説明

乳酸の製造方法

【課題】本発明の目的はグリセロールから、乳酸菌を用いて効率よく乳酸を製造する方法を提供することである。
【解決手段】酢酸及び/又はその塩とグリセロールとを含む培地中で、グリセロールを資化して乳酸を生成する乳酸菌を培養することによって、基質であるグリセロールの消費量よりも多い乳酸を効率よくかつ簡便に生産することが可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリセロールを用いた新規な乳酸製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今の化石資源の高騰により、我が国では、石油や天然ガスに依存しない新規エネルギーの開発が急務と認識されている。原子力発電などいくつかの技術はすでに代替エネルギーであることは間違いないが、バイオマスを用いてディーゼルやアルコールなどの燃料を生産する技術やプラスチックなどの機能性物質を生産する技術も注目度が高い。化石資源や原子力の原料となるウランを自国で採取することができない日本においては、バイオマス資源の有効利用技術の方がエネルギーの安定供給戦略にとってより現実的であるからである。
【0003】
現在、バイオマスとして食用あるいは非食用の植物バイオマスが利用されている。しかしながら、我が国は植物バイオマスを安価で多量に供給できるほど農業の基盤が強いとはいえず、エネルギー自給に足る植物バイオマスの供給は容易でない。そこで、バイオディーゼル燃料や高分子有機体(ポリマー樹脂)などの合成の過程で生じるグリセロールが注目を集めている。グリセロールは化粧品や薬品などに利用されることはあるが、大部分は廃棄されている。この廃棄されるグリセロールから有用物質生産が可能となれば、バイオディーゼル燃料生産と組合せることで、より採算性の高いバイオマス技術として実用化されるはずである。
【0004】
一方、乳酸は、食品添加物や薬剤として使われるだけでなく、それらを重合することによりプラスチック(ポリ乳酸)を作ることができる。ポリ乳酸は他のプラスチックとは異なり生分解が可能で環境にやさしいプラスチックである。よって、現在廃棄されているグリセロールから乳酸が生成できれば、バイオディーゼル廃液などを有効に活用することができるようになる。
【0005】
これまでにも、微生物を用いてグリセロールから乳酸を製造する方法が報告されており、例えば、ノカルディオイデス属およびプロテウス属といった細菌群を用いてグリセロールから乳酸を製造する方法がある(特許文献1)。しかしながら、従来の方法では、消費するグリセロールよりも生成される乳酸量の方が少なく非効率であるという問題があった。よって、微生物を用いてグリセロールからより効率よくかつ簡便に乳酸を生成する方法が望まれていた。
【0006】
また、乳酸菌のLactobacillus pentosus等がグリセロールを炭素源として生育し、乳酸を生成することは当業者に公知であるが、そのメカニズムは未だ不明な点が多く、Lactobacillus pentosus等を用いてグリセロールから乳酸を生成する技術は産業的に利用できるレベルにまでは達していなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−50251号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、グリセロールから、乳酸菌を用いて効率よく乳酸を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行ったところ、酢酸及び/又はその塩とグリセロールとを含む培地中で、グリセロールを資化して乳酸を生成する乳酸菌を培養することによって、効率よく乳酸を製造できることを見出した。本発明は、かかる知見に
基づいて更に検討を重ねることによって完成したものである。
【0010】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の乳酸製造方法等を提供する。
項1.酢酸及び/又はその塩とグリセロールとを含む培地中で、グリセロールを資化して乳酸を生成する乳酸菌を培養することを特徴とする、乳酸の製造方法。
項2.前記乳酸菌がラクトバチルス属に属する、項1に記載の製造方法。
項3.前記乳酸菌がLactobacillus pentosusである、項1に記載の製造方法。
項4.培地中に、グリセロール100重量部に対して、酢酸が5重量部以上の割合で含まれる、項1〜3のいずれか1つに記載の製造方法。
項5.培養が嫌気条件下で行われる、項1〜4のいずれか1つに記載の製造方法。
項6.培地中のグリセロール濃度が0.1〜200g/Lである、項1〜5のいずれか1つに記載の製造方法。
