説明

モリブデンダイマーをルイス酸触媒として用いる方法

【課題】
本発明は、ヒドラゾンとジエンとのアザディールスアルダー反応を用いたピペリジン誘導体の製造に有効な金属触媒、及びピペリジン類縁体の製造方法を提供する
【解決手段】
本発明は、触媒としてモリブデンダイマーを用いて、酸素の存在下にアシルヒドラゾンとジエンとのアザディールスアルダー反応によりピペリジン誘導体を製造する方法、そのための触媒、及び活性化されたモリブデン触媒に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、モリブデンを触媒とする有機合成反応方法に関し、より詳細には、モリブデンダイマーをルイス酸触媒として用いる合成反応方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属−金属結合を有する有機金属化合物の合成反応のへの利用例としては、光学活性なロジウムダイマーによるジアゾニウム化合物の不斉活性化や不斉ルイス酸触媒としての利用などが知られている(非特許文献1)。モリブデンダイマーは構造に関する無機化学的な研究は多いが、合成反応への応用例はほとんど知られていない。
例えば、モリブデンダイマーをルイス酸として用いる反応としては、OhshiroらによるモリブデンアセテートダイマーMo(OAc)の存在下、シリル化エポキシドとベンズアルデヒドからα,β−不飽和カルボニル化合物が精製する反応の例が知られている(非特許文献2)。しかし、この反応におけるモリブデンダイマー自体は触媒としては機能しておらず、等量のモリブデンダイマーが消費される反応である。
また、ルイス酸からなるリビングラジカル重合開始剤系の存在下で、ビニルエステル系単量体の重合触媒としてモリブデンダイマーなどの遷移金属錯体が使用されることも報告されている(特許文献1参照)。さらに、低級オレフィンを気相中で飽和低級脂肪族モノカルボン酸と反応させる低級脂肪族エステルの製造方法において、モリブデン酸などのヘテロポリ酸又はその二量体からなる触媒が使用されることも報告されている(特許文献2参照)。しかし、この二量体は、金属−金属結合を有するものではなくヘテロポリ酸の二量体である。
【0003】
一方、ピペリジン類縁体は多くの生理活性物質などに見られる化合物群で、重要な合成中間体でもある。ピペリジン類の合成法の1つに、イミン類とダニシェフスキージエンとのアザディールスアルダー反応が知られているが、イミン類、特に脂肪族アルデヒド由来のイミンは不安定で単離が困難であり、この方法を適用することの障害になっている。
【0004】
【特許文献1】特開2003−137917号
【特許文献2】特開平9−118647号
【非特許文献1】Hirao, T.; Fujihara, Y.; Tsuno, S.; Ohshiro, Y.; Agawa, T. Chem. Lett. 1984, 367.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、ヒドラゾンとジエンとのアザディールスアルダー反応を用いたピペリジン誘導体の製造に有効な金属触媒、及びピペリジン類縁体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
このような課題を解決するために、本発明者らは、前記反応をモデル反応として各種の金属化合物の探索を行った結果、酸素の存在下にモリブデンダイマーが活性化され、モリブデンダイマーがルイス酸触媒として極めて優れた作用を有していること見出した。
【0007】
即ち、本発明は、触媒としてモリブデンダイマーを用いて、酸素の存在下にアシルヒドラゾンとジエンとのアザディールスアルダー反応によりピペリジン誘導体を製造する方法に関する。
また、本発明は、酸素の存在下にアシルヒドラゾンとジエンとのアザディールスアルダー反応によりピペリジン誘導体を製造するためのモリブデンダイマーからなる触媒に関する。
さらに、本発明は、酸化剤により活性化されたモリブデン触媒、好ましくはモリブデンダイマー触媒に関する。
【0008】
本発明の方法において使用されるヒドラゾンとしては、ケトヒドラゾンでもアルデヒドヒドラゾンであってもよく、一般式で表せば、次の一般式(1)
【0009】
【化1】

【0010】
(式中、Rは、置換基を有してもよい炭素数1〜20の炭化水素基、又は置換基を有してもよい複素環基を示し、Rは、置換基を有してもよいフェニル基を示す。)
で表される化合物が挙げられる。
本発明の方法において使用されるジエンとしては、次の一般式(2)
【0011】
【化2】

