説明

光制御素子

【課題】極めて小さい群速度を持ち、その群速度を与える周波数に対して周波数分散が小さい光制御素子を得る。
【解決手段】フォトニック結晶配列1は、誘電率ε1の媒質2に、格子点4上に配置され、誘電率ε1の媒質2に周期aで直径2rを有する誘電率ε2の円形構造のホール3を格子点4上に三角配列で配置したフォトニック結晶配列1に欠陥を導入して形成された線欠陥導波路5を有する光制御素子の、線欠陥導波路5の近傍の規則性をもった格子点群の一部を、線欠陥光導波路5を伝搬する光の進行方向に対して本来ある位置からシフトさせて低分散低群速度を有する線欠陥導波路5を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、フォトニック結晶からなる光制御素子、より具体的には、ほぼ一定な低群速度を実用的な帯域で保つことができる小型で高機能な光制御素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高速大容量光通信や高速光信号処理を行うために、その伝送路となる光ファイバ中での光パルス広がりを起こす分散効果や、信号ごとの到着時間がばらつくスキュー効果は、通信の高速化を妨げている。このような問題を解決するためには、分散効果や信号到着時間を決定する光エネルギーの伝送スピード、つまり光パルスの群速度の遅延量を制御できる素子が必要となる。また、物質中を分散制御しつつ低群速度で光を伝搬させることができれば、光と物質の相互作用効果が高まり、高効率な非線形素子や、小型の光制御素子が実現できるという点でも群速度を制御できる素子が必要となる。
【0003】
この光パルスの低群速度を実現する従来技術は、多層膜を構成して光の多重反射により、光を閉じ込める方式がある。しかしながら、多層膜を使用して光の低群速度や分散制御を実現するためには、その閉じ込め効果が小さいために、素子自体が極めて大きなものとなり、光を伝搬させる間に回折により光が広がってしまうという問題や、柔軟に分散を制御することが困難であるという問題がある。
【0004】
これらの問題を解決するために、素子の小型化を目的とした技術として、異なる屈折率を組み合わせた多次元周期構造であるフォトニック結晶を用いた技術が提案されている。フォトニック結晶自体、若しくは、それに欠陥を導入した欠陥導波路と呼ばれる光導波路では、周波数と波数の関係を表す分散特性に大きな特異性が現れる。
【0005】
例えば欠陥を連続的に線状に形成した線欠陥導波路ではバンド端と呼ばれるブリリュアンゾーン端ではゼロ群速度に漸近していくことが理論的に予測され、非特許文献1では、実際にこのバンド端付近で、光の速度が真空中の光速と比較して1/90の低群速度が観察されている。しかしながら、この線欠陥導波路は、一般に非常に大きな波長分散を有し、スペクトル幅に広がりを有する短パルスを入射すると、群速度を遅くすることができるが、このスペクトル幅の広がりのために、パルスが広がってしまうという分散効果による問題が生じる。
【0006】
また、特許文献1に示されているように、点状の欠陥を飛び飛びに連続させた結合欠陥導波路と呼ばれる構造では、比較的大きな分散が比較的広い帯域で得られ、分散を制御した低群速度素子が構成できる可能性がある。しかしながら製作が比較的容易なスラブ型フォトニック結晶においては、このような結合欠陥導波路を製作すると、光の進行方向に対する周期が長くなるために、フォトニック結晶による回折の影響を受けて、光はフォトニック結晶が形成されている面内から垂直方向に散乱されてしまうという原理的な問題があり、損失が非常に大きくなるために実用的ではないという短所がある。
【0007】
また、特許文献2には、分散量を小さく保ちながら、大きな群速度遅延を起こす構成が提案されている。これは線欠陥導波路を構成する円孔直径や線欠陥導波路の幅などを調整することで、超低群速度と低分散を両立させる効果が得られる。しかしながら、効果の大きい円孔直径の調整にはナノメータでの高度な微細加工技術が必要となり、低分散低群速度効果を発現させるためには、製作による極めて精密な調整が必要なために素子製作による歩留まりが悪いという問題があった。
【特許文献1】特開2002−333536公報
【特許文献2】特開2006−126518公報
【非特許文献1】Physical Review Letters vol.87, 253902, (2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
この発明は、前記問題を解消し、加工による調整が比較的容易であるフォトニック結晶配列を提供するとともに、極めて小さい群速度を持ち、その群速度を与える周波数に対して、周波数分散が小さいか若しくはゼロ分散を有する超小型である光制御素子及び群速度と分散量を制御できる光制御素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明の光制御素子は、格子点上に配置され、誘電率が規則的に変化する構造物であるフォトニック結晶配列に、欠陥を導入して形成されたフォトニック結晶欠陥光導波路を有する光制御素子において、前記フォトニック結晶欠陥光導波路の欠陥近傍の規則性をもった格子点群の一部又は一部の群全体を前記フォトニック結晶欠陥光導波路を伝搬する光の進行方向に対して本来ある位置からシフトさせたことを特徴とする。
【0010】
前記フォトニック結晶欠陥光導波路の欠陥近傍にあるフォトニック結晶配列の特定の列に対して、その列全体の格子点群を光の進行方向に対して本来ある位置からシフトさせても良い。
【0011】
また、前記格子点群のシフト量が一定であっても、周期的に変化させても良い。
【0012】
さらに、前記フォトニック結晶欠陥光導波路の欠陥近傍にある複数列のフォトニック結晶配列の格子点群をシフトさせたり、フォトニック結晶欠陥光導波路を挟んで等距離にある複数列のフォトニック結晶配列の格子点群をシフトさせたり、あるいはフォトニック結晶欠陥光導波路を挟んで等距離にある複数列のフォトニック結晶配列の格子点群をフォトニック結晶欠陥光導波路の中心に対して対称になるようにシフトさせても良い。
【0013】
また、前記フォトニック結晶配列が円形形状の孔で形成し、前記フォトニック結晶欠陥導波路近傍の円孔の直径が他のフォトニック結晶配列の円孔の直径と異ならせても良い。
【0014】
また、前記フォトニック結晶欠陥導波路の欠陥部分の間隔は、フォトニック結晶配列の各列の間隔とは異ならせても良い。
【0015】
