説明

低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法

【課題】味やその他の不自然な香味が突出することなく、通常のビール類と比べて遜色のないバランスの良い味感、風味を有する低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法の提供。
【解決手段】仕込工程において、麦芽を含むマイシェにトランスグルコシダーゼを添加して、発酵工程前の麦汁中の全糖質における非発酵性糖質の割合が30〜70質量%になるよう糖化し、製造工程のいずれかの時点において、最終製品のpHが3.5〜4.4になるように有機酸を添加することを特徴とする低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法、前記有機酸がリン酸、乳酸、酒石酸、リンゴ酸、クエン酸、フィチン酸、グルコン酸、酢酸からなる群より選択される1種以上である前記記載の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法、前記仕込工程において、マイシェの原料として、麦芽使用量の10〜150質量%相当量の液糖を用いる前記記載の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、充分なコク感を有し、味感や風味のバランスが良好な低アルコール発酵麦芽飲料を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ビールと同様のテイストを有しつつ、アルコール濃度の低い、ローアルコールビールやノンアルコールビールに対する消費者のニーズが高まっている。これらのアルコール濃度の低いビール類は、一般的には、アルコール濃度が高いビールが飲めない場合に、ビールの代替として飲まれるものであるため、アルコール濃度以外は、ビールと同等のテイストを有することが好ましい。このため、よりビールと同等のテイストを有する低アルコールビールの開発が望まれている。
【0003】
アルコール濃度の低いビール類の製造方法としては、例えば、通常の製法により製造されたビール類に対して、加水希釈したり、アルコール分を除去することによってアルコール濃度を低下させる方法がある。また、発酵工程において、発酵時間や発酵温度を制御することにより、発酵を途中で停止させる方法や、濃度の薄い麦汁を発酵させる方法もある。しかしながら、これらの方法で製造された低アルコール飲料は、通常のビール類と比べて味が淡白であり、旨味やコク感に乏しいなど、味感や風味に関して普通のビール類には及ばず、上等な香味品質、すなわち程よいコク感とバランスの良い香味、風味を併せ持った低アルコールビール類の実現は困難であった。
【0004】
低アルコールビールのコク感や香味を改善する方法としては、例えば、ビール製造における仕込工程において、α−グルコシダーゼ(トランスグルコシダーゼの別称)を添加する方法が開示されている(例えば、特許文献1又は2参照。)。トランスグルコシダーゼにより、麦汁中の発酵性糖類が非発酵性糖類に転換されるため、その後の発酵工程におけるアルコール生成量が抑制される。こうして得られた低アルコールビールは、非発酵性糖類を多く含むため、濃度の薄い麦汁を発酵させる方法等により得られた低アルコールビールよりも、コク味が高くなる。
【0005】
トランスグルコシダーゼを用いてコク味やボディ感を増強させる方法は、低アルコールビールのみならず、通常のアルコール濃度のビール類に対しても有効である。例えば、仕込工程における熱処理前に、トランスグルコシダーゼを添加することにより、製品中にイソマルトース、パノースなどのイソマルトオリゴ糖を高濃度に含有させることができ、この結果、コク味が増強される(例えば、特許文献3参照。)。
【0006】
しかしながら、発酵性糖類からトランスグルコシダーゼにより合成されたイソマルトオリゴ糖は、ショ糖と比較すれば甘味度は低いものの、ある程度の甘味性を有している。このため、低アルコールビールの製造において、ビールと同様のコク味やボディ感が得られる程度にまで、充分な量のイソマルトオリゴ糖を製品中に含有させた場合には、突出した甘味も付与されることとなり、得られた低アルコールビールは、ビール類としての香味、風味の調和度合いとしては好ましくないという問題点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平5−68528号公報
【特許文献2】特開平5−68529号公報
