説明

予混合圧縮着火エンジン用燃料油組成物

【課題】改質器付き予混合圧縮着火エンジンのPCCI燃焼領域を飛躍的に拡大すると共に、熱効率の向上およびCO排出量の削減を達成することができる燃料油組成物を提供する。
【解決手段】硫黄分が10質量ppm以下、90%留出温度が360℃以下、ナフテン分が30容量%以上、セタン価が35以上、15℃における密度が0.860g/cm以下であることを特徴とする、予混合圧縮着火エンジン用燃料油組成物である。この予混合圧縮着火エンジン用燃料油組成物は、改質器付き予混合圧縮着火エンジンの燃料として好適に使用し得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、予混合圧縮着火エンジン用の燃料油組成物に関し、特には、脱水素触媒を用いて燃料油組成物をセタン価の低い改質燃料油組成物へと改質する改質器を備えた予混合圧縮着火エンジンに好適に使用できる予混合圧縮着火エンジン用燃料油組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、大気環境改善の観点から、自動車から排出される窒素酸化物(NOx)、粒子状物質(PM)、一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)等の有害排気ガス成分の排出量の削減が強く求められている。また、地球温暖化防止のためには化石燃料の燃焼により排出されるCOの削減が必要であることから、自動車のCO排出量の削減も求められている。そして、このように、自動車においては有害排気ガス成分の排出量削減とCOの排出量削減とを同時に達成する必要があることから、その対応技術として、燃料と空気とを混合した混合気を圧縮して高温にし、自己着火させて燃焼させる方式を採用した予混合圧縮着火(PCCI:Premixed Charge Compression Ignition)エンジンと該エンジンに供する燃料が注目されている。
【0003】
ここで、予混合圧縮着火エンジン(以下、「PCCIエンジン」と呼ぶことがある。)では、燃焼の開始(着火)を燃料の自己着火に依存しているので、燃焼室内の温度が低い冷機時や低負荷条件下では、着火性が良好な燃料が必要となる。一方、燃焼室内の温度が高い高負荷条件下では、着火性が良好な燃料は、燃焼室内での多点同時着火による急激な燃焼(ノッキング)を起こし、NOxや燃焼騒音の増加、エンジンの損傷を引き起こす事から、着火性の低い燃料が必要となる。即ち、PCCIエンジンにおいては、運転条件によって相反する燃料性状が求められている。
【0004】
そこで、PCCIエンジンでは、エンジンの状態(例えばエンジン温度などの環境条件)に応じて排気ガス再循環(EGR)率や燃料噴射時期を制御して広範囲な運転領域でPCCI燃焼が成立するようなエンジン制御が行われているが、そのような制御だけではPCCIエンジンの運転が可能な領域(PCCI燃焼領域)を十分に広げることはできず、未だにPCCI燃焼が可能な運転領域は限定されている。そのため、運転条件によって着火性の異なる燃料を供給する手法が求められている。
【0005】
しかしながら、従来、エンジンの運転条件に応じてセタン価を変化させることが可能な燃料は見出されていないため、PCCI燃焼領域は限定されており、PCCIエンジンの優位性を十分に発揮できていない。従って、より広範囲な領域でPCCI燃焼を成立させてCO排出量を大きく削減するために、エンジンの運転条件に応じてセタン価の異なる燃料を供給することが可能な手法の確立が求められている。
【0006】
これに対し、低温条件下ではセタン価の高い燃料を供給し、高温条件下ではセタン価の低い燃料を供給する手段として、燃料タンクを2つ備えてセタン価の異なる二種類の燃料を運転条件に応じて使い分ける内燃機関や(例えば、特許文献1、2参照)、ガソリンタンクおよび水素タンクの2つのタンクを備えると共に、内燃機関へと供給するガソリンおよび水素の比率を、制御手段により内燃機関の運転状態に応じて変更する内燃機関が開発されている(例えば、特許文献3参照)。しかしながら、着火性の異なる二種類の燃料を運転条件に応じて使い分ける内燃機関は、二種類の燃料を供給する社会的な燃料供給システムの構築の必要性(社会インフラ整備の困難性)や、消費者が必要に応じて二種類の燃料を給油しなければならない利便性の欠如などから、実用化されていない。また、ガソリンタンクおよび水素タンクの2つのタンクを備える内燃機関では、ガソリンと水素の2種類の燃料が必要となるため、燃料タンクとして十分な容量のタンクを2つ設けなければならず、また、制御手段を設ける必要もあるため、装置構造が複雑・大型化するという問題があった。更に、水素を貯蔵・供給するためのインフラ整備も必要であった。
