説明

ワムシの耐久卵の製造方法、ワムシの耐久卵形成能力の抑制方法、ワムシ株の判定方法および新規なワムシ株

【課題】従来よりも効率よく、大量生産が可能なワムシの耐久卵の製造方法、ワムシの耐久卵形成能力の抑制方法、及びワムシ株の判定方法を提供することにある。
【解決手段】本発明の耐久卵の製造方法は、耐久卵の形成水温、休眠条件、耐久卵から孵化したワムシの培養水温を調整して得られた耐久卵形成能力の高いワムシを、特定の餌料を用いて培養し、耐久卵を得ることを特徴とする。また、本発明のワムシの耐久卵形成能力の抑制方法は、ワムシに形成させた耐久卵を乾燥又は冷凍した後、孵化させることによって耐久卵形成能力を抑制することを特徴とする。また、本発明のワムシ株の判定方法は、未知のワムシ株と既知のワムシ株のゲノムDNAをRAPD法を用いて分析するか、又は両ワムシ株のミトコンドリアDNAをRFLP法を用いて分析することによって、未知のワムシ株が既知のワムシ株または該既知のワムシ株の子孫に相当するワムシ株であるか否かを判定することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワムシの耐久卵の製造方法、ワムシの耐久卵形成能力の抑制方法、ワムシ株の判定方法および新規なワムシ株に関し、特に耐久卵形成能力の高いワムシ株を用いたワムシの耐久卵の製造方法、当該ワムシ株の耐久卵形成能力の抑制方法および判定方法、並びに耐久卵形成能力が高い新規なワムシ株NH17L株に関する。
【背景技術】
【0002】
シオミズツボワムシBrachionus plicatilis(以下、ワムシと略記)は、海産魚介類の種苗生産過程の初期餌料として広く利用されている。これは、ワムシの被甲長が130〜340μmと小さくて仔魚の摂餌に適しており、さらに、大量培養方法がほぼ確立されているため、必要量を容易に確保できるからである(非特許文献1)。しかし、種苗生産の現場で必要な期間は、海産魚では一般に20〜30日間に限られるが、ワムシを必要としない期間もワムシを維持培養しなければならないことや、仔魚飼育と併行してワムシの大量培養を行わなければならない点など、多大な労力を必要とすることが解決すべき課題として残っている。
【0003】
ワムシの維持培養に変わる手段として有望なのが、耐久卵を用いた保存方法である。耐久卵とは、通常は単性生殖により増殖するワムシが、ときに両性生殖を行って産出する受精卵のことである。耐久卵は二次卵膜で覆われており、外部環境が孵化に適さない場合には、強い耐久性を示して休眠状態を維持するため、培養管理を必要としない。研究室内で12年間保存しておいた耐久卵が孵化した事例もあることから(非特許文献2)、長期間の保存も可能である。ワムシには、単性生殖卵を産む雌ワムシ(amictic female)と、生殖細胞が減数分裂を起こして両性生殖を行う雌ワムシ(mictic female)、さらに雌ワムシの約1/2の大きさの雄ワムシがいる。両性生殖個体は、雄ワムシと交尾し受精した場合には耐久卵を産む。一方、雄との交尾がない場合や、交尾しても受精に至らない場合は、半数体の雄を産む。さらに受精にはタイミングが重要で、両性生殖個体が極めて若い時期でないと受精は起こらず、その時期を過ぎて交尾を受けても受精には至らずに雄が産まれる。
【0004】
これまでの研究で、ワムシが両性生殖を活発に行い耐久卵を多く形成する条件の検討がなされてきた。例えば低水温(15℃)、低塩分(4〜16ppt)で培養したときや(非特許文献4)、低水温で形成された耐久卵から孵化した個体(幹母虫)に由来する個体群を低水温で培養したとき(非特許文献5)、さらには耐久卵形成直後から光を照射して休眠を与えない場合(非特許文献6)に、これらから形成された耐久卵からの幹母虫に由来する個体群は、両性生殖を頻繁に行うことが分かっている。また、ワムシの密度が約150個体/mLまでは個体密度の増加に伴って両性生殖誘導個体数も増加するが、150〜200個体/mLを越えると両性生殖個体数は減少することが知られている(非特許文献2)。これらの結果をもとに水温20℃、塩分17pptの低水温、低塩分下で定期的に換水し、ワムシの個体密度を減らす間引培養を17日間行うことで、水量500 Lで約5000万個もの耐久卵を回収した例もある(非特許文献7)。さらに実用規模では、水温18〜25℃、塩分16pptで、50トン水槽(水量40 m3)内で10日間バッチ培養し、42.5億個(非特許文献9)、水温20℃、塩分16pptで25トン水槽(水量20 m3)内で29日間連続培養し、59億個の耐久卵を量産した例もある(非特許文献9)。
【0005】
【非特許文献1】平野礼次郎,大島泰雄.海産動物養成の飼育とその餌料について.日本水産学会誌 1963;29:282-297
【非特許文献2】萩原篤志.海産ワムシの大量保存と休眠卵の利用.栽培技研 1996;24:109-120.
【非特許文献3】佐藤加奈子.シオミズツボワムシ耐久卵形成の効率化に対する培養条件の検討.修士論文,長崎大学,長崎.2002;pp. 120.
【非特許文献4】Hagiwara A, Hino A, Hirano R. Effect of temperature and chlorinity on resting egg formation in the rotifer Brachionus plicatilis. Nippon Suisan Gakkaishi 1988; 54 569-575.
【非特許文献5】Hino A, Hirano R. Relationship between the temperature given at the time of fertilized egg formation and bisexual reproduction pattern in the deriving strain of the rotifer Brachionus plicatilis. Bulletin of the Japanese Society of Scientific Fisheries 1985; 51: 511-514.
【非特許文献6】Hagiwara A, Hino A. Effect of incubation and preservation on resting egg hatching and mixis in the derived clones of the rotifer Brachionus plicatilis. Hydrobiologia 1989; 186/187: 415-421.
【非特許文献7】Balomapueng M. D., Hagiwara A, Nishi A, Imaizumi K. Resting egg formation of the rotifer Brachionus plicatilis using a semi-continuous culture method. Fisheries Science 1997; 63: 236-241.
【非特許文献8】Hagiwara A, Hamada K, Nisi A, Imaizumi K, Hirayama K. Mass production of rotifer Brachionus plicatilis resting eggs in 50 m3 tanks. Nippon Suisan Gakkaishi 1993; 59: 93-98.
