説明

モールドプレス成形用ガラス素材、及びガラス光学素子の製造方法

【課題】プレス成形に供するガラス素材に適切な表面処理を施すことにより、プレス成形時に融着やクモリの発生を抑止し、成形された光学素子の表面にキズや屈折率変動を起こさないこと。
【解決手段】表面に変質層を有するガラス塊からなるプレス成形用ガラス素材。前記変質層は、光学ガラスを予備成形して得られたガラス塊に炭酸水による表面処理を施すことにより形成されたものである。光学ガラスを予備成形してガラス塊を作製し、該ガラス塊に炭酸水による表面処理を施すことを特徴とするプレス成形用ガラス素材の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学素子を製造するにあたり、プレス成形後の被成形面に対する研磨等の後工程を必要としないプレス成形に用いられ得るガラス素材、特に、プレス成形の工程において生じる割れを防止して、割れ易い硝材を用いても高い歩留で安定した生産を可能とするプレス成形用ガラス素材に関する。更に、本発明は、前記プレス成形用ガラス素材を用いたガラス光学素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス光学素子の製造方法として、プレス成形後に研削、研磨等の処理を行わない方法が広く用いられている。そして、このような光学素子の製造方法に用いられる被成形体をプレス成形前に洗浄することも知られている。例えば、特開平7−291638号公報(特許文献1)には、成形用ガラス素材を、10Pa以下の減圧下、ガラス転移点以上の温度で予備加熱し、次いでpH10以上のアルカリ性水溶液又はpH2〜4の酸性水溶液で洗浄することにより、ガラス素材の表面付近に予備加熱により付着堆積した揮発成分を除去し、精密成形による融着や曇りを防止することが記載されている。
【0003】
特開2004−43260号公報(特許文献2)には、電気伝導率が80〜220μms/cmの範囲となるアルカリ金属イオンを含有し、pHが7を超え8以下であって他の陰イオンを実質的に含有しないガラス素材用洗浄水が開示されている。
【0004】
特開平4−321525号公報(特許文献3)には、ガラス基体の表面層が芯部よりアルカリ成分含有率が少ないガラスブランクが記載されている。
【特許文献1】特開平7−291638号公報
【特許文献2】特開2004−43260号公報
【特許文献3】特開平4−321525号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1によれば、該公報記載の方法により、10Pa以下の減圧下、Tg以上の加熱によってガラス表面の揮発成分を揮発させ、その後これをアルカリ又は酸水溶液で洗浄することによって、ガラス表面にアルカリや鉛など揮発成分の少なくなった層を形成するとされている。しかしながら、特許文献1に記載の方法では、成形に先立って減圧下での予備加熱工程が必要となり、設備と生産効率の上で不利である。また、特許文献1には、酸処理に用いるアルカリや酸としてKOH、NaOH、硝酸、酢酸、シュウ酸、硫酸をそれぞれ希釈したものを用いたと記載されているが、実際には希釈液の濃度の変動やガラスからの溶出イオンの蓄積によって、表面処理の条件が変動するため、均質のガラス素材が得られないことが、本発明者によって見出された。
【0006】
特許文献3には、硝酸、塩酸、酢酸を用いて脱アルカリ層を形成することが記載されているが、上記と同様、酸液の濃度管理に困難が伴い、また、酸の強さによって変質層の生成が速く、変質層の厚み制御が難しい。
【0007】
特許文献2に記載の方法によれば、ガラス表面に後述する変質層が形成されやすい組成の硝材に対しては有効な効果が得られるが、硝材組成によっては必ずしも十分な効果が得られない場合があることが見出された。特に、光学素子に求められる光学恒数を達成するために、融着が生じやすく、成形の過程で割れやすい硝材に対して、それらの問題を抑止できる製造方法が課題であった。
【0008】
例えば、ガラス中の修飾イオンとして、アルカリ金属酸化物を8質量%を越えて含有する光学ガラスの場合、水系の洗浄や表面処理において、アルカリイオンが溶出しやすい。従って適切な表面処理によってこの傾向をうまく制御すれば、高温下でのプレス成形時に生じやすい表面反応を抑止し、融着を防止することがある程度可能である(特許文献2参照)。しかしながら、アルカリ金属を多く含有しない光学ガラスについての表面処理は見出されておらず、また、再現性のよい安定した表面処理の方法も課題であった。
