説明

リン脂質の製造方法

【課題】 PLA2を用いたリン脂質の製造において、反応溶液中の残存PLA2を失活させ、リン脂質の加水分解を抑制された安定なリン脂質及び該リン脂質を安価に製造する方法を提供すること。
【解決手段】 ホスホリパーゼA2による脂肪酸とリゾリン脂質のエステル化反応により得られるリン脂質に、無機塩類のグリセリン溶液及び炭素数4以下のアルコール、さらにはグリセリンと混和せずリン脂質を溶解する有機溶剤を添加し、充分に撹拌した後静置し、該有機溶剤層を抽出することで、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質を製造すること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食用や飼料用に適したリン脂質及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の脂質に関する研究から、ドコサヘキサエン酸(DHA)、エイコサペンタエン酸(EPA)などの高度不飽和脂肪酸が学習機能向上、動脈硬化性予防、脂質代謝改善機能など様々な機能を持つことが明らかになっている。特にDHAは、ホスファチジルコリンのようなリン脂質に結合した形態で摂取することにより、トリグリセリド型と比較して抗酸化性が強く安定性が高まり、また吸収が良いためDHAの持つ生理活性が発現しやすいことが明らかになっている。DHA以外のEPAや共役リノール酸、アラキドン酸などの機能性脂肪酸においてもリン脂質に結合することで生理活性が高まることが期待できる。
【0003】
そこで、種々の機能性の脂肪酸が結合したリン脂質の製造方法が開示されてきたが、中でも原料が安価で供給が安定な、食用として用い得る原料のみを使用し、高い反応率でリン脂質の2位に脂肪酸を導入できる方法、とりわけDHAのような高度不飽和脂肪酸を2位に導入したリン脂質及びその製法が特許文献1に開示されている。さらに、炭素数4以下のアルコールを添加してから、炭化水素溶剤及び/又はケトン溶剤及び/又はエステル溶剤からなる溶剤を加えて、グリセリン溶液層と溶剤層を形成させ、リン脂質と脂肪酸が移行した溶剤層を分離(分取)し、溶剤、もしくはシリカゲルで精製することにより目的のリン脂質が得られる旨が記載されている。
【0004】
しかし、リン脂質の加水分解反応と比較して、リン脂質のエステル合成反応には多量の酵素が必要となるため、大量のホスホリパーゼA2(以下、PLA2ともいう)が残存し、そのためアレルギーなどの問題が起こる可能性があり、また経時的にリン脂質の2位が加水分解する可能性がある。
【0005】
一方、アレルギー問題などのために、PLA2を用いた反応により得られたリゾリン脂質溶液中の残存PLA2を失活させる技術がいくつか開示されている。例えば特許文献2の実施例では中性プロテアーゼのみで処理しており、特許文献3では清水中70℃以上で加熱処理しており、特許文献4の実施例では中性プロテアーゼのみで処理してから蛋白除去工程を通しているが、PLA2を用いた反応により得られたリン脂質溶液系でそれらの処理を行うと、何れの系でもPLA2の量は減るものの、加熱により高度不飽和脂肪酸が劣化するか、或いは処理の最中に残存PLA2によりリン脂質の2位の脂肪酸が加水分解してしまう。
【0006】
また特許文献5では、PLA2を用いた反応により得られたリゾリン脂質溶液を、エタノールやヘキサンを一例とする溶剤と水との混合液及び無機塩類アセトン溶液とで処理することが開示されているが、系中に水分があるためにPLA2の除去は十分では無かった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−68799号公報
【特許文献2】特開昭63−233750号公報
【特許文献3】特開2002−165580号公報
【特許文献4】特開2003−93086号公報
【特許文献5】国際公開第05/090587号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、PLA2を用いたリン脂質の製造において、反応溶液中の残存PLA2を失活させ、リン脂質の加水分解を抑制された安定なリン脂質及び該リン脂質を安価に製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、ホスホリパーゼA2による脂肪酸とリゾリン脂質の反応により得られるリン脂質反応液に、炭素数4以下のアルコール、無機塩類グリセリン溶液及び炭素数が5〜8の炭化水素溶剤を添加し、充分に撹拌した後静置し、炭化水素溶剤層を抽出するか、或いは酸性プロテアーゼで処理すれば、ホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下になることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明の第一は、ホスホリパーゼA2による脂肪酸とリゾリン脂質のエステル化反応により得られるリン脂質であり、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質に関する。好ましい実施態様は、残存するホスホリパーゼA2活性が5ユニット/g以下である上記記載のリン脂質に関する。より好ましくは、リン脂質の構成脂肪酸全体中、二重結合を4つ以上持つ脂肪酸及び共役した2つ以上の二重結合を持つ脂肪酸の合計量が、15重量%以上である上記記載のリン脂質に関する。
