説明

代謝性疾患の診断方法

【課題】代謝性疾患の診断および/または治療における有用な情報を提供し、あわせて代謝性疾患治療薬のスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】患者血清中のFUT8の活性を分析して、健常人と比較し代謝性疾患の診断および/または治療における有用な情報を得る。また、代謝性疾患治療薬の候補化合物を動物に投与後、血清中のFUT8の活性を分析して該治療薬のスクリーニングを行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は生体から採取した試料中のフコース転移酵素の活性を分析することにより、該生体の脂肪組織状態を把握して肥満の程度を判定し、ひいては糖尿病、高脂血症、肝臓障害等の代謝性疾患に関する治療、診断および/または予防にあたり有用な情報を提供することのできる方法に関する。ここで肝臓障害とは、肝臓への脂肪の沈着等による障害を包含し、例えば脂肪肝が一例として挙げられる。
本発明はまた、当該フコース転移酵素活性を指標とする、糖尿病治療薬の新しいスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病は、多飲、多尿、体重減少等の症状、慢性の高血糖を主徴とし、インスリンを合成・分泌する膵ランゲルハウス島β細胞の破壊消失がインスリン作用不足の主要な原因となるI型糖尿病と、インスリン分泌低下をきたす素因を含む複数の遺伝的素因に、過食、肥満、運動不足、ストレスなどの環境因子および加齢が加わり発症するII型糖尿病(インスリン抵抗性糖尿病)に分類されている。慢性的に続く高血糖や代謝異常は、網膜、腎の最小血管症および全身の動脈硬化を起こし進展させ、さらに神経障害などの合併症を起こし、日常生活に著しく障害をきたすことが知られている。
【0003】
従来、糖尿病の治療として、食事療法、運動療法等による生活改善をはじめ、膵β細胞のインスリン分泌、ペルオキシソーム増殖薬活性化受容体(PPAR)γアゴニスト、消化管からの二糖類分解酵素を標的とする治療薬やインスリンそのもの等が用いられている。しかしながら、上述の糖尿病の治療方法を適用しても、所望の効果が得られない症例もあり、更なる治療薬・予防薬が求められていて、その探索のための手段もいくつか提案されている。
【0004】
例えば、後記特許文献1においては、グルコース取り込みに関与するタンパク質相互作用に着目し、これらタンパク質の発現または機能の抑制、該相互作用の抑制若しくは増強またはそのタンパク質結合特性の変化等を指標として、肥満や糖尿病治療薬のスクリーニングを行う方法が提案されている。
また、後記特許文献2においては、オーファン核内受容体のひとつであるレチノイド関連オーファン核内受容体(ROR)またはそれに関連する因子の発現若しくは機能を調節する物質を探索することを特徴とする糖尿病治療剤または予防剤のスクリーニング方法が提案されている。
【0005】
あるいは、細胞表面の情報伝達における糖鎖の役割に着目した試みがある。近年、種々の疾患に関してその発症の初期段階における糖鎖変化に注目が集まっており、糖尿病では、I型糖尿病患者でα1−酸性糖タンパクでのN−結合糖鎖変化(α1→3フコースの増加)が尿中アルブミン量の増加と関連しているとの報告がある(後記非特許文献1参照)。しかし、血清タンパクに付加したN−結合糖鎖全体の変化の報告はほとんどない。
【0006】
本発明者等はII型糖尿病モデルマウスであるdb/dbマウスの血清全体のN−結合糖鎖変化を調べ、対照群のマウスと比較した。その結果、モデルマウスではコア構造にα1→6フコースが付加された糖鎖が増加することを報告している(後記非特許文献2参照)。しかしながら、ヒトにおいても同様の糖鎖変化が認められるのか、更には該糖鎖変化と脂肪組織の状態若しくは糖尿病その他の代謝性疾患との相関が認められるのか等については知られていない。
【特許文献1】特開2005−314340号
【特許文献2】特開2005−185279号
【非特許文献1】Glycoconjugate Journal, 2001:18:261-8
【非特許文献2】糖尿病(Journal of Japan Diabetes Society, Vol.48, Suppl.2, 2005, S-83)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
