説明

低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックス

【課題】 本発明は、特に800〜1200MPa以下の引張強度を持つ高強度溶接金属を製作する際に使用されるサブマージアーク溶接用の低酸素系の溶融型フラックスにおいて、低温靭性および溶接性の良好な溶融型フラックスを得る。
【解決手段】 質量%で、CaO:5.0%以上 25.0%以下、MgO:1.0%以上 5.0%以下、Al:15%以上 30%以下、CaF:30%以上 55%以下、SiO:10.0%以上 25.0%以下、LiOおよびKOの何れか1種または2種の合計:0.1%以上 3.0%以下を含有し、残部が不可避の不純物からなり、且つ、式(1)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下であることを特徴とする高強度溶接金属を製作する低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
B=6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF2]-0.2N[Al2O3]-6.3N[SiO2] ・・・・・(1)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度溶接金属を作成する際に使用される低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスに関するもので、特にラインパイプやペンストック、原油タンクあるいはLPGタンクの溶接部のように、低温靭性が要求される溶接金属を作成する際に使用する、低温靭性が良好で、しかも作業性の良好な低酸素系のサブマージアーク溶接用溶融型フラックスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ラインパイプに使用されるUO鋼管のシーム溶接金属やペンストック、原油タンクあるいはLPGタンクの溶接継手の製作には、能率が高く品質の安定したサブマージアーク溶接が使用されることが多い。
【0003】
これらの溶接継手の溶接金属には、強度と共に優れた低温靭性が要求される。このサブマージアーク溶接による溶接金属の低温靭性を向上させるために、一般には溶接金属の酸素量を低減することが行われている。溶接金属の酸素量を低減することにより破壊の起点となる粗大な介在物の数は減少し、低温靭性は向上する。しかし、一方では、適当な酸化物が溶接金属中に存在することにより組織は微細化し低温靭性が向上するため、溶接金属の靭性の確保には溶接金属中の酸素量を極端に低減することなく適正に制御する事が重要である。
【0004】
サブマージアーク溶接金属の酸素量の制御は一般には溶接に使用するフラックスの組成で調整する。しかし、良好な低温靭性が確保できる程度に溶接金属の酸素量を低減することができるフラックスの組成は、逆に溶接ビード形状等の溶接性を劣化させる傾向がある。そのため、従来から、溶接金属の酸素量を低減する組成で且つ、溶接ビード形状等の溶接性を確保するために、フラックスの開発が進められてきた。
【0005】
例えば、特許文献1に記載されているように、フラックスの組成を限定して高塩基性で且つガラス化し易いフラックスを得ている。ガラス化し易いフラックスは、粉砕しやすく粒度調整しやすいため溶接性が良好である。具体的には、(CaO+MgO)/SiOで計算される塩基度を1.0〜2.0の範囲に限定して低酸素化とガラス化の維持を両立させている。さらに主要な技術として、溶接ビード形状を確保するために、CaF量を3〜13重量%の範囲に限定して含有量を低減している。そのため過剰気味になる酸素は、Al量を5〜25重量%の範囲に限定してその含有量を少なくし、またMgO量を2〜15重%の範囲で積極的に添加して塩基度を調整している。その結果、−20℃での靭性を確保している。
【0006】
また、特許文献2では、溶接金属の靭性を確保する目的でフラックス中のCaF量を20〜60重量%の範囲に限定して積極的に添加し溶接金属の酸素量の低減をはかり、またAl量を2〜20重量%の範囲に限定してその添加量を少なくすることにより靭性低下を防止している。また、CaFの積極的添加で低下するアークの安定性やガラス化の維持は、MgOを5〜20重量%添加し、さらに(CaO+MgO)/SiOを1.5〜3.0の範囲にすることで、制御している。また、粒度を規定して溶接金属中のガス成分を低減して、靭性を確保しようとしている。その結果、0℃で評価し、100J以上の靭性を持つ溶接金属が得られている。
【0007】
また、最近ではさらにより低温での靭性が要求されるようになり、新たなにフラックスの研究も進められている。例えば、特許文献3では従来の塩基度を上げて酸素を低減し、且つフラックスの粒度を調整して溶接性を確保する方法が開示されているが、この方法でも耐サワー仕様等の高機能材への適用に耐えうるほどの低酸素化はなしえないとして、さらに成分構成を詳細に限定して、低酸素化と溶接ビード形状の確保を行っている。
【0008】
具体的には、SiO量を13mass%以上、24mass%以下に、CaO量を10mass%以上、30mass%以下に、CaFを20mass%以上、40mass%以下に限定することにより、溶接金属の低酸素化と溶接ビード形状やスラグの剥離性の改善を図っている。さらに、これに加えて、(CaF+CaO+BaO)/SiOの範囲を2.1以上、4.3以下に限定することにより靭性と溶接ビード形状を両立させようとしている。さらに、Al量を8mass%以下にすることで溶接ビードの形状が凸状になることを防いでいる。また、MgO量を7mass%以下にすることにより溶接ビード形状を改善している。さらに溶接性はフラックスの粒度を、粒径が75μm以下の細かいフラックスを全体の5mass%以上20mass%以下の範囲に調整することにより良好な溶接ビードや作業性を確保している。その結果、良好な溶接性と、−46℃でも良好な靭性を確保している。
【0009】
また、特許文献4では、従来の溶融型フラックスでは、低酸素化による溶接金属の靭性の向上効果と高速溶接性の両立が不十分であるとして、Alを4重量%以上9重量%以下の範囲に抑えて、さらに、MgOを13重量%以上28重量%以下の範囲で積極的に添加して溶接金属中の酸素量を低くしようとしている。また、MgO/CaFを0.7〜1.5に範囲にすることにより、アンダーカットを防止している。さらにCaFは溶接金属中の酸素を低減するのに効果はあるものの、アークの安定性を考慮して13重量%以上28重量%以下にして、溶接性を確保している。これらの対策により、−30℃の靭性を確保している。さらに、SiOを22重量%以上添加して溶接ビードの外観を良くしている。
【0010】
【特許文献1】特開昭52−155153号公報
【特許文献2】特開昭58−55197号公報
【特許文献3】特開平08−187593号公報
