説明

ワークピース接触プローブ用スタイラスチップ

ワークピース表面を走査する際の屑の発生や凝着劣化(ピックアップ)阻止する目的で、ワークピース接触プローブ用スタイラス(12)は、自己潤滑性または低摩擦の材料で構成されるチップ(14)を有する。寸法安定性のある微細構造に組み込まれる固体潤滑剤を有する複合材料を含め、種々の材料が記載される。チップ(14)は、かかる複合材料で全体が作成されていてもよく、また自己潤滑性または低摩擦の材料のコート層(32)をもつ支持体(30)を有していてもよい。適切な材料は、遊離グラファイトの六方晶系窒化ホウ素を含む窒化珪素や炭化珪素、硫化モリブデンや金属の錫、さらにはPTFEを含浸させた窒化/炭化珪素や、アニールした炭化ホウ素である。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワークピースの測定のために用いられる種類の接触プローブに関し、特にかかるプローブのスタイラス用チップに関するものである。
【0002】
「接触プローブ」または「ワークピース接触プローブ」という用語には、座標測定機械(coordinate measuring machines)および工作機械などのためののプローブだけでなく、ワークピース接触スタイラスを有するその他の測定装置(metrological apparatus)、例えば「Talysurf」および「Talyrond」という商標で販売されているようなものを含む表面計(surface profilometers)および丸形精度測定機械(roundness measuring machines)などのためのプローブも含まれるものとする。
【背景技術】
【0003】
ワークピース測定用の公知のプローブは、自由端にワークピース接触チップをもつスタイラスを含んでいる。スタイラスチップは例えば球状とすることができるが、プローブを用いて測定を精度高く行うためには、その球形状の精度が重要である。
【0004】
特許文献1(McMurtry)には、タッチトリガプローブとして知られている種類のプローブが示されている。この種のプローブは、ワークピース表面上の離散点に単純に接触して、接触が確立されたときにトリガ信号を発する。他の種類のプローブはトランスジューサを内蔵し、接触の結果として生じるプローブ本体に対するスタイラスの撓みを測定する(例えば特許文献2(McMurtry)参照)。後者のタイプのプローブは、特に、表面輪郭を走査するために使用可能である。かかる走査の過程で、スタイラスチップは、ワークピース表面に摺接しながら連続的に移動する。
【0005】
スタイラスチップに用いられる最も一般的な材料は合成ルビーである。窒化珪素(Si)やジルコニア(ZrO)などの他の材料も往々にして用いられる。特許文献3(Osterstock)および対応する特許文献4(Q-Mark)は、窒化珪素の使用を開示している。特許文献5(De Beers)は、ダイアモンドや立方晶窒化ホウ素の使用を示唆しているが、しかし実際にはこれらの材料は使用されない。
【0006】
【特許文献1】米国特許第4,153,998号明細書
【特許文献2】米国特許第4,084,323号明細書
【特許文献3】米国特許出願公開第2003/084584号明細書
【特許文献4】国際公開第03/039233号公報
【特許文献5】英国特許出願公開第2243688号明細書
【特許文献6】米国特許第5,422,322号明細書
【特許文献7】米国特許第5,656,563号明細書
【特許文献8】米国特許第5,976,429号明細書
【特許文献9】欧州特許第746532号明細書
【非特許文献1】"Fabrication and Microstructure of Silicon Nitride/Boron Nitride Nanocomposites", T Kusunose, T Sekino, Y H Choa and K Niihara, Journal of the American Ceramic Society, 85, [11] 2678-88 (2002)
【非特許文献2】"Self-Replenishing Solid Lubricant Films On Boron Carbide", A. Erdemir, O. K. Eryilmaz and G. R. Fenske, Surface Engineering, vol. 15, no. 4,291-295
【0007】
本発明の出願人の研究によると、かかる走査の結果として3つの現象、すなわち
1.磨損(abrasive wear)
2.屑(debris)の発生
3.凝着劣化(adhesive wear;ピックアップとも称される)
が生じ、これらがプローブの性能に影響することがわかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
