説明

リン酸化ペプチド測定方法

【課題】MALDIにおいて検出感度が低いリン酸化ペプチドの検出感度を向上させるとともに、マトリックス添加剤としてリン酸を用いた従来技術では検出不能なペプチドが存在するという問題を解決する。
【解決手段】2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHBA)のマトリックスに、添加剤としてホスホン酸基を2個有するメチレンジホスホン酸(MDPNA)を添加したものをマトリックス試薬として試料を調製する。これにより、DHBA単独で添加剤を使用しない場合、及び、DHBAに添加剤としてリン酸(PA)を添加した場合に比べて、リン酸化ペプチドに対するピーク強度が高くなる。また、リン酸添加の場合に検出できないペプチドも検出できるようになる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI:Matrix Assisted Laser Desorption Ionization)質量分析装置を用いて、生体試料内などに存在するリン酸化ペプチドを測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質のリン酸化は、生体内におけるシグナル伝達、分化、増殖などの多様な細胞機能の制御に関与していることが知られている。近年、生体内でのタンパク質のリン酸化部位を解析するために、質量分析装置、特にMALDI質量分析装置が有効なツールとして活用されている。しかしながら、この種の質量分析装置を用いた解析において、リン酸化ペプチドのイオン化効率は低く、相対的に量の多い非リン酸化ペプチドによってリン酸化ペプチド由来のイオン強度が抑制されてしまうために、リン酸化ペプチドを感度よく検出することが難しいという問題がある。
【0003】
上記問題を解決するために、大別して、
(1)リン酸化ペプチドの特異的濃縮
(2)リン酸化ペプチドのリン酸基の脱離及び化学修飾
(3)試料調製のためのマトリックス又はマトリックス添加剤の選択
という3つの観点から各所で研究・開発が進められている。上記3つの方法の中で(1)及び(2)の方法は、処理や操作が煩雑で面倒である割に、リン酸化ペプチドの高感度検出の確実性が乏しいという欠点がある。これに対し、(3)の方法は、(1)及び(2)の方法のように特別な処理や操作を伴わないので、最も手軽で且つ分析のスループットの向上が容易な方法であると言える。
【0004】
(3)の方法の従来技術として、非特許文献1には、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHBA)をマトリックスとして用い、サンプル溶液にリン酸(Phosphoric acid)を添加し、サンプルの調製を行うことで、リン酸化ペプチドの検出感度を改善できることが開示されている。
【0005】
しかしながら、こうした従来の方法では、リン酸化ペプチドの検出感度は或る程度改善されるものの、その改善の程度はまだ十分に高いとは言えない。また本願発明者の実験によれば、リン酸をマトリックス添加剤として用いた場合には、イオン化されにくいペプチドが存在し、或る種の非リン酸化ペプチドは殆ど検出されないことが判明した。このように検出不可能なペプチドが存在すること自体が大きな問題であるとともに、特にPMF(ペプチドマスフィンガープリンティング)によるタンパク質の同定の際にシークエンスカバレッジの低下に繋がることになり、分析結果の信頼性を大きく損なうおそれがある。
【0006】
【非特許文献1】スベン・クジェルストロム(Sven Kjellstrom)ほか1名、「フォスフォリック・アシッド・アズ・ア・マトリックス・アディティブ・フォー・マルディ・マス・アナリシス・オブ・フォスフォペプチズ・アンド・フォスフォプロテインズ(Phosphoric Acid as a Matrix Additive for MALDI MS Analysis of Phosphopeptides and Phosphoproteins)」、アナリティカル・ケミストリー(Analytical Chemistry)、2004、76、pp.5109-5117
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、リン酸化ペプチドを従来よりも高感度で検出することができるリン酸化ペプチド測定方法を提供することにある。また本発明の他の目的は、リン酸化ペプチドを検出することができるのみならず、非リン酸化ペプチドの検出漏れもなくすことにより、例えばPMFによるタンパク質の同定などにおける信頼性を高めることができるリン酸化ペプチド測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者は、上記従来技術で利用されているリン酸に代わるマトリックス添加剤として、様々な化合物について、リン酸化ペプチド及び非リン酸化ペプチドの検出感度、マススペクトルで背景ノイズとなるアルカリ金属アダクトイオンの検出感度、などに関する実験を繰り返し、ホスホン酸基を含む化合物が良好な結果をもたらすことを見い出し、本願発明に想到するに至った。
