説明

代謝物濃度を測定する方法及びこれに用いられる電気化学センサ

【課題】皮膚への刺激を抑制しながら、非侵襲による体外侵出液の代謝物濃度測定を高い精度で行うことを可能にする。
【解決手段】電気化学センサの作用電極であって導電性のDLC膜又は導電性のダイヤモンド膜を有する当該作用電極を皮膚に接触させながら、そこにパルス電流又は0.1〜10μAcm−2の直流電流を印加することにより体外侵出液を抽出し、抽出された体外侵出液を当該作用電極に接触させるステップと、当該作用電極に接触している体外侵出液の代謝物濃度を当該電気化学センサによって測定するステップと、を備える、体外侵出液の代謝物濃度を測定する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、体外侵出液の代謝物濃度を測定する方法及びこれに用いられる電気化学センサに関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病が進行すると種々の合併症を起こし、失明や壊疽など深刻な症状に発展することもある。また、糖尿病は、癌とともに高い死亡原因である脳梗塞、心筋梗塞などの原因である動脈硬化を引き起こしやすい。これらを予防することは、人間の健康の増進に寄与することは勿論のこと、近年社会問題化している医療費の高騰を回避する上でも重要である。糖尿病の診断や疾病の発見には空腹時血糖値の測定が、治療には血糖値に応じたインスリン注射などの管理が重要である。しかし、受診者は採血時の苦痛を受けなければならない。特に糖尿病患者は一日に数回、採血による侵襲を伴う血糖値測定が必要であり、このことが多くの患者にとって継続的な治療を受ける上で大きな負担となっている。
【0003】
このような背景のもと、健康診断や治療において、非侵襲によって血糖値(グルコース濃度)の測定を可能にする非侵襲グルコースセンサが望まれている。すでに、血液とグルコース濃度がほぼ対応する皮膚からの体外侵出液中のグルコース濃度を測定する非侵襲グルコースセンサであるGlucoWatch(商標)が、米シグナス社によって初めて実用化されている。これは電流を皮膚に流すことにより皮膚の細胞外液を体外侵出液として抽出するもので、電流を皮膚に流すことで薬の皮膚への浸透を加速させるイオントフォレーシス(iontophoresis)の原理の逆を利用したものである。イオントフォレーシスは、皮膚または粘膜に外部から電圧を印加することによって、主に荷電した薬物を電気化学ポテンシャルにより能動的に体内に吸収させる方法であり、非侵襲な投薬方法として知られている。これを逆に利用すると、電気浸透により体内から中性物質を引き抜き、その物質による診断を行うことができる。これを特許文献1ではイオン浸透と呼んでいる。
【0004】
特許文献1に開示されるバイオセンサでは、白金及びグラファイトのペーストを用いて形成した電極を用いてSN比を高めることで、低いバックグラウンド電流を確保している。
【0005】
一方、唾液中のグルコース濃度と血糖間に相関があることがBen−Aryeh et.al.により示されている(非特許文献1)。さらに、まだ研究の段階であるが、涙中のグルコース濃度も対象になり得る(非特許文献2)。もし、唾液や涙液中のグルコース濃度に基づいて血糖値を診断できれば、非侵襲グルコースセンサが構成され得る。
【特許文献1】特許第3155523号公報
【非特許文献1】Diabetic Complications、1988年、第2巻、p.96
【非特許文献2】Viadimir他、Clinical. Chemstry、2004年、第50巻、p.2353
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の非侵襲による方法では、皮膚表面に生じる分極、電流密度の集中に伴う皮膚刺激やバーニングなどの問題があり、この点で更なる改善が求められていた。
【0007】
唾液のグルコース濃度を測定する方法によれば、皮膚への刺激の問題は回避されるが、唾液中のグルコース濃度は血液中のそれに比べ約1〜2%程度と極めて低いため、安価な装置を用いて簡易にグルコース濃度を高精度で測定することは困難であり、臨床に普及するには至ってはいない。
【0008】
