説明

レーザによる培養細胞選別方法及び選別装置

【課題】不要な細胞を完全に除去することができ、細胞生存率が高く、かつ、容易に目的の細胞を選別できる方法及び装置を提供する。
【解決手段】除去対象細胞を含む培養細胞を培養装置において蛍光標識する工程、培養装置中の除去対象細胞の位置を蛍光標識の有無により特定する工程、位置を特定された除去対象細胞にレーザを照射して死滅させる工程を含む、培養細胞の選別方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養細胞選別方法及び選別装置に関する。
【背景技術】
【0002】
培養細胞集団に不要な細胞が混入し、その除去が難しい場合がある。例えばiPS細胞を培養後、特定の細胞ないし組織に分化誘導して生体内に移植した場合、僅かでも未分化iPS細胞が残存していると生体内で腫瘍化する恐れが指摘されている。
【0003】
特許文献1は、細胞をレーザ照射により殺傷する方法を開示しているが、標的細胞は明視野観察下で画像処理により確認しているので、外観ないし形状が類似した細胞を区別することはできない。
【0004】
特許文献2は、主に非線形光学効果をもたらす高価なパルスレーザの照射により細胞を殺傷する方法を開示するが、この方法は選別すべき細胞群を予め基材上の特定位置に配置する必要がある。
【0005】
特許文献3は細胞集団内の腫瘍細胞を殺傷する手段として、特許文献2と同様、パルスレーザを用いており、しかもその波長は375〜900 nmと限定されたもので、対象試料も造血細胞集団としている。
【0006】
細胞集団から特定の細胞を選別する手段としてセルソーターが広く用いられている。このセルソーターは、以下のような問題点を抱えている。
1. 接着性の培養細胞の場合、培養皿に接着した細胞を剥離し、数時間シース液中に単一細胞として懸濁した状態で、その液滴ごと電荷が与えるので、選別過程で細胞に非生理学的影響を与える可能性があり、細胞生存率も100%ではない。
2. 細胞を選別するのに、装置内の流路を用いるので、無菌状態の維持が難しい。
3. 同一流路を共有することから他試料の混入には最大限の注意を払う必要がある。
4. 選別過程での細胞収率に関して、どうしても数十%の損失が避けられない。
5. 選別の純度において、数%の不純細胞を含んでしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009-195110
【特許文献2】再表2006/088154
【特許文献3】特表2002-511843
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、不要な細胞を完全に除去することができ、細胞生存率が高く、かつ、容易に目的の細胞を選別できる方法及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、以下の培養細胞の選別方法及び選別装置を提供するものである。
項1. 除去対象細胞を含む培養細胞を培養装置において蛍光標識する工程、培養装置中の除去対象細胞の位置を蛍光標識の有無により特定する工程、位置を特定された除去対象細胞にレーザを照射して死滅させる工程を含む、培養細胞の選別方法。
項2. 除去対象細胞が幹細胞であり、選別により分化した培養細胞が分離される、項1に記載の選別方法。
項3. 幹細胞がiPS細胞である、項2に記載の選別方法。
項4. 前記レーザが赤外レーザ、紫外レーザまたは可視レーザである項1〜3のいずれかに記載の選別方法。
項5. 前記蛍光標識が蛍光抗体法または蛍光タンパク質による標識である、項1〜4のいずれかに記載の選別方法。
項6. 培養装置の支持台、培養装置中の蛍光標識された及び/又は蛍光標識されていない培養細胞を検出して位置を特定する位置特定手段、前記位置特定手段により位置が特定された蛍光標識細胞又は非蛍光標識細胞にレーザを照射して細胞を死滅させるレーザ照射手段を有する、培養細胞の選別装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、培養接着細胞を培養皿上から剥離することなく選別することができ、以下の効果を有する:
1. 細胞を培養皿上で培養状態のまま選別するので、選別過程で細胞に与える非生理学的影響を極力抑え、細胞生存率を高く維持することが可能である。
2. 培養皿中で細胞を選別するので、無菌状態もセルソーターに比べて容易に維持できる。 3. 複数試料の選別も培養皿毎に独立して行うので、試料の相互混入に留意する必要がない。
4. 選別過程での細胞収率に関して、接着状態で細胞を選別する本法は損失が殆ど生じない。
5.選別の純度は、培養皿上の全ての細胞を認識しながら選別するので、限りなく100%に近い。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明において、レーザ照射により不要細胞を死滅させる方法を模式的に示した図である。
【図2】実施例1において、ガラスの培養皿を用い、赤外レーザ照射により蛍光標識された細胞のみを死滅させたことを示す顕微鏡写真である。
