乳腺細胞を培養するための基板および方法
細胞培養物品は、複数の細孔と、前記細孔と連通する複数の隙間を有する多孔質の基板とを備える。複数の細孔および隙間の少なくとも一部は、2つ以上の乳腺上皮細胞が細孔または隙間内に房状構造を形成するのに十分な大きさである。非悪性の乳腺上皮細胞または乳癌細胞は、基板表面には強力には付着しない場合があり、これが細胞間相互作用を助長しうる。多くの場合、本物品は、起源が分からない成分を含まないことが望ましい。本物品は、悪性および非悪性の乳腺上皮細胞の培養を維持可能にし、これらの細胞のインビボ様の形態または特徴の発現を可能にする。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の相互参照】
【0001】
本願は、参照することにより、本開示に抵触しない限りにおいて、その全体が本明細書に援用される、2008年11月24日に出願した米国仮特許出願第61/117,366号の優先権の利益を主張する。
【技術分野】
【0002】
本開示は細胞培養に関し、さらに具体的には、乳腺細胞の培養および培養した乳腺細胞のインビボ様の特徴を促進する基板に関する。
【背景技術】
【0003】
乳癌を含めたヒト癌のインビトロ研究は、主として、2次元の(2D)細胞培養表面において、樹立細胞株を用いて行われてきた。しかしながら、非悪性および悪性の乳腺細胞および他の分化した細胞型など、多くの細胞は、2D表面で培養する際に、その特定の形態および細胞機能を急速に失ってしまう。この2D表面の欠陥を克服することを目的として、細胞培養において、例えば乳腺細胞などの細胞の機能的特異性を確立し、維持するために、細胞外マトリクス(ECM)が採用されている。ECM材料は、インビボ環境をさらによく模倣した、細胞を培養するための3次元(3D)基板を提供し、培養細胞のインビボ様形態を増進する。例えば、Matrigel(商標)(BD Biosciences−Discovery Labware,Inc.社製)などのECM材料を有する基板上で培養された非悪性の乳腺細胞は、特徴的な形態学的状態の乳腺房を有する、分極し、かつ、増殖を停止したコロニーへと組織化されることが示されているが、2D培養表面では、腺房構造の代わりに単分子層を形成する。非悪性の乳腺細胞とは異なり、悪性の細胞は、組織化されていない核構造、増殖抑制欠損および組織極性の欠如などの幾つかの共通の特徴を有する、異なる形態のコロニーへと発展する。
【0004】
2Dで培養した乳腺細胞と3Dで培養した乳腺細胞の形態的相違点に加えて、遺伝子発現、信号変換経路および化学療法剤に応答するアポトーシス感受性における相違も観察されている。例えば、「Matrigel」系の3D基板上で培養した乳癌細胞は、例えばβ1−インテグリンおよびTACE/ADAM17などの重要な分子標的を発現することが示されている。「Matrigel」系の3D細胞培養は、癌研究における3D培養の重要性を成功裏に実証しているが、研究室を超えた用途を著しく制限する、幾つかの注目すべき不利点を有している。例えば、「Matrigel」は動物起源の細胞外マトリクスであることから、組成物に一貫性がなく、したがって、一貫性のない培養結果を引き起こす。加えて、「Matrigel」にはさまざまなタンパク質および酵素が含まれており、さまざまな細胞アッセイに干渉しうる。さらには、ゲルフォーマットは自動処理を困難にする。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0005】
とりわけ、本開示は、「Matrigel」などの化学的に定義されていないECM材料を使用することなく、インビボ様の形態を発現する悪性および非悪性の乳腺上皮細胞の着実な培養を支持する、化学的に定義された多孔質の基板を備えた細胞培養物品について説明する。多孔質の基板は、細胞のインビボ様の形態または特徴を再生可能な方法で促進すると考えられる、三次元スキャフォールドを提供する。
【0006】
さまざまな実施の形態において、細胞培養物品は、複数の細孔と、前記細孔と連通する複数の隙間を有する多孔質の基板とを備える。複数の細孔および隙間の少なくとも一部は、2つ以上の乳腺上皮細胞が細孔または隙間内で房状構造を形成するのに十分な大きさである。非悪性の乳腺上皮細胞または乳癌細胞は、基板に付着せず、これが、細胞間相互作用を促進しうる。多くの場合、本物品は、起源の分からない成分を含まない。
【0007】
本明細書には、例えば、非悪性の乳腺上皮細胞における腺房構造の形成、非侵襲的な乳癌細胞における堅固な細胞間相互作用および組織化されていない核を有する塊状の細胞構造の形成、侵襲的な悪性の乳癌細胞における侵襲的プロセスに似た細長い細胞体の形成、乳癌細胞による抗癌剤に対する応答、および乳癌細胞の悪性の表現型の復帰変異など、インビボ様の形態または特徴を有する乳腺上皮細胞の培養を支持する、細胞培養物品の実施の形態が示されている。これらの培養物品は、乳癌の治療のための候補薬剤のスクリーニングに有用であろう。
【0008】
本明細書に提示されるさまざまな実施の形態の1つ以上は、乳腺上皮細胞を培養するための従前の物品およびシステムと比較して、1つ以上の利点を提供する。例えば、動物由来のECM材料を用いる基板とは異なり、本明細書に記載される多孔質の基板は、容易に調節および再生可能であり、さらに一貫性のある細胞培養結果を提供するであろう。さらには、基板は、容易な殺菌、処理および自動化への適合を支持することができる固体のスキャフォールドを提供する。これらおよび他の利点は、添付の図面と共に解釈する場合に、次の詳細な説明から容易に理解されよう。
【0009】
本明細書で提案する概略図は、必ずしも一定の比率の縮尺ではない。図中で使用する同様の数字は、同様の成分、工程などを表す。しかしながら、所定の図における構成要素を表すための数字の使用は、同一の数字で標識された別の図の構成要素を制限することは意図されていないことが理解されよう。加えて、構成要素を表すための異なる数字の使用が、異なる番号が付された構成要素が同一または同様でありえないことを示すことは意図されていない。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】細胞を培養するための多孔質の基板を形成する方法の実施の形態を示す概略図。
【図2】細胞を培養するための多孔質の基板を備えた細胞培養物品の実施の形態の概略的断面図。
【図3】基板の細孔および隙間に細胞が集合している、多孔質の基板の一部についての実施の形態の概略的断面図。
【図4】本明細書に記載される多孔質の基板を有する細胞培養物品を用いて、候補となる化合物または薬剤のスクリーニング方法の実施の形態のフローチャート。
【図5】本明細書に記載される多孔質の基板を有する細胞培養物品を用いて、候補となる化合物または薬剤のスクリーニング方法の実施の形態のフローチャート。
【図6】本明細書に記載される多孔質の基板を有する細胞培養物品を用いて、候補となる化合物または薬剤のスクリーニング方法の実施の形態のフローチャート。
【図7】本明細書に記載される多孔質の基板を有する細胞培養物品を用いて、候補となる化合物または薬剤のスクリーニング方法の実施の形態のフローチャート。
【図8】多孔質のポリジメチルシロキサン(PDMS)基板を備えた細胞培養物品上で培養された非悪性の乳腺上皮細胞の共焦点蛍光画像。図8Bは高倍率である。
【図9】多孔質のPDMS基板を備えた細胞培養物品上で培養された悪性の乳癌細胞の共焦点蛍光画像。
【図10】多孔質のPDMS基板を備えた細胞培養物品上で培養された侵襲的な悪性の乳癌細胞の共焦点蛍光画像。
【図11】処理なし(A)、MAPK阻害剤であるPD98059で処理(B)、およびPI3K阻害剤であるLY294002で処理(C)した、2次元TCT基板上で培養した悪性の乳癌細胞の共焦点蛍光画像。
【図12】処理なし(A)、MAPK阻害剤であるPD98059で処理(B)、およびPI3K阻害剤であるLY294002で処理(C)した、多孔質のPDMS基板上で培養した悪性の乳癌細胞の共焦点蛍光画像。
【図13】処理なし(A)、MAPK阻害剤であるPD98059で処理(B)、およびPI3K阻害剤であるLY294002で処理(C)した、多孔質のPDMS基板上で培養した悪性の乳癌細胞の共焦点蛍光画像。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下の詳細な説明では、本明細書の一部を形成し、実例として、装置、システムおよび方法の幾つかの特定の実施の形態を示す、添付の図面について説明する。他の実施の形態も意図されており、それらが本開示の範囲または精神から逸脱することなくなされうることが理解されるべきである。したがって、以下の詳細な説明は、限定と解釈されるべきではない。
【0012】
1.定義
本明細書で用いられるすべての科学用語および技術用語は、他に特に規定がなければ、当技術分野で一般に用いられる意味を有する。本明細書で提供する定義は、本明細書で頻繁に使用される、ある特定の用語の理解を促すためのものであって、本開示の範囲を制限することは意味しない。
【0013】
本明細書では「細孔」とは、固体の物品の表面、本体、または表面と本体の両方における空洞または空隙を意味し、ここで、空洞または空隙は、本物品の表面に、少なくとも1つの外側開口部を有する。
【0014】
本明細書では「隙間」とは、本物品の表面に直接的な外側開口部を有しない、すなわち、細孔ではないが、「細孔」、「隙間」またはそれらの組合せに隣接した、またはそれらの近くの、1つ以上の連結または接続を経て、本物品の外表面への間接的な外側開口部または通路を有しうる、固体のポリマー本体における空洞または空隙を意味する。
【0015】
本明細書では「多孔質の網状組織」とは、物品の細孔および隙間からなる、総合または合計した空隙体積を意味する。
【0016】
本明細書では「多孔率」とは、材料の多孔質の網状組織の体積の、材料塊の体積に対する比を意味する。
【0017】
本明細書では「連続的な空隙相」とは、別の隙間への単一の接続しか有しないか、または「隔離された空隙」すなわち相互接続性を有しない隙間など、実質的に「行き止まり」または「出口なし」ではない、相互接続した多孔質の網状組織を有する物品のことをいう。
【0018】
「半連続的な空隙相」とは、約1〜約20体積%など、若干量の上記「行き止まり」または「隔離された空隙」を有しうる、相互接続した多孔質の網状組織を有する物品のことをいう。
【0019】
本明細書では、細胞培養基板に関連して、「基板」とは、その上で細胞を培養して差し支えない材料のことをいう。例えば、多孔質の基板は、細胞が培養されうる空隙を有しうる。「細胞培養」または「細胞を培養する」とは、原核生物または真核生物のいずれかの細胞を制御条件下で増殖させるプロセスのことをいい、複合組織、器官、または細胞系の培養が含まれうる。
【0020】
本明細書では、多孔質の基板材料に関連して「光学密度」とは、多孔質の基板材料の所定の長さ、深さまたは厚さにわたる、所定の波長の光の伝達の測定値を意味する。光学密度の測定は、培地の存在下または不存在下で行って差し支えない。
【0021】
本明細書では、細胞および培養表面に関連して「保持率」とは、細胞培地、リン酸緩衝生理食塩水、または他の適切な溶液で穏やかに洗浄して、しばらくした後、表面に保持される生存細胞のパーセンテージを意味する。穏やかな洗浄としては、例えば、細胞培養物品を約2000rpmで約15秒間、振とうすることが挙げられる。本明細書では、細胞は、表面または基板に付着する細胞数がTCT表面(組織培養処理したポリスチレン)に付着する細胞数の50%以下である場合に、表面または基板に「非付着性である」か、または、表面または基板に「付着しない」と見なされる。多孔質のポリマーなどの3次元の基板材料への細胞の付着能を比較するため、材料から非多孔質の平らな2次元表面を形成し、TCT表面と比較して、細胞が表面に「非付着性」であるか否かを決定して差し支えない。一部の実施の形態では、非付着性の表面または基板材料に付着する細胞数は、同様の条件下において、TCT表面に付着する同様の大きさの細胞数の25%以下、15%以下、または10%以下である。
【0022】
本明細書では、「アッセイ」、「アッセイする」などの用語は、例えば、存在、不存在、量、範囲、反応速度、動力学、または細胞増殖の特徴の種類または外部刺激に対する応答を判断するための分析のことをいい、例えば、候補化合物、培地、基板コーティングなどの検討材料が挙げられる。
【0023】
そうでないことが示されない限り、本明細書において言及される組成物中の成分の相対的割合またはパーセンテージは、重量による。
【0024】
例えば、本開示の実施の形態の説明に用いられる、組成物中の材料の量、濃度、体積、処理温度、処理時間、収量・収率、流速、圧力などの値、およびそれらの範囲を修飾する「約」とは、例えば、化合物、組成物、濃度または使用処方など、製造に用いられる典型的な測定方法および取り扱い方法を通じて;これらの手順における不注意による誤りを通じて;その方法を行うのに用いる出発材料または原料の製造、起源、または純度の差異を通じて;などの条件を通じて生じうる、数量の変動のことをいう。「約」という用語はまた、例えば、特定の初期濃度または混合を有する組成物、処方、または細胞培養の経時に起因して異なる量、および、特定の初期濃度または混合を有する組成物または処方の混合または加工を原因として異なる量を包含する。「約」という用語によって修飾されるか否かにかかわらず、添付の特許請求の範囲は、これらの量と等価のものを含む。
【0025】
