説明

乳化剤

【課題】食用酵母から得られる、安全性の高い、単独で高い乳化性と乳化安定性を示す新規な乳化剤;当該乳化剤を用い、脂溶性物質を含有する水溶性組成物;及び、これらの製造方法を提供する。
【解決手段】食用酵母を培養して得られる培養液中の糖とタンパク質を有する複合体を有効成分として含有してなる乳化剤。また、当該乳化剤及び脂溶性物質を含有してなる水溶性組成物。さらに、当該乳化剤及び水溶性組成物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な乳化剤及び水溶性組成物に関する。さらに詳しくは、水と油脂の混合物である乳化物を製造する際に助剤として用いられる、食用酵母由来の糖とタンパク質を有する複合体を有効成分とする乳化剤、これを用いて得られる水溶性組成物、及び、これらの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
乳化剤は、現代生活には欠かせない物質として、いわゆる洗剤の他、様々な生産過程で使用されるとともに、様々な日用製品や食品中に含まれている。こうした乳化剤としては、有機合成的に得られるアルキル硫酸塩やポリオキシエチレン系の低分子量の合成乳化剤等が利用されてきたが、これらは微生物による分解を受けにくく、環境中に放出された際に生分解を受けずに環境中に蓄積し、汚染を引き起こす可能性が指摘されている。また、従来から有機性の溶剤に溶かして用いられてきた塗料等にも同様の環境汚染の危惧があり、さらには作業上の安全性の見地から、用いられる溶剤を水へと転換することが望まれている。
【0003】
これに対応するために、例えば、塗料等を利用するにあたり、塗布後の塗布部での液だれを防止するために、塗料等に一定の粘性を付与する必要があったが、従来より用いられていた乳化剤では粘性が不十分であり、別に増粘剤を添加する必要があるため、より多くの組成となり、製造上あるいは経済的にも問題を有していた。
【0004】
また、哺乳動物に適用される乳化剤としては、シュガーエステル等の合成乳化剤も存在するが、その安全面から天然物を利用することが望まれており、例えば、天然乳化剤として、カゼイン等の蛋白質、レシチン等の脂質、あるいはアラビアガムのような植物多糖が利用されている。しかしながら、これらは、乳化性は高いものの、溶液の粘性が低いために長時間放置すると水相と油相が分離してしまうという欠点があった。この問題を解決するために、これらの乳化剤を多量に添加するか、あるいはキサンタン等の増粘剤との併用による安定化が必要となり、経済上あるいは製造上の課題を有していた。また、アラビアガムは植物由来であるため、その生産量が気候等に左右されやすく、安定的に供給することが難しいという課題もあった。
【0005】
カロチノイド又はビタミンを含有するエマルジョン中でポリアルコールを使用することが記載されている他の特許明細書では、アルコール、例えばエタノール(特許文献1参照)、非イオン性乳化剤、例えばポリグリセリン脂肪酸エステル(特許文献2参照)、又はその両方(特許文献3参照)を付加的に使用することが必要である。しかしながら、アルコール及び非イオン性乳化剤は、多くの製剤、特に哺乳動物に適用するために好ましくないか、又は、一般的に食品中での使用は認可されていない。さらに、グリセリン又はその他の多価アルコールをベースとし、軟質のゼラチンカプセルに充填するために使用されるカロチノイドエマルジョンの製造方法(特許文献4参照)があるが、当該文献の実施例で使用された乳化剤は、同様に非イオン性乳化剤であり、かつ活性物質の含量が比較的低いことがもう1つの欠点とみなされる。
【0006】
ユビデカレノン又は補酵素Q10として知られている、補酵素Qの1種であるコエンザイムQ10は、脂溶性物質として知られ、その均質化、可溶化状態を保持させるための技術が開発されている。例えば、ポリエチレングリコール、硬化ヒマシ油ポリオキシエチレン−(20)−エーテル等の非イオン乳化剤を用いて、マントン−ゴーリン型の高圧ホモジナイザーで処理された脂肪乳剤が開示されている(特許文献5参照)。また、大豆油等の植物油、ホスファチジルコリン等のリン脂質乳化剤を用いて処理し、粒径を0.5〜300μmとした静注用乳化液が開示されている(特許文献6参照)。ところが、前者の方法では、脂肪乳剤は粒径が大きく、透明感で劣る問題がある。さらに、後者の静注用乳化剤は、コエンザイムQ10の含有量が少なく、高濃度にした場合に保存安定性が悪い問題がある。コエンザイムQ10を含有する水溶性組成物としては、油成分を必要としないで乳化できる、製造の際に特殊な条件、複雑な工程等が不要であること等が求められている。
【0007】
また、食品の製造工程においては、缶詰等、製造工程で加熱処理を受ける食品に、脂溶性天然物を添加しようとする場合、加熱により乳化が破壊され、脂溶性天然物が表面に浮上する現象としてクリーミングが発生するという問題点があった。この問題点をクリアするために、ショ糖縮合リシノール酸エステルとアルコールを用いて耐熱性乳化を試みている(特許文献7参照)。しかし、上記の先行技術も缶コーヒーのレトルト処理(一般的には125℃、20分)等、加熱条件が厳しい場合には乳化が破壊され、クリーミングが発生する。そのため、より熱に強い乳化剤が求められている。
【0008】
化粧品に用いられる乳化剤は、脂溶性色素等の脂溶性の成分を肌になじませる為、また、化粧品内でこれらを均一に分散させる為等に用いられる。この場合、化学合成乳化剤が多く使用されており、直接肌に塗布し、長期間使用する場合は、様々な障害を生じる可能性が指摘されており、このことから化粧品用途においても肌にやさしい安全性の高い乳化剤が求められていた。
【0009】