さらに、前記フォトニック結晶欠陥導波路近傍のフォトニック結晶配列を形成するフォトニック結晶の形状を、他のフォトニック結晶配列と異ならせても良い。
【0016】
また、前記フォトニック結晶欠陥導波路の欠陥部分の屈折率を、フォトニック結晶配列が形成されている部分の屈折率とは異ならせたり、フォトニック結晶欠陥導波路の光が伝搬する欠陥部分の屈折率を光の伝搬する方向に沿って変化させても良い。
【0017】
また、前記フォトニック結晶欠陥導波路の光が伝搬する欠陥部分に分極反転構造を有すると良い。
【0018】
さらに、前記フォトニック結晶欠陥導波路の光が伝搬する欠陥部分を挟み込むように電極を設けても良い。
【発明の効果】
【0019】
この発明は、フォトニック結晶欠陥光導波路の欠陥近傍の規則性をもった格子点群の一部又は一部の群全体を、フォトニック結晶欠陥光導波路を伝搬する光の進行方向に対して本来ある位置からシフトさせてフォトニック結晶配列の格子点間隔を制御することにより、低群速度かつ低分散を有する線欠陥導波路を実現できる。
【0020】
また、この構成によって、これまで必要であったフォトニック結晶の円孔直径の精密なパターニングによる調整を基本的に行う必要が無くなり、製作上の歩留まりを向上させたフォトニック結晶による光制御素子を提供することができる。
【0021】
さらに、フォトニック結晶の円孔直径や線欠陥部分の屈折率の制御あるいは線欠陥近傍のフォトニック結晶配列の形状や大きさを制御することにより、通常のフォトニック結晶欠陥光導波路では実現することができなかった低群速度で、かつゼロ分散点を有するフォトニック結晶欠陥光導波路をより効果的に実現することができる。
【0022】
また、2次元フォトニック結晶スラブ形状にした場合でも、原理的な損失がほとんどない領域を利用できる光制御素子を提供できる。
【0023】
また、屈折率分布型線欠陥導波路に適用すれば、1本のフォトニック結晶欠陥光導波路で機能が実現でき、複数のバンドを合成させるために緻密な設計が必要となくなる光制御素子を提供できる。
【0024】
さらに、このような光制御素子を利用することにより、これまでに実現できなかった極めて小型で大きな群速度遅延効果を有する光パルス遅延素子や大きな効果を有する分散補償素子、高効率な非線形素子、高効率レーザにも応用可能である。また、屈折率を制御することにより、この効果をアクティブに制御することが可能となった、小型の光変調素子や光スイッチ素子、光偏向素子が実現でき、それらの光制御素子を用いた光ルーティング装置や高度な光情報処理装置、光バッファ装置に適用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
この発明の光制御素子を説明するにあたり、フォトニック結晶とフォトニック結晶配列及びフォトニック結晶線欠陥導波路について説明する。ここで2次元フォトニック結晶構造を基本として説明するが、3次元フォトニック結晶構造にも適用することができる。
【0026】
まず、フォトニック結晶について説明する。フォトニック結晶とは、ある特定の電磁波に対して、その電磁波の波長と同程度の間隔で規則的に誘電率の分布を構成した構造物である。以下では、主に光の周波数に対して述べるが、前述のように電磁波全般に当てはまる現象であるため、例えばミリ波やTHz波といった周波数を持つ電磁波も対象の範囲である。
【0027】
フォトニック結晶と呼ばれるゆえんは、光の周波数程度の誘電体周期構造を形成することで、誘電率の分布を生じさせることにより、光(光子)を制御できることが注目されたためである。この誘電体周期構造を形成すると、フォトニックバンドと呼ばれる光子に対するバンド構造が構成される。これは電子のバンド構造と類似する点が多く、周期構造によってはフォトニックバンドギャップと呼ばれる光の禁制帯を生じる。この光の禁制帯はあらゆる方向の光が伝搬しないことを示しており、このような光制御を与える物質は工学的な応用を大きく広げる可能性がある。
【0028】
フォトニック結晶はこのバンド構造により、通常の光伝搬では起こりえなかった、強力光閉じ込め効果や異常分散効果を発現させることができる。このような効果を用いると、通常の光制御素子では不可能であった種々な機能が実現できることが、数多くの研究機関から報告されている。このため、フォトニック結晶による光デバイスは光集積回路のサイズを劇的に小さくした、フォトニックICを形成する上で重要な光デバイスになると期待されている。
【0029】
次にフォトニック結晶配列について説明する。フォトニック結晶配列は誘電率の分布を周期的に形成するが、誘電率分布の配置されている位置を格子点という。このフォトニック結晶配列の一例を図1に示す。フォトニック結晶配列1は、誘電率ε1の媒質2に、周期aで直径2rを有する誘電率ε2の円形構造のホール3を三角配列で配置している。このフォトニック結晶配列1は格子点4によって決定される。ここでは正三角形形状に周期aで格子点4を配置することにより三角配列を形成している。また、図1では円形構造のホール3が等方的な構造であるので、格子点4を中心として直径2rのホール3が形成されている。フォトニック結晶の効果を示すためには、誘電率分布が必要であるために媒質2の誘電率ε1とホール3の誘電率ε2は異なる。この媒質2とホール3の誘電率の差が大きいとフォトニック結晶の効果が顕著に現れる。図1において格子点4は位置を示しているだけで、誘電率の分布は媒質2とホール3で決定されている。
【0030】
また、図1において格子点4に配置しているホール3の形状が等方的な円であるが、用途に応じて多角形などの形状を周期的に配列したものでも良い。また、周期性は三角格子状、正方配列状、蜂の巣配列状などを取り得る。さらに、規則性を持てば、必ずしも周期的な構成である必要はなく、フォトニック結晶の特性あるいはフォトニック結晶に近似した特性を示す配列であれば、特殊な規則性を有する配列をとっても良い。以下では代表的な例として円孔を三角配列で形成したフォトニック結晶配列1について説明する。
【0031】
次に線欠陥導波路について説明する。図2の平面図に示すように、媒質2に直径2rの円形構造のホール3により周期aの三角格子のフォトニック結晶配列1を平面内に形成し、そのフォトニック結晶配列1の一部に円形構造が存在しない部分(欠陥)を設けて線欠陥導波路5を形成している。
【0032】
フォトニック結晶配列1のフォトニックバンドギャップに対応させた周波数の光は、フォトニック結晶配列1内では存在することができないために欠陥部分に集中し、光は欠陥部分を伝搬する。このような構造は欠陥部分が光導波路のコア、それ以外が光導波路のクラッドのように機能するため線欠陥導波路と呼ばれる。