そこで、本発明の目的は、皮膚への刺激を抑制しながら、非侵襲による体外侵出液の代謝物濃度測定を高い精度で行うことを可能にする方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、電気化学センサの作用電極であって導電性のDLC膜又は導電性のダイヤモンド膜を有する当該作用電極を皮膚に接触させながら、そこにパルス電流又は0.1〜10μAcm−2の直流電流を印加することにより体外侵出液を抽出し、抽出された体外侵出液を当該作用電極に接触させるステップと、当該作用電極に接触している体外侵出液の代謝物濃度を当該電気化学センサによって測定するステップとを備える、体外侵出液の代謝物濃度を測定する方法である。
【0010】
上記本発明に係る方法では、パルス電流、又は上記特定範囲の直流電流の印加によって効率的に体外侵出液を抽出することから、皮膚への刺激が十分に抑制される。パルス電流又は比較的弱い直流電流を用いることから、抽出される体外侵出液は微量であるが、DLC膜又はダイヤモンド膜を有する作用電極を備える高感度の電気化学センサを用いたことにより、そのような微量の体外侵出液であってもその代謝物濃度を高い精度で測定することが可能である。皮膚への刺激を更に抑制するために、印加するパルス電流は、周波数1〜100kHz、デューティー比5〜30%若しくは65〜85%、パルス電流密度0.0001〜10mAcm−2であることが好ましい。
【0011】
本発明に係る電気化学センサは、導電性のDLC膜又は導電性のダイヤモンド膜を有する作用電極を備え、上記本発明に係る方法によって体外侵出液の代謝物の濃度を測定するためのものである。また、本発明に係る電気化学センサシステムは、本発明に係る電気化学センサと、該電気化学センサにおいて生じる酸化還元電流を検出する制御部とを具備する。
【0012】
本発明に係る電気化学センサによれば、皮膚への刺激を抑制しながら、非侵襲による体外侵出液の代謝物濃度測定を高い精度で行うことが可能である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、皮膚への刺激を抑制しながら、非侵襲による体外侵出液の代謝物濃度測定を高い精度で行うことが可能である。
【0014】
また、本発明によれば残余電流の少ないDLC膜又はダイヤモンド膜を用いることで高いSN比が得られる。そのため、電気浸透のための印加電流を大幅に抑え、また更に皮膚への負担を軽減するためにパルス電流を用いることができる。したがって、非侵襲の測定の際の皮膚刺激やバーニングが十分に抑制される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0016】
本実施形態に係る方法は、作用電極及び対極を有する電気化学センサを用いる非侵襲の測定方法である。具体的には、本実施形態に係る方法は、電気化学センサの作用電極を皮膚に接触させながら、そこに直流電流又はパルス電流を印加することにより皮膚の細胞外液を抽出した体外侵出液を当該作用電極に接触させるステップと、当該作用電極に接触している体外侵出液の代謝物濃度を当該電気化学センサによって測定するステップとを備える。
【0017】
電気化学センサの作用電極が接触している部分の皮膚に対して、直流電流又はパルス電流が印加される。電流の印加は、例えば、作用電極近傍の位置の皮膚に1対の電極を当てる方法によって行われる。
【0018】
直流電流の場合、0.1〜10μAcm−2の電流が印加される。パルス電流の場合、周波数1〜100kHz、デューティー比5〜30%若しくは65〜85%、パルス電流密度0.0001〜10mAcm−2であることが好ましい。係る範囲の電流を印加することにより、皮膚への刺激を特に顕著に抑制しながら体外侵出液を皮膚から抽出することができる。皮膚刺激及び測定精度のバランスの観点から、パルス電流の周波数は好ましくは1〜50kHz、更に好ましくは10〜50kHzである。パルス電流のデューティー比は好ましくは5〜20%若しくは70〜85%、更に好ましくは5〜15%若しくは70〜80%である。パルス電流密度は好ましくは0.001〜5mAcm−2、更に好ましくは0.01〜2mAcm−2である。
【0019】
皮膚から抽出された体外侵出液を作用電極に接触させ、そのときに作用電極−対極間に発生する酸化還元電流値を測定する。所定の電位における代謝物濃度と酸化電流値との関係に基づいて、体外侵出液の代謝物濃度が算出される。
【0020】
