説明

三塩化チタン溶液の製造方法、三塩化チタン溶液、および三塩化チタン溶液の保存方法

【課題】簡易な三塩化チタン溶液の製造方法、酸化劣化の少ない三塩化チタン溶液の保存方法、および使用の簡便な三塩化チタン溶液を提供する。
【解決手段】四塩化チタンと、三価のチタンイオンの酸化を抑制する酸化抑制剤と、塩素イオンとを含む水溶液を第1溶液10、および、塩素イオンを溶解する電解液を第2溶液20を用意する。そして、陰極側の電解液として第1溶液10を用い、陽極側の電解液として第2溶液20を用いて電気還元することにより、三塩化チタン溶液を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、三塩化チタン溶液の製造方法、三塩化チタン溶液、および三塩化チタン溶液の保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
三塩化チタン溶液は、例えば、還元法により金属粒子の形成するときの還元剤として用いられている(特許文献1参照)。また、有機合成における還元剤として用いられている。
【0003】
三塩化チタン溶液の製造方法としては特許文献2に記載された技術が知られている。
特許文献1には、アルゴン雰囲気下において四塩化チタン溶液を電解還元することにより三塩化チタン溶液が得られることが示されている。アルゴン雰囲気下において電解還元する理由は、三塩化チタンの酸化により酸化チタン(TiO)が生成されることを抑制するためである。
【0004】
三塩化チタン溶液を保存するときは容器内に入れ、密封されるが、完全に容器を密封した場合でも、容器内に存在する空気により酸化チタンの沈殿物が生じることがある。また、金属粒子の合成または有機化合物の合成の際、還元剤として三塩化チタン溶液を用いる場合、不純物として酸化チタンが含まれることがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−079239号公報
【特許文献2】特開平2−25586号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、三塩化チタン溶液は、製造、保管、使用時において三価のチタンイオンの酸化を考慮しなければならず、扱いにくいものとなっていた。このため、従来よりも扱いやすい三塩化チタン溶液が求められている。すなわち、空気雰囲気下あるいは三塩化チタンが酸化される可能性のある雰囲気下において三塩化チタンを簡易な方法で製造することができる製造方法、空気雰囲気下においても酸化劣化の少ない保存方法、および当該空気雰囲気下においても簡便に使用することができる三塩化チタン溶液が要求されている。
【0007】
本発明はこのような実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、簡易な三塩化チタン溶液の製造方法、酸化劣化の少ない三塩化チタン溶液の保存方法、および使用の簡便な三塩化チタン溶液を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)請求項1に記載の発明は、三塩化チタン溶液の製造方法において、四塩化チタンと、三価のチタンイオンの酸化を抑制する酸化抑制剤と、塩素イオンとを含む水溶液を第1溶液とし、塩素イオンを溶解する電解液を第2溶液として、陰極側の電解液として前記第1溶液を用い、陽極側の電解液として前記第2溶液を用いて電気還元することにより三塩化チタンを含む水溶液を生成することを要旨とする。
【0009】
三価のチタンイオンは溶液中に含まれる酸素により酸化し、酸化チタン(TiO)を生成する。このため、空気雰囲気で四塩化チタン溶液を電解還元すると、三塩化チタンとともに酸化チタンが生成されることから、従来、アルゴン雰囲気下で三塩化チタン溶液を製造していた。
【0010】
本発明では、酸化抑制剤を第1溶液に加えているため、三価のチタンイオンの酸化が抑制される。これにより、従来方法よりも簡易な方法で三塩化チタン溶液を製造することができる。
【0011】
(2)請求項2に記載の発明は、四塩化チタンと、塩素イオンとを含む水溶液を第3溶液とし、塩素イオンを溶解する電解液を第4溶液として、陰極側の電解液として前記第3溶液を用い、陽極側の電解液として前記第4溶液を用いて電気還元することにより、三塩化チタンを含む水溶液を生成し、当該三塩化チタンを含む水溶液に三価のチタンイオンの酸化を抑制する酸化抑制剤を加えることを要旨とする。
【0012】
