リポソーム複合体、リポソームアレイ、および被検物質を検出する方法
【課題】多試料または多成分の被検物質を迅速に検出することができる、リポソーム複合体、該リポソーム複合体を固定化したリポソームアレイ、および、該リポソームアレイを用いた被検物質の高感度検出法、該方法に用いるキットを提供すること。
【解決手段】pH依存性蛍光色素を内包していることを特徴とするリポソーム複合体、該リポソーム複合体をアビジン修飾ガラス基板上にアレイ状に固定化したリポソームアレイ、該リポソームアレイを用いて被検物質を検出する方法であって、(i)前記リポソームアレイに被検物質を含む試料を添加し、次いで(ii)膜イオンチャンネル形成物質を添加し、
(iii)pH依存性蛍光色素に由来するリポソームの蛍光色素の強度を測定する方法。
【解決手段】pH依存性蛍光色素を内包していることを特徴とするリポソーム複合体、該リポソーム複合体をアビジン修飾ガラス基板上にアレイ状に固定化したリポソームアレイ、該リポソームアレイを用いて被検物質を検出する方法であって、(i)前記リポソームアレイに被検物質を含む試料を添加し、次いで(ii)膜イオンチャンネル形成物質を添加し、
(iii)pH依存性蛍光色素に由来するリポソームの蛍光色素の強度を測定する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リポソームを用いる被検物質の高感度検出法に関する。更に詳しくは、本発明は、リポソームに、被検物質を特異的に結合する物質と、ホスファチジルエタノールアミンのビオチン誘導体(B-cap-PE)とを膜表面に有し、pH依存性蛍光色素を内包させ、且つ、pH依存性蛍光色素を内包するリポソーム内水相の水素イオン濃度がリポソーム外の水素イオン濃度より高くなるように調整されてなるリポソーム複合体、該リポソーム複合体をアビジン修飾ガラス基板上にアレイ状に固定化したリポソームアレイ、該リポソームアレイを用いた被検物質の高感度検出法、該方法に用いるキットに関する。
【背景技術】
【0002】
抗原と抗体間の特異的で厳密な免疫学的相互作用、即ち、免疫反応を利用した検出及び測定法(以下、免疫検出法、免疫測定法)は、例えば、タンパク質、ホルモン、活性ペプチド、オータコイド、腫瘍マーカー、免疫グロブリン等の生体成分、ジゴキシン、フェニトイン、フェノバルビタール等の薬剤等の微量成分を高選択的に分析する方法として広く利用されている。近年、これら生体成分や薬剤等の検出、性質決定、および選別のために測定を必要とする試料数は顕著に増加しており、多数の試料あるいは多成分を迅速かつ自動的に測定できる方法が要求されている。
【0003】
免疫測定法としては、ラジオイムノアッセイ(RIA法)、酵素標識抗体測定法(ELISA)、膜を用いる免疫測定法(membrane-based immunoassay)等が挙げられる。これらの方法は、更に、微小流体システム(microfluidic system)、電気化学水晶振動子マイクロバランス法(EQCM)や表面プラズモ共鳴(SPR)現象等と組み合わせることで、その利用範囲は、益々広がりつつある。しかし、これら免疫測定法は、夫々問題点がある。
【0004】
RIA法は、放射性同位元素を使用しなければならないことから、特別な施設や機器が必要であり、廃棄物を処理が問題となる。ELISA法は、操作上、抗原抗体反応した標識物質と未反応の標識物質の分離(B/F分離)が必要な不均一法(ヘテロジニアス法、固相系)とB/F分離を必要としない均一法(ホモジーニアス法)とに分類される。不均一法は、感度が優れているが、分離(B/F分離)のために、インキュベーションおよび洗浄工程を繰り返す必要があり、測定に多くの時間を要する。従って、多数の試料を迅速に処理するのに適していない。均一法は、操作が簡便で迅速化が可能で、競合的酵素免疫分析法(EMIT)等が実用化されているが、抗原抗体反応による信号の変化に大きく依存し、高分子量物質の測定が困難である。免疫ブロット法のような膜を用いる免疫測定法は、自動化されたマイクロアレイ法等に適用されるが、測定感度は、ラベル試薬の量とシグナル強度により制限される。免疫ブロット法において検出に用いる抗体1分子には、2〜3の酵素分子しか結合することができない(特許文献3)。
【0005】
これら問題点を解決すべくリポソームを用いた免疫測定法が提案されている。リポソームは、同一分子内に親水基と疎水基の両方を有する両親媒性の複合脂質(レシチン、コレステロール、フォスファチジル酸等)を一定の温度以上で緩衝液に懸濁することで調製される脂質二重層からなる小胞体である。リポソームを用いる免疫測定法は、内部に蛍光色素、無機および有機イオン、酵素分子等を内包し、二官能性架橋剤を用いて膜に抗原または抗体を共有結合させたリポソーム複合体(または機能性リポソームと呼ばれている)を使用し、リポソーム内水相から放出される蛍光色素等を、蛍光光度法、電位差測定法などの分析手法により測定するものである。例えば、フルオロフォア(蛍光色素分子)が内包されたリポソームを検出用ラベルとして使用するリポソーム免疫測定法や、リポソームからの電気活性種の放出を利用するリポソームを用いたイムノセンサーについても報告されている。更に、内部に蛍光色素を封入させたリポソーム膜に抗原抗体反応を形成させ、これに補体を作用させてリポソームを破壊し、放出される蛍光色素を測定し検出することで抗原または抗体量を測定する免疫検出法が開発されている(特許文献1、2)。
【0006】
上記のリポソーム複合体を用いる免疫測定法では、抗体あるいは抗原に結合したリポソームと結合していないリポソームをフロー系で分離後、リポソームを破壊し、放出された内封物質を測定するか、溶液に懸濁したリポソームから免疫反応によってマーカーイオンがもれ出るのをイオン選択性電極やボルタンメトリー等により測定する。これら免疫測定法では、抗体あるいは抗原と結合したリポソームと結合していないリポソームを分離する工程(B/F分離)が必要であり、多試料を同時に検定することが困難であった。また、リポソームの破壊工程により、液層へ蛍光色素や発色生成物の拡散が起こるため、感度が低下し、クリアーなシグナルを得ることができなかった。
【0007】
Nikoleisら(非特許文献1、2)は、リン脂質二重層の物性変化を抗原抗体反応でモニターしている。近年、リポソームを破壊することなく被検物質を検出する方法として、被検物質を認識する一次抗体と、一次抗体を認識する二次抗体を表面に有し、かつ、標識物質を内包したリポソームを、リポソームの脂質膜を透過することができる標識物質と反応させることで被検物質を検出する方法が開発されている(特許文献3)。
【0008】
【非特許文献1】Nikolelis, D. P.; Hianik, T. Krull, U. J. Electroanaylisis 1999, 11, 7-15
【非特許文献2】Hianik, T.; et al. Gen. Physiol. Biophys. 1998, 17, 239-252
【非特許文献3】Yanagisawa, H; Hirano, A; Sugawara, M. Anal. Biochem. 2004, 332, 358-340
【非特許文献4】Killian, J.A. Biochem. Biophys. Acta 1992, 1113, 391-425
【非特許文献5】Hirano, A.; Wakabayashi, M.; Matsuno, Y.; Sugawara, M. Biosens. Bioelectron. 2003, 18, 973-983
【非特許文献6】Rudnev, V.S.; Ermishkin, L. N.; Fonina, L. A.+ Rovin, Yu. G. Biochim. Biophys. Acta 1981, 642, 196-202
【特許文献1】特開平5−264551
【特許文献2】特開平7−191033
【特許文献3】特開2003−149246
【特許文献4】特開2005−69823
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
これまで開発されてきたリポソームを用いた検出及び測定法は、多数の試料あるいは多成分を迅速かつ同時に測定するには不十分である。本発明の目的は、リポソームを破壊または溶解することなく、かつ、B/F分離の工程を必要とせず、多試料または多成分の被検物質を迅速に検出することができる、リポソーム複合体、該リポソーム複合体をアビジン修飾ガラス基板上にアレイ状に固定化したリポソームアレイ、該リポソームアレイを用いた被検物質の高感度検出法、該方法に用いるキットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、以下の1〜11に関する。
1.被検物質と特異的に結合する物質を膜表面に有し、pH依存性蛍光色素を内包していることを特徴とするリポソーム複合体。
2.被検物質と特異的に結合する物質が抗体または抗原であることを特徴とする上記1に記載のリポソーム複合体。
3.被検物質と特異的に結合する物質とホスファチジルエタノールアミンのビオチン誘導体(B-cap-PE)とを膜表面に有し、pH依存性蛍光色素を内包していることを特徴とするリポソーム複合体。
4.pH依存性蛍光色素が、2’-7’-ビス-(カルボキシエチル)-6-カルボキシフルオレセイン(BCECF)、8-ヒドロキシフィレン-1,3,6-トリスルフォニックアシッド(HPTS)、セミナフトローダフロース(SNARF)からなる群から選択される、上記1〜3のいずれか1つに記載のリポソーム複合体。
5. pH依存性蛍光色素を内包するリポソーム内水相の水素イオン濃度が、リポソーム外の水素イオン濃度より高くなるように調整されてなる上記1〜4のいずれか1つに記載のリポソーム複合体。
6.上記1〜5のいずれかに1つに記載のリポソーム複合体が、アビジン修飾ガラス基板上にアレイ状に固定化されているリポソームアレイ。
7.以下の(i)〜(iii)の工程を含んでなる、上記6に記載のリポソームアレイを用いる被検物質を検出する方法。
(i)前記リポソームアレイに被検物質を含む試料を添加し、次いで
(ii)膜イオンチャンネル形成物質を添加し、
(iii)pH依存性蛍光色素に由来するリポソームの蛍光色素の強度を測定する。
8.膜イオンチャンネル形成物質が、グラミシジンである上記7に記載の被検物質を検出する方法。
9.上記6に記載のリポソームアレイと、上記8に記載の膜イオンチャンネル形成物質を含む、被検物質を検出するためのキット。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、リポソーム複合体、リポソームアレイ、該リポソームアレイを用いる被検物質の検出法が、リポソームを溶解または破壊することなく、被検物質または被検物質と特異的に結合する物質を蛍光標識することを必要とせず、B/F分離を必要としないことから、従来のリポソームを用いる免疫検出法と比較し、検出測定工程が簡素化され、多試料および多成分を迅速に検出測定できるという格別な効果を有する。また、被検物質(アナライト)の濃度の上昇に伴い、リポソーム複合体に内包されている蛍光強度が増幅することから、種々の生物および化学系試料の高感度検出に適しているという有利な効果を併せ持つ。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明における被検物質は、該被検物質と特異的に結合する物質であれば、特に限定されることはない。
