説明

乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法、及び、乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の設計方法

【課題】誘発部に乾燥収縮ひび割れが発生した壁部材に対する補修の要否を判定するための乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法等を提供する。
【解決手段】乾燥収縮ひび割れ誘発部を有するコンクリート製の第1試験体と、前記乾燥収縮ひび割れ誘発部を有さず前記第1試験体と同一の外径形状をなすコンクリート製の第2試験体とを製造する試験体製造工程と、前記乾燥収縮ひび割れ誘発部にひび割れが発生した前記第1試験体と、前記第2試験体とに各々外力を付勢する加力試験工程と、前記加力試験における前記第1試験体の結果データと、前記第2試験体の結果データとを比較するデータ比較工程と、前記データ比較工程の比較結果に基づいて、前記第1試験体と同じ構造の前記乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材に生じたひび割れの補修要否を判定する補修要否判定工程と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材に生じたひび割れの補修の要否を判定する乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法、及び、乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリート製の構造的な耐震壁や雑壁等の壁部材は、乾燥収縮によりひび割れが発生する。ひび割れは、壁部材の美観を損なうばかりでなく、構造性能が低下する可能性があるため、ひび割れが発生すると、例えばエポキシ樹脂等をひび割れに注入する等して補修を行っている。
また、近年では、壁部材の一部に、乾燥収縮ひび割れが生じやすい誘発部を予め設け、この誘発部を目地としてシール部材を充填することにより、ひび割れが外部に露出しないようにした壁部材が提案されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
乾燥収縮ひび割れの補修は、繁雑な作業であるとともに、費用が発生するため建物の維持管理費用を圧迫することになる。ところで、上述した誘発部が設けられていない壁部材の場合には、乾燥収縮ひび割れの発生箇所を特定することは不可能である。このため、乾燥収縮ひび割れが発生した壁部材は、乾燥収縮ひび割れにより壁部材の構造性能がどの程度低下し補修の要否が判断できないので、費用と労力とがかかる補修をすることが余儀なくされているという課題がある。
一方、誘発部を備えた壁部材は、乾燥収縮によるひび割れの発生箇所が誘発部に集中させることが可能であり、また高い再現性を有している。このため、本願発明者は、誘発部を有する壁部材は、誘発部にひび割れが発生した後の構造性能を評価し、補修の要否を判断できないかと考えた。
更に、乾燥収縮によるひび割れの誘発部が備えられた壁部材の設計方法は特定されておらず、乾燥収縮によるひび割れの誘発部を備えた壁部材の設計方法を確立することが望まれている。
【0004】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、誘発部に乾燥収縮ひび割れが発生した壁部材に対する補修の要否を判定するための乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法、及び、乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の設計方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
かかる目的を達成するために本発明の乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法は、乾燥収縮ひび割れ誘発部を有するコンクリート製の第1試験体と、前記乾燥収縮ひび割れ誘発部を有さず前記第1試験体と同一の外径形状をなすコンクリート製の第2試験体とを製造する試験体製造工程と、前記乾燥収縮ひび割れ誘発部にひび割れが発生した前記第1試験体と、前記第2試験体とに各々外力を付勢する加力試験工程と、前記加力試験における前記第1試験体の結果データと、前記第2試験体の結果データとを比較するデータ比較工程と、前記データ比較工程の比較結果に基づいて、前記第1試験体と同じ構造の前記乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材に生じたひび割れの補修要否を判定する補修要否判定工程と、を有することを特徴とする乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法である。