項7.さらに、培養物から乳酸を回収する工程を含む、項1〜6のいずれか1つに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、グリセロールを利用して効率よくかつ簡便に乳酸を製造する方法を提供できる。グリセロールの多くはバイオディーゼル廃液などの産業廃棄物として扱われているため、その有効利用ができるということは産業的にも環境的にも社会貢献になる。
【0012】
また、本発明の乳酸製造方法によれば、基質であるグリセロールの消費量よりも多い量の乳酸を生産することができるため、本発明は非常に有用である。本発明によって安価に得られる乳酸は薬剤や食品添加物として使われるだけでなく、生分解性プラスチック(ポ
リ乳酸)の原料になるため、その有用性は高く、特に、ポリ乳酸は原油を原料としないプ
ラスチック合成技術として非常に価値がある。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例1における、グリセロール・酢酸消費量、乳酸生産量、培養液の濁度及びpHの経時的変化を示すグラフである。図中、◆:グリセロール(g/L)、○:酢酸(g/L)、●:乳酸(g/L)、▲:pH、△:O.D.(562nm)。
【図2】実施例2におけるpHの経時的変化を示すグラフである。図中、●:pH制御、▲:pH非制御。
【図3】実施例3における、グリセロール・酢酸消費量、乳酸生産量、培養液の濁度及びpHの経時的変化を示すグラフである。a:CH3COONa・3H2O 0g/L、b:CH3COONa・3H2O 2g/L(コントロール)、c:CH3COONa・3H2O 5g/L、d:CH3COONa・3H2O 10g/L。図中、◆:グリセロール(g/L)、○:酢酸(g/L)、●:乳酸(g/L)、■:エタノール(g/L)、▲:pH、△:O.D. (562nm)。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の乳酸の製造方法は、酢酸及び/又はその塩とグリセロールとを含む培地中で、グリセロールを資化して乳酸を生成する乳酸菌を培養することを特徴とするものである。
【0015】
本発明において使用するグリセロールは、精製されたグリセロールを用いてもよいし、本発明で使用する乳酸菌の生育に悪影響を及ぼさない限り、グリセロール以外の成分を含有するグリセロール含有組成物(例えば、グリセロール廃液など)であってもよい。また、本発明に用いるグリセロールおよびグリセロール含有組成物としては、その由来は特に制限されないが、廃棄物の有効利用という観点からは、各種産業廃棄物や家庭廃棄物となったグリセロールを好適に使用できる。例えば、バイオディーゼル廃液由来のグリセロールまたはポリマー樹脂などの高分子有機体合成過程で生じるグリセロールなどが例として挙げられる。
【0016】
ここで、培地中のグリセロールの濃度としては、使用するグリセロールの種類や量、使用する乳酸菌の種類、培養方法等に応じて、適宜設定することができる。一例として、グリセロールが総量で培地中に通常0.1〜200g/L、好ましくは1〜100g/L、より好ましくは5〜30g/Lとなる範囲を挙げることができる。
【0017】
本発明において用いられる酢酸及び/又はその塩の形態は、本発明で使用する乳酸菌の生育に悪影響を及ぼさない限り、特に制限されない。培地中のpHへの影響という観点からは、酢酸塩をより好ましく使用する。酢酸塩としては、例えばカリウム塩、ナトリウム塩等のアルカリ金属塩の他、アンモニウム塩等を例示できる。酢酸及び/又はその塩としては、通常入手されるもののいずれでもよく、その具体例としては、例えば酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸カルシウム、酢酸リチウム、酢酸アルミニウム、酢酸バリウム、酢酸アンモニウム、酢酸マグネシウム、酢酸マンガンなどを例示することができる。なお、酢酸又はその塩は、水和物の形態で使用することもできる。
【0018】
ここで、培地中の酢酸及び/又はその塩の濃度は、使用する酢酸の種類、使用するグリセロールの量、使用する乳酸菌の種類、培養方法等に応じて、適宜設定される。例えば、用いる酢酸が酢酸ナトリウムなどの酢酸塩の場合であれば、酢酸塩中の酢酸相当量として、総量で培地中に通常2〜40g/L、好ましくは、2〜20g/L、より好ましくは10〜20g/Lとなる範囲を挙げることができる。また、培地中のグリセロールに対する酢酸の割合としては、グリセロールを100重量部とした場合、例えば酢酸が総量で5〜50重量部、好ましくは13〜26重量部を挙げることができる。酢酸が5重量部より著しく少ないと、乳酸の生成が十分に行われない傾向が現れ、又50重量部よりも著しく多くても乳酸の生成量にさほど影響がない。
【0019】
