説明

乾湿式紡糸方法及びその装置

【課題】 乾湿式紡糸において、紡糸速度を高速化して生産性を向上させることができると共に、糸条を構成する単繊維群間に品質バラツキが無く、しかも、単繊維切れの発生を抑制でき安定した性能を有する繊維を得ることができる方法と装置を提供する。
【解決手段】 多数の紡糸孔群が穿設された紡糸口金(1)から紡糸原液(D)を気体中へ紡出した後、引き続いて流管(3)中を流下する凝固液(La)中に前記紡糸原液(D)を導入して凝固させて繊維化し、繊維化した糸条(Y)を引き取る乾湿式紡糸方法において、前記流管(3)の途中から凝固液に含まれる溶剤濃度の異なる凝固液(Lb)を注入し、流管(3)内を流下する凝固液の速度、流量、濃度及び/又は温度を調整することを特徴とする湿式紡糸方法とその装置である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多数の紡糸孔が穿設された紡糸口金より紡糸ドープを一旦空気中に紡出し、紡出した紡糸ドープを凝固液が流下する流管中へ導入して繊維化する乾湿式紡糸方法及びその装置に関する。
【背景技術】
【0002】
高強度と高モジュラスを兼ね備えた全芳香族ポリアミド繊維を紡糸するための従来技術として、従来より多数の紡糸孔が穿設された紡糸口金から全芳香族ポリアミド重合体を含む溶液ドープを一旦空気中に紡出し、紡出した前記ドープ流を凝固液により脱溶媒して凝固させ繊維化することは周知である。なお、本発明において、紡糸口金に穿設された紡糸孔から紡出された紡糸原液から溶剤が抽出されて繊維化されるまでの間の状態を「ドープ」と総称するものとする。
【0003】
しかしながら、静止した凝固液を貯えた凝固浴へドープを導入して凝固させると、ドープの導入速度がある速度以上になると、凝固液から受ける抵抗により、単繊維切れが起こる。このため、ドープの凝固液中への導入速度を上げることができず、それ故に、紡糸速度を低速にせざるを得なかった。それに加えて、紡糸速度を高速にすると、速度上昇に伴い凝固液中での凝固に要する時間を確保するために、浸漬時間(浸漬長)を大きくとる必要が生じ、必然的に装置サイズが大きくなるという問題があった。
【0004】
そこで、紡糸速度を高速化するために、静止した凝固液中へドープを導入するのではなく、走行するドープと共に凝固液を流動させて凝固液から受ける抵抗を減らしつつ、ドープを凝固させて繊維化する流管式紡糸方法とその装置が、例えば特開昭60−52610号公報に提案されている。
【0005】
確かに、この従来技術によれば、流管内を流下する凝固液の流速を上げることによって、紡糸速度を上げることができる。しかしながら、この従来技術では、流管内のドープの速度を流管内を流下する凝固流の流速と一致させることが難しく、単繊維切れを起こしてしまい安定した紡糸を行うことができない。更に、この従来技術では、流管内を流下する凝固液は新たに追加又は置換されない。
【0006】
このため、脱溶媒により凝固させる系においては、流管を通過するに従い凝固液中にドープ由来の溶媒が抽出されるために、凝固液の溶媒濃度が上昇し、品質の安定性が損なわれる。特に、生産性を確保するため糸条を構成する単繊維数を増やした場合に、ドープから凝固液に抽出される溶媒濃度の増加が撚り顕著になる。したがって、前記問題がより深刻となり、単繊維切れの発生がより大きくクローズアップされてくる。
【0007】
そこで、例えば特開昭61−19805号公報に開示された技術では、流管の下流側に流体噴射装置及び気体噴射装置を設けて紡糸する高速度湿式紡糸方法が提案されている。確かに、この装置によると、流体噴射装置によって吹出される流体の推進力を借りて、流管内の流速を上げることができ、且つ噴射装置から濃度の異なる凝固液を供給することができるため、紡出されたドープが凝固して繊維化される過程において凝固液の濃度制御を行うことができる高速紡糸が可能となる。
