説明

乳酸菌を用いたコーヒー生豆の処理方法

【課題】微生物による発酵処理を実施する際、雑菌による汚染を防止して、コーヒー飲料に新たに良質な香味を付与することのできるコーヒー生豆の処理方法を提供すること。
【解決手段】資化成分と微生物との接触に基づく発酵処理を行うと共に、その発酵処理により生じる発酵成分をコーヒー生豆に付与させる発酵工程を包含するコーヒー生豆の処理方法であって、前記発酵工程において、前記微生物として、少なくとも乳酸菌を含む2種類以上の微生物を共存させて発酵処理するコーヒー生豆の処理方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、資化成分と微生物との接触に基づく発酵処理を行うと共に、その発酵処理により生じる発酵成分をコーヒー生豆に付与させる発酵工程を包含するコーヒー生豆の処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コーヒー飲料の製造工程を簡単に説明すると、まず、コーヒー果実(コーヒーノキと呼ばれるアカネ科の植物の果実)からその外皮及び果肉部分を取り除いて、コーヒー生豆を得る(精製工程)。得られたそのコーヒー生豆について焙煎処理(ロースト)を施すことによりコーヒー焙煎豆が得られる(焙煎工程)。尚、コーヒー特有の味覚や香りの素となる成分(以下、コーヒー香味成分と称する)はこの焙煎工程において生成される。あとはそのコーヒー焙煎豆を粉砕し、熱湯等によりコーヒー香味成分を抽出した抽出液をコーヒー飲料として提供する。
現在、コーヒー飲料は、嗜好飲料としてその需要が増大するなかで、コーヒー飲料に対する消費者の嗜好もまた多様化しており、コーヒー香味についての様々な改善が求められている。
そうした消費者のニーズに対応すべく、コーヒー香味を改善する方法の一つとして、コーヒー生豆と、微生物(酵母など)と、及びその微生物により資化される資化成分とを接触させて発酵処理を実施した後、微生物の発酵により産生されたアルコール類やエステル類等を吸収したコーヒー生豆を分離回収して焙煎し、その焙煎豆を原料としてコーヒー飲料を製造する方法がある(特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】国際公開番号WO2005/029969A1
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述した特許文献1に開示される方法においては、発酵処理後のコーヒー生豆に、アルコール類やエステル類等に起因する醸造香といった独特の香りが付与され得る。さらに、そのコーヒー生豆の焙煎豆から得られるコーヒー飲料については、前述の醸造香に加えてボディー感(コクや飲み応え、風味の膨らみを示す)が増しており、新たな良質の香味を有するコーヒー飲料を製造することができる。
しかしながら、この方法においては、微生物による発酵処理を実施する際、コーヒー果実の棲み付き菌等による雑菌汚染が問題となる場合が生じていた。特に酢酸産生能を有する雑菌(例えば、酢酸菌等)により汚染された場合、コーヒー生豆が雑菌によって産生された酢酸を吸収してしまい、その焙煎豆から得られるコーヒー飲料の官能品質を著しく低下させる虞がある。
【0005】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであって、微生物による発酵処理を実施する際、雑菌による汚染を防止して、コーヒー飲料に新たに良質な香味を付与することのできるコーヒー生豆の処理方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1特徴構成は、資化成分と微生物との接触に基づく発酵処理を行うと共に、その発酵処理により生じる発酵成分をコーヒー生豆に付与させる発酵工程を包含するコーヒー生豆の処理方法であって、前記発酵工程において、前記微生物として、少なくとも乳酸菌を含む2種類以上の微生物を共存させて発酵処理するコーヒー生豆の処理方法である点にある。
【0007】
〔作用及び効果〕
コーヒー生豆(種子)は、コーヒー果実の最も内側に存在しており、発芽に備えて吸水する性質がある。また、酵母等に代表されるある種の微生物は、有機化合物(資化成分)を分解(発酵)してアルコール類、有機酸類、エステル類等(以下、発酵成分と称する)を産生し得ることが知られている。
従って、例えば、コーヒー生豆と資化成分との存在下においてある種の微生物による発酵を行うと、産生された発酵成分は、水分と共にコーヒー生豆に吸収され得る(即ち、発酵成分がコーヒー生豆に付与される)。その結果、このようにして得られたコーヒー生豆を焙煎することにより、焙煎工程にて生成される従来のコーヒー香味成分に加えて、発酵により産生された発酵成分に由来する新たな香味成分を含むコーヒー焙煎豆を得ることが可能であり、そのコーヒー焙煎豆から抽出されたコーヒー飲料には新たな良質の香味が付与され得る。
【0008】
また、本発明の特徴として、発酵工程において、前記微生物として、少なくとも乳酸菌を含む2種類以上の微生物を共存させて発酵処理させるので、乳酸菌による乳酸発酵が同時に進むこととなり、産生された乳酸により発酵液のpHが低下することによって発酵液が酸性化し、雑菌汚染を防止することが可能になる。またさらに、乳酸菌は、株によってはバクテリオシン(例えば、食品保存剤として広く使用されているナイシン(nisin)等)と呼ばれる広い抗菌スペクトルを持つ種々の抗菌活性物質を産生し得るので、産生されたバクテリオシンによって、より効果的に雑菌汚染を防止することが可能となる。
また例えば、乳酸菌以外の微生物(酵母等)によるアルコール発酵が進むと、糖がアルコールと二酸化炭素に転化されるので、発酵液内は著しい嫌気(酸欠)状態となり得る。そのため、乳酸菌や酵母等の通性嫌気性細菌は生存することが可能であるが、酢酸菌などの絶対好気性細菌にとっては生存が困難な環境となるので、酢酸菌による汚染を防止することも可能となる。