本発明では、三塩化チタンを含む水溶液に酸化抑制剤を加えるため、三価のチタンイオンの酸化を抑制することができる。すなわち、このような方法によっても、従来方法よりも簡易な方法で三塩化チタン溶液を製造することができる。
【0013】
(3)請求項3に記載の発明は、請求項2に記載の三塩化チタン溶液の製造方法において、前記陰極側から前記陽極側への第1浸透圧と、前記陽極側から前記陰極側への第2浸透圧とを均衡させるための浸透圧調整剤を前記陰極側の溶液に加えることを要旨とする。
【0014】
第3溶液の水素イオンのモル濃度が高い場合、陰極側と陽極側とを隔てるイオン交換膜を通って陰極側から陽極側へ水が浸入する逆浸透が生じる。この点、本発明では、浸透圧調整剤を陰極側の溶液に加えている。これにより、逆浸透を抑制し、陰極側の溶液量の減少を抑制することができる。この結果、浸透圧調整剤を加えない場合と比べて、生成される三塩化チタンの濃度を精確に測定することができる。
【0015】
(4)請求項4に記載の発明は、請求項3に記載の三塩化チタン溶液の製造方法において、前記浸透圧調整剤は、クエン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、酒石酸、リンゴ酸、フマル酸、マレイン酸、イタコン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、若しくはこれらの塩、またはこれら酸およびこれら塩の混合物であることを要旨とする。
【0016】
浸透圧調整剤としては、種々の有機酸またはその塩を用いることができるが、この発明では、浸透圧調整剤として上記浸透圧調整剤を採用している。上記浸透圧調整剤はいずれもの三価のチタンイオンと錯体を形成して当該三価のチタンイオンの酸化を抑制するものである。すなわち、このような浸透圧調整剤を採用することにより、逆浸透圧を抑制することができるとともに、三価のチタンイオンの酸化を抑制することができる。
【0017】
(5)請求項5に記載の発明は、請求項1〜4のいずれか一項に記載の三塩化チタン溶液の製造方法において、前記酸化抑制剤は2以上のカルボキシル基を有するカルボン酸またはこのカルボン酸の塩であることを要旨とする。
【0018】
2以上のカルボキシル基を有するカルボン酸およびカルボン酸塩は三価のチタンイオンと錯体を形成することにより当該三価のチタンイオンの酸化を抑制する。本発明では、上記化合物を酸化抑制剤として用いているため、三価のチタンイオンの酸化を抑制することができる。
【0019】
(6)請求項6に記載の発明は、請求項5に記載の三塩化チタン溶液の製造方法において、前記酸化抑制剤は、クエン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、酒石酸、リンゴ酸、フマル酸、マレイン酸、イタコン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、若しくはこれらの塩、またはこれらの混合物であることを要旨とする。
【0020】
(7)請求項7に記載の発明は、請求項1〜6のいずれか一項に記載の三塩化チタン溶液の製造方法において、前記酸化抑制剤のモル濃度は前記陰極側の溶液中の三価のチタンイオンおよび四価のチタンイオンのモル濃度の和に対して0.1倍以上であることを要旨とする。
【0021】
酸化抑制剤のモル濃度がチタンイオン(三価のチタンイオンのモル濃度と四価のチタンイオンのモル濃度との和)のモル濃度の0.1倍よりも小さいとき、三価のチタンイオンの酸化を抑制する効果は小さく、チタンイオンのモル濃度が0.1以上のとき三価チタンイオンの酸化を抑制する効果が大きくなる。本発明では、この知見に基づいて、酸化抑制剤のモル濃度を上記のように規定しているため、酸化抑制剤のモル濃度をチタンイオンのモル濃度の0.1倍未満とする場合と比べて、酸化チタンの量を少なくすることができる。
【0022】
(8)請求項8に記載の発明は、請求項1〜7のいずれか一項に記載の三塩化チタン溶液の製造方法において、陰極側の溶液中の塩素イオン源として塩酸を用い、前記塩酸のモル濃度を、10mol/l以下かつ三価のチタンイオンおよび四価のチタンイオンのモル濃度の和に対して2倍以上とすることを要旨とする。
【0023】
陰極で2つの四価のチタンイオンが電解還元されるとき、陽極では2個の塩素イオンが結合して塩素(Cl)を生成する。すなわち、陰極側の溶質濃度が低下する。このため、電解還元反応の反応速度の低下を抑制するためには陰極側の塩素濃度が高いほうが好ましい。
【0024】