【特許文献4】特開平11−277294号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ところで、最近ではラインパイプやペンストック、原油タンクあるいはLPGタンクにおいては800MPa〜1200MPa級の高強度の鋼板が使用されるようになってきた。当然、溶接金属においても同様の高い強度が要求される。製造方法で組織制御ができ強度調整が可能な母材と異なり、溶接金属の強度は主としてその化学組成で強度を確保する。従って、自ずから800MPa〜1200MPa級の高強度溶接金属の化学組成はそれ以下の強度の溶接金属と比較すると合金元素が多量に添加されている。合金元素の添加量が多くなると、溶融金属の融点が下がり、また粘性や溶融スラグとの反応性も変化するため、合金元素の添加量の少ない溶接金属と比較して、余盛りの表面形状、アンダーカット、ビード幅が不均一であるネッキング等の溶接ビード形状不良や、スラグ剥離性等の溶接作業性等の溶接性に悪影響を及ぼす。一方では、これらの高強度溶接金属においても低温靭性は従来と同等以上のものが要求される。そのため、合金添加量の多い高強度溶接金属にも適用できる溶接性のよい低酸素系フラックスが必要となる。
【0012】
しかし、例えば、新しいフラックスを提示している特許文献3でも使用されている鋼板はHT60であり、また、特許文献4で使用されている母材も、明細書に記載されているように合金元素の少ない低強度鋼板である。特許文献1や特許文献2に開示されている鋼板も同様に低強度鋼板である。
【0013】
すなわち、600MPa〜700MPa級の強度の母材に対応できる化学組成の溶接金属用に、これらのフラックスは開発されており、800MPa〜1200MPa級の高強度母材用の高合金の溶接金属に適用できないのが現状である。
【0014】
また、特許文献1で開示されている溶融型フラックスでは塩基度を高くするために、MgOを多く添加しているが、これはアンダーカット等の溶接ビード形状に対しては不利である。先に述べたように、特により高合金で溶接ビード形状的に不利な高強度溶接金属の溶接に対しては適用出来ない可能性がある。また、CaFも塩基度に影響を与えるが、この発明ではそれが塩基度の式には考慮されておらず、より精度の良いフラックスによる酸素制御が必要な高強度溶接金属用の溶融型フラックスとしては適用が困難といえる。
【0015】
更に、特許文献2で開示されている溶融型フラックスでは、アークの再点孤電圧を下げるためにMgOを5.0重量%以上と多量に添加している。これは、溶接金属中の酸素量を低減するCaFを20%重量%以上添加するために高くなった再点孤電圧を低くするために必須であるが、上述の特許文献1の場合と同様、高合金の溶接金属にはアンダーカット等の溶接ビード形状に対しては不利である。
【0016】
また、特許文献3で開示されているフラックスではCaFの酸素制御も積極的に考慮して塩基度を調整している。しかし、この発明ではAlの塩基度に対する効果を積極的には考慮していない。そのため、Alの含有量は溶接ビード形状のみに注目して、4mass%以上8mass%以下と低く抑えている。しかし、Alも塩基度に影響をあたえる成分であると共にその影響度は緩やかである。これは逆に塩基度を精度良く調整できることを意味する。その結果、塩基度と相反する溶接性も最適の成分系に調整しやすいことを意味する。すなわち、この発明で開示しているフラックスでは、塩基度の調整が粗く、その結果より高いレベルで低温靭性と溶接性を両立する必要がある合金元素の多い高強度溶接金属には適用が困難である。
【0017】
また、特許文献4で開示されているフラックスは、SiOを積極的に添加しているが、SiOが多いと溶接金属中の酸素が多くなるため、MgOを13重量%以上添加して酸素を抑えているが、やはり高Mg系のフラックスはアンダーカット等の溶接ビード形状に対しては不利である。
【0018】
以上述べたように、既存の低酸素系溶融型フラックスは、何れもアークの安定性や溶接ビード形状を重視して成分範囲を決定している上に、更に塩基度や成分範囲から溶接金属の靭性を確保しようとしているが、結果的にMgOのようなアンダーカットに不利な元素が増加するなどの手法を用いている。
【0019】
これらのフラックスは、合金成分の少ない低強度鋼板用の溶接金属の製作には上記のフラックスは適用可能であるが、強度と靭性を確保するため合金量を増加しているため良好なビード形状を得にくい、高強度溶接金属へ適用した場合には、良好な溶接ビード形状が得られにくいという問題がある。すなわち、高合金の高強度溶接金属に適した低酸素系溶融型フラックスが新たに必要になってきた。
【0020】
本発明はかかる状況を鑑みてなされたものであり、具体的には、特に強度が800MPa〜1200MPa級の高強度鋼板に対応する高強度溶接金属を製作する際に使用するサブマージアーク溶接用溶融型フラックスにおいて、良好な低温靭性と溶接性を得ることが出来る低酸素系溶融型フラックスを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明は、サブマージアーク溶接用の溶融型フラックスに関するもので、特にラインパイプやペンストック、原油タンクあるいはLPGタンクの溶接部のように、低温靭性が要求される溶接金属を製作する際に使用する、作業性の良好な低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスに関するものである。
【0022】
本発明の第1の特徴は、高強度溶接金属を製作する際に使用される低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスにおいて、質量%で、
CaO :5.0%以上 25.0%以下、
MgO :1.0%以上 5.0%以下、
Al:15%以上 30%以下、
CaF :30%以上 55%以下、
SiO :10.0%以上 25.0%以下、
LiO :0.1%以上 3.0%以下、
を含有し、残部が不可避の不純物からなり、且つ、式(1)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下であることを特徴とする低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスである。
【0023】
B=6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]−0.2N[Al]−6.3N[SiO] ・・・・・(1)
ここでN[k]は成分kのモル分率。
【0024】
本発明の第2の特徴は、高強度溶接金属を製作する際に使用される低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスにおいて、質量%で、
CaO :5.0%以上 25.0%以下、
MgO :1.0%以上 5.0%以下、
Al:15%以上 30%以下、
CaF :30%以上 55%以下、
SiO :10.0%以上 25.0%以下、
O :0.1%以上 3.0%以下、
を含有し、残部が不可避の不純物からなり、且つ、式(1)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下であることを特徴とする低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスである。
【0025】
B=6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]−0.2N[Al]−6.3N[SiO] ・・・・・(1)
ここでN[k]は成分kのモル分率。
【0026】
本発明の第3の特徴は、高強度溶接金属を作成する際に使用される低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスにおいて、質量%で、
CaO :5.0%以上 25.0%以下、
MgO :1.0%以上 5.0%以下、
Al:15%以上 30%以下、
CaF :30%以上 55%以下、
