説明

乳癌マーカー及び乳癌の罹患の識別方法

【課題】トランスクリプトミック解析とプロテオミック解析とが互いに密接な関係をもって反映するマーカー検索によって見出された、信頼性の高い乳癌マーカーを提供する。そのような乳癌マーカーを用いて、乳癌についての罹患を識別することができる方法を提供する。
【解決手段】アルファベーシック−クリスタリンを含む、エストロゲン受容体陽性乳癌マーカー。6−ホスホグルコノラクトナーゼ及び/又はF−アクチンキャッピングプロテインアルファ−2サブユニットを含む乳癌マーカー。アルファベーシック−クリスタリンをエストロゲン受容体陽性乳癌マーカーのタンパク質として使用することによって、乳癌の罹患を識別する方法。6−ホスホグルコノラクトナーゼ及び/又はF−アクチンキャッピングプロテインアルファ−2サブユニットを乳癌マーカーのタンパク質として使用することによって、乳癌の罹患を識別する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、臨床での診断・検診・経過観察、及び分類の技術に関し、具体的には、乳癌マーカー及び乳癌の罹患の識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
乳癌は、最も一般的な悪性疾患であり、女性の癌の18%を占める(非特許文献1:Lancet Oncol. 2001, 2, 533-543)。例えばシンガポールでは、1日に3人の女性が乳癌と診断されており、乳癌患者数は毎年3.7%の驚くべき上昇を示している(非特許文献2:Chia, K.S., Du, W.B., Sankaranarayanan, R., Sankila, R. et al., Int. J. Cancer 2004, 108, 761-765)。癌治療の最も有効な方法は、早期発見である。早期発見は、生存率を高め、手術回数や薬物治療を少なくする点で非常に有利である(非特許文献3:Nat. Rev. Cancer 2003, 3, 243-252)。
【0003】
ゲノム関連技術の急速な進歩により、分子レベルで早期発見を行う取り組みがはじめられている(非特許文献4:Curr. Opin. Oncol. 2001, 13, 415-419、非特許文献5:Toxicology 2005, 206, 91-109、非特許文献6:Br. J. Cancer 2000, 82, 270-277、非特許文献7:Nat. Rev. Cancer 2003, 3, 267-275、非特許文献8:Arch. Pathol. Lab Med. 2002, 126, 1518-1526)。
【0004】
例えば、BRCA1やBRCA2のような特定の遺伝子が、乳癌のマーカーとして重要であることが見出されている。このような遺伝子を有する女性は、生涯で80%もの確率で乳癌を発症する(非特許文献9:Fam. Cancer 2006, 5, 135-142)。
【0005】
一方、非特許文献10:Klemenz, R., Scheier, B., Muller, A., Steiger, R. et al., Verh. Dtsch. Ges. Pathol. 1994, 78, 34-35.には、CRABが、スモールヒートショックプロテイン (heat shock protein beta-5)に似ていること、及び、同じ仲間のHSP27は多くの乳癌でアップレギュレーションの発現を示すが、CRABは、多くの場合そこには存在しないこと、が記載されている。
【0006】
また、CRABの発現が、ヒト乳癌のbasal-likeサブタイプ(ER-/ERb2-)に関連しているかもしれないという報告がある(非特許文献11:Moyano, J. V., Evans, J. R., Chen, F., Lu, M. et al., J Clin. Invest 2006, 116, 261-270.、非特許文献12:Gruvberger-Saal, S. K.,Parsons, R., J Clin. Invest 2006, 116, 30-32.)。
【0007】
さらに、非特許文献13:Shen, D., Chang, H. R., Chen, Z., He, J., Lonsberry, V., Elshimali, Y., Chia, D., Seligson, D., Goodglick, L., Nelson, S. F., Gornbein, J. A., Biochem. Biophys. Res. Commun. 2005, 326, 218-227.などいくつかの文献で、ANX1が乳癌マーカー候補として報告されている。
【0008】
近年、分子データに基づいた分類体系のため、mRNAマイクロアレイを用い、従来の方法では看過されていた新しい乳癌サブタイプを発見し、アジア人患者由来の散発性乳癌及び正常組織のゲノムデータベースを作成したことが報告されている(非特許文献14:Cancer Res. 2004, 64, 2962-2968、非特許文献15:Clin. Cancer Res. 2004, 10, 5508-5517)。
【0009】
ゲノム研究に平行して、プロテオーム研究においても、細胞内に発現したタンパク質を一度に網羅的にプロファイルされるようになった(非特許文献16:Biotechnology (N. Y. ) 1996, 14, 61-65、非特許文献17:Nature 2003, 422, 198-207)。
【0010】
今日、ゲノミクス及びプロテオミクスは、癌バイオマーカー発見のための非常に重要なツールとなってきている。
【0011】
【非特許文献1】Parkin, D. M., The Lancet Oncology. 2001, 2, 533-543.
【非特許文献2】Chia, K.S., Du, W.B., Sankaranarayanan, R., Sankila, R. et al., International Journal of Cancer 2004, 108, 761-765
【非特許文献3】Etzioni, R., Urban, N., Ramsey, S., McIntosh, M. et al., Nature Reviews Cancer 2003, 3, 243-252.
【非特許文献4】Gerrero, M. R.,Weber, B. L., Current Opinion in Oncology 2001, 13, 415-419.
【非特許文献5】Pole, J. C., Gold, L. I., Orton, T., Huby, R. et al., Toxicology 2005, 206, 91-109.
【非特許文献6】Daidone, M. G., Luisi, A., Martelli, G., Benini, E. et al., British Journal of Cancer 2000, 82, 270-277.
【非特許文献7】Wulfkuhle, J. D., Liotta, L. A., Petricoin, E. F., Nature Reviews Cancer 2003, 3, 267-275.
【非特許文献8】Rai, A. J., Zhang, Z., Rosenzweig, J., Shih, I. et al., Archives of Pathology and Laboratory Medicine 2002, 126, 1518-1526.
【非特許文献9】Foulkes, W. D., Familial Cancer 2006, 5, 135-142.
【非特許文献10】Klemenz, R., Scheier, B., Muller, A., Steiger, R. et al., Verhandlungen der Deutschen Gesellschaft fur Pathologie 1994, 78, 34-35.
【非特許文献11】Moyano, J. V., Evans, J. R., Chen, F., Lu, M. et al., The Journal of Clinical Investigation 2006, 116, 261-270.
【非特許文献12】Gruvberger-Saal, S. K.,Parsons, R., The Journal of Clinical Investigation 2006, 116, 30-32.
【非特許文献13】Shen, D., Chang, H. R., Chen, Z., He, J., Lonsberry, V., Elshimali, Y., Chia, D., Seligson, D., Goodglick, L., Nelson, S. F., Gornbein, J. A., Biochemical and Biophysical Research Communications 2005, 326, 218-227.
【非特許文献14】Yu, K., Lee, C. H., Tan, P. H., Hong, G. S. et al., Cancer Research 2004, 64, 2962-2968.
【非特許文献15】Yu, K., Lee, C. H., Tan, P. H., Tan, P., Clin. Cancer Research 2004, 10, 5508-5517.
【非特許文献16】Wilkins, M. R., Pasquali, C., Appel, R. D., Ou, K. et al., Biotechnology (N. Y. ) 1996, 14, 61-65.
