説明

レンズホルダ、ブロッキング装置及びレンズ製造方法

【課題】レンズ製造工程のタクトタイムを短くし、環境負荷が極めて低い、新規なレンズ製造工程を実現するレンズホルダ、これに用いるブロッキング装置及びこれらを使用するレンズ製造方法を提供する。
【解決手段】レンズ支持台203とセミフィニッシュレンズ102にゴムシート104を挟み込んだ状態で、レンズ支持台203とセミフィニッシュレンズ102全体を真空或は減圧雰囲気に晒すと、ゴムシート104にセミフィニッシュレンズ102とレンズ支持台203が吸着される。この吸着状態を解除するために、置き台204とレンズ支持台203との間には空間が形成され、この空間に圧力を伴って空気を注入すると、レンズ支持台203の貫通穴から空気がゴムシート104とレンズ支持台203との間、及びゴムシート104と加工済レンズとの間に入り込み、吸着状態が解除される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レンズホルダ、ブロッキング装置及びレンズ製造方法に関する。
より詳細には、眼鏡用レンズの切削、平滑、表面研磨処理に使用する、レンズブロッキングのためのホルダと、これに用いるブロッキング装置、そしてこれらを用いるレンズ製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、一般的な眼鏡店で購入できる眼鏡は、殆どが軽量で割れ難く加工が容易なプラスチックレンズを採用している。この、プラスチックレンズの注文から完成までの流れの一例を説明する。
(1)眼鏡購入希望者である顧客が眼鏡店に赴き、視力検査を行う。視力検査では顧客の視力(遠用視力や近用視力)及び乱視のデータを取得する。
(2)顧客の視力及び乱視のデータはネットワーク等を通じてレンズ製造工場に送信される。レンズ製造工場は、顧客の視力及び乱視のデータに基づいて、加工前のレンズ(セミフィニッシュレンズ)を選び、レンズホルダに取り付ける。
(3)セミフィニッシュレンズを取り付けたレンズホルダを加工機械に取り付ける。加工機械は顧客の視力及び乱視のデータに基づいて、切削処理、平滑処理、そして表面研磨処理を実施する。こうして、顧客の目に合ったレンズが完成する。
(4)出来上がったレンズは眼鏡店に送付される。眼鏡店は完成したレンズを顧客が選んだメガネフレームの形状に加工した後、メガネフレームに取り付けて、顧客に引き渡す。
【0003】
従来、上記の(2)及び(3)の工程では、レンズホルダに低融点合金(以下「アロイ」)を用いていた(特許文献1参照)。このレンズ製造工程を説明する。
図9は、従来技術のレンズ製造工程を示すフローチャートである。
処理を開始すると(S901)、先ず、顧客の視力及び乱視のデータに基づいて選んだセミフィニッシュレンズ102を、アロイ921が溶融された状態で満たされている金型に装着する。これを「アロイブロッキング(alloy blocking)」と呼ぶ(S902)。そして、セミフィニッシュレンズ102を取り付けたアロイ921を冷却する(S903)。アロイ921はレンズの非球面と密着し、セミフィニッシュレンズ102を固定化させることができる。
こうして、アロイ921で形成され、セミフィニッシュレンズ102が取り付けられたレンズホルダ922は、加工機械に取り付けられる。NCルータの一種である加工機械は顧客の視力及び乱視のデータに基づいて、切削処理、平滑処理、そして表面研磨処理を実施する(S904)。
ステップS904の加工工程が終わったら、ホルダに軽く熱を加え、レンズをホルダから外す。この処理をデブロックと呼ぶ(S905)。
【0004】
ホルダから取り外したレンズは、洗浄(S906)後、検査を実施し(S907)、出荷されて(S908)、終了する(S909)。
一方、レンズを取り外されたホルダは、集荷された(S910)後、溶融処理されて(S911)、ホルダが再形成されて(S912)、終了する(S913)。再形成されたホルダは再び製造工程に戻され、次のセミフィニッシュレンズ102が取り付けられるのを待つ(S901)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−334748