入浴剤は、温泉由来の無機塩類を主成分としたものや、炭酸アルカリ塩と有機酸からなり、浴湯中で炭酸ガスを発生するものに香料や着色料、植物エキス等を配合したものが主体である。近年では、入浴によるスキンケア効果に関心が高まり、スキンケア効果を付与した入浴剤の提案が多くなされるようになってきた。入浴剤によってスキンケア効果を付与する方法としては、多価アルコール、多糖類やミルク成分等の保湿成分を配合したもの、スキンケア効果があるとされる植物エキスを配合したもの、油分を配合したもの等がある。しかし、水溶性の保湿成分は浴湯中に希薄に溶けてしまうため、皮膚に残りにくく効果が弱い。また効果が期待できるほど多量に用いることは、湯上がり後の肌のべたつき等の原因となったり、経済的でない等、不具合である。それに対し、油分を用いるものは比較的少量の使用で効果や実感が得られ有効な手段であり、油分を乳化剤により浴湯中に乳化するタイプ等が通常用いられる。しかし、油分の配合量には限度があり、入れすぎると製剤の流動性が悪くなり製剤化に支障を来すため、より少量で効果的な乳化剤が必要とされていた。また入浴時には多量の水を使用し多量の乳化剤を必要とするため、安全性にも問題が生じることが予想され、それ故、安全性の高い乳化剤が求められていた。
【0010】
こういった理由から、従来より、安全性の高い、天然由来の乳化剤が求められており、生物材料からの乳化剤としては以下のようなものの報告がある。Saccharomyces cerevisiaeの細胞壁にはマンノースとタンパク質の融合した物質が含まれ、これが乳化作用を示すことが知られている(非特許文献1参照)。この場合、この物質の調製には菌体を破壊せねばならず、非常に手間がかかるものであり、実用化には至っていない。また環境中よりスクリーニングによって得られたCandida lipolyticaでは、培地中に乳化作用を示す物質を生産することが知られている(非特許文献2参照)が、ヘキサデカン等、難溶性の炭素源を培養時に使用することが必要であり、グルコース等の溶解性の炭素源では、その乳化作用が低いことが難点であるとされていた。
【0011】
このように、微生物の培養液中より得られる乳化作用を持ったものはバイオサーファクタントと称されるが、生物毒性や環境残留性がないといった長所を有している。また、培養により大量生産することができるといった特徴も有している。しかしながら、これらのバイオサーファクタントの安全性は高いと言われているものの、これらの生産菌は、土壌や木材といった環境中より、例えば油を高度に資化することを指標にしたスクリーニングによって得られたもので、ヒトが食した経験のないものから得られたものであり、真に安全性の高いものであるとは言いがたいものであった。また、食経験のある酵母からの乳化剤という面では、Saccharomyces属又はKluyveromyces属由来のものが知られている(特許文献8参照)が、これは菌そのものを熱処理することによって初めて得られるものであり、培養液から得られるものとしては定義されていない。
【0012】
また、自然界には様々な微生物が存在し、それらの中には未知の機能を持つものが含まれており、バイオサーファクタント生産菌も報告されており、サーファクチン、ラムノリピド(非特許文献3参照)やソフォロリピド(非特許文献4参照)を含むいくつかのバイオサーファクタントは、生産性を上げて既に実用化されている。しかしながら、これらのバイオサーファクタント生産菌は、土壌をはじめとする環境中より分離された菌であるため、実際にヒトの食経験があるかどうかは不明で、真に安全であるとは言いがたい。また、従来存在するものの中で酵母由来のものは、ソフォロリピッドであるが、これはサーファクタントの分類上、糖脂質型であり、この生産菌であるCandida bombicolaは、本発明で用いる酵母とは分類学上異なる上、食経験のあるものから分離された菌ではない。
【特許文献1】特開昭47−25220号公報
【特許文献2】特公昭61−260860号公報
【特許文献3】特公昭60−000419号公報
【特許文献4】特公昭58−128141号公報
【特許文献5】特開昭60−199814公報
【特許文献6】特開昭61−56124号公報
【特許文献7】特開平4−299940号公報
【特許文献8】特開平10−98号公報
【非特許文献1】D.R.Cameron et al., Applied and Environmental Microbiology, June 1988, 54,6:p.1420−1425
【非特許文献2】M.C.Cirigliano et al., Applied and Environmental Microbiology, Oct.1984,p.747−750
【非特許文献3】M.Benincasa et al., 2002. J.Food Eng. 54:283−288
【非特許文献4】M.Deshpande and L.Daniels, 1995. Bioresour.Technol. 53:143−150
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、上記の問題を解決し、食用酵母から得られる、安全性の高い、単独で高い乳化性と乳化安定性を示す新規な乳化剤;当該乳化剤を用い、脂溶性物質を含有する水溶性組成物;及び、これらの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、食用酵母の培養液中の糖とタンパク質を有する複合体を脂溶性物質の溶液に添加したところ、脂溶性物質を均質化することによって、安定に乳化させることができ、この乳化液を加熱処理した後も乳化が長期間安定であることを見出し、この知見に基づき本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明は、食用酵母を培養して得られる培養液中の糖とタンパク質を有する複合体を有効成分として含有してなる乳化剤に関する。