「随意的な」、「随意的に」などの用語は、その後に記載される事象または環境が生じても生じなくてもよく、その記載がその事象または環境が生じる事例および生じない事例を含むことを意味する。例えば、「任意選択要素」という語句は、成分が存在しても存在しなくてもよく、本開示がその成分を含む実施の形態と除外する実施の形態の両方を含むことを意味する。
【0026】
本明細書では、「有する」、「有している」、「含む」、「含んでいる」、「包含する」、「包含している」などは、オープン・エンドの意味で用いられ、一般に「含むが限定されない」ことを意味する。「〜から基本的になる」、「〜からなる」などは、「含む」などに組み込まれることが理解されよう。したがって、ポリジメチルシロキサン(PDMS)を含む多孔質の基板は、PDMSから基本的になる、またはPDMSからなる多孔質の基板を含む。
【0027】
組成物、物品、システム、装置または方法に関連して「〜から基本的になる」とは、その組成物、物品、システム、装置または方法が、その組成物、物品、システム、装置または方法の列挙される成分またはステップ、および、随意的に、その組成物、物品、システム、装置または方法の基本的および新規の性質に材料的に影響を及ぼさない他の成分またはステップのみを含むことを意味する。例として、本明細書に記載される細胞培養物品または多孔質の基板の成分の基本的性質に材料的に影響を及ぼしうる細目とは、これらの物品または基板に望ましくない特徴を与えうる成分である。例えば本物品または基板が細胞培地と密接に光学的に適合することが明確に意図されている場合、細胞培養物品または基板と液体培地との望ましくない光学的不適合を生じる結果となる成分は、本物品または基板の基本的および新規な特性に材料的に影響を及ぼすと見なされうる。望ましくない光学的不適合を生じうる成分の例として、ポリマー材料から実質的に除去することができない、光学的に不透明な捕捉された細孔形成剤粒子がある。
【0028】
成分、原材料、添加剤、細胞型、病原体、および同様の態様について開示される特定の好ましい値、およびそれらの範囲は、単に例証のためであって、他の定義された値または定義された範囲内にある他の値を除外するものではない。本開示の組成物、装置、システムおよび方法は、明細書に記載されるいずれかの値、または、値、特定の値、さらに特定の値、および好ましい値のいずれかの組合せを有するものを含む。
【0029】
本明細書における見出しは、限定することを目的として使用しているのではない。例えば、多孔質の基板の特性、特徴、成分などに関連する論述は、「多孔質の基板」の見出しの下ではなく、「細胞培養」の見出しの下で提供されうる。本明細書に記載される多孔質の基板の1つ以上の実施の形態は、「多孔質の基板」の見出しの下では提供されていなくても、特性、特徴、成分などを含みうる。
【0030】
2.多孔質の基板
本開示は、とりわけ、「Matrigel」などの化学的に定義されていないECM材料を使用しない、インビボ様形態を発現する悪性および非悪性の乳腺上皮細胞の着実な培養を支持する、化学的に定義された多孔質の基板を備えた細胞培養物品について説明する。本明細書に記載される一部の実施の形態では、非悪性の乳腺細胞が、分極し、かつ、増殖を停止した腺房様のコロニーを形成するのに対し、悪性の乳腺細胞が組織化されていない、増殖性かつ無極性のコロニーを形成することから、多孔質基板の培養システムは、両方の表現型の識別を可能にする細胞培養環境を提供する。侵襲的な悪性の乳腺細胞は、侵襲的プロセスによって、星状構造をした組織化されていない核および細長い細胞体を形成したことから、本システムはまた、非侵襲的な悪性の細胞と侵襲的な悪性の乳腺細胞の表現型の識別も可能にする。さまざまな実施の形態において、本システムはまた、悪性の乳腺細胞から、増殖を停止した腺房を発現する非悪性の細胞への表現型および機能の復帰変異も可能にする。したがって、本明細書に記載される細胞培養物品およびシステムは、乳癌の治療のための潜在的な治療薬のスクリーニングに役立てることができよう。
【0031】
哺乳動物の上皮細胞の望ましい培養を提供することができる基板は、複数の細孔および前記細孔と連通している複数の隙間を備える。細孔および隙間の少なくとも一部は、十分な大きさである、言い換えれば、乳腺上皮細胞が細孔および隙間内で房状構造を形成することができるように十分な大きさの体積を占める。細孔は、2つ以上の細胞が房状構造を形成する、または10または20または50または100またはそれ以上の細胞が房状構造を形成するのに十分な大きさである。しかしながら、細孔および隙間が大きすぎる場合には、細胞集合または細胞間相互作用を促進する、特別な束縛状態を提供できないであろう。
【0032】
一部の実施の形態では、多孔質の基板材料の表面は、該表面への細胞付着性を促進しない。理論に縛られることは意図していないが、非付着性の基板は、細胞と基板材料との相互作用ではなく、むしろ、細胞同士の相互作用を促進すると考えられる。この場合も、理論に縛られることは意図していないが、一部の実施の形態では、細胞間相互作用をさらに促進するためには、基板材料の表面に非付着性であるだけでなく、基板材料の表面からはね返されることが、細胞にとって望ましいであろう。
【0033】
例えば、細胞は、基板材料が疎水性であるか、あるいは、約30°を超える、または約60°を超える接触角;例えば約30°〜約130°、約60°〜約130°、または約80°〜約130°の接触角を有する場合に、細胞間相互作用がさらに促進されうる。接触角が大きすぎる場合(例えば約150°を超える)または表面が疎水性過ぎる場合には、細孔への水および栄養物の輸送が阻害され、細胞増殖を持続する能力に支障をきたしうる。例として、以下に提示する例は、多孔質のポリジメチルシロキサン(PDMS)が、細胞間相互作用を可能にし、PDMS基板の細孔および隙間における房状構造の形成を可能にする、環境を提供することを示すものである。容易に使用されうる他の疎水性ポリマーの例としては、ポリウレタン、ポリ(テトラフルオロエチレン)、ポリ(メチルメタクリレート)、ポリ(塩化ビニル)、ポリエチレンおよびポリプロピレンが挙げられる。
【0034】
当然ながら、一部の実施の形態では、細胞は、多孔質の基板材料の表面に付着性である。一部の実施の形態では、多孔質の基板は親水性である(例えば、約60°未満の接触角)。例えば、比較的疎水性または親水性の基板は、培養悪性細胞(例えば、侵襲的または非侵襲的な乳癌細胞)には有意な効果を有しないかもしれないが、非悪性の乳腺上皮細胞のインビボ様の特徴には影響を与える場合がある。インビボにおける非悪性の細胞の相互作用は、細胞の形態および特徴に影響を与えることが多く、悪性細胞の場合は、このような細胞間相互作用によって抑制されないことが多い。例えば、非悪性の上皮細胞は、インビボにおいて、細胞間相互作用に起因して、腺房構造を形成しうるが、この構造は、疎水性の3次元の基板による細胞培養において促進されうる。他方では、乳癌細胞は、インビボまたはインビトロにおいて、このような腺房構造を形成しない。よって、悪性の細胞は、親水性または疎水性の3次元基板上で培養する場合に、インビボ様形態または特徴を発現しうるが、非悪性の乳腺上皮細胞は、より疎水性の3次元基板で培養した場合には、インビボ様形態の発現が促進されうる。
【0035】
多くの実施の形態では、細胞培養物品または基板は、未知の組成物成分を含まない。一部の細胞培養システムの正確な組成は知られていない。例えば、細胞外マトリクス(ECM)材料、特に「Matrigel」などの非合成の動物由来のECM材料を採用する細胞培養システムには、未知の成分が含まれている場合があり、また、パーセンテージが不明の既知の成分が含まれている場合がある。したがって、このような材料を採用する細胞培養システムは、使用する材料を再現できないという性質に起因して、結果の変動を生じる場合がある。「未知の組成物の成分を含まない」細胞培養物品または基板は、幾つかの僅少な量の未知の材料を有しうるが、この僅少な量の材料は、製造または培養結果の再現性に悪影響を与えないであろうことが理解されよう。例えば、多孔質のポリマー基板の製造に使用される一部の試薬は、完全に純粋ではない場合がある(例えば、90%、95%、98%、99%、または99.5%の純度)。けれども、これらの試薬から作られたポリマー基板は、未知の組成物の成分を含まないと見なされよう。
【0036】
本明細書に記載される多孔質の基板は、さまざまな実施の形態において、次の利点の1つ以上を、単独で、または組み合わせて提供しうる。培養細胞は、本物品の相互接続した多孔質の構造を通じて、自由に移動し、通信し、または互いに接触することができる。培養細胞は、多孔質の物品の各隙間または細孔内で増殖して、大きさが規定されたある特定のウェルの回転楕円体を形成することができる。回転楕円体の大きさは、細孔形成剤の材料または方法論の賢明な選択によって、基板の隙間または細孔の分布を規定することによって調節することができる。一部の実施の形態では、多孔質の物品は、多孔質の網状組織の隙間についての2種類以上の粒径分布を有し、これにより、細胞間の通信を促進することができ、かつ、多孔質の物品内における網状組織の相互接続したチャネル内への栄養物の浸透およびチャネル外への廃棄物輸送を促進することができる。このような実施の形態では、細胞または細胞体の増殖を提供するために、より大きい寸法の隙間および細孔を有する多孔質の物品を設計することができ、細胞通信、栄養の交換、および廃棄物交換を促進するために、より小さい寸法の隙間および細孔を設計することもできる。多孔質の物品は、例えば、多孔質の固体または多孔質のゲルであり、このようなゲルは、容易に培地と混合し、かつ、培地から分離することができ、これらには、便利な連続的または半連続的な培地交換も含まれる。
【0037】
多孔質の基板は、任意の適切な材料または材料でできていて差し支えない。基板は、培養される細胞および培地に適合性の材料でできていることが好ましい。多くの実施の形態において、多孔質の基板はポリマーである。細胞培養に適したポリマー材料の例としては、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリアルキレン、ポリアルキレン・グリコール、ポリアルキレンオキシド、ポリアルキレン・テレフタレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルエーテル、ポリビニール・エステル、ポリハロゲン化ビニル、ポリビニルピロリドン、ポリグリコリド、ポリシロキサン、ポリウレタン、およびそれらのコポリマー、ニトロセルロース、アクリル酸およびメタクリル酸エステルのポリマー、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシブチルメチルセルロース、酢酸セルロース、プロピオン酸セルロース、酢酸酪酸セルロース、酢酸フタル酸セルロース、カルボキシエチルセルロース、三酢酸セルロース、セルロース硫酸ナトリウム、ポリ(メチルメタクリレート)、ポリ(エチルメタクリレート)、ポリ(ブチルメタクリレート)、ポリ(イソブチルメタクリレート)、ポリ(ヘキシルメタクリレート)、ポリ(イソデシルメタクリレート)、ポリ(ラウリルメタクリレート)、ポリ(フェニルメタクリレート)、ポリ(メタクリレート)、ポリ(イソプロパクリレート)、ポリ(イソブタクリレート)、ポリ(オクタデカクリレート)、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ(エチレングリコール)、ポリ(エチレンオキシド)、ポリ(エチレンテレフタレート)、ポリ(ビニルアルコール)、ポリ(酢酸ビニル)、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ポリヒアルロン酸、カゼイン、ゼラチン、グルテン、ポリ無水物、ポリアクリル酸、アルギン酸、キトサン、およびそれらの任意のコポリマー、またはそれらの任意の組合せが挙げられる。さまざまな実施の形態では、多孔質のポリマーは、シロキサン、ビニル置換されたトリアルコキシシラン、α−オレフィン、ビニール・エステル、アクリレート、アクリルアミド、不飽和ケトン、モノビニリデン芳香族炭化水素などの重合可能なモノマー、またはそれらの組合せから選択される1種類以上のモノマーから形成される。本明細書に開示される本物品を形成するために重合または共重合可能な適切なモノマーの例としては、モノビニリデン芳香族炭化水素(例えば、スチレン;例えばo−、m−およびp−メチルスチレン、2,4−ジメチルスチレン、Ar−エチルスチレン、p−ブチルスチレンなどのモノマーなどのアラルキルスチレン;および、例えばα−メチルスチレン、α−エチルスチレン、α−メチル−p−メチルスチレンなどのモノマーなどのα−アルキルスチレン;ビニルナフタレンなどのモノマーなど);Ar−ハロ−モノビニリデン芳香族炭化水素(例えば、o−、m−およびp−クロロスチレン、2,4−ジブロモスチレン、2−メチル−4−クロロスチレンなどのモノマー);アクリロニトリル、メタクリロニトリル、アルキルアクリレート(例えば、メチルアクリレート、ブチルアクリレート、エチルヘキシルアクリレートなどのモノマー)、対応するアルキルメタクリレート、アクリルアミド、(例えば、アクリルアミド、メチルアクリルアミド、N−ブチルアクリルアミドなどのモノマー);不飽和ケトン(例えば、ビニルメチルケトン、メチルイソプロペニルケトンなどのモノマー);α−オレフィン(例えば、エチレン、プロピレンなどのモノマー);ビニール・エステル(例えば、酢酸ビニル、ステアリン酸ビニルなどのモノマー);ハロゲン化ビニルおよびハロゲン化ビニリデン(例えば、塩化ビニルおよび塩化ビニリデン、ならびに臭化ビニルおよび臭化ビニリデンなどのモノマー);例えばビニル置換したトリアルコキシシランなどのモノマーなどのビニル置換したシラン、またはそれらの組合せが挙げられる。さまざまな実施の形態では、多孔質のポリマーは、1種類以上の適切なオリゴマーまたは1種類以上のオリゴマーと1種類以上のモノマーから形成される。適切なオリゴマーとして、上述のモノマーから形成されるものなどが挙げられる。
