説明

中空糸炭素膜、分離膜モジュールおよび中空糸炭素膜の製造方法

【課題】ポリフェニレンオキサイドを用いた中空糸炭素膜前駆体を炭素化して得られる、ガス分離性能に加え、モジュール化に必要な柔軟性を確保し、実用性の高い中空糸炭素膜およびその製造方法を提供する。
【解決手段】ポリフェニレンオキサイドを用いた中空糸炭素膜前駆体を炭素化して得られる、破断伸度が1〜4%である中空糸炭素膜、ならびに、ポリフェニレンオキサイドを非プロトン性溶媒に溶解させる工程と、ポリフェニレンオキサイドを温度誘起相分離点以上の温度で紡糸ノズルより吐出し、中空糸状にする工程と、中空糸状のポリフェニレンオキサイドを水あるいは水と有機溶媒の混合溶液により凝固させる工程と、凝固した中空糸状物を、溶媒置換処理を行うことなく、水を含んだ状態から乾燥させて中空糸炭素膜前駆体を得る工程と、中空糸炭素膜前駆体を炭素化処理する工程とを含む中空糸炭素膜の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリフェニレンオキサイドを用いた中空糸炭素膜前駆体を炭素化して得られる中空糸炭素膜に関するものであって、柔軟性が高く、破損しにくいという利点を有し、柔軟性の指標として、引張り破断伸度が優れる中空糸炭素膜に関する。また本発明は、前記中空糸炭素膜の製造方法、ならびに、当該中空糸炭素膜を用いた分離膜モジュールにも関する。
【背景技術】
【0002】
近年の環境問題や省エネルギー化の観点から、各種のガスなどの混合物からの分離、有機溶剤の脱水・精製プロセスなどにおいて膜分離法が注目を集めている。用いられる分離膜には、ポリイミド膜、ポリスルホン膜などの高分子膜が提案されているが、このような高分子膜は耐熱性および耐溶剤性に問題がある。また、高分子膜と比較して耐熱性に優れるゼオライト膜を分離膜に用いることも知られているが、ゼオライト膜では耐酸性に乏しいという問題があった。
【0003】
近年、耐熱性、耐薬品性に優れ、高温あるいは腐食性の高いガスを含む環境でのガス分離用途に好適な分離膜として、炭素膜が開発されている。このような炭素膜は、支持体(多孔質基材)の表面に形成されたチューブラー型炭素膜、モノリス型炭素膜などの支持体型炭素膜と、支持体を用いない自立型炭素膜との2種類に大きく分類される。自立型炭素膜は、その代表的なものに平膜型、中空糸型があり、中でも、単位容積あたりの膜面積を大きくでき、装置を小型化でき、製造工程も容易であるということから、中空糸型(中空糸炭素膜)が好適であると考えられている。
【0004】
ガス分離性能に優れた自立型の中空糸炭素膜について、たとえば特開2006−231095号公報(特許文献1)には、ポリフェニレンオキサイド(PPO)を含む前駆体高分子膜を不融化処理した後に炭化することによって得られたPPO中空糸炭素膜が開示されている。
【0005】
またたとえば特開2009−34614号公報(特許文献2)には、スルホン化ポリフェニレンオキサイド(SPPO)を含む製膜原液を二重管環状構造の中空糸紡糸ノズルの外管から水凝固浴中に押し出して前駆体高分子膜を作製し、この前駆体高分子膜を不融化処理した後に炭化することによって得られたSPPO中空糸炭素膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−231095号公報
【特許文献2】特開2009−34614号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に開示されたPPO中空糸炭素膜は、PPOは比較的安価なポリマーであるため、経済的であり、かつガス分離性能に優れるという利点がある一方で、柔軟性に乏しいため破損しやすく、分離能モジュールの製造工程における取扱い性に困難を生じるという問題があった。
【0008】
また特許文献2に開示されたSPPO中空糸炭素膜では、スルホン化度の高い(たとえば特許文献2に実施例として記載されたスルホン化度45%)SPPOは、ポリマーの親水性が高いために、紡糸工程中で水分を多量に含む結果、膜の強度が弱くなるうえ、乾燥工程において中空糸膜同士が接着しやすいなど、大量生産工程における取扱い性に困難を生じる。
