説明

乳酸菌およびこれを用いる製麹方法

【課題】特に製麹工程でBacillus属菌数の低減化が可能な乳酸菌を提供する。
【解決手段】本発明は、ラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)FERMP−21074の乳酸菌、ロイコノストック・シトレウム(Leuconostoc citreum)FERMP−21075の乳酸菌、またはウィッセラ・チバリア(Weissella cibaria)FERMP−21076の乳酸菌である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸菌およびこれを用いる製麹方法に関する。
【背景技術】
【0002】
味噌等の醸造食品の製造に用いられる麹は、通常、連続通風した環境下で、米等の固体培地に種麹を接種し、培養することで製造される(特開平8−228764号公報)。
【0003】
【特許文献1】特開平8−228764号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、味噌の雑菌の中で、混入防止対策が最も困難な細菌類はBacillus(バチルス)属である。Bacillus属は有胞子桿菌に分類され、土壌など自然界に普遍的に存在していることから、ほとんどの食品がこの菌の混入する機会に晒されている。しかもBacillus属は生育環境が悪化すると耐熱性の芽胞を形成することがあり、それ故Bacillus属の混入は加熱処理した食品でも変敗、腐敗のリスクを排除できず、食品を保蔵する上で耐熱性芽胞対策が最重要課題となっている。
【0005】
味噌はそのままの状態では、高濃度食塩(12%前後)、弱酸性(pH5.0付近)、0.75前後の中間的水分活性(Aw)の環境下にあることから、Bacillus属が混入しても栄養細胞型では、増殖することなくやがて菌体膨隆、伸張など変形を来たして死滅後自己消化を起こす。また、芽胞細胞型においては増殖が阻止されたままで終始する。しかし、味噌が、各種ソースなどの味噌加工品の加工素材として用いられる場合は、低食塩、高水分の環境になる機会が多いため、Bacillus属の耐熱性芽胞の存在により味噌加工品の変敗、腐敗を招来するおそれがある。
【0006】
ところで、味噌製造工程でのBacillus属の主たる汚染源は麹である。従来Bacillus属の混入防止については、製造設備機器の徹底した洗浄と、工場内の清掃区域並びに非清掃区域との隔離等の対策を講じてきたが十分とは言い難かった。
そこで本発明は、上記課題を解決すべくなされたものであり、その目的とするところは、特に製麹工程でBacillus属菌数の低減化が可能な乳酸菌およびこれを用いた製麹方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は次の乳酸菌に係る。
すなわち、ラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)FERMP−21074の乳酸菌。
ロイコノストック・シトレウム(Leuconostoc citreum)FERMP−21075の乳酸菌。
ウィッセラ・チバリア(Weissella cibaria)FERMP−21076の乳酸菌。
バチルス属(Genus Bacillus)の菌に対する抗菌性を有するラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)の乳酸菌。
バチルス属(Genus Bacillus)の菌に対する抗菌性を有するロイコノストック・シトレウム(Leuconostoc citreum)の乳酸菌。
バチルス属(Genus Bacillus)の菌に対する抗菌性を有するウィッセラ・チバリア(Weissella cibaria)の乳酸菌。
Bacillus cereus菌に対しても有効な抗菌性を有する。
上記の乳酸菌を固体培地に麹菌と共に接種して培養することによって、Bacillus属を低減した麹を製造することができる。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る乳酸菌は、特に製麹過程においてBacillus属の低減化が図れ、この麹を利用した味噌等の醸造品、さらにはこの醸造品を用いた加工食品の変敗、腐敗を防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下本発明の好適な実施の形態を添付図面に基づき詳細に説明する。
本発明では、製麹工程でのBacillus属菌数の低減化を目的に、製麹時に抗菌性乳酸菌を利用するにあたっては、製麹環境に適応し、蒸米上で増殖旺盛な乳酸菌であることが望ましいと考え、抗菌性乳酸菌の分離源を使用目的の生育環境に近い米麹に求めた。実際には、長野県内の数箇所の味噌工場から収集した米麹を分離源とし、分離した乳酸菌について、Bacillus属に対する抗菌性の検索を行い、またその利用について検討した。