【0008】
しかしながら、例えば特開昭61−19805号公報に提案されているようなこの種の従来技術では、流管と流体噴射装置との間が自由落下ゾーンとなっているため、ドープ又は糸条が流体噴射装置入った時に急激な流体の速度変化が生じてしまい、凝固過程の途上にある半凝固状態の糸条を構成する単繊維が切れてしまうという問題が生じる。
【0009】
【特許文献1】特開昭60−52610号公報
【特許文献2】特開昭61−19805号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
以上に述べた従来技術が有する諸問題に鑑み、本発明が解決しようとする課題は、多数の紡糸孔が穿設された紡糸口金より紡糸ドープを一旦空気中に紡出し、凝固液中へ紡出したドープを導いて繊維化する乾湿式紡糸において、紡糸速度を高速化して生産性を向上させることができると共に、糸条を構成する単繊維群間に品質バラツキが無く、しかも、単繊維切れの発生を抑制でき安定した性能を有する繊維を得ることができる方法と装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
ここに、上記課題を解決する本発明に係わる湿式紡糸方法として、
(1) 多数の紡糸孔群が穿設された紡糸口金から紡糸原液を気体中へ紡出した後、引き続いて流管中を流下する凝固液中に前記紡糸原液を導入して凝固させて繊維化し、繊維化した糸条を引き取る乾湿式紡糸方法において、前記流管の途中から凝固液に含まれる溶剤濃度の異なる凝固液を注入し、流管内を流下する凝固液の濃度を調整することを特徴とする湿式紡糸方法、
(2) 流管を流下する前記凝固液の温度と異なる温度に維持された凝固液を前記流管の途中から流管内に注入し、流管内を流下する凝固液の温度を調整することを特徴とする (1)記載の湿式紡糸方法、
(3) 前記流管の途中から供給する凝固液の流量によって、凝固液の注入位置まで流下する凝固液の流速及び/又は流量を制御することを特徴とする(1)又は(2)に記載の湿式紡糸方法、そして、
(4) 全芳香族ポリアミド繊維を乾湿式紡糸することを特徴とする請求項1〜3の何れかに記載の湿式紡糸方法が提供される。
【0012】
次に、上記課題を解決する本発明に係わる湿式紡糸装置として、
(5) 凝固液を充填する凝固浴と、前記凝固浴に充填される前記凝固液が形成する液面と一定のエアギャップをおいて設けられた多数の紡糸孔群が穿設された紡糸口金と、前記液面より下方に浸漬させて前記凝固浴中に設けられた前記凝固液が流下する流管と、前記流管の途中から新鮮な凝固液を流管中へ注入する凝固液注入器と、前記流管の下方に設けられた糸条の引取手段とを少なくとも備えた乾湿式紡糸装置、
(6) 流管の途中で注入する前記凝固液の温度を一定に制御する温度制御装置を備えたことを特徴とする(5)に記載の湿式紡糸装置、
(7) 流管内へ凝固液を注入する前記凝固液注入器の液注入部に、前記液注入部に凝固液の注入圧力を均圧化する均圧化部材を設けた(5)又は(6)に記載の湿式紡糸装置、
(8) 流管内へ凝固液を注入する前記凝固液注入器の液注入部に、前記液注入部に凝固液を整流する整流部材を設けた(5)〜(7)の何れかに記載の湿式紡糸装置、そして
(9) 流管内へ凝固液を注入する前記凝固液注入器の液注入部の形状を下流方向に沿って錐状に末広がりとした(5)〜(8)の何れかに記載の湿式紡糸装置が提供される。
【発明の効果】
【0013】
以上説明したように、本発明の乾湿式紡糸方法とその装置によれば、紡糸速度を上げることができ、かつ、流管内の濃度および温度を任意に設定できることにより、流管内でドープを凝固して繊維化することを効率的に行うことができる。このため、得られる糸条は、単繊維切れが少なく、かつ品質のバラツキのない安定したものを得ることができるといる極めて顕著な効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明がその対象とするのは、高強度と高モジュラスを兼ね備えた全芳香族ポリアミド繊維などを製造するために好適な乾湿式紡糸方法とそのための装置である。
