説明

リスク判定装置

【課題】手軽な構成で、個人毎に異なる熱中症や低体温症など体温調節系の異常のリスクを早い段階で検知可能な装置を提供すること。
【解決手段】リスク判定装置20は、被験者の末梢血流に関連する生理指標を計測する計測部21と、前記生理指標の揺らぎの大きさを取得し、前記揺らぎの大きさから体温調節異常のリスクを判定する解析部28と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、被験者の末梢血流に関連する生理指標を計測し、熱中症、低体温症など、体温調節系の異常のリスクを検知する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
熱中症を予防するために、温度、湿度を計測し、その環境下での熱中症のリスクを表示するような装置が市販されている。これは温度、湿度から熱指標と呼ばれる指標(WBGT)を算出し、この度合いを表示するものである。ただし、熱中症は同じ環境下でも個人の年齢、性別、生活習慣、体調、精神状態、運動状態、着衣などにより発症するリスクは大きく異なるため、これらをいっしょにモニタする必要がある。そのような取り組みがいくつか行われている。特許文献1では、熱指標と生体データと運動レベルと体力強弱から熱中症予防対策を通知している。特許文献2では、特殊環境の作業者の作業着内で心拍数か深部体温をモニタして熱中症警告を行っている。特許文献3では、生体センサと気象センサのデータから異常検知、本人に確認後通報している。特許文献4では、個人情報と環境情報から人体熱モデルで生体指標を推定し生体障害(熱中症、低体温症)リスク判定を行っている。
【0003】
また、末梢皮膚温を計測し、その周期性変動(「揺らぎ」又は「リップル」ともいう。)を計測し、この有無から人の温冷感(寒い、暑いといった感覚)を検出する技術についても検討が進められている(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4129477号公報
【特許文献2】特開2009−108451号公報
【特許文献3】特許第3762966号公報
【特許文献4】特開2002−24957号公報
【特許文献5】特開2008−241135号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1から特許文献4のいずれも、使用する生理指標について、生理学的機序に基づいた具体的な判定基準を開示していない。いずれも体温(深部体温)を用いて判定しているが深部体温が上昇してくるときにはすでに熱中症になっており、このタイミングで検知しても予防にはならないと考えられる。熱中症を予防するためにはそのリスクをいち早く検知し本人に伝える必要がある。熱中症や低体温症は共に体温調節系の機能が破綻し、体温調節が出来ない状態である。そのリスクをいち早く捉えるためには機能破綻の最初の段階を捉える必要がある。
【0006】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、個人毎の体温調節系の異常をいち早く検知することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
リスク判定装置は、被験者の末梢血流に関連する生理指標を計測する計測部と、前記生理指標の揺らぎの大きさを取得し、前記揺らぎの大きさから体温調節異常のリスクを判定する解析部と、を備える。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、個人毎の体温調節系の異常をいち早く検知することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】第1の実施の形態に係るリスク判定装置の構成を示すブロック図である。
【図2】環境変化に対する手の指先末梢皮膚温の変動と温冷感を示す図。
【図3】熱中症のリスク検知の概念を示す模式図。
【図4】熱中症のリスク検知処理のフローチャートを示す図。
【図5】低体温症のリスク検知の概念を示す模式図。
【図6】低体温症のリスク検知処理のフローチャートを示す図。
【図7】第2の実施の形態に係るリスク判定装置の構成を示すブロック図。
【図8】第2の実施の形態に係るリスク判定装置の表示例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に添付図面を参照して、本発明の実施の形態に係る体温調節系異常リスク計測装置を詳細に説明する。
【0011】
(第1の実施の形態)
本実施形態に係る計測装置は、被験者の生体指標として指の皮膚温を末梢皮膚温として計測するための生体指標計測部を用いる。
