説明

光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの精製方法

【課題】医農薬および光学材料の重要中間体である光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの大量規模での生産に適した脱弗方法を提供する。
【解決手段】光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを有機塩基の存在下に蒸留することにより、前記課題は解決する。この方法により、光学活性α−フルオロカルボン酸エステル中に含まれるフッ化物イオン痕の濃度を、比較的容易な操作で大幅に低減することができる。有機塩基の中でも、第三級アミンが好ましく、中でもトリn−ブチルアミンが特に好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医農薬および光学材料の重要中間体である光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明で対象とする光学活性α−フルオロカルボン酸エステルは、医農薬および光学材料の重要中間体である。本発明に関連する代表的な公知技術としては、特許文献1および特許文献2が挙げられる。これらの公知技術は、脱ヒドロキシフッ素化の反応終了液を無機塩基の水溶液に注ぎ込み、水層にフッ化物イオンを固定化して低減除去する方法である。
【0003】
また本出願人は、本出願に先立ち「光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルを有機塩基の存在下かつ反応溶媒の非存在下にスルフリルフルオリド(SO)、トリフルオロメタンスルホニルフルオリド(CFSO2F)またはノナフルオロブタンスルホニルフルオリド(CSO2F)と反応させ、目的生成物である光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを含む反応終了液に酸を加えて蒸留することにより、フッ化物イオンが低減された光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが、高い化学純度且つ光学純度で簡便に製造できること」を見出し、既に出願した[特願2007−212495号、実施例2(前半部)、実施例3(前半部)、参考例1と参考例2を参照]。
【特許文献1】特開2006−83163号公報
【特許文献2】特開2006−290870号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、医農薬および光学材料の重要中間体である光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの大量規模での生産に適した脱弗方法を提供することにある。
【0005】
特許文献1および特許文献2の脱弗方法は、目的生成物の水溶性が高い場合には脱弗後の回収率が低下するという問題があった。またフッ化物イオンを固定化するために使用する水の量が比較的多く、大量規模での脱弗においては廃水処理に負荷が掛かるという問題があった。
【0006】
特願2007−212495号の脱弗方法は、操作が簡便なため大量規模での脱弗には適しているが、脱弗効果が十分ではないという問題があった。目安として、フッ化物イオン濃度を100ppm程度に低減することはできても、10ppm未満に高度に低減することは困難であった。
【0007】
この様に、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの大量規模での生産に適した脱弗方法が強く望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルに含まれるフッ化物イオンが、有機塩基の存在下に蒸留することにより、簡便に且つ効率良く低減除去できることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は[発明1]から[発明5]を含み、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの大量規模での生産に適した脱弗方法を提供する。
【0010】
[発明1]
一般式[1]
【0011】
【化5】

【0012】
[式中、R1は炭素数1から6のアルキル基を表し、Rは炭素数1から4のアルキル基を表し、*は不斉炭素を表す]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルに含まれるフッ化物イオンを低減除去する精製方法であって、有機塩基の存在下に蒸留することを特徴とする、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの精製方法。
【0013】
[発明2]
発明1において、前記精製に付される、一般式[1]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが、一般式[7]
【0014】
【化6】

【0015】
[式中、R1は炭素数1から6のアルキル基を表し、Rは炭素数1から4のアルキル基を表し、*は不斉炭素を表す]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルを、スルフリルフルオリド(SO)、トリフルオロメタンスルホニルフルオリド(CFSO2F)またはノナフルオロブタンスルホニルフルオリド(CSO2F)と反応させることにより、製造されるもの(不斉炭素の立体化学は反転する)であることを特徴とする、発明1に記載の光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの精製方法。
【0016】
[発明3]
発明2において、前記反応を、有機塩基の存在下かつ反応溶媒の非存在下に行う、発明2に記載の光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの精製方法。
【0017】
[発明4]
発明1乃至発明3において、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが、一般式[2]
【0018】
【化7】

【0019】
[式中、Rはメチル基またはエチル基を表し、*は不斉炭素を表す]で示される光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルであり、前記蒸留時に存在させる有機塩基が、第三級アミンであることを特徴とする、発明1乃至発明3の何れかに記載の、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの精製方法。
【0020】
[発明5]
発明4において、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが、式[3]
【0021】
【化8】