本発明において用いられる乳酸菌は、グリセロールを資化して乳酸を生成する乳酸菌であれば特に制限されない。グリセロールを資化して乳酸を生成する乳酸菌として公知の乳酸菌を使用してもよいし、新たにスクリーニングなどによって得られるグリセロール資化能を有する乳酸菌を使用してもよい。グリセロール資化能を有する乳酸菌のスクリーニング方法としては、例えば、乳酸菌を、グリセロールを含む培地中で培用後、培養後の培地のグリセロール濃度が培養前に比べて低下しているか否かを判定し、低下していた場合において用いていた乳酸菌を、グリセロール資化能を有する乳酸菌として選択する方法が挙げられる。かかる乳酸菌として、例えば、ラクトバチルス属(Lactobacillus)、カルノバクテリウム属(Carnobacterium)、ペディオコックス属(Pediococcus)、テトラゲノコックス属(Tetragenococcus)、ストレプトコックス属(Streptococcus)、ラクトコックス属(Lactococcus)、エンテロコックス属(Enterococcus)、ロイコノストック(Leuconostoc)属等に属する乳酸菌を例示することができる。ラクトバチルス属としては、例えば、Lactobacillus pentosus, Lactobacillus delbrueckii subsp delbrueckii, Lactobacillus gasseri, Lactobacillus acidophilus, Lactobacillus rhamnosus, Lactobacillus sakei subsp Sakei, Lactobacillus coryniformissubsp coryniformis等が挙げられる。ペディオコックス属としては、例えば、Pediococcus damnosus, Pediococcus Pentosaseus等が挙げられる。テトラゲノコックス属としては、例えば、Tetragenococcus halophilus等が挙げられる。ストレプトコックス属としては、例えば、Streptococcus salvarius subsp Thermophilus等が挙げられる。ラクトコックス属としては、例えば、Lactococcus lactis subsp lactis等が挙げられる。エンテロコックス属としては、例えば、Enterococcus faecalis等が挙げられる。ロイコノストック属としては、例えば、Leuconostoc mesenteroides等が挙げられる。好ましく用いられるのは、ホモ乳酸菌である。特に好ましく用いられるのはラクトバチルス属、エンテロコックス属、及びラクトコックス属に属する乳酸菌である。さらに特に好ましく用いられるのは、ラクトバチルス属に属する乳酸菌である。ラクトバチルス属に属する乳酸機の中でも好ましく用いられるのは、Lactobacillus pentosus(ラクトバチルス・ペントーサス)であり、Lactobacillus pentosusとしては、Lactobacillus pentosus JCM 1558T株等が挙げ
られる。
【0020】
本発明には、前記乳酸菌の中から1種を選択し、それを単独で使用してもよく、又これらの菌の中から2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0021】
本発明において用いられる培地は、酢酸及び/又はその塩、並びにグリセロールを含む限り、前記乳酸菌の生育が可能であることを限度として特に制限されない。前記乳酸菌が生育可能な培地としては、従来から用いられているカビ、放線菌、酵母、細菌用培地等を使用できる。好ましくは、乳酸の大量生産の観点から液体培養が好ましい。例えば、後述の実施例で示すようなGYP(Glucose-Yeast extract-Peptone)培地、MRS(DE MAN, ROGOSA, SHARPE)培地、またはM17培地(Merck、Darmstadt, Germany)、CM(Complete Medium)培地、CMG(Complete Medium with Glucose)培地などが挙げられる。
【0022】
さらに、例えば、酵母エキス、ポリペプトン、肉エキス等の窒素源、グルコース、シュクロース等の炭素源、リン酸塩、炭酸塩、硫酸塩等の無機塩、Mg及びMn等の微量金属、ビタミン類等の前記乳酸菌の生育に必要な栄養成分を混合した培地を使用することもできる。但し、炭素源としてグリセロール以外は含まなくてもよい。
【0023】
本発明における前記乳酸菌の培養は、簡便には、酢酸及び/又はその塩、グリセロールを前記培地に添加し、該培地の水分含量及びpHを適宜調整して、必要に応じて滅菌・殺菌処理を行った後、該培地に前記乳酸菌を植菌、培養することにより行うことができる。
【0024】
さらに、使用する乳酸菌の酢酸及び/又はその塩並びにグリセロールの消費量によっては、培養の中期または後期において、酢酸及び/又はその塩あるいはグリセロールを追加で適宜添加してもよい。この場合、培地中の酢酸及び/又はその塩並びにグリセロールがそれぞれ前述の範囲になるように添加する。
【0025】