【0009】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的とするところは、ポリフェニレンオキサイドを用いた中空糸炭素膜前駆体を炭素化して得られる中空糸炭素膜であって、ガス分離性能に加え、モジュール化に必要な柔軟性を確保し、実用性の高い中空糸炭素膜およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、ポリフェニレンオキサイドを用いた中空糸炭素膜前駆体を炭素化して得られる中空糸炭素膜であって、破断伸度が1〜4%であることを特徴とする。
【0011】
本発明の中空糸炭素膜は、引張弾性率が5GPa以上であることが好ましい。
本発明はまた、上述した本発明の中空糸炭素膜を用いた分離膜モジュールについても提供する。
【0012】
本発明はさらに、ポリフェニレンオキサイドを非プロトン性溶媒に溶解させる工程と、ポリフェニレンオキサイドを温度誘起相分離点以上の温度で紡糸ノズルより吐出し、中空糸状にする工程と、中空糸状のポリフェニレンオキサイドを水あるいは水と有機溶媒の混合溶液により凝固させる工程と、凝固した中空糸状物を、溶媒置換処理を行うことなく、水を含んだ状態から乾燥させて中空糸炭素膜前駆体を得る工程と、中空糸炭素膜前駆体を炭素化処理する工程とを含む、中空糸炭素膜の製造方法についても提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の中空糸炭素膜は、ガス分離性能に優れ、かつ柔軟性にも優れるため、破損しにくく、モジュール化が容易であり、実用性に優れたものである。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】引張試験に用いたサンプル台紙1を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための最良の形態を具体的に説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、適宜設計の変更、改良等が加えられることが理解されるべきである。
【0016】
<中空糸炭素膜>
本発明の中空糸炭素膜は、破断伸度(引張伸度)が1〜4%であることを特徴とする。本発明によれば、破断伸度が1〜4%の範囲内であることで、ガス分離性能に優れ、かつ柔軟性にも優れるため、破損しにくく、モジュール化が容易であり、実用性に優れた中空糸炭素膜が提供される。中空糸炭素膜の破断伸度が1%未満である場合には、中空糸炭素膜として十分な柔軟性が得られず、破損しやすいため、モジュール作製時の取扱い性に困難を生じるという不具合があり、また、4%を超える場合には、炭素化が十分に進行していないために耐酸性、耐薬品性、ガス分離性能が十分でないという不具合がある。すなわち中空糸炭素膜としての柔軟性を確保し、かつ炭素膜としての耐酸性、耐薬品性、ガス分離性能をも向上させるという理由からは、本発明の中空糸炭素膜の破断伸度は、1〜4%の範囲内であることが好ましく、1.5〜3.5%の範囲内であることがより好ましい。なお、中空糸炭素膜の破断伸度は、日本工業規格「炭素繊維−単繊維の引張特性の試験法」(JIS R7606)に準拠して、たとえば引張試験機テクノグラフ(TGI−200N、ミネベア株式会社製)を用いて引張試験を行うことで測定することができる。
【0017】