【0012】
図1は、第1の実施の形態に係る計測装置の構成を示すブロック図である。
【0013】
本計測装置は、温度計測部21と、解析部28と、データ記憶部29と、表示部30と、操作部31と、動作周波数切替部32と、通信部33と、バッテリー34と、バッテリー電圧監視部35と、制御部36とを備えている。
【0014】
本計測装置は、概観としては、例えば指輪のような形で、上記すべての構成を内蔵するもの、あるいは腕時計型で、温度計測部21のみが本体とケーブルで接続され、温度計測部21のみが指に装着されるような形態となる。指輪型の場合、温度計測部21が指の掌側に装着されるように配置される。温度計測部21は、ここではデジタル式温度センサ(例えばSensirion社SHT-11)を用いて、センサチップ内でデジタルの温度値に変換し、シリアル通信(例えばI2C、SPIなど)で制御部36に温度値データが送信される。これはアナログ式でもよく、その場合(例えば温度計測部がサーミスタの場合)、その抵抗変化を計測する図示しない抵抗計測部により電圧に変換し、これを図示しないA/D変換器でデジタル変換し制御部36に送信される。この電圧値を基に抵抗計測部の特性からサーミスタの抵抗値に変換し、制御部にあらかじめ設定した抵抗値と温度の特性関数から温度値を得る。
【0015】
解析部28は、制御部36に取り込まれた温度データを基に、体温調節異常のリスクを判定する処理を行う。
【0016】
データ記憶部29は、計測した温度データだけでなく、解析部28が解析した結果としての体温調節異常のリスク判定値などを記憶する。具体的には、フラッシュメモリなどである。
【0017】
表示部30は、時刻、皮膚温、リスク判定結果、バッテリー状態、メモリ状態、通信状態を表示する表示装置であり、具体的には、LCD(Liquid Crystal Display)などにより構成することができる。
【0018】
操作部31は、時刻モード、計測モードなどのモード切り替えスイッチ、またはバックライト点灯指示を行うためのプッシュスイッチなどを備えた操作部である。
【0019】
通信部33は、外部装置との間のデータの送受信を行うものである。例えば、通信部33は、解析部28が体温調節異常のリスクを検知したとき、その情報を外部にあるサーバに送信し、例えば遠隔地にいる家族や介護者に送信し、現場に駆けつけ対処をするようなサービスを行うことができる。
【0020】
通信部33は、PC、PDA端末、および携帯電話などの外部装置とデータ通信を行う通信部であり、具体的には、Bluetoothなどにより構成することができる。
【0021】
バッテリー34は、計測装置20全体の電源供給を行うものである。バッテリー電圧監視部35は、バッテリー34の電圧を監視するものである。
【0022】
制御部36は、計測装置20全体を制御する制御部であり、被験者の要求および指示を受け付けて各処理部に対する処理要求およびデータの流れを制御する。具体的には、被験者の要求を受け付けて電源のON/OFF、計測開始および計測に関する各種処理などを制御する。
【0023】
次に、このように構成された第1の実施の形態に係る体温調節異常のリスク計測装置20によるリスク検知処理について説明する。
【0024】
人間の体温調節系には、主に末梢血液循環(末梢血流)と発汗、ふるえなどの生理制御と、着衣変更など行動的な制御がある。これらの統合的な制御により、常に深部体温を一定に保ち、生命を維持している。
【0025】
生理指標の制御では、まず始めに末梢血液循環を制御することで体温を調節し、これが困難になると発汗、ふるえなどの反応が現れる。末梢血液循環は血管自律神経により制御されている。環境が暑くなったり、人間が運動することで体内から熱を産生することで深部体温が上昇してくると、これを下げるために末梢の血管に流れる血液量を増加させて末梢から外部に熱を逃がすような反応を起こす。また逆に環境が寒くて深部体温が低下してくると、これを防ぐために末梢の血管に流れる血液量を減少あるいは停止し、外部に熱がにげない様な反応を起こす。これら2つの反応により常に体温は一定に保たれる。このため、末梢の血液量は体温調節系が正常な場合この2つの反応により常に変動することとなる。また皮膚温はこの血液量の変動に合わせて変化する。つまり揺らぎをもつことになる。このような状態の領域は血管調節域と呼ばれている。
【0026】
ただ、例えばこの反応で制御仕切れないぐらい外部が暑くなったり、運動が過多になった場合は、常に血管が開きっぱなしとなり、このような血液量の変動、揺らぎは発生しなくなる。ある意味これは血液による体温調節系機能の破綻である。これが続くことにより発汗などでも体温調節が困難になると、やがて熱中症になる。よって血液による体温調節系の破綻を検知することで、熱中症のリスクを検知することが可能と考えられる。