【0022】
で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルであり、第三級アミンがトリn−ブチルアミンであることを特徴とする、発明4に記載の光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの精製方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明の特徴および公知技術ならびに、未公開の特願2007−212495号記載の技術との比較について、以下に纏める。
1)本発明の脱弗効果は極めて高く、フッ化物イオン濃度を10ppm未満に高度に低減することができ、特願2007−13020号に比べて有利な点である。また本発明の脱弗効果は、代表的な無機脱弗剤に比べて格段に優れていることも明らかにした[実施例1と、参考例2(反応終了液に酸を加えて蒸留を行う)、比較例2(フッ化ナトリウム)、比較例3(塩化カルシウム・二水和物)の比較]。
2)本発明の脱弗方法は、水溶性の高い化合物に対しても収率良く回収することができ、特許文献1および特許文献2に比べて有利な点である。式[3]で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルは水溶性の比較的高い化合物であるが、本発明の脱弗方法を適用すると収率良く回収することができる。該化合物は農薬の重要中間体として有用性が顕著であるため、本発明の対象化合物として好適である。
3)本発明の脱弗方法は、廃水処理の負荷が殆ど掛からないため大量規模での脱弗に適しており、特許文献1および特許文献2に比べて有利な点である。
4)本発明の脱弗方法は、蒸留操作において加熱条件下で有機塩基に曝すことになるが、有機塩基が有する塩基性や求核性に起因する、α位のラセミ化やフッ素原子の置換等の副反応は全く認められず、高い光学純度と化学純度を保持した状態で脱弗を行うことができる。
5)本発明で使用する有機塩基は、回収再利用においても無機脱弗剤に比べて有利である。無機脱弗剤の回収再利用は一般に困難であり、使用後は廃棄する場合が多い。一方、有機塩基の回収再利用は後述の通り容易に行うことができる。
【0024】
この様に、本発明により、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの脱弗を大量規模で行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明の光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの精製方法について詳細に説明する。
【0026】
先ず、本発明において「脱弗」とは、「有機化合物に含まれるフッ化物イオンを低減除去する」ことを指す。また本発明の光学活性α−フルオロカルボン酸エステルに含まれるフッ化物イオンの存在形態としては、特に制限はないが、通常は「フッ化水素」、「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」、「無機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」または「光学活性α−フルオロカルボン酸エステルとフッ化水素からなる錯体」として存在する。
【0027】
一般式[1]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルのRとしては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、アミル基、ヘキシル基が挙げられ、炭素数が3以上のアルキル基は直鎖または分枝を採ることができる。
【0028】
一般式[1]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルのRとしては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基が挙げられ、炭素数が3以上のアルキル基は直鎖または分枝を採ることができる。またRとRのアルキル基同士が共有結合してラクトン環を形成することもできる。
【0029】
一般式[1]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの不斉炭素の立体化学としては、R配置またはS配置を採ることができ、エナンチオマー過剰率(%ee)としては、特に制限はないが、90%ee以上のものを用いればよく、通常は95%ee以上が好ましく、特に97%ee以上がより好ましい。
【0030】
一般式[1]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの製造方法としては、特に制限はないが、特許文献1、特許文献2、特願2007−212495号、国際公開2006/037887号パンフレットおよび特開2006−169251号公報を参考にして製造することができる(未公開の特願2007−212495号の製造方法については詳細に後述する)。本発明の精製方法は、その製造方法に依らず、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの脱沸に広く採用することができる。その中でも、得られた該エステルの含有量が比較的高いものに対して顕著な脱沸効果を示し、具体的には、重量パーセントで70%以上のものを用いればよく、通常は80%以上が好ましく、特に90%以上がより好ましい。
【0031】
有機塩基としては、特に制限はないが、代表的なものとしては、一般式[4]
【0032】
【化9】

【0033】
[式中、R、RおよびRはそれぞれ独立に水素原子または炭素数1から12のアルキル基を表す(但し、R、RおよびRが同時に水素原子を採ることはない)。炭素数が3以上のアルキル基は直鎖または分枝を採ることができ、またアルキル基同士が共有結合して含窒素複素環を形成することもできる]で示されるアミン、および、一般式[5]
【0034】
【化10】

【0035】
[式中、R1、R、R、RおよびRはそれぞれ独立に水素原子または炭素数1から6のアルキル基を表す。炭素数が3以上のアルキル基は直鎖または分枝を採ることができる]で示されるピリジン類が挙げられる。その中でも前者のアミンの方が好ましく、該アミンの中でも、第三級アミンが第一級アミンおよび第二級アミンに比べてより好ましく、加熱条件下の蒸留操作においても、一般式[6]
【0036】
【化11】