【特許文献3】特開2002−253197号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、甘味やその他の不自然な香味が突出することなく、アルコール濃度が4容量%よりも高い通常のビール類と比べて遜色のないバランスの良い味感、風味を有する低アルコール発酵麦芽飲料を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、低アルコール発酵麦芽飲料の製造において、仕込工程においてマイシェにトランスグルコシダーゼを添加し、発酵前の麦汁中の全糖質における非発酵性糖質の割合を30〜70質量%とし、さらに、製造工程のいずれかの時点において有機酸を添加することにより、最終製品のpHを3.5〜4.4に調整することにより、甘味を不自然に突出させることなく、充分なコク感が付与された低アルコール発酵麦芽飲料が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は、
(1) 仕込工程において、麦芽を含むマイシェにトランスグルコシダーゼを添加して、発酵工程前の麦汁中の全糖質における非発酵性糖質の割合が30〜70質量%になるよう糖化し、
製造工程のいずれかの時点において、最終製品のpHが3.5〜4.4になるように有機酸を添加することを特徴とする低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法、
(2) 前記有機酸がリン酸、乳酸、酒石酸、リンゴ酸、クエン酸、フィチン酸、グルコン酸、酢酸からなる群より選択される1種以上であることを特徴とする前記(1)に記載の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法、
(3) 前記仕込工程において、マイシェの原料として、麦芽使用量の10〜150質量%相当量の液糖を用いることを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法、
(4) 最終製品中の前記有機酸の濃度が50〜1500ppmであることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか一つに記載の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法、
(5) 前記有機酸が乳酸及びリン酸であり、最終製品中のリン酸濃度が100〜600ppmであり、最終製品中の乳酸濃度が100〜600ppmであることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか一つに記載の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法、
(6) 前記液糖の重合度4以上のオリゴ糖比率が30質量%以上であることを特徴とする前記(1)〜(5)のいずれか一つに記載の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法、
(7) 最終製品中のアルコール濃度が4容量%以下である、前記(1)〜(6)のいずれか一つに記載の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法により、アルコール濃度が4容量%以下でありながら、アルコール濃度が4容量%よりも高い通常のビール類と同様に充分なコク感をもち、かつ香味のバランスがとれている、優れた風味の低アルコール発酵麦芽飲料を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明及び本願明細書において、低アルコール発酵麦芽飲料とは、麦芽を原料とし、かつ発酵によって得られるアルコールを含有する飲料であって、アルコール濃度が4容量%以下である飲料を意味する。より具体的には、麦芽を含むマイシェを糖化処理して得られた麦汁の発酵物から調製され、かつアルコール濃度が4容量%以下であるアルコール飲料である。低アルコール発酵麦芽飲料としては、具体的には、ビール、麦芽を原料とする発泡酒等が挙げられる。
【0013】
本発明の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法は、仕込工程において、マイシェにトランスグルコシダーゼを添加して、発酵工程前の麦汁中の全糖質における非発酵性糖質の割合が30〜70質量%になるよう糖化し、さらに製造工程のいずれかの時点において、最終製品のpHが3.5〜4.4になるように有機酸を添加することを特徴とする。
【0014】