糖尿病を始め代謝性疾患の早期診断および/または予防のために体内における脂肪組織の状態を把握する新たな方法を提供することが本発明の目的である。
さらには、これら疾患の治療薬をスクリーニングする方法を提供することも本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は糖尿病モデルマウスの血清糖タンパク質糖鎖構造の解析を行い、当該マウスではコアα1,6-フコースが増加していることを既に見出している。本発明者等はヒト糖尿病患者および健常人の血清についても解析を行い、マウスの場合と同様、ヒト糖尿病患者においてもコアα1,6-フコースが増加していることを確認した。さらに、α1,6-フコースを有する代表的な糖鎖210.4、及び211.4に相当するピークの量比と、肥満度の指標であるBMIとの相関関係を解析し、当該量比が肥満度とよく相関していることを見出した。
【0009】
かくしてヒト糖尿病についてコアα1,6-フコースの増加が病態進行の指標となり得ることを確認した後、本発明者らはコアα1,6-フコースを増加させる因子の探索を行った。その結果、db/dbマウスの肝臓その他の臓器においてコアα1,6-フコース転移酵素(FUT8)の発現が増加していることが今回新たに見出された。更には、該フコース転移酵素の阻害剤がdb/dbマウスで糖鎖構造に影響を及ぼして、血糖値を低下させる傾向も認められた。
【発明の効果】
【0010】
コアα1,6-フコース合成酵素の発現量、とりわけ糖鎖210.4及び/または211.4の量または量比を測定することにより、肥満、糖尿病、肝臓障害、さらにはその他生活習慣病の診断・予防に重要な情報を提供することができる。
また、当該酵素に対する阻害活性を指標として、糖尿病を始めとする肥満関連疾患治療薬のスクリーニングを行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の第一の態様は、患者の内臓、例えば肝臓、脂肪組織または腎臓から採取した試料中のFUT8の活性を分析する工程を含んでなる。試料を採取する臓器としては肝臓が好ましいが、これに限定はされない。定量方法は、例えば後記実施例のように試料中におけるFUT8のmRNA発現量を定量すればよい。あるいは、試料中のFUT8の酵素活性を測定してもよい。定量したmRNA発現量または酵素活性を、健常人のそれと比較することにより、代謝性疾患の診断および/または治療における有用な情報を得ることができる。
【0012】
本発明の第二の態様は、代謝性疾患治療薬のスクリーニング方法である。この場合は、代謝性疾患治療薬の候補化合物を培養細胞の培地中に加える(in vitro試験)か、またはマウスその他の試験動物に経口的若しくは非経口的に投与し(in vivo試験)、上記の方法に従ってFUT8のmRNA発現量または酵素活性を測定し、若しくは糖鎖構造を分析して試験化合物の抑制率を検討することにより候補化合物の選定を行うことができる。
【実施例1】
【0013】
FUT8の発現量の測定
1)実験方法
1.9週齢マウスdb/+コントロール(n=6)およびdb/db(n=6)の-80℃で凍結した肝臓および腎臓の各組織から試料5mgをとり、RNeasy ミニキットあるいはRNeasy 脂肪組織ミニキット(キアゲン)を用いてプロトコールの手順に従い、トータルRNAを抽出した。
2.トータルRNAの濃度を吸光度計で測定し、A260/280の吸光度比が1.8-2.1であることを確認した。また2100型バイオアナライザー(アジレント・テクノロジー)を用いて28S:18S rRNA比>1.0を基準としてRNAの純度を確認した。
【0014】
3.各臓器由来のトータルRNA 500 ngを逆転写酵素(Superscript II Reverse Transcriptase:インビトロジェン)とオリゴ(dT) プライマーを用いてプロトコールに従い、ファーストストランド cDNAを作成した。
4.そのcDNAとタックマン 遺伝子発現アッセイのFUT8に対するプライマー&プローブ、タックマン ユニバーサルPCRマスターミックスを反応液として7300型リアルタイムPCRシステムで定量PCR(95℃10分→ 95℃15秒+60℃1分を40サイクル)を行った。また同じプレートで内在性コントロールとしてタックマン リボソームRNA コントロール試薬を用いて各サンプルの18S rRNAの定量を行った。なお反応液の容量は50μlで、1/100から1までのスタンダードRNAの希釈系とノンテンプレートコントロールサンプルを2反応液ずつ、FUT8 mRNA用サンプルと18S rRNA用サンプルを3反応液ずつ作成した。