【0037】
[式中、Rは炭素数1から6のアルキル基を表し、RおよびRはそれぞれ独立に水素原子または炭素数1から12のアルキル基を表す(但し、RおよびRが同時に水素原子を採ることはない)。炭素数が3以上のアルキル基は直鎖または分枝を採ることができ、またRおよびRのアルキル基同士が共有結合して含窒素複素環を形成することもできる。*は不斉炭素を表す]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸アミドを副生することがない。斯かる第三級アミンとしては、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−プロピルアミン、トリn−ブチルアミン、トリn−ペンチルアミン、トリn−ヘキシルアミン等が挙げられる。また、蒸留操作においては、対象化合物である光学活性α−フルオロカルボン酸エステルとの沸点差が、大気圧で30℃以上あるものを用いればよく、通常は40℃以上が好ましく、特に50℃以上がより好ましく、さらに、「フッ化水素との塩または錯体」が適度な流動性を有し、回収再利用が容易に行える第三級アミンを選定することが重要である。本発明の好適な対象化合物である(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルの脱沸においては、第三級アミンの中でも、トリn−ブチルアミンが極めて好ましい。
【0038】
有機塩基の使用量としては、特に制限はないが、一般式[1]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルに含まれるフッ化物イオン1モルに対して0.7〜100モルを用いればよく、通常は0.8〜75モルが好ましく、特に0.9〜50モルがより好ましい。一般式[1]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの製造方法によっては、既に所定量以上の有機塩基を含んでいる場合もあり、この様な場合には、新たに有機塩基を加えることなく蒸留精製を行うことができる。
【0039】
本発明の精製方法においては、脱沸操作に使用した有機塩基を回収再利用することができる。蒸留を好適な操作条件下で行うと、使用後の有機塩基は「フッ化水素との塩または錯体(フッ化水素との混合物)」の形で、釜残(蒸留残渣)から回収することができる。該釜残を水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム等から調製したアルカリ性水溶液で中和し、遊離した有機塩基を分液し、必要に応じて水洗または脱水操作を行い、蒸留することにより、有機塩基を高い化学純度で収率良く回収することができる。回収した有機塩基は、脱弗効果が低下することなく再利用できる。この様な方法で回収再利用を行う場合には、脂溶性が高く、脱水し易い有機塩基が好適である。当然、回収再利用の方法は、上記の手法に限定されるものではない。
【0040】
蒸留の操作条件としては、対象化合物である一般式[1]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの沸点を考慮して、当業者によって、圧力およびバス温度(釜温度)を適宜設定することができるが、減圧蒸留が、蒸留温度を適度に低減できるために、好ましい。減圧蒸留を行う場合の減圧度(蒸留時の系内の絶対圧をいう。以下同じ。)としては、特に制限はないが、大気圧未満の範囲で行えばよく、通常は70kPa以下が好ましく、特に50kPa以下がより好ましい。但し、0.1kPaを下回ると、脱弗の効率が下がり、または有機塩基との分離効率が下がり、かえって操作上、不都合になることがあるので、好ましくない。したがって、例えば0.5kPa〜50kPaの範囲で蒸留を行うことは、好ましい態様である。
【0041】
また蒸留における塔頂温度は、上記減圧度に依存するが、バス温度としては、当然この塔頂温度よりも高い温度を設定する。バス温度も減圧度に依存することとなるが、この温度としては、200℃以下の範囲であり、通常は175℃以下が好ましく、特に150℃以下がより好ましい。バス温度に下限値はないが、20℃以上、さらに好ましくは30℃以上のバス温度で蒸留を行うと、蒸留が安定しやすいので、有利である。したがって、バス温度20〜175℃は好ましい温度として挙げられ、30〜150℃は一層好ましい温度である。
【0042】
必要に応じて、本発明の脱弗操作を繰り返すことにより、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルに含まれるフッ化物イオンをさらに高度に低減除去することができる。
【0043】
本発明の精製方法においては、対象化合物の有用性、有機塩基の入手容易性、顕著な脱弗効果、蒸留の操作性、蒸留での有機塩基と対象化合物の分離性、副反応が起こらないこと、および有機塩基の回収再利用の容易性等から判断すると、「一般式[2]で示される光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルと第三級アミンの組み合わせによる蒸留」が好ましい態様であり、特に「式[3]で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルとトリn−ブチルアミンの組み合わせによる蒸留」がより好ましい態様である。
[光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの製造方法]
本発明において、前記精製に付される、一般式[1]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの製造方法(合成方法)としては、一般式[7]
【0044】
【化12】

【0045】
[式中、R1は炭素数1から6のアルキル基を表し、Rは炭素数1から4のアルキル基を表し、*は不斉炭素を表す]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルを、スルフリルフルオリド(SO)、トリフルオロメタンスルホニルフルオリド(CFSO2F)またはノナフルオロブタンスルホニルフルオリド(CSO2F)と反応させる方法(不斉炭素の立体化学は反転する)が挙げられる。
【0046】
また、大量規模での製造に適した方法としては、前述の中でも、特願2007−212495号記載の方法が挙げられ、次の二つの特徴を有しており、高い生産性で且つ少ない廃棄物で製造できるため、工業的な方法として非常に有用である。
1)反応溶媒を一切用いないニートの状態で目的とする反応が良好に進行し、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが極めて高い光学純度(好適な場合には99%ee以上)で収率良く得られること[実施例2(前半部)、実施例3(前半部)、参考例1および参考例2]。
2)さらに反応終了液を直接、蒸留精製することにより、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが極めて簡便に回収でき、またこの時に酸を加えて蒸留精製することにより、回収される光学活性α−フルオロカルボン酸エステル中の有機塩基含量とフッ化物イオン濃度が効果的に低減できること[参考例2と、実施例2(前半部)、実施例3(前半部)および参考例1の比較]。
【0047】
よって、「光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを特願2007−212495号の好適な方法で製造し、本発明の好適な脱弗方法で精製する組み合わせ(例えば、実施例2および実施例3)」は極めて好ましい態様である。
【0048】
特願2007−212495号の製造方法は未公開のため、以下に説明する。
【0049】
該製造方法は、下記の[製法1]から[製法7]を含み、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの工業的な製造方法を提供する。
【0050】
[製法1]
一般式[7]
【0051】
【化13】

【0052】
[式中、R1は炭素数1から6のアルキル基を表し、Rは炭素数1から4のアルキル基を表し、*は不斉炭素を表す]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルを、スルフリルフルオリド(SO)、トリフルオロメタンスルホニルフルオリド(CFSO2F)またはノナフルオロブタンスルホニルフルオリド(CSO2F)と反応させることにより、一般式[1]
【0053】
【化14】

【0054】
[式中、R1、Rおよび*は上記と同じものを表し、不斉炭素の立体化学は反転する]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを製造する方法であって、該反応を、有機塩基の存在下かつ反応溶媒の非存在下に行う、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを製造する方法。
【0055】
[製法2]
製法1に記載の反応によって得られた、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを含む反応終了液に、酸を加えて蒸留精製することを特徴とする、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを製造する方法。
【0056】
[製法3]
酸が有機酸であることを特徴とする、製法2に記載の光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを製造する方法。
【0057】
[製法4]
一般式[8]
【0058】
【化15】

【0059】
[式中、Rはメチル基またはエチル基を表し、*は不斉炭素を表す]で示される光学活性乳酸エステルを、スルフリルフルオリド(SO)またはトリフルオロメタンスルホニルフルオリド(CFSO2F)と反応させることにより、一般式[2]
【0060】
【化16】