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述の製造工程でアロイは再利用されるが、必ずしも全量が再利用される訳ではなく、一部が廃分となる。その廃分を回収し、適切な処理を施す必要もある。アロイは溶融と冷却という工程が必要であるため、製造に係るタクトタイム(工程作業時間)を短くできない。また、かつて出願人を含むレンズ製造業者はレンズ製造に用いるアロイに鉛を含むものを使用していたため、環境負荷の点で問題があった。このため現在は鉛フリーのアロイを使用しているが、鉛フリーのアロイは非常に高価であるため、アロイはレンズ製造を運用するコストを上昇させる要因でもある。
【0007】
一方、レンズの光学面形成加工工程におけるレンズ固定方法のひとつとして、弾性体を用いた真空チャック法が挙げられる。しかし、真空チャック法は弾性体との吸着部位に相当するレンズの個所に局所的なストレスを与える。すると、レンズにはそのストレスに起因する歪や反りが加工以前に発生し、変形状態になる。変形状態で加工しても、レンズには所望の光学面が形成されにくい。また、レンズの切削・研磨等による加工負荷により弾性体自体が変形することもある。弾性体の変形がレンズに影響した場合、光学面形成が困難になる。このように、精巧な光学面が必須とされる眼鏡用プラスチックレンズに真空チャック法を適用することは困難であった。
【0008】
本発明は係る課題を解決し、レンズ製造工程のタクトタイムを短くしつつ、精巧な光学面を形成できる、新規なレンズ製造工程を実現するレンズホルダ、これに用いるブロッキング装置及びこれらを使用するレンズ製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明のレンズホルダは、セミフィニッシュレンズの非加工面に付着される弾性シートと、弾性シートがセミフィニッシュレンズの非加工面に付着した状態で付着され、貫通穴が設けられているレンズ支持台と、レンズ支持台の貫通穴に通じる空間を形成する置き台と、置き台の空間の内外に通気可能な空気穴とを具備する。
【0010】
本明細書において、「セミフィニッシュレンズ」とは、凹面または凸面の少なくとも一方が光学面を形成されていないレンズを示す。
また、セミフィニッシュレンズの「非加工面」とは、レンズホルダにレンズがブロッキングされた状態において、加工されない面のことを示す。たとえば、セミフィニッシュレンズの凹面側を加工する場合には、「非加工面」は凸面側を示すものであり、セミフィニッシュレンズの凸面側を加工する場合には、「非加工面」は凹面側を示す。
本明細書において、「弾性シート」又は「ゴムシート」とは、ゴム様の弾性体物質からなるシートを示すものであり、各種プラスチック素材のエラストマー類からなるシートもここでいう「ゴムシート」に含まれる。
本明細書において、レンズホルダは、「レンズ支持台」と「置き台」が分離可能なものに限定されず、一体型のものも含まれる。
【0011】
レンズ支持台とセミフィニッシュレンズに弾性シートを挟み込んだ状態で、レンズ支持台とセミフィニッシュレンズ全体を真空或は減圧雰囲気に晒すと、弾性シートにセミフィニッシュレンズとレンズ支持台が吸着される。この吸着状態を解除するために、置き台とレンズ支持台との間には空間が形成され、この空間に圧力を伴って空気を注入すると、レンズ支持台の貫通穴から空気が弾性シートとレンズ支持台との間、及び弾性シートと加工済レンズとの間に入り込み、吸着状態が解除される。
【0012】
更に、上記課題を解決するために、本発明のレンズホルダの貫通穴は、レンズ支持台の中心に一つと、レンズ支持台の円周方向に二つ以上設けられており、且つ貫通穴の直径は最大で5mm以下である。
【0013】
セミフィニッシュレンズに偏った応力が加わって変形する現象を防ぐために、貫通穴の直径は小さいことが望ましい。
【0014】
また、上記課題を解決するために、本発明のブロッキング装置は、セミフィニッシュレンズと、セミフィニッシュレンズの非加工面に付着される円形の弾性シートと、弾性シートがセミフィニッシュレンズの非加工面に付着した状態で付着され、貫通穴が設けられているレンズ支持台と、レンズ支持台の貫通穴に通じる空間を形成する置き台と、置き台の空間に空気を注入するための空気穴とを具備するレンズホルダとを収納する真空ケースと、真空ケースの開口部を覆い、真空ケースを密閉可能にする蓋と、真空ケースの内部の空気を排気する真空ポンプとを具備する。
【0015】
レンズ支持台とセミフィニッシュレンズに弾性シートを挟み込んだ状態で、真空ケースにレンズホルダとセミフィニッシュレンズを収納して、真空ケースの空気を真空ポンプで排気する。弾性シートとセミフィニッシュレンズとの間、及び弾性シートとレンズ支持台との間に形成される空隙に存在する空気は、真空ポンプで減圧されることに伴い、膨張して、迅速に空隙から排出される。再び真空ケースに空気を注入して外気圧に戻すと、外気圧との差によって空隙は収縮し、この力で弾性シートにセミフィニッシュレンズとレンズ支持台が吸着される。