【0033】
フォトニック結晶配列1としては高屈折率媒質2に低屈折率円形構造(ホールタイプ)を形成した構造、または低屈折率媒質2に高屈折率円形構造(ピラータイプ)を形成するタイプがある。フォトニック結晶としての機能を出すためには、媒質2と円孔構造との間に屈折率差を有する構造であれば良い。
【0034】
以下では、図2に示すように、高屈折率媒質2に低屈折率円形構造のホール3を三角格子配列で格子点上に配置したフォトニック結晶配列1に、1列の線欠陥を構成した線欠陥導波路5を有する形状を基本形状として説明する。
【0035】
線欠陥導波路5の特性は、シミュレーションにより計算されるフォトニックバンドによって表現することができる。図2に示す1列の線欠陥導波路5に対して、平面波展開法によりフォトニックバンドを求めた。2次元面内に分布している媒質2の屈折率を3.0、三角配列の円形構造のホール3の屈折率を1.0とし、ホール直径2r=0.60a(a:格子点周期)としてシミュレーションし、シミュレーションした結果を図3に示す。実際の光制御素子は厚さ方向が存在し、フォトニック結晶内を伝搬する光ビームの形状程度の深さでフォトニック結晶が形成されていることが好ましい。さらに、後述するフォトニック結晶スラブのような光の波長程度の厚さの薄膜を低屈折率媒質で挟み込むことで全反射による光閉じ込めを実現した構造であっても良く、この場合は薄膜内を伝搬する光の等価屈折率によって2次元構造としてシミュレーション結果を考察することができる。
【0036】
図3に示すフォトニックバンド図は、導波路の進行方向に対して正射影したときのバンド曲線を示しており、フォトニックバンドギャップ内に存在するバンド曲線が光の伝搬モードのバンドを示している。横軸は波数ベクトルに対応し、規格化された波数であり、(2π/a)という単位をもつ。縦軸は規格化周波数であり、[ωa/2πc(=a/λ)]から計算される無次元量である。ここで、ωは角周波数、cは真空中の光速、λは波長である。この図3は面垂直方向のみ磁界成分が存在する電気的横波モード(TEモード)のバンド図を示している。グレーの領域で示されている部分Cは、スラブモード領域と呼ばれ、フォトニック結晶による閉じ込め効果がなく、光が材質内を伝搬してしまう領域であり、フォトニック結晶としての効果を得ることができない領域である。このスラブモード領域Cの間に存在するのがフォトニックバンドギャップPBGであり、光の閉じ込めを与える領域である。図3ではフォトニックバンドギャップPBG内に光の伝搬モードが2本存在し、これらをバンド曲線B1、B2とする。このバンド曲線B1に対する波数k=0.4での電磁界強度を図4(a)に示し、バンド曲線B2に対する波数k=0.4での電磁界強度を図4(b)に示す。電磁界強度にフォトニック結晶配列1を形成している円形構造のホール3と線欠陥導波路5の構造を重ねて示している。図4は、線欠陥導波路5に集中して分布している電磁界の様子が示されており、色が濃い部分は電磁界強度が強いことを示している。バンド曲線B1に対応する電磁界強度は線欠陥導波路5の中心に電磁界強度のピークが存在する偶モードであり、バンド曲線B2に対応する電磁界強度は線欠陥導波路5の中心が電磁界強度ゼロになる奇モードとなる。光制御素子を構成するためには偶モードの方が扱いやすいために、バンド曲線B1の導波モードに着目した。
【0037】
この図3に示すような導波バンドから群速度を算出することができる。すなわちフォトニックバンド図は波数と規格化周波数との分散関係を示すので、群速度vgは下記式となり、バンド曲線の傾きから算出できる。
【0038】
【数1】

【0039】
ここでωは周波数、kは波数を示し、それぞれフォトニックバンド図の規格化周波数と波数に対応する。
【0040】
すなわち、フォトニック結晶の線欠陥光導波路2内を伝搬する光の伝搬速度は、バンド曲線B1を微分することにより、真空中の光速で規格化された値として算出される。この群速度vgは、バンド端ではバンド曲線B1の傾きがゼロに近くなるので、極端に遅くなることが予想される。
【0041】
図3に示すバンド曲線B1の波数kが0.30より大きい部分を拡大して図5に示し、このバンド曲線B1に対する群速度曲線を図6に示す。図6(a)は波数kに対する群速度曲線を示し、(b)は規格化周波数に対する群速度曲線を示す。図6(a)に示すように、波数が大きくなるにしたがってバンド曲線B1の傾きが小さくなるので群速度も単調に小さくなり、波数kがほぼ0.50のバンド端では群速度はほぼゼロとなることがわかる。また図6(b)に示すように、規格化周波数に対する群速度の傾き、すなわち群速度分散は波数kがほぼ0.50のバンド端に近づくにつれて大きくなり、バンド端では極めて大きな値となることがわかる。
【0042】
このように群速度が小さい領域を用いると、光遅延線や大きな非線形効果の発現などの応用があるが、バンド端では群速度の分散値が大きくなるために、分散値の制御が困難となる。そこでバンド端ではない領域で、群速度が遅く、分散値がゼロとなるバンドを有するこの発明の光制御素子について説明する。
【0043】
図7はこの発明の光制御素子の構成を模式的に示した平面図である。図に示すように光制御素子10は、媒質2中に三角配列による格子点にホール3を設けてフォトニック結晶配列1を形成している。このフォトニック結晶配列1に1列の線欠陥導波路5を形成し、線欠陥導波路5で光を集中的に伝搬する。この線欠陥導波路5に対して、規則性を持った格子点群の欠陥近傍の格子点群の一部を、本来ある位置から光の進行方向と平行にシフトさせて一部のホール3aを破線で示す本来の位置から実線で示すように移動させている。このようにホール3の一部をシフトさせることにより、フォトニックバンドを制御し、線欠陥導波路5内を伝搬する光の群速度を制御することができる。このホール3aを移動させる方向は光の進行方向と同じ方向か反対の方向であり、特性に応じて適切な方向をとることができる。このシフトさせる格子点群を形成している数は線欠陥導波路5が形成されている近傍の一部でも良いが、1つまたは数個の格子点シフトであると、群速度に対する効果は薄いため、少なくとも光の進行方向に10格子点程度の距離にシフトした格子点群が存在していることが好ましく、より好ましくは100格子点程度の距離にシフトした格子点群が存在することが好ましい。
【0044】
