説明

リン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法

【課題】リン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質を特異的に分離するための改良方法を提供する。
【解決手段】リン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質を含む試料を、酸化金属を充填した分離手段に、水溶性の乳酸重合物の存在下で供給する工程を含む、リン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数種類のタンパク質等を含む試料からリン酸化タンパク質を分離したり、複数種類のペプチドを含む試料からリン酸化ペプチドを分離することができる、リン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質を消化酵素(例えば、トリプシン)でペプチドに切断した後、それを液体クロマトグラフィーで分離し、その後、質量分析計で解析し、タンパク質を同定するという一連のプロセスがある(非特許文献1)。このプロセスにおいては、切断されたペプチドを含む試料を金属キレートカラムに供し、リン酸化ペプチドを濃縮することが一般的に行われている。また、多数のタンパク質成分を含む試料を、金属キレートカラムに供し、リン酸化タンパク質を濃縮することが行われる場合もある。
【0003】
このように、リン酸化ペプチド及びリン酸化タンパク質を分離する際には、金属キレートカラムを用いたクロマトグラフィーを適用するが、金属キレートカラムがリン酸化ペプチド及びリン酸化タンパク質に対する特異性が低いため、多くの酸性ペプチドも同時に濃縮されてしまうといった問題がある。この問題を解決するために、従来、ペプチドのカルボキシル基のみをエステル化することにより、金属キレートカラムにおけるリン酸化ペプチド及びリン酸化タンパク質に対する特異性を向上させる試みがなされている。しかしながら、エステル化反応の制御が困難であり、当該方法は一般的に利用されるには至らず、実用化されていない。
【0004】
一方、金属イオンに代えてチタニウムやジルコニウム等の酸化物を充填したカラムを利用して、リン酸化ペプチド及びリン酸化タンパク質を分離する手法が開示されている(特許文献1及び特許文献2)。しかしながら、これら酸化物を充填したカラムを用いてもリン酸化ペプチド及びリン酸化タンパク質に対する特異性は不十分であり、上述した問題を解決することは困難である。そこで、サリチル酸誘導体を酸性ペプチドに対する競合剤として使用して、リン酸化ペプチド及びリン酸化タンパク質に対する特異性を向上させる試みが報告されている(非特許文献2)。
【0005】
しかしながら、サリチル酸誘導体を競合剤として使用する場合には以下の問題がある。第1に、安息香酸誘導体の脂溶性がペプチドと重複しているため、一般に使用される逆相クロマトグラフィーで安息香酸誘導体とリン酸化ペプチドとを分離できないといった問題がある。この問題は、分離後に質量分析を行う場合、質量分析計を汚染するといった問題にも繋がる。第2に、確かにリン酸化ペプチドに対する特異性は向上しているものの、多くの非リン酸化ペプチドも同時に分離・濃縮してしまうといった問題がある。
【0006】
上記事情に鑑み、現在までに本発明者らは、アリファティックなヒドロキシ酸を競合剤として用いるリン酸化ペプチド及びリン酸化タンパク質を分離する方法を提案している(特許文献3)。また、この手法により、酸性ペプチドを排除してリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質を高い選択性で分離することができること、及び分離対象のリン酸化ペプチド及びリン酸化タンパク質から、アリファティックヒドロキシ酸を容易に分離することができることを報告している。
【0007】
【特許文献1】WO2003/065031号公報
【特許文献2】特開平5-329361号公報
【特許文献3】特願2006-222316号
【非特許文献1】Hye Kyong Kweon et al., Analytical Chemistry 78 (6), 1743 -1749, 2006
【非特許文献2】Martin R. Larsen et al., Molecular & Cellular Proteomics 4.7 p. 873-886, 2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、タンパク質のリン酸化をより幅広く解析するために、タンパク質試料に含まれるリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質をより高選択的に濃縮するニーズがある。
【0009】
そこで、本発明は、リン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質を特異的に分離するための改良方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、アリファティックヒドロキシ酸として乳酸を使用する系で、競合剤として低純度乳酸(85%〜92%)と高純度乳酸(98%以上)とをそれぞれ使用したところ、低純度乳酸を競合剤として用いた方が、リン酸化ペプチドに対して顕著に高い選択性を示すことを見出した。
