説明

光学多層薄膜、光学素子およびその製造方法

【課題】樹脂層および最外層を備えた光学多層薄膜において、樹脂層の形成を短時間で低廉に行う。
【解決手段】光学多層薄膜4は、光学基材2の光学面2aに形成可能な1層以上の樹脂層3と、樹脂層3の外側に形成され、光学基材2より小さい屈折率を有する最外層5とを備えている。樹脂層3の材料は、活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物の硬化物である。最外層5は、多数のMgF2 粒子と、これらのMgF2 粒子間に存在する非晶質酸化珪素系バインダとを備えている。活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物に活性エネルギー線を照射することにより、光学基材2の上側に樹脂層3を形成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂層および最外層を備えた光学多層薄膜と、この光学多層薄膜を備えた光学素子と、この光学素子の製造方法とに関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、カメラレンズや顕微鏡の対物レンズなどの表面には、反射を低減するために反射防止膜がコーティングされている。この反射防止膜として単層膜を用いた場合、単色光に対してのみ有効であるため、広い波長域を有する光に対しては、反射防止膜を多層膜にする必要がある。そのため、従来、成膜は真空蒸着により行われることが多かったが、任意の屈折率を作ることが難しく、連続的に屈折率を変化させることは困難であった。
【0003】
一方で、湿式成膜法により反射防止膜を形成すること(以下、公知技術1という。)が行われている(例えば、特許文献1参照)。この湿式成膜法では、乾式成膜法に比べて任意の屈折率を得やすい反面、塗布・乾燥を1層ずつ行う必要があるため、各層の形成に時間を要する。
【特許文献1】再表2006−30848号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、公知技術1のように、最外層の屈折率が1.30以下の低屈折率膜にしたものであっても、さらに優れた反射防止特性を得るには、最外層の下に他の屈折率を有する層を1層以上設ける必要がある。一般に、熱ベークを要する下地層の場合には、基板の耐熱性が必要であり、各層の形成に時間がかかるとともに、コストが高騰する。
【0005】
本発明は、このような事情に鑑み、各層の形成を短時間で低廉に行うことが可能な光学多層薄膜、光学素子およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る第1の光学多層薄膜は、光学基材(2)の光学面(2a)に形成可能な1層以上の樹脂層(3、3A、3B)と、前記樹脂層の外側に形成され、前記光学基材より小さい屈折率を有する最外層(5)とを備えた光学多層薄膜(4)であって、前記樹脂層は、活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物の硬化物からなり、前記最外層は、多数のMgF2 粒子と、これらのMgF2 粒子間に存在する非晶質酸化珪素系バインダとを備えている光学多層薄膜としたことを特徴とする。
【0007】
本発明に係る第1の光学素子は、上記光学多層薄膜(4)が、光学基材(2)の光学面(2a)に形成されている光学素子(1)としたことを特徴とする。
【0008】
本発明に係る光学素子の製造方法は、上記光学素子(1)の製造方法であって、活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物からなる薄膜を光学基材(2)の光学面(2a)に形成し、この薄膜に活性エネルギー線を照射して当該薄膜を硬化させることにより、前記光学基材の光学面に前記樹脂層(3、3A、3B)を形成する樹脂層形成工程と、前記樹脂層の外側に前記最外層(5)を形成する最外層形成工程とが含まれる光学素子の製造方法としたことを特徴とする。
【0009】
なお、ここでは、本発明をわかりやすく説明するため、実施の形態を表す図面の符号に対応づけて説明したが、本発明が実施の形態に限定されるものでないことは言及するまでもない。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物に活性エネルギー線を照射することにより、光学基材の上側に樹脂層を形成することができるため、樹脂層の形成を短時間で低廉に行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
[発明の実施の形態1]
【0012】
図1には、本発明の実施の形態1を示す。
【0013】
この実施の形態1に係る光学素子1は、図1に示すように、円柱状の光学基材2を有しており、光学基材2の上面には平面状の光学面2aが形成されている。光学基材2の光学面2aの上側には光学多層薄膜4が積層されており、この光学多層薄膜4は、光学基材2の光学面2aの上側に形成された1層の樹脂層3と、この樹脂層3の上側に形成された最外層5とから構成されている。
