説明

人工手

【課題】皮膚変形特性がヒトに近い人工手を提供する。
【解決手段】本発明の人工手は、ヒトの皮膚程度に柔軟な材料からなる繊維部と、該繊維部よりも柔軟な内部組織を持つ多数個の袋群と、周りを覆う該繊維部よりも硬い膜と、からなることを特徴とする。皮膚変形特性がヒトに近く、例えば、人工手の上をワイヤーが通過する場合、ワイヤーの進行側では人工手が押しつぶされてへこみ、通過側では元に戻り膨らむ形となる。ちょうどウェーブ状の変形であり、これはヒトの指や手においても観測できる。人工手の大きさをヒト指と同程度にすれば、ヒト指と人工指とでワイヤーを挟んで擦ることでVHIを発現する。また、皮膚変形特性がヒトに近いことから、ヒトと同等もしくはそれ以上の、受動的な把持安定性の実現や、内部に触覚センサを埋め込むことによりヒトと同等の触感センシング、または、ヒトと同等もしくはそれ以上の高感度な触覚センシングが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトの指もしくは手を模した形状を有する人工手に関するものである。
【背景技術】
【0002】
VHI(Velvet Hand Illusion)は、硬いワイヤーを触っているにも関わらず、ベルベットのようなモワッとしたソフトな感覚が生まれる(非特許文献1)。特異的な触覚の錯覚であるVHI は、脳の機能を探る上でも極めて重要であり、脳神経科学の分野からも強い関心が寄せられている。
オリジナルには、自身の両手で六角形の金網を挟み込み擦るものである。ただし、受動および能動どちらでも、また自身の片手と他人の片手でも同様に発現する。しかし、単なる柔軟な人工手ではVHI がほとんど生じない。ヒトの手には単なる柔軟な人工手とは異なる特性があり、VHIが生じる人工手を作成することで、ヒトの触知覚メカニズムの理解や、ヒト並みあるいはそれ以上の受動的な安定把持の実現や、ヒトと同等の触感センシング、または、ヒトと同等もしくはそれ以上の柔軟かつ高感度な触覚センシングの実現が期待できる。
非特許文献2では、ヒト皮膚の層構造および表面紋様を模倣した人工皮膚を設計・製作している。また、非特許文献3では、ヒト指と同様に接触面積を高めるために低硬度材を選定し、構造的な工夫を施すことで安定性を高めつつ引き裂け難い指先柔軟肉の設計を行っている。非特許文献4では、指紋を有する触覚センサ内蔵のソフトフィンガを開発しており、触れた瞬間に対象の滑りを検出し把持力を制御することで、安定把持を実現している。特許文献1では、ヒト機械受容器に似た特性を有する機能性材料を使用した触覚センサを開発し、ヒトの触感センシングを試みている。このように、ヒトと同等の能力を有する人工手の開発が注目されている。
ここで、これまでの人工手ではVHIは発現されない。VHIの発現には、ヒトと同様の皮膚変形特性が必要であると考えられる。しかしながら、非特許文献5に見られるようなヒトの指の内部構造と比べると、これまでの人工手では、その内部構造が再現されておらず不十分であった。なお、VHIを発現する人工手は、皮膚変形特性がヒトに近いことから、上記の能力をより高める可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−181693号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】H. Mochiyama, A. Sano, N. Takesue, R. Kikuuwe, K. Fujita, S. Fukuda, K. Marui, and H. Fujimoto: “Haptic Illusions induced by Moving Line Stimuli,” Proc. of World Haptics, pp.645-648 (2005)
【非特許文献2】前野隆司,野々村美宗,白土寛和: “ヒト肌の質感を呈する人工皮膚の表面構造”,第24 回日本ロボット学会学術講演会予稿集,1C15 (2006)
【非特許文献3】岩田浩康,石井聡,菅野重樹: “把持安定性と引裂耐性を考慮した指先柔軟肉設計”,第10 回計測自動制御学会システムインテグレーション部門講演会論文集,pp.1359-1360 (2009)
【非特許文献4】佐野明人, 西恒介, 宮西英樹, 藤本英雄: “触覚情報に基づく遠隔臨場感多指ハンドシステムの構築”, 計測自動制御学会論文集, vol.40, no.2, pp.164-171 (2004)