【0011】
また、リン酸化ペプチドの高選択的な濃縮に寄与していると考えられる低純度乳酸中の不純物を解析したところ、これらは乳酸の分子間エステル化反応による乳酸重合体であることがわかった。
【0012】
さらに、低純度乳酸中に含まれる乳酸重合体を分離し、これを用いて細胞抽出物試料中のリン酸化ペプチドを分離したところ、低純度乳酸を用いた場合よりもさらに高い選択性が得られることがわかった。
【0013】
本発明は上記知見を基礎とするものであり、以下の特徴を包含する。
(1) リン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質を含む試料を、酸化金属を充填した分離手段に、水溶性の乳酸重合物の存在下で供給する工程を含む、
リン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法。
【0014】
(2) 前記乳酸重合物は、縮合度2〜60の乳酸重合体の混合物であることを特徴とする上記(1)記載のリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法。
【0015】
(3) 前記乳酸重合物は、市販の乳酸製品から乳酸単量体を除いた乳酸重合体濃縮画分であることを特徴とする、上記(1)記載のリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法。
【0016】
(4) 上記分離手段から溶出した溶液を逆相クロマトグラフィーに供することによって、上記リン酸化ペプチド及びリン酸化タンパク質と前記乳酸重合物とを分離する工程をさらに含む、上記(1)記載のリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法。
【0017】
(5) 上記酸化金属は、酸化チタニウム、酸化ジルコニウム、酸化アルミニウム、水酸化アルミニウム及び二酸化ケイ素からなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする上記(1)記載のリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法。
【0018】
(6) 上記酸化金属は、連続多孔質構造を有することを特徴とする上記(1)記載のリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法。
【0019】
(7) 上記酸化金属は、アナターゼ結晶及び/又は非晶質を含み、示差熱熱量分析において130℃で15分間加熱した後、毎分40℃で800℃まで昇温したときの昇温過程での重量減少が3〜70mg/gであることを特徴とする上記(1)記載のリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法。
【0020】
(8) 上記重量減少が4〜20mg/gであることを特徴とする上記(7)記載のリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法。
【0021】
(9) 上記(1)〜(8)いずれか記載のリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法によって分離された、リン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質を含む試料を質量分析装置に供し、分離されたリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の質量を測定する工程を含む、
リン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の質量分析方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、タンパク質試料に含まれるリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質を高選択的に濃縮することができる。
【0023】
また、本発明の方法に使用する乳酸重合体は親水性の高い分子であるため、分離対象のリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質から容易に分離することができ、質量分析計への影響が少ないリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質試料を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明をより詳細に説明する。
本発明は、リン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の分離方法、及び該分離方法により分離したリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の質量分析方法に関する。
【0025】