【0038】
ポリマーは、重合の前または重合の間に、ガスとの混合、発泡、細孔形成剤の使用など、任意の適切な機構を経て、多孔質に製造されうる。使用して差し支えない細孔形成剤の例としては、単糖、多糖、ポリアルキレン・グリコール、ポリビニルアルコール、氷、ワックス、固体のCO2などの昇華性の材料の粒子、形成されるポリマーである水溶性のポリマー、非水溶性のポリマー、またはそれらのコポリマーより低い融点を有する物質、殻およびコアを有するマイクロカプセル(例えば、殻はモノマーに不溶性の材料を含み、コアは水混和性のまたは水溶性の材料を含む)、溶解性の殻および中空またはガス充填されたコアを有するマイクロバルーン、またはそれらの組合せが挙げられる。結果として重合可能な固体のマトリクスが形成された後、細孔形成剤は、ポリマー性のマトリクスに空隙を残して除去される。細孔形成剤は、例えば、固体のポリマー材料を、細孔形成剤を溶解することができる物質と接触させることによって、マトリクスを加熱して微粒子相を溶解させることによって、またはそれらの組合せによって除去されて差し支えない。微粒子相の溶解に使用されうる物質の例としては、水性液体;有機液体;CO2などの超臨界流体;ワックス、水などの低温融解する固体;空気、窒素、アルゴンなどのガス;またはそれらの組合せなどが挙げられる。
【0039】
さまざまな実施の形態では、図1に示すように、少なくとも1種類の重合用のモノマーまたはオリゴマーと、少なくとも1種類の微粒子細孔形成剤10とを混合し、モノマーまたはオリゴマーを重合して微粒子が充填されたポリマー・マトリクス20を形成し、微粒子相を除去することによって、多孔質の基板100が調製される。得られた多孔質の基板100は、ポリマー・マトリクス30、除去された細孔形成剤粒子によって残された細孔40および隙間50を備えている。ポリマー・マトリクス中の微粒子相は、例えば、連続的な相、半連続的な相、不連続的な相、またはそれらの組合せでありうる。モノマーまたはオリゴマーおよび微粒子細孔形成剤は、例えば、高速液体−固体混合、液体−固体調合、液体−固体遠心分離、またはそれらの組合せなどの任意の適切な方法で混合して差し支えない。細孔形成剤の充填は、得られた細胞培養物品において、連続的なポリマー・マトリクスになる空隙体積、および、その空隙体積、すなわち隙間と細孔体積を合計した体積となる、微粒子細孔形成剤が占める体積分率を有する粒径のアンサンブルに基づいて選択して差し支えない。
【0040】
細孔形成剤は、乳腺上皮細胞が細孔内に房状構造を形成することができるような任意の適切な粒径を有しうる。さまざまな実施の形態では、約75マイクロメートル〜約600マイクロメートルの粒径を有する細孔形成剤を使用して、多孔質の基板の細孔および隙間を作出する。このような粒径は、乳腺上皮細胞が細孔および隙間による房状構造の形成を可能にするが、細胞間相互作用を促進しないほどには大きくない、適切な体積の細孔および隙間を提供する。一部の実施の形態では、約75マイクロメートル〜約1000マイクロメートル、約100マイクロメートル〜350マイクロメートル、または約200〜約250マイクロメートルの粒径を有する細孔形成剤を用いて、多孔質の基板の細孔および隙間を作出する。
【0041】
一部の実施の形態では、上述の大きい微粒子細孔形成剤に加えて、小さい直径を有する第2の微粒子細孔形成剤が用いられる。第2の小さい直径の細孔形成剤は、細胞通信、栄養の交換、または廃棄物交換を促進するように設計することができる。第2の微粒子細孔形成剤は、任意の適切なサイズを有していて差し支えない。例えば、第2の細孔形成剤は、約0.1マイクロメートル〜約75マイクロメートルの粒径を有しうる。
【0042】
第1の粒子混合物および第2の粒子混合物を有する実施の形態では、各混合物は、独立して、例えば、単一モードの粒子、バイモーダル粒子、単分散粒子、二分散粒子、多分散粒子、およびそれらの組合せから選択することができる。実施の形態では、第1の粒子混合物と第2の粒子混合物は、異なる粒径特性、粒径分布特性、またはそれらの組合せを有する、同一の物質、または異なる物質で構成することができる。一般に、細孔形成剤の含量が増大するにつれて、多孔率および細孔の大きさは、例えば直線的に、大きくなる。
【0043】
本明細書に記載される多孔質のポリマーは、任意の適切な表面積を有しうる。例えば、多孔質のポリマー物品は、約0.1〜約20m2/gの表面積を有していて差し支えない。
【0044】
本明細書に記載される多孔質のポリマーは、任意の適切な多孔率を有しうる。例えば、多孔質のポリマーは、水銀または窒素のポロシメトリーで測定して、約50%〜約95%の多孔率を有していて差し支えない。
【0045】
本明細書に記載される多孔質のポリマーは、任意の適切な密度を有しうる。例えば、多孔質のポリマーは、約1〜約1000kg/m3の密度を有していて差し支えない。
【0046】
本明細書に記載される多孔質のポリマーは、任意の適切な屈折率を有しうる。例えば、多孔質のポリマーは、約1.28〜約1.45の空気中における屈折率を有していて差し支えない。一部の実施の形態では、多孔質のポリマーは、約1.45以下の屈折率を有し、例えば、すべての中間値および範囲を含めて約1.2〜約1.45であり、例えば、1.2〜1.4、1.2〜1.35、1.25〜1.4、1.3〜1.45、1.3〜1.4、1.35〜1.45、1.35〜1.4などの値および範囲などである。必要に応じて、多孔質の物品は、本物品の屈折率を培地の屈折率に一致させるか、またはそれに非常に近い屈折率にすることによって、培地に浸漬したときにほとんど透明になるように作ることができる。ほとんど透明な物品は、例えば、本物品内に存在する細胞の光学的画像のより深い浸透を可能にする。ポリジメチルシロキサン(PDMS)でできた多孔質の基板における、二光子励起蛍光顕微鏡による浸透の画像化は、例えば、約100〜約1,000μmに達することができ、この値は、例えば、ポリビニルアルコール(PVA)系の多孔質の物品のわずか約90μmと比較して、約500μmも深い。
【0047】
典型的な水性細胞培地の屈折率は、例えば、約1.33〜約1.37でありうる。実施の形態では、多孔質のポリマーの屈折率および典型的な水性細胞培地の屈折率は、例えば、各屈折率の差異が約±0.5未満、好ましくは約±0.15未満、さらに好ましくは約±0.12未満、さらに好ましくは約±0.10未満など、それぞれの屈折率を一致させるか、または近くなるように選択される。
【0048】
多孔質のポリマー物品は、例えば約0〜約1の光学密度、および、例えば約100〜約1,000μm以上の光学的浸透深さを有しうる。多孔質のポリマー物品には、約500〜約500,000の分子量を有する、ポリマー、コポリマー、または同様の材料を含めることができる。
【0049】
3.細胞培養物品
多孔質のポリマー基板は、任意の適切な方法で細胞培養物品に結合させて差し支えない。例えば、多孔質の基板形成用の混合物の重合は、細胞培養物品基板上で達成することができる。加えて、または代替として、混合物の重合は、例えば、さまざまな有用な形状の型枠であって、随意的に、例えば、基板、容器、または同様の支持体に取り付けられるか結合された、プレフォームとして、すなわち、少なくとも1種類のモノマーと少なくとも1種類の細孔形成剤の微粒子材料を含む混合物を基板上で重合し、連続的なポリマー・マトリクスと不連続的な微粒子相を基板上に形成することにより、達成することもできる。必要に応じて、ガラスなどの基板への多孔質のポリマーの付着を促進するために、例えばアミノシランなどの結合層(tie-layer)または化成コーティングを選択することもできる。
【0050】
任意の適切な細胞培養物品は、多孔質のポリマー基板を備えうる。結合されうる多孔質のポリマー基板を備えた適切な細胞培養物品の例としては、単一ウェルプレートおよび6、12、96、384、および1536ウェルプレートなどのマルチウェルプレート、広口瓶、ペトリ皿、フラスコ、ビーカー、プレート、ローラーボトル、チャンバー培養スライドおよびマルチチャンバー培養スライドなどのスライド、管、カバースリップ、膜、中空糸、ビーズおよびマイクロキャリア、カップ、スピナーボトル、潅流チャンバー、バイオリアクター、セルスタック(登録商標)および発酵槽が挙げられる。
【0051】
これらの物品は、金属酸化物などの金属;セラミック材料;ガラス、プラスチック、ポリマーまたはコポリマー、それらの任意の組合せ、または1種類の材料に別の材料を重ねたコーティングを含めた任意の適切な材料で作られて差し支えない。
【0052】
例えば、細胞培養物品がマイクロキャリアである、一部の実施の形態では、本物品は、多孔質のポリマー基板で構成されて差し支えなく、または、基本的に多孔質のポリマー基板で構成されうる。
【0053】
図2を参照すると、多孔質の基板100を含む細胞培養物品200の概略的断面図が示されている。多孔質のポリマーの細胞培養基板100は、ウェルの底部表面など、物品200の下層表面に隣接して配置される。細胞または細胞培地と接触しうる物品200の単一または複数の表面のすべてまたは一部は、多孔質の培養基板100で覆われて差し支えない。代表的な細孔40および隙間50は、図2に示す実施の形態において確認できる。
【0054】
図3の概略的断面図に示すように、多孔質の基板100の細孔および隙間は、細胞が、細孔および隙間に房状構造300を形成するのに十分な大きさである。
【0055】
4.細胞の培養
上述の多孔質のポリマー基板を備えた細胞培養物品に、細胞を播種して差し支えない。細胞は、任意の細胞型であって構わない。例えば、細胞は、結合組織細胞、上皮細胞、内皮細胞、肝細胞、骨または平滑筋細胞、心筋細胞、腸細胞、腎細胞、または、幹細胞、島細胞、血管細胞、リンパ球、癌細胞など、他の器官に由来する細胞であって差し支えない。細胞は、哺乳動物細胞、好ましくはヒト細胞でありうるが、例えば、細菌性、酵母、または植物細胞などの非哺乳動物細胞であってもよい。多くの実施の形態では、細胞は乳腺上皮細胞である。本明細書では、乳腺上皮細胞として、上皮性起源を有する、初代細胞、不死化細胞株および乳癌細胞が挙げられる。乳癌細胞は、侵襲性または非侵襲性でありうる。
【0056】
細胞を播種する前に、採取し、成長培地などの適切な培地に懸濁し、細胞を表面に播種し、培養して差し支えない。例えば、細胞を、血清含有培地、馴化培地、または化学的に定義された培地に懸濁し、培養してもよい。所望の培地に1種類以上の成長因子または他の因子を加えてもよい。
【0057】
細胞は、任意の適切な濃度で播種されうる。典型的には、細胞は、約10,000細胞/cm2基板〜約500,000細胞/cm2で播種される。例えば、細胞は、約50,000細胞/cm2基板〜約150,000細胞/cm2で播種されて差し支えない。しかしながら、それより高い濃度および低い濃度も当然に用いてよい。温度、CO2およびO2レベル、成長培地などの培養時間および条件は、培養する細胞の性質に応じて決まり、容易に修正することができる。細胞を表面上で培養する時間は、所望の細胞応答に応じて変動しうる。
【0058】
本明細書に記載される多孔質の基板を有する細胞培養物品の実施の形態は、乳腺上皮細胞の培養を支持することができ、これらの細胞は、非悪性の乳腺上皮細胞における腺房構造、非侵襲的な乳癌細胞における堅固な細胞間相互作用および組織化されていない核を有する塊状の細胞構造の形成、侵襲的な悪性の乳癌細胞における侵襲的プロセスに似た細長い細胞体の形成、乳癌細胞による抗癌剤に対する応答、または乳癌細胞の悪性の表現型の復帰変異などのインビボ様の形態または特徴を発現する。腺房構造とは、ラズベリーなどの多分葉化したベリーに似た、房状構造の細胞である。インビボでは、腺房を形成する乳腺上皮細胞は、液体または乳を産生する乳腺組織を形成する。
【0059】
5.抗癌剤の候補化合物のスクリーニング
培養した細胞は、任意の適切な目的に使用されうる。例えば、細胞は、抗癌剤などの薬剤が、培養した細胞において望ましい効果を有するか否かを決定するのに使用して差し支えない。本明細書に記載される細胞培養物品が、乳癌細胞を含めた乳腺上皮細胞の培養およびインビボ様の形態および特徴を支持できることから、本物品は、有利には、候補とされる抗癌剤の能力が乳癌細胞において望ましい効果を有するか否かの試験に使用されうる。
【0060】
化合物をスクリーニングするための幾つかの代表的な方法を、図4〜7のフローチャートに示す。図4に示すように、乳腺上皮細胞などの細胞は、上述の多孔質の基板(300)を備えた細胞培養物品上または内で培養されうる。培養した細胞を、候補薬剤と接触させて(310)、細胞における薬剤の効果を決定して(320)差し支えない。
【0061】