【0014】
ここで、光学基材2の材料としては、S−TIH13、S−LAH66、S−LAH55(以上、オハラ)、BSC7、BAC4(以上、HOYA)、F2(Schott AG)などのガラスの他、ウレタンアクリレートとメタクリレートを主成分とする樹脂その他であって、屈折率が1.5〜2.1(好ましくは、1.6〜1.8)の材料が挙げられる。また、光学基材2の光学面2aには、樹脂層3との界面の密着性を改良すべく、シランカップリング処理が施されている。
【0015】
また、樹脂層3は、活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物が硬化したものであり、最外層5より大きい任意の屈折率(例えば、1.40〜1.65)を有するとともに、所定の膜厚(例えば、60〜100nm)を有している。ここで、活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物とは、重合性の樹脂前駆体を含む組成物であって、活性エネルギー線を照射することによって硬化反応が開始され、最終的に所望の屈折率を有する硬化物となる組成物をいう。また、活性エネルギー線とは、可視光線、紫外線、電子線、γ線その他、樹脂前駆体組成物の硬化反応を開始可能なエネルギー線をいう。
【0016】
このような活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物は、例えば、樹脂前駆体として1種類以上のアクリレート(フルオレンアクリレート、3官能以上のアクリレート、含フッ素2官能以上のアクリレート)を含有するものである。すなわち、硬化後の屈折率が樹脂層3の所望の屈折率に一致するアクリレートが実在するときには、1種類のアクリレートを単独で使用し、そのようなアクリレートが実在しないときには、互いに屈折率の異なる2種類以上のアクリレートを適宜配合することにより、所望の屈折率を有する樹脂層3を得ることができる。
【0017】
樹脂前駆体としてのフルオレンアクリレート(フルオレン骨格を有するアクリレート)の例としては、下記式(1)に示す化合物が挙げられる。


【0018】
ここで、R及びRはそれぞれ−((CHO)−又は−(CHCH(OH)CHO)−であり(ただしmは1〜3の整数、pは2〜4の整数)、R〜R10はそれぞれ、水素原子、フッ素原子、炭素数1〜6の炭化水素基、フェニル基、フッ化フェニル基、及び、炭素数1〜6の炭化水素基が置換されたフェニル基のいずれかであり、R11〜R12は水素原子又はメチル基である。
【0019】
また、樹脂前駆体としての3官能のアクリレートの例としては、トリス(アクリロキシエチル)イソシアヌレート、トリス(メタクリロキシエチル)イソシアヌレート、エピクロルヒドリン変性グリセロールトリアクリレート、エチレンオキシド変性グリセロールトリアクリレート、プロピレンオキシド変性グリセロールトリアクリレート、カプロラクトン変性トリメチロールプロパントリアクリレート、エチレンオキシド変性トリメチロールプロパントリアクリレート、プロピレンオキシド変性トリメチロールプロパントリアクリレート、ペンタエリスリトールトリアクリレート、トリメチロールプロパントリアクリレート、トリメチロールプロパントリメタクリレートが挙げられる。また、4官能以上のアクリレートの例としては、ペンタエリスリトールテトラアクリレート、ジペンタエリスリトールヒドロキシペンタアクリレート、ジトリメチロールプロパンテトラアクリレートが挙げられる。
【0020】
次に、樹脂前駆体としての含フッ素2官能アクリレートの例としては、下記式(2)に示す化合物が挙げられる。


【0021】
ここで、R及びRは、それぞれ水素原子又はメチル基であり、Xは1〜2の整数、Yは炭素数2〜12のパーフルオロアルキル基又は−(CF−O−CF−、Zは1〜4の整数である。
【0022】
具体的には、1,4−ジ(メタ)アクリロイルオキシ−2,2,3,3、−テトラフルオロブタン、1,6−ジ(メタ)アクリロイルオキシ−3,3,4,4−テトラフルオロヘキサン、1,6−ジ(メタ)アクリロイルオキシ−2,2,3,3,4,4,5,5−オクタフルオロヘキサン、1,8−ジ(メタ)アクリロイルオキシ−3,3,4,4,5,5,6,6−オクタフルオロオクタン、1,8−ジ(メタ)アクリロイルオキシ−2,2,3,3,4,4,5,5,6,6,7,7−ドデカフルオロオクタン、1,9−ジ(メタ)アクリロイルオキシ−2,2,3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8、−テトラデカフルオロノナン、1,10−ジ(メタ)アクリロイルオキシ−2,2,3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8,9,9−ヘキサデカフルオロデカン、1,12−ジ(メタ)アクリロイルオキシ−2,2,3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8,9,9,10,10,11,11−イコサフルオロドデカンを用いることができる。さらに、エチレンオキシド変性ビスフェノールFジ(メタ)アクリレート、プロピレンオキシド変性ビスフェノールFジ(メタ)アクリレートなども、含フッ素アクリレートとして用いることができる。