【非特許文献5】F.H. Netter 著,相磯貞和訳: ネッター解剖学図譜, 丸善,(2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記事情に鑑み、皮膚変形特性がヒトに近い人工手を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
課題を解決するために、第1の発明は、ヒトの指もしくは手を模した形状を有する人工手であって、ヒトの皮膚程度に柔軟な材料からなる繊維部と、該繊維部よりも柔軟な内部組織を持つ多数個の袋群と、周りを覆う該繊維部よりも硬い膜と、からなることを特徴とする、人工手にある(請求項1)。
【0007】
第2の発明は、前記膜は、前記繊維部よりも伸びにくいことを特徴とする、請求項1に記載の人工手にある(請求項2)。
【0008】
第3の発明は、前記膜は、柑橘類果実のじょう嚢膜であることを特徴とする、請求項1または2のいずれか1つに記載の人工手にある(請求項3)。
【0009】
第4の発明は、前記ヒトの指もしくは手の背面に相当する部位、または前記ヒトの指もしくは手の内部に相当する部位に、前記繊維部よりも硬い骨部があることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1つに記載の人工手にある(請求項4)。
【0010】
第5の発明は、前記ヒトの指もしくは手の背面に相当する部位に、前記繊維部よりも硬い爪形状のプレートがあることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1つに記載の人工手にある(請求項5)。
【0011】
第6の発明は、前記プレートは、ヒトの爪を模した形状を有しており、前記プレートのうち前記ヒトの爪の根元に相当する部位は、前記膜よりも内部に埋め込まれていることを特徴とする、請求項5に記載の人工手にある(請求項6)。
【0012】
第7の発明は、前記袋は、所定の方向に並んで配置されていることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1つに記載の人工手にある(請求項7)。
【0013】
第8の発明は、前記袋の内部組織は、非圧縮性の物質であることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1つに記載の人工手にある(請求項8)。
【0014】
第9の発明は、前記袋の内部組織は、水または空気であることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1つに記載の人工手にある(請求項9)。
【0015】
第10の発明は、前記袋と前記繊維部が隣接する付近に、触覚センサを備えることを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1つに記載の人工手にある(請求項10)。
【0016】
第11の発明は、前記膜には、前記膜よりも低摩擦のシートがかぶせられていることを特徴とする、請求項1〜10のいずれか1つに記載の人工手にある(請求項11)。
【発明の効果】
【0017】
請求項1の発明によれば、皮膚変形特性がヒトに近い人工手を提供できる。例えば、人工手の上をワイヤーが通過する場合、ワイヤーの進行側では人工手が押しつぶされてへこみ、通過側では元に戻り膨らむ形となる。ちょうどウェーブ状の変形であり、ヒトの指や手において観測できるものに近い。このように皮膚変形特性がヒトに近いことから、人工手の大きさをヒトの指もしくは手と同程度にすれば、ヒトの指もしくは手と人工手とでワイヤーを挟んで擦ることでVHIを発現する。ヒト指もしくは手とヒト指もしくは手とをワイヤーで挟んだ場合、上記で述べた皮膚変形が互いの指もしくは手で起こるため、対向する皮膚同士で対称のウェーブが作用するので、結果的に界面(接触面)は中立位置を維持したままで、圧力変化が生まれる。すなわち、進行側の皮膚では圧力減少、通過側の皮膚では圧力上昇が起きる。これがある周波数(2.5〜3.0[Hz])に達すると,VHIを感じるのではないかと推測される。上記人工手の場合においてもヒトの指もしくは手と対向させた場合、同様の現象が起きると考えられる。また、ヒトと皮膚変形特性が近いことから、ヒトと同等もしくはそれ以上の、受動的な把持安定性の実現や、内部に触覚センサを埋め込むことによりヒトと同等の触感センシング、または、ヒトと同等もしくはそれ以上の高感度な触覚センシングが可能となる。
【0018】
請求項2または3の発明によれば、皮膚変形特性をヒトにより近くできるので、さらに強くVHIを発現することができる。
【0019】
請求項4の発明によれば、前記骨部を何らかの部材に取り付けることで、人工手を駆動しやすくなる。