【0011】
本発明の第二は、(1)ホスホリパーゼA2による脂肪酸とリゾリン脂質のエステル化反応により得られるリン脂質に、無機塩類のグリセリン溶液及び炭素数4以下のアルコール、さらにはグリセリンと混和せずリン脂質を溶解する有機溶剤を添加し、充分に撹拌した後静置し、該有機溶剤層を抽出することを特徴とする、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法に関する。好ましい実施態様は、(2)無機塩類のグリセリン混合溶液中の水分量が10重量%以下である、上記記載の、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法に関する。より好ましくは、(3)グリセリンと混和せずリン脂質を溶解する有機溶剤が、炭素数が5〜8の炭化水素溶剤及び/又はエーテル類である、上記記載の、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法、(4)グリセリン溶液中の塩濃度が、0.2〜40重量%である上記記載の、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法、(5)無機塩類が、硫酸亜鉛、塩化カリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム及び塩化カルシウムの群より選ばれる少なくとも1種である、上記記載の、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法、(6)炭化水素溶剤がヘキサンである、上記記載の、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法、(7)炭素数4以下のアルコールがエタノールである上記記載の、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法、(8)撹拌中の温度が40〜60℃である、上記記載の、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法に関する。
【0012】
本発明の第三は、ホスホリパーゼA2による脂肪酸とリゾリン脂質のエステル化反応により得られるリン脂質反応液を、酸性プロテアーゼで処理することを特徴とする、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法に関する。好ましい実施態様は、酸性プロテアーゼで処理した後、さらに中性プロテアーゼで処理することを特徴とする上記記載の、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明に従えば、PLA2を用いたリン脂質の製造において、反応溶液中の残存PLA2を失活させ、リン脂質の加水分解を抑制された安定なリン脂質及び該リン脂質を安価に製造する方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明につき、さらに詳細に説明する。本発明のリン脂質は、ホスホリパーゼA2による脂肪酸とリゾリン脂質の反応により得られるリン脂質であって、該リン脂質中に残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であることを特徴とする。該リン脂質中に残存するホスホリパーゼA2は少ない程良いが、5ユニット/g以下が好ましく、1ユニット/g以下がより好ましい。
【0015】
そして、本発明のリン脂質の構成脂肪酸全体中、二重結合を4つ以上持つ脂肪酸及び共役した2つ以上の二重結合を持つ脂肪酸の合計量は、学習機能向上、動脈硬化性予防、脂質代謝改善機能など様々な機能をより強く発現するには多いほど好ましいが、15重量%以上であることがより好ましい。ここで二重結合を4つ以上持つ脂肪酸としてはDHA、EPA、アラキドン酸(ARA)などが挙げられ、共役した2つ以上の二重結合を持つ脂肪酸としては共役リノール酸、共役リノレン酸などが挙げられる。
【0016】
リン脂質1グラム中に残存するホスホリパーゼA2活性は、大豆レシチンを基質として測定することができる。測定は大豆レシチンを分散させた水溶液に対してPLA2を含む溶液を加えて、一定のpH(例えば8.0)を維持するために1分当たりどれだけの水酸化ナトリウム水溶液を要するかで測定することができる。その際、あらかじめ酵素標準溶液で作成した検量線を用いてリン脂質に残存するPLA2活性を算出する。