【0009】
一方で、求められる光学素子の傾向として、光学系の小型化に寄与する薄肉化は、わずかな融着によって割れやすい形状を要求し、高屈折率化によって、硝材組成としての安定性が低下するなど、成形型とガラスとの界面反応を抑えることの必要性は益々高くなっている。
【0010】
かかる状況下、本発明は、プレス成形に供するガラス素材に適切な表面処理を施すことにより、プレス成形時に融着やクモリの発生を抑止し、成形された光学素子の表面にキズや屈折率変動を起こさないことを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するための手段は、以下の通りである。
[1] 表面に変質層を有するガラス塊からなるプレス成形用ガラス素材であって、
前記変質層は、光学ガラスを予備成形して得られたガラス塊に炭酸水による表面処理を施すことにより形成されたものであることを特徴とするモールドプレス成形用ガラス素材。
[2] 前記炭酸水は、3.5≦pH<7であることを特徴とする[1]に記載のモールドプレス成形用ガラス素材。
[3] 前記光学ガラスは、アルカリ金属酸化物を0.5〜8質量%含有することを特徴とする[1]又は[2]に記載のモールドプレス成形用ガラス素材。
[4] 前記光学ガラスは、B23を20質量%以上含有することを特徴とする[1]〜[3]のいずれかに記載のモールドプレス成形用ガラス素材。
[5] 前記ガラス塊は、溶融状態の光学ガラスを受け型上に滴下又は流下しつつ分離し、所定形状に予備成形したものであることを特徴とする[1]〜[4]のいずれかに記載のモールドプレス成形用ガラス素材。
[6] 前記変質層上に炭素含有膜を更に有することを特徴とする[1]〜[5]のいずれかに記載のモールドプレス成形用ガラス素材。
[7] 光学ガラスを予備成形してガラス塊を作製し、該ガラス塊に炭酸水による表面処理を施すことを特徴とするプレス成形用ガラス素材の製造方法。
[8] 前記炭酸水は、3.5≦pH<7であることを特徴とする[7]に記載のモールドプレス成形用ガラス素材の製造方法。
[9] 前記光学ガラスは、アルカリ金属酸化物を0.5〜8質量%含有することを特徴とする[7]又は[8]に記載のモールドプレス成形用ガラス素材の製造方法。
[10] 前記光学ガラスは、B23を20質量%以上含有することを特徴とする[7]〜[9]のいずれかに記載のモールドプレス成形用ガラス素材の製造方法。
[11] 前記ガラス塊を、溶融状態の光学ガラスを受け型上に滴下又は流下しつつ分離し、所定形状に予備成形することにより作製することを特徴とする[7]〜[10]のいずれかに記載のモールドプレス成形用ガラス素材の製造方法。
[12] [1]〜[6]のいずれかに記載のモールドプレス成形用ガラス素材または[7]〜[11]のいずれかに記載の方法により得られたモールドプレス成形用ガラス素材を、加熱により軟化し、成形型によってプレス成形することを特徴とするガラス光学素子の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、プレス成形における融着や割れを効果的に防止することができる。特に、本発明によれば、プレス成形工程、特に離型時に割れやすい硝種や形状の光学素子を製造する際に融着、割れを防止し、キズや屈折率変動が低減された光学素子を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明について更に詳細に説明する。
[プレス成形用ガラス素材およびその製造方法]
本発明のプレス成形用ガラス素材は、表面に変質層を有する。前記変質層は、光学ガラスを予備成形して得られたガラス塊に炭酸水による表面処理を施すことにより形成されたものである。
【0014】
表面処理
前記炭酸水(以下、「表面処理液」ともいう)としては、飽和(実質的に100%)炭酸水またはその希釈液を用いることができる。前記炭酸水は、弱酸性(3.5≦pH<7)であることが好ましい。なお、飽和炭酸水のpHは、3.5≦pH≦4.0程度である。
【0015】
飽和炭酸水は、純水に炭酸ガス(CO2)を通気することによって得ることができ、必要に応じてこれを一定率で純水によって希釈することによって、常に安定して同一pHの表面処理液を得ることができる。通気の際に炭酸ガスの供給量と純水供給量を調整することにより、所望のpHに制御してもよいが、飽和液を一定率で希釈する方が再現性が高く好ましい。