本発明では、チタンイオンの濃度(三価のチタンイオンの濃度および四価のチタンイオンの濃度の和)に対して2倍以上としているため、同チタンイオンの濃度を2倍未満とする場合と比べると、塩素濃度の低下を小さくすることができる。また、塩酸のモル濃度の上限を当該塩酸の溶解の限界に近い10mol/l以下とすることにより、溶液中に未溶解の塩酸成分を少なくすることができる。
【0025】
(9)請求項9に記載の発明は、溶媒としての水と、三塩化チタンと、三価のチタンイオンの酸化を抑制する酸化抑制剤とを含む三塩化チタン溶液であって、酸化抑制剤は2以上のカルボキシル基を有するカルボン酸またはこのカルボン酸の塩であることを要旨とする。
【0026】
三価のチタンイオンを含む溶液を放置すると、三価のチタンイオンが酸化し、酸化チタン(TiO)が生成される。この点、本発明では、上記構成のカルボン酸またはカルボン酸塩を三塩化チタン溶液に含めているため、三価のチタンイオンの酸化が抑制される。すなわち、反応系を不活性ガス雰囲気にすることなく三塩化チタン溶液を用いることができ、この場合においても収率の低下を抑制することができる。
【0027】
(10)請求項10に記載の発明は、請求項9に記載の三塩化チタン溶液において、前記酸化抑制剤は、クエン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、酒石酸、リンゴ酸、フマル酸、マレイン酸、イタコン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、若しくはこれらの塩、または、これらの混合物であることを要旨とする。
【0028】
(11)請求項11に記載の発明は、三塩化チタン溶液の保存方法において、3価のチタンイオンを含む三塩化チタン溶液に、酸化抑制剤として2以上のカルボキシル基を有するカルボン酸またはこのカルボン酸の塩を加え、密封することを要旨とする。
【0029】
従来、三塩化チタン溶液を容器内にいれ密封して保存していた。しかし、容器内に空気が残存するときは、当該空気と三価のチタンイオンとが反応して、酸化チタンが生成される。また、容器本体と蓋との間に隙間がある場合、当該隙間から空気が流入し続けることになるため、三価のチタンイオンの酸化が持続し、不純物が増大するという問題がある。
【0030】
この点、本発明では、三塩化チタン溶液に上記構成のカルボン酸またはカルボン酸塩を加えているため、容器内に空気が残存する場合であっても、または容器本体と蓋との間に隙間があり空気が流入する場合であっても、三価のチタンイオンの酸化が抑制される。この結果、酸化チタンの生成を抑制することができる。
【0031】
(12)請求項12に記載の発明は、請求項11に記載の三塩化チタン溶液の保存方法において、前記酸化抑制剤は、クエン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、酒石酸、リンゴ酸、フマル酸、マレイン酸、イタコン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、若しくはこれらの塩、またはこれらの混合物であることを要旨とする。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、簡易な三塩化チタン溶液の製造方法、酸化劣化の少ない三塩化チタン溶液の保存方法、および使用の簡便な三塩化チタン溶液を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】電解還元装置について全体構成を示す構成図。
【図2】比較例および実施例について、酸化抑制剤のモル濃度と三価のチタンイオンの濃度変化との関係を示すテーブル。
【発明を実施するための形態】
【0034】
図1を参照して、三塩化チタン溶液の製造方法について説明する。
三塩化チタン溶液は、図1に示す電解還元装置1を用いて四塩化チタン溶液を電解還元することにより製造する。
【0035】
電解還元装置1は、イオン交換膜6(陰イオン交換膜)により隔てられた陽極室3と陰極室2とを備えている。
イオン交換膜6は塩素イオンを透過するものが採用される。イオン交換膜6としては、例えば、炭化水素系イオン交換膜「セレミオン(登録商標)AMV」(AGCエンジニアリング株式会社製)を用いることができる。
【0036】
陰極室2には、陰極4が設けられている。陰極4としては、鉄等の導電性金属または黒鉛等が用いられる。陰極室2内には、電解還元の対象物質である四塩化チタンを含む溶液(以下、「第1溶液10」)が入れられる。