【0061】
[式中、Rおよび*は上記と同じものを表し、不斉炭素の立体化学は反転する]で示される光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルを製造する方法であって、該反応を、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−プロピルアミン、トリn−ブチルアミン、トリn−ペンチルアミン、トリn−ヘキシルアミン、ピリジン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,6−ルチジン、3,4−ルチジン、3,5−ルチジン、2,4,6−コリジンまたは3,5,6−コリジンの存在下かつ反応溶媒の非存在下に行う、光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルを製造する方法。
【0062】
[製法5]
製法4に記載の反応によって得られた、光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルを含む反応終了液に、有機酸を加えて減圧蒸留精製することを特徴とする、光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルを製造する方法。
【0063】
[製法6]
式[9]
【0064】
【化17】

【0065】
で示される(S)−乳酸メチルを、スルフリルフルオリド(SO)と反応させることにより、式[3]
【0066】
【化18】

【0067】
で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルを製造する方法であって、該反応を、トリエチルアミンまたはトリn−ブチルアミンの存在下かつ反応溶媒の非存在下に行う、(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルを製造する方法。
【0068】
[製法7]
製法6に記載の反応によって得られた、(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルを含む反応終了液に、安息香酸を加えて減圧蒸留精製することを特徴とする、(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルを製造する方法。
【0069】
上記の[製法1]から[製法7]を実施するための最良の形態を詳細に示す。
【0070】
まず、一般式[7]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルを、有機塩基の存在下かつ反応溶媒の非存在下に、スルフリルフルオリド、トリフルオロメタンスルホニルフルオリドまたはノナフルオロブタンスルホニルフルオリドと反応させることにより、一般式[1]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを製造する「反応工程」について、説明する。
【0071】
該反応工程では、目的とする光学活性α−フルオロカルボン酸エステルとは逆の立体化学を有する、光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルを出発原料とし、ヒドロキシル基を脱離基に誘導(立体保持)し、フッ素アニオンと二分子求核置換反応(立体反転)を行う。
【0072】
該反応の出発原料および目的生成物の不斉炭素の立体化学としては、ヒドロキシル基を脱離基に誘導する工程は立体保持で進行し、フッ素アニオンで二分子求核置換反応する工程は立体反転で進行する。よって一般式[7]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルのα位R体からは一般式[1]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルのα位S体が得られ、同様にα位S体からはα位R体が得られる。
【0073】
一般式[7]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルのRとしては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、アミル基、ヘキシル基が挙げられ、炭素数3以上のアルキル基は直鎖または分枝を採ることができる。好適な例においては反応終了液を直接、蒸留することにより一般式[1]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが回収できるが、この時に沸点が低い方がより回収し易いため、その中でもメチル基、エチル基およびプロピル基が好ましく、特にメチル基およびエチル基がより好ましい。
【0074】
一般式[7]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルのRとしては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基が挙げられ、炭素数3以上のアルキル基は直鎖または分枝を採ることができる。上記と同様に沸点が低い方がより回収し易いため、その中でもメチル基およびエチル基が好ましく、特にメチル基がより好ましい。さらにRとRのアルキル基同士が共有結合でラクトン環を形成することもできる。
【0075】
一般式[7]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルの不斉炭素の立体化学としては、R配置またはS配置を採ることができ、エナンチオマー過剰率(%ee)としては、特に制限はないが、90%ee以上のものを用いればよく、通常は95%ee以上が好ましく、特に97%ee以上がより好ましい。
【0076】
一般式[7]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルは、Synthetic Communications(米国),1991年,第21巻,第21号,p.2165−2170を参考にして、市販されている種々の光学活性α−アミノ酸から同様に製造することができる。また実施例および参考例で用いた(S)−乳酸メチルは市販品を利用した。
【0077】
ヒドロキシル基を脱離基に誘導する反応剤としては、スルフリルフルオリド、トリフルオロメタンスルホニルフルオリドまたはノナフルオロブタンスルホニルフルオリドが挙げられる。その中でもフッ素の原子経済性、工業的な入手、後処理操作および廃棄物処理を考慮すると、スルフリルフルオリドおよびトリフルオロメタンスルホニルフルオリドが好ましく、特にスルフリルフルオリドがより好ましい。
【0078】
スルフリルフルオリド、トリフルオロメタンスルホニルフルオリドまたはノナフルオロブタンスルホニルフルオリドの使用量としては、特に制限はないが、一般式[7]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステル1モルに対して0.7〜7モルを用いればよく、通常は0.8〜5モルが好ましく、特に0.9〜3モルがより好ましい。
【0079】
有機塩基としては、特に制限はないが、代表的なものとしては、第三級アミンおよびピリジン類が挙げられる。斯かる有機塩基としては、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−プロピルアミン、トリn−ブチルアミン、トリn−ペンチルアミン、トリn−ヘキシルアミン、ピリジン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,5−ルチジン、2,6−ルチジン、3,4−ルチジン、3,5−ルチジン、2,3,4−コリジン、2,4,5−コリジン、2,5,6−コリジン、2,4,6−コリジン、3,4,5−コリジン、3,5,6−コリジン等が挙げられる。その中でもトリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−プロピルアミン、トリn−ブチルアミン、トリn−ペンチルアミン、トリn−ヘキシルアミン、ピリジン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,6−ルチジン、3,4−ルチジン、3,5−ルチジン、2,4,6−コリジンおよび3,5,6−コリジンが好ましい。本製法は反応溶媒の非存在下に反応させるため、反応系内で副生する、有機塩基とフッ化水素の塩または錯体、または有機塩基とRfSOH[式中、Rfはフッ素原子、トリフルオロメチル基またはノナフルオロブチル基を表す]の塩または錯体が適度な流動性を有して良好に攪拌できることが重要であり、斯かる有機塩基としては、特にトリエチルアミンおよびトリn−ブチルアミンがより好ましい[(S)−乳酸メチル(1.0eq)、スルフリルフルオリド(1.2eq)と有機塩基(1.2eq)を用いて実施例または参考例と同様に反応を行い、得られた反応終了液の室温における流動性を調査したところ、有機塩基にトリエチルアミンまたはトリn−ブチルアミンを用いた場合の方が、ジイソプロピルエチルアミンまたはトリn−プロピルアミンを用いた場合に比べて流動性が良好であった。表−1を参照]。また、蒸留操作においては、目的化合物である光学活性α−フルオロカルボン酸エステルとの沸点差が、大気圧で30℃以上あるものを用いればよく、通常は40℃以上が好ましく、特に50℃以上がより好ましく、さらに、回収再利用が容易に行える有機塩基を選定することが重要である。これらの観点を考慮すると、本製法の好適な目的化合物である(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルの製造においては、トリn−ブチルアミンが極めて好ましい。
【0080】
【表1】