【0016】
希釈水としては上記したように純水を用いることが好ましい。例えば、電気伝導率は10μS/cm以下であるものが好適であり、より好ましくは5μS/cm以下のものとすることができる。
【0017】
前記表面処理液は、アルカリやアルカリ土類金属のイオンを実質的に含有しないことが好ましい。また、強酸を形成するアニオン(Cl-、NO3-、SO42-)を実質的に含有しないことが好ましい。なお、ここで「実質的に含有しない」とは、添加成分として積極的に導入しないことを意味する。
【0018】
本発明では、所定形状に予備成形したガラス塊に対し、炭酸水による表面処理を施す。前記表面処理は、炭酸水にガラス塊を浸漬するなどの方法で、ガラス塊を炭酸水と接触させることにより行うことができる。例えば、所定形状に予備成形された光学ガラス製のガラス塊を、プレス成形に先立ち、炭酸水浴に浸漬させることによって表面処理することができる。このとき、ガラス表面には、ガラス内部と組成の異なる変質層が形成される。これは、表面処理液中に含まれているオキソニウムイオン(H3O+)の働きによると考えられる。以下に、この点について更に説明する。
【0019】
炭酸水には、下記反応:
【化1】

によりオキソニウムイオンが含まれる。このH3+イオンが、ガラス中の修飾イオン(アルカリ金属、又はアルカリ土類金属等)又はホウ素などとイオン交換を起こし、修飾イオンが溶出して、表面の組成が変化し、変質層が形成されると考えられる。炭酸水は純水と比べ、H3+イオンの生成が促進され、ガラス中の修飾イオンとのイオン交換を進める力が強くなる。イオン交換の対象となるガラス中の修飾イオンは、上記のアルカリ金属、アルカリ土類金属のほか、III族のランタン系列(Laなど)のものが挙げられる。
【0020】
尚、前記表面処理により変質層が過度に厚く形成されると、プレス成形によって成形される光学素子の表面で光散乱を生じるクモリや、キズとして観測されるなど、外観性能を劣化させるおそれがある。従って、変質層の形成速度を制御し、所望の厚さの時点で表面処理を停止することが好ましい。本発明では、前記変質層厚みは、5〜80nmとすることが好ましく、更には、10〜50nmが好ましい。このような厚みの変質層を形成するための処理条件は、硝材組成によって異なり、上記のように炭酸水の希釈率を選択し、最適なpHとすることによって決定される。変質層形成の有無およびその厚さは、XPSによって測定することができる。
【0021】
前記表面処理を施されたガラス塊は、表面から成分比が変化しているため、本発明では、最表面から組成が一定になる(母材組成と同一になる)部分までを変質層とする。尚、後述するように熱間成形されたガラス塊は、表面の特定成分組成が増加している場合があるため、このようなガラス塊における上記変質層は、最表面から特定成分の増加が収束した部分までとする。
【0022】
前記表面処理により、ガラス塊の表面から活性な成分(例えばアルカリ金属、アルカリ土類金属といった修飾イオン、及びホウ素等)が減少するため、プレス時の型とガラスの界面における反応を抑制することができる。ここで、アルカリ成分は、プレス成形時に型との反応性が高く、融着を誘発しやすいが、プレス成形用の硝材には、軟化温度を低くする等の目的で導入され、排除することが困難である。本発明は、プレス成形時の型とガラス素材の融着を抑制できるため、特に上記光学ガラスに好適である。また、上記ホウ素は、揮発成分であるため、連続プレスによって成形型表面に堆積し、成形体の表面粗れ(クモリ)を誘発するが、前記表面処理により、ホウ素を多量に含有する硝材(例えばホウ酸含有量20質量%以上のものなど)においても極表面にホウ素濃度の下がった変質層を形成することによって、上記問題を抑止でき、型寿命を伸ばす効果がある。従って、本発明は、ホウ素の含有量の高いホウ酸塩ガラス、具体的にはB23を20質量%以上含有する光学ガラスからなる光学素子に、特に効果が顕著である。
【0023】
一般に、ガラス塊の洗浄工程は、下記(1)〜(6)の工程を含む。
(1)パーティクル除去用水洗
(2)洗剤による洗浄
(3)洗剤リンスのための洗浄
(4)酸による洗浄
(5)純水によるリンス
(6)IPA(イソプロピルアルコール)による洗浄、乾燥
前記表面処理は、例えば上記(4)の工程として行うことができる。また、洗浄工程にあたっては、上記以外の工程を含んでも良く、必要に応じて、例えば(2)と(3)を繰り返しても良い。