前記説明では規則性を持った格子点群の欠陥近傍の格子点群の一部を、本来ある位置から光の進行方向と平行にシフトさせて一部のホール3aを移動した場合について説明したが、図8に示すように、特定の列、例えば光の進行方向をz方向とし、線欠陥導波路5の中心をx方向の原点としてx方向にフォトニック結晶配列の列数を定義した場合、+2列目全体の格子点群を、本来ある位置から光の進行方向と平行にシフトさせて+2列目全体のホール3aを移動させても、フォトニックバンドを制御し、線欠陥導波路5内を伝搬する光の群速度を制御することができる。ここで列全体のシフト量を一定としているが、このシフト量は必ずしも一定である必要はなく、シフト量が列全体で異なっても良い。また、光の進行方向に対して、ある列におけるシフトが、複数の格子点毎に飛び飛びにシフトしている構成であっても良い。例えば、ある列で本来ある位置の格子点が3点続き、シフトを与えてある格子点が2点あり、この構成を列全体に対して繰り返した構造であっても良い。
【0045】
例えば図9に示すように、+2列目の基準となるホール3sを中心にしてシフト量が徐々に大きくなるようにホール3aを移動しても良い。このシフト量の変化は正弦波的なシフト量や矩形波的なシフト量など周期関数に起因するシフト量を与えることができる。
【0046】
また、図10に示すように、線欠陥導波路5を挟んで複数列、例えば+2列目〜+4列目と−4列目の全体をシフトさせてホール3aを移動しても良い。複数列の各列におけるシフト量や列間のシフト量は、制御するフォトニックバンドにあわせて適切に選択すれば良い。
【0047】
さらに、図11に示すように、線欠陥導波路5の中心に対して等距離にある列全体、例えば+2列目と−2列目のフォトニック結晶配列の格子点をシフトさせても良い。ここで+2列目と−2列目のフォトニック結晶配列の格子点はシフト量を光の進行方向に対して逆向きに設定した場合を示す。
【0048】
また、図12に示すように、線欠陥導波路5を中心にして対称の位置にある列全体、例えば+2列目と−2列目のフォトニック結晶配列の格子点を同じ方向にシフトさせても良い。この+2列目と−2列目の格子点のシフト量を、図12では一定としているが、必ずしも一定である必要は無く、また周期的なシフト量の変化であっても良い。
【0049】
次に、例えば図12に示すように、フォトニック結晶配列の格子点を同じ方向に対称にシフトさせて、その移動量が列全体で同じである光制御素子10の特性をシミュレーションした結果を詳細に説明する。
【0050】
この光制御素子10は媒質2中に直径2rの円形構造のホール3が周期aで配置された2次元フォトニック結晶配列に対して、1列を欠陥として与えることで線欠陥導波路5を形成し、線欠陥導波路5に近接するフォトニック結晶配列の+側と−側の格子点をz方向に均一なシフト量sに均一にシフトさせた構造である。このような構造とすることで、フォトニックバンドを制御し、従来の線欠陥導波路とは異なる分散曲線を発現させることで、低分散低群速度を有するフォトニック結晶欠陥導波路を提供できる。
【0051】
このフォトニック結晶配列の+1列目と−1列目の格子点をz方向にシフト量sでシフトさせた構造に対してシミュレーションしたときの計算モデルを図13に示す。屈折率n1の媒質2に屈折率1.0のホール3を三角配列で形成し、1列の線欠陥導波路5を形成し、フォトニック結晶配列は線欠陥導波路5の中央から±8列配置し、±1列目のフォトニック結晶配列の格子点をz方向へシフト量sで移動したモデルを用いた。また、計算には図に示すように光の進行方向に対して1周期a分の配列を含む領域をシミュレーション領域11とし、それ以外は周期的な境界条件を適用した。シミュレーションには2次元の平面波展開法を用いてフォトニックバンド図を算出した。
【0052】
図14と図15は媒質2の屈折率として、n1=3.0とn1=2.0を与え、z方向に格子点をシフトさせたときの導波バンド曲線変化を示している。図において横軸は規格化された波数、縦軸は規格周波数である。ここでは、前述の偶モードバンドのみに注目し、効果が顕著に現れる0.3以上の波数に対する計算結果である。ホール直径2r=0.50a、0.60a、0.70aに対し、周期aで規格化した格子点のシフト量sを周期aで規格化してs=0からs=0.50aの間を0.05aごとに異ならせてパラメータとしてシミュレーションした結果を示す。いずれの場合も、格子点シフト量sが大きくなると、導波バンド曲線が高周波数側にシフトしていき、バンドが歪んでいく様子がわかる。また、ホール3のサイズが大きくなるにつれて、バンド曲線の歪みも顕著になる。
【0053】
このバンド曲線の歪みは2つの効果をもたらす。1つはバンド曲線の傾きがある帯域でほぼ一定となるようなバンド曲線が得られる。この部分では、比較的広い帯域で低群速度がほぼ一定値となり、低群速度を利用するための厳しい波長チューニングが必要なくなる。他の1つはバンド曲線の傾きがバンドの傾きが負から正に変化することで、その傾きがバンド端以外でほぼゼロとなる点(ゼロ分散点)を持たせることができることを示している。このゼロ分散点近傍では、光の群速度が極めて小さくなり、かつ分散の変化がほとんどないために、波長チューニングを行うことで極めて小さな群速度を利用することができる。
【0054】
このバンド曲線の傾きから求めた規格化周波数に対する群速度の変化を図16と図17に示す。図16が媒質2の屈折率n1=3.0、図17が媒質2の屈折率n1=2.0に対応した群速度曲線である。シフト量sを調整することにより、前述の効果が現れていることがわかる。例えば、図17ではバンド曲線の傾きが一定となる条件が存在し、比較的広い周波数帯域でほぼ群速度が一定となる。2r=0.70aに対して、シフト量s=0とシフト量s=0.20aの周波数に対する群速度の変化の拡大図を図18に示す。s=0.20aでは、規格化周波数0.3794から0.3795(周波数幅;0.0001)で、群速度が0.00005c(0.00645cから0.00650c)に変化する。ここで、cは真空中の光速を示す。一方、格子点シフトをしない通常の1列線欠陥光導波路(s=0)に対しては、上記群速度変化を起こす規格化周波数幅が0.0000005であることから200倍以上の帯域幅を採ることができる。
【0055】
高品質なレーザ光のスペクトル線幅がpmオーダであることを考えても、このような極めて小さい群速度の伝搬を実現するためには通常の線欠陥導波路では極めて困難であり、本発明の構造を用いた低分散構造が極めて有効であることがわかる。
【0056】