【0010】
1.試験方法
1)米麹中からの乳酸菌の分離
長野県内の味噌工場から収集した米麹を分離源とし、BCP加プレートカウント寒天培地にカビサイジン(100mg力価/l)とアジ化ナトリウム(100PPM)を加えた分離培地を用い、重層法にて30℃、3日間培養後のBCPが変色したコロニーを乳酸菌として分離した。分離した乳酸菌は、純粋分離を繰り返した後、Difco Lactobacilli MRS Broth(以下MRS)に寒天を1.5wt%加えた高層培地で保存し、以後の試験に用いた。
【0011】
2)抗菌性試験
米麹中より分離した乳酸菌の抗菌性試験は、一般抗菌薬感受性試験法に準じた方法によるカップ(円筒)法を用い(図1)、味噌から分離のコロニーの形状および色が異なるBacillus属5株(A〜E)を指示菌とし、カップ周辺のBacillus属の生育阻止円の有無で判定した。すなわち、標準寒天平板培地(グルコース1%添加)を30℃で2時間表面乾燥させ、それに味噌から分離したBacillus族の培養液(普通ブイヨン培地で培養)を0.1〜0.2ml塗沫後、直ちに殺菌済みのプラスチックカップ(直径1cm、高さ1cm)を差し込み、そのカップ内に、米麹より分離の乳酸菌をMRS培地で30℃、72時間培養後遠心分離して、pH6.8前後に調整した上澄液を0.1〜0.2ml添加し、30℃、72時間後のカップ周辺のクリアゾーンを観察した。
【0012】
3)分類、同定試験
抗菌性が認められた乳酸菌と思われる菌株を、生理的手法と分子生物学的手法によって同定試験を行った。
イ.生理的諸性質
乳酸菌実験マニュアルに従って、グラム染色、カタラーゼ反応、形態観察、生育温度、耐塩性等を調べた。炭素源の資化性試験はAPI 50 CH(日本ビオメリュー社製)を用いて行った。
ロ.16SrRNAの塩基配列の解析
16SrRNA遺伝子の塩基配列解析および相同性検索を常法により行った。
【0013】
4)抗菌性乳酸菌接種による製麹
イ.フラスコでの製麹
蒸米100gを500mlの三角フラスコに入れ、120℃、5分間殺菌後、麹汁斜面培地で純粋培養した麹菌胞子の懸濁液を約10(cfu/g)と、Bacillus cereus JCM2152T(普通ブイヨン培地で培養)を約10(cfu/g)とを接種し、乳酸菌接種区分ではさらに抗菌性を示したNo.7、No.8、No.12株の培養液(MRS培地)を約10(cfu/g)を接種し、また対照区では分離株で抗菌性を示さなかった菌株の中からNo.11(未同定)を選び、同様に接種した。それを30℃の恒温室で43時間製麹を行った。
ロ.小型通風製麹機での製麹
蒸米10Kgに常法通り種麹菌を種付けし、味噌から分離したBacillus D株の培養液を約10(cfu/g)接種(噴霧)した対照区と、さらにそこへ乳酸菌No.12の培養液を約10(cfu/g)噴霧した試験区を設け、小型通風製麹機を用い43時間製麹を行った。
【0014】
5)乳酸菌およびBacillus属の生菌数の測定
乳酸菌の生菌数の測定は、1)の分離培地と同じ培地を用い、重層法にて30℃、3日間培養後のBCPが変色したコロニー乳酸菌として測定した。
Bacillus属の生菌数は、標準寒天培地にカビサイジン(100mg力価/l)を加えた培地を用いて常法どおり行った。
6)麹のプロテアーゼ活性と乳酸量の測定
麹のプロテアーゼ活性は蔭山変法で、乳酸量はBarker,Summerson法で行った。
【0015】
2.実施結果
1)抗菌性乳酸菌の分離株と同定
製麹工程においてBacillus属などの汚染防止に対して、抗菌性乳酸菌を利用する場合は、その乳酸菌が製麹初期において、蒸米上で旺盛に増殖することが必須条件となる。そこで抗菌性乳酸菌の分離源を使用目的の生育環境に近い米麹中に求め、分離およびBacillus属に対する抗菌性菌の検索を行った(前記カップ法)。
その結果、表1および図1にみられるように分離株No.7、8、12が、味噌より分離のBacillus属5株に対して抗菌性を示した。図1において、No.12と表記したカップは、分離株No.12を接種した株であり、カップ内およびその周辺にクリアゾーンが見られ、Bacillus属を低減し、Bacillus属に対する抗菌性を有していることがわかる。なお、図1におけるカップCには、分離株で抗菌性を示さなかった菌株を接種した対照区であり、クリアゾーンを示さず、Bacillus属に対する抗菌性を示していない。また、同様のカップ法によって、No.7、およびNo.8の菌株の抗菌性も確認された。
【0016】
表1

【0017】
抗菌性物質生産性を有する乳酸菌として取得したこの3株について、16SrRNAの塩基配列解析後、相同性検索を行った。その結果、No.7は、Leuconostoc citreum ATCC49370と相同値が99.5%、No.8は、Weissella cibaria LMG17699と相同値が99.7%、No.12は、Lactobacillus fermentum YB5と相同値が99.6%であった。これらの乳酸菌は独立行政法人 産業技術研究所 特許生物寄託センターに寄託してあり、受託番号は、No.7が、FERM P-21075、No.8が、FERM P-21076、No.12が、FERM P-21074である。
