説明

光学活性グリセロールアセトナイドエステルの製造方法

【課題】簡便に調製、または安価に入手でる酵素を利用することにより、高い光学純度を有するグリセロールアセトナイドのイソ酪酸エステル体を実際的に効率よく得る方法を提供する。
【解決手段】グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルのラセミ体に、ウサギの肝臓由来のエステル加水分解酵素、あるいはセラチア属、アルカリゲネス属、バルクホルデリア属、またはエンテロバクター属に属する微生物由来のエステル加水分解酵素を水溶媒中で作用させ、該化合物のラセミ体を立体選択的に加水分解し、残存する光学活性グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルを回収する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学活性グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステル(別名2,2−ジメチル−1,3−ジオキソラン−4−メタノール、以下GAIBと略称することがある)の製造方法に関し、より詳細にはグリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルのラセミ体を基質とし、水性溶媒中で特定の自然界由来のエステル加水分解酵素を作用させ、グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルを立体選択的にグリセロールアセトナイド(以下GAと略称することがある)に加水分解させ、反応液より残存する光学活性グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルを回収する光学活性グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学活性なグリセロールアセトナイドおよびそのエステル体は、医薬中間体として有用な化合物である。その製造方法は、化学的製造法としては1,2−ジオールやマンニトールから合成する方法が知られている。しかしながら、多段階の工程を必要としかつ出発物質に光学活性体が必要であるなど、実用的であるとは言い難い。
【0003】
生物学的製造法による光学分割については、アルカリゲネス属由来のリパーゼやリパーゼAK等を用いたエステル化反応(特許文献2)、リパーゼMY等を用いたエステル化反応(特許文献3)など酵素を用いた有機溶媒中でのエステル化反応が多く知られているが、高い光学純度(>98%e.e.)でエステル体を得ることはできない。また、バシラス コアグランのエステラーゼによるグリセロールアセトナイド安息香酸エステルの不斉水解(非特許文献1)、グリセロールアセトナイドアセチルエステルの不斉水解(特許文献4)、シュードモナス属由来のリパーゼAK等を用いたラセミ体グリセロールアセトナイドエステルのエステル交換反応(非特許文献2)等が知られているが、いずれの報告にもグリセロールアセトナイドイソ酪酸エステル(イソ酪酸エステル)の光学分割に関する知見はない。
【0004】
【特許文献1】特開2004−147646
【特許文献2】特開平5−192186
【特許文献3】特開平2−227097
【特許文献4】ヨーロッパ特許 公開番号1413627
【非特許文献1】フランシスコ モリナリら(F. Molinari et al.)、エンザイムアンドマイクロバイアルテクノロジー(Enzyme and Microbial Technology)、1996年、第19巻:p551−556
【非特許文献2】イーロ バンティネンら(Eero. Vanttinen et al.)、テトラヘドロンアシメトリー (Tetrahedron Asymmetry)、1997年、第8巻:p923−933
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的とするところは、簡単に調製または安価に入手でき、かつ立体選択性に優れた自然界由来の酵素を利用することにより、高い光学純度を有する光学活性なグリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルまたはグリセロールアセトナイドを工業的に効率よく得る方法を提供することにある。生物学的手法を用いる場合、反応時に使用する溶媒は、一般に有機溶剤と水とに大別されるが、価格、安全性、廃棄等を考慮すると水を使用する方が好まれる。しかし、グリセロールアセトナイドは水溶性であるため、反応後の光学活性なグリセロールアセトナイドの抽出工程が困難である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルは水にほとんど溶解しないが、水を溶媒とする反応系で本願発明に示す自然界由来の特定エステル加水分解酵素を作用させることにより立体選択的に加水分解され、残存する光学活性体グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルを容易に回収できることを見出だし本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、
項1:
グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルのラセミ体に、ウサギの肝臓由来のエステル加水分解酵素、あるいはセラチア属、アルカリゲネス属、バルクホルデリア属、またはエンテロバクター属に属する微生物由来のエステル加水分解酵素を水性溶媒中で作用させ、
該化合物のラセミ体を立体選択的に加水分解し、残存する光学活性グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルを回収する、光学活性グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルの製造方法、
項2:
エステル加水分解酵素が、ウサギの肝臓由来、またはセラチア マルスエッセンス(Serratia marcescens)由来の酵素であり、残存する光学活性グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルが(R)−グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルである、項1に記載の製造方法、
項3:
エステル加水分解酵素が、
Esterase Rabbit Liver(ウサギ由来、SIGMA社製)、またはLipaseSM(セラチア マルスエッセンス由来、田辺製薬社製)である、項2に記載の(R)−グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルの製造方法、
