説明

人工授精用のウシ凍結精液

【課題】従来のものより精子の生存期間が長く、受胎率が改善し得る新規な人工授精用のウシ凍結精液を提供する。
【解決手段】人工授精用のウシ凍結精液において、栄養成分として従来使用されているニワトリの卵黄に代えて、ホロホロチョウの卵黄を凍結保存液に添加し、精子を凍結した人工授精用凍結精液は精子の生存期間が長く、受胎率を改善することが出来る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工授精用のウシ凍結精液に関するものである。さらに詳しくは、従来のものより精子の生存期間が長く、受胎率が改善し得る新規な人工授精用のウシ凍結精液に関するものである。
【背景技術】
【0002】
日本では、ウシの人工授精の普及率は現在ほぼ100%となっており、畜産業の進展には、なくてはならない技術である。この技術の成功率(受胎率)の高低は、農家の収益に多大な影響を及ぼす。ところが、近年、この受胎率が低下し、重大な問題となっている。
【0003】
人工授精用のウシ凍結精液は、精子の凍結時の保護物質として卵黄が含まれており(下記特許文献1参照)、従来は、ニワトリの卵黄を用いて作成されている。しかし、凍結により時期尚早な受精能獲得様の変化が起きる、さらに、凍結精液を母体内に注入した場合、新鮮精液のそれに比べて精子の生存時間が短縮しており、受精能獲得(キャパシテーション)様の変化が起きた精子を人工授精に用いると受胎率が低下するという報告が見られる(下記非特許文献1〜3参照)。したがって、凍結精液における精子の生存時間を長くすることが出来れば、受胎率も改善し得ると思われる。
【0004】
【特許文献1】 特公表2004−505624号公報
【非特許文献1】 Bailey JL,Bilodeau JF,Cormier N.Semen cryopreservation in domestic animals:a damaging and capacitating phenomenon.J Androl.2000 21:1−7.
【非特許文献2】 Holt WV,Medrano A.Assessment of boar sperm function in relation to freezing and storage.J Reprod Fertil Suppl.1997 52:13−22.
【非特許文献3】 Thundathil J,Gil J,Januskauskas A,Larsson B,Soderquist L,Mapletoft R,Rodriguez−Martinez H.Relationship between the proportion of capacitated spermatozoapresent in frozen−thawed bull semen and fertility with artificial insemination.Int J Androl.1999 22:366−73.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、本発明の目的は、人工授精用のウシ凍結精液において、従来のものより凍結保存後の受精能獲得様の変化が精子に起こる可能性が低減され、かつ精子の生存期間が長く、受胎率を改善し得る新規な人工授精用のウシ凍結精液を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の課題に鑑み、人工授精用のウシ凍結精液において、凍結時の保護物質として従来使用されているニワトリの卵黄に代え、他の卵黄を使用することによって上記の課題を解決できないかという発想で、種々研究を重ねた結果、ホロホロチョウの卵黄を凍結保存液に添加し、精子を凍結すると、精子の生存時間が有意に長くなるという新事実を見出し、本発明に到達した。
【0007】
すなわち、本発明の人工授精用のウシ凍結精液は、凍結精液の調製において、ホロホロチョウの卵黄を凍結保存液に添加し、精子を凍結することを特徴とするものである。
本発明の人工授精用のウシ凍結精液は、さらに具体的には、ウシの精液、トリス糖液、純水及びホロホロチョウの卵黄を含む組成物を凍結したものである。この凍結精液では、ホロホロチョウの卵黄の含有量が10〜30重量%であることが好適である。
【発明の効果】
【0008】
本発明にしたがって、ホロホロチョウの卵黄を用いてウシ精子を凍結保存した場合、従来のニワトリの卵黄を用いた場合に比べて精子活力が高く、時期尚早な受精能獲得反応が起きない。したがって、本発明による人工授精用のウシ凍結精液を使用して人工授精を行うと、従来のものに比べて、受胎率が一段と向上し、畜産農家の収益に多大な寄与を及ぼす。
【発明を実施するための最適の形態】
【0009】
<ホロホロチョウの卵黄について>
本発明でいうホロホロチョウ(ほろほろ鳥)は、キジ目ホロホロチョウ科の鳥の総称であり、主な種類として以下のようなホロホロチョウが知られているが、本発明ではその種類を問わず、その卵から得られる卵黄が使用可能である。
ムナジロホロホロチョウ(Agelastes meleagrides Bonaparte)
クロホロホロチョウ(Agelastes niger Cassin)