また、本発明は、上記乳化剤及び脂溶性物質を含有してなる水溶性組成物に関する。
さらに、本発明は、食用酵母を培養し、得られた培養液中の糖とタンパク質を有する複合体画分を分離及び回収することを特徴とする、乳化剤の製造方法に関する。
また、本発明は、上記乳化剤及び脂溶性物質を混合することを特徴とする、水溶性組成物の製造方法に関する。
【0016】
以下に、本発明を詳細に説明する。
まず、本発明の乳化剤は、食用酵母を培養して得られる培養液中の糖とタンパク質を有する複合体を有効成分として含有してなるものである。
【0017】
本発明において用いられる食用酵母としては、糖とタンパク質を有する複合体を生産できる食用酵母であれば、その属、種については特に限定されることはない。また、当該食用酵母は、赤色酵母とは異なるものである。
当該食用酵母としては、例えば、パン生地の発酵に用いられるパン酵母、ワイン醸造に用いられるワイン酵母、清酒醸造に用いられる清酒酵母、ビール醸造に用いられるビール酵母、焼酎醸造に用いられる焼酎酵母、みりん醸造に用いられるみりん酵母等が挙げられる。これらの中でも、ワイン、清酒、ビール、焼酎、みりん等のアルコール含有製品を製造する際に用いられる酵母が、醸造用酵母に分類されるものであり、好ましい。
【0018】
本発明において、食用酵母としては、その培養が容易であり、また栄養源として安価な材料より生育できる点から、キャンディダ(Candida)属、サッカロマイセス(Saccharomyces)属中の食用酵母が好ましく用いられ、具体的には、Candida sake、Saccharomyces sake、Saccharomyces cerevisiae等がより好ましく用いられる。
これらの食用酵母の内、乳化作用をもつ物質を大量に生産することから、例えば、Candida sake NBRC1213、Candida sake NBRC0435、Saccharomyces sake協会10号等の醸造用酵母;Saccharomyces cerevisiae NBRC0538、Saccharomyces cerevisiae NBRC0853、Saccharomyces cerevisiae ATCC9018等のパン酵母が、さらに好ましく用いられる。また、Candida sake NBRC1213、Saccharomyces sake協会10号が、特に好ましく用いられる。
Candida sake NBRC1213、Candida sake NBRC0435、Saccharomyces cerevisiae NBRC0538、Saccharomyces cerevisiae NBRC0853は、NBRC(独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部生物遺伝資源部門)より入手可能である。また、Saccharomyces sake協会10号は、財団法人日本醸造協会より入手可能である。さらに、Saccharomyces cerevisiae ATCC9018は、ATCC(The American Type Culture Collection)より入手可能である。
また、当該食用酵母は、単独で用いても、2種以上を併用することもできる。
【0019】
当該食用酵母は、培養が容易であり、大量に培養して凝集阻害物質を製造するのに適した性質を備えている。すなわち、当該食用酵母は、グルコースを炭素源とした無機塩類よりなる培地で良好に生育し、その培養液中の、エタノール、ヘキサン、アセトン等によって沈殿、濃縮しうる画分(糖とタンパク質を有する複合体を含有する画分)に強力な凝集阻害活性を有する。
【0020】
食用酵母の培養方法については、通常微生物の培養に用いられる培地で培養すれば良い。培地に含まれる食用酵母の成育に必要な炭素源としては、グルコースが好ましく用いられる。その濃度は、好ましくは0.1〜5容量%程度、より好ましくは0.5〜1.5容量%程度である。
この際、グルコースの代わりに、もしくはグルコースと併用して、エタノール等のアルコール類、コーン油、大豆油等の油類を炭素源として用いることもできる。
【0021】
窒素源としては、アンモニウム塩が好ましく用いられ、特にpH緩衝能やリン分の補給の点から、リン酸アンモニウムが好ましい。
また、培養が進行すると培地のpHが低下するため、アルカリを滴下して、好ましくはpH6〜8、より好ましくはpH6.5〜7.5となるように調整して、培養を行うことが好ましい。
この際使用されるアルカリとしては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア、アミン化合物等、任意のものが使用できるが、細胞増殖のための窒素源を補給する面からアンモニアが好ましく用いられる。
【0022】
また、培地には、ビタミン類等の補給のため、酵母エキスを添加しても良い。また、炭素源のグルコースも細胞増殖につれて徐々に減少していくので、順次追加していく必要があるが、この際にアンモニアとエタノールの混合液を追加することもできる。追加の方法としては、一定量ずつ断続的に追加する方法、連続的に追加する方法等、あらゆる方法を採用することができる。
【0023】
培養温度としては、細胞の増殖速度の面から通常10〜45℃であるが、より好ましくは20〜35℃付近である。
培養にあたっては、撹拌培養、静置培養のいずれも採用でき、また、通気培養、密閉培養のいずれでもよいが、食用酵母の増殖を早めるために、通気下で撹拌培養することが好ましい。また、酵母菌体を回収し、休止菌体の状態で目的の乳化剤を効率的に生産させることも可能である。
【0024】
このようにして培養した培養液から、糖とタンパク質を有する複合体を含有する画分、さらには糖とタンパク質を有する複合体が分離・回収される。分離・回収に先立って、食用酵母菌体を遠心分離等の操作で培養液から予め除去しておくこともでき、培養液の上清を用いることもできる。