レンズホルダから加工済レンズを取り出す際は、レンズホルダに空気を注入することで、弾性シートとレンズ支持台との間、及び弾性シートと加工済レンズとの間に形成される空隙に空気が入り込み、空隙が広がって吸着状態が解除される。
【0016】
更に、上記課題を解決するために、本発明のブロッキング装置の真空ケースは更に、レンズホルダを位置決めする突起と、セミフィニッシュレンズを位置決めする内壁とを具備する。
【0017】
真空ケースに位置決め機構が存在することで、真空を利用したレンズブロッキングを実施する際に、セミフィニッシュレンズがレンズホルダからずれることを防止する。
【0018】
また、上記課題を解決するために、本発明のレンズ製造方法は、セミフィニッシュレンズと、セミフィニッシュレンズの非加工面に付着される弾性シートと、セミフィニッシュレンズが弾性シートを挟んで装着されるレンズホルダとを真空ケースに収納するセミフィニッシュレンズ収納ステップと、真空ケースを密閉した後、真空ポンプで真空ケース内の空気を排気する排気ステップと、真空ケースに空気を注入して、レンズホルダにセミフィニッシュレンズを吸着させる真空ブロッキングステップと、レンズホルダを加工機械に装着してセミフィニッシュレンズに加工を施して加工済レンズを作成するレンズ加工ステップと、レンズホルダに空気を注入してレンズホルダから加工済レンズを取り外す加圧デブロックステップとを有する。
【0019】
レンズ支持台とセミフィニッシュレンズに弾性シートを挟み込んだ状態で、真空ケースにレンズホルダとセミフィニッシュレンズを収納して、真空ケースの空気を真空ポンプで排気する。弾性シートとセミフィニッシュレンズとの間、及び弾性シートとレンズ支持台との間に形成される空隙に存在する空気は、真空ポンプで減圧されることに伴い、膨張して、迅速に空隙から排出される。再び真空ケースに空気を注入して外気圧に戻すと、外気圧との差によって空隙は収縮し、この力で弾性シートにセミフィニッシュレンズとレンズ支持台が吸着される。
レンズホルダから加工済レンズを取り出す際は、レンズホルダに空気を注入することで、弾性シートとレンズ支持台との間、及び弾性シートと加工済レンズとの間に形成される空隙に空気が入り込み、空隙が広がって吸着状態が解除される。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、レンズ製造工程のタクトタイムを短くし、環境負荷が極めて低い、新規なレンズ製造工程を実現するレンズホルダを提供できる。
【0021】
また、本発明により、レンズ製造工程のタクトタイムを短くし、環境負荷が極めて低い、新規なレンズ製造工程を実現するレンズホルダのためのブロッキング装置を提供できる。
【0022】
また、本発明により、レンズ製造工程のタクトタイムを短くし、環境負荷が極めて低い、新規なレンズ製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】発明者が作成したレンズホルダの試作品と、その断面図と、実験結果である。
【図2】本実施形態に係るレンズホルダの外観斜視図である。
【図3】レンズホルダの分解斜視図と断面図である。
【図4】真空ブロッキング装置の外観斜視図である。
【図5】真空ケースの外観斜視図である。
【図6】真空ケースの断面図である。
【図7】真空ケース内に収められたセミフィニッシュレンズとゴムシートに起こる現象を説明する概略図である。
【図8】本実施形態に係るレンズ製造方法の手順を示すフローチャートである。
【図9】従来技術のレンズ製造工程を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
[本発明に至る迄の試行錯誤]
本実施形態の説明の前に、発明者が辿った実験結果を説明する。この「失敗作」と言える実験結果は、本発明に至る迄の重要な示唆を含んでいる。
図1(a)、(b)及び(c)は、発明者が作成したレンズホルダの試作品と、その断面図と、実験結果である。
【0025】
プラスチック製のセミフィニッシュレンズを加工機械に取り付けて加工するためには、セミフィニッシュレンズを何らかの手段で固定するものが必要である。従来は、この固定する手段が、アロイで形成したレンズホルダであった。アロイは溶融した状態でセミフィニッシュレンズの非球面側表面(凸面側表面)に付着して、真空状態で密着することで、非球面側表面を傷つけることなくセミフィニッシュレンズを固定することができる。