カブトホロホロチョウ(Numida meleagris L.)
コカンムリホロホロチョウ(Guttera plumifera Cassin)
カンムリホロホロチョウ(Guttera pucherani Hartlaub)
フサホロホロチョウ(Acryllium vulturinum Gray)
これらのホロホロチョウ卵黄は、後述する参考例に示すように、卵黄におけるリン脂質の含有比率が高い。
【0010】
<本発明による人工授精用凍結精液の組成>
本発明によるウシの人工授精液は、既に述べたように、従来のニワトリの卵黄に代えてホロホロチョウ卵黄を用いることを最大の特徴とするが、具体的な人工授精液の処方は以下のとおりである。
凍結保存液は、通常、卵黄トリス糖液(トリスヒドロキシメチルアミノメタン:1.36g、クエン酸:0.76g、ラクトース:1.5g、フルクトース:0.36g、ラフィノース:2.7g、ペニシリンGカリウム:10*104IU、ストレプトマイシン:0.1g/超純水:80ml)に卵黄20%v/vを添加したものを用いる。
本発明の凍結保存液は、従来の卵黄トリス糖液に用いているニワトリの卵黄をホロホロチョウの卵黄に代えたものである。
【0011】
<本発明による人工授精用凍結精液の調製方法>
人工授精用凍結精液の調製は、例えば、次のような方法で行うのが好ましい。
すなわち、まず、ホルスタイン種一頭から人工膣と擬牝台を用い、横取り法にて精液採取を行う。精液採取後、顕微鏡下で精液量、精子活力、精子濃度、生存率等を検査し、生存率が80%以上、精子活力が70%以上、及び1ml中の精子濃度が8億以上の精液を対象に凍結処理を行う。この精液は、凍結保存液を用いて、それぞれ1億匹/mlになるように希釈する。その後、約90分かけて精液温度を徐々(約0.3℃/min)に4℃程度まで降下させ、次に、グリセリン13重量%を添加した等量の凍結保存液を10分間隔に4回に分けて徐々に加えて、最終精子濃度が5000万匹/mlとなるように希釈する。希釈後、直ちに0.5mlストローに分注し、このストローを液体窒素表面から離して約10分間放置する。その後、液体窒素の中に浸し、発泡状態が安定したら液体窒素の入った保管容器に保存する。
【0012】
本発明では、凍結保存液にホロホロチョウの卵黄を用いる。この保存液は、ホロホロチョウの卵黄を使用して調製した卵黄トリス糖液(トリスヒドロキシメチルアミノメタン:1.36g、クエン酸:0.76g、ラクトース:1.5g、フルクトース:0.36g、ラフィノース:2.7g、ペニシリンGカリウム:10*104IU、ストレプトマイシン:0.1g/超純水:80ml)に卵黄20%v/vを添加したもの)を用いて調製するのが好ましい。かかる本発明の凍結保存液の具体的調製方法としては、ホロホロチョウの卵黄を使用して調製した卵黄トリス糖液を用いる以外は、従来のニワトリの卵黄トリス糖液に用いる方法と同様の方法が採用可能である。
【0013】
<凍結した本発明の人工授精用凍結精液の使用>
本発明の人工授精用凍結精液を用いて雌のウシに対して人工授精を行うには、まず、凍結精液の封入されたストローを30〜37℃の温湯に漬けて融解する。その後、精液注入棒にセットする。直腸を介して補定した雌ウシの子宮頚管深部に移植棒を挿入し、凍結融解精液を注入するのがよい。
【実施例】
【0014】
以下、本発明の実施例を詳述する。ただし、本発明はこれらによって限定されるものではない。なお、各実施例において単に「%」とあるのは、特に断らない限り、重量%を意味する。
【0015】
[実施例1]
本実施例では、新鮮精液と凍結融解後の経時的観察のため、凍結保存液調製に際して、ニワトリの卵黄を用いたものとホロホロチョウの卵黄を用いたものとを比較検討した。
凍結精子の質は、凍結融解後の生存時間を指標に推測している。一方で精液の質を観察するに当たってそのキャパシテーション(受精能獲得反応)遂行能力も重要な要因であるが、近年、凍結処理がキャパシテーションを引き起こすという報告や、精液を低温で処理するだけでもキャパシテーションを起こすという報告があるため、ウシ精液を採取後、それぞれ、ニワトリ、ホロホロチョウの卵黄を用いて作成した1次凍結保存液で希釈し、常温もしくは低温で保存して、精子の生存指数を経時的に観察すると共に、それらのキャパシテーションの度合いを測定した。キャパシテーションの度合いを推測するためにキャパシテーションと相関があるとされているHypo Osmotic Swelling Test(HOST)を用いた。さらに、両凍結保存液を用いて凍結精液を作成し、融解後の精子に対しても同様の実験を行い、比較・検討した。
【0016】
<実験の材料及び方法>
1)供試卵黄
ニワトリの卵黄及びホロホロチョウの卵黄は、それぞれ東京農業大学富士農場にて飼養管理されている鳥の新鮮なものを用いた。なお、これらのニワトリ、ホロホロチョウには同じ飼料が与えられている。
【0017】
2)凍結保存液(卵黄トリス糖液)
凍結保存液には表1に示す卵黄トリス糖液を用いた。ホロホロチョウ試験区の凍結保存液は、通常卵黄トリス糖液に用いているニワトリの卵黄をホロホロチョウの卵黄に代えて作成した。
【0018】
【表1】