【0018】
次に確認のため炭素源の資化性等の表現形質を基準株と比較した結果を表2に示した。
表2

【0019】
基準株は、No.7に対し、Leuconostoc citreum JCM9698Tを、No.8に対し、Weissella cibaria JCM12495T を、No.12に対しては、Lactobacillus fermentum JCM1173T を各々用いた。No.7は、基準株と比べGalactoseを資化し、Amygdalineの資化は極微弱であった。その他の炭素源の資化性は基準株と一致した。No.8は、全ての炭素源の資化性が基準株と一致していた。No.12については、今回用いた基準株と比べ、L-Arabinose、D-Xylose、D-Mannose、Trehalose、5-keto-gluconateを資化した。しかし、これらの炭素源の資化は、API 50 CHL Mediumプロトコルの陽性率表にあるLactobacillus fermentum種が示す陽性比率(L-Arabinose 31%、D-Xylose 50%、D-Mannose 50%、Trehalose 16%、5-keto-gluconate 1%)の各々の範囲内にあり、菌株内のバリエーションと考えられた。このNo.12は中でもまれに5-keto-gluconateを資化していた。
また、No.7、No.8、No.12はいずれもグラム染色において陽性を示し、カタラーゼ試験では陰性を示した。
【0020】
また、分離株の耐塩性と生育温度範囲を調べたところ、No.7、8が食塩7.5wt%まで生育でき中程度の耐塩性菌と考えられ、No.12は5wt%までの生育であり耐塩性はほとんど認められなかった。生育温度は、No.7が15〜35℃、No.8は15〜40℃の範囲であったが、No.12は20〜50℃の比較的高温度域でも生育し、製麹時の蒸米の冷却温度が高めでも対応可能な菌と思われる。
以上、分離株の16SrRNA遺伝子シーケンスの解析と表現形質から、No.7は、Leuconostoc citreum (以下Leu. Citreum L7)、No.8は、Weissella cibaria (以下W. cibaria L8)、No.12は、Lactobacillus fermentum(以下Lb. fermentum L12)とそれぞれ同定された。
【0021】
2)フラスコ製麹での抗菌性乳酸菌によるBacillus cereusの抑制効果
味噌より分離したBacillus5株に対して、抗菌性が認められた乳酸菌Leu. Citreum L7(No.7)、W. cibaria L8(No.8)、Lb. fermentum L12(No.12)各々について、製麹中でのBacillus cereus JCM2152T(以下B.cereus)に対する抗菌作用を、製麹時に他の菌の影響がないフラスコ製麹で検討した。
【0022】
その結果を図2に示した。製麹時に10(cfu/g)レベル接種した4株の乳酸菌区分は、何れも19時間後には10〜10(cfu/g)に達した。麹菌とB.cereusのみ接種の対照区は、製麹中のB.cereus菌数が接種菌数に近い10(cfu/g)前後の高いレベルを維持したままであった。また、No.11の抗菌性を有しない乳酸菌を接種した区分もB.cereus菌数は対照区と同様に高いレベルを維持していた。それに対し、Leu. Citreum L7、W. cibaria L8、Lb. fermentum L12の抗菌性乳酸菌を接種した区分は明らかにB.cereusの増殖を抑制した。中でもW. cibaria L8、Lb. fermentum L12接種区分にそれが顕著で、両者とも製麹19時間後にはB.cereusは検出されなかった。Leu. Citreum L7接種区分は、B.cereus 菌数が初発より1/1000程度の減少があった。
このフラスコ製麹実施結果により比較的高温でも生育可能なことが明らかとなったLb. fermentum L12を用いて通風製麹を行った。
【0023】
3)小型通風製麹機でのLb. fermentum L12によるBacillusの抑制効果
通常の製麹条件に近い小型通風製麹機を用い、蒸米10Kgを製麹してLb. fermentum L12接種によるBacillus属の抑制効果を検討した。
