説明

傾斜歩行面による歩様バランス定量化装置および歩様バランス定量化方法

【課題】
傾斜歩行面による歩様バランスの判定のための装置と方法を提案するものである。
【解決手段】
傾斜がある歩行面を歩行中の歩行動物に装着された加速度センサーから採取される加速度ベクトルデータを利用して歩様バランスを定量化する装置であって、どの方向に、どの程度アンバランスなのか、というバランスに関し、可能性のあるアンバランス方向に歩行面を傾斜させてデータを採取することで、アンバランス推定を確証できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モーションセンサーを装着した動物の動作を分析する一般技術である。限定した用途で効果を具体的に示すのが適切であるので、「動物」を「二足または四足歩行動物」とし、「動作モード」を「歩様」として説明する。他の動作解析に関しては後述する。ここで、「歩様(英文はGAIT)」とは、歩行動物の歩き方、歩行の態様を示す動物行動学上の用語である。
【0002】
歩行動物は種を問わず、二足歩行するヒト、四足歩行の蓄獣を含む。これら動物にモーションセンサーを装着し該センサーから得られるデータから、正常な身体バランスがとれているか、アンバランスで転倒しやすい状態であるか、の弁別、さらに単なるバランス・アンバランスの弁別以上の「どの程度アンバランスなのか」、といったバランスに関する量的指標の抽出は、臨床診断・動物薬効試験などで必要である。
【背景技術】
【0003】
ヒト歩様を把握することは、転倒防止や歩行障害治療のリハビリで重要視され、力学センサー・画像センサー・加速度センサーでデータを採取して解析されてきた。これらセンサーのうち、フォースプレート(床反力の測定装置)などの力学センサー方式、モーションキャプチャーなどの動画像解析を組み合せた画像センサー方法(特許文献1参照)は、コスト・パフォーマンスで加速度センサー方式に対し、やや優位性を欠いている。特に画像方式は関節部位にマーカ装着する手間と画像記録や解析に高価な装置を要する問題がある。そこで、データ採取の容易性および経済性から、加速度センサーを用いた方式(特許文献2から6、非特許文献1から5参照)に注目する。
【0004】
特許文献2では、ヒトの脛骨および踵に加速度センサーを装着し歩行中に観測される複数の垂直方向時刻のピークに注目した歩様解析を開示している。さらに同文献にて、加速度の時系列データをフーリエ変換して周波数解析することが開示されている。
【0005】
特許文献3では、パーキンソン患者の指に加速度センサーを装着し、指同士の接触インターバル時間を解析する動作解析手法が開示されている。
【0006】
特許文献4では、ヒトの腹部に加速度センサーを装着し、採取されたデータと背屈力との関係で歩様解析する手法が開示されている。
【0007】
特許文献5では、四足歩行動物の牛に加速度センサーを装着し、加速度ベクトルの終点の移動を示すデータを採取し、該データを牛の前後・左右・上下のうちの2つの座標軸を組み合わせたリサージュ図形で視覚化し、歩様を定量化する方法が開示されている。これは疾病乳牛の治療前後の変化を定量化することで治療法でもある。
【0008】
こういった加速度データ解析について加速度センサーの原理からくる問題がある。加速度センサーの加速度検知は、加速度による分子構造のズレをエネルギーを電気信号に変換する素子によるものであって、かかる変換素子を三次元直交座標(x、y、z)方向に配設していることから、センサーデータは三次元直交座標(x、y、z)の加速度データである。ゆえに、ベクトル向は直接的には得られない。
【0009】
特許文献6に、連続採取された歩行状態の特定期間内の加速度ベクトルデータを用いて、加速度センサ座標系における重力加速度方向および身体軸を自動修正する機能をもつ解析法が開示されている。しかし特許文献6の技術では、歩行状態に異常があると適切な座標方向・座標軸の修正ができない。
【0010】
なお、2つの生体データの解析にリサージュ図形を利用することは公知である。具体的には、特許文献7に第1 の測定信号をX 軸に、第2 の測定信号をY 軸にして、生体データのリサージュ波形を描くことでデータ解析する手法が開示されている。さらに本件と同一発明者らによる特許文献8には、歩行動物に装着された三次元直交座標(x、y、z)加速度センサーから採取される加速度ベクトルの3つの成分中の2成分のデータのリサージュ波形を描くことで歩行動物の歩様を解析する手法が具体的に記載されている(図2・図3参照)。
