説明

光学活性な大環状化合物、その製造法およびその利用

【課題】高い識別能と汎用性に優れた機能を有する光学活性な大環状化合物、その製造法およびその用途を提供する。
【解決手段】環を構成する原子鎖中に、ビナフチルの軸性キラリティーに基づく不斉識別部位と、水素結合供与部位および水素結合受容部位を有する光学活性な大環状化合物。具体的には2つの酸素原子と6つの窒素原子を含む25員環化合物と、2つのピリジン環、2つのナフタレン環及び1つのベンゼン環よりなる縮合環である光学活性な大環状化合物及びその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不斉識別機能を有する光学活性な大環状化合物、その製造法およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
不斉炭素を有する医薬品、農薬、生化学試薬や液晶材料の数が増加するにつれて、これらの化学物質とその合成中間体の光学純度を迅速に決定する必要性が生じている。光学純度の決定法としては従来使用されているHPLC法とガスクロマトグラフィー法に加えて、キラル誘導体化試薬やキラルシフト試薬(またはキラル溶媒和試薬)を利用したNMR法が知られている。なかでもキラルシフト試薬を用いるNMR法は、溶液中で混ぜるだけで光学純度を決定できるため最も迅速な方法を提供することができる。
【0003】
キラルシフト試薬としては、ランタニド系金属錯体が古くから知られている(非特許文献1)。最近、最新の有機系キラルシフト試薬が非特許文献2〜4に報告されている。これらの試薬のうちでビナフチル化合物は軸不斉構造を有しており、光学活性化は容易であり、またビナフチルの2、2'位の反応性を利用すると様々な機能を付与する置換基を導入することが可能となることから注目されている。
【0004】
特許文献1には、光学活性なカリックスアレーン化合物を用いて光学異性体を識別する方法が提案されており、クラウンエーテルを架橋構造として有するビナフチル化合物が用いられている。特許文献3には、ビナフチルの2、2'位を含むクラウンエーテル構造を有するビナフチル化合物が光学分割剤として有用である提案がされている。これらのクラウンエーテル構造は高い水素結合受容能を示し、物質を包接し一時的に結合する。しかし水素結合供与能を全く持たないために結合できる分子は限定される。また特許文献2には、2、2'位に特定の置換基を導入したビナフチル化合物からなるNMR用キラルシフト試薬が提案されている。この化合物はクラウンエーテル構造を有しておらず水素結合受容能も低く、識別可能な分子は一層限られる。
【特許文献1】特開平09-241197
【特許文献2】特開2005-134365
【特許文献3】特開2003-327625
【非特許文献1】A. Inamoto, K. Ogasawara, K. Omata, K. Kabuto, Y. Sasaki, Samarium(III)-propylenediaminetetraacetate complex: a water-soluble chiral shift reagent for use in high-field NMR. Org. Lett., 2(23), 3543-3545 (2000) .
【非特許文献2】J. Chin, D. C. Kim, H.-J. Kim, F. B. Panosyan, K. M. Kim, Chiral shift reagent for amino acids based on resonance-assisted hydrogen bonding. Org. Lett., 6(15), 2591-2593 (2004).
【非特許文献3】F. Cuevas, P. Ballester, M. A. Pericas, Structurally simple, modular amino alcohols for the recognition of carboxylic acids. application to the development of a new chiral solvating agent. Org. Lett., 7(24), 5485-5487 (2005).
【非特許文献4】D. Yang, X. Li, Y.-F. Fan, D.-W. Zhang, Enantioselective recognition of carboxylates: a receptor derived from α-aminoxy acids functions as a chiral shift reagent for carboxylic acids. J. Am. Chem. Soc., 127(22), 7996-7997 (2005).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、高い不斉識別能を有し、しかも汎用性に優れた光学活性な化合物を経済的な方法により創製し、その有用な用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、ビナフチル化合物に着目して、高い識別能と汎用性に優れた機能を有する化合物を創製する目的で鋭意検討を進めた結果、本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明は、(1)環を構成する原子鎖中に、ビナフチルの軸性キラリティーに基づく不斉識別部位と、水素結合供与部位および水素結合受容部位を有する光学活性な大環状化合物を提供する、(2)一般式(I)で表される(1)に記載の光学活性な大環状化合物を提供する、
【化5】