【非特許文献17】Aebersold, R.,Mann, M., Nature 2003, 422, 198-207.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記非特許文献10には、CRABが多くの場合そこ(すなわち癌部)に存在しないことが記載されている。しかしながら、癌患者由来組織と健常者由来組織とにおけるCRABの発現量についての統計的有意差の検定が行われていない。従って、この文献には、CRABが乳癌マーカーとして有用であることの示唆はされていない。
【0013】
上記非特許文献11には、CRABの発現が、ヒト乳癌のbasal-likeサブタイプ(ER-/ERb2-)に関連しているかもしれないと報告されている。basal-likeサブタイプはエストロゲン陽性を特徴として含まない分類に属する。また、癌患者由来組織と健常者由来組織とにおけるCRABの発現量については記載されていない。
【0014】
癌のバイオマーカー研究では、通常2つのジレンマに直面する。
その1つ目は、実験サンプルの選択である。セルラインを使用するか、組織サンプルを使用するかで、制限をうけることが知られている。セルラインを用いる利点は、十分量の同じサンプルを容易に得ることができることである、しかしながら、天然の組織微小環境から単離されると、初代細胞は、時間の経過によって、その様々な特性が変化する。このため、セルラインの研究はその解釈に困難性を伴う。その一方で、腫瘍組織は、その全体に、組織によって様々な量で存在している間質、線維芽細胞、免疫体、血管、血液などを含んでいるため、それらはプロテオーム解析を著しく妨げる。
【0015】
2つ目は、プラットホーム技術の選択である。プロテオミクスと比較すると、遺伝子マイクロアレイ解析は、明らかに感度とスループット性において優れており、多くのprimary組織サンプルのプロファイルにおいて傑出している。それにもかかわらず、バイオマーカーの最終ターゲットはタンパク質である。しかしながら、遺伝子解析結果がいつもタンパク質レベルにおける状況を反映するというわけではない。
【0016】
本発明は、トランスクリプトミック解析とプロテオミック解析とが互いに密接な関係をもって反映するマーカー検索によって見出された、信頼性の高い乳癌マーカーを提供することを目的とする。また本発明は、そのような乳癌マーカーを用いて、乳癌についての罹患を識別することができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記の問題の解決のため、本発明者らは、ヒトのセルラインと組織サンプルとの両方を用いた統合プロテオミック/トランスクリプトミック法を開発した。この方法によって、本発明者らは、9種の乳癌バイオマーカー候補を同定した。さらに、2-DE/MS解析及び組織マイクロアレイを用いた免疫組織化学染色の解析からのクロスバリデーションによる検証を行い、バリデーション試験に合格した4種のタンパク質のうち、CRAB、6PGL、およびCAZ2を新規な乳癌マーカーとして決定した。
【0018】
本発明は、以下の発明を含む。
下記(1)は、エストロゲン受容体陽性乳癌においてダウンレギュレーションを示す乳癌マーカーのタンパク質に向けられる。
(1) アルファベーシック−クリスタリン(Alpha basic-crystallin:CRAB)を含む、エストロゲン受容体陽性乳癌マーカー。
【0019】
下記(2)は、乳癌においてアップレギュレーションを示す乳癌マーカーのタンパク質に向けられる。
(2) 6−ホスホグルコノラクトナーゼ(6-phosphogluconolactonase:6PGL)及び/又はF−アクチンキャッピングプロテインアルファ−2サブユニット(F-actin capping protein alpha-2 subunit:CAZ2)を含む乳癌マーカー。
【0020】
下記(3)〜(6)は、乳癌の罹患を識別する方法に関する。本発明において、罹患とは、広く病的状態をいい、乳癌の罹患を識別するとは、乳癌の検出、診断、モニタリング、ステージング及び予後判定を行うことを含む意味で用いる。
【0021】
下記(3)及び(4)は、上記(1)に記載の乳癌マーカーを用いて乳癌の罹患を識別する方法に関する。
(3) アルファベーシック−クリスタリンをエストロゲン受容体陽性乳癌マーカーのタンパク質として使用することによって、乳癌の罹患を識別する方法。
(4) 前記タンパク質の、乳癌の罹患を識別すべき対象となる個人に由来する試料中におけるレベルを測定し、
得られた測定値レベルと、前記タンパク質の正常レベルとを比較し、
得られた測定値レベルが、前記正常レベルよりも減少していることを、前記対象となる個人がエストロゲン受容体陽性乳癌に罹患している可能性が高いことの指標の1つとする、(3)に記載の乳癌の罹患を識別する方法。
【0022】
前記タンパク質の正常レベルとは、癌性試料の対照となる試料における前記タンパク質レベルであればよく、健康な個人に由来する正常試料におけるレベルであってもよいし、乳癌の罹患患者に由来する癌性でない正常試料におけるレベルであってもよい。
【0023】
下記(5)及び(6)は、上記(2)に記載の乳癌マーカーを用いて乳癌の罹患を識別する方法に関する。
(5) 6−ホスホグルコノラクトナーゼ及び/又はF−アクチンキャッピングプロテインアルファ−2サブユニットを乳癌マーカーのタンパク質として使用することによって、乳癌の罹患を識別する方法。
(6) 前記タンパク質の、乳癌の罹患を識別すべき対象となる個人に由来する試料中におけるレベルを測定し、
得られた測定値レベルと、前記タンパク質の正常レベルとを比較し、
得られた測定値レベルが、前記正常レベルよりも上昇していることを、前記対象となる個人が乳癌に罹患している可能性が高いことの指標の1つとする、(5)に記載の乳癌の罹患を識別する方法。
【0024】
前記タンパク質の正常レベルとは、癌性試料の対照となる試料における前記タンパク質レベルであればよく、健康な個人に由来する正常試料におけるレベルであってもよいし、乳癌の罹患患者に由来する癌性でない正常試料におけるレベルであってもよい。
【0025】
前記試料は乳房組織および血清である、前記の乳癌の罹患を識別する方法。
前記タンパク質のレベルは、生体特異的親和性に基づく検査によって測定される、前記の乳癌の罹患を識別する方法。
【0026】
本発明はまた、下記(7)及び(8)に記載の癌の処理のための薬剤組成物に向けられる。癌の処理とは、癌細胞を死滅させること、及び癌細胞の成長を抑制することを含む。
(7) 乳癌細胞に対して供給することによって、乳癌細胞の死滅及び/又は乳癌細胞成長の抑制を促進する反応を誘発するための薬剤組成物であって、(1)及び(2)からなる群から選ばれる乳癌マーカーに免疫特異的に結合する少なくとも1種の抗体を含む、薬剤組成物。
【0027】
(8) 免疫刺激量で、乳癌細胞に対して供給することによって、免疫応答を促進するための薬剤組成物であって、(1)及び(2)からなる群から選ばれる乳癌マーカーを含む、薬剤組成物。
【0028】
上記(7)及び(8)の薬剤組成物は、乳癌の処理に用いられる潜在的な治療剤として特定されうる。或いは、上記(7)及び(8)の薬剤組成物は、乳癌の処理に用いられる治療剤として用いられうる。
【発明の効果】
【0029】
本発明によって、トランスクリプトミック解析とプロテオミック解析とが互いに密接な関係をもって反映するマーカー検索によって見出された信頼性の高い乳癌マーカーを提供することができる。また本発明は、そのような乳癌マーカーを用いて、乳癌についての罹患を識別することができる方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
<癌マーカー選択のためのゲノミクス/プロテオミクス統合技術>
本発明の乳癌マーカータンパク質は、セルライン及び一次組織サンプルの両方について、ゲノミクス及びプロテオミクス統合技術を用いる癌マーカーの選択のためのプラットホーム技術により見出された。
【0031】
この技術は;
S1: 正常及び乳癌のセルラインの培養細胞を用い、正常セルラインと乳癌セルラインとの間で発現量の異なるタンパク質の情報Pc(p)を得る工程と、
S2: 前記タンパク質情報Pc(p)を、対応する遺伝子情報Gc(p)に変換する工程と、
S3: 前記培養細胞と同じ培養細胞から、正常セルラインと乳癌セルラインとの間で発現量の異なる遺伝子の情報Gc(g)を得る工程と、
S4: 前記遺伝子情報Gc(p)を、前記遺伝子情報Gc(g)と比較し、正常セルラインと乳癌セルラインとの間で同じ発現傾向を示すタンパク質を選択する工程と、
S5: 乳房正常組織及び乳癌組織から、正常組織と乳癌組織との間で発現量の異なる遺伝子の情報Gtを得る工程と、
S6: 前記選択された、正常セルラインと乳癌セルラインとの間で同じ発現傾向を示すタンパク質の遺伝子情報を、前記遺伝子の情報Gtと比較し、正常セルライン/正常組織と乳癌セルライン/乳癌組織との間で同じ発現傾向を示すタンパク質をさらに選択する工程と、を含む。
これらの工程に加えて、前記により選択されたタンパク質について、免疫化学反応に基づいた絞り込みを行うことができる。
この腫瘍マーカー検索法の一連の流れを図1に示す。
【0032】
(プロテオミクス)
プロテオミクスにおいては、2DE/MS(すなわち、二次元電気泳動法でタンパク質を分離し、分離されたタンパク質を、質量分析により同定する方法)による一連のプロテオーム解析(S1)により、発現量の異なるタンパク質のプロファイリングが行われる。その後、当該発現量の異なるタンパク質に対応するmRNA検索が行われる(S2)。
【0033】
(S1:タンパク質のプロファイリング)
(乳癌/正常セルライン)