【0023】
含フッ素2官能アクリレートとしては、下記式(3)に示すようなポリエーテルジアクリレート、式(4)に示すような脂環式パーフルオロジアクリレートも使用可能である。





【0024】
また、含フッ素3官能以上のアクリレートの例としては、下記式(5)〜(9)に示すようなアルキレントリアクリレートやパーフルオロポリエーテルテトラアクリレート等の化合物が挙げられる。















【0025】
これらのアクリレートは、樹脂前駆体や硬化物の安定性が高く、任意の屈折率を得ることが容易なため、活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物を構成する樹脂前駆体として好ましい。
【0026】
活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物は、活性エネルギー線の照射によって上記樹脂前駆体の硬化反応を開始させるための光重合開始剤等を含有してもよい。光重合開始剤は、一般に入手可能なものを適宜選択して使用することが可能である。
【0027】
また、活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物には、通常用いられる耐候性改良剤や紫外線吸収剤、着色剤等の添加剤を必要に応じて添加しても良い。
【0028】
さらに、最外層5は、多数のMgF2 粒子と、これらのMgF2 粒子間に存在する非晶質酸化珪素系バインダとを備えたものであり、光学基材2より小さい屈折率(例えば、1.20〜1.40)を有するとともに、所定の膜厚(例えば、90〜110nm)を有している。
【0029】
なお、本発明において屈折率とは、波長587.56nm(d線)における屈折率を指す。
【0030】
以上のような構成を有する光学多層薄膜4によれば、樹脂層3が、所望の屈折率に応じて、1種類のアクリレートで、或いは2種類以上のアクリレートが適宜配合されて構成されている。したがって、少ない積層数で所望の反射防止特性を得やすい光学多層薄膜4を提供することができる。
【0031】
次に、この光学素子1を製造する方法について説明する。
【0032】
まず、材料調製工程で、樹脂層3の材料として活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物を調製するとともに、最外層5の材料としてMgF2 ゾル溶液を調製する。MgF2 ゾル溶液は、多数のMgF2 粒子と非晶質酸化珪素系バインダとを溶剤に分散ないし溶解したものである。
【0033】
次いで、光学面処理工程に移行し、異種の材料(光学基材2を構成する無機材料と、樹脂層3を構成する有機材料)間の界面の密着性改良を目的として、必要に応じて光学基材2の光学面2aにシランカップリング処理を施す。シランカップリング剤としては、光学基材2と樹脂層3の組成に応じて最適なものを適宜選択して用いることが可能であるが、例えばγ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン(信越化学工業(株)製のKBM503)のエタノール溶液に酢酸酸性水溶液を添加したものを光学面2aにスピンコートし、オーブン中で加熱処理することによってシランカップリング処理を行うことができる。
【0034】
その後、樹脂層形成工程に移行し、湿式成膜法により、光学基材2の光学面2aに樹脂層3を形成する。それには、先ほど調製した活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物を光学基材2の光学面2aに塗布して薄膜を形成し、この薄膜に活性エネルギー線を照射する。この活性エネルギー線の具体例としては、可視光線、紫外線、電子線、γ線などを挙げることができる。すると、光学基材2の光学面2a上で薄膜が硬化し、光学基材2の上側に、硬化した活性エネルギー線硬化性樹脂(ポリマー)からなる樹脂層3が形成される。このとき、光学基材2の光学面2aには、上述したとおり、必要に応じてシランカップリング処理が施されているため、樹脂層3は光学基材2の光学面に強固に固着される。
【0035】
最後に、最外層形成工程に移行し、樹脂層3の上側に最外層5を湿式成膜法によって形成する。それには、先ほど調製したMgF2 ゾル溶液を樹脂層3に塗布し、これを所定の処理条件(温度および時間)で熱処理する。すると、MgF2 ゾル溶液中の溶剤が蒸発し、樹脂層3の上側に最外層5が形成される。
【0036】