【0024】
表面処理時間は、ガラスの組成によって異なるが、例えば5分以内とすることができる。ガラス塊の洗浄工程全体に要する時間は、例えば30分以内、更には20分以内とすることが好ましい。尚、適切な浸漬時間、及び浸漬槽数は、表面処理を施したガラス素材の表面解析によって判断することができる。例えば、XPSによる膜厚測定を適用することが可能である。
【0025】
使用済みの炭酸水は、フィルターで粒子を、活性炭で有機物を、イオン交換樹脂でイオンを除去し、又はこれらを組み合わせた純水製造ユニットを用いて、再度純水とすることができ、更に、この純水に炭酸ガスを通気することにより再度新鮮な炭酸水を簡便に作成することができる。本発明では表面処理液として強酸、強アルカリを用いないため、液管理が容易であり、量産上のメリットが高い。
【0026】
予備成形
本発明では、光学ガラス塊を予備成形して得られたガラス塊に対し、前記表面処理を施す。ガラス塊を構成する光学ガラスは、例えばホウ酸塩ガラス、ケイ酸塩ガラス、ホウケイ酸塩ガラス、リン酸塩ガラス等であることができ、特に制限はない。これらのうち、ガラス骨格成分としてはB23、又はB23及びSiO2からなるものが好ましい。更に、B23を20質量%以上、更には30mol%以上含有するものに対して本発明を適用することにより顕著な効果が得られる。SiO2を含有する場合には、SiO2含有量が15mol%以下であるときに、後述する、成形体の割れを抑止する効果が特に高いため好ましい。特に、B23をSiO2の2倍以上(mol%表示で)、更には3倍以上含有する場合に、プレス成形における割れの頻度が高くなるが、本発明によってこれを抑止できる。
【0027】
また、先に説明したように、アルカリ金属酸化物を多量に含む光学ガラスは、水系の洗浄や表面処理によってアルカリイオンが溶出しやすいため、変質層の形成は比較的容易である。他方、アルカリ金属酸化物量が少ない硝種を用いて変質層を形成することは困難であったが、本発明によれば、アルカリ金属酸化物を0.5〜8質量%、更に好ましくは0.5〜5質量%含有する光学ガラスからなるガラス塊に変質層を形成することが可能である。また、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の酸化物を、合計で0.5〜1質量%含有する光学ガラスに対しても、本発明を適用することにより高い効果が得られる。これらの修飾イオンが上記範囲であれば、前述の表面処理によって適切な厚さの変質層を形成することができる。
【0028】
本発明に好適に適用される光学ガラスとしては、例えば以下のものが挙げられる:
(1)B23を25〜65mol%、LiO2を0.5〜10mol%、Li2O+Na2O+K2Oを0.5〜5mol%、MgO+CaO+SrO+BaOを0〜5mol%、ZnOを0〜30mol%、La23+Gd23を14〜30mol%、ZrO2を0〜7mol含有するもの;
(2)SiO2を3〜17質量%、B23を26〜39質量%、LiO2を3〜7質量%、Na2Oを0〜3質量%、K2Oを0〜3質量%、Mg+CaO+SrO+BaOを2〜15質量%、ZnOを5〜18質量%、Y23を4〜11質量%、La23を16〜26質量%、Gd23を0.5〜7質量%、ZrO2を0〜7質量%含有するもの。
【0029】
表面処理を施すガラス塊は、溶融後固化した光学ガラスを、切断、研磨によって所定体積に冷間加工することにより得ることができる。または、溶融状態の光学ガラスを受け型に滴下又は流下しつつ分離し、所定形状(所定体積)に予備成形(以下、熱間成形という)したものを好適に適用できる。これを冷却固化した後、前述の表面処理を施すことができる。本発明は、上記いずれのガラス塊にも適用可能である。特に、上記熱間成形によって得られたガラス塊は、表面欠陥のない平滑な表面を生産効率高く得ることができ、後述の炭素含有膜の成膜性も良いため有利である。尚、特に、B23を含有するガラスでは、熱間加工によってB23が表面部分に偏在しやすいため、本発明による効果が顕著である。
【0030】