【0020】
請求項5の発明によれば、前記プレートが人工手のバックプレートとしての効果をもち、把持を補助し、人工手の指先の剛性を高めることができる。
【0021】
請求項6の発明によれば、前記プレートが根元で人工手の内部に埋め込まれたことにより、ここを固定端とする片持ちはりのような構造となる。これにより、指腹部に相当する箇所に加えられた荷重を該プレートの根元付近に伝えることができる。
【0022】
請求項7、8または9の発明によれば、人工手の変形に伴い前記袋で生じた変形が、隣接する袋にさらに伝搬しやすくなる。
【0023】
請求項10の発明によれば、人工手の変形を高感度に取得できるようになる。
【0024】
請求項11の発明によれば、人工手の摩擦係数を変えることができ、特に低摩擦にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の第1実施形態における人工手の構成を示す図である。
【図2】本発明の第1実施形態における人工手に対して、ワイヤーを通過させた際の変形を示す図である。
【図3】本発明の他の実施形態における爪部と骨部を有した人工手の構成を示す図である。
【図4】本発明の他の実施形態における触覚センサを有した人工手の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の人工手の実施の形態を説明する。
【0027】
本発明の人工手は、ヒトの指もしくは手を模した形状を有するものであり、ヒトの皮膚程度に柔軟な材料からなる繊維部と、該繊維部よりも柔軟な内部組織を持つ多数個の袋群と、周りを覆う該繊維部よりも硬い膜と、からなることを特徴とする。
【0028】
(第1実施形態)
図1は、本発明の第1実施形態における人工手の構成を示したものである。本実施形態の人工手は、ヒトの指を模した形状を有している。したがって、本実施形態の人工手を以下、人工指と表現する。
【0029】
図1の人工指の内部は、繊維部1と内部組織2として非圧縮性流体である水が封入された袋3が多数個入っている。全体に対する内部組織の充填率は約70[%]程度である。さらに、その周りを膜4として、厚さ0.2[mm]のみかんのじょう嚢膜が覆っており、さらにその表面に低摩擦シート5として、厚さ0.05[mm]の、膜4よりも低摩擦のポリエチレンシートが被せられている。なお、繊維部1には、人肌ゲルと呼ばれる柔軟なウレタンゲルを用いている。また、水が封入された袋3は、包装材の気泡シート(ポリエチレン)を分離したものであり、その大きさは、粒径φ7[mm]、粒高2.5[mm]である。袋3の膜厚は0.015[mm]である。なお、袋3の膜は薄く伸びにくい材質が良い。全体の大きさは35[mm]×20[mm]×15[mm]である。
【0030】
図2に、本発明の第1実施形態における人工指に対して、ワイヤーを通過させた際の変形の様子の模式図を示す。ワイヤーの進行側では皮膚が押しつぶされてへこみ、通過側では元に戻り膨らむ形となる、ウェーブ状の変形が見られる。同様の変形がヒトの指に対しても観測できる。さらに、ヒト指と本実施形態における人工指を対向させ、ワイヤーを挟んで擦り動作を行った結果、ヒト両指でなぞった場合とまったく同じ、あるいはより強いVHI を発現した。
(他の実施形態)
第1実施形態では、爪部や骨部がないが、爪部または骨部を加えても良い。図3に爪部(プレート)と骨部を有する人工指を示す。爪部6や骨部7には繊維部1よりも固い材料が良いが、例えば、アクリルを使用しても良い。骨部7を何らかの部材に取り付けることで、人工指を駆動しやすくなる。また、爪部6は人工指のバックプレートとしての効果をもち、把持を補助する。さらに、図3に示すように、爪部6の根元を人工指内部に埋め込むことにより、指腹部に相当する箇所に加えられた荷重を該爪部6の根元付近に伝えることができる。
【0031】
第1実施形態では、触覚センサが中に内蔵されていないが、触覚センサを加えても良い。図4に触覚センサ8を有する人工指を示す。触覚センサ8は、袋3と繊維部1とが隣接する付近に配置されると良い。人工指表面の変形に応じて繊維部1が変形する。これに応じて袋3は変形するが、袋3は、ほぼ体積が変化せずに変形するため、付近の袋3にその変形が伝搬する。したがって、人工指表面での変形が、繊維部1、袋3を通じて、内部で広がる。したがって、袋3と繊維部1が隣接する付近に触覚センサ8を配置することで、人工指の表面の変形を高感度に取得できると考えられる。さらに、図4に示すように袋3が所定の方向に並んで配置されていれば、袋3の変形の伝搬はしやすくなり、さらに触覚センサ8に伝わる変形を大きくすることができると考えられる。例えば,図4に示したように指長手および短手方向に並んで配置、もしくは互い違いに配置しても良い。また、指内部方向にも並べて配置しても良い。また、触覚センサ8としては、例えば、歪ゲージや高分子圧電体のPVDF(ポリフッ化ビニリデン)フィルムが使用できる。