このような乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法によれば、第1試験体と第2試験体とを製造し、乾燥収縮ひび割れ誘発部にひび割れが発生した第1試験体と、第2試験体にて、各々外力を付勢する加力試験を行うので、誘発部に乾燥収縮ひび割れが発生した第1試験体と、第2試験体との性状を比較することが可能である。また、加力試験における第1試験体の結果データと、第2試験体の結果データとが比較されるので、誘発部に発生した乾燥収縮ひび割れの構造性能への影響を第2試験体の結果データとの比較により把握することが可能である。このため、第1試験体の結果データと第2試験体の結果データとの比較により、第1試験体と同じ構造の乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材に生じたひび割れの補修要否を的確に判定することが可能である。
【0006】
かかる乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法であって、前記加力試験工程にて付勢する前記外力は、剪断力であることが望ましい。
このような乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法によれば、加力工程にて、乾燥収縮ひび割れ誘発部にひび割れが発生した第1試験体と、第2試験体とに、各々剪断力が付勢されるので、誘発部にひび割れが発生した第1試験体において、地震等による剪断力の影響を把握することが可能である。
【0007】
かかる乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法であって、前記第1試験体及び前記第2試験体は前記壁部材に相当する壁部を有し、前記剪断力を、前記壁部の壁面に沿う方向の一方側から押圧し、他方側に引張するように前記壁部の両側にて付勢することが望ましい。
このような乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法によれば、壁部材に相当する壁部の両側にて、壁部の壁面に沿う一方側から押圧し、他方側に引張するように剪断力が付勢されるので、一方側からだけで押圧する場合より、地震等にて作用する剪断力と同様な外力を付勢することが可能である。このため、より適切な結果を得ることが可能である。
【0008】
かかる乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法であって、前記補修要否判定工程では、前記データ比較工程において、前記第1試験体の前記結果データと前記第2試験体の前記結果データとが同等と認められる場合には、補修不要と判定することが望ましい。
このような乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法によれば、第1試験体の結果データと第2試験体の結果データとが同等と認められる場合には、第1試験体は第2試験体と同様の構造性状を備えていることになる。このため、第1試験体の結果データを第2試験体の結果データと比較することにより、的確に補修の要否を判定することが可能である。
【0009】
かかる乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法であって、前記第1試験体と前記第2試験体とを同時期にコンクリートを打設して製造することが望ましい。
このような乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法によれば、第1試験体と第2試験体とが同時期にコンクリートを打設して製造されているので、コンクリートの状態がほぼ同様な2つの試験体において、乾燥収縮ひび割れ誘発部の有無による構造上の劣化の差を比較することが可能である。すなわち、乾燥収縮ひび割れ誘発部の有無による構造上の劣化における差違を、より適正に比較することが可能である。
【0010】
かかる乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法であって、前記第2試験体として、乾燥収縮ひび割れがほとんど発生しておらず、前記乾燥収縮ひび割れによる構造上の劣化への影響がないと判断された試験体を用いることが望ましい。
このような乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法によれば、乾燥収縮ひび割れが発生した第1試験体の比較対象となる第2試験体として、乾燥収縮ひび割れがほとんど発生しておらず、乾燥収縮ひび割れによる構造上の劣化への影響がないと判断された試験体が用いられる。このため、乾燥収縮ひび割れが発生した第1試験体と、高い構造性能が確保されている第2試験体とを比較し、第1試験体の結果データと第2試験体の結果データとが同等と認められた場合には、第1試験体に発生している乾燥収縮ひび割れは構造上の劣化に対し影響がないと判断することが可能である。このため、乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否について、より信頼性が高い判定をすることが可能である。
