説明

ヤトロファ由来のPPATをコードするポリヌクレオチド及びその利用

【課題】生育性、ストレス耐性に優れた形質転換ヤトロファを作出する手法として、ヤトロファのPPATコード遺伝子を同定し、当該遺伝子を用いて形質転換体を作成する。
【解決手段】特定の配列で示されるヤトロファ由来のPPATをコードする、単離されたDNA、並びに当該DNAでヤトロファ植物体を形質転換する。形質転換されたヤトロファ植物体では、野生型と比べてPPATを過剰発現でき、植物の生育、油脂の生産性が高められる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヤトロファ(Jatropha)属の新規な遺伝子としてPhosphopantetheine Adenylyl-tranferase(以下「PPAT」という)をコードするポリヌクレオチド及びその利用に関し、特に生育が増強された、ストレス耐性ヤトロファ作出のための利用に関する。
【背景技術】
【0002】
ヤトロファ・クルカス(Jatropha curcas)から非食用ヤトロファ油を製造することができるため、バイオディーゼル燃料生産のための生物資源として注目を集めている。また、ヤトロファは、水分や無機栄養について、他の作物の生育不適地でも栽培できる植物として知られており、半乾燥地の有効利用と緑化のために非常に有益であると考えられている。一方、ヤトロファ属植物は、荒地で育つものの、結実回数も年1回、実のサイズもパームよりかなり小さいため、自然栽培による油脂の生産効率は高くない。このような理由から、生産性の高いヤトロファの開発が求められている。
【0003】
ヤトロファ油の生産性効率の改善方法の1つとしては、例えば特開2009−536029号公報(特許文献1)に提案されているように、種子の油含有量を増大させるべく、アセチルCoAカルボキシラーゼ(ACCアーゼ)を過剰発現可能に形質転換する方法がある。
【0004】
一方、ヤトロファ自体の生育増強の観点から、水不足等の環境下でも高い生育性を確保できるような環境ストレス耐性の付与が考えられる。
環境ストレス耐性遺伝子組換え植物としては、乾燥ストレス等の環境ストレスに対して適応又は応答できるように、ストレス応答シグナル伝達強度、機構を改変したもの、耐性に関与するタンパク質分子(環境ストレスに応答するタンパク質)を過剰生産するように改良する方法などが考えられる。
【0005】
例えば、非特許文献1(Wen-Xue Li et al., "The Arabidopsis NFYA5 Transcription Factor Is Regulated Transcriptionally and Posttranscriptionally to Promote Drought Resistance", The Plant Cell, Vol.20:2238-2251(2008))は、シロイヌナズナにおける乾燥ストレス耐性の制御機構に、NF−YA5転写因子が、ABA依存性で、乾燥ストレスにより強く誘導されること、NF−YA5を過剰発現させた形質転換シロイヌナズナが、野生型シロイヌナズナよりも乾燥ストレスに対する耐性に優れていたことを報告している。
ここで、アブシジン酸(ABA)とは、種子休眠、気孔の開閉、浸透圧ストレス耐性にかかわる植物ホルモンであり、ストレス応答性遺伝子群の発現にはABAが深く関与することが知られている。
【0006】
また、環境ストレス耐性シロイヌナズナを作製する方法として、特開2005−253395号公報(特許文献2)に、環境ストレスにより発現されるストレス応答性タンパク質をコードする遺伝子の上流に存在するシスエレメントに結合して転写を活性化する転写因子(ストレス応答性転写因子)の制御下にある遺伝子群の活性化作用を利用する方法が提案されている。具体的には、ストレス応答性転写因子であるDREB/CBFの発現を誘導するシグナル伝達因子をコードする新規な遺伝子として、SRK2C遺伝子を開示するとともに、このSRK2C遺伝子を過剰発現するように形質転換したシロイヌナズナが、給水停止後も、コントロールに対して優位に高い生存率を示したことを開示している。
【0007】
さらに、非特許文献2(Donald E. Nelson et al., "Plant nuclear factor Y (NF-Y)B subunits confer drought tolerance and lead to improved corn yields on wate-limited acres" , PNAS, vol.104, No.42, 16450-16455(2007))には、トウモロコシNF−YB因子を同定し、これを用いて形質転換したトウモロコシが、野生型と比べて、水不足条件下での生産性が高かったことが報告されている。
【0008】