【0015】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明に係る乾湿式紡糸装置の一実施形態を模式的に例示した概略構成図であり、図2は図1の要部を拡大して模式的に示した要部拡大断面図である。この図1において、Dは全芳香族ポリアミドからなるポリマーを含むドープ、そして、Yはこのようなドープから溶媒が抽出されて繊維化された糸条をそれぞれ示す。また、1は多数の紡糸孔が穿設された紡糸口金、2は凝固装置、3は流管、そして、4はドープが繊維化された糸条を引き取る回転体をそれぞれ示す。
【0016】
なお、前記凝固装置2は、凝固浴2a、凝固液の供給配管2b、凝固液の排出配管2c、凝固液の回収手段2d及び堰2eを含んで構成され、更に、符号Lは凝固液、そして符号Sは前記凝固液Lによって凝固浴2aに形成された液面をそれぞれ表す。
【0017】
以下、この本発明に係わる乾湿式紡糸装置を用いて、全芳香族ポリアミドからなるポリマーを含むドープDが繊維化されて糸条Yを形成するプロセスの実施形態について詳細に説明する。
【0018】
先ず、本発明では、紡糸原液として「ドープ」を使用するが、この「ドープ」は、例えば次に述べるようにして調整することができる。すなわち、水分率が100ppm以下のN−メチル−2−ピロリドン(以下NMPという)112.9部、パラフェニレンジアミン1.506部、3,4’−ジアミノジフェニルエーテル2.789部を常温下で反応容器に入れ、窒素中で溶解した後、攪拌しながらテレフタル酸クロライド5.658部を添加する。そして、最終的に85℃で60分間反応させ、透明の粘稠なポリマー溶液を得る。次いで、22.5重量%の水酸化カルシウムを含有するNMPスラリー9.174部を添加し、中和反応を行って、必要な「ドープ」を得る。
【0019】
前述のようにして、調整したドープを繊維化するにあたって、先ずギアポンプなどの計量供給手段を使用して、ドープの供給量を連続的に計量しながらスピンブロック(図示せず)へ分配供給し、このスピンブロックに装着された紡糸口金1からドープを紡出する。ただし、前記紡糸口金1は、例えば、外径100mmの円板に孔直径が0.5mmの紡糸孔を1000個穿設したものであって、これら多数の紡糸孔群からドープDを繊維状に紡出するものである。その際、図1に例示したように、凝固液Lが形成する液面Sと紡糸口金1のドープ吐出面との間はエアギャップGが形成されている。
【0020】
なお、前記エアギャップGは、小さ過ぎると紡糸口金1のドープ吐出面に凝固液Lが接触する事態が発生し、紡糸口金1から吐出されたドープが紡糸口金1の直下で凝固を起こし、単繊維切れを生じる。また、大き過ぎると紡糸口金1内の隣接する糸同士が密着を起し、独立した繊維を得ることができない。このような理由から、前記エアギャップGは、例えば、上記紡糸口金1では1mm以上、50mm以下が適している。
【0021】
以上に述べたようにして、紡糸口金1に穿設された多数の紡糸孔群から吐出されたドープDは、一旦空気中に紡出され、ついで、凝固浴2aに充填された凝固液Lへと浸漬され、ついで、流管3へと導かれる。なお、凝固浴2aの内部には紡糸口金1に対応させて流管3が挿入固定されており、この流管3は、凝固液Lが形成する液面Sよりも低い位置に設定されている。
【0022】
このように、流管3の上端は凝固浴2aの液面Sより低い位置に設けられているために、凝固浴2aの液面Sから流管3の上端部までの距離が小さいと、流管3の上方の凝固液流に乱れが生じ、これが液面Sまで伝播して液面Sが乱される。また、反対にこの距離が大きくなると、流管3を設置したことによる凝固液Lの流れの安定化効果が無くなる。したがって、凝固浴2aの液面Sを安定させるためには、液面Sから流管3の上端部までの距離を2mm以上、100mm以下、好ましくは、5mm以上、50mm以下にすることが必要である。