【0011】
また、上記乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法により、補修不要と判定された場合には、前記乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する前記壁部材を、前記乾燥収縮ひび割れ誘発部を有しない前記壁部材と同等の方法にて設計することを特徴とする乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の設計方法である。
【0012】
上記乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法により、補修不要と判定された場合は、第1試験体の結果データと第2試験体の結果データとが同等と認められ、乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材と乾燥収縮ひび割れ誘発部を有しない壁部材とが、ほぼ同等の構造性能を有していることが認められたことになる。このため、乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材を、乾燥収縮ひび割れ誘発部を有しない壁部材と同等の方法にて設計することが可能である。すなわち、上記乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の設計方法によれば、乾燥収縮ひび割れ誘発部を有しつつ、乾燥収縮ひび割れ誘発部を有しない壁部材とほぼ同等の構造性能を有する壁部材を設計することが可能である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、誘発部に乾燥収縮ひび割れが発生した壁部材に対する補修の要否をより的確に判定するための乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法、及び、乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の設計方法を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法の手順を示す図である。
【図2】第1試験体及び第2試験体の外観を示す斜視図である。
【図3】誘発部を説明するための水平断面図である。
【図4】乾燥収縮が発生した第1試験体の一例を示す図である。
【図5】加力試験装置を説明するための図である。
【図6】本実施形態の加力試験における剪断力の載荷履歴を示す図である。
【図7】図7(a)は、第2試験体の加力試験の結果を表す図であり、図7(b) は、第1試験体の加力試験の結果を表す図であり、図7(c) は、図7(a)と図7(b) とを重ね合わせた図である。
【図8】耐震壁の一例を示す水平断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本実施形態の乾燥収縮ひび割れ誘発目地を有する壁部材の補修要否判定方法の一例について図を用いて詳細に説明する。
【0016】
図1は、本発明に係る乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法の手順を示す図である。図2は、第1試験体及び第2試験体の外観を示す斜視図である。図3は、誘発部を説明するための水平断面図である。
【0017】
<<発明の概要>>
本実施形態の乾燥収縮ひび割れ誘発部12を有する壁部材の補修要否判定方法は、乾燥収縮ひび割れ誘発部12を有する鉄筋コンクリート製の第1試験体10と、乾燥収縮ひび割れ誘発部12を有さず第1試験体10と同一形状の鉄筋コンクリート製の第2試験体11とを同時期に製造する試験体製造工程S1と、乾燥収縮ひび割れ誘発部12に乾燥収縮ひび割れ12aが発生した第1試験体10と、乾燥収縮ひび割れ12aがほとんど発生していない第2試験体11とに各々剪断力を付勢して各試験体の耐力と破壊性状を確認するための加力試験工程S2と、加力試験における第1試験体10の結果データと、第2試験体11の結果データとを比較するデータ比較工程S3と、データ比較工程の比較結果に基づいて、第1試験体10と同じ構造の乾燥収縮ひび割れ誘発部12を有する壁部材としての耐震壁に生じたひび割れの補修要否を判定する補修要否判定工程S4と、を有している。ここで、第1試験体10と第2試験体11とを製造する時において、コンクリート構造物の耐久年数に対して極めて短い数日程度の期間は同時期としている。
【0018】