また非特許文献3(Rubio S. et al., “The coenzyme A biosynthetic enzyme phosphopantetheine adenylyltransferase plays a crucial role in plant growth, salt/osmotic stress resistance, and seed lipid storage.” Plant Physiol. 148:546-556 (2008))には、シロイヌナズナについて、Phosphopantetheine Adenylyl-tranferase(PPAT)をコードする遺伝子を破壊した個体(ppat-1変異株)の栄養生育および種子収量が著しく低下すること(Fig.2)、逆にPPATの過剰発現個体(OE株)では、野生型と比べて、塩類耐性、浸透圧(マンニトールを用いた試験)耐性の増強効果が得られ、野生型よりも生育が促進されたことが報告されている(Fig.3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2009−536029号公報
【特許文献2】特開2005−253395号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Wen-Xue Li et al.,“The Arabidopsis NFYA5 Transcription Factor Is Regulated Transcriptionally and Posttranscriptionally to Promote Drought Resistance”,The Plant Cell, Vol.20:2238-2251(2008)
【非特許文献2】Donald E. Nelson et al.,“Plant nuclear factor Y (NF-Y)B subunits confer drought tolerance and lead to improved corn yields on water-limited acres”,PNAS, vol.104, No.42,16450-16455(2007)
【非特許文献3】Rubio S. et al.,“The coenzyme A biosynthetic enzyme phosphopantetheine adenylyltransferase plays a crucial role in plant growth, salt/osmotic stress resistance, and seed lipid storage.”Plant Physiol. 148:546-556 (2008)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
植物の生育、環境ストレスに対するシグナル伝達経路のメカニズムは複雑であることから、生産性、環境ストレス耐性に優れた植物の作出についても、上記のように、種々の形質転換方法が提案されている。しかしながら、ヤトロファに関しては、ストレスにかかわる制御タンパク質、耐性にかかわる機能タンパク質などは明らかにされていないのが現状であり、生育性に優れた形質転換ヤトロファについての情報も見当たらない。
【0012】
本発明の目的は、生育性に優れたストレス耐性ヤトロファを作出することにあり、その手法として、ヤトロファの補酵素A生合成にかかわる酵素の1つであるPhosphopantetheine Adenylyl-tranferase(PPAT)をコードするポリヌクレオチドを同定し、当該ポリヌクレオチドを用いた形質転換ヤトロファを作出することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、ヤトロファのPPATをコードする遺伝子を単離、同定することに成功し、本発明を完成した。
すなわち、本発明の新規なDNAは、配列番号1のアミノ酸配列を有するヤトロファ由来のPPATをコードするDNAであり、好ましくは配列番号2で示されるDNAである。
【0014】
本発明は、さらに、上記本発明のDNAが組み入れられた、ヤトロファ植物体形質転換用ベクター、当該ベクターを含む形質転換体、当該ベクターを用いて形質転換されたヤトロファ植物体であって、野生型と比べてPPATを過剰発現できる生育性、ストレス耐性に優れた形質転換ヤトロファも対象とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明では、細胞において、種々の代謝に関与する補酵素Aの合成反応の1つであるPPATをコードする遺伝子を導入しているので、形質転換ヤトロファにおいてPPATを過剰発現することができ、これにより代謝機能、生育を増強することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】植物(シロイロナズナ)における、パントテン酸から補酵素Aを生合成する経路を示す図(Kupke T et al., 4-Phosphopantetheine and Coenzyme A Biosynthesis in Plants J. Biol. Chem. 278:38229-38237 (2003)より転載)である。