前記乳酸菌を植菌する前記混合物のpHとしては、前記乳酸菌が生育可能である限り特に制限されないが、一例として4.0〜7.0、好ましくは5.5〜6.5となる範囲を挙げることができる。
【0026】
培養条件については、使用する乳酸菌によって異なり、一律に規定することはできないが、例えば、培養温度としては20〜45℃、好ましくは30〜42℃、更に好ましくは35〜40℃を挙げることができる。又、培養時間については、特に制限されないが、通常12〜120時間、好ましくは24〜48時間を挙げることができる。なお、培養については、溶存酸素濃度、pH、栄養成分、水分含量等を適宜制御しながら、必要に応じて、回分、流加、還流、連続等の培養を行うこともできる。
【0027】
好気的条件で培養を行ってもよいが、嫌気的条件下で培養を行った方が、乳酸の生産性が高く、好ましい。ここで嫌気的条件とは、例えば、炭酸ガスまたは不活性ガス(窒素など)を通気するか、酸素吸収・炭酸ガス発生剤の存在下か、あるいは無通気の状態などをいう。
【0028】
本発明の製造方法は、さらに、培養物から乳酸を回収する工程を含む。前記のようにして得られた培養物中には、乳酸が生成しているので、濾過、遠心分離、フィルタープレス等の公知の分離手段を用いて、該培養物から菌及び固形分を除去し、更に公知・慣用の乳酸回収手段を用いて濃縮又は精製等を行うことによって乳酸を回収することができる。また、培養物中に残存するグリセロールについては、回収して、再度同様の処理を行うことにより、乳酸の原料として再使用することもできる。
【0029】
本発明の製造方法によって得られる乳酸は、薬剤や食品添加物として使用され得る。さらに、生分解性プラスチック(ポリ乳酸)の原料としても使用できる。
【実施例】
【0030】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0031】
実施例1 グリセロール資化性の検討
まず、Lactobacillus pentosusがグリセロールを資化して乳酸を生成しているかどうかを検討した。標準株としてLactobacillus pentosus JCM 1558Tを用いた。
【0032】
1.使用菌株
・Lactobacillus pentosus JCM 1558T
【0033】
2.培地組成
前培養には、以下の組成のGYP(グルコース)培地を使用した。
GYP培地組成:
グルコース 20g/L
酵母エキス(Difco Lab.USA) 10g/L
Bacto peptone 5.0g/L
CH3COONa・3H20 2.0g/L
Tween 80 (5 mg/mL) 10mL/L
Salts solution 5.0mL/L
Salts solutionの組成は以下の通りである。
Salts solution:
MgSO4・7H2O 40mg/mL
MnSO4・4H2O 2.0mg/mL
FeSO4・7H2O 2.0mg/mL
NaCl 2.0mg/mL
本培養には、GYP培地からグルコースを除き、グリセロールを20g/L加えた培地GYP (Glycerol)を用いた。上記の培地成分を脱イオン水で溶解し、1M HCl水溶液、あるいは1M NaOH
水溶液でpHを6.5に調整後、115℃で15分間オートクレーブ滅菌を行った。pHの調整はpH
メーター(pH MeterM-8;堀場製作所、京都)を用いた。
【0034】
3.培養方法
前培養としてGYP (グルコース)培地にGYP (グルコース)培地を使用して調製した菌体ストック液を10%(V/V)で接種し、酸素吸収・炭酸ガス発生剤(三菱ガス化学(株))を用いて嫌気条件下30℃で24時間培養した。その後、前培養液の洗菌を行って10%(V/V)の割合で菌体を本培養液であるGYP(グリセロール)培地に接種し、酸素吸収・炭酸ガス発生剤を用いて、嫌気条件下30℃で回分培養を行った。培養中においてpH制御は行わなかった。
【0035】
4.濁度(菌体濃度)の測定、および基質、生産物濃度の分析
562nmにおける培養液の濁度(O.D.562)を分光光度計(V-530、JUSCO、東京)により測定した。基質や生産物濃度の測定は、サンプルを遠心分離(4℃、15,000rpm、10分間)して得られた上清を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で分析した。
【0036】
5.結果および考察
48時間培養後のグリセロール・酢酸消費量、乳酸生産量、最大生産性の値を表1に示し、グリセロール(◆)・酢酸消費量(○)、乳酸生産量(●)、培養液の濁度(△)及びpH(▲)の経時的変化を図1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
48時間後の各成分の分析結果から、注目すべき点は、グリセロールの消費量よりも乳酸の生産量のほうが多かったことである。この事実により、グリセロールを資化して乳酸を生成する乳酸菌は、グリセロールを資化する際に他の炭素源を補因子として要求する可能性が考えられた。そこで、この培地中に含まれていた有機酸である酢酸の濃度を測定した。