【非特許文献9】門田洋二 耐久卵孵化時の餌料環境がワムシ個体群の生殖様式に与える影響 修士論文、長崎大学、長崎、2002;pp57.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、これら従来の方法では、天然で採集したワムシの特性をそのまま利用するにとどまっていた。ワムシの耐久卵形成の第一ステージである両性生殖誘導率は最大30%程度にとどまり、量産のための問題となっていた。
【0007】
また、耐久卵から孵化したワムシは、耐久卵を作らせた親ワムシと同様の性状をもつため、仮に品種改良により親ワムシの耐久卵形成能力を高くした場合には、当該親ワムシと類似の機能をもつワムシ株が他者に流出することになり、新たな問題となる。さらに、実際に耐久卵よりワムシを培養し、量産する際、耐久卵を形成するワムシが大量に出現した場合、大量培養の妨げとなることから、ワムシが両性生殖によって耐久卵を作らず、単性生殖のみによってよく増えることが望ましい。そのためには、耐久卵形成能力を高くしたワムシ株より得られた耐久卵を商品とする場合、当該耐久卵から孵化したワムシが耐久卵を作らないよう、耐久卵形成能力を抑制する技法が必要であり、また、耐久卵形成能力の高いワムシ株が流出した場合、流出したワムシ株が当該ワムシ株であるか否かを確認する方法が必要であるが、これらの方法はいずれもこれまでに確立されていない。
【0008】
そこで、本発明の目的は、耐久卵形成能力を高めたワムシ株を用いた、従来よりも効率よく、大量生産が可能なワムシの耐久卵の製造方法、ワムシの耐久卵形成能力の抑制方法、ワムシ株の判定方法、および耐久卵形成能力が高い新規なワムシ株を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明者らは鋭意検討した結果、まず、耐久卵形成能力の高いワムシを作出し、さらに、当該ワムシを用いて耐久卵を大量に製造できる方法、及び当該ワムシの耐久卵形成能力を抑制する方法を見出した、また、本発明者らは、分子生物学的なアプローチにより、本発明のワムシ株の判定方法を見出した。また、耐久卵形成能力が高いことを特徴とする新規なワムシ株であるNH17L株を作出した。
【0010】
すなわち、本発明のワムシの耐久卵の製造方法は、ワムシを水温10℃〜20℃で培養し、耐久卵を形成させ、形成された耐久卵を休眠させずに孵化させ、水温15℃〜25℃で培養することによって得られた耐久卵形成能力の高いワムシを、餌料としてクロレラ、ナノクロロプシス、又はクロレラとナノクロロプシスを3:1〜19:1の割合で混合したものを用いて培養し、耐久卵を得ることを特徴とする。
【0011】
本発明のワムシの耐久卵の製造方法の好ましい実施態様において、前記耐久卵形成能力の高いワムシの培養において、水温を15℃〜26℃とすることを特徴とする。
【0012】
本発明のワムシの耐久卵の製造方法の好ましい実施態様において、前記耐久卵形成能力の高いワムシの培養において、培養液として塩分濃度が4〜16pptの人工海水を用いることを特徴とする。
【0013】
また、本発明のワムシの耐久卵形成能力の抑制方法は、ワムシに耐久卵を形成させ、該耐久卵を乾燥した後、孵化させることによってワムシの耐久卵形成能力を抑制することを特徴とする。
【0014】
本発明のワムシの耐久卵形成能力の抑制方法の好ましい実施態様において、前記耐久卵の乾燥は、温度0℃〜10℃の暗黒の低温室内で乾燥することによって行うことを特徴とする。
【0015】
また、本発明のワムシの耐久卵形成能力の抑制方法は、ワムシに耐久卵を形成させ、該耐久卵を冷凍した後、孵化させることことによってワムシの耐久卵形成能力を抑制することを特徴とする。
【0016】
本発明のワムシの耐久卵形成能力の抑制方法の好ましい実施態様において、前記耐久卵の冷凍は、耐久卵を-20℃〜-80℃で凍結させることによって行うことを特徴とする。
【0017】
また、本発明のワムシ株の判定方法は、未知のワムシ株が既知のワムシ株または該既知のワムシ株の子孫に相当するワムシ株であるか否かを判定する方法であって、未知のワムシ株と既知のワムシ株のゲノムDNAをRAPD法を用いて分析することによって、未知のワムシ株が既知のワムシ株または該既知のワムシ株の子孫に相当するワムシ株であるか否かを判定することを特徴とする。
【0018】
本発明のワムシ株の判定方法の好ましい実施態様において、前記RAPD法を用いる分析において、未知のワムシ株と既知のワムシ株のゲノムDNAの増幅を、配列番号1〜10で示される塩基配列からなるプライマーのうち少なくとも1つを用いて行うことを特徴とする。
【0019】
また、本発明のワムシ株の判定方法は、未知のワムシ株が既知のワムシ株または該既知のワムシ株の子孫に相当するワムシ株であるか否かを判定する方法であって、未知のワムシ株と既知のワムシ株のミトコンドリアDNAをRFLP法を用いて分析することによって、未知のワムシ株が既知のワムシ株または該既知のワムシ株の子孫に相当するワムシ株であるか否かを判定することを特徴とする。
【0020】
本発明のワムシ株の判定方法の好ましい実施態様において、前記RFLP法がPCR-RFLP法であり、配列番号11と配列番号12でそれぞれ示される塩基配列からなるプライマーセットを用いて、未知のワムシ株と既知のワムシ株のミトコンドリアDNAの増幅を行い、更に増幅された産物をBamHI、BglII、EcoRI、HindIII、HinfI、KpnI、PstI、Sau3AI、SacI、SalI、XbaI及びXhoIからなる群から選択された制限酵素の1つ又は複数の組み合わせで分解することにより、該PCR-RFLP法を行うことを特徴とする。
【0021】
本発明のワムシ株の判定方法の好ましい実施態様において、前記RFLP法がPCR-RFLP法であり、配列番号13と配列番号14でそれぞれ示される塩基配列からなるプライマーセットを用いて、未知のワムシ株と既知のワムシ株のミトコンドリアDNAの増幅を行い、更に増幅された産物をBamHI、BglII、EcoRI、HindIII、HinfI、KpnI、PstI、Sau3AI、SacI、SalI、XbaI及びXhoIからなる群から選択された制限酵素の1つ又は複数の組み合わせで分解することにより、該PCR-RFLP法を行うことを特徴とする。
【0022】
更に本発明の新規なワムシ株であるNH17L株は耐久卵形成能力が高いことを特徴とする。また該NH17L株の受精率を高める方法は、NH17L株を18℃〜25℃の水温で培養することを特徴とする。
【発明の効果】
【0023】
本発明のワムシの耐久卵の製造方法によれば、従来よりも効率良く、大量にワムシの耐久卵を製造できるという有利な効果を奏する。
【0024】
また、本発明のワムシの耐久卵形成能力の抑制方法によれば、品種改良等により耐久卵形成能力を高くしたワムシの耐久卵形成能力を簡便に抑制でき、その結果、当該ワムシが他者に流出するのを防ぎ、さらにワムシの耐久卵よりワムシを単性生殖により大量生産することが可能となるという有利な効果を奏する。