【0017】
本発明におけるリゾリン脂質は、リン脂質から2位の脂肪酸を除いたものを指し、リン脂質とは異なる脂質を意味する。本発明に用いるリゾリン脂質は、リン脂質を改質したものを用いることができ、入手のし易さからは大豆由来や菜種由来、卵黄由来のものが好ましく、価格面からは大豆由来のものがより好ましいが、その他の植物由来のリゾリン脂質も用いることができる。
【0018】
リン脂質を改質してその2位の脂肪酸を除く方法としては、有害な物質を使用しない限り特に限定はないが、例えばホスホリパーゼA2などを用いてリン脂質の2位の脂肪酸を加水分解する方法などが挙げられる。この場合に用いることができるリン脂質は、グリセリン骨格とリン酸基及び2つの脂肪酸エステルを持つ分子で、ホスホリパーゼA2の基質になり得るものであり、スフィンゴシン骨格を持つものは含まれない。具体的には、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリンなどが例示できる。
【0019】
本発明の脂肪酸とリゾリン脂質のエステル化反応において、リゾリン脂質の2位に導入する脂肪酸としては特に限定はないが、昨今の消費者の健康志向から、生理活性を高められる脂肪酸が好ましく、二重結合を4つ以上持つ脂肪酸及び共役した2つ以上の二重結合を持つ脂肪酸が例示でき、具体的には共役リノール酸、アラキドン酸、ドコサヘキサエン酸(DHA)、エイコサペンタエン酸(EPA)などの高度不飽和脂肪酸が例示できる。前記DHAやEPAは、主に海産動物油や藻類から得られる油脂を加水分解し遊離脂肪酸の形態にしたものを用いることができる。
【0020】
尚、本発明で高度不飽和脂肪酸とは、炭素−炭素間の2重結合の数が3つ以上の不飽和脂肪酸、又は共役リノール酸を意味するものとする。
【0021】
また、DHAなどのように、天然由来のものを単体で入手することが困難である場合は、所望の脂肪酸を含有する脂肪酸の混合物を用いることができる。その際、脂肪酸混合物中の所望の脂肪酸の含有量は、概ね20重量%以上であることが望ましい。DHAの場合を例示すると、DHA含有脂肪酸中のDHAの濃度は好ましくは20重量%以上であり、45重量%以上がより好ましい。尚、本発明による反応の後に溶剤分別などを行い、反応生成物であるリン脂質の濃度を高めても構わない。
【0022】
本発明のリン脂質は、例えば以下のようにして製造することができる。
<無機塩類などを用いてリン脂質中に残存するホスホリパーゼA2を低減するリン脂質の製造方法>
(リゾリン脂質と脂肪酸とのエステル化反応)
ホスホリパーゼA2を触媒としてリゾリン脂質に脂肪酸を結合させることができる反応系であれば方法は問わないが、反応性が高く食品に利用可能なことから、グリセリンを溶剤に用いた反応系で行うが好ましい。即ち、グリセリン中にリゾリン脂質、脂肪酸、ホスホリパーゼA2を適量添加し、反応溶液を30〜60℃に維持しながら、3〜48時間攪拌することで反応を行うことができる。反応系にはさらに、反応を活性化させるための塩化カルシウムなどのカルシウム塩、及びその他アミノ酸等の反応を活性化するための添加物を加えることが好ましい。
【0023】
(リン脂質が生成した反応溶液からのホスホリパーゼA2の除去)
上記リゾリン脂質と脂肪酸とのエステル化反応で得られるリン脂質を含む反応溶液、該反応溶液から単離したリン脂質及び該反応溶液からリン脂質を抽出した溶液の何れかに、炭素数4以下のアルコール及び無機塩類のグリセリン混合溶液、さらにはグリセリンと混和せずリン脂質を溶解する有機溶剤を添加・混合する。なお、それらの添加量は、反応溶液や抽出溶液に当該溶剤を含む場合は適宜調整する。
【0024】
そして混合後、20〜60℃に温調し、非極性溶剤とグリセリンが分離しないように強く攪拌する。好ましくは、40〜60℃に温調する。その後しばらく静置して、グリセリン溶液層と溶剤層とを形成させ、リン脂質と脂肪酸が移行した当該溶剤層を分離(分取)する。このような所定溶剤の添加および分取操作は、純度の向上と作業効率を考慮し、適宜繰り返しても良い。
【0025】
リン脂質もしくはリン脂質と脂肪酸が移行した前記溶剤層を分離したら、溶剤を留去してリン脂質を回収できる。溶剤を留去した後、リン脂質を溶解せず脂肪酸や水を溶解する溶剤で洗浄処理を行い、沈澱したリン脂質を回収する方が好ましい。ここで、リン脂質を溶解せず脂肪酸や水を溶解する溶剤としてはアセトンなどが挙げられる。
【0026】
ここで前記炭素数4以下のアルコールとしては、メタノール、エタノール、プロパノール及びブタノールが挙げられ、それらの群より選ばれる少なくとも1種を用いることができる。それらの内、毒性が低く食品添加物として利用できることから、エタノールが好ましい。