【0037】
陰極室2には、第1溶液10を流し入れるための流入口7と、第1溶液10を取り出すための排出口8とが設けられている。流入口7は陰極室2の下方に設けられ、排出口8は陰極室2の上方に設けられている。
【0038】
陽極室3には、陽極5が設けられている。陽極5上で塩素が発生するため、耐腐食性のある導電性金属または黒鉛等が用いられる。陽極室3内には、陽極5で酸化させる物質すなわち塩素イオンを含む溶液(以下、「第2溶液20」)が入れられる。また、陽極室3には、陽極5上で発生する塩素を外部に放出するための排気口9が設けられている。
【0039】
<第1溶液>
第1溶液10は、四塩化チタンと塩酸と酸化抑制剤とを含む水溶液である。
第1溶液10は、市販の四塩化チタン水溶液と塩酸と酸化抑制剤とを混合することにより得られる。塩酸は、第1溶液中の塩素イオン濃度を高くするためのもの(塩素イオン源)である。
【0040】
塩酸の濃度は、四塩化チタンに対して過剰量となるように調整される。
例えば、塩酸のモル濃度は、チタンイオンのモル濃度(三価のチタンイオンのモル濃度と四価のチタンイオンのモル濃度との和)に対して2倍以上の所定値に設定される。塩酸濃度の設定値の上限は塩酸の溶解度の限界値に対応する値である。具体的には、塩酸のモル濃度の上限は10mol/lである。
【0041】
酸化抑制剤は、電解還元により生成される三価のチタンイオンの酸化を抑制する物質が採用される。具体的には、2以上のカルボキシル基を有したカルボン酸またはこれらのカルボン酸塩が用いられる。例えば、クエン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、酒石酸、リンゴ酸、フマル酸、マレイン酸、イタコン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、若しくはこれらの塩、またはこれらの混合物を用いることができる。特に、クエン酸三ナトリウムが好ましい。
【0042】
これらのカルボン酸またはカルボン酸塩は三価のチタンイオンに配位し、チタン錯体を形成する。これにより、三価のチタンイオンと酸素とが接近する頻度を少なくし、三価のチタンイオンの酸化を抑制する。
【0043】
<第2溶液>
第2溶液20としては、種々の電解液を用いることができるが、電解還元反応における電流密度を高めるため、塩素イオンが含まれることが好ましい。例えば、第2溶液20として、塩化アンモニウム水溶液、塩化ナトリウム水溶液、塩化チタン水溶液等を用いることができる。
【0044】
次に、電解還元反応について説明する。
陽極5と陰極4との間に2Vの電圧を印加し、電流密度を6mA/cmとする。
陰極4上において四価のチタンイオンの還元反応が進行する。これにより、三価のチタンイオンが生成される。四価のチタンイオンの還元反応により、陰極室2内電位が低くなる。このため、陽極室3から陰極室2に向う方向に電流が流れる。すなわち、陰極室2から陽極室3に向って陰イオンが移動する。両室はイオン交換膜6により仕切られているため、塩素イオンのみが移動する。陽極5においては塩素イオンの酸化反応が進行し、塩素ガスが生成される。
【0045】
陰極室2に第1溶液10が供給される。第1溶液10は陰極4に沿って流れ、排出口8から放出される。排出口8での四価のチタンイオンの濃度が略「0」かつ三価のチタンイオンの濃度が99%(三価および四価のチタンイオン全体に対する比率)となるように、第1溶液10の流量が調整されている。
【0046】
具体的には、第1溶液10として、四塩化チタンのモル濃度を0.9mol/l、塩酸のモル濃度を2.25mol/l、クエン酸三ナトリウムのモル濃度を0.18mol/lとした水溶液が用いられる。第2溶液20として、塩化アンモニウムのモル濃度を0.93mol/lとした塩化アンモニウム水溶液が用いられる。
【0047】
<浸透圧について>
次に、陽極室3と陰極室2との間の浸透圧の調整について説明する。
三塩化チタン溶液の製造効率を上げるために、陰極室2内の四塩化チタンの濃度および塩酸の濃度を高くする。陰極室2の塩酸の濃度が高いときすなわち水素イオンの濃度が高いとき、陰極室2から陽極室3に水が浸透する逆浸透現象が生じる。この現象を放置すると、陰極室2の容液量が少なくなり、三塩化チタンの精確なモル濃度を定量的に測定することができなくなる。すると、四塩化チタンから三塩化チタンへの変換率を把握することができなくなり、三塩化チタンの生産管理が困難となる。