【0015】
5.解析には配列検索ソフト(バージョン 1.3)を用いて、FUT8 mRNAと18S rRNAの定量を行い、サンプルごとに3反応液の定量の平均値を求めた。各サンプルの平均FUT8 mRNA量を平均18S rRNA量で除し、標準化した。
2)実験結果
結果を表1に示す。
【0016】
【表1】


糖尿病モデルマウスでは例えば肝臓の場合、対照群マウスに比して1.71倍当該酵素の発現が増加していることが判明した。
【実施例2】
【0017】
ヒト患者における糖鎖210.4の測定
1)実験方法
ヒトの糖尿病患者および健常人、16名より血清を得た。血清は加熱変性後、トリプシン・キモトリプシン、N-グリコシダーゼF、プロナーゼで連続的に処理した後、遊離したN-結合型糖鎖を2-アミノピリジンで蛍光標識した。蛍光標識糖鎖のシアル酸を弱酸加水分解で取り除き、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で逆相カラム(ODS)を用いて分離した(Tomiya, N. et al., Anal. Biochem., 171, 73, 1988参照)。主なピークをODSカラムで分取し、それぞれAmideカラムで分析した。ODSとAmideカラムの溶出位置より2次元マップ法を用いて、糖鎖構造を解析し、肥満度との相関関係を解析した。
【0018】
2)実験結果
ODSカラムの溶出パターンを図1に示す。また、糖鎖210.4の量比とBMIとの相関関係を図2に示す。α1,6-フコースを有する代表的な糖鎖210.4に相当するピーク量比が、肥満度と相関することが解った(相関係数0.712、p値0.0020)。
【実施例3】
【0019】
マウスを用いた代謝性疾患治療薬のスクリーニング
1)実験方法
8週齢db/dbマウス2匹にフコース転移酵素阻害化合物Aを20%DMSO-PBS 0.4mlに溶かしたものを腹腔内投与したものと、無処置db/dbマウス2匹を投与後1週間後に体重、糖鎖210.4の量、血糖値を和光純薬製キットにて比較した。
2)実験結果
体重増加率は投与群8.9%に対して無処置8.2%、210.4の割合は投与群26.1%に対して無処置28.6%、血糖値は投与群425mg/dlに対して無処置674mg/dlであり、Fucの割合が薬剤のスクリーニングに利用できる可能性を示唆した。
【実施例4】
【0020】
培養細胞を用いた代謝性疾患治療薬のスクリーニング
ヒト肝臓癌由来培養細胞(HepG2)を10%ウシ胎児血清入りMEM培地中でコンフルエントになるまで培養後、α1,6-フコース転移酵素(FUT8)のプロモーター領域に干渉する可能性のある化合物を加え、6時間培養する。その後に、トリプシン処理にて培養細胞を回収し、PBSで洗浄後実施例1に準じてFUT8のmRNAの発現量を測定することにより、代謝性疾患治療薬のスクリーニングを行うことが出来る。
【実施例5】
【0021】
肝培養細胞を用いた代謝性疾患治療薬のスクリーニング
ラット肝臓よりコラゲナーゼ還流法を用いて肝実質細胞を分離後、10%ウシ胎児血清入りMEM培地中1.0x105cells/cm2の密度でコラーゲンコートしたフラスコに播種し24時間培養する。培地交換後、α1,6-フコース転移酵素(FUT8)の転写因子に作用する可能性のある化合物を培地に加え、8時間培養する。その後に、PBS洗浄、トリプシン処理にて細胞を回収し、実施例1に準じてFUT8のmRNAの発現量を測定することにより、代謝性疾患治療薬のスクリーニングを行うことが出来る。
【実施例6】
【0022】
ヒト糖尿病患者における糖鎖210.4の測定
1)実験方法
ヒトの糖尿病患者(蛋白尿1g/日以下。肝炎患者を除く。)20名より血清を得た。血清は実施例2に準じて糖鎖構造を解析し、肥満度などとの相関関係を解析した。
2)実験結果
糖鎖210.4の量比とBMIとの相関関係は図3のとおりであり、相関係数0.562、p値0.0088を得た。肝臓障害の指標であるASTを41以上のグループと(n=4)、40以下のグループ(n=11)でt検定を用いて比較すると、p値0.0022を得た(図4)。同じく肝臓障害の指標であるALTとの関係は図5に示すように、41以上のグループと(n=5)、40以下のグループ(n=10)でt検定を用いて比較すると、p値0.0242を得た。α1,6-フコースを有する代表的な糖鎖210.4に相当するピーク量比が、肥満度や肝臓障害と相関することが解った。