【0009】
即ち、上記課題を解決するために成された本発明は、マトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)質量分析装置を用いてリン酸化ペプチドを測定する方法であって、試料を調製するために、ホスホン酸基を有する化合物を添加したマトリックスを使用することを特徴としている。
【0010】
本発明に係るリン酸化ペプチド測定方法において、前記マトリックスとしては従来から広く使用され、入手も容易である、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHBA)を用いることができる。
【0011】
ホスホン酸基を1個含む化合物として、ホスホン酸(Phosphonic acid)、メチルホスホン酸(Methylphosphonic acid)、フェニールホスホン酸(Phenylphosphonic acid)、1-ナフチルメチルホスホン酸(1-Naphthylmethylphosphonic acid)などが挙げられる。また、ホスホン酸基を2個以上含む化合物として、メチレンジホスホン酸(Methylenediphosphonic acid)、エチレンジホスホン酸(Ethylenediphosphonic acid)、エタン-1-ヒドロキシ-1,1-ジホスホン酸(Ethane-1-hydroxy-1,1-diphosphonic acid)、ニトリロトリホスホン酸(Nitrilotriphosphonic acid)、エチレンジアミノテトラホスホン酸(Ethylenediaminetetraphosphonic acid)などが挙げられる。
【0012】
特にリン酸化ペプチドの検出感度の改善に有効であるのは、一分子中に2以上、特に好ましくは2〜4個のホスホン酸基を有する上記のような化合物を添加剤として利用した場合である、こうしたリン酸化ペプチドの検出感度の向上は、ポジティブイオン化、ネガティブイオン化のいずれでも発揮される。
【0013】
本発明の好ましい一態様として、上記ホスホン酸基を有する化合物はメチレンジホスホン酸であるものとすることができる。
【0014】
ホスホン酸基を含む化合物のマトリックスへの添加方法は、MALDI質量分析装置に測定対象試料を供するためのサンプルプレート上で、ホスホン酸基を含む化合物とマトリックスが共存している状態であればよい。リン酸化ペプチドを含むサンプル溶液、ホスホン酸基を含む化合物を含むマトリックス添加剤溶液、マトリックスを含むマトリックス溶液を予めそれぞれ調製し、サンプルプレート上に各溶液を順に滴下するようにしてもよい。この場合、各溶液の滴下の順番は問わない。或いは、ホスホン酸基を含む化合物とマトリックスを含む溶液を予め調製し、サンプル溶液の滴下の前又は後に、当該ホスホン酸基を含む化合物とマトリックスを含む溶液とをサンプルプレートに滴下するようにしてもよい。
【0015】
マトリックス添加剤溶液やマトリックス溶液を調製する溶媒としては、アセトニトリル水溶液、トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液、又はアセトニトリル−トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液など、適宜選択することができる。マトリックス添加剤溶液中のマトリックス添加剤の濃度は約0.01%(w/v)以上であればよいが、リン酸化ペプチドの検出感度の点で特に好ましいのは1〜5%(w/v)程度の範囲である。マトリックス溶液中のマトリックスの濃度は特に限定されないが、例えば1%(w/v)〜飽和濃度のマトリックス溶液とすることができる。
【0016】
なお、本発明に係る測定方法で測定対象となるリン酸化ペプチドは、リン酸化ペプチドのみならずリン酸化タンパク質も含むこととする。リン酸化タンパク質は、周知の方法により断片化され、リン酸化ペプチドと非リン酸化ペプチドの混合物として、本発明に係る測定方法の対象試料として供されてもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係るリン酸化ペプチド測定方法によれば、従来よりもリン酸化ペプチドを高い感度で検出することができる。また、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属が付加したアダクトイオンの生成が抑制されるため、マススペクトル上でこうしたアダクトイオンのピークが現れず、目的とするリン酸化ペプチドやそれ以外の非リン酸化ペプチド由来のピークが観測し易くなる。