項4:
エステル加水分解酵素が、アルカリゲネス属、バルクホルデリア属、またはエンテロバクター属に属する微生物由来の酵素であり、残存する光学活性グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルが(S)−グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルである、項1に記載の製造方法、
項5:
エステル加水分解酵素が、LipaseQLM(アルカリゲネス属由来、名糖産業社製)、またはLipaseSL(バルクホルデリア セパシア由来、名糖産業社製)である、項4に記載の(S)−グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルの製造方法、
項6:
エステル加水分解酵素が、エンテロバクター属の微生物由来の酵素であって、下記
(a)配列番号1に記載のアミノ酸配列、
(b)配列番号1に記載のアミノ酸配列において1から複数個のアミノ酸が欠失、付加又
は置換されているアミノ酸配列であって、クロロヒドリン及びヒドロキシカルボン酸エス
テル不斉加水分解酵素活性を有するアミノ酸配列、
のいずれかのアミノ酸配列からなる酵素(EnHCH、ダイソー社製)である、項4に記載の(S)−グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルの製造方法、
項7:
エステル加水分解酵素を作用させる工程において、アンモニア水を用いて酵素の至適pHに制御する項1〜6のいずれかに記載の製造方法、
に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、簡便に調製、または安価に入手できる酵素を利用することにより、高い光学純度を有するグリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルを実際的に効率よく得ることができる。また、反応工程が容易なうえ抽出工程もヘキサン等の非親水性溶媒により簡単に行なうことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明に使用される自然界由来のエステル加水分解酵素とは、ウサギの肝臓由来のエステル加水分解酵素、あるいはセラチア属、アルカリゲネス属、バルクホルデリア属、またはエンテロバクター属に属する微生物由来のエステル加水分解酵素であり、グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルのラセミ体に、該酵素を水性溶媒中で作用させ、該ラセミ体を立体選択的に加水分解し、光学活性グリセロールアセトナイドおよび光学活性グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルを生成することができる。加水分解反応後に残存する光学活性グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルは非親水性溶媒で抽出し簡単に回収することができる。また作用させる酵素によりR体またはS体の光学活性グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルを選択的に残存させることができる。
【0010】
グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルのラセミ体に、該酵素を水性溶媒中で作用させ、(R)−グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルを残存させる、エステル加水分解酵素としては、ウサギの肝臓由来、またはセラチア マルスエッセンス(Serratia marcescens)由来の酵素が挙げられ、
具体的には、Esterase Rabbit Liver(ウサギ由来、SIGMA社製)、またはLipaseSM(セラチア マルスエッセンス由来、田辺製薬社製)等のエステル加水分解酵素が、例示される。
【0011】
グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルのラセミ体に、該酵素を水性溶媒中で作用させ、(S)−グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルを残存させる、エステル加水分解酵素としては、アルカリゲネス属、またはバルクホルデリア セパシア、エンテロバクター属の微生物由来のエステル加水分解酵素で、(S)−グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルを残存させ得るものであれば限定されないが、
具体的には、LipaseQLM(アルカリゲネス属由来、名糖産業社製)、LipaseSL(バルクホルデリア セパシア由来、名糖産業社製)の様な市販酵素、またはヒドロキシカルボン酸エステル加水分解酵素EnHCH(エンテロバクター属由来、ダイソー社製)等のエステル加水分解酵が例示される。
【0012】
前記エステル加水分解酵素の内、ヒドロキシカルボン酸エステル加水分解酵素EnHCHは、エンテロバクター属由来の酵素であり下記
(a)配列番号1に記載のアミノ酸配列、
(b)配列番号1に記載のアミノ酸配列において1から複数個のアミノ酸が欠失、付加又
は置換されているアミノ酸配列であって、クロロヒドリン及びヒドロキシカルボン酸エス
テル不斉加水分解酵素活性を有するアミノ酸配列、
のいずれかのアミノ酸配列からなる酵素である。
【0013】
加水分解酵素EnHCHは
エンテロバクター属に属する微生物DS−S−75(FERM BP−5494)株由来のヒドロキシカルボン酸エステル加水分解酵素遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え体(Escherichia coli DH5α(pKK-EnHCH1:本菌株は平成14年9月13日付けでFERM BP−08466として、独立行政法人産業技術総合研究所特許性物寄託センターに寄託されている)を利用することにより効率的に調製することができる。
【0014】
ラセミ体グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルは、安価に入手可能なラセミ体グリセロールアセトナイドとイソ酪酸塩化物から公知のエステル化の方法を用いて容易に合成することができる。例えば、4−ジメチルアミノピリジン等の触媒を用いてエステル化させる方法等により得られる。得られたグリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルを含む溶液は、シリカゲルカラム等で精