【0025】
また、本発明のワムシ株の判定方法によれば、ワムシ株が、例えば品種改良等により耐久卵形成能力を高くしたワムシ株またはその子孫に相当するか否か確実に判別することが可能となるという有利な効果を奏する。
【0026】
また、本発明のワムシ株であるNH17L株によれば、耐久卵形成能力が高いという有利な効果を奏する。更に該NH17L株を18℃〜25℃の水温で培養することにより、NH17L株の受精率が高まるという有利な効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明の耐久卵の製造方法は、ワムシを水温10℃〜20℃で培養し、耐久卵を形成させ、形成された耐久卵を休眠させずに孵化させ、水温15℃〜25℃で培養することによって得られた耐久卵形成能力の高いワムシを、餌料としてクロレラ、ナノクロロプシス、又はクロレラとナノクロロプシスを3:1〜19:1の割合で混合したものを用いて培養し、耐久卵を得ることを特徴とする。上記のように、ワムシを水温10℃〜20℃、好ましくは14℃〜16℃、更に好ましくは15℃で培養し、耐久卵を形成させ、当該耐久卵を休眠させずに孵化させ、水温15℃〜25℃、好ましくは19℃〜21℃、更に好ましくは20℃で培養することによって、耐久卵形成能力の高いワムシを得ることができる。そして、得られた耐久卵形成能力の高いワムシを、餌料としてクロレラ、ナノクロロプシス、又はクロレラとナノクロロプシスを3:1〜19:1の割合で混合したものを用いて培養することによって、ワムシの耐久卵を大量に製造することが可能となる。餌料はクロレラ単独、ナノクロロプシス単独でもよいが、より効率良く、大量に耐久卵を製造できるという観点から、クロレラとナノクロロプシスを3:1の割合で混合したものを餌料として用いることが好ましい。
【0028】
ここで、「耐久卵形成能力の高いワムシ」とは、両性生殖誘導率の高いワムシを意味する。両性生殖誘導率とは、全携卵個体に対する両性生殖個体の占める割合である。ワムシの耐久卵は、両性生殖によって形成されるため、耐久卵形成能力は両性生殖個体の割合に左右される(Hagiwara et al.1988)(非特許文献4)。そこで、本発明においては、両性生殖誘導率を、幹母虫由来のワムシ個体群の耐久卵形成能力の指標として用いた。具体的に、両性生殖誘導率の算出方法は、単性生殖を行い雌ワムシを算出するワムシをFF、減数分裂を行い雄ワムシを産出するワムシをMF、両性生殖を行い耐久卵を産出するワムシをRFとした時に、次式で求められる。
【数1】

ここで、amictic femaleに対してMF、RFをmictic femaleと呼ぶ(萩原 栽培技研 1996;24:109-120)。
【0029】
上記ワムシの耐久卵の製造方法において、耐久卵形成効率を高めるという観点から、前記耐久卵形成能力の高いワムシの培養において、水温を15℃〜26℃、好ましくは24℃〜26℃、更に好ましくは25℃とするのが好ましい。
【0030】
また、ワムシの増殖率を高め、耐久卵をより大量に製造できるようにするという観点から、前記耐久卵形成能力の高いワムシの培養において、培養液として塩分濃度が4〜16pptの人工海水を用いるのが好ましい。
【0031】
また、本発明のワムシの耐久卵形成能力の抑制方法は、ワムシに耐久卵を形成させ、該耐久卵を乾燥した後、孵化させることによってワムシの耐久卵形成能力を抑制することを特徴とする。耐久卵の乾燥方法は、特に限定されず、例えば、耐久卵の乾燥を、温度0℃〜10℃、好ましくは3℃〜5℃、更に好ましくは4℃の暗黒の低温室内で乾燥することによって行ってもよい。
【0032】
また、耐久卵を乾燥させる代わりに、耐久卵を冷凍した後、孵化させることによってワムシの耐久卵形成能力を抑制することもできる。耐久卵の冷凍方法は、特に限定されず、例えば、耐久卵を-20℃〜-80℃で凍結させることによって行ってもよい。なお、耐久卵からのワムシの孵化率を減少させることなく、耐久卵形成能力を抑制できるという観点から、ワムシに形成させた耐久卵を乾燥した後、孵化させることによってワムシの耐久卵を抑制することが好ましい。
【0033】
また、本発明のワムシ株の判定方法は、未知のワムシ株が既知のワムシ株または該既知のワムシ株の子孫に相当するワムシ株であるか否かを判定する方法であって、未知のワムシ株と既知のワムシ株のゲノムDNAをRAPD法を用いて分析することによって、未知のワムシ株が既知のワムシ株または該既知のワムシ株の子孫に相当するワムシ株であるか否かを判定することを特徴とする。RAPD(Random amplified polymorphic DNA)法とは、通常のPCR条件とは異なる反応条件、合成プライマーの塩基配列や長さ等を任意に変えたPCRで、複数の部位から得られる増幅された多様なPCR産物となるDNAの多型を検出する方法である。DNAの多型は、得られたPCR産物を電気泳動にかけることによるバンドパターンにより把握することができる。
【0034】
具体的に、RAPD法による分析は以下のようにして行うことができる。すなわち、未知のワムシ株及び既知のワムシ株から常法によりゲノムDNAを抽出し、単離したものを鋳型として、いくつかのランダムプライマーを用いてPCR反応を行う。得られたPCR産物を電気泳動にかけ、未知のワムシ株と既知のワムシ株でバンドパターンを比較し、共通するバンドの有無を確認する。共通するバンドがあれば、未知のワムシ株は既知のワムシ株又は既知のワムシ株の子孫に相当するワムシ株であると判定される。ここで、本発明においては、上記ランダムプライマーとして、配列番号1〜10でそれぞれ示される塩基配列からなる10種のプライマーを用いることができる。
【0035】
また、本発明のワムシ株の判定方法は、未知のワムシ株が既知のワムシ株または該既知のワムシ株の子孫に相当するワムシ株であるか否かを判定する方法であって、未知のワムシ株と既知のワムシ株のミトコンドリアDNAをRFLP法を用いて分析することによって、未知のワムシ株が既知のワムシ株または該既知のワムシ株の子孫に相当するワムシ株であるか否かを判定することを特徴とする。RFLP(restriction fragment length polymorphism:制限酵素切断断片長多型)法は、DNA塩基配列の違いを、制限酵素処理によって生じる断片の長さの違いに基づいて検出する方法である。制限酵素切断断片の検出方法としては、サザンハイブリダイゼーション法と、PCR法(PCR-RFLP法)があり、少量のDNA試料を用いて、より間便かつ迅速に検出可能であることから、PCR法を用いるのが好ましい。
【0036】