【0012】
(式中、R及びRは、それぞれ独立して、炭素数1〜6の炭化水素基を示し、Rは、炭素数1〜7の炭化水素基又は−SiR(式中、Rは炭素数1〜6の炭化水素基を示す。)を示し、Rは、炭素数1〜6の炭化水素基を示す。)
で表される化合物が挙げられる。
【0013】
本発明におけるモリブデンダイマーとしては、モリブデン−モリブデンからなる金属−金属結合を有するモリブデン塩の二量体である。本発明におけるモリブデンダイマーを一般式で表せば、次の一般式(3)
Mo(OX) (3)
(式中、Xは、基−CORを示し、前記式中のRは、炭素数1〜8のアルキル基、炭素数1〜8のフルオロアルキル基、又は炭素数6〜10のアリール基を示す。)
で表される化合物が挙げられる。
【0014】
上記一般式(1)における、炭素数1〜20の置換基を有していてもよい炭化水素基としては、炭素数1〜20の炭化水素基、及び炭素数1〜20の置換炭化水素基が挙げられる。
炭素数1〜20の炭化水素基としては、炭素数1〜20、好ましくは炭素数1〜15、より好ましくは炭素数1〜10の炭化水素基、例えば、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、アラルキル基等が挙げられるが、好ましくは孤立二重結合を有していないアルキル基、アリール基、アラルキル基が挙げられる。
【0015】
アルキル基としては、直鎖状でも、分岐状でも或いは環状でもよい、例えば炭素数1〜20、好ましくは炭素数1〜15、より好ましくは炭素数1〜10のアルキル基が挙げられ、その具体例としては、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、1−メチルエチル基、n−ブチル基、1−メチルプロピル基、2−メチルプロピル基、1,1−ジメチルエチル基、n−ペンチル基、1−メチルブチル基、1,1−ジメチルプロピル基、2−メチルブチル基、3−メチルブチル基、2,2−ジメチルプロピル基、n−ヘキシル基、1−メチルペンチル基、1−エチルブチル基、1,1−ジメチルブチル基、2−メチルペンチル基、3−メチルペンチル基、4−メチルペンチル基、1−エチル−2−メチルプロピル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ラウリル基、ステアリル基、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等が挙げられる。
アルケニル基としては、直鎖状でも分岐状でも或いは環状でもよい、例えば炭素数2〜20、好ましくは炭素数2〜15、より好ましくは炭素数2〜10、更に好ましくは炭素数2〜6のアルケニル基が挙げられ、その具体例としては、例えば、エテニル基、プロペニル基、1−ブテニル基、ペンテニル基、ヘキセニル基、ヘプテニル基、オクテニル基、ノネニル基、デセニル基等が挙げられる。
【0016】
アルキニル基としては、直鎖状でも分岐状でもよい、例えば炭素数2〜20、好ましくは炭素数2〜15、より好ましくは炭素数2〜10、更に好ましくは炭素数2〜6のアルキニル基が挙げられ、その具体例としては、例えば、エチニル基、1−プロピニル基、2−プロピニル基、1−ブチニル基、3−ブチニル基、ペンチニル基、ヘキシニル基等が挙げられる。
【0017】
アリール基としては、例えば炭素数6〜20、好ましくは炭素数6〜15の5〜7員、好ましくは6員の単環式、多環式、又は縮合環式の炭素環式のアリール基が挙げられ、その具体例としては、例えば、フェニル基、ナフチル基、アントリル基、ビフェニル基等が挙げられる。
アラルキル基としては、前記アルキル基の少なくとも1個の水素原子が前記アリール基で置換された、例えば炭素数7〜20、好ましくは炭素数7〜15のアラルキル基が挙げられ、その具体例としては、例えば、ベンジル基、2−フェニルエチル基、1−フェニルプロピル基、3−ナフチルプロピル基等が挙げられる。
【0018】
置換炭化水素基(置換基を有する炭化水素基)としては、上記炭化水素基の少なくとも1個の水素原子が置換基で置換された炭化水素基が挙げられ、例えば、置換アルキル基、置換アルケニル基、置換アルキニル基、置換アリール基、置換アラルキル基等が挙げられる。
置換基としては、置換基を有していてもよい炭化水素基、ハロゲン原子、置換基を有していてもよいアルコキシ基、置換基を有していてもよいアリールオキシ基、置換基を有していてもよいアラルキルオキシ基、置換アミノ基、ニトロ基、シアノ基等が挙げられる。
【0019】
置換基としての置換基を有していてもよい炭化水素基は、上記置換基を有していてもよい炭化水素基における炭化水素基と同じである。