【0013】
被検物質と、該被検物質と特異的に結合する物質の関係としては、免疫学的な関係が挙げられ、具体的には、抗原と抗体の関係が挙げられる。抗原と抗体の関係において、被検物質が抗原である場合、該抗原と特異的に結合する物質は抗体であり、被検物質が抗体である場合は、該抗体と特異的に結合する物質は抗原である。
【0014】
また、被検物質と特異的に結合する物質は、被検物質と間接的に結合する物質であってもよい。即ち、該物質は、被検物質と特異的に結合する物質と結合することができる物質であってもよい。具体的には、被検物質と結合する抗体(一次抗体)と結合することのできる抗体(二次抗体)が挙げられる。
【0015】
上記抗体を作製するために用いる動物としては、ウサギ、マウス、ヤギ、ウマ、ウシ等が挙げられる。抗体としては、動物に免疫することにより得られるポリクローナル抗体でも、ハイブリドーマ法で得られるモノクローナル抗体でもよい。
【0016】
本発明における抗原としての被検物質としては、例えば、タンパク質、ホルモン、活性ペプチド、オータコイド、腫瘍マーカー、免疫グロブリン等の生体成分、ジゴキシン、フェニトイン、フェノバルビタール等の薬剤等の微量成分が挙げられるが、これらに限定されることない。被検物質に対する抗体を作製できるものであれば特に制限はない。
【0017】
また、本発明における、被検物質と、該被検物質を特異的に結合する物質としては、酵素と基質、酵素と阻害剤、ホルモンと受容体、レクチンと糖鎖、DNAとRNA、DNAとDNA、血清アルブミンと色素ブルー、酵素と補酵素、タンパク質とコンビナトリアルリガンドペプチド等の様々な組み合わせを挙げることができる。酵素と補酵素の組み合わせとして、酸化還元酵素と補酵素NADHの組み合わせ等が挙げられる。
【0018】
本発明におけるリポソームは、その膜表面に被検物質と特異的に結合する物質、ホスファチジルエタノールアミンのビオチン誘導体(B-cap-PE)とを有すること、及び、pH依存性蛍光色素を内包することができるリポソームであれば特に制限はない。ここで、ホスファチジルエタノールアミンのビオチン誘導体は、1,2-dioleoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolmine-N-(cap biotinyl)のナトリウム塩(以下、B-cap-PE)が望ましい。
【0019】
本発明におけるリポソーム複合体は、上記リポソームの膜表面に、被検物質と特異的に結合する物質、ホスファチジルエタノールアミンのビオチン誘導体(B-cap-PE)とを有し、その内水相にpH依存性蛍光色素が内包され、及び、リポソーム外よりもリポソーム内水相の水素イオン濃度が高くなるよう調製されたものである。例えば、pH依存性蛍光色素が2’- 7’-ビス-(カルボキシエチル)-6-カルボキシフルオレセイン(BCECF= 2’-7’-bis-(carboxyethyl)-(and-6)-carboxyfluorescein)の場合、リポソーム内水相はpH5.5、被検物質と被検物質と特異的に結合する物質の反応が起こるリポソーム外のpHは、pH5.5以上、好ましくは、pH7.0以上、更に好ましくは、pH7.8が望ましい。
【0020】
本発明におけるpH依存性蛍光色素は、細胞蛍光染色に用いられるpH感受性色素であってリポソームの二重膜を透過できないものが望ましい。具体的には、カルボキシフルオレセイン、2’- 7’-ビス-(カルボキシエチル)-6-カルボキシフルオレセイン(BCECF)、8-ヒドロキシフィレン-1,3,6-トリスルフォニックアシッド(HPTS)、セミナフトローダフロース(SNARF)(モレキュラープローブ社)などが挙げられる。細胞蛍光染色に用いられるpH感受性色素には、BCECFのアセトキシメチル(AM)エステル(BCECF-AM)などの細胞膜透過性を有する誘導体があるが、本発明におけるpH依存性蛍光色素には、これら細胞膜透過性を有する誘導体は含まれない。
【0021】
本発明における膜イオンチャンネル形成物質は、脂質二重層膜を貫通して膜孔を形成するイオノフォア(イオン透過剤)であり、好ましくは、グラミシジンA、B、C、またはD等のグラミシジン(Gramicidin)である。これらグラミシジンは、15個のアミノ酸からなるペプチドであり、そのすべてのアミノ酸は疎水性の側鎖を有している。グラミシジンは、“head-to-head”の状態で二量体化(ダイマー)し、脂質二重膜を貫通する膜イオンチャンネルを形成する。この膜イオンチャンネルは、プロトンを含む一価のカチオンに選択性を有する膜貫通チャンネルである。グラミシジンは、脂質二重膜において、ダイマー形成とモノマーへの解離を繰り返している(非特許文献4)。即ち、グラミシジンのダイマーは、脂質二重膜において、モノマーとの平衡状態にある。
【0022】
本発明における膜イオンチャンネルは、リポソームの脂質二重膜を貫通する膜孔で、上記の膜イオンチャンネル形成物質により誘導形成される。従って、膜イオンチャンネル形成物質としてグラミシジン(Gramicidin)を使用した場合、膜イオンチャンネルは、リポソームの脂質二重膜を貫通するグラミシジンのダイマーが形成する膜孔である。
【0023】
本発明におけるリポソーム複合体は、担体に固定化して用いてもよい。ここで、担体とは、吸着や触媒活性を示す物質を固定(担持)する土台となる物質、即ち基板であり、アルミナやシリカ等が挙げられる。本発明におけるリポソーム複合体が固定化される担体は、アビジンで修飾された担体であれば特に限定されないが、アビジン修飾ガラス基板が好ましい。該アビジン修飾ガラス基板は、ガラス表面にアビジンが結合していることを特徴とするもので、特開2005-69823(特許文献4)、またはYanagisawaら, Anal. Biochem. 2004, 332, 358-340(非特許文献3)に記載の方法により作製することができる。アビジン修飾基板を含む担体の形状としては、膜状、チップ状、アレイ状、ビース状のもの等が挙げられるが、アレイ状のものが好ましい。
【0024】
ここで、アビジン(Avidin)とは、生卵白中に存在する分子量68、000、等電点10〜10.5で、4個のサブユニットで構成される低分子の塩基性糖タンパク質である。アビジンの各サブユニットは1分子のビオチンと特異的に結合することが知られている。本発明におけるリポソーム複合体は、その膜表面にあるホスファチジルエタノールアミンのビオチン誘導体(B-cap-PE)のビオチン残基とアビジンとの特異的結合により、アビジン修飾基板に固定化される。
【0025】
本発明のリポソーム複合体、及び、該リポソーム複合体を固定化したリポソームアレイの作製、及び、本発明の検出法とその原理は以下の通りである。
(1)リポソーム複合体の作製
L-a-ホスファチジルコリン(以下、PC)(12mg)、コレステロール(以下、Chol)(3.0mg)及びB-cap-PE(0.0010mg)を乾燥させて脂質フィルムを形成させ、これを高真空に曝さらす。得られた脂質フィルムに10mM MES(2- 2-モルホリノエタンスルホン酸一水和物)(pH5.5)及び1.0mM BCECFを含む10mLの0.10M NaCl溶液を加えて、5分間ボルテックスすることにより水和し、次いで、15分間、超音波処理し、BCECFを内包するリポソームを形成させる。リポソーム外部液からBCECFを除くために、リポソーム懸濁液を3回の遠心分離(12,000g、4℃)し、沈殿物を目的とするリポソーム複合体とする。この沈殿物を、最終的に、0.10M NaClを含む0.72mLの10mM MES(pH5.5)溶液(以下、MES溶液とする)に拡散させ、使用するまで窒素の存在下(4℃)で保存する(保存リポソーム懸濁液)。リポソームアレイを調製する際は、5.0mlの保存リポソーム懸濁液を1.0mLのMES溶液で希釈して用いる。
このようにして作製したリポソーム複合体は、内水相溶液にBCECF(1mM、pH5.5)を内包するが、条件や使用形態に応じてBCECF以外のpH依存性蛍光色素、例えばHPTSまたはSNRFなどを内包させることができる。また、リポソーム複合体のアビジン修飾基板への固定化を検証するために、内水相溶液にカルセイン(5.0mM KH2PO4/NaOH(pH7.4))を内包するリポソーム複合体を作製することができる。
【0026】
(2)アビジン修飾ガラス基板の作製
アビジン修飾ガラス基板は、特開2005-69823(特許文献4)、またはYanagisawaら, Anal. Biochem. 2004, 332, 358-340(非特許文献3)に記載の方法により作製することができる(図1)。カバーガラス(18x24)を1M NaOH中に1昼夜、浸漬する。Milli-Q水で十分に洗浄後、70℃で約2時間乾燥する。ただちに、カバーガラスの片面に50(v/v)% 3-メルカプトプロピルリメトキシシラン(MTS)の無水トルエン溶液を600ml載せて、60分間、室温で放置する。これにより、カバーガラスをシラン化する。無水トルエンで洗浄後、2.0mM N-スクシンイミジル4-マレイミドブチレート(GMBS)の無水ジメチルスルホキシド(DMSO)溶液800mlを載せ、室温で1時間放置する。これによりカバーガラスを活性化する。このようにして作製したGMBS基板に13.5mlの0.1M NaH2PO4/NaOH(pH7.0)溶液(以下、リン酸溶液と略す)に溶解したアビジン(0.10mg/ml)をスポットし、室温で1時間反応させる。GMBS基板上のスポットをMili-Q水で洗浄し、次いで、0.5M エタノールアミン溶液(〜pH8.5)15.0mlを載せて30分間放置する。
【0027】
(3)リポソームアレイの作製
上記(2)で作製したGMBS基板上の各スポットをMES溶液(pH5.5)で洗浄する。上記(1)で作製した保存リポソーム懸濁液の希釈液40ml(保存リポソーム懸濁液をMES溶液(pH5.5)で希釈したもの)をGMBS基板上の各スポットに載せ、20分間反応させる。次いで、スポットをMES溶液で3回洗浄する。洗浄は、マイクロピペットで水またはMES溶液を添加することで行う。これら一連の工程により、リポソーム複合体がアビジン修飾ガラス基板上に固定化される(図3)。
【0028】
(4)蛍光検出(図3)