【図3】実施例2において、プラスチックの培養皿を用い、赤外レーザ照射により蛍光標識された細胞のみを死滅させたことを示す顕微鏡写真である。
【図4】実施例3において、プラスチックの培養皿を用い、赤外レーザ照射により蛍光標識された細胞のみを死滅させたことを示す顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明において、選別対象となる培養細胞は、除去対象の細胞と、分離精製される細胞の2種類の細胞を含む細胞集団である。また、除去対象の細胞と分離精製される細胞は、蛍光標識により識別することができるものである。培養細胞は、培養装置に接着する細胞である。培養は、単層培養であるのが好ましいが、コロニーを形成した細胞であってもよい。
【0013】
また、浮遊細胞は細胞の位置の特定が難しいため、本発明の対象外である。
【0014】
培養細胞は、動物細胞、好ましくは哺乳類細胞であり、例えばヒト、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、サル、ウサギ、マウス、ラット、イヌ、ネコなどの細胞が挙げられ、特にヒト細胞が好ましい。細胞は、天然の細胞であってもよく、遺伝子組換え(ノックイン、ノックアウト、トランスジェニック)等により遺伝的に改変された細胞、抗体産生細胞などの融合細胞であってもよい。また、初代培養細胞であっても継代培養した細胞であってもよく、体細胞であってもよく、幹細胞であってもよい。幹細胞として、胚性幹細胞、iPS細胞、表皮幹細胞、毛包幹細胞、膵幹細胞、肝幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、脂肪幹細胞、神経幹細胞、網膜幹細胞などが挙げられる。
【0015】
好ましい実施形態において、本発明は、表面抗原が異なる2種以上の細胞を含む培養細胞集団において、特定の表面抗原を含むもしくは含まない培養細胞を死滅させ、残りの細胞を分離する。ES細胞、iPS細胞、各種幹細胞などは特有の表面抗原を有するので、分化した細胞と分離することができる。また、分化した細胞が2種以上含まれる培養細胞の場合にも、表面抗原が異なり蛍光抗体法で分離して標識できるものであれば、本発明を適用することができる。
【0016】
本発明の特に好ましい実施形態は、iPS細胞から組織、血液などの全部又は機能性を有する一部を分化再生し、生体内に移植する際に、残存する未分化iPS細胞を選別・除去することである。
【0017】
蛍光標識は、細胞表面に蛍光分子を結合させることにより行うことができ、好ましくは蛍光抗体法により蛍光標識する。蛍光抗体法は、具体的には標識される細胞の表面抗原を認識する抗体を作用させ、次いで該抗体に作用する蛍光標識された二次抗体を作用させる方法である。或いは、蛍光標識は、培養細胞内に蛍光タンパク質を導入するか、培養細胞内に蛍光タンパク質遺伝子を導入して細胞内で発現させることによっても実施することができる。
【0018】
表面抗原とそれに対する抗体の組合せは、多数の組合せが公知であり、公知の抗体を使用して培養細胞を蛍光標識することが可能である。また、表面抗原とそれに対する抗体の組合せは今後も見出されると考えられ、このような新たな抗体を使用して培養細胞を蛍光標識してもよい。
【0019】
未分化iPS細胞のマーカーとして知られる表面抗原およびそれに対する抗体について、代表的なものを以下のように列挙する。
SSEA-1・stage specific embryonic antigen-1(糖脂質中に存在する糖質エピトー
プ):抗SSEA-1抗体
SSEA-3・stage specific embryonic antigen-3(糖脂質中に存在する糖質エピトー
プ):抗SSEA-3抗体
SSEA-4・stage specific embryonic antigen-4(糖脂質中に存在する糖質エピトー
プ):抗SSEA-4抗体
TRA-1-60抗原(糖たんぱく質、糖脂質中に存在するケラタン硫酸エピトープ):
抗TRA-1-60抗体
TRA-1-81抗原(糖たんぱく質、糖脂質中に存在するケラタン硫酸エピトープ):
抗TRA-1-81抗体
上記の組合せは単なる例示であって、当業者は好ましい組合せを容易に決定できる。
【0020】
培養細胞は、培養装置に接着した状態で培養される。培養装置としては、培養皿、培養プレートなどが挙げられる。培養装置は、赤外レーザを透過するものが好ましく、例えばガラス、プラスチックなどの材質のものが使用できる。
【0021】
蛍光標識された細胞は、光学顕微鏡などの顕微鏡で観察して特定し、蛍光標識された細胞或いは蛍光標識されていない細胞を手動でレーザ照射手段により死滅させてもよいが、好ましくは培養装置の画像を撮影して蛍光標識された細胞の位置を位置特定手段により決定し、その信号をレーザ照射手段に送り自動的に蛍光標識された、或いは蛍光標識されていない細胞にレーザを照射して細胞を死滅させるのが好ましい。培養装置の画像の撮影は、1回の撮影で培養装置全体を撮影して蛍光標識細胞と必要に応じて非蛍光標識細胞の位置を2次元の座標で特定してもよく、培養装置を分割して複数回撮影し、それらの画像データを処理して蛍光標識細胞と必要に応じて非蛍光標識細胞の位置を2次元の座標で特定してもよい。ここで特定された座標に位置する除去対象細胞に対し、レーザを照射して細胞を死滅させる。