置換基としてのハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等が挙げられる。
【0020】
置換基としての置換基を有していてもよいアルコキシ基は、アルコキシ基及び置換アルコキシ基が挙げられる。アルコキシ基としては、直鎖状でも分岐状でも或いは環状でもよい、例えば炭素数1〜20、好ましくは炭素数1〜10のアルコキシ基が挙げられ、その具体例としては、例えば、メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、1−メチルエトキシ基、n−ブトキシ基、1−メチルプロポキシ基、2−メチルプロポキシ基、1,1−ジメチルエトキシ基、n−ペンチルオキシ基、2−メチルブトキシ基、3−メチルブトキシ基、2,2−ジメチルプロポキシ基、n−ヘキシルオキシ基、2−メチルペンチルオキシ基、3−メチルペンチルオキシ基、4−メチルペンチルオキシ基、5−メチルペンチルオキシ基、シクロヘキシルオキシ基等が挙げられる。
置換アルコキシ基(置換基を有するアルコキシ基)としては、前記アルコキシ基の少なくとも1個の水素原子が上記置換基で置換されたアルコキシ基が挙げられる。
置換基としての置換基を有していてもよいアリールオキシ基は、アリールオキシ基及び置換アリールオキシ基が挙げられる。アリールオキシ基としては、例えば炭素数6〜20、好ましくは炭素数6〜15、炭素数6〜10のアリールオキシ基が挙げられ、その具体例としては、例えば、フェノキシ基、ナフチルオキシ基等が挙げられる。
置換アリールオキシ基(置換基を有するアリールオキシ基)としては、前記アリールオキシ基の少なくとも1個の水素原子が上記置換基で置換されたアリールオキシ基が挙げられる。
【0021】
置換基としての置換基を有していてもよいアラルキルオキシ基は、アラルキルオキシ基及び置換アラルキルオキシ基が挙げられる。アラルキルオキシ基としては、例えば炭素数7〜20、好ましくは炭素数6〜15、炭素数6〜10のアラルキルオキシ基が挙げられ、その具体例としては、例えば、ベンジルオキシ基、2−フェニルエトキシ基、1−フェニルプロポキシ基、2−フェニルプロポキシ基、3−フェニルプロポキシ基、1−フェニルブトキシ基等が挙げられる。
置換アラルキルオキシ基(置換基を有するアラルキルオキシ基)としては、前記アラルキルオキシ基の少なくとも1個の水素原子が上記置換基で置換されたアラルキルオキシ基が挙げられる。
【0022】
置換基としての置換アミノ基としては、アミノ基の1個又は2個の水素原子がアミノ保護基等の置換基で置換された鎖状又は環状のアミノ基が挙げられる。置換アミノ基の置換基としてのアミノ保護基は、通常、アミノ保護基として用いられているものであれば何れも使用可能であり、例えば「PROTECTIVE GROUPS IN ORGANIC SYNTHESIS THIRD EDITION(JOHN WILEY & SONS、INC.(1999)」にアミノ保護基として記載されているもの等が挙げられる。アミノ保護基の具体例としては、例えば、アルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、アラルキルオキシカルボニル基、置換スルホニル基等が挙げられる。
上記アミノ保護基におけるアルキル基、アリール基及びアラルキル基は上記炭化水素基のところで説明した各基と同じである。
アシル基としては、直鎖状でも分岐状でも或いは環状でもよい、例えば、脂肪族カルボン酸、芳香族カルボン酸等のカルボン酸由来の炭素数1〜20のアシル基が挙げられ、具体例としては、例えば、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基、ピバロイル基、ペンタノイル基、ヘキサノイル基、ラウロイル基、ステアロイル基、ベンゾイル基、置換ベンゾイル基等が挙げられるが、中でもベンゾイル基及び置換ベンゾイル基が好ましい。当該置換ベンゾイル基における置換基としては前記した置換基が挙げられる。
【0023】
本発明の一般式(1)のRにおける複素環基としては、窒素原子、酸素原子、及び硫黄原子からなる群から選ばれる1個〜4個の異種原子を含有する3〜8員、好ましくは5〜8員の単環式、多環式、又は縮合環式の複素環基が挙げられる。このような複素環基としては、例えば、2−フリル基、2−チエニル基、2−ピロリル基、2−ピリジル基、2−インドール基、ベンゾイミダゾリル基などが挙げられる。
本発明の一般式(1)のRにおける置換基を有してもよいフェニル基における置換基としては、前記した炭化水素基における置換基と同じ置換基が挙げられる。