上述のような破断伸度を有する本発明の中空糸炭素膜は、ポリフェニレンオキサイド(PPO)を用いた中空糸炭素膜前駆体を炭素化して得られたものである。このような本発明の中空糸炭素膜は、耐酸性、耐薬品性の付与およびガス分離性能発現の観点から、炭素化が十分に行われていることが必須であり、炭素を主成分として含む多孔質膜として提供される。ここで、本発明の中空糸炭素膜における炭素の含有量は、70質量%以上であることが好ましく、80質量%以上であることがより好ましく、90質量%以上であることがさらに好ましい。なお、本明細書において、「主成分」とは、膜の構成成分中において含有量(質量%)が最も大きい成分のことを意味する。なお、中空糸炭素膜の構成成分およびその含有量は、たとえば、エネルギーエネルギー分散型X線分光法(Energy Dispersive X-ray spectroscopy;EDS)により、それぞれ特定することができる。
【0018】
本発明の中空糸炭素膜は、引張弾性率が5GPa以上であることが好ましく、10GPa以上であることがより好ましい。中空糸炭素膜の引張弾性率が5GPa未満であると、破断伸度が高くとも、炭素化が十分に進行していないために耐酸性、耐薬品性、ガス分離性能が十分でない場合があるためである。また炭素化が進行しすぎると、炭素膜としての弾性率は高くなるが、欠陥が多くなるため、伸度が低下する結果、柔軟性が失われ、さらには欠陥に起因するガス分離性能の低下が起こりやすい。これらの理由からは、中空糸炭素膜の引張弾性率は50GPa以下であることが好ましく、30GPa以下であることがより好ましい。なお、中空糸炭素膜の引張弾性率は、日本工業規格「炭素繊維−単繊維の引張特性の試験方法」(JIS R7606:2000)に準拠し、上述した破断伸度の測定に使用した引張試験機を用いて測定することができる。このとき引張弾性率を評価するための、中空糸炭素膜の断面積の測定は、日本工業規格「炭素繊維−単繊維の直径及び断面積の試験方法」(JIS R7607:2000)のC法に準拠し、樹脂片に包埋した中空糸炭素膜の繊維軸方向に垂直な面を研磨し、その横断面を走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscopy:SEM)によって撮影し、20本の中空糸膜断面の面積を測定し、平均値を求めることで可能である。
【0019】
本発明の中空糸炭素膜の厚さは特に制限されるものではないが、1〜50μmの範囲内であることが好ましい。中空糸炭素膜の厚さが1μm未満である場合には、自立型の中空糸炭素膜として十分な柔軟性が得られず、破損しやすいという傾向にあるためであり、また、50μmを超える場合には、気体分子の透過抵抗が大きくなりすぎるため、ガス分離膜として十分な透過流量が得られないという傾向にあるためである。すなわち中空糸炭素膜としての柔軟性を確保しつつ、しかもガス分離の透過流量も確保するという理由からは、中空糸炭素膜の厚さは5〜20μmの範囲内であることがより好ましい。なお、中空糸炭素膜の厚さは、例えば上記の樹脂片に包埋した中空糸炭素膜の断面をSEMにより評価する方法を用いることができる。
【0020】
また本発明の中空糸炭素膜の外径についても特に制限されないが、50〜500μmの範囲内であることが好ましい。中空糸炭素膜の外径が50μm未満であると、前駆体中空糸膜の吐出工程において作製が難しくなり、また中空糸膜の内径が小さくなりすぎるため、異物による詰りなども起こりやすくなるという傾向にあるためであり、また、500μmを超えて中空糸炭素膜の外径が大きくなるほど中空糸炭素膜が破断する最小曲げ半径は大きくなり、取り扱い性が悪くなる傾向にあるためである。すなわち作製の容易さ、中空糸炭素膜の中空部に十分なスペースを与えること、さらに中空糸炭素膜としての十分な柔軟性をも確保するという理由からは、中空糸炭素膜の外径は100〜400μmの範囲内であることがより好ましい。なお、中空糸炭素膜の外径については、例えば上記の樹脂片に包埋した中空糸炭素膜の断面をSEMにより評価する方法を用いることができる。
【0021】
<中空糸炭素膜の製造方法>