ここで、光学素子1の製造が終了し、1層の樹脂層3および最外層5からなる光学多層薄膜4が光学基材2上に積層された光学素子1が得られる。
【0037】
このように、この製造方法によれば、樹脂層形成工程において、樹脂層3を湿式成膜法によって形成するため、乾式成膜法に比べて任意の屈折率を得やすい利点がある。しかも、樹脂層3の材料である活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物に活性エネルギー線を照射することにより、光学基材2の上側に樹脂層3を形成するため、樹脂層3の形成を短時間で低廉に行うことができる。
【0038】
また、樹脂層形成工程において、光学基材2の上側に樹脂層3を形成する際に加熱しないので、たとえ光学基材2の材料が樹脂であっても、樹脂層3の形成を支障なく行うことができる。
[発明の実施の形態2]
【0039】
図2には、本発明の実施の形態2を示す。
【0040】
この実施の形態2に係る光学素子1は、図2に示すように、円柱状の光学基材2を有しており、光学基材2の上面には平面状の光学面2aが形成されている。光学基材2の光学面2aの上側には光学多層薄膜4が積層されており、この光学多層薄膜4は、光学基材2の光学面2aの上側に順に形成された2層の樹脂層3(3A、3B)と、これらの樹脂層3の上側に形成された最外層5とから構成されている。
【0041】
ここで、光学基材2の材料としては、上述した実施の形態1と同じ材料が挙げられる。また、光学基材2の光学面2aには、樹脂層3Aとの界面の密着性を改良すべく、シランカップリング処理が施されている。
【0042】
また、樹脂層3A、3Bはそれぞれ、活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物が硬化したものであり、最外層5より大きい任意の屈折率(例えば、1.40〜1.65)を有するとともに、所定の膜厚(例えば、60〜100nm)を有している。このような活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物は、例えば、1種類以上のアクリレート(フルオレンアクリレート、3官能以上のアクリレート、含フッ素2官能以上のアクリレート)を含有するものである。すなわち、樹脂層3A、3Bの所望の屈折率に一致するアクリレートが実在するときには、1種類のアクリレートを単独で使用し、樹脂層3A、3Bの所望の屈折率に一致するアクリレートが実在しないときには、互いに屈折率の異なる2種類以上のアクリレートを適宜配合することにより、所望の屈折率を有する樹脂層3A、3Bを得ることができる。
【0043】
さらに、最外層5は、多数のMgF2 粒子と、これらのMgF2 粒子間に存在する非晶質酸化珪素系バインダとを備えたものであり、光学基材2より小さい屈折率(例えば、1.20〜1.40)を有するとともに、所定の膜厚(例えば、90〜110nm)を有している。
【0044】
以上のような構成を有する光学多層薄膜4によれば、樹脂層3A、3Bが、所望の屈折率に応じて、1種類のアクリレートで、或いは2種類以上のアクリレートが適宜配合されて構成されている。したがって、少ない積層数で所望の反射防止特性を得やすい光学多層薄膜4を提供することができる。
【0045】
次に、この光学素子1を製造する方法について説明する。
【0046】
まず、材料調製工程で、樹脂層3A、3Bの材料として活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物を調製するとともに、最外層5の材料としてMgF2 ゾル溶液を調製する。MgF2 ゾル溶液は、多数のMgF2 粒子と非晶質酸化珪素系バインダとを溶剤に分散ないし溶解したものである。
【0047】
次いで、光学面処理工程に移行し、異種の材料(光学基材2を構成する無機材料と、樹脂層3Aを構成する有機材料)間の界面の密着性改良を目的として、実施の形態1と同様の手順で、必要に応じて光学基材2の光学面2aにシランカップリング処理を施す。
【0048】
その後、第1の樹脂層形成工程に移行し、湿式成膜法により、光学基材2の光学面2aに樹脂層3Aを形成する。それには、先ほど調製した活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物を光学基材2の光学面2aに塗布して薄膜を形成し、この薄膜に活性エネルギー線を照射する。この活性エネルギー線の具体例としては、上述した実施の形態1と同じものが挙げられる。すると、光学基材2の光学面2a上で薄膜が硬化し、光学基材2の上側に、硬化した活性エネルギー線硬化性樹脂(ポリマー)からなる樹脂層3Aが形成される。このとき、光学基材2の光学面2aには、上述したとおり、必要に応じてシランカップリング処理が施されているため、樹脂層3Aは光学基材2の光学面に強固に固着される。
【0049】