さらにまた、リン酸をマトリックス添加剤とした従来の場合では検出不可能であったようなペプチドも検出できるようになるため、ペプチドの検出漏れがなくなり、例えばPMFによるタンパク質の同定を行う場合にシークエンスカバレッジが良好になり、解析の信頼性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明に係るリン酸化ペプチド測定方法としては、後述するような特徴的なマトリックス添加剤を添加したマトリックス試薬を用いて分析対象の試料を調製し、例えば金属製のサンプルプレート上に試料を用意する。この試料をMALDI質量分析装置、例えばMALDI飛行時間型質量分析装置を用いて分析し、所定の質量範囲のマススペクトルを取得する。そして、マススペクトルに現れているピークを検出し、その質量電荷比やピーク強度を求め、これを利用してリン酸化ペプチドの定性や定量を行う。
【実施例】
【0019】
以下、本発明に係るリン酸化ペプチド測定方法の一実施例について、本願発明者が行った従来手法との比較のための実験の内容及び結果を中心に説明する。
【0020】
[実験の手法]
以下の実験におけるマススペクトルの測定は、MALDI質量分析装置「AXIMA−CFR」(株式会社島津製作所製)を用い、測定に用いたMALDIイオン源のレーザパワーはそれぞれのマトリックス試薬で最も良好なスペクトルが得られるように適宜調整した。また、1回のレーザの照射により得られる検出信号を積算する回数は全て同一回数である。
【0021】
また、試料の調製手法及び手順はマトリックス試薬の種類に依らず共通である。即ち、本発明の一実施例によるマトリックス添加剤溶液は、10mgのメチレンジホスホン酸(MDPNA)を1mLの超純水に溶解させて調製した。一方、比較対象のマトリックス添加剤溶液であるリン酸は、超純水で3%(V/V)溶液に調製した。マトリックスはごく一般的に使用される2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHBA)を用い、10mgの2,5−ジヒドロキシ安息香酸を0.05%トリフルオロ酢酸(TFA)含有50%アセトニトリル水溶液1mLに溶解させて調製した。サンプルプレート上へのサンプルの採取は、サンプル溶液→マトリックス添加剤溶液(マトリックス添加剤を用いる場合のみ)→マトリックス溶液、の順に0.3μLずつサンプルプレート上に滴下させて混合し、その後、風乾させた。
【0022】
〔1〕検出感度の比較実験
実験に使用したリン酸化ペプチドは次の4種類である。いずれも米国アナスペック(AnaSpec)社が提供するもので同社ペプチドカタログに掲載のものである。
(1)CaM Kinase II Substrate 281-291 phosphorylated(MMRQEpTVDCLK−NH2,M+H:1439.6);ここで、アミノ酸の一文字記号で示された配列中の小文字pは、pの直後の残基がリン酸化されていることを示す。具体的には、pT, pS, pYの3種があり、これらはそれぞれリン酸化されたスレオニン、セリン、チロシンを表す。
(2)Neurograin 28-43 phosphorylated(AAKIQApSFRGHMARKK,M+H:1881.2)
(3)Kinase Domain of Insulin Receptor phosphorylated 1142-1153(TRDIpYETDYYRK,M+H:1703.8)
(4)Kinase Domain of Insulin Receptor phosphorylated 1142-1153(TRDIpYETDpYpYRK,M+H:1863.8)
上記4種のリン酸化ペプチドを超純水に溶解させ、それぞれを0.2pmol/μLずつ含む混合溶液を調製した。サンプルプレートに採取したペプチドは60fmol/wellである。
【0023】
MALDI質量分析装置によるポジティブイオン化モードのマススペクトルを図1に、ネガティブイオン化モードのマススペクトルを図2に示す。図1及び図2において、横軸は質量電荷比、縦軸はイオンの相対強度を表し、シグナルの強度比較が容易となるように、図1及び図2における各マススペクトルの縦軸のスケールをマススペクトル(c)の縦軸のスケール(それぞれ127mV, 22mV)に合わせた。また、(a)は2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHBA)をマトリックスとし、マトリックス添加剤を加えない場合のペプチドサンプルのマススペクトル、(b)は2,5−ジヒドロキシ安息香酸をマトリックスとし、リン酸(PA)をマトリックス添加剤とした場合のペプチドサンプルのマススペクトル、(c)は2,5−ジヒドロキシ安息香酸をマトリックスとし、メチレンジホスホン酸(MDPNA)をマトリックス添加剤とした場合のペプチドサンプルのマススペクトルである。即ち、(c)が本発明の一実施例によるもの、(a)、(b)は比較対象実験によるものである。図中、星印はリン酸化ペプチドのピークを表す。