発酵前の麦汁中の全糖質における非発酵性糖質の割合が30質量%以上(発酵度が70%以下)であることにより、発酵工程におけるアルコール生成量を抑制することができ、最終製品中のアルコール濃度を比較的容易に4%以下にすることができる。さらに、コク感やボディ感を付与するために充分な量の非発酵性糖質を、最終製品中に含有させることができ、コク味と香味の良好な低アルコール発酵麦芽飲料を得ることができる。また、発酵前の麦汁中の全糖質における非発酵性糖質の割合が70質量%以下(発酵度が30%以上)であることにより、最終製品中に持ち込まれる非発酵性糖質に由来する甘味が過大となることが抑制される。
【0015】
有機酸を用いて最終製品のpHを3.5〜4.4に調整することによって、多量の非発酵性糖質に由来する甘味と、有機酸に由来する酸味とのバランスが良好に保たれる結果、ビール類に近似した優れた味感及び風味を有する低アルコール発酵麦芽飲料を製造することができる。最終製品のpHが3.5よりも低い場合には、有機酸由来の酸味が過大となりすぎ、香味バランスが損なわれるおそれがある。
【0016】
また、低アルコール発酵麦芽飲料では、アルコール濃度が比較的高いアルコール発酵麦芽飲料よりも、微生物が繁殖しやすいという問題がある。本発明の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法では、最終製品のpHを4.4以下に調整するため、得られた低アルコール発酵麦芽飲料は、微生物が繁殖し難く、保存安定性にも優れている。
【0017】
本発明において用いられるトランスグルコシダーゼとしては、糖転移反応に対する触媒活性を有する酵素であれば、特に限定されるものではなく、各種生物由来のトランスグルコシダーゼを使用することができる。例えば、市販されているトランスグルコシダーゼのうち、いずれの酵素を用いても良く、またこれらを組み合わせて用いることもできる。
【0018】
発酵工程前の麦汁中の全糖質における非発酵性糖質の割合は、添加するトランスグルコシダーゼの種類や量、麦芽やその他の発酵原料の組成や量、トランスグルコシダーゼの反応時間等を適宜調整することにより、所望の範囲にすることができる。本発明の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法においては、発酵工程前の麦汁中の全糖質における非発酵性糖質の割合が好ましくは40〜60質量%、より好ましくは45〜55質量%であることが好ましい。
【0019】
本発明において用いられる有機酸は、可食性の有機酸であれば特に限定されるものではなく、目的とする低アルコール発酵麦芽飲料の品質等を考慮して、適宜決定することができる。本発明においては、1種類の有機酸を添加してもよく、2種類以上を組み合わせて添加してもよい。また、複数の有機酸を添加する場合、同時に添加してもよく、有機酸ごとに別々の時点で添加してもよい。用いられる有機酸としては、乳酸、リン酸、酒石酸、リンゴ酸、クエン酸、フィチン酸、グルコン酸、酢酸、又はこれらの組み合わせであることが好ましく、特に乳酸、リン酸、又は両者の併用が好ましい。
【0020】
有機酸の添加量は、最終製品のpHを3.5〜4.4に調整するために必要な量であり、低アルコール発酵麦芽飲料の組成、有機酸の種類、目的とする低アルコール発酵麦芽飲料の品質等を考慮して、適宜決定することができる。例えば、1種類の有機酸を添加する場合には、最終製品中の当該有機酸の濃度が50〜1500ppmとなるように添加することが好ましい。また、乳酸及びリン酸を併用する場合には、最終製品中の乳酸及びリン酸の濃度がそれぞれ100〜600ppmとなるように添加することが好ましい。
【0021】
最終製品のpHは、添加される有機酸の種類や量、添加時期等により調整することができる。本発明の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法においては、最終製品のpHは3.5以上4.4未満の範囲内であることが好ましく、3.6以上4.4未満の範囲内であることがより好ましく、3.6以上4.3以下の範囲内であることがさらに好ましく、4.0以上4.2以下の範囲内であることがよりさらに好ましい。
【0022】
本発明の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法は、仕込工程においてマイシェにトランスグルコシダーゼを添加すること、及び製造工程のいずれかの時点で有機酸を添加すること以外は、ビールや発泡酒等のアルコール発酵麦芽飲料を製造するための一般的な方法を採用することができる。具体的には、本発明の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法は、仕込、発酵、貯酒、濾過、充填の工程で製造される。