【0009】
本発明の第2特徴構成は、前記コーヒー生豆が、コーヒー果実から単離された状態、又はコーヒー果実内に存在する状態の少なくとも何れか一方にある点にある。
〔作用及び効果〕
後述する実施例1及び2に記載されているように、コーヒー生豆が精製処理を受ける等してコーヒー果実から単離された状態で存在しているときに前記発酵工程をおこなうと、例えば、資化成分として他種の果実や果汁を用いたり、資化成分と発酵処理用微生物とコーヒー生豆とを接触させる際の順序を適宜変更したりする等、他種の設定を選択できる。或いは、実施例3及び4に記載されているように、前記コーヒー生豆がコーヒー果実内に存在する状態で存在しているときに前記発酵工程を行うと、資化成分となるコーヒー果肉と、コーヒー生豆とが近接した状態で微生物による発酵がおこる。従って、発酵によって生じたアルコール類やエステル類などの発酵成分が前記生豆に移行しやすくなる。
【0010】
本発明の第3特徴構成は、前記乳酸菌が、ホモ型乳酸菌である点にある。
〔作用及び効果〕
乳酸菌は、その発酵様式から、乳酸のみを最終産物として産生するホモ型乳酸菌(例えば、ラクトバシラス属(Lactobacillus)、ペディオコッカス属(Pediococcus)、オエノコッカス属(Oenococcus)等)と、アルコールや酢酸など乳酸以外のものを同時に産生するヘテロ型乳酸菌(例えば、ビフィドバクテリウム属(Bifidobacterium)、リューコノストック属(Leuconostoc)等)に分類される。
本発明において、ホモ型乳酸菌を使用した場合、発酵液中にコーヒー飲料の官能品質を著しく低下させる虞がある酢酸などが同時に産生されることがないので、より品質の高いコーヒー生豆を得ることができる。
【0011】
本発明の第4特徴構成は、前記乳酸菌と共存させる微生物が、酵母又は不完全菌類である点にある。
〔作用及び効果〕
これらの微生物は、入手も容易で、尚且つ培養や保存等に関しても一般的な方法で対応することができるので扱い易い。
【0012】
本発明の第5特徴構成は、前記酵母がワイン発酵用酵母である点にある。
〔作用及び効果〕
ワイン発酵用酵母を使用した場合、醸造香といった特徴ある香味をコーヒー生豆に付与することが可能であり、そのコーヒー生豆を原料として用いることにより、焙煎工程にて生成される従来のコーヒー香味に加えて、フルーティーな醸造香を有し、且つボディ感のある味わいを与えるコーヒー飲料を得ることができる。
【0013】
本発明の第6特徴構成は、前記不完全菌類がゲオトリクム(Geotrichum)属に属する不完全菌類である点にある。
〔作用及び効果〕
ゲオトリクム(Geotrichum)属に属する不完全菌類として、例えば、ゲオトリクム キャンディダム(Geotrichum candidum)、ゲオトリクム レクタングラタム(Geotrichum rectangulatum)、又はゲオトリクム クレバニ(Geotrichum klebahnii)を使用して発酵処理させた場合、いずれの微生物を使用しても、新たな香味成分(発酵成分)をコーヒー生豆に付与することが可能である。特に上記微生物を使用して得られたコーヒー生豆を原料として用いることにより、焙煎工程にて生成される従来のコーヒー香味とバランスのとれた(アルコール臭の抑えられた)華やかでリッチなエステリー香を有し、且つボディ感のある味わいを与えるコーヒー飲料を得ることができる。
【0014】
本発明の第7特徴構成は、前記ゲオトリクム(Geotrichum)属に属する不完全菌類が、ゲオトリクム スピーシーズ(Geotrichum sp.)SAM2421(国際寄託番号FERM BP−10300)もしくはその変異体、又はそれらの形質転換体である点にある。
〔作用及び効果〕
ゲオトリクム スピーシーズ(Geotrichum sp.)SAM2421(国際寄託番号FERM BP−10300)(以下、SAM2421と称する)は、本発明者らによってコーヒー果実から分離された新規微生物である。この微生物は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に、2005年3月22日付で受託された。SAM2421を使用することによって、コーヒー生豆に新たな香味成分(発酵成分)が付与されて、より華やかでリッチなエステリー香を有し、且つボディ感のある味わいを与えるコーヒー飲料を得ることができる。尚、本発明においては、SAM2421もしくはその変異体、又はそれらの形質転換体を適宜使用することが可能である。例えば、変異体としては、自然突然変異によるものや人為的に突然変異を誘発(放射線や突然変異物質による処理)したもの、また形質転換体としては、SAM2421若しくはその変異体に、外来の遺伝子を導入したものなどから、より発酵能の優れた(あるいは、取扱いが容易である等の特徴を持つ)株を分離して使用することが可能である。
【0015】
本発明の第8特徴構成は、前記資化成分が、果汁又はコーヒー果肉である点にある。
〔作用及び効果〕
資化成分として果汁を用いる場合は、例えば、ぶどう果汁、桃果汁、りんご果汁などを適用することができる。また、コーヒー果肉(糖分やその他の栄養分を含む部分)は、コーヒー果実からコーヒー生豆を得るための精製工程で得られる副産物であり、通常は破棄されるものであるが、本発明において資化成分として有効利用することが可能であるため、外来の資化成分を用意する必要がなく、原料コストが増大する虞もない。
【0016】
本発明の第9特徴構成は、発酵液1mL中に存在する前記乳酸菌数が105cells以上である点にある。
〔作用及び効果〕
発酵液1mL中に存在する前記乳酸菌数が105cells以上、より好ましくは106cells以上になるような条件下において、発酵処理を実施すれば、より確実に雑菌汚染を防止することができる。