SiO :10.0%以上 25.0%以下、
LiOおよびKOの合計:0.1%以上 3.0%以下、
を含有し、残部が不可避の不純物からなり、且つ、式(1)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下であることを特徴とする低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスである。
【0027】
B=6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]−0.2N[Al]−6.3N[SiO] ・・・・・(1)
ここでN[k]は成分kのモル分率。
【0028】
本発明の第4の特徴は、第1〜第3のいずれか1つの特徴に加えて高強度溶接金属を製作する際に使用される低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスにおいて、質量%で、更に、TiO:1.0%以上 5.0%以下を含有し、且つ式(1)に変えて式(2)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下であることを特徴とする低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスである。
【0029】
B=6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]−0.2N[Al]−2.2N[TiO]−6.3N[SiO] ・・・・・(2)
ここでN[k]は成分kのモル分率。
【0030】
本発明の第5の特徴は、第1〜第3のいずれか1つの特徴あるいは第3の特徴に加えて、高強度溶接金属を製作する際に使用される低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスにおいて、質量%で、更に、BaO:1.0%以上 5.0%以下を含有し、且つ式(1)に変えて式(3)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下であることを特徴とする低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスである。
【0031】
B=6.5N[BaO]+6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]−0.2N[Al]−6.3N[SiO] ・・・・・(3)
ここでN[k]は成分kのモル分率。
【0032】
本発明の第6の特徴は、第1〜第3のいずれか1つの特徴に加えて、高強度溶接金属を製作する際に使用される低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスにおいて、質量%で、更に、ZrO:1.0%以上 10.0%以下を含有し、且つ式(1)に変えて式(4)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下であることを特徴とする低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスである。
【0033】
B=6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]+0.3N[ZrO]−0.2N[Al]−6.3N[SiO] ・・・・・(4)
ここでN[k]は成分kのモル分率。
【0034】
本発明の第7の特徴は、第1〜第3のいずれか1つの特徴に加えて、高強度溶接金属を製作する際に使用される低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスにおいて、質量%で、更に、TiO:5.0%以下、BaO:5.0%以下、ZrO:10.0%以下で、且つ何れか2種類以上を含有し、且つ上記の酸化物の合計が質量%で1.0%以上、10.0%以下であり、且つ式(1)に変えて式(5)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下であることを特徴とする低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスである。
【0035】
B=6.5N[BaO]+6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]+0.3N[ZrO]−0.2N[Al]−2.2N[TiO]−6.3N[SiO] ・・・・・(5)
ここでN[k]は成分kのモル分率。
【発明の効果】
【0036】
本発明による溶融型フラックスは、サブマージアーク溶接に使用するもので、特に高強度のラインパイプやペンストック、原油タンクあるいはLPGタンクの溶接部のように、低温靭性が要求される高強度溶接金属を製作する際に使用するビード形状が良好で作業性の良好な低酸素系溶融型フラックスを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
本発明者らは、種々のフラックスを試作し、フラックスの組成と800MPa以上1200MPa以下の強度を有する高強度溶接金属の作業性および靭性との関係を詳細に調査した。その結果、スラックスの成分範囲およびその配分を細かく規定することにより溶接金属の酸素量を最適化し酸化物の粗大化や組織の粗大化を防止し低温靭性を確保し、且つ、溶接金属の高合金化による溶接ビード形状の低下を新たに酸化物を添加することにより回避できることを見いだした。次に詳細に検討した結果を説明する。
【0038】
検討は、表1に示す厚さ20mmの母材の上に図1に示すような、開先角80度のV開先を加工し、その中に3電極のサブマージアーク溶接法を用いて溶接し溶接ビードを作成して行った。開先の深さは、入熱が2.5kJ/mm以下の場合は5mm、2.5kJ/mm超の場合は10mmとした。溶接長は1.5mで、そのうち溶接スタート部およびクレータ部を除いた、溶接の安定した1.0mの部分を調査の対象とした。溶接条件は表2に示すように、入熱や溶接速度の影響を評価する目的で複数の溶接条件を用いた。
【0039】
溶接金属は表3に示すワイヤを用いて、強度が800MPa〜1200MPaになるように調整して製作した。表4に用いた母材とワイヤの組み合わせを示す。本発明では、3電極とも同じ組成のワイヤを用いたが、実際の施工に際しては異なる組成のワイヤを組み合わせることにより、さらに多くの溶接金属の化学組成を設計することができる。さらに、三つの電極の電流比を変化させることにより各電極に使用するワイヤの寄与率も変えることが出来るためより細かい調整は可能である。
【0040】
溶接金属の靭性は図2が示すように、溶接金属中央からJIS Z 2202に準拠して2mmVノッチ衝撃試験片を採取して測定した。ビード形状の良否は、1.0mの溶接ビードを観察してアンダーカットの有無、ネッキングの有無および余盛りの形状の良否により判定した。
【0041】
先ず、溶接金属の良好な靭性は溶接金属中の酸素量を適正化することにより確保することができる。詳細な検討の結果、溶接金属中の酸素量はCaO、CaFおよびSiOで粗く調整し、Alで細かく微調整することができることが判明した。CaFは適当な粘性のスラグを形成するため、溶接性の観点から適当量添加するが、CaFを積極的添加のための酸素不足による溶接金属の靭性低下に対してはMgOを低く調整して低酸素化を抑え、さらにSiOおよびAlの適量添加で酸素量を確保している。低MgOはアンダーカットの観点からも望ましい。さらに、各成分が相互に反応するため、これらの成分の配分も重要になる。検討に用いたフラックスの構成成分を下記式(5)で整理した塩基度Bを指標にすると、この関係が明らかになる。