次に、第2の樹脂層形成工程に移行し、湿式成膜法により、樹脂層3Aの上側に樹脂層3Bを形成する。それには、先ほど調製した活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物を樹脂層3Aの上面に塗布して薄膜を形成し、この薄膜に活性エネルギー線を照射する。この活性エネルギー線の具体例としては、上述した実施の形態1と同じものが挙げられる。すると、樹脂層3A上で薄膜が硬化し、樹脂層3Aの上側に、硬化した活性エネルギー線硬化性樹脂(ポリマー)からなる樹脂層3Bが形成される。
【0050】
なお、樹脂層3Aの上面に活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物を塗布する時点では、樹脂層3Aを構成する活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物が既に硬化しているので、樹脂層3Aの上面への活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物の塗布作業を即座に実施することができる。したがって、2層の樹脂層3A、3Bを短時間で形成することが可能となる。また、樹脂層3A、3Bは、同種の材料(有機材料)であるため、シランカップリング処理に頼らなくても互いに強固に固着される。
【0051】
このようにして、第1および第2の樹脂層形成工程を経ると、光学基材2の光学面2aに2層の樹脂層3A、3Bが順に形成された状態となる。
【0052】
最後に、最外層形成工程に移行し、樹脂層3Bの上側に最外層5を湿式成膜法によって形成する。それには、先ほど調製したMgF2 ゾル溶液を樹脂層3Bに塗布し、これを所定の処理条件(温度および時間)で熱処理する。すると、MgF2 ゾル溶液中の溶剤が蒸発し、樹脂層3Bの上側に最外層5が形成される。
【0053】
ここで、光学素子1の製造が終了し、2層の樹脂層3A、3Bおよび最外層5からなる光学多層薄膜4が光学基材2上に積層された光学素子1が得られる。
【0054】
このように、この製造方法によれば、第1および第2の樹脂層形成工程において、樹脂層3A、3Bを湿式成膜法によって形成するため、乾式成膜法に比べて任意の屈折率を得やすい利点がある。しかも、樹脂層3A、3Bの材料である活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物の薄膜に活性エネルギー線を照射することにより、光学基材2の上側に樹脂層3A、3Bを順に形成するため、樹脂層3A、3Bの形成を短時間で低廉に行うことができる。
【0055】
また、第1および第2の樹脂層形成工程において、光学基材2の上側に樹脂層3A、3Bを形成する際に加熱しないので、たとえ光学基材2の材料が樹脂であっても、樹脂層3A、3Bの形成を支障なく行うことができる。
[発明の実施の形態3]
【0056】
図3には、本発明の実施の形態3を示す。
【0057】
この実施の形態3に係る光学素子1では、図3に示すように、光学基材2の光学面2aが平面状ではなく球面状に膨らんで形成されている。この光学面2aは、光学面2aの有効直径Dを曲率半径Rで除した値(D/R)が1.2以上の曲面となっている。その他の構成については、上述した実施の形態2と同様であるので、同一の部材については、同一の符号を付してその説明を省略する。
【0058】
したがって、この実施の形態3では、上述した実施の形態2と同じ作用効果を奏する。
【0059】
また、光学素子1の製造方法も、上述した実施の形態2と同じ手順による。したがって、光学基材2上に光学多層薄膜4を積層するとき(第1および第2の樹脂層形成工程、最外層形成工程)においては、光学基材2の球面状の光学面2aの上側に各層(樹脂層3A、3B、最外層5)を形成することになる。しかし、これらの層の形成は湿式成膜法によって行われるため、従来の乾式成膜法では均一な膜厚分布を得ることが困難なD/R≧1.2である光学面2aに対しても、これらの成膜作業、ひいては光学多層薄膜4の積層作業を支障なく行うことができる。
[発明のその他の実施の形態]
【0060】
なお、上述した実施の形態1〜3では、光学基材2と樹脂層3、3Aとの密着性を改善すべく、光学基材2の光学面2aにシランカップリング処理を施す場合について説明した。しかし、このシランカップリング処理に代えて、または、このシランカップリング処理に加えて、光学基材2の光学面2aに接する樹脂層3、3Aに、シランカップリング剤、ジルコニウムアルコキシドおよびチタニウムアルコキシドの群から選択される1種以上の化合物を配合してもよい。この場合、光学基材2と同種の無機材料が樹脂層3、3Aに含まれることになるので、シランカップリング処理の場合と同様に、光学基材2と樹脂層3、3Aとの密着性を改善することができる。
【実施例1】
【0061】
以下、本発明の実施例1について説明する。
【0062】