【0081】
有機塩基の使用量としては、特に制限はないが、一般式[7]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステル1モルに対して0.7〜7モルを用いればよく、通常は0.8〜5モルが好ましく、特に0.9〜3モルがより好ましい。
【0082】
本製法の重要な態様である“反応溶媒の非存在下に反応させる”とは、上述の反応試薬以外に、反応溶媒(有機溶媒、水等の液体)を系内に、実質的に存在させずに、反応を行うことをいう。具体的には一般式[7]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステル1モルに対して0.1L(リットル)未満の状態を指し、通常は0.07L未満が好ましく、特に0.05L未満がより好ましい。系内に反応溶媒を意図的に添加することなく反応を行う態様が「反応溶媒の非存在下に反応させる」典型であり、極めて好ましい。“反応溶媒の非存在下に反応させる”ことにより、一般式[1]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが高い生産性で且つ少ない廃棄物で製造できる。
【0083】
反応温度としては、本製法は反応溶媒の非存在下に反応させるため、反応系内で副生する、有機塩基とフッ化水素の塩または錯体、または有機塩基とRfSOH[式中、Rfはフッ素原子、トリフルオロメチル基またはノナフルオロブチル基を表す]の塩または錯体が適度な流動性を有して良好に攪拌できることが重要であり、斯かる反応温度としては、通常は−20〜+70℃が好ましく、特に−10〜+50℃がより好ましい。またスルフリルフルオリド、トリフルオロメタンスルホニルフルオリドまたはノナフルオロブタンスルホニルフルオリドの沸点以上の反応温度で反応を行う場合には耐圧反応容器を使用することができる。
【0084】
反応圧力としては、特に制限はないが、大気圧(0.1MPa)〜2MPaの範囲で行えばよく、通常は大気圧〜1.5MPaが好ましく、特に大気圧〜1MPaがより好ましい。よってステンレス鋼(SUS)またはガラス(グラスライニング)の様な材質でできた耐圧反応容器を用いて反応を行うことが好ましい。
【0085】
反応時間としては、特に制限はないが、24時間以内の範囲で行えばよく、出発原料、有機塩基、ヒドロキシル基を脱離基に誘導する反応剤および反応条件等により異なるため、ガスクロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、核磁気共鳴(NMR)等の分析手段により、反応の進行状況をモニターし、出発原料が殆ど消失した時点を終点とすることが好ましい。
【0086】
上記の「反応工程」で得られた光学活性α−フルオロカルボン酸エステルは、その後、「後処理工程」に付すことによって、単離することができる。この後処理手段としては、特に制限はない。しかし本製法においては、反応溶媒が用いられていないことから、反応終了液を直接(特段の後処理操作を行うことなく、そのまま)蒸留することができ、それが特に好適である。前記の様に本製法の反応においては、反応溶媒の存在しない条件下であるにも拘らず、分離の難しい不純物がほとんど生成しない。したがって、反応終了液をそのまま蒸留工程に付しても、高い純度で、なおかつ高い光学純度で、目的とする一般式[1]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが回収できる。以下、この蒸留工程について、説明する。
【0087】
蒸留の条件としては、その沸点を考慮して、当業者によって、圧力およびバス温度(釜温度)を適宜設定することができるが、減圧蒸留が、蒸留温度を適度に低減できるために、好ましい。減圧蒸留を行う場合の減圧度(蒸留時の系内の絶対圧をいう。以下同じ。)としては、特に制限はないが、大気圧未満の範囲で行えばよく、通常は50kPa以下が好ましく、特に25kPa以下がより好ましい。但し、0.1kPaを下回ると、蒸留の分離効率が下がり、かえって操作上、不都合になることがあるので、好ましくない。したがって、例えば0.3kPa〜25kPaの範囲で蒸留を行うことは、好ましい態様である。
【0088】
また蒸留における塔頂温度は、上記減圧度に依存するが、バス温度としては、当然この塔頂温度よりも高い温度を設定する。バス温度も減圧度に依存することとなるが、この温度としては、200℃以下の範囲であり、通常は175℃以下が好ましく、特に150℃以下がより好ましい。バス温度に下限値はないが、20℃以上、さらに好ましくは40℃以上のバス温度で蒸留を行うと、蒸留が安定しやすいので、有利である。したがって、バス温度20〜175℃は好ましい温度として挙げられ、40〜150℃は一層好ましい温度である。
【0089】
必要に応じて、回収した留出物を分別蒸留することにより、目的生成物をより高い純度で得ることができる。
【0090】
本製法においては、反応に使用した有機塩基を回収再利用することができる。反応と蒸留を好適な操作条件下で行うと、使用後の有機塩基は「RfSOH[式中、Rfはフッ素原子、トリフルオロメチル基またはノナフルオロブチル基を表す]との塩または錯体(RfSOHとの混合物)」または「フッ化水素との塩または錯体(フッ化水素との混合物)」の形で、釜残(蒸留残渣)から回収することができる(大部分は前者の形)。該釜残を水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム等から調製したアルカリ性水溶液で中和し、遊離した有機塩基を分液し、必要に応じて水洗または脱水操作を行い、蒸留することにより、有機塩基を高い化学純度で収率良く回収することができる。回収した有機塩基は、反応性が低下することなく再利用できる。この様な方法で回収再利用を行う場合には、脂溶性が高く、脱水し易い有機塩基が好適である。当然、回収再利用の方法は、上記の手法に限定されるものではない。
【0091】
上記蒸留工程は“反応終了液に酸を加えて行う”ことにより、一層好ましく実施できる。すなわち、「反応終了液」に対して、酸(好ましくは有機酸、より好ましくは安息香酸)を添加し、その液を蒸留工程に付すことによって、反応に用いられた有機塩基や、残存するフッ化物イオンが効果的に除去され(フッ化物イオン濃度は100ppm程度に低減できる。参考例2を参照)、一般式[1]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルがより高い純度、高い生産性で且つより少ない廃棄物で製造できる。
【0092】
本製法において、一般式[8]で示される光学活性乳酸エステルを、スルフリルフルオリド(SO)またはトリフルオロメタンスルホニルフルオリド(CFSO2F)と、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−プロピルアミン、トリn−ブチルアミン、トリn−ペンチルアミン、トリn−ヘキシルアミン、ピリジン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,6−ルチジン、3,4−ルチジン、3,5−ルチジン、2,4,6−コリジンおよび3,5,6−コリジンから選ばれる有機塩基の存在下かつ反応溶媒の非存在下に反応させ、一般式[2]で示される光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルを得る方法は、生成物の有用性が顕著であることや、本製法の効果が顕著であることから、特に好ましい態様である。
【0093】
また、式[9]で示される(S)−乳酸メチルを、スルフリルフルオリド(SO)と、トリエチルアミンおよびトリn−ブチルアミンから選ばれる有機塩基の存在下かつ反応溶媒の非存在下に反応させ、式[3]で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルを得る方法は、生成物の有用性が顕著であること、原料化合物の入手が特に容易であることや、本製法の効果が顕著であること等から、極めて好ましい態様である。
【0094】
上記の「後処理工程」において、“反応終了液に酸を加えて行う蒸留”は、本願発明を実施する上では敢えて実施する必要はない。すなわち、上記の「反応工程」に引き続き、反応終了液に酸を加えることなく蒸留回収した、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルに対して、有機塩基を加えて蒸留することにより、本発明の目的を十分に達成することができる。但し、上記の“反応終了液に酸を加えて行う蒸留”を行なうことを妨げるものではない。
【実施例】
【0095】
実施例により本発明の実施の形態を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0096】
「フッ化物イオン濃度」は、「対象化合物の容量」に対する「フッ化物イオンの重量」としてppmで表示し、例えば、対象化合物1L(リットル)にフッ化物イオンが1mg含まれているものを1ppmとする。「フッ化物イオン含有量」の算出に用いた(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルの比重は、20℃での実測値である1.07を採用した。
【0097】
また、脱弗効果を正確に見極める目的で、前述の方法で製造した(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルに所定量のフッ化水素を加え、所望のフッ化物イオン濃度に調整することもできる。
【0098】
[実施例1]
ステンレス鋼(SUS)製蒸留装置(理論段数15段)に、下記式
【0099】
【化19】