乳癌のセルラインとコントロールである正常セルラインとを用意する。乳癌のセルラインとしては、エストロゲン受容体陽性のもの(例えばMCF-7)や、エストロゲン受容体陰性のもの(例えばHCC-38)が挙げられる。正常のコントロールセルラインとしては、例えばCCD-1059Skが挙げられる。これらセルラインを培養し、セルライセートを調製する。
【0034】
(タンパク質の分離及びタンパク質スポットの定量)
培養したセルラインのセルライセートの一部を二次元電気泳動(2DE)に供する。分離したタンパク質スポットのゲルイメージをデジタル化し、乳癌セルライン及び正常セルラインの間において異なる発現を示すタンパク質を調べる。ゲルイメージの解析には、PDQuest(Bio-Rad)などの画像解析ソフトを用い、またこのソフトによりスポットを定量することができる。
【0035】
(タンパク質の同定)
乳癌セルライン及び正常セルラインの間において異なる発現を示すタンパクのスポットを切り出す。切り出したタンパク質スポットについて、洗浄、トリプシン消化、MSサンプルプレートへのブロッティングを行い、質量分析装置を用いて同定を行うことができる。このようにして、プロテオミクスによるセルライン由来のタンパク質情報Pc(p)を得る。
【0036】
(S2:タンパク情報に対応するmRNAの検索)
上述のようにして得られた、乳癌セルライン及び正常セルラインの間において発現が異なるタンパク質に関する情報Pc(p)から、それらタンパク質に対応するmRNAをサーチする。このようにして、プロテオミクスによるセルラインに由来する遺伝子情報Gc(p)を得る。
【0037】
(ゲノミクス)
また、細胞発生及び摂動における転写後の調節機構は重大な事象であるが、タンパク質の発現は、mRNAレベルで制御されたものであるため、大部分のタンパク質が転写において制御されるものである。ゲノミクスにおいては、セルラインからの発現量の異なるmRNAのプロファイリング(S3)、及び組織からの発現量の異なるmRNAのプロファイリング(S5)が行われる。
【0038】
(S3:セルラインから直接行うmRNAプロファイリング)
そこで、上述のように調製したセルライセートと同じバッチから、全mRNAを抽出し、
発現が異なるmRNAのプロファイリングを行うことができる。mRNAプロファイリングは、マイクロアレイチップを用いて行うことができる。このようにして、ゲノミクスによるセルラインに由来する遺伝子情報Gc(g)を得る。
【0039】
(S5:組織からのmRNAプロファイリング)
一方で、乳癌組織と乳房正常組織(コントロール)から、全mRNAを抽出し、発現が異なるmRNAのプロファイリングを行うことができる。mRNAプロファイリングは、マイクロアレイチップを用いて行うことができる。このようにして、組織に由来する遺伝子情報Gtを得る。
【0040】
(ゲノミクス/プロテオミクス統合解析)
ゲノミクス/プロテオミクス統合解析においては、上記プロテオミクスにより絞り込まれた遺伝子情報を、ゲノミクスにより得た遺伝子情報を用いて絞り込む。
【0041】
(S4:セルラインからのタンパク質プロファイルに対応した遺伝子情報とセルラインから直接求めたmRNAプロファイルとの比較)
上記プロテオミクス(S1及びS2)により絞り込まれた遺伝子情報Gc(p)と、セルラインからゲノミクス(S3)により得た遺伝子情報Gc(g)との比較を行って、同じ発現傾向を示すものを選択する。具体的には、プロテオミクスにおける2DE-MS解析から得られた、正常セルライン及び乳癌セルラインの間で異なる発現を示すmRNA Gc(p)の中から、ゲノミクスにおけるマイクロアレイ解析から得られた、正常及び乳癌の間で異なる発現を示すmRNA Gc(g)と発現傾向が一致するものを抽出し、当該発現傾向の一致を示すmRNAに対応するタンパク質を暫定的にマーカー候補とする。このように抽出された候補は、mRNAレベルとタンパク質レベルのいずれの観点においても有意な候補である。ゲノミクス/プロテオミクス統合解析は、癌マーカーとして高いポテンシャルを有する遺伝子産物のみをサブセレクトすることが可能であるため、見出されたタンパク質の癌マーカーとしての信頼性が非常に高いという利点を有する。
【0042】
絞込みの方法においては、具体的には、タンパク質に対応した遺伝子の発現レベルとセルラインから直接得たmRNAレベルとの間での発現傾向の一致性を調べる。解析システムとしては、遺伝子集合濃縮解析(Gene Set Enrichment Analysis:GSEA)を用いることが好ましい。この方法は、推測的に定義された一群の遺伝子が統計的に有意且つ調和した差を、2つの生物学的状態(例えば癌と正常など)の間で示すかどうかを判断するものである。これにより、セルラインから直接得たmRNAをもとに、タンパク質レベルから求めたmRNAの内、調和しない発現傾向を示すものを候補から除外できる。
【0043】
セルラインのゲノミクスにより得た遺伝子情報Gc(g)のプロファイルをフィルタリングし、一定量以上の有効値を示す遺伝子を抽出する。そして遺伝子情報Gc(g)のリストを作る。このリストは、正常セルライン及び乳癌セルラインの間での遺伝子発現量の差を大きさの順に並べてランク付けしたものである。
一方、2DEゲルイメージ比較によって選択された、正常セルライン及び乳癌セルラインの間で有意な差を有するタンパク質Pc(p)のスポットは、Affimetrix U133 plus chip annotation とSwissProtIDsとを用いて対応するmRNA Gc(p)にマッピングし、遺伝子情報Gc(g)の前記のリストに対するテストグループとして用いることができる。
【0044】
なお、遺伝子Gc(g)及びタンパク質Gc(p)の発現傾向の一致とは、遺伝子Gc(g)及びタンパク質Gc(p)の、正常セルライン(コントロール)に対する発現量が、互いに同程度の変化を示すこと、すなわち、遺伝子Gc(g)及びタンパク質Gc(p)の発現量が、いずれも、正常セルライン(コントロール)に対して同程度増加又は減少すること、と定義することができる。
【0045】
(S6:セルラインからのプロファイルと組織からのプロファイルとの比較)
上記S4で抽出された、遺伝子レベル及びタンパク質レベルで発現傾向の一致を示す候補は、さらに、クロスバリデーションに供することができる。
このクロスバリデーションによる評価では、上記S5で得られた組織に由来する遺伝子情報Gtを、トレーニング用mRNAデータセットと、テスト用mRNAデータセットとにわけ、Supervised Learning 解析によって、トレーニングデータセット中の正常サンプルと癌サンプルとを正確に区別できるかどうかを調べ、次に同じ条件でテスト用mRNAデータセットを正常サンプルと癌サンプルとに区別する。このテスト条件によって、トレーニング用mRNAデータセットに利用できないデータの実際のパフォーマンスを査定することができる。具体的には、Support Vector Machineアルゴリズムなどを用いることができる。 その他、トレーニングデータセットでの解析後、テスト用mRNAデータセットのような独立したデータセットに対し、主成分分析を行って正確な分離が可能であることを調べることが出来る。
【0046】
(S7:免疫化学的バリデーション)
上記のようにしてクロスバリデーションに合格した候補タンパク質について、さらに免疫化学的観点及び/又はその他の観点からバリデーションを行うことにより、より信頼性の高いマーカータンパク質を決定することができる。これらのバリデーションとしては、2DE/MS解析、ウェスタンブロッティング解析、TMA(組織マイクロアレイ)解析などによって行うと良い。TMA解析のような免疫組織化学的観点からのバリデーションは、乳癌のバイオマーカーの信頼性を最大限に保障することができる点で非常に好ましい。
【0047】
<乳癌の腫瘍マーカー>
本発明は、乳癌の腫瘍マーカーとして、3種のタンパク質:アルファベーシック−クリスタリン(Alpha basic-crystallin:CRAB)、6−ホスホグルコノラクトナーゼ(6-phosphogluconolactonase:6PGL)、及びF−アクチンキャッピングプロテインアルファ−2サブユニット(F-actin capping protein alpha-2 subunit:CAZ2)を提供する。本発明の乳癌の腫瘍マーカーは、上記のゲノミクス/プロテオミクス統合技術および種々のバリデーションによって見出された、非常に信頼性の高い腫瘍マーカーである。
【0048】
本発明の腫瘍マーカーは、乳癌セルラインと正常セルラインとの間の有意差が、t-検定においてp<0.001である。通常、t-検定におけるp値が0.05より小さい場合、より好ましくは0.01より小さい場合に有意差が認められる。従って、本発明のマーカーは、乳癌セルラインと正常セルラインとの間にはさらに著しい有意差が認められる点でも、非常に信頼性の高いマーカーである。
【0049】
本発明が腫瘍マーカーとして提供するタンパク質のうち、CRABは、乳癌において、ダウンレギュレーションを示すタンパク質である。特に、エストロゲン受容体陽性(ER+)乳癌組織において特異的にダウンレギュレーションを示すため、エストロゲン受容体陽性(ER+)乳癌に対する乳癌マーカーとして有用である。
【0050】
本発明が腫瘍マーカーとして提供するタンパク質のうち、6PGL及びCAZ2は乳癌において、アップレギュレーションを示すタンパク質である。
【0051】
これらのタンパク質は、当業者によって選択されるあらゆるタンパク質精製技術によって単離及び精製することができる。例えば、イオン交換、アフィニティ、及びサイズ排除カラムクロマトグラフィーなどのクロマトグラフィー、遠心分離、溶解度差、及び電気泳動などを含む技術を用いることができる。
【0052】
<乳癌の罹患を識別する方法>