本発明の中空糸炭素膜の製造方法は、(1)ポリフェニレンオキサイドを非プロトン性溶媒に溶解させる工程(溶解工程)と、(2)PPOを温度誘起相分離点以上の温度で紡糸ノズルより吐出し、中空糸状にする工程(吐出工程)と、(3)中空糸状のPPOを水あるいは水と有機溶媒の混合溶液により凝固させる工程(凝固工程)と、(4)凝固した中空糸状物を、溶媒置換処理を行うことなく、水を含んだ状態から乾燥させて中空糸炭素膜前駆体を得る工程(乾燥工程)と、(5)中空糸炭素膜前駆体を炭素化処理する工程(炭素化処理工程)とを含むことを特徴とする。上述した本発明の中空糸炭素膜は、このような本発明の中空糸炭素膜の製造方法によって好適に製造することができるが、上述したような本発明の中空糸炭素膜の特徴を備えるものであれば、本発明の中空糸炭素膜の製造方法で製造されたものに限定されるものではない。
【0022】
〔1〕溶解工程
本発明の中空糸炭素膜の製造方法では、まず、PPOを非プロトン性溶媒に溶解させる。PPOの溶媒は、たとえば公知文献(G. Chowdhury, B. Kruczek, T. Matsuura, Polyphenylene Oxide and Modified Polyphenylene Oxide Membranes Gas, Vapor and Liquid Separation, 2001, Springer)にまとめられているように、ベンゼン、トルエン、クロロホルムなど環境負荷が大きく、人体に有害なものが多い。一方、たとえば特開平3−65227号公報には、およそ100℃以上の温度では、比較的環境負荷の小さい非プロトン性の溶媒にPPOが溶解されることが開示されている。本発明において用いられる非プロトン性溶媒としては、たとえばN−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルアセトアミドなどが用いられ、中でもPPOの溶解性が特に優れることから、非プロトン性溶媒としてN−メチル−2−ピロリドンを用いることが好ましい。
【0023】
非プロトン性溶媒としてN−メチル−2−ピロリドンを用いる場合、N−メチル−2−ピロリドンはおよそ100℃以上の温度でPPOを均一に溶解することができる。またN−メチル−2−ピロリドンに所望の貧溶媒(たとえばメタノール、エタノール、アセトン、テトラヒドロフラン、メチルエチルケトン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、グリセリンなど)をポリマーの溶解性が確保される範囲で添加して、膜の細孔径や細孔径分布を変更することもできる。
【0024】
〔2〕吐出工程
続く工程では、上述のようにしてPPOを非プロトン性溶媒に溶解させた溶液(PPO紡糸原液)を、紡糸ノズルより吐出させて中空糸状にする。本発明における紡糸の形式は特に制限されるものではなく、従来公知の紡糸法を適用することができるが、PPO中空糸膜の構造制御を精密に行う観点および、作製の容易さの観点からは、乾湿式紡糸法を適用することが好ましい。
【0025】
本発明の中空糸炭素膜の製造方法において、PPO紡糸原液は、温度誘起相分離点以上の温度で吐出させる。ここで、「温度誘起相分離点」とは、温度により誘起された相分離により固化しない温度を指し、たとえばPPOをN−メチル−2−ピロリドン(NMP)に溶解させたPPO紡糸原液の温度誘起相分離点は、紡糸原液濃度や溶媒組成により変動するが、概ね80℃(50〜120℃)である。したがって当該工程では、80℃以上、好ましくは100℃以上、より好ましくは120℃以上の温度で、均一な液体状を保った状態で、二重円筒管ノズルより内液とともに紡糸する。なお、吐出工程の際の温度は、溶媒の沸点以下に設定することはいうまでもなく、かつ紡糸原液の粘度を低くしすぎて紡糸安定性を損なわないという観点から、200℃以下とすることが好ましく、180℃以下とすることがより好ましい。
【0026】
上述のように内液とともに吐出された中空糸状のPPO紡糸原液は、内液との非溶媒誘起相分離により凝固される。内液は、中空糸状に吐出されたPPO紡糸原液の内側に吐出され、非溶媒誘起相分離により、PPO紡糸原液を凝固させうるものが好適に用いられる。このような内液としては、紡糸原液を上述のように100℃以上で吐出させる場合には、水よりも沸点の高い溶媒が好適に用いられる。このような内液としては、たとえばグリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコールなどが挙げられる。中でも、内液として後の水洗処理が容易となる理由から、エチレングリコールを用いることが好ましい。