【0039】
その結果、酢酸の濃度が減少していた(表1)。しかも、酢酸の濃度がほぼ0になった時点から乳酸の生産が停止状態となった(図1)。
【0040】
これらの実験結果から、グリセロールを資化して乳酸を生成する乳酸菌は、酢酸を資化できるのではないかという可能性が考えられるが、それを結論づけるためにはいくつかの実験が必要である。まずは、乳酸の生成にしたがって培地中のpHが低下したことによって、乳酸生成阻害が起きた可能性を排除しなければならない。したがって、次の実施例2では、培地のpHを制御して乳酸発酵の特性の解析を行った。次に、酢酸の資化が重要ならば酢酸が含まれていない培地で乳酸の生産性が低下し、酢酸を十分に加えた培地では乳酸生産能が上昇するはずである。そこで、グリセロール濃度を固定した条件下で酢酸の濃度のみを変えた培地を用意して、これらの培地中での乳酸生産能を実施例3及び実施例4で検討することにした。
【0041】
実施例2 糠床から分離された菌のpH制御培養
上記実施例1でLactobacillus pentosusがグリセロールを資化する際に、酢酸を要求する可能性が示唆されたが、乳酸生産阻害は酢酸の枯渇によるものではなく、単に培地のpHが低下したことによる可能性も考えられた。そこで、培地のpHを制御して、pHの変化が乳酸の生産能に影響を与えるかどうかを検討した。
【0042】
1. 実験方法
発酵菌としてLactobacillus pentosus JCM1558を用いた。1000 mL容ガラスジャーファーメンターに本培養培地540 mLを張り込み、前培養液を60 mL を接種した。接種後、嫌気条件下、30℃で撹拌速度約100 rpmで回分培養を行った。pH電極(Broadley-James、米国)により培養液のpHを測定し、pHコントローラー(PHC-2201、Able(株)、東京)により3M KOH 水溶液を自動添加し、培養液のpHを5.5に制御した。装置として、Biott製培養装置(BMZ-01NP2)を使用した。使用培地、分析方法は、実施例1と同じである。
【0043】
2. 実験結果及び考察
乳酸生産におけるpHの効果を調べるためにpH制御と非制御との結果を比較した。表2には培養48時間後の各成分の濃度の解析結果を、 図2にはpHの経時変化(●:制御, ▲:非制御)をそれぞれ示した。pH制御、非制御共にpH5.7より培養開始した。pH非制御の場合、48時間後にはpH4.5まで低下したが、グリセリン消費量及び乳酸消費量共にpH5.5に制御した場合との差異は認められなかった。以上の結果より、 少なくともpH4.5付近までのpHによる乳酸生産性低下は無いと言え、酢酸塩枯渇による乳酸生産の停止を支持する結果となった。
【0044】
【表2】

【0045】
実施例3 培養液中の酢酸の影響の検討
上記の実施例1および実施例2の結果から、Lactobacillus pentosusはグリセロールを資化する際に酢酸を要求する可能性が考えられた。そこで、本実験では酢酸の濃度を0か
ら2(control)、5、10 g/L の範囲で培地を作成し、その効果について検証した。
【0046】
1. 実験方法
Lactobacillus pentosusJCM1558Tを用いて発酵を行った。実施例1と同様の培養条件で操作を行った。実施例1と異なる点は、本培養培地の酢酸ナトリウム3水和物の濃度をO、2(control)、5、10 g/L となるように調整したことである。また基質をグリセロールもしくはグルコース濃度20 g/L で培養を行った。
【0047】
2. 実験結果および考察
<グリセロールを基質として用いた場合>
表3は培養48時間後の各成分の濃度を解析した結果である。また、図3には、グリセロール消費量(◆)、酢酸消費量(○)、乳酸生産量(●)、エタノール生産量(■)、培養液の濁度(△)、pH(▲)の経時変化を解析した結果を示した。その結果、酢酸ナトリウム濃度が増加するにつれ、グリセロール消費量と乳酸生産量が増加した。このことから、酢酸ナトリウムがグリセロール資化を促進することが明らかになった。
【0048】
【表3】

【0049】
実施例4 種々の乳酸菌のグリセロール資化性に対する酢酸の影響
Lactobacillus pentosus以外のラクトバチルス属菌、及びラクトバチルス属菌以外の乳酸菌においても、酢酸がグリセロールの資化を促進するのかどうかを検討した。
【0050】
1. 使用菌株
・ラクトバチルス属菌:Lactobacillus pentosus(JCM1558, JCM8333〜8340), Lactobacillus delbrueckii subsp delbrueckii(JCM1012), Lactobacillus acidophilus(JCM1132)