糖とタンパク質を有する複合体の分離・回収には、セチルピリジニウム塩酸、セチルトリブチル臭酸等の4級アミンを利用する方法や、エタノール、メタノール、イソプロパノール等の低級アルコールやアセトンを添加する方法等が利用でき、より高純度の製品を得るには前者の方法が、より迅速に標品を得るためには後者の方法が好ましく用いられる。また、これら両方法を併用することもでき、その順序はどちらでも良い。
上記方法で分離・回収された糖とタンパク質を有する複合体は、公知の方法により乾燥した粉末として、あるいは、水等の溶媒に再度溶解して水溶液として利用される。
また、イオン交換カラム、アフィニティーカラム等の親和性による分画、さらに限外ろ過、ゲルろ過カラム等の分子量による分画によっても、分離・回収することが可能である。
【0025】
本発明の乳化剤に有効成分として含まれる糖とタンパク質を有する複合体としては、上記食用酵母を培養して得られる培養液中の糖とタンパク質を有する複合体であれば特に限定されない。
当該糖とタンパク質を有する複合体は、培養液中に生産されるので、乳化剤としての作用が顕著であり、また、その食用酵母が生産した後の培養液より該糖とタンパク質を有する複合体を回収する際の、食用酵母菌体との分離が容易である。
【0026】
当該糖とタンパク質を有する複合体は、上記食用酵母を培養することにより、培養液中に食用酵母細胞から分泌されるものを用いることができる。また、分泌される前の菌体にとどまった状態でも利用可能である。
【0027】
当該糖とタンパク質を有する複合体とは、糖とタンパク質が結合した糖タンパク質、又は、その糖タンパク質に脂質等が付加した一群の物質のことをいい、特に限定されない。なお、糖は、1つ又は2つ以上のオリゴ糖のことをいい、さらには特定の糖の繰り返し構造もこれに含まれる。また、タンパク質部分は、2つ以上のアミノ酸からなる。
当該糖とタンパク質を有する複合体は、1種でも2種以上でも用いることができる。
【0028】
当該糖とタンパク質を有する複合体は、平均分子量として10万以上の分子量を有することが好ましく、より好ましくは12万以上である。
当該平均分子量は、例えば、レーザー散乱計、ゲルろ過等の公知の方法により求めることができるが、本発明においては、後述の実施例で記載しているように、ゲルろ過法により求めた。つまり、当該平均分子量は、得られた糖とタンパク質を有する複合体を、ゲルろ過の担体に供し、標準高分子キットを用いて分子量検量線により算出することができる。例えば、得られた糖とタンパク質を有する複合体を、ゲルろ過の担体(Sephacryl S−400、アマシャムバイオサイエンス社製、φ10mm×長さ100cm)に供し、標準高分子キット(東ソー社製)を用いて分子量検量線により、平均分子量を算出することができる。
【0029】
本発明の乳化剤は、上記食用酵母が生産する糖とタンパク質を有する複合体を有効成分として含有するものであるが、糖とタンパク質を有する複合体を生産した食用酵母の培養液をそのまま、あるいは、糖とタンパク質を有する複合体を精製(=分離・回収)したものを用いることができる。
特に乳化剤を少量で用いる場合には、精製することで乳化剤中の糖とタンパク質を有する複合体の濃度を高めることができ、効果的である。
さらには、菌体にとどまっている糖とタンパク質を有する複合体を利用するために、菌体をそのまま使用したり、菌体の破砕液を利用することも可能である。
【0030】
乳化剤中の他の成分としては、上述のように、糖とタンパク質を有する複合体以外の、食用酵母の培養液成分等が挙げられ、また、乳化剤としての効果を高めるために、種々の添加剤を用いてもよい。
添加剤としては、乳化剤の剤型を保つためや、糖とタンパク質を有する複合体が分解等によりその効果を減じてしまうのを防ぐために、安定化剤を用いたり、実際の使用を容易とするために、水等の液体を用いることもできる。また、添加剤として、例えば、酸化防止剤、防腐剤、化粧用活性剤、加湿剤、スフィンゴ脂質、脂溶性ポリマー等を含んでもよい。
さらに、本発明の乳化剤に加えて、既存の乳化剤を併用することもできる。
当該添加剤や、既存の乳化剤の添加量としては、その用途に応じて適宜決めればよい。
【0031】
乳化剤の剤型としては、液状又は固体状のいずれでもよいが、脂溶性物質との接触において乳化剤と脂溶性物質とを均一に混和するために、液状とすることが好ましい。
【0032】
本発明の乳化剤の製造方法は、食用酵母を培養し、得られた培養液中の糖とタンパク質を有する複合体を含有する画分を分離及び回収することを特徴とするものであり、具体的には上述のとおりである。
また、糖とタンパク質を有する複合体を含有する画分を分離及び回収することにより、ゲルろ過によって示される分子量が10万以上の画分を得ることが好ましく、12万以上の画分を得ることがより好ましい。
なお、糖とタンパク質を有する複合体を含有する画分の分子量は、後述の実施例で記載しているようなゲルろ過法により求めることができる。
【0033】
次に、上記食用酵母が生産する糖とタンパク質を有する複合体を含む乳化剤を用い、これと脂溶性物質とを接触させて得られる、脂溶性物質を含有する水溶性組成物について説明する。
つまり、本発明の水溶性組成物は、上記乳化剤及び脂溶性物質を含有してなるものである。
【0034】
本発明で用いる脂溶性物質としては、生理学的に認容されるものであれば特に限定されないが、例えば、コエンザイムQ10等の脂溶性薬物;脂溶性ビタミンA、D、E、K、及びそれらの誘導体等のビタミン類;精油(例えば、パイン油、ライム油、ゆず油等)、植物油(例えば、大豆油、菜種油、べに花油、コーン油、ごま油、綿実油、オリーブ油、パーム油、ひまわり油等)、動物油(例えば、牛脂、ラード等)、脂溶性色素(例えば、アナトー、ウコン、ベニコウジ、クロロフィル等)、香料(例えば、オレンジオイル等)、カロチノイド(例えば、カンタキサンチン、アスタキサンチン、ゼアキサンチン、リコピン、アポカロチナール、β−カロチン等)等の油脂等が挙げられる。