【0048】
なお、四塩化チタンから三塩化チタンへの変換率の把握の困難性は次の理由による。
三価のチタンイオンの量は滴定等により濃度を測定することはできるが、四価のチタンイオンの濃度を測定することは困難である。
【0049】
四塩化チタン溶液の陰極室2への流量が一定であり、陰極室2の容液量が一定のときは、三塩化チタンの濃度から四塩化チタンの濃度を推定することができるため、三塩化チタンの収率を精確に把握することができるため、問題は生じない。
【0050】
一方、陰極室2の容液量が少なくなる場合は次の問題が生じる。
陰極室2の容液量が少なくなると三塩化チタンの濃度が高く。しかし、陰極室2の容液量の減少量を精確に把握することができなければ、容液量に起因して三塩化チタンの濃度が高くなったのか、還元反応の反応速度の増大に起因するものであるか、判別することは困難である。このようなことから陰極室2の容液量が変動するとき、四塩化チタンから三塩化チタンへの変換率を精確に把握することが困難となる。
【0051】
製造上、四塩化チタンから三塩化チタンへの変換率を精確に把握する必要があることから、陰極室2の容液量を一定に維持する管理が行われている。すなわち、逆浸透が生じないように溶液調整が行われる。
【0052】
具体的には、陽極室3から陰極室2への浸透圧を増大させるために、塩酸とは異なる物質(以下、「浸透圧調整剤」)が第1溶液10に加えられる。浸透圧調整剤は、陽極室3から陰極室2への浸透圧を増大するものであり、陰極室2での還元反応を阻害しないものであり、かつ塩酸以外の水溶性物質であればよい。本実施形態では、酸化抑制剤が浸透圧調整剤として機能するため、逆浸透の生じない程度の濃度に酸化抑制剤の濃度が調整される。このような調整により電解還元のときに生じる逆浸透を抑制している。
【0053】
<保存方法>
次に、三塩化チタン溶液の保存方法について説明する。
(A)上記方法により製造した場合、生産物である三塩化チタン溶液内に酸化抑制物が含まれるため、上記製造方法により生成した溶液を容器に入れ密封するだけで、長期保存することができる。例えば、密封容器にいれた場合は、5箇月以上の期間保存しても酸化チタンの沈殿は生じない。
【0054】
(B)上記製造方法以外の方法で生成した三塩化チタン溶液の保存方法について説明する。
アルゴン雰囲気下で四塩化チタン溶液を電解還元することにより、三塩化チタン溶液を生成することができる。この場合、容器に入れて長期保存したとき、内部に残存する酸素により、酸化チタンが生成される。
【0055】
そこで、容器に入れる前に、三塩化チタン溶液に酸化抑制剤を加える。そして、当該溶液を容器に入れて密封する。これにより、容器内に空気が存在するときでも、三価のチタンイオンの酸化を抑制することができる。
【0056】
図2を参照して、実施例および比較例を挙げて三塩化チタン溶液の酸化抑制効果について説明する。
酸化抑制剤を添加していない三塩化チタン溶液(比較例の溶液)と、酸化抑制剤を添加したい三塩化チタン溶液(実施例の溶液)とを比較して、効果を確認した。
【0057】
<比較例>
比較の試料および保存条件について以下に示す。
・試料 :三塩化チタンと塩酸とを含む水溶液
・三塩化チタンのモル濃度:0.50mol/l
・塩酸のモル濃度 :1.25mol/l
・酸化抑制剤の添加量 :なし
・保存量 :100ml
・容器内の残存空気量 :20ml
・保存温度 :室温(15℃〜25℃)
<比較例の長期保存後の状態>
長期保存(保存開始後3600時間)経過後の状態について以下に示す。
・三塩化チタンのモル濃度:0.457mol/l
・初期モル濃度に対する三価のチタンイオンのモル濃度(変化率):91%
・長期保存後の状態 :酸化チタン(TiO)の沈殿物が生成された。
【0058】
<実施例1>
試料は次の点以外は比較例と同様である。
・酸化抑制剤 :クエン酸三ナトリウム
・酸化抑制剤のモル濃度 :0.10mol/l
・三価のチタンイオンのモル濃度に対する酸化抑制剤のモル濃度比:0.2
<実施例1の長期保存後の状態>
長期保存(保存開始後3600時間)経過後の状態について以下に示す。
・三塩化チタンのモル濃度:0.484mol/l
・初期モル濃度に対する三価のチタンイオンのモル濃度(変化率):97%
・長期保存後の状態:酸化チタン(TiO)の沈殿物は生成されなかった。
【0059】
<実施例2>
試料は次の点以外は比較例と同様である。
・酸化抑制剤 :クエン酸三ナトリウム
・酸化抑制剤のモル濃度 :0.20mol/l