【0023】
次に、本発明の流管3に適した形状について述べると、紡糸口金1から紡出されたドープDを繊維化するための凝固にはある程度の時間が必要であるから、流管3の長さはある程度以上の長さが必要となる。しかし、他方で、流管3の下部の直円筒長が長くなると、流管3の内壁面と走行糸条Yとの間に過大な摩擦抵抗が作用して、糸条Yが強く擦過されて単繊維切れや糸切れを招くので短くしたい。そこで、これら条件を両立させると、流管下部3bの直円筒長Lが100mm以上、5000mm以下とすることが好ましい。
【0024】
また、流管3の内径に関しては、例えば引取手段4による糸条Yの引取速度が10m/min以上、300m/min以下の範囲であれば、糸条Yを構成する単繊維群の数(フィラメント数)として、効率的な生産を考慮すると、10〜5000本が必要とされる。この点を考慮に入れると、糸条の相当直径が1mm以上、20mm以下となることから、これに対応して、流管3の最小内径dは、2mm以上、30mm以下とすることが好ましい。
【0025】
ただし、その最終形状は、紡糸口金1から吐出されるドープDが流管3内へ持ち込む凝固液Laの液量、ドープD自体の流管3への流入量、あるいは繊維化された糸条Yの引取速度などの多様な条件により決定されるため、最終的には、これらの条件に適合するように実験を行って、最適な形状を決定する必要がある。
【0026】
なお、図1では図示を省略したが、凝固浴2a内に必要に応じて整流部材(図示せず)を設置して、供給配管2bから供給された凝固液Lの流れが擾乱されないように安定な流れを形成させながら流管3へ供給することは、本発明においては、好ましい実施態様である。ここで、前記整流部材を例示するならば、多孔板、ハニカム板、織編物などの流体通過性に優れたスクリーンなどを挙げることができ、これらを特に流管3に流入する凝固液の導入部近辺に設けることが望ましい。
【0027】
以上に述べたようにして、凝固浴2aと流管3とに存在する凝固液とドープDとが接触することによって、ドープDに含有される有機溶剤が凝固液中へ抽出されて繊維化され、全芳香族ポリアミドからなるポリマーからなる多数の単繊維群(マルチフィラメント)で構成される糸条Yが形成されることは周知の通りである。
【0028】
そして、このようにして形成された糸条Yは、その後、引取ローラなどの回転体4によって引き取られ、糸条Yに付着した凝固液Lを取り除く水洗工程、水洗工程で付着した水分を乾燥させる乾燥工程、熱延伸工程などからなる一連の製糸プロセスが行われる。そして、この一連の製糸プロセスによって高性能及び/又は高機能を有する繊維を得ることも周知の通りである。
【0029】
その際、紡出されたドープを凝固させて繊維化するための凝固液Lは、先ず、一定の流量に制御されながら供給配管2bから凝固浴2aへ供給される。ついで、このようにして凝固浴2aへ供給された凝固液Lは、一方では、過剰に供給された凝固液Lが凝固浴2aに設けられた堰2eからオーバーフローして流出する。このようにして、前記堰2eは、凝固浴2aに貯えられる凝固液の液面Sの高さを、常に一定レベルに維持する役割を果たす。なお、前記オーバーフローした過剰の凝固液Lは回収手段2dによって回収され、この回収手段2dに接続する排出配管2cから排出される。
【0030】
他方で、凝固浴2aへ供給された凝固液Lの一部は、凝固液の液面Sの高さよりも下方に設けられた流管3へ流入し、紡糸口金1から紡出されたドープDと共に流管3内を流下する。なお、この流管3は、上方の漏斗状を呈する曲管部3aと下方の筒状を呈する直管部3bとで構成されている。このとき、前記流管3の直管部3bには、図示したように流管3を流下する凝固液Laの流速と流量を調節するための凝固液注入器5が設けられている。