本発明に係るリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の分離方法は、試料中に含まれるリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質を、他の成分から分離して濃縮する方法である。ここで、試料とは、リン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質を含む組成であれば特に限定されないが、例えば、複数種類のタンパク質を含む溶液、単数或いは複数種類のタンパク質を消化酵素によって処理することで得られるペプチドを含む溶液、複数のタンパク質及び複数のペプチドを含む溶液を挙げることができる。また、試料としては、培養細胞等からタンパク質成分を抽出した細胞抽出物や、ヒトを含む動物個体等から採取した組織からタンパク質成分を抽出した組織抽出物をそのまま使用することもできる。
【0026】
より具体的に特定のタンパク質におけるリン酸化状態を測定する場合、当該タンパク質を例えばトリプシン等の消化酵素で処理した溶液を使用することができる。詳細を後述するが、このようにして得られた溶液に対して本発明に係るリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の分離方法を適用することで、トリプシン処理後のペプチド群からリン酸化ペプチドを選択的に分離して濃縮することができる。
【0027】
また、本発明に係るリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の分離方法においては、タンパク質及びペプチドとしては、何ら限定されず、如何なる細胞由来のタンパク質及びペプチドを分離対象とすることができる。また、タンパク質の等電点にも限定されず、如何なる等電点のタンパク質も分離対象とすることができる。
【0028】
本発明に係るリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の分離方法において、リン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質を含む試料を、酸化金属を充填した分離手段に供給する際に水溶性の乳酸重合物を存在させる。前記乳酸重合物は、当該試料に予め添加されていても良いし、当該試料を分離手段に供給する前に当該分離手段に予め単独で供給されていても良い。また、前記乳酸重合物は、当該試料に予め添加され、且つ、当該試料を分離手段に供する前に当該分離手段に予め単独で供給されていることが好ましい。
【0029】
ここで乳酸重合物とは、水溶性(又は親水性)の乳酸重合体の1種又は複数種からなる乳酸重合体の混合物を指す。乳酸重合体は、構成単位がL-乳酸のみからなるL-乳酸重合体、D-乳酸のみからなるD-乳酸重合体、及び構成単位としてL-乳酸及びD-酸を任意の割合で含むDL-乳酸重合体を挙げることができる。本発明の乳酸重合物において乳酸重合体としては、L-乳酸重合体、D-乳酸重合体、及びDL-乳酸重合体から選ばれる1種又は複数種を使用することができる。
【0030】
乳酸重合物を構成する各乳酸重合体の縮合度は、乳酸重合体が水溶性(又は親水性)である限り特に制限されない。乳酸重合体の縮合度は、例えば2〜60、好ましくは2〜50、より好ましくは2〜40、より好ましくは2〜30、より好ましくは2〜20、そして最も好ましくは2〜10の範囲に含まれる任意の整数であることができる。例えば本発明の乳酸重合物を構成する各乳酸重合体の縮合度は、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、30、31、32、33、34、35、36、37、38、39、40、41、42、43、44、45、46、47、48、49、50、51、52、53、54、55、56、57、58、59又は60であることができる。
【0031】
また、本発明の乳酸重合物において、乳酸重合体は、乳酸モノマーと他のモノマーとを含む共重合体であってもよい。他のモノマーとしては、例えば、ヒドロキシカルボン酸、ラクトン類、ジカルボン酸及びジオール等を挙げることができる。ヒドロキシカルボン酸の例としては、グリコール酸、ヒドロキシブチルカルボン酸、ヒドロキシ安息香酸などを挙げることができる。ラクトン類の例としては、ブチロラクトン、カプロラクトンなどを挙げることができる。ジカルボン酸の例としては、炭素数4〜20の脂肪族ジカルボン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、ナフタレンジカルボン酸などの芳香族ジカルボン酸を挙げることができる。ジオールの例としては、炭素数2〜20の脂肪族ジオールが挙げられる。ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリブチレンエーテルなどポリアルキレンエーテル、若しくはポリアルキレンカーボネートの重合体も共重合成分として使用することができる。なお、共重合体の配列様式は、ランダム共重合体、交互共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体のいずれであってもよい。
【0032】
