説明

信号処理装置と方法並びにプログラム

【課題】入力した信号により音出力手段で歪、音割れ等が発生することを回避可能とする信号処理装置、方法、プログラムの提供。
【解決手段】信号処理装置(10)は、入力した音信号の周波数領域での特性を分析する分析手段(1)と、前記分析手段(1)の分析結果を用いて、前記音信号の特性が、修正を必要とする特性に該当するか否か判定を行う判定手段(2)と、判定手段(2)の判定結果に基づき、前記音信号の特性を修正し音出力手段(4)用の信号として出力する修正手段(3)を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、信号処理装置と方法並びにプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話端末等の電子機器は、スピーカ、イヤーピーススピーカ(レシーバ)や外部ヘッドフォン、外部スピーカをデジタル/アナログ信号で駆動するための端子や、Bluetooth等の無線通信により外部ヘッドフォン、外部スピーカに送出可能なシステムを具備しているものが多い。スピーカ、イヤーピーススピーカ、ヘッドフォン等を音響出力デバイス(もしくは「音出力手段」)という。
【0003】
携帯電話端末等の電子機器においては、一般に、多種多様な音声コンテンツが音響出力デバイスから出力される。多種多様なコンテンツの中で、単一もしくは複数の周波数に集中的にパワーが集中した信号(トーン性信号)は、その周波数成分の構成如何によっては、音響出力デバイスからの鳴動音に対して歪(音割れ)を引き起こすことがある。なお、単一周波数もしくは複数周波数のトーンにより構成される信号を「トーン性信号」という。トーン性信号としては、例えば、オルゴール音等が挙げられる(但し、オルゴール音等にのみ制限されない)。
【0004】
なお、音信号を処理する処理装置(「音信号の処理装置」、あるいは「処理装置」とも略記される)として、例えば特許文献1には、オーディオデコーダの演算量が多大となり回路規模が増大するという問題を解消し、エイリアジングノイズの発生を抑える構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開WO2007/010785号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
以下に関連技術の分析を与える。
【0007】
携帯電話端末等、音響出力デバイスを具備した電子機器において、トーン性信号は、音響出力デバイスの機械的歪を誘発し易いことが知られている。
【0008】
そこで、トーン性信号以外の通常の信号と判別し、トーン性信号に対してのみ適切な信号処理を行うことが望ましい(本発明者らによる知見)。
【0009】
本発明は、上記課題を解決するために全く新規に創案されたものであって、その目的は、供給する音信号により音出力手段において歪や音割れ等が発生することを回避する信号処理装置と方法及びプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一の側面によれば、
入力した音信号の周波数領域での特性を分析する分析手段と、
前記分析手段の分析結果を用いて、前記音信号の特性が、修正を必要とする特性に該当するか否か判定を行う判定手段と、
前記判定手段の判定結果に基づき、前記音信号の特性を修正し、音出力手段用の信号として出力する修正手段と、を含む信号処理装置が提供される。
【0011】
本発明の別の側面によれば、入力した音信号の周波数領域での特性を分析し、
前記分析の結果を用いて、前記音信号の特性が、修正を必要とする特性に該当するか否か判定を行い、
前記判定の結果に基づき、前記音信号の特性を修正し、音出力手段用の信号として出力する信号処理方法が提供される。
【0012】
本発明のさらに別の側面によれば、入力した音信号の周波数領域での特性を分析する分析処理と、
前記分析処理の分析結果を用いて、前記音信号の特性が、修正を必要とする特性に該当するか否か判定を行いう判定処理と、
前記判定処理の判定結果に基づき、前記音信号の特性を修正し、音出力手段用の信号として出力する修正処理をコンピュータに実行させるプログラムが提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、供給する音信号により音出力手段に歪、音割れ等が発生することを回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】通常信号の周波数特性の一例を示す図である。
【図2】トーン性信号の周波数特性の一例を示す図である。