<<試験体>>
本実施形態では、壁部材としての耐震壁において、加力試験にて剪断力が付勢された際の耐力及び破壊性状を確認するための試験体として、外径形状が同一の2つの試験体を製造する。2つの試験体は、一方が乾燥収縮ひび割れ誘発部12を有しない第2試験体11であり、他方が乾燥収縮ひび割れ誘発部12を有する第1試験体10である。
【0019】
第2試験体11は、壁部11aと、壁部11aの下に配置され加力試験では試験台32に固定される基礎梁11bと、壁部11aの上に設けられ基礎梁11bと平行に形成された上梁11cと、壁部11aの左右端部に設けられ基礎梁11bと上梁11cとの間に介在された一対の柱11dとが一体に形成されている。
【0020】
基礎梁11b、上梁11c、及び、一対の柱11dには、主筋(不図示)と帯筋(不図示)とがほぼ全領域に亘って適宜配設されており、壁部11aには、縦筋(不図示)と横筋(不図示)とが格子状に配設されている。
【0021】
壁部11aの縦筋は、壁面に沿って左右方向に互いに間隔を隔てて複数本配設された縦筋列が2列設けられており、2列の縦筋列は、壁部11aの壁厚方向に互いに間隔を隔てて設けられ壁厚方向における中央から表裏面側に振り分けて配置されている。また、縦筋は、壁部11aの下端部及び上端部を越えて基礎梁11b及び上梁11cに至るように延出されて、両端部が基礎梁11b及び上梁11cに埋設されている。
【0022】
壁部11aの横筋は、壁部11aの壁厚方向において2列の縦筋列の外側にそれぞれ、上下方向に互いに間隔を隔てて複数本配設され、縦筋と横筋とが格子状をなして接触するように設けられている。また、横筋は、壁部11aの左右の端部を越えて、一対の柱11dに至るように延出されて両端部が柱11dに埋設されている。
【0023】
第1試験体10は、乾燥収縮ひび割れ誘発部(以下、誘発部という)12が設けられている点で第2試験体11と相違している。すなわち、外径形状や鉄筋の配置等は第2試験体11と同じである。誘発部12は、壁部10aの左右方向における中央から振り分けて2カ所に、壁厚方向において縦筋12eと重ならない位置に設けられている。具体的には、横筋12fと格子状をなす2列の縦筋列の間に上下方向に沿って塩化ビニル製のパイプ20が、壁部10aの上端から下端に至る高さ方向の全域に埋設されており、塩化ビニル製のパイプ20の内部には無収縮グラウト22が充填されて構成されている。
【0024】
壁部10aに埋設されている塩化ビニル製パイプ20は界面付着がほとんどなくコンクリート24との接合強度が低いので壁部10aのコンクリート24に乾燥収縮によって引張応力が発生した場合には、塩化ビニル製のパイプ20には当該応力が作用しない。このため、塩化ビニル製のパイプ20が埋設されることにより、コンクリート24の断面積が小さくなった、塩化ビニル製のパイプ20の表裏面側のコンクリート24は、応力が集中してひび割れが発生し易くなるので、誘発部12として機能する。
【0025】
本実施形態加力試験に使用した第1試験体10と第2試験体11とは、同じ形状の型枠にて製造される。例えば、同形状をなす2つの型枠内に主筋、帯筋、縦筋及び横筋等を配筋した後に、一方の型枠内にはコンクリートを打設して第2試験体11を製造する。他方の型枠内には、予め内部に無収縮グラウト22を充填した塩化ビニル製のパイプ20を配置し、塩化ビニル製のパイプ20の外側にコンクリート24を打設して第1試験体10を製造する(試験体製造工程)。
【0026】
図4は、乾燥収縮が発生した第1試験体の一例を示す図である。
コンクリート24を打設した後、約60〜80日経過した第1試験体10には、誘発部12に図4に示すような乾燥収縮による乾燥収縮ひび割れ12aが発生する。このとき、第1試験体10としては、乾燥収縮ひび割れ12aが壁部10aの高さに対し、少なくとも半分以上の領域に発生したものを使用する。また、このとき発生している乾燥収縮ひび割れ12aの幅は約0.1mmである。一方、第1試験体と同時期にコンクリートを打設して製造された第2試験体には、乾燥収縮によるひび割れはほとんど発生していない。例えば、第2試験体としては、乾燥収縮ひび割れが発生していたとしても、その数は極僅かであり、また、幅は第1試験体に発生しているひび割れの幅より狭く、長さも短く、構造上の劣化への影響がないと判断される試験体を用いる。
【0027】
<<加力試験>>
加力試験は、試験台32(図5)に基礎梁10b、11bが固定され、壁部10a、11aの表面にひずみ計測ゲージが設けられた試験体10、11の上梁10c、11cに左右方向に剪断力を作用させて、ひずみ計測ゲージにより試験体10,11の壁部10a、11aにおける各部の変位を計測する。このとき、試験体10、11には実際の建物と同様に上方から一定の軸力を載荷しつつ剪断力を水平方向に作用させる。
【0028】
<試験装置>
図5は、加力試験装置を説明するための図である。