磨損が生じると、材料が剥れることで、走査されるスタイラスチップが変形してしまう。これはスタイラスチップの球形度に悪影響を及ぼす。これは測定に影響を与え、スタイラスの特定の向きにおいて取られるデータポイントは、検査表面の位置がプロービング方向において実際にあるものより遠くにあることを示すものになってしまう。この結果、ワークピースが実際よりも小さく表されたり、あるいは穴が実際よりも大きく表されたりすることになる(明らかな「物質欠落(material off)」状態)。
【0009】
屑が発生すると、スタイラスチップや検査下にある部分に粒子が自由に、ないしは締まりなく付着することになる。これらの粒子によって、スタイラスのいかなる向きに対してもこの影響があるわけではないが、データポイントは、検査表面の位置がプロービング方向において実際にあるものほど遠くにないことを示すものとなってしまう。この結果、ワークピースが実際よりも大きく表されたり、あるいは穴が実際よりも小さく表されたりすることになる(明らかな「物質付着(material on)」状態)。
【0010】
凝着劣化(ピックアップ)は、検査される部分から剥れた物質がスタイラスチップに接着したときに生じる。これは屑の発生と異なり、物質がかなり強固に接着し、スタイラスの接触領域の範囲で局所的に堆積する。これは測定に影響を与え、スタイラスの特定の向きにおいて取られるデータポイントは、検査表面の位置がプロービング方向において実際にあるものほど遠くにないことを示すものとなってしまう。これもまた、「物質付着」状態として現れる。
【0011】
本出願人の試験により、走査システムによって示されるこれらの現象は、検査される物質およびスタイラスチップの材料の組み合わせを含め、多くのパラメータに伴って変化することがわかった。例えばルビーは、鋼の測定に際してはスタイラスチップとして良好な特性を示すが、アルミニウムの測定に際しては凝着劣化が現れた。スタイラスチップ材料としてのジルコニアは、アルミニウムの測定に際してはピックアップ(凝着劣化)に対して適当な抵抗を示したが、鋳鉄では磨損が生じた。
【0012】
概して、磨耗損傷を防ぐ目的でスタイラスチップとしてより硬質の材料が選択された場合には、凝着劣化(ピックアップ)をより受け易く、より軟質の材料が選択された場合にはこれと逆になる。
【課題を解決するための手段】
【0013】
概して言えば、本発明は、スタイラスチップ用に他の材料を求めたものである。
【0014】
より詳しくは、本発明は、自己潤滑材料から作成された、または自己潤滑材料を含んだスタイラスチップを提供する。
【0015】
その材料は、寸法安定性のある微細構造(dimensionally stable microstructure)に組み込まれている低摩擦物質ないしは固体潤滑剤(solid state lubricant)を含んだ複合材料とすることができる。潤滑剤は、グラファイトまたは六方晶系窒化ホウ素などのグラファイト様物質とすることができる。
【0016】
スタイラスチップは前記自己潤滑または低摩擦物質のコート層で被覆された基体を具えたものでもよい。
【0017】
本発明のさらなる形態では、上記チップを有するスタイラスおよび該スタイラスを組み込んだプローブを含む。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
添付図面を参照して本発明の好適実施形態を説明する。
【0019】
図1は、本体10、スタイラス12および球状スタイラスチップ14を有する走査プローブを示す。プローブ本体10はトランスジューサを内蔵しており、チップ14がワークピース20の表面を走査するときにスタイラス12の撓みを測定する。
【0020】
通常使用時には、座標測定機械、デジタル化機械(digitising machine)、走査機械、工作機械などの機械にプローブ10を取り付けることができる。ワークピース20は機械のベッドすなわちテーブル24に取り付けられる。そして機械がワークピースに対しパスに沿ってプローブを移動させることで、矢印18で示すように走査が行われる。
【0021】
スタイラスチップ14とは異なり、プローブは概して従来型のものであるので、これ以上の説明は要さない。例えば、本出願人であるRenishaw plcにより販売されているtype SP600Mとすることができる。スタイラスチップ14は以下に説明するような材料で作成される。
【0022】
図2は、通常使用をシミュレートするべく用いられるテストセットアップ時におけるプローブ10を示している。ここでは、テストピースとしてアルミニウムプレートを用い、これをCyclone scanning machine(本出願人であるRenishaw plcより入手可能)のベッド24に取り付けた。
【0023】
傾斜ブランケット13を介し、スタイラス12をプローブ10の可動スタイラスホルダに取り付けた。これは、スタイラス12を保持することによって、中立位置においてチップ14がプローブの中心線上にあるようにするとともに、テスト時にチップ14の側部がプレート21に接触しているようにする。これにより、従来のTalyrond roundness measurement instrument(英国レスター、Taylor Hobson Limited)のテスト後にチップの丸形精度を検査したり、チップが走査接触を行っているポイントを光学顕微鏡で検査したりすることが確実にできるようになる。