【0027】
また、無機塩類としてはグリセリンへの溶解性があるものなら特に限定は無いが、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、硫酸亜鉛、塩化カリウム、塩化ナトリウム及び塩化カルシウムからなる群より選ばれる少なくとも1種を使用することが好ましい。無機塩類は、グリセリン混合溶液全体中0.2重量%以上となるように混合して用いることが好ましい。0.2重量%部より少ないとPLA2の除去が十分でない場合がある。無機塩類の濃度は濃いほどPLA2の除去効率は高くなるが、一般にはグリセリン混合溶液全体中40重量%以下とすることが好ましい。40重量%を超えるとグリセリンの粘度が上昇し、もしくは無機塩類が析出して扱いにくくなる場合がある。
【0028】
ここで無機塩類のグリセリン混合溶液の調製は、グリセリンへの塩類の分散性を考慮して、無機塩類を水溶液にしてからグリセリンと混合することが好ましい。さらに、無機塩類を混合したグリセリン混合溶液全体中の水分量は少ないほど好ましいが、30重量%以下であることが好ましく、10重量%以下であることがより好ましく、さらに好ましくは1重量%以下である。グリセリン中の水分量が30重量%を超えると、PLA2の除去が十分に行えない場合がある。また、無機塩類を水溶液にしてからグリセリン混合溶液を調整した場合は、混合溶液中の水を留去してから用いることが好ましい。
【0029】
グリセリンと混和せずリン脂質を溶解する有機溶剤としては、炭化水素溶剤やエーテル類が好ましく、具体的にはヘプタン、ヘキサン、ペンタン、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル等が挙げられ、食品用途への利用の観点からヘキサンがより好ましい。
【0030】
<酸性プロテアーゼを用いてリン脂質中に残存するホスホリパーゼA2の活性を低減するリン脂質の製造方法>
(リゾリン脂質と脂肪酸とのエステル化反応)
前記無機塩類などを用いてリン脂質中に残存するホスホリパーゼA2を低減するリン脂質の製造方法と同様である。
【0031】
(リン脂質が生成した反応溶液中のホスホリパーゼA2活性の低減)
上記で得られるリン脂質を、好ましくはpH4.0〜1.0、より好ましくは3.0〜1.5に調整した酸性水溶液に溶解し、酸性プロテアーゼを添加する。酸性プロテアーゼとしては、動物由来のペプシン、Aspergillus niger由来のプロテアーゼ等が挙げられる。酸性プロテアーゼの添加量は、酸性水溶液100重量部に対して0.1〜10重量部が好ましい。
【0032】
酸性プロテアーゼを添加した後は、酵素の至適温度で構わないがリン脂質の劣化を防ぐため60℃を上回らない温度に保持して撹拌して酵素反応することが好ましい。反応時間は、酵素の量や反応温度にもよるが、1時間〜48時間が好ましい。1時間より短いと、得られるリン脂質中のホスホリパーゼA2活性低減効果が小さい場合があり、48時間より長いと、リン脂質が劣化する、もしくはリン脂質が凝集したり、プロテアーゼが失活するなどして得られるリン脂質中のホスホリパーゼA2活性低減効果が頭を打ってしまう場合がある。
【0033】
ホスホリパーゼA2活性をさらに低減するためには、酸性プロテアーゼ反応終了後、続けてpHを4.0〜8.0に中和し、中性プロテアーゼを添加することが好ましく、より好ましくはpHを5.0〜7.0に中和し、中性プロテアーゼを添加する。中性プロテアーゼとしてはAspergillus Oryzae由来、Bacillus Subtilis由来等が挙げられる。
【0034】
中性プロテアーゼを添加した後は、酵素の至適温度で構わないがリン脂質の劣化を防ぐため60℃を上回らない温度に保持して撹拌して酵素反応することが好ましい。反応時間は、酵素の量や反応温度にもよるが、1時間〜48時間が好ましい。1時間より短いと、得られるリン脂質中のホスホリパーゼA2活性低減効果が小さい場合があり、48時間より長いと、リン脂質が劣化する、もしくはリン脂質が凝集したり、プロテアーゼが失活するなどして得られるリン脂質中のホスホリパーゼA2活性低減効果が頭を打ってしまう場合がある。
【0035】
酸性プロテアーゼ或いは酸性プロテアーゼ及び中性プロテアーゼによる酵素反応終了後は、ヘキサン等のリン脂質を溶解し、水と混和しない溶剤を酸性水溶液100重量部に対して10〜200重量部添加・撹拌し、上層(ヘキサン層)を分取し、上層の溶剤を除去してリン脂質を抽出することができる。酸性水溶液の粘度が高くなるなどして、ヘキサンだけではリン脂質を抽出しにくい場合は、さらにエタノールなどの、水と混和するアルコール溶剤を加えることで抽出効率が向上する場合がある。エタノールを加える場合は、酸性水溶液100重量部に対して10〜100重量部加えるのが好ましい。この処理により得られるリン脂質中のホスホリパーゼA2活性は、大幅に低減されている。
