説明

乳牛の分娩直前から分娩後にかけて発症しやすい代謝病を予防するための飼養管理の方法。

【課題】分娩直前から分娩後30日以内に発症しやすい乳牛の乳熱(起立不能)や低カルシウム血症を予防するために酪農家が通常の飼料給与で確実に行うことができる飼養管理の方法を提供する。
【解決手段】分娩直前期のカルシウム摂取量を極力下げ、リンとのバランスをとる。リンはカルシウムよりも摂取量を高めに設定する。リンの1日の摂取量は50グラム以下(乾物中で0.5%以下)とし、カルシウムの1日の摂取量をリンの摂取量以下(乾物中でリンの1.0倍以下)とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳牛の疾病のもととなる代謝病を予防するための分娩前後の飼養管理の方法に関するものであり、分娩直前期のカルシウムとリンの供与割合をリンを基準として調整摂取させることで分娩直前から分娩後30日以内に発症しやすい乳熱(起立不能)や低カルシウム血症等の代謝病の発症を予防する方法である。なお、乳熱(起立不能)と低カルシウム血症の発症要因は同様とされている。乳牛の分娩前後に発症しやすい代謝病を予防することは、乳生産や繁殖成績の向上のみならず、その後の疾病の発症予防にもつながるものである。
【背景技術】
【0002】
乳牛の分娩直前から分娩後30日位までに発症しやすい乳熱(起立不能)や低カルシウム血症等の代謝病については、血中のカルシウム濃度の低下により発症するとされ、従来の予防方法としては、乾乳期に陰イオン塩を給与したり、体内に蓄積されていたカルシウムの流動性を高めるためとして、分娩直前2週間について、カルシウムの全飼料からの摂取量を制限することなどが推奨されているが、酪農家にとって毎日の飼料給与の中で乾乳牛への飼料給与を如何に行うか具体例が乏しいために、単に市販されているカルシウム剤の投与を行わないだけの飼養管理となっていて、実質的には代謝病の発症予防とはなっておらず、酪農家が毎日の飼料給与の中で確実に代謝病の予防ができる方法が待望されていた。乾乳期間中に必要なエネルギーを摂取できない場合には、後産停滞や分娩後の低乳量や低乳成分になりやすいことから胎児の発育分も含めた栄養分を摂取させるためには、一定量の配合飼料等の給与が必要となり、それによって、カルシウムの摂取量が多くなってしまうというジレンマ的状況にもある。乳熱や低カルシウム血症の関連で、20年程前と今日とを比べてみると牧草の早刈りやマメ科牧草の増加による粗飼料中カルシウム含量の増加と、乳牛用配合飼料中のカルシウム含量が増加傾向にあることからも、単にカルシウム剤の給与を行わないだけでは、何の解決にもなっていない。又、個体産乳量の増加や乳成分の改善がすすむにつれて分娩時の栄養蓄積が高くなり、分娩直前期の採食量は低下しやすい状況になっている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
これまでの分娩直前期の飼料給与管理としては、カルシウムの摂取量が基準とされており、カルシウムの摂取量以上にリンを摂取させるということはなされていなかった。分娩によって泌乳が始まり、乳汁中に大量のカルシウムが分泌されることになるが、乳汁中のカルシウムの供給源は血液中のカルシウムであり、それは飼料中のカルシウムから摂取するか骨などの体組織から供給されるものである。分娩直後は泌乳量が多いため、カルシウムの体組織からの移行がスムーズに行われなければならないことから、カルシウムの摂取量についての考え方が主流とされていて、リンの摂取量については、常にカルシウム以下の摂取量とされてきた。カルシウムのみについていえば、現在流通しているミネラル飼料や配合飼料は、リンに比べてカルシウムの割合が高いことや、近年酪農家が生産する粗飼料は豆科牧草の割合の高いものも多くなってきていることから、乳熱や低カルシウム血症等の代謝病の発症を予防するのは、これまでの考え方だけでは困難となっていた。
【課題を解決するための手段】
【0004】
分娩直前期のカルシウム摂取量を抑制するという点については、これまでと変わる事はないが、その際に、リンとカルシウムのバランスをとる上で、リンはカルシウムより摂取量を高めに設定する。具体的には、リンの1日の摂取量は50グラム以下とし、カルシウムの1日の摂取量をリンの摂取量以下とする。泌乳期におけるカルシウム対リンの比率(2対1〜1対1)は、乾乳期には,当てはまらない。又、分娩直前期の粗飼料は、豆科牧草の少ない(カルシウム含量が低く安定した)イネ科1番草主体とし、それができない場合には飼料をTMR化し、陰イオン塩を使用する。その他、必要なエネルギー量より摂取量が急激に低下する要因(施設環境面からくるストレス等)を極力避ける。
【発明の効果】