(式中、Xは水素原子または置換基を表す。*印はビナフチルの軸性キラリティーに由来する(R)-または(S)-絶対配置を表す。)。(3)一般式(I)において、置換基がニトロ基、シアノ基、トリフルオロメチル基、カルボン酸アルキルエステル基、カルボン酸アルケニルエステル基、カルボン酸アルキニルエステル基、カルボン酸アリールエステル基、アルキルスルホニル基、アリールスルホニル基、アルキルエーテル基、アルケニルエーテル基、アルキニルエーテル基、アリールエーテル基、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、アミノ基、アジド基またはハロゲンの群より選ばれる光学活性な大環状化合物を提供する、(4)一般式(I)において、置換基がニトロ基である光学活性な大環状化合物を提供する、(5)一般式(II)で表されるジハロゲン化カルボニル化合物
【化6】

と一般式(III)で表されるジアミノ化合物
【化7】

とを反応させることを特徴とする一般式(I)
【化8】

(式中、Xは水素原子または置換基を表す。*印はビナフチルの軸性キラリティーに由来する(R)-または(S)-絶対配置を表す。)で示される光学活性な大環状化合物の製造法を提供する、(6)上述の(1)乃至(4)に記載の大環状化合物を使用するキラルシフト試薬を提供する、ことにより課題を解決する。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、環を構成する原子鎖中に、ビナフチルの軸性キラリティーに基づく不斉識別部位と、水素結合供与部位および水素結合受容部位を有する光学活性な新規大環状化合物を提供する。これらの化合物は、シグナルのブロードニングを起さず、高い不斉識別能と汎用性に優れたキラルシフト試薬となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の大環状化合物は、一般式(II)で表されるジハロゲンカルボニル化合物と一般式(III)で表されるジアミノ化合物とを溶媒中において縮合させることにより得られる。ジハロゲンカルボニル化合物は、2、2エ-ジヒドロキシ-1、1エ-ビナフタレンを出発物質としてブロモ酢酸エステルなどのハロゲン化酢酸エステルと反応後に加水分解することにより得られる2、2エ-ビスカルボキシメチルオキシ-1、1エ-ビナフタレンを塩化オキサリルと反応させることにより得られる。またジアミノ化合物は、置換基を有しても良いイソフタル酸を塩化チオニルと反応させて得られるハロゲン化カルボニル体と2、6−ジアミノピリジンとを反応させることにより得られる。
【0010】
イソフタル酸のベンゼン環に導入する置換基は基本的には次の反応ステップであるカルボン酸のハロゲン化カルボニルへの反応を阻害しないもので、導入可能なものであればいかなるものであっても、いかなる導入位置であっても良い。包接能に与える置換基の影響を考慮しても、その影響は小さいので、いかなる置換基が結合していても構わない。導入置換基の例としては、ニトロ基、シアノ基、トリフルオロメチル基、カルボン酸アルキルエステル、カルボン酸アルケニルエステル、カルボン酸アルキニルエステル、カルボン酸アリールエステル等のカルボン酸エステル基、アルキルスルホニル基、アリールスルホニル基、アルキルエーテル基、アルケニルエーテル基、アルキニルエーテル基、アリールエーテル基、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、アミノ基、アジド基またはフッ素、塩素、臭素、沃素などのハロゲン等を挙げることができる。
【0011】
導入置換基において、アルキル基、カルボン酸アルキルエステル基、アルキルスルホニル基、アルキルエーテル基におけるアルキル基は分岐していても良く、また置換基を有していても良い。アリール基、カルボン酸アリールエステル基、アリールスルホニル基、アリールエーテル基におけるアリール基は複素環系であっても良く、また置換基を有していても良い。
【0012】
大環状化合物の合成において、一般式(II)と一般式(III)で示される化合物は、ほぼ当量用いる。一般式(II)と一般式(III)で示される化合物を別々に乾燥溶媒中へ同時に滴下していくことにより高分子化を抑制し一般式(I)の大環状化合物類を収率良く合成することができる。溶媒としては、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル類、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、トルエン等が用いられる。溶媒の使用量は、特に限定されるものではなく、適宜選択することができる。また反応温度は通常、-30℃〜100℃の範囲で適宜選択される。反応時間は特に限定はなく、TLC等で反応を追跡して判断する。反応生成物は、通常の分離手段、例えばカラムクロマトグラフィーなどで精製することができる。
【0013】
本発明の大環状化合物は、入手が容易で、安価な原料を用いて、反応工程も比較的短く、かつ各工程の反応も非常にありふれた常套手段の反応を行うことにより、容易に製造することが可能であり、経済的に非常に有利である。
【0014】
本発明になる光学活性な大環状化合物は、エーテル基とピリジン環とアミドから構成された架橋構造を有し、水素結合供与部位と水素結合受容部位を共に有するため、種々の官能基を有するゲスト化合物を包接することができる。さらにこれらの大環状化合物は最短距離で連結されたビナフチル環により高い不斉識別効果を発揮することができる。その結果、核磁気共鳴(NMR)スペクトルを用いると、光学異性体(エナンチオマー)を異なったシグナルとして提示させて光学純度を決定できる。しかもこれらの大環状化合物は従来の材料には見られない幅広い化合物の不斉識別を可能とする大きな汎用性を持つ。
【実施例】
【0015】
本発明を実施例により更に詳細に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
実施例1
【0016】
一般式(II)の前駆体の合成
(R)-1,1'-ビ(2-ナフトール)(関東化学)400mg(1.40mmol)、ブロモ酢酸エチル0.37ml(3.3ミリモル)、炭酸カリウム500mg(3.62ミリモル)のアセトン溶液8mlを窒素雰囲気下で6時間還流した。反応混合物を濾過し濃縮後、塩基性アルミナカラム(ヘキサン:酢酸エチル=5:1)にて精製することにより、(R)-2,2'-ビス[(エトキシカルボニル)メトキシ]-1,1'-ビナフチル584mg(収率91%)が無色粘性液体として得られた。
スペクトルデータ
[α]27D = +32.6 (c 1.11, CHCl3)
1H NMR (CDCl3, 600 MHz) δ 1.16 (t, J = 7.1 Hz, 6H), 4.11 (q, J = 7.1 Hz, 4H), 4.52 (d, J = 16.5 Hz, 2H), 4.55 (d, J = 16.5 Hz, 2H), 7.18-7.19 (m, 2H), 7.23-7.25 (m, 2H), 7.34-7.36 (m, 4H), 7.87 (d, J = 8.4 Hz, 2H), 7.95 (d, J = 9.0 Hz, 2H)
13C NMR (CDCl3, 150 MHz) δ 14.0, 61.0, 67.3, 115.7, 120.4, 124.1, 125.7, 126.5, 127.9, 129.6, 129.8, 134.0, 153.8, 169.4
IR (CCl4) 1759, 1736, 1288, 1192 cm-1
Mass (FAB) m/z:459(計算値 C28H27O6 (M+1) 459)
【0017】
一般式(III)(X=ニトロ基)で表されるジアミノ体の合成