当該脂溶性物質は、単独で用いても、2種以上を併用することもできる。
【0035】
本発明の水溶性組成物には、上述の乳化剤で例示した添加剤をはじめ、顔料、調味料、抗菌剤等の種々の成分を含有させることができ、食品、化粧品、入浴剤等を含む工業品としての様々な性能を付与することができる。
また、当該水溶性組成物には、水;エタノール等のアルコール類等の溶媒を添加することもでき、好ましい。
【0036】
当該水溶性組成物中の糖とタンパク質を有する複合体の含有量としては、特に限定されないが、水溶性組成物全体の0.000001〜10重量%が好ましく、0.0001〜1重量%がより好ましい。
【0037】
本発明の水溶性組成物の製造方法は、上記乳化剤及び脂溶性物質を混合することを特徴とするものである。
【0038】
当該水溶性組成物の製造方法においては、脂溶性物質と乳化剤とを接触させ、両者を混和する。混和の方法としては、振とう、撹拌等、両者が十分に接触できる条件となるものであれば特に限定されないが、脂溶性物質等の粘性が比較的高いものを速やかにかつ十分に混和するために攪拌することが好ましく、さらに撹拌に際しては、激しく撹拌することが好ましい。このような乳化剤と脂溶性物質との混和方法としては、ワーリングブレンダーやジューサーを用いる方法、マントン−ゴーリンホモジナイザーを用いる方法、超音波を利用する方法等、公知の方法が利用できる。
【0039】
また、脂溶性物質と乳化剤とを接触させ、さらに両者を混和させる条件において、処理温度、処理時間等も考慮する必要があるが、用いる脂溶性物質の種類や、得られる脂溶性物質を含有する水溶性組成物の用途に応じて、適宜適した条件にて行うことでよい。
例えば、混和中に熱が発生することがあるため、耐熱性の余りない材料を用いる場合には、高温とならないように注意して混和する必要がある。具体的には、食品等への適用や、塗料等のように揮発性を有する溶媒等が含まれる場合への適用には、前者については微生物の繁殖がないように、後者については溶媒が揮発してしまわないように、短時間で実施する必要がある。
【0040】
また、脂溶性物質に乳化剤を加える場合、両者を一度に加えた後に混和してもよいが、両者を少量ずつ徐々に加えて混和する、また、片方をもう一方へ徐々に加えて混和する等、あらゆる形態を採用できる。
【発明の効果】
【0041】
本発明により、安全性の高い、単独で高い乳化性と乳化安定性を示す新規な乳化剤を得ることができ、また、当該乳化剤を用いることにより、安定に乳化された、脂溶性物質を含有する水溶性組成物を得ることができ、産業上での貢献は非常に大きいものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0042】
以下に、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0043】
(実施例1)酵母培養液由来の粗乳化剤の調整
YM培地(1L中に酵母エキス3.0g、モルトエキス3.0g、ペプトン5.0g、グルコース10gを含む)を調製し、オートクレーブにより滅菌を行った。その後、これを4mlずつ10本に分注し、これにCandida sake NBRC1213を接種し、26℃、160rpmで一晩培養し、これを前培養液とした。本培養は、以下の手順で行った。2リットル容の坂口フラスコ10本それぞれに、上記の培地400mlずつを分注し、オートクレーブを用いて滅菌を行った。この培地に上記の前培養液4mlを接種し、25℃、100rpmで5日間培養した後、培養液を10,000×g、20分間の遠心分離を行い、菌体を除いた約4リットルの上清を回収した。この上清約4リットルを、カットオフ値MW3,000の限外ろ過膜を用いて約450mlまで濃縮を行った。その後、緩衝液A[20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)]に対して透析を実施し、これを粗乳化剤とした。
【0044】
(実施例2)乳化作用評価
(1)乳化作用評価物質としてケロセンを用いた場合
チューブ(IWAKI社製、φ12mm×75mm、ポリプロピレン製)中で、実施例1で調製した粗乳化剤を、a)粗乳化剤1.0ml、b)粗乳化剤0.5mlと緩衝液A0.5ml、c)粗乳化剤0.1mlと緩衝液A0.9mlの各希釈率とし、それぞれに1.0mlのケロセン(和光純薬製)を加えた。コントロールとして、YM培地をカットオフ値MW3,000の限外ろ過膜を用いて約10倍に濃縮したものを用いた。最大設定にしたボルテックスミキサー(Scientific Industries社製)上で2分間混合した後、24時間静置した。その後、乳化層の体積を測定したところ、a)1.7cm、b)1.4cm、c)1.1cmであり、粗乳化剤の割合が高いほど、得られた乳化層の体積も大きくなった(より乳化した)。また、コントロールとして用いたYM培地の濃縮物では、水層と油層が分離し、乳化層が認められなかった。
【0045】
(2)脂溶性物質としてアスタキサンチンを用いた場合
アスタキサンチン(2mg/mlになるようにジメチルスルホキシドに溶解、和光純薬社製)10μlを、90μlの緩衝液Aに添加し、そこへ実施例1で調製した粗乳化剤100μlを加え、よく混合した。コントロールとして、食経験のないSaccharomyces cerevisiae NBRC223の培養液を実施例1と同様にして調製したものを使用した。25℃で24時間後まで静置して観察したところ、コントロールにおいては、約1時間後からアスタキサンチンの凝集物が析出し始め、24時間後には全てが沈殿してしまっていた。ところが、粗乳化剤を添加したものでは、24時間経過した時点においても、全く凝集が見られなかった。さらに、これら粗乳化剤とアスタキサンチンとの混合物を1週間室温で放置しても、凝集物の析出はみられなかった。