図5に示す方法では、悪性の乳腺上皮細胞などの細胞は、多孔質の基板を有する細胞培養物品上または内で培養されうる(300)。細胞が、非侵襲的な乳癌細胞における堅固な細胞間相互作用および組織化されていない核を有する塊状の細胞構造、侵襲的な悪性の乳癌細胞における侵襲的プロセスに似た細長い細胞体の形成、あるいは、侵襲性または非侵襲的な乳癌細胞の細胞増殖などのインビボ様の形態または特徴を発現する前に、培養した細胞を候補化合物と接触させる(315)。次に、例えば、薬剤または候補化合物の不存在下で培養した細胞と比較することによって、薬剤または候補化合物が細胞のインビボ様の形態または特徴の発現を防止したか否かに関して判断されうる(325)。
【0062】
図6に示す方法では、悪性の乳腺上皮細胞などの細胞は、インビボ様の形態または特徴が発現されるまで、十分な時間、多孔質の基板を有する細胞培養物品上または内で培養されて差し支えない(305)。悪性の乳腺上皮細胞が発現するであろうインビボ様の形態または特徴の例としては、非侵襲的な乳癌細胞における堅固な細胞間相互作用および組織化されていない核を有する塊状の細胞構造、侵襲的な悪性の乳癌細胞における侵襲的プロセスに似た細長い細胞体の形成、または侵襲性または非侵襲的な乳癌細胞の細胞増殖が挙げられる。次に、例えば細胞培地への導入などを通じて、インビボ様の培養細胞を薬剤または候補化合物に接触させ(310)、その薬剤または化合物が細胞のインビボ様の形態または特徴に影響を与えるか否かについて判断して差し支えない(320)。例えば、細胞数が減少したか、侵襲的プロセスが消失したかなどについて判断することができる。
【0063】
図7に示す方法では、悪性の乳腺上皮細胞などの悪性の細胞は、インビボ様の悪性の形態または特徴を発現するのに十分な時間、多孔質の基板を備えた細胞培養物品上または内で培養されうる(309)。次いで、細胞を薬剤または候補化合物と接触させ(319)、薬剤または候補化合物が、細胞を、腺房構造の形成などの非悪性の形態または特徴に戻すか否かの判断をする(329)。これらの方法では、非悪性の細胞のインビボ様の形態または特徴の発現を促進する基板上で、悪性の細胞を培養することが望ましいであろう。例えば、疎水性の多孔質の基板などの非悪性の細胞における腺房構造の形成を促進する細胞培養基板が用いられる場合には、インビボ様の形態への復帰変異が観察されよう。しかしながら、細胞培養基板が非悪性の細胞のインビボ様の形態または特徴を支持することができない場合には、薬剤の、悪性の細胞を非悪性の形態または特徴に復帰させる能力は検出できないであろう。
【0064】
これらは、本明細書に記載される細胞培養装置を使用する方法の幾つかの例に過ぎず、他の利用については、当業者には明白であることが理解されよう。加えて、本明細書に提供された論述のほとんどが乳腺上皮細胞の培養に関連しているが、本明細書に記載される物品は、任意の細胞の培養に使用して差し支えない。
【0065】
以下に、上述の細胞培養物品、多孔質の基板、および方法のさまざまな非限定的な実施の形態について記載した、非限定的な例を提示する。
【実施例】
【0066】
実施例1:多孔質の基板の製作
PDMSプレポリマーと、Dow Corning社から市販されるSylgard182キットを使用する硬化剤を10対1の比で混合することによって、多孔質のポリジメチルシロキサン(PDMS)基板を調製した。その混合物には212〜250マイクロメートルの大きさの糖質結晶が密に充填されており、次に、これを鋳型に充填し、100℃で1時間硬化した。硬化したポリマー中の糖質を超音波浴で洗浄し、多孔質のPDMS基板を形成した。得られた多孔質のPDMSを鋳型から外し、細胞培養のためのマルチウェルプレートへと組み立てた。
【0067】
プレートにおけるウェルの密度に応じて、プレートを次のように調製した:(1)96ウェルプレートでは、ガラスインサート片上において多孔質のPDMSを96ウェルフォーマットで鋳型成形し、その後にインサートを鋳型から外し、96ウェルの穴の開いたプレート(底のないプレート)の底に、両面感圧接着剤(PSA)プレートによって糊付けする;または(2)48、24、12など、96ウェルより低密度のプレートでは、多孔質のPDMSを、フォーマットに対応するプラスチックまたは金属のプレート上で成形し、次に、多孔質のPDMSの個別のディスクを取り外し、ウェルプレートの個別のウェルの底に置く。細胞培養の間に多孔質のPDMSが浮遊するのを避けるため、PDMSプレポリマーを用いて、PDMS基板をプレートの底に糊付けするか、あるいは、酸素プラズマ処理したプレート表面に直接結合してもよい。
【0068】
実施例2:多孔質の基板上での非悪性の乳腺細胞の培養
非悪性の乳腺細胞MCF−10Aを、実施例1に記載する多孔質のPDMS基板を有するウェルに播種した。10,000細胞を播種し、5%のウマ血清、5%のペニシリン/ストレプトマイシン、20ng/mlのhEGF、0.5μg/mlのヒドロコルチゾン、100ng/mlのコレラ毒素および10μg/mlのインスリンを有するMEBM/F12細胞培地で培養した。培地を1日おきに交換した。2週間の培養後、細胞をローダミンファロイジンで染色し(F−アクチン染色)、共焦点蛍光顕微鏡で撮像した。MCF−10Aの共焦点像は、図8A〜Bに示すように(図8Bの方がより高倍率である)、MCF−10Aが組織化された核構造および堅固な細胞間接着を形成したことを明らかにしている。観察された細胞形態は、非悪性の乳腺上皮細胞のインビボの腺房構造に酷似していた。これは、2D表面上で培養したMCF−10A細胞が単分子層を形成することとは対照的である。
【0069】
実施例3:多孔質の基板上での悪性の乳腺細胞の培養
多孔質のPDMS基板を有するウェルに播種した悪性の乳腺細胞MCF−7を、実施例1に記載した。10,000細胞を播種し、10%のウシ胎仔血清、5%のペニシリン/ストレプトマイシン、および10μg/mlのインスリンを含むEMEM細胞培地で培養した。培地は1日おきに交換した。2週間の培養の後、細胞をローダミンファロイジン(F−アクチン染色)およびDAPI核カウンター染色で染色し、図9に示すように、共焦点蛍光顕微鏡で撮像した。画像は、MCF−7細胞が組織化されていない核の塊状構造を形成したが、堅固な細胞間接着を維持しないことを示している。
【0070】
実施例4:多孔質の基板上での侵襲的な乳癌細胞の培養
侵襲的な乳腺細胞MDA−MB−231を、実施例1に記載する、多孔質のPDMS基板を有するウェルに播種した。10,000細胞を播種し、10%のウシ胎仔血清および5%のペニシリン/ストレプトマイシンを含むLeibovitz L−15細胞培地で培養した。培地は1日おきに交換した。2週間の培養の後、細胞をローダミンファロイジン(F−アクチン染色)およびDAPI核カウンター染色で染色し、図10に示すように、共焦点蛍光顕微鏡で撮像した。蛍光画像は、MDA−MB−231細胞が、侵襲的プロセスとともに、組織化されていない核および細長い細胞体の構造を形成したことを示している。実施例2における非悪性の細胞および実施例3における悪性の細胞と同様に、多孔質のPDMSで培養された侵襲的なMDA−MB−231細胞は、「Matrigel」培養で報告されたものと酷似しているが、従来の2D細胞培養とは大きく変化している。
【0071】
実施例5:細胞機能における多孔質の基板の効果
細胞の形態の差異は、しばしば、細胞機能の差異の一因となる。多孔質の基板で培養した乳腺細胞および2D培養表面上で培養した乳腺細胞の細胞機能の差異を認識するため、10,000個の悪性のMCF−7細胞を播種し、同一の条件下、多孔質のPDMS(実施例1に記載するように)およびTCT培養表面(組織培養処理したポリスチレン、「TCT」、Corning Inc社製)で培養した。細胞を、1日おきに15日間、4μMのPD98059(MAPK阻害剤)および4μMのLY294002(PI3K阻害剤)で処理した。PD98059およびLY294002は、両方とも、「Matrigel」3D培養システムにおいて、乳癌細胞の悪性挙動をある程度まで復帰変異させることが報告されている。図11A〜Cに示すように、両方の処理は、TCT表面上で培養した細胞における顕著な相違を誘発しなかった。しかしながら、両方の薬剤は、コロニーの大きさを著しく縮小し(図12A〜C)、多孔質のPDMS基板で培養した細胞のうち、塊状構造に由来する悪性の表現型を正常な腺房構造に復帰変異させた(図13A〜C)。
【0072】
図11A〜Cでは、E−カドヘリンの細胞を染色し、DAPI核染色を用いて対比染色した。図11Aには、14日間培養の時点における未処理の細胞が示されている。図11Bには、14日間培養の時点におけるPD98059で処理した細胞が示されている。図11Cには、14日間培養の時点におけるLY294002で処理した細胞が示されている。本明細書に提示される白黒の複製画像には、緑色(E−カドヘリン)および青色(核)の染色は見られない。しかしながら、2D基板上で培養された薬物処理した細胞には悪性の表現型の復帰変異または他の大きな変化が観察されなかったことは、これらの画像から明白である。
【0073】
図12A〜Cでは、細胞をローダミンファロイジンで染色(F−アクチン染色)し、DAPI核染色を用いて対比染色した。図12Aには、14日間培養の時点における未処理の細胞が示されている。図12Bには、14日間培養の時点におけるPD98059で処理した細胞が示されている。図12Cには、14日間培養の時点におけるLY294002で処理した細胞が示されている。本明細書に提示される白黒の複製画像には、赤色(F−アクチン)および青色(核)の染色は見られない。しかし、両方の薬剤がコロニーの大きさを顕著に縮小することは、これらの画像から明白である。
【0074】
図13A〜Cでは、細胞をローダミンファロイジンで染色(F−アクチン染色)し、DAPI核染色を用いて対比染色した。図13Aには、14日間培養の時点における未処理の細胞が示されている。図13Bには、14日間培養の時点におけるPD98059で処理した細胞が示されている。図13Cには、14日間培養の時点におけるLY294002で処理した細胞が示されている。本明細書に提示される白黒の複製画像には、赤色(F−アクチン)および青色(核)の染色は見られない。しかし、両方の薬剤が、塊状構造に由来する悪性の表現型を正常な腺房構造へと復帰変異させることは、これらの画像から明白である。
【0075】
実施例6:多孔質の基板および2D基板上で培養した細胞の比較
異なる細孔の大きさを有する多孔質のPDMS基板を、異なる大きさの糖質結晶を用いて、上記実施例1に記載する通りに作製した。寸法合わせした糖質結晶を使用して、約200マイクロメートル〜約800マイクロメートルの範囲の多孔質のPDMSを作製した。多孔質のPDMS基板をマルチウェルプレートに組み立て、大まかに、実施例2および3について上述したように、悪性および非悪性の乳腺細胞を多孔質の基板上で培養した。細孔の大きさの変化は、細胞の形態に影響を与えたようには見えなかった(データ示さず)。
【0076】
上述のように、乳腺細胞を培養するための基板および方法の実施の形態が開示される。当業者は、本明細書に記載される細胞培養物品、多孔質の基板、キットおよび方法が、開示した実施の形態以外の実施の形態を用いて実施することもできることを、認識するであろう。開示した実施の形態は、例証の目的で提示されており、限定するものではない。
【関連出願の相互参照】
【0001】
本願は、参照することにより、本開示に抵触しない限りにおいて、その全体が本明細書に援用される、2008年11月24日に出願した米国仮特許出願第61/117,366号の優先権の利益を主張する。
【技術分野】
【0002】
本開示は細胞培養に関し、さらに具体的には、乳腺細胞の培養および培養した乳腺細胞のインビボ様の特徴を促進する基板に関する。
【背景技術】
【0003】
乳癌を含めたヒト癌のインビトロ研究は、主として、2次元の(2D)細胞培養表面において、樹立細胞株を用いて行われてきた。しかしながら、非悪性および悪性の乳腺細胞および他の分化した細胞型など、多くの細胞は、2D表面で培養する際に、その特定の形態および細胞機能を急速に失ってしまう。この2D表面の欠陥を克服することを目的として、細胞培養において、例えば乳腺細胞などの細胞の機能的特異性を確立し、維持するために、細胞外マトリクス(ECM)が採用されている。ECM材料は、インビボ環境をさらによく模倣した、細胞を培養するための3次元(3D)基板を提供し、培養細胞のインビボ様形態を増進する。例えば、Matrigel(商標)(BD Biosciences−Discovery Labware,Inc.社製)などのECM材料を有する基板上で培養された非悪性の乳腺細胞は、特徴的な形態学的状態の乳腺房を有する、分極し、かつ、増殖を停止したコロニーへと組織化されることが示されているが、2D培養表面では、腺房構造の代わりに単分子層を形成する。非悪性の乳腺細胞とは異なり、悪性の細胞は、組織化されていない核構造、増殖抑制欠損および組織極性の欠如などの幾つかの共通の特徴を有する、異なる形態のコロニーへと発展する。
【0004】
2Dで培養した乳腺細胞と3Dで培養した乳腺細胞の形態的相違点に加えて、遺伝子発現、信号変換経路および化学療法剤に応答するアポトーシス感受性における相違も観察されている。例えば、「Matrigel」系の3D基板上で培養した乳癌細胞は、例えばβ1−インテグリンおよびTACE/ADAM17などの重要な分子標的を発現することが示されている。「Matrigel」系の3D細胞培養は、癌研究における3D培養の重要性を成功裏に実証しているが、研究室を超えた用途を著しく制限する、幾つかの注目すべき不利点を有している。例えば、「Matrigel」は動物起源の細胞外マトリクスであることから、組成物に一貫性がなく、したがって、一貫性のない培養結果を引き起こす。加えて、「Matrigel」にはさまざまなタンパク質および酵素が含まれており、さまざまな細胞アッセイに干渉しうる。さらには、ゲルフォーマットは自動処理を困難にする。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0005】