本発明で使用することができる上記乳酸重合物は、当業者に公知の方法に従って製造することができる。例えば、平均分子量が3000以下である乳酸重合体から構成される乳酸重合物は、乳酸を直接加熱脱水重合させることで得られる(例えば小原ら、日本化学会誌、2001、6、323-331参照)。本発明の乳酸重合物は、一般的にプラスチックポリ乳酸の製造に採用される手法によって製造することもできる。例えば、減圧下加熱分解することによって得られるラクチド(乳酸の環状二量体)を用い、金属塩(オクタン酸スズ(II)、アルミニウムやランタノイドのイソプロポキシド、亜鉛の塩など)の触媒存在下でポリ乳酸を合成できる。さらに直接重合法として、ジフェニルエーテルなどの溶媒中で乳酸を減圧下加熱し、水を取り除きながら重合させることによって直接ポリ乳酸を製造することができる。これらのプラスチックポリ乳酸用の製造法を用いる場合は、反応時間を短縮したり、より緩和な反応条件を採用することで、例えば縮合度2〜60の乳酸重合体から構成される乳酸重合物を製造することができる。
【0033】
また本発明の乳酸重合物として、市販の乳酸製品から乳酸単量体を除いた乳酸重合体濃縮画分を使用してもよい。乳酸製品は低純度のものであっても高純度のものであってもよいが、乳酸重合体をより多く含んでいるという点で、低純度の乳酸製品を使用することが好ましい。上記乳酸製品としては、これに限定されるものではないが、DL-lactic acid, purity 85-92% (Cat. No. 128-00056, 和光純薬)、L-lactic acid, purity 85-92% (Cat. No. 128-02666, 和光純薬)、DL-lactic acid, purity 90% (Cat. No. 69785, Fluka)、DL-lactic acid, USP grade (Cat. No. L6661, Sigma-Aldrich)、L-lactic acid, purity >99.0%(Cat. No. 69771, Fluka)、(S)-(+)-乳酸, purity >98.0%(Cat. No. 25264-25, 関東化学)、ポリ乳酸PLA-0005,平均分子量5000(Cat. No. 825-11806, 和光純薬)などを挙げることができる。
【0034】
上記乳酸製品から乳酸単量体を分離する方法は当業者に自明である。例えば、当該分離方法として、限外ろ過スピンカラムによるろ過、透析ろ過膜によるろ過、サイズ排除クロマトグラフィーによる分画、および逆相クロマトグラフィーによる分画などを挙げることができる。
【0035】
本発明に係るリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の分離方法において、分離手段とは、酸化金属を充填することができ、酸化金属を充填した部分に試料を供給することによって試料に含まれるリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質を選択的に保持し、酸性ペプチド等とリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質とを分離することができる装置を意味する。分離手段の一例としては、クロマトグラフィー用の分離カラムを使用することができる。分離カラムは、注入口と溶出口とを有する筒状の部材から構成され、筒状の部材の内部に酸化金属を充填することができる。分離カラムとしては、如何なる形状、サイズ、材料からなるものであってもよく、なんら限定されない。
【0036】
ここで、分離手段に使用する酸化金属とは、リン酸化ペプチド及びリン酸化タンパク質の一方又は両方に対して親和性を有することが知られているあらゆる物質を含む意味である。中でも、酸化金属としては、酸化チタニウム、酸化ジルコニウム、酸化アルミニウム、水酸化アルミニウム、べーマイト及び二酸化ケイ素を挙げることができる。本発明に係るリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の分離方法においては、これら酸化金属を単独で用いても良いし、複数種類を混合して用いても良い。特に、酸化金属としては、リン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質に対する親和性の高さから酸化チタニウム及び酸化ジルコニウムを単独又は混合して使用することが好ましい。
【0037】
これら酸化金属の製造方法は、従来公知の手法を適用することができる。また、酸化金属を分離手段に充填する際、各種イオン交換樹脂、無機イオン交換体、樹脂、活性炭、モンモリロナイト等の粘土質化合物を担体として酸化金属を充填してもよい。
【0038】
特に、分離手段に使用する酸化金属としては、モノリス構造を有する酸化金属を主体とすることもできる。ここでモノリス構造とは、三次元ネットワーク状の骨格と、骨格によって形成される空隙(マクロポア又はスルーポアと呼ばれる)によって構成される構造を意味する。すなわち、モノリス構造とは、この空隙によって構成される連続多孔質構造を意味する。なお、モノリス構造を構成する骨格は、数十nmの孔(メゾポアと呼ばれる)を有する材料であっても良いし、当該孔のない材料であっても良い。「モノリス構造を有する酸化金属を主体とする」とは、分離手段に使用する酸化金属の一部がモノリス構造をとっていなくても良いことを意味し、例えば酸化金属全体の80%、好ましくは90%、より好ましくは95%がモノリス構造を有する酸化金属であることを意味する。