本発明はまた、上記タンパク質から選ばれる少なくとも1種のタンパク質を乳癌の腫瘍マーカーとして使用することにより、乳癌の罹患を識別する方法を提供する。
【0053】
本発明の方法においては、乳癌の罹患を識別すべき対象となる個人に由来する試料を用意し、当該試料中において、上記タンパク質から選ばれる少なくとも1種のタンパク質のレベルを測定する。得られた測定値レベルは、正常レベルと比較される。正常レベルとは、上記タンパク質から選ばれる少なくとも1種のタンパク質の、癌性試料の対照となる試料における前記タンパク質レベルである。ここで、癌性試料の対照となる試料は、癌性でない試料であれば特に限定されず、健康な個人に由来する試料でもよいし、乳癌の罹患患者に由来する正常試料でもよい。
【0054】
本発明において、乳癌の罹患を識別すべき対象となる個人に由来する試料としては、特に限定されない。例えば、細胞や組織、体液、及び組織抽出物などが挙げられる。特に、これらの試料でも、乳房組織由来の試料が好ましい。細胞や組織には、組織生検材料及び検死解剖材料などが含まれる。体液としては、血液、及び体分泌物などが含まれる。血液としては、全血、血漿、血清などが含まれる。組織抽出物とは、当業者に公知の方法によってホモジネート又は可溶化された組織をいう。これら例示された試料の中でも、乳房組織を試料とすることが好ましい。
【0055】
対象となる個人の細胞や組織、体液、及び組織抽出物を含む試料において測定された腫瘍マーカーの測定値は、好ましくは同種の細胞や組織、体液、及び組織抽出物を含む、癌性でない試料におけるレベルと比較される。すなわち、測定された腫瘍マーカーが、対象となる個人の乳房組織のものである場合、このレベルは、好ましくは、癌性でない正常な乳房組織のレベルと比較される。
【0056】
上記タンパク質がCRABである場合、得られた測定値レベルが、正常レベルよりも減少している場合、乳癌の罹患を識別すべき対象となる個人が、癌に罹患している可能性が高いことの指標の1つとすることができる。CRABは、特にエストロゲン受容体陽性(ER+)乳癌組織において特異的にダウンレギュレーションを示すため、エストロゲン受容体陽性(ER+)乳癌の罹患の識別を行う場合に有用である。
【0057】
このタンパク質は、S1工程の定量解析の結果、エストロゲン受容体陽性の乳癌セルラインにおいて、正常セルラインにおけるよりも1/26倍(モル基準)の発現量を示した。従って、測定値レベルにおける減少の度合いとしては、測定値レベルが正常値レベルの1/10以下、好ましくは1/15以下(モル基準)となる程度を目安にすると良い。
【0058】
上記タンパク質が、6PGL又はCAZ2である場合、得られた測定値レベルが、正常レベルよりも上昇していることを、乳癌の罹患を識別すべき対象となる個人が、癌に罹患している可能性が高いことの指標の1つとすることができる。
【0059】
これらのタンパク質のうち、S1工程の定量解析の結果、6PGLは、乳癌セルラインにおいて、正常セルラインにおけるよりも48倍(モル基準)大きい発現量を示し、CAZ2は、乳癌セルラインにおいて、正常セルラインにおけるよりも23倍以上(モル基準)大きい発現量を示した。従って、測定値レベルにおける上昇の度合いとしては、6PGLの場合は、測定値レベルが正常レベルの15倍以上、好ましくは20倍以上(モル基準)となる程度、CAZ2の場合は、測定値レベルが正常レベルの10倍以上、好ましくは15倍以上(モル基準)となる程度を目安にすると良い。
【0060】
上記タンパク質のレベルは、好ましくは、生体特異的親和性に基づく検査によって測定される。生体特異的親和性に基づく検査は当業者に良く知られた方法であり、特に限定されないが、イムノアッセイや免疫染色が好ましい。具体的には、ウエスタンブロット、ラジオイムノアッセイ、ELISA、サンドイッチイムノアッセイ、免疫沈降法、沈降反応、ゲル内拡散沈降反応、免疫拡散法、凝集測定、補体結合分析検定、免疫放射定量法、蛍光イムノアッセイ、プロテインAイムノアッセイなどの、競合及び非競合アッセイ系を含むイムノアッセイや;組織或いは細胞染色、免疫電子顕微鏡、組織マイクロアレイ(TMA)を含む免疫染色が挙げられる。これらの方法においては、個体の試料中の腫瘍マーカーに結合する抗体の存在を検出する。具体的には、アッセイ培地中、或いは組織切片上において、測定すべき腫瘍マーカータンパク質及び当該タンパク質の抗体からなる免疫複合体を形成しうる条件のもと、試料を当該抗体に接触させることによって行われる。より具体的なプロトコルは、当業者であれば容易に決定することができる。
【0061】
上記タンパク質のレベルは、上記のように、生体特異的親和性に基づく検査によって測定されることが好ましいが、その他のタンパク質定量法によって測定することも許容される。例えば、同位体標識法は、定量性に優れた方法である。この場合、上記タンパク質を既知レベルで調製した試料や、正常試料などの適当な試料を対照試料として、対象となる個人の試料との間における前記タンパク質の存在量の差を調べることによって、測定を行うことができる。
【0062】
本発明の方法は、本発明の腫瘍マーカーを単独で測定してもよいし、他のいかなる腫瘍マーカーと組み合わせて測定してもよい。従って、本発明の方法は、本発明の腫瘍マーカーのレベルと同様に他の腫瘍マーカーのレベルを測定することを含んでいてよい。
【0063】
本発明の腫瘍マーカーは、癌の検出、診断、モニタリング、ステージング及び予後判定を目的として用いられるとよい。好ましくは、腫瘍の動態の把握に用いられるとよい。例えば、腫瘍に対して化学療法や放射線療法が行われている場合、その治療がどれくらいの効果を奏しているかを判断することに用いられるとよい。また、腫瘍マーカー値が高い腫瘍に対して切除手術が行われた場合、術後の経過観察のために用いられるとよい。
【0064】
<薬剤組成物>
本発明はまた、本発明の腫瘍マーカーのうち、乳癌患者体内で、正常レベルに比べて発現量が多いタンパク質(すなわち6PGL及びCAZ2から選択されるタンパク質)及び発現量が少ない蛋白質(すなわちCRAB)から選ばれる腫瘍マーカーを用いることによって乳癌を処理するための薬剤組成物に向けられる。
【0065】
薬剤組成物の一形態は、癌細胞に対して供給することによって、癌細胞の死滅及び/又は癌細胞成長の抑制を促進する反応を誘発するための薬剤組成物であって、本発明の腫瘍マーカーに免疫特異的に結合する少なくとも1種の抗体を含む、薬剤組成物である。抗体は、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、及び、分子生物学的技術により調製した抗体を含む。ここで抗体とは、広く免疫特異的に結合する物質であればよく、抗体フラグメントや抗体融合タンパク質も用いられてよい。いずれの場合も、抗体の調製は、当業者に良く知られた方法によって行われる。
【0066】
薬剤組成物の他の一形態は、免疫刺激量で、癌細胞に対して供給することによって、免疫応答を促進するための薬剤組成物であって、本発明の腫瘍マーカーを含む、薬剤組成物である。ここで、免疫刺激量とは、癌の処理のために所望する免疫反応を惹起することが可能な抗原の量をいい、当業者によって良く知られた方法で決定されるものである。この形態によると、いわゆる癌ワクチン療法として知られている、当業者に良く知られた方法を用いて癌の処理が行われる。
【0067】
上記薬剤組成物は、上記抗体或いは腫瘍マーカーを有効成分として含み、薬剤として許容される希釈剤、担体、賦形剤などをさらに含んでよい。上記薬剤組成物は、癌の処理に用いられる潜在的な治療剤として特定されうる。或いは、上記薬剤組成物は、癌の処理に用いられる治療剤として適用されうる。
【実施例】
【0068】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0069】
[セルライン及び一次組織]
本発明において用いられたセルライン及び一次組織は、次のとおりである。
(セルライン)
乳癌セルライン:
ER陽性のヒト乳癌セルラインMCF-7(ATCC: HTB-22)
ER陰性のヒト乳癌セルラインHCC-38(ATCC: CRL-2314)
正常セルライン:
CCD-1059Sk(ATCC: CRL-2072)
(一次組織)
乳癌組織:
Singapore National Cancer Centre Tissue Repositoryより入手
乳房正常組織:
美容整形外科の患者より入手
【0070】
[セルラインからのタンパク質発現プロファイリング]
まず、2DE/MSによるセルラインのプロテオーム解析を用いた。乳癌のセルライン(MCF-7及びHCC-38)とコントロールとしての正常セルライン(CCD-1059Sk)の全セルライセートを、pH4-7又はpH6-9のナローレンジIPGストリップを用いて分離し、さらに、10w/w%イソクラチックSDS-PAGEスラブゲルを用いた2次元電気泳動(2DE)に供した。ゲル間におけるばらつきを最小限にするため、Dodecaセル(Bio-Rad)を用い、同時に泳動を行った。
【0071】
Deep Purple(GE HealthCare)を用いてタンパク質スポットの蛍光染色を行い、PDQuest7.3イメージ解析ソフトウェア(Bio-Rad)を用いて定量的ゲルイメージ解析を行った。更にXcise(Shimadzu Biotech)システムを用い、2,548個のタンパク質スポットを2D ゲルから切り出した。
【0072】
切り出したタンパク質スポットのトリプシン消化を行い、AXIMA-CFR plus質量分析装置(Shimadzu Biotech)にて、MALDI-TOF MS測定(正イオン・リフレクトロンモード)を行い、PMFによって1,724個のタンパク質スポット(484の異なるタンパク質種に相当)を同定した。
【0073】