【図2】実施例におけるJcPPAT cDNAのゲル電気泳動の結果を示す写真である。
【図3】ヤトロファゲノムとPCR法によって増幅されるJcPPAT遺伝子の関係を示す図である。
【図4】pGWB11プラスミドの遺伝子マップ(Nakagawa et al., “Development of Series of Gateway Binary Vectors, pGWBs, for Realizing Efficient Construction of Fusion Genes for Plant Transformation”, Journal of Bioscience and Bioengineering Vol. 104 (2007), No. 1 p.38を参照)である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
〔JcPPAT及びこれをコードするポリヌクレオチド〕
本発明に係る単離されたポリヌクレオチドは、ヤトロファのphosphopantetheine Adenylyl−transferase(JcPPAT)をコードするDNAであり、具体的には、配列番号1に示すアミノ酸配列をコードするDNAである。
【0018】
本発明に係る新規なDNAは、配列番号1に示すアミノ酸配列をコードするものであればよいが、配列番号2に示す塩基配列を有するDNAが、ジャトロファゲノムに由来することから、形質転換ジャトロファ作出のために用いられるDNAとしては好ましい。
【0019】
ここで、PPATとは、補酵素Aの生合成に関与する酵素である。補酵素Aは、図1に示すように、パントテン酸から生合成され、PPAT(AtCoaD)は、4'-phosphopantetheineとDephospho-coenzymeAの交換反応を触媒する酵素である。補酵素Aは、パントテン酸とアデノシン二リン酸、2−チオキシエタンアミンから成り立っており、化学式C213616Sで表わされる。末端のチオール基に様々な化合物のアシル基がチオエステル結合することによって、種々の代謝反応に関与している。代表的には、原核生物から真核生物の細胞において共通して機能する、TCA回路に関わる補酵素である。
【0020】
本発明のJcPPATポリペプチドをコードするポリヌクレオチド(JcPPAT遺伝子)の調製方法は、特に限定しないが、ヤトロファ由来のPPAT遺伝子に該当する、配列番号2のDNAは、ヤトロファmRNAから、下記プライマーセット(配列番号3、4)を用いてRT−PCR反応を行うことにより、目的とするポリヌクレオチド(PPATをコードするcDNA)のPCR産物として得ることができる。
【0021】
【化1】

【0022】
mRNAの調製は、通常行われる手法により行うことができる。例えば、凍結した植物体を乳鉢などで摩砕後、得られた摩砕物から、グリオキザール法、グアニジンチオシアネート−塩化セシウム法、塩化リチウム−尿素法、プロテイナーゼK−デオキシリボヌクレアーゼ法などにより、粗RNA画分を抽出調製すればよい。また、市販のキットを用いてもよい。
【0023】
原料となる植物体の組織は特に限定せず、成熟過程における種子あるいは発芽時の種子であってもよいし、成葉であってもよいし、その他、茎などを用いてもよい。これらのうち、種子貯蔵脂質代謝によるエネルギー生産が活発な発芽中の種子からは、より多量のPPAT mRNAを得ることができる。種子発芽時には、大量のエネルギーが必要となるため、種子に貯蔵されていた脂質代謝にあたりPPAT活性が増強されるためと考えられる。また、成熟過程にある種子においても、脂質蓄積のためにPPAT活性が増強されると考えられるので、PPAT mRNAを効率よく得ることができると考えられる。ただし、種子のように、組織に多量の油脂が含まれているような場合、粉砕物を精製した後、RNA抽出を行うことが好ましい。
【0024】
得られたPCR産物の塩基配列の決定、確認は、従来より公知の手法、例えば、マキサム−ギルバートの化学修飾法、又はM13ファージを用いるジデオキシヌクレオチド鎖終結法等の公知手法により行えばよい。
【0025】
なお、本発明にかかる新規な遺伝子は、ヤトロファmRNAから得られる配列番号2のDNAに限らず、配列番号1のアミノ酸配列(PPAT)をコードできる塩基配列を有するDNAであればよく、配列番号2以外の塩基配列を有するDNAの場合には、人工的に合成してもよい。
【0026】
〔ストレス耐性形質転換ヤトロファの作出〕
本発明のストレス耐性形質転換ヤトロファは、上記で調製される、JcPPATをコードするDNA(以下「JcPPAT遺伝子」という)を発現又は発現調節のためのプロモータと作動可能に連結した発現カセットを、野生型ヤトロファに遺伝子導入することにより作製される。
【0027】