とりわけ、本開示は、「Matrigel」などの化学的に定義されていないECM材料を使用することなく、インビボ様の形態を発現する悪性および非悪性の乳腺上皮細胞の着実な培養を支持する、化学的に定義された多孔質の基板を備えた細胞培養物品について説明する。多孔質の基板は、細胞のインビボ様の形態または特徴を再生可能な方法で促進すると考えられる、三次元スキャフォールドを提供する。
【0006】
さまざまな実施の形態において、細胞培養物品は、複数の細孔と、前記細孔と連通する複数の隙間を有する多孔質の基板とを備える。複数の細孔および隙間の少なくとも一部は、2つ以上の乳腺上皮細胞が細孔または隙間内で房状構造を形成するのに十分な大きさである。非悪性の乳腺上皮細胞または乳癌細胞は、基板に付着せず、これが、細胞間相互作用を促進しうる。多くの場合、本物品は、起源の分からない成分を含まない。
【0007】
本明細書には、例えば、非悪性の乳腺上皮細胞における腺房構造の形成、非侵襲的な乳癌細胞における堅固な細胞間相互作用および組織化されていない核を有する塊状の細胞構造の形成、侵襲的な悪性の乳癌細胞における侵襲的プロセスに似た細長い細胞体の形成、乳癌細胞による抗癌剤に対する応答、および乳癌細胞の悪性の表現型の復帰変異など、インビボ様の形態または特徴を有する乳腺上皮細胞の培養を支持する、細胞培養物品の実施の形態が示されている。これらの培養物品は、乳癌の治療のための候補薬剤のスクリーニングに有用であろう。
【0008】
本明細書に提示されるさまざまな実施の形態の1つ以上は、乳腺上皮細胞を培養するための従前の物品およびシステムと比較して、1つ以上の利点を提供する。例えば、動物由来のECM材料を用いる基板とは異なり、本明細書に記載される多孔質の基板は、容易に調節および再生可能であり、さらに一貫性のある細胞培養結果を提供するであろう。さらには、基板は、容易な殺菌、処理および自動化への適合を支持することができる固体のスキャフォールドを提供する。これらおよび他の利点は、添付の図面と共に解釈する場合に、次の詳細な説明から容易に理解されよう。
【0009】
本明細書で提案する概略図は、必ずしも一定の比率の縮尺ではない。図中で使用する同様の数字は、同様の成分、工程などを表す。しかしながら、所定の図における構成要素を表すための数字の使用は、同一の数字で標識された別の図の構成要素を制限することは意図されていないことが理解されよう。加えて、構成要素を表すための異なる数字の使用が、異なる番号が付された構成要素が同一または同様でありえないことを示すことは意図されていない。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】細胞を培養するための多孔質の基板を形成する方法の実施の形態を示す概略図。
【図2】細胞を培養するための多孔質の基板を備えた細胞培養物品の実施の形態の概略的断面図。
【図3】基板の細孔および隙間に細胞が集合している、多孔質の基板の一部についての実施の形態の概略的断面図。
【図4】本明細書に記載される多孔質の基板を有する細胞培養物品を用いて、候補となる化合物または薬剤のスクリーニング方法の実施の形態のフローチャート。
【図5】本明細書に記載される多孔質の基板を有する細胞培養物品を用いて、候補となる化合物または薬剤のスクリーニング方法の実施の形態のフローチャート。
【図6】本明細書に記載される多孔質の基板を有する細胞培養物品を用いて、候補となる化合物または薬剤のスクリーニング方法の実施の形態のフローチャート。
【図7】本明細書に記載される多孔質の基板を有する細胞培養物品を用いて、候補となる化合物または薬剤のスクリーニング方法の実施の形態のフローチャート。
【図8】多孔質のポリジメチルシロキサン(PDMS)基板を備えた細胞培養物品上で培養された非悪性の乳腺上皮細胞の共焦点蛍光画像。図8Bは高倍率である。
【図9】多孔質のPDMS基板を備えた細胞培養物品上で培養された悪性の乳癌細胞の共焦点蛍光画像。
【図10】多孔質のPDMS基板を備えた細胞培養物品上で培養された侵襲的な悪性の乳癌細胞の共焦点蛍光画像。
【図11】処理なし(A)、MAPK阻害剤であるPD98059で処理(B)、およびPI3K阻害剤であるLY294002で処理(C)した、2次元TCT基板上で培養した悪性の乳癌細胞の共焦点蛍光画像。
【図12】処理なし(A)、MAPK阻害剤であるPD98059で処理(B)、およびPI3K阻害剤であるLY294002で処理(C)した、多孔質のPDMS基板上で培養した悪性の乳癌細胞の共焦点蛍光画像。
【図13】処理なし(A)、MAPK阻害剤であるPD98059で処理(B)、およびPI3K阻害剤であるLY294002で処理(C)した、多孔質のPDMS基板上で培養した悪性の乳癌細胞の共焦点蛍光画像。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下の詳細な説明では、本明細書の一部を形成し、実例として、装置、システムおよび方法の幾つかの特定の実施の形態を示す、添付の図面について説明する。他の実施の形態も意図されており、それらが本開示の範囲または精神から逸脱することなくなされうることが理解されるべきである。したがって、以下の詳細な説明は、限定と解釈されるべきではない。
【0012】
1.定義
本明細書で用いられるすべての科学用語および技術用語は、他に特に規定がなければ、当技術分野で一般に用いられる意味を有する。本明細書で提供する定義は、本明細書で頻繁に使用される、ある特定の用語の理解を促すためのものであって、本開示の範囲を制限することは意味しない。
【0013】
本明細書では「細孔」とは、固体の物品の表面、本体、または表面と本体の両方における空洞または空隙を意味し、ここで、空洞または空隙は、本物品の表面に、少なくとも1つの外側開口部を有する。
【0014】
本明細書では「隙間」とは、本物品の表面に直接的な外側開口部を有しない、すなわち、細孔ではないが、「細孔」、「隙間」またはそれらの組合せに隣接した、またはそれらの近くの、1つ以上の連結または接続を経て、本物品の外表面への間接的な外側開口部または通路を有しうる、固体のポリマー本体における空洞または空隙を意味する。
【0015】
本明細書では「多孔質の網状組織」とは、物品の細孔および隙間からなる、総合または合計した空隙体積を意味する。
【0016】
本明細書では「多孔率」とは、材料の多孔質の網状組織の体積の、材料塊の体積に対する比を意味する。
【0017】
本明細書では「連続的な空隙相」とは、別の隙間への単一の接続しか有しないか、または「隔離された空隙」すなわち相互接続性を有しない隙間など、実質的に「行き止まり」または「出口なし」ではない、相互接続した多孔質の網状組織を有する物品のことをいう。
【0018】
「半連続的な空隙相」とは、約1〜約20体積%など、若干量の上記「行き止まり」または「隔離された空隙」を有しうる、相互接続した多孔質の網状組織を有する物品のことをいう。
【0019】
本明細書では、細胞培養基板に関連して、「基板」とは、その上で細胞を培養して差し支えない材料のことをいう。例えば、多孔質の基板は、細胞が培養されうる空隙を有しうる。「細胞培養」または「細胞を培養する」とは、原核生物または真核生物のいずれかの細胞を制御条件下で増殖させるプロセスのことをいい、複合組織、器官、または細胞系の培養が含まれうる。
【0020】
本明細書では、多孔質の基板材料に関連して「光学密度」とは、多孔質の基板材料の所定の長さ、深さまたは厚さにわたる、所定の波長の光の伝達の測定値を意味する。光学密度の測定は、培地の存在下または不存在下で行って差し支えない。
【0021】
本明細書では、細胞および培養表面に関連して「保持率」とは、細胞培地、リン酸緩衝生理食塩水、または他の適切な溶液で穏やかに洗浄して、しばらくした後、表面に保持される生存細胞のパーセンテージを意味する。穏やかな洗浄としては、例えば、細胞培養物品を約2000rpmで約15秒間、振とうすることが挙げられる。本明細書では、細胞は、表面または基板に付着する細胞数がTCT表面(組織培養処理したポリスチレン)に付着する細胞数の50%以下である場合に、表面または基板に「非付着性である」か、または、表面または基板に「付着しない」と見なされる。多孔質のポリマーなどの3次元の基板材料への細胞の付着能を比較するため、材料から非多孔質の平らな2次元表面を形成し、TCT表面と比較して、細胞が表面に「非付着性」であるか否かを決定して差し支えない。一部の実施の形態では、非付着性の表面または基板材料に付着する細胞数は、同様の条件下において、TCT表面に付着する同様の大きさの細胞数の25%以下、15%以下、または10%以下である。
【0022】
本明細書では、「アッセイ」、「アッセイする」などの用語は、例えば、存在、不存在、量、範囲、反応速度、動力学、または細胞増殖の特徴の種類または外部刺激に対する応答を判断するための分析のことをいい、例えば、候補化合物、培地、基板コーティングなどの検討材料が挙げられる。
【0023】
そうでないことが示されない限り、本明細書において言及される組成物中の成分の相対的割合またはパーセンテージは、重量による。
【0024】
例えば、本開示の実施の形態の説明に用いられる、組成物中の材料の量、濃度、体積、処理温度、処理時間、収量・収率、流速、圧力などの値、およびそれらの範囲を修飾する「約」とは、例えば、化合物、組成物、濃度または使用処方など、製造に用いられる典型的な測定方法および取り扱い方法を通じて;これらの手順における不注意による誤りを通じて;その方法を行うのに用いる出発材料または原料の製造、起源、または純度の差異を通じて;などの条件を通じて生じうる、数量の変動のことをいう。「約」という用語はまた、例えば、特定の初期濃度または混合を有する組成物、処方、または細胞培養の経時に起因して異なる量、および、特定の初期濃度または混合を有する組成物または処方の混合または加工を原因として異なる量を包含する。「約」という用語によって修飾されるか否かにかかわらず、添付の特許請求の範囲は、これらの量と等価のものを含む。
【0025】
「随意的な」、「随意的に」などの用語は、その後に記載される事象または環境が生じても生じなくてもよく、その記載がその事象または環境が生じる事例および生じない事例を含むことを意味する。例えば、「任意選択要素」という語句は、成分が存在しても存在しなくてもよく、本開示がその成分を含む実施の形態と除外する実施の形態の両方を含むことを意味する。
【0026】
本明細書では、「有する」、「有している」、「含む」、「含んでいる」、「包含する」、「包含している」などは、オープン・エンドの意味で用いられ、一般に「含むが限定されない」ことを意味する。「〜から基本的になる」、「〜からなる」などは、「含む」などに組み込まれることが理解されよう。したがって、ポリジメチルシロキサン(PDMS)を含む多孔質の基板は、PDMSから基本的になる、またはPDMSからなる多孔質の基板を含む。
【0027】
組成物、物品、システム、装置または方法に関連して「〜から基本的になる」とは、その組成物、物品、システム、装置または方法が、その組成物、物品、システム、装置または方法の列挙される成分またはステップ、および、随意的に、その組成物、物品、システム、装置または方法の基本的および新規の性質に材料的に影響を及ぼさない他の成分またはステップのみを含むことを意味する。例として、本明細書に記載される細胞培養物品または多孔質の基板の成分の基本的性質に材料的に影響を及ぼしうる細目とは、これらの物品または基板に望ましくない特徴を与えうる成分である。例えば本物品または基板が細胞培地と密接に光学的に適合することが明確に意図されている場合、細胞培養物品または基板と液体培地との望ましくない光学的不適合を生じる結果となる成分は、本物品または基板の基本的および新規な特性に材料的に影響を及ぼすと見なされうる。望ましくない光学的不適合を生じうる成分の例として、ポリマー材料から実質的に除去することができない、光学的に不透明な捕捉された細孔形成剤粒子がある。
【0028】
成分、原材料、添加剤、細胞型、病原体、および同様の態様について開示される特定の好ましい値、およびそれらの範囲は、単に例証のためであって、他の定義された値または定義された範囲内にある他の値を除外するものではない。本開示の組成物、装置、システムおよび方法は、明細書に記載されるいずれかの値、または、値、特定の値、さらに特定の値、および好ましい値のいずれかの組合せを有するものを含む。
【0029】
本明細書における見出しは、限定することを目的として使用しているのではない。例えば、多孔質の基板の特性、特徴、成分などに関連する論述は、「多孔質の基板」の見出しの下ではなく、「細胞培養」の見出しの下で提供されうる。本明細書に記載される多孔質の基板の1つ以上の実施の形態は、「多孔質の基板」の見出しの下では提供されていなくても、特性、特徴、成分などを含みうる。
【0030】
2.多孔質の基板