【0046】
(実施例3)乳化作用物質の部分精製と諸性質
実施例1で調製した粗乳化剤を、予め緩衝液Aで平衡化した陰イオン交換樹脂であるDEAE−TOYOPEARL650M(東ソー社製)125mlを充填したカラム(φ2.5cm×25cm)に負荷し、0から1.0Mへの塩化ナトリウムの直線濃度勾配法(総溶出量1500ml)で溶出させ、塩化ナトリウム濃度が200mM付近で溶出してくる約60mlの乳化活性画分(乳化作用物質)を回収した。これを緩衝液Aで透析したものを粗精製サンプルとして、以下の実験(1)、(2)それぞれに用いた。なお、乳化活性は、実施例2のケロセンに対する乳化作用で判断した。
【0047】
(1)プロテイナーゼK(タカラバイオ社製)を600U/mlとなるよう調製し、上記粗精製サンプルとタンパク量比で1:9(最終プロテイナーゼK濃度6U/ml)になるように混合し、37℃で22時間保持した。この乳化活性画分を用いて、実施例2と同様にして乳化作用を観察したところ、乳化作用が見られなくなった。また、このDEAE精製過程での画分の活性の強弱は、糖の吸収の強弱と一致していた。これらのことから、乳化作用物質は糖とタンパク質を有するものであると考えられた。
【0048】
(2)上記粗精製サンプル100μlを0.9mlの10mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)に添加したものを、10mgのβ−カロチン(ナカライテスク社製)、ビタミンA(ナカライテスク社製)、ビタミンE(ナカライテスク社製)、ビタミンK1(ナカライテスク社製)、コエンザイムQ10それぞれに加え、よく混合した。その結果、全ての固体が液中に分散した。コントロールとして、水を用いたところ、これら全ての物質は液表面に浮いてしまっている状態であった。
【0049】
(実施例4)乳化作用物質の分子量の測定
実施例3の粗精製サンプル30ml分を、ポリエチレングリコール(ポリエチレングリコール20,000、和光純薬製)で2mlまで濃縮し、これをゲルろ過の担体(HiLoad16/60Superdex200、φ1.6cm×長さ60cm)に供し、分子量12万以上の乳化活性を示す画分を回収し、これを凍結乾燥し、約0.3gのサンプルを回収した。さらに、このサンプルを用い、ゲルろ過の担体(Sephacryl S−400、アマシャムバイオサイエンス社製、φ10mm×長さ100cm)によってゲルろ過を行い、標準高分子キット(東ソー社製)を用いて分子量検量線により算出したところ、分子量は約19万であった。
【0050】
(実施例5)構造の推定
実施例4のゲルろ過後のサンプルを、凍結乾燥後、蒸留水に溶解後、フェノール硫酸法で糖含量の定量を行い、BCA法(タンパク質部分)によりタンパク質部分の定量を行った。その結果、糖とタンパク質の比を算出したところ、約10対1であった。さらに、2M硫酸条件下、100℃で3時間の加水分解後、中和処理したサンプルを、高速液体クロマトグラフィー(東ソー社製、還元糖分析システム)によって、構成糖の分析を行ったところ、マンノースが検出された。この結果より、糖部分はマンノースを含むものであることが判明した。
【0051】
(実施例6)酵母培養液由来の粗乳化剤の調整
YM培地(1L中に酵母エキス3.0g、モルトエキス3.0g、ペプトン5.0g、グルコース10gを含む)を調製し、オートクレーブにより滅菌を行った。その後、これを4mlずつ10本に分注し、これにSaccharomyces sake協会10号(清酒酵母)を接種し、28℃、160rpmで1日間培養し、これを前培養液とした。本培養は、以下の手順で行った。2リットル容の坂口フラスコ10本それぞれに、YNB培地(DIFCO社製)の10倍濃縮したもの400mlずつを分注し、オートクレーブを用いて滅菌を行った。この培地に上記の前培養液4mlを接種し、30℃、100rpmで7日間培養した後、培養液を9000×g、10分間の遠心分離を行い、菌体を除いた約4リットルの上清を回収した。この上清約4リットルを、カットオフ値MW20,000の限外ろ過膜を用いて約500mlまで濃縮を行った(粗乳化剤A)。次に、試料を透析膜に添加し、ポリエチレングリコール(PEG20,000、和光純薬社製)により50mlまで濃縮した。その後、緩衝液A[20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)]に対して透析を実施し、これを粗乳化剤Bとした。
【0052】
(実施例7)乳化作用評価
(1)乳化作用評価物質としてケロセンを用いた場合
チューブ(IWAKI社製、φ12mm×75mm、ポリプロピレン製)中で、実施例6で調製した粗乳化剤Aを、a)粗乳化剤A1.0ml、b)粗乳化剤A0.5mlと緩衝液A0.5ml、c)粗乳化剤A0.1mlと緩衝液A0.9mlの各希釈率とし、それぞれに1.0mlのケロセン(和光純薬製)を加えた。コントロールとして、YM培地をカットオフ値MW20,000の限外ろ過膜を用いて約10倍に濃縮したものを用いた。最大設定にしたボルテックスミキサー(Scientific Industries社製)上で2分間混合した後、24時間静置した。その後、乳化層の体積を測定したところ、a)1.6cm、b)1.2cm、c)0.9cmであり、粗乳化剤の割合が高いほど、得られた乳化層の体積も大きくなった(より乳化した)。また、コントロールとして用いたYM培地の濃縮物では、水層と油層が分離し、乳化層が認められなかった。
【0053】
(2)脂溶性物質としてアスタキサンチンを用いた場合