【0039】
モノリス構造を有する酸化金属は、従来公知の手法によって取得することができる。例えば、Junko Konishiらの“Monolithic TiO2 with Controllled Multiscale Porosity via a Template-Free Sol-Gel Process Accompanied by Phase Separation”Chem. Mater., Vol. 18, No. 25, 2006に開示された方法によってモノリス構造を有する酸化チタンを作製することができる。より詳細には、塩酸、ホルムアミド及び水を含む溶液をチタニウムプロポキシド(titanium n-propoxide:Ti(OnPr)4)に氷温で撹拌しながら加える。約5分間、撹拌した後、均一に撹拌された溶液をテストチューブに注入し、30℃でゲル化させる。得られたゲル状物質を30〜60℃で24時間程度放置する。その後、60℃で約7日間真空乾燥することによってモノリス構造を有する酸化チタンを作製することができる。なお、真空乾燥後のゲルを300〜700℃程度の温度条件で熱処理しても良い。
【0040】
また、分離手段に使用する酸化金属としては、アナターゼ結晶及び/又は非晶質を含み、示差熱熱重量分析において130℃で15分間加熱した後、毎分40℃で800℃まで昇温した時の昇温過程での重量減少が3〜70mg/gである酸化チタンであることが特に好ましい。さらに、当該重量減少が4〜20mg/gである酸化チタンを分離手段に使用することがより好ましい。
【0041】
当該重量減少が3〜70mg/gである酸化チタンを使用することによってリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質を保持する能力がより向上し、その結果、試料中に含まれるリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の濃縮効率を向上させることができる。特に、当該重量減少が4〜20mg/gである酸化チタンを使用した場合には、試料中に含まれるリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の濃縮効率を更に向上させることができる。
【0042】
また、この場合、酸化チタンとしては、アナターゼ結晶及び非晶質の両方を含んでいるものであってもよい。また、酸化チタンとしては、アナターゼ結晶からなるものであってもよい。
【0043】
よって、分離手段には、アナターゼ結晶及び/又は非晶質を含み、当該重量減少が4〜20mg/gである酸化チタンを使用することが最も好ましい。アナターゼ結晶及び/又は非晶質を含み、当該重量減少が4〜20mg/gである酸化チタンを分離手段に使用することによって、例えば、細胞抽出物及び組織抽出物等の組成が複雑な試料を適用した場合でも、リン酸化ペプチド及びリン酸化タンパク質について高い濃縮効率を達成することができる。
【0044】
以上、説明したように、本発明に係るリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の分離方法では、水溶性の乳酸重合物によって酸化金属を処理した後に、リン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質を含む試料を酸化金属に接触させている。これにより、酸化金属におけるリン酸化ペプチド及びリン酸化タンパク質に対する特異性をより向上させることがでる。したがって、本発明に係るリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の分離方法においては、リン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質以外の例えば酸性ペプチド等からリン酸化ペプチド及びリン酸化タンパク質を効率よく分離することができる。
【0045】
また、本発明で使用する乳酸重合物は、親水性の高い分子であることから、リン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の溶出時間と重複することがなく、通常の逆相クロマトグラフィー用カラムによって除去することができる。例えば、リン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質を分離した後、質量分析計に供してリン酸化ペプチドやリン酸化タンパク質の質量を測定する場合、質量分析計を汚染することを防止できる。したがって、本発明に係るリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の分離方法における分離手段の後段に逆相クロマトグラフィー用カラムを介して質量分析装置を配置することで、質量分析装置を汚染することなく一連のプロセスでリン酸化ペプチド及びリン酸化タンパク質の質量測定を行うことができる。
【0046】