【0024】
ポジティブイオン化モード、ネガティブイオン化モードのいずれにおいても、2,5−ジヒドロキシ安息香酸を単独で用いてマトリックス添加剤を使用しない場合(a)、及びマトリック添加剤としてリン酸を用いた場合(b)に比べて、メチレンジホスホン酸をマトリックス添加剤とした場合(c)のほうがピーク強度が明らかに高くなっていることが分かる。
【0025】
表1及び表2に、上記各リン酸化ペプチド(4種)についてマトリックス添加剤を用いない場合(上記(a))のピーク強度を1としたときの、他の2つの場合(上記(b)、(c))におけるピーク強度を示す。ピーク強度はペプチドの構造(配列)の影響を受けて相違するものの、2,5−ジヒドロキシ安息香酸単独と2,5−ジヒドロキシ安息香酸/メチレンジホスホン酸添加との比較でみると、ポジティブイオン化モードで4〜38倍程度、ネガティブイオン化モードで2〜8倍程度、ピーク強度が向上することが分かる。また、リン酸添加とメチレンジホスホン酸添加との比較においても、メチレンジホスホン酸添加のほうが2〜5倍程度、感度が上昇することが確認できた。
【0026】
【表1】

【表2】

【0027】
〔2〕アルカリ金属(Na、K)アダクトイオン生成抑制効果の確認実験
実験に使用したペプチドは次の6種類である。
(1)WAGGDASGR(M+H:848.8)
(2)WAGGDApSGR(M+H:928.8)
(3)GFETVPETG−NH(M+H:935.4)
(4)GFETVPEpTG−NH(M+H:1015.4)
(5)TSTEPQYQPGENL(M+H:1463.5)
(6)TSTEPQpYQPGENL(M+H:1543.5)
【0028】
上記6種のペプチドを0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液の溶媒に溶解させ、それぞれを1.7pmol/μLずつ含む混合溶液を調製した。サンプルプレートに採取したペプチドはそれぞれ0.5pmol/wellで総量は0.3μLである。図3はこのときのMALDI質量分析装置によるマススペクトルであり、(a)は2,5−ジヒドロキシ安息香酸をマトリックスとし、マトリックス添加剤を加えない場合のペプチドサンプルのマススペクトル、(b)は2,5−ジヒドロキシ安息香酸をマトリックスとし、メチレンジホスホン酸をマトリックス添加剤とした場合のペプチドサンプルのマススペクトルである。なお、図中、下向き矢印はNa及びKアダクトイオンのピークを示す。
【0029】
図3(a)においては上記(4)以外のペプチドにはアルカリ金属(Na、K)アダクトイオンのピークが現れ、煩雑なスペクトルとなっているが、図3(b)では全てのペプチドにアダクトイオンのピークは観測されない。これにより、メチレンジホスホン酸をマトリックス添加剤とした場合にはアダクトイオンの発生が抑制できていることが分かる。
【0030】
〔3〕検出濃度の下限の比較実験
サンプルとしてオボアルブミン(ovalbumin)のトリプシン消化物を用いた。オボアルブミンを定法に従って還元アルキル化した後、消化バッファ(50mM Tris−HCl、5mM CaCl2、トリプシン20μg/mL、pH7.8)の中で37℃の条件の下で12時間反応させた。その結果得られた消化物溶液を0.05%トリフルオロ酢酸含有50%アセトニトリル水溶液で希釈し、サンプル溶液を調製した。サンプルプレート上のウエルへの採取量は、30fmol、3fmol、0.3fmolの3種類とし、それらの検出感度を比較した。図4はこのときのMALDI質量分析装置によるマススペクトルであり、(a)、(b)、(c)は各濃度に対応しており、(x−P)、(x−M)(但しxはa、b、又はc)はそれぞれマトリックス添加剤をリン酸、メチレンジホスホン酸とした結果である。
【0031】
オボアルブミンの理論消化断片中のリン酸化ペプチドは、次の3種類である。
(1)EVVGpSAEAGVDAASVSEEFR(M+H:2088.9)
(2)LPGFGDpSIEAQCGTSVNVHSSLR(M+H:2511.1)
(3)FDKLPGFGDSIEAQCGTSVNVHSSLR(M+H:2901.3)
図4中ではこれらのペプチドのピークを星印で示している。最も高い濃度の30fmolでは3種の理論消化断片中、2,5−ジヒドロキシ安息香酸単独(a)では1種のみ、リン酸添加(a−P)及びメチレンジホスホン酸添加(a−M)では3種全てのリン酸化ペプチドが観測できた。より低い濃度の3fmolでは3種の理論消化断片中、2,5−ジヒドロキシ安息香酸単独(b)では1種も観測されず、リン酸添加(b−P)でも1種のみが観測されるのに対し、メチレンジホスホン酸添加(b−M)では3種全てのリン酸化ペプチドが観測できた。一方、最も低い濃度の0.3fmolでは3種の理論消化断片中、リン酸添加(c−P)及びメチレンジホスホン酸添加(c−M)ともに、1種のリン酸化ペプチドのみが観測できた。これらの結果から、リン酸化ペプチドの検出感度はペプチドの構造(配列)などの影響を受けて相違するものの、メチレンジホスホン酸添加の場合には2,5−ジヒドロキシ安息香酸単独の場合よりも100倍程度、リン酸添加と比較しても10倍程度の感度向上が図れることが確認できた。