【0019】
3)精液の採取方法
東京農業大学富士農場にて飼養管理されているホルスタイン種一頭から、人工膣と擬牝台を用い、横取り法にて精液採取を行った。採取後すぐさま精液の入った試験管を30℃のお湯が入った保温容器(ポリビーカー)に浸し、実験室に持ち帰った。そして顕微鏡的検査(精液量、精子活力、精子濃度、生存率)を行った。精子活力は、加温装置(38℃)と精液性状板を用い、光学顕微鏡下で観察した。
【0020】
4)希釈方法
精液を横取り法で採取後、顕微鏡的検査を行い、採取した精子濃度を求め、精液を2つに分けた後、両1次凍結保存液を用い、それぞれ1億匹/mlになるように希釈した。このとき1次凍結保存液の温度は、精液と同じ30℃とした。
【0021】
5)凍結及び新鮮精液の観察方法
両1次凍結保存液で希釈した精液をさらに2つに分け、一方を37℃で保存した。他方を4℃に温度を90分かけて降下させた後、4℃のままで保存した。それらの精液を3、5及び7時間後に精子生存指数を求めHOSTを行った。
精子生存指数は、精子活力の判定を丹羽らによる+++、++、+、+−、−の五段階評価で行い、判定後は次式によって精子の運動力の段階を精子生存指数で算出した。
【0022】
【数1】

【0023】
精子活力は光学顕微鏡下で観察した。観察は採取(4回)ごとに行った。精子活力の判定基準及び生存指数に換算する運動力の段階は以下の表2のとおりである。
【0024】
【表2】

【0025】
6)HOST
希釈精液を10倍の濃度に下記の低張液で希釈し、38℃で30〜40分保存後、トーマ氏血球計算盤上で尾部変形有無をカウントした。カウントは、毎回、精子250匹×2回で行い、その平均値をデータとした。観察は採取(4回)ごとに行った。HOST低張液の組成は以下のとおりである。
UPW:100ml
Fructose:0.74g
Trisodium Citrate Dihydrate:1.35g
【0026】
7)精子の凍結
ウシ精液は原精液のまま半分に分け、それぞれ、精液とほぼ等温の上記1次凍結保存液(2種の卵黄トリス糖液)を用い、精子が1億匹/mlになるように希釈した。等温の温湯を入れたビーカー中に希釈された精液が入った試験管を漬け、氷を入れて90分かけて徐々(0.3℃/min)に4℃まで降下させた。次に、グリセリンの最終濃度を6.5%になるよう、分割法(10分間隔で4回に分けて希釈)により徐々に加えて希釈し、最終精子濃度が、1ml中5000万になるように調整した。希釈後、グリセリン平衡は行わず直ちに0.5mlストローに分注し、0.5cm程度の空気層を残してストローパウダーで閉封し、4℃の水中に浸け滅菌したパウダーに水を含ませ完全に閉封した。ストローを液体窒素表面から約2cm離して試験管立ての上に並べ10分間放置した。その後、液体窒素の中に浸し、発泡状態が安定したら液体窒素の入った保管容器に保存した。
【0027】
8)融解方法及び精子の洗浄
以上のように調製した2種の凍結精液を、それぞれ、38℃のお湯に20秒間浸して融解した。融解した精子を60%と30%のパーコール重層液上に浮遊させ、遠心処理(600g×10min)後、上澄み液を除去し、体外受精培地(表3の基礎培地を体外受精や発生など目的に合わせて表4のように修正したもの)2mlで希釈した。
【0028】
【表3】