本実施形態に係る方法の測定対象物質である代謝物は、生体内の代謝に関連する物質であり、代謝物の全体を一般にメタボロームと称する場合がある。代謝物の具体例としては、糖(グルコース等)、アミノ酸及び蛋白質がある。これらの中には、基本的代謝物のほかに、酸化ストレスマーカー、精神的ストレスマーカーとして扱うことが可能な物質、あるいは体外で生産されるアスコルビン酸などのビタミン類も含まれており、これらの代謝物の濃度を検出することは臨床的意義がある。
【0021】
酸化ストレスマーカーは、細胞の老化やDNAの損傷、動脈硬化などの指標となる物質である。酸素ストレスマーカーは、例えば、ミトコンドリアから生成されるスーパーオキシドや、一酸化窒素、ペルオキシナイトライド、次亜塩素酸又はそれらのフリーラジカル、金属イオン、リポキシゲナーゼ、及びミエロペルオキニダーゼによって引き起こされる酸化反応により生成する。代表的な酸化ストレスマーカーである8−ヒドロキシ−2’−デオキシシデグアノシン(8−OHdG)、8−ヒドロキシグアニン(8−OH−Gua)、8−オキソ−7,8−ジヒドロ−2’−デオキシグアノシン(8−oxodG)、及び8−ニトログアノシンなどのDNA障害マーカーは、DNAの酸化ストレス損傷によって生ずる。他の酸化ストレスマーカーとしては、アラキドン酸のフリーラジカル酸化生成物である8−イソプラスタンや、アミノ酸・蛋白質酸化障害マーカーであるヒドロキシロイシン、ヒドロキシバリン、ニトロチロシン、カルボキシメチルリジン、ペントシジン、ニトロチロシン及びチミングリコール、生体内の酸化成分であるα−トコフェノール、バイオピリン、オレイン酸、チレオドキシン、酸化型コエンザイムQ10、カルボキシメチルリジン、パーオキシナイトライト、一酸化窒素などの窒素酸化物、ニトロソチオール反応物、lipid Peroxide(LPO)、マロンジアルデヒド、酸化LDL及び酸化LP(a)、クレアトールMDA−LDLなどが挙げられる。
【0022】
精神的ストレスマーカーとしては、例えば、コルチゾール、ノルエピネフリン、クロモグラニンA、IgA及びβ−エンドルフィンが挙げられる。
【0023】
その他の代謝物は、酸化還元反応を生じる化学物質であれば特に限定されないが、例えば、コレステロール、乳酸、クレアチニン、蛋白質、過酸化水素、アルコール、グルタミン酸、アルコールアミノ酸、フルクトサミン、グリセロール、アシル−コエンザイムA、チラミン、アミノ酸、グリコレート、ピリドキサール−4−、ソルボース、グロノラクトース、ガラクトース、ピラノース、尿酸、ピルビン酸、アスコルビン酸、アンモニア、トリメチルアミン、アセトン、エタン、ペンタン、水素、酸素、メタン、プロパン、ブタン、イソプレン、メルカプタン類がある。
【0024】
以上のような方法において好適に用いられる電気化学センサ及び電気化学センサシステムの実施形態に関して、以下に説明する。
【0025】
図1は、電気化学センサシステムの一実施形態の概略を示すブロック図である。図1に示す電気化学センサシステム100は、作用電極2、対極3及び参照電極5を有する電気化学センサ1と、電気化学センサ1を検体中の分析対象化学物質の酸化還元電流が検出されるように制御する制御部10とを備える。作用電極2、対極3及び参照電極5はそれぞれ制御部10と電気的に接続されている。作用電極2は参照電極5を基準として所定の電位に維持されるように制御部10によって制御される。そして、作用電極2と対極3との間の電流が制御部10によって検出される。
【0026】
本発明に係る電気化学センサシステムは、例えば図2に示す実施形態のように、参照電極を備えていなくてもよい。この場合、作用電極2の電位は対極3を基準として制御される。
【0027】
図3は、電気化学センサの一実施形態を示す平面図である。図3に示す電気化学センサ1は、第1の基板21と、第1の基板21の一方面において一方の端部近傍に設けられた作用電極2、対極3及び参照電極5と、作用電極2、対極3及び参照電極5にそれぞれ接続されるとともに第1の基板21の他方の端部まで延在するように第1の基板21上に形成されたリード線2a,3a及び5aと、第1の基板21に接着された、作用電極2、対極3及び参照電極5が露出するような窓25が形成されている第2の基板22とから構成される。第2の基板22は、リード線2a,3a及び5aのうち第1の基板21の他方の端部近傍以外の部分を覆っている。
【0028】