加力試験装置30は、試験体10、11が載置される試験台32と、試験台32と一体となり試験台32上に取り付けられた試験体10、11を取り囲むように設けられたフレーム34と、フレーム34の上部から吊り下げられるように固定され試験体10、11に軸力を載荷するための軸力付勢装置36と、フレーム34において試験台32上に取り付けられた試験体10、11の上梁10c、11cと水平な同じ高さに設けられ、試験体10、11の上梁10c、11cに剪断力を付勢するための剪断力付勢装置38と、を有している。
【0029】
剪断力付勢装置38は、上梁10c、11cの両側方にてフレーム34にそれぞれ固定されており、剪断力を付勢する部位38aが、基礎梁10b、11bの上面から例えば約1mの位置にて上梁10c、11cの両端に接合されている。上梁10c、11cの両側に接合された2つの剪断力付勢装置38は、一方の剪断力付勢装置38が上梁10c、11cを押圧する際に、他方の剪断力付勢装置38が上梁10c、11cを引っ張るように構成されている。すなわち、一方の剪断力付勢装置38が上梁10c、11cの端部がフレーム34から離れる方向に剪断力を付勢する場合には、他方の剪断力付勢装置38は上梁10c、11cの端部がフレーム34に近づく方向に剪断力を付勢するように、2つの剪断力付勢装置38が協働して剪断力を付勢する(加力試験工程)。
【0030】
図6は、本実施形態の加力試験における剪断力の載荷履歴を示す図である。
本実施形態における剪断力は図6に示すように剪断力が段階的に大きくなるように変化させて付勢する。
【0031】
<結果データの比較及び判断>
図7(a)は、第2試験体の加力試験の結果を表す図であり、図7(b)は、第1試験体の加力試験の結果を表す図であり、図7(c)は、図7(a)と図7(b)とを重ね合わせた図である。図中の□印は、壁部10a、11aの剪断ひび割れ、〇印は、柱10d、11dの剪断ひび割れ、■印は、柱主筋の降伏、および●印は、帯筋の降伏を示している。
また、部材角は、各柱10d、11d及び基礎梁10b、11bと上梁10c、11cの軸芯の変位の平均を加力高さ1mで除したものとした。
【0032】
図7(a)に示された第2試験体11の加力試験の結果データと、図7(b)に示された第1試験体10の加力試験の結果データとを比較する(データ比較工程)。
【0033】
図7(a)〜図7(c)とに示されているように、第2試験体11と第1試験体10との初期剛性は、大差はなくほぼ同等と認められる。よって、誘発部12の配置による初期剛性への影響は、ほとんどないと判断される。
【0034】
また、図7(c)に示すように、第2試験体11と第1試験体10の荷重と部材角の関係に、有意な差は見られない。よって、誘発部12の配置による履歴特性への影響は、ほとんどないと判断される。
【0035】
また、図7(a)と図7(b)に示すように、第2試験体11と第1試験体10の最終破壊は、誘発部12の有無にかかわらずほぼ同じで、最大耐力も、同等であった。また、第1試験体10において塩化ビニル製のパイプ20が存在する誘発部12が、他の塩化ビニル製のパイプ20がない部分よりも先行して破壊が進行する現象は、観察されなかった。
【0036】
すなわち、第1試験体10、および、第2試験体11の最終破壊は、誘発部12の有無にかかわらずほぼ同じで、最大耐力もほぼ同等であった。また、誘発部12が存在する部分が、誘発部12が存在しない他の部分よりも先行して破壊が進行する現象は、観察されなかった。
【0037】
このように、加力試験による誘発部12を有する第1試験体10の結果データと第2試験体11の結果データとを比較して同等であることが認められた場合には、最大耐力も同等であることが認められるので、第1試験体10のような誘発部12を有する壁部材であっても、第2試験体11のような誘発部12を有しない壁部材と同じ設計方法にて設計することが可能である。
【0038】
本実施形態の加力試験では、コンクリート24を打設後約60〜80日後の試験体10、11であって、第1試験体10としては、誘発部12に乾燥収縮ひび割れ12aが発生している第1試験体10を使用した。第1試験体10が乾燥収縮ひび割れ誘発部12を有する耐震壁であるが故に、第2試験体11と異なり、打設後約60〜80日という短期間にて乾燥収縮ひび割れ12aが誘発部12に発生する。すなわち、第1試験体10は、乾燥収縮ひび割れ誘発部12を有する耐震壁であるため、誘発部12には早い段階で乾燥収縮ひび割れ12aが発生し、誘発部12に乾燥収縮ひび割れ12aが集中するために誘発部12以外の部位には、乾燥収縮ひび割れ12aは発生しないという特徴を有している。このため、一旦誘発部12に乾燥収縮ひび割れ12aが発生すると、その他の部位には乾燥収縮ひび割れ12aが発生しないので、打設後約60〜80日の第1試験体10の状態は、数年後であってもほぼ同じ状態が保たれると推定される。
【0039】