【0007】
従って、二種類の燃料を供給することなくPCCI燃焼領域を拡大することができる、一種類の燃料の供給のみで高セタン価燃料と低セタン価燃料の両方の燃料をエンジンで利用可能とするシステムが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−254660号公報
【特許文献2】特開2005−139945号公報
【特許文献3】特開2007−24009号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、PCCI燃焼領域を拡大しつつエンジンの熱効率を向上させることができると共に、排気ガスからの熱回収も実現することができる、構造が単純な予混合圧縮着火エンジンとして、エンジン本体から排出される排気ガスの熱と脱水素触媒とを用いて燃料の一部をセタン価の低い改質燃料に改質することが可能な改質器を備えた予混合圧縮着火エンジンが開発されている。そして、このような改質器を備えた予混合圧縮着火エンジンによれば、セタン価の高い燃料でも、改質器での脱水素反応により燃料中に含まれるナフテン等を脱水素して芳香族化合物とし、アロマリッチでセタン価が低い燃料へと改質して利用できるので、セタン価の異なる2種類の燃料を用意しなくても、運転状態に応じてセタン価の異なる燃料を供給することができるようになる。
【0010】
しかしながら、改質器を備えた予混合圧縮着火エンジン(以下、「改質器付き予混合圧縮着火エンジン」と称することがある)を導入するに当たっては、改質器付き予混合圧縮着火エンジンに適した、脱水素反応により芳香族化合物へと転化される成分(例えばナフテン等)を比較的多く含む燃料が必要であった。
【0011】
そのため、改質器付き予混合圧縮着火エンジンの燃料として使用した場合に改質器での脱水素反応によりセタン価を大きく変化させることが可能な燃料油組成物、即ち、一種類の燃料でPCCI燃焼領域を拡大することが可能な、改質器付き予混合圧縮着火エンジンに高いエンジン性能を発揮させることができる燃料油組成物の開発が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この発明は、上記課題を有利に解決することを目的とするものであり、本発明の予混合圧縮着火エンジン用燃料油組成物は、下記(1)〜(5)を満たすことを特徴とする。
(1)硫黄分が10質量ppm以下
(2)90%留出温度が360℃以下
(3)ナフテン分が30容量%以上
(4)セタン価が35以上
(5)15℃における密度が0.860g/cm以下
そして、本発明の予混合圧縮着火エンジン用燃料油組成物は、上記の如き性状を有するので、改質器付き予混合圧縮着火エンジンのPCCI燃焼領域を飛躍的に拡大すると共に、熱効率の向上と、有害ガス成分およびCOの排出量の削減を達成することができる。
【0013】
ここで、本発明の予混合圧縮着火エンジン用燃料油組成物は、脱水素触媒を用いて燃料油組成物を脱水素し改質燃料油組成物へと改質する改質器を備えた改質器付き予混合圧縮着火エンジンに用いた際に、前記改質燃料油組成物のセタン価が、前記改質器での改質前の燃料油組成物のセタン価より7以上低いことが好ましい。改質器での改質により燃料油組成物のセタン価が7以上低下する場合、セタン価(着火性)が大きく異なる燃料油組成物をエンジンの運転条件に応じて供給可能となるからである。なお、本発明において、改質器での改質によりセタン価が7以上低下する燃料油組成物とは、予混合圧縮着火エンジン用燃料油組成物に含まれているナフテンの転化率が95%の時にセタン価が7以上低下する燃料油組成物を意味し、本発明の燃料油組成物は、好ましくはナフテンの転化率が98%の時にセタン価が7以上低下し、更に好ましくはナフテンの転化率が99%の時にセタン価が7以上低下する。ここで、ナフテンの転化率は、改質後のナフテン分と改質前のナフテン分とを比較することにより算出することができる。