アスタキサンチン(2mg/mlになるようにジメチルスルホキシドに溶解、和光純薬社製)10μlを、90μlの緩衝液Aに添加し、そこへ実施例6で調製した粗乳化剤A100μlを加え、よく混合した。コントロールとして、実施例2(2)で用いた食経験のないSaccharomyces cerevisiae NBRC223の培養液を使用した。25℃で24時間後まで静置して観察したところ、コントロールにおいては、約1時間後からアスタキサンチンの凝集物が析出し始め、24時間後には全てが沈殿してしまっていた。ところが、粗乳化剤を添加したものでは、24時間経過した時点においても、全く凝集が見られなかった。さらに、これら粗乳化剤とアスタキサンチンとの混合物を1週間室温で放置しても、凝集物の析出はみられなかった。このように粗乳化剤を添加することで、アスタキサンチンの凝集が阻害された。
【0054】
(実施例8)乳化作用物質の部分精製と諸性質
実施例6で調製した粗乳化剤Bを、予め緩衝液Aで平衡化した陰イオン交換樹脂であるDEAE−TOYOPEARL650M(東ソー社製)125mlを充填したカラム(φ2.5cm×25cm)に負荷し、0から1.0Mへの塩化ナトリウムの直線濃度勾配法(総溶出量1000ml)で溶出させ、塩化ナトリウム濃度が200mM付近で溶出してくる約250mlの乳化活性画分(乳化作用物質)を回収した。これを緩衝液Aで透析したものを粗精製サンプルとして、以下の実験(1)、(2)それぞれに用いた。なお、乳化活性は、実施例7のケロセンに対する乳化作用で判断した。
【0055】
(1)プロテイナーゼK(タカラバイオ社製)を600U/mlとなるよう調製し、上記粗精製サンプルとタンパク量比で1:9(最終プロテイナーゼK濃度6U/ml)になるように混合し、40℃で24時間保持した。この乳化活性画分を用いて、実施例7と同様にして乳化作用を観察したところ、乳化作用が見られなくなった。また、このDEAE精製過程での画分の活性の強弱は、糖の吸収の強弱と一致していた。これらのことから、乳化作用物質は糖とタンパク質を有するものであると考えられた。
【0056】
(2)上記粗精製サンプル100μlを0.9mlの10mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)に添加したものを、10mgのβ−カロチン(ナカライテスク社製)、ビタミンA(ナカライテスク社製)、ビタミンE(ナカライテスク社製)、ビタミンK1(ナカライテスク社製)、コエンザイムQ10それぞれに加え、よく混合した。その結果、全ての固体が液中に分散した。コントロールとして、水を用いたところ、これら全ての物質は液表面に浮いてしまっている状態であった。このように、本粗精製サンプルを添加することにより、これら脂溶性物質の水溶液における分散性を高めることができた。
【0057】
(実施例9)乳化作用物質の分子量の測定
実施例8の粗精製サンプル250ml分を、ポリエチレングリコール(ポリエチレングリコール20,000、和光純薬製)で2mlまで濃縮し、これをゲルろ過の担体(HiLoad16/60Superdex200、φ1.6cm×長さ60cm)に供し、0.15M NaCl/25mM TrisHCl(pH7.5)により溶出した。分子量10万から50万の乳化活性を示す画分を回収し、蒸留水で透析した後、これを凍結乾燥し、約0.3gのサンプルを回収した。Gel Filtration Calibration Kit HMW(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いて分子量検量線により算出したところ、分子量は約30万であった。
【0058】
(実施例10)構造の推定
実施例9のゲルろ過後のサンプルを、凍結乾燥後、蒸留水に溶解後、2N硫酸条件下、100℃で4時間の加水分解後、中和処理したサンプルを、高速液体クロマトグラフィー(東ソー社製、還元糖分析システム)によって、構成糖の分析を行ったところ、マンノースが検出された。この結果より、糖部分はマンノースを含むものであることが判明した。
【0059】
(実施例11)酵母培養液由来の粗乳化剤の調製
YM培地(1L中に酵母エキス3.0g、モルトエキス3.0g、ペプトン5.0g、グルコース10gを含む)を調製し、オートクレーブにより滅菌を行った。その後、これを4mlずつ10本に分注し、これにSaccharomyces cerevisiae NBRC0538、NBRC0853、ATCC9018それぞれを接種し、28℃、160rpmで2日間培養し、これを前培養液とした。本培養は、以下の手順で行った。500ml容の坂口フラスコに、上記の培地100mlずつを分注し、オートクレーブを用いて滅菌を行った。この培地に上記の前培養液1mlを接種し、28℃、100rpmで2日間培養した後、培養液を10,000×g、20分間の遠心分離を行い、菌体を除いた約4リットルの上清を回収した。この上清約100mlを、カットオフ値MW3,000の限外ろ過膜を用いて約10mlまで濃縮を行った。その後、緩衝液A[20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)]に対して透析を実施し、それぞれ粗乳化剤C(NBRC0538)、D(NBRC0853)、E(ATCC9018)とした。
【0060】
(実施例12)乳化作用評価
(1)乳化作用評価物質としてケロセンを用いた場合