【図3】本発明の一実施形態の信号処理装置の構成を説明する図である。
【図4】(A)、(B)は、本発明の一実施形態の判定部の処理を説明するための図である。
【図5】本発明の一実施形態におけるトーン性信号対策信号処理部の処理の一例を説明する図である。
【図6】本発明の一形態の信号処理装置を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の形態の1つによれば、図6を参照すると、入力した音信号(音響信号)の周波数領域での特性を分析する分析手段(1)と、前記分析手段(1)の分析結果を用いて、前記入力信号の特性が、修正を必要とする特性に該当するか否か判定を行う判定手段(2)と、前記判定手段(2)の判定結果に基づき、前記音信号の特性を修正し、音出力手段(4)用の信号として出力する修正手段(3)と、を含む信号処理装置(10)が提供される。
【0016】
本発明の形態の1つによれば、前記信号処理装置(10)において、分析手段(1)で音信号の分析(例えばスペクトラム分析)を行い、判定手段(2)では、分析手段(1)による周波数スペクトルの分析結果に基づき、例えばトーン性信号であるか否かを判別し、トーン性信号であると判別した場合、修正手段(3)において、例えば、修正が必要とされる帯域等について、その音量及び/又は音質調整を行う。かかる構成により、例えばトーン性信号等の入力により音出力手段(4)おいてに歪、音割れが発生することを回避することができる。なお、上記各手段は、信号処理装置(10)を構成するコンピュータ(例えばデジタル信号プロセッサ等)上で実行されるプログラムで実現するようにしてもよいことは勿論である。
【0017】
また、前記分析手段(1)で入力した音信号の周波数領域での特性を分析し、
前記判定手段(2)で前記分析結果を用いて、前記音信号の特性が、修正を必要とする特性に該当するか否か判定を行い、
前記修正手段(3)で、前記判定結果に基づき、前記音信号の特性を修正し、音出力手段用の信号として出力する、という一連の処理ステップは、本発明の一形態に係る方法に対応する。
【0018】
本発明の形態の1つによれば、判定手段(2)は、前記音信号の周波数スペクトル信号におけるピークの形状、分布状況を判定し、修正が必要か否かを判断する構成としてもよい。
【0019】
上記ピークの形状、分布状況の判定にあたり、本発明の形態の1つによれば、判定手段(2)は、前記分析手段(1)で求められた、前記音信号の規格化されたスペクトル信号の絶対値(デシベル値)に関して、
(A)最大値と平均値との差が予め定められた第1の閾値(Fth1)よりも大きい、
(B)予め定められた第2の閾値(Fth2)よりも大きな値をとるサンプルの総数(N)が予め定められた所定値(Nth)以下である、
(C)ピークに対して、該ピークの一側又は両側の所定の周波数範囲に予め定められた第3の閾値(Fth3)以上の値のサンプルが存在しない(すなわち、該当するサンプル総数Mが0である)、
が全て成り立つことを確認した場合に、修正を必要とする特性に該当すると判定する、構成としてもよい。
【0020】
あるいは、判定手段(2)は、前記分析手段(1)で求められた前記音信号の規格化されたスペクトル信号の絶対値(デシベル値)に関して、
(A)最大値と平均値との差が予め定められた第1の閾値(Fth1)よりも大きい、
(B)予め定められた第2の閾値(Fth2)よりも大きな値をとるサンプルの総数が、予め定められた所定値(Nth)以下である、
がともに成り立つことを確認した場合に、修正を必要とする特性に該当すると判定する構成としてもよい。
【0021】
あるいは、判定手段(2)は、前記分析手段(1)で求められた、前記音信号の規格化されたスペクトル信号の絶対値(デシベル値)に関して、
(A)最大値と平均値との差が予め定められた第1の閾値(Fth1)よりも大きい、
(C)ピークに対して、該ピークの一側又は両側の所定の周波数範囲に予め定められた第3の閾値(Fth3)以上の値のサンプルが存在しないか(すなわち、該当するサンプル総数Mが0である)、
がともに成り立つことを確認した場合に、修正を必要とする特性に該当すると判定する構成としてもよい。
【0022】
あるいは、判定手段(2)は、前記分析手段(1)で求められた、前記音信号の規格化されたスペクトル信号の絶対値(デシベル値)に関して、
(A)最大値と平均値との差が予め定められた第1の閾値(Fth1)よりも大きい、
(B)予め定められた第2の閾値(Fth2)よりも大きな値をとるスペクトル信号の総数が予め定められた所定値(Nth)以下である、