本発明が対象とするヤトロファの種類は特に限定せず、ヤトロファ・クルカス(Jatropha curcus)、ヤトロファ・ポタグリカ(Jatropha potagurica)、ヤトロファ・ムルチフィダ(Jatropha、multifida)、ヤトロファ・ベルランディエリ(Jatropha berlandieri)、ヤトロファ・インテゲリマ(Jatropha integerrima)などを用いることができる。これらのうち、油脂含有量が多いという点から、ヤトロファ・クルカスが好ましく用いられる
【0028】
遺伝子導入方法は、プロトプラスト同士を融合させる方法、電気穿孔法、遺伝子ショットガン法等の細胞に直接的にDNAを導入する方法;アグロバクテリウム(Agrobacterium tumefaciens)やR.rhizogenesを利用して間接的に導入する方法のいずれの方法により行ってもよいが、好ましくはアグロバクテリウムを用いる方法である。以下、アグロバクテリウムを用いる形質転換方法について説明する。
【0029】
アグロバクテリウムは植物病細菌で、LB(レフトボーダー)とRB(ライトボーダー)に挟まれた領域(T−DNA(Transferred DNA)領域)を切り出して宿主ゲノムに挿入することができるTiプラスミドをもっている。このT−DNA領域内に、導入しようとする遺伝子、すなわちJcPPAT cDNAを組み込んだプラスミドを有するアグロバクテリウムを、宿主植物へ感染させると、T−DNA領域が切り出されて、vir領域にコードされているタンパク質群と複合体を形成して植物細胞内に侵入し、さらに宿主ゲノムに挿入することができる。
【0030】
アグロバクテリウムを用いる形質転換方法としては、バイナリーベクター法が好ましい。バイナリーベクター法とは、TiプラスミドのT−DNAを欠落させたプラスミド(pAL4404など)とは別に、T−DNA領域のボーダー(LB及びRB)を有するプラスミドのT−DNA領域に目的の外来遺伝子を組み込んだプラスミドをアグロバクテリウムに導入して植物に感染させることにより、目的遺伝子を植物ゲノムに挿入する方法である。
【0031】
バイナリーベクター法を利用した、形質転換ヤトロファの作出に用いられる発現カセットは、T−DNA領域に、上記本発明に係るJcPPAT遺伝子、及び当該ヌクレオチド発現のためのプロモータ、マーカー遺伝子、レポータ遺伝子を含んでいる。
【0032】
プロモータとしては、35Sカリフラワーモザイクウィルスプロモータ、ノパリンシンターゼ(NOS)プロモータ、並びにβファゼオリン、ナピン、ユビキチンなどの他の胚乳特異的プロモータが挙げられる。
【0033】
選択マーカー遺伝子としては、抗生物質または除草剤のような選択剤に対する抵抗性を付与する遺伝子が用いられる。具体的には、カナマイシン耐性遺伝子、パロモマイシンB耐性遺伝子、またはグルフォシネート及びグリフォセートのような除草剤に対する抵抗性遺伝子などが挙げられる。形質転換体を視覚的に同定できる選択マーカー、例えば、ルシフェラーゼ、または緑色蛍光タンパク質(GFP)のような発色または蛍光タンパク質を発現する遺伝子又は種々の発色体基質が知られているβグルクロニダーゼまたはGUSを発現する遺伝子も利用することができる。このような選択マーカーは、レポータ遺伝子としても利用できる。
【0034】
必要に応じて、さらにエンハンサー、ターミネータ、タグなどを含んでもよい。エンハンサーは、目的遺伝子の発現効率を高めるために用いられ、CaMV35Sプロモーター内の上流側の配列を含むエンハンサー領域などが挙げられる。ターミネータとしては、プロモータにより転写された遺伝子の転写を終結できる配列であればよく、例えば、ノパリン合成酵素(NOS)遺伝子のターミネータ、オクトビン合成酵素(OCS)、CaMV35S RNA遺伝子のターミネータが挙げられる。
【0035】
バイナリーベクター法によるヤトロファの形質転換に用いるバイナリーベクターとしては、上記発現カセットをT−DNA領域に含むもので、具体的には、pBI系、pPZP系、pSMA系、pGWB系などの市販ベクターに上記発現カセットを組み入れたものを用いることができる。特に、Gateway(登録商標)のクローニングシステムが適用可能な植物形質転換用バイナリーベクターが好ましく、このようなベクターとしては、pGWB系ベクターが挙げられる。このpGWB系ベクターは、プロモータとしてカリフラワーモザイクウィルス(CaMV)35Sプロモータ;選択マーカー遺伝子としては、ハイグロマイシン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子;レポータとしてβ−グルクロニダーゼ(GUS)、緑色蛍光タンパク質(GFP)、ルシフェラーゼ(LUC)、黄色蛍光タンパク質(YFP)、シアン蛍光タンパク質(CFP);タグとして、6xHis、FLAG、3xHA、4xMyc、GST、T7−エピトープを用いて、目的遺伝子及びレポータが作動可能に連結されている。さらにN末端、C末端の双方に融合できるように、レポータ、タグをコードする配列がある。
【0036】