【0023】
まず、仕込工程として、麦芽と麦芽以外の発酵原料(澱粉質)から麦汁を調製する。具体的には、まず、麦芽若しくはその破砕物、麦芽以外の発酵原料、及び原料水を仕込槽に加えて混合してマイシェを調製する。マイシェの調製は、マイシェを35〜70℃で20〜90分間保持する等、常法により行うことができる。その後、当該マイシェを徐々に昇温して所定の温度で一定期間保持することにより、麦芽由来の酵素やマイシェに添加した酵素を利用して、澱粉質を糖化させる。糖化処理後、76〜78℃で10分間程度保持した後、マイシェを麦汁濾過槽にて濾過することにより、透明な麦汁を得る。
【0024】
マイシェへのトランスグルコシダーゼの添加は、仕込工程終了時点までに添加したトランスグルコシダーゼによる酵素反応が充分に行われる時点であれば特に限定されるものではない。例えばトランスグルコシダーゼは、マイシェの調製時点において、麦芽等の発酵原料とともに添加されてもよく、糖化反応の途中に添加してもよい。本発明においては、トランスグルコシダーゼによる酵素反応を充分に進行させられるため、マイシェの調製時点又は仕込工程の早い段階でトランスグルコシダーゼを添加することが好ましく、マイシェの調製時点に添加することがより好ましい。
【0025】
本発明において用いられる麦芽は、一般的な製麦処理により、大麦等を発芽させたものを用いることができる。具体的には、収穫された大麦、小麦、燕麦等を、水に浸けて適度に発芽させた後、熱風により焙燥することにより、麦芽を製造することができる。麦芽は常法により破砕してもよい。
【0026】
麦芽以外の発酵原料として、例えば、大麦、小麦、コーンスターチ、コーングリッツ、米、こうりゃん等の澱粉原料や、液糖や砂糖等の糖質原料がある。ここで、液糖とは、澱粉質を酸又は糖化酵素により分解、糖化して製造されたものであり、主にグルコース、マルトース、マルトトリオース等が含まれている。
【0027】
マイシェには、発酵原料やトランスグルコシダーゼ以外にも、必要に応じて、α−アミラーゼ、グルコアミラーゼ、プルナラーゼ等の糖化酵素やプロテアーゼ等の酵素剤を添加することができる。その他、本発明の効果を阻害しない限りにおいて、スパイスやハーブ類、果物等を添加してもよい。
【0028】
糖化処理時の温度や時間は、トランスグルコシダーゼ等の酵素の種類やマイシェの量、目的とする低アルコール発酵麦芽飲料の品質等を考慮して、適宜決定することができる。例えば、60〜72℃にて30〜90分間保持することにより行うことができる。
【0029】
その他、麦芽の一部、大麦の一部又は全部、及び温水を仕込釜に加えて混合して調製したマイシェを、糖化処理した後、前述の仕込槽で糖化させたマイシェと混合したものを、麦汁濾過槽にて濾過することにより麦汁を得てもよい。
【0030】
得られた麦汁は煮沸される。煮沸方法及びその条件は、適宜決定することができる。煮沸処理前又は煮沸処理中に、ハーブや香料等を適宜添加することにより、所望の香味を有する低アルコール発酵麦芽飲料を製造することができる。
【0031】
本発明においては、煮沸処理前又は煮沸処理中に、ホップを添加することが好ましい。ホップの存在下で煮沸処理することにより、ホップの風味・香気を煮出することができる。ホップの添加量、添加態様(例えば数回に分けて添加するなど)及び煮沸条件は、適宜決定することができる。
【0032】
煮沸した麦汁を、ワールプールと呼ばれる沈殿槽に移し、煮沸により生じたホップ粕や凝固したタンパク質等を除去しておくことが好ましい。その後、プレートクーラーにより適切な発酵温度まで冷却する。該発酵温度は、通常8〜15℃である。
【0033】
本発明においては、発酵原料として、麦芽に加えて液糖を用いることも好ましい。用いられる液糖としては、全糖質における重合度4以上のオリゴ糖(非発酵性糖質)の割合が30質量%以上であるものが好ましく、50質量%以上のものがより好ましく、75質量%以上のものがさらに好ましい。重合度4以上のオリゴ糖比率が高い液糖を発酵原料として用いることにより、より簡便に、発酵前の麦汁中の全糖質における非発酵性糖質の割合を30〜70質量%に調整することができる。
【0034】
非発酵性糖質の割合が比較的高い液糖のマイシェに対する添加量は、トランスグルコシダーゼの種類や酵素反応の反応条件、当該液糖以外の発酵原料の組成、目的とする低アルコール発酵麦芽飲料の品質等を考慮して、適宜決定することができる。本発明においては、麦芽使用量の10〜150質量%相当量の液糖を用いることが好ましい。
【0035】