前述の表面処理を施し変質層を形成したガラス塊には、プレス成形に供するに先立ち、前記変質層上に離型膜等の機能性膜、好ましくは、炭素を主成分とする膜(好ましくは厚さ0.5〜10nm)を設けることができる。炭素を主成分とする膜(以下、「炭素含有膜」ともいう)は、主として炭素を原料とした蒸着、スパッタ、又は、炭化水素を用いた熱分解CVDや、プラズマ分解法などを用いて形成することができる。これにより、ガラスと型の反応を防止するだけでなく、ガラス成形体と型成形面との摩擦を低減させることができるため、ガラス成形体の離型性をより高めることができ、割れの防止に更に有効である。尚、このような炭素含有膜は膜厚を大きくすると離型性を高くすることができるが、一方で、光学素子表面のクモリを生じさせる傾向があり、トレードオフの関係にある。本発明によれば、離型性をより高め、割れを効果的に防止できることから、炭素含有膜の膜厚を小さくすることが可能となり、クモリ防止と離型性両方に対して十分な効果を得ることができる。特に、前記表面処理を行った後に、炭素含有膜を成膜すると、表面処理後のガラス塊は表面が化学的に不活性であるため成膜効率が高く(膜厚の増大、又は成膜時間の減少)なることが見出された。
【0031】
[ガラス光学素子の製造方法]
本発明のガラス光学素子の製造方法は、前記表面処理を施して得られたモールドプレス成形用ガラス素材を加熱により軟化し、成形型によってプレス成形する工程を含む。
成形後に被成形面に対する研削、研磨等の後加工を必要としない精密プレスにおいては、プレス後の光学素子の面精度や外観が品質を左右する。前述の表面処理を施し変質層が形成されたガラス素材を用いれば、プレス時の型とガラスの界面における反応を抑止できるため、プレス成形時の融着やクモリの発生を抑止し、表面のキズや屈折率変動が低減された光学素子を得ることができる。
【0032】
光学素子の成形は、公知のプレス成形装置を用いて行うことができる。具体的には、必要な光学素子(レンズ等)形状、表面状態に加工された成形面を持つ上型、下型、この上型、下型を必要とする位置に保つ為の案内型を用いてプレス成形することにより行われる。例えば案内型中に保たれた下型、上型の間にガラス素材を保ち、ガラス軟化点より高い必要とする温度に型とガラス素材を保った後、荷重を印加して上下型間で成形し、型と成形体を冷却し、取り出すことにより所望のレンズを得ることができる。
【0033】
プレス成形に適した温度範囲としては、例えば、ガラス粘度で106〜109dPa・sとなる範囲を挙げることができ、硝種、レンズ形状などに応じて適宜選択できる。上型、下型、案内型の温度に関しては、ガラス素材と同じ温度に加熱した後にプレスしてもよく、又はあらかじめガラス素材を、成形型とは別に加熱しておく適当な処置が取られていれば、上型、下型、案内型の温度をガラス素材の温度より低くしてプレスすることも可能である。この場合、ガラス素材の型とガラスを等温状態でプレスする場合より高くしておくことが望ましい。成形型としては、例えばCVD法にて作成されたSiCや、Si34を所望の形状に加工し、ガラス素材に対向する面に炭素系の離型膜を形成したものを使用できる。
【実施例】
【0034】
以下に実施例に基づき本発明を更に説明する。但し、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0035】
(1)モールドプレス成形用ガラス素材の作製
ホウ酸塩ガラス(SiO2 8質量%、B23 33質量%、Li2O 4質量%、CaO 10質量%、ZnO 11質量%、Nb25 0.2質量%、La23 20質量%、Gd23 1.8質量%、Y23 8質量%、ZrO2 4質量%)からなる光学ガラスを、溶融状態から受け型に滴下して予備成形し、球形状のガラス塊を用意した。
10Lの純水に10分間炭酸ガスを通気し、バブリングすることによって飽和炭酸水を得た。pHは4未満であった。
【0036】
ガラス塊を、プレス成形に先立って下記の工程で洗浄した。これにより、ガラス塊表面に変質層(厚さ30nm)が形成された。
洗浄工程
(1)洗浄槽 (市水希釈アルカリ性洗剤) 超音波処理2分間
(2)リンス槽 (軟水) 超音波処理2分間
(3)飽和炭酸水による表面処理 超音波処理2分間
(4)リンス槽 純水 超音波処理2分間
(5)IPAによる洗浄、乾燥
【0037】
一方、同様のガラス塊につき、上記の代わりに(3)の槽を抜かした洗浄工程をとったものも比較例用として用意した。
【0038】
上記2種類のガラス塊の表面に、アセチレンの熱分解による炭素含有膜を成膜した。すなわち、上記ガラス塊を石英製のトレーに載せて容器内に配置した後、0.5torr以下に排気した。この後、480℃に加熱し、窒素ガスを流しながら真空ポンプで排気を行うことによりパージを行ってから、更に0.5torrまで排気した。この後、アセチレンを導入し、成膜終了後、真空引きを行った。降温後、ガラス塊を取り出した。