・三価のチタンイオンのモル濃度に対する酸化抑制剤のモル濃度比:0.4
<実施例2の長期保存後の状態>
長期保存(保存開始後3600時間)経過後の状態について以下に示す。
・三塩化チタンのモル濃度:0.486mol/l
・初期モル濃度に対する三価のチタンイオンのモル濃度(変化率):97%
・長期保存後の状態:酸化チタン(TiO)の沈殿物は生成されなかった。
【0060】
<評価>
・実施例1と実施例2では、酸化チタン(TiO)は生成されないが、三価のチタンイオンのモル濃度が保存開始時に比べて低下している。この低下の割合は、比較例よりも小さい。三価チタンイオンの酸化の度合いが小さいことは、酸化抑制剤による効果であると考えられる。
【0061】
・比較例では酸化チタン(TiO)の沈殿物が生成されたが、実施例1および実施例2では酸化チタン(TiO)の沈殿物は生成されなかった。酸化チタンの生成の抑制は、酸化抑制剤と三価のチタンイオンとが錯体を形成することに起因すると考えられる。
【0062】
・実施例1と実施例2とを比較する。
実施例1は、実施例2よりも酸化抑制剤のモル濃度は低いが、保存開始から3600時間経過後の三価のチタンイオンの変化率は略同じであった。すなわち、0.2mol以上では、酸化抑制効果は、三塩化チタン溶液に加える酸化抑制剤のモル濃度の大きさに依存しない。
【0063】
一方、三価のチタンイオンのモル濃度に対する酸化抑制剤のモル濃度比を「0.1」としたとき、保存開始から3600時間経過後の三価のチタンイオンの変化率は、91%よりも高い値を示した。以上より、三塩化チタン溶液を保存するとき、酸化抑制剤のモル濃度を、三価のチタンイオンのモル濃度に対して0.1倍以上とすることが好ましい。
【0064】
<三塩化チタン溶液>
三塩化チタン溶液の用い方について説明する。
従来、還元剤として三塩化チタン溶液を用いる場合、目的物の収率を挙げるため、不活性ガス雰囲気で当該三塩化チタン溶液を用いていた。しかし、三塩化チタン溶液を用いる反応系に不活性ガスを流し続ける必要があること、当該反応系を密封する必要があることなど、生産上の不便があった。これに対して、上記構成の三塩化チタン溶液すなわち酸化抑制剤を含む三塩化チタン溶液は、酸化が抑制されるため、空気雰囲気でも用いることができる。したがって、三塩化チタン溶液を用いるとき、従来のように反応系を不活性ガス雰囲気にする必要がない。このため、生産ラインを簡易なものとすることができる。
【0065】
本実施形態によれば以下の効果を奏することができる。
(1)上記実施形態の三塩化チタン溶液の製造方法では、陰極側の電解液として、四塩化チタンと、酸化抑制剤と、塩素イオンとを含む第1溶液10を用い、第1溶液10を電気還元することにより、三塩化チタンを含む水溶液を形成する。このように酸化抑制剤を陰極側の第1溶液10に加えるため、三価のチタンイオンの酸化を抑制することができる。これにより、従来方法よりも簡易な方法で三塩化チタン溶液を製造することができる。
【0066】
また、酸化抑制剤を第1溶液10に加えることにより次の効果も奏する。
すなわち、陰極側の第1溶液10に酸化抑制剤を加えて陰極室2と陽極室3との間における酸化抑制剤の濃度差を形成することにより、陰極室2の塩酸濃度が高いことに起因して生じる陰極室2から陽極室3への逆浸透を抑制することができる。
【0067】
(2)上記実施形態の三塩化チタン溶液の製造方法では、酸化抑制剤として2以上のカルボキシル基を有するカルボン酸またはカルボン酸塩を用いている。この種のカルボン酸およびカルボン酸塩は三価のチタンイオンと錯体を形成して当該三価のチタンイオンの酸化を抑制するため、三価のチタンイオンの酸化を抑制することができる。
【0068】
(3)上記実施形態の三塩化チタン溶液の製造方法では、陰極側の酸化抑制剤のモル濃度をチタンイオンのモル濃度(三価のチタンイオンおよび四価のチタンイオンのモル濃度の和)に対して0.1倍以上とする。この場合、陰極側の酸化抑制剤のモル濃度をチタンイオンのモル濃度の和に対して0.1倍未満とする場合と比較して、三価のチタンイオンの酸化抑制の効果が顕著にあらわれる。
【0069】
(4)上記実施形態の三塩化チタン溶液の製造方法では、陰極側の溶液中の塩酸のモル濃度を10mol/l以下とする。これにより、塩酸を水溶液に溶解させている。また、陰極側の溶液中の塩酸のモル濃度をチタンイオンのモル濃度(三価のチタンイオンのモル濃度および四価のチタンイオンのモル濃度の和)に対して2倍以上とする。これにより、塩酸のモル濃度をチタンイオンのモル濃度を2倍未満とする場合に比べて、酸化還元反応の速度を高くすることができる。