5-ニトロイソフタル酸(東京化成)2.11g(10.0ミリモル)に塩化チオニル25mlを加えて70時間還流した。過剰の塩化チオニルを留去後、酸クロリドを減圧蒸留(150℃、3torr)すると、淡黄色固体1.72g(69%)が得られた。2,6-ジアミノピリジン(Aldrich)4.26g(39.0ミリモル)とトリエチルアミン1.1ml(7.9ミリモル)の乾燥テトラヒドロフラン溶液100mlへ酸クロリド0.96g(3.87ミリモル)の乾燥テトラヒドロフラン溶液40mlを窒素雰囲気下30分かけて滴下した。混合物を室温で3.5時間撹拌した後、溶媒を留去した。残渣中の2,6-ジアミノピリジンとトリエチルアミン塩酸塩を除くために、水200mlを加えて撹拌し濾過した後、水250mlで洗浄した。生成物は塩基性アルミナカラム(テトラヒドロフラン:メタノール=25:1)により精製した。テトラヒドロフラン/ヘキサンから再結晶することにより、N,N'-ビス(6-アミノ-2-ピリジニル)-5-ニトロ-1,3-ベンゼンジカルボキシアミド(一般式(III);X=ニトロ基)1.01g(収率66%)を黄色結晶として得た。
スペクトルデータ
融点 273 ℃
1H NMR (CD3OD/CDCl3 (4:1), 600 MHz) δδ 6.38 (dd, J = 0.8, 7.9 Hz, 2H), 7.46 (dd, J = 0.8, 7.9 Hz, 2H), 7.50 (t, J = 7.9 Hz, 2H), 8.90 (t, J = 1.6 Hz, 1H), 8.97 (d, J = 1.6 Hz, 2H)
IR (KBr) 3479, 3389, 3379, 3350, 1674, 1659, 1622, 1549, 1520, 1456, 1302 cm-1
Mass (FAB) m/z:394(計算値 C18H16N7O4 (M+1) 394)
【0018】
一般式(I)(X=ニトロ基)で表される大環状化合物の合成
(R)-2,2'-ビス[(エトキシカルボニル)メトキシ]-1,1'-ビナフチル1.27g(2.77ミリモル)のエタノール溶液6mlへ33%水酸化ナトリウム水溶液6mlを加え、その溶液を38時間還流した。エタノールを留去した後、反応混合物を濃塩酸で酸性にした。生じた白色沈殿を濾過し、真空下で乾燥した。ジカルボン酸360mg(0.89ミリモル)の乾燥塩化メチレン懸濁溶液56mlへ塩化オキサリル0.6ml(6.9ミリモル)とジメチルホルムアミド1滴を加えた。その反応混合物を室温で4時間撹拌した。エバポレーターで揮発成分を除去し、残渣を3時間真空乾燥した。得られた酸クロリド(一般式(II))391mg(0.89ミリモル)の乾燥テトラヒドロフラン溶液90mlならびにN,N'-ビス(6-アミノ-2-ピリジニル)-5-ニトロ-1,3-ベンゼンジカルボキシアミド280mg(0.712ミリモル)とトリエチルアミン0.2ml(1.4ミリモル)の乾燥テトラヒドロフラン溶液90mlを別々に同時に、乾燥テトラヒドロフラン60mlへ3時間かけて滴下した。反応混合物を室温でさらに11時間撹拌し、エバポレーターで揮発成分を除去した。固体残渣を塩化メチレンに溶解し、飽和重曹水25mlで洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥した。濃縮後、シリカゲルカラム(塩化メチレン:テトラヒドロフラン(30:1)〜(15:1))にて精製し、さらに塩化メチレンから再結晶することにより、大環状化合物(一般式(I);X=ニトロ基)280mg(収率52%)を淡黄色結晶として得た。
スペクトルデータ
融点 243 ℃
比旋光度 [α]29D = +226 (c 0.715, CHCl3)
1H NMR (CDCl3, 600 MHz) δ 4.31 (d, J = 16.0 Hz, 2H), 4.58 (d, J = 16.0 Hz, 2H), 7.29 (d, J = 7.9 Hz, 2H), 7.39 (t, J = 7.9 Hz, 2H), 7.41 (d, J = 9.0 Hz, 2H), 7.47 (t, J = 7.9 Hz, 2H), 7.76 (t, J = 7.8 Hz, 2H), 7.86 (d, J = 7.8 Hz, 2H), 7.89 (d, J = 7.9 Hz, 2H), 7.92 (d, J = 9.0 Hz, 2H), 8.07 (d, J = 7.8 Hz, 2H), 8.50 (s, 1H), 8.67 (s, 2H), 8.82 (s, 2H), 9.10 (d, J = 1.2 Hz, 2H)
13C NMR (CDCl3, 150 MHz) δ 72.7, 110.1, 111.0, 118.7, 122.7, 125.2, 125.6, 127.1, 127.3, 128.1, 128.4, 130.8, 130.9, 133.4, 135.6, 141.2, 148.3, 149.0, 149.8, 153.8, 161.2, 167.6
IR (KBr) 3381, 1693, 1585, 1537, 1456, 1312, 1244, 1219 cm-1
Mass (高分解能FAB) m/z:760.2132(計算値 C42H30N7O8 (M+1) 760.2156)
実施例2
【0019】
一般式(I)(X=水素)で表される大環状化合物も、実施例1における5-ニトロイソフタル酸をイソフタル酸(関東化学)に代えることにより、同様に合成できる。
スペクトルデータ
融点 240 ℃
比旋光度 [α]29D = +215 (c 0.715, CHCl3)
1H NMR (CDCl3, 600 MHz) δ 4.27 (d, J = 15.9 Hz, 2H), 4.51 (d, J = 15.9 Hz, 2H), 7.29 (d, J = 8.4 Hz, 2H), 7.37-7.40 (m, 2H), 7.45 (d, J = 9.0 Hz, 2H), 7.46-7.49 (m, 2H), 7.71 (t, J = 7.8 Hz, 1H), 7.79 (t, J = 8.2 Hz, 2H), 7.93 (d, J = 7.8 Hz, 2H), 7.96 (dd, J = 0.8, 8.2 Hz, 2H), 8.04 (d, J = 9.0 Hz, 2H), 8.17 (dd, J = 0.8, 8.2 Hz, 2H), 8.32 (dd, J = 1.8, 7.8 Hz, 2H), 8.35 (s, 1H), 8.69 (s, 2H), 8.95 (s, 2H)
13C NMR (CDCl3, 150 MHz) δ 73.0, 110.0, 110.3, 119.1, 122.9, 123.0, 125.2, 125.6, 127.3, 128.4, 130.4, 130.9, 131.1, 132.8, 133.4, 133.6, 141.3, 148.5, 149.7, 154.0, 163.6, 167.4
IR (KBr) 3385, 1693, 1585, 1506, 1456, 1304, 1244, 1211 cm-1
実施例3
【0020】
NMR法による光学純度測定
分析化合物のラセミ体と(R)‐体の大環状化合物(一般式(I);X=ニトロ基)をCDCl3中で混合し溶液(それぞれ15 mM)とし、NMR測定を行った。表1にその結果を示す。表1において矢印で示されたプロトンまたはフッ素核の共鳴が右側に示されている。黒丸は(R)‐体または(1R,5S)‐体のシグナル、白丸は(S)‐体または(1S,5R)‐体のシグナルを示す。なお測定条件は、実験例1−4と実験例6−8は600 MHz 1H NMR(22℃)、実験例5は565 MHz 19F NMR(22℃)、実験例9は300 MHz 1H NMR(−50℃)であった。
【0021】
【表1】