Gatewayクローニングシステムとは、Gatewayシグナル(att)を用いることによって、発現ベクターの構築を容易にしたものである。attP1、attP2配列を有するドナーベクターと目的遺伝子の両端にattB1、attB2配列を付加したものとの間で反応(BP反応)させることにより、目的遺伝子が組み込まれたエントリーベクター(両端にattL1、attL2配列を有する)を作製し、次いで、このエントリーベクターと発現に必要なプロモータが組み込まれたデスティネーションベクター(attR1、attR2配列を付加)と組みかえ反応(LR反応)することにより、目的遺伝子が挿入されたベクター(発現ベクター)を作製する方法である。
【0037】
従って、まず、クローニングしたJcPPAT cDNAを、ドナーベクターとの間でBP反応させることによりドナーベクターに組み入れたエントリーベクターを調製し、次いでこのエントリーベクターとデスティネーションベクター(pGWB)とをLR反応させることにより、目的とするDNA(JcPPAT遺伝子)が組み入れられた発現ベクターを作製することができる。
【0038】
Gatewayバイナリーベクター(pGWB)を用いた植物形質転換用発現カセットの構築については、Nakagawa et al.,“Development of Series of Gateway Binary Vectors, pGWBs, for Realizing Efficient Construction of Fusion Genes for Plant Transformation”, Journal of Bioscience and Bioengineering Vol. 104, No.1.34-41(2007)に詳述されている。
【0039】
以上のようにして作成した発現ベクター(植物形質転換用ベクター)は、大腸菌中で増幅させることができる。増幅した形質転換用ベクターは、エレクトロポレーション法等により、アグロバクテリウムに導入すればよい。このようにして発現ベクターを導入したアグロバクテリウムを、ヤトロファの形質転換に用いる。
【0040】
植物形質転換用ベクターを搭載したアグロバクテリウムの感染によるヤトロファへの目的遺伝子(JcPPAT遺伝子)の導入は、リーフディスク法などの公知の方法を用いて行うことができる。
【0041】
具体的には、アグロバクテリウムをMS培地に懸濁した感染用菌液を調製し、この菌液に宿主となるヤトロファの一部(好ましくは子葉のカット片、以下「ヤトロファ葉片」という)とを3日間程度共培養する。共培養に先立って、ヤトロファの葉片を、MS培地に2日間程度浸漬し、さらにはソニケーションしておくことが好ましい。これにより導入効率を高くすることができる。さらにまた、アグロバクテリウム菌の懸濁液に砂を加えた状態で振動を与えるSandvortex法は、アグロバクテリウムの感染力が高まり、好ましい。
共培養培地としては、MS培地などに、IBA、BAなどの植物ホルモンを添加した培地が用いられる。
【0042】
共培養後、ヤトロファ葉片を洗浄し、選択培地(形質転換用ベクターの発現カセットで用いられた選択マーカー遺伝子に対応する抗生物質を含有)に移して、インキュベートした後、葉片に形成されたカルスを切り取り、選択培地に移して、さらに、形質転換されたヤトロファ(組換え細胞)のスクリーニングを行う。
【0043】
選択培地としては、選択用物質となる抗生物質(カナマイシン、ハイグロマイシン)を、前培養に用いた培地(MS培地など)に添加し、さらに植物ホルモンとして、IBA、BA、TDZなどを含有したものが好ましく用いられる。
【0044】
次に、選抜したカルスをRI培地、MS培地などの培地に移して、発根させ、植物体へ再分化させる。再分化誘導は、培地におけるオーキシンやサイトカイニン等の植物生育調節物質、炭素源等の各種成分の種類や量、光、温度等を適切に設定することにより行うことができる。
【0045】
〔形質転換ヤトロファ〕
本発明の形質転換ヤトロファでは、細胞における種々の代謝反応に関与する補酵素Aの合成反応に関与する酵素の1つであるPPATをコードするDNA(JcPPAT遺伝子)を野生型と比べて多量に有しているので、PPATを過剰発現することができ、さらに、野生型と比べて補酵素Aの合成が促進されると考えられる。上述の非特許文献3に開示されているように、シロイロナズナにおいて、PPATの過剰発現個体(OE)は、補酵素Aの濃度が野生型に比べて増大し、塩類耐性、浸透圧(マンニトールを用いた試験)耐性の増強効果が得られたこと、さらに植物の生育が増強されていたことが報告されている(Fig2,3)。本発明の形質転換ヤトロファについても同様に、PPATの過剰発現により、補酵素A濃度を増大させ、ひいては塩類、浸透圧、乾燥ストレス耐性、生育の強化促進効果が期待できる。ひいては、種子の収穫量増大も期待できる。
【0046】
さらに、非特許文献3では、PPATの過剰発現株では種子の油量含量が30〜50%増加し、脂肪酸組成にも変化が見られたことが報告されている。従って、本発明の形質転換ヤトロファにおいても、種子の油量含量が増加し、野生株と異なる脂肪酸組成をもつ果実をもつことが期待される。
【0047】
