説明

下肢血流の測定方法

【課題】
本発明は、下肢循環障害非ヒト動物モデルにおける運動負荷後の血流変化を、無麻酔で無侵襲で、かつ正確に反映した測定方法を提供する。
【解決方法】
本発明は、下肢循環障害非ヒト動物モデルに対し、運動負荷を行い、運動後、麻酔をかけずに速やかに当該動物の下肢皮膚血流を非接触で下肢血流を測定、好ましくは測定可能なレーザードップラー血流計にて測定する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は下肢循環障害非ヒト動物モデルに対し、運動負荷後の下肢血流を無侵襲、無麻酔で繰り返し測定できる方法、及び間歇性跛行等の末梢動脈疾患治療薬のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食生活の欧米化による生活習慣病の増加に伴い、末梢動脈疾患(Peripheral Arterial Disease:PAD)の罹患率が増加している。PADは四肢主幹動脈の慢性的な動脈硬化性変化(狭窄もしくは閉塞)に伴い発症する疾患であり、主な症状としては、下肢の虚血症状による下肢冷感、しびれ感、間歇性跛行(intermittent claudication:IC)、安静時疼痛等があり、進行により下肢壊疽を呈する。さらに、PADは重篤化により重症下肢虚血(critical limb ischemia:CLI)へ至り、血行再建術を施行せずに経過すると下肢切断に至る可能性が高くなる。下肢の切断はQOLを著しく低下させ、予後も悪化させる。
【0003】
間歇性跛行患者においては、安静時における血流は正常であるが、運動時には筋血流増加が制限されるため、跛行症状と関連のある酸素供給と筋代謝の不均衡が生じて歩行障害の一因となる。運動(歩行)機能と、下肢血流には密接な関係があると言われており、臨床では、トレッドミル運動の前後における足関節上腕血圧比(ABI:ankle-brachial index)、下肢血流、筋肉内酸素飽和度等を測定することによって、病態の診断や治療効果の確認に用いられている(非特許文献1及び2参照)。
【0004】
間歇性跛行をはじめとするPADの治療には、禁煙、及び糖尿病、脂質異常症、高血圧、高ホモシステイン血症等の危険因子をコントロールするほか、運動療法、薬物療法、血管閉塞部位における血管再建を目的とした外科的な手術が行われている。跛行の適切な治療には下肢血行動態の改善と、続発する致死的あるいは非致死的心血管イベントのリスクを減少させることが理想的とされている(非特許文献1参照)。
【0005】
従って、間歇性跛行等のPAD治療薬を新規に開発するにあたり、PAD治療における指標の一つである下肢血流改善作用を、動物モデルで評価することは意味のあることである。
【0006】
例えば、非特許文献3では、ラット間歇性跛行モデルにおける薬物の評価方法が記載されている。このモデルでは、2週間の薬物投与により歩行距離を評価すると共に、血流の評価として、歩行距離測定後にエーテル麻酔下で足蹠皮膚(plantar surface)温度をサーモグラフィーで測定している。しかしながら、本方法では、麻酔下の静止状態での血流測定であるため、運動による血流増加が正確に反映されていない恐れがある。
【0007】
また、非特許文献4では、神経性間歇性跛行モデルにおける薬物の評価方法が記載されている。このモデルでは、2週間の薬物投与、及び歩行距離測定後、麻酔下で脊髄血流を測定しているが、血流測定に際してプローブ装着の手術が必要であり、また、麻酔下の静止状態での血流測定であるため、運動による血流増加を反映できないという問題がある。
【0008】
さらに、特許文献1では、ウサギ間歇性跛行モデルにおける薬物の評価方法が記載されている。このモデルでは、障害作成手術の3日後に、麻酔下、腓腹筋内側部に直接近赤外分光装置のプローブを装着し、坐骨神経を刺激して下肢筋肉の組織内酸素飽和度を測定しているが、本方法では、プローブの装着が必要となる為侵襲的であり、繰り返し測定が出来ないという問題がある。
【0009】
ヒトをはじめ、齧歯類などの小動物においても、運動中の筋肉中血流量は安静時の30倍以上にも達することが報告されている(非特許文献5参照)。従来の非ヒト動物モデルを用いた検討における麻酔下での下肢血流の測定は、運動時の血流変化を正確に反映できていないと考えられる。
【0010】
一方、覚醒下の血流測定に関しては、ラットのトレッドミル運動中の局所脳血流及び海馬の細胞外血流を測定した例について報告があるが(非特許文献6参照)、測定対象が脳血流であることに加え、プローブ装着手術が必要であり、侵襲が強いために手術後1回だけの測定にとどまっている。