アビジン修飾ガラス基板上に固定化されているリポソーム複合体は、1.0mM BCECFを内包し、その内水相溶液は10mM MES(pH5.5)である。該リポソーム複合体がスポットされているリポソームアレイの各スポットを、10mM MES(pH7.8)(リポソーム外部の溶液)に溶解した0.10M NaCl溶液で洗浄する。次いで、各スポットに、所定の濃度の被検物質(アナライト)(アビジンまたは抗-DNP等)を溶解させたリポソーム外水相溶液20ml(10mM MES(pH7.8))を配し、30分間インキュベートする。次いで、グラミシジンDの1.0mg/mlメタノール溶液をリポソーム外水相溶液で希釈して調製したグラミシジンD溶液10ng/mlの20mlを各スポットに添加し、室温で60分間インキュベートする。リポソームアレイの蛍光画像(励起波長488nm、蛍光波長530nm)を、フルオロイメージャー595(FIuoImager 595)(モレキュラー ダイナミックス社、サンバレー, カリフォルニア州、アメリカ合衆国)により得る。各リポソームスポットの端を除く全てのエリアの平均蛍光強度をイメージャー クアント バージョン5.0(Imager Quant version 5.0)で得て、被検物質(アナライト)の濃度に対してプロットする。初期に獲得したイメージのディスプレイ値を変化させることは、スキャンしたイメージを変えることになるが、初期イメージの平均蛍光強度は、そのような手段では変わらない。
【0029】
(5)蛍光検出の原理(図2、3)
リポソーム複合体(内水相は1mM BCECF(pH5.5))は、アビジン-ビオチン結合を介してアビジン修飾ガラス基板に固定化され、被検物質を含む試料液(pH7.8)が添加されてインキュベートされる。リポソーム複合体に内包されているBCECFは、pHが上昇するとその蛍光強度が増大する特性を有するpH感受性色素(pKa=6.98)であり、pH5.5では、その蛍光強度は弱い。アビジン修飾ガラス基板へ添加されたグラミシジンが、二量体化してリポソームの脂質二重膜を貫通する膜イオンチャンネルが形成されると(開口)、該イオンチャンネルを介してH+イオンがリポソーム複合体内部から外部へと放出される。これにより、アビジン修飾ガラス基板に固定化されているリポソーム複合体の内部のpHが上昇し、内包されているBCECFの蛍光が増大する。
上述したように、グラミシジンのダイマー(二量体)は、脂質二重膜においてダイマー形成とモノマーへの解離を繰り返す平衡状態にある。この平衡状態は、リポソーム膜表面で起こる抗原抗体反応など、被検物質(アナライト)と該被検物質と特異的に結合する物質(レセプター)との結合に起因して生じるリポソーム脂質二重膜の局所的ひずみによって変化する(非特許文献5、6)。被検物質(アナライト)の濃度が上昇すると、被検物質(アナライト)と被検物質と特異的に結合する物質(レセプター)との結合頻度が上昇し、それに伴いリポソーム脂質二重膜の局所的ひずみが生じる頻度が高まる。そして、リポソーム二重膜の局所的ひずみにより、グラミシジンのモノマ−ダイマー平衡状態が崩れてグラミシジンダイマー形成が促進される。グラミシジンダイマーが形成されて膜イオンチャンネルが開口すると、リポソーム内水相の水素イオンのリポソーム外への輸送がさらに促進されてリポソーム内水相のpHが上昇し、リポソームに内包されているBCECFの蛍光強度が増す。従って、被検物質(アナライト)の濃度の上昇に依存してリポソームに内包されているBCEFCの蛍光強度は増大することになる。
【0030】
(6)蛍光強度のキャリブレーション
PC、Chol、B-cap-PE、およびDNP-PE(80:20:6.7x10-3:1.6x10-1、w/w%)で構成されるリポソーム複合体について蛍光強度を検出する。該リポソーム複合体は、脂質フィルムをpH5.5−7.8の異なるpHに調整した1.0mM BCECFおよび10mM MESを含む0.10M NaClで水酸化することで調製した。リポソームアレイ(5スポット)は、40mlの各リポソーム懸濁液により調製した。BCEFCを含まないリポソーム内水相液で各スポットを洗浄した後、蛍光画像を取得し、その平均蛍光強度をpH値に対してプロットする。
【0031】
(7)被検物質を検出するためのキット
本発明の検出法は、上記のように、リポソーム複合体と、該リポソーム複合体を固定化したリポソームアレイを用いて、多試料および多成分を迅速に検出測定することができる方法であるため、該方法に基づいたキットを作製することにより、簡便に自動化を図ることが可能である。本発明のキットの特徴は、上記「(3)リポソームアレイの作製」により作製したリポソームアレイと、膜イオンチャンネル形成物質を含む、被検物質(アナライト)を検出するためのキットである。該膜イオンチャンネル形成物質は、グラミシジンA、B、C、またはD等のグラミシジン(Gramicidin)が望ましい。
【実施例】
【0032】
以下に実施例を参照しながら本発明を更に詳細に説明する。なお、これら実施例は、何ら本発明を限定することを意図するものではない。
【0033】
実施例1: リポソーム複合体のアビジン修飾基板への固定化の検証
上記「(1)リポソーム複合体の作製」において、BECEFに代わって蛍光色素カルセインを内包するリポソーム複合体を作製し、これを用いてリポソーム複合体のアビジン修飾ガラス基板への固定化の検証をした。具体的には、該リポソーム複合体内水相からの蛍光色素カルセイン漏出の有無を以下の方法により評価した。
蛍光色素カルセインを内包するリポソーム複合体を作製し、これを保存リポソーム懸濁液(窒素の存在下(4℃)で保存)とした。上記「(2)アビジン修飾ガラス基板の作製の方法」に従って作製したアビジン修飾ガラス基板を、5.0mM KH2PO4/NaOH(pH7.4)溶液で3回洗浄した。その後、保存リポソーム懸濁液22.5mlを、3.0mlの5.0mM KH2PO4/NaOH(pH7.4)に希釈して調製した希釈保存リポソーム懸濁液0.20mlをアビジン修飾ガラス基板に配し、20分間室温でインキュベートすることで、カルセインを内包するリポソーム複合体をアビジン修飾ガラス基板に固定化した。このアビジン修飾ガラス基板について、5.3mM CoCl2を含む5.0mM KH2PO4/NaOH(pH7.4)溶液を添加する前と後の双方において蛍光画像の測定をおこなった(励起波長488nm、蛍光波長530nm)。その結果、CoCl2溶液を添加する前後において、カルセイン由来の蛍光が認められた(図4)。カルセインの蛍光は、Co2+によって消光する。従って、CoCl2溶液の添加によっても蛍光が認められたことは、リポソーム複合体からのカルセイン漏出が無かったことを示している。この結果より、上記「(1)リポソーム複合体の作製」に記載の方法で作製したリポソーム複合体は、内包されている蛍光色素が漏出することなく、アビジン修飾ガラス基板に固定化されることが確認された。
【0034】
実施例2:B-cap-PE量のリポソーム複合体固定化への影響
上記「(1)リポソーム複合体の作製」に記載の方法により、1mMカルセインを含む5.0mM KH2PO4/NaOH(pH7.4)溶液を内部に含み、リポソーム二重膜を構成するB-cap-PEの量が重量分率にしてそれぞれ0、0.056、0.55、5.5、227、0.555x10-5(w/w%)となるリポソーム複合体を作製し、B-cap-PE量のリポソーム複合体固定化の影響を検証した。
上記の各B-cap-PE量からなるリポソーム複合体を、上記「(1)リポソーム複合体の作製」の方法に従って作製し、保存リポソーム懸濁液(窒素の存在下(4℃)で保存)とした。次いで、各保存リポソーム懸濁液を、実施例1に記載の方法によりリポソーム複合体をアビジン修飾基板へ固定化した。固定化した各リポソーム複合体の発する蛍光を検出したところ(励起波長514nm、蛍光波長530nm)、B-cap-PEの重量分率が5.5x10-5(w/w%)の場合に、カルセインの蛍光強度が最大であった(図5)。
【0035】
実施例3:グラミシジン濃度の蛍光強度への影響
BCECFを内包するリポソーム複合体からのH+の放出が、グラミシジン濃度によって、どのような影響を受けるのか検証した。上記「(3)リポソームアレイの作製」に記載の方法により作製したリポソームアレイを用いて、上記「(4)蛍光検出」に記載の方法において、添加するグラミシジンの濃度を0−1.0ml/ml(0〜60nM)として、リポソームの蛍光強度を測定した。グラミシジン濃度が10ng/mlまでは、蛍光強度の増大が認められたが、それ以上のグラミシジン濃度では蛍光強度が飽和した(図6)。この結果は、グラミシジンの添加によりリポソームの脂質二重膜に膜イオンチャンネルが形成されてH+イオンが放出され、リポソームの内水相のpHが上昇したことを示している。
【0036】
実施例4:蛍光強度の時間変化
グラミシジンを添加した後のリポソーム複合体の蛍光強度の時間変化を検証した。具体的には、上記「(1)リポソーム複合体の作製」において、被検物質(アナライト)と特異適に結合する物質(レセプター)をB-cap-PEとするリポソーム複合体を作製し、上記「(4)蛍光検出」において、リポソームアレイの各スポットに添加する被検物質(アナライト)をアビジン、そのアビジンの濃度を0、10-6、10-7、10-8g/ml、グラミシジン濃度を5.31nMとした(図7)。この検証の結果は、上記「(5)蛍光検出の原理」に記載のように、被検物質(アナライト)の濃度の上昇と、それに伴う該被検物質(アナライト)と被検物質と特異的に結合する物質(レセプター)との結合頻度の上昇により、リポソーム複合体に内包されているBCEFCの蛍光強度が増大することを示している。
アビジン濃度が0g/mlの場合、グラミシジンを添加して60分後にリポソームの蛍光強度が僅かに上昇した(図7(D))。この僅かな蛍光強度の上昇は、ダイマー形成とモノマーへの解離を繰り返す平衡状態にあるグラミシジンがダイマー化した瞬間に開口した膜イオンチャンネルから放出されたH+イオンに起因する。アビジン濃度が高くなるに伴いリポソーム複合体の蛍光強度は増大した(図7(A)〜(C))。この結果は、リポソーム複合体の脂質二重膜表面におけるアビジンとB-cap-PEのビオチン残基との結合により、リポソーム脂質二重膜に局所的ひずみが生じ、これに起因してグラミシジンによる膜イオンチャンネルが活性化したことを示している。即ち、アビジンとB-cap-PEのビオチン残基との結合頻度が増大したことにより、膜イオンチャンネルを介するH+のリポソーム外への流出が促進され、BCEFCの蛍光強度が増大したことを示している。蛍光強度が最大値に達するまでに60分を要しているが、これは、リポソーム複合体内水相のpHが徐々に上昇したことに起因する。
【0037】
実施例5:リポソーム複合体に内包されるBCECF濃度の蛍光強度への影響