【0024】
本発明の一般式(2)のR及びRにおける炭素数1〜6の炭化水素基としては、炭素数1〜6、好ましくは炭素数1〜3の直鎖状、分枝状又は環状のアルキル基、炭素数2〜6の直鎖状、分枝状又は環状のアルケニル基、炭素数2〜6の直鎖状、又は分枝状のアルキニル基、及びフェニル基が挙げられる。
本発明の一般式(2)のRにおける炭素数1〜7の炭化水素基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、tert−ブチル基、又はフェニル基が挙げられる。本発明の一般式(2)のRが−SiR基におけるRの炭素数1〜6の炭化水素基としては、前記した炭素数1〜6の炭化水素基が挙げられる。
本発明の一般式(2)のRにおける炭素数1〜6の炭化水素基としては、前記した炭素数1〜6の炭化水素基が挙げられる。
【0025】
本発明の一般式(3)における基Xの基Rにおける炭素数1〜8のアルキル基としては、炭素数1〜8、好ましくは炭素数1〜6の直鎖状、分枝状又は環状のアルキル基が挙げられる。
本発明の一般式(3)における基Xの基Rにおける炭素数1〜8のフルオロアルキル基としては、前記した炭素数1〜8のアルキル基における1個又は2個以上、好ましくは全部の水素原子がフッ素原子で置換された基が挙げられる。
本発明の一般式(3)における基Xの基Rにおける炭素数6〜10のアリール基としては、フェニル基ナフチル基などが挙げられる。
【0026】
本発明における「置換基を有していてもよい炭化水素基」としては、置換基を有していてもよい炭素数1〜30、好ましくは炭素数1〜20、より好ましくは炭素数1〜10の炭化水素基;ハロゲン原子;1又は2以上のハロゲン原子で置換された炭素数1〜30、好ましくは炭素数1〜20、より好ましくは炭素数1〜10の炭化水素基(ハロゲン化炭化水素基);置換基を有していてもよい炭素数1〜30、好ましくは炭素数1〜20、より好ましくは炭素数1〜10のアルコキシ基;置換基を有していてもよい炭素数6〜30、好ましくは炭素数6〜20のアリールオキシ基;置換基を有していてもよい炭素数7〜30、好ましくは炭素数7〜20のアラルキルオキシ基;炭素数1〜30、好ましくは炭素数1〜20、より好ましくは炭素数1〜10のアルキル基、炭素数6〜30、好ましくは炭素数6〜20のアリール基、炭素数7〜30、好ましくは炭素数7〜20のアラルキル基、脂肪族カルボン酸、芳香族カルボン酸等のカルボン酸由来の炭素数1〜30のアシル基、炭素数2〜30、より好ましくは炭素数2〜20のアルコキシカルボニル基、炭素数7〜30、好ましくは炭素数7〜20のアリールオキシカルボニル基、炭素数8〜30、好ましくは炭素数8〜20のアラルキルオキシカルボニル基、及び炭素鎖中に酸素原子、窒素原子、カルボニル基を有していてもよい炭素数2〜10のアルキレン基からなる群から選ばれた1種又は2種の置換基で置換された置換アミノ基;ニトロ基;並びにシアノ基からなる群から選ばれた1種又は2種以上の置換基で置換されていてもよい炭素数1〜30、好ましくは炭素数1〜20、より好ましくは炭素数1〜10の炭化水素基であるということができる。
【0027】
本発明の一般式(1)で表されるアシルヒドラゾンの好ましい例としては、アルデヒドから誘導されたヒドラゾンであって、N’側の窒素原子がアシル化されたものが挙げられる。アシル基としてはベンゾイル基や置換ベンゾイル基が好ましい。また、アルデヒドとしては、ベンズアルデヒド、置換ベンズアルデヒドなどの芳香族アルデヒド、ヘキサナール、オクタナールなどのアルキルアルデヒド、3−フェニルプロパナールなどのアラルキルアルデヒド、グリオキシレートなどの官能基を有するアルデヒドなどが挙げられる。
本発明の一般式(2)で表されるジエンの好ましい例としては、1位及び3位に酸素原子が結合しているブタジエン誘導体が挙げられる。
【0028】
本発明の一般式(3)で表されるモリブデンダイマーの好ましい例としては、有機カルボン酸、有機スルホン酸、又は有機リン酸の塩であって、モリブデン−モリブデン結合を有する二量体が挙げられる。好ましいモリブデンダイマーとしては、例えば、酢酸モリブデンダイマー、プロピオン酸モリブデンダイマー、安息香酸モリブデンダイマー、トルエンスルホン酸モリブデンダイマーなどが挙げられる。
【0029】
本発明のアシルヒドラゾンとジエンのアザディールアルダー反応は、様々なピペリジン誘導体やピリドン誘導体(両者を併せて、本明細書では、ピペリジン誘導体という。)を一段階で合成することができる有用な方法であるが、この反応を効率的に促進する触媒は現在までほとんど知られていなかった。本発明はこの反応における極めて効率的な方法及びそのための触媒を提供するものである。