【0026】
先ず、発明者はこの「非球面側表面を傷つけることなくセミフィニッシュレンズを固定する」力が、何らかの物体(従来技術ではアロイが該当する。)と非球面側表面との間に形成される真空状態であることに着目した。そこで、発明者は最初にセミフィニッシュレンズに真空ポンプを用いて吸着するレンズホルダを試作した。
図1(a)は、レンズホルダの試作品の外観斜視図である。レンズホルダ101の、セミフィニッシュレンズ102が載せられる側には溝103が設けられ、弾性シートともいえるゴムシート104がこの溝103を覆う。その上にセミフィニッシュレンズ102が載せられる。レンズホルダ101の横に設けられる弁105にホースを通じて図示しない真空ポンプを取り付けて、真空状態を形成する。
図1(b)は、セミフィニッシュレンズ102が載せられた状態の、レンズホルダ101の断面図である。セミフィニッシュレンズ102とゴムシート104とレンズホルダ101との間に形成された空間の空気を真空ポンプで排気すると、セミフィニッシュレンズ102はレンズホルダ101に吸着される。
図1(c)は、実験結果を示す概略斜視図である。レンズホルダ101に吸着したセミフィニッシュレンズ102は、レンズホルダ101に形成された溝103に沿った歪み106を生じて変形してしまう。つまり、セミフィニッシュレンズ102の非球面側表面を傷つけはしないものの、セミフィニッシュレンズ102に偏った応力を与えてしまい、変形してしまう。当然、レンズの変形は精度の悪化に繋がるので、これでは実用できない。
【0027】
発明者はこの変形を抑えるために幾つかの試行錯誤を行った。例えば、溝103ではなく穴にして、セミフィニッシュレンズ102に掛かる応力を小さくする、等である。しかし、応力を小さくするためには穴を小さくしなければならず、穴を小さくすると排気に時間がかかってしまい、タクトタイムが極めて悪くなってしまう。
【0028】
そこで、発明者は真空ポンプでレンズホルダ101内の空間の空気を排気するのではなく、セミフィニッシュレンズ102を載せたレンズホルダ101ごと全体を真空ポンプで排気したところ、極めて短時間にセミフィニッシュレンズ102がレンズホルダ101に吸着し、応力の偏りも生じなかった。これが、本発明に至った経緯である。
【0029】
[レンズホルダ]
図2は本実施形態に係るレンズホルダの外観斜視図である。
図3(a)及び(b)は、レンズホルダの分解斜視図と断面図である。
レンズホルダ201は、ホルダ本体部202と、ゴムシート104で構成される。
ホルダ本体部202は更に、レンズ支持台203と、ガスケット301と、置き台204で構成される。
【0030】
真鍮或はアルミニウム合金などの金属で形成されるレンズ支持台203は、ゴムシート104を介してセミフィニッシュレンズ102が載せられる。このため、レンズ支持台203はセミフィニッシュレンズ102の非球面側表面と一致する凹面を形成する。また、レンズ支持台203には整形後のレンズを取り外すための、空気を注入する穴203a、203b、203c、203d及び203eが設けられている。穴203a、203b、203c、203d及び203eの直径は1mm程度である。前述の図1で説明したような歪を生じないためにも、穴203a、203b、203c、203d及び203eの直径は最大でも5mm程度が望ましい。
レンズ支持台203は、セミフィニッシュレンズ102の非球面側表面102aと一致する凹面を形成しなければならないので、セミフィニッシュレンズ102の種類に応じた数だけ用意される。
【0031】
レンズ支持台203と同様に真鍮或はアルミニウム合金などの金属で形成される置き台204の上面には、リング状の突起部204cの内側に、溝103が形成されている。突起部204cの周縁にはゴム製のOリング形状のガスケット301が嵌る。図3(b)を見て判るように、ガスケット301の厚みは突起部204cの高さより厚いので、置き台204にレンズ支持台203を嵌め込むと、ガスケット301が置き台204とレンズ支持台203に挟まれるので、突起部204cの内側は密閉された空間を形成する。但し、この空間には空気穴303bが貫通しており、外部から空気を注入することが可能になっている。この空間は、空気穴303bから空気を注入して、空気の力で整形されたレンズをレンズ支持台203から取り外す為に形成されている。
置き台204の下側には、加工機械に装着されるための嵌合部303cが形成されている。