【0011】
非特許文献1から6は、加速度による歩様バランス定量化の学術的アプローチを開示している。特に、非特許文献6で3方向加速度センサの歩行データをフーリエ変換した周波数解析が開示されている。しかし、歩行面の傾斜を加味した分析は開示されていない。
【0012】
以上例示した個々の公知技術およびこれらを組み合わせた技術では、歩行中に正常な身体バランスがとれている状態とアンバランスで転倒しやすい状態の「弁別」、その弁別に用いる具体的かつ視覚的にわかりやすい量的指標、特に、どの方向に、どの程度アンバランスなのか、というバランスに関する具体的かつ視覚的にわかりやすい量的指標については、まだ改善の余地がある。
【0013】
とりわけ、歩行面の傾斜を加味して具体的かつ視覚的にわかりやすい量的指標を提案して分析した先行文献は見当たらない。
【0014】
【特許文献1】国際公開WO05-96939号公報「リハビリ支援用計測システム、及びリハビリ支援用計測方法」財団法人新産業創造研究機構
【特許文献2】特開2004-261525号公報「変形性膝関節症の判定方法および判定装置 」マイクロストーン株式会社
【特許文献3】特開2005-152053号公報「動作解析装置およびその利用」独立行政法人科学技術振興機構
【特許文献4】特開2006-87735号公報 「歩行解析装置」アイシン精機株式会社
【特許文献5】特開2006-218122号公報「脚状態診断システムとその診断方法」財団法人新産業創造研究機構
【特許文献6】特開2006−175206号公報「身体状態検出装置、その検出方法及び検出プログラム」独立行政法人産業技術総合研究所
【特許文献7】特開2005−245574号公報「信号処理方法及びそれを用いたパルスフォトメータ」日本光電工業株式会社
【特許文献8】特願2005-317524号「診断システム」財団法人新産業創造研究機構
【非特許文献1】神先秀人、外4名、「機器を使用した歩行の評価」、理学療法学、2003年6月20日、第30巻、第4号、p-258、図7-8
【非特許文献2】小林哲平、外3名「加速度センサを用いた運動学的歩行分析システム一般関節疾患の術後リハビリにおけるWalk―Mite有効性評価への適用」計測自動制御学会論文集、vol.42、No.5、p567 (2006)
【非特許文献3】松原正明、外5名「三次元加速度センサー計測装置による片側変形性股関節症術前・術後の歩行の検討」 リハビリテーション医学, vol.42, suppl,pp.S152 (2005) 第42回日本リハビリテーション医学会学術集会
【非特許文献4】和田義明、外5名「三次元加速度センサーを用いた計測装置による歩行の検討」 リハビリテーション医学, vol.42, suppl, pp.S335 (2005)第42回日本リハビリテーション医学会学術集会
【非特許文献5】下釜みずき、三宅美博, "共創型歩行介助システムへの加速度センサ導入による多様な歩行障害への対応," 第4回SICEシステムインテグレーション部門講演会講演論文集(SI2003), pp.175-176 (2003)
【非特許文献6】黄 健、関根正樹、外3名「3方向加速度センサを用いた歩行計測と周波数解析」日本機械学会 第76期全国大会講演会講演論文集(II),No.98-3(1998-10), pp.285-286.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
加速度センサーをもちいて歩様を定量化する多くの試みがなされているが、歩様バランスに注目し、そのバランス判定の方法には改善の余地が大いにある。また、歩様バランス判定には、アンバランスを誘起しやすい歩行面の傾斜を加味することも必要である。本発明は、傾斜歩行面による歩様バランスの判定のための装置と方法を提案するものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の本質は、歩行面の傾斜を加味したことといえる。これを以下に説明する。
【0017】