【0011】
その他、非特許文献7では、ラットにおいて、長期間のトレーニングによる下肢血流の増加作用を検証するために、放射性物質で標識化されたMicrosphereを用いて運動負荷後の組織血流量について測定しているが、この方法では、運動負荷を反映したデータが取得できるものの、測定後は各組織を回収する必要があるため、1回のみの測定しか出来ず、繰り返しの測定が出来ないことに加え、操作も煩雑であるという問題がある。
【0012】
この様に、動物モデルを用いて、運動時の血流変化を正確に反映した評価方法はこれまで報告されていない。また、いくつかの方法は測定時にさまざまな制限があるため、繰り返し測定することができないのが現状である。治療薬の有効性を評価するにあたり、運動時の血流変化を無侵襲、無麻酔で繰り返し測定できる評価系が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2000−247882号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】下肢閉塞性動脈硬化症の診断・治療指針II (TASCII) 2007, 日本脈管学会編
【非特許文献2】J. Jpn. Coll. Angiol. 45, 312-316 (2005)
【非特許文献3】Life Science, 81, 970 (2007)
【非特許文献4】Anesthesia and analgesia. 94, 1537 (2002)
【非特許文献5】Journal of physiology and pharmacology 59, 57 (2008)
【非特許文献6】Autonomic Neuroscience: basic and clinical. 103, 83 (2003)
【非特許文献7】Am. J. Physiol. Heart Circ. Physiol., 282, 301-310 (2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、下肢循環障害非ヒト動物モデルにおける運動負荷後の血流変化を反映した、無侵襲、無麻酔で繰り返し測定可能な、被検薬物の血流改善作用の測定方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、血管を結紮することによって下肢循環障害を惹起したラットを動物用トレッドミルにて運動負荷した後、無麻酔下で速やかに動物の固定器に入れ、ラット下肢皮膚血流をレーザードップラー血流計にて測定することにより、運動直後の血流変化を正確に反映した被験物質の評価方法を見出し、本発明を完成した。
【0017】
すなわち、本発明は、被験物質の作用を測定する方法であって、
a)下肢循環障害非ヒト動物モデルに、被験物質を投与する工程、
b)運動負荷する工程、
c)下肢皮膚血流を無侵襲、無麻酔で測定する工程、及び、
d)被検物質非投与群と比較する工程、
を含む方法に関する。
【0018】
本発明をさらに詳細に説明すれば以下のとおりとなる。
【0019】
被験物質の作用が、下肢皮膚血流の改善作用であることを特徴とする、前項に記載の方法。
【0020】
別の観点からは、被験物質の作用が、下肢閉塞性動脈閉塞症、末梢アテローム性動脈硬化症、又は閉塞性血栓血管炎等に起因する末梢循環障害の治療、予防であることを特徴とする、前項に記載の方法。より詳細には、被験物質の下肢皮膚血流に対する作用が、下肢閉塞性動脈閉塞症、末梢アテローム性動脈硬化症、又は閉塞性血栓血管炎等に起因する下肢冷感、しびれ感、間歇性跛行、安静時疼痛、下肢壊疽の治療、予防であることを特徴とする、前項に記載の方法。
下肢循環障害非ヒト動物モデルが、下肢大腿動脈結紮歩行障害モデルである、前記のいずれかに記載の方法。
非ヒト動物が、ラットである前記のいずれかに記載の方法。
運動負荷が、動物用トレッドミル又はロータロッドでの運動である、前記のいずれかに記載の方法。
下肢皮膚血流測定が、レーザードップラー血流計による測定である、前記のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、大腿動脈結紮による下肢循環障害非ヒト動物モデルの運動後に、麻酔をかけず速やかに、無侵襲に下肢皮膚血流が測定可能なレーザードップラー血流計にて測定する方法を提供するものであり、無麻酔で、かつ無侵襲で、同じ動物モデルにおいて繰り返し測定が可能な方法を提供する。本発明の方法は、運動負荷直後の非結紮動物(Sham群)において最も血流が上昇するポイントでの被験薬物の評価が可能であることから、短時間で簡単な方法により下肢循環障害における末梢血管の血流変動を反映したデータを測定することができる。また、本発明の方法は血流測定において非接触型の測定方法を使用するため、無麻酔で侵襲がなく、評価期間中に繰り返し血流測定を行うことができることから、被験物質の効果を経時的に評価することが可能であり、被験物質をより効率的にスクリーニングすることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は、sham群の運動前後における下肢血流量の経時的変化を示す図である。