本発明の方法によるピペリジン誘導体の製造方法を反応式で示せば次のようになる。
【0030】
【化3】

【0031】
また、本発明の方法によるピリドン誘導体の製造方法を反応式で示せば次のようになる。
【0032】
【化4】

【0033】
本発明のこれらの方法は、一般式(3)で表されるモリブデンダイマーの存在下で、酸素の共存下、例えば、酸素雰囲気下で行われることを特徴とするものである。反応系中に酸素を共存させることによりモリブデンダイマーが活性化されて、目的とする反応が進行し、生成物であるピペリジン誘導体及び/又はピリドン誘導体を効率的に良好な収率で得ることができる。これまで、酸素によって活性化されたモリブデンダイマーを用いた有機合成反応は知られていないが、モリブデンダイマーと分子状酸素との反応生成物については、F. A. Cottonらの研究(F. A. Cotton, et al., J. Am. Chem. Soc., 124, 2878~2879 (2002))によって、類似化合物の単結晶が単離され、モリブデン原子間に結合を有し、かつ酸素原子2つが架橋している特異な構造を有していることが報告されている。
また、本発明のこれらの方法は、一般式(3)で表されるモリブデンダイマーを予め酸素雰囲気下で処理することにより活性化した後、不活性ガス中での反応に供して実施することも可能である。
【0034】
本発明の方法は、例えば、一般式(1)で表されるアシルヒドラゾンと一般式(2)で表されるジエンとを溶媒中で混合し、これに一般式(3)で表されるモリブデンダイマーを添加して、酸素雰囲気下で混合撹拌して行うこともできるが、より好ましくは、一般式(1)で表されるアシルヒドラゾンと一般式(3)で表されるモリブデンダイマーとを溶媒中で混合し、酸素雰囲気下で活性化した後、この反応混合物に一般式(2)で表されるジエンを添加する方法が挙げられる。
溶媒としては、この反応に不活性なものであれば各種の有機溶媒を使用することができる。好ましい溶媒の例としては、アセトニトリル、ベンゾニトリルなどのニトリル系溶媒、ベンゼン、トルエンなどの芳香族炭化水素系溶媒、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドなどの非プロトン系の極性溶媒などが挙げられる。
一般式(3)で表されるモリブデンダイマーの使用量は、触媒量でよく、通常は一般式(1)で表されるアシルヒドラゾン1モルに対して、0.001〜0.5モル、好ましくは0.01〜0.3モル程度が使用される。また、一般式(2)で表されるジエンの使用量としては、一般式(1)で表されるアシルヒドラゾン1モルに対して、等量とすればよいが、通常は0.8〜1.5モル、0.9〜1.2モルの範囲で使用される。
本発明の方法における酸素を共存させる方法としては、乾燥空気などの酸素含有ガスを反応液中にバブリングさせることもできるが、酸素又は酸素分圧の高い酸素含有ガスの雰囲気下で反応混合物を撹拌することにより行うこともできる。酸素分圧は特に高い必要はなく、1%〜100%、好ましくは5%〜30%程度である。
【0035】
本発明の方法は、常圧又は加圧で行うことができるが、通常は常圧で行うのが好ましい。反応温度は室温以上でればよく、例えば、室温〜溶媒の沸点の範囲で設定できる。具体的には、20〜100℃、30〜80℃程度の範囲で行われる。
反応混合物中から、目的物を単離精製する方法としては、特に制限はなく、通常の抽出操作、分液操作、結晶化方法、蒸留法、クロマトグラフィーなどの手段により単離精製することができる。
【0036】
本発明は、モリブデン触媒が酸素などの酸化剤により活性化される、例えばルイス酸触媒としての作用を有するようになることを初めて見出したものである。本発明の酸化剤により活性化されたモリブデン触媒、好ましくはモリブデンダイマー触媒、より詳細には前記一般式(3)で表されるモリブデンダイマー触媒の詳細な機構や構造は必ずしも明確ではないが、モリブデン又はモリブデン化合物になんらかの形で酸素が配位したものと考えられる。酸化剤としては純酸素、不活性ガス希釈した酸素、乾燥空気、その他の酸化剤などが挙げられる。
【発明の効果】
【0037】
本発明は、医薬品や農薬などの有機化合物の製造中間体として有用なピペリジン誘導体やピリドン誘導体を、一段階で効率的に、かつ高収率で、そして高選択性で製造する新規な方法、及びそのための触媒を提供するものである。