【0027】
〔3〕凝固工程
上述した吐出工程で吐出された紡糸原液は、続く凝固工程において、貧溶媒で満たされた凝固浴に浸漬される。なお、中空糸状物の表面のポリマー濃度を高くして、表面を緻密にするなどの膜構造制御の観点から、吐出工程の後、中空糸状に形成されたPPO紡糸原液は、溶媒を部分的に乾燥処理した後に、当該凝固工程に供するようにすることが好ましい。凝固工程では、中空糸状に形成されたPPO紡糸原液は、非溶媒誘起相分離により、中空糸状物に凝固する。
【0028】
当該凝固工程に用いられる貧溶媒としては、紡糸原液中のPPOポリマーを速やかに凝固させることが可能で、かつ使用が容易であるという理由から、水あるいは水と有機溶媒の混合溶液が用いられる。有機溶媒を混合する場合、当該有機溶媒としては、たとえばメタノール、エタノール、グリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、アセトン、テトラヒドロフラン、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルアセトアミドなどが挙げられ、中でもN−メチル−2−ピロリドンが好ましい。
【0029】
PPO紡糸原液を浸漬する際の貧溶媒の温度は特に制限されないが、0〜50℃の範囲内であることが好ましく、0〜20℃の範囲内であることがより好ましい。貧溶媒の温度が0℃未満である場合には、凝固浴の液体が凍る、あるいは粘度が低下しすぎるため紡糸安定性が悪くなるという傾向があるためであり、また、貧溶媒の温度が50℃を超えると、凝固浴の粘度が低くなりすぎ、膜構造が不安定になったり、紡糸安定性が悪くなったりするという傾向があるためである。また、PPO吐出原液を貧溶媒に浸漬する時間についても特に制限されないが、十分凝固を進行させて、中空糸状の形状を保ち、かつ工程を無駄に長くしないという観点から、0.1〜100秒の範囲内であることが好ましく、1〜50秒の範囲内であることがより好ましい。
【0030】
〔4〕乾燥工程
上述した凝固工程の後、凝固した中空糸状物を、溶媒置換処理を行うことなく、水を含んだ状態から乾燥させて中空糸炭素膜前駆体を得る。なお、凝固工程で相分離を終えた中空糸状物は、十分に水洗して残存する溶媒を除去した後に、当該乾燥工程に供することが好ましい。
【0031】
本発明における乾燥工程で行わない「溶媒置換処理」とは、たとえば水を含む中空糸状物を、アルコールなど表面張力が水よりも小さく、かつ水と混和する溶媒に、徐々に溶媒濃度を高くしながら、最終的に完全に前記溶媒に置換する手法である。またアルコールに置換した中空糸状物は、シクロヘキサン、n−ヘキサンなど、さらに表面張力の小さい溶媒に置換される場合もある。表面張力の低い溶媒を含んだ状態から乾燥された中空糸状物は、初期の細孔構造が維持されやすいとされる。また、溶媒置換と類似の方法として、前記吐出工程における凝固浴の貧溶媒をあらかじめ、表面張力の小さい、たとえばアルコールなどにする場合も同様の効果が得られる。
【0032】
しかしながら、本発明の中空糸炭素膜の製造方法では、このような溶媒置換処理は不要である。本発明者らの知見によれば、このような溶媒置換処理を行ったとしても、PPO吐出原液から形成した中空糸状物は、後述する耐炎化処理工程と炭素化処理工程において、その多孔構造は溶融し、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した場合に、一見すると全体が緻密で一様な、いわゆる均質膜構造となってしまうためである。溶媒置換処理を行って作製されたPPO中空糸炭素膜は、このような均質膜構造であるにも関わらず、脆くなり、柔軟性が低くなってしまう。
【0033】