【0042】
B=6.5N[BaO]+6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]+0.3N[ZrO]−0.2N[Al]−2.2N[TiO]−6.3N[SiO] ・・・・・(5)
ここでN[k]は成分kのモル分率。但し、式(5)において、含まれない成分が有る場合は、モル分率に0を代入した。
【0043】
図3に塩基度Bと溶接金属の靭性の関係を示す。塩基度Bは0.8以上3.2以下で−40℃で100J以上の良好な溶接金属の靭性を得ることができる。これは、塩基度が低い領域では溶接金属中の酸素量が高く、その結果粗大な酸化物が形成され、靭性が低下する。一方、塩基度が高い領域では粗大な酸化物は形成されないが、組織を微細化するのに必要な酸化物も形成されないため、組織が粗大化して靭性が低下する。
【0044】
しかし、ビード形状に関しては、既に述べたように高強度溶接金属では合金成分が多いため、溶融型フラックスの主要成分であるCaO、MgO、Al、CaFおよびSiOの成分範囲を制限することのみでは十分にビード形状を良好にすることは困難であった。そこで、新たな酸化物を検討した。その結果、LiOおよびKOが溶接ビード形状を改善することが判明した。
【0045】
14.5%CaO−3.5%MgO−40.0%CaF−15.0%SiO系の基本組成にAl、LiOおよびKOを変化させたフラックスを試作し、LiOおよびKOとビード形状を関係を調査した結果を図4に示す。
【0046】
図4から、LiOとKOの何れか1種または2種の合計が0.2%以下ではその効果が見られず、アンダーカットやネッキングが生じているが、0.2%以上添加することによりアンダーカットやネッキングの無い良好なビード形状が得られている。ビード形状も凸状ビードになるのが抑制されている。しかし、3.0%以上ではビード形状は良好であるがビード表面頂部に凹凸が観察された。これは外観上好ましくなく図4では△として表記した。
【0047】
さらに、実験を重ねた結果、本発明で得られた成分系の低酸素系溶融型フラックスにおいて、特に溶接速度1.0m/min以下、且つ入熱4.0kJ/mm以上の低速高入熱の溶接条件において、図5に示すような溶接ビード頂部に直径1mm以下のスラグインが見られる場合があった。以後本発明ではこれを「頂部スラグイン」と呼ぶ。これらの頂部スラグインはビード表面に生成するため、生成した場合には研削等で除去することも可能であるが、それだけ施工が増加することになり、コスト増にも繋がる。そのため、さらに検討した結果、TiO、BaOあるいはZrOを単独添加、あるいはこれらの酸化物を2種類以上複合添加することにより、本発明のフラックスを用いて得られる溶接ビードの品質をより良好なものにすることができた。
【0048】
14.5%CaO−3.5%MgO−40.0%CaF−15.0%SiO−1.0%LiO−1.0%KO系の基本組成にAl、TiO、BaOおよびZrOを変化させたフラックスを試作し、ZrO、BaOおよびTiOと頂部スラグインの発生傾向の関係を調査した。その結果を図6、図7、図8および図9に示す。図6はTiOの効果を、図7はBaOの効果を、図8はZrOの効果を示す。また、図9はTiO、BaOおよびZrOの複合添加の効果を示す。溶接条件は、溶接速度1.0m/minで入熱5.0kJ/mmである。評価は、同じ条件で溶接ビードを5体製作し、スタート部およびクレータ部を除いた1.0mの部分を放射線非破壊検査で前線撮影し、発生している頂部スラグインの数を測定し5体の平均値で評価した。その結果、単独添加および複合添加でも1.0%以上で頂部スラグインは解消できることが判明した。
【0049】
また、TiOおよびBaOでは5.0%超で、ZrOおよび複合添加では10.0%超で、ビード表面にスラグがこびり付いてスラグの剥離性が低下した。そのため図6〜図9では黒塗りで区別した。
【0050】
以上の知見に基づいて、本発明者らは高強度溶接金属を得る際に適用できる低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスの成分を得ることができた。
【0051】
次に、上記の結果に基づいて決定した本発明の低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスの成分範囲の限定根拠について詳細に述べる。なお、以下本発明で示される「%」は、特に説明がない限り「質量%」を意味するものとする。
【0052】
先ず、請求項1から請求項3についての成分の限定理由について説明する。
【0053】
CaO:5.0%以上 25.0%以下
CaOは、溶接金属中の酸素量を変化させることにより溶接金属の靭性に影響をあたえる。5.0%以下では、溶接金属中の酸素量が過剰となり粗大な酸化物が形成され靭性が低下する。そのため、5.0%以上は必要である。また、CaOは溶接金属の溶接ビード形状に影響をおよぼし、5.0%未満では、軟化溶融温度が高くなり溶融ガスの放散の阻害によるあばたの発生等の溶接ビード表面の外観不良につながる。一方、過剰のCaOは粘度が高く余盛りが高くなり、しかもスラグの剥離性も低下する。そのため上限を25%とした。CaOの望ましい範囲は10%以上、20%以下である。
【0054】
MgO:1.0%以上 5.0%以下
MgOは溶接金属中の酸素量を変化させることにより溶接金属の靭性に影響をあたえる。1%未満では、溶接金属中の酸素が過剰となり、粗大な酸化物が形成され溶接金属の靭性が低下するため下限は1%とした。5.0%超では逆に溶接金属中の酸素量が不足し、組織が粗大化し靭性が低下する。また、MgOはスラグの粘性に影響を与える。MgOが過剰に添加されるとスラグの粘性が高くなり、アンダーカットが発生する。そのため、上限は5%とした。MgOの望ましい範囲は2.0%以上、4.0%以下である。
【0055】
Al:15%以上 30%以下
Alは溶接金属中の酸素量を変化させることにより溶接金属の靭性に影響をあたえる。しかも、溶接金属中の酸素量に対する影響が緩やかであるため、高強度溶接金属に特に必要な微妙な酸素量の制御に有効であり、その効果を得るために、最低限15%は必要である。しかし、30%以上添加すると酸素過剰となり粗大な酸化物を形成するようになり靭性が低下する。また、Alは溶接作業性に対しても影響を与え、過剰のAlはアンダーカットや馬の背状の突起が溶接ビード頂部に生成するため、上限を30%とした。Alの望ましい範囲は18%以上、22%以下以下である。
【0056】
CaF:30%以上 55%以下
CaFは溶接金属中の酸素量を変化させることにより溶接金属の靭性に影響をあたえる。30%以下では酸素過剰となり、粗大な酸化物が形成され溶接金属の靭性が低下する。一方、過剰のCaFは酸素不足となり組織が粗大化し、溶接金属の靭性が低下する。そのため上限を55%とした。また、CaFは、フラックスの粘度や軟化溶融温度を下げるため、溶接ビードが過剰な凸形状になるのを防止し、また溶接ビード表面も滑らかにする。この効果を得るためには30%以上添加する必要がある。しかし、55%以上ではアークの安定性が損なわれ溶接ビード形状が低下する。CaFの望ましい範囲は38%以上、45%以下である。
【0057】