リポソーム複合体に内包されるBCECFの濃度の蛍光強度の影響を検討した。具体的には、上記「(1)リポソーム複合体の作製」において、内包させるBCECFの濃度が0〜1.6mMであるリポソーム複合体し、該リポソーム複合体を固定化したリポソームアレイを上記「(3)リポソームアレイの作製」の方法により作製し、上記「(4)蛍光検出」の方法により蛍光強度を測定した。BCECFの濃度が1.0mMまでは、蛍光強度は上昇したが、それ以上の濃度では蛍光強度は低下した(図8)。
【0038】
実施例6:各カチオンの選択性
グラミシジンによって形成される膜イオンチャンネルは、H+およびNa+などの一価のカチオンに対して透過性を示すが、二価のカチオンに対しては透過性を示さないことが知られている。そこで、各カチオンの透過性について検討した。具体的には、上記「(3)リポソームアレイの作製」の方法で作製したリポソームアレイに、グラミシジン10ng/mlおよび0.10Mの各カチオン(Na+、K+、Ca2+、NH4+、Mg2+、またはCs+)を含む10mM MES溶液(pH5.5)を添加してインキュベートした。これらとの比較として、グラミシジン10ng/mlを含まない0.10Mの各カチオン溶液(10mM MES溶液(pH5.5))についても添加しインキュベートした。リポソーム複合体は、上記「(1)リポソーム複合体の作製」の方法に従って作製しているので、その内水相のpHはpH5.5である。よって、リポソーム複合体内外においてカチオン濃度の勾配が形成され、リポソームアレイに添加された各カチオンはリポソーム複合体の内部へ取り込まれる。また、対照区として、上記「(4)蛍光検出」の方法と同じく、リポソーム複合体の外部溶液のpHが7.8となるよう10mM MES(pH7.8、グラミシジン10ng/ml)をリポソームアレイに添加した実験をおこなった。即ち、対照区では、リポソーム複合体の内外でH+の勾配が形成される。
対照区以外では、NH4+を添加した場合において、BCEFCに由来する蛍光強度に若干の増大が認められた。これらの結果は、BCEFCの蛍光強度にとってH+の勾配の形成が必須であることを示している(図9)。
【0039】
実施例7:BCEFC由来の蛍光強度と被検物質(アナライト)濃度の関係 1
リポソーム複合体膜と外液境界面での被検物質(アナライト)と被検物質と特異的に結合する物質(アナライトレセプター)との結合による膜イオンチャンネル活性化、即ち、アナライト−アナライトレセプターのグラミシジンのモノマー/ダイマーカイネテックス(monomer/dimmer kinetics)に及ぼす影響を以下の実験により検証した。
(i)アナライト(被検物質)が抗-DNP、レセプターがDNPの場合
アナライトを2,4-ジニトロフェノール(DNP)に対するマウスモノクローナル抗体(抗-DNP)、アナライトレセプターをDNPとして実験をおこなった。
上記(1)リポソーム複合体の作製において、リポソーム複合体のアナライトレセプターをDNPとすべく、リポソーム膜がPC(L-a-ホスファチジルコリン)、Chol(コレステロール)、B-cap-PE、およびDNP-PE(1,2-dipalmitoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine-N-(2,4-dinitrophenyl)で構成されるリポソーム複合体を作製した。このようにして作製したリポソーム複合体を、上記「(2)アビジン修飾ガラス基板の作製」、「(3)リポソームアレイの作製」に記載の方法に従って、アビジン修飾ガラス基板上に固定化してリポソームアレイとした。次いで、上記「(4)蛍光検出」において、アナライトを抗-DNP(濃度は1.2x10-8〜1.2x10-6g/ml)としてBCEFC由来の蛍光強度を検出した。対照区として、「(4)蛍光検出」においてグラミシジンを添加しない実験を採用した。それによると、グラミシジンを添加して60分後、抗-DNP濃度が高まるにつれ、BCEFC由来の蛍光強度も増大した。これに対して、対照区(グラミシジン無添加)では、BCEFC由来の蛍光強度の増加が認められなかった(図10(A))。なお、この実験において、アナライトをウシ血清アルブミンAb-1に対するマウスモノクローナル抗体(抗-BSA)とした場合(抗-BSAの濃度は1.2x10-9〜1.2x10-6g/ml)、BCEFC由来の蛍光は検出されなかった(図11)。これら結果は、蛍光強度は、リポソーム複合体の脂質二重膜と外液の境界面での抗-DNPとDNPの特異的結合に起因することを示している。本発明における抗-DNPのダイナミックレンジ(dynamic range)の下限は、水晶振動子を用いるイムノセンサー及びファイバーオプティカルセンサーに比較して(7x10-8〜10-6g/ml)約10倍低い。
【0040】
(ii)アナライト(被検物質)がアビジン、レセプターがB-cap-PEの場合
アナライトをアビジン、アナライトレセプターをB-cap-PEのビオチン残基として実験をおこなった。上記「(1)リポソーム複合体の作製」に記載の方法によってリポソーム複合体を作製した。該リポソーム複合体の膜に存在するB-cap-PEのビオチン残基は、アナライト、およびアビジン修飾ガラス基板上のアビジンのレセプターとなる。上記「(2)アビジン修飾ガラス基板の作製」、「(3)リポソームアレイの作製」に記載の方法に従って、該リポソーム複合体をアビジン修飾ガラス基板上に固定化してリポソームアレイとした。次いで、上記「(4)蛍光検出」において、アナライトをアビジン(濃度は1.0x10-8〜1.0x10-6g/ml)としてBCEFC由来の蛍光強度を検出した。対照区として、「(4)蛍光検出」においてグラミシジンを添加しない実験を採用した。それによると、グラミシジンを添加して60分後、アビジン濃度が高まるにつれ、BCEFC由来の蛍光強度も増大した。これに対して、対照区(グラミシジン無添加)では、BCEFC由来の蛍光強度の増加が認められなかった(図10(B))。
【0041】
実施例8: BCEFC由来の蛍光強度とアナライト−アナライトレセプター間の結合の関係
更に、BCECFの蛍光強度が、リポソーム複合体の脂質二重膜と外液の境界面でのアナライト−アナライトレセプター間の結合に起因していることを検証すべく、アビジン(アナライト)、B-cap-PE(アナライトレセプター)、ビオチン標識-抗-BSA(ビオチン-抗-BSA)を用いた過剰試薬免疫アッセイを行った。
上記「(4)蛍光検出」に記載の蛍光検出を行う前に、ビオチン-抗-BSA溶液(10ml)を過剰のアビジン(2.0x10-6g/ml)を含むMES 10mlと供に30分間インキュベートした(図12(B))。このインキュベートした溶液(20ml)を、PC、Chol、およびB-cap-PEで構成させるリポソーム複合体を固定化したリポソームアレイ(上記「(3)リポソームアレイの作製」に記載の方法で作製)に添加し、蛍光検出を行った。対照区として、グラミシジンを添加しない蛍光検出(上記「(4)蛍光検出」)を行った。ビオチン-抗-BSA濃度(8.0x10-9〜8.0x10-6g/ml)が高くなるにしたがい、蛍光強度は低下した。対照区では、蛍光強度の上昇が認められなかった(図12(A))。この結果は、アビジンがビオチン-抗-BSAと特異的に結合することで、アナライトレセプターであるB-cap-PEと結合するアナライトであるアビジンが減少し、それに伴ってリポソーム複合体の蛍光強度も低下したことを示している。BCECFの蛍光強度が、リポソーム複合体の脂質二重膜と外液の境界面でのアナライト−アナライトレセプター間の結合に起因していることが確かめられた。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明のリポソーム複合体、リポソームアレイ、該リポソームアレイを用いる被検物質を検出する方法、および該方法のためのキットは、抗原や抗体等の生体成分、薬剤等の検出測定を含め、様々な生物および化学系の分析に適用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】アビジン修飾ガラス基板の作製方法を示す。
【図2】ガラス基板に固定化したpH依存性蛍光色素を内包するリポソームによる免疫検出法で示す。
【図3】リポソームアレイによる蛍光検出法を示す。
【図4】アレイ修飾ガラス基板に固定化したカルセイン内包リポソーム複合体の蛍光発色を示す。
【図5】B-cap-PE量のリポソーム複合体固定化への影響を示す。
【図6】グラミシジン膜イオンチャンネルの形成による蛍光発色(A)と、グラミシジン濃度の蛍光強度への影響を示す。
【図7】被検物質の濃度とリポソーム複合体の蛍光強度の時間変化の関係を示す。
【図8】リポソーム複合体に内包させるBCECF濃度の蛍光強度への影響を示す。
【図9】グラミシジン膜イオンチャンネルのカチオン選択性を示す。
【図10】リポソーム複合体の蛍光強度が被検物質の濃度に依存することを示す。被検物質、及び被検物質と特異的に結合する物質が、それぞれ、抗-DNP及びDNP-PE(A)、アビジン及びB-cap-PE(B)の場合を示す。
【図11】リポソーム複合体の蛍光強度が被検物質の濃度に依存することを示す。被検物質が抗-BSA、被検物質と特異的に結合する物質がDNP-PEの場合を示す。
【図12】被検物質と被検物質と特異的に結合する物質との結合と、BCEFC由来の蛍光強度との関係を、過剰試薬免疫アッセイにより検証したことを示す。
【技術分野】
【0001】
本発明は、リポソームを用いる被検物質の高感度検出法に関する。更に詳しくは、本発明は、リポソームに、被検物質を特異的に結合する物質と、ホスファチジルエタノールアミンのビオチン誘導体(B-cap-PE)とを膜表面に有し、pH依存性蛍光色素を内包させ、且つ、pH依存性蛍光色素を内包するリポソーム内水相の水素イオン濃度がリポソーム外の水素イオン濃度より高くなるように調整されてなるリポソーム複合体、該リポソーム複合体をアビジン修飾ガラス基板上にアレイ状に固定化したリポソームアレイ、該リポソームアレイを用いた被検物質の高感度検出法、該方法に用いるキットに関する。
【背景技術】
【0002】
抗原と抗体間の特異的で厳密な免疫学的相互作用、即ち、免疫反応を利用した検出及び測定法(以下、免疫検出法、免疫測定法)は、例えば、タンパク質、ホルモン、活性ペプチド、オータコイド、腫瘍マーカー、免疫グロブリン等の生体成分、ジゴキシン、フェニトイン、フェノバルビタール等の薬剤等の微量成分を高選択的に分析する方法として広く利用されている。近年、これら生体成分や薬剤等の検出、性質決定、および選別のために測定を必要とする試料数は顕著に増加しており、多数の試料あるいは多成分を迅速かつ自動的に測定できる方法が要求されている。
【0003】
免疫測定法としては、ラジオイムノアッセイ(RIA法)、酵素標識抗体測定法(ELISA)、膜を用いる免疫測定法(membrane-based immunoassay)等が挙げられる。これらの方法は、更に、微小流体システム(microfluidic system)、電気化学水晶振動子マイクロバランス法(EQCM)や表面プラズモ共鳴(SPR)現象等と組み合わせることで、その利用範囲は、益々広がりつつある。しかし、これら免疫測定法は、夫々問題点がある。