【0036】
前記において、上層の溶剤を除去した後、アセトンで洗浄する方が好ましい。アセトン洗浄により、残留している水分や加水分解で遊離した脂肪酸などを除去することができる。
【0037】
本発明のリン脂質の製造方法は、食用や飼料用のリン脂質の製造に好適に用いることができ、その為には製造過程で食用に適さない原料やトルエン、ホルムアミドなどの溶剤などを使用さえしなければよい。また、このようにして得られたリン脂質、特に、その2位に高度不飽和脂肪酸が導入されたものは、高機能の食用或いは飼料用リン脂質として好適に用いることができる。
【実施例】
【0038】
以下に実施例を示し、本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。なお、実施例において「部」や「%」は重量基準である。
【0039】
<PLA2の残存活性の測定方法>
脱脂大豆レシチン6gに蒸留水400mlを加えて室温で30分間攪拌した。その脱脂大豆レシチン溶液に、デオキシコール酸ナトリウム0.7g及び塩化カルシウム2水和物0.5gを水11mlに溶かした溶液を加え、氷冷しながら8000rpmで15分間ホモジナイズした。得られた溶液を活性測定溶液とした。活性測定溶液20mlを50mlのサンプル瓶に計り取り、1M水酸化ナトリウム水溶液を加えてpHを8.0に調整した。実施例・比較例で得られたリン脂質サンプル20mgを1mlの蒸留水に分散させ、その溶液をpH8.0に調整した活性測定溶液に加えて、再度pHを8.0に調整し、pHを8.0に維持するために必要な20mM水酸化ナトリウム溶液の1分当たりの滴定量を測定した。あらかじめ酵素標準溶液で作成した検量線を用いて、リン脂質に残存するPLA2活性を計算した。
【0040】
<リン脂質の脂肪酸組成の分析>
実施例・比較例で得られたリン脂質10mgをイソオクタン2mlに溶かし、0.2Mナトリウムメチラートのメタノール溶液1mlを加えて60℃で攪拌しながら10分間加熱した。酢酸で中和し、水を加えて上層のイソオクタン層を回収してガスクロマトグラフで分析した。ガスクロマトグラフはアジレント社製「5890seriesII」を使用した。カラムは、アジレント社製「DB−23」(長さ30m、内径0.25mm、膜厚0.25μm)を用いて、注入口温度:260℃、検出温度:260℃、オーブン温度:200℃一定で行った。
【0041】
(製造例1) リン脂質の合成
1Lのガラス製反応容器にグリセリン(坂本薬品社製)200gにリゾホスファチジルコリン(辻製油社製「SLP−ホワイトリゾ」)15g、ホスホリパーゼA2(サンヨーファイン社製「リゾナーゼ」、活性:5万U/g)6g、DHA含有トリグリセリド(クローダジャパン「インクロメガDHA−J46」、DHA含有量:49.7重量%)を定法によりアルカリ加水分解した脂肪酸6g、グリシン6g、アラニン6g、2M塩化カルシウム水溶液2mlを加えて攪拌しながら300Paの減圧下、50℃で24時間反応させた。反応終了後、エタノール100ml、ヘキサン100mlを加えて二層にした。ここから上層を回収し、溶剤を留去した回収物を15g得た。該回収物にアセトン50mlを加えてよくかき混ぜ、0℃で1時間冷却して得られた沈澱を回収し、リン脂質を10g得た。このリン脂質中に残存するPLA2の活性は、75U/gであった。また、リン脂質中の脂肪酸組成のうち、DHAの含量は16.5重量%だった。
【0042】
(実施例1) 無機塩類などによる処理によるPLA2低減
リン脂質0.2gにグリセリン1gを加え、2M塩化カルシウム水溶液を0.4ml加えて、グリセリン溶液を調整した。ヘキサン1mlとエタノール1mlを加えて室温で1時間攪拌した。攪拌終了後、静置してから上層を回収し、溶剤を留去後、アセトン1mlを加えて0℃で1時間静置し、リン脂質の沈澱を回収した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性、およびリン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量を表1に示した。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
(実施例2) 無機塩類などによる処理によるPLA2低減
50℃で1時間攪拌した以外は、実施例1と同様にしてリン脂質を処理した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性、およびリン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量を表1に示した。
【0046】
(実施例3)