本開示は、とりわけ、「Matrigel」などの化学的に定義されていないECM材料を使用しない、インビボ様形態を発現する悪性および非悪性の乳腺上皮細胞の着実な培養を支持する、化学的に定義された多孔質の基板を備えた細胞培養物品について説明する。本明細書に記載される一部の実施の形態では、非悪性の乳腺細胞が、分極し、かつ、増殖を停止した腺房様のコロニーを形成するのに対し、悪性の乳腺細胞が組織化されていない、増殖性かつ無極性のコロニーを形成することから、多孔質基板の培養システムは、両方の表現型の識別を可能にする細胞培養環境を提供する。侵襲的な悪性の乳腺細胞は、侵襲的プロセスによって、星状構造をした組織化されていない核および細長い細胞体を形成したことから、本システムはまた、非侵襲的な悪性の細胞と侵襲的な悪性の乳腺細胞の表現型の識別も可能にする。さまざまな実施の形態において、本システムはまた、悪性の乳腺細胞から、増殖を停止した腺房を発現する非悪性の細胞への表現型および機能の復帰変異も可能にする。したがって、本明細書に記載される細胞培養物品およびシステムは、乳癌の治療のための潜在的な治療薬のスクリーニングに役立てることができよう。
【0031】
哺乳動物の上皮細胞の望ましい培養を提供することができる基板は、複数の細孔および前記細孔と連通している複数の隙間を備える。細孔および隙間の少なくとも一部は、十分な大きさである、言い換えれば、乳腺上皮細胞が細孔および隙間内で房状構造を形成することができるように十分な大きさの体積を占める。細孔は、2つ以上の細胞が房状構造を形成する、または10または20または50または100またはそれ以上の細胞が房状構造を形成するのに十分な大きさである。しかしながら、細孔および隙間が大きすぎる場合には、細胞集合または細胞間相互作用を促進する、特別な束縛状態を提供できないであろう。
【0032】
一部の実施の形態では、多孔質の基板材料の表面は、該表面への細胞付着性を促進しない。理論に縛られることは意図していないが、非付着性の基板は、細胞と基板材料との相互作用ではなく、むしろ、細胞同士の相互作用を促進すると考えられる。この場合も、理論に縛られることは意図していないが、一部の実施の形態では、細胞間相互作用をさらに促進するためには、基板材料の表面に非付着性であるだけでなく、基板材料の表面からはね返されることが、細胞にとって望ましいであろう。
【0033】
例えば、細胞は、基板材料が疎水性であるか、あるいは、約30°を超える、または約60°を超える接触角;例えば約30°〜約130°、約60°〜約130°、または約80°〜約130°の接触角を有する場合に、細胞間相互作用がさらに促進されうる。接触角が大きすぎる場合(例えば約150°を超える)または表面が疎水性過ぎる場合には、細孔への水および栄養物の輸送が阻害され、細胞増殖を持続する能力に支障をきたしうる。例として、以下に提示する例は、多孔質のポリジメチルシロキサン(PDMS)が、細胞間相互作用を可能にし、PDMS基板の細孔および隙間における房状構造の形成を可能にする、環境を提供することを示すものである。容易に使用されうる他の疎水性ポリマーの例としては、ポリウレタン、ポリ(テトラフルオロエチレン)、ポリ(メチルメタクリレート)、ポリ(塩化ビニル)、ポリエチレンおよびポリプロピレンが挙げられる。
【0034】
当然ながら、一部の実施の形態では、細胞は、多孔質の基板材料の表面に付着性である。一部の実施の形態では、多孔質の基板は親水性である(例えば、約60°未満の接触角)。例えば、比較的疎水性または親水性の基板は、培養悪性細胞(例えば、侵襲的または非侵襲的な乳癌細胞)には有意な効果を有しないかもしれないが、非悪性の乳腺上皮細胞のインビボ様の特徴には影響を与える場合がある。インビボにおける非悪性の細胞の相互作用は、細胞の形態および特徴に影響を与えることが多く、悪性細胞の場合は、このような細胞間相互作用によって抑制されないことが多い。例えば、非悪性の上皮細胞は、インビボにおいて、細胞間相互作用に起因して、腺房構造を形成しうるが、この構造は、疎水性の3次元の基板による細胞培養において促進されうる。他方では、乳癌細胞は、インビボまたはインビトロにおいて、このような腺房構造を形成しない。よって、悪性の細胞は、親水性または疎水性の3次元基板上で培養する場合に、インビボ様形態または特徴を発現しうるが、非悪性の乳腺上皮細胞は、より疎水性の3次元基板で培養した場合には、インビボ様形態の発現が促進されうる。
【0035】
多くの実施の形態では、細胞培養物品または基板は、未知の組成物成分を含まない。一部の細胞培養システムの正確な組成は知られていない。例えば、細胞外マトリクス(ECM)材料、特に「Matrigel」などの非合成の動物由来のECM材料を採用する細胞培養システムには、未知の成分が含まれている場合があり、また、パーセンテージが不明の既知の成分が含まれている場合がある。したがって、このような材料を採用する細胞培養システムは、使用する材料を再現できないという性質に起因して、結果の変動を生じる場合がある。「未知の組成物の成分を含まない」細胞培養物品または基板は、幾つかの僅少な量の未知の材料を有しうるが、この僅少な量の材料は、製造または培養結果の再現性に悪影響を与えないであろうことが理解されよう。例えば、多孔質のポリマー基板の製造に使用される一部の試薬は、完全に純粋ではない場合がある(例えば、90%、95%、98%、99%、または99.5%の純度)。けれども、これらの試薬から作られたポリマー基板は、未知の組成物の成分を含まないと見なされよう。
【0036】
本明細書に記載される多孔質の基板は、さまざまな実施の形態において、次の利点の1つ以上を、単独で、または組み合わせて提供しうる。培養細胞は、本物品の相互接続した多孔質の構造を通じて、自由に移動し、通信し、または互いに接触することができる。培養細胞は、多孔質の物品の各隙間または細孔内で増殖して、大きさが規定されたある特定のウェルの回転楕円体を形成することができる。回転楕円体の大きさは、細孔形成剤の材料または方法論の賢明な選択によって、基板の隙間または細孔の分布を規定することによって調節することができる。一部の実施の形態では、多孔質の物品は、多孔質の網状組織の隙間についての2種類以上の粒径分布を有し、これにより、細胞間の通信を促進することができ、かつ、多孔質の物品内における網状組織の相互接続したチャネル内への栄養物の浸透およびチャネル外への廃棄物輸送を促進することができる。このような実施の形態では、細胞または細胞体の増殖を提供するために、より大きい寸法の隙間および細孔を有する多孔質の物品を設計することができ、細胞通信、栄養の交換、および廃棄物交換を促進するために、より小さい寸法の隙間および細孔を設計することもできる。多孔質の物品は、例えば、多孔質の固体または多孔質のゲルであり、このようなゲルは、容易に培地と混合し、かつ、培地から分離することができ、これらには、便利な連続的または半連続的な培地交換も含まれる。
【0037】
多孔質の基板は、任意の適切な材料または材料でできていて差し支えない。基板は、培養される細胞および培地に適合性の材料でできていることが好ましい。多くの実施の形態において、多孔質の基板はポリマーである。細胞培養に適したポリマー材料の例としては、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリアルキレン、ポリアルキレン・グリコール、ポリアルキレンオキシド、ポリアルキレン・テレフタレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルエーテル、ポリビニール・エステル、ポリハロゲン化ビニル、ポリビニルピロリドン、ポリグリコリド、ポリシロキサン、ポリウレタン、およびそれらのコポリマー、ニトロセルロース、アクリル酸およびメタクリル酸エステルのポリマー、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシブチルメチルセルロース、酢酸セルロース、プロピオン酸セルロース、酢酸酪酸セルロース、酢酸フタル酸セルロース、カルボキシエチルセルロース、三酢酸セルロース、セルロース硫酸ナトリウム、ポリ(メチルメタクリレート)、ポリ(エチルメタクリレート)、ポリ(ブチルメタクリレート)、ポリ(イソブチルメタクリレート)、ポリ(ヘキシルメタクリレート)、ポリ(イソデシルメタクリレート)、ポリ(ラウリルメタクリレート)、ポリ(フェニルメタクリレート)、ポリ(メタクリレート)、ポリ(イソプロパクリレート)、ポリ(イソブタクリレート)、ポリ(オクタデカクリレート)、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ(エチレングリコール)、ポリ(エチレンオキシド)、ポリ(エチレンテレフタレート)、ポリ(ビニルアルコール)、ポリ(酢酸ビニル)、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ポリヒアルロン酸、カゼイン、ゼラチン、グルテン、ポリ無水物、ポリアクリル酸、アルギン酸、キトサン、およびそれらの任意のコポリマー、またはそれらの任意の組合せが挙げられる。さまざまな実施の形態では、多孔質のポリマーは、シロキサン、ビニル置換されたトリアルコキシシラン、α−オレフィン、ビニール・エステル、アクリレート、アクリルアミド、不飽和ケトン、モノビニリデン芳香族炭化水素などの重合可能なモノマー、またはそれらの組合せから選択される1種類以上のモノマーから形成される。本明細書に開示される本物品を形成するために重合または共重合可能な適切なモノマーの例としては、モノビニリデン芳香族炭化水素(例えば、スチレン;例えばo−、m−およびp−メチルスチレン、2,4−ジメチルスチレン、Ar−エチルスチレン、p−ブチルスチレンなどのモノマーなどのアラルキルスチレン;および、例えばα−メチルスチレン、α−エチルスチレン、α−メチル−p−メチルスチレンなどのモノマーなどのα−アルキルスチレン;ビニルナフタレンなどのモノマーなど);Ar−ハロ−モノビニリデン芳香族炭化水素(例えば、o−、m−およびp−クロロスチレン、2,4−ジブロモスチレン、2−メチル−4−クロロスチレンなどのモノマー);アクリロニトリル、メタクリロニトリル、アルキルアクリレート(例えば、メチルアクリレート、ブチルアクリレート、エチルヘキシルアクリレートなどのモノマー)、対応するアルキルメタクリレート、アクリルアミド、(例えば、アクリルアミド、メチルアクリルアミド、N−ブチルアクリルアミドなどのモノマー);不飽和ケトン(例えば、ビニルメチルケトン、メチルイソプロペニルケトンなどのモノマー);α−オレフィン(例えば、エチレン、プロピレンなどのモノマー);ビニール・エステル(例えば、酢酸ビニル、ステアリン酸ビニルなどのモノマー);ハロゲン化ビニルおよびハロゲン化ビニリデン(例えば、塩化ビニルおよび塩化ビニリデン、ならびに臭化ビニルおよび臭化ビニリデンなどのモノマー);例えばビニル置換したトリアルコキシシランなどのモノマーなどのビニル置換したシラン、またはそれらの組合せが挙げられる。さまざまな実施の形態では、多孔質のポリマーは、1種類以上の適切なオリゴマーまたは1種類以上のオリゴマーと1種類以上のモノマーから形成される。適切なオリゴマーとして、上述のモノマーから形成されるものなどが挙げられる。
【0038】
ポリマーは、重合の前または重合の間に、ガスとの混合、発泡、細孔形成剤の使用など、任意の適切な機構を経て、多孔質に製造されうる。使用して差し支えない細孔形成剤の例としては、単糖、多糖、ポリアルキレン・グリコール、ポリビニルアルコール、氷、ワックス、固体のCO2などの昇華性の材料の粒子、形成されるポリマーである水溶性のポリマー、非水溶性のポリマー、またはそれらのコポリマーより低い融点を有する物質、殻およびコアを有するマイクロカプセル(例えば、殻はモノマーに不溶性の材料を含み、コアは水混和性のまたは水溶性の材料を含む)、溶解性の殻および中空またはガス充填されたコアを有するマイクロバルーン、またはそれらの組合せが挙げられる。結果として重合可能な固体のマトリクスが形成された後、細孔形成剤は、ポリマー性のマトリクスに空隙を残して除去される。細孔形成剤は、例えば、固体のポリマー材料を、細孔形成剤を溶解することができる物質と接触させることによって、マトリクスを加熱して微粒子相を溶解させることによって、またはそれらの組合せによって除去されて差し支えない。微粒子相の溶解に使用されうる物質の例としては、水性液体;有機液体;CO2などの超臨界流体;ワックス、水などの低温融解する固体;空気、窒素、アルゴンなどのガス;またはそれらの組合せなどが挙げられる。
【0039】
さまざまな実施の形態では、図1に示すように、少なくとも1種類の重合用のモノマーまたはオリゴマーと、少なくとも1種類の微粒子細孔形成剤10とを混合し、モノマーまたはオリゴマーを重合して微粒子が充填されたポリマー・マトリクス20を形成し、微粒子相を除去することによって、多孔質の基板100が調製される。得られた多孔質の基板100は、ポリマー・マトリクス30、除去された細孔形成剤粒子によって残された細孔40および隙間50を備えている。ポリマー・マトリクス中の微粒子相は、例えば、連続的な相、半連続的な相、不連続的な相、またはそれらの組合せでありうる。モノマーまたはオリゴマーおよび微粒子細孔形成剤は、例えば、高速液体−固体混合、液体−固体調合、液体−固体遠心分離、またはそれらの組合せなどの任意の適切な方法で混合して差し支えない。細孔形成剤の充填は、得られた細胞培養物品において、連続的なポリマー・マトリクスになる空隙体積、および、その空隙体積、すなわち隙間と細孔体積を合計した体積となる、微粒子細孔形成剤が占める体積分率を有する粒径のアンサンブルに基づいて選択して差し支えない。
【0040】