作用電極2は、第1の基板21上に形成された導電性のDLC膜又は導電性のダイヤモンド膜であり、特に好ましくはDLC膜である。DLC膜は、一般にダイヤモンド状炭素膜、ダイヤモンド様炭素膜、ダイヤモンドライクカーボン膜、又はi−カーボン膜とも呼ばれる。DLC膜は主として炭素及び水素から構成され、sp結合及びsp結合が混在する非晶質炭素膜である。一方、ダイヤモンド膜はダイヤモンド構造を有する結晶を含んだ膜であり、DLC膜とはその構造が異なる。DLC膜とダイヤモンド膜はラマン分光分析によって明確に区別できることが知られている。ラマンスペクトルにおいて、ダイヤモンド膜の場合1333cm−1に明確なピークが観測されるのに対して、DLC膜の場合1350cm−1付近のDisorderedバンドおよび1550cm−1付近のGraphiticバンドにブロードなピークが観測される。
【0029】
DLC膜は、好ましくは、10〜40原子%の水素と、30〜85原子%の炭素とを含む。DLC膜が係る特定範囲の組成を有していることにより、適正な抵抗率を維持しつつ、電気化学センサとしての感度が改善される。また、水素がこの範囲で含まれると、膜中の炭素原子のうち水素終端のダングリングボンドを含むsp結合を形成するものの割合が高くなって、膜が非晶質化する。非晶質なDLC膜は、成膜温度が低く、均一な品質の成膜が容易であり、成膜速度も高いので、工業的な生産に有利である。
【0030】
また、sp結合の炭素を主体とするDLC膜は、電気化学反応によって酸化または還元される化学物質が吸着する過程が極めて少ないので、例えば水に起因する水素や水酸化物やそれらのイオンによる電極への吸着を経る内圏酸化還元反応が極めて起こりににくい。その結果、残余電流と言われるノイズ電流が極端に小さくなるので、検出対象である化学物質の電気化学反応を高SN比で検出することが可能である。
【0031】
DLC膜は、窒素、リン、ヒ素、アンチモン及びビスマスからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含んでいてもよい。これらの元素が5〜30原子%含まれることにより、DLC膜がn型半導体膜となる。あるいは、DLC膜は、ホウ素、ガリウム及びインジウムからなる群から選ばれる元素を更に含むんでいてもよい。これら元素が5〜30原子%含まれることにより、DLC膜がp型半導体膜となる。
【0032】
DLC膜は、0.01〜20原子%の酸素を更に含むことが好ましい。また、DLC膜は0.002〜1原子%の塩素を更に含むことが好ましい。塩素の割合が0.002原子%以下であると、絶縁化が起こりにくくなる傾向があり、1原子%を超えると導電性が低下し易くなる傾向がある。
【0033】
感度向上効果を特に顕著に得るために、DLC膜の抵抗率は、好ましくは10−3〜10Ωcm、より好ましくは10−3〜10Ωcm、さらに好ましくは10−3〜10Ωcmである。
【0034】
DLC膜またはダイヤモンド膜の膜厚は、0.01〜20μmが望ましい。DLC膜またはダイヤモンド膜の膜厚が0.01μmより薄いと作用電極の抵抗率が大きくなったり、ピンホールが生じやすくなる傾向がある。ピンホールが多く生じるとセンサ用の電極として正常に機能しなくなるおそれがある。また、DLC膜またはダイヤモンド膜の膜厚が20μmを超えると、下地としての第1の基板21が反ったりクラックが入ったりし易くなる傾向がある。さらに、DLC膜またはダイヤモンド膜の膜厚が大きいと第1の基板21と溶液の間における電流と抵抗との積に比例して生じる電圧降下が大きくなって、感度が低下し易くなる傾向もある。また、DLC膜またはダイヤモンド膜の膜厚はセンサの小型化の観点からも出来るだけ小さいことが望ましい。同様の観点から、DLC膜またはダイヤモンド膜の膜厚は、より望ましくは0.05〜10μm、更に望ましくは0.1〜5μmである。
【0035】
導電性のDLC膜は、例えば、第1の基板21を加熱しながら、炭化水素ガスを含む原料ガスを用いた気相法により形成することができる。気相法としては、イオン化蒸着法及び高周波プラズマCVD法が好適である。原料ガスの組成、成膜の際の第1の基板21の加熱温度、プラズマ条件を調節することにより、上述の特定組成を有するDLC膜を形成させることができる。具体的には、例えば、第1の基板21の温度を150〜450℃に加熱しながら成膜することにより、10〜40原子%の水素と、30〜85原子%の炭素とを含むDLC膜が形成される場合が多い。
【0036】