非発酵性糖質の割合が比較的高い液糖は、麦芽等のその他の発酵原料とともに糖化処理前にマイシェに投入されてもよく、トランスグルコシダーゼの酵素活性が失われた後に添加してもよい。例えば、糖化処理終了後、麦汁の煮沸処理前や、煮沸処理中、若しくは煮沸処理後に、液糖を添加することができる。
【0036】
次いで発酵工程として、冷却した麦汁に酵母を接種して、発酵タンクに移し、発酵を行う。発酵に用いる酵母は特に限定されるものではなく、通常、酒類の製造に用いられる酵母の中から適宜選択して用いることができる。上面発酵酵母であってもよく、下面発酵酵母であってもよいが、大型醸造設備への適用が容易であることから、下面発酵酵母であることが好ましい。
【0037】
また、発酵工程におけるアルコール発酵を抑制することにより、発酵により生成されるアルコール量がより低減されるため、アルコール濃度が1容量%未満のノンアルコールビールを含めて、アルコール濃度が4容量%以下の低アルコール発酵麦芽飲料をより容易に製造することができる。
【0038】
さらに、貯酒工程として、得られた発酵液を、貯酒タンク中で熟成させ、0℃程度の低温条件下で貯蔵し安定化させた後、濾過工程として、熟成後の発酵液を濾過することにより酵母及びタンパク質等を除去して、目的の低アルコール発酵麦芽飲料を得ることができる。また、酵母による発酵工程以降の工程において、例えばスピリッツと混和することにより、酒税法におけるリキュール類を製造することができる。得られた低アルコール発酵麦芽飲料は、通常、充填工程により瓶詰めされて、製品として出荷される。
【0039】
有機酸は、製造工程中のいずれの時点で添加してもよい。例えば、仕込工程でマイシェ又は得られた麦汁に添加してもよく、発酵工程で発酵液に添加してもよく、発酵後濾過工程前に添加してもよく、貯酒工程において添加してもよく、充填工程において瓶詰めされる前に添加してもよい。
【実施例】
【0040】
次に実施例及び参考例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例等に限定されるものではない。
【0041】
<麦汁の発酵度の測定>
麦汁の発酵度の測定は、改訂BCOJ(Brewery Convention of Japan)分析法((財)日本醸造協会発行)に記載の方法(7.3及び8.11最終発酵度)に準じて行った。すなわち、麦汁に酵母を加えて発酵可能なエキスを全て発酵させた後にエキス濃度を測定し、得られた測定値と予め測定した元の麦汁(発酵前の麦汁)のエキス濃度より算出した。
最終発酵度(%)=([元の麦汁のエキス濃度]−[発酵後のエキス濃度])/[元の麦汁のエキス濃度]×100
【0042】
[実施例1]
低アルコール発酵麦芽飲料の香味に対する、添加する有機酸の種類と最終製品のpHの影響を調べた。
まず、10kgの大麦麦芽の粉砕物、及び50Lの原料水を添加して混合し、マイシェを調製した。当該マイシェに、トランスグルコシダーゼ(天野エンザイム社製)を、4g/kgとなるように添加した後、60℃で60分間加温することにより、糖化処理を行って麦汁を得た。得られた麦汁に50gのホップ、を添加して、100℃で60分間煮沸した。煮沸完了後(加熱終了後)濾過を行い、透明な麦汁(濾液)を得た。当該麦汁の発酵度(1―〔全糖質における非発酵性糖質の割合〕)を測定したところ、発酵度は約50%であった。
次いで、得られた麦汁に、液汁1mLあたり10〜20×10個のビール酵母を接種し、約10℃で7日間発酵を行った。その後得られた発酵液を、約1ヶ月間熟成(後発酵)させることにより、アルコール濃度が2.5容量%の低アルコールビールを得た。
得られた低アルコールビールに、表1及び2に記載の有機酸を所定のpHとなるように添加した。
有機酸添加後の各低アルコールビールについて、20名の専門パネルにより、香味についての官能検査を行った。香味評価の結果を表1及び2に示す。また、評価基準は以下の通りである。
【0043】
酸味評価:
−: 酸味を感じない。
±: 酸味をやや感じる。
+: 酸味を強く感じる。
++: 酸味を非常に強く感じる。
【0044】
総合評価:
○: 好ましい。
△: やや好ましい。
×: 好ましくない。
【0045】
【表1】

【0046】
【表2】

【0047】
この結果、いずれの有機酸においても、最終製品中のpHが4.5の場合には、酸味は感じられなかったものの、甘味が突出しており、好ましくなかった。逆に最終製品中のpHが3.0の場合には、酸味が非常に強く、やはり好ましくなかった。酢酸を除くその他の有機酸では、pH3.5〜4.2において、pHが高くなるにつれて酸味が弱くなり、総合的に好ましい香味となった。また、酢酸は、非常に酸味が強く、pH4.0〜4.2の場合に酸味は感じるもののやや好ましいという結果であった。また、特にリン酸、乳酸、及び両者を併用して添加した場合に、その他の有機酸よりも良好なビールが得られた。