異なる発現を示すタンパク質のプロファイリングを行った。
MCF-7とCCD-1059Skとのタンパク質プロファイルを比較するためにタンパク質スポットの染色強度についてのStudents t-testを行った。両方のpH範囲から200個の異なる発現を示すタンパク質スポットを同定し(p<0.0035 (pH4-7ゲル)で108スポット、及びp<0.0014 (pH6-9ゲル)で82スポット)、最終的に、MCF-7においてCCD-1059Skに比べ多く発現するタンパク質78個、少なく発現するタンパク質32個を導いた。
【0074】
HCC-38とCCD-1059Skとのタンパク質プロファイルを比較するために、同様にStudents t-testを行った。そして、上位200個の異なる発現を示すタンパク質スポットを同定し(p<0.0067 (pH4-7ゲル)、及びp<0.00094 (pH6-9ゲル))、最終的に、HCC-38においてCCD-1059Skに比べ多く発現するタンパク質81個、少なく発現するタンパク質31個を導いた。
【0075】
[セルライン及び組織からの遺伝子発現プロファイリング]
セルラインからのタンパク質発現プロファイリングで用意した正常及び乳癌のセルラインと同じバッチから併行して、図1のS3に示す異なる発現を示すmRNAのプロファイリングをマイクロアレイチップU133_plus GeneChip(Affymetrix)を用い行った。その結果、それぞれのチップから、約35000のmRNAが同時に検出された。
同様に、乳癌組織と正常乳房組織とについても、マイクロアレイチップU133_plus GeneChip(Affymetrix)を用い、異なる発現を示すmRNAのプロファイリングを行った。
【0076】
具体的には、Trizol試薬(Invitrogen)を用いてセルライン及び組織から全RNAを抽出し、マイクロアレイチップU133_plus GeneChip(Affymetrix)にハイブリダイズさせた。測定された元データファイルは、中央データベースに保存され、GeneData Refinerソフトウェア(GeneData)を用いてクオリティコントロールがなされた。リファインされたプロファイルは強度値500にノーマライズされた。この癌の一次組織の遺伝子発現データは、遺伝子発現バンク(GEO)のアクセッション番号GSE2294から入手することができる。
【0077】
[プロテオミクス及び遺伝子発現の統計的統合]
セルラインからのタンパク質発現プロファイリングによって同定されたタンパク質のIDを、SwissProt ID(www.affimetrix.com)を用いて、対応するmRNAマイクロアレイ(U133_plus)プローブにマッチングさせた。
セルラインからのタンパク質発現プロファイリングによって得られた、正常セルライン及び乳癌セルラインの間で異なる発現を示すタンパク質に対応するmRNA情報から、セルライン及び組織からの遺伝子発現プロファイリングによって得られた、正常セルラインと乳癌セルラインもしくは乳房正常組織と乳癌組織との間で異なる発現を示すmRNAと発現傾向が一致するものを抽出した。
【0078】
MCF-7においてCCD-1059Skに比べ多く発現するタンパク質78個、及び少なく発現するタンパク質32個について:
AffmetrixのU133_plus chipのアノテーションとSwiss Prot IDとを用い、これらのタンパク質をその対応するmRNAにマッピングし、2セットのマイクロアレイプローブ(すなわち、第1のセットとしてMCF-7においてより多く発現するタンパク質に対応する198のプローブのセット(MCF-7 up-regulated)、及び第2のセットとしてMCF-7においてより少なく発現するタンパク質に対応する84のプローブのセット(MCF-7 down-regulated))を同定した。
【0079】
図1のS3によって得た全てのプローブ(〜50K)をMCF-7とCCD-1059Skとの間における遺伝子発現量の差の強さに従ってランク付けした(すなわち順に並べた)。
そして、遺伝子集合濃縮解析(GSEA)を用いて、2つのMCF-7 up-regulatedプローブセット及びMCF-7 down-regulatedプローブセットのそれぞれが、前記ランク付けがなされたリストのどの位置に存在しているか(すなわち分布)を調べた。その結果を図2(A)に示す(UP_MCF7:MCF-7 up-regulatedプローブセット、Down_MFC7:MCF-7 down-regulatedプローブセット、Enrichment Score:濃縮スコア)。
【0080】
図2(A)に示されるように、MCF-7 up-regulatedプローブセットは、CCD-1059Skに比べMCF-7の細胞で発現レベルの上昇を示した遺伝子領域(p<0.001)において有意に濃縮され、プロテオミックデータとゲノミックデータとの間で同様な発現傾向を示したことがわかる。同様に、MCF-7 down-regulatedプローブセットも、CCD-1059Skに比べMCF-7の細胞で発現レベルの減少を示した遺伝子領域(p<0.001)において有意に濃縮された。
【0081】
HCC-38においてCCD-1059Skに比べ多く発現するタンパク質81個、及び少なく発現するタンパク質31個について:
上記と同様に、HCC-38においてより多く発現するタンパク質に対応する195のプローブのセット(HCC38 up-regulated)及びHCC-38においてより少なく発現するタンパク質に対応する71のプローブのセット(HCC38 down-regulated)についてGSEAを行った。その結果を図2(B)に示す(UP_HCC38:HCC38 up-regulatedプローブセット、Down_ HCC38:HCC38 down-regulatedプローブセット、Enrichment Score:濃縮スコア)。
【0082】
図2(B)に示されるように、HCC38 up-regulatedプローブセットは、CCD-1059Skに比べHCC38の細胞で発現レベルの上昇を示した遺伝子領域(p<0.001)において有意に濃縮され、同様に、HCC38 down-regulatedプローブセットも、CCD-1059Skに比べHCC38の細胞で発現レベルの減少を示した遺伝子領域(p<0.001)において有意に濃縮された。
【0083】
これらの結果は、2DE/MS解析において同定された、異なる発現量を示すタンパク質の大部分(79-82%)も、mRNA発現量の付随する変化と関連していることを示す。一致した発現傾向を示すタンパク質をより絞り込むために、さらに、MCF-7 と CCD-1059Skにおける発現量の比較において選択した87個のタンパク質及びHCC-38 と CCD-1059Skにおける発現量の比較にて選択した92個のタンパク質をそれぞれリストにし、それらを組み合わせて、癌セルラインで少なく発現する30個のタンパク質と癌セルラインで多く発現する105個のタンパク質とを含む1つのリストにした。
【0084】
次に、このように絞り込んだタンパク質に対応する遺伝子を、遺伝子発現レベルで乳癌組織と乳房正常組織サンプルとの間で異なる発現を示した遺伝子と比較することによりバイオマーカー候補に優先順位をつけた。
39の一次組織サンプル(正常サンプル:7、癌サンプル:32)のトレーニングmRNAデータセットを構築し、Support Vector Machine(SVM) machine learning algorithmを、100回のクロスバリデーションと組み合わせて用い、乳癌と正常とを確実に識別することができる以下の9つのバイオマーカーを同定した。
【0085】
Annexin I (ANX1_HUMAN)
Alpha basic-crystallin (CRAB_HUMAN)
6-phosphogluconolactonase (6PGL_HUMAN)
F-actin capping protein alpha-2 subunit (CAZ2_HUMAN)
Type II cytoskeletal 7 (K2C7_HUMAN)
Lamin B1 (LAM1_HUMAN)
Transketolase (TKT_HUMAN)
Serine/threonine-protein kinase PAK 2 (PAK2_HUMAN)
26S proteasome non-ATPase regulatory subunit 2 (PSD2_HUMAN)
このうち、ANX1及びCRABは乳癌セルライン及び1次組織において発現減少を示し、その他の7種のタンパク質は発現増加を示した。
【0086】
さらに、これら9種の乳癌マーカー候補をバリデートするために、9種の乳癌マーカー候補のmRNA発現の主成分分析(PCA)を行うことによって、36の組織サンプル(正常サンプル:5、癌サンプル:31)のtest setをさらに分類することができるかどうかを評価した。その結果を図3に示す(Comp.1:第1主成分軸、Comp.2:第2主成分軸、Comp. 3:第3主成分軸、Normal:正常サンプル、Tumor:癌サンプル)。図3に示すように、9種の乳癌マーカー候補によって、正常サンプルは明確に癌サンプルから識別された。
【0087】
このようにして、9種の乳癌マーカー候補を同定した。さらに、組織マイクロアレイ解析からのバリデーションによる検証を行った。その結果、9種の候補のうち、ANX1、CRAB、6PGL、およびCAZ2の4種の候補がバリデーション試験に合格した。半分近くの乳癌マーカー候補が成功裏にバリデートされたということは、セルライン及び一次組織サンプルからのプロテオミック及びトランスクリプトミックの体系的な統合が、癌のバイオマーカーの発見においていかに有利であるかを示す。
【0088】
[組織マイクロアレイを用いた免疫組織化学染色による解析]