【0100】
で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチル92.6kg[フッ化物イオン濃度679ppm(フッ化物イオン含有量3.1mol)、化学純度99.7%、光学純度98.5%ee、水分541ppm]とトリn−ブチルアミン2.3kg(12.4mol、フッ化物イオン含有量に対して4.0eq)を加え、分別蒸留(塔頂温度45〜51℃、減圧度10.7〜17.3kPa)することにより、主留81.3kg(フッ化物イオンを全く検出せず、化学純度100.0%、光学純度98.5%ee、水分318ppm)を回収した(回収率87.8%)。
【0101】
[比較例1]
ステンレス鋼(SUS)製蒸留装置(理論段数15段)に、下記式
【0102】
【化20】

【0103】
で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチル91.0kg(フッ化物イオン濃度725ppm、化学純度99.8%、光学純度98.5%ee、水分1,427ppm)を加え、分別蒸留(塔頂温度50〜53℃、減圧度13.3〜18.3kPa)することにより、主留86.1kg(フッ化物イオン濃度は全く減少せず、化学純度99.6%、光学純度98.6%ee、水分1,322ppm)を回収した(回収率94.6%)。
【0104】
[比較例2、比較例3]
ポリエチレン製反応容器に、下記式
【0105】
【化21】

【0106】
で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチル100g(フッ化物イオン濃度725ppm、化学純度99.8%、光学純度98.5%ee、水分1,427ppm)と無機脱弗剤(フッ化ナトリウムまたは塩化カルシウム・二水和物)10gを加え、室温で15分間攪拌し、無機脱弗剤を濾過し、フッ化物イオン濃度を測定した。結果を表−2に纏めた。化学純度および光学純度は低下せず。
【0107】
【表2】