【0048】
[実施例2]
低アルコール発酵麦芽飲料の香味に対する、発酵前の麦汁の発酵度の影響を調べた。なお、発酵度の違いは、最終製品中に含まれる非発酵性糖質の量による違いを表す。
まず、糖化処理におけるマイシェの加温温度及び加温時間以外は実施例1と同様にして、トランスグルコシダーゼを添加したマイシェを調製し、糖化処理を行って麦汁を得、ホップを加えて煮沸した後、濾過を行い、透明な麦汁(濾液)を得た。マイシェの加温時間をふることにより、糖化反応の条件を変え、麦汁中の全糖質における非発酵性糖比率(1―発酵度)が10〜80質量%の麦汁を調製した。
得られた各麦汁に、実施例1と同様にして、酵母を接種して発酵させ、その後熟成させることにより、アルコール濃度が2.5容量%の低アルコールビールを得た。
得られた低アルコールビールに、乳酸をpH4.0となるように添加した。乳酸添加後の各低アルコールビールについて、20名の専門パネルにより、実施例1と同様にして、香味についての官能検査を行った。香味評価の結果を表3に示す。
【0049】
【表3】

【0050】
この結果、麦汁中の全糖質における非発酵性糖比率を30〜70質量%とし、かつ製品中のpHを4.0に調整することにより、低アルコールビールの香味を改善し得ることがわかった。特に、非発酵性糖比率が30〜70質量%の麦汁から得られ、かつ乳酸によりpH4.0に調整された低アルコールビールは、非常に香味が良好であった。
【0051】
[実施例3]
低アルコール発酵麦芽飲料の香味に対する、発酵前の麦汁の発酵度の影響を調べた。なお、発酵度の違いは、最終製品中に含まれる非発酵性糖質の量による違いを表す。
まず、糖化処理におけるトランスグルコシダーゼ添加量、マイシェの加温温度及び加温時間以外は実施例1と同様にして、トランスグルコシダーゼを添加したマイシェを調製し、糖化処理を行って麦汁を得、ホップを加えて煮沸した後、濾過を行い、透明な麦汁(濾液)を得た。マイシェの加温時間をふることにより、糖化反応の条件を変え、発酵度が30〜80質量%の麦汁を調製した。
得られた各麦汁に、実施例1と同様にして、酵母を接種して発酵させ、その後熟成させることにより、アルコール濃度が2.5容量%の低アルコールビールを得た。
得られた低アルコールビールに、乳酸を所定のpHとなるように添加した。乳酸添加後の各低アルコールビールについて、20名の専門パネルにより、実施例1と同様にして、香味についての官能検査を行った。香味評価の結果を表4に示す。なお、表4中、「非発酵性エキス」は、各製品低アルコールビール中の固形成分全体に対する非発酵性糖質エキスの割合である。
【0052】
【表4】

【0053】
この結果、トランスグルコシダーゼを用いて発酵前の麦汁の発酵度を30〜70質量%とした場合(非発酵性糖質比率を30〜70質量%とした場合)、最終製品のpHを3.5〜4.4の範囲のいずれかに調整することにより、香味を改善し得ることがわかった。特に、発酵度が40〜60質量%の場合には、特に香味の良好な低アルコールビールが得られた。
【0054】
[実施例4]
雑菌の繁殖し易さに対する低アルコール発酵麦芽飲料のpHの影響を調べた。
まず、実施例1と同様にして、トランスグルコシダーゼを添加したマイシェから麦汁を調製し、得られた各麦汁を発酵させ、その後熟成させることにより、アルコール濃度が2.5容量%の低アルコールビールを得た。
この低アルコールビールに乳酸を添加し、製品中のpHが4.4、4.0、又は3.8の低アルコールビールを得、これらに、予め培養していた5種類の細菌を殖菌した。殖菌後のサンプルを25℃にて保管し、植菌日を0日目として目視にて混濁が確認されるまでの日数を記録した。記録の結果を表5に示す。
【0055】
【表5】

【0056】
保存安定性の点から、細菌の繁殖による混濁が生じるまでの期間が10日以上あることが望ましい。これに対して、製品のpHが4.4の場合には、5種類のうち3種類の細菌において、植菌後10日以内に混濁が生じた。これに対して、pH3.8及び4.0の場合には、いずれの細菌でも、混濁が生じるまでの期間が10日以上あり、保存安定性に優れていることが確認された。また、いずれも細菌においても、製品pHが低くなるほど細菌が繁殖し難い、という結果が得られた。
【0057】
[実施例5]