【0029】
【表4】

1* 受精後5時間(1細胞)から48時間(8−16細胞)まで培養する培地
2* 受精後48時間(8−16細胞)から受精後7日(胚盤胞期胚)まで培養する培地
NEAA: Nonessential amino acids basal Eagle′s medium
EAA: Essential amino acids Eagle′s minimal essential medium(MEM)
BSA: ウシ血清アルブミン
【0030】
9)凍結融解後の観察
精子生存指数及びHOSTを、融解後を0時間とし、0時間、3時間、5時間及び7時間後に、前述の方法で観察・測定した。
【0031】
<結果及び考察>
採取直後の精液の精子生存指数は、72.3±2.5であり、HOSTは、98.2%と、ともに高い数値を示し、時間の経過に伴い、これらの値は低下した。1次凍結保存液で希釈したのちに新鮮精液のまま、高温(38℃)と低温(4℃)で保存した場合、精子の生存指数は、表5に示すとおり、高温区での低下が顕著であった。
【0032】
【表5】

【0033】
一方でHOSTの値は、表6に示すとおり、低温区において著しく低下した。そして7時間経過時では、高温区、低温区の両区においてホロホロチョウの卵黄区(高温区:61.5%、低温区41.4%)、の方の値がニワトリの卵黄区(高温区41.9%:、低温区:32.8%)に比べて有意に高かった。
【0034】
【表6】

【0035】
さらに、表7に示すとおり、凍結融解後の精子生存指数は、融解5時間後にてホロホロチョウの卵黄区(17.5±2.3)の方がニワトリの卵黄区(10.2±2.0)に比べて有意に高かった。また、表8に示すとおり、HOSTでは、ホロホロチョウの卵黄区の方がニワトリの卵黄区に比べて0時間、3時間及び5時間とも有意に高い値を示した。
【0036】
【表7】