【0017】
本発明の第10特徴構成は、請求項1〜9のいずれか1項に記載される処理方法により得られたコーヒー生豆である点にある。
〔作用及び効果〕
コーヒー飲料に新たな良質の香味を付与し得る発酵成分を含むコーヒー生豆を得ることができる。
【0018】
本発明の第11特徴構成は、請求項10に記載されるコーヒー生豆を焙煎処理したコーヒー焙煎豆である点にある。
〔作用及び効果〕
焙煎工程にて生成される従来のコーヒー香味成分に加えて、発酵により産生された発酵成分に由来する新たな香味成分を含むコーヒー焙煎豆を得ることができる。
【0019】
本発明の第12特徴構成は、請求項11に記載されるコーヒー焙煎豆を原料として用いて得られたコーヒー飲料である点にある。
〔作用及び効果〕
従来のコーヒー香味に加えて、発酵により産生された発酵成分に由来する新たな良質の香味を有するコーヒー飲料を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に本発明の実施の形態について説明する。
〔実施形態〕
(コーヒー果実)
コーヒー果実とはコーヒーノキの果実を意味し、その構造を概していえば、コーヒー生豆(種子)、果肉(糖分やその他の栄養分を含む部分)及び外皮からなるものである。より詳細には、最も内側にコーヒー生豆(種子)が存在し、その周りが順に、銀皮(シルバースキン)、内果皮(パーチメント)、果肉、外皮で覆われている。品種としては、アラビカ種、ロブスタ種、リベリカ種などが適用可能であり、また、産地についても、ブラジル産、エチオピア産、ベトナム産、グアテマラ産などが適用可能であるが、特に限定されるものではない。尚、本実施形態で使用し得るコーヒー果実には、未乾燥及び乾燥状態のものがあり、コーヒー生豆を1とした場合の重量比は、それぞれ1粒あたり、「コーヒー果実(未乾燥):乾燥コーヒー果実:コーヒー生豆=6:4:1」である。
【0021】
(コーヒー生豆)
本発明におけるコーヒー生豆とは、コーヒー果実内に種子として存在する状態で存在するものであっても良いし、あるいはコーヒー果実から下記の精製工程を経て単離された状態で存在するものであっても良い。
尚、コーヒー果実からコーヒー生豆を単離するための精製工程には、非水洗式と水洗式の二種類が知られている。
非水洗式とは、コーヒー果実を収穫後、そのまま乾燥させたものを脱穀して外皮、果肉、内果皮、銀皮等を除去し、コーヒー生豆を得る方法である。
水洗式とは、コーヒー果実を収穫後、水槽に沈めて不純物を除去し、果肉除去機で外皮及び果肉を除去してから、水中に沈めて粘着物を溶かして除去し、さらに、水洗した後に乾燥させたものを脱穀して内果皮、銀皮を除去してコーヒー生豆を得る方法である。
非水洗式の精製工程は操作が容易であるが、主に気候が乾燥している地域で適用される。一方、水洗式の精製工程は、主に多雨の地域で適用される。尚、1粒のコーヒー果実からコーヒー生豆は1粒或いは2粒採取される。
【0022】
(資化成分)
本発明における資化成分とは、例えば、果肉、果汁、糖類、穀物類、培地などが挙げられるが、好ましくは果汁又はコーヒー果肉である。但し、本発明でいうコーヒー果肉とは、便宜的に、コーヒー果実(未乾燥又は乾燥状態を問わない)において、そのコーヒー生豆と外皮以外の全ての部分を意味する。
コーヒー果肉は、精製工程を経ていないコーヒー果実の状態のもの(必要に応じて、ナイフ等で表面に傷を付けて、果肉を一部露出させても良い)を使用しても良く、あるいは、精製工程にてコーヒー生豆と分離されたときに得られる果肉の状態で使用することも可能である。また、コーヒー果肉は、未乾燥のものであってもよいし、乾燥させたものであってもよい。尚、コーヒー果肉に限らず、必要に応じて、ぶどう果肉、サクランボ果肉、桃果肉などの他の果肉を使用することも可能であり、コーヒー果肉を含めたこれらの果肉を単独か、あるいは任意に組み合わせて使用しても良い。
上述した果肉以外の資化成分としては、果汁(例えば、ぶどう、桃、リンゴ等)、糖類(例えば、サトウキビや甘藷等の植物からとれる単糖、二糖、多糖等)、穀物類(例えば、麦芽を糖化させた麦汁など)、培地等が挙げられるが、微生物が資化可能な成分であれば特に限定されず、果肉を含めたこれらの資化成分を単独か、あるいは任意に組み合わせて使用しても良い。
【0023】
(コーヒー果肉の露出方法)
コーヒー果実をそのまま用いて、中のコーヒー果肉を資化成分として使用する場合には、発酵速度を増加させるために、コーヒー果実表面の少なくとも一部にコーヒー果肉を露出させる方法が好適である。
コーヒー果肉を露出させる方法としては、収穫したコーヒー果実に鋭利な刃物等で傷を付けても良いし、脱穀装置等を用いて外皮に切れ目が入るようにコーヒー果実に圧力をかけるようにしても良いが、このとき中のコーヒー生豆にまで傷をつけないようにする。また、皮むき機等を使用して、コーヒー果実の外皮のみを剥いて果肉を露出するようにしても良い。尚、コーヒー果実を収穫する際、偶然に傷がついてその果肉の少なくとも一部が露出してしまったものについては、特に上述の果肉の露出操作を行う必要はない。また、精製工程にてコーヒー生豆と分離されたときに得られるコーヒー果肉を使用する場合にも、特に上述の果肉の露出操作を行う必要はなく、別途コーヒー生豆を加えて発酵を行う。
【0024】
(微生物)
1.乳酸菌
本発明に適用可能な乳酸菌としては、乳酸のみを最終産物として産生するホモ型乳酸菌(例えば、ラクトバシラス属(Lactobacillus)、ペディオコッカス属(Pediococcus)、オエノコッカス属(Oenococcus)等)が好ましい。尚、乳酸菌の添加量としては、発酵液(微生物と資化成分とを共存させて、微生物による発酵を実施し得る液体であって、例えば、水等が挙げられる)1mL中に存在する乳酸菌数が105cells以上、より好ましくは106cells以上となるような添加量であることが好ましい。