重合度4以上のオリゴ糖比率の異なる液糖を麦芽原料と共に用いて、本発明の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法により、低アルコール発酵麦芽飲料を製造した。発酵原料としては、重合度4以上のオリゴ糖比率が10〜75質量%の液糖を用いた。
まず、5kgの大麦麦芽の粉砕物、及び25Lの原料水を添加して混合し、マイシェを調製した。当該マイシェに、トランスグルコシダーゼ(天野エンザイム社製)を、4g/kgとなるように添加した後、60℃で60分間加温することにより、糖化処理を行って麦汁を得た。得られた麦汁に50gのホップ、5kgの液糖、及び20Lの原料水を添加して、100℃で60分間煮沸した。煮沸完了後(加熱終了後)、乳酸を、最終製品のpHが4.0となるように添加した。その後、濾過を行い、透明な麦汁(濾液)を得た。 得られた各麦汁に、実施例1と同様にして、酵母を接種して発酵させ、その後熟成させることにより、アルコール濃度が2.5容量%の低アルコール発酵麦芽飲料を得た。
得られた低アルコール発酵麦芽飲料について、20名の専門パネルにより、香味についての官能検査を行った。香味評価の結果を表6に示す。また、評価基準は以下の通りである。
【0058】
香味評価:
◎+:非常に好ましい。
◎: とても好ましい。
○: 好ましい。
△: やや好ましい。
×: 好ましくない。
【0059】
【表6】

【0060】
この結果、重合度4以上のオリゴ糖比率に関わらず、液糖を発酵原料として麦芽と併用した場合であっても、麦芽のみを用いた場合と同様に、本発明の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法により、香味の好ましい低アルコール発酵麦芽飲料が得られた。重合度4以上のオリゴ糖比率が高いほど、香味は良好であった。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法により、甘味を突出させることなく、充分なコク感を備えるアルコール濃度が4%以下の低アルコール発酵麦芽飲料を製造することができるため、アルコール濃度が4%以下のいわゆるローアルコールビール、ノンアルコールビール等の発酵麦芽飲料の製造分野で利用が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
仕込工程において、麦芽を含むマイシェにトランスグルコシダーゼを添加して、発酵工程前の麦汁中の全糖質における非発酵性糖質の割合が30〜70質量%になるよう糖化し、
製造工程のいずれかの時点において、最終製品のpHが3.5〜4.4になるように有機酸を添加することを特徴とする低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法。
【請求項2】
前記有機酸がリン酸、乳酸、酒石酸、リンゴ酸、クエン酸、フィチン酸、グルコン酸、酢酸からなる群より選択される1種以上であることを特徴とする請求項1に記載の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法。
【請求項3】
前記仕込工程において、マイシェの原料として、麦芽使用量の10〜150質量%相当量の液糖を用いることを特徴とする請求項1又は2に記載の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法。
【請求項4】
最終製品中の前記有機酸の濃度が50〜1500ppmであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法。
【請求項5】
前記有機酸が乳酸及びリン酸であり、最終製品中のリン酸濃度が100〜600ppmであり、最終製品中の乳酸濃度が100〜600ppmであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法。
【請求項6】
前記液糖の重合度4以上のオリゴ糖比率が30質量%以上であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法。
【請求項7】
最終製品中のアルコール濃度が4容量%以下である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の低アルコール発酵麦芽飲料の製造方法。

【公開番号】特開2012−239460(P2012−239460A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−116110(P2011−116110)
【出願日】平成23年5月24日(2011.5.24)
【出願人】(311007202)アサヒビール株式会社 (36)
【Fターム(参考)】