【0037】
【表8】

【0038】
細胞や組織の保存は、一般的に細胞内のATPを高レベルに保つため、低温が望ましいとされている。本実施例においても新鮮精液の状態で低温保存した場合の活力は、高温にくらべて高水準で推移した。しかしHOSTにおいては逆の結果が得られた。これは低温保存によって、膜にキャパシテーション様の変化が起きたためと考えられる。
【0039】
次に、ニワトリ、ホロホロチョウ卵黄両区を比べた場合、7時間経過後のHOSTにおいて、ホロホロチョウ卵黄区が有意に高い値になった。さらに凍結融解後の精液からも同様の効果が観られた。このことはホロホロチョウ卵黄区の凍結保存液に含まれる何らかの成分が低温時もしくは凍結時において膜の正常性を維持したためと考えられる。
【0040】
[実施例2]
本実施例では、凍結精液の受精能獲得の度合いについて実験を行った。
実施例1の実験においてホロホロチョウ卵黄が凍結によるキャパシテーション誘起を抑制している可能性が示された。キャパシテーションは、透明帯への結合試験(ZP Binding Assay)、クロロテトラサイクリン(CTC)染色、及び、卵管上皮への接着試験及び精子タンパクのチロシンのリン酸化の度合いによって推測することができるとされている。
本実施例では、これらの手法を用いて、両卵黄を用いて凍結保存された精子のキャパシテーションの度合いを比較・検討した。
【0041】
<実験の材料及び方法>
1)ZP Binding Assay
パスツールを用い、21時間成熟培養終了卵子から顆粒層細胞と内部の卵細胞を取り除いた透明帯を作成した。次に凍結融解後の生存精子頭部をHoechst 33342で5分間遮光・染色し、その後5分間透明帯と共培養した。その後、透明帯を3回洗浄後、スライドガラス上に塗沫し、退色防止剤DABCOを滴下、カバーガラスで封入し、遮光・保存後、蛍光顕微鏡で接着精子数を観察した。ZPは1回の実験に対して10個用いて2回ずつ行った。
【0042】
2)CTC染色
精子をPBS(+)に浮遊させ、Hoechst 333258にて死亡精子を染色した後、0.5μM CTC含有TrisHCl(pH8)にて染色し、12.5%グルタルアルデヒドで固定した。その後、蛍光顕微鏡で蛍光頭部を観察し、頭部全体が染色されたものを正常精子、頭部下部が染色されたものをキャパシテーション、頭部中部が染色されたものをアクロゾームリアクションの3パターンに分けてカウントした。実験は1回に250匹の精子を2回数えた。
【0043】
3)ウエスタンブロット
凍結融解後の精子を遠心処理し、精子濃度が1000万/mlになるように調整した。このとき精子の生存率は、ニワトリ卵黄区は、1回目60%、2回目58%であり、ホロホロチョウ卵黄区は1回目59%、2回目62%であった。精子1000万を再度Na3VO4(0.2mM)含有PBS(−)中で洗浄した(5000rpm,3min)。得られた精子のペレットを抽出バッファー(トリス125mM、SDS12.5%、メルカプトエタノール10%、グリセリン20%及びBRB0.02%)により100℃で5分可溶化した。その後、氷冷して沈殿物を取り除き、電気泳動を行った(10%アクリルアミドゲル)。得られたゲルはPVDF膜セミドライ方式でブロットした(2mA×cm2.60min)。メンブレンは5%FCS、0.1%Tween添加PBSでブロッキングし、1:1000に希釈した抗リン酸化チロシン抗体(4G10:UPSTATE、HRP標識)に1時間抗体反応した。その後メンブレンは、DABとHを用いて発色処理を行い、得られたバンドをデジタル画像に取り込んだ。画像はNIHイメージを用いて比較した。
【0044】
4)卵管上皮の結合試験
新しい排卵痕が認められる卵巣と同側の卵管を食肉センターから採取し、卵管内に排卵卵子が存在することを確認して実験に供した。回収した卵管上皮と凍結精子は200万/mlの濃度でHeparin添加BSA−SOF中で希釈し等量混和後、遠心分離し(500g×45秒)、上澄みを非接着精子分画、沈殿を接着精子分画とした。それぞれの分画中の精子数を測定した。実験は4回行った。
【0045】
<結果及び考察>
ZP Binding Assayでは、ニワトリ卵黄区の接着精子数(231.2±9.7)がホロホロチョウ卵黄区の接着精子数(162.3±9.2)に比べ有意に多かった(表9参照)。また、CTC染色では、先体反応を誘起している精子数に差はみられなかった。しかし、キャパシテーション様の変化を誘起している精子は、ニワトリ卵黄区で46.8%、ホロホロチョウ卵黄区で30.4%となり、ニワトリ卵黄区で多かった(表10参照)。また、ウエスタンブロットではチロシンのリン酸化を示すバンドがニワトリ卵黄区において濃い結果となった。卵管上皮との結合性はニワトリ卵黄区において高い結果となった(表11参照)。
これらの結果からホロホロチョウ卵黄区の方が格段に優れていることがわかる。
【0046】
【表9】