【0031】
ここで、前記凝固液注入器5は、凝固液Lbを供給するための液入口部5aと、供給された凝固液Lを貯える貯液部5bと、貯えられた凝固液を流管3の直管部3b中へ注入供給する液注入部5cとから少なくとも構成されている。したがって、流管3へは、凝固浴2aを介して上方の曲管部3aから供給される凝固液Laと、貯液部5bを介して液注入部5cから流管3へ供給された凝固液Lbとが注入される。そして、前記凝固液Laと凝固液Lbとが混合された状態で流管3の下方に形成された直管部3cを流下する。
【0032】
このように、本例においては、流管3中を流下する凝固液Laに対して、凝固液注入器5から供給される凝固液Lbを液注入部5cから注入する。そうすると、流管3の上方部3a及び3b中を流下する凝固液Laに通過抵抗を負荷することができ、凝固液Laの速度及び流量を制御することができる。なお、凝固液Laの速度及び流量は、注入する凝固液Lbの量を調整することで所望の値に制御される。すなわち、凝固液Lbの流量と凝固液Laの流量との混合比と、注入する凝固液Lbの温度と濃度とを適切に調整することによって、凝固液La及び凝固液Lbの混合凝固液の温度と濃度を適正に調節することができる。
【0033】
このように、本発明においては、流管3内を流下する凝固液Laの流速と流量を流管の全長に渡って所望の値に調整できる。このため、紡糸口金1から紡出したドープDを流管3内を流下する制御された流速、流量、温度、溶媒濃度を持った凝固液と共に走行させることができ、これによって、ドープDに余分な付加張力を作用させること無く、ドープDの繊維化速度を適切に制御することができる。したがって、凝固液中で生じる単繊維切れを抑制しながら、ドープDを円滑に繊維化することができるという極めて顕著な効果を奏する。
【0034】
ここで、本発明に好適に使用できる凝固液としては、特公昭47−50219号公報、特開平7−309958号公報などに記載されている周知のもの、例えば塩化カルシウム、塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、塩化亜鉛、塩化ストロンチウム、塩化アルミニウム、塩化第2スズ、塩化ニッケル、臭化カルシウム、硝酸亜鉛及び硝酸アルミニウムよりなる群から選ばれた無機塩類の少なくとも1種を含有し、水1リットルに対する上記塩類の全含有量が少なくとも2モル(無水塩換算濃度)である水性凝固液を例示することができる。しかしながら、これらに制限されるものではなく、これら以外のものであっても、本発明の要旨を満足される限り利用することができることは言うまでもない。
【0035】
以上に述べたような一連の製糸プロセス中の乾湿式紡糸工程において、本発明が一大特徴とするところは、既に述べてきたように、凝固液注入器5を備えて、これにより流管3中に流管内の凝固液Lの濃度及び温度を途中で変えることができることである。そこで、以下に、この凝固液注入器5によって流管3を流下する凝固液の濃度及び温度を変える方法と装置について詳細に説明する。
【0036】
前述のように、流管3には、その内部を流れる凝固液の速度、流量、濃度および温度を調節するための凝固液注入器5を設ける。この凝固液注入器5には、流管3内に新たに追加するための凝固液Lbを供給する液入口部5aを有している。なお、この液入口部5aには、その濃度が予め調整された凝固液Lbが、温度制御装置6を介して供給される。
【0037】
ただし、この温度制御装置6は、凝固液注入器5へ供給する凝固液Lbを加熱及び/又は冷却する周知の加熱冷却手段を備えており、この加熱冷却手段によって凝固液Lbを所定の一定温度に制御して維持する。したがって、凝固液注入器5の液入口部5aに供給される凝固液Lbは、貯液部5bを介して液注入部5cから流管3の周りを取り囲んだ状態で、予め設定された温度と濃度を維持して全周方向から流管3内へ安定的に一定流量に計量された状態で注入される。