成膜の際、炭素源としての炭化水素ガスとともに、窒素ガス、アンモニアガス及びピリジン等の含窒素有機物、酸化ホウ素とアルコール類若しくはケト類、又はホウ素アルコキシドのようなガスを併用することにより、窒素、ホウ素等によりドープされたDLC膜が形成される。例えば、炭化水素ガスと、窒素ガスと、場合により水素、ネオン、ヘリウム、アルゴン及び酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の添加ガスとを含む混合ガスを真空成膜装置内に原料ガスとして導入しながら、原料ガスに13.56MHzの周波数の電圧を印加してプラズマ化させ、プラズマ化した原料ガスから生成した炭化水素を堆積させる方法により、導電性のDLC膜を形成することができる。
【0037】
作用電極2は、上記DLC膜またはダイヤモンド膜上に形成された機能膜を有していてもよい。この機能膜は、検体中の代謝物の電気化学反応を選択的に生じさせる酵素を含む。酵素の具体例としては、グルコースオキシダーゼ、グルコースデヒドロゲナーゼ、コレステロールオキシダーゼ、コレステロールデヒドロゲナーゼ、アルコールオキシダーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ、キサンチンオキシダーゼ、乳酸オキシダーゼ、乳酸デヒドロゲナーゼ、フルクトースデヒドロゲナーゼ、アスコルビン酸オキシダーゼ、クレアチンホスホキナーゼ、グリセロールオキシダーゼ、アシル−コエンザイムAオキシダーゼ、チラミンオキシダーゼ、アミノ酸オキシダーゼ、グリコレートオキシダーゼ、ピリドキサール−4−オキシダーゼ、ソルボースオキシダーゼ、グロノラクトースオキシダーゼ、ガラクトースオキシダーゼ、ピラノースオキシダ−ゼ、ウリカーゼ、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ、ピルビン酸オキシダーゼ及びビリルビンオキシダーゼが挙げられる。
【0038】
グルコースオキシダーゼの作用により、電極に必要な電位が印加されたときに試料液中のグルコースがグルコン酸に酸化され、過酸化水素が発生する。このときフェリシアン化カリウム、フェロセン、1,1’−ジメチルフェロセン、フェロセンカルボン酸及びフェロセンカルボキシアルデヒド等のフェロセン誘導体、ハイドロキノン、クロラニル及びブロマニル等のキノン類、または、フェリシアンイオン、オクタシアノタングステン酸イオン及びオクタシアノモリブデン酸イオン等の金属錯体イオンのようなメディエータを用いると、グルコースの濃度に比例した電流をDLC膜またはダイヤモンド膜によって選択的且つ高感度に検知できる。
【0039】
酵素を含む機能膜は、例えば、酵素及び必要によりメディエータ等の他の成分を含む溶液の膜をDLC膜またはダイヤモンド膜上に形成し、これを乾燥する方法により形成することができる。
【0040】
第1の基板21は、作用電極2、対極3及び参照電極5を支持する支持体である。第1の基板21は、電気化学センサとしての使用に耐え得る物理的強度を有していればよい。
【0041】
DLC膜がn型半導体膜であるとき、第1の基板21はn型結晶性シリコン基板であることが好ましい。これにより第1の基板21とDLC膜との間にショットキー障壁などの界面抵抗が生じにくくなる。電気化学センサの検出電流は通常1mA以下程度の微小電流であることから、IRドロップの発生が十分に防止される。同様の観点から、DLC膜がp型半導体膜であるとき、第1の基板21はp型結晶性シリコン基板であることが好ましい。
【0042】
対極3は、電気化学反応において通常用いられる電極用の導電性材料から構成される。好ましくは、対極3は、白金及び金のような貴金属、または作用電極2と同様の導電性のDLC膜から構成される。
【0043】
参照電極5は、典型的には、銀−塩化銀、又は水銀−塩化水銀から構成される。参照電極5はペーストを用いる方法により形成することができる。
【0044】
リード線2a,3a,5aは、銅等の導電性材料から構成され、メタルマスクを用いた通常の方法により形成することができる。
【0045】
第2の基板22は、第1の基板21と同様の基板が用いられる。第1の基板21と第2の基板22は作用電極2等を間に挟んで接着剤により接着される。
【0046】
図4は、参照電極を備えていない電気化学センサの一実施形態を示す平面図である。図4に示す電気化学センサ1は、参照電極5及びこれに接続されるリード線5aが形成されていないことの他は、図3の電気化学センサ1と同様の構成を有する。
【0047】