これに対し、本発明者らは、水を含んだ膜を溶媒置換処理を行わずに乾燥して中空糸炭素膜を作製したところ、同様な均質膜構造が得られたにも関わらず、驚くべきことに柔軟性は、溶媒置換処理を行った中空糸炭素膜と比較して、非常に優れることが明らかとなった。また両者のガス分離性および透過性には、大きな差異は見られなかった。すなわち溶媒置換処理を行わず、水を含んだ状態から直接乾燥処理を行うことが、中空糸炭素膜の優れた柔軟性とガス分離性能を発揮させるために好ましいことが分かった。
【0034】
〔5〕炭素化処理工程
最後に、得られた中空糸炭素膜前駆体を炭素化処理するが、好ましくは、炭素化処理の前処理として、耐炎化処理が施される。耐炎化処理では、空気雰囲気下で150〜350℃、より好ましくは200〜300℃で、30分間から4時間程度、中空糸炭素膜前駆体を加熱する。このような耐炎化処理を施すことによって、ポリマーの熱架橋反応が促進され、炭素化後の膜構造が強固なものとなり、分離性能や柔軟性の向上に有利である。
【0035】
上述のように好ましくは耐炎化処理を施した中空糸炭素膜前駆体は、炭素化処理工程で公知の方法で炭素化処理され、中空糸炭素膜が得られる。炭素化処理は、たとえば、中空糸炭素膜前駆体を高温炉内に収容し、10−4気圧以下の減圧下、またはヘリウム、アルゴンガス、窒素ガスなどで置換した不活性ガス雰囲気下で減圧することなく加熱処理することによって行なう。また、中空糸炭素膜前駆体を連続搬送しながら、不活性ガス雰囲気の下、高温処理する連続炭素化炉で炭素化処理を行なう方法がとられてもよい。
【0036】
炭素化処理における加熱条件は、前駆体を構成するポリマーの種類などにより、最適なものが選択されるが、好ましくは、10−4気圧以下の減圧下または不活性ガス雰囲気中で、500〜850℃で30分間から4時間である。より好ましくは、550〜650℃で30分から2時間である。500℃未満では十分な炭素化が起こらないため、得られた中空糸炭素膜は柔軟であるが、十分なガス分離性が得られず、また耐薬品性、耐熱性も劣ったものとなってしまうので好ましくない。一方、850℃を超える温度で炭素化処理を行なうと、では炭素化後の膜が脆くなってしまうので好ましくない。
【0037】
<分離膜モジュール>
本発明は、上述した本発明の中空糸炭素膜を用いた分離膜モジュールについても提供する。分離膜モジュール自体は公知であり、本発明の分離膜モジュールも、本発明の中空糸炭素膜を用いること以外は、従来公知の適宜の材質、構造を組み合わせて実現することができる。たとえば典型的な構造の分離膜モジュールとして、所定の長さに切断された複数本の本発明の中空糸炭素膜が束ねられた状態でその両端をそれぞれ接着剤で固めた分離膜モジュールが例示される。この際、束ねられた状態の中空糸炭素膜の一方側の端部は開口するように接着剤で固められ、開口を有するキャップが取付けられる。また、束ねられた状態の中空糸炭素膜の他方側の端部は開口しないように接着剤で固められ、開口を有さないキャップが取付けられる。なお、これはあくまで一例に過ぎず、束ねられた状態の中空糸炭素膜の一方側の端部が開口し、他方側の端部が閉口している構造であればよい。
【0038】
上述した分離膜モジュールを作製する方法についても、公知の方法を適宜採用することができ、特に制限されるものではない。たとえば、複数本の本発明の中空糸炭素膜を作製し、それをそれぞれ所定の長さに切断した状態で束ね、束ねられた複数本の中空糸炭素膜の一端を接着剤で接着するとともに、他端を接着剤で接着する。その後、束ねられた状態の中空糸炭素膜の一方側の端部を接着剤とともに切断することによって開口させる。その後、それぞれの端部に上述のようなキャップを取付けることによって、上述した分離膜モジュールが作製できる。
【0039】
本発明の中空糸炭素膜およびこれを用いた分離膜モジュールは、特にガス分離用炭素膜として有用である。水素製造、二酸化炭素分離回収、排気ガス分離回収、天然ガス分離、ガスの除湿、空気からの酸素の製造などの分野において特に好適に用いることができる。