なお、質量分析装置としては、特に限定されず、如何なる原理を適用した質量分析装置を使用することができる。一般に質量分析装置は、試料導入部と、試料導入部から導入された試料に含まれるペプチドやタンパク質をイオン化するイオン源と、イオン源によってイオン化されたペプチドやタンパク質を分離する分析部と、分析部で分離されたイオンを増感して検出する検出部と、検出部で検出した値からマススペクトルを生成するデータ処理部とから構成されている。試料導入部には液体クロマトグラフィー用カラムを使用することが好ましい。イオン源としては、特に限定されないが、電子イオン化法、化学イオン化法、電界脱離法、高速原子衝突法、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法及びエレクトロスプレーイオン化法といった原理を適用したものを挙げることができる。分析部としては、特に限定されないが、例えば、磁場偏向型、四重極型、イオントラップ型、飛行時間型及びフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型を挙げることができ、これらを組み合わせたタンデム型であっても良い。
【0047】
本発明に係るリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の分離方法によって分離されたリン酸化ペプチドやリン酸化タンパク質は、特に、イオントラップ型及びタンデム型といった質量分析装置を使用することが好ましい。イオントラップ型やタンデム型質量分析装置を使用した場合には、MS/MSスペクトルによりリン酸化部位まで決定できる場合があるからである。
【実施例】
【0048】
〔実施例1〕
実施例1では、純度の異なる乳酸を競合剤として使用して、リン酸化ペプチドの分離・濃縮効率の評価を行った。まず、ヒト肝癌由来HepG2細胞を常法に従い9cm径の培養皿で培養した後、細胞をダウンスホモジナイザーに移し、ホスファターゼ阻害剤カクテル1及び2(Sigma社、Cat No P2850及びP5726)とプロテアーゼ阻害剤(Sigma社、Cat No P8340)を加え、10ストロークでホモジナイズした。1,500gで10分間遠心処理をした後、その上清を取り出し、遠心濃縮した。尿素(Bio-Rad社Cat. No. 161-0731)8Mを含む0.05 M Tris緩衝液(pH 9.0, Sigma社)20μLで溶解し、1mg/mLディチオスレイトール(和光純薬Cat. No. 040-29223: DTT)を1μL加え、37℃で30分インキュベーションしてタンパク質中のシステイン残基を還元した。その後、5mg/mLのヨードアセトアミド(和光純薬Cat. No.091-02153)を1μL加え、37℃で30分インキュベーションしてシステイン残基をアルキル化した。そこに1mg/mLのLys-C (和光純薬 Cat No. 125-05061)を1μL加え、37℃で4時間インキュベーションしタンパク質を消化した。80mLの50mM炭酸水素アンモニウム緩衝液を加えた後、1mg/mLのトリプシン(プロメガ社製、Cat. No. V511C)を1μL加え、37℃で10時間インキュベーションし、Lys-C消化ペプチドおよび未消化タンパク質を消化した。消化後1%トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液を10μL加え、トリプシンを失活させた。あらかじめアセトニトリルで洗浄後0.l%TFA水溶液でコンディショニングしておいたEmpore C18-HD disk cartridge(3M社)で脱塩し、試料溶液とした。
【0049】
次に10μL用ピペットチップとEmpore C2ディスクを用いてC2-StageTip(自家製、J. Rappsilber, Y. Ishihama, M. Mann, Anal Chem 75 (2003) 663)を作製し、1mgのチタニアを上部に充填した。さらにEmpore C2ディスクをその上部に充填し、C2−チタニア−C2の構造を有するリン酸化ペプチド濃縮用チップを作製した。
【0050】
そして、低純度乳酸(DL-乳酸、和光純薬、CatNo128-00056、純度85-92%)もしくは高純度乳酸(L-乳酸、関東化学、CatNo25264-25、純度98.0%以上)を300mg/mLになるように80%アセトニトリル、0.1%TFAを含む水溶液で溶解した(溶液A)。20μLの溶液Aでリン酸化ペプチド濃縮用チップを洗浄し、チップのコンディショニングを行った。試料溶液100μLと溶液A 50μLを混合し、リン酸化ペプチド濃縮用チップにロードした。20μLの溶液A及び80%アセトニトリル、0.1%TFAを含む20μLの水溶液で洗浄した後、0.5%ピペリジン50μLで溶出させ、遠心濃縮した後、1%TFA、5%アセトニトリルを含む水溶液10μLで溶解し、LC-MS用試料溶液とした。
【0051】