【図2】図2は、大腿動脈結紮ラット及び擬似手術を行ったラット(sham)における運動前後における下肢血流の変化を示す図である。2−Aは術後7日目の大腿動脈結紮群とSham群の下肢血流、2−Bは術後7日目の大腿動脈結紮群の下肢血流を示す。
【図3】図3は、大腿動脈結紮ラット跛行モデルにおけるシロスタゾール(化合物1)の下肢血流改善作用及び歩行距離延長作用を示す図である。3−Aは術後7日目の下肢血流、3−Bは術後7日目の歩行距離を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の方法における、非ヒト動物としては、ヒト以外であれば特に制限はないが、通常実験動物として用いられる哺乳動物が好ましい。具体的には、例えば、ウサギ、ラット、モルモット、ハムスター又はマウス等を用いることが好ましい。より好ましい動物としては、ラット、マウスが挙げられ、特に好ましい動物としてはラットが挙げられる。ラットの種類としては、例えば、Wistar、SD、Fischer、LE、F-344、GK、Zucker等の系列を挙げることができるが、好ましくはSD系のラットである。
【0024】
本発明の方法における、下肢循環障害非ヒト動物モデルとは、下肢血管の結紮、切除、血管内への血小板凝集惹起剤もしくは薬品注入による末梢血管の閉塞、血管への電気刺激による末梢血管の閉塞、血管へのレーザー光照射による末梢血管の閉塞によるもの、及びカフなどにより血管を狭窄することによって下肢循環障害を惹起した動物を意味する。具体的には、例えば、ラウリン酸誘発歩行障害モデル、下肢動脈結紮歩行障害モデル、エルゴタミン誘発末梢循環障害モデル、エルゴタミン+エピネフリン誘発末梢循環障害モデル等が挙げられる。より好ましいモデルとしては、ラウリン酸誘発歩行障害モデル、下肢動脈結紮歩行障害モデルが挙げられ、特に好ましいモデルとしては、下肢動脈結紮歩行障害モデルが挙げられる。
【0025】
本発明の方法における、運動負荷としては、動物用トレッドミル、ロータロッドでの運動、麻酔下での神経刺激等が挙げられるが、動物用トレッドミル、ロータロッドでの運動がより好ましく、動物用トレッドミルでの運動が特に好ましい。動物用トレッドミルは、傾斜角度のついた駆動式ベルト上で動物を走行させ、連続的な運動負荷を与えるものである。本発明の方法におけるトレッドミルでの運動負荷は、ベルト駆動速度が5〜40m/min、好ましくは15〜25m/minであり、ベルト傾斜角が5〜40度、好ましくは10〜20度であり、運動負荷時間が30秒〜30分、好ましくは1〜10分である。
【0026】
被検物質としては、特に制限されることなく、任意の物質を使用することができる。被検物質としては、例えば、ペプチド、蛋白質、非ペプチド化合物、核酸医薬、抗体医薬、合成低分子化合物、発酵生産物、細胞抽出液、植物抽出液、動物組織抽出液等が挙げられ、これらの化合物は新規化合物でもよいし、公知化合物でもよい。また、多数の化合物を含む化合物ライブラリーを被検物質として使用することもできる。
【0027】
本発明の方法は、下肢循環障害非ヒト動物モデルに運動負荷を行った後、速やかに下肢血流を測定し、被検薬剤の作用を評価するものである。このため、本発明者らは下肢血流量の測定に無麻酔下で速やかに測定できるレーザードップラー血流計を選択した。レーザードップラー血流計は、流体中を流体と共に運動する微粒子にレーザーを当てると、微粒子によって散乱された光がドップラー効果によって元のレーザーに比べて微粒子の移動速度分だけ周波数が変化することを利用し、変化した周波数を測定することで、微粒子の速度を測定する方法である。本発明の方法において使用されるレーザードップラー血流計としては血流測定が可能なものであれば、特に制限はないが、測定を無麻酔で行うためには一回の測定に要するスキャンの時間が短いものが好ましい。例えば、後述する本発明の実施例における下肢血流測定には、レーザードップラー血流画像化装置PeriScan PIMIII (PerimedAB, Sweden)を使用した。