(C’)ピークに対して、該ピークの一側又は両側の所定の周波数範囲において、予め定められた第3の閾値(Fth3)以上の値の隣接サンプルは存在しない、
が全て成り立つことを確認した場合に、修正を必要とする特性に該当すると判定する構成としてもよい。
【0023】
本発明の形態の1つによれば、修正手段(3)は、判定手段(2)の判定結果に基づき、修正が必要と判定された帯域に対して、例えば、音量及び/又は音質の制御を行う構成としてもよい。その際、修正手段(3)は、例えばバンドストップフィルタ、又はマルチコンプレッサを用いて、レベル(音量)の制限を行う構成としてもよい。
【0024】
以下、本発明の原理を説明し、続いていくつかの実施形態について説明する。
【0025】
図1、図2は、トーン性信号以外の通常のオーディオ信号(「通常信号」という)と、トーン性信号の700Hzから2kHzの周波数範囲におけるスペクトル信号の絶対値の分布の一例を示す図である。すなわち、横軸は周波数、縦軸は信号レベル(dB(デシベル)表示)である。より詳細には、図1と図2は、通常信号とトーン性信号の700Hzから2kHzのスペクトルを表しており、それぞれ、最大値が0dB(デシベル)となるように、規格化されている。
【0026】
図1と図2を対比すると、下記二点の相違があることがわかる。
【0027】
(I)図2に示すように、トーン性信号は明確に急峻なピークが複数見られる。
【0028】
(II)通常信号については、最大値(極大値)の周辺(数十Hz程度前後)に同等程度の絶対値を示すサンプルが存在する。なお、周波数領域のスペクトル信号(後述する離散スペクトル信号)をサンプル(標本)という。
【0029】
トーン性信号については、周波数スペクトル(横軸を周波数、縦軸を各周波数成分の強さとして表したもの)において、急峻なピークが最大値(極大値)となるため、通常信号のように、最大値(極大値)の周辺(数十Hz程度前後)に、同等程度の絶対値を有するサンプルは存在しない。すなわち、トーン性信号では、周波数スペクトルのピーク(最大値/極大値)は、孤立して存在する。
【0030】
本発明によれば、上記2点を、通常信号とトーン性信号の特徴的な相違点として利用し、以下に例示される信号処理方法により(ただし、以下の方法に限定されない)、通常信号とトーン性信号を判別する。以下、実施形態に即して詳細に説明する。
【0031】
<実施形態1>
図3は、本発明の第1の実施形態における信号処理装置の一例を説明する図である。なお、図3の分析部100、判定部107、トーン性信号対策信号処理部108は、図6の信号処理装置10の分析手段1、判定手段2、修正手段3にそれぞれ対応する。
【0032】
この信号処理装置は、入力される音信号が、例えば、トーン性信号であるか否かを判別する。特に制限されないが、このような処理は、DSP(Digital Signal Processor;デジタル信号プロセッサ)や、デジタル・アナログ変換、及び符号化/復号化を行うコーデック(Codec(Coder/Decoder))、CPU(Central Processing Unit:中央演算処理装置)等により、行うようにしてもよい。
【0033】
信号源101からの音信号は、特に制限されないが、例えば、
・PCM(Pulse Coded Modulation)音源、もしくは、
・AAC(Advanced Audio Coding)/MP3(MPEG(Moving Picture Expert Group) Audio Layer 3)等の圧縮データからデコード(不図示のデコーダで)されたデジタル信号である。なお、本発明において、信号源101がアナログ信号を出力し、この信号をアナログ・デジタル変換器等でデジタル信号に変換する構成にも適用可能であることは勿論である。
【0034】
信号源101から出力された音信号に対して、窓掛けフーリエ変換部102(STFT:Short Time FFT(Fast Fourier Transform)では短時間高速フーリエ変換を施す。なお、短時間高速フーリエ変換は、信号列に対して窓関数をずらしながら掛けてそれに高速フーリエ変換(FFT)を施す。窓関数は信号源101からの信号列に対して所定長さの時間窓で切り出す。
【0035】
窓掛けフーリエ変換部102で周波数領域に変換された信号(離散スペクトル信号:複素数列)を、
[k] (k∈N、F[k]∈C、N∈Z、Zは非負の整数、Cは複素数を表す。)
で表す。
【0036】
[k]は、信号源101からの信号(デジタル信号)の周波数領域でのk番目のスペクトル信号を表している。例えば、L−ポイントFFT(L=2)で変換された周波数領域の成分(離散スペクトル信号)の個数はL個であり、インデックスの総数はLとなる。