【0014】
本発明の予混合圧縮着火エンジン用燃料油組成物は、前記改質燃料油組成物のセタン価が28以下であることが好ましい。改質燃料油組成物のセタン価が28以下の場合、PCCI燃焼領域を十分に拡大することができるからである。また、高負荷時のノッキング発生、NOx及び燃焼騒音の増加、エンジンの損傷等を抑えることができるからである。なお、本発明において、改質器での改質によりセタン価が28以下になる燃料油組成物とは、予混合圧縮着火エンジン用燃料油組成物に含まれているナフテンの転化率が95%の時にセタン価が28以下となる燃料油組成物を意味し、本発明の燃料油組成物は、好ましくはナフテンの転化率が98%の時にセタン価が28以下となり、更に好ましくはナフテンの転化率が99%の時にセタン価が28以下となる。
【0015】
ここで、本発明において、硫黄分とはJIS K2541−6に準拠して測定した値を、留出温度とはJIS K2254に準拠して測定した値を、セタン価とはJIS K2280に準拠して測定したセタン価(CN)の値を、ナフテン分とはガスクロマトグラフィーにより測定した値を、燃料油組成物の15℃での密度とはJIS K2249に準拠して測定した値を指す。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、改質器付き予混合圧縮着火エンジンのPCCI燃焼領域を飛躍的に拡大すると共に、熱効率の向上およびCO排出量の削減を達成することができる燃料油組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の燃料油組成物を適用し得る改質器付き予混合圧縮着火エンジンの構成の一態様を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<燃料油組成物>
以下に、本発明の燃料油組成物を詳細に説明する。本発明の燃料油組成物は、下記のような硫黄分、蒸留性状、セタン価、密度を有することを特徴とする。なお、本発明の燃料油組成物は、改質器付き予混合圧縮着火エンジン用の燃料として特に適しているが、改質器を備えていない既存の予混合圧縮着火エンジンに用いても良い。
【0019】
(硫黄分)
本発明の燃料油組成物は、硫黄分が10質量ppm以下、好ましくは1質量ppm以下である。硫黄分が10質量ppm以下の場合、燃焼時に生成する硫黄酸化物の量が少なく、環境へ与える負荷を低減することができるからである。また、硫黄分は、有害排気ガス成分を処理するための排気ガス浄化触媒を被毒するので、硫黄分の低い燃料油組成物は、排気ガス浄化触媒の性能を長く維持することができるという観点からも、環境負荷の低減に寄与できるからである。更に、排気ガス浄化触媒としてNOx吸蔵還元触媒を備える予混合圧縮着火エンジンにおいては、硫黄で被毒した触媒の再生に大量の燃料を使用するところ、燃料油組成物中の硫黄分を低減すれば、再生に必要な燃料の量を削減することができ、燃費の向上に寄与できるからである。そして、これらの効果は、硫黄分が低い程顕著であるため、本発明の燃料油組成物中の硫黄分は、1質量ppm以下であることが好ましい。
【0020】
(蒸留性状)
本発明の燃料油組成物は、90%留出温度が360℃以下、好ましくは350℃以下、更に好ましくは340℃以下である。90%留出温度が360℃以下の場合、燃料油組成物中の重質留分の気化が不十分となることに起因する未燃焼炭化水素の増加や、潤滑油の希釈の増大を防止することができるからである。更に、本発明の燃料油組成物は、90%留出温度が300℃以上であることが好ましく、310℃以上であることがより好ましい。90%留出温度が低すぎると燃料噴射器の摩耗が発生したり、燃費が悪化したりするからである。
【0021】
(セタン価)
本発明の燃料油組成物は、セタン価(CN)が35以上、好ましくは38以上である。本発明の燃料組成物は、温度条件が低い条件下、例えば低負荷条件などで使用される場合には、十分な着火性を有している必要があるのでセタン価は35以上である。セタン価が低過ぎると着火遅れの増大や失火が起こり、白煙の増大や運転性の悪化を引き起こすからである。なお、本発明の燃料組成物のセタン価は65以下であることが好ましく、60以下であることがより好ましい。セタン価が高い燃料組成物を製造する場合、製造時に発生するCO量が多くなるからである。また、製造コストも高くなるので、経済性の観点からもセタン価は65以下が望ましい。