本装置にはscan mode(面測定)及びduplex mode(点測定)の2つの測定モードがあるが、Scan modeでは1枚のスキャンに数分を要し、スキャン中は測定対象が動かないことを前提としているため、麻酔が不可欠である。一方、duplex modeでは、一回の測定が数秒で終了できるため、数秒間、測定対象が静止していれば麻酔をかける必要はない。以上の理由から、本発明では、ラットの運動前後における下肢血流を測定するため、無麻酔下で測定できるduplex modeで行った。さらに、運動負荷後にどの部位を、どのポイントで測定することが好ましいかを確認するため、正常ラット、大腿動脈結紮ラットを用いて検討を行った。
【0028】
下肢血流測定法の検討
a)ラット下肢血流測定部位の検討:
レーザードップラー点測定の下肢血流測定部位として、左足の裏及び指先を比較検討した。指先は代表として第2指を使用した。正常ラット及び大腿動脈結紮翌日のラット各2例ずつで血流量を5回測定した。結果として、第2指で、大腿動脈結紮による血流の減少が明確に認められ、下肢障害を反映していることが見出された。以上の結果から、測定部位は左足の指先(第2指)とした。
【0029】
b)sham群の運動前後における下肢血流量測定ポイントの検討:
また、血流を測定できる時間的制限を検討するため、sham群を用いて運動負荷後の経時的な血流変化を検討した。術後7日では、sham群は運動負荷3分後に下肢血流量が上限に達した。この血流増加は15分後まで継続し、30分後にはほぼ運動負荷前の値(pre値)に戻った(図1参照)。従って、被検薬物の効果を最も判定しやすい測定ポイントは、運動負荷1分後〜15分後、より好ましくは、1分後〜5分後に設定した。
【0030】
c)下肢障害モデルの運動前後における下肢血流量測定の検討:
次に、大腿動脈結紮ラット及び擬似手術を行ったラット(Sham)それぞれ8匹を用いて、運動前後における下肢血流の変化について検討を行った。大腿動脈結紮モデルにおいて、術後7日目(Day7)に、運動負荷前、トレッドミル運動負荷後1、3及び5分の下肢血流を測定した。測定結果を図2Aに示す。この結果、sham群は運動1分後に下肢血流量が著明に増加し、その後、血流量は3及び5分後においてほぼ一定の値になった。一方、大腿動脈結紮群は運動直後に下肢血流量が急激に減少し、その後、3及び5分後においてほぼ運動前の値になった。この血流の変化を拡大して示したものが図2Bである。この拡大図から明らかなように、大腿動脈結紮群においては運動直後に下肢血流量が急激に減少している。このような運動1分後における一過性の血流減少は、臨床的に末梢循環障害の患者に見られる現象であり、このような臨床的な現象を運動負荷直後の血流量の変化として正確に測定できることも、本発明の方法の特徴の一つである。そして、大腿動脈結紮群は運動前の状態からsham群よりも下肢血流量は少なく、トレッドミル運動後もほとんど血流増加は認められずsham群との差がより大きくなった(図2−A、及びB参照)。
【0031】
以上のように、本発明は、下肢循環障害を惹起させた非ヒト動物モデルの運動負荷後の下肢血流の変化を、足部の皮膚表面の血流の測定により行うことを特徴とする、下肢循環障害非ヒト動物モデルにおける運動負荷後の血流変化を測定する方法を提供ものである。そして、本発明のより好ましい態様としては、足部の皮膚表面として、足の指先であることを特徴とするものである。足の指としては、特に制限はないが、測定の容易さから第2指が好ましい。さらに、血流の測定方法として、無麻酔、無侵襲で行うことができるレーザードップラー血流計、好ましくはスキャン時間の短いレーザードップラー血流計を用いることを特徴とするものである。
【0032】
本発明の別の態様においては、前記した本発明の測定方法において、被験物質を投与した群との比較において、下肢の末梢動脈疾患、好ましくは間歇性跛行の治療・予防薬をスクリーニングする方法を提供する。より詳細には、本発明は、下肢循環障害を惹起させた下肢循環障害非ヒト動物モデルに被験物質を投与し、当該非ヒト動物モデルの運動負荷後の下肢血流の変化を、足部の皮膚表面の血流の測定により行い、この結果を被検物質非投与群と比較することからなる、被検物質の下肢の末梢動脈疾患、好ましくは間歇性跛行の治療・予防薬のスクリーニング方法を提供する。
【実施例】
【0033】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0034】