【0108】
また、無機脱弗剤にアルミナまたはシリカゲルを用いて同様の脱弗操作を実施したが、脱弗効果は実施例1に比べて劣っており、フッ化物イオン濃度を10ppm未満に低減除去することはできなかった。
【0109】
実施例1および比較例1から比較例3で得られた知見を以下に纏める。
1)有機塩基の非存在下での蒸留は、脱弗効果が全く認められない(実施例1と比較例1の比較)。
2)代表的な無機脱弗剤は、有機塩基の存在下での蒸留に比べて脱沸効果が低い(実施例1と、比較例2、比較例3の比較)。
【0110】
[実施例2]
ステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に、下記式
【0111】
【化22】

【0112】
で示される(S)−乳酸メチル106.8kg(1.026kmol、1.00eq、光学純度99.0%ee)とトリn−ブチルアミン190.1kg(1.026kmol、1.00eq)を加え、−10℃の循環式冷媒で冷却してスルフリルフルオリド(SO)105.1kg(1.030kmol、1.00eq)をボンベより吹き込んだ。内温を室温まで徐々に昇温して同温度で4時間攪拌した。反応の変換率をH−NMRにより測定したところ95%であった。
【0113】
次いで、反応終了液を、そのまま減圧蒸留(減圧度;1.0kPa、バス温度;75℃)に付したところ、下記式
【0114】
【化23】

【0115】
で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルの留出物95.4kgを得た。回収率は84%であった。留出物の化学純度(ガスクロマトグラフィーにより算出)、光学純度(キラルガスクロマトグラフィーにより算出)、トリn−ブチルアミン含量(ガスクロマトグラフィーにより算出)、フッ化物イオン濃度および水分は、それぞれ96.5%、97.4%ee、1.5%、543ppm、317ppmであった。
【0116】
(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルのH−および19F−NMRスペクトルは参考例1と同じであった。
【0117】
釜残(蒸留残渣)に水560kgを加え、0℃の循環式冷媒で冷却して48%水酸化ナトリウム水溶液をpHが12になるまで加え、遊離した有機層を二相分離し、回収有機層を水105kgで洗浄した。次いで、ガラス製蒸留装置(理論段数15段)を用いて分別蒸留(塔頂温度79〜82℃、減圧度14〜16hPa)することにより、主留156kg(化学純度99.9%以上、水分0.1%未満)を回収した(回収率82%)。回収したトリn−ブチルアミンは、反応性が低下することなく再利用できた。
【0118】
ステンレス鋼(SUS)製蒸留装置(理論段数15段)に、上記で得られた(R)−2−フルオロプロピオン酸メチル95.4kg(フッ化物イオン含有量2.5mol)とトリn−ブチルアミン2.5kg[13.5mol、フッ化物イオン含有量に対して5.4eq{(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルに含まれていたトリn−ブチルアミンは考慮していない}]を加え、分別蒸留(塔頂温度47〜52℃、減圧度11.2〜11.7kPa)することにより、主留85.1kg(フッ化物イオンを全く検出せず、化学純度99.9%、光学純度97.4%ee、水分379ppm)を回収した(回収率89.2%)。
【0119】
[実施例3]
ステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に、下記式
【0120】
【化24】

【0121】
で示される(S)−乳酸メチル129.0kg(1.239kmol、1.00eq、光学純度99.0%ee)とトリn−ブチルアミン275.8kg(1.488kmol、1.20eq)を加え、−10℃の循環式冷媒で冷却してスルフリルフルオリド(SO)130.4kg(1.278kmol、1.03eq)をボンベより吹き込んだ。内温を室温まで徐々に昇温して同温度で4時間攪拌した。反応の変換率および選択率をH−NMRにより測定したところ、それぞれ99.9%、94.2%であった。
【0122】
次いで、反応終了液を、そのまま減圧蒸留(減圧度;0.4〜1.5kPa、内温;75〜85℃)に付したところ、下記式
【0123】
【化25】

【0124】
で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルの留出物145.1kgを得た。回収率は94.1%(全量抜き出し;変換率×選択率×1/100)であった。留出物の化学純度(ガスクロマトグラフィーにより算出)、光学純度(キラルガスクロマトグラフィーにより算出)、トリn−ブチルアミン含量(ガスクロマトグラフィーにより算出)およびフッ化物イオン濃度は、それぞれ87.4%、97.1%ee、12.6%、28.5ppmであった。
【0125】
(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルのH−および19F−NMRスペクトルは参考例1と同じであった。
【0126】
ステンレス鋼(SUS)製蒸留装置(理論段数15段)に、上記で得られた(R)−2−フルオロプロピオン酸メチル145.1kg(トリn−ブチルアミンを21.3kg含む)を加え(新たにトリn−ブチルアミンを加えることなく)、分別蒸留(塔頂温度49〜52℃、減圧度10.5〜12.0kPa)することにより、主留113.9kg(フッ化物イオンを全く検出せず、化学純度99.9%、光学純度97.2%ee、水分275ppm)を回収した(回収率92.0%)。
【0127】
反応終了液の釜残(減圧蒸留残渣)に2.5%水酸化ナトリウム水溶液2577kgを加え、内温50〜60℃で3時間攪拌し、室温まで冷却した後に遊離した有機層を二相分離し、回収有機層を水117kgで洗浄した。ここで得られたトリn−ブチルアミン231.7kgに(R)−2−フルオロプロピオン酸メチル分別蒸留(脱弗)の釜残27.2kg(トリn−ブチルアミンを21.3kg含む)を加え、ステンレス鋼(SUS)製蒸留装置(理論段数15段)を用いて分別蒸留(塔頂温度81〜84℃、減圧度1.2〜2.0kPa)することにより、主留243.5kg(化学純度99.9%以上、水分410ppm)を回収した(回収率88.3%)。回収したトリn−ブチルアミンは、反応性が低下することなく再利用できた。
【0128】
[参考例1]
ステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に、下記式
【0129】
【化26】