【0022】
また、本発明の燃料油組成物は、燃料油組成物中に含まれているナフテンを95%、好ましくは98%、更に好ましくは99%転化した場合、例えば白金触媒を充填した改質器において400℃以上の温度で脱水素反応を行った場合の改質燃料油組成物のセタン価が28以下であることが好ましく、25以下であることが更に好ましい。改質燃料油組成物のセタン価が28以下の場合、PCCI燃焼領域を十分に拡大することができるからである。なお、本発明の燃料油組成物は、改質燃料油組成物のセタン価がゼロを超えることが好ましい。セタン価がゼロ以下では、比較的低いセタン価の燃料油組成物でも使用可能な高温条件下においても、十分な着火性が得られないからである。
【0023】
(ナフテン分)
本発明の燃料油組成物は、ナフテン分が、30容量%以上、好ましくは40容量%以上である。改質器付きディーゼルエンジンの燃料として用いる場合、燃料油組成物中のナフテンが少ないと、改質器でナフテンの脱水素反応による廃熱回収や水素生成を十分に行うことができずCO排出量の削減効果が小さくなるからである。また、本発明の燃料油組成物は、ナフテン分が、80容量%以下、好ましくは70容量%以下である。ナフテンが多すぎると、改質前の燃料油組成物のセタン価を35以上にすることが困難なためである。
【0024】
(密度)
本発明の燃料油組成物は、15℃における密度が0.860g/cm以下、好ましくは0.850g/cm以下である。15℃における密度を0.860g/cm以下とすることにより、エンジンの燃焼室でのデポジットの増加を防止できるからである。また、燃料の重質化は燃焼により発生する黒煙の増大を招くからである。なお、本発明の燃料油組成物は、15℃における密度が0.800g/cm以上であることが好ましい。密度が低すぎると燃費が悪化するからである。
【0025】
(セタン価の低下度)
本発明の燃料油組成物は、燃料油組成物中に含まれているナフテンの転化率が95%、好ましくは98%、更に好ましくは99%の条件下でのセタン価の低下度、例えば、白金触媒を充填した改質器において400℃以上の温度で脱水素反応を行った場合のセタン価の低下度が、7以上、好ましくは10以上である。セタン価の低下度が低いと、PCCI燃焼領域を十分に拡大することができない恐れがあるからである。
【0026】
ここで、セタン価の低下度は燃料油組成物中のナフテンの含有量及びナフテンの化学構造に依存する(後述する表1参照)。従って、本発明の燃料油組成物は、所望のセタン価低減分に見合う量のナフテン分を有することが必要である。なお、セタン価の低下度は、改質前の燃料油組成物のセタン価と、改質後の燃料油組成物のセタン価とを比較することにより求めることができる。
【0027】
また、本発明の燃料油組成物は、上述した性状に加え、更に下記の性状を備えることが好ましい。
【0028】
(動粘度)
本発明の燃料油組成物は、30℃における動粘度が1.0mm/s以上、好ましくは1.5mm/s以上である。動粘度が低過ぎると、エンジンへの十分な燃料供給が困難になるからである。また、本発明の燃料油組成物は、30℃における動粘度が4.0mm/s以下、好ましくは3.5mm/s以下である。動粘度が高くなると、エンジンの燃焼室内に噴射された燃料の微粒化が困難となり、燃焼時に発生する黒煙が増加するからである。なお、動粘度は、JIS K2283に準拠して測定することができる。
【0029】
(芳香族化合物分)
本発明の燃料油組成物は、芳香族化合物の含有量が40容量%以下、好ましくは30容量%以下、更に好ましくは20容量%以下である。芳香族化合物が多いと燃焼時に発生する黒煙が増加するからである。また、特に多環芳香族化合物が燃料油組成物中に多量に含まれている場合、黒煙の増大に加えて燃焼室の汚れを招くので、本発明の燃料油組成物は、多環芳香族化合物の含有量が5容量%以下であることが好ましく、2容量%以下であることが更に好ましい。なお、芳香族化合物分は、JPI−5S−49−97「石油製品−炭化水素タイプ試験方法−高速液体クロマトグラフ法」に準拠して測定することができる。