SiO:10.0%以上 25.0%以下
SiOは溶接金属中の酸素量を変化させることにより溶接金属の靭性に影響をあたえる。10.0%未満では溶接金属中の酸素量が不足し組織が粗大化し、溶接金属の靭性が低下する。しかし、SiOが過剰に添加されると溶接金属の酸素量が過剰となり粗大な析出物が生成し、溶接金属の靭性が低下する。そのため、上限は25.0%とした。また、SiOは止端部のなじみを良好にし、溶接ビード形状を良好にする効果があり、これを得るため10.0%以上は必要である。SiOの望ましい範囲は12%以上、20%以下である。
【0058】
LiO:0.2%以上 3.0%以上
LiOは、図4に示したようにビード形状を良好にするのに有効な成分である。詳しくは、Li2Oは溶融スラグの溶融温度と粘性を下げ、溶接ビード形状を良好にする。また、溶接ビードの湯流れも安定させるため、溶接ビード幅も均一になる。そのため、溶接金属の靭性を制御する目的で積極的に添加したAl、CaFにより低下する溶接ビード形状や溶接ビード外観を、LiO、単独あるいはKOとの複合添加により緩和することができるとともに、溶接金属の高合金化により低下する溶接ビード形状の低下も防止することができる。この効果を得るためには、最低限0.2%以上は必要である。一方、LiOとKOの合計が3.0%以上では、ビード表面に微細な凹凸が生じる様になる。また、LiOは溶接金属の酸素量には影響を与えないため、過剰な添加はそれ以外の成分の添加量の調整範囲を狭くし、その結果、塩基度の調整の余裕度を小さくする。このような観点から、上限を2.0%とした。
【0059】
O :0.2%以上 3.0%以上
OもLiOと同様に、図4に示した様にビード形状を良好にするのに有効な成分である。KOは溶融スラグの溶融温度と粘性を下げ、溶接ビード形状を良好にする。また、溶接ビードの湯流れも安定させるため、溶接ビード幅も均一になる。そのため、溶接金属の靭性を制御する目的で積極的に添加したAl、CaFにより低下する溶接ビード形状や溶接ビード外観を、LiO単独あるいはLiOとKOの複合添加により緩和することができるとともに、溶接金属の高合金化により低下する溶接ビード形状の低下も防止することができる。この効果を得るためには、0.2%以上は必要である。一方、KOとLiOの合計が3.0%以上では、ビード表面に微細な凹凸が生じる様になる。また、KOは溶接金属の酸素量には影響を与えないため、過剰な添加はそれ以外の成分の添加量の調整範囲を狭くし、その結果、塩基度の調整の余裕度を小さくする。このような観点から、上限を2.0%とした。
【0060】
LiOおよびKOの2種の合計:0.2%以上 3.0%以下
LiOおよびKOは、図4に示した様に複合で添加しても単独添加と同様にビード形状を良好にするのに有効である。LiOおよびKOを複合点kとした場合も、溶融スラグの溶融温度と粘性を下げ、溶接ビード形状を良好にする。また、溶接ビードの湯流れも安定させるため、溶接ビード幅も均一になる。そのため、溶接金属の靭性を制御する目的で積極的に添加したAl、CaFにより低下する溶接ビード形状や溶接ビード外観を、LiOおよびKOの複合添加により緩和するとともに、溶接金属の高合金化により低下する溶接ビード形状の低下も防止することができる。この効果を得るためには、最低限両者の合計が0.2%以上は必要である。一方、その合計が3.0%以上では、ビード表面に微細な凹凸が生じる様になる。また、LiOおよびKOは溶接金属の酸素量には影響を与えないため、過剰な添加はそれ以外の成分の添加量の調整範囲を狭くし、その結果、塩基度の調整の余裕度を小さくする。このような観点から、上限を2.0%とした。
【0061】
式(1)で計算される塩基度Bが0.8以上3.2以下
B=6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]−0.2N[Al]−6.3N[SiO] ・・・・・(1)
【0062】
上述したように、溶接金属中の酸素量を制御するために、CaO、MgO、Al、CaFおよびSiOの範囲を規定したが、溶接金属の靭性を確保するためには、個々の範囲の上下限に加えて、CaO、MgO、Al、CaFおよびSiOの成分の量の比も溶接金属の靭性に影響をあたえる。すなわち、溶融した溶接金属中での脱酸反応は単独で起こるのではなく、当然反応に寄与する化合物の相互作用で起こるため、これらの反応に寄与する化合物の量比も重要である。これが、式(1)から式(5)で得られる塩基度Bである。図3が示した様に塩基度Bが0.8未満では溶接金属中の酸素量が高く、その結果粗大な酸化物が形成され、靭性が低下する。一方、塩基度が3.2超では粗大な酸化物は形成されないが、組織を微細化するのに必要な酸化物も形成されないため、組織が粗大化して靭性が低下する。そのため、塩基度Bの範囲を0.8以上、3.2以下とした。
【0063】
次に、請求項4から請求項7についての成分の限定理由について説明する。
【0064】
TiO:1.0%以上 5.0%以下
TiOは本発明で得られた高強度溶接金属用の溶融型フラックスにおいて、溶接速度1.0m/min以下、あるいは4.0kJ/mm超の低速高入熱の溶接において生成する頂部スラグインを解消するための成分の一つである。このTiOは溶融したフラックス中で複合酸化物を形成し、スラグの浮上を促す。その効果を得るためには図6に示したように、1.0%以上必要である。しかし、TiOは、溶接ビード表面のスラグの剥離性を低下させる。特に5.0%超添加すると、作業性を低下するため上限を5.0%とした。望ましくは1.0%以上、2.5%の範囲である。
【0065】
式(2)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下
B=6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]−0.2N[Al]−2.2N[TiO]−6.3N[SiO] ・・・・・(2)
ここでN[k]は成分kのモル分率。
【0066】
TiOは、酸素量に影響を与える成分であるが、単独では本発明の請求項4の範囲では靭性には悪影響を与えない。しかし、全体の比率である塩基度に対しては影響を与え、その影響は、式(1)に加えてTiOの寄与を考慮した式(2)において得られる塩基度Bで、0.8以上3.2以下の範囲で、−40℃での溶接勤続の靭性が100J以上得られる。
【0067】
BaO :1.0%以上 5.0%以下
BaOもTiOと同様、溶融スラグの浮上を助け、低速高入熱の溶接において生成する頂部スラグインを回避する。その効果を得るためには図7に示したように、1.0%以上必要である1.0%以上必要である。しかし、5.0%以上添加してもその効果が飽和するためBaOも、溶接ビード表面のスラグの剥離性を低下させる。特に5.0%超添加すると、作業性を低下するため上限を5.0%とした。望ましくは1.0%以上、2.5%以下の範囲である。
【0068】
式(3)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下
B=6.5N[BaO]+6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]−0.2N[Al]−6.3N[SiO] ・・・・・(3)
ここでN[k]は成分kのモル分率。
【0069】
BaOは、酸素量に影響を与える成分であるが、単独では本発明の請求項5の範囲では靭性には悪影響を与えない。しかし、全体の比率である塩基度に対しては影響を与え、その影響は、式(1)に加えてBaOの寄与を考慮した式(3)において得られる塩基度Bで、0.8以上3.2以下の範囲で、−40℃での溶接勤続の靭性が100J以上得られる。