この試料溶液についてLC(C18 column)/MS(ThermoFisher LTQ-orbitrap)システムを用いての測定を行った。HPLC条件として、C18シリカゲル(ReproSil-Pur 120 C18-AQ, 3μm)を充填した自家製のエレクトロスプレー一体型カラム(Y. Ishihama, J. Rappsilber, J.S. Andersen, M. Mann, J Chromatogr A 979 (2002) 233.)0.1 x 150 mmに移動相Aとして0.5%酢酸水、移動相Bとして80%アセトニトリルを含む0.5%酢酸水を用いて、初期B濃度を5%として、最初の5分間で直線的に10%、その後60分間で直線的に40%とし、その後5分間で直線的に100%とし、その後移動相Bを100%にして10分間維持、その後移動相Bを5%として30分後に次のサンプルを注入した。送液にはダイオネクス社のUltimate3000システムを用い、500nL/minの流速で分析を行った。試料溶液をCTC社のオートサンプラーHTC-PALによって5μL注入し、試料を一度インジェクターのサンプルループに注入した後に分析カラムに送り込んだ。日京テクノス社製ナノLC-MSインターフェースにエレクトロスプレー一体型カラムを装着した。ESI電圧として2.4 kVをカラムのポンプ側のバルコ社製金属コネクターを通して印加した。測定は、data dependentモードで、orbitrapにおけるsurveyスキャンの後、ion trapで最大10つのMSMSスキャンを行った。MSMS modeからSurvey scan へのスイッチは1スペクトルとした。
【0052】
得られたデータについては、Mascot (Matrix science社) およびSwiss-Protデータベースを用いてペプチドの同定を行った。目的ピークの定量は三井情報開発のMass Navigator v1.2を用いて行った。
【0053】
図1に示すとおり、競合剤として高純度の乳酸を使用する場合に比較して、低純度の乳酸を使用することにより、リン酸化ペプチドの濃縮効率が顕著に向上することが分かった。
【0054】
〔実施例2〕
実施例2では、高純度乳酸(98%以上)及び低純度乳酸(85〜92%)に含まれる不純物を同定すべく、これら各乳酸についてLC-MS測定を行った。高純度乳酸(L-乳酸、関東化学、CatNo25264-25、純度98.0%以上)および低純度乳酸(DL-乳酸、和光純薬、CatNo128-00056、純度85-92%)を10mMになるように0.1%TFAを含む水溶液で溶解し、試料溶液とした。
【0055】
この試料溶液についてLC(C18 column)/MS(Applied Biosystems QSTAR-XL)システムを用いての測定を行った。HPLC条件として、C18シリカゲル(ReproSil-Pur 120 C18-AQ, 3μm)を充填した自家製のエレクトロスプレー一体型カラム(Y. Ishihama, J. Rappsilber, J.S. Andersen, M. Mann, J Chromatogr A 979 (2002) 233.)0.1 x 150 mmに移動相Aとして0.5%酢酸水、移動相Bとして80%アセトニトリルを含む0.5%酢酸水を用いて、初期B濃度を5%として、最初の15分間で直線的に30%、その後5分間で直線的に100%とし、その後移動相Bを100%にして5分間維持、その後移動相Bを5%として30分後に次のサンプルを注入した。送液にはアジレント社のAgilent 1100 nanoflowシステムを用い、500nL/minの流速で分析を行った。試料溶液をCTC社のオートサンプラーHTC-PALによって5μL注入し、試料を一度インジェクターのサンプルループに注入した後に分析カラムに送り込んだ。Proxeon社製ナノLC-MSインターフェースにエレクトロスプレー一体型カラムを装着した。ESI電圧として2.4 kVをカラムのポンプ側のバルコ社製金属コネクターを通して印加した。スキャンレンジはm/z 50-1000で行い、測定は、ポジティブモードでおこなった。図2にトータルイオンクロマトグラムを示す。
【0056】
図2に示すとおり、オリゴ乳酸以外の主要な不純物ピークは認められておらず、高純度乳酸及び低純度乳酸に含まれる不純物は乳酸重合体であることが示された。
【0057】
〔実施例3〕
実施例3では、低純度乳酸(85〜92%)から乳酸単量体を除いた画分を競合剤として用いた際のリン酸化ペプチドの分離・濃縮効率を評価した。乳酸単量体を除いた画分の調製は以下のように行った。すなわち、低純度乳酸(DL-乳酸、和光純薬、CatNo128-00056、純度85-92%)を300mg/mLになるように80%アセトニトリル、0.1%TFAを含む水溶液で溶解し、その3mLを限外ろ過フィルター(BIOMAX-UFV5BGC00, 10K NMWL, Millipore社)でろ過し、高分子画分を80%アセトニトリル、0.1%TFAを含む水溶液500μLで溶解して調製した。
【0058】
ヒト子宮頸癌由来HeLa細胞を常法に従い9cm径の培養皿で培養した後、実施例1と同様に試料溶液を調製した。上記の乳酸単量体を除いた画分と、その対照試料として低純度乳酸(DL-乳酸、和光純薬、CatNo128-00056、純度85-92%)を300mg/mLになるように80%アセトニトリル、0.1%TFAを含む水溶液で溶解したものを用いて、実施例1と同様にリン酸化ペプチド濃縮、およびLC-MS測定を行った。結果を図3に示す。
【0059】