【0025】
2.乳酸菌以外の微生物
本発明に適用可能な上記乳酸菌以外の微生物としては、少なくとも、上記乳酸菌の共存下において、上記資化成分を資化(発酵)して、コーヒー焙煎豆やコーヒー飲料に付与される香味成分の元となる発酵成分を産生することが可能である微生物であれば、特に限定されない。
具体的な微生物としては、酵母、不完全菌類などが挙げられる。これらの微生物は、入手が容易であり、取り扱い性の容易さから好適に用いることができる。
尚、乳酸菌以外の微生物の添加量は、香味の添加の効果が得られれば特に限定されないが、培養時間やコストを考え、適宜設定できる。例えば、コーヒー生豆重量あたりでは、酵母の場合では1.0×108cells/g〜1.0×1010cells/gが適当であり、不完全菌類の場合は、1.0mg/g〜10mg/gが適当である。
また、発酵液への添加量としては、酵母の場合には、発酵液1mL中に存在する菌数が106cells以上となるような添加量であることが好ましく、不完全菌類の場合には、発酵液1mL中に存在する菌数が106cells以上となるような添加量であることが好ましい。
【0026】
酵母は、食品としての安全性の面から、食品での使用実績のあるワイン発酵用酵母やビール発酵用酵母といった醸造用酵母を好適に用いることができる。ワイン発酵用酵母としては、例えば、市販の乾燥酵母である、サッカロマイッセス(Saccharomyces)属のセレビシアエ(cerevisiae)種のLalvin L2323株(セティカンパニー社製)(以下、L2323と称する)や、CK S102株(Bio Springer社製)(以下、S102と称する)等、又はサッカロマイッセス(Saccharomyces)属のバイヤヌス(bayanus)種の酵母を用いることができる。通常は、L2323は赤ワイン醸造用、S102はロゼワイン醸造用に用いられる。このように酵母を用いた場合、醸造香といった特徴のある香味を添加することができる。
【0027】
不完全菌類としては、例えば、ゲオトリクム(Geotrichum)属のゲオトリクム キャンディダム(Geotrichum candidum)、ゲオトリクム レクタングラタム(Geotrichum rectangulatum)、及びゲオトリクム クレバニ(Geotrichum klebahnii)等であり、より好ましくは、ゲオトリクム スピーシーズ(Geotrichum sp.)SAM2421(国際寄託番号FERM BP−10300)若しくはその変異体、又はそれらの形質転換体である。
【0028】
ゲオトリクム(Geotrichum)属に属する微生物を単離し得る単離源としては、土壌、植物、空中、繊維、木材、ハウスダスト、飼料、河川、サイレージ、食品、果実、穀類、肥料、工場排水、堆肥、排泄物、消化管などが挙げられるが、好ましくは、果実(コーヒー果実)である。単離方法としては、例えば、コーヒー果実を滅菌水中で攪拌し、その上澄み液を、適当な抗生物質を含有する寒天培地に塗末して培養し、発生したコロニーを単離する等の方法が挙げられるが、適当な菌体保存施設等から直接購入することも可能である。
【0029】
尚、本発明でいう変異体とは、自然突然変異によるもの、もしくは人為的に突然変異を誘発(放射線や突然変異物質による処理等)させることにより得られたものを含み、DNAの塩基配列が野生株(ゲオトリクム スピーシーズ(Geotrichum sp.)SAM2421(国際寄託番号FERM BP−10300))と比べて変化したものをいう。
【0030】
(1)自然突然変異(spontaneous mutation)
微生物が通常の環境下で正常に生育しているときに発生する突然変異を、自然突然変異という。自然突然変異の主な原因は、DNA複製時の誤りと、内在性の突然変異原物質(ヌクレオチドアナログ)であると考えられている(真木,「自然突然変異と修復機構」,細胞工学 Vol.13 No.8, pp.663−672,1994)。
【0031】
(2)人為的な突然変異
2−1.放射線や突然変異原物質(mutagen)による処理
紫外線やX線などの放射線処理、あるいはアルキル化剤のような人工的な突然変異原物質処理によって、DNAに損傷が生じる。その損傷は、DNA複製の過程で突然変異に固定される。
2−2.PCR(polymerase chain reaction )法の利用
PCR法は、試験管内でDNAを増幅するため、細胞内の突然変異抑制機構の一部が欠けており、高頻度に突然変異の誘発が可能である。また、遺伝子シャフリング法(Stemmer,“Rapid evolution of a protein in vi
tro by DNA shuffling”, Nature Vol.370, p
p.389−391, Aug. 1994 )と組み合わせることで、有害突然変異の蓄積を避け、複数の有益突然変異を遺伝子に蓄積することができる。
2−3.ミューテーター(mutator)の利用
ほとんどすべての生物では、突然変異抑制機構によって、自然突然変異の発生率が非常に低いレベルに保たれている。この突然変異抑制機構には、10種類以上の遺伝子が関与した複数の段階が存在する。これらの遺伝子の1つあるいは複数が破壊された個体は、高い頻度で突然変異を発生するので、ミューテーターと呼ばれている。また、これらの遺伝子は、ミューテーター遺伝子と呼ばれている(真木,「自然突然変異と修復機構」,細胞工学 Vol.13 No.8, pp.663−672, 1994; Horst et. al.,“Escherichia coli mutator genes”
, Trends in Microbiology Vol.7 No.1, pp.29−36, Jan. 1999)。
【0032】