【0027】
また逆に、極端に外部が寒く、体の熱産生では熱が補いきれなく、末梢血管を閉じっぱなしにしても深部体温が低下してきた場合、低体温症となるので、熱中症と同様に末梢の血液量が減少し揺らぎが発生しなくなったときが低体温症のリスクの発生であるので、これを検知することで低体温症のリスクを検知することができると考えられる。
【0028】
図2に、様々な温湿度環境で計測した皮膚温を示した。30℃RH20%-50%では揺らぎが観測されているが(図2(a))、35℃になるとその揺らぎが消失している(図2(b))。これは35℃では血管調節による体温調節が破綻し、血管が開放したままとなっていることを示している。
【0029】
このような機序を利用した体温調節異常のリスクの検知処理を説明する。
【0030】
まず揺らぎ、および温度勾配の検出手法を説明する。計測装置20内の解析部28では、計測した皮膚温のデータを基に、皮膚温の揺らぎの大きさ(振幅)と、皮膚温の変化の勾配を検知する。この揺らぎは特許文献5に示すように、揺らぎの周波数帯域が0.005-0.04Hz程度であるので、例えばこの帯域を十分に含む時間窓(例えば2分)内で、まず線形回帰を行い、回帰直線の傾きから温度勾配を取得する。回帰直線と元データの差分をとり低周波成分を除去後、極大値、極小値を検出し、その間の値の差から振幅を検出する。振幅がある閾値以上であれば揺らぎがあると判定し、その時間差の2倍の時間の逆数で揺らぎの周波数を算出する。
【0031】
なお、揺らぎの検出手法については、極大値、極小値の検出以外に、フーリエ変換、ARモデル推定、ウェーブレットなどの周波数解析手法を用いて、関心周波数である0.005-0.04Hz付近のパワーを抽出してもよい。
【0032】
熱中症のリスクを検知する場合、一つには、揺らぎの振幅、温度勾配それぞれ設定した閾値(閾値1、閾値2)と比較し、これらがともに閾値よりも小さい場合の時間をカウントし、その値をリスクとして算出する。もしくは、温度勾配を閾値2と比較しこれを下回った場合に、あらかじめ得ていた最大振幅との差分値を積算し、この値をリスク値として算出する。
【0033】
また、揺らぎ振幅、および温度勾配が共に閾値以下の状態の後、さらに皮膚温が上昇する場合、リスクは非常に高いとして判定する。
【0034】
上記の関係を図3に図示した。図3の上は1つめの手法で、温度変化を揺らぎ成分と勾配成分に分離して横軸時間のグラフにしたものである。勾配、および揺らぎの振幅が閾値以下の時間を算出することでリスクを求めている。図3の下は揺らぎの最大振幅から揺らぎの振幅の差分をとり、これを時間軸で積算することでリスクを算出している。
【0035】
次に熱中症のリスク検知の処理の流れをフローチャートに従い説明する。
【0036】
図4(a)は、揺らぎのない時間幅でリスクを判定する場合を述べている。この場合、まず皮膚温を計測し(S401)、上記のように極大値、極小値の検出により皮膚温から揺らぎの振幅を検出し(S402)、また線形回帰により温度勾配を算出する(S403)。それぞれ閾値と比較し(S404)、揺らぎの振幅が閾値1以下かつ温度勾配が閾値2以下の時間をカウントする(S405)。
【0037】
図4(b)は最大振幅との差分の積算による手法を述べている。皮膚温を計測し(S411)、上記のように極大値、極小値の検出により皮膚温の揺らぎの振幅を検出し(S412)、また線形回帰により温度勾配を算出する(S413)。温度勾配を閾値2と比較し(S414)、閾値以下の時に(S414でYES)、最大振幅と振幅の差分の積算を行い(S415)、その値をリスクとして算出する(S416)。
【0038】
一方、低体温症のリスクの検知の手法としては、一つには、揺らぎの振幅が設定した閾値(閾値3)よりも小さい場合の時間をカウントし、その値をリスクとして算出する(S406)。もしくは、揺らぎ振幅が閾値3を下回り、さらに勾配がマイナス方向に大きくなるにつれてリスクの度合いが高くなると判定し、この傾きからリスクを算出してもよい。この関係を図5に図示した。
【0039】
次に低体温症のリスク検知の処理の流れをフローチャートに従い説明する。
【0040】
図6(a)は、揺らぎのない時間幅でリスクを判定する場合を述べている。この場合、まず皮膚温を計測し(S601)、上記のように極大値、極小値の検出により皮膚温から揺らぎの振幅を検出し(S602)、また線形回帰により温度勾配を算出する(S603)。揺らぎ振幅が閾値3より小さい場合に(S604でYES)、その時間をカウントし(S605)、その値を低体温症のリスクとして算出する(S606)。
【0041】