また、本発明は、アシルヒドラゾンとジエンのアザディールアルダー反応における極めて効率的な触媒を提供するものである。
【0038】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0039】
N−ベンゾイルアミド−2−フェネチル−2,3−ジヒドロ−4−ピリドンの製造
次の反応式で示され方法で目的物を製造した。
【0040】
【化5】

【0041】
酸素雰囲気下で、Mo(OAc) (17 mg, 0.040 mmol)と3−フェニルプロピオンアルデヒド由来のベンゾイルヒドラゾン(102 mg, 0.40 mmol)を、フラスコ中のアセトニトリル(1.0 mL)に加えて3時間50℃で加熱しながら激しく撹拌した。この反応液を0℃に冷却した後、反応容器内をアルゴン置換した。この溶液中に1−メトキシ−3−トリメチルシロキシ−1,3−ブタジエン(104 mg, 0.60 mmol)のアセトニトリル溶液(1.0 mL)を加えた後、20℃に昇温して24時間撹拌した。反応液に飽和重曹水を加えて反応を停止し、塩化メチレン(20 mL)を加えた後に分液し、水相を塩化メチレンで4回抽出した(10 mL x 4)。得られた有機相を合わせて無水硫酸ナトリウム上で乾燥した後、ろ過、減圧濃縮することにより粗生成物を得た。この粗生成物にメタノールを加え、室温で3時間撹拌した後、溶液を減圧濃縮した。ここで得られた粗生成物を薄層シリカゲルクロマトグラフィーで精製することにより、目的物を90 mg得た(収率70%)。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明は、医薬品や農薬などの有機化合物の製造中間体として産業上有用なピペリジン誘導体やピリドン誘導体を、一段階で効率的に、高収率で、高選択性で製造する方法及びそのための触媒を提供するものであり、産業上極めて有用なものである。したがって、本発明は産業上の利用性を有している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
触媒としてモリブデンダイマーを用いて、酸素の存在下にアシルヒドラゾンとジエンとのアザディールスアルダー反応によりピペリジン誘導体を製造する方法。
【請求項2】
アシルヒドラゾンが、次の一般式(1)
【化1】

(式中、Rは、置換基を有してもよい炭素数1〜20の炭化水素基、又は置換基を有してもよい複素環基を示し、Rは、置換基を有してもよいフェニル基を示す。)
で表されるアシルヒドラゾンである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ジエンが、次の一般式(2)
【化2】

(式中、R及びRは、それぞれ独立して、炭素数1〜6の炭化水素基を示し、Rは、炭素数1〜7の炭化水素基又は−SiR(式中、Rは炭素数1〜6の炭化水素基を示す。)を示し、Rは、炭素数1〜6の炭化水素基を示す。)
で表される化合物である請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
モリブデンダイマーが、次の一般式(3)
Mo(X) (3)
(式中、Xは、基−OCOR、基−OSOR、又は基−OPORを示し、前記式中のRは、水素原子、又は置換基を有してもよい炭素数1〜30の炭化水素基を示す。)
で表される化合物である、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
酸素の存在下にヒドラゾンとジエンとのアザディールスアルダー反応によりピペリジン誘導体を製造するためのモリブデンダイマーからなる触媒。
【請求項6】
酸化剤で活性化されたモリブデン触媒。
【請求項7】
モリブデン触媒が、モリブデン−モリブデン結合を有するダイマー構造を有するものである請求項6に記載の触媒。
【請求項8】
モリブデン触媒が、モリブデンダイマーからなるモリブデン触媒である請求項7に記載の触媒。
【請求項9】
酸化剤が、酸素である請求項6〜8のいずれかに記載の触媒。
【請求項10】
活性化されたモリブデン触媒がルイス酸として作用するものである請求項6〜9のいずれかに記載の触媒。


【公開番号】特開2006−206551(P2006−206551A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−24576(P2005−24576)
【出願日】平成17年1月31日(2005.1.31)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】