本発明は(請求項1)、傾斜がある歩行面を歩行中の歩行動物に装着された加速度センサーから採取される加速度ベクトルデータを利用して歩様バランスを定量化する装置であって、無限軌道回転歩行面を有するトレッドミルTr、該トレッドミル歩行面に歩行方向傾斜角(α)および/または歩行方向に直交する方向傾斜角(β)を与える傾斜手段(および傾斜制御手段TC2)、前記歩行方向傾斜角(α)および/または歩行方向に直交する方向傾斜角(β)を計測して出力する手段(計測手段TS)、前記傾斜角(α)および/または(β)計測データと歩行動物に装着された加速度センサーから採取される加速度ベクトルデータを入力し(α)および/または(β)による加速度ベクトルデータの変化によって歩様バランスを判定する手段を有する歩様バランス定量化装置である(図7参照)。
【0018】
図7は、本発明の歩行面傾斜による歩様バランス定量化装置の構成図であって、Hが加速度センサーSを装着した歩行中の歩行動物(たとえばヒト)、Qがデータを入力して歩様を定量的に分析する手段、Sが加速度センサー(加速度データ無線送信手段つき)、SRがSの加速度データを入力し歩様バランス判定手段に出力する手段(無線データ受信器)、TC1がトレッドミルの速度の制御手段、TC2がトレッドミルの勾配・左右傾斜(カント)の制御手段、TSがトレッドミルの速度・勾配・左右傾斜(カント)のセンサー、Trがトレッドミル(無限軌道ベルトを回転させ定点歩行させる手段)である。
【0019】
また本発明は(請求項2)、加速度センサーが無線送信手段、傾斜角(α)および/または(β)計測出力手段が無線送信手段、歩様バランスを判定する手段が前記無線送信信号の受信手段をそれぞれ兼備するものであるのが好適である。図7はこれを反映している。
【0020】
また本発明は(請求項3)、請求項1または請求項2に記載された装置によって歩行動物の歩様バランスを定量化する方法であって、直交座標(x、y、z)のz軸を重力加速度(上下)方向とした場合と該直交座標(x、y、z)のz軸をさらに歩行方向傾斜角および/または歩行方向に直交する方向傾斜角だけシフトさせた方向とした傾斜シフトz軸とした場合のそれぞれについて、歩行方向傾斜および/または歩行方向に直交する方向傾斜がある歩行面を歩行動物が歩行中に加速度センサーから採取される直交座標(x、y、z)加速度ベクトルデータを描画する工程を有する方法である(図8、図9参照)。
【発明の効果】
【0021】
本発明によって、歩行面の傾斜を加味した歩様分析(歩様定量化)が実現可能となる。すなわちどの方向に、どの程度アンバランスなのか、というバランスに関し、可能性のあるアンバランス方向に歩行面を傾斜させてデータを採取することで、アンバランス推定を確証できる。定量化情報が得られ、商品としては登山靴やクロスカントリー用シューズなどの傾斜負荷で用いられる靴のユーザ個別フィッティングに利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
図10が、本発明の歩様を定量的に分析する手段Qの作用の例図であって、加速度データとトレッミルの傾斜角度・速度情報を入力し、時系列の条件付データを記憶する。その記憶データにて、歩様定量化分析を行う。例として加速度と歩行負荷パラメータ(α、β、v)の相関、加速度パワスペクトルの走行負荷(α、β、v)依存性のグラフを作成して出力する。
【0023】
本発明の実施装置は、基本的にソフトウェアであって、ここまでに説明した工程をなすアルゴリズムを実行するプログラムをパソコンなどにインストールすればよい。それらプログラムが各工程を実施する手段となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】歩行面に歩行方向傾斜角αupがある時の歩行期間tupと歩行面に歩行方向傾斜角αdownがある歩行期間tdownがある歩行動作の説明図。
【図2】歩行面に歩行方向に直交する方向傾斜角(β)がある時の歩行動作の説明図。βrightは右勾配(左右の定義は任意)、βleftは左勾配(左右の定義は任意)
【図3】トレッドミルTr歩行面の歩行方向傾斜角αupをつけた歩行期間tupの加速度データ採取の実施説明図
【図4】トレッドミルTr歩行面の歩行方向傾斜角αdownをつけた歩行期間tdownの加速度データ採取の実施説明図