【0047】
【表10】

【0048】
【表11】

【0049】
以上のごとく、ニワトリ、ホロホロチョウ両卵黄でそれぞれ凍結保存された精子を用いて凍結融解後の精子のキャパシテーションの度合いを比較・検討した結果、透明帯結合試験においてもCTC染色、チロシンのリン酸化においても、ニワトリ卵黄を用いた場合に比べてホロホロチョウの卵黄がキャパシテーション誘起を抑制していることが示された。
【0050】
[実施例3]
本実施例では、体外受精率への影響を調べた。
前述のHOSTにより、ホロホロチョウの卵黄を用いて精液を凍結保存した場合には、膜の損傷率が低いことが判明した。
ところで、キャパシテーションを誘起した精液は、受精を早く完結すること、顆粒層細胞の存在は、精子にキャパシテーションを誘起させ、受精を助けること等が既に報告されている。さらに受精時間の長短は、受精率に影響を与えるという報告もある。
そのため本実施例の実験では、両凍結保存液を用いて、凍結保存した凍結精液の間にキャパシテーションの差があるかどうかさらに確認することとした。顆粒層細胞存在下で卵子と精子の長時間(5時間)共培養するキャパシテーションを誘起しやすい受精条件下、もしくは顆粒層細胞を剥離した卵子と精子の短時間(2時間)共培養という誘起しにくい受精条件下で体外受精を行い、受精率について比較・検討した。また、体外発生能力及び人工授精による受胎率についても比較・検討した。
【0051】
<実験の材料及び方法>
1)卵巣採取・体外成熟培養(IVM)
(株)神奈川県食肉センター由来屠畜ウシ卵巣を、ペニシリンGカリウム(10IU)とストレプトマイシン(0.1g/l)を含む20℃のリン酸緩衝液(PBS−)の入った魔法瓶に入れて保存し、本発明者の研究室に持ち帰った。
卵丘細胞卵子複合体(COCs)は、18ゲージの針を付けた10mlのシリンジで吸引・採取した。採取した卵巣は、実体顕微鏡下で細胞質が均一かつ卵丘細胞が少なくとも全体に付着しているものを選別し、IVM培地である10%FCS添加SOF(上記表3,表4参照)で3回洗浄し、パラフィンオイルでカバーしたIVM培地ドロップ中で21時間成熟培養した。なお、IVM培養は38.5℃、5%CO2、95%airの気相条件下で行った。
【0052】
2)受精条件・体外受精(IVF)及び発生培養
受精をしやすい条件として、顆粒層細胞が付着したままの卵子を精子と長時間(6時間)共培養する条件を設定した。また、受精をしにくい条件としては、卵子を裸化処理して、精子と短時間(2h)共培養した条件を設定した。なお、卵子の裸化処理は、0.2%のヒアルローニダーゼを含むIVF培地中で6分間振動させ行った。体外受精及び発生方法は、Iwata H,Hashimoto S,Ohota M.Kimura K,Shibano K,Miyake M.Effects of folliclesize and electrolytes and glucose in maturation medium on nuclear maturation and developmental competence of bovine oocytes.Reproduction 2004;127:159−64に記載の方法に従った。
【0053】
3)受精率の測定方法
受精率の測定方法は、受精18時間後に卵子を裸化処理し、カルノア液に浸したものを倒立顕微鏡下で観察した。前核の無いものを未受精卵、2つのものを受精卵、3つ以上のものを多精子受精卵とした。なお、カルノア液は酢酸とエタノールを1:3の割合で混合して作成した。
【0054】
4)人工授精
人工授精は岐阜県畜産試験場に受精を依頼した。精液は黒毛和種の2頭を用いて前述の方法により鶏及びホロホロチョウの卵黄を用いて凍結精液を作成した。合計74件の人工授精を黒毛和種の繁殖牛を対象に行い、妊娠鑑定は直腸検査による触診で行った。
5)有意差検定
体外受精における受精率及び体外発生率は、アークサイン変換した後、ニワトリ、ホロホロチョウ間でt検定を行った。さらに人工授精による受胎率は、χ2検定を行った。
【0055】
<結果及び考察>
体外受精率については、受精能の誘起されていない精子では受精できない条件(顆粒層細胞がなく受精時間が短い)においてホロホロチョウの卵黄区(15%)の方がニワトリの卵黄区(47%)に比べて有意に低かった(表12参照)。
【0056】
【表12】

A:ニワトリとホロホロチョウの卵黄は、それぞれTEYE(トリス糖液)へ20%v/v添加した。
B:卵子卵丘細胞複合体(COCs)又は裸化卵子を体外受精に用いた。
C:媒精は2時間又は5時間で行った。
D:受精率は未受精、正常受精及び多精子受精に分けて観察した。
【0057】
体外発生率においては、受精後6日目にてホロホロチョウの卵黄区(約23%)の方がニワトリの卵黄区(17%)に比べて高い傾向がある、有意な差は認められなかった。受精後7及び8日目に発生する胚の数にも有意な差はみられなかった(表13参照)。
一方、両精液を用いて人工授精を行ったところ、受胎率は、AおよびBいずれの種雄牛においてもホロホロチョウの卵黄区のほうが高く、合計値では、ホロホロチョウ卵黄区において55.6%、ニワトリ卵黄区においては44.7%の受胎率を得た(表14参照)。
【0058】
【表13】

A:ニワトリとホロホロチョウの卵黄は、それぞれTEYE(トリス糖液)へ20%v/v添加。
B:受精後6、7及び8日目の胚盤胞期胚を観察。
【0059】
【表14】