【0032】
〔4〕検出不能ペプチドに関するリン酸添加との比較
サンプルとして次のような手順でトリプシン消化物を用意した。即ち、100μgのα−カゼインを0.5mLの消化バッファ(50mM Tris−HCl、5mM CaCl2 トリプシン 20μg/mL、pH7.8)に溶解させ、37℃の条件下で12時間反応させた。その結果得られた消化物溶液を0.05%トリフルオロ酢酸含有50%アセトニトリル水溶液で1pmol/μLに希釈し、サンプル溶液を調製した。サンプルプレート上のウエルへのサンプル溶液の採取量は300fmol/wellである。
【0033】
α-カゼインの理論消化断片は、m/z 600−1000の範囲で以下の6種である。
(1)LHSMK(M+H:615.3)
(2)VNELSK(M+H:689.4)
(3)TTMPLW (M+H:748.4)
(4)VNELpSK(M+H:769.3)
(5)EDVPSER(M+H:831.4)
(6)EGIHAQQK(M+H:910.5)
【0034】
図5はこのときのMALDI質量分析装置によるマススペクトルであり、(a)はリン酸添加、(b)はメチレンジホスホン酸添加である。図中、星印はαカゼイン消化物由来のリン酸化ペプチドのピーク、○印はαカゼイン消化物由来の非リン酸化ペプチドのピークを示す。この結果によれば、メチレンジホスホン酸添加では、検出されるべきペプチド断片が6種全て観測されているが、リン酸添加では検出できないペプチドが存在する。即ち、図中に下向き矢印で示す、上記(1)、(2)及び(4)の3種が検出されていない。なお、この(1)、(2)は非リン酸化体、(4)はリン酸化体である。これにより、メチレンジホスホン酸をマトリックス添加剤とすることでペプチドの検出漏れがなくなることが分かる。
【0035】
以上の実験結果をまとめると、本発明の一実施例である、メチレンジホスホン酸をマトリックス添加剤とし2,5−ジヒドロキシ安息香酸をマトリックスとしたマトリックス試薬を用いて試料の調製を行うことにより、従来よりもリン酸化ペプチドの検出感度が向上するとともにアルカリ金属アダクトイオンの発生を抑制し、さらに従来、検出不能であったペプチドを検出できるようになることが確認できた。
【0036】
上記実施例では、マトリックス添加剤としてホスホン酸基を2個含むメチレンジホスホン酸を用いた場合について詳細な実験結果を提示したが、2個以上のホスホン酸基を含む他の化合物、具体的にはエチレンジホスホン酸、エタン-1-ヒドロキシ-1,1-ジホスホン酸、エチレンジアミノテトラホスホン酸などでもほぼ同等の効果が得られることが確認できた。
【0037】
なお、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜、変形、追加、修正を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】ペプチド4種混合溶液のマススペクトル(ポジティブイオン化モード)を示す図。
【図2】ペプチド4種混合溶液のマススペクトル(ネガティブイオン化モード)を示す図。
【図3】アルカリ金属アダクトイオン抑制効果を調べるためのマススペクトルを示す図。
【図4】リン酸化ペプチドの検出下限を調べるためのマススペクトルを示す図。
【図5】検出不能ペプチドの相違を調べるためのマススペクトルを示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)質量分析装置を用いてリン酸化ペプチドを測定する方法であって、ホスホン酸基を有する化合物を添加したマトリックスを使用することを特徴とするリン酸化ペプチド測定方法。
【請求項2】
請求項1に記載のリン酸化ペプチド測定方法であって、前記マトリックスは、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHBA)であることを特徴とするリン酸化ペプチド測定方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のリン酸化ペプチド測定方法であって、前記ホスホン酸基を有する化合物は一分子中に2以上のホスホン酸基を有するものであることを特徴とするリン酸化ペプチド測定方法。
【請求項4】
請求項3に記載のリン酸化ペプチド測定方法であって、前記ホスホン酸基を有する化合物はメチレンジホスホン酸であることを特徴とするリン酸化ペプチド測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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