【0032】
第1実施形態では、繊維部1、内部組織2、袋3、膜4、低摩擦シート5を示したが、低摩擦シート5がなくとも良い。ただし、膜4にみかんのじょう嚢膜を用い、低摩擦シート5に低摩擦の薄いポリエチレンシートを用いる第1実施形態において、VHIが強く発現する。
【0033】
第1実施形態では、繊維部1、内部組織2、袋3、膜4、低摩擦シート5の材料を示したが、他の材料であっても良い。例えば、繊維部1に天然ゴムやイソプレンゴム、クロロプレンゴム、ブチルゴム、シリコーンゴム、内部組織2にシリコーンオイルや空気、袋3に脂肪族ポリエステル製の気泡シート、膜4に天然ゴムやイソプレンゴム、クロロプレンゴム、ブチルゴム、シリコーンゴム、低摩擦シート5にテフロン(登録商標)シートやナイロンシートを用いても良い。ただし、内部組織2は繊維部1より柔らかい必要がある。また、膜4は繊維部1よりも硬い必要がある。
【0034】
第1実施形態では、具体的な寸法を示したが、上記以外の寸法でも良い。例えば、ヒトの指と同程度の大きさの寸法に限られるものではなく、把持対象物の大きさや用途等に応じてヒトの指よりも大きいまたは小さい寸法にしてもよい。また、ヒトの指を模した形状に限られず、ヒトの手全体やヒトの手の一部分を模した形状にしてもよい。
【0035】
(応用例)
ヒトと皮膚変形特性が近いことから、ヒトと同等もしくはそれ以上の、受動的な把持安定性の実現や、内部に触覚センサを埋め込むことによりヒトと同等の触感センシング、または、ヒトと同等もしくはそれ以上の高感度な触覚センシングが可能となる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトの指もしくは手を模した形状を有する人工手であって、ヒトの皮膚程度に柔軟な材料からなる繊維部と、該繊維部よりも柔軟な内部組織を持つ多数個の袋群と、周りを覆う該繊維部よりも硬い膜と、からなることを特徴とする、人工手。
【請求項2】
前記膜は、前記繊維部よりも伸びにくいことを特徴とする、請求項1に記載の人工手。
【請求項3】
前記膜は、柑橘類果実のじょう嚢膜であることを特徴とする、請求項1または2のいずれか1つに記載の人工手。
【請求項4】
前記ヒトの指もしくは手の背面に相当する部位、または前記ヒトの指もしくは手の内部に相当する部位に、前記繊維部よりも硬い骨部があることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1つに記載の人工手。
【請求項5】
前記ヒトの指もしくは手の背面に相当する部位に、前記繊維部よりも硬い爪形状のプレートがあることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1つに記載の人工手。
【請求項6】
前記プレートは、ヒトの爪を模した形状を有しており、前記プレートのうち前記ヒトの爪の根元に相当する部位は、前記膜よりも内部に埋め込まれていることを特徴とする、請求項5に記載の人工手。
【請求項7】
前記袋は、所定の方向に並んで配置されていることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1つに記載の人工手。
【請求項8】
前記袋の内部組織は、非圧縮性の物質であることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1つに記載の人工手。
【請求項9】
前記袋の内部組織は、水または空気であることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1つに記載の人工手。
【請求項10】
前記袋と前記繊維部が隣接する付近に、触覚センサを備えることを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1つに記載の人工手。
【請求項11】
前記膜には、前記膜よりも低摩擦のシートがかぶせられていることを特徴とする、請求項1〜10のいずれか1つに記載の人工手。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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