また、本発明でいう形質転換体とは、他種の生物の持つ遺伝子(外来遺伝子)を新規微生物(ゲオトリクム スピーシーズ(Geotrichum sp.)SAM2421(国際寄託番号FERM BP−10300))若しくはその変異体に人工的に導入したものを意味する。製法としては、例えば、外来遺伝子を適当な発現ベクター内に組み込み、その発現ベクターを、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法など公知の方法で導入する。
【0033】
尚、微生物が乾燥したものである場合は、それぞれの適した方法にそって覆水を行うことができる。例えば、乾燥酵母を用いる場合、37〜41℃に加温した水に20〜30分懸濁してから用いることができる。
【0034】
(発酵工程)
1.微生物と資化成分との接触方法
本発明における発酵工程において、微生物と資化成分とを接触させる方法としては、例えば、適当な発酵槽を用意し、その発酵槽に、資化成分、上記乳酸菌を含む2種以上の微生物、ならびに適当な発酵液を添加し、発酵液中で微生物と資化成分とを接触させる方法が挙げられる。
尚、資化成分としてコーヒー果肉を使用する場合、ナイフ等で表面に傷を付けてコーヒー果肉を一部露出させたコーヒー果実や、精製工程にてコーヒー生豆と分離されたときに得られるコーヒー果肉を使用すると、果肉が露出した状態にあるので発酵液中に果肉中の糖分等が溶出し易くなっており、微生物による発酵がより促進され得る。
また、発酵工程を実施する際、発酵液中にコーヒー生豆、資化成分、及び微生物が共存し得るようにして発酵工程を行うようにしても良いし、あるいは、初めに資化成分と微生物のみを発酵液中に添加して発酵工程を実施した後、産生された発酵成分を含むその発酵液にコーヒー生豆を添加するようにしても良い。
【0035】
2.発酵条件
微生物の発酵条件については、発酵が実施され得る条件であれば特に限定されず、必要に応じて発酵に適した条件(例えば、使用する微生物の種類やその菌量(初期菌数)、資化成分の種類や量(濃度)、温度、湿度、pH、酸素又は二酸化炭素濃度、発酵時間等)を適宜設定することができる。また他にも例えば、上記の資化成分以外にも、必要に応じてpH調整剤などの添加剤や窒素源や炭素源を補うための市販の栄養培地などを補助的に添加することもできる。
特に本発明における発酵工程においては、雑菌汚染防止のため、雑菌の増殖を抑えるように温度、pH、二酸化炭素濃度等といった条件をそれぞれ単独か、又は適宜任意に組み合わせて制御して発酵させてもよい。例えば、15〜30℃といった低温環境下にて発酵をさせたり、必要に応じてpH調整剤等(クエン酸、リンゴ酸、乳酸等)を添加してより厳しい酸性条件下で発酵を行わせたり、あるいは二酸化炭素濃度(又は酸素濃度)を上げて、より嫌気的(又は好気的)な条件下で発酵を実施するなどしても良い。
また、本発明における発酵工程においては、上記の発酵条件(例えば、使用する微生物の種類やその菌量(初期菌数)、資化成分の種類や量(濃度)、温度、湿度、pH、酸素又は二酸化炭素濃度、発酵時間等)を自動及び/又は手動で制御可能な設備・装置(例えば、恒温槽、タンク、貯蔵庫等)にて発酵工程を行うこともできる。
尚、発酵工程に要する時間は限定されず、添加される香味の質・強さによって、あるいは、微生物や資化成分によって、適宜、選択すればよい。また、資化成分の枯渇を目安に、発酵工程を終了してもよい。
発酵工程を終了するには、微生物を加熱滅菌する処理、コーヒー生豆やコーヒー果実を水洗いして付着している微生物を除去する処理、コーヒー生豆やコーヒー果実を乾燥器や天日干しによって乾燥させる処理、資化成分とコーヒー生豆とを分離させる処理、又はコーヒー生豆の焙煎処理といった処理を単独で実施するか、あるいは任意に組み合わせて実施して終了させることができる。例えば、乾燥器を使用してコーヒー果実を乾燥させる場合、50〜60℃で1〜3日程度乾燥させることにより、発酵工程を終了させることができる。
尚、本発明においては、上述した乳酸菌と、乳酸菌以外の微生物(1種類以上)とをそれぞれ適宜選択し、種々の発酵条件と組み合わせることによって、コーヒー生豆に様々な香味を添加することも可能である。
【0036】
3.発酵工程の一例
ここでは、コーヒー果実を用いて発酵を行う例を説明する。
本発明は、例えば、コーヒー生豆の精製工程(水洗式)中に発酵工程を行うことができる。
水洗式の精製工程では、例えば、コーヒー果実を収穫し、水槽に沈めて不純物を除去する際、その水槽(発酵槽)にさらに微生物を添加して発酵させることができる。
発酵工程を終了したコーヒー果実は、その後、水等で微生物を洗い流して分離してからか、あるいは微生物を付着させたままで、通常の精製工程に沿って果肉が除去され、脱穀されてコーヒー生豆が分離される。
このようにして分離されたコーヒー生豆は、通常の方法で焙煎処理することが可能であり、焙煎度合の異なる種々のコーヒー焙煎豆(ライトロースト〜イタリアンロースト)を得ることができる。
得られたコーヒー焙煎豆は、粉砕して加水し、濾材により濾過抽出することによってレギュラーコーヒーとして飲用に供することができるほか、工業用原料としてインスタントコーヒー、コーヒーエキス、缶コーヒーなどに使用することが可能である。
【実施例】
【0037】
以下、本発明について、実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0038】
(実施例1)マストを用いた例
資化成分としてマスト(ワインの醸造原料液)を用い、乳酸菌の添加の影響を検討した。2000mL容の三角フラスコに、チリ産赤ブドウ濃縮液を水で希釈して、比重1.084(15℃)とした赤マスト(資化成分を含む発酵液)を1000g添加した。