【0022】
レーザの特定の位置への照射は、例えばレーザ光源からの光を複数のミラーを用いて反射させる際に、ミラーの反射角度を調節するなどの常法に従い実施できる。レーザは、連続光でもよく、パルス状に間欠的に照射してもよい。
【0023】
レーザの照射は、低出力の赤外レーザで十分に細胞を死滅させることができ、例えば
波長1480nm、出力420〜500mW、照射時間1/125〜1/30秒照射の条件で細胞を死滅させることができる。
【0024】
除去対象細胞は、蛍光標識された細胞でもされていない細胞でもよいが、蛍光標識した細胞をレーザ照射で死滅させる方が、残りの培養細胞が標識されていない(生理的条件に近い)細胞であること、さらに細胞位置の特定及び細胞死滅の確認を行いやすいために好ましい。
【0025】
細胞の死滅は、レーザ照射後の画像を数時間から1日程度後に解析することにより確認できる。
【0026】
レーザ光源は、紫外光、可視光、赤外光などのいずれでもよいが、赤外レーザが加熱により短時間で細胞を死滅させることができるので好ましい。
【実施例】
【0027】
以下、本発明を実施例を用いてより詳細に説明する。
実施例1
(1)iPS細胞の生細胞染色法
培養:
ガラス又はプラスチック皿をBDマトリゲル(グロースファクターリデュースト フェノールレッドフリー #356231)でコーティングする。
【0028】
剥離剤でiPS細胞を処理し、コロニーを形成している細胞をばらばらにする。
【0029】
細胞懸濁液を遠心して剥離剤を除去し、ROCK阻害剤を含むSNLフィーダー細胞コンディションドヒトiPS細胞培地で懸濁し、マトリゲルコートした培養皿に播く。
1−2日間培養し、染色する。
染色:
培養上清を除き、抗Tra-1-60又はTra-1-81抗体を含むヒトiPS細胞培地を加え、氷上で1時間静置する。その後、ヒトiPS細胞培地で細胞を3回洗い、蛍光標識した2次抗体を含むヒトiPS細胞培地を加えて氷上で30分静置する。iPS細胞培地で細胞を3回洗い観察する。
(2)赤外レーザの照射法
上記細胞をガラス底(厚さ:0.12〜0.17mm)の培養皿(IWAKI #3910-035)に播種した細胞に、波長1480nm、連続発振のレーザを試料面での出力500mWで 1/125秒照射した。結果を図2に示す。
実施例2
上記細胞をポリスチレン底(厚さ:1.52mm)の培養皿(Falcon 6well plate #3046)に播種した以外は、実施例1と同様にして赤外レーザの照射(照射細胞は矢印で図示)を行った。赤外レーザの波長は1480nmであり、連続発振のレーザを試料面での出力470mWで1/60秒照射した。結果を図3に示す。
実施例3
波長1480nm、連続発振の赤外レーザを試料面での出力420mWで1/30秒照射した以外は実施例2と同様に試験した。結果を図4に示す。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、医学生物学研究分野・再生医療等の医療分野などの研究に好ましく使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
除去対象細胞を含む培養細胞を培養装置において蛍光標識する工程、培養装置中の除去対象細胞の位置を蛍光標識の有無により特定する工程、位置を特定された除去対象細胞にレーザを照射して死滅させる工程を含む、培養細胞の選別方法。
【請求項2】
除去対象細胞が幹細胞であり、選別により分化した培養細胞が分離される、請求項1に記載の選別方法。
【請求項3】
幹細胞がiPS細胞である、請求項2に記載の選別方法。
【請求項4】
前記レーザが赤外レーザ、紫外レーザまたは可視レーザである請求項1〜3のいずれかに記載の選別方法。
【請求項5】
前記蛍光標識が蛍光抗体法または蛍光タンパク質による標識である、請求項1〜4のいずれかに記載の選別方法。
【請求項6】
培養装置の支持台、培養装置中の蛍光標識された及び/又は蛍光標識されていない培養細胞を検出して位置を特定する位置特定手段、前記位置特定手段により位置が特定された蛍光標識細胞又は非蛍光標識細胞にレーザを照射して細胞を死滅させるレーザ照射手段を有する、培養細胞の選別装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−23970(P2012−23970A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−162812(P2010−162812)
【出願日】平成22年7月20日(2010.7.20)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)文部科学省 平成22年度科学技術試験研究委託事業(スーパー特区(先端医療開発特区))「重度先天性骨代謝疾患に対する遺伝子改変間葉系幹細胞移植治療法の開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】