【0022】
表1のスペクトルは、鋭いシグナルと著しいシグナル分離幅によって特徴付けられる。とくに実験例2〜7では0.15 ppm以上の分離幅が得られており、(R)-体と(S)-体が充分に識別されている。実験例6では、スルホキシドの全ての4つのシグナルが完全に分離されており、その内の一つは最大の分離幅(0.55 ppm)を示している。実験例5では、含フッ素アルコールのエナンチオマーを19F NMRにより分析できている。さらに実験例8では、非常に反応性の高いイソシアネートが反応や分解することなく不斉識別されている。また実験例9では、NMRプローブ温度を-50℃に下げることによりシグナルを分離させている。このように、カルボン酸、オキサゾリジノン、ラクトン、アルコール、スルホキシド、スルホキシイミン、イソシアネート、エポキシドといった多様なキラル化合物を効率よく不斉識別でき、前例のない優れた性能と汎用性が確認された。
【0023】
本発明に用いた測定機器は以下の通りである。
融点測定器:Mettler Toledo, FP-62
旋光度計:Horiba, SEPA-300
IR測定装置:Shimadzu, FTIR-8900
質量分析計:JEOL, JMS-SX102A
1H NMR (300 MHz)測定装置:Varian, Mercury 300
1H NMR (600 MHz)測定装置:Varian, Unity Inova AS600
19F NMR (565 MHz)測定装置:Varian, Unity Inova AS600
13C NMR (150 MHz)測定装置:Varian, Unity Inova AS600