【0024】
テストされる材料でなるスタイラスチップ14をプローブ10のスタイラス12に取り付け、これをさらに機械の可動部分に取り付けた。アルミニウムプレート21の表面に沿って、チップ14を繰り返し走査した。連続した各走査を、アルミニウムプレート21に沿った500mmの距離に、走査速度100mm/sおよび走査力25gで行った。500mmの走査の終了毎にプレート21の表面からチップ14を上昇させ、少なくとも100μm側方に割り付け(index)してから、次走査のために再配置した。側方への割り付けを行うことで、テスト全体を通じ、アルミニウム表面の非擾乱部分(undisturbed portion)が確実に走査された。
【0025】
走査時にプレート21に接触するチップ14の表面上のパッチを光学顕微鏡で検査した。これは、テストの開始前および所要の全距離走査後に行った。
【0026】
比較例1
後述する本発明の実施例と比較を行うためのベンチマークとして、純粋な炭化珪素(SiC)の直径3mmのボールを、図2におけるチップ14として試験した。距離700mの走査を行った後に顕微鏡検査を行ったところ、SiCのボールの表面にはアルミニウムのピックアップが明確に視認された。
比較例2
同じ走査条件で従来型の直径3mmのルビースタイラスを用いたところ、距離700mの走査を行った後に、ルビーの表面にはアルミニウムと同様なピックアップが認められた。
【0027】
実施例1
固体潤滑剤として働くグラファイトの効果を実験するために、市販の材料であるPGS100を用いた。この材料は遊離グラファイト(free graphite)を含む焼結炭化珪素の複合材料であり、Morgan Advanced Materials and Technology(441 Hall Avenue, St Marys, PA 15857, 米国)より市販されている。製造者は、特許文献6〜9により保護されていることを宣明している。直径3mmの球に近い形状に研削し、研磨し、そして標準のスタイラスステムに取り付けた。1回のテストでは、700mの走査後にPGS100材料の表面にピックアップは現れなかった。さらなるテストでは、スタイラスチップを周期的に、しかしこれを保持するブラケットから取り外すことなく検査し、各検査後にテストが連続して行われるようにした。走査距離7000mに至るまで、明らかなピックアップは検出されなかった。7000mを超えると、接触領域にいくらかの方向性のあるパターンが現れたが、しかしそれでもピックアップの明確な兆候は認められなかった。
【0028】
実施例2
六方晶系窒化ホウ素(hBN)は、グラファイト様結晶構造をもつ本来的に潤滑性のある物質である。しばしばホワイトグラファイトとも呼ばれる。そこで、本発明の他の例では、hBNを含む複合材料で作成したスタイラスチップを構成した。好適な材料は非特許文献1に記載されている。これは、ナノサイズのhBN粒子が窒化珪素(Si)のマトリックスに均質的に分散されているナノ複合材料である。この材料は良好な機械加工性を有しており、実施例1のPGS100材よりも、スタイラスチップとして正確な球状のボールを容易に製造できるものである。精密なナノ構造もこれに寄与する。
【0029】
かかる材料を使用するにあたっては、窒化珪素に対する窒化ホウ素の適切な比率を選択することが望ましいことを我々は見出した。窒化ホウ素を20%含んだ例では望ましいものより軟質となり、図2に示したようなテストを行うと磨耗の影響を受けた。よって、20%未満の比率、例えば5%〜15%の窒化ホウ素を用いることが好ましいことを見出した。
【0030】
実施例3
実施例1および実施例2の自己潤滑性材料の代わりに、硬質の多孔質マトリックス材に低摩擦材を含浸させてスタイラスチップを作成することもできる。多孔質マトリックスの材料は、例えば、炭化珪素(SiC)、窒化珪素(Si)あるいはジルコニア(ZrO)とすることができる。これに含浸(impregnate)させる低摩擦物質はポリテトラフルオロエチレン(PTFE)とすることができる。
【0031】
実施例4
実施例1および実施例2で述べた自己潤滑性材料を他のグラファイト様材料(すなわち、同様の結晶構造から得られる潤滑特性をもつもの)に置き換えることも可能である。
【0032】
使用可能な他の自己潤滑性材料には、硫化モリブデンおよび金属の錫が含まれる。
【0033】
使用可能な他の材料には、表面に自己補充型固体潤滑フィルム(self-replenishing solid lubricant film)を生成すべくアニールした炭化ホウ素(BC)がある。これは非特許文献2に記載されている。
【0034】
実施例5
図3はスタイラスステム12に取り付けられた球状スタイラスチップ14を示す。図に示すように、ステム12はスタイラスチップ14内にあけられた穴に結合している。しかしこれは本質的なことではなく、他の従来の取り付け方法を用いることもできる。すなわち、球状チップをステムの端部に直接、例えばステム端部に形成されたカップ内に接着するようなものでもよい。