【0004】
RIA法は、放射性同位元素を使用しなければならないことから、特別な施設や機器が必要であり、廃棄物を処理が問題となる。ELISA法は、操作上、抗原抗体反応した標識物質と未反応の標識物質の分離(B/F分離)が必要な不均一法(ヘテロジニアス法、固相系)とB/F分離を必要としない均一法(ホモジーニアス法)とに分類される。不均一法は、感度が優れているが、分離(B/F分離)のために、インキュベーションおよび洗浄工程を繰り返す必要があり、測定に多くの時間を要する。従って、多数の試料を迅速に処理するのに適していない。均一法は、操作が簡便で迅速化が可能で、競合的酵素免疫分析法(EMIT)等が実用化されているが、抗原抗体反応による信号の変化に大きく依存し、高分子量物質の測定が困難である。免疫ブロット法のような膜を用いる免疫測定法は、自動化されたマイクロアレイ法等に適用されるが、測定感度は、ラベル試薬の量とシグナル強度により制限される。免疫ブロット法において検出に用いる抗体1分子には、2〜3の酵素分子しか結合することができない(特許文献3)。
【0005】
これら問題点を解決すべくリポソームを用いた免疫測定法が提案されている。リポソームは、同一分子内に親水基と疎水基の両方を有する両親媒性の複合脂質(レシチン、コレステロール、フォスファチジル酸等)を一定の温度以上で緩衝液に懸濁することで調製される脂質二重層からなる小胞体である。リポソームを用いる免疫測定法は、内部に蛍光色素、無機および有機イオン、酵素分子等を内包し、二官能性架橋剤を用いて膜に抗原または抗体を共有結合させたリポソーム複合体(または機能性リポソームと呼ばれている)を使用し、リポソーム内水相から放出される蛍光色素等を、蛍光光度法、電位差測定法などの分析手法により測定するものである。例えば、フルオロフォア(蛍光色素分子)が内包されたリポソームを検出用ラベルとして使用するリポソーム免疫測定法や、リポソームからの電気活性種の放出を利用するリポソームを用いたイムノセンサーについても報告されている。更に、内部に蛍光色素を封入させたリポソーム膜に抗原抗体反応を形成させ、これに補体を作用させてリポソームを破壊し、放出される蛍光色素を測定し検出することで抗原または抗体量を測定する免疫検出法が開発されている(特許文献1、2)。
【0006】
上記のリポソーム複合体を用いる免疫測定法では、抗体あるいは抗原に結合したリポソームと結合していないリポソームをフロー系で分離後、リポソームを破壊し、放出された内封物質を測定するか、溶液に懸濁したリポソームから免疫反応によってマーカーイオンがもれ出るのをイオン選択性電極やボルタンメトリー等により測定する。これら免疫測定法では、抗体あるいは抗原と結合したリポソームと結合していないリポソームを分離する工程(B/F分離)が必要であり、多試料を同時に検定することが困難であった。また、リポソームの破壊工程により、液層へ蛍光色素や発色生成物の拡散が起こるため、感度が低下し、クリアーなシグナルを得ることができなかった。
【0007】
Nikoleisら(非特許文献1、2)は、リン脂質二重層の物性変化を抗原抗体反応でモニターしている。近年、リポソームを破壊することなく被検物質を検出する方法として、被検物質を認識する一次抗体と、一次抗体を認識する二次抗体を表面に有し、かつ、標識物質を内包したリポソームを、リポソームの脂質膜を透過することができる標識物質と反応させることで被検物質を検出する方法が開発されている(特許文献3)。
【0008】
【非特許文献1】Nikolelis, D. P.; Hianik, T. Krull, U. J. Electroanaylisis 1999, 11, 7-15
【非特許文献2】Hianik, T.; et al. Gen. Physiol. Biophys. 1998, 17, 239-252
【非特許文献3】Yanagisawa, H; Hirano, A; Sugawara, M. Anal. Biochem. 2004, 332, 358-340
【非特許文献4】Killian, J.A. Biochem. Biophys. Acta 1992, 1113, 391-425
【非特許文献5】Hirano, A.; Wakabayashi, M.; Matsuno, Y.; Sugawara, M. Biosens. Bioelectron. 2003, 18, 973-983
【非特許文献6】Rudnev, V.S.; Ermishkin, L. N.; Fonina, L. A.+ Rovin, Yu. G. Biochim. Biophys. Acta 1981, 642, 196-202
【特許文献1】特開平5−264551
【特許文献2】特開平7−191033
【特許文献3】特開2003−149246
【特許文献4】特開2005−69823
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
これまで開発されてきたリポソームを用いた検出及び測定法は、多数の試料あるいは多成分を迅速かつ同時に測定するには不十分である。本発明の目的は、リポソームを破壊または溶解することなく、かつ、B/F分離の工程を必要とせず、多試料または多成分の被検物質を迅速に検出することができる、リポソーム複合体、該リポソーム複合体をアビジン修飾ガラス基板上にアレイ状に固定化したリポソームアレイ、該リポソームアレイを用いた被検物質の高感度検出法、該方法に用いるキットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、以下の1〜11に関する。
1.被検物質と特異的に結合する物質を膜表面に有し、pH依存性蛍光色素を内包していることを特徴とするリポソーム複合体。
2.被検物質と特異的に結合する物質が抗体または抗原であることを特徴とする上記1に記載のリポソーム複合体。
3.被検物質と特異的に結合する物質とホスファチジルエタノールアミンのビオチン誘導体(B-cap-PE)とを膜表面に有し、pH依存性蛍光色素を内包していることを特徴とするリポソーム複合体。
4.pH依存性蛍光色素が、2’-7’-ビス-(カルボキシエチル)-6-カルボキシフルオレセイン(BCECF)、8-ヒドロキシフィレン-1,3,6-トリスルフォニックアシッド(HPTS)、セミナフトローダフロース(SNARF)からなる群から選択される、上記1〜3のいずれか1つに記載のリポソーム複合体。
5. pH依存性蛍光色素を内包するリポソーム内水相の水素イオン濃度が、リポソーム外の水素イオン濃度より高くなるように調整されてなる上記1〜4のいずれか1つに記載のリポソーム複合体。
6.上記1〜5のいずれかに1つに記載のリポソーム複合体が、アビジン修飾ガラス基板上にアレイ状に固定化されているリポソームアレイ。
7.以下の(i)〜(iii)の工程を含んでなる、上記6に記載のリポソームアレイを用いる被検物質を検出する方法。
(i)前記リポソームアレイに被検物質を含む試料を添加し、次いで
(ii)膜イオンチャンネル形成物質を添加し、
(iii)pH依存性蛍光色素に由来するリポソームの蛍光色素の強度を測定する。
8.膜イオンチャンネル形成物質が、グラミシジンである上記7に記載の被検物質を検出する方法。
9.上記6に記載のリポソームアレイと、上記8に記載の膜イオンチャンネル形成物質を含む、被検物質を検出するためのキット。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、リポソーム複合体、リポソームアレイ、該リポソームアレイを用いる被検物質の検出法が、リポソームを溶解または破壊することなく、被検物質または被検物質と特異的に結合する物質を蛍光標識することを必要とせず、B/F分離を必要としないことから、従来のリポソームを用いる免疫検出法と比較し、検出測定工程が簡素化され、多試料および多成分を迅速に検出測定できるという格別な効果を有する。また、被検物質(アナライト)の濃度の上昇に伴い、リポソーム複合体に内包されている蛍光強度が増幅することから、種々の生物および化学系試料の高感度検出に適しているという有利な効果を併せ持つ。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明における被検物質は、該被検物質と特異的に結合する物質であれば、特に限定されることはない。
【0013】
被検物質と、該被検物質と特異的に結合する物質の関係としては、免疫学的な関係が挙げられ、具体的には、抗原と抗体の関係が挙げられる。抗原と抗体の関係において、被検物質が抗原である場合、該抗原と特異的に結合する物質は抗体であり、被検物質が抗体である場合は、該抗体と特異的に結合する物質は抗原である。
【0014】
また、被検物質と特異的に結合する物質は、被検物質と間接的に結合する物質であってもよい。即ち、該物質は、被検物質と特異的に結合する物質と結合することができる物質であってもよい。具体的には、被検物質と結合する抗体(一次抗体)と結合することのできる抗体(二次抗体)が挙げられる。
【0015】
上記抗体を作製するために用いる動物としては、ウサギ、マウス、ヤギ、ウマ、ウシ等が挙げられる。抗体としては、動物に免疫することにより得られるポリクローナル抗体でも、ハイブリドーマ法で得られるモノクローナル抗体でもよい。
【0016】
本発明における抗原としての被検物質としては、例えば、タンパク質、ホルモン、活性ペプチド、オータコイド、腫瘍マーカー、免疫グロブリン等の生体成分、ジゴキシン、フェニトイン、フェノバルビタール等の薬剤等の微量成分が挙げられるが、これらに限定されることない。被検物質に対する抗体を作製できるものであれば特に制限はない。
【0017】
また、本発明における、被検物質と、該被検物質を特異的に結合する物質としては、酵素と基質、酵素と阻害剤、ホルモンと受容体、レクチンと糖鎖、DNAとRNA、DNAとDNA、血清アルブミンと色素ブルー、酵素と補酵素、タンパク質とコンビナトリアルリガンドペプチド等の様々な組み合わせを挙げることができる。酵素と補酵素の組み合わせとして、酸化還元酵素と補酵素NADHの組み合わせ等が挙げられる。
【0018】
本発明におけるリポソームは、その膜表面に被検物質と特異的に結合する物質、ホスファチジルエタノールアミンのビオチン誘導体(B-cap-PE)とを有すること、及び、pH依存性蛍光色素を内包することができるリポソームであれば特に制限はない。ここで、ホスファチジルエタノールアミンのビオチン誘導体は、1,2-dioleoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolmine-N-(cap biotinyl)のナトリウム塩(以下、B-cap-PE)が望ましい。
【0019】