チューブ(IWAKI社製、φ12mm×75mm、ポリプロピレン製)中で、実施例11で調製した粗乳化剤C、D、Eをそれぞれ、a)粗乳化剤1.0ml、b)粗乳化剤0.5mlと緩衝液A0.5ml、c)粗乳化剤0.1mlと緩衝液A0.9mlの各希釈率とし、それぞれに1.0mlのケロセン(和光純薬製)を加えた。コントロールとして、YM培地をカットオフ値MW3,000の限外ろ過膜を用いて約10倍に濃縮したものを用いた。最大設定にしたボルテックスミキサー(Scientific Industries社製)上で2分間混合した後、24時間静置した。その後、乳化層の体積を測定したところ、粗乳化剤Cは、a)1.9cm、b)1.2cm、c)1.0cm;粗乳化剤Dは、a)1.5cm、b)1.0cm、c)0.8cm;粗乳化剤Eは、a)1.3cm、b)1.0cm、c)0.9cmであり、粗乳化剤の割合が高いほど、得られた乳化層の体積も大きくなった。また、コントロールとして用いたYM培地の濃縮物では、水層と油層が分離し、乳化層が認められなかった。
【0061】
(2)脂溶性物質としてアスタキサンチンを用いた場合
アスタキサンチン(2mg/mlになるようにジメチルスルホキシドに溶解、和光純薬社製)10μlを、90μlの緩衝液Aに添加し、そこへ実施例11で調製した粗乳化剤C、D、Eのそれぞれ100μlを加え、よく混合した。コントロールとして、実施例2(2)で用いた食経験のないSaccharomyces cerevisiae NBRC223の培養液を使用した。25℃で24時間後まで静置して観察したところ、コントロールにおいては、約1時間後からアスタキサンチンの凝集物が析出し始め、24時間後には全てが沈殿してしまっていた。ところが、粗乳化剤を添加したものでは、24時間経過した時点においても、全く凝集が見られなかった。さらに、これら粗乳化剤とアスタキサンチンとの混合物を1週間室温で放置しても、凝集物の析出はみられなかった。
【0062】
(3)脂溶性物質としてβ−カロチン、ビタミンA、ビタミンE、ビタミンK1、コエンザイムQ10を用いた場合
上記粗乳化剤C、D、Eのそれぞれ100μlを、0.9mlの10mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)に添加したものを、10mgのβ−カロチン(ナカライテスク社製)、ビタミンA(ナカライテスク社製)、ビタミンE(ナカライテスク社製)、ビタミンK1(ナカライテスク社製)、コエンザイムQ10それぞれに加え、よく混合した。その結果、全ての固体が液中に分散した。コントロールとして、水を用いたところ、これら全ての物質は液表面に浮いてしまっている状態であった。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明により、安全性の高い、単独で高い乳化性と乳化安定性を示す新規な乳化剤を得ることができ、また、当該乳化剤を用いることにより、安定に乳化された、脂溶性物質を含有する水溶性組成物を得ることができ、産業上での貢献は非常に大きいものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
食用酵母を培養して得られる培養液中の糖とタンパク質を有する複合体を有効成分として含有してなる乳化剤。
【請求項2】
該食用酵母が醸造用酵母であることを特徴とする請求項1記載の乳化剤。
【請求項3】
該醸造用酵母がCandida sake又はSaccharomyces sakeであることを特徴とする請求項2記載の乳化剤。
【請求項4】
該Candida sakeがCandida sake NBRC1213であり、該Saccharomyces sakeがSaccharomyces sake協会10号であることを特徴とする請求項3記載の乳化剤。
【請求項5】
糖とタンパク質を有する複合体の、ゲルろ過によって示される分子量が10万以上であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の乳化剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の乳化剤及び脂溶性物質を含有してなる水溶性組成物。
【請求項7】
該脂溶性物質が、脂溶性薬物、ビタミン類及び油脂から選ばれる1種以上である、請求項6記載の組成物。
【請求項8】
該脂溶性薬物がコエンザイムQ10であり、該ビタミン類がビタミンA、D、E、K、及びそれらの誘導体から選ばれる1種以上であり、該油脂が精油、植物油、動物油、脂溶性色素、香料、カンタキサンチン、アスタキサンチン、ゼアキサンチン、リコピン、アポカロチナール及びβ−カロチンから選ばれる1種以上である、請求項7記載の組成物。
【請求項9】
食用酵母を培養し、得られた培養液中の糖とタンパク質を有する複合体画分を分離及び回収することを特徴とする、乳化剤の製造方法。
【請求項10】
糖とタンパク質を有する複合体画分を分離及び回収することにより、ゲルろ過によって示される分子量が10万以上の画分を得ることを特徴とする、請求項9記載の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜5のいずれかに記載の乳化剤及び脂溶性物質を混合することを特徴とする、水溶性組成物の製造方法。
【請求項12】
該脂溶性物質が、脂溶性薬物、ビタミン類及び油脂から選ばれる1種以上である、請求項11記載の製造方法。
【請求項13】
該脂溶性薬物がコエンザイムQ10であり、該ビタミン類がビタミンA、D、E、K、及びそれらの誘導体から選ばれる1種以上であり、該油脂が精油、植物油、動物油、脂溶性色素、香料、カンタキサンチン、アスタキサンチン、ゼアキサンチン、リコピン、アポカロチナール及びβ−カロチンから選ばれる1種以上である、請求項12記載の製造方法。

【公開番号】特開2007−216218(P2007−216218A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−9411(P2007−9411)
【出願日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)
【Fターム(参考)】