細孔形成剤は、乳腺上皮細胞が細孔内に房状構造を形成することができるような任意の適切な粒径を有しうる。さまざまな実施の形態では、約75マイクロメートル〜約600マイクロメートルの粒径を有する細孔形成剤を使用して、多孔質の基板の細孔および隙間を作出する。このような粒径は、乳腺上皮細胞が細孔および隙間による房状構造の形成を可能にするが、細胞間相互作用を促進しないほどには大きくない、適切な体積の細孔および隙間を提供する。一部の実施の形態では、約75マイクロメートル〜約1000マイクロメートル、約100マイクロメートル〜350マイクロメートル、または約200〜約250マイクロメートルの粒径を有する細孔形成剤を用いて、多孔質の基板の細孔および隙間を作出する。
【0041】
一部の実施の形態では、上述の大きい微粒子細孔形成剤に加えて、小さい直径を有する第2の微粒子細孔形成剤が用いられる。第2の小さい直径の細孔形成剤は、細胞通信、栄養の交換、または廃棄物交換を促進するように設計することができる。第2の微粒子細孔形成剤は、任意の適切なサイズを有していて差し支えない。例えば、第2の細孔形成剤は、約0.1マイクロメートル〜約75マイクロメートルの粒径を有しうる。
【0042】
第1の粒子混合物および第2の粒子混合物を有する実施の形態では、各混合物は、独立して、例えば、単一モードの粒子、バイモーダル粒子、単分散粒子、二分散粒子、多分散粒子、およびそれらの組合せから選択することができる。実施の形態では、第1の粒子混合物と第2の粒子混合物は、異なる粒径特性、粒径分布特性、またはそれらの組合せを有する、同一の物質、または異なる物質で構成することができる。一般に、細孔形成剤の含量が増大するにつれて、多孔率および細孔の大きさは、例えば直線的に、大きくなる。
【0043】
本明細書に記載される多孔質のポリマーは、任意の適切な表面積を有しうる。例えば、多孔質のポリマー物品は、約0.1〜約20m2/gの表面積を有していて差し支えない。
【0044】
本明細書に記載される多孔質のポリマーは、任意の適切な多孔率を有しうる。例えば、多孔質のポリマーは、水銀または窒素のポロシメトリーで測定して、約50%〜約95%の多孔率を有していて差し支えない。
【0045】
本明細書に記載される多孔質のポリマーは、任意の適切な密度を有しうる。例えば、多孔質のポリマーは、約1〜約1000kg/m3の密度を有していて差し支えない。
【0046】
本明細書に記載される多孔質のポリマーは、任意の適切な屈折率を有しうる。例えば、多孔質のポリマーは、約1.28〜約1.45の空気中における屈折率を有していて差し支えない。一部の実施の形態では、多孔質のポリマーは、約1.45以下の屈折率を有し、例えば、すべての中間値および範囲を含めて約1.2〜約1.45であり、例えば、1.2〜1.4、1.2〜1.35、1.25〜1.4、1.3〜1.45、1.3〜1.4、1.35〜1.45、1.35〜1.4などの値および範囲などである。必要に応じて、多孔質の物品は、本物品の屈折率を培地の屈折率に一致させるか、またはそれに非常に近い屈折率にすることによって、培地に浸漬したときにほとんど透明になるように作ることができる。ほとんど透明な物品は、例えば、本物品内に存在する細胞の光学的画像のより深い浸透を可能にする。ポリジメチルシロキサン(PDMS)でできた多孔質の基板における、二光子励起蛍光顕微鏡による浸透の画像化は、例えば、約100〜約1,000μmに達することができ、この値は、例えば、ポリビニルアルコール(PVA)系の多孔質の物品のわずか約90μmと比較して、約500μmも深い。
【0047】
典型的な水性細胞培地の屈折率は、例えば、約1.33〜約1.37でありうる。実施の形態では、多孔質のポリマーの屈折率および典型的な水性細胞培地の屈折率は、例えば、各屈折率の差異が約±0.5未満、好ましくは約±0.15未満、さらに好ましくは約±0.12未満、さらに好ましくは約±0.10未満など、それぞれの屈折率を一致させるか、または近くなるように選択される。
【0048】
多孔質のポリマー物品は、例えば約0〜約1の光学密度、および、例えば約100〜約1,000μm以上の光学的浸透深さを有しうる。多孔質のポリマー物品には、約500〜約500,000の分子量を有する、ポリマー、コポリマー、または同様の材料を含めることができる。
【0049】
3.細胞培養物品
多孔質のポリマー基板は、任意の適切な方法で細胞培養物品に結合させて差し支えない。例えば、多孔質の基板形成用の混合物の重合は、細胞培養物品基板上で達成することができる。加えて、または代替として、混合物の重合は、例えば、さまざまな有用な形状の型枠であって、随意的に、例えば、基板、容器、または同様の支持体に取り付けられるか結合された、プレフォームとして、すなわち、少なくとも1種類のモノマーと少なくとも1種類の細孔形成剤の微粒子材料を含む混合物を基板上で重合し、連続的なポリマー・マトリクスと不連続的な微粒子相を基板上に形成することにより、達成することもできる。必要に応じて、ガラスなどの基板への多孔質のポリマーの付着を促進するために、例えばアミノシランなどの結合層(tie-layer)または化成コーティングを選択することもできる。
【0050】
任意の適切な細胞培養物品は、多孔質のポリマー基板を備えうる。結合されうる多孔質のポリマー基板を備えた適切な細胞培養物品の例としては、単一ウェルプレートおよび6、12、96、384、および1536ウェルプレートなどのマルチウェルプレート、広口瓶、ペトリ皿、フラスコ、ビーカー、プレート、ローラーボトル、チャンバー培養スライドおよびマルチチャンバー培養スライドなどのスライド、管、カバースリップ、膜、中空糸、ビーズおよびマイクロキャリア、カップ、スピナーボトル、潅流チャンバー、バイオリアクター、セルスタック(登録商標)および発酵槽が挙げられる。
【0051】
これらの物品は、金属酸化物などの金属;セラミック材料;ガラス、プラスチック、ポリマーまたはコポリマー、それらの任意の組合せ、または1種類の材料に別の材料を重ねたコーティングを含めた任意の適切な材料で作られて差し支えない。
【0052】
例えば、細胞培養物品がマイクロキャリアである、一部の実施の形態では、本物品は、多孔質のポリマー基板で構成されて差し支えなく、または、基本的に多孔質のポリマー基板で構成されうる。
【0053】
図2を参照すると、多孔質の基板100を含む細胞培養物品200の概略的断面図が示されている。多孔質のポリマーの細胞培養基板100は、ウェルの底部表面など、物品200の下層表面に隣接して配置される。細胞または細胞培地と接触しうる物品200の単一または複数の表面のすべてまたは一部は、多孔質の培養基板100で覆われて差し支えない。代表的な細孔40および隙間50は、図2に示す実施の形態において確認できる。
【0054】
図3の概略的断面図に示すように、多孔質の基板100の細孔および隙間は、細胞が、細孔および隙間に房状構造300を形成するのに十分な大きさである。
【0055】
4.細胞の培養
上述の多孔質のポリマー基板を備えた細胞培養物品に、細胞を播種して差し支えない。細胞は、任意の細胞型であって構わない。例えば、細胞は、結合組織細胞、上皮細胞、内皮細胞、肝細胞、骨または平滑筋細胞、心筋細胞、腸細胞、腎細胞、または、幹細胞、島細胞、血管細胞、リンパ球、癌細胞など、他の器官に由来する細胞であって差し支えない。細胞は、哺乳動物細胞、好ましくはヒト細胞でありうるが、例えば、細菌性、酵母、または植物細胞などの非哺乳動物細胞であってもよい。多くの実施の形態では、細胞は乳腺上皮細胞である。本明細書では、乳腺上皮細胞として、上皮性起源を有する、初代細胞、不死化細胞株および乳癌細胞が挙げられる。乳癌細胞は、侵襲性または非侵襲性でありうる。
【0056】
細胞を播種する前に、採取し、成長培地などの適切な培地に懸濁し、細胞を表面に播種し、培養して差し支えない。例えば、細胞を、血清含有培地、馴化培地、または化学的に定義された培地に懸濁し、培養してもよい。所望の培地に1種類以上の成長因子または他の因子を加えてもよい。
【0057】
細胞は、任意の適切な濃度で播種されうる。典型的には、細胞は、約10,000細胞/cm2基板〜約500,000細胞/cm2で播種される。例えば、細胞は、約50,000細胞/cm2基板〜約150,000細胞/cm2で播種されて差し支えない。しかしながら、それより高い濃度および低い濃度も当然に用いてよい。温度、CO2およびO2レベル、成長培地などの培養時間および条件は、培養する細胞の性質に応じて決まり、容易に修正することができる。細胞を表面上で培養する時間は、所望の細胞応答に応じて変動しうる。
【0058】
本明細書に記載される多孔質の基板を有する細胞培養物品の実施の形態は、乳腺上皮細胞の培養を支持することができ、これらの細胞は、非悪性の乳腺上皮細胞における腺房構造、非侵襲的な乳癌細胞における堅固な細胞間相互作用および組織化されていない核を有する塊状の細胞構造の形成、侵襲的な悪性の乳癌細胞における侵襲的プロセスに似た細長い細胞体の形成、乳癌細胞による抗癌剤に対する応答、または乳癌細胞の悪性の表現型の復帰変異などのインビボ様の形態または特徴を発現する。腺房構造とは、ラズベリーなどの多分葉化したベリーに似た、房状構造の細胞である。インビボでは、腺房を形成する乳腺上皮細胞は、液体または乳を産生する乳腺組織を形成する。
【0059】
5.抗癌剤の候補化合物のスクリーニング
培養した細胞は、任意の適切な目的に使用されうる。例えば、細胞は、抗癌剤などの薬剤が、培養した細胞において望ましい効果を有するか否かを決定するのに使用して差し支えない。本明細書に記載される細胞培養物品が、乳癌細胞を含めた乳腺上皮細胞の培養およびインビボ様の形態および特徴を支持できることから、本物品は、有利には、候補とされる抗癌剤の能力が乳癌細胞において望ましい効果を有するか否かの試験に使用されうる。
【0060】
化合物をスクリーニングするための幾つかの代表的な方法を、図4〜7のフローチャートに示す。図4に示すように、乳腺上皮細胞などの細胞は、上述の多孔質の基板(300)を備えた細胞培養物品上または内で培養されうる。培養した細胞を、候補薬剤と接触させて(310)、細胞における薬剤の効果を決定して(320)差し支えない。
【0061】
図5に示す方法では、悪性の乳腺上皮細胞などの細胞は、多孔質の基板を有する細胞培養物品上または内で培養されうる(300)。細胞が、非侵襲的な乳癌細胞における堅固な細胞間相互作用および組織化されていない核を有する塊状の細胞構造、侵襲的な悪性の乳癌細胞における侵襲的プロセスに似た細長い細胞体の形成、あるいは、侵襲性または非侵襲的な乳癌細胞の細胞増殖などのインビボ様の形態または特徴を発現する前に、培養した細胞を候補化合物と接触させる(315)。次に、例えば、薬剤または候補化合物の不存在下で培養した細胞と比較することによって、薬剤または候補化合物が細胞のインビボ様の形態または特徴の発現を防止したか否かに関して判断されうる(325)。
【0062】
図6に示す方法では、悪性の乳腺上皮細胞などの細胞は、インビボ様の形態または特徴が発現されるまで、十分な時間、多孔質の基板を有する細胞培養物品上または内で培養されて差し支えない(305)。悪性の乳腺上皮細胞が発現するであろうインビボ様の形態または特徴の例としては、非侵襲的な乳癌細胞における堅固な細胞間相互作用および組織化されていない核を有する塊状の細胞構造、侵襲的な悪性の乳癌細胞における侵襲的プロセスに似た細長い細胞体の形成、または侵襲性または非侵襲的な乳癌細胞の細胞増殖が挙げられる。次に、例えば細胞培地への導入などを通じて、インビボ様の培養細胞を薬剤または候補化合物に接触させ(310)、その薬剤または化合物が細胞のインビボ様の形態または特徴に影響を与えるか否かについて判断して差し支えない(320)。例えば、細胞数が減少したか、侵襲的プロセスが消失したかなどについて判断することができる。
【0063】
図7に示す方法では、悪性の乳腺上皮細胞などの悪性の細胞は、インビボ様の悪性の形態または特徴を発現するのに十分な時間、多孔質の基板を備えた細胞培養物品上または内で培養されうる(309)。次いで、細胞を薬剤または候補化合物と接触させ(319)、薬剤または候補化合物が、細胞を、腺房構造の形成などの非悪性の形態または特徴に戻すか否かの判断をする(329)。これらの方法では、非悪性の細胞のインビボ様の形態または特徴の発現を促進する基板上で、悪性の細胞を培養することが望ましいであろう。例えば、疎水性の多孔質の基板などの非悪性の細胞における腺房構造の形成を促進する細胞培養基板が用いられる場合には、インビボ様の形態への復帰変異が観察されよう。しかしながら、細胞培養基板が非悪性の細胞のインビボ様の形態または特徴を支持することができない場合には、薬剤の、悪性の細胞を非悪性の形態または特徴に復帰させる能力は検出できないであろう。
【0064】
これらは、本明細書に記載される細胞培養装置を使用する方法の幾つかの例に過ぎず、他の利用については、当業者には明白であることが理解されよう。加えて、本明細書に提供された論述のほとんどが乳腺上皮細胞の培養に関連しているが、本明細書に記載される物品は、任意の細胞の培養に使用して差し支えない。
【0065】
以下に、上述の細胞培養物品、多孔質の基板、および方法のさまざまな非限定的な実施の形態について記載した、非限定的な例を提示する。
【実施例】
【0066】
実施例1:多孔質の基板の製作
PDMSプレポリマーと、Dow Corning社から市販されるSylgard182キットを使用する硬化剤を10対1の比で混合することによって、多孔質のポリジメチルシロキサン(PDMS)基板を調製した。その混合物には212〜250マイクロメートルの大きさの糖質結晶が密に充填されており、次に、これを鋳型に充填し、100℃で1時間硬化した。硬化したポリマー中の糖質を超音波浴で洗浄し、多孔質のPDMS基板を形成した。得られた多孔質のPDMSを鋳型から外し、細胞培養のためのマルチウェルプレートへと組み立てた。