この実施例1では、以下に詳述するように、光学基材2として平面状のガラスレンズ基板(硝材:S−TIH13)を用い、最外層5の材料としてシリカバインダ入りMgF2 を用いた。また、樹脂層3は1層構造であり、その材料として、2種類のアクリレート(フルオレンアクリレート、ジペンタエスリトールペンタアクリレート)を配合して使用した。
(活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物の調製)
【0063】
1−メトキシ−2−プロパノール(和光純薬工業(株)製のPGME(プロピレングリコールモノメチルエーテル))273.4gに、フルオレンアクリレート(大阪ガスケミカル(株)製のオグソール(登録商標)EA−F5003)7.0gおよびジペンタエスリトールペンタアクリレート(シグマ・アルドリッチ社製のDPPA(ジフェニルホスホリルアジド))3.0gを添加するとともに、ジルコニウムアルコキシドの一種であるジルコニウムブトキシド(松本ファインケミカル(株)製のオルガチックス(登録商標)ZA−65)2.0gを添加し、さらに、光重合開始剤として2−ヒドロキシ−2−メチル−1−フェニルプロパン−2−オン(チバ・スペシャルティ・ケミカルズ(株)製のDAROCURE1173)0.3gを添加した後、室温で30分間にわたって攪拌して溶解した。このようにして、活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物を調製した。
(MgF2 ゾル溶液の調製)
【0064】
MgF2 濃度が1%、フッ酸/酢酸マグネシウム比が1.99のMgF2 ゾル溶液を調製し、140℃で24時間にわたって高温高圧処理した。MgF2 ゾル溶液中のMgF2 微粒子の平均粒径は20nmであった。このゾル溶液にバインダ溶液(住友大阪セメント(株)製のスミセファイン(登録商標)G−200B)を20質量%添加し、ロータリーエバポレーターを用いて濃縮した後、1−プロパノールで希釈してメタノール溶媒を置換し、シリカバインダ入りMgF2 塗布液を調製した。
(樹脂層の形成)
【0065】
上記調製した活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物を平面状のガラスレンズ基板(硝材:S−TIH13)の光学面に滴下し、6000rpmの回転速度で30秒間にわたってスピンコートを行った。塗布した基板の溶剤を除去することを目的として80℃で3分間にわたってオーブンに投入し、その後、高圧水銀紫外線ランプにて1000mJ/cm2 の照射量で紫外線を照射して硬化させることにより、樹脂層を形成した。この樹脂層の屈折率は1.59であった。
(最外層の形成)
【0066】
樹脂層上に上記調製したシリカバインダ入りMgF2 塗布液を2000rpmの回転速度でスピンコートし、50℃で10時間にわたって熱処理することにより、MgF2 −SiO2 膜(最外層)を形成した。このようにして、ガラスレンズ基板の光学面に樹脂層および最外層が順に積層された光学素子を得た。
(反射防止特性の測定)
【0067】
こうして得られた光学素子の反射防止特性を測定した。その結果を図4にグラフで示す。図4において、横軸は波長(単位:nm)を表し、縦軸は反射率(単位:%)を表す。
【0068】
図4から明らかなように、350〜800nmの波長領域全域にわたって、反射率が2.19%以下の低い値となり、特に、450〜700nmの波長領域においては、反射率が0.24以下の極めて低い値となった。
【実施例2】
【0069】
以下、本発明の実施例2について説明する。
【0070】
この実施例2では、以下に詳述するように、光学基材2として平面状のガラスレンズ基板(硝材:BSC7)を用い、最外層5の材料としてシリカバインダ入りMgF2 を用いた。また、樹脂層3は2層構造であり、その材料として、各層でそれぞれ1種類のアクリレート(1層目で含フッ素3官能アクリレート、2層目でフルオレンアクリレート)を単独で使用した。
(1層目の樹脂層の材料とする活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物の調製)
【0071】
1−プロパノール(和光純薬工業(株)製のPGME(プロピレングリコールモノメチルエーテル))84.55gに、含フッ素3官能アクリレート(共栄社化学(株)製のLINC−3A)15.0gを添加するとともに、ジルコニウムアルコキシドの一種であるジルコニウムブトキシド(松本ファインケミカル(株)製のオルガチックス(登録商標)ZA−65)1.0gを添加し、さらに、光重合開始剤として2−ヒドロキシ−2−メチル−1−フェニルプロパン−2−オン(チバ・スペシャルティ・ケミカルズ(株)製のDAROCURE1173)0.45gを添加した後、室温で30分間にわたって攪拌して溶解した。このようにして、1層目の樹脂層の材料とする活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物を調製した。
(2層目の樹脂層の材料とする活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物の調製)