【0037】
バンドパスフィルタ103は、窓掛けフーリエ変換部102から出力される離散スペクトル信号F[k] (k∈N、N∈Z)に対して予め定められた帯域内の周波数成分(帯域内の離散スペクトル信号)を選択的に抽出し、該予め定められた帯域外の周波数成分をカットする。
【0038】
なお、図3では、窓掛けフーリエ変換部102によって周波数領域に変換された信号(離散スペクトル信号F[k] (k∈N))に対して、周波数領域でバンドパスフィルタ演算を行う構成としているが、かかる構成に制限されるものでないことは勿論である。信号源101からの音信号(デジタル信号)に対して、時間軸上でバンドパスフィルタ演算処理(例えば、FIR(Finite Impilse Responce:有限インパルス応答)型、あるいはIIR(Infinite Impilse Responce:無限インパルス応答)型のデジタルフィルタ等によるフィルタ演算)を行った後、窓掛けFFT演算を行うようにしてもよい。あるいは、FFTの代わりに、DFT(Discret Fourier Transform:離散フーリエ変換)を用いてもよい。
【0039】
特に制限されないが、例えば小型スピーカ等の音出力手段(図3のスピーカ112)に大きな歪を引き起こす可能性のある中低域の信号をターゲットとして、バンドパスフィルタ103により、例えば、700Hzから2kHzの周波数帯域を抽出する。バンドパスフィルタ103において、この周波数帯域の抽出は、例えば、適切な周波数窓を用いて行われる。周波数窓は、周波数領域上で、所定の帯域を切り出す処理を行い、例えば前記所定の帯域内の周波数成分(離散スペクトル信号)には重み1を掛け、前記所定の帯域外の周波数成分(離散スペクトル信号)には0を掛ける演算処理を行う。
【0040】
FFTスペクトラム規格化部104は、バンドパスフィルタ103で抽出された離散スペクトラム(離散複素数列)の絶対値(=√(Re(F[k]))+(Im(F[k]))} (だたし、Re(F[k])、Im(F[k])はそれぞれ複素数F[k]の実数部と虚数部である)に対してデシベル値(dB)をとり、バンドパスフィルタ103で抽出された周波数帯域内のスペクトル信号(対象信号)の最大値が0dBとなるように規格化(normalization;正規化ともいう)を行う。
【0041】
FFTスペクトラム規格化部104で規格化された値が0以下のスペクトル信号(実数列)を
[k] (k∈N、F[k]∈R、F[k]≦0、ただし、Rは実数を表す)
とする。
【0042】
その後、図3に示すように、平均値算出部105において、FFTスペクトラム規格化部104の出力F[k]の平均値Favrを求める。また、最大値サンプルのインデックス検出部106で、FFTスペクトラム規格化部104の出力F[k]の最大値(極大値)のサンプルのインデックスを求める。最大値サンプルのインデックス検出部106では、FFTスペクトラム規格化部104の出力F[k]のうち、最大値(極大値)Fmaxをとる離散スペクトル信号F[k]を検出し、当該離散スペクトル信号F[k]のインデックスkを最大値サンプルのインデックスkmaxとする。
【0043】
判定部107では、デシベル換算されたスペクトル信号の3つの情報(FFTスペクトラム規格化部104の出力F[k]、平均値Favr、最大値サンプルのインデックスkmax)を基に、下記のとおり、4つの判定処理を行い、その全ての判定値が真(True)である場合に、トーン性信号と判定する。
【0044】
<判定処理A>
バンドパスフィルタ103により切り出されたスペクトル(パワースペクトラム密度と同義)の平均値をFavr(<0)とする。なお、Favrは平均値算出部105から判定部107に入力される。
【0045】
また、バンドパスフィルタ103で抽出された周波数帯域内のスペクトル信号(対象信号)の最大値は、FFTスペクトラム規格化部104により規格化されて0dBとなる。トーン性信号の場合、第1の閾値をFthl(<0)として、最大値(極大値)Fmaxと平均値Favrの差分が第1の閾値Fthlよりも大きい場合、論理関数Aの値を1(True)と判定し、最大値(極大値)Fmaxと平均値Favrの差分が第1の閾値Fthl以下の場合、論理関数Aの値を0(False)と判定する(式(1))。
【0046】
A=1 if |Fthl| < |Fmax - Favr|
A=0 if |Fthl| >= |Fmax - Favr|
(1)
【0047】
特に制限されないが、第1の閾値Fthlは、例えば、−50dB程度から−30dB程度に設定される。
【0048】