【0030】
<燃料油組成物の調製>
本発明の燃料油組成物は、例えば、上記の蒸留性状を満たすように分留した軽油基材を水素化分解して製造した低芳香族軽油に、接触分解軽油を飽和水素化した芳香族を含まない軽油(ナフテン系軽油)、ナフテン系溶剤、ノルマルパラフィンを製造する際に留出されるラフィネート(高温高圧下で水素化された灯油留分)等のナフテンリッチな基材を混合して製造することができる。また、必要に応じて、セタン価(CN)の高いパラフィン系軽油基材を混合することもできる。
【0031】
(セタン価向上剤)
なお、本発明の燃料油組成物には、必要に応じてセタン価向上剤を添加しても良く、上記セタン価向上剤としては、アルキルナイトレート系セタン価向上剤や、有機過酸化物系セタン価向上剤が挙げられる。ここで、上記アルキルナイトレート系セタン価向上剤としては、炭素数6〜12のアルキルナイトレートが好ましく、2-メチルヘキシルナイトレートが特に好ましい。また、上記有機過酸化物系セタン価向上剤としては、炭素数6〜12のジアルキルパーオキサイドが好ましく、ジ-t-ブチルパーオキサイドが特に好ましい。そして、これらセタン価向上剤の添加量は、0.5質量%以下が好ましく、0.1質量%以下が更に好ましい。セタン価向上剤の添加量を増すとセタン価は高くなるが、その増加の割合は、添加量が0.5質量%を超えると極めて小さくなるので、セタン価向上剤添加の費用対効果の観点から添加量は0.5質量%以下とすることが好ましい。
【0032】
(その他の添加剤)
また、本発明の燃料油組成物には、任意に、燃料油組成物の安定性を確保するための酸化防止剤、燃料油組成物の低温流動性を確保するための低温流動性向上剤、燃料油組成物の潤滑性を確保するための潤滑性向上剤、エンジンの清浄性を確保するための清浄剤等を適宜添加することができる。
【0033】
ここで、上記酸化防止剤としては、2,6-ジ-t-ブチルフェノール、2,6-ジ-t-ブチル-4-メチルフェノール、2,4-ジメチル-6-t-ブチルフェノール、2,4,6-トリ-t-ブチルフェノール、2-t-ブチル-4,6-ジメチルフェノール、2-t-ブチルフェノール等のフェノール系酸化防止剤や、N,N'-ジイソプロピル-p-フェニレンジアミン、N,N'-ジ-sec-ブチル-p-フェニレンジアミン等のアミン系酸化防止剤、およびこれらの混合物が挙げられる。ここで、これら酸化防止剤の添加量は、0.001〜0.10質量%の範囲が好ましい。酸化防止剤の添加効果は大きいので、実用的には0.10質量%の添加で十分な効果が得られるからである。
【0034】
上記低温流動性向上剤としては、公知のエチレン共重合体等が挙げられ、特に、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、酪酸ビニル等の飽和脂肪酸のビニルエステルが好ましい。これら低温流動性向上剤の添加量は、特に限定されず、目的に応じて適宜選択することができる。
【0035】
上記潤滑性向上剤としては、長鎖(例えば、炭素数12〜24)の脂肪酸またはその脂肪酸エステルが挙げられる。そして、燃料油組成物に対し該潤滑性向上剤を10〜500質量ppm、好ましくは50〜100質量ppm添加することにより、燃料油組成物の潤滑性を向上して燃料噴射器の摩耗を抑制することができる。
【0036】
上記清浄剤としては、コハク酸イミド、ポリアルキルアミン、ポリエーテルアミン等が挙げられる。これら清浄剤の添加量は、特に限定されず、目的に応じて適宜選択することができる。
【0037】
<改質器付き予混合圧縮着火エンジン>
上述した本発明の燃料油組成物は、既存の予混合圧縮着火エンジンの他、排気ガスの廃熱を利用して燃料を脱水素化(改質)する改質器を備える、改質器付き予混合圧縮着火エンジンに好適に用いることができる。
【0038】
ここで、本発明の燃料油組成物を適用し得る改質器付き予混合圧縮着火エンジンの構成の一態様を、図1に示す。
【0039】