このように、第1試験体10と同じ構造の乾燥収縮ひび割れ誘発部12を有する耐震壁は、誘発部12に乾燥収縮ひび割れ12aが発生してしまえば、長期に亘りその状態が保たれるため、打設後約60〜80日の第1試験体10にて誘発部12を有する耐震壁の数年後の耐力及び破壊性状を推定でき、この結果に基づいて補修の要否を判定することが可能である。従って、誘発部12を有する耐震壁は、誘発部12に乾燥収縮ひび割れ12aが発生し数年が経過した後であっても、補修の必要はないと判定できる(補修要否判定工程)。
【0040】
本実施形態の乾燥収縮ひび割れ誘発部12を有する壁部材の補修要否判定方法によれば、乾燥収縮ひび割れ誘発部12に乾燥収縮ひび割れ12aが発生した第1試験体10と、第1試験体10と同時期に製造され乾燥収縮ひび割れ誘発部12を有しない第2試験体11とに、各々剪断力を付勢して加力試験を行うので、誘発部12に乾燥収縮ひび割れ12aが発生した第1試験体10と、第2試験体11との性状を比較することにより地震等による剪断力の影響を把握することが可能である。
【0041】
また、加力試験における第1試験体10の結果データと、第2試験体11の結果データとが比較されるので、誘発部12に発生した乾燥収縮ひび割れ12aの構造性能への影響を第2試験体11の結果データとの比較により把握することが可能である。このため、第1試験体10の結果データと第2試験体11の結果データとの比較により、第1試験体10と同じ構造の乾燥収縮ひび割れ誘発部12を有する耐震壁に生じた乾燥収縮ひび割れ12aの補修要否を的確に判定することが可能である。
【0042】
また、第1試験体10、第2試験体11が有する上梁10c、11cの両側にて、壁部10a、11aの壁面に沿う一方側から押圧し、他方側に引張するように剪断力が付勢されるので、一方側からだけ押圧する場合より、地震等による剪断力に近い外力を付勢することが可能である。このため、より適切な結果を得ることが可能である。
【0043】
また、第1試験体10の結果データと第2試験体11の結果データとが同等と認められた場合には、第1試験体10は第2試験体11と同様の構造性状を備えていることになる。このため、第1試験体10の結果データを第2試験体11の結果データと比較することにより、的確に補修の要否を判定することが可能である。
【0044】
また、第1試験体10と第2試験体11とが同時期にコンクリートを打設して製造されているので、コンクリートの状態がほぼ同様な2つの試験体10、11において、乾燥収縮ひび割れ誘発部12の有無による構造上の劣化を比較することが可能である。すなわち、乾燥収縮ひび割れ誘発部12の有無による構造上の劣化における差違を、より適正に比較することが可能である。
【0045】
また、乾燥収縮ひび割れ12aが発生した第1試験体10の比較対象となる第2試験体11として、乾燥収縮ひび割れ12aがほとんど発生しておらず、乾燥収縮ひび割れ12aによる構造上の劣化への影響がないと判断された第2試験体11が用いられる。このため、乾燥収縮ひび割れ12aが発生した第1試験体10と、高い構造性能が確保されている第2試験体11とを比較し、第1試験体10の結果データと第2試験体11の結果データとが同等と認められた場合には、第1試験体10に発生している乾燥収縮ひび割れ12aは構造上の劣化に対し影響がないと判断することが可能である。このため、乾燥収縮ひび割れ誘発部12を有する壁部材の補修要否について、より的確な判定をすることが可能である。
【0046】
また、上記誘発部12を有する壁部材の補修要否判定方法により、補修不要と判定された場合は、第1試験体10の結果データと第2試験体11の結果データとが同等と認められ、誘発部12を有する壁部材と誘発部12を有しない壁部材とが、ほぼ同等の構造性能を有していることが認められたことになる。このため、誘発部12を有する壁部材を、誘発部12を有しない壁部材と同等の方法にて設計することが可能である。すなわち、上記誘発部12を有する壁部材の設計方法によれば、誘発部12を有しつつ、誘発部12を有しない壁部材とほぼ同等の構造性能を有する壁部材を設計することが可能である。
【0047】
上記実施形態においては、壁部10a、11aが全面壁面をなしている試験体を用いて補修の要否を判定したが、壁部に開口を有するような壁部材の補修の要否を判定する場合には、壁部に同形状の開口を形成した第1試験体と第2試験体とを使用して加力試験を実施すればよい。
【0048】
図8は、耐震壁の一例を示す水平断面図である。
誘発部12を有する壁部材50は、外観上及び内部への水の浸入防止のために、図8に示すように壁厚方向において塩化ビニル製のパイプ20と重なる位置に、壁内側に窪むノッチ53を形成し、ノッチ53にシール材54を充填して目地52を形成する場合があるが、このような壁部材50の補修の要否は、ノッチ53を設けた試験体にて加力試験を実施する。また、ノッチ53の底53aの位置にて平坦な壁面50aとなるような試験体を用いれば、上記実施形態と同様の形状の試験体にて補修の要否判断が可能である。