【実施例】
【0040】
以下に本発明の実施例の詳細を示すが、本発明を制限するものではない。
<実施例1>
ポリフェニレンオキサイド(PPO)(No.181781、アルドリッチ社製)13.75gに対して、N−メチル−2−ピロリドン36.25gを加え、混練して均一な懸濁液を作製した後、100〜150℃の範囲の温度で混練しながら加熱することで均一な紡糸原液を得た。得られた紡糸原液を150℃に保温した状態で、同じく130℃に加熱保温した紡糸原液押出し機に充填し、二重円筒管ノズルのスリット部より、紡糸原液を定量押出しした。二重円筒管ノズルの内孔からは、内液として、エチレングリコールを定量吐出させ、中空状に押出された紡糸原液の内層部分に相分離を誘起させつつ、50mmのエアギャップで、紡糸原液表層部の乾燥処理を行い、その後、10℃に保温したN−メチル−2−ピロリドン30%水溶液で満たした凝固浴中で、完全に相分離を進行させた。固化した中空糸状物を十分水洗した後、水を含んだ状態のまま、80℃の乾燥炉にて乾燥処理した。
【0041】
得られた中空糸状物を50cmの長さにカットし、マッフル炉にて空気雰囲気の下、10℃/minの速度で昇温させ、280℃に達してから、同温度にて1時間加熱し、その後放冷した。
【0042】
空気酸化処理を行った中空糸状物を、高温焼成炉にて窒素雰囲気の下、10℃/minの速度で昇温させ、600℃に達してから、同温度にて2時間加熱し、その後放冷し、PPO中空糸炭素膜を得た。
【0043】
<実施例2>
凝固浴組成を10℃に保温した純水に変更したこと以外は、実施例1と同様にしてPPO中空糸炭素膜を得た。
【0044】
<実施例3>
炭素化処理における温度を700℃に変更したこと以外は、実施例1と同様にしてPPO中空糸炭素膜を得た。
【0045】
<実施例4>
炭素化処理における温度を500℃に変更したこと以外は、実施例1と同様にしてPPO中空糸炭素膜を得た。
【0046】
<比較例1>
固化した中空糸膜を十分に水洗した後、50重量%エタノール水溶液に2時間浸漬し、さらにエタノールに一晩浸漬させた後、ヘキサンに一晩浸漬させた後に常温で乾燥処理を行ったこと以外は実施例1と同様にしてPPO中空糸炭素膜を得た。
【0047】
<比較例2>
ポリフェニレンオキサイド(PPO)(No.181781、アルドリッチ社製)13.75gに対して、クロロホルム36.25gを加え、混練して均一な紡糸原液を作製した後、これを紡糸原液押出し機に充填し、二重円筒管ノズルのスリット部より、常温条件下で紡糸原液を定量押出しした。二重円筒管ノズルの内孔からは、内液として、エタノールを定量吐出させ、中空状に押出された紡糸原液の内層部分に相分離を誘起させつつ、紡糸原液表層部の乾燥処理を行い、その後、10℃に保温したエタノールで満たした凝固浴中で、完全に相分離を進行させた。固化した中空糸状物を乾燥処理して巻取り、中空糸状物を得た。このようにして得られた中空糸状物に対し実施例1と同様の条件で耐炎化処理および炭素化処理を行ない、PPO中空糸炭素膜を得た。
【0048】
実施例および比較例で得られたサンプル(PPO中空糸炭素膜またはPPO中空糸状物)の評価方法を以下に示す。
【0049】
(柔軟性評価方法1)
JIS R7606:2000に準拠して、引張試験機テクノグラフ(TG−200NB、ロードセル型式TT3D−10N、ミネベア株式会社製)を用いて引張試験を行った。中空糸炭素膜サンプルの断面積は、JIS R7607:2000のC法に準拠して、中空糸膜断面積を測定した。サンプルの把持部での端部切れを防ぐために、図1のような四角の枠状のサンプル台紙1の両端に、サンプル2を載せて、サンプル2の両端部を二液性エポキシ樹脂3により接着、固化させた。作製したサンプル台紙1の両端のチャック把持部5を引張試験機のチャックにて把持、固定する。続いて接続部4を切り離した後、サンプル2の引張試験を開始する。サンプル長は25mmとした。引張り速度は5mm/minとした。測定本数は20本行い平均値を評価した。各サンプルについての破断伸度および引張弾性率を表1に示す。