【0067】
プレートにおけるウェルの密度に応じて、プレートを次のように調製した:(1)96ウェルプレートでは、ガラスインサート片上において多孔質のPDMSを96ウェルフォーマットで鋳型成形し、その後にインサートを鋳型から外し、96ウェルの穴の開いたプレート(底のないプレート)の底に、両面感圧接着剤(PSA)プレートによって糊付けする;または(2)48、24、12など、96ウェルより低密度のプレートでは、多孔質のPDMSを、フォーマットに対応するプラスチックまたは金属のプレート上で成形し、次に、多孔質のPDMSの個別のディスクを取り外し、ウェルプレートの個別のウェルの底に置く。細胞培養の間に多孔質のPDMSが浮遊するのを避けるため、PDMSプレポリマーを用いて、PDMS基板をプレートの底に糊付けするか、あるいは、酸素プラズマ処理したプレート表面に直接結合してもよい。
【0068】
実施例2:多孔質の基板上での非悪性の乳腺細胞の培養
非悪性の乳腺細胞MCF−10Aを、実施例1に記載する多孔質のPDMS基板を有するウェルに播種した。10,000細胞を播種し、5%のウマ血清、5%のペニシリン/ストレプトマイシン、20ng/mlのhEGF、0.5μg/mlのヒドロコルチゾン、100ng/mlのコレラ毒素および10μg/mlのインスリンを有するMEBM/F12細胞培地で培養した。培地を1日おきに交換した。2週間の培養後、細胞をローダミンファロイジンで染色し(F−アクチン染色)、共焦点蛍光顕微鏡で撮像した。MCF−10Aの共焦点像は、図8A〜Bに示すように(図8Bの方がより高倍率である)、MCF−10Aが組織化された核構造および堅固な細胞間接着を形成したことを明らかにしている。観察された細胞形態は、非悪性の乳腺上皮細胞のインビボの腺房構造に酷似していた。これは、2D表面上で培養したMCF−10A細胞が単分子層を形成することとは対照的である。
【0069】
実施例3:多孔質の基板上での悪性の乳腺細胞の培養
多孔質のPDMS基板を有するウェルに播種した悪性の乳腺細胞MCF−7を、実施例1に記載した。10,000細胞を播種し、10%のウシ胎仔血清、5%のペニシリン/ストレプトマイシン、および10μg/mlのインスリンを含むEMEM細胞培地で培養した。培地は1日おきに交換した。2週間の培養の後、細胞をローダミンファロイジン(F−アクチン染色)およびDAPI核カウンター染色で染色し、図9に示すように、共焦点蛍光顕微鏡で撮像した。画像は、MCF−7細胞が組織化されていない核の塊状構造を形成したが、堅固な細胞間接着を維持しないことを示している。
【0070】
実施例4:多孔質の基板上での侵襲的な乳癌細胞の培養
侵襲的な乳腺細胞MDA−MB−231を、実施例1に記載する、多孔質のPDMS基板を有するウェルに播種した。10,000細胞を播種し、10%のウシ胎仔血清および5%のペニシリン/ストレプトマイシンを含むLeibovitz L−15細胞培地で培養した。培地は1日おきに交換した。2週間の培養の後、細胞をローダミンファロイジン(F−アクチン染色)およびDAPI核カウンター染色で染色し、図10に示すように、共焦点蛍光顕微鏡で撮像した。蛍光画像は、MDA−MB−231細胞が、侵襲的プロセスとともに、組織化されていない核および細長い細胞体の構造を形成したことを示している。実施例2における非悪性の細胞および実施例3における悪性の細胞と同様に、多孔質のPDMSで培養された侵襲的なMDA−MB−231細胞は、「Matrigel」培養で報告されたものと酷似しているが、従来の2D細胞培養とは大きく変化している。
【0071】
実施例5:細胞機能における多孔質の基板の効果
細胞の形態の差異は、しばしば、細胞機能の差異の一因となる。多孔質の基板で培養した乳腺細胞および2D培養表面上で培養した乳腺細胞の細胞機能の差異を認識するため、10,000個の悪性のMCF−7細胞を播種し、同一の条件下、多孔質のPDMS(実施例1に記載するように)およびTCT培養表面(組織培養処理したポリスチレン、「TCT」、Corning Inc社製)で培養した。細胞を、1日おきに15日間、4μMのPD98059(MAPK阻害剤)および4μMのLY294002(PI3K阻害剤)で処理した。PD98059およびLY294002は、両方とも、「Matrigel」3D培養システムにおいて、乳癌細胞の悪性挙動をある程度まで復帰変異させることが報告されている。図11A〜Cに示すように、両方の処理は、TCT表面上で培養した細胞における顕著な相違を誘発しなかった。しかしながら、両方の薬剤は、コロニーの大きさを著しく縮小し(図12A〜C)、多孔質のPDMS基板で培養した細胞のうち、塊状構造に由来する悪性の表現型を正常な腺房構造に復帰変異させた(図13A〜C)。
【0072】
図11A〜Cでは、E−カドヘリンの細胞を染色し、DAPI核染色を用いて対比染色した。図11Aには、14日間培養の時点における未処理の細胞が示されている。図11Bには、14日間培養の時点におけるPD98059で処理した細胞が示されている。図11Cには、14日間培養の時点におけるLY294002で処理した細胞が示されている。本明細書に提示される白黒の複製画像には、緑色(E−カドヘリン)および青色(核)の染色は見られない。しかしながら、2D基板上で培養された薬物処理した細胞には悪性の表現型の復帰変異または他の大きな変化が観察されなかったことは、これらの画像から明白である。
【0073】
図12A〜Cでは、細胞をローダミンファロイジンで染色(F−アクチン染色)し、DAPI核染色を用いて対比染色した。図12Aには、14日間培養の時点における未処理の細胞が示されている。図12Bには、14日間培養の時点におけるPD98059で処理した細胞が示されている。図12Cには、14日間培養の時点におけるLY294002で処理した細胞が示されている。本明細書に提示される白黒の複製画像には、赤色(F−アクチン)および青色(核)の染色は見られない。しかし、両方の薬剤がコロニーの大きさを顕著に縮小することは、これらの画像から明白である。
【0074】
図13A〜Cでは、細胞をローダミンファロイジンで染色(F−アクチン染色)し、DAPI核染色を用いて対比染色した。図13Aには、14日間培養の時点における未処理の細胞が示されている。図13Bには、14日間培養の時点におけるPD98059で処理した細胞が示されている。図13Cには、14日間培養の時点におけるLY294002で処理した細胞が示されている。本明細書に提示される白黒の複製画像には、赤色(F−アクチン)および青色(核)の染色は見られない。しかし、両方の薬剤が、塊状構造に由来する悪性の表現型を正常な腺房構造へと復帰変異させることは、これらの画像から明白である。
【0075】
実施例6:多孔質の基板および2D基板上で培養した細胞の比較
異なる細孔の大きさを有する多孔質のPDMS基板を、異なる大きさの糖質結晶を用いて、上記実施例1に記載する通りに作製した。寸法合わせした糖質結晶を使用して、約200マイクロメートル〜約800マイクロメートルの範囲の多孔質のPDMSを作製した。多孔質のPDMS基板をマルチウェルプレートに組み立て、大まかに、実施例2および3について上述したように、悪性および非悪性の乳腺細胞を多孔質の基板上で培養した。細孔の大きさの変化は、細胞の形態に影響を与えたようには見えなかった(データ示さず)。
【0076】
上述のように、乳腺細胞を培養するための基板および方法の実施の形態が開示される。当業者は、本明細書に記載される細胞培養物品、多孔質の基板、キットおよび方法が、開示した実施の形態以外の実施の形態を用いて実施することもできることを、認識するであろう。開示した実施の形態は、例証の目的で提示されており、限定するものではない。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳腺上皮細胞を培養する方法であって、
複数の細孔と、前記細孔と連通する複数の隙間とを有する多孔質の基板を提供し、
前記基板内または上に乳腺上皮細胞を播種し、
前記播種した細胞を細胞培地と接触させる、
各工程を有してなり、
前記細孔および隙間が、75マイクロメートル〜1000マイクロメートルの平均粒径を有する、細孔形成剤粒子によって作られた空隙から形成され、
前記基板が、30°より大きい接触角を有し、
前記基板が、未知の組成物の成分を含まない、
ことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記細孔および隙間が、200マイクロメートル〜250マイクロメートルの平均粒径を有する細孔形成剤粒子によって生じた空隙から形成され、
前記基板が80°〜130°の接触角を有する
ことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記乳腺上皮細胞が、非悪性の乳腺上皮細胞を含み、前記方法が、
前記細胞が細孔または隙間に腺房構造を形成するのに十分な時間、前記細胞を前記基板内または上で培養する工程をさらに有してなることを特徴とする請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
前記乳腺上皮細胞が、悪性の乳腺上皮細胞を含み、前記方法が、
前記悪性の乳腺上皮細胞が、そのインビボ様特徴を発現させるのに十分な時間、前記悪性の乳腺上皮細胞を前記基板内または上で培養し、
前記悪性の乳腺上皮細胞が悪性の乳腺上皮細胞のインビボ様特徴を発現させるのに十分な時間の前または後に、前記培養した細胞を、薬剤と接触させ、
前記細胞と前記薬剤との接触により前記細胞が腺房構造を形成する結果を生じるか否かを決定する、
各工程をさらに有してなることを特徴とする請求項3記載の方法。
【請求項1】
乳腺上皮細胞を培養する方法であって、
複数の細孔と、前記細孔と連通する複数の隙間とを有する多孔質の基板を提供し、
前記基板内または上に乳腺上皮細胞を播種し、
前記播種した細胞を細胞培地と接触させる、
各工程を有してなり、
前記細孔および隙間が、75マイクロメートル〜1000マイクロメートルの平均粒径を有する、細孔形成剤粒子によって作られた空隙から形成され、
前記基板が、30°より大きい接触角を有し、
前記基板が、未知の組成物の成分を含まない、
ことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記細孔および隙間が、200マイクロメートル〜250マイクロメートルの平均粒径を有する細孔形成剤粒子によって生じた空隙から形成され、
前記基板が80°〜130°の接触角を有する
ことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記乳腺上皮細胞が、非悪性の乳腺上皮細胞を含み、前記方法が、
前記細胞が細孔または隙間に腺房構造を形成するのに十分な時間、前記細胞を前記基板内または上で培養する工程をさらに有してなることを特徴とする請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
前記乳腺上皮細胞が、悪性の乳腺上皮細胞を含み、前記方法が、
前記悪性の乳腺上皮細胞が、そのインビボ様特徴を発現させるのに十分な時間、前記悪性の乳腺上皮細胞を前記基板内または上で培養し、
前記悪性の乳腺上皮細胞が悪性の乳腺上皮細胞のインビボ様特徴を発現させるのに十分な時間の前または後に、前記培養した細胞を、薬剤と接触させ、
前記細胞と前記薬剤との接触により前記細胞が腺房構造を形成する結果を生じるか否かを決定する、
各工程をさらに有してなることを特徴とする請求項3記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8A】
【図8B】
【図9】
【図10】
【図11A】
【図11B】
【図11C】
【図12A】
【図12B】
【図12C】
【図13A】
【図13B】
【図13C】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8A】
【図8B】
【図9】
【図10】
【図11A】
【図11B】
【図11C】
【図12A】
【図12B】
【図12C】
【図13A】
【図13B】
【図13C】
【公表番号】特表2012−509671(P2012−509671A)
【公表日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−537696(P2011−537696)
【出願日】平成21年11月24日(2009.11.24)
【国際出願番号】PCT/US2009/065612
【国際公開番号】WO2010/060066
【国際公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【出願人】(397068274)コーニング インコーポレイテッド (1,222)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年11月24日(2009.11.24)
【国際出願番号】PCT/US2009/065612
【国際公開番号】WO2010/060066
【国際公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【出願人】(397068274)コーニング インコーポレイテッド (1,222)
【Fターム(参考)】
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