【0032】
ゴムシート104は、周知のNBR(Nitrile butadiene rubber:ニトリルゴム或はニトリルブタジエンゴムの略称)で形成される。但し、パッキン或はガスケットとして弾性変形できる特性、プラスチックと金属に密着できる特性、耐水性及び耐油性を備え、且つプラスチックに粘着剤のように付着しないゴムであればこれに限られない。例えば、水素化ニトリルゴム、フッ素ゴム、シリコーンゴム、エチレン・プロピレンゴム等が利用可能と思われる。
また、一般的なゴムには分類されないが、例えば、スチレン系、オレフィン系、ウレタン系、エステル系又はアミド系等の、熱可塑性エラストマーも同様の効果が期待できると思われる。
ゴムシート104の形状は、セミフィニッシュレンズ102の非球面側表面102aを覆う円形である。なお、ゴムシート104にレンズ支持台203と同様の空気穴303bを設けてもよい。この場合、レンズ支持台203に設けられている穴203a、203b、203c、203d及び203eと位置及び大きさが一致する必要はない。
【0033】
[真空ブロッキング装置]
前述のレンズホルダ201は、単体ではセミフィニッシュレンズ102を固定する(ブロッキング)ことはできない。真空ブロッキング装置に装着し、真空ポンプで排気することで、セミフィニッシュレンズ102はレンズホルダ201に吸着される。
図4は真空ブロッキング装置の外観斜視図である。
真空ブロッキング装置401は、真空ケース402と、ケース台403と、真空ポンプ404で構成される。
【0034】
図5は真空ケース402の外観斜視図である。
真空ケース402は、レンズホルダ201がセミフィニッシュレンズ102と共に収められる。真空ケース402の開口部402aには強化ガラスとアクリルで形成された蓋405が設けられており、開口部402aの周縁には蓋405と密着して密閉性を確保するためのガスケット402bが設けられている。
ケース台403は真空ケース402を斜めに保持する台であり、レンズ製造工程に携わる作業者がレンズホルダ201を真空ケース402から出し入れし易くすると共に、作業者に付着している塵埃が真空ケース402に入り込まないようにするために角度が付けられている。
蓋405の内側には、蓋405と連動してセミフィニッシュレンズ102を押さえつけるためのアーム501が設けられている。
【0035】
図6は真空ケース402の断面図である。
真空ケース402の内壁402cは、セミフィニッシュレンズ102の外周と等しい大きさの穴である。そして、真空ケース402の最下部には、レンズホルダ201の嵌合部303cが嵌る突起402dが設けられている。つまり、真空ケース402にレンズホルダ201を収めると、レンズホルダ201の嵌合部204bは突起402dで位置決めされ、更にセミフィニッシュレンズ102を収めると、セミフィニッシュレンズ102は真空ケース402の内壁402cで位置決めされる。こうして、レンズホルダ201とセミフィニッシュレンズ102は真空ケース402によって位置決めされる。
更に、蓋405を閉めると、蓋405に連動するアーム501がセミフィニッシュレンズ102をレンズホルダ201へ押し付ける。
この状態で、排気口402eから真空ポンプ404で真空ケース402内の空気を排気する。
【0036】
[真空ブロッキングの仕組み]
図7(a)、(b)及び(c)は、真空ケース402内に収められたセミフィニッシュレンズ102とゴムシート104に起こる現象を説明する概略図である。
図7(a)は、真空ポンプ404で排気処理をする前の、真空ケース402に収められたセミフィニッシュレンズ102とゴムシート104の断面を拡大した状態を概略的に説明する図である。
ゴムシート104の表面には肉眼では見えない程度の凹凸が形成されており、この凹凸がセミフィニッシュレンズ102との間に空隙701を形成する。空隙701がある、ということは、そこには空気が存在することを意味する。
【0037】
図7(b)は、真空ポンプ404で排気処理をした時の、真空ケース402に収められたセミフィニッシュレンズ102とゴムシート104の断面を拡大した状態を概略的に説明する図である。
真空ポンプ404で真空ケース402内の空気を抜くと、真空ケース402内の気圧は低下する。すると、セミフィニッシュレンズ102とゴムシート104の間に形成されている空隙701に存在する空気が膨張して、空隙701が広がり、そこから空気が抜け出ていく。この時、アーム501がセミフィニッシュレンズ102をレンズホルダ201に押さえつけているので、レンズが空気によってレンズホルダ201から浮き上がり、レンズホルダ201に対する位置がずれる現象を防ぐ。