【特許請求の範囲】
【請求項1】
環を構成する原子鎖中に、ビナフチルの軸性キラリティーに基づく不斉識別部位と、水素結合供与部位および水素結合受容部位を有する光学活性な大環状化合物。
【請求項2】
下記一般式(I)で表される請求項1に記載の光学活性な大環状化合物
【化1】

(式中、Xは水素原子または置換基を表す。*印はビナフチルの軸性キラリティーに由来する(R)-または(S)-絶対配置を表す。)。
【請求項3】
置換基がニトロ基、シアノ基、トリフルオロメチル基、カルボン酸アルキルエステル基、カルボン酸アルケニルエステル基、カルボン酸アルキニルエステル基、カルボン酸アリールエステル基、アルキルスルホニル基、アリールスルホニル基、アルキルエーテル基、アルケニルエーテル基、アルキニルエーテル基、アリールエーテル基、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、アミノ基、アジド基またはハロゲンの群より選ばれる、請求項2に記載の光学活性な大環状化合物。
【請求項4】
置換基がニトロ基である請求項2または3に記載の光学活性な大環状化合物。
【請求項5】
一般式(II)で表されるジハロゲン化カルボニル化合物
【化2】

と一般式(III)で表されるジアミノ化合物
【化3】

とを反応させることを特徴とする一般式(I)
【化4】

(式中、Xは水素原子または置換基を表す。*印はビナフチルの軸性キラリティーに由来する(R)-または(S)-絶対配置を表す。)で示される光学活性な大環状化合物の製造法。
【請求項6】
請求項1から請求項4に記載の大環状化合物を使用するキラルシフト試薬。

【公開番号】特開2008−24650(P2008−24650A)
【公開日】平成20年2月7日(2008.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−199454(P2006−199454)
【出願日】平成18年7月21日(2006.7.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年3月13日 社団法人 日本化学会発行の「日本化学会第86春季年会講演予稿集CD−ROM」に発表
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】