【0070】
ZrO:1.0%以上 10.0%以下
ZrOもTiOと同様、溶融スラグの浮上を助け、低速高入熱の溶接において生成する頂部スラグインを回避する。その効果を得るためには図8に示したように1.0%以上必要である。しかし、ZrO、溶接ビード表面のスラグの剥離性を低下させる。特に5.0%超添加すると、作業性を低下するため上限を10.0%とした。望ましくは1.0%以上、5.0%以下の範囲である。
【0071】
式(4)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下
B=6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]+0.3N[ZrO]−0.2N[Al]−2.2N[TiO]−6.3N[SiO] ・・・・・(4)
ここでN[k]は成分kのモル分率。
【0072】
ZrOは、酸素量に影響を与える成分であるが、単独では本発明の請求項6の範囲では靭性には悪影響を与えない。しかし、全体の比率である塩基度に対しては影響を与え、その影響は、式(1)に加えてZrOの寄与を考慮した式(4)において得られる塩基度Bで、0.8以上3.2以下の範囲で、−40℃での溶接勤続の靭性が100J以上得られる。
【0073】
TiO、BaOおよびZrOの1種または2種以上の合計が質量%で1.0%以上10.0%以下
TiO、BaOおよびZrOは、単独添加でもまた複合添加しても図9に示したように、その効果は得られる、その下限は1種類のみを添加した場合は各々の成分の下限と同じ1%である。また、これらを過剰に添加した場合は単独添加と同様に、溶接ビード表面のスラグの剥離性が低下する。複合で添加する場合はその合計が10%以上の場合は、スラグの剥離性が低下するため、上限を10%とした。望ましくは、1.0%以上、5.0%以下の範囲である。
【0074】
式(5)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下
B=6.5N[BaO]+6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF2]+0.3N[ZrO]−0.2N[Al]−2.2N[TiO]−6.3N[SiO] ・・・・・(5)
ここでN[k]は成分kのモル分率。
【0075】
TiO、BaOおよびZrOは共に、酸素量に影響を与える成分であるが、単独では本発明の請求項2の範囲では靭性には悪影響を与えない。しかし、全体の比率である塩基度に対しては影響を与え、その影響は、式(1)に加えてTiO、BaOおよびZrOの寄与を考慮した式(2)において得られる塩基度Bで、0.8以上3.2以下の範囲で、−40℃での溶接勤続の靭性が100J以上得られる。
【0076】
本発明は、特に引張強度が800〜1200MPaを有する高強度溶接金属を形成する場合に適用しても良好なビード形状を得ることができる、作業性が良好で且つ低温靭性が良好な低酸素系のサブマージアーク溶接用溶融型フラックスを提供することを目的とする。しかし、当然、それよりも合金添加量の少ない低強度の溶接金属を作成する際に使用しても問題は発生せず、良好なビード形状と低温靭性を持つ溶接金属を得ることができる。
【0077】
本発明において特に適用を前提としている引張強度が800〜1200MPaの高強度溶接金属において、望ましい化学組成を以下に述べるが、これ以外の化学組成の溶接金属を得るためにも本発明のフラックスは使用することは可能である。
【0078】
先ず、本発明における望ましい溶接金属の化学組成としては、C:0.03%以上 0.09%以下、Si:0.08%以上 0.5%以下、Mn:1.2%以上 2.5%以下、Ni:1.3%以上 3.3%以下、Cr:0.4%以上 1.3%以下、Mo:0.5%以上 2.0%以下を含み、残部はFeおよび不可避の不純物である。
【0079】
さらに、望ましい溶接金属の化学組成を説明する。
【0080】
C量は0.03%以上0.09%以下が望ましい。Cは溶接金属の焼き入れ性を向上させ、強度を確保するためには必須の元素であり、この効果を得るためには0.03%以上必要である。しかし、0.09%以上含まれると溶接金属の焼き入れ性が過剰となり組織が硬くなり靭性が低下するため、上限は0.09%となる。
【0081】
Si量は0.08%以上0.5%以下が望ましい。Siは溶接金属のブローホールを防止する観点から0.08%以上は必要であるが、過剰に添加されると溶接金属が硬くなり靭性が低下する。そのため上限は0.5%とした。
【0082】
Mn量は1.2%以上 2.5%以下が望ましい。Mnは溶接金属の焼き入れ性を向上させるために1.2%以上添加する必要がある。しかし、過剰に添加すると溶接金属の焼き入れ性が高くなりすぎ、靭性が低下するため上限を2.5%とした。
【0083】
Ni量は1.3%以上3.3%以下が望ましい。Niは溶接金属の焼き入れ性を向上させ強度や靭性を確保するため必須の元素であり、その効果を得るためには最低限1.3%必要である。しかし、過剰のNiは溶接金属の高温割れを助長するため上限を3.3%とした。
【0084】
Cr量は0.4%以上 1.3%以下が望ましい。Crは溶接金属の焼き入れ性を向上させるため、0.4%以上添加する必要があるが、過剰のCrは靭性を低下させるため、上限を1.3%とした。
【0085】
Mo量は0.5%以上 2.0%以下が望ましい。MoもCrと同様に溶接金属の焼き入れ性を向上させ強度を得るために必須の元素である。そのため、0.5%以上必要である。しかし、溶接金属中に過剰に添加すると靭性低下を招くため、1.8%以下とした。
【0086】
上記の望ましい溶接金属の化学組成は、主として溶融する溶接ワイヤの化学組成と、一部溶融する鋼板の化学組成との混合により実現できる。特に、複数の溶接ワイヤを組み合わせて溶接する多電極のサブマージアーク溶接においては、化学組成の異なるワイヤを適当に組み合わせることにより、溶接金属の化学組成は、母材の化学組成および溶接条件により決まる希釈率で設計し実現することができる。
【0087】
以下に望ましいワイヤ成分組成を示す。ワイヤの化学組成の望ましい範囲としては、C:0.01%以上、0.25%以下、Mn:0.5%以上、2.5%以下、Si:0.01%以上、0.5%以下、Cr:0.1%以上、5.0%以下、Mo:0.1%以上、6.0%以下、Ni:0.1%以上、12.0%以下を含み、残部はFeおよび不可避的不純物である。
【0088】
次に、高強度溶接金属を得るための望ましい鋼板の化学組成としては、C:0.02%以上、0.20%以下、Mn:1.0%以上、2.0%以下、Si:0.05%以上、0.5%以下、Cr:0.05%以上、1.5%以下、Mo:0.001%以上 1.5%以下、Ni:0.2%以上 4.0%以下を含み、残部はFeおよび不可避的不純物である。
【実施例】
【0089】
<実施例1>
次に、実施例により本発明の効果を説明する。表5に本発明の請求項1から請求項3に関わる発明例および比較例を示す。また、表6に本発明の請求項4から請求項7に関わる発明例および比較例を示す。
【0090】