以下、組織マイクロアレイ解析(TMA)を用いたバリデーションについて、詳述する。TMA解析は、上記9種のタンパク質について行われた(ANX1、CRAB、K2C7、LAM1及びPAK2については、市販の抗体を用い、6PGL、CAZ2、TKT及びPSD2については、カスタマイズされた抗体を用いた)。下述においては、組織マイクロアレイ解析によって最終的に絞り込まれた上記4種のタンパク質(ANX1、CRAB、6PGL及びCAZ2)のうち、主に、本発明のCRAB、6PGL及びCAZ2の3種の乳癌マーカータンパク質について示す。
このプロトコルは、本発明の乳癌マーカーを用いた、乳癌の罹患の識別方法の一態様として用いることができる。
【0089】
組織マイクロアレイ解析に供された乳癌組織マイクロアレイのスライドは、それぞれ、98個の腫瘍組織及び2個の乳房正常組織(コントロールで癌組織とともに処理)からなる100のアレーを含む。一方染色条件最適化のためのスライド(ポジティブコントロール用)は、乳房正常組織または正常セルラインで構成された(パラフィン包埋ブロックで作る)ものをそれぞれ100個含む。
【0090】
(CRABの抗体(市販)の場合)
抗体のためのIHC(Immunohistochemical)染色の条件を最適化するために、IHC染色の最適化を乳房正常組織マイクロアレイで行った。4種類の異なるアンチゲンレトリーバルを(CRABについてのポジティブコントロール組織に)異なる一次抗体濃度にて行った(後述表1参照)。ポリクローナル抗体については、1:50、1:100、1:200、及び1:400の希釈率で、モノクロナール抗体については、1:100、1:200、及び1:400の希釈率でテストした(後述表1参照)。染色されたポジティブコントロール組織スライドは、パソロジストにより検査された。特定の抗体検査法及び特定の一次抗体希釈率を含む最適な条件が、パソロジストのコンサルティングの後に決定され、乳癌組織マイクロアレイに適用された。
【0091】
(6PGLとCAZ2の抗体(カスタマイズされたもの)の場合)
市販抗体と同様の染色条件の探索を行う、ただしこの場合は、パラフィン包埋セルブロックをポジティブコントロールとして用いた。
セルブロックの作成のため、MCF7乳癌細胞を75mLフラスコ内で培養した。細胞をトリプシン処理し、5mm以上厚さのセルペレットになるまでスピンダウンした。直ちにセルペレットを20分間ホルマリンでインキュベートし、パラフィン包埋処理した。
抗原の細胞内局在は、分画されたタンパク質抽出物のウェスタンブロッティングで決定した。
【0092】
(IHC染色プロトコル)
溶液:
1.クエン酸バッファ pH6.0
クエン酸 10.5g
2M NaOH (約 65mL)でpH を 6.0に調整
脱イオン水で5Lに調整
(pHが高い場合はクエン酸を加え、pHが低い場合はNaOHを加える)
2.Tris-EDTAバッファ pH 9.0
トリス塩基 12g
EDTA 1 g
脱イオン水で500mLに調整
0.2M HCl でpH9に調整
3.DAKO バッファ pH6.0
60ml Dako (10x) (Cat. S2369) target retrievalに脱イオン水を加えて600mLに調整
4.DAKO バッファ pH9.0
60ml Dako (10x) (Cat. S2367) target retrievalに脱イオン水を加えて600mLに調整
5.TBS 洗浄バッファ pH7.6 (10x)
0.5M Tris 60.6g
9w/w% NaCl 90g
脱イオン水を加えて1Lに調整し、HClを加えてpH7.6に調整
【0093】
I. 脱パラフィン化
脱パラフィン化の前に、水平状態で、アレイスライドを60分間室温に保つか、又は20分間60℃でオーブン加熱した。スライドを金属トレイに並べ、以下の工程を行った。
1.スライドをキシレン中に5分間浸漬し、さらに、新しいキシレンに5分間浸漬した。
2.スライドを100%エタノールに5分間浸漬した。
3.スライドを95v/v%エタノールに5分間浸漬した。
4.スライドを70v/v%エタノールに5分間浸漬した。
5.スライドを流水で洗浄した。
【0094】
II. アンチゲンレトリーバル
方法A(Pressure Cook) クエン酸バッファ(高圧ポット内で加熱したもの)
1.クエン酸バッファ2Lをステンレスプレッシャークッカーで10-15分沸騰させた。
2.バッファが沸騰すると、スライドをポット内に垂直に入れ、ふたをきつく締めた。ふたの2つのボタンがポップアップ後、3分待った。(スライドがクッカーのボタンに直接触れないようにスライドを入れた。)
3.3分後、ポットをシンク内で流水によって冷却した。ノブを回して圧力を開放した。圧力を開放した後、ふたを開け、スライドを流水で冷却した。
【0095】
方法B(Tris-EDTA) Tris-EDTAバッファ(電子レンジで加熱)
1.600 mlのバッファをプラスチックジャーに注ぎいれた。
2.スライドをプラスチックトレイに並べ、バッファの入ったジャーに入れた。
3.ジャーをプラスチックフィルムでラップし、上部にいくつかの孔を開けた。
4.ジャーを電子レンジに入れた。パワーを5に(パワーは10のうち5の中間レベル)、時間を25分にセットした(バッファはクリアではなく、白濁した)。
5.ジャーをシンク内に移し、流水下に静置した。溶液は再びクリアになった。
6.冷却後、スライドを水の入ったコンテナ内に移した。
【0096】
方法C(Dako6 Buffer) DAKO pH6.0バッファ
このバッファを用いて方法Bと同様の操作を行った。
【0097】
方法D(Dako9 Buffer) DAKO pH9.0バッファ
このバッファを用いて方法Bと同様の操作を行った。
【0098】
III. 免疫染色
1. スライドを乾かし、ダコペン(DAKO, S2002)を用いて染色すべき組織の周りを囲った。組織の周りのペンによって囲われた円は、抗体溶液や洗浄バッファなどの液体が当該円の外に流れないようにするためのバリアとなる。
2. スライドを乾かし、組織にブロック溶液(DAKO, S2023)を滴下した。10分間インキュベートした。
インキュベーション中、溶液に気泡が生じないように注意した。
3. スライド上の溶液を捨て、脱イオン水でリンスした。ラック中において、流水でさらに5分間洗浄した。
4. スライドをプラスチックトレイに水平にいれ、5分間、TBSを注いだ。
5. 一次抗体(Ab)を抗体希釈液(DAKO, S0809)で希釈した。
6. スライドを軽く打ちつけながら水きりし、200 μLの希釈Abを組織に加え、30分インキュベートした(気泡を生じないように)。
7. スライドを取り出し、TBSに浸し、水気を切った。
8. TBSをスライドに注ぎ、5分待った。この間、スライドが乾かないように、適宜TBSを追加した。
9. ハンドタオルにスライドを軽く打ちつけながら水切りした。envision kit (DAKO, S5007)から、ホワイトボトル(Dako REALTM EnVisionTM HRP Rabbit/Mouse)を取り出し、数滴、組織に滴下し、30分静置した。
10.スライドを水切りし、TBSで洗浄した。スライドにTBSを注ぎ、5分間待った。
11.基質バッファ1mlをDAB(3,3’-diaminobenzdine:Toxic)20 μLと混合した。混合は使用の前行った。基質バッファ及びDABはenvision kit (DAKO, S5007)に含まれている。
12.スライドをTBSで洗い、軽く打ち付けて水きりし、DAB混合液をスライドに滴下し、10分間インキュベートした。
13.スライドをd-H2Oで洗浄した。
14.スライドをH/E ラックに並べ、流水下に5分間静置した。
15.スライドをhaemtoxylin中に2分間、組織が青くなるまで入れ、PBS中に10分間静置した。スライドを流水で10分間洗浄した。
16.一連の溶液:70v/v%エタノール、95v/v%エタノール、100v/v%エタノール×4、キシレン×2(それぞれ1分間使用)により、スライドを脱水した。
17.スライドをマウンティングマシーンにマウントした。
全工程において、組織表面は湿潤を保った。そうでなければ、乾燥した部分は非特異的な染色を示すこととなる。
【0099】
【表1】

【0100】
上記表1に、乳癌マーカー候補(Candidates)のTMA結果(TMA results)を、セルラインにおける2DE/MS(2DE/MS on Cell lines)の結果とともに示す。下向き矢印はダウンレギュレーションを示したことを表し、上向き矢印はアップレギュレーションを示したことを表す。ここで、CRABについては、Tumorの2DE/MS on Cell linesでダウンレギュレーションを示したのは、エストロゲン受容体陽性の乳癌セルラインにおける場合であり、一方、エストロゲン受容体陰性の乳癌セルラインにおいてはアップレギュレーションを示した。抗体濃度の最適条件(Optimal conditions)は、抗体濃度の希釈率として示した。一次抗体のサプライヤー(Primary antibody suppliers)において、6PGL及びCAZ2のカスタマイズされた(customized)抗体は、BioGenesにおいて調製されたものである。細胞内局在(Subcellular location)(後述)の情報は、ポジティブコントロール組織と組織マイクロアレイとにおける抗体の発現を関連づけるのに役立つ。Cytoは細胞質、Nuclは核、Plasma memは細胞膜、Mitoはミトコンドリアを表す。タンパク質の細胞内局在の情報は、市販の抗体についての文献(Lit);本発明者らによる実験(exp);及び、タンパク質の配列に基づいたバイオインフォマティクスアルゴリズムを用いた予測(predicted)、から得た。