【0072】
1−メトキシ−2−プロパノール(和光純薬工業(株)製のPGME(プロピレングリコールモノメチルエーテル))93.85gに、フルオレンアクリレート(大阪ガスケミカル(株)製のオグソール(登録商標)EA−F5003)5.0gを添加し、さらに、光重合開始剤として2−ヒドロキシ−2−メチル−1−フェニルプロパン−2−オン(チバ・スペシャルティ・ケミカルズ(株)製のDAROCURE1173)0.15gを添加した後、室温で30分間にわたって攪拌して溶解した。このようにして、2層目の樹脂層の材料とする活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物を調製した。
(MgF2ゾル溶液の調製)
【0073】
MgF2 濃度が1%、フッ酸/酢酸マグネシウム比が1.99のMgF2 ゾル溶液を調製し、140℃で24時間にわたって高温高圧処理した。MgF2 ゾル溶液中のMgF2 微粒子の平均粒径は20nmであった。このゾル溶液にバインダ溶液(住友大阪セメント(株)製のスミセファインG−200B)を20質量%添加し、ロータリーエバポレーターを用いて濃縮した後、1−プロパノールで希釈してメタノール溶媒を置換し、シリカバインダ入りMgF2 塗布液を調製した。
(1層目の樹脂層の形成)
【0074】
上記調製した活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物をガラスレンズ基板に滴下し、6000rpmの回転速度で30秒間にわたってスピンコートを行った。塗布した基板の溶剤を除去することを目的として80℃で3分間にわたってオーブンに投入し、その後、高圧水銀紫外線ランプにて1000mJ/cm2 の照射量で紫外線を照射して硬化させることにより、1層目の樹脂層を形成した。この樹脂層の屈折率は1.45であった。
(2層目の樹脂層の形成)
【0075】
上記調製した活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物を1層目の樹脂層上に滴下し、3000rpmの回転速度で30秒間にわたってスピンコートを行った。塗布した基板の溶剤を除去することを目的として80℃で3分間にわたってオーブンに投入し、その後、高圧水銀紫外線ランプにて1000mJ/cm2 の照射量で紫外線を照射して硬化させることにより、2層目の樹脂層を形成した。この樹脂層の屈折率は1.62であった。
(最外層の形成)
【0076】
2層目の樹脂層上に上記調製したシリカバインダ入りMgF2 塗布液を2000rpmの回転速度でスピンコートし、50℃で10時間にわたって熱処理することにより、MgF2 −SiO2 膜(最外層)を形成した。このようにして、ガラスレンズ基板の光学面に2層の樹脂層および最外層が順に積層された光学素子を得た。
(反射防止特性の測定)
【0077】
こうして得られた光学素子の反射防止特性を測定した。その結果を図5にグラフで示す。図5において、横軸は波長(単位:nm)を表し、縦軸は反射率(単位:%)を表す。
【0078】
図5から明らかなように、350〜800nmの波長領域全域において、反射率が4.46%以下の低い値となり、特に、400〜700nmの波長領域においては、反射率が0.36以下の極めて低い値となった。
【実施例3】
【0079】
以下、本発明の実施例3について説明する。
【0080】
この実施例3では、光学基材2として、平面レンズではなく球面平凸レンズ(シグマ光機(株)製の球面平凸レンズ(型番:SL−15−20P))を使用したこと以外は、上述した実施例2と同様にして、光学素子1を製造した。この球面平凸レンズは、光学面の有効直径Dが15mm、曲率半径Rが10.38mmであるため、有効直径Dを曲率半径Rで除した値は、1.45となる。
(反射防止特性の測定)
【0081】
こうして得られた光学素子について、その中心部(図3のA部分)および外周部(図3のB部分)の反射防止特性を測定した。その結果を図6にグラフで示す。図6において、横軸は波長(単位:nm)を表し、縦軸は反射率(単位:%)を表す。また、実線のグラフは、光学素子の中心部の反射防止特性を表し、一点鎖線のグラフは、光学素子の外周部の反射防止特性を表す。
【0082】
図6から明らかなように、光学素子の中心部については、350〜700nmの波長領域全域にわたって、反射率が5.57以下の低い値となり、特に、425〜700nmの波長領域においては、反射率が0.55以下の極めて低い値となった。また、光学素子の外周部については、350〜700nmの波長領域全域にわたって、反射率が5.15以下の低い値となり、特に、420〜700nmの波長領域においては、反射率が0.64以下の極めて低い値となった。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明は、カメラ、顕微鏡、双眼鏡、プロジェクターなど各種の光学機器に広く適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】本発明の実施の形態1に係る光学素子の積層構造を示す模式図である。