グリセリン5gに2M塩化カルシウム水溶液2mlを加えた。このグリセリン溶液を80℃、500Paで1時間乾燥させた。リン脂質サンプル0.2gをヘキサン1mlとエタノール1mlの混合溶媒に溶かし、上記で作製した塩化カルシウム−グリセリン溶液1gを加えて室温で1時間層分離しないように強く攪拌した。攪拌終了後、静置して上層を回収し溶剤を留去して、アセトン1mlを加えて0℃で1時間静置し、リン脂質の沈澱を回収した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性、およびリン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量を表1に示した。
【0047】
(実施例4)
50℃で1時間攪拌した以外は、実施例3と同様にリン脂質サンプルを処理し、リン脂質を回収した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性、およびリン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量を表1に示した。
【0048】
(実施例5)
実施例4と同様に1時間攪拌した後、上層を回収して溶剤を留去し、さらにヘキサンを加えて沈澱したグリセリンを除去した。溶剤を留去して、アセトン1mlを加えて0℃で1時間静置し、リン脂質の沈澱を回収した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性、およびリン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量を表1に示した。
【0049】
(実施例6)
2M塩化カルシウム水溶液の代わりに2M塩化カリウム水溶液を用いた以外は、実施例5と同様にリン脂質を処理した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性、およびリン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量を表1に示した。
【0050】
(実施例7)
2M塩化カルシウム水溶液の代わりに2M塩化ナトリウム水溶液を用いた以外は、実施例5と同様に処理した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性、およびリン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量を表1に示した。
【0051】
(実施例8)
2M塩化カルシウム水溶液の代わりに2M硫酸マグネシウム水溶液を用い、エタノールの代わりにイソプロパーノールを用い、50℃で1時間攪拌した以外は、実施例3と同様にしてリン脂質サンプルを処理し、リン脂質を回収した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性、およびリン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量を表1に示した。
【0052】
(実施例9)
2M塩化カルシウム水溶液の代わりに2M塩化マグネシウム水溶液を用い、ヘキサンの代わりにジエチルエーテルを用いた以外は、実施例3と同様にしてリン脂質サンプルを処理し、リン脂質を回収した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性、およびリン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量を表1に示した。
【0053】
(比較例1)
リン脂質サンプル0.2gにグリセリン1gを加え、ヘキサン1mlとエタノール1mlを加えて50℃で1時間攪拌した。攪拌終了後、静置して上層を回収し溶剤を留去して、アセトン1mlを加えて50℃で1時間静置し、リン脂質の沈澱を回収した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性、およびリン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量を表1に示した。
【0054】
(比較例2)
国際公開第05/090587号に準拠して、リン脂質サンプル0.2gをヘキサン1mlとエタノール1mlに溶かし、2.6M塩化ナトリウム水溶液(水1ml、塩化ナトリウム150mg)を1ml加えて50℃で1時間攪拌した。攪拌終了後、静置して上層を回収し溶剤を留去して、アセトン1mlを加えて0℃で1時間静置し、リン脂質の沈澱を回収した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性、およびリン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量を表1に示した。
【0055】
(比較例3)