【0101】
乳癌組織マイクロアレイにおけるANX1についてのIHC染色については、88%の腫瘍組織においてネガティブ染色を示した(88% of tumor tissues showed negative staining)。IHC染色された乳房組織(倍率:×100)を、当該組織の一部の拡大図(倍率:×600)とともに図5に示す(N:正常組織、T:乳癌組織)。
【0102】
乳癌組織マイクロアレイにおけるCRABについてのIHC染色については、96%の腫瘍組織においてネガティブ染色を示した(96% of tumor tissues showed negative staining)。IHC染色された乳房組織(倍率:×100)を、当該組織の一部の拡大図(倍率:×600)とともに図6に示す(N:正常組織、T:乳癌組織)。腫瘍組織においてネガティブ染色を示したもの(腫瘍組織98個のうち94個)は、全てエストロゲン受容体陽性のものであり、腫瘍組織においてポジティブ染色を示したもの(腫瘍組織98個のうち4個)は、全てエストロゲン受容体陰性のものであった。一方、正常乳房組織マイクロアレイの正常組織は全てにおいてポジティブ染色を示した。具体的には、CRABは正常ductの筋上皮細胞で強く発現することが確認された。
【0103】
乳癌組織マイクロアレイにおける6PGLについてのIHC染色については、98%の腫瘍組織において強いポジティブ染色を示した(98% of tumor tissues showed stronger positive staining)。IHC染色された乳房組織(倍率:×100)を、当該組織の一部の拡大図(倍率:×600)とともに図7に示す(N:正常組織、T:乳癌組織)。具体的には、6PGLは細胞質において広範囲に発現し、バイオインフォマティクスによる予測と一致した。これらのポジティブ染色された腫瘍組織のうち、69.3%(88腫瘍組織のうち61)はグレード3のポジティブ染色、27.3%(88腫瘍組織のうち24)はグレード2のポジティブ染色、2.3%(88腫瘍組織のうち2)はグレード1のポジティブ染色であった。しかしながら、正常乳房組織マイクロアレイにおける正常組織は、グレード1又はグレード2のポジティブ染色を示し、グレード3のポジティブ染色を示したものは無かった。
【0104】
乳癌組織マイクロアレイにおけるCAZ2についてのIHC染色については、69%の腫瘍組織においてポジティブ染色を示した(69% of tumor tissues show stronger positive staining)。IHC染色された乳房組織(倍率:×100)を、当該組織の一部の拡大図(倍率:×600)とともに図8に示す(N:正常組織、T:乳癌組織)。具体的には、CAZ2は主に細胞質において発現した。これらのポジティブ染色された腫瘍組織のうち、15.5% (84腫瘍組織のうち13)はグレード3のポジティブ染色、16.7% (84腫瘍組織のうち14)はグレード2のポジティブ染色、36.9% (84腫瘍組織のうち31) はグレード1のポジティブ染色であった。一方、正常乳房組織マイクロアレイにおける正常組織は、大部分がネガティブ染色を示し、ところどころでグレード1のポジティブ染色を示した。
【0105】
[ウェスタンブロッティングを用いた細胞内局在]
MCF-7の分画されたタンパク質抽出物について、ウェスタンブロッティングを行い、カスタマイズされた抗体の細胞内局在を調べた。分画されたタンパク質抽出物として、細胞質タンパク質抽出物、膜タンパク質抽出物、及びオルガネラタンパク質抽出物について調べた。ウェスタンブロッティングの結果を図4に示す。図4中、(i)は、細胞質タンパク質抽出物、(ii)は、膜タンパク質抽出物、(iii)は、オルガネラタンパク質抽出物についての結果を示す。
【0106】
[組織サンプルのウェスタンブロッティング解析]
以下、組織サンプルのウェスタンブロッティング解析を用いたバリデーションについて、詳述する。ウェスタンブロッティング解析は、上記9種のタンパク質について行われた(ANX1、CRAB、K2C7、LAM1及びPAK2については、市販の抗体を用い、6PGL、CAZ2、TKT及びPSD2については、カスタマイズされた抗体を用いた)。下述においては、ウェスタンブロッティング解析によって最終的に絞り込まれた上記4種のタンパク質(ANX1、CRAB、6PGL及びCAZ2)のうち、CRAB、6PGL及びCAZ2について示す。
このプロトコルは、本発明の乳癌マーカーを用いた、乳癌の罹患の識別方法の一態様として用いることができる。
【0107】
I.乳房組織サンプル及びタンパク質抽出物
この解析において用いた乳癌組織は、独立した2人のヒストパソロジストによる検査の後、Singapore National Cancer Center Tissue Repositoryから入手したものである。正常の乳房組織は、美容整形外科の患者より入手した。
ウェスタンブロッティングにおいては、それぞれ、ER+(estrogen receptor) positiveである3人の乳癌患者からの乳癌組織抽出物の混合物と、6人の正常人からの乳房組織抽出物の混合物を用いた。
【0108】
II.ウェスタンブロッティング
A.タンパク質抽出物の調製
1.解析すべき組織をメスでスライスし、適当なサイズの切片とした。
2.組織切片を、PBSで30秒、1-2回洗浄し(洗浄回数はコンタミネーションの度合いによる。コンタミネーションが大きい組織の場合は、より多くの洗浄が必要である。)、血液及びその他の夾雑物を組織表面から除去した。
3.乳棒及びすり鉢を用い、液体窒素中で組織切片をより細かい断片に粉砕した。
4.組織の断片を、250mMスクロース水溶液を入れたエッペンドルフチューブに集め、30秒、2-3回洗浄した(洗浄回数は血液によるコンタミネーションの度合いによる)。
5.洗浄後、8000rpmで2分遠心分離し、上清を捨てた。
6.スクロース水溶液による洗浄の後、ペレットを取り出し、完全に粉砕して微粉末にした。
7.粉末をエッペンドルフチューブに集め、Calbiochem Subcelluar Proteome Extraction Kit (Calbiochem)を用いてタンパク質を抽出した。
8. Albumin and IgG removal kit (GE Healthcare)及び引き続きMultiple Affinity Removal Column (Agilent Technology)を用いることによって、タンパク質ライセートから、多量の血漿タンパク質を取り除いた。
9.多量の血漿タンパクを取り除いたタンパク質ライセートのバッファを、SDSサンプルバッファ(2w/w% SDS, 20w/w% Glycerol, 120mM Tris pH 6.8及び160mM DTT)に交換し、タンパク質濃度を決定した。
【0109】
B.タンパク質濃度の決定
Bradford Coomassie Blue法を用いた。標準物質としてBovine Serum Albumin (BSA, 2mg/ml)を用いた。
1.原液BSAを1mg/mlに希釈し、BSA標準濃度シリーズ溶液(500μl脱イオン化水(d-H2O)中、0,1,5,10,15,20,25 μgのBSAを含む)を調製した。
2.BSA標準シリーズ溶液に、1μlのSDSサンプルバッファを加えた。
3.500 μlのd-H2Oに1μlのタンパク質ライセートを加えることによってサンプルを調製した。
4.500μlのCoomassie Blue試薬を加え、混合した。沈殿を生じることを防ぐため、混合溶液は、室温で長く放置しすぎてはならない。
5.吸光度は595nmであった。セルライセートは-20 oCで保存し、全体積が多ければ、エッペンドルフチューブに0.5mlずつ分割した。
【0110】
C.SDS-PAGE分離ゲル
1.15 mlの分離ゲル(resolving gel)をフラスコ内に用意し、15分撹拌し続けた。
10w/w% SDS resolving gel:
30w/w% Acrylamide/Bis 4.95ml
1.5M Tris-HCl, pH8.8 3.75ml
10w/w%SDS 0.15ml
d-H2O 6ml
分離ゲルをプレートの間に注ぐ前に、下記の溶液を加えた。
TEMED (N,N,N,N-Tetramethylethylenediamine) 7.5μl
10w/w%APS (Ammonium Persulfate) 75μl
2.手袋を装着し、プレートを95v/v%エタノールで洗い、キムワイプで拭き取り乾燥させた。プレートを組み立て、プレートホルダに立てた。プレート丈がより短いものを外側に向くようにした。
3.TEMED及び10w/w%APSを分離ゲル溶液に加え、短時間撹拌した。ピペットを用い、プレート間の隙間に、より短いプレートの上端より0.5cmの所まで、溶液を加えた。直ちに、水を飽和させたブタノールを少量加え、分離ゲルの上端をカバーした。
4.プレートの底部から漏れが無いように注意し、ベンチに1時間静置した。
5.ブタノールを除去し、ゲルの表面をd-H2Oで洗い、キムワイプで乾燥させた。
6.5mlの濃縮ゲル(stacking gel)を調製した。
4w/w% SDS stacking gel:
30w/w% Acrylamide/Bis 0.66ml
1M Tris-HCl, pH6.8 1.28ml
10w/w%SDS 50μl
d-H2O 3ml
濃縮ゲルを注ぐ前に、下記の溶液を加えた。
TEMED 5μl
10w/w%APS 25μl
7.濃縮ゲルを分離ゲルの上部に、短いプレートの上端まで流し込み、直ちにサンプル用コームをプレートの隙間に差し込んだ。
8.少なくとも5時間静置し、重合させた。
9.注意深くコームを除き、ゲルの表面をd-H2Oでリンスした後、ゲルを乾燥させた。