【0035】
図3におけるチップ14は、上述したものとは異なり、球状の支持体30を具え、その上に自己潤滑性ないしは低摩擦の材料のコート層32が設けられてなるものである。
【0036】
支持体32は硬質のセラミック材であることが好ましい。ヤング率が高く、密度の低いものを選ぶことができる(そうすれば、作成したスタイラスチップが余り重くならないので、ワークピース表面を走査する際の測定性能に悪影響を与えないで済む)。適切な材料には、ジルコニア(ZrO)、アルミナ(Al)および窒化珪素(Si)がある。コーティングが難しいことを除けば、ルビーを用いることも可能である。
【0037】
コート層32には、上述した自己潤滑性または低摩擦の材料のいずれをも用いることができる。
【0038】
従来の材料に比べ、先に例示したような自己潤滑性または低摩擦の材料で製造したスタイラスチップは、アルミニウムのピックアップに対してより耐久性がある。それらは、磨損を被りにくい硬質マトリックスの複合材料でもある。自己潤滑性または低摩擦性であることで、摩損耐久性がさらに増進する。
【0039】
さらに、これらの材料のいずれにも期待されている低摩擦性は走査時においても有利に働く。スタイラスチップとワークピースとの間の摩擦が低いことは、走査プローブの測定性能を改善し得るからである。すなわち、面の真の法線方向(走査ソフトウェアパッケージによって仮定される)と、プローブの撓みベクトル(すなわちワークピース表面に対する接触力の作用下でのプローブスタイラスチップの実際の撓み方向)との差に起因した測定誤差が小さくなるので、これは有利である。プローブの撓みベクトルは、摩擦角が大きくなるほど真の法線と合わなくなる。
【0040】
球状スタイラスチップをもつ実施例について説明したが、本発明は、他の形状、例えば円錐形状や円柱形状を有するスタイラスチップにも等しく適用可能なものである。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】ワークピース表面を走査するスタイラスを有する接触プローブを示す。
【図2】テストセットアップとして使用されるこのプローブの変形例を示す。
【図3】スタイラスの部分断面図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自己潤滑性または低摩擦の材料で構成されたワークピース接触プローブ用スタイラスチップ。
【請求項2】
前記材料は、寸法安定性のある微細構造に低摩擦材料または固体潤滑剤を組み込んで構成された複合材料であることを特徴とする請求項1に記載のスタイラスチップ。
【請求項3】
前記固体潤滑剤はグラファイトまたはグラファイト様物質であることを特徴とする請求項2に記載のスタイラスチップ。
【請求項4】
前記固体潤滑剤は六方晶系窒化ホウ素であるであることを特徴とする請求項3に記載のスタイラスチップ。
【請求項5】
前記寸法安定性のある微細構造は窒化珪素で構成されていることを特徴とする請求項4に記載のスタイラスチップ。
【請求項6】
窒化珪素に対する窒化ホウ素の比は20%未満、好ましくは5%〜15%であることを特徴とする請求項5に記載のスタイラスチップ。
【請求項7】
マトリックス材に含浸させたポリテトラフルオロエチレンを含むことを特徴とする請求項1または請求項2に記載のスタイラスチップ。
【請求項8】
アニールして表面に自己潤滑フィルムを生成した炭化ホウ素を含むことを特徴とする請求項1に記載のスタイラスチップ。
【請求項9】
前記自己潤滑性の材料またはフィルムは自己補充性を有することを特徴とする請求項1または請求項8に記載のスタイラスチップ。
【請求項10】
支持体と該支持体上のコート層とを具え、該コート層が前記自己潤滑性または低摩擦の材料で構成されていることを特徴とする請求項1ないし請求項9のいずれかに記載のスタイラスチップ。
【請求項11】
請求項1ないし請求項10のいずれかに記載のスタイラスチップを有するワークピース接触プローブ用スタイラス。
【請求項12】
請求項11に記載のスタイラスを有するワークピース接触プローブ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2007−501388(P2007−501388A)
【公表日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−522411(P2006−522411)
【出願日】平成16年8月6日(2004.8.6)
【国際出願番号】PCT/GB2004/003402
【国際公開番号】WO2005/015121
【国際公開日】平成17年2月17日(2005.2.17)
【出願人】(391002306)レニショウ パブリック リミテッド カンパニー (166)
【氏名又は名称原語表記】RENISHAW PUBLIC LIMITED COMPANY
【Fターム(参考)】