【0005】
本発明により乳牛の分娩直後に発症しやすい乳熱(起立不能)や低カルシウム血症等の代謝病を酪農家が通常行っている飼料給与の過程で予防することが可能である。
近年、乳牛の疾病として多発しているものとして第四胃変位があげられるが、後掲の図1、図2からもわかる様に、乳熱や低カルシウム血症の代謝病は、ほとんどが初診であるのにくらべ、第四胃変位は7割が再診となっている。この第四胃変位を防ぐには直接的な技術は見あたらないが、第四胃変位の誘引になっている疾病を確実に防ぐことが一番の予防策といえる。まさに乳熱や低カルシウム血症等の代謝病は分娩前後の「疾病の素」のような存在といえることから、乳熱や低カルシウム血症等の代謝病は分娩前後の疾病だけでなく様々なトラブルの原因となっている。分娩直前から分娩後にかけての代謝病の発症を予防することは、泌乳最盛期の乳牛の健康を維持することであり、乳量だけでなく乳成分やその後の繁殖成績にも好影響を与えることにつながっている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
乳牛の分娩直前期の飼料給与において、カルシウムとリンのバランスをとることが重要であるが、その際には、リンを基準として行うことで、分娩直前から分娩後30日くらいまでに発症しやすい乳熱や低カルシウム血症等の代謝病の発症を予防できる。
【実施例】
【0007】
実施期間 平成16年4月〜12月
実施農場 猿払村 尾山 了農場
実施頭数 ホルスタイン乳牛62頭
実施結果 低カルシウム血症 減少率17.8%
ケトーシス 減少率21.8%
起立不能症 減少率12.0%
第四胃変位 減少率 6.0%
血乳 減少率 5.8%
後産停滞 減少率 9.3%
乳房しこり 減少率13.3%
疾病全体 減少率86.0%
各疾病の発生率(年間疾病発生頭数÷年間分娩×100)
実施者:宗谷南部地区農業改良普及センター 専門普及員 雨宮正和氏に依頼
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】図1は、宗谷NOSAI北部支所の河原獣医師により、天北酪農研究会誌第4号に発表された初診時病名の分類であるが、平成9年度宗谷NOSAI北部支所の診療カルテから、繁殖障害を除いた分娩直前から分娩後30日以内に診療が行われた延べ頭数2.776頭(3歳未満456頭)についての調査されたものである。初診時における乳房炎と乳熱の発症が群を抜いて多いことがみてとれる。
【0009】
【図2】図2は、根室NOSAI中春別支所における平成15年4月〜同16年3月までの乳牛の初診時病名の分類であり、図1の宗谷NOSAIと同様の結果となっていることがわかる。
【0010】
【図3】図3は、図1、図2をもととした乳牛の疾病の相互関係を表したものである。
【0011】
【図4】図4は、乳牛の分娩直前から分娩後30日くらいまでに発症しやすい乳熱や低カルシウム血症等の代謝病を予防するための分娩直前期から分娩後にかけてのカルシウム対リンの比率を表したものである。この時期にはリンの摂取量を基準として、カルシウムの摂取量を決定することが、代謝病の予防につながっている
【産業上の利用可能性】
【0012】
乳牛の疾病の素ともいえるべき乳熱(起立不能)や低カルシウム血症等の代謝病を予防することで酪農家への負担軽減は計り知れないものがある。酪農家の財産である乳牛が健康であり、健康な乳牛から健康な牛乳が生産される。現在わが国の農業は、自由化により外国から安価なものが大量に輸入されようとしており、存続の危機に直面しているといえる。これに対抗し生き残るためには、食の安全性が求められている。牛乳、乳製品、牛肉にとっての安全性とは、乳牛自体が健康であることに他ならない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳牛の分娩直前期のカルシウム対リンの摂取バランスをリンの摂取量を基準とし、リンの1日の摂取量は、50グラム以下(乾物中で0.5%以下)とし、かつ、カルシウムの1日の摂取量は、リンの摂取量以下(乾物中でリンの1.0倍以下)にすることで、乳牛の分娩直前から分娩後30日以内に発症しやすい乳熱(起立不能)や低カルシウム血症等の代謝病を予防する乳牛の飼養管理の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−22258(P2009−22258A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−212468(P2007−212468)
【出願日】平成19年7月20日(2007.7.20)
【出願人】(507277099)
【Fターム(参考)】