【実施例7】
【0023】
ヒト糖尿病患者における糖鎖211.4の測定
1)実験方法
2型糖尿病患者中、急性炎症、肝炎、妊娠、悪性腫瘍の既往、顕性蛋白尿の者を除外した20名を糖尿病患者、コントロールは29人中糖負荷試験により耐糖能障害や糖尿病型の人、血液検査により肝障害、腎機能障害の者を除く18名を健常者とし血清を得た。血清は実施例2に準じて糖鎖構造を解析し、肥満度BMIとの関係を解析した。
2)実験結果
ODSカラムの溶出パターンを図1に示す。糖鎖211.4の量比を健常者と糖尿病患者で比較したのが図6であり、健常者と糖尿病患者間のt検定でp値=0.0001の有意差を得た。BMI 25kg/m2以上を肥満とし、糖尿病患者の各群で非肥満・肥満間で211.4の量比を比較したのが図7である。肥満群は非肥満群に比べ211.4の量が増加しておりt検定でp値=0.0007の有意差を得た。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明によれば、肝臓等における酵素FUT8の発現量や酵素活性を測定することにより、肥満、糖尿病、肝臓障害等の診断に有用な情報を入手することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】ヒト血清を前処理した後、ODSカラムで分析した場合の糖鎖210.4および糖鎖211.4の溶出パターンを示す。
【図2】ヒト糖尿病患者および健常人の血清(DM)中糖鎖210.4の量比とBMIとの相関関係を示した図である。
【図3】ヒト糖尿病患者(蛋白尿1g/日以下。肝炎患者を除く。)20名の血清中糖鎖210.4の量比とBMIとの相関関係を示した図である。
【図4】ヒト糖尿病患者(蛋白尿1g/日以下。肝炎患者を除く。)15名の血清中糖鎖210.4の量比を、AST値が41以上と40以下に分けて散布を示した図である。
【図5】ヒト糖尿病患者(蛋白尿1g/日以下。肝炎患者を除く。)15名の血清中糖鎖210.4の量比を、ALT値が41以上と40以下に分けて散布を示した図である。
【図6】ヒト2型糖尿病患者(急性炎症、肝炎、妊娠、悪性腫瘍の既往、顕性蛋白尿の患者を除く。)20名の血清中糖鎖211.4の量比を、健常者(糖負荷試験により耐糖能障害や糖尿病型の人、血液検査により肝障害、腎機能障害の者を除く)18名と比較した図である。
【図7】ヒト2型糖尿病患者(急性炎症、肝炎、妊娠、悪性腫瘍の既往、顕性蛋白尿の患者を除く。)20名を肥満(BMI25以上)と非肥満に分けての血清中糖鎖211.4の量比を比較した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中のフコース転移酵素の活性を分析することを特徴とする、代謝性疾患の診断および/または治療における有用な情報を提供する方法。
【請求項2】
代謝性疾患が糖尿病、肥満および/または肝臓障害である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
肝臓におけるフコース転移酵素の活性を分析することを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
フコース転移酵素の、代謝性疾患診断のためのマーカーとしての使用。
【請求項5】
代謝性疾患が糖尿病、肥満および/または肝臓障害である、請求項4の使用。
【請求項6】
フコース転移酵素活性を指標とする、代謝性疾患治療薬のスクリーニング方法。
【請求項7】
代謝性疾患が糖尿病、肥満および/または肝臓障害である、請求項6のスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−289151(P2007−289151A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−58868(P2007−58868)
【出願日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【出願人】(000001926)塩野義製薬株式会社 (229)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】