次いで、その赤マストに、微生物として、ゲオトリクム スピーシーズ(Geotrichum sp.)SAM2421(国際寄託番号FERM BP−10300)(以下、SAM2421と称する)を添加し(菌体濃度:赤マスト1mLあたり1×106cells)、さらに乳酸菌として、ワインマロラティック発酵用として用いられているホモ型の市販の乾燥乳酸菌ラクトバシラス プランタラム(Lactobacillus plantarum)(Christian Hansen社製)を定法によって復水して添加して(菌体濃度:赤マスト1mLあたり1×106cells)、試料1を調製した。一方、乳酸菌(ラクトバシラス プランタラム(Lactobacillus plantarum))を添加しないこと以外は試料1と同様の方法で調製したものを比較例1(コントロール)とした。
上記試料1及び比較例1に、300gのコーヒー生豆(ブラジル産サントスNo.2)を添加し、23℃で72時間静置して発酵させた(発酵工程)。72時間後の試料1及び比較例1の各発酵液を観察した結果、試料1では、乳酸菌(ラクトバシラス プランタラム(Lactobacillus plantarum))とSAM2421以外の菌の繁殖は認められず、また、発酵液に良好な香味を呈した。
一方、比較例1では、発酵の終盤で、雑菌と思われる微生物の繁殖が認められ、良好な醸造香のほかに、若干の酸臭が認められた。
【0039】
次に、試料1及び比較例1の各発酵液の上澄み液をサンプリングして成分分析を行った。コーヒー豆の品質に悪影響を与える代表的な雑菌として酢酸産生菌があることから、上澄み液中の酢酸濃度を液体クロマトグラフィーで分析して酢酸産生菌の増殖の有無を判断した(即ち、酢酸産生菌が増殖すると、酢酸産生量が増加して、酢酸濃度が高くなるとものと判断する)。
【0040】
液体クロマトグラフィー分析の装置は、島津製作所のHPLC一式を用いた。カラムとしてはShim−pack SCR−102Hを用い、電気伝導度検出器 CDD−6Aで検出した。カラムオーブンの温度は40℃とし、p−トルエンスルホン酸を含むTrisバッファーで反応と溶出を行った。絶対検量線で定量した。
液体クロマトグラフィーの結果を表1に示す。乳酸菌を添加した試料1では、比較例1よりも酢酸の濃度は低かった。すなわち、発酵液に乳酸菌を添加することによって、雑菌の繁殖を抑えることがわかった。
【0041】
【表1】

【0042】
次に、コーヒー焙煎豆の評価を行った。試料1および比較例1について、発酵後の発酵液からコーヒー生豆を取り出し、水切りしたのち、当量の脱イオン水で洗浄して固形分を除去し、コーヒー生豆約300gを得た。得られたコーヒー生豆のうち100gを家庭用全自動珈琲豆焙煎機(CRPA−100 トータス株式会社)で深煎りボタン操作により焙煎した(焙煎時間は約25分程度)。次いで、コーヒー官能専門のパネラー5名によって、コーヒー焙煎豆の官能評価を行った。
試料1及び比較例1の各コーヒー焙煎豆30gを粉砕せずにそのままの形状で専用の官能グラスに入れ、ガラスの蓋をした。官能時に蓋をずらし、エステリー香、酢酸臭の2種類を評価した。弱い(1点)、やや弱い(2点)、中程度(3点)、やや強い(4点)、強い(5点)の5段階で、0.5点きざみで評価した。5名の評価点の平均値で表した。結果を表2に示す。試料1のコーヒー焙煎豆は、比較例1のコーヒー焙煎豆に比べて、良好な香りを有していた。
【0043】
【表2】

【0044】
上記試料1及び比較例1のコーヒー焙煎豆を用いてコーヒー抽出液を調製した。各コーヒー焙煎豆を細挽きにし、粉砕豆12gに対して熱湯を100g加えて攪拌した。カップテストの定法に従って、浮き上がったコーヒーを取り除き、上澄み液の官能評価を行った。コーヒー専門パネラー5名により実施した。評価項目は、香り(エステリー香、醸造香)及び味(ボディ感、まろやかさ、雑味)の5種類とした。弱い(1点)、やや弱い(2点)、中程度(3点)、やや強い(4点)、強い(5点)の5段階で、0.5点きざみで評価した。5名の評価点の平均値で表した。結果を表3に示す。試料1のコーヒー抽出液は、比較例1のコーヒー抽出液に比べて、香り、味ともに良好なものであった。
【0045】
【表3】

【0046】
(実施例2)乳酸菌の添加量や種類の検討
乳酸菌の添加量や種類が上記試料1と異なる試料2〜5を調製した(尚、その他の条件(資化成分や添加するその他の微生物等)は、上記試料1と同様である)。
試料2は、乳酸菌として、ラクトバシラス プランタラム(Lactobacillus plantarum)(Christian Hansen社製)を添加した(菌体濃度:赤マスト1mLあたり1×108cells(上記試料1の100倍量))。
試料3は、乳酸菌として、ラクトバシラス オエノス(Lactobacillus oenos)(Christian Hansen社製)を添加した(菌体濃度:赤マスト1mLあたり1×106cells)。
試料4は、乳酸菌として、オエノコッカス オエニ(Oenococcus oeni)Viniflora CH35株(Christian Hansen社製)(以下、Viniflora CH35と称する)を添加した(菌体濃度:赤マスト1mLあたり1×106cells)。
試料5は、乳酸菌として、オエノコッカス オエニ(Oenococcus oeni)Lalvin MBR31株(Lallemand社製)(以下、Lalvin MBR31と称する)を添加した(菌体濃度:赤マスト1mLあたり1×106cells)。
尚、上記試料3〜5の乳酸菌(ラクトバシラス オエノス(Lactobacillus oenos)、Viniflora CH35、およびLalvin MBR31)は、いずれもワインマロラティック発酵用として用いられているホモ型の市販品(乾燥乳酸菌)であり、いずれも定法によって復水して添加した。
【0047】
上記試料2〜5について、上記実施例1と同様に、300gのコーヒー生豆(ブラジル産サントスNo.2)をそれぞれ添加し、23℃で72時間静置し発酵させ、上記実施例1の評価方法に準じて、各発酵液中の酢酸濃度を測定した。次いで、各発酵液からコーヒー生豆を取り出し、上記実施例1と同様に焙煎処理を行い、コーヒー焙煎豆を得た。得られたコーヒー焙煎豆を用いてコーヒー抽出液を調製し、その香味の評価を行った。