【0038】
このとき、流管3内をドープDと共に凝固液注入器5の設置位置まで流下する凝固液Laは、流管3内を流下する間にドープDに含まれた有機溶剤が凝固液La中へ抽出されてその濃度は当初濃度よりも上昇している。また、この凝固液Laの温度が、ドープDの温度よりも低いと、ドープDから凝固液Laに伝達された熱によって凝固液Laの温度が上昇する。
【0039】
そうすると、このまま状態で流管3内の凝固液Lbを流下させると、ドープDから溶剤を凝固液Lb中に抽出する効率が低下し、ドープDに含まれる有機溶剤濃度が目標濃度まで到達させるのに時間を要してしまう。そのため、有機溶剤濃度を短時間でその品質を維持しながらドープDに含まれる溶剤濃度を目標濃度まで低下させることが困難となる。特に、繊維化する糸条を構成する単繊維の本数(フィラメント数)が多くなればなるほど、流管3内の濃度および温度上昇は著しくなるため、得られる繊維の物性の低下を招く。
【0040】
そこで、凝固液注入器5の液注入部5cから濃度および温度の異なる追加凝固液Lbを供給して、流管3内を流れてきた凝固液Laに混合注入することによって、凝固液の濃度および温度を調節する。なお、凝固液注入器5から注入される凝固液Lbの条件は、一般的に凝固液Laの到達濃度に追加凝固液Lbの溶液を混ぜ合わせたときの混合液の濃度が凝固液Lの濃度と同等またはそれ以下であることが望ましい。
【0041】
その際、背景技術欄で説明した理由から、流管3内を流下してきた凝固液Laの流速を急激に変えることがないようにする必要がある。そのため、流管3と凝固液注入器5の上部の接続部は急激な径変化がないことが望ましい。
【0042】
また、凝固液Lbを供給する液注入部5cに関しては、この液注入部5cから流管3を取り囲んでその全周方向から凝固液Lbの供給を行う役割を果たすが、その際、凝固液Lbは、流下してきた凝固液Laの流れを擾乱することなく、流管3中へ均一に供給されることが望ましい。したがって、これを具現化するために、液注入部5cは濾過媒体として使用される周知の金属細線からなる織編物あるいは多孔質焼結金属のような均圧化効果と整流効果を併せ持つ部材で形成しておくことが望ましい。
【0043】
特に、液注入部5cから安定的に且つ均一に凝固液Lbを供給するためには、前記整流部材での流体による抵抗がある程度以上必要で、織編物で例示するなら20メッシュから2000メッシュの目開きの織編物を1枚または複数枚組み合わせて用いるとよい。但し、本発明においては前記織編物あるいは多孔質焼結金属に限定する理由はなく、本発明の要旨を満足する限りにおいて、均圧化及び/又は整流化効果が得られるもの、例えば不織布、穴開きプレート等を用いることもできる。
【0044】
なお、前記液注入部5cは、供給する凝固液Lbの均圧化と整流を兼用する部材とする必要は必ずしも無く、これらの機能を別々に果たすことができるような構成としてもよい。例えば、整流効果を奏する整流部材として、多孔板、ハニカム板、織編物などの流体通過性に優れたスクリーンなどを設け、更に均圧化部材としてその空隙率が適切に制御されたセラミックスあるいは金属からなる微粒子粉末を焼結した焼結体を別々に設けるようにしてもよい。
【0045】
また、前記液注入部5cの形状に関しては、流管3を流下してきた凝固液Laの流速を急激に変化させないようにすることが好ましく、このために流管3内に注入された凝固液Lbの流量増加分を考慮して、流管3内の平均流速が一定となるよう下流側に向かって錐状に末広がりとなる形状とすることが望ましい。
【0046】