【0070】
(5)上記実施形態の三塩化チタン溶液は、溶媒としての水と、四塩化チタンと、三塩化チタンと、塩素イオンと、2以上のカルボキシル基を有するカルボン酸またはカルボン酸塩とを含む。この構成によれば、三価のチタンイオンの酸化を抑制することができるため、空気雰囲気下において簡便に三塩化チタン溶液を用いることができる。
【0071】
(6)上記実施形態の三塩化チタン溶液の保存方法では、3価のチタンイオンを含む三塩化チタン溶液に、2以上のカルボキシル基を有するカルボン酸またはカルボン酸塩を加え、密封する。この方法によれば、容器内に空気が残存するとき、または容器本体と蓋との間に隙間があり空気が流入する場合であっても、三価のチタンイオンの酸化が抑制されるため、酸化チタンの生成を抑制することができる。
【0072】
(その他の実施形態)
なお、本発明の実施態様は上記実施例にて示した態様に限られるものではなく、これを例えば以下に示すように変更して実施することもできる。
【0073】
・上記実施形態では、酸化抑制剤を含めた四塩化チタン溶液の電解還元を行って三塩化チタン溶液を製造しているが、以下の方法でも、本実施形態に準じた効果を有する三塩化チタン溶液を製造することができる。
【0074】
(a)製造方法の第1変形例
三塩化チタンと、塩素イオンとを含む水溶液を第3溶液とし、塩素イオンを溶解する電解液を第4溶液とする。陰極側の電解液として第3溶液を用いるとともに陽極側の電解液として第4溶液を用いて電気還元する。これにより、三塩化チタンを含む水溶液を形成する。そして、三塩化チタンを含む水溶液に上記酸化抑制剤を加える。すなわち、三塩化チタンを含む水溶液を形成した後に、酸化抑制剤を加える。これにより、本実施形態に準じた効果を奏する。
【0075】
(b)製造方法の第2変形例
上記製造方法の第1変形例では、三塩化チタンを含む水溶液を電解還元法により形成しているが、三塩化チタンを含む水溶液を当該方法以外の製造方法により製造してもよい。例えば、チタンと塩酸との反応により生成したものを純水に溶解することにより、三塩化チタンを含む水溶液を形成することができる。
【0076】
・上記実施形態では、浸透圧調整剤として酸化抑制剤と同じ化合物を用いているが、浸透圧調整剤としてこれ以外のものを用いることもできる。例えば、塩化ナトリウム、塩化カルシウム等の塩、ショ糖等の糖類を浸透圧調整剤として用いることができる。
【0077】
・上記製造方法の第1変形例では、陰極側の溶液に酸化抑制剤を入れていないため、逆浸透圧により、陰極側の容液量が少なくなる。このため、当該製造方法の場合は、三塩化チタンの濃度を精確に管理するためには、浸透圧調整剤を陰極側の溶液に加える必要がある。ここで用いられる浸透圧調整剤としては、例えば、2つのカルボキシル基を有するカルボン酸またはカルボン酸塩が挙げられるが、これ以外のものを用いることもできる。
【0078】
・上記製造方法では、第1溶液10に塩酸を加えているが、塩酸の代わりに水溶性塩化物を加えてもよい。すなわち、第1溶液10内の塩素イオン濃度を高くすることができるもの、すなわち塩素イオン源となるものであれば、塩酸に代えて用いることができる。
【符号の説明】
【0079】
1…電解還元装置、2…陰極室、3…陽極室、4…陰極、5…陽極、6…イオン交換膜、7…流入口、8…排出口、9…排気口、10…第1溶液、20…第2溶液。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
四塩化チタンと、三価のチタンイオンの酸化を抑制する酸化抑制剤と、塩素イオンとを含む水溶液を第1溶液とし、
塩素イオンを溶解する電解液を第2溶液として、
陰極側の電解液として前記第1溶液を用い、陽極側の電解液として前記第2溶液を用いて電気還元することにより三塩化チタンを含む水溶液を生成する
ことを特徴とする三塩化チタン溶液の製造方法。
【請求項2】
四塩化チタンと、塩素イオンとを含む水溶液を第3溶液とし、
塩素イオンを溶解する電解液を第4溶液として、
陰極側の電解液として前記第3溶液を用い、陽極側の電解液として前記第4溶液を用いて電気還元することにより、三塩化チタンを含む水溶液を生成し、当該三塩化チタンを含む水溶液に三価のチタンイオンの酸化を抑制する酸化抑制剤を加える
ことを特徴とする三塩化チタン溶液の製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載の三塩化チタン溶液の製造方法において、