なお、本発明の形質転換植物体は、形質転換処理を施した「T1世代」のほか、その植物の種子から得られた後代である「T2世代」、薬剤選抜あるいはサザン法等による解析により形質転換であることが判明した「T2世代」植物の花を自家受粉して得られる次世代(T3世代)などの後代植物もふくまれる。
【実施例】
【0048】
本発明を実施するための形態を実施例により説明する。下記実施例は、本発明の範囲を限定するものではない。
【0049】
〔ヤトロファにおけるPPATコードDNAの単離および同定〕
(1)ヤトロファにおけるPPATコードDNA
かずさDNA研究所と大阪大学が住友電気工業株式会社の寄付の下で進めていた、ヤトロファゲノムプロジェクトにおいて解読されたヤトロファのゲノム情報(コンティング地図)に基づき、シロイヌナズナPPAT(At2g18250)と相同性を示す遺伝子をTBLASTN検索した。なお、シロイヌナズナのPPATの遺伝子情報は、Arabidopsis Information Resource (TAIR)の遺伝子登録情報(http://arabidopsis.org/servlets/TairObject?type=locus&name=AT2G18250)を参照した。その結果、ヤトロファのゲノムDNA配列上(コンティング948.1、コンティング6725.1)に1クローンのPPATをコードする遺伝子配列が存在することが推測された。
【0050】
(2)ヤトロファ全RNAの調製
日光種苗株式会社より購入したタイ系統ヤトロファ(Jatropha curcas)の発芽4日目の種子を用いた。殻を剥いたヤトロファ種子を70%エタノール及び次亜塩素酸ナトリウムにより表面滅菌後、1/2MS培地上に置き、30℃、16時間/8時間の明暗周期の下、4日間培養し、発芽させた。発芽中の種子1粒(約1g)から、ConcertTM Plant RNA Reagent (Invitrogten)を用い、全RNAを含むサンプルを調製した。調整したサンプルには多量の油脂分が含まれていたために、これを除去するためRNeasyミニカラム(QIAGEN)によりRNAサンプルを精製して全RNAを得た。
【0051】
また、上記ヤトロファの種子を生育させて得られた成葉(1g)から、ConcertTM Plant RNA Reagent (Invitrogten)を用い、全RNAを含むサンプルを調製した。
【0052】
(3)ヤトロファPPAT cDNAのクローニング及び増幅
(2)で発芽時種子及び成葉夫々から調製した全RNAを、夫々鋳型として、Reverse Transcription System(Promega)を用いたAMV逆転写酵素による、cDNAの合成を行なった。プライマーにはシステム添付のOligo(dT)15を用いた。
【0053】
ゲノムDNA配列上に存在が推測されたPPATをコードする候補遺伝子を増幅するため、上記で調製したヤトロファcDNAを鋳型として、下記プライマーセット(配列番号3,4)を用いて、PCR反応を行うことにより、目的とするJcPPAT cDNAを増幅した。
【0054】
【化1】

【0055】
具体的には、下記PCR用反応液に、(1)で調製したヤトロファcDNA溶液1μlを加えて全量20μlとして、以下の条件でPCR反応を行った。
94℃、2分間保持した後、[94℃,15秒→55℃,30秒→68℃,3分]を40回繰り返し、次いで、4℃まで冷却した。PCRに用いた反応液は、下記の通りである。
0.4Unit KOD plus polymerase(東洋紡)
1x KOD plus buffer(東洋紡)
0.2mM dNTPs(東洋紡)
1mM MgSO4(東洋紡)
1μM フォワードプライマー(配列番号3)
1μM リバースプライマー(配列番号4)
【0056】
反応終了後、増幅により得られたJcPPAT cDNAをアガロース電気泳動で確認した。電気泳動の結果を図2に示す。Sは、発芽時の種子から調製したJcPPAT cDNAサンプルであり、Lは成葉から調製したJcPPAT cDNAサンプルであり、Nはネガティブコントロールである。JcPPAT cDNAであると思われる400〜500bp付近にバンドが確認できた。発芽時種子のcDNAサンプルのバンドは、成葉のcDNAサンプルのバンドと比べて濃かった。このことから、発芽時の種子では、種子に貯蔵された脂質代謝を活発に行う必要があり、大量のエネルギーを要するために、より多くのPPATが発現されているのではないかと推測される。
【0057】
〔植物組み換え用ベクターの作製(形質転換用プラスミドの構築)〕
上記で増幅したcDNAに、Gatewayクローニングシステム適用にあたり、下記に示すアダプター配列attB1(配列番号5),attB2(配列番号6)を付加するためにPCR反応を行った。
【0058】
【化2】

【0059】
PCR反応液としては、下記溶液に、上記PCRで増幅したDNA溶液1μlを加えて全量50μlとしたものを用いた。
1Unit KOD plus polymerase(東洋紡)
1x KOD plus buffer(東洋紡)
0.2mM dNTPs(東洋紡)