本試験には、被験物質として、シロスタゾール(CILOSTAZOL、ZHEJIANG BOTAI CHEMICAL CO.、LTD. China、以下化合物1と略すことがある)を用いた。シロスタゾール製剤は、米国で間歇性跛行の治療薬として、日本では、慢性動脈閉塞症に基づく潰瘍、疼痛及び冷感等の虚血性諸症状の改善及び、脳梗塞(心原性脳塞栓症を除く)発症後の再発抑制を適用に、臨床で使用されている薬剤である。
また、媒体としてヒドロキシプロピルメチルセルロース(TC−5R、信越化学工業、以後HPMCと略す)を用いた。HPMCを精製水に溶解させて終濃度1%(w/v)に調製し(以後1%HPMC溶液と略す)、冷蔵・遮光保存下に使用した。化合物1は秤量後、乳鉢で十分に粉砕し、少量の1%HPMC溶液を加えながら十分に懸濁させた。メスシリンダーを用いて乳鉢内の懸濁液を1%HPMC溶液により所定の濃度となるよう調製し、使用した。
【0035】
(1)使用動物
Sprague-Dawley(Slc:SD)系雄性ラット(日本SLC(株))を7週齢で購入して用いた。入荷動物は検疫後、通常飼育による馴化期間(4日間以上)を経た後に実験に供した。動物は馴化期間から実験期間中を通じ、温度23±3℃、湿度 55±15%、換気回数12〜16回/時間、照明時間12時間(午前7時に点灯、午後7時に消灯)に調節された飼育室で、ラット用ステンレス製飼育ケージに1〜2匹宛収容し飼育した。飼料および飲用水は、固形飼料CE−2(日本クレア(株))および滅菌水道水を自由摂取させた。
【0036】
(2)トレッドミル歩行訓練
ラットは馴化期間終了後から、ラット・マウス兼用トレッドミル(MK-680S、室町機械(株))上で延べ5日間の歩行訓練を行った。歩行距離測定時の測定条件(ベルト速度20m/分、 傾斜角度15度、歩行時間5分)に合わせ、トレッドミル上での歩行に馴化させた。訓練最終日に手術前の歩行距離を測定し、歩行異常を示した個体を除外した後、5分間の総歩行距離が80m/5分以上のものを実験に供する個体として選別した。
【0037】
(3)下肢動脈結紮モデルの作製
実験に供する個体として選別されたラットにペントバルビタール・ナトリウム溶液を50mg/kg腹腔内投与して麻酔し、両側鼠径部を切開し、大腿動脈を剥離した。両側大腿動脈は絹製縫合糸で2〜5ミリの間隔を置き2箇所結紮した。切開した鼠径部をミヘル針にて閉じ、ケージ内に戻した。なお、sham群については、両側大腿動脈の剥離のみ行を行い、結紮はしなかった。
【0038】
(4)群分け
SASシステム前臨床パッケージVersion5.0 (Release 8.2, SAS Institute Inc.)を用いて、歩行距離結果を基にした単変数完全無作為化割付けでSham群、対照群、化合物1(300mg/kg、1日2回)投与群の3群(各群10例)に振り分けた。
【0039】
(5)投与方法
化合物1投与群は手術翌日から投与を開始し、午前と午後の1日2回経口投与を行った。大腿動脈結紮モデルにおける下肢血流測定では、術後7日間の反復経口投与を行った。7日目は歩行距離測定の1時間前に投与を行った。投与液量は2mL/kgとし、投与日の午前に測定した体重を基に換算した。Sham群と対照群には、同様に媒体のみ(1%HPMC溶液、2mL/kg)を投与した。
【0040】
(6)下肢血流測定方法
ラット大腿動脈結紮モデルおける下肢血流測定は、術後7日目に実施した。下肢血流測定には、レーザードップラー血流画像化装置PeriScan PIMIII (PerimedAB,Sweden)を使用し、duplex modeで行った。測定値は本機器の任意の単位であるPerfusion Unit(PU)として表記した。まず、運動前にラットを無麻酔のまま固定器に入れ、左足第2指の血流を測定した。その後、トレッドミル上での運動負荷(ベルト速度20m/分、傾斜15度)、運動負荷時間は対照群と薬物投与群で歩行距離への影響が少ない90秒間に限定して行った。運動負荷を行ったラットは無麻酔のまま再度固定器に入れ、トレッドミル運動後(1分、3分、5分)に約3〜5秒間の血流を測定した。
【0041】
(7)統計学的方法
データは平均値±標準偏差にて表記した。歩行距離測定により取得したデータは表計算ソフト(Excel 2000、Microsoft)にてround処理を行い、小数第1位で表記して、その後の解析に用いた。統計学的解析には、SASシステム前臨床パッケージVersion5.0 (Release 8.2, SAS Institute Inc.)を用いた。溶媒と薬物投与群の比較は、Student's t-testにて溶媒と各薬物投与群間の差を検定した。有意水準は5%以下とした。
(8)結果