図5、6は、皮膚に電流を印加するための印加電極を備えた電気化学センサの一実施形態を示す平面図である。図5に示す電気化学センサ1は、作用電極2、対極3及び参照電極5を間に挟んで対向配置された1対の印加電極51,52と、印加電極51に接続されるとともに第1の基板21の他方の端部まで延在するように第1の基板21上に形成されたリード線51aと、印加電極52に接続されるとともに第1の基板21の他方の端部まで延在するように第1の基板21上に形成されたリード線52aとを備える。その他の構成は図2、3の電気化学センサと同様である。印加電極51,52により、作用電極2が接触している部分の皮膚に対して電流が印加される。同様に、図6に示す電気化学センサ1は、作用電極2及び対極3を間に挟んで対向配置された1対の印加電極51,52と、印加電極51に接続されるとともに第1の基板21の他方の端部まで延在するように第1の基板21上に形成されたリード線51aと、印加電極52に接続されるとともに第1の基板21の他方の端部まで延在するように第1の基板21上に形成されたリード線52aとを備える。
【0048】
体外侵出液の抽出及びその代謝物濃度の測定は、電気化学センサ1の窓25内の部分を皮膚に押し当てながら、印加電極51,52間に所定の直流電流又はパルス電流を印加して行われる。
【0049】
電気化学センサシステム100を構成する制御部10は、例えば、作用電極2の参照電極5に対する電位を制御するポテンシオスタットと、作用電極2と対極3との間に流れる電流を計測する電流計と、ポテンシオスタット及び電流計を制御するプロセッサと、ポテンシオスタット及び電流計を制御するためのソフトウエアとから構成される。プロセッサ(CPU=中央演算装置)は、上記ソフトウエアを実行することにより、ポテンシオスタット及び電流計を制御する。ポテンシオスタットは、作用電極2の電位を検体中の分析対象化学物質に固有の酸化還元電流が適切に検出されるような所定の電位に維持するように制御される。また、プロセッサは、所定の電位における検体中の分析対象化学物質の濃度と酸化電流値との関係に関する検量線を読み込んでこの検量線に基づいて検体中の分析対象化学物質の濃度を算出する。電気化学センサシステム100は、算出された結果を表示するモニターを備えていることが好ましい。
【0050】
図7は、抽出された体外侵出液の代謝物濃度を測定する方法の一実施形態を示すフロー図である。ステップS1では予め作成された検量線データがプロセッサに読み込まれる。ステップS2で作用電極を所定の電位Eに保持し、ステップS3で作用電極−対極間の電流値Iを電圧印加の開始から所定の時間t秒後に測定する。ステップS4で電流値Iを読み込み、ステップS5で検量線からの内挿に基づいて検体である体外侵出液中の代謝物の濃度Cが算出される。ステップS6で算出結果の妥当性を判断し、妥当であればステップS7で結果が表示される。算出結果が妥当でないと判断された場合、ステップS2に戻る。
【0051】
このような電気化学センサシステムによれば、体外侵出液中の代謝物に固有の酸化還元電位を利用した電位設定により、複数種の代謝物を分離して検出することが可能である。この点で本実施形態に係るシステムは、複数種の代謝物を区別して検出することができない半導体式センサよりも優れる。
【実施例】
【0052】
以下、実施例を挙げて本発明についてより具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0053】
実施例1
n型(100)面単結晶シリコンウエハを、対向して配置された電極を備える真空成膜装置内に置いた。そして、シリコンウエハを200℃に加熱しながら、原料ガスとしてエチレン及び窒素を5:5sccmで導入し、13.56MHzの周波数で500Wの電力にて真空装置内をプラズマ化させることにより、シリコンウエハ上に導電性のDLC膜を形成させた。形成されたDLC膜の抵抗率は0.3Ωcmであり、その組成は水素10原子%、窒素5原子%、炭素85原子%であった。DLC膜を成膜したシリコンウエハを5mm角に切り分けて、n型単結晶シリコン基板上にDLC膜が形成されたチップを得た。
【0054】
次いで、酵素として2Uのグルコースデヒドロゲナーゼ、補酵素として0.025mgのフラビンアデニンジヌクレオチド、及びメディエータとして0.025mgフェリシアン化カリウムを、pH7.2の0.05Mリン酸緩衝溶液5μLに溶解させた。得られた溶液を導電性DLC膜上に適下し、更に、pH7.2の0.05Mリン酸緩衝溶液を用いて調製した1wt%ウシアルブミン溶液1μL、20wt%グルタルアルデヒド溶液1μLを順に適下した。その後、30℃、湿度10%の環境で30分乾燥させて、DLC膜上に機能膜を形成させた。