1μM attB1_adapter
1μM attB2_adapter
【0060】
PCR反応の温度サイクルは次の通りである。94℃, 1分間保持した後、[94℃, 15秒 → 45℃, 30秒 → 68℃, 1分] を5回繰り返し、さらに[94℃, 15秒 → 55℃, 30秒 → 68℃, 1分]を20回繰り返した後、4℃まで冷却した。反応終了後、PCR産物をアガロース電気泳動で確認した。
【0061】
得られたPCR産物の配列をDNAシークエンサーで配列決定した。ポリペプチドコード領域の配列は、配列番号2で示される通りであった。なお、ヤトロファゲノムDNAとJcPPAT遺伝子、PCR反応に用いたプライマーとの関係は、図3のようになる。
【0062】
配列番号2で示すDNA(JcPPAT)を、インビトロジェン社のゲートウェイシステム(登録商標)のドナーべクター(pDONR221)を用いて、クローニングした。具体的には、PCRにより増幅したJcPPAT遺伝子(attB1、attB2を両端に有している)とドナーベクターpDONR221を混合後、BP clonase (Invitrogen) を用いて組み替え反応(BP反応)を行うことにより、エントリーベクターとなるpENTRJcPPATを得、これを大腸菌DH5α株に導入した。pDONR221は、カナマイシン耐性遺伝子をマーカー遺伝子として導入されたものである。
【0063】
pENTRJcPPATプラスミドを大腸菌から抽出し、制限酵素XhoI(タカラバイオ)により直鎖化したプラスミドベクター(デスティネーションベクター)pGWB11と混合後、LR clonase (Invitrogen)を用いて組み替え反応を行った。
pGWB11は、図4に示すように、プロモータとして35Sプロモータを有し、C末端にFLAGタグが付加されている。また、HindIII−SacI間に、35Sプロモータ−R1−Cmr−ccdB−R2−FLAGが入っている。R1−Cmr−ccdB−R2の部分が、エントリーベクターとのLR反応によりattB1−(PPAT)−attB2に入れ替わることができる。このようにして、植物組み換え用ベクターとなるpGWB11JcPPATを得た。
【0064】
〔形質転換体の作製〕
(1)形質転換用アグロバクテリウムの調製
上記組換え用ベクターをエレクトロポレーション法によりアグロバクテリウムに導入し、形質転換した。この形質転換アグロバクテリウムを、YEB液体培地(50mg/lカナマイシン、50mg/lハイグロマイシン添加)で、30℃、2日間振とう培養した後、遠心分離により集菌した。集菌した菌をYEB培地に再懸濁して、感染用菌液を調製した。
【0065】
(2)ヤトロファの形質転換
宿主となるヤトロファ細胞には、ゲノム抽出に用いたヤトロファと同種のタイ系統ヤトロファ(Jatropha curcas)を用いた。このヤトロファの成葉を用いて、リーフディスク法により形質転換を行った。具体的には、まず、宿主となるヤトロファの成葉のカット片((約25mm2)、以下「ヤトロファ葉片」という)を、家庭用漂白剤を水道水で10倍に希釈した液で滅菌し、MS基本培地に植物ホルモン(TDZ, IBA, BA)を添加したPre-conditioning寒天培地上に2日間25℃で静置する。アグロバクテリウムをMS培地に懸濁した感染用菌液を調製し、この菌液に先のヤトロファ葉片を浸漬し、10分間振とうする。その後、3日間、25℃で遮光環境下で寒天培地上で共培養する。共培養培地としては、Pre-conditioning培地に、Acetosyringoneを添加したCo-cultivation培地を用いる。
【0066】
(3)形質転換ヤトロファのスクリーニング
上記で作製した発現カセットが、ヤトロファの染色体ゲノムに安定して挿入された形質転換体をスクリーニングする。
具体的には、共培養後のヤトロファ葉片をセフォタキシムナトリウム水溶液(200 mg / l)で洗浄し、形質転換されたヤトロファ(組換え細胞)のスクリーニングを行う。スクリーニング用抗生物質としてはカナマイシン(20 mg / l)を用いる。まず、Shoot regeneration I寒天培地(SR-I)に移して、25℃で培養した際にカルスの形成が見られた葉片を、Shoot regeneration II(SR-II)寒天培地に移す。
次に、選抜したカルスをShoot elongation I寒天培地(SE-I)、Shoot elongation II寒天培地(SE-II)に移して、不定胚を分化させ、Root induction寒天培地(RI)において発根を誘導し、再分化したヤトロファ植物(T1)を得る。
【0067】
使用した培地組成を以下に示す。
<MS基本培地>
MS 1x, (pH5.8)
スクロース 3%
Myo-inositol 100 mg / l
Thiamine-HCl(pH5.8) 10 mg / l
Agar 0.8 %
【0068】
<1/2 MS培地>
MS 0.5x, (pH5.8)
スクロース 1.5%
Myo-inositol 50 mg / l