次に、フォトニック結晶配列の+2列目と−2列目の格子点をz方向にシフト量sでシフトさせた構造に対してシミュレーションしたときの計算モデルを図19に示す。2列目以外のフォトニック結晶の格子点は通常の三角格子としている。シミュレーションには前記と同様に、2次元の平面波展開法を用いてフォトニックバンド図を算出した。
【0057】
図20と図21は媒質屈折率として、n1=3.0、n1=2.0を与え、z方向に格子点をシフトさせたときの導波バンド曲線変化を示している。ここでは、前述の偶モードバンドのみに注目し、効果が顕著に現れる0.3以上の波数に対して計算した。ホール直径2r=0.50a、0.60a、0.70aに対し、前述と同様に周期aで規格化した格子点のシフト量sをパラメータとしたシミュレーションした結果を示す。いずれの場合も、格子点のシフト量sが変化すると、大きな波数に対してバンド曲線が高周波数側にシフトしていき、バンドが歪んでいく。1列目のシフトと比較して、2列目のシフトではゼロ分散点を与える波数の値が小さくなり、パラメータの値によっては変極点を2つ持つバンド曲線が現れている。
【0058】
図22と図23にバンド曲線から算出された群速度変化に示す。図23が媒質屈折率3.0に対する群速度変化、図23が媒質屈折率2.0に対する群速度変化を示す。パラメータを調整することにより、前述の効果が現れていることがわかる。すなわちシフト量sを調整することにより、バンドの傾きがほぼ一定値をとるような構成をとることができる。例えばn=3.0、2r=0.60a、s=0.20aのとき、群速度0.02cで規格化周波数帯域0.001を示す。これは前述したように、比較的広い周波数帯で小さい群速度を保つことができれば、極めて小さい光制御素子を実用的な周波数帯で実現することができる。また、バンドの傾きがバンド端以外でほぼゼロとなる点(ゼロ分散点)を持たせることができる。例えば、n=3.0、2r=0.50a、s=0.30aのとき、規格化周波数0.241付近で群速度0.03cとなり、その群速度分散がほぼゼロとなることがグラフからわかる。したがって群速度が極めて小さく、ゼロ分散を示すバンド曲線を与えることも可能であり、光パルスの形状変化を抑えながら、小さな群速度の効果を利用でき、非線形光学デバイスなどに応用が可能となる。これらと同様な効果は媒質屈折率が2.0のときも起こることが図23からわかる。
【0059】
以上では2次元のシミュレーションによる結果を示したが、実際のフォトニック結晶素子としては3次元構造を考える必要がある。3次元方向全体にフォトニック結晶を形成した完全な3次元フォトニック結晶による線欠陥導波路にも本発明の構成は適用できる。また、より製作が容易なフォトニック結晶スラブ構造でも本発明の構成を適用可能である。
【0060】
このように、格子点をシフトして円形構造のホール3を移動した構造であると、円孔の直径を高精度に調整する方法と比較して製作精度を上げることができる。すなわち、高精度なリソグラフィー技術を用いても、ナノメーターサイズでホール3の直径や形状を調整することは難しいのに比べて、同じサイズの円形構造のホール3を形成したときのバラツキを抑える方が比較的容易である。さらに、格子点の移動は形状を細かく調整する方法と比べて比較的容易であるので、円孔の最適化よりも製作が容易となる。
【0061】
図24はフォトニック結晶スラブ構造20の斜視図を示す。誘電体薄膜21を屈折率の小さい低屈折率媒質22で挟み込み全反射により光を閉じ込めたスラブ構造に、2次元のフォトニック結晶配列を形成した構成である。図では円形のホール3を三角格子状に配置してフォトニック結晶配列を形成し、線状の欠陥を設けた線欠陥導波路5を形成している。誘電体薄膜21の厚みは伝搬させる光の波長程度の厚みを持ち、基板23に形成された低屈折率媒質22の厚みは伝搬光が基板23に影響を与えない程度の厚みであれば良い。図では基板23に低屈折率媒質22を形成し、その上に誘電体薄膜21を形成した構造であるが、誘電体薄膜21が低屈折率媒質22で挟まれた構造でも良い。また、線欠陥導波路5とその近傍のフォトニック結晶配列を空気に露出したエアーブリッジ構造を採ることもできる。
【0062】
このような構造は、誘電体薄膜基板21にリソグラフィーやエッチングでフォトニック結晶を形成することで実現でき、3次元方向にフォトニック結晶配列を形成する方法と比較して、製作が容易である。誘電体薄膜基板21としては、シリコンオンインシュレータ(SOI:Silicon on insulator)基板や、そのほか成膜により低屈折率媒質22上に高屈折率薄膜を形成することで得られた基板を採用することができる。
【0063】
フォトニック結晶スラブ構造は2次元フォトニック結晶配列から構成されるので、2次元シミュレーションからバンド曲線を求めることで、大まかな効果を見積もることができる。すなわち、3次元構造に対して等価屈折率近似を用いて2次元近似したシミュレーションによりバンド曲線を求めることができる。但し、効果に対しての定性的な結果であり、詳しい定量的な値に対する精度は等価屈折率の値の設定値に依存してしまう。また、ライトコーンと呼ばれる閉じ込めモードと放射モードとの境界付近での特性をシミュレーションすることができない。
【0064】
そこで、3次元の平面波展開法によるシミュレーションした結果を図25に示す。シリコン(屈折率3.45)で形成された薄膜(厚み0.50a)に、フォトニック結晶配列(周期a、直径2r=0.60a)を三角格子の1列線欠陥導波路のモデルを仮定した。シリコン膜はエアーブリッジ構造であり、周りを屈折率1.0の空気で覆われている構造である。±2列目のフォトニック結晶配列を光の進行方向(z方向)に対してシフトさせたときの偶モードの導波バンドを図25(a)に示す。2次元のシミュレーション結果と同様に、シフト量sが大きくなるにつれてバンドが歪み、変極点が2つ現れてくる。また、バンド図からライトコーンのなかにある光閉じ込め構造であることもわかり、原理的には低損失な光導波路を構成できることを示している。
【0065】
このバンド曲線から算出された群速度の変化を図25(b)に示す。シフト量sを調整することにより、比較的広い帯域で低群速度と低分散を両立した構造(移動量が0.25a付近)や、ゼロ分散点をもち極めて小さい群速度を与える構造(移動量が0.30a付近)を実現できることがわかる。
【0066】