【0049】
また、上記実施形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定して解釈するためのものではない。本発明は、その趣旨を逸脱することなく、変更、改良され得ると共に、本発明にはその等価物が含まれることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0050】
10 第1試験体(試験体)
10a 壁部
10b 基礎梁
10c 上梁
10d 柱
11 第2試験体(試験体)
11a 壁部
11b 基礎梁
11c 上梁
11d 柱
12 誘発部
12a 乾燥収縮ひび割れ
12e 縦筋
12f 横筋
20 塩化ビニル製のパイプ
22 無収縮グラウト
24 コンクリート
30 加力試験装置
32 試験台
34 フレーム
36 軸力付勢装置
38 剪断力付勢装置
38a 剪断力を付勢する部位
50 壁部材
50a 壁面
52 目地
53 ノッチ
53a 底
54 シール材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乾燥収縮ひび割れ誘発部を有するコンクリート製の第1試験体と、前記乾燥収縮ひび割れ誘発部を有さず前記第1試験体と同一の外径形状をなすコンクリート製の第2試験体とを製造する試験体製造工程と、
前記乾燥収縮ひび割れ誘発部にひび割れが発生した前記第1試験体と、前記第2試験体とに各々外力を付勢する加力試験工程と、
前記加力試験における前記第1試験体の結果データと、前記第2試験体の結果データとを比較するデータ比較工程と、
前記データ比較工程の比較結果に基づいて、前記第1試験体と同じ構造の前記乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材に生じたひび割れの補修要否を判定する補修要否判定工程と、
を有することを特徴とする乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法であって、
前記加力試験工程にて付勢する前記外力は、剪断力であることを特徴とする乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法。
【請求項3】
請求項2に記載の乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法であって、
前記第1試験体及び前記第2試験体は前記壁部材に相当する壁部を有し、
前記剪断力を、前記壁部の壁面に沿う方向の一方側から押圧し、他方側に引張するように前記壁部の両側にて付勢することを特徴とする乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法であって、
前記補修要否判定工程では、前記データ比較工程において、前記第1試験体の前記結果データと前記第2試験体の前記結果データとが同等と認められる場合には、補修不要と判定することを特徴とする乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法であって、
前記第1試験体と前記第2試験体とは同時期にコンクリートを打設して製造されることを特徴とする乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5のいずれかに記載の乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法であって、
前記第2試験体として、乾燥収縮ひび割れがほとんど発生しておらず、前記乾燥収縮ひび割れによる構造上の劣化への影響がないと判断された試験体を用いることを特徴とする乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6のいずれかに記載の乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の補修要否判定方法により、補修不要と判定された場合には、
前記乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する前記壁部材を、前記乾燥収縮ひび割れ誘発部を有しない前記壁部材と同等の方法にて設計することを特徴とする乾燥収縮ひび割れ誘発部を有する壁部材の設計方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−32788(P2011−32788A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−181714(P2009−181714)
【出願日】平成21年8月4日(2009.8.4)
【出願人】(000000549)株式会社大林組 (1,758)
【Fターム(参考)】