上記に示したラットの下肢血流測定法を用い、化合物1のラット大腿動脈結紮モデルにおける下肢血流改善作用について検討を行った。結果を図3−A、及びBに示す。この結果、Sham群(図3Aの黒菱形印(◆))は急激な下肢血流量の増加が認められ、その後、血流量は3及び5分後においてほぼ一定の値になった。対照群(図3Aの黒四角印(■))は運動5分後まで大きな変動は認められなかった。これに対し、化合物1投与群(図3Aの白丸印(○))では、すべての測定ポイントにおいて対照群に対し有意な下肢血流増加作用が認められ、特に運動5分後では、sham群に匹敵するレベルまで下肢血流量の増加を示した(図3−A)。また、同じモデルを用いて術後7日目(Day7)のトレッドミル上での総歩行距離(最大5分間)を測定した結果、対照群(Control)では著明な歩行障害が認められた。一方、化合物1投与群(300mg/kg Cilostazol)では対照群に対し有意に歩行距離を延長し、運動負荷による下肢血流量の変化を反映していた(図3−B参照)。なお、図3A及びBにおける、*印はp<0.05で有意差があったことを、**印は、p<0.01で有意差があったことをそれぞれ示す。
【0042】
末梢動脈疾患(Peripheral Arterial Disease:PAD)の患者では、アテローム性動脈硬化症により下肢主幹動脈に狭窄や閉塞が生じている。間歇性跛行患者は、安静時における血流は正常であるが、運動時には筋血流増加が制限されるため、跛行症状と関連のある酸素供給と筋代謝の不均衡が生じて歩行障害の一因となる。本発明の下肢障害モデルによる測定方法は、運動負荷後に血流が不十分となる、これら疾患の症状を反映している。本発明の方法では、下肢障害モデルにレーザードップラー法による短時間の点測定(例えば、duplex mode)を組み合わせることで、運動負荷直後の下肢血流測定が可能になった。また、下肢障害モデルでは運動負荷後に血流が増加しないこと及び化合物1のような血流改善作用により下肢血流の増加が認められたことなどから、本発明の方法により運動直後の血流改善作用に対する薬物評価が可能となった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、慢性動脈閉塞症、末梢アテローム性動脈硬化症、又は閉塞性血栓血管炎などの末梢循環障害を伴う間歇性跛行を含む諸症状などの予防及び治療に有効な、末梢血流改善作用、抗血小板作用、筋代謝改善作用を有する化合物を簡便で、高感度で、かつ安全にスクリーニングすることができる下肢皮膚血流の測定方法を提供するものであり、有用な新規な医薬品や食品類の開発に有用な手法となり産業上の利用可能性を有している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験物質の作用を測定する方法であって、
a)下肢循環障害非ヒト動物モデルに、被験物質を投与する工程、
b)運動負荷する工程、
c)下肢皮膚血流を無侵襲、無麻酔で測定する工程、及び、
d)被検物質非投与群と比較する工程、
を含む方法。
【請求項2】
被験物質の作用が、下肢皮膚血流の改善作用である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
被験物質の作用が、慢性動脈閉塞症、末梢アテローム性動脈硬化症、又は閉塞性血栓血管炎に起因する末梢循環障害の予防及び/又は治療作用である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
下肢循環障害非ヒト動物モデルが、下肢動脈結紮歩行障害モデルである、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
非ヒト動物が、ラットである請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
運動負荷が、動物用トレッドミル又はロータロッドでの運動である、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
下肢皮膚血流測定が、レーザードップラー血流計による測定である、請求項1〜6のいずれかに記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−92305(P2011−92305A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−247180(P2009−247180)
【出願日】平成21年10月28日(2009.10.28)
【出願人】(000163006)興和株式会社 (618)
【Fターム(参考)】