【図5】トレッドミルTr歩行面の歩行方向に直交する方向傾斜角βrightをつけた加速度データ採取の実施説明図
【図6】トレッドミルTr歩行面の歩行方向に直交する方向傾斜角βleftをつけた加速度データ採取の実施説明図
【図7】本発明の歩行面傾斜による歩様バランス定量化装置の構成図
【図8】極座標(r、θ、Φ)で緯度(仰角θ)90度の方向を重力加速度(上下)方向から移動方向傾斜角(α)および/または移動方向に直交する方向傾斜角(β)だけシフトすることの説明図
【図9】円柱座標(R、Θ、Z)の軸(Z)方向または径(R)方向を重力加速度(上下)方向とした次の段階で、かかる軸(Z)方向または径(R)方向を重力加速度(上下)方向から移動方向傾斜角(α)および/または移動方向に直交する方向傾斜角(β)だけシフトすることの説明図
【図10】本発明歩様を定量的に分析する手段Qの作用の例図で。
【符号の説明】
【0025】
H 加速度センサーSを装着した歩行中の歩行動物(たとえばヒト)
Q データを入力して歩様を定量的に分析する手段
S 加速度センサー(加速度データ無線送信手段つき)
SR Sの加速度データを入力し歩様バランス判定手段に出力する手段(無線データ受信器)
TC1 トレッドミルの速度の制御手段
TC2 トレッドミルの勾配・左右傾斜(カント)の制御手段
TS トレッドミルの速度・勾配・左右傾斜(カント)のセンサー
Tr トレッドミル(無限軌道ベルトを回転させ定点歩行させる手段)
tup 歩行面に歩行方向傾斜角αupがある歩行期間
tdown 歩行面に歩行方向傾斜角αdownがある歩行期間
v トレッドミルの速度
αup 歩行面の歩行方向傾斜角(α)であって上り勾配
αdown 歩行面の歩行方向傾斜角(α)であって下り勾配
βright 歩行面の歩行方向に直交する方向傾斜角(β)であって右勾配(左右の定義は任意)
βleft 歩行面の歩行方向に直交する方向傾斜角(β)であって左勾配(左右の定義は任意)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
傾斜がある歩行面を歩行中の歩行動物に装着された加速度センサーから採取される加速度ベクトルデータを利用して歩様バランスを定量化する装置であって、
無限軌道回転歩行面を有するトレッドミル、該トレッドミル歩行面に歩行方向傾斜角(α)および/または歩行方向に直交する方向傾斜角(β)を与える傾斜手段、前記歩行方向傾斜角(α)および/または歩行方向に直交する方向傾斜角(β)を計測して出力する手段、前記傾斜角(α)および/または(β)計測データと歩行動物に装着された加速度センサーから採取される加速度ベクトルデータを入力し(α)および/または(β)による加速度ベクトルデータの変化によって歩様バランスを判定する手段を有する歩様バランス定量化装置。
【請求項2】
加速度センサーが無線送信手段、傾斜角(α)および/または(β)計測出力手段が無線送信手段、歩様バランスを判定する手段が前記無線送信信号の受信手段をそれぞれ兼備するものである請求項1の歩様バランス定量化装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載された装置によって歩行動物の歩様バランスを定量化する方法であって、
直交座標(x、y、z)のz軸を重力加速度(上下)方向とした場合と該直交座標(x、y、z)のz軸をさらに歩行方向傾斜角および/または歩行方向に直交する方向傾斜角だけシフトさせた方向とした傾斜シフトz軸とした場合のそれぞれについて、歩行方向傾斜および/または歩行方向に直交する方向傾斜がある歩行面を歩行動物が歩行中に加速度センサーから採取される直交座標(x、y、z)加速度ベクトルデータを描画する工程を有する歩行動物歩様バランスの定量化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−109971(P2008−109971A)
【公開日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−293491(P2006−293491)
【出願日】平成18年10月30日(2006.10.30)
【出願人】(306037218)バイセン株式会社 (7)
【Fターム(参考)】