図1に示すように、改質器付き予混合圧縮着火エンジン1は、燃料油組成物(以下、単に「燃料」と称する)または改質器で改質した燃料(以下、単に「改質燃料」と称する)と、空気との混合気を圧縮して高温にし、自己着火させて燃焼させるディーゼルエンジン(PCCIエンジン)である。そして、この改質器付き予混合圧縮着火エンジン1は、吸気管5を介してエンジン本体6の燃焼室内へと空気を吸気すると共に、燃料タンク2に給油した燃料を、ポンプ3、燃料噴射弁4を介してエンジン本体6の燃焼室内へ噴射し得るようにされている。また、この改質器付き予混合圧縮着火エンジン1は、燃料を、ポンプ3を介して脱水素触媒を備える改質器7へと送り、エンジン本体6から排出される排気ガスの熱を利用して、その改質器7で燃料の脱水素化を行ってセタン価を低減した改質燃料を生成し、生成した改質燃料をタンク8、ポンプ9、燃料噴射弁10を介してエンジン本体6の燃焼室内へ供給し得るようにされている。なお、燃料の脱水素反応時に生成する水素は、タンク12、噴射系13、吸気管5を介してエンジン本体6の燃焼室内へ供給し得るようにされている。更に、この改質器付き予混合圧縮着火エンジン1は、エンジン本体6の燃焼室内で燃料または改質燃料を燃焼させた際に生じる排気ガス中に含まれる有害排気ガス成分を、改質器7で排気ガスの熱を利用した後に処理するための排気ガス浄化触媒11も備えている。
【0040】
ここで、タンク2,8,12、ポンプ3,9、燃料噴射弁4,10、噴射系13、吸気管5、エンジン本体6および排気ガス浄化触媒11には、既知の予混合圧縮着火エンジンにおいて通常用いられているものを用いることができる。
【0041】
また、燃料の脱水素反応を行う改質器7としては、脱水素触媒を充填した反応器を用いることができ、脱水素触媒としては、例えば、特開2006−257906号公報に記載されているような、白金を担持した触媒を用いることができる。そして、この改質器7では、脱水素触媒の存在下、例えば250℃以上、好ましくは300℃以上の温度で燃料の改質が行われ、燃料中のナフテン等が脱水素して芳香族化合物に転化して、水素および低セタン価の改質燃料が生成する。改質器での反応条件としては、例えば、「“有機ハイドライドを利用する水素貯蔵・供給システムの特徴と将来性”梅沢順子、PETROTECH(ペトロテック) 第29巻 第4号 第253〜257頁、社団法人石油学会、2006年」に記載されている脱水素反応の反応条件等を用いることができ、特には、温度が300℃〜450℃、圧力が常圧〜1MPaの反応条件を用いることが好ましい。
【0042】
なお、改質器7では脱水素反応によってナフテン等が芳香族化合物に転化するので、改質燃料のセタン価は改質前の燃料と比べて低くなるが、その程度はナフテンの含有量と種類に依存する。セタン価の低減効果の一例は、以下の表1に示す通りである。
【0043】
【表1】

【0044】
なお、製油所で得られる「ベンゼン、硫黄を含まず、且つ、流動点が低い芳香族系の灯軽油留分」中の芳香族分を飽和水素化してナフテン分とし、同ナフテン系燃料を、Pt/Al触媒で脱水素化した例が、“梅沢、有機ハイドライドを利用した水素貯蔵・供給システムの開発、燃料電池 4巻1号(2004年)”に記載されており、この種の芳香族系灯油・軽油留分の飽和水素化燃料をナフテン基材として利用することもできる。
【0045】
ここで、改質器7での脱水素反応の一例を以下に示す。下記の例では、1モルのメチルシクロヘキサンから1モルのトルエンと3モルの水素が生成している。
14 → C + 3H △H=205kJ/mol
そして、上記反応式からも明らかなように、脱水素反応は吸熱反応であるところ、改質器7では、排気ガスの廃熱を回収して該反応に有効利用しているので、改質器付き予混合圧縮着火エンジン1の熱効率が向上し、それによりCO排出量を削減することができる。また、高負荷で運転している場合には高温の排気ガスがエンジン本体6から排出されるので、高温下、高い転化率で燃料の脱水素反応を行うことができる。従って、排気ガスの廃熱を改質器7での脱水素反応に利用した改質器付き予混合圧縮着火エンジン1では、高負荷条件下ほど低セタン価の改質燃料が生成され、該低セタン価の改質燃料と極めて着火性の低い水素を使用することができるので、既存の予混合圧縮着火エンジンと比較して、PCCI燃焼領域を拡大することができる。
【0046】