実施例には、本発明の検討と同様に、表1に示す厚さ20mmの母材の上に図1に示すような、開先角80度のV開先を加工し、その中に3電極のサブマージアーク溶接法を用いて溶接し溶接ビードを作成して行った。開先の深さは、入熱が2.5kJ/mm以下の場合は5mm、2.5kJ/mm超の場合は10mmとした。溶接長は1.5mで、そのうち溶接スタート部およびクレータ部を除いた、溶接の安定した1.0mの部分を調査の対象とした。溶接条件は表2に示すように、入熱や溶接速度の影響を評価する目的で複数の溶接条件を用いた。
【0091】
溶接金属は表3に示すワイヤを用いて、強度が800MPaから1200MPaになるように調整して作成した。表4に用いた母材とワイヤの組み合わせを示す。
【0092】
溶接金属の靭性は図2が示すように、溶接金属中央からJIS Z 2202に準拠して2mmVノッチ衝撃試験片を採取して測定した。ビード形状の良否は、1.0mの溶接ビードを観察してアンダーカットの有無、ネッキングの有無および余盛りの形状の良否により判定した。請求項4から請求項7による発明例においれは頂部スラグインの評価は同じ条件で溶接ビードを5体製作し、スタート部およびクレータ部を除いた1.0mの部分を放射線非破壊検査で全線撮影し、発生している頂部スラグインの数を測定し5体の平均値で評価した。
【0093】
表5に示す発明例1〜発明例7までは、本発明の請求項1による発明例である。発明例8〜発明例13までは本発明の請求項2による発明例である。発明例14〜25までは本発明の請求項3に関する発明例である。発明例26〜発明例36までは、発明例7、発明例10、発明例14および発明例23用いたフラックスを用いて、溶接条件を変化させた例である。
【0094】
発明例1〜発明例25まで何れも、フラックスの組成および塩基度Bは本発明の範囲に含まれる。そのため、−40℃における溶接金属の吸収エネルギーは100J以上で良好である。また、溶接ビードの形状も、溶接ビード表面は滑らかで、余盛りも凸形状でなく又、溶接ビード幅の均一な系形状の良い溶接ビードが得られている。
【0095】
発明例26〜発明例36までは、溶接条件を変化させた発明例であるが、何れの入熱、溶接速度においても良好な靭性と、溶接ビード形状が得られている。
【0096】
次に、表6を用いて、本発明の請求項4〜請求項7よる発明例について説明する。
【0097】
表6中、発明例37〜発明例39は請求項4による発明例である。発明例40〜発明例42は請求項5による発明例である。発明例43〜発明例46は請求項6による発明例である。発明例47〜発明例55は、請求項7による発明例である。全ての発明例において本発明の各請求項の範囲を満たしているため、−40℃の吸収エネルギーが100J以上あり、かつ溶接ビード形状も良好であるのに加えて、頂部スラグインも発生していない。
【0098】
<比較例>
次に、比較例について説明する。表5中、比較例1〜比較例15までは本発明の請求項1から請求項3に関わる比較例である。評価は発明例と同様の方法で行った。
【0099】
比較例1はフラックスのCaO量が本名発明の範囲未満でそのため、溶接金属の靭性が低くなっている。また、溶接ビード表面にスラグがこびりついている。
【0100】
比較例2は、フラックスのCaF量が本発明の範囲未満で、そのため酸素過剰で溶接金属の靭性が低くなっている。また、溶接ビードの余盛りが高く、溶接ビード形状が悪い。
【0101】
比較例3は、フラックスのCaF量が本発明の範囲を超えていて、またAl量は逆に本発明の範囲未満である。そのため酸素不足で溶接金属の靭性が低い。また、フラックスのCaF量が本発明の範囲を超えているため、溶接ビードが安定せず、溶接ビード形状が悪くなっている。さらにLiOおよびBOも添加されていないため、さらに良好なビード形状の確保が困難である。
【0102】
比較例4は、フラックスのCaF量が本発明の範囲未満である。また、フラックスのSiO量が本発明の範囲を超えている。そのため、溶接金属の靭性が低い。また、CaFが本発明の範囲未満のため、溶接ビード形状も凸ビードになっている。さらにLiOおよびBOも添加されていないため、さらに良好なビード形状の確保が困難である。
【0103】
比較例5は、フラックスのSiO量が本発明の範囲未満である。そのため酸素不足で溶接金属の靭性が低い。また、SiO不足のため溶接ビード形状も悪い。
【0104】
比較例6は、フラックスのAl量が本発明の範囲を超えているため酸素過剰で溶接金属の靭性が低い。また、同じ理由で溶接ビードに、アンダーカットが発生、また余盛り形状も馬の背状の突起が溶接ビード頂部に生成し、溶接ビード形状が悪い。さらにLiOおよびBOも添加されていないため、さらに良好なビード形状の確保が困難である。
【0105】
比較例7は、CaO、CaF、MgO、SiOおよびAlは本発明の請求項1の範囲内のため溶接金属の靭性は良好であるが、LiO、KOが添加されていないため、アンダーカットが発生し、溶接ビード幅も不均一でネッキングが認められビード形状が悪い。また余盛りが凸型になっている。
【0106】
比較例8も比較例7と同様に、溶接金属の靭性は良好であるが、LiO、KOが添加されていないため、アンダーカット、ネッキングが発生、さらに余盛りが凸型で溶接ビード形状が悪い。
【0107】
比較例9は、フラックス中のMgO量およびAl量が本発明の範囲未満である。また塩基度も本発明の範囲を超えている。そのため、溶接金属の靭性が低い。また、フラックス中のCaO量が本発明の範囲を超えているため、溶融スラグの粘度が高く余盛りが高くなり、溶接ビード形状が悪い。
【0108】
比較例10は、フラックス中のSiO量が本発明の範囲未満である。またMgO量が本発明の範囲を超えている。さらに、塩基度も本発明の範囲を超えている。これらが原因で溶接金属の靭性が低い。また、SiO量が不足の理由で、止端角のなじみも悪く溶接ビード幅が不均一で溶接ビード形状が悪い。
【0109】
比較例11および比較例12は、フラックスの成分範囲は本発明の範囲を満足しているが、塩基度が本発明の範囲を超えている。そのため溶接金属の靭性は低い。
【0110】
比較例13,比較例14および比較例15は、フラックスの成分範囲は本発明の範囲を満足しているが、塩基度が本発明の範囲未満である。そのため溶接金属の靭性は低い。
【0111】
次に、本発明の請求項4から請求項7に関わる比較例について説明する。表4中、比較例16から比較例18は、請求項2に関する比較例である。評価は本発明の請求項2に関わる発明例と同様の方法で行った。
【0112】
比較例16から比較例24は何れも、CaO、CaF、MgO、SiO、Al、LiOおよびKOは本発明の範囲内である。しかし、TiO、ZrOおよびBaOの何れも添加されていない。そのため、入熱が4.0kJ/mm以上且つ溶接速度1.0m/mim以下では、5本中全ての溶接ビードあるいはその中で1本以上の溶接ビードに1m長さ当たり数個から10数個の頂部スラグインが発生している。
【0113】
【表1】

【0114】
【表2】

【0115】
【表3】

【0116】
【表4】

【0117】
【表5】

【0118】
【表6】

【産業上の利用可能性】
【0119】
以上の様に、本発明による低酸素系サブマージ溶接用の溶融型フラックスを用いることにより、低温靭性の良好な800MPa以上1200MPa以下の高強度溶接金属を得ることが容易にでき、産業上貢献するところは非常に大きい。
【図面の簡単な説明】
【0120】
【図1】開先形状の説明図。
【図2】衝撃試験片採取位置の説明図。
【図3】フラックスの塩基度Bとサブマージアーク溶接金属靭性の関係の説明図。
【図4】LiOおよびKOとビード形状の関係を示す図。
【図5】頂部スラグインの説明図。