また、このような2次元フォトニック結晶スラブの上下を全反射ではない反射構造で挟み込んだ構造であっても良い。高屈折率媒質にホールを形成した構造であれば、2次元フォトニック結晶を形成したときに、上下方向への光閉じ込めが屈折率による全反射で比較的容易に実現できるために、図で示した構造が用いられることが多いが、上下方向への閉じ込めを実現できれば、ピラー型のフォトニック結晶でもよい。
【0067】
以上では、線欠陥導波路の欠陥部分から2列目までの格子点をz方向にシフトした構成をシミュレーションから示してきたが、3列目以降の格子点シフトにより同様な効果を発現させることも可能である。線欠陥導波路5すなわち線欠陥部分から離れるにつれて、効果が薄れていくが、十分離れてもバンド歪みが出てくる。線欠陥部分の近傍とは10列目程度までを指しているが、これは媒質の屈折率とフォトニック結晶配列の屈折率差や、注目波長などにも影響されるために、それらを考慮した最適設計を行う必要がある。
【0068】
次に円形構造のホール3の直径を変化させた構造について図26を参照して説明する。図26(a)は±2列目の列全体の格子点をシフトし、それぞれのホール3bの直径を大きくした構造を示し、図26(b)は±2列目の列全体の格子点をシフトし、±3列目の列全体のホール3bの直径を大きくし、±1列目の列全体のホール3cの直径を小さくした構造を示す。このような構造をとることで、より緻密なバンド曲線の制御が可能となる。ここで格子点の移動に典型的な±2列目の格子点を移動させた構造を示しているが、この格子点の移動にはこれまで記述した構造をとることができる。
【0069】
次に、線欠陥導波路5の幅を変化させた構造について説明する。図27は線欠陥導波路5に近接する列全体の格子点をシフトさせた構造を(a)に示し、その線欠陥導波路5の幅D1を幅D2に変化させた構造を(b)に示す。(b)では線欠陥導波路5の幅D2を狭くした場合について示すが、線欠陥導波路5の幅を広くしても良い。このような構造をとることでより緻密なバンド曲線の制御が可能となり、システムにあわせた群速度制御された光素子を提供することができる。
【0070】
次に、線欠陥導波路5の近傍におけるフォトニック結晶配列のホール3の形状変えた構造を図28に示す。図28は、例えば±1列目の列全体の格子点をシフトしてホール3を移動し、±3列目の列全体のホール3dを円形から多角形に形成した構造を示す。この形状を変更する列は複数列であっても良いし、1列全体がすべて同じ形状である必要はない。このようにホール3の形状を変えることにより、必要なバンド曲線に対して最適な形状配置を取ることができ、緻密なバンド曲線の制御が可能となる。
【0071】
また、線欠陥導波路5の屈折率を媒質2の屈折率n1とは異ならせても良い。例えば図29に示すように、線欠陥導波路5の屈折率を媒質2の屈折率n1より僅かに大きく(n1+dn)としてもバンド曲線の制御が可能となる。この線欠陥導波路5の屈折率を変化させる部分の幅と屈折率の変化量は任意に取ることが可能である。屈折率を増加させる方法としては、例えば、フォトニック結晶スラブの厚みを厚くして等価的に屈折率を大きくすることができる。また、屈折率を減少させる方法としては、量子井戸構造をもつフォトニック結晶スラブにキャリアを注入することで実現させることができる。また、光学結晶などを用いて、電界を導波路部分にだけかけることで、屈折率を小さくすることができる。
【0072】
さらに、媒質2の屈折率を光の進行方向に対して徐々に変化させても良い。例えば図30(a)に示すように、媒質2の屈折率が光の進行方向に対して徐々に小さくなる屈折率分布型フォトニック結晶に適用すれば、屈折率変化によりわずかにバンドを上下させるだけで、分散を補償しながら群速度遅延を起こさせることが可能である。すなわち図30(a)に示すように、媒質2の屈折率が光の進行方向に対して徐々に小さくなる屈折率分布を設けて導波バンドを適切に歪ませた線欠陥導波路5にある特定の周波数範囲を有する光パルスを伝搬させることを想定すると、屈折率が徐々に変化するにしたがって、図30(b)に示すように、導波バンドが上下し、各周波数に対してゼロ群速度領域を横切り、かつ分散が補償されて伝搬していくので、パルス広がりがほとんどなく、極めてパルス伝搬スピードを遅くすることができる。
【0073】
以上の構成を組み合わせても良い。すなわち線欠陥導波路5の幅や屈折率、線欠陥導波路5のホール3の形状を調整して群速度とゼロ分散帯域を制御したフォトニック結晶線欠陥導波路を構成することにより、群速度の周波数分散がゼロ分散を有する超小型で、群速度と分散量を制御でき、かつ可変である光制御素子が実現できる。
【0074】
次に線欠陥導波路5を構成する欠陥部分に分極反転領域を有する構造について説明する。例えば図31に示すように、波長変換媒質2aを含み、入力光の波長程度の厚さをもつ薄膜2aにフォトニック結晶配列を形成して線欠陥導波路5を形成する。そして入力光が線欠陥導波路5を伝搬することにより、変換光が生成され、変換光が位相不整合により変換効率を下げることを妨げるために、薄膜2の線欠陥導波路5を形成する領域には分極反転領域12が周期的に形成され、線欠陥導波路5を伝搬する入力光を効率良く波長変換する構造となっている。この構成を用いると、低群速度を実現できるので、光パワーをより線欠陥導波路5内に閉じ込めることが可能となり、変換効率の向上など非線形効果を増大させることができる。
【0075】
この周期分極反転12の形成方法には、電界印可法やイオン交換法などがあるが、微細な領域に分極反転を形成するには電子ビームによるマイクロドメイン反転法を用いても良い。一例として分極反転ニオブ酸リチウム結晶(PPLN:Periodically Poled LiNbO3)の製作方法を以下に示す。基板として、Mg0 添加Z カットLNを使用する。基板の+Z面に、基本波波長に対して室温で位相整合するように、周期数ミクロンでの分極反転用電極をフォトリソグラフィー技術で形成する。次に結晶の+Z面側にプラス、−Z面側にマイナスの電位となるように高圧電源を接続し、結晶の抗電界を越える電圧を印加することにより、それぞれの部分で分極反転が生じてPPLNを形成できる。
【0076】
また、線欠陥導波路5を挟み込むように電極を構成した構造を図32に示す。図32(a)の平面図に示すように、線欠陥導波路5の近傍のフォトニック結晶配列の格子点をシフトさせた構造を用いていることにより群速度を制御している。このフォトニック結晶配列と同一面内に電極13を形成し、この電極13に電圧を印加したり、キャリアを注入することにより、媒質2の屈折率を変化させて群速度をアクティブに制御することが可能となる。この電極13は線欠陥導波路5を伝搬する光が影響を受けない程度に離れた位置に形成して光伝搬での電極による損失を受けないようにする。