具体的に、例えばPCR-RFLP法による分析は下記のようにして行われる。すなわち、未知のワムシ株と既知のワムシ株からミトコンドリアDNAを常法により抽出し、得られたミトコンドリアDNAを、プライマーを用いてPCR反応により増幅し、得られたPCR産物を制限酵素によって消化し、電気泳動により、未知のワムシ株と既知のワムシ株との間で共通するバンドの有無を確認する。共通するバンドがあれば、未知のワムシ株は既知のワムシ株又は既知のワムシ株の子孫に相当するワムシ株であると判定される。ここで、本発明においては、プライマーとして配列番号11と配列番号12でそれぞれ示される塩基配列からなるプライマーセット、あるいは配列番号13と配列番号14でそれぞれ示される塩基配列からなるプライマーセットを用いて、未知のワムシ株と既知のワムシ株のミトコンドリアDNAの増幅を行い、更に増幅された産物をBamHI、BglII、EcoRI、HindIII、HinfI、KpnI、PstI、Sau3AI、SacI、SalI、XbaI及びXhoIからなる群から選択された制限酵素の1つ又は複数の組み合わせで分解することにより、上記PCR-RFLP法による分析を行うことができる。
【0037】
また、本発明の新規なワムシ株であるNH17L株は耐久卵形成能力が高いことを特徴とする。従来のワムシ株では両性生殖誘導率は最大30%程度にとどまり、量産には適していなかった。一方本発明のNH17L株の両性生殖誘導率は約60%であり、従来のワムシ株の2倍以上の効率で耐久卵を産生する。ワムシ株は独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターで取り扱う対象ではないので、受託証を交付しない旨の通知を受けた。そこで自己寄託により本出願人はNH17L株の分譲を担保する。なおNH17L株の分譲を求める者は、国立大学法人長崎大学大学院生産科学研究科 萩原篤志教授(電話番号 095-809-2830)から、必要に応じてNH17L株の分譲を受けることができる。
【0038】
NH17L株の体サイズは被甲長250〜300μm、被甲幅150〜200μmである。体サイズは餌料、水温、塩分などの培養環境により変動し、常に一定ではなく上記数値の最小と最大値より約±10μmの幅を有する。
【0039】
更に本発明のNH17L株は、以下のような微生物学上の特徴を有する。
1.被甲は柔らかく卵円形である。
2.被甲は背腹両甲に分かれていない。
3.被甲の背面前縁に鋸歯状の6本の棘を有する。
4.頭部に繊毛器官を有しこれを用いて遊走する。
5.単一の細胞と色素粒からなる1つの眼点を咀嚼嚢の中央上部に有する。
6.一本の出し入れ可能な節構造のない肢を有する。
7.肢に被甲はなく先端に趾を有する。
【0040】
なお両性生殖個体出現前である培養5日目におけるNH17L株の増加率は0.6〜1.0である。増加率は次式によって得られる。
【数2】

【0041】
更にこのNH17L株を18℃と25℃の温度で培養したところ、最大で約80%もの受精率を達成することができた。なお受精率とは、両性生殖能を有する雌個体の内、耐久卵を生産する能力を有する雌個体の割合である。なお受精率の値は耐久卵の生産性を直接反映するものであり、次式で得られる。次式において、両性生殖能を有する雌個体とは、耐久卵を携卵する雌と雄卵を携卵する雌を示す。培養温度が20℃である場合の受精率は最大で約60%であり、それでも優れた値である。しかし本株の培養温度を変化させることにかかるコストは小さいことを考えると、数℃という培養温度の僅かな変化により最大で約20%も受精率を上昇させることができる利点は大きい。
【数3】

【実施例1】
【0042】
本実施例では、耐久卵形成水温、耐久卵休眠条件、幹母虫由来個体群の培養水温の3つの条件を組み合わせて長期間培養することで、ワムシの耐久卵形成にどのような変化が見られるか検討した。
【0043】
(材料と方法)
実験には、耐久卵を多く形成するNH1L株(佐藤 修士論文,長崎大学,長崎.2002;pp. 120)を用いた。培養水には、天然海水(塩分34ppt)を蒸留水で約1/3に希釈後(11ppt)、GF/Cフィルター(Whatman No. 1822 047)で濾過し、121℃で20分間加圧滅菌したもの(以下1/3海水)を使用した。餌料には、市販の藻類培養添加液であるKW21(第一製網社製)を1/3海水に加えた培養液で通気培養した、真性眼点藻類のNannochloropsis oculata(以下、ナンノと略記)を与え、水温25℃、暗黒下で1個体から単性生殖によって増殖させ、単一クローン群とした。
【0044】
<耐久卵の回収>
増殖させたワムシを15℃と25℃の2段階の水温でそれぞれ2週間馴到培養した後、単性生殖卵を持った雌(amictic female)を、1/3海水150mLの入った200mL容のガラス製容器(マヨネーズ瓶)に、それぞれ10個体/mLとなるように収容し、暗黒下で14日間培養した。これらにナンノを毎日7.0x106 細胞/mLずつ給餌した。培養14日目に耐久卵を携卵しているワムシを、15℃区から1200個体、25℃区から293個体ずつ回収し、各々を1穴に5mLの1/3海水を入れた6穴マルチウェルプレートに、10個体/mLとなるようにそれぞれ50個体ずつ収容した。また、マヨネーズ瓶の底に沈降した耐久卵を15℃区から360粒、25℃から600粒回収し、1/3海水で洗浄してから、1/3海水が20mL入った50mL容のガラス製スクリュー管瓶にそれぞれ収容した。
【0045】
<耐久卵の孵化>
15℃および25℃で培養後、6穴マルチウェルプレートに収容した受精個体を、耐久卵を産み落とすまで25℃、24 L:0 D下(照度8000 lx)で培養した。さらに、産み落とした耐久卵を1/3海水で洗浄後、新しい6穴マルチウェルプレートに10粒/mLとなるように収容し、引き続き25℃、連続照明下で孵化させることで耐久卵を休眠状態にならないようにした。また、それぞれの水温区でガラス製スクリュー管瓶に収容した耐久卵を、水温25℃、暗黒下で14日間静置し休眠を与えた。その後、1穴に5mLの1/3海水を入れた6穴マルチウェルプレートに10〜20粒/mLとなるように収容し、水温25℃、連続照明下で孵化させた。そして、耐久卵が形成された水温と休眠の有無の条件を組み合わせ、1)水温15℃で形成後、休眠を与えない場合、2)水温15℃で形成後、休眠を与えた場合、3)水温25℃で形成後、休眠を与えない場合、4)水温25℃で形成後、休眠を与えた場合、の計4種類の条件での、耐久卵孵化率を算出した。4種類の条件での耐久卵の最終的な孵化率を比較するために、χ2検定を行った。
【0046】
<幹母虫の培養と両生生殖誘導率の算出>
耐久卵から孵化した個体は幹母虫と呼ばれ、幹母虫は単性生殖を行うamictic femaleのみ産出する(日野 1983)。前述した4種類の条件で処理した耐久卵から孵化した幹母虫を18〜22個体ずつ回収し、1/3海水20mLの入った50mL容のガラス製スクリュー管瓶に1個体ずつ収容した。耐久卵の種類毎に3段階の水温(15℃、20℃、25℃)を設け、水温毎に6〜10個体の幹母虫を割り当てて培養した。4種類の耐久卵から孵化した幹母虫を、3段階の水温でそれぞれ培養することで、合計12実験区を設けた。12の実験区にそれぞれ6〜10個体の幹母虫を割り当て、合計76本のガラス製スクリュー管瓶で培養を行った。