本発明におけるリポソーム複合体は、上記リポソームの膜表面に、被検物質と特異的に結合する物質、ホスファチジルエタノールアミンのビオチン誘導体(B-cap-PE)とを有し、その内水相にpH依存性蛍光色素が内包され、及び、リポソーム外よりもリポソーム内水相の水素イオン濃度が高くなるよう調製されたものである。例えば、pH依存性蛍光色素が2’- 7’-ビス-(カルボキシエチル)-6-カルボキシフルオレセイン(BCECF= 2’-7’-bis-(carboxyethyl)-(and-6)-carboxyfluorescein)の場合、リポソーム内水相はpH5.5、被検物質と被検物質と特異的に結合する物質の反応が起こるリポソーム外のpHは、pH5.5以上、好ましくは、pH7.0以上、更に好ましくは、pH7.8が望ましい。
【0020】
本発明におけるpH依存性蛍光色素は、細胞蛍光染色に用いられるpH感受性色素であってリポソームの二重膜を透過できないものが望ましい。具体的には、カルボキシフルオレセイン、2’- 7’-ビス-(カルボキシエチル)-6-カルボキシフルオレセイン(BCECF)、8-ヒドロキシフィレン-1,3,6-トリスルフォニックアシッド(HPTS)、セミナフトローダフロース(SNARF)(モレキュラープローブ社)などが挙げられる。細胞蛍光染色に用いられるpH感受性色素には、BCECFのアセトキシメチル(AM)エステル(BCECF-AM)などの細胞膜透過性を有する誘導体があるが、本発明におけるpH依存性蛍光色素には、これら細胞膜透過性を有する誘導体は含まれない。
【0021】
本発明における膜イオンチャンネル形成物質は、脂質二重層膜を貫通して膜孔を形成するイオノフォア(イオン透過剤)であり、好ましくは、グラミシジンA、B、C、またはD等のグラミシジン(Gramicidin)である。これらグラミシジンは、15個のアミノ酸からなるペプチドであり、そのすべてのアミノ酸は疎水性の側鎖を有している。グラミシジンは、“head-to-head”の状態で二量体化(ダイマー)し、脂質二重膜を貫通する膜イオンチャンネルを形成する。この膜イオンチャンネルは、プロトンを含む一価のカチオンに選択性を有する膜貫通チャンネルである。グラミシジンは、脂質二重膜において、ダイマー形成とモノマーへの解離を繰り返している(非特許文献4)。即ち、グラミシジンのダイマーは、脂質二重膜において、モノマーとの平衡状態にある。
【0022】
本発明における膜イオンチャンネルは、リポソームの脂質二重膜を貫通する膜孔で、上記の膜イオンチャンネル形成物質により誘導形成される。従って、膜イオンチャンネル形成物質としてグラミシジン(Gramicidin)を使用した場合、膜イオンチャンネルは、リポソームの脂質二重膜を貫通するグラミシジンのダイマーが形成する膜孔である。
【0023】
本発明におけるリポソーム複合体は、担体に固定化して用いてもよい。ここで、担体とは、吸着や触媒活性を示す物質を固定(担持)する土台となる物質、即ち基板であり、アルミナやシリカ等が挙げられる。本発明におけるリポソーム複合体が固定化される担体は、アビジンで修飾された担体であれば特に限定されないが、アビジン修飾ガラス基板が好ましい。該アビジン修飾ガラス基板は、ガラス表面にアビジンが結合していることを特徴とするもので、特開2005-69823(特許文献4)、またはYanagisawaら, Anal. Biochem. 2004, 332, 358-340(非特許文献3)に記載の方法により作製することができる。アビジン修飾基板を含む担体の形状としては、膜状、チップ状、アレイ状、ビース状のもの等が挙げられるが、アレイ状のものが好ましい。
【0024】
ここで、アビジン(Avidin)とは、生卵白中に存在する分子量68、000、等電点10〜10.5で、4個のサブユニットで構成される低分子の塩基性糖タンパク質である。アビジンの各サブユニットは1分子のビオチンと特異的に結合することが知られている。本発明におけるリポソーム複合体は、その膜表面にあるホスファチジルエタノールアミンのビオチン誘導体(B-cap-PE)のビオチン残基とアビジンとの特異的結合により、アビジン修飾基板に固定化される。
【0025】
本発明のリポソーム複合体、及び、該リポソーム複合体を固定化したリポソームアレイの作製、及び、本発明の検出法とその原理は以下の通りである。
(1)リポソーム複合体の作製
L-a-ホスファチジルコリン(以下、PC)(12mg)、コレステロール(以下、Chol)(3.0mg)及びB-cap-PE(0.0010mg)を乾燥させて脂質フィルムを形成させ、これを高真空に曝さらす。得られた脂質フィルムに10mM MES(2- 2-モルホリノエタンスルホン酸一水和物)(pH5.5)及び1.0mM BCECFを含む10mLの0.10M NaCl溶液を加えて、5分間ボルテックスすることにより水和し、次いで、15分間、超音波処理し、BCECFを内包するリポソームを形成させる。リポソーム外部液からBCECFを除くために、リポソーム懸濁液を3回の遠心分離(12,000g、4℃)し、沈殿物を目的とするリポソーム複合体とする。この沈殿物を、最終的に、0.10M NaClを含む0.72mLの10mM MES(pH5.5)溶液(以下、MES溶液とする)に拡散させ、使用するまで窒素の存在下(4℃)で保存する(保存リポソーム懸濁液)。リポソームアレイを調製する際は、5.0mlの保存リポソーム懸濁液を1.0mLのMES溶液で希釈して用いる。
このようにして作製したリポソーム複合体は、内水相溶液にBCECF(1mM、pH5.5)を内包するが、条件や使用形態に応じてBCECF以外のpH依存性蛍光色素、例えばHPTSまたはSNRFなどを内包させることができる。また、リポソーム複合体のアビジン修飾基板への固定化を検証するために、内水相溶液にカルセイン(5.0mM KH2PO4/NaOH(pH7.4))を内包するリポソーム複合体を作製することができる。
【0026】
(2)アビジン修飾ガラス基板の作製
アビジン修飾ガラス基板は、特開2005-69823(特許文献4)、またはYanagisawaら, Anal. Biochem. 2004, 332, 358-340(非特許文献3)に記載の方法により作製することができる(図1)。カバーガラス(18x24)を1M NaOH中に1昼夜、浸漬する。Milli-Q水で十分に洗浄後、70℃で約2時間乾燥する。ただちに、カバーガラスの片面に50(v/v)% 3-メルカプトプロピルリメトキシシラン(MTS)の無水トルエン溶液を600ml載せて、60分間、室温で放置する。これにより、カバーガラスをシラン化する。無水トルエンで洗浄後、2.0mM N-スクシンイミジル4-マレイミドブチレート(GMBS)の無水ジメチルスルホキシド(DMSO)溶液800mlを載せ、室温で1時間放置する。これによりカバーガラスを活性化する。このようにして作製したGMBS基板に13.5mlの0.1M NaH2PO4/NaOH(pH7.0)溶液(以下、リン酸溶液と略す)に溶解したアビジン(0.10mg/ml)をスポットし、室温で1時間反応させる。GMBS基板上のスポットをMili-Q水で洗浄し、次いで、0.5M エタノールアミン溶液(〜pH8.5)15.0mlを載せて30分間放置する。
【0027】
(3)リポソームアレイの作製
上記(2)で作製したGMBS基板上の各スポットをMES溶液(pH5.5)で洗浄する。上記(1)で作製した保存リポソーム懸濁液の希釈液40ml(保存リポソーム懸濁液をMES溶液(pH5.5)で希釈したもの)をGMBS基板上の各スポットに載せ、20分間反応させる。次いで、スポットをMES溶液で3回洗浄する。洗浄は、マイクロピペットで水またはMES溶液を添加することで行う。これら一連の工程により、リポソーム複合体がアビジン修飾ガラス基板上に固定化される(図3)。
【0028】
(4)蛍光検出(図3)
アビジン修飾ガラス基板上に固定化されているリポソーム複合体は、1.0mM BCECFを内包し、その内水相溶液は10mM MES(pH5.5)である。該リポソーム複合体がスポットされているリポソームアレイの各スポットを、10mM MES(pH7.8)(リポソーム外部の溶液)に溶解した0.10M NaCl溶液で洗浄する。次いで、各スポットに、所定の濃度の被検物質(アナライト)(アビジンまたは抗-DNP等)を溶解させたリポソーム外水相溶液20ml(10mM MES(pH7.8))を配し、30分間インキュベートする。次いで、グラミシジンDの1.0mg/mlメタノール溶液をリポソーム外水相溶液で希釈して調製したグラミシジンD溶液10ng/mlの20mlを各スポットに添加し、室温で60分間インキュベートする。リポソームアレイの蛍光画像(励起波長488nm、蛍光波長530nm)を、フルオロイメージャー595(FIuoImager 595)(モレキュラー ダイナミックス社、サンバレー, カリフォルニア州、アメリカ合衆国)により得る。各リポソームスポットの端を除く全てのエリアの平均蛍光強度をイメージャー クアント バージョン5.0(Imager Quant version 5.0)で得て、被検物質(アナライト)の濃度に対してプロットする。初期に獲得したイメージのディスプレイ値を変化させることは、スキャンしたイメージを変えることになるが、初期イメージの平均蛍光強度は、そのような手段では変わらない。
【0029】
(5)蛍光検出の原理(図2、3)
リポソーム複合体(内水相は1mM BCECF(pH5.5))は、アビジン-ビオチン結合を介してアビジン修飾ガラス基板に固定化され、被検物質を含む試料液(pH7.8)が添加されてインキュベートされる。リポソーム複合体に内包されているBCECFは、pHが上昇するとその蛍光強度が増大する特性を有するpH感受性色素(pKa=6.98)であり、pH5.5では、その蛍光強度は弱い。アビジン修飾ガラス基板へ添加されたグラミシジンが、二量体化してリポソームの脂質二重膜を貫通する膜イオンチャンネルが形成されると(開口)、該イオンチャンネルを介してH+イオンがリポソーム複合体内部から外部へと放出される。これにより、アビジン修飾ガラス基板に固定化されているリポソーム複合体の内部のpHが上昇し、内包されているBCECFの蛍光が増大する。
上述したように、グラミシジンのダイマー(二量体)は、脂質二重膜においてダイマー形成とモノマーへの解離を繰り返す平衡状態にある。この平衡状態は、リポソーム膜表面で起こる抗原抗体反応など、被検物質(アナライト)と該被検物質と特異的に結合する物質(レセプター)との結合に起因して生じるリポソーム脂質二重膜の局所的ひずみによって変化する(非特許文献5、6)。被検物質(アナライト)の濃度が上昇すると、被検物質(アナライト)と被検物質と特異的に結合する物質(レセプター)との結合頻度が上昇し、それに伴いリポソーム脂質二重膜の局所的ひずみが生じる頻度が高まる。そして、リポソーム二重膜の局所的ひずみにより、グラミシジンのモノマ−ダイマー平衡状態が崩れてグラミシジンダイマー形成が促進される。グラミシジンダイマーが形成されて膜イオンチャンネルが開口すると、リポソーム内水相の水素イオンのリポソーム外への輸送がさらに促進されてリポソーム内水相のpHが上昇し、リポソームに内包されているBCECFの蛍光強度が増す。従って、被検物質(アナライト)の濃度の上昇に依存してリポソームに内包されているBCEFCの蛍光強度は増大することになる。