【0055】
DLC膜を作用電極として用い、銀/塩化銀ペーストの印刷により参照電極としての銀−塩化銀電極を形成し、対極としてのDLC膜を上記と同様の方法で形成して、図1に示すような回路を有する電気化学センサを構成した。
【0056】
作製した電気化学センサを、駆動用ソフトウェアが読み込まれたプロセッサによって制御される自作ポテンシオスタットに接続し、作用電極−対極間に流れる電流値が計測されるように電気化学センサシステムを構成した。駆動用ソフトウェアは検出電位を参照電極に対して1.2Vとなるように設定した。
【0057】
0.05Mリン酸水素ニナトリウム−リン酸ニ水素カリウムによるpH7.2の緩衝溶液にグルコースを3mMの濃度で溶解したグルコース溶液を準備し、そこに電気化学センサを浸して電流値を測定した。また、ブランクとしてグルコースを溶解していない緩衝液の電流値も測定した。測定結果から算出されたグルコース濃度を、SN比とともに表1に示す。
【0058】
実施例2〜5
実施例1と同様の方法で、エチレンと窒素ガスの導入比率を変化させることにより、組成の異なる導電性のDLC膜をシリコン基板上に形成させた。これ以外は実施例7と同様にして、電気化学センサ及び電気化学センサシステムを準備した。得られた電気化学センサを用いて実施例1と同様にグルコース濃度の測定を行った。結果を表1にまとめて示す。
【0059】
【表1】

【0060】
比較例1
作用電極として白金板を用いたことの他は実施例1と同様にして電気化学センサシステムを準備し、グルコース濃度を測定した。グルコース濃度の計算値は2.8mMであり、SN比は6.7であった。
【0061】
比較例2
作用電極としてグラシーカーボンを用いたことの他は実施例1と同様にして電気化学センサシステムを準備し、グルコース濃度を測定した。グルコース濃度の計算値は2.7mMであり、SN比は7.7であった。
【0062】
【表2】

【0063】
実施例6
印加電極を更に形成したことの他は実施例1と同様にして、図5に示される実施形態と同様の構成を有する電気化学センサを準備した。
【0064】
得られた電気化学センサを用いて、血液から採取した血漿、涙液、唾液及び皮膚からの体外侵出液中のグルコース濃度を測定した。体外侵出液中のグルコース濃度の測定は、被験者の皮膚に対極及び印加電極を押し当てながら、印加電極間に周波数、デューティー比、パルス電流密度の各パラメータを表3の実施例6−1〜6−5に示す値に設定したパルス電流、又は実施例6−6〜6−8に示す直流電流を印加することにより捕捉した体外侵出液を対象にして、行った。刺激感については、直流3mA/cmの電流印加の際の刺激感を100として、体外侵出液測定の際の刺激感の大きさを被験者の判断に基づいて相対的に評価した。
【0065】
比較例3
作用電極として白金板を用いたことの他は実施例6と同様の構成を有する電気化学センサを比較例3として準備し、同様のグルコース濃度測定を行った。
【0066】
比較例4
実施例6と同様の電気化学センサにて、血液から採取した血漿、涙液、唾液及び皮膚からの体外侵出液中のグルコース濃度を測定した。体外侵出液中のグルコース濃度の測定は、被験者の皮膚に対極及び印加電極を押し当てながら、印加電極間に周波数、デューティー比、パルス電流密度の各パラメータを表3の比較例4−1〜4−2に示す値に設定したパルス電流、又は比較例4−3〜4−5に示す直流電流を印加することにより捕捉した体外侵出液を対象にして、行った。
【0067】
更に、血液から採取した血漿、涙液、唾液中のグルコース濃度をヘキソナーゼ法により測定し、その値を比較のため表3に示した。
【0068】
【表3】

【0069】
表3に示されるように、実施例6はヘキソナーゼ法の結果をよく再現したが、比較例3は測定誤差が大きかった。また、比較例4−1、4−2、4−4、4−5は測定精度は良好であったものの、皮膚への刺激感が大きかった。0.1μA/cm−2を下回る直流電流を印加した比較例4−3は皮膚刺激は小さいものの、体外侵出液の捕捉量が少ないためにグルコース濃度を測定することができなかった。
【0070】
実施例7
実施例6で用いた電気化学センサを用いて、経皮的抽出可能なデバイス(内容詳細は特許3328290の23列20行〜24列4行の実施例1、図1A〜Cに準じる。)を作成し、センサを皮膚に当て、印加電極に2μA/cmの直流電流を通して体外侵出液を捕捉し、次いでセンサによって体外侵出液のグルコース濃度を測定した。