【0047】
総ての実験区について培養14日目に観察された、携卵個体について雌型(FF、MF、RF)の判定と各々の個体数を計数し、両性生殖誘導率を、下記式:
【数4】

(式中、FFは単性生殖を行い雌ワムシを産出するワムシであり、MFは減数分裂を行い雄ワムシを産出するワムシであり、RFは両性生殖を行い耐久卵を産出するワムシである)
に従って算出した。培養14日目の両性生殖誘導率を耐久卵形成時の水温間、耐久卵の休眠条件間、幹母虫由来の個体群の培養水温間のそれぞれで比較するために、まず分散の均一性の検定(Bartlett検定)を行ったところ、分散の均一性が等しいと判断された(df=11、χ2=13.809、p>0.05)。そこで、一元配置分散分析を行い、有意差(P<0.05)が検出された場合には、多重比較検定(Tukey test)を行った。検定には両性生殖誘導率を逆正弦変換した値を用いた。なお、下記実施例を含め総ての実験で行った統計解析には(一元配置分散分析、Tukey test、χ2 test)には、Stat View ver. 5.0(SAS Institute Inc.製)を用いた。
【0048】
(結果)
耐久卵形成時の水温と耐久卵の休眠条件、その耐久卵から孵化した幹母虫に由来する個体群の培養水温が、幹母虫から生じた個体群の両性生殖誘導率に、どのように影響を与えるか調べた結果を図1と表1に示した。
【0049】
【表1】

【0050】
1.要因間での比較
耐久卵形成時の水温(F=0.155、P=0.695)や耐久卵の休眠条件(F=0.002、P=0.964)よりも、耐久卵から孵化した幹母虫に由来する個体群の培養水温(F=14.607、P<0.0001)が、そのときの個体群の両性生殖誘導率に影響を与えることがわかった。
【0051】
2.耐久卵形成時の水温間、および休眠条件間での比較
耐久卵形成時の水温間で比較すると、水温25℃と水温15℃との間に差は見られなかった。また、休眠の有無による影響も見られなかった。
【0052】
3.幹母虫由来の個体群の培養水温間での比較
幹母虫の培養水温間で比較すると、水温20℃(20.7±19.4%(平均±標準偏差))と水温25℃(11.0±10.5%)の両性生殖誘導率が、水温15℃(3.0±8.2%)よりも高くなった(n=24〜30、Tukey test、P<0.05)。また、水温20℃区の両性生殖誘導率が他の区より高くなる傾向が見られた。
【0053】
さらに、幹母虫由来の個体群の培養水温が20℃の場合、耐久卵の形成時の水温が15℃で耐久卵に休眠を与えなかった場合に、両性生殖誘導率が50%を越える高値を示す株が6株中2株得られた。幹母虫由来の個体群の培養水温が25℃の時には、耐久卵形成時の水温が15℃で耐久卵を休眠させた区で低くなる傾向が見られた。
【0054】
また、総ての実験区で両性生殖誘導率が0%、もしくはそれに近い値(<1%)を示す株が1株から9株得られた(n=6〜10)。特に幹母虫の培養水温が15℃の場合に0%となる頻度が高く、計28株中22株(4〜9株)であった。
【0055】
これらの結果から、ワムシを水温15℃で培養し、形成された耐久卵に休眠を与えずに孵化させた幹母虫に由来する個体群を、水温20℃で培養することによって、今回の実験で両性生殖誘導率が最大(65%)であったワムシ株を作出できることが分かった。
【実施例2】
【0056】
次に、実施例1で得られた最も両性生殖誘導率が高い(65%)ワムシ株(以下、NH17Lと呼ぶ)を用いて、受精率の上昇に適した培養温度の詳細な検討を行った。
【0057】
塩分16 pptの滅菌した海水を用いて、20℃で単性生殖にてワムシ株を培養した。この株を塩分16 pptの海水20 mlが入ったスクリュー管に1個体/mlになるように移し、水温18℃、20℃、25℃の3つの温度で培養した。餌料はクロレラとナンノクロロプシスをワムシ個体密度に応じて下記の表2に示した密度になるように与えた。培養期間は15日間とし、この間のワムシの雌型を判別しながら計数し、受精率を下記式に従って算出した。
【数5】

【0058】
【表2】

【0059】
本実験は3回同様に繰り返し、その平均値を用いてグラフを作成した(図2)。図2の中のプロットは平均値をバーは標準偏差を示す。なお図2において白丸は18℃、黒丸は20℃、白四角は25℃での各培養日数の受精率を示す。
【0060】
図2より、25℃で培養した場合には6日目に、18℃で培養した場合には13日目には約80%の受精率を示し、受精率が最大となった。培養温度が20℃の場合には受精率は最大で60〜65%であったので、培養温度を最適化することにより受精率が約20%も上昇した。
【実施例3】
【0061】
次にNH17Lを用いて、耐久卵形成に適した餌料種の検討を行った。
【0062】
餌料種として、Chlorella vulgaris(以下、クロレラと略記;9万〜70万 細胞/個体)単独、Nannochloropsis oculata(以下、ナンノと略記;22万〜200万 細胞/個体)単独、Tetraselmis tetrathele(以下、テトラと略記;3千〜7万 細胞/個体)単独、クロレラとナンノ、クロレラとテトラを1:1、3:1、19:1の割合で混合したもの、計9種類を用意した。これら9種類の餌料を、NH17L株に1日1回給餌し、水温18℃、塩分8ppt、暗黒条件、水量50mL、培養開始密度1個体/mLの条件で10日間培養することで、合計9実験区を設けた。10日間培養後、培養容器底の耐久卵を計数した。結果を図3に示す。
【0063】
図3より、クロレラとナンノを19:1及び3:1の割合で混合給餌した実験区において、他実験区より耐久卵形成数が多いことが分かる。中でも、クロレラとナンノを3:1の割合で混合給餌した実験区において、耐久卵形成数が最大となった。
【0064】
次に、以上の結果をもとに、NH17L株にC. vulgaris(生クロレラV12、クロレラ工業株式会社製)とN. oculata(ヤンマリンK-1、クロレラ工業株式会社製)を3:1の割合で混合給餌し、容量1トンの黒色円形水槽(水量900L)6面を用いた耐久卵生産試験を行った。詳細な試験条件と結果を表3に示す。
【0065】
【表3】

【0066】
表3より、NH17L株を用い、餌料種として、クロレラとナンノを3:1の割合で混合給餌した平成18年度の耐久卵生産試験では、NH1L株を用い、餌料種として、クロレラとナンノを19:1の割合で混合給餌した平成17年度の耐久卵生産試験と比較して、生産効率が大幅に増加した。
【実施例4】
【0067】
次に、ワムシ株としてNH17L株を用い、増殖率の良い培養水温・塩分の検討を行った。
【0068】