<判定処理B>
前記第1の閾値Fthlよりも大きな値の第2の閾値Fth2(0>Fth2>Fthl)を設ける。目安として、
th2−Fthl>10dB
程度とすればよい。
【0049】
このとき、各インデックスkに対して、離散スペクトル信号F[k]が第2の閾値Fth2以上である場合には、論理関数G[k]を1とし、離散スペクトル信号F[k]が第2の閾値Fth2未満の場合には0とする。
【0050】
このG[k]の総和を
N (N∈Z,N≧0:ただし、Zは整数を表す)
とすると、このNは、F[k]がFth2以上となるサンプル数に等しい。
【0051】
ここで、上記Nに関して、ある閾値Nth(Nth∈Z)を設定する。
【0052】
第2の閾値Fth2よりもより大きな値となるサンプルの総数Nが、閾値Nth以下である場合、この判定処理Bに対する論理関数Bの値を1(True)とし、第2の閾値Fth2よりもより大きな値となるサンプルの総数Nが閾値Nthよりも大きい場合、論理関数Bの値を0(False)とする。
【0053】
G[k]、N、Bは、次式(2)、(3)、(4)により表せる。

【0054】


【0055】


【0056】
上式(2)乃至(4)は、性質(II)によるものである。すなわち、トーン性信号は急峻なピークが最大値となるため、その最大値の周辺には、上式(2)を満たすサンプルは、高々、数点しか存在しない。
【0057】
これに対して、通常信号においては、最大値の周辺には、上式(2)を満たすサンプルの数が多くなり、よって、式(2)を満たすサンプルが多い。
【0058】
その結果、上式(4)に示すとおり、
通常信号では、論理関数B=0(上式(2)を満たすサンプル数がNthよりも多い)、
トーン性信号では、論理関数B=1(式(2)を満たすサンプル数がNth以下)となる、
ことを利用した判定である。
【0059】
<判定処理C>
ところで、通常信号であってもやや鋭いピークを持つものも存在する。これらは、前記判定処理A及びBにおいて、論理関数A、Bの値がともに論理値1(条件成立)の判定結果となってしまうものがある。したがって、このままでは、トーン性信号と誤判定されることになる。
【0060】
そこで、本実施形態では、これらの誤判定を防止するために、判定処理Cを設ける。判定処理Cについて、まず、図4(A)、(B)を参照して説明する。図4(A)、(B)は、判定処理を説明するための図であり、図4(A)はトーン性信号、図4(B)は通常信号の周波数スペクトルの最大値周辺のサンプル(図4(A)、(B)の○印)の分布をそれぞれ示している。図4(A)、(B)において、図1、図2と同様、横軸は周波数、縦軸は信号レベル(デシベル表示)である。
【0061】
図4(A)、(B)に示すように、最大値として検出されたサンプルのインデックスkmaxの前後に、±kにより定義される最大サンプルインデックス近傍エリアを設ける。
【0062】
この最大サンプルインデックス近傍エリアのさらに外側±kによって定義される図4(A)、(B)中にハッチングを施した判定エリア(区間[kmax+k,kmax+k+k]の第3の閾値Fth3以上のエリアと、[kmax-k-k,kmax-k]の第3の閾値Fth3以上のエリアと)を設ける。
【0063】
ここで、第3の閾値Fth3(<0)は、新たなレベル閾値である。
【0064】
図4(A)のトーン性信号においては、ハッチングが施された判定エリア(判定処理C該当エリア)に、サンプルは存在し得ない。一方、図4(B)の通常信号においては、ハッチングが施された判定エリア(判定処理C該当エリア)に、サンプル(○印で示す)が1個以上存在し得る。
【0065】
このことを利用して、所定の判定エリア(図4の判定処理C該当エリア)に、サンプルが存在する場合には、論理関数H[k]に1を、前記所定の判定エリアに、サンプルが存在しない場合には、論理関数H[k]に0を返すようにする。
【0066】
これらの処理は、論理関数H[k]、M≧0を、新たに定義して、以下の式(5)、(6)、(7)に示される。
【0067】
H[k]=1 if F[k]>=Fth3
H[k]=0 if F[k]<Fth3
(5)
【0068】


【0069】
C=1 if M=0
C=0 if M≠0
(7)
【0070】
上式(5)は、全てのサンプルについて第3の閾値Fth3以上のサンプルに対してH[k]を1とし、第3の閾値Fth3未満の場合にはH[k]を0をとすることを意味している。
【0071】
上式(6)は、図4の判定処理C該当エリア([kmax+k,kmax+k+k]のFth3以上のエリアと、[kmax-k-k,kmax-k])におけるH[k]の総和をMとする。