卵黄:ニワトリとホロホロチョウの卵黄は、それぞれTEYE(トリス糖液)へ20%v/v添加。
受胎率:妊娠鑑定は60日のノンリターンにて行った。
【0060】
[実施例4]
本実施例では、ホロホロチョウの卵黄を用いた凍結精子で作成した胚の性別について検討した。
従来、媒精時間が短いと胚の性比はオスに若干偏るとの報告や、X精子の方がY精子より早くキャパシテーションを誘起し、侵入も早いということが知られている。これに加えて、ニワトリ卵黄を用いて作成した凍結精液を用いると、受精時間の短縮に伴い胚の性比がオスに偏るという報告もある。そのため本実施例の実験では、凍結によって誘起されるキャパシテーションを抑制できるホロホロチョウの卵黄を用いて凍結精液を作成した。そして、ニワトリ、ホロホロチョウの両凍結精液を用い、5時間又は18時間、卵子卵丘細胞複合体と凍結精子を共培養して作成した授精後48時間の5から8細胞期胚について、性比率を比較・検討した。
【0061】
<実験の材料及び方法>
1)DNA抽出及びDNA複製
媒精から48時間後の8細胞期胚の透明帯を酸性タイロードを用いて除去し、抽出液を用いてDNA抽出を行った。抽出後、Y−染色体特異的プライマーとウシ特異的プライマーを用いてPCRを行った。なお、温度設定は、92℃・20秒、52℃・20秒及び71℃・40秒を36サイクル行った。(性判別に用いたプライマーセットについてはIwata H.Kimura K,Hashimoto S,Oota M,Tominaga T and Minami N.Glucose−6−phosphate dehydrogenase activity of IVM/IVF/IVC bovine embryos is related to the sex and developmental competence under suboptimal gas condition J Reprod Dev.2003 48 447−453参照)
2)PCR産物の判定
反応終了後に増幅された2%アガロースゲルを用いてDNAを20分間電気泳動した。その後、エチジウム・ブロマイド溶液に30分間浸漬・飽和させ、UVイルミネーターを用いてDNAを発色させ、雌雄の判別を行った。
3)検定
検定は理論値(50:50)とχ2検定を用いて比較した。
【0062】
<結果及び考察>
理論値(50:50)と比較すると、媒精時間が18時間の場合では、両凍結精液で作成した胚の性比に有意な差は見られなかった。一方、5時間媒精と共培養時間が短い場合では、ニワトリ卵黄区では、胚の性比は有意に高い値(69.8%)を示したが、ホロホロチョウ卵黄区では60.0%と理論値と比べ有意な差は生じなかった(表15参照)。
【0063】
【表15】