水温は、20℃、25℃、30℃の3段階とし、それぞれの水温に対し、表4に示す組成の人工海水を蒸留水で希釈することにより8、18、28pptの3段階の塩分を設定した9実験区に、27℃、25pptを加えた10実験区とした。水量を10mLとし、各実験区で3本用意した。培養開始密度1個体/mLで、餌料としてNannochloropsis oculataを7.0x106細胞/mLの給餌量で、毎日1回給餌し、5日間培養を行った。毎日1回計数を行い、雌型の判別を行った。結果を図4に示す。
【0069】
【表4】

【0070】
図4より、温度30℃で培養した3実験区で、増殖率が他実験区よりも高く、温度30℃、塩分18pptの実験区で増殖率が最大となった。塩分による増殖率の違いは温度30℃で顕著に見られ、塩分18pptの実験区で増殖率が最も高かった。一方で、温度25℃の3実験区のうち、塩分28pptの実験区で増殖率が最低となったが、塩分8pptの実験区と塩分18pptの実験区の間に増殖率の違いはあまり見られなかった。
【実施例5】
【0071】
次に、ワムシ株としてNH17L株を用い、耐久卵形成効率の良い培養水温の検討を行った。
【0072】
水温を18℃、20℃、25℃の3段階に設定し、3実験区を設けた。培養液には、海水を蒸留水で希釈し、塩分16pptとしたものを使用し、水量を20mLとした。培養開始密度1個体/mLで、餌料としてChlorella vulgarisとNannochloropsis oculataを95:5の割合で混合したものと使用し、ワムシの個体群密度に応じて表5に示すように給餌量を調整し、毎日1回給餌し、15日間培養を行った。毎日1回、携卵個体について雌型(FF、MF、RF)の判定と各々の個体数を計数し、両性生殖誘導率を算出した。また、15日間培養後、培養容器底の耐久卵を計数した。結果を、個体群密度については図5に、両性生殖誘導率については図6に、15日間培養したときの総耐久卵形成数については図7に示す。
【0073】
【表5】

【0074】
図5より、温度25℃で培養した実験区では、他実験区より増殖率が高かった。また、図6より、温度の違いによる両性生殖誘導率にあまり変化は見られなかった。一方で、15日間培養後の総耐久卵形成数は、温度25℃の実験区で最大となった(図7)。
【実施例6】
【0075】
次に、NH17L株を用いて、冷凍・乾燥処理が耐久卵の孵化及び耐久卵から孵化させた幹母虫由来の個体群の両性生殖誘導率に与える影響について調べた。
【0076】
水温25℃、塩分17ppt、水量160mLで、餌料としてNannochloropsis oculataを用い、暗黒条件でNH17L株の培養を行い、耐久卵を採取した。採取した耐久卵を、水温25℃、塩分17ppt、水量10mL、暗黒条件で休眠させたものを対照区とし、気温25℃で自然乾燥したものを乾燥区とし、-20℃で凍結させたものを冷凍区とした。2週間後、水温25℃、塩分17ppt、連続照明下での孵化率を測定した。結果を図8に示す。
【0077】
次に、各区から3〜6個体をランダムに抽出し、24穴マルチウェルプレート(水温25℃、塩分17ppt、水量2mL)を用意し、1穴あたり1個体を収容した。その後、個体別培養し、10世代目までの両生生殖誘導率を測定した。結果を図9に示す。
【0078】
図8より、各区における耐久卵の孵化率は、対照区では56.7%、乾燥区では36.7%、冷凍区では10.0%であった。対照区と冷凍区の間に有意差がみられた(χ2検定、p<0.05)。図9より、各区における両性生殖誘導率は、対照区では12.3%、冷凍区では5.3%、乾燥区では3.0%であった。対照区と乾燥区の間に有意差がみられた(χ2検定、p<0.05)。
【0079】
これらの結果より、耐久卵に乾燥又は冷凍処理を施すことで、両性生殖誘導率を抑制できることがわかった。特に耐久卵を乾燥処理した場合には、孵化率を下げることなく両生生殖誘導率を抑制することができることが分かった。
【実施例7】
【0080】
次に、ワムシ株として、2種類の異なるワムシ株とそれらを交配させた株のゲノムDNAのRAPD分析とミトコンドリアDNA(mtDNA)のRFLP分析を行った。
【0081】
(材料及び方法)
(ワムシの準備)
本実施例では、ワムシ株として、NH1L株、ドイツ株、及びそれぞれを交配させた2つのハイブリッド株NH1L株の雌xドイツ株の雄、ドイツ株の雌xNH1L株の雄(それぞれ、NXG、GXNと称す)を使用した。本実施例で用いた親のNH1L株は、三重県の戸外のウナギ養魚池を起源とし(Hagiwara et al., 1988. Nippon Suisan Gakkaishi; 54 569-575)、長崎大学において15年以上クローン培養したものである。親のドイツ株は、1988年にSchlei-Fjord Islandから採集したもので、同様に長崎大学で培養したものである(Fu et al., 1991. Journal of experimental marine biology and ecology 151: 43-56)。2つのハイブリッド株、NXG及びGXNは、Kotaniらの交雑研究より得られた。総ての4つの株を、希釈した滅菌海水(22ppt)を入れた200mlフラスコ内で25℃で培養し、Nanochloropsis oculata又はChlorella vulgarisを用いて給餌した。
【0082】
なお上記のハイブリッド株は以下のようにして得た。NH1L株、ドイツ株の培養液よりそれぞれの単性生殖卵100個と活発な雄50個体を無作為に採集し、それぞれの株で異なる雌雄を組み合わせ、ナンノクロロプシス7×106/ml(終濃度)を含む1 mlの海水(22 ppt)に収容し交雑させた。24時間毎に本培養液中の雌ワムシを観察することで、耐久卵を携卵する雌を単離し、交雑で生じた耐久卵を得た。2つのハイブリッド株はそれぞれ、雌(NH1L株)×雄(ドイツ株)の組み合わせで生じた耐久卵をふ化させた物をNXG株、同様に雌(ドイツ株)×雄(NH1L株)はGXN株と命名した。
【0083】
(ゲノムDNAの単離)
培養したワムシを、プランクトンネット(45μmメッシュ)を用いて濾過することによって分離して回収した。採集したワムシを滅菌した人工海水で洗浄し、内臓内に残存する給餌された藻類を排泄させるために、400mlの海水内に24時間置いた。24時間飢餓させた後、ワムシを滅菌したMilliQ水でプランクトンネットを用いて洗浄し、次いで遠心(20,000 x g、1分間、4℃)によって回収した。回収したワムシを、滅菌した乳鉢を用いて、450μlの溶解緩衝液(10mM Tris-HCl pH8.0,25mM EDTA,10mM NaCl)と25μlの10%SDS中でホモジナイズした。ホモジナイズ後、25μlのプロテイナーゼK(10mg/ml)を添加し、溶液を50℃で3時間インキュベートした。消化液を、蛋白質及び細胞の残骸の抽出のために、フェノール(TE緩衝液;10mM Tris-HCl pH8.0,1mM EDTA pH8.0で飽和させたもの)、フェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール(25:24:1,v/v/v)、クロロホルム/イソアミルアルコール(24:1,v/v)の順で、等量の有機溶媒を用いて処理した。その後、ゲノムDNAをエタノールで沈殿させ、TE緩衝液に再懸濁した。