【図6】TiOと頂部スラグインの関係を示す図。
【図7】BaOと頂部スラグインの関係を示す図。
【図8】ZrOと頂部スラグインの関係を示す図。
【図9】TiO,BaOおよびZrOの複合添加と頂部スラグインの関係を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高強度溶接金属を作成する際に使用される低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスにおいて、質量%で、
CaO :5.0%以上 25.0%以下、
MgO :1.0%以上 5.0%以下、
Al:15%以上 30%以下、
CaF :30%以上 55%以下、
SiO :10.0%以上 25.0%以下、
LiO :0.2%以上 3.0%以下、
を含有し、残部が不可避の不純物からなり、且つ、式(1)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下であることを特徴とする低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
B=6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]−0.2N[Al]−6.3N[SiO] ・・・・・(1)
ここでN[k]は成分kのモル分率。
【請求項2】
高強度溶接金属を作成する際に使用される低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスにおいて、質量%で、
CaO :5.0%以上 25.0%以下、
MgO :1.0%以上 5.0%以下、
Al:15%以上 30%以下、
CaF :30%以上 55%以下、
SiO :10.0%以上 25.0%以下、
O :0.2%以上 3.0%以下、
を含有し、残部が不可避の不純物からなり、且つ、式(1)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下であることを特徴とする低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
B=6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]−0.2N[Al]−6.3N[SiO] ・・・・・(1)
ここでN[k]は成分kのモル分率。
【請求項3】
高強度溶接金属を作成する際に使用される低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスにおいて、質量%で、
CaO :5.0%以上 25.0%以下、
MgO :1.0%以上 5.0%以下、
Al:15%以上 30%以下、
CaF :30%以上 55%以下、
SiO :10.0%以上 25.0%以下、
LiOおよびKOの2種の合計:0.2%以上 3.0%以下、
を含有し、残部が不可避の不純物からなり、且つ、式(1)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下であることを特徴とする低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
B=6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]−0.2N[Al]−6.3N[SiO] ・・・・・(1)
ここでN[k]は成分kのモル分率。
【請求項4】
高強度溶接金属を作成する際に使用される低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスにおいて、質量%で、更に、TiO:1.0%以上 5.0%以下を含有し、且つ式(1)に変えて式(2)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかの項に記載の低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
B=6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]−0.2N[Al]−2.2N[TiO]−6.3N[SiO] ・・・・・(2)
ここでN[k]は成分kのモル分率。
【請求項5】
高強度溶接金属を作成する際に使用される低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスにおいて、質量%で、更に、BaO:1.0%以上 5.0%以下を含有し、且つ式(1)に変えて式(3)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかの項に記載の低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
B=6.5N[BaO]+6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]−0.2N[Al]−6.3N[SiO] ・・・・・(3)
ここでN[k]は成分kのモル分率。
【請求項6】
高強度溶接金属を作成する際に使用される低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスにおいて、質量%で、更に、ZrO:1.0%以上 10.0%以下を含有し、且つ式(1)に変えて式(4)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかの項に記載の低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
B=6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]+0.3N[ZrO]−0.2N[Al]−6.3N[SiO] ・・・・・(4)
ここでN[k]は成分kのモル分率。
【請求項7】
高強度溶接金属を作成する際に使用される低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックスにおいて、質量%で、更に、TiO:5.0%以下、BaO:5.0%以下、ZrO:10.0%以下で、且つ、上記酸化物の何れか2種類以上を含有し、且つ上記酸化物の合計が質量%で1.0%以上、10.0%以下であり、且つ式(1)に変えて式(5)で得られる塩基度Bが0.8以上3.2以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかの項に記載の低酸素系サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
B=6.5N[BaO]+6.05N[CaO]+4.0N[MgO]+5.1N[CaF]+0.3N[ZrO]−0.2N[Al]−2.2N[TiO]−6.3N[SiO] ・・・・・(5)
ここでN[k]は成分kのモル分率。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−90399(P2007−90399A)
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−284255(P2005−284255)
【出願日】平成17年9月29日(2005.9.29)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】