【0030】
(6)蛍光強度のキャリブレーション
PC、Chol、B-cap-PE、およびDNP-PE(80:20:6.7x10-3:1.6x10-1、w/w%)で構成されるリポソーム複合体について蛍光強度を検出する。該リポソーム複合体は、脂質フィルムをpH5.5−7.8の異なるpHに調整した1.0mM BCECFおよび10mM MESを含む0.10M NaClで水酸化することで調製した。リポソームアレイ(5スポット)は、40mlの各リポソーム懸濁液により調製した。BCEFCを含まないリポソーム内水相液で各スポットを洗浄した後、蛍光画像を取得し、その平均蛍光強度をpH値に対してプロットする。
【0031】
(7)被検物質を検出するためのキット
本発明の検出法は、上記のように、リポソーム複合体と、該リポソーム複合体を固定化したリポソームアレイを用いて、多試料および多成分を迅速に検出測定することができる方法であるため、該方法に基づいたキットを作製することにより、簡便に自動化を図ることが可能である。本発明のキットの特徴は、上記「(3)リポソームアレイの作製」により作製したリポソームアレイと、膜イオンチャンネル形成物質を含む、被検物質(アナライト)を検出するためのキットである。該膜イオンチャンネル形成物質は、グラミシジンA、B、C、またはD等のグラミシジン(Gramicidin)が望ましい。
【実施例】
【0032】
以下に実施例を参照しながら本発明を更に詳細に説明する。なお、これら実施例は、何ら本発明を限定することを意図するものではない。
【0033】
実施例1: リポソーム複合体のアビジン修飾基板への固定化の検証
上記「(1)リポソーム複合体の作製」において、BECEFに代わって蛍光色素カルセインを内包するリポソーム複合体を作製し、これを用いてリポソーム複合体のアビジン修飾ガラス基板への固定化の検証をした。具体的には、該リポソーム複合体内水相からの蛍光色素カルセイン漏出の有無を以下の方法により評価した。
蛍光色素カルセインを内包するリポソーム複合体を作製し、これを保存リポソーム懸濁液(窒素の存在下(4℃)で保存)とした。上記「(2)アビジン修飾ガラス基板の作製の方法」に従って作製したアビジン修飾ガラス基板を、5.0mM KH2PO4/NaOH(pH7.4)溶液で3回洗浄した。その後、保存リポソーム懸濁液22.5mlを、3.0mlの5.0mM KH2PO4/NaOH(pH7.4)に希釈して調製した希釈保存リポソーム懸濁液0.20mlをアビジン修飾ガラス基板に配し、20分間室温でインキュベートすることで、カルセインを内包するリポソーム複合体をアビジン修飾ガラス基板に固定化した。このアビジン修飾ガラス基板について、5.3mM CoCl2を含む5.0mM KH2PO4/NaOH(pH7.4)溶液を添加する前と後の双方において蛍光画像の測定をおこなった(励起波長488nm、蛍光波長530nm)。その結果、CoCl2溶液を添加する前後において、カルセイン由来の蛍光が認められた(図4)。カルセインの蛍光は、Co2+によって消光する。従って、CoCl2溶液の添加によっても蛍光が認められたことは、リポソーム複合体からのカルセイン漏出が無かったことを示している。この結果より、上記「(1)リポソーム複合体の作製」に記載の方法で作製したリポソーム複合体は、内包されている蛍光色素が漏出することなく、アビジン修飾ガラス基板に固定化されることが確認された。
【0034】
実施例2:B-cap-PE量のリポソーム複合体固定化への影響
上記「(1)リポソーム複合体の作製」に記載の方法により、1mMカルセインを含む5.0mM KH2PO4/NaOH(pH7.4)溶液を内部に含み、リポソーム二重膜を構成するB-cap-PEの量が重量分率にしてそれぞれ0、0.056、0.55、5.5、227、0.555x10-5(w/w%)となるリポソーム複合体を作製し、B-cap-PE量のリポソーム複合体固定化の影響を検証した。
上記の各B-cap-PE量からなるリポソーム複合体を、上記「(1)リポソーム複合体の作製」の方法に従って作製し、保存リポソーム懸濁液(窒素の存在下(4℃)で保存)とした。次いで、各保存リポソーム懸濁液を、実施例1に記載の方法によりリポソーム複合体をアビジン修飾基板へ固定化した。固定化した各リポソーム複合体の発する蛍光を検出したところ(励起波長514nm、蛍光波長530nm)、B-cap-PEの重量分率が5.5x10-5(w/w%)の場合に、カルセインの蛍光強度が最大であった(図5)。
【0035】
実施例3:グラミシジン濃度の蛍光強度への影響
BCECFを内包するリポソーム複合体からのH+の放出が、グラミシジン濃度によって、どのような影響を受けるのか検証した。上記「(3)リポソームアレイの作製」に記載の方法により作製したリポソームアレイを用いて、上記「(4)蛍光検出」に記載の方法において、添加するグラミシジンの濃度を0−1.0ml/ml(0〜60nM)として、リポソームの蛍光強度を測定した。グラミシジン濃度が10ng/mlまでは、蛍光強度の増大が認められたが、それ以上のグラミシジン濃度では蛍光強度が飽和した(図6)。この結果は、グラミシジンの添加によりリポソームの脂質二重膜に膜イオンチャンネルが形成されてH+イオンが放出され、リポソームの内水相のpHが上昇したことを示している。
【0036】
実施例4:蛍光強度の時間変化
グラミシジンを添加した後のリポソーム複合体の蛍光強度の時間変化を検証した。具体的には、上記「(1)リポソーム複合体の作製」において、被検物質(アナライト)と特異適に結合する物質(レセプター)をB-cap-PEとするリポソーム複合体を作製し、上記「(4)蛍光検出」において、リポソームアレイの各スポットに添加する被検物質(アナライト)をアビジン、そのアビジンの濃度を0、10-6、10-7、10-8g/ml、グラミシジン濃度を5.31nMとした(図7)。この検証の結果は、上記「(5)蛍光検出の原理」に記載のように、被検物質(アナライト)の濃度の上昇と、それに伴う該被検物質(アナライト)と被検物質と特異的に結合する物質(レセプター)との結合頻度の上昇により、リポソーム複合体に内包されているBCEFCの蛍光強度が増大することを示している。
アビジン濃度が0g/mlの場合、グラミシジンを添加して60分後にリポソームの蛍光強度が僅かに上昇した(図7(D))。この僅かな蛍光強度の上昇は、ダイマー形成とモノマーへの解離を繰り返す平衡状態にあるグラミシジンがダイマー化した瞬間に開口した膜イオンチャンネルから放出されたH+イオンに起因する。アビジン濃度が高くなるに伴いリポソーム複合体の蛍光強度は増大した(図7(A)〜(C))。この結果は、リポソーム複合体の脂質二重膜表面におけるアビジンとB-cap-PEのビオチン残基との結合により、リポソーム脂質二重膜に局所的ひずみが生じ、これに起因してグラミシジンによる膜イオンチャンネルが活性化したことを示している。即ち、アビジンとB-cap-PEのビオチン残基との結合頻度が増大したことにより、膜イオンチャンネルを介するH+のリポソーム外への流出が促進され、BCEFCの蛍光強度が増大したことを示している。蛍光強度が最大値に達するまでに60分を要しているが、これは、リポソーム複合体内水相のpHが徐々に上昇したことに起因する。
【0037】
実施例5:リポソーム複合体に内包されるBCECF濃度の蛍光強度への影響
リポソーム複合体に内包されるBCECFの濃度の蛍光強度の影響を検討した。具体的には、上記「(1)リポソーム複合体の作製」において、内包させるBCECFの濃度が0〜1.6mMであるリポソーム複合体し、該リポソーム複合体を固定化したリポソームアレイを上記「(3)リポソームアレイの作製」の方法により作製し、上記「(4)蛍光検出」の方法により蛍光強度を測定した。BCECFの濃度が1.0mMまでは、蛍光強度は上昇したが、それ以上の濃度では蛍光強度は低下した(図8)。
【0038】
実施例6:各カチオンの選択性
グラミシジンによって形成される膜イオンチャンネルは、H+およびNa+などの一価のカチオンに対して透過性を示すが、二価のカチオンに対しては透過性を示さないことが知られている。そこで、各カチオンの透過性について検討した。具体的には、上記「(3)リポソームアレイの作製」の方法で作製したリポソームアレイに、グラミシジン10ng/mlおよび0.10Mの各カチオン(Na+、K+、Ca2+、NH4+、Mg2+、またはCs+)を含む10mM MES溶液(pH5.5)を添加してインキュベートした。これらとの比較として、グラミシジン10ng/mlを含まない0.10Mの各カチオン溶液(10mM MES溶液(pH5.5))についても添加しインキュベートした。リポソーム複合体は、上記「(1)リポソーム複合体の作製」の方法に従って作製しているので、その内水相のpHはpH5.5である。よって、リポソーム複合体内外においてカチオン濃度の勾配が形成され、リポソームアレイに添加された各カチオンはリポソーム複合体の内部へ取り込まれる。また、対照区として、上記「(4)蛍光検出」の方法と同じく、リポソーム複合体の外部溶液のpHが7.8となるよう10mM MES(pH7.8、グラミシジン10ng/ml)をリポソームアレイに添加した実験をおこなった。即ち、対照区では、リポソーム複合体の内外でH+の勾配が形成される。
対照区以外では、NH4+を添加した場合において、BCEFCに由来する蛍光強度に若干の増大が認められた。これらの結果は、BCEFCの蛍光強度にとってH+の勾配の形成が必須であることを示している(図9)。
【0039】
実施例7:BCEFC由来の蛍光強度と被検物質(アナライト)濃度の関係 1
リポソーム複合体膜と外液境界面での被検物質(アナライト)と被検物質と特異的に結合する物質(アナライトレセプター)との結合による膜イオンチャンネル活性化、即ち、アナライト−アナライトレセプターのグラミシジンのモノマー/ダイマーカイネテックス(monomer/dimmer kinetics)に及ぼす影響を以下の実験により検証した。
(i)アナライト(被検物質)が抗-DNP、レセプターがDNPの場合
アナライトを2,4-ジニトロフェノール(DNP)に対するマウスモノクローナル抗体(抗-DNP)、アナライトレセプターをDNPとして実験をおこなった。