【0050】
(柔軟性評価方法2)
実施例および比較例のPPO中空糸炭素膜の柔軟性は、上記の引張り試験に加えて、中空糸炭素膜を曲げたときに破断するときの、最小曲げ半径についても評価を行った。1mm刻みで異なる様々な直径の円柱に中空糸炭素膜を180°以上巻きつけて、中空糸炭素膜が破断するかどうかを確認し、最小曲げ半径は、中空糸炭素膜が破断しない円柱において、最小の半径を有する円柱を求め、その円柱の半径の値で示すことにより、膜の柔軟性を評価した。結果を表1に示す。
【0051】
(中空糸炭素膜の破損率の評価)
実施例および比較例のPPO中空糸炭素膜をそれぞれ用いて、中空糸炭素膜100本からなる分離膜モジュールをそれぞれ10個ずつ作製して、そのうち、ガス分離評価を行ったときに、モジュール作製時に中空糸炭素膜が破損した場合および、ガス透過試験時にリークが起こった場合の個数の、百分率での割合を破損率として評価した。結果を表1に示す。
【0052】
(中空糸炭素膜のガス分離性能の評価)
試験ガス(He,CO,N)を用いて、中空糸炭素膜のガス分離性能を測定した。自作の中空糸用気体透過率測定装置に各サンプル(PPO中空糸炭素膜またはPPO中空糸状物)を装着し、各サンプルの内面に一定圧力で試験ガスを供給し、透過する気体流量を流量計で測定した。この際に、下記式で求められるガス透過速度Q(10−6cm(STP)・cm−2・s−1・cmHg−1(=GPU))により気体分離性能を評価した。また、Qの比からガスの理想分離係数を求めた。
【0053】
・Q={ガス透過流量(cm・STP)}÷{膜面積(cm)×時間(秒)×圧力差(cmHg)}
結果を表2に示す。
【0054】
【表1】

【0055】
【表2】

【0056】
表1、2から明らかなように、実施例1〜4では、破断伸度が高く、取扱い性に優れるPPO中空糸炭素膜が得られたことがわかる。また最小曲げ半径も4.5〜9.0mmと小さく、柔軟性に富むことがわかる。さらにモジュール作製時の破損率はゼロであり、モジュール化が容易であることもわかる。これに対し、比較例1、2は、破断伸度が格段に低く、最小曲げ半径も30mmと非常に大きく、破損しやすいことがわかる。その結果として、モジュール化時の取扱い性に問題があり、破損率は非常に高かった。
【符号の説明】
【0057】
1 サンプル台紙、2 サンプル、3 エポキシ樹脂、4 接続部、5 チャック把持部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリフェニレンオキサイドを用いた中空糸炭素膜前駆体を炭素化して得られる、破断伸度が1〜4%である、中空糸炭素膜。
【請求項2】
引張弾性率が5GPa以上である、請求項1に記載の中空糸炭素膜。
【請求項3】
請求項1または2に記載の中空糸炭素膜を用いた分離膜モジュール。
【請求項4】
ポリフェニレンオキサイドを非プロトン性溶媒に溶解させる工程と、
ポリフェニレンオキサイドを温度誘起相分離点以上の温度で紡糸ノズルより吐出し、中空糸状にする工程と、
中空糸状のポリフェニレンオキサイドを水あるいは水と有機溶媒の混合溶液により凝固させる工程と、
凝固した中空糸状物を、溶媒置換処理を行うことなく、水を含んだ状態から乾燥させて中空糸炭素膜前駆体を得る工程と、
中空糸炭素膜前駆体を炭素化処理する工程とを含む、中空糸炭素膜の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2013−71073(P2013−71073A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−212886(P2011−212886)
【出願日】平成23年9月28日(2011.9.28)
【出願人】(000003160)東洋紡株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】