【0072】
上式(7)は、
トーン性信号の場合、Mが0となり、論理関数Cを1(True)、
通常信号の場合、Mは自然数(M>0)となり、論理関数Cの値を0(False)としている。
【0073】
なお、判定エリア(図4の判定処理C該当エリア)の範囲を確定するk、kは、判定エリア(図4の判定処理C該当エリア)が、実周波数において最大値のサンプルの実周波数から見て、高域側、低域側に、それぞれ、例えば50Hzから200Hz程度に設定されるように、システムのサンプリングレート(サンプリング周波数)を考慮して設定すればよい。すなわち、窓掛けフーリエ変換部102のFFTのポイント数をL(=2のべき乗)とすると、例えばインデックスL/2がサンプリング周波数の1/2(=ナイキスト周波数)に対応する。図4のインデックスk、kは、それぞれ、例えば50Hz、200Hzを(サンプリング周波数/L)で除した値の整数値等に設定される。
【0074】
<判定処理D>
最終の判定として、論理関数A、B、Cの値が全て1(論理値1)の時に、最終判定の論理関数Dを1とする。すなわち、式(8)のとおり、論理関数A、B、CのAND(論理積)演算結果をDを定義する(記号∩はAND演算を表す)。
【0075】
D=A∩B∩C (8)
【0076】
式(8)において、
D=1
と計算された場合、図3のトーン性信号対策信号処理部108において、適切なシングルバンド・コンプレッサ(単一周波数帯域に対して一定音量より大きな音の音量を下げる制御を行うコンプレッサ)、マルチバンド・コンプレッサ(周波数帯域を複数にわけて一定音量より大きな音の音量を下げる制御を行うコンプレッサ)、イコライザ(周波数成分の調整(音質等の調整)を行う)により、音響出力デバイス鳴動音の歪みを低減するための処理がなされる。
【0077】
トーン性信号対策信号処理部108の処理の例としては、図5に示すように、トーン性信号のパワーが集中する帯域の信号をバンドストップフィルタによりカットすることが効果的である。
【0078】
図5には、トーン性信号の一例としてオルゴール信号の周波数特性に対する対策(信号の修正)として、適切なバンドストップフィルタの周波数特性が実線で示されている。このオルゴール信号の周波数特性は700Hzから2kHzにパワーが集中している(図5の「パワー集中帯域」参照)。このため、図5のバンドストップフィルタにより、例えば40dB程度、該当の帯域をカットすることにより、音響出力デバイス(音出力手段)における、歪みを大幅に軽減できる。
【0079】
なお、図5に示した例では、パワー集中帯域には、トーン性信号の複数の孤立ピークが含まれている。特に制限されないが、判別部107は、分析部100で得られた周波数スペクトルの最大値のインデックスkmaxに関して、当該1つの最大値以外にも、図2の複数のピーク(極大値)について、上記と同様に式(8)の判定を行い、その結果、式(8)のD=1と判定された複数のピークを含む周波数帯域(図5のパワー集中帯域)を検出し、トーン性信号の複数のピークが含まれる前記周波数帯域(図5のパワー集中帯域)のレベル(音量)を低減するようにしている。
【0080】
本実施形態によれば、携帯電話等スピーカ、レシーバ、ヘッドフォン端子、Bluetooth送信モジュールを具備した電子機器等において、単一周波数、もしくは複数周波数のトーンにより構成される音声信号(トーン性信号)をスピーカから音を鳴動させるときに、これらのトーン性信号を判別して、スピーカに歪、音割れを起こすことなく鳴動させられるように、適切な信号処理を行うことが可能となる。
【0081】
図5に示した例では、バンドストップフィルタにより、トーン性信号のパワーが集中した帯域をカットしているが、単に、全帯域の音量を、例えば10−20dB程度引き下げることにより、歪みを軽減することも可能である。
【0082】
再び図3を参照して、トーン性信号対策信号処理部108からの信号出力F[k]は、例えば、逆フーリエ変換部(IFFT:Inverse FFT)109で逆フーリエ変換して時間領域の信号に変換され、デジタルアナログ変換器(D/A)110でアナログ信号に変換され、増幅器(AMP)111を介して、スピーカ112(音出力手段)に供給される。デジタルアナログ変換器(D/A)110、増幅器(AMP)111、スピーカ112(音出力手段)等は公知の構成が用いられる。デジタルアナログ変換器(D/A)110、電力増幅器(AMP)111、スピーカ112(SP)を備えたスピーカモジュール113に対して、逆フーリエ変換部109の出力を、例えばBluetoothインタフェース等を介して送信するようにしてもよい。また、電力増幅器(AMP)111、スピーカ112を例えばデジタルアンプ、デジタルスピーカで構成してもよい。この場合、図3のデジタルアナログ変換器(D/A)110は不要である。