【0071】
実施例8
周波数10kHz、デューティー比25%、パルス電流密度2mAcm−2のパルス電流を印加したことの他は実施例7と同様にして、体外侵出液のグルコース濃度を測定した。
【0072】
比較例5
0.32mA/cmの直流電流を印加したことの他は実施例7と同様にして、体外侵出液のグルコース濃度を測定した。
【0073】
比較例6
白金電極を作用電極として有する比較例3の電気化学センサを用いたことの他は実施例7と同様にして、体外侵出液のグルコース濃度を測定した。
【0074】
比較例7
0.32mA/cmの直流電流を印加したことの他は比較例6と同様にして、体外侵出液のグルコース濃度を測定した。
【0075】
上記実施例及び比較例において、体外侵出液のグルコース濃度測定の際の刺激感を、比較例5(0.32mA/cm)の場合を100として、刺激感の大きさを被験者の判断に基づいて相対的に評価した。皮膚から体外侵出液を抽出する速度を示すフラックスの測定も行った。さらに、それぞれの電気化学センサを用いて、別途血液採取しその中の血漿中のグルコース濃度も測定した。
【0076】
【表4】

【0077】
表4に示されるように、患者の皮膚への刺激感は、直流2μA/cmやパルス電流では軽減できた。2μA/cmのような微弱な直流電流で体外侵出液の採取量が少ない場合であっても、実施例7のように導電性のDLC膜を用いれば、白金を用いた比較例6に比べグルコース濃度を感度よく検出できる。さらにパルス電流では体外侵出液を抽出する速度を表すフラックスが優れており、患者の刺激感を抑えつつ、高い感度で測定が可能であることがわかった。なお、本発明は、グルコースのみならず、電気化学反応による検出が可能な全ての代謝物に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】電気化学センサシステムの一実施形態を示すブロック図である。
【図2】電気化学センサシステムの一実施形態を示すブロック図である。
【図3】電気化学センサの一実施形態を示す平面図である。
【図4】電気化学センサの一実施形態を示す平面図である。
【図5】電気化学センサの一実施形態を示す平面図である。
【図6】電気化学センサの一実施形態を示す平面図である。
【図7】体外侵出液の代謝物濃度を測定する方法の一実施形態を示すフロー図である。
【符号の説明】
【0079】
1…電気化学センサ、2…作用電極、3…対極、5…参照電極、10…制御部、21…第1の基板(支持体)、22…第2の基板、51,52…印加電極、100…電気化学センサシステム。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気化学センサの作用電極であって導電性のDLC膜又は導電性のダイヤモンド膜を有する当該作用電極を皮膚に接触させながら、そこにパルス電流又は0.1〜10μAcm−2の直流電流を印加することにより体外侵出液を抽出し、抽出された体外侵出液を当該作用電極に接触させるステップと、
当該作用電極に接触している前記体外侵出液の代謝物濃度を当該電気化学センサによって測定するステップと、
を備える、体外侵出液の代謝物濃度を測定する方法。
【請求項2】
前記パルス電流が、周波数1〜100kHz、デューティー比5〜30%若しくは65〜85%、パルス電流密度0.0001〜10mAcm−2である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
導電性のDLC膜又は導電性のダイヤモンド膜を有する作用電極を備え、請求項1又は2記載の方法によって体外侵出液の代謝物濃度を測定するための電気化学センサ。
【請求項4】
請求項3記載の電気化学センサと、該電気化学センサにおいて生じる酸化還元電流を検出する制御部と、を具備する電気化学センサシステム。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−168622(P2009−168622A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−7134(P2008−7134)
【出願日】平成20年1月16日(2008.1.16)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)