【0130】
で示される(S)−乳酸メチル12.0g(115mmol、1.00eq、光学純度99.0%ee以上)とトリエチルアミン13.0g(128mmol、1.11eq)を加え、−20℃の冷媒浴で冷却してスルフリルフルオリド(SO)13.5g(132mmol、1.15eq)をボンベより吹き込んだ。内温を室温まで徐々に昇温して同温度で2時間30分攪拌した。反応の変換率をガスクロマトグラフィーにより測定したところ95%以上であった。
【0131】
次いで、反応終了液を、そのまま減圧蒸留(減圧度;15kPa、バス温度;70℃)に付したところ、下記式
【0132】
【化27】

【0133】
で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルの留出物10.3gを得た。回収率は84%であった。留出物の化学純度(ガスクロマトグラフィーにより算出)、光学純度[ガスクロマトグラフィーにより算出;エステル基をヒドリド還元して(R)−2−フルオロプロパノールに誘導し、そのMosher酸エステルを分析]、トリエチルアミン含量(H−NMRにより算出)およびフッ化物イオン濃度は、それぞれ94.2%、99.0%ee以上、3.8mol%、342ppmであった。
【0134】
(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルのH−および19F−NMRスペクトルを下に示す。
H−NMR[基準物質;(CHSi,重溶媒;CDCl],δ ppm;1.59(dd,23.6Hz,6.8Hz,3H),3.81(s,3H),5.03(dq,48.6Hz,6.9Hz,1H).
19F−NMR(基準物質;C,重溶媒;CDCl),δ ppm;−22.77(dq,47.2Hz,23.8Hz,1F).
[参考例2]
ステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に、下記式
【0135】
【化28】

【0136】
で示される(S)−乳酸メチル258g(2.48mol、1.00eq、光学純度99.0%ee以上)とトリエチルアミン278g(2.75mol、1.11eq)を加え、内温を0〜11℃に制御しながらスルフリルフルオリド(SO)280g(2.74mol、1.10eq)をボンベより吹き込んだ。内温を室温まで徐々に昇温して同温度で終夜攪拌した。反応の変換率をガスクロマトグラフィーにより測定したところ92%であった。
【0137】
次いで、反応終了液に安息香酸76g(0.62mol、過剰に使用したトリエチルアミンに対して2.30eq)を加えて減圧蒸留(減圧度;1.5kPa、バス温度;70℃)に付したところ、下記式
【0138】
【化29】

【0139】
で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルの留出物193gを得た。回収率は73%であった。留出物の化学純度(ガスクロマトグラフィーにより算出)、光学純度[ガスクロマトグラフィーにより算出;エステル基をヒドリド還元して(R)−2−フルオロプロパノールに誘導し、そのMosher酸エステルを分析]、トリエチルアミン含量(H−NMRにより算出)およびフッ化物イオン濃度は、それぞれ97.3%、99.5%ee、痕跡量(0.2mol%未満)、89ppmであった。
【0140】
(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルのH−および19F−NMRスペクトルは参考例1と同じであった。
【0141】
この様に参考例2では、「反応終了液に酸を加えて蒸留を行う」ことによって、トリエチルアミン含量、フッ化物イオン濃度を、参考例1に比べ、さらに顕著に低減することができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式[1]
【化1】

[式中、R1は炭素数1から6のアルキル基を表し、Rは炭素数1から4のアルキル基を表し、*は不斉炭素を表す]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルに含まれるフッ化物イオンを低減除去する精製方法であって、有機塩基の存在下に蒸留することを特徴とする、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの精製方法。
【請求項2】
請求項1において、前記精製に付される、一般式[1]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが、一般式[7]
【化2】

[式中、R1は炭素数1から6のアルキル基を表し、Rは炭素数1から4のアルキル基を表し、*は不斉炭素を表す]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルを、スルフリルフルオリド(SO)、トリフルオロメタンスルホニルフルオリド(CFSO2F)またはノナフルオロブタンスルホニルフルオリド(CSO2F)と反応させることにより、製造されるもの(不斉炭素の立体化学は反転する)であることを特徴とする、請求項1に記載の光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの精製方法。
【請求項3】
請求項2において、前記反応を、有機塩基の存在下かつ反応溶媒の非存在下に行う、請求項2に記載の光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの精製方法。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3において、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが、一般式[2]
【化3】

[式中、Rはメチル基またはエチル基を表し、*は不斉炭素を表す]で示される光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルであり、前記蒸留時に存在させる有機塩基が、第三級アミンであることを特徴とする、請求項1乃至請求項3の何れかに記載の、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの精製方法。
【請求項5】
請求項4において、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが、式[3]
【化4】

で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルであり、第三級アミンがトリn−ブチルアミンであることを特徴とする、請求項4に記載の光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの精製方法。

【公開番号】特開2009−67776(P2009−67776A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−191444(P2008−191444)
【出願日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】