この発明によって、本発明者等は、図1及び図2に例示したような濃度および凝固液注入器5を有することを特徴とした流管の装置を用いることにより、流管3内を通過するドープDの有機溶剤濃度を効率的かつ物性に影響をおよぼさない装置を着想するに至ったものである。このため、紡糸口金1から吐出され凝固浴の液面Sから着水した糸条Yは、凝固液注入器5で供給する凝固液Lbにより適正な濃度および温度プロファイルを持つ流管3内の凝固液を得ることによって、最終的に得られる糸条Yの単繊維の切れや品質のバラツキも小さくできる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明に係る乾湿式紡糸装置の一実施形態を模式的に例示した概略構成図である。
【図2】本発明の流管の一実施形態例を模式的に示した断面図である。
【符号の説明】
【0048】
1 紡糸口金
2 凝固装置
2a 凝固浴
2b 凝固液の供給配管
2c 凝固液の排出配管
2d 凝固液の回収手段
2e 堰
3 流管
4 糸条の引取手段
5 凝固液注入器
5a 凝固液の供給部
5b 凝固液の貯液部
5c 凝固液の注入部
D ドープ
L 凝固浴へ供給される凝固液
La 凝固浴から流管中へ供給される凝固液
Lb 凝固液注入器から供給される凝固液
G エアギャップ
S 凝固浴液面
Y 糸条

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多数の紡糸孔群が穿設された紡糸口金から紡糸原液を気体中へ紡出した後、引き続いて流管中を流下する凝固液中に前記紡糸原液を導入して凝固させて繊維化し、繊維化した糸条を引き取る乾湿式紡糸方法において、前記流管の途中から凝固液に含まれる溶剤濃度の異なる凝固液を注入し、流管内を流下する凝固液の濃度を調整することを特徴とする湿式紡糸方法。
【請求項2】
流管を流下する前記凝固液の温度と異なる温度に維持された凝固液を前記流管の途中から流管内に注入し、流管内を流下する凝固液の温度を調整することを特徴とする請求項1記載の湿式紡糸方法。
【請求項3】
前記流管の途中から供給する凝固液の流量によって、凝固液の注入位置まで流下する凝固液の流速及び/又は流量を制御することを特徴とする請求項1又は2に記載の湿式紡糸方法。
【請求項4】
全芳香族ポリアミド繊維を乾湿式紡糸することを特徴とする請求項1〜3の何れかに記載の湿式紡糸方法。
【請求項5】
凝固液を充填する凝固浴と、前記凝固浴に充填される前記凝固液が形成する液面と一定のエアギャップをおいて設けられた多数の紡糸孔群が穿設された紡糸口金と、前記液面より下方に浸漬させて前記凝固浴中に設けられた前記凝固液が流下する流管と、前記流管の途中から新鮮な凝固液を流管中へ注入する凝固液注入器と、前記流管の下方に設けられた糸条の引取手段とを少なくとも備えた乾湿式紡糸装置。
【請求項6】
流管の途中で注入する前記凝固液の温度を一定に制御する温度制御装置を備えたことを特徴とする請求項5に記載の湿式紡糸装置。
【請求項7】
流管内へ凝固液を注入する前記凝固液注入器の液注入部に、前記液注入部に凝固液の注入圧力を均圧化する均圧化部材を設けた請求項5又は6に記載の湿式紡糸装置。
【請求項8】
流管内へ凝固液を注入する前記凝固液注入器の液注入部に、前記液注入部に凝固液を整流する整流部材を設けた請求項5〜7の何れかに記載の湿式紡糸装置。
【請求項9】
流管内へ凝固液を注入する前記凝固液注入器の液注入部の形状を下流方向に沿って錐状に末広がりとした請求項5〜8の何れかに記載の湿式紡糸装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2006−342451(P2006−342451A)
【公開日】平成18年12月21日(2006.12.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−168139(P2005−168139)
【出願日】平成17年6月8日(2005.6.8)
【出願人】(303013268)帝人テクノプロダクツ株式会社 (504)
【Fターム(参考)】