図6(b)は勾配成分による手法を述べている。皮膚温を計測し(S611)、上記のように極大値、極小値の検出により皮膚温の揺らぎの振幅を検出し(S612)、また線形回帰により温度勾配を算出する(S613)。揺らぎ振幅が閾値3より小さい場合に(S614でYES)、温度勾配の正負を逆転した値を算出し(S615)、その値をリスクとして算出する(S616)。上記のように求められたリスクは、制御部を介してデータ記憶部に記録される。なお、ここでは皮膚温から揺らぎを検出したが、例えばレーザードップラ血流計を用いて皮膚血流量を計測し、その値から揺らぎを検出しても同様に計測が可能である。
【0042】
(第2の実施の形態)
図7は、第2の実施の形態に係る計測装置の構成を示すブロック図である。第一の実施の形態に比べ、環境温湿度計測部71、運動量計測部72、情動計測部73の少なくとも1つが追加されている。同一のものについては説明を省略する。
【0043】
皮膚温計測部は第一の実施の形態における温度計測部と同様である。合わせて環境温湿度計測部71は、温湿度センサ(例えばsensirion社製SHT-11)で、センサチップ内で温度、湿度の値をデジタル変換し取得でき、シリアル通信にて制御部にデータを送信する。また運動量計測部72は、具体的には3軸の加速度センサであり、センサ自体にかかる加速度の3軸のスカラー量を算出し、これと消費カロリーとの変換テーブルから消費運動量(カロリー)を算出する。また情動計測部73は、具体的には脈波センサ、あるいは皮膚導電率のセンサである。脈波センサの場合、脈波の一拍ごとの時間間隔を脈波間隔として取得し、この周波数解析を行うことで自律神経活性度に対応する指標LF(0.05Hz-0.15Hzのパワー)、HF(0.15-0.4Hzのパワー)を取得する。HFは副交感神経の活性度を反映、LF/HFが交感神経の活性度を反映する。運動量計測部72で得られた運動量が低い場合で、かつLF/HFの値が高い場合に情動反応が高いと判断する。
【0044】
環境温湿度、運動量、情動の少なくとも1つで計測を行い、その計測結果に基づいて第一の実施の形態と同様に体温調節異常のリスクを判定する。リスクがあらかじめ設定した値を超えた時に、環境温湿度、運動量、情動のそれぞれの基準値に対する割合を求め、熱中症の場合、この値のもっとも高かったもの、低体温症の場合もっとも低かったものが、体温調節異常のリスクの原因となったと判断し、それぞれの値の表示と主原因、および対処法のアドバイスを表示部から表示する。表示イメージを図8に示す。
【産業上の利用可能性】
【0045】
以上のように、本発明の実施の形態に係るリスク判定装置は、日常生活で手軽に個人ごとに異なる体温調節系の状態変化をいち早く検知し、対処につなげることで、熱中症、低体温症の発症予防を実現できる。
【符号の説明】
【0046】
20 リスク判定装置
21 計測部
28 解析部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の末梢血流に関連する生理指標を計測する計測部と、
前記生理指標の揺らぎの大きさを取得し、前記揺らぎの大きさから体温調節異常のリスクを判定する解析部と、
を備えることを特徴とするリスク判定装置。
【請求項2】
前記生理指標は、末梢血流量又は末梢皮膚温を含むことを特徴とする請求項1に記載のリスク判定装置。
【請求項3】
環境温湿度計測部、運動量計測部及び情動計測部の少なくとも1つを更に備え、
前記解析部は、前記環境温湿度計測部、前記運動量計測部及び前記情動計測部の少なくとも1つの計測結果から、前記リスクを判定することを特徴とする請求項2に記載のリスク判定装置。
【請求項4】
前記解析部は、前記揺らぎの大きさが閾値よりも小さい時間の積算値から前記リスクを判定することを特徴とする、請求項3に記載のリスク判定装置。
【請求項5】
前記計測部は、被験者の末梢皮膚温を計測する温度計測部であり、
前記解析部は、前記温度計測部で計測された末梢皮膚温の温度勾配の有無を検出し、前記温度勾配が無く且つ前記揺らぎが消失しているときに前記リスクを判定することを特徴とする請求項4に記載のリスク判定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−212306(P2011−212306A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−84321(P2010−84321)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.Bluetooth
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】