【0048】
評価結果を、試料1の結果と共に表4に示す。酢酸濃度は乳酸菌の添加量や種類によらず、実施例1の比較例1に比べていずれも低く抑えられた。コーヒー抽出液の香味は、いずれも良い評価であった。また、乳酸菌の種類によって、種類の異なる香りが付与されていた。このように、各種ホモ型乳酸菌を用いることで、香りの調整を行うことができることが判った。
【0049】
【表4】

【0050】
(実施例3) コーヒー果実を用いた例
資化成分としてコーヒー果実を用いて、乳酸菌の添加の影響を検討した。
コーヒー果実(沖縄県産)1000gを5000mL容三角フラスコにとり、1000mLの水(発酵液)を添加した。これに微生物として、SAM2421を添加し(菌体濃度:発酵液1mLあたり1×106cells)、さらに乳酸菌として、ワインマロラティック発酵用として用いられているホモ型の市販の乾燥乳酸菌ラクトバシラス プランタラム(Lactobacillus plantarum)(Christian Hansen社製)を定法によって復水して添加して(菌体濃度:発酵液1mLあたり1×106cells)、試料6を調製した。一方、乳酸菌(ラクトバシラス プランタラム(Lactobacillus plantarum))を添加しないこと以外は試料6と同様の方法で調製したものを比較例2(コントロール)とした。
上記試料6及び比較例2について、23℃で72時間静置して発酵させた(発酵工程)。72時間後の発酵液を観察した結果、試料6では、乳酸菌ラクトバシラス プランタラム(Lactobacillus plantarum)及びSAM2421以外の菌の繁殖は認められず、また、発酵液に良好な香味を呈した。
一方、比較例2では、発酵の終盤で、雑菌と思われる微生物の繁殖が認められ、良好な醸造香のほかに、若干の酸臭が認められた。
【0051】
次に、試料6及び比較例2の各発酵液の上澄み液をサンプリングして成分分析を行った。コーヒー豆の品質に悪影響を与える代表的な雑菌として酢酸産生菌があることから、上澄み液中の酢酸濃度を液体クロマトグラフィーで分析して酢酸産生菌の増殖の有無を判断した(即ち、酢酸産生菌が増殖すると、酢酸産生量が増加して、酢酸濃度が高くなるとものと判断する)。
液体クロマトグラフィー分析の装置は、島津製作所のHPLC一式を用いた。カラムとしてはShim−pack SCR−102Hを用い、電気伝導度検出器 CDD−6Aで検出した。カラムオーブンの温度は40℃とし、p−トルエンスルホン酸を含むTrisバッファーで反応と溶出を行った。絶対検量線で定量した。
【0052】
液体クロマトグラフィーの結果を表5に示す。乳酸菌を添加した試料6では、比較例2よりも酢酸の濃度は低かった。すなわち、発酵液に乳酸菌を添加することによって、雑菌の繁殖を抑え、意図的に添加した微生物の発酵を促進させることがわかった。
【0053】
【表5】

【0054】
次に、コーヒー焙煎豆の評価を行った。試料6及び比較例2について、発酵後のコーヒー果実を発酵液から取り出し、水切りしたのち、55℃の乾燥器で48時間乾燥させた後、パルピングマシーンを用いて果肉や果皮を取り除き、コーヒー生豆約250gを得た。得られたコーヒー生豆のうち100gを家庭用全自動珈琲豆焙煎機(CRPA−100 トータス株式会社)で深煎りボタン操作により焙煎した。焙煎時間は約25分程度であった。
【0055】
次いで、コーヒー官能専門のパネラー5名によって、コーヒー焙煎豆の官能評価を行った。試料6及び比較例2の各コーヒー焙煎豆30gを粉砕せずにそのままの形状で専用の官能グラスに入れ、ガラスの蓋をした。官能時に蓋をずらし、エステリー香、酢酸臭を評価した。弱い(1点)、やや弱い(2点)、中程度(3点)、やや強い(4点)、強い(5点)の5段階で、0.5点きざみで評価した。5名の評価点の平均値で表した。結果を表6に示す。試料6のコーヒー焙煎豆は、比較例2のコーヒー焙煎豆に比べて、良好な香りを有していた。
【0056】
【表6】

【0057】
上記試料6及び比較例2のコーヒー焙煎豆を用いてコーヒー抽出液を調製した。各コーヒー焙煎豆を細挽きにし、粉砕豆12gに対して熱湯を100g加えて攪拌した。カップテストの定法に従って、浮き上がったコーヒーを取り除き、上澄み液の官能評価を行った。コーヒー専門パネラー5名により実施した。評価項目は、香り(エステリー香、醸造香)及び味(ボディ感、まろやかさ、雑味)とした。弱い(1点)、やや弱い(2点)、中程度(3点)、やや強い(4点)、強い(5点)の5段階で、0.5点きざみで評価した。5名の評価点の平均値で表した。結果を表7に示す。試料6のコーヒー抽出液は、比較例2のコーヒー抽出液に比べて、香り、味ともに良好なものであった。
【0058】
【表7】

【0059】
(実施例4)ワイン酵母の例
資化成分としてコーヒー果実を用いて、乳酸菌の添加の影響を検討した。
コーヒー果実(メキシコ産冷凍果実を解凍したもの)1000gを5000mL容三角フラスコにとり、1000mLの水(発酵液)を添加した。これに微生物として、市販の乾燥ワイン酵母であるサッカロマイッセス セレビシアエ(Saccharomyces cerevisiae)Lalvin L2323株(セティカンパニー社製)0.1gを復水して添加した。さらに乳酸菌として、ワインマロラティック発酵用として用いられているホモ型の市販の乾燥乳酸菌ラクトバシラス プランタラム(Lactobacillus plantarum)(Christian Hansen社製)を定法によって復水して添加して(菌体濃度:発酵液1mLあたり1×105cells)、試料7を調製した。一方、乳酸菌(ラクトバシラス プランタラム(Lactobacillus plantarum))を添加しないこと以外は試料7と同様の方法で調製したものを比較例3(コントロール)とした。