10.500mlのrunning buffer(25mM Tris-HCl, 0.2M glycine, 0.35w/w%SDS)を調製した。
11.ゲルを電気泳動ホルダにクランプし、タンク内に置いた。泳動用バッファを2枚のプレートの間に、長いプレートの上端まで注いだ。上部チャンバから下部にバッファがもれないように、注意した。
12.タンパク質ライセートを同体積の2x ローディングバッファ (62.5 mM Tris HCL, pH 6.8, 25w/w% Glycerol, 2w/w% SDS, 5w/w% Mercaptoethanol及び0.01w/w% Bromopohenol Blue)と混合した。
13.ライセート(5μg/ウェル)を2レーンずつ流し込んだ。
14.色素がゲルの底部に到着するまで1時間、150Vで電気泳動を行った。
【0111】
D.セミドライ転写
転写バッファ(Transfer buffer): 60mM Tris, 40mM Glycine及び15v/v% Methanol (pH9.2)
1.200mlの転写バッファにゲルを30分間浸漬した。
2.PVDFメンブレンをメタノール中に15秒入れて濡らし、脱イオン化水でリンスした後、転写バッファ中に少なくとも15分間浸漬した。2つのフィルターペーパーを転写バッファ中に15分間浸漬した。
3.プレートに、+極側から−極側へ向かって、+極側濾紙、メンブレン、ゲル、−極側濾紙の順に、重ねて組み立てた。メンブレン及び濾紙はゲルと同じサイズに切り、メンブレン及びゲルの間には、気泡が生じないように注意した。
4.15-20Vで30-45分電力をかけた(電力及び時間は、ゲルのサイズによって調整することができる)。
【0112】
E.イムノブロッティング
1.カセットを開け、転写PVDF膜からゲルを取り除いた。
2.転写メンブレンをブロッキングバッファ(blocking buffer:20mM Tris Base pH 7.6, 150mM NaCl, 0.1w/w%Tween-20, 5w/w% non-fat milk)中に入れ、室温で1時間インキュベートした。
3.ブロッキングバッファからメンブレンを出し、洗浄バッファ(20mM Tris Base pH 7.6, 150mM NaCl, 0.1% Tween20)で30分間、リンスした。リンスは、10分毎に洗浄バッファを交換し、かき混ぜながら行った。
4.ブロッキングの後、メンブレンを、5% non fat milk中4℃で一晩静かにシークしながら、一次抗体でインキュベートした。
5.リンスの後、一次抗体バッファをメンブレンからデカントし、メンブレンをwash bufferで30分間、リンスした。リンスは、10分毎にwash bufferを交換し、かき混ぜながら行った。
6.二次抗体(Horseradish peroxidase結合抗体)をブロックバッファで、(二次抗体:ブロックバッファが1:50,000となるように希釈)、室温で1-2時間インキュベートした。
7.二次抗体バッファを除き、メンブレンをwash bufferで30分間、リンスした。リンスは、10分毎にwash bufferを交換し、かき混ぜながら行った。
【0113】
F.バンドの検出
1.ECL (Enhanced Chemiluminescence )試薬(solution Aとsolution Bとの同体積混合物(GE Healthcare ,UK))を用意した。
2.試薬をメンブレンに加え、5分間反応させた。
3.染色したメンブレンをVersaDoc 5000で測定し、Quantity One softwareを用いて、バンドのパターンを解析した。
【0114】
混合乳房組織(Mixed Breast Tissue:すなわち、3人の乳癌患者の乳房組織抽出物の混合物、及び6人の正常人からの乳房組織抽出物の混合物)サンプルのウェスタンブロッティング解析の結果を、図9〜11に示す。それぞれの図において、アクチン抗体(Anti-actin)をレファレンスとして用いた、乳癌サンプル(ER+)及び正常サンプル(TNT)中の乳癌マーカーについてのウェスタンブロッティングの結果を(A)に示す。また、(A)における乳癌マーカーの抗体のバンドの吸光度の積算値(PDQuestソフトウェアによって計算)を示したグラフを(B)に示す。
【0115】
[本発明のバイオマーカーについての結論]
上述のように、組織マイクロアレイ解析及びウェスタンブロッティングによるバリデーションに基づくと、CRAB、6PGL及びCAZ2は、乳癌のバイオマーカーであることが明らかになった。(なお、ANX1も、同様に乳癌のバイオマーカーであることが明らかになった。ANX1については、乳癌マーカーであることがすでに先行文献によって示されている。)CRABは、乳癌においてダウンレギュレーションを示すバイオマーカーであり、6PGL及びCAZ2は、乳癌においてアップレギュレーションを示すバイオマーカーである。
【図面の簡単な説明】
【0116】
【図1】本発明の乳癌マーカー検索に用いられたマーカー検索法の一連の流れを示したものである。
【図2】mRNA発現データにおける異なる発現を示すタンパク質の遺伝子集合濃縮解析(GSEA)の結果を示す。(A):乳癌セルラインMCF-7及び正常セルラインCCD-1059Sk間の比較によって同定されたタンパク質に関する。(B):乳癌セルラインHCC-38及び正常セルラインCCD-1059Sk間の比較によって同定されたタンパク質に関する。
【図3】9種の乳癌マーカー候補(ANX1、CRAB、6PGL、CAZ2、K2C7、LAM1、TKT、PAK2及びPSD2)についてのmRNA発現の主成分分析(PCA)の結果を示す。
【図4】ウェスタンブロッティングによる乳癌マーカー6PGL及びCAZ2の細胞内局在の調べた結果である。
【図5】乳癌マーカーANX1についての組織マイクロアレイ解析(TMA)を行った乳組織(倍率:×100)を、当該組織の一部の拡大図(倍率:×600)とともに示したものである(N:正常組織、T:乳癌組織)。
【図6】乳癌マーカーCRABについての組織マイクロアレイ解析(TMA)を行った乳組織(倍率:×100)を、当該組織の一部の拡大図(倍率:×600)とともに示したものである(N:正常組織、T:乳癌組織)。
【図7】乳癌マーカー6PGLについての組織マイクロアレイ解析(TMA)を行った乳組織(倍率:×100)を、当該組織の一部の拡大図(倍率:×600)とともに示したものである(N:正常組織、T:乳癌組織)。
【図8】乳癌マーカーCAZ2についての組織マイクロアレイ解析(TMA)を行った乳組織(倍率:×100)を、当該組織の一部の拡大図(倍率:×600)とともに示したものである(N:正常組織、T:乳癌組織)。
【図9】(A):アクチン抗体(Anti-actin)をレファレンスとして用いた、乳癌サンプル(ER+)及び正常サンプル(TNT)中の乳癌マーカーCRABについてのウェスタンブロッティングの結果、及び(B):(A)における乳癌マーカーの抗体(Anti-CRAB)のバンドの吸光度の積算値を示したグラフである。
【図10】(A):アクチン抗体(Anti-actin)をレファレンスとして用いた、乳癌サンプル(ER+)及び正常サンプル(TNT)中の乳癌マーカー6PGLについてのウェスタンブロッティングの結果、及び(B):(A)における乳癌マーカーの抗体(Anti-6PGL)のバンドの吸光度の積算値を示したグラフである。
【図11】(A):アクチン抗体(Anti-actin)をレファレンスとして用いた、乳癌サンプル(ER+)及び正常サンプル(TNT)中の乳癌マーカーCAZ2についてのウェスタンブロッティングの結果、及び(B):(A)における乳癌マーカーの抗体(Anti- CAZ2)のバンドの吸光度の積算値を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルファベーシック−クリスタリンを含む、エストロゲン受容体陽性乳癌マーカー。
【請求項2】
6−ホスホグルコノラクトナーゼ及び/又はF−アクチンキャッピングプロテインアルファ−2サブユニットを含む乳癌マーカー。
【請求項3】
アルファベーシック−クリスタリンをエストロゲン受容体陽性乳癌マーカーのタンパク質として使用することによって、乳癌の罹患を識別する方法。
【請求項4】
前記タンパク質の、乳癌の罹患を識別すべき対象となる個人に由来する試料中におけるレベルを測定し、
得られた測定値レベルと、前記タンパク質の正常レベルとを比較し、
得られた測定値レベルが、前記正常レベルよりも減少していることを、前記対象となる個人がエストロゲン受容体陽性乳癌に罹患している可能性が高いことの指標の1つとする、請求項3に記載の乳癌の罹患を識別する方法。
【請求項5】
6−ホスホグルコノラクトナーゼ及び/又はF−アクチンキャッピングプロテインアルファ−2サブユニットを乳癌マーカーのタンパク質として使用することによって、乳癌の罹患を識別する方法。
【請求項6】
前記タンパク質の、乳癌の罹患を識別すべき対象となる個人に由来する試料中におけるレベルを測定し、
得られた測定値レベルと、前記タンパク質の正常レベルとを比較し、
得られた測定値レベルが、前記正常レベルよりも上昇していることを、前記対象となる個人が乳癌に罹患している可能性が高いことの指標の1つとする、請求項5に記載の乳癌の罹患を識別する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−168514(P2009−168514A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−4713(P2008−4713)
【出願日】平成20年1月11日(2008.1.11)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】