国際公開第05/090587号に準拠して、リン脂質サンプル0.2gをヘキサン1mlとアセトン1mlに溶かし、2.6M塩化ナトリウム水溶液(水1ml、塩化ナトリウム150mg)を1ml加えて50℃で1時間攪拌した。攪拌終了後、静置して上層を回収し溶剤を留去して、アセトン1mlを加えて0℃で1時間静置し、リン脂質の沈澱を回収した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性、およびリン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量を表1に示した。
【0056】
(比較例4)
グリセリン5gに2M塩化カルシウム水溶液2mlを加えた。このグリセリン溶液を80℃、500Paで1時間乾燥させた。リン脂質サンプル0.2gをヘキサン1mlに溶かし、上記で作製した塩化カリウム−グリセリン溶液1gを加えて50℃で1時間層分離しないように強く攪拌した。攪拌終了後、静置して上層を回収し溶剤を留去した。溶剤を留去し、アセトン1mlを加えて0℃で1時間静置し、リン脂質の沈澱を回収した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性、およびリン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量を表1に示した。
【0057】
(比較例5)
グリセリン5gに2M塩化カルシウム水溶液2mlを加えた。このグリセリン溶液を80℃、500Paで1時間乾燥させた。リン脂質サンプル0.2gをジエチルエーテル1mlに溶かし、上記で作製した塩化カリウム−グリセリン溶液1gを加えて室温で1時間層分離しないように強く攪拌した。攪拌終了後、静置して上層を回収し溶剤を留去した。溶剤を留去し、アセトン1mlを加えて0℃で1時間静置し、リン脂質の沈澱を回収した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性、およびリン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量を表1に示した。
【0058】
(比較例6)
グリセリン5gに2M硫酸マグネシウム水溶液2mlを加えた。このグリセリン溶液を80℃、500Paで1時間乾燥させた。リン脂質サンプル0.2gをヘキサン1mlとアセトン1mlの混合溶媒に溶かし、上記で作製した硫酸マグネシウム−グリセリン溶液1gを加えて50℃で1時間層分離しないように強く攪拌した。攪拌終了後、静置して上層を回収し溶剤を留去した。溶剤を留去し、アセトン1mlを加えて0℃で1時間静置し、リン脂質の沈澱を回収した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性、およびリン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量を表1に示した。
【0059】
(比較例7)
公開広報2002−165580号公報に準拠して、リン脂質サンプル0.2gに水2mlを加えて80℃で90分攪拌しながら加熱した。攪拌終了後、ヘキサンを2ml加えて1分間撹拌してから静置して上層を回収した。溶剤を留去し、アセトン1mlを加えて0℃で1時間静置し、リン脂質の沈澱を回収した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性、およびリン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量を表1に示した。
【0060】
(実施例10) 酵素処理によるPLA2低減
製造例1で得たリン脂質1gを0.2Mクエン酸水溶液10mlに分散させ、pH2.4とした。この水溶液に酸性プロテアーゼ(エイチビイアイ社製「オリエンターゼ20A」)120mgを加えて45℃で5時間攪拌した。攪拌終了後反応液にエタノール5mlとヘキサン5mlを加えて攪拌してから静置して上層(ヘキサン層)を回収した。上層の溶剤を留去し、残渣にアセトン5mlを加えて0℃で1時間静置し、リン脂質の沈澱を回収した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性は4U/g、リン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量は16.9重量%であった。
【0061】
(実施例11) 酵素処理によるPLA2低減
リン脂質サンプル1gを0.2Mクエン酸水溶液10mlに分散させ、pH2.4とした。この水溶液に酸性プロテアーゼ(エイチビイアイ社製「オリエンターゼ20A」)120mgを加えて45℃で5時間攪拌した。攪拌終了後反応液に1M水酸化ナトリウム水溶液を添加してpH7.0に調整し、中性プロテアーゼ(アマノエンザイム社製「ペプチダーゼR」)120mgを加えて45℃で3時間攪拌した。攪拌終了後反応液にエタノール5mlとヘキサン5mlを加えて攪拌してから静置して上層を回収した。上層の溶剤を留去し、残渣にアセトン5mlを加えて0℃で1時間静置し、リン脂質の沈澱を回収した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性は1U/g以下、リン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量は17.1重量%であった。