上記(1)リポソーム複合体の作製において、リポソーム複合体のアナライトレセプターをDNPとすべく、リポソーム膜がPC(L-a-ホスファチジルコリン)、Chol(コレステロール)、B-cap-PE、およびDNP-PE(1,2-dipalmitoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine-N-(2,4-dinitrophenyl)で構成されるリポソーム複合体を作製した。このようにして作製したリポソーム複合体を、上記「(2)アビジン修飾ガラス基板の作製」、「(3)リポソームアレイの作製」に記載の方法に従って、アビジン修飾ガラス基板上に固定化してリポソームアレイとした。次いで、上記「(4)蛍光検出」において、アナライトを抗-DNP(濃度は1.2x10-8〜1.2x10-6g/ml)としてBCEFC由来の蛍光強度を検出した。対照区として、「(4)蛍光検出」においてグラミシジンを添加しない実験を採用した。それによると、グラミシジンを添加して60分後、抗-DNP濃度が高まるにつれ、BCEFC由来の蛍光強度も増大した。これに対して、対照区(グラミシジン無添加)では、BCEFC由来の蛍光強度の増加が認められなかった(図10(A))。なお、この実験において、アナライトをウシ血清アルブミンAb-1に対するマウスモノクローナル抗体(抗-BSA)とした場合(抗-BSAの濃度は1.2x10-9〜1.2x10-6g/ml)、BCEFC由来の蛍光は検出されなかった(図11)。これら結果は、蛍光強度は、リポソーム複合体の脂質二重膜と外液の境界面での抗-DNPとDNPの特異的結合に起因することを示している。本発明における抗-DNPのダイナミックレンジ(dynamic range)の下限は、水晶振動子を用いるイムノセンサー及びファイバーオプティカルセンサーに比較して(7x10-8〜10-6g/ml)約10倍低い。
【0040】
(ii)アナライト(被検物質)がアビジン、レセプターがB-cap-PEの場合
アナライトをアビジン、アナライトレセプターをB-cap-PEのビオチン残基として実験をおこなった。上記「(1)リポソーム複合体の作製」に記載の方法によってリポソーム複合体を作製した。該リポソーム複合体の膜に存在するB-cap-PEのビオチン残基は、アナライト、およびアビジン修飾ガラス基板上のアビジンのレセプターとなる。上記「(2)アビジン修飾ガラス基板の作製」、「(3)リポソームアレイの作製」に記載の方法に従って、該リポソーム複合体をアビジン修飾ガラス基板上に固定化してリポソームアレイとした。次いで、上記「(4)蛍光検出」において、アナライトをアビジン(濃度は1.0x10-8〜1.0x10-6g/ml)としてBCEFC由来の蛍光強度を検出した。対照区として、「(4)蛍光検出」においてグラミシジンを添加しない実験を採用した。それによると、グラミシジンを添加して60分後、アビジン濃度が高まるにつれ、BCEFC由来の蛍光強度も増大した。これに対して、対照区(グラミシジン無添加)では、BCEFC由来の蛍光強度の増加が認められなかった(図10(B))。
【0041】
実施例8: BCEFC由来の蛍光強度とアナライト−アナライトレセプター間の結合の関係
更に、BCECFの蛍光強度が、リポソーム複合体の脂質二重膜と外液の境界面でのアナライト−アナライトレセプター間の結合に起因していることを検証すべく、アビジン(アナライト)、B-cap-PE(アナライトレセプター)、ビオチン標識-抗-BSA(ビオチン-抗-BSA)を用いた過剰試薬免疫アッセイを行った。
上記「(4)蛍光検出」に記載の蛍光検出を行う前に、ビオチン-抗-BSA溶液(10ml)を過剰のアビジン(2.0x10-6g/ml)を含むMES 10mlと供に30分間インキュベートした(図12(B))。このインキュベートした溶液(20ml)を、PC、Chol、およびB-cap-PEで構成させるリポソーム複合体を固定化したリポソームアレイ(上記「(3)リポソームアレイの作製」に記載の方法で作製)に添加し、蛍光検出を行った。対照区として、グラミシジンを添加しない蛍光検出(上記「(4)蛍光検出」)を行った。ビオチン-抗-BSA濃度(8.0x10-9〜8.0x10-6g/ml)が高くなるにしたがい、蛍光強度は低下した。対照区では、蛍光強度の上昇が認められなかった(図12(A))。この結果は、アビジンがビオチン-抗-BSAと特異的に結合することで、アナライトレセプターであるB-cap-PEと結合するアナライトであるアビジンが減少し、それに伴ってリポソーム複合体の蛍光強度も低下したことを示している。BCECFの蛍光強度が、リポソーム複合体の脂質二重膜と外液の境界面でのアナライト−アナライトレセプター間の結合に起因していることが確かめられた。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明のリポソーム複合体、リポソームアレイ、該リポソームアレイを用いる被検物質を検出する方法、および該方法のためのキットは、抗原や抗体等の生体成分、薬剤等の検出測定を含め、様々な生物および化学系の分析に適用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】アビジン修飾ガラス基板の作製方法を示す。
【図2】ガラス基板に固定化したpH依存性蛍光色素を内包するリポソームによる免疫検出法で示す。
【図3】リポソームアレイによる蛍光検出法を示す。
【図4】アレイ修飾ガラス基板に固定化したカルセイン内包リポソーム複合体の蛍光発色を示す。
【図5】B-cap-PE量のリポソーム複合体固定化への影響を示す。
【図6】グラミシジン膜イオンチャンネルの形成による蛍光発色(A)と、グラミシジン濃度の蛍光強度への影響を示す。
【図7】被検物質の濃度とリポソーム複合体の蛍光強度の時間変化の関係を示す。
【図8】リポソーム複合体に内包させるBCECF濃度の蛍光強度への影響を示す。
【図9】グラミシジン膜イオンチャンネルのカチオン選択性を示す。
【図10】リポソーム複合体の蛍光強度が被検物質の濃度に依存することを示す。被検物質、及び被検物質と特異的に結合する物質が、それぞれ、抗-DNP及びDNP-PE(A)、アビジン及びB-cap-PE(B)の場合を示す。
【図11】リポソーム複合体の蛍光強度が被検物質の濃度に依存することを示す。被検物質が抗-BSA、被検物質と特異的に結合する物質がDNP-PEの場合を示す。
【図12】被検物質と被検物質と特異的に結合する物質との結合と、BCEFC由来の蛍光強度との関係を、過剰試薬免疫アッセイにより検証したことを示す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検物質と特異的に結合する物質を膜表面に有し、pH依存性蛍光色素を内包していることを特徴とするリポソーム複合体。
【請求項2】
被検物質と特異的に結合する物質が抗体または抗原であることを特徴とする請求項1に記載のリポソーム複合体。
【請求項3】
被検物質と特異的に結合する物質とホスファチジルエタノールアミンのビオチン誘導体(B-cap-PE)とを膜表面に有し、pH依存性蛍光色素を内包していることを特徴とするリポソーム複合体。
【請求項4】
pH依存性蛍光色素が、2’-7’-ビス-(カルボキシエチル)-6-カルボキシフルオレセイン(BCECF)、8-ヒドロキシフィレン-1,3,6-トリスルフォニックアシッド(HPTS)、セミナフトローダフロース(SNARF)からなる群から選択される、請求項1〜3のいずれか1項に記載のリポソーム複合体。
【請求項5】
pH依存性蛍光色素を内包するリポソーム内水相の水素イオン濃度が、リポソーム外の水素イオン濃度より高くなるように調整されてなる、請求項1〜4のいずれか1項に記載のリポソーム複合体。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに1項に記載のリポソーム複合体が、アビジン修飾ガラス基板上にアレイ状に固定化されているリポソームアレイ。
【請求項7】
以下の(i)〜(iii)の工程を含んでなる、請求項6に記載のリポソームアレイを用いる被検物質を検出する方法。
(i)前記リポソームアレイに被検物質を含む試料を添加し、次いで
(ii)膜イオンチャンネル形成物質を添加し、
(iii)pH依存性蛍光色素に由来するリポソームの蛍光色素の強度を測定する。
【請求項8】
膜イオンチャンネル形成物質が、グラミシジンである請求項7に記載の被検物質を検出する方法。
【請求項9】
請求項6に記載のリポソームアレイと、請求項8に記載の膜イオンチャンネル形成物質を含む、被検物質を検出するためのキット。
【請求項1】
被検物質と特異的に結合する物質を膜表面に有し、pH依存性蛍光色素を内包していることを特徴とするリポソーム複合体。
【請求項2】
被検物質と特異的に結合する物質が抗体または抗原であることを特徴とする請求項1に記載のリポソーム複合体。
【請求項3】
被検物質と特異的に結合する物質とホスファチジルエタノールアミンのビオチン誘導体(B-cap-PE)とを膜表面に有し、pH依存性蛍光色素を内包していることを特徴とするリポソーム複合体。
【請求項4】
pH依存性蛍光色素が、2’-7’-ビス-(カルボキシエチル)-6-カルボキシフルオレセイン(BCECF)、8-ヒドロキシフィレン-1,3,6-トリスルフォニックアシッド(HPTS)、セミナフトローダフロース(SNARF)からなる群から選択される、請求項1〜3のいずれか1項に記載のリポソーム複合体。
【請求項5】
pH依存性蛍光色素を内包するリポソーム内水相の水素イオン濃度が、リポソーム外の水素イオン濃度より高くなるように調整されてなる、請求項1〜4のいずれか1項に記載のリポソーム複合体。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに1項に記載のリポソーム複合体が、アビジン修飾ガラス基板上にアレイ状に固定化されているリポソームアレイ。
【請求項7】
以下の(i)〜(iii)の工程を含んでなる、請求項6に記載のリポソームアレイを用いる被検物質を検出する方法。
(i)前記リポソームアレイに被検物質を含む試料を添加し、次いで
(ii)膜イオンチャンネル形成物質を添加し、
(iii)pH依存性蛍光色素に由来するリポソームの蛍光色素の強度を測定する。
【請求項8】
膜イオンチャンネル形成物質が、グラミシジンである請求項7に記載の被検物質を検出する方法。
【請求項9】
請求項6に記載のリポソームアレイと、請求項8に記載の膜イオンチャンネル形成物質を含む、被検物質を検出するためのキット。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2009−257764(P2009−257764A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−219961(P2006−219961)
【出願日】平成18年8月11日(2006.8.11)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年8月11日(2006.8.11)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】
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