そして、上述のような改質器付き予混合圧縮着火エンジン1によれば、燃焼室内の温度が低い冷機時や、高セタン価の燃料を必要とする低負荷条件下では燃料をそのままエンジン本体6の燃焼室へと供給し、燃焼室内の温度が高い暖機時や、高セタン価の燃料を必要としない高負荷条件下では、排気ガスの廃熱を用いて改質器7で改質した改質燃料と、燃料の改質(脱水素)時に生成する水素とをエンジン本体6の燃焼室へと供給することにより、ノッキングを防止しつつ熱効率を向上させることができると共に、排気ガスからの熱回収も実現することができる。また、CO排出量の削減を達成することもできる。ここで、改質器7での燃料の改質(脱水素化)は、排気ガスの温度を図示しないセンサーで測定し、排気ガス温度が所定の温度、例えば250℃以上となった後に燃料を改質器7へと供給することにより行うことができる。更に、改質前の燃料と改質燃料との何れの燃料をエンジン本体6へと供給するかは、図示しないセンサーを用いてエンジン条件(負荷、車速など)を検出し、該エンジン条件に基づき決定することができる。
【0047】
なお、上述した態様以外にも、図1に破線の矢印で示すように、改質燃料は、燃料噴射弁4を介してエンジン本体6の燃焼室に供給するようにしても良い。このようにすれば、燃料噴射弁10を設ける必要が無い。更に、改質器7で生成した水素は、吸気管5に直接噴射してエンジンに供給しても良く、或いは、排気ガス浄化触媒(NOx吸蔵触媒など)の硫黄被毒回復(再生)に使用しても良い。水素を排気ガス浄化触媒の再生に使用した場合、再生に必要な燃料(リッチスパイク)を節約することができる。その他にも、燃料と改質燃料との両方を所定の比率でエンジン本体6に供給するようにしても良い。
【実施例】
【0048】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記の実施例に何ら限定されるものではない。
【0049】
<実施例1〜2および比較例1〜3>
以下の供試燃料を調製し、下記の方法で性状分析を行った。結果を表2に示す。
更に、下記の供試機関(改質器付き予混合圧縮着火エンジン)を下記の条件で運転して、供試燃料および改質器で改質した改質燃料を用いて運転した場合のPCCI燃焼領域の評価を下記の方法で行った。なお、評価は、市販の軽油を用いた場合(比較例1)と比較して、PCCI燃焼領域が拡大した燃料を(○)、同等の燃焼領域が認められた燃料を(△)、燃焼領域が縮小した燃料を(×)とした。結果を表2に示す。
【0050】
(供試燃料の調製)
・燃料−1:市販軽油(ベース燃料)
・燃料−2:接触分解軽油基材(LCO)
・燃料−3:市販灯油
・燃料−4:石油系軽油基材を水素化分解した低芳香族燃料30容量%に、芳香族化合物分が0.02容量%以下の飽和水素化燃料(特開2006−96786号公報に記載のナフテン系溶剤)70容量%を混合した燃料
・燃料−5:石油系軽油基材を水素化分解した低芳香族燃料30容量%に対し、純度96%以上の1−メチルナフタレン試薬を水素化した飽和水素化燃料を70容量%混合した燃料
【0051】
(燃料の性状分析法)
・密度:JIS K2249「原油及び石油製品密度試験法」
・蒸留性状:JIS K2254「蒸留試験法」
・硫黄分:JIS K2541−6「硫黄分試験法(紫外蛍光法)」
・セタン価(CN):JIS K2280「石油製品−燃料油−オクタン価及びセタン価試験方法並びにセタン指数算出方法」に規定された実測法
・ナフテン分:Agilent Technologies社製HP−6890N型FID検出器付きGCおよび日本電子社製AccuTOF JMS−T100GC飛行時間型質量分析計からなるGCシステムを用いた。詳細な分析条件は次の通りである。
1次カラム:微極性カラム(Supelco社製PTE−5、長さ30m、内径0.25mm、フィルム厚0.25μm)、モジュレータ中空カラム:長さ2m、内径0.1mm
2次カラム:高極性カラム(Supelco社製SpelcoWAX10、長さ2m、内径0.25mm、フィルム厚0.25μm)
昇温条件:10℃/分(50℃(5分保持)から280℃(27分保持))
注入口温度:280°C
注入量:1.0μl
スプリット比:100:1
キャリアガス:ヘリウム(He)、1.0ml/分
モジュレータ温度:下記のコールド温度、ホット温度を繰り返す。
ホットジェットガス温度:150℃(5分保持)から320℃(33分保持)に10℃/分で昇温。
コールドジェットガス温度:約−140℃