【0038】
図7(c)は、真空ポンプ404で排気処理をした後、真空ケース402に空気を注入するか或は蓋405を開けた時の、真空ケース402に収められたセミフィニッシュレンズ102とゴムシート104の断面を拡大した状態を概略的に説明する図である。
真空ケース402内の気圧が外気圧に戻ると、真空ケース402内の気圧は再び上昇する。すると、セミフィニッシュレンズ102とゴムシート104の間に形成されている空隙701の部分は真空ポンプ404で排気した時の気圧であったので、外気圧との間に気圧の差が生じ、空隙701の容積は小さくなる。この気圧の差によってゴムシート104がセミフィニッシュレンズ102に吸着する。
【0039】
なお、レンズホルダ201のレンズ支持台203とゴムシート104との間にも、同様の現象が発生する。したがって、真空ケース402にレンズホルダ201とセミフィニッシュレンズ102を収めて真空ポンプ404で排気処理を行うと、ゴムシート104を通じてホルダ本体部202とセミフィニッシュレンズ102が吸着する。
【0040】
[レンズ製造方法]
図8は、本実施形態に係るレンズ製造方法の手順を示すフローチャートである。
処理を開始すると(S801)、先ず、レンズホルダ201を真空ブロッキング装置401の真空ケース402に収めた後、顧客の視力及び乱視のデータに基づいて選んだセミフィニッシュレンズ102を真空ケース402に収めて、真空ポンプ404を稼働させ、セミフィニッシュレンズ102をレンズホルダ201に固定させる。本実施形態では、この真空ポンプ404を用いたブロッキングを「真空ブロッキング」と呼ぶ(S802)。
こうして、真空ブロッキングによってセミフィニッシュレンズ102が取り付けられたレンズホルダ201は、加工機械に取り付けられる。加工機械は顧客の視力及び乱視のデータに基づいて、切削処理、平滑処理、そして表面研磨処理を実施する(S804)。
ステップS804の加工工程が終わったら、レンズホルダ201の空気穴204aに加圧ポンプ821で空気を注入し、加工済レンズ822をホルダから外す。この処理を加圧デブロックと呼ぶ(S805)。
【0041】
ホルダから取り外したレンズは、洗浄(S806)後、検査を実施し(S807)、出荷されて(S808)、終了する(S809)。
一方、レンズを取り外されたレンズホルダ201は、集荷されて(S810)終了する(S813)。レンズホルダ201は再び製造工程に戻され、次のセミフィニッシュレンズ102が取り付けられるのを待つ(S801)。
【0042】
従来技術を説明する図9のレンズ製造方法と比べると、本実施形態のレンズ製造方法は、「アロイ冷却」工程、「アロイ溶融」工程、「ホルダ再形成」工程が省略されることが判る。
【0043】
本実施形態は以下の応用例が可能である。
(1)本実施形態に係るレンズ製造方法では、プラスチックレンズを対象に説明した。しかし、現在の硬質プラスチックに代替できる素材であれば、これに限定されない。透明度が高く、所定の硬度、温度耐性等の所定の環境耐性を備え、割れ難く、加工が容易な素材であれば、本実施形態のレンズ製造方法が適用可能である。
【0044】
(2)真空ケース402の内部に設けられている内壁402cと突起402dは、真空ケース402と一体的に形成される必要はない。ゴムシート104を含むレンズホルダ201とセミフィニッシュレンズ102とを位置決めして固定する、別体の治具として形成し、その治具ごと真空ケースに収めて真空ブロッキングを施しても、前述の実施形態と同様の効果が得られる。本実施形態で必要な処理は、レンズホルダ201とセミフィニッシュレンズ02とを位置決めして固定した状態で、真空ブロッキングを施す、という技術思想である。
【0045】
本実施形態では、レンズホルダ201と、真空ブロッキング装置401と、これらを使用したレンズ製造方法を開示した。
レンズ支持台203とセミフィニッシュレンズ102にゴムシート104を挟み込んだ状態で、真空ケース402にレンズホルダ201とセミフィニッシュレンズ102を収納して、真空ケース402内の空気を真空ポンプ404で排気する。ゴムシート104とセミフィニッシュレンズ102との間、及びゴムシート104とレンズ支持台203との間に形成される空隙701に存在する空気は、真空ポンプ404で減圧されることに伴い、膨張して、迅速に空隙701から排出される。再び真空ケース402に空気を注入して外気圧に戻すと、外気圧との差によって空隙701は収縮し、この力でゴムシート104にセミフィニッシュレンズ102とレンズ支持台203が吸着される。