【0084】
(RAPD-PCR分析)
予備実験では、12種類の12-merプライマー(A-01〜A-12;和光純薬工業(株)、日本)と20種類の10-merプライマー(O-01〜O-10及びW-01〜W-10;Operon Technologies,USA)をアッセイした。アガロースゲル上で良く溶解したDNAバンドパターンを形成したプライマーをRAPD分析に用いた。3種類の12-merプライマー(A-01、A-09、A-12)と7種類の10-merプライマー(O-03、O-05、O-07、W-02、W-03、W-05、W-10)を更なる分析のために選択した。それらの配列及びTm値を表5に示す。PCRを、1x反応緩衝液、48ngのゲノムDNA、0.15mM dNTPs、0.25ユニットのKOD Dash DNAポリメラーゼ(東洋紡(株)、日本)、5μMの各プライマーを含む20μlの反応溶液内で、Px2サーマルサイクラー(Thermo Electron Corporation,USA)を用いて、95℃で2分間の最初の変性の後、12-merのプライマーでは95℃で30秒間、38℃で30秒間、74℃で20秒間のサイクルを35サイクル、10-merのプライマーでは95℃で30秒間、30℃で30秒間、74℃で20秒間のサイクルを35サイクル行った。PCR産物を2.5%MetaPhorアガロースゲル(Cambrex、USA)で、TBE緩衝液(89mM Tris-Boric acid、pH8.3、2mM EDTA)を用いて電気泳動した後、製造業者の説明書に従って、SYBR Green I(Cambrex)で染色した。
【0085】
(RAPDデータ分析)
4つの株間の遺伝的類似度を評価するために、各株のRAPDパターンの二つ一組の比較をNei, M. and W.-H. Li, (1979) Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 76: 5269-5273に従って行った。バンドの共有率(band sharing index、BSI)を式:BSI=2NXY/(NX+NY)(式中、NXYは個体X及びYによって共通に共有されているDNAバンドの数を指し、NX及びNYは、それぞれ個体X及びYのバンドの総数を指す)に従って計算した。BSI値は、2個体のRAPDパターン間で共有されているバンドが全くない0からRAPDパターンにおいて差異が全く見られない、すなわち同一であることを示す1まで変動する。
【0086】
(全長mtDNAのPCR-RFLP分析)
2つのプライマーのセットをB.plicatilis NH1L株のESTデータベースに基づいて設計した。これらのプライマーを用いて、B.plicatilis NH1L株、ドイツ株及び2つのハイブリッド株から2つの全長mtDNA(mtDNA I及びII)を増幅することができた。なお配列番号11と配列番号12のプライマーのセットからmtDNA Iが得られ、配列番号13と配列番号14のプライマーのセットからmtDNA IIが得られた。増幅産物を制限酵素EcoRI、KpnI又はBglII及びSalIを組み合わせたもの(Fermentas、Canada)を用いて消化した。消化産物を1.5% SeaKem GTGアガロースゲル(Cambrex)上で、TBE緩衝液を用いて分画し、DNA断片を、製造業者の説明書に従ってSYBR Green Iで染色することによって検出した。増幅産物のサイズを、2-Log DNAラダーマーカー(New England Biolabs,UK)を用いて測定した。
【0087】
(結果)
(RAPD分析)
各プライマー(表5)によって生成したバンドの数は様々で、12〜33の範囲内であり、サイズは80〜1400bpの範囲内であった(図10)。なお表6に示した10個のプライマーを、配列番号1から配列番号10として配列表に示す。両方のハイブリッド株のRAPDによるいくつかの増幅DNA断片は、親のNH1L株とドイツ株の両方の混合パターンを示した(図10)。RAPDデータから、2つの親株とハイブリッド株との間の遺伝距離を、Nei及びLiの方法(材料及び方法参照)に従って計算した(表6)。値は親の対で最も低く(0.061-0.417)、親とハイブリッド株との組み合わせでは中程度であり(NH1L-NXG,0.286-0.621;NH1L-GXN,0.235-0.667;ドイツ-NXG,0.364-0.929;ドイツ-GXN,0.378-0.741)、ハイブリッド株の対で最も高かった(0.563-0.929)。
【0088】
【表6】

【0089】
【表7】

【0090】
(RFLP分析)
増幅した全長mtDNAは2つの親と2つのハイブリッド株との間で長さの変動を全く示さなかった(データ示さず)。しかしながら、mtDNA IをEcoRIで消化した際に、NH1L株及びNXG株において10.8及び1.1kbpのDNA断片の2つのバンドが得られ、ドイツ株及びGXN株において6.3、3.7及び1.6kbpのDNA断片の3つのバンドが得られた(図11A)。mtDNA IIをKpnIで消化した際、NH1L株及びNXG株において6.6、4.0及び2.5kbpの3つのバンドが検出され、ドイツ株及びGXN株において9.1、4.0及び2.0kbpの3つのバンドが検出された(図11B)。総ての株の両方のmtDNAをBglII及びSalIで二重消化した際、ドイツ株及びGXN株の両方から同様のRFLPパターンが得られた。mtDNAの総てのRFLPパターンにおいて、2つのDNA断片がNXGのみにおいて検出された(図11C)。
【0091】
RAPD分析の結果から、上記のハイブリッド株が両方の親株間で交雑したものであることが明らかとなり、また、親株由来のいくつかの多型DNA断片が各ハイブリッド株においても見られた(図10)。10種類のプライマーを用いたRAPDフィンガープリントから計算されたBSI値は、1に近いものから、両方の株同士の比較、各ハイブリッド株と親同士の比較、両方の親同士の比較の順となった(表7)。1に近いBSI値は、遺伝的類似度が高いことを示し、値が0に近付くにつれて類度は低下する。2つのハイブリッド株のBSI値が最も高く(0.563-0.929)、これは、2つのハイブリッド株が確かに両方の親株の交雑種であることを示している。
【0092】
RFLP分析の結果より、EcoRI(mtDNA Iについて)又はKpnI(mtDNA IIについて)で消化した際に、NH1L及びNXG(雌親がNH1L)の間と、ドイツ及びGXN(雌親がドイツ)の間のフィンガープリントのパターンが同一であることが示された。このことから、両方のmtDNAは母性遺伝することが示された。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】図1は、異なる水温(15℃、25℃)で回収した耐久卵を休眠条件を変えて孵化させて得た幹母虫由来の個体群を3段階の水温(15℃、20℃、25℃)で14日間培養したときの両性生殖誘導率を示すグラフである。