・ラクトコックス属菌:Lactococcus lactis subsp lactis(JCM5805)
・エンテロコックス属菌:Enterococcus faecalis(JCM5803)
【0051】
2. 培地組成
前培養にはMRSブイヨン(関東化学)を使用した。本培養には改変GYP(glycerol)培地、又は酢酸塩を添加しない改変GYP(glycerol)培地を使用した。
改変GYP(glycerol)培地組成:
グリセロール 20 g/L
酵母エキス(Difco) 10 g/L
Bacto peptone (Difco) 5 g/L
CH3COONH4 20 g/L or 0 g/L
MnSO4・4H2O 0.3 g/L
MgSO4・7H2O 0.6 g/L
NaCl 1 g/L (E. faecalisの場合は5 g/L)
pH 6.5に調整後、121℃、20分間オートクレーブ滅菌した。
【0052】
3. 培養方法
前培養として、MRSブイヨンにMRSブイヨンを使用して調製した菌体ストック液を10%(v/v)で接種し、酸素吸収・炭酸ガス発生剤(三菱ガス化学(株))を用いて嫌気条件下、30℃で24時間培養した。その後、前培養液の洗菌を行って10%(v/v)の割合で菌体を本培養液である改変GYP(glycerol)培地に接種し、酸素吸収・炭酸ガス発生剤(三菱ガス化学(株))を用いて嫌気条件下、30℃又は37℃で72時間回分培養した。培養中において、pH制御はしなかった。
【0053】
4. 実験結果および考察
表4に本実施例の結果を示す。本結果より、実施例1〜3で使用したLactobacillus pentosus JCM1558T以外のLactobacillus pentosus(Lactobacillus pentosus JCM8333〜8340)についても、酢酸塩の添加により乳酸生産能の向上が認められた。また、Lactobacillus pentosus以外のラクトバチルス属菌(Lactobacillus delbrueckii subsp delbrueckii, 及びLactobacillus acidophilus(JCM1132))についても、同様の結果が得られた。さらに、ラクトバチルス属菌以外の乳酸菌(ラクトコックス属菌、及びエンテロコックス属菌)についても、同様の結果が得られた。
【0054】
以上より、種々の乳酸菌において、酢酸がグリセロールの資化を促進することが明らかになった。
【0055】
【表4】

【0056】
総括
本実施例においては、ラクトバチルス属、ラクトコックス属(Lactococcus)、又はエンテロコックス属に属する乳酸菌株を用いてグリセロールから乳酸を効率的に生産する方法を検討した。その結果、これらの菌株は酢酸を消費しているので、グリセロールと酢酸の両方を使って乳酸を生産していることがわかった。注目すべき点は、Lactobacillus pentosus JCM1558Tを始めとする一部の菌株は基質であるグリセロールの消費量よりも多い量の乳酸を生産することが明らかになった点である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酢酸及び/又はその塩とグリセロールとを含む培地中で、グリセロールを資化して乳酸を生成する乳酸菌を培養することを特徴とする、乳酸の製造方法。
【請求項2】
前記乳酸菌がホモ乳酸菌である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記乳酸菌がラクトバチルス属に属する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
前記乳酸菌がLactobacillus pentosusである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
培地中に、グリセロール100重量部に対して、酢酸が5重量部以上の割合で含まれる、請求項1〜4のいずれか1つに記載の製造方法。
【請求項6】
培養が嫌気条件下で行われる、請求項1〜5のいずれか1つに記載の製造方法。
【請求項7】
培地中のグリセロール濃度が0.1〜200g/Lである、請求項1〜6のいずれか1つに記載の製造方法。
【請求項8】
さらに、培養物から乳酸を回収する工程を含む、請求項1〜7のいずれか1つに記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−103879(P2011−103879A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−237931(P2010−237931)
【出願日】平成22年10月22日(2010.10.22)
【出願人】(000191250)新日本理化株式会社 (90)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】