【0083】
本実施形態において、図1の分析部100、判定部107、トーン性信号対策信号処理部108、逆高速フーリエ変換部109は、DSP等のプロセッサ(コンピュータ)で実行されるプログラムによりその処理、機能を実現してもよいことは勿論である。
【0084】
<実施形態2>
次に、本発明の第2の実施形態を説明する。第2の実施形態は、前記第1の実施形態の変形例として、DSP(Digital Signal Processor)の処理能力、処理時間の観点から、判定精度よりも処理量の軽減(処理時間の短縮)を図る場合、判定処理Cを省き、上式(8)に変えて、
D=A∩B (9)
とすることも可能である。
【0085】
あるいは、判定処理Bを省略して
D=A∩C (10)
とすることも可能である。
【0086】
上式(9)又は(10)において、D=1と計算された場合、図3のトーン性信号対策信号処理部108において、適切なシングルバンド・コンプレッサ、マルチバンド・コンプレッサ(周波数帯域を複数にわけて一定音量より大きな音の音量を下げる制御を行うコンプレッサ)、イコライザにより、音響出力デバイス鳴動音の歪みを低減するための処理がなされる。
【0087】
<実施形態3>
次に、本発明の第3の実施形態を説明する。第3の実施形態では、図5に示したバンドストップフィルタのかわりに、トーン性信号のパワーが集中した帯域のパワーを、マルチバンド・コンプレッサにより、帯域を複数に分けてそれぞれパタメータを変える等して音量を制限する。本実施形態も、前記第1の実施形態と同様、音響出力デバイス(図3のスピーカ112、図6の音出力手段4)の歪みを低減することができる。
【0088】
<実施形態4>
次に、本発明の第4の実施形態を説明する。第4の実施形態では、前記第1の実施形態の判定処理Cは、下記の処理C’によって代替することも可能である。式(5)により計算される論理関数H[k]において、最大値サンプルのインデックスkmaxに最も近いサンプルのインデックスをkとする。
【0089】
このとき、最隣接サンプルのインデックスkが、図4(A)、(B)のハッチングの判定エリア内([kmax-k-k,kmax-k]のFth3以上のエリアと[kmax+k,kmax+k+k]のFth3以上のエリア)に存在する、
【0090】
すなわち、式(11)に示すように、最隣接サンプルのインデックスkが前記判定エリアに存在しないとき、判定処理C’の論理関数を1とし、存在するとき、判定処理C’の論理関数を0とする。
【0091】
C'=0 (kmax-kn-km≦kI≦kmax-kn又はkmax+kn≦kI≦kmax+kn+km(判定エリア内に存在する))
C'=1 (その他(判定エリア内に存在しない))
(11)
【0092】
論理関数Dは、次式(12)のとおり変更される。
【0093】
D=A∩B∩C’ (12)
【0094】
上式(12)において、D=1と計算された場合、図3のトーン性信号対策信号処理部108では、適切なシングルバンド・コンプレッサ、あるいはマルチバンド・コンプレッサ(周波数帯域を複数にわけて一定音量より大きな音の音量を下げる制御を行うコンプレッサ)、あるいは、イコライザにより、音響出力デバイス(図3のスピーカ112、図6の音出力手段4)の鳴動音の歪みを低減するための処理を行う。
【0095】
前記各実施形態の装置は、携帯電話端末・スマートフォン等に限らず、他の装置(例えば、ゲーム機、タブレットPC、ノートPC)にも適用可能であることは勿論である。
【0096】
なお、上記の特許文献の各開示を、本書に引用をもって繰り込むものとする。本発明の全開示(請求の範囲を含む)の枠内において、さらにその基本的技術思想に基づいて、実施形態ないし実施例の変更・調整が可能である。また、本発明の請求の範囲の枠内において種々の開示要素の多様な組み合わせないし選択が可能である。すなわち、本発明は、請求の範囲を含む全開示、技術的思想にしたがって当業者であればなし得るであろう各種変形、修正を含むことは勿論である。
【符号の説明】
【0097】
1 分析手段
2 判定手段
3 修正手段
4 音出力手段
10 信号処理装置
100 分析部
101 信号源
102 窓掛けフーリエ変換部(STFT)
103 BPF
104 FFTスペクトラム規格化部
105 平均値算出部
106 最大値サンプルのインデックス検出部
107 判定部
108 トーン性信号対策信号処理部
109 逆フーリエ変換部(IFFT)