【0062】
(比較例8) 酵素処理によるPLA2低減
リン脂質サンプル1gを水10mlに分散させ、プロテアーゼ(アマノエンザイム社製「ペプチダーゼR」)120mgを加えて45℃で5時間攪拌した。攪拌終了後、反応液にエタノール5mlとヘキサン5mlを加えて1分間攪拌してから静置して上層を回収した。上層の溶剤を留去し、残渣にアセトン5mlを加えて0℃で1時間静置し、リン脂質の沈澱を回収した。回収したリン脂質中のPLA2残存活性は15U/g、リン脂質の脂肪酸組成中のDHA含量は10.5重量%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホスホリパーゼA2による脂肪酸とリゾリン脂質のエステル化反応により得られるリン脂質であり、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質。
【請求項2】
残存するホスホリパーゼA2活性が5ユニット/g以下である請求項1に記載のリン脂質。
【請求項3】
リン脂質の構成脂肪酸全体中、二重結合を4つ以上持つ脂肪酸及び共役した2つ以上の二重結合を持つ脂肪酸の合計量が、15重量%以上である請求項1又は2に記載のリン脂質。
【請求項4】
ホスホリパーゼA2による脂肪酸とリゾリン脂質のエステル化反応により得られるリン脂質に、無機塩類のグリセリン溶液及び炭素数4以下のアルコール、さらにはグリセリンと混和せずリン脂質を溶解する有機溶剤を添加し、充分に撹拌した後静置し、該有機溶剤層を抽出することを特徴とする、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法。
【請求項5】
無機塩類のグリセリン混合溶液中の水分量が10重量%以下である、請求項4に記載の、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法。
【請求項6】
グリセリンと混和せずリン脂質を溶解する有機溶剤が、炭素数が5〜8の炭化水素溶剤及び/又はエーテル類である、請求項4又は5に記載の、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法。
【請求項7】
グリセリン溶液中の塩濃度が、0.2〜40重量%である請求項4〜6の何れかに記載の、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法。
【請求項8】
無機塩類が、硫酸亜鉛、塩化カリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム及び塩化カルシウムの群より選ばれる少なくとも1種である、請求項4〜7の何れかに記載の、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法。
【請求項9】
炭化水素溶剤がヘキサンである、請求項4〜8の何れかに記載の、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法。
【請求項10】
炭素数4以下のアルコールがエタノールである、請求項4〜9の何れかに記載の、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法。
【請求項11】
撹拌中の温度が40〜60℃である、請求項4〜10の何れかに記載の、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法。
【請求項12】
ホスホリパーゼA2による脂肪酸とリゾリン脂質のエステル化反応により得られるリン脂質反応液を、酸性プロテアーゼで処理することを特徴とする、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法。
【請求項13】
酸性プロテアーゼで処理した後、さらに中性プロテアーゼで処理することを特徴とする請求項12に記載の、残存するホスホリパーゼA2活性が10ユニット/g以下であるリン脂質の製造方法。

【公開番号】特開2012−249597(P2012−249597A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−125743(P2011−125743)
【出願日】平成23年6月3日(2011.6.3)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】