Thiamine-HCl(pH5.8) 5 mg / l
Agar 0.8 %
【0069】
<Pre-conditioning培地>
MS基本培地
TDZ (thidiazuron) 0.5 mg / l
BA (6-6-benzylaminopurine) 1 mg / l
IBA (indole-3-butyric acid) 0.075 mg /l
【0070】
<Co-cultivation培地>
MS基本培地
TDZ (thidiazuron) 0.5 mg / l
BA (6-benzylaminopurine) 1 mg / l
IBA (indole-3-butyric acid) 0.075 mg /l
AS (Acetosyringone) 20 mg /l
【0071】
<SR-I培地>
MS基本培地
TDZ (thidiazuron) 0.5 mg / l
BA (6-benzylaminopurine) 1 mg / l
IBA (indole-3-butyric acid) 0.075 mg /l
Cefotaxim-Na 200 mg /l
カナマイシン 20 mg /l
【0072】
<SR-II培地>
MS基本培地
BA (6-benzylaminopurine) 3 mg / l
IBA (indole-3-butyric acid) 0.5 mg /l
Cefotaxim-Na 200 mg /l
カナマイシン 20 mg /l
【0073】
<SE-I培地>
MS基本培地
BA (6-benzylaminopurine) 2 mg / l
Cefotaxim-Na 200 mg /l
カナマイシン 20 mg /l
【0074】
<SE-II培地>
MS基本培地
BA (6-benzylaminopurine) 2 mg / l
カナマイシン 20 mg /l
【0075】
<RI培地>
MS基本培地(1/2濃度のMS)
IBA (indole-3-butyric acid) 0.2 mg /l
【0076】
(4)JcPPAT遺伝子発現の確認
スクリーニングにより選択された形質転換体において、PPATが過剰発現することを確認する。
形質転換細胞(PPATポリペプチドをプロモータによって発現する形質転換双子葉細胞)及び、コントロール(野生型ヤトロファの双子葉細胞)を培養した後、mRNAを抽出し、配列番号1に示すヌクレオチドを鋳型としてRT−PCR反応により増幅させ、JcPPATのmRNA量を定量し、コントロールと比較する。
【0077】
〔形質転換ジャトロファの作出及び生育性の確認〕
JcPPAT遺伝子を導入した形質転換カルスから誘導した不定胚を、さらにRI培地に移して発根させ、再分化したヤトロファ植物(T1)を作出する。
【0078】
作出に際して、発根の根の長さ、葉の面積、補酵素A濃度を測定し、野生型と比較する。 また、再分化させて得られた植物体を砂耕栽培し、任意の時点における灌水を中断した後の水不足条件で栽培した際の光合成速度およびクロロフィル蛍光、蒸散速度および、成葉の黄変、巻き上がり、落葉を野生株と比較し、乾燥ストレス耐性を評価する。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明の新規なポリヌクレオチド、すなわち単離された、野生型ヤトロファのPPATをコードするDNAは、生育増強ヤトロファ、乾燥ストレス耐性ヤトロファの作出に利用できる。また、種子の脂肪酸含量の増加及び脂肪酸組成を改変したヤトロファ品種の作出に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で示されるヤトロファ由来のPPATをコードする、単離されたDNA。
【請求項2】
配列番号2で示される、請求項1に記載のDNA。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のDNAが組み入れられた、ヤトロファ植物体形質転換用ベクター。
【請求項4】
請求項3に記載のベクターを含む形質転換体。
【請求項5】
請求項4に記載のベクターを用いて形質転換されたヤトロファ植物体であって、野生型と比べて、PPATを過剰発現できる形質転換ヤトロファ。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−120478(P2012−120478A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−273619(P2010−273619)
【出願日】平成22年12月8日(2010.12.8)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「新エネルギー技術研究開発/バイオマスエネルギー等高効率転換技術開発(先導技術開発)/乾燥ストレス耐性改良型ヤトロファの創出とその機能評価に関する研究開発」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】