【0039】
(2)ガラスレンズの成形
上記で得られたガラス塊をプレス成形用のガラス素材として、以下の成形を行った。
案内型中に保たれた上型、下型が炭化ケイ素からなり、その成形面を炭素膜で被覆された、公知のガラスモールドレンズ用成形型を用い、ガラス光学素子を成形した。すなわち、前記組成の被成形ガラスのプリフォームを型にセットし、非酸化性雰囲気で成形型とともにプリフォームをガラス粘度が107.6ポアズに相当する温度に加熱し、その温度で上型を100kg/cm2の圧力で50秒押圧し、その後成形型内で80℃/minの冷却速度でTg以下になるまで冷却し、さらにその後急冷して得られたレンズを取出した。このようにしてプレス径15mm、中心肉厚3mmの両凸レンズ500個を得た。
【0040】
得られたレンズ500個について、目視でレンズ外観と割れの有無を調べた。炭酸水による表面処理を行わなかったガラス塊を用いて得られた両凸レンズ500個についても同様の検査を行った。外観検査により融着、くもりが認められたレンズ、割れが認められたレンズの割合を表1に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
表1に示すように、炭酸水処理を行ったガラス塊を用いた場合には、融着、クモリ、割れのないガラスレンズを量産することができた。
それに対し、炭酸水処理を行わなかったガラス塊を用いた場合には、割れが発生しレンズ形状の成形品を得ることができなかった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、プレス成形時に融着や割れを生じやすい硝種、形状の光学素子の製造に好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に変質層を有するガラス塊からなるプレス成形用ガラス素材であって、
前記変質層は、光学ガラスを予備成形して得られたガラス塊に炭酸水による表面処理を施すことにより形成されたものであることを特徴とするモールドプレス成形用ガラス素材。
【請求項2】
前記炭酸水は、3.5≦pH<7であることを特徴とする請求項1に記載のモールドプレス成形用ガラス素材。
【請求項3】
前記光学ガラスは、アルカリ金属酸化物を0.5〜8質量%含有することを特徴とする請求項1又は2に記載のモールドプレス成形用ガラス素材。
【請求項4】
前記光学ガラスは、B23を20質量%以上含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のモールドプレス成形用ガラス素材。
【請求項5】
前記ガラス塊は、溶融状態の光学ガラスを受け型上に滴下又は流下しつつ分離し、所定形状に予備成形したものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のモールドプレス成形用ガラス素材。
【請求項6】
前記変質層上に炭素含有膜を更に有することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のモールドプレス成形用ガラス素材。
【請求項7】
光学ガラスを予備成形してガラス塊を作製し、該ガラス塊に炭酸水による表面処理を施すことを特徴とするプレス成形用ガラス素材の製造方法。
【請求項8】
前記炭酸水は、3.5≦pH<7であることを特徴とする請求項7に記載のモールドプレス成形用ガラス素材の製造方法。
【請求項9】
前記光学ガラスは、アルカリ金属酸化物を0.5〜8質量%含有することを特徴とする請求項7又は8に記載のモールドプレス成形用ガラス素材の製造方法。
【請求項10】
前記光学ガラスは、B23を20質量%以上含有することを特徴とする請求項7〜9のいずれか1項に記載のモールドプレス成形用ガラス素材の製造方法。
【請求項11】
前記ガラス塊を、溶融状態の光学ガラスを受け型上に滴下又は流下しつつ分離し、所定形状に予備成形することにより作製することを特徴とする請求項7〜10のいずれか1項に記載のモールドプレス成形用ガラス素材の製造方法。
【請求項12】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のモールドプレス成形用ガラス素材または請求項7〜11のいずれか1項に記載の方法により得られたモールドプレス成形用ガラス素材を、加熱により軟化し、成形型によってプレス成形することを特徴とするガラス光学素子の製造方法。