前記陰極側から前記陽極側への第1浸透圧と、前記陽極側から前記陰極側への第2浸透圧とを均衡させるための浸透圧調整剤を前記陰極側の溶液に加える
ことを特徴とする三塩化チタン溶液の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載の三塩化チタン溶液の製造方法において、
前記浸透圧調整剤は、クエン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、酒石酸、リンゴ酸、フマル酸、マレイン酸、イタコン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、若しくはこれらの塩、またはこれら酸およびこれら塩の混合物である
ことを特徴とする三塩化チタン溶液の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の三塩化チタン溶液の製造方法において、
前記酸化抑制剤は2以上のカルボキシル基を有するカルボン酸またはこのカルボン酸の塩である
ことを特徴とする三塩化チタン溶液の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の三塩化チタン溶液の製造方法において、
前記酸化抑制剤は、クエン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、酒石酸、リンゴ酸、フマル酸、マレイン酸、イタコン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、若しくはこれらの塩、またはこれらの混合物である
ことを特徴とする三塩化チタン溶液の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の三塩化チタン溶液の製造方法において、
前記酸化抑制剤のモル濃度は前記陰極側の溶液中の三価のチタンイオンおよび四価のチタンイオンのモル濃度の和に対して0.1倍以上である
ことを特徴とする三塩化チタン溶液の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の三塩化チタン溶液の製造方法において、
陰極側の溶液中の塩素イオン源として塩酸を用い、
前記塩酸のモル濃度を、10mol/l以下かつ三価のチタンイオンおよび四価のチタンイオンのモル濃度の和に対して2倍以上とする
ことを特徴とする三塩化チタン溶液の製造方法。
【請求項9】
溶媒としての水と、三塩化チタンと、三価のチタンイオンの酸化を抑制する酸化抑制剤とを含み、この酸化抑制剤は2以上のカルボキシル基を有するカルボン酸またはこのカルボン酸の塩であることを特徴とする三塩化チタン溶液。
【請求項10】
請求項9に記載の三塩化チタン溶液において、
前記酸化抑制剤は、クエン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、酒石酸、リンゴ酸、フマル酸、マレイン酸、イタコン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、若しくはこれらの塩、またはこれらの混合物である
ことを特徴とする三塩化チタン溶液。
【請求項11】
3価のチタンイオンを含む三塩化チタン溶液に、酸化抑制剤として2以上のカルボキシル基を有するカルボン酸またはこのカルボン酸の塩を加え、密封することを特徴とする三塩化チタン溶液の保存方法。
【請求項12】
請求項11に記載の三塩化チタン溶液の保存方法において、
前記酸化抑制剤は、クエン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、酒石酸、リンゴ酸、フマル酸、マレイン酸、イタコン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、若しくはこれらの塩、またはこれらの混合物である
ことを特徴とする三塩化チタン溶液の保存方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−255188(P2012−255188A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−128494(P2011−128494)
【出願日】平成23年6月8日(2011.6.8)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】