モジュレータ頻度:6秒間で0.3秒間ホット温度、その後5.7秒間コールド温度。
インターフェイス中空カラム:長さ0.5m、内径0.25mm
FIDガス条件:水素(45mL/分)、空気(450mL/分)、メークアップヘリウム(25mL/分)
ここで、本GCシステムは、炭素数7〜44の化合物を測定することが可能であり、測定したピーク(山形)の溶出時間とマススペクトルから、それぞれのピーク(山形)に対応する化合物を同定する。同定された全ピーク(山形)の合計を含有量合計(100ピーク体積%)とし、それぞれのピーク(山形)から対応するそれぞれの化合物の含有量をピーク体積%として算出し、これを容量%とする。ナフテン分(容量%)は、ナフテン環を骨格に持つ成分の合計含有量として求められる。
【0052】
(供試機関諸元)
・気筒数:1
・排気量(cm):1007
・圧縮比:14
【0053】
(運転条件)
エンジン回転速度を1320(rpm)、燃料の噴射圧力を40MPaに固定し、燃料の噴射量・噴射時期を変化させ、PCCI燃焼が成立する負荷範囲を求めた。
【0054】
(PCCI燃焼領域の評価方法)
低負荷条件(高い着火性が求められる条件)側でのPCCI燃焼が可能な負荷ついては、改質していない燃料をそのまま用いた場合のPCCI燃焼限界を着火・燃焼の安定性の指標である燃焼変動を用いて決定することにより求め、また、高負荷条件側でのPCCI燃焼が可能な負荷ついては、改質器でセタン価を低減した改質燃料および水素を用いた場合のPCCI燃焼限界を急激な燃焼の指標である圧力上昇率の最大値及びNOx排出量を用いて決定することにより求めた。具体的には、燃焼変動係数COVは0.5%、圧力上昇率(dP/dθ)は1.0MPa、NOx排出量は0.5g/kWhを閾値として、PCCI燃焼限界を求めた。そして、両者を合わせて、その燃料の予混合圧縮着火運転が可能な負荷領域(PCCI燃焼領域)とした。
【0055】
(エンジン性能評価方法)
(1)排気ガス測定
排気ガス分析計(堀場製)を用いて、排気ガス中の二酸化炭素(CO)、窒素酸化物(NOx)、炭化水素(HC)、一酸化炭素(CO)の各濃度を測定した。
(2)燃焼解析
燃焼解析装置(小野測器製)を用いて、図示平均有効圧力、燃焼変動を解析・評価した。また、着火遅れ、dP/dtの最大値を測定した。
(3)容量燃費
図示平均有効圧力と燃料消費量の測定値から容量燃費を算出した。
【0056】
【表2】

【0057】
表2から明らかなように、本発明に係る燃料油組成物を用いた場合、改質器を備える予混合圧縮着火エンジンで、予混合圧縮着火燃焼が可能な運転領域(PCCI燃焼領域)が拡大し、CO排出量の削減が可能となる。
【符号の説明】
【0058】
1 改質器付き予混合圧縮着火エンジン
2 タンク
3 ポンプ
4 燃料噴射弁
5 吸気管
6 エンジン本体
7 改質器
8 タンク
9 ポンプ
10 燃料噴射弁
11 排気ガス浄化触媒
12 タンク
13 噴射系

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫黄分が10質量ppm以下、90%留出温度が360℃以下、ナフテン分が30容量%以上、セタン価が35以上、15℃における密度が0.860g/cm以下である、予混合圧縮着火エンジン用燃料油組成物。
【請求項2】
脱水素触媒を用いて燃料油組成物を脱水素し改質燃料油組成物へと改質する改質器を備えた改質器付き予混合圧縮着火エンジンに用いられ、且つ、
前記改質燃料油組成物のセタン価が、前記改質器での改質前の燃料油組成物のセタン価より7以上低い、請求項1に記載の予混合圧縮着火エンジン用燃料油組成物。
【請求項3】
前記改質燃料油組成物のセタン価が28以下である、請求項2に記載の予混合圧縮着火エンジン用燃料油組成物。

【図1】
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【公開番号】特開2010−241871(P2010−241871A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−89490(P2009−89490)
【出願日】平成21年4月1日(2009.4.1)
【出願人】(304003860)株式会社ジャパンエナジー (344)