レンズホルダ201から加工済レンズ822を取り出す際は、レンズホルダ201に空気を注入することで、ゴムシート104とレンズ支持台203との間、及びゴムシート104と加工済レンズ822との間に形成される空隙701に空気が入り込み、空隙701が広がって吸着状態が解除される。
このように、アロイを用いないレンズブロッキングであるので、環境負荷は極めて低い。また、アロイを冷却したり、溶融させる等の工程が省かれるので、レンズ製造に要するタクトタイムを大幅に短縮できる。
【0046】
以上、本発明の実施形態例について説明したが、本発明は上記実施形態例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した本発明の要旨を逸脱しない限りにおいて、他の変形例、応用例を含む。
【符号の説明】
【0047】
101…レンズホルダ、102…セミフィニッシュレンズ、103…溝、104…ゴムシート、105…弁、201…レンズホルダ、202…ホルダ本体部、203…レンズ支持台、204…置き台、301…ガスケット、401…真空ブロッキング装置、402…真空ケース、403…ケース台、404…真空ポンプ、405…蓋、501…アーム、701…空隙、821…加圧ポンプ、822…加工済レンズ、921…アロイ、922…レンズホルダ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セミフィニッシュレンズの非加工面に付着される弾性シートと、
前記弾性シートが前記セミフィニッシュレンズの前記非加工面側表面に付着した状態で付着され、貫通穴が設けられているレンズ支持台と、
前記レンズ支持台の前記貫通穴に通じる空間を形成する置き台と、
前記置き台の前記空間の内外に通気可能な空気穴と
を具備するレンズホルダ。
【請求項2】
前記貫通穴は、前記レンズ支持台の中心に一つと、前記レンズ支持台の円周方向に二つ以上設けられており、且つ前記貫通穴の直径は最大で5mm以下である、請求項1記載のレンズホルダ。
【請求項3】
セミフィニッシュレンズと、前記セミフィニッシュレンズの非加工面側表面に付着される円形の弾性シートと、前記弾性シートが前記セミフィニッシュレンズの前記非加工面側表面に付着した状態で付着され、貫通穴が設けられているレンズ支持台と、前記レンズ支持台の前記貫通穴に通じる空間を形成する置き台と、前記置き台の前記空間に空気を注入するための空気穴とを具備するレンズホルダとを収納する真空ケースと、
前記真空ケースの開口部を覆い、前記真空ケースを密閉可能にする蓋と、
前記真空ケースの内部の空気を排気する真空ポンプと
を具備する真空ブロッキング装置。
【請求項4】
前記真空ケースは更に、
前記レンズホルダを位置決めする突起と、
前記セミフィニッシュレンズを位置決めする内壁と
を具備する請求項3記載の真空ブロッキング装置。
【請求項5】
セミフィニッシュレンズと、前記セミフィニッシュレンズの非加工面に付着される弾性シートと、前記セミフィニッシュレンズが前記弾性シートを挟んで装着されるレンズホルダとを真空ケースに収納するセミフィニッシュレンズ収納ステップと、
前記真空ケースを密閉した後、真空ポンプで前記真空ケース内の空気を排気する排気ステップと、
前記真空ケースに空気を注入して、前記レンズホルダに前記セミフィニッシュレンズを吸着させる真空ブロッキングステップと、
前記レンズホルダを加工機械に装着してセミフィニッシュレンズに加工を施して加工済レンズを作成するレンズ加工ステップと、
前記レンズホルダに空気を注入して前記レンズホルダから前記加工済レンズを取り外す加圧デブロックステップと
を有するレンズ製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−200949(P2011−200949A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−68582(P2010−68582)
【出願日】平成22年3月24日(2010.3.24)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【出願人】(509333807)ホヤ レンズ タイランド リミテッド (25)
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
【Fターム(参考)】