【0064】
ホロホロチョウ又はニワトリの卵黄を用いて凍結した精液を用いて作成した胚の性比がオスに偏るかどうかを検討した結果、媒精時間が18時間と長い場合では、理論値(50:50)と両凍結精液で作成した胚の性比との間に差は見られなかった。しかし、5時間媒精と精子と卵子との共培養時間が短い場合では、ニワトリ卵黄区を用いて作成した精子で、有意にオスの胚が増えたのに対し、ホロホロチョウ卵黄区では性比に有意な差は生じなかった。このことからホロホロチョウの卵黄を用いて凍結した精子は、凍結によって誘起されるキャパシテーションが抑制されたと考えられる。
【0065】
<実施例1〜4の総括>
上述の各実施例の結果を総括すると、凍結融解後の精子活力及びHOST値は、ニワトリ区に比べホロホロチョウ区の方が高かった。CTC染色での受精能獲得様の精子及び透明帯への接着精子数はともにニワトリ区において多かった。また、卵子卵丘細胞複合体の状態で、5時間媒精した場合、両区の受精率の間には差が認められなかったが、裸化卵子と短時間媒精(2時間)する条件では受精率はホロホロチョウ区において低かった。
両精液を用いて人工授精を行った結果では、ホロホロチョウ区では55.6%、ニワトリ区においては44.7%の受胎率となり、ホロホロチョウの卵黄を用いたものの方が受胎率が高くなることが確認された。また、PCR法を用いた胚の性判別では、ニワトリにおいて理論値50:50に比較して有意にオスに偏ったが、ホロホロチョウでは、ほぼ50:50となり、オスに偏るという問題はみられなかった。
【0066】
[参考例]
実施例1〜4の実験から、ホロホロチョウの卵黄を用いて凍結保存した精子には、従来のニワトリの卵黄を用いたものに比べ、凍結によって誘起されるキャパシテーションが抑制されていることが確認された。凍結時に添加された脂質は、精子頭部の膜を保護する働きがあるとされているので、ここで、ホロホロチョウの卵黄組成とニワトリの卵黄組成との相違を見るため、薄層クロマトグラフィーを用いて脂質分析を行った。
【0067】
<実験の材料及び方法>
1)標準物質
TLC MIX 40(フナコシ株式会社)
(Cholesterol 20mg、Cholesteryl oleate 20mg、Oleic acid 20mg、Triolein 20mg、Phosphatidylcholine 20mg)
Phospholipids kit(フナコシ株式会社)
(L−3−lysophosphatidylcholine 4mg、L−3−phosphatidylethanolamine 6mg、Sphingomyeline 2mg)
【0068】
2)脂質抽出
卵から卵黄だけを取り出し、濾紙を用い卵黄の周りに付着している卵白を除去した後、重量を測った。次にメタノール(33.3ml)とクロロホルム(40ml)を用い卵黄をよく撹拌し、メスフラスコに移した後、メスフラスコの立ち上がりの直下(首部分)までクロロホルムを加えた。それをウォーターバスにて37〜40℃で30分間加温抽出を行い、その後、流水中に浸けて20℃まで冷却し、クロロホルムで標線までメスアップした。次に、メスフラスコから濾紙で濾過しながらメスシリンダーに移し、濾液容量を測定した。その後、分液漏斗へ移し、そこに濾液の20%の蒸留水を加え、栓をして3回転倒混和し、4℃で一晩静置した。一晩静置後、2層に分離した下層の全量をナス型フラスコに移した。そして真空エバポレーターを用いて40℃で濃縮を行い、エタノールを追加して濃縮する操作を3回繰り返し水分除去した。完全に濃縮・乾固させた後、クロロホルム(2ml)で再溶解し、窒素ガスを封入して冷凍庫に保存した。
【0069】
3)高性能薄層クロマトグラフィー(HPTLC)
薄層板を使用前日にクロロホルム:メタノール:蒸留水:酢酸を65:25:4:1で混合した第1展開溶媒に浸けて不純物を除去後に風乾し、115℃で1時間処理した。脂質の点着は、テンプレートを用い、薄層版の下端から1cmの場所に1cm間隔で直径約2mmの点状にスポットし、第1展開溶媒を入れた展開層内で薄層版を1時間ハンギングした後、第1展開溶媒で原点から4cmまで展開した後風乾し、これを2回繰り返した。次に、ヘキサン:ジエチルエーテル:酢酸を80:20:1.5で混合した第2展開溶媒で原点から7.5cmまで展開した後に風燥した。脂質分画の発色は、10%硫酸銅を含む8%リン酸溶液に薄層版を浸した後、180℃で5分間加熱し行った。各脂質分画の定量は、フライングスポットスキャナーCS−9000(島津製作所製)を用いて定量を行った。
【0070】
<結果及び考察>
薄層クロマトグラフィーを用いて卵黄の脂質分析を行い、両卵黄区間の脂質組成を比較すると、ホロホロチョウ卵黄区のリン脂質組成(21.3%)がニワトリ卵黄区のリン脂質組成(18.1%)より多い結果となった。特にホスファチジルコリンとホスファチジルエタノールアミンの含有比率に差が認められた。その他の脂質組成では、ニワトリ卵黄区においてホロホロチョウ卵黄区よりコレステロールエステルとトリグリセリドが多い傾向が認められた(表16参照)。
【0071】
【表16】

【0072】
以上のとおり、ホロホロチョウ卵黄の脂質組成では、ニワトリ卵黄の脂質組成に比べリン脂質比率が多いことが判明した。このことから、凍結保護物質としてリン脂質が関与している可能性が大きいと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明による人工授精用のウシ凍結精液を使用して人工授精を行うと、従来に比べてより受胎率が向上するため、畜産分野においてきわめて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工授精用のウシ凍結精液において、凍結時の保護物質としてホロホロチョウの卵黄を凍結保存液に添加して、凍結させたことを特徴とする人工授精用のウシ凍結精液。
【請求項2】
ウシの精液、ホロホロチョウの卵黄、トリス糖液及び純水を含む組成物を凍結させたことを特徴とする請求項1記載の人工授精用のウシ凍結精液。
【請求項3】
ホロホロチョウの卵黄の含有量が、全凍結液に対し10〜30重量%であることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の人工授精用のウシ凍結精液。