【図2】本発明の実施の形態2に係る光学素子の積層構造を示す模式図である。
【図3】本発明の実施の形態3に係る光学素子の積層構造を示す模式図である。
【図4】本発明の実施例1に係る光学素子の反射防止特性を示すグラフである。
【図5】本発明の実施例2に係る光学素子の反射防止特性を示すグラフである。
【図6】本発明の実施例3に係る光学素子の反射防止特性を示すグラフである。
【符号の説明】
【0085】
1……光学素子
2……光学基材
2a……光学面
3、3A、3B……樹脂層
4……光学多層薄膜
5……最外層
D……有効直径
R……曲率半径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学基材の光学面に形成可能な1層以上の樹脂層と、前記樹脂層の外側に形成され、前記光学基材より小さい屈折率を有する最外層とを備えた光学多層薄膜であって、
前記樹脂層は、活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物の硬化物からなり、
前記最外層は、多数のMgF2 粒子と、これらのMgF2 粒子間に存在する非晶質酸化珪素系バインダとを備えていることを特徴とする光学多層薄膜。
【請求項2】
前記樹脂層の少なくとも1層は、互いに屈折率の異なる2種類以上の樹脂前駆体を含む活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物の硬化物からなるものであることを特徴とする請求項1に記載の光学多層薄膜。
【請求項3】
前記樹脂層の少なくとも1層は、フルオレンアクリレートを含有する活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物の硬化物からなることを特徴とする請求項1または2に記載の光学多層薄膜。
【請求項4】
前記樹脂層の少なくとも1層は、3官能以上のアクリレートを含有する活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物の硬化物からなることを特徴とする請求項1または2に記載の光学多層薄膜。
【請求項5】
前記樹脂層の少なくとも1層は、含フッ素2官能以上のアクリレートを含有する活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物の硬化物からなることを特徴とする請求項1または2に記載の光学多層薄膜。
【請求項6】
前記最外層は、屈折率が1.20〜1.40であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の光学多層薄膜。
【請求項7】
前記樹脂層は、屈折率が1.40〜1.65であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の光学多層薄膜。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれかに記載の光学多層薄膜が、光学基材の光学面に形成されていることを特徴とする光学素子。
【請求項9】
前記光学基材の光学面には、シランカップリング処理が施されていることを特徴とする請求項8に記載の光学素子。
【請求項10】
前記樹脂層のうち前記光学基材の光学面に接する樹脂層には、シランカップリング剤、ジルコニウムアルコキシドおよびチタニウムアルコキシドの群から選択される1種以上の化合物が配合されていることを特徴とする請求項8または9に記載の光学素子。
【請求項11】
波長範囲400〜800nmにおける反射率が、2%以下であることを特徴とする請求項8乃至10のいずれかに記載の光学素子。
【請求項12】
前記光学面は、有効直径を曲率半径で除した値が1.2以上の曲面であることを特徴とする請求項8乃至11のいずれかに記載の光学素子。
【請求項13】
請求項8乃至12のいずれかに記載の光学素子の製造方法であって、
活性エネルギー線硬化性樹脂前駆体組成物からなる薄膜を光学基材の光学面に形成し、この薄膜に活性エネルギー線を照射して当該薄膜を硬化させることにより、前記光学基材の光学面に前記樹脂層を形成する樹脂層形成工程と、
前記樹脂層の外側に前記最外層を形成する最外層形成工程と
が含まれることを特徴とする光学素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−169940(P2010−169940A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−13012(P2009−13012)
【出願日】平成21年1月23日(2009.1.23)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】