その製麹経過を図3(a)〜(d)に示した。製麹時にLb. fermentum L12を10(cfu/g)レベル接種した区分の生酸菌数(乳酸菌)は、19時間後には10(cfu/g)レベルに達していた(図3(a))。対照区は乳酸菌を接種していないが、製麹作業工程から混入した乳酸菌と思われる生酸菌が10(cfu/g)程度まで増殖がみられたものの、Bacillusの菌数は、接種菌数に近い10(cfu/g)付近のままであった。これに対し、Lb. fermentum L12を接種した区分は、19時間後にBacillusの菌数が数個以内(10倍希釈)に激減していた。今回のLb. fermentum L12の接種菌数が10(cfu/g)レベルであったので、この接種菌数を10(cfu/g)レベルに増加させれば、さらにBacillus属の抑制効果が期待できる。
【0024】
なお、そのときの米麹のプロテアーゼ活性は、Lb. fermentum L12を接種した区分の方がむしろ高めであり、この接種した乳酸菌による麹菌への生育阻害は認められなかった(図3(b))。このように抗菌性乳酸菌を接種した米麹が、プロテアーゼ活性が若干高い傾向にあるが、これはBacillus属の麹菌の生育阻害を、抗菌性乳酸菌によって抑えたためと考えられる。
また、製麹中の乳酸量は、Lb. fermentum L12接種区分でも最大値が15mg/100g程度で対照区と大差なく、抗菌作用が期待できるほどのものではなかった。したがって、製麹中のpHの推移も両者間に大きな相違はみられなかった(図3(c)、(d))。
【0025】
図4は、Lb. fermentum L12を接種した通風製麹中における抗菌作用の様子を経時的にみたものである。製麹中に麹を手入れ作業ごとにサンプリングし、B.cereus JCM2152Tを指示菌として、麹の抗菌性を調べたところ19時間目の麹には明らかな阻止円が認められた。しかし27時間目以降の麹にはそれがみられなかった。乳酸菌が生産する抗菌性物質に乳酸などの有機酸、過酸化水素、ジアセチルおよび低分子のタンパク質性の物質(バクテリオシン)などが知られている。このことと、製麹中のプロテアーゼ活性が27時間目前後に急伸していることを考え合わせると、Lb. fermentum L12から生産されたタンパク質性の抗菌物質が、麹のプロテアーゼによって分解を受けたためではないかと思われる。
しかしながら、製麹過程における細菌の増殖は、引き込み後、比較的初期の18時間付近で最高菌数に達し、以後製麹後半のAw(水分活性)の低下により細菌の増殖は停止に向かうことから、製麹前半にLb. fermentum L12の抗菌性が作用していれば、Bacillus属の増殖の抑制が十分可能と考えられる。
【0026】
なお、本発明に係る乳酸菌は、製麹のみでなく、他の用途にも利用できることはもちろんである。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】味噌から分離したBacillus5株に対する乳酸菌No.12の抗菌性試験(カップ法)の結果を示す写真である。
【図2】フラスコ製麹での乳酸菌によるBacillus cereus JCM2152 の抑制効果を示すグラフである。
【図3】小型通風製麹での乳酸菌No.12によるBacillus属抑制効果を示すグラフである。
【図4】製麹中における乳酸菌No.12のBacillus cereus JCM2152に対する抗菌性試験の結果を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)FERMP−21074の乳酸菌。
【請求項2】
ロイコノストック・シトレウム(Leuconostoc citreum)FERMP−21075の乳酸菌。
【請求項3】
ウィッセラ・チバリア(Weissella cibaria)FERMP−21076の乳酸菌。
【請求項4】
バチルス属(Genus Bacillus)の菌に対する抗菌性を有するラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)の乳酸菌。
【請求項5】
バチルス属(Genus Bacillus)の菌に対する抗菌性を有するロイコノストック・シトレウム(Leuconostoc citreum)の乳酸菌。
【請求項6】
バチルス属(Genus Bacillus)の菌に対する抗菌性を有するウィッセラ・チバリア(Weissella cibaria)の乳酸菌。
【請求項7】
バチルス属(Genus Bacillus)の菌がセレウス菌(Bacillus cereus)である請求項4〜6のうちのいずれか1項記載の乳酸菌。
【請求項8】
請求項1〜6のうちのいずれか1項記載の乳酸菌を固体培地に麹菌と共に接種して培養を行うことを特徴とする製麹方法。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−187955(P2008−187955A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−25798(P2007−25798)
【出願日】平成19年2月5日(2007.2.5)
【出願人】(394002648)長野県味噌工業協同組合連合会 (1)
【Fターム(参考)】