができる。製麹方法としては、従来公知の方法を採用すればよく、例えば特許第2591635号(米を製造原料とする紅麹の製造法)に記載される方法に従って紅麹を製造することができる。製麹は所望量のモナコリンKを含有する紅麹が得られるまで行えばよく、製麹期間は適宜設定され得るが、本発明の紅麹菌株はモナコリンK高生産性であることから従来の紅麹菌株を用いる場合よりも製麹期間が短縮される。
【0029】
本発明の紅麹菌株を用いて得られる紅麹には、血中コレステロール値の低減作用に有効とされるモナコリンKが通常(紫外線処理前)の紅麹菌株に比べて好ましくは約2倍以上も含有されており、血中コレステロール値改善のための健康食品素材、特にサプリメント用途として有用である。
【実施例】
【0030】
本発明の菌株を用いて得られた紅麹について、モナコリンKの生産性を分析した試験例を挙げて説明するが、これに限定されるものではない。
【0031】
試験例1
精白米を一晩水に浸漬し約1時間水切りした後、オートクレーブで125℃、20分間蒸気滅菌し蒸米を得た。これをフラスコ当たり30g入れた培地に本発明菌株(Monascus pilosus NITE P-412)、または親菌株(Monascus pilosus NBRC4520)を植菌し、最初の4日間は30〜35℃、4日目以後は23〜25℃で、計17日間培養し、培養途上7、10、14日目にサンプリングを行った。なお、培養期間中の水分率は40〜50%に調整した。こうして得た培養物および培養終了後の紅麹を110℃、20分間の熱処理により紅麹菌と酵素を失活させた後、通風60℃で水分率を約10%まで乾燥し、さらに粉砕して紅麹粉末とし、モナコリンK含量を定量した。その結果を表4に示す。
【0032】
【表4】

【0033】
これによると、本発明菌株を用いることにより、培養17日間でモナコリンK含量を212mg/100gから634mg/100gへと約3倍に高めることができた。またモナコリンK含量が0.2%の紅麹を製造するのに、親菌株を用いた場合は17日間を要するのに対し、本発明菌株を用いれば10日間で達成することができ、培養期間を約1週間短縮できることがわかった。
【0034】
試験例2
精白米を一晩水に浸漬し約1時間水切りした後、オートクレーブで125℃、20分間蒸気滅菌し蒸米を得た。これをフラスコ当たり30g入れた培地に本発明菌株(Monascus pilosus NITE P-412)、または親菌株(Monascus pilosus NBRC4520)を植菌し、最初の4日間は30〜35℃、4日目以後は23〜25℃で、計8週間培養し、培養途上1週間目毎にサンプリングを行った。なお、培養期間中の水分率は40〜68%に調整した。こうして得た培養物および培養終了後の紅麹を110℃、20分間の熱処理により紅麹菌と酵素を失活させた後、通風60℃で水分率を約10%まで乾燥し、さらに粉砕して紅麹粉末とし、モナコリンK含量を定量した。その結果を図1に示す。
【0035】
これによると、本発明菌株を用いることにより、8週間の培養でモナコリンK含量はほぼ2.5%に達するのに対し、親菌株では0.9%程度までしか達しなかった。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】NITE P-412菌株と親菌株(NBRC4520)を8週間製麹した結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モナスカス・ピローサス(Monascus pilosus)に属するモナコリンK高産生性紅麹菌株。
【請求項2】
受託番号:NITE P-412によって独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに受託された請求項1に記載の紅麹菌株。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の紅麹菌株を用いて得られる紅麹。



【図1】
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【公開番号】特開2009−95304(P2009−95304A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−271481(P2007−271481)
【出願日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【出願人】(000001339)グンゼ株式会社 (919)
【Fターム(参考)】