【図2】図2は、NH17L株を異なる水温(18℃、20℃、25℃)で15日間培養したときの受精率を示すグラフである。
【図3】図3は、NH17L株を餌料種を変えて10日間培養したときの耐久卵形成数を示すグラフである。
【図4】図4は、NH17L株を、異なる水温、塩分で5日間培養したときの個体群密度の変化を示すグラフである。
【図5】図5は、NH17L株を、異なる水温で15日間培養したときの個体群密度の変化を示すグラフである。
【図6】図6は、NH17L株を、異なる水温で15日間培養したときの両性生殖誘導率の変化を示すグラフである。
【図7】図7は、NH17L株を、異なる水温で15日間培養したときの総耐久卵形成数を示すグラフである。
【図8】図8は、乾燥と冷凍がワムシ耐久卵の孵化に与える影響(n=30)を示すグラフである。
【図9】図9は、乾燥と冷凍が幹母虫由来の個体群の両性生殖誘導率に与える影響(n=37〜81)を示すグラフである。
【図10】図10は、プライマーA(A)、プライマーO(B)、及びプライマーW(C)を用いて生成したRAPD増幅のプロファイルを示す図である。N,親のNH1L株;G,親のドイツ株;NXG及びGXNはハイブリッド株;M,100 bp DNAラダーマーカー(New England Biolabs)。同一の文字の矢印は、親とハイブリッド間で共通するバンドを示す;a,親のNH1L株と一致;b,親のドイツ株と一致。
【図11】図11は、実施例7で調査した親株とハイブリッド株のmtDNAのRFLPパターンを示す図である。A,EcoRIで消化したmtDNA I;B,KpnIで消化したmtDNA II;BglIIとSalIで二重消化。N,親のNH1L株;G,親のドイツ株;NXG及びGXNはハイブリッド株;M,2-Log DNAラダーマーカー。矢印はNXG株のみに検出されたDNA断片を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワムシを水温10℃〜20℃で培養し、耐久卵を形成させ、形成された耐久卵を休眠させずに孵化させ、水温15℃〜25℃で培養することによって得られた耐久卵形成能力の高いワムシを、餌料としてクロレラ、ナノクロロプシス、又はクロレラとナノクロロプシスを3:1〜19:1の割合で混合したものを用いて培養し、耐久卵を得ることを特徴とする耐久卵の製造方法。
【請求項2】
前記耐久卵形成能力の高いワムシの培養において、水温を15℃〜26℃とすることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記耐久卵形成能力の高いワムシの培養において、培養液として塩分濃度が4〜16pptの人工海水を用いることを特徴とする請求項1または2項に記載の方法。
【請求項4】
ワムシに耐久卵を形成させ、該耐久卵を乾燥した後、孵化させることによってワムシの耐久卵形成能力を抑制することを特徴とするワムシの耐久卵形成能力の抑制方法。
【請求項5】
前記耐久卵の乾燥は、温度0℃〜10℃の暗黒の低温室内で乾燥することによって行うことを特徴とする請求項4記載の方法
【請求項6】
ワムシに耐久卵を形成させ、該耐久卵を冷凍した後、孵化させることことによってワムシの耐久卵形成能力を抑制することを特徴とするワムシの耐久卵形成能力の抑制方法。
【請求項7】
前記耐久卵の冷凍は、耐久卵を-20℃〜-80℃で凍結させることによって行うことを特徴とする請求項6記載の方法。
【請求項8】
未知のワムシ株が既知のワムシ株または該既知のワムシ株の子孫に相当するワムシ株であるか否かを判定する方法であって、未知のワムシ株と既知のワムシ株のゲノムDNAをRAPD法を用いて分析することによって、未知のワムシ株が既知のワムシ株または該既知のワムシ株の子孫に相当するワムシ株であるか否かを判定することを特徴とする判定方法。
【請求項9】
前記RAPD法を用いる分析において、未知のワムシ株と既知のワムシ株のゲノムDNAの増幅を、配列番号1〜10で示される塩基配列からなるプライマーのうち少なくとも1つを用いて行うことを特徴とする請求項8記載の方法。
【請求項10】
未知のワムシ株が既知のワムシ株または該既知のワムシ株の子孫に相当するワムシ株であるか否かを判定する方法であって、未知のワムシ株と既知のワムシ株のミトコンドリアDNAをRFLP法を用いて分析することによって、未知のワムシ株が既知のワムシ株または該既知のワムシ株の子孫に相当するワムシ株であるか否かを判定することを特徴とする判定方法。
【請求項11】
前記RFLP法がPCR-RFLP法であり、配列番号11と配列番号12でそれぞれ示される塩基配列からなるプライマーセットを用いて、未知のワムシ株と既知のワムシ株のミトコンドリアDNAの増幅を行い、更に増幅された産物をBamHI、BglII、EcoRI、HindIII、HinfI、KpnI、PstI、Sau3AI、SacI、SalI、XbaI及びXhoIからなる群から選択された制限酵素の1つ又は複数の組み合わせで分解することにより、該PCR-RFLP法を行うことを特徴とする請求項10記載の方法。
【請求項12】
前記RFLP法がPCR-RFLP法であり、配列番号13と配列番号14でそれぞれ示される塩基配列からなるプライマーセットを用いて、未知のワムシ株と既知のワムシ株のミトコンドリアDNAの増幅を行い、更に増幅された産物をBamHI、BglII、EcoRI、HindIII、HinfI、KpnI、PstI、Sau3AI、SacI、SalI、XbaI及びXhoIからなる群から選択された制限酵素の1つ又は複数の組み合わせで分解することにより、該PCR-RFLP法を行うことを特徴とする請求項10記載の方法。
【請求項13】
耐久卵形成能力が高いことを特徴とする新規なワムシ株であるNH17L株。
【請求項14】
請求項13記載のNH17L株を18℃〜25℃の水温で培養することを特徴とするNH17L株の受精率を高める方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図3】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2008−35855(P2008−35855A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−65642(P2007−65642)
【出願日】平成19年3月14日(2007.3.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年3月29日〜4月2日 社団法人 日本水産学会主催の「平成18年度日本水産学会大会(日本農学大会水産部会)」において文書をもって発表
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】