【0077】
また、図32(b)に示すように、フォトニック結晶配列を形成した薄膜構造21を低屈折率媒質22で挟み込んだフォトニック結晶スラブの低屈折率媒質22の外側に電極13を形成しても良い。この電極13に電圧を印加すると薄膜構造21に電界が印加し、この電界により屈折率変化をさせることによりバンドを制御することが可能である。
【0078】
次に、光制御素子10の作製方法について説明する。前述したような2次元フォトニック結晶はSOI基板と、半導体微細加工技術を用いれば作製可能である。現在のSOI技術であれば、シリコン層厚0.2μmのSOI基板は市販されているので、それを用いることができる。ホール3の三角配列はリソグラフィーとドライエッチングにより作製できる。
【0079】
このSOI基板への製作方法の一例を図33の工程図に示す。図33(a)に示すように、シリコン基板31上に二酸化シリコン層32とシリコン薄膜層33が形成されたSOI基板を用意する。そのシリコン薄膜層22上に、(b)に示すように、電子ビームレジスト34を塗布し、電子ビーム露光により直径400nmの円孔35を描画することによりパターンニングをする。この円孔35の直径は目的のフォトニック結晶の利用波長で決定される。このレジストパターンをマスクとして、(c)に示すように、フロン系のドライエッチングにより、円孔パターン36をシリコン薄膜層33に転写する。その後、(d)に示すように、電子ビームレジスト34を除去して2次元フォトニック結晶スラブ構造が完成する。さらに、(e)に示すように、SOI基板の二酸化シリコン層32をフッ化水素の水溶液により除去してシリコン薄膜層33を空気中に露出したエアーブリッジ構造37を構成して光閉じ込めをより強力にすることが可能となる。
【0080】
また、半導体へテロ基板を用いても良い。GaInAsP/InP基板やAlGaAs/GaAs基板と酸化クラッド層の組合せなどの選択酸化性があるヘテロ基板を用いてエアーブリッジ構造を構成しても良い。
【0081】
さらに、電気光学材料又は非線形光学材料の薄膜を、融着、結晶成長、低温接合などの技術を用いて、犠牲層上に形成し、犠牲層を選択エッチングすることで、エアーブリッジ構造を構成しても良い。例えば、あらかじめイオン打ち込みによりニオブ酸リチウム基板に分離層を形成しておき、そのニオブ酸リチウム基板とSOI基板を接合し、分離層からニオブ酸リチウムを剥がしてニオブ酸リチウム薄膜を形成する。その基板にレジスト塗布後、電子ビーム描画によりパターンニングし、レジストマスクを形成し、ドライエッチングによりパターンをニオブ酸リチウム薄膜に転写する。その後、Si層を選択エッチングすることにより、ニオブ酸リチウム薄膜のエアーブリッジ構造を形成することができる。また、ドライエッチングの選択性が採れない場合は、金属マスク層を使うことも考えられる。この場合は基板上に予め金属膜を蒸着などにより形成しておき、リソグラフィーによりパターンニングしてマスクを形成する。
【0082】
ここでイオン打ち込みをした基板を必ずしも用いる必要はなく、接合された基板を研磨によりサブミクロンの厚みにすることにより、犠牲層上の薄膜基板としても良い。さらに、犠牲層ではなく低屈折率媒質上に形成してエアーブリッジではない構成でも良い。
【0083】
また、型による転写でフォトニック結晶を構成することも可能である。例えば、反転形状であるピラー型のフォトニック結晶が構成された型を形成し、その部分に液体状の材料を流し込み、台座基板上に接合する。その後、焼成などにより形状を固定化し、型を取り外すことによりフォトニック結晶配列を形成でき、さらに、この型をもとに複製を大量生産することが可能である。型は、電子ビーム露光やドライエッチングにより形成できる。さらに、焼成により収縮するような材料を選定することにより型からの分離が比較的容易にできる。設計ではこれらの収縮を加味したサイズを想定して形成することで調整可能である。型を用いることで、真空装置を繰り返し用いずに製作可能となり、低コスト化が図れる。
【0084】
以上のプロセスでは、作製した基板は空気中に晒されているが、当然、薄膜層の上部を低屈折率媒質で覆う構造も可能である。この場合、クラッド層に酸化物層を堆積するか若しくはポリマーをスピンコートで塗布することにより、より容易に実現できる。
【0085】
また、電気光学材料や非線形材料を用いると、アクティブに前述の効果を実現できる。例えば、電気光学材料で構成されたフォトニック結晶に電圧を印可することで屈折率変化を起こし、バンドを変化させることで、群速度や軍の速度分散量を変化させることが可能である。この電力印加部分の体積はきわめて小さくすることが可能であるので低消費電力で済む素子を構成できる
【0086】
さらに、非線形材料で形成すれば、大きな群速度遅延効果から得られる非線形効果はきわめて大きくなることが期待でき、これまでであれば極めて大きな素子サイズが必要であった素子を、コンパクトな形にすることが可能となる。また、光照射などにより屈折率を変化させる方式を取る際にも、極めて小さな部分に光を照射するだけで済むため、低消費電力動作が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】フォトニック結晶配列の構成を示す模式図である。
【図2】フォトニック結晶配列の線欠陥導波路の構成を示す模式図である。
【図3】フォトニックバンドギャップを示すフォトニックバンド図である。
【図4】偶モードと奇モードの電磁界強度分布を示す模式図である。
【図5】偶モードのバンド曲線を拡大して示す変化特性図である。
【図6】偶モードのバンド曲線に対する群速度曲線の変化特性図である。
【図7】光制御素子の構成を模式的に示す平面図である。
【図8】1列の格子点群をシフトした光制御素子の構成を示す平面図である。
【図9】1列の格子点群のシフト方向を変えた光制御素子の構成を模式的に示す平面図である。
【図10】複数列の格子点群をシフトした光制御素子の構成を模式的に示す平面図である。
【図11】線欠陥導波路の中心に対して等距離にある列全体の格子点群をシフトした光制御素子の構成を模式的に示す平面図である。
【図12】線欠陥導波路の中心に対して対称の位置にある列全体の格子点群をシフトした光制御素子の構成を模式的に示す平面図である。
【図13】シミュレーションの計算モデルを示す模式図である。