上記試料7及び比較例3について、23℃で72時間発酵させた(発酵工程)。72時間後の発酵液を観察した結果、試料7では、乳酸菌ラクトバシラス プランタラム(Lactobacillus plantarum)及びワイン酵母(Lalvin L2323株)以外の菌の繁殖は認められず、また、発酵液に良好な香味を呈した。
一方、比較例3では、発酵の終盤で、雑菌と思われる微生物の繁殖が認められ、良好な醸造香のほかに、若干の酸臭が認められた。
【0060】
次に、試料7及び比較例3の各発酵液の上澄み液をサンプリングして成分分析を行った。コーヒー豆の品質に悪影響を与える代表的な雑菌として酢酸産生菌があることから、上澄み液中の酢酸濃度を液体クロマトグラフィーで分析した酢酸産生菌の増殖の有無を判断した(即ち、酢酸産生菌が増殖すると、酢酸産生量が増加して、酢酸濃度が高くなるとものと判断する)。
液体クロマトグラフィー分析の装置は、島津製作所のHPLC一式を用いた。カラムとしてはShim−pack SCR−102Hを用い、電気伝導度検出器 CDD−6Aで検出した。カラムオーブンの温度は40℃とし、p−トルエンスルホン酸を含むTrisバッファーで反応と溶出を行った。絶対検量線で定量した。
液体クロマトグラフィーの結果を表8に示す。乳酸菌を添加した試料7では、比較例3よりも酢酸の濃度は低かった。すなわち、発酵液に乳酸菌を添加することによって、雑菌の繁殖を抑え、意図的に添加した微生物の発酵を促進させることがわかった。
【0061】
【表8】

【0062】
次に、コーヒー焙煎豆の評価を行った。試料7及び比較例3について、発酵後のコーヒー果実を発酵液から取り出し、水切りしたのち、55℃の乾燥器で48時間乾燥させた後、パルピングマシーンを用いて果肉や果皮を取り除き、コーヒー生豆約250gを得た。得られたコーヒー生豆のうち100gを家庭用全自動珈琲豆焙煎機(CRPA−100 トータス株式会社)で深煎りボタン操作により焙煎した。焙煎時間は約25分程度であった。
次いで、コーヒー官能専門のパネラー5名によって、コーヒー焙煎豆の官能評価を行った。試料7及び比較例3の各コーヒー焙煎豆30gを粉砕せずにそのままの形状で専用の官能グラスに入れ、ガラスの蓋をした。官能時に蓋をずらし、エステリー香、酢酸臭を評価した。弱い(1点)、やや弱い(2点)、中程度(3点)、やや強い(4点)、強い(5点)の5段階で、0.5点きざみで評価した。5名の評価点の平均値で表した。結果を表9に示す。試料7の焙煎豆は比較例3に比べて、良好な香りであった。
【0063】
【表9】

【0064】
上記試料7及び比較例3のコーヒー焙煎豆を用いてコーヒー抽出液を調製した。各コーヒー焙煎豆を細挽きにし、粉砕豆12gに対して熱湯を100g加えて攪拌した。カップテストの定法に従って、浮き上がったコーヒーを取り除き、上澄み液の官能評価を行った。コーヒー専門パネラー5名により実施した。評価項目は、香り(エステリー香、醸造香)及び味(ボディ感、酸味)とした。弱い(1点)、やや弱い(2点)、中程度(3点)、やや強い(4点)、強い(5点)の5段階で、0.5点きざみで評価した。5名の評価点の平均値で表した。結果を表10に示す。試料7のコーヒー抽出液は、比較例3のコーヒー抽出液に比べて、香り、味ともに良好なものであった。
【0065】
【表10】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
資化成分と微生物との接触に基づく発酵処理を行うと共に、その発酵処理により生じる発酵成分をコーヒー生豆に付与させる発酵工程を包含するコーヒー生豆の処理方法であって、
前記発酵工程において、前記微生物として、少なくとも乳酸菌を含む2種類以上の微生物を共存させて発酵処理するコーヒー生豆の処理方法。
【請求項2】
前記コーヒー生豆が、コーヒー果実から単離された状態、又はコーヒー果実内に存在する状態の少なくとも何れか一方にある請求項1に記載のコーヒー生豆の処理方法。
【請求項3】
前記乳酸菌が、ホモ型乳酸菌である請求項1又は2のいずれか1項に記載のコーヒー生豆の処理方法。
【請求項4】
前記乳酸菌と共存させる微生物が、酵母又は不完全菌類である請求項1〜3のいずれか1項に記載のコーヒー生豆の処理方法。
【請求項5】
前記酵母がワイン発酵用酵母である請求項4に記載のコーヒー生豆の処理方法。
【請求項6】
前記不完全菌類がゲオトリクム(Geotrichum)属に属する不完全菌類である請求項4に記載のコーヒー生豆の処理方法。
【請求項7】
前記ゲオトリクム(Geotrichum)属に属する不完全菌類が、ゲオトリクム スピーシーズ(Geotrichum sp.)SAM2421(国際寄託番号FERM BP−10300)もしくはその変異体、又はそれらの形質転換体である請求項6に記載のコーヒー生豆の処理方法。
【請求項8】
前記資化成分が、果汁又はコーヒー果肉である請求項1〜7のいずれか1に記載のコーヒー生豆の処理方法。
【請求項9】
発酵液1mL中に存在する前記乳酸菌数が105cells以上である請求項1〜8のいずれか1項に記載のコーヒー生豆の処理方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載される処理方法により得られたコーヒー生豆。
【請求項11】
請求項10に記載されるコーヒー生豆を焙煎処理したコーヒー焙煎豆。
【請求項12】
請求項11に記載されるコーヒー焙煎豆を原料として用いて得られたコーヒー飲料。

【公開番号】特開2007−140(P2007−140A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−143030(P2006−143030)
【出願日】平成18年5月23日(2006.5.23)
【出願人】(000001904)サントリー株式会社 (319)
【Fターム(参考)】