110 デジタルアナログ変換器
111 増幅器
112 スピーカ(音出力手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力した音信号の周波数領域での特性を分析する分析手段と、
前記分析手段の分析結果を用いて、前記音信号の特性が、修正を必要とする特性に該当するか否か判定を行う判定手段と、
前記判定手段の判定結果に基づき、前記音信号の特性を修正し、音出力手段用の信号として出力する修正手段と
を含む、ことを特徴とする信号処理装置。
【請求項2】
前記判定手段は、前記分析結果より、前記音信号の周波数スペクトル信号のピークの形状、分布状況を判定し、修正が必要か否かを判断する、ことを特徴とする請求項1記載の信号処理装置。
【請求項3】
前記判定手段は、前記分析手段で求められた、前記音信号の規格化されたスペクトル信号の絶対値に関して、
(A)最大値と平均値との差が予め定められた第1の閾値より大きい、
(B)予め定められた第2の閾値よりも大きな値をとるサンプルの総数が予め定められた所定値以下である、
(C)ピークに対して、該ピークの一側又は両側の所定の周波数範囲に予め定められた第3の閾値以上の値のサンプルが存在しない、
について、
第1の条件:前記(A)、(B)、(C)が全て成り立つ、
第2の条件:前記(A)及び(B)がともに成り立つ、
第3の条件:前記(A)及び(C)がともに成り立つ、
の中から選択されたいずれか1つの条件の成立の有無に基づき、修正を必要とする特性に該当するか否かを判定する、ことを特徴とする請求項1又は2記載の信号処理装置。
【請求項4】
前記判定手段は、前記音信号の規格化されたスペクトル信号の絶対値に関して、
(A)最大値と平均値との差が予め定められた第1の閾値より大きい、
(B)予め定められた第2の閾値よりも大きな値をとるサンプルの総数が予め定められた所定値以下である、
(C’)ピークに対して、該ピークの一側又は両側の所定の周波数範囲において予め定められた第3の閾値以上の値の隣接サンプルが存在しない、
について、
前記(A)乃至(C’)が全て成り立つことを確認した場合に、修正を必要とする特性に該当すると判定する、ことを特徴とする請求項1又は2記載の信号処理装置。
【請求項5】
前記修正手段は、前記判定結果に基づき、修正が必要なピークを含む周波数帯域に対して音量及び/又は音質の制御を行う、ことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の信号処理装置。
【請求項6】
前記修正手段は、修正が必要なピークを含む周波数帯域に対して、バンドストップフィルタ又はマルチコンプレッサを用いて音量の制限を行う、ことを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の信号処理装置。
【請求項7】
入力した音信号の周波数領域での特性を分析し、
前記分析の結果を用いて、前記音信号の特性が、修正を必要とする特性に該当するか否か判定を行い、
前記判定の結果に基づき、前記音信号の特性を修正し、音出力手段用の信号として出力する、ことを特徴とする信号処理方法。
【請求項8】
前記分析結果より、前記音信号の周波数スペクトル信号におけるピークの形状、分布状況を判定し、修正が必要か否かを判断する、ことを特徴とする請求項7記載の信号処理方法。
【請求項9】
入力した音信号の周波数領域での特性を分析する分析処理と、
前記分析処理の分析結果を用いて、前記音信号の特性が、修正を必要とする特性に該当するか否か判定を行う判定処理と、
前記判定処理の判定結果に基づき、前記音信号の特性を修正し、音出力手段用の信号として出力する修正処理と、
をコンピュータに実行させるプログラム。
【請求項10】
請求項9記載のプログラムにおいて、
前記判定処理は、前記分析処理での分析結果より、前記音信号の周波数スペクトル信号におけるピークの形状、分布状況を判定し、修正が必要か否かを判断するプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−74371(P2013−74371A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−210406(P2011−210406)
【出願日】平成23年9月27日(2011.9.27)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.Bluetooth
【出願人】(310006855)NECカシオモバイルコミュニケーションズ株式会社 (1,081)
【Fターム(参考)】