【図14】媒質屈折率を3.0とした格子点をシフトしたときの導波バンド曲線の変化特性図である。
【図15】媒質屈折率を2.0とした格子点をシフトしたときの導波バンド曲線の変化特性図である。
【図16】媒質の屈折率を3.0としたときの規格化周波数に対する群速度の変化特性図である。
【図17】媒質の屈折率を2.0としたときの規格化周波数に対する群速度の変化特性図である。
【図18】異なるシフト量における規格化周波数に対する群速度の変化特性図である。
【図19】他のシミュレーションの計算モデルを示す模式図である。
【図20】媒質屈折率を3.0としてホール直径を変えたときの導波バンド曲線の変化特性図である。
【図21】媒質屈折率を2.0としてホール直径を変えたときの導波バンド曲線の変化特性図である。
【図22】媒質屈折率を3.0に対する群速度の変化特性図である。
【図23】媒質屈折率を2.0に対する群速度の変化特性図である。
【図24】フォトニック結晶スラブ構造を示す斜視図である。
【図25】第3のシミュレーションによる偶モードの導波バンドと群速度の変化特性図である。
【図26】フォトニック結晶配列のシフトした複数列のホール直径を変化した光制御素子の構成を模式的に示す平面図である。
【図27】線欠陥導波路の幅を変えた光制御素子の構成を模式的に示す平面図である。
【図28】フォトニック結晶配列の1部の列のホール形状を変えた光制御素子の構成を模式的に示す平面図である。
【図29】線欠陥導波路の屈折率を媒質の屈折率と異ならせた光制御素子の構成を模式的に示す平面図である。
【図30】光の伝搬方向に屈折率分布を有する光制御素子の構成を模式的に示す平面図である。
【図31】線欠陥導波路に分極反転領域を有する光制御素子の構成を模式的に示す平面図である。
【図32】線欠陥導波路を挟んだ電極を有する光制御素子の構成を模式的に示す平面図である。
【図33】光制御素子の製作方法を示す工程図である。
【符号の説明】
【0088】
1;フォトニック結晶配列、2;媒質、3;ホール、4;格子点、
5;線欠陥導波路、10;光制御素子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
格子点上に配置され、誘電率が規則的に変化する構造物であるフォトニック結晶配列に、欠陥を導入して形成されたフォトニック結晶欠陥光導波路を有する光制御素子において、
前記フォトニック結晶欠陥光導波路の欠陥近傍の規則性をもった格子点群の一部又は一部の群全体を、前記フォトニック結晶欠陥光導波路を伝搬する光の進行方向に対して本来ある位置からシフトさせたことを特徴とする光制御素子。
【請求項2】
請求項1記載の光制御素子において、
前記フォトニック結晶欠陥光導波路の欠陥近傍にあるフォトニック結晶配列の特定の列に対して、その列全体の格子点群を光の進行方向に対して本来ある位置からシフトさせたことを特徴とする光制御素子。
【請求項3】
請求項1又は2記載の光制御素子において、
前記格子点群のシフト量が一定であることを特徴とする光制御素子。
【請求項4】
請求項1又は2記載の光制御素子において、
前記格子点群のシフト量が周期的に変化することを特徴とするの光制御素子。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の光制御素子において、
前記フォトニック結晶欠陥光導波路の欠陥近傍にある複数列のフォトニック結晶配列の格子点群をシフトさせたことを特徴とする光制御素子。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかに記載の光制御素子において、
前記フォトニック結晶欠陥光導波路を挟んで等距離にある複数列のフォトニック結晶配列の格子点群をシフトさせたことを特徴とする光制御素子。
【請求項7】
請求項1乃至5のいずれかに記載の光制御素子において、
前記フォトニック結晶欠陥光導波路を挟んで等距離にある複数列のフォトニック結晶配列の格子点群を前記フォトニック結晶欠陥光導波路の中心に対して対称になるようにシフトさせたことを特徴とする光制御素子。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれかに記載の光制御素子において、
前記フォトニック結晶配列が円形形状の孔で形成され、前記フォトニック結晶欠陥導波路近傍の円孔の直径が他のフォトニック結晶配列の円孔の直径と異なることを特徴とする光制御素子。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれかに記載の光制御素子において、
前記フォトニック結晶欠陥導波路の欠陥部分の間隔は、フォトニック結晶配列の各列の間隔とは異なることを特徴とする光制御素子。
【請求項10】
請求項1乃至9のいずれかに記載の光制御素子において、
前記フォトニック結晶欠陥導波路近傍のフォトニック結晶配列を形成するフォトニック結晶の形状が、他のフォトニック結晶配列と異なることを特徴とする光制御素子。
【請求項11】
請求項1乃至10のいずれかに記載の光制御素子において、
前記フォトニック結晶欠陥導波路の欠陥部分の屈折率は、フォトニック結晶配列が形成されている部分の屈折率とは異なることを特徴とする光制御素子。
【請求項12】
請求項1乃至11のいずれかに記載の光制御素子において、
前記フォトニック結晶欠陥導波路の光が伝搬する欠陥部分の屈折率は、光の伝搬する方向に沿って変化することを特徴とする光制御素子。
【請求項13】
請求項1乃至12のいずれかに記載の光制御素子において、
前記フォトニック結晶欠陥導波路の光が伝搬する欠陥部分に分極反転構造を有することを特徴とする光制御素子。
【請求項14】
請求項1乃至13のいずれかに記載の光制御素子において、
前記フォトニック結晶欠陥導波路の光が伝搬する欠陥部分を挟み込むように電極を設けたことを特徴とする光制御素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【公開番号】特開2008−310065(P2008−310065A)
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−158148(P2007−158148)
【出願日】平成19年6月15日(2007.6.15)
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【出願人】(504182255)国立大学法人横浜国立大学 (429)
【Fターム(参考)】