図3に示すとおり、低純度乳酸から乳酸単量体を除いた画分を競合剤として使用した場合には、低純度乳酸を使用する場合に比べて、リン酸化ペプチドの分離・濃縮効率が向上することが分かった。
【0060】
〔実施例4〕
実施例4では、平均分子量5000のポリ乳酸を競合剤として用いた際のリン酸化ペプチドの分離・濃縮効率を評価した。ヒト子宮頸癌由来HeLa細胞を常法に従い9cm径の培養皿で培養した後、実施例1と同様に試料溶液を調製した。平均分子量5000のポリ乳酸PLA-0005 (Cat. No. 825-11806, 和光純薬)と、その対照試料として低純度乳酸(DL-乳酸、和光純薬、CatNo128-00056、純度85-92%)、および高純度乳酸(L-乳酸、関東化学、CatNo25264-25、純度98.0%以上)を300mg/mLになるように80%アセトニトリル、0.1%TFAを含む水溶液で溶解したものを用いて、実施例1と同様にリン酸化ペプチド濃縮、およびLC-MS測定を行った。また、乳酸を用いず、80%アセトニトリル、0.1%TFAを含む水溶液のみを用いた場合についても検討した。結果を図4に示す。
【0061】
図4に示すとおり、平均分子量が5000のポリ乳酸は、競合剤としての効果はある程度に認められるものの、低純度乳酸及び高純度乳酸に比較して、分離・濃縮効率に劣ることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】図1は、低純度乳酸(85〜92%)と高純度乳酸(98%以上)とをそれぞれ競合剤として使用した際のリン酸化ペプチドの濃縮効率の比較を示す。
【図2】図2は、低純度乳酸(85〜92%:青)及び高純度乳酸(98%以上:赤)中に含まれる不純物が乳酸重合体であることを示す。
【図3】図3は、低純度乳酸(85〜92%)と低純度乳酸から乳酸単量体を除いた乳酸高分子画分とをそれぞれ競合剤として使用した際のリン酸化ペプチドの濃縮効率の比較を示す。
【図4】図4は、平均分子量5000のポリ乳酸を競合剤として使用した際の濃縮効率を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質を含む試料を、酸化金属を充填した分離手段に、水溶性の乳酸重合物の存在下で供給する工程を含む、
リン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法。
【請求項2】
前記乳酸重合物は、縮合度2〜60の乳酸重合体の混合物であることを特徴とする請求項1記載のリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法。
【請求項3】
前記乳酸重合物は、市販の乳酸製品から乳酸単量体を除いた乳酸重合体濃縮画分であることを特徴とする、請求項1記載のリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法。
【請求項4】
上記分離手段から溶出した溶液を逆相クロマトグラフィーに供することによって、上記リン酸化ペプチド及びリン酸化タンパク質と前記乳酸重合物とを分離する工程をさらに含む、請求項1記載のリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法。
【請求項5】
上記酸化金属は、酸化チタニウム、酸化ジルコニウム、酸化アルミニウム、水酸化アルミニウム及び二酸化ケイ素からなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1記載のリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法。
【請求項6】
上記酸化金属は、連続多孔質構造を有することを特徴とする請求項1記載のリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法。
【請求項7】
上記酸化金属は、アナターゼ結晶及び/又は非晶質を含み、示差熱熱量分析において130℃で15分間加熱した後、毎分40℃で800℃まで昇温したときの昇温過程での重量減少が3〜70mg/gであることを特徴とする請求項1記載のリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法。
【請求項8】
上記重量減少が4〜20mg/gであることを特徴とする請求項7記載のリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法。
【請求項9】
請求項1〜8いずれか1項記載のリン酸化ペプチド又はリン酸化タンパク質の分離方法によって分離された、リン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質を含む試料を質量分析装置に供し、分離されたリン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の質量を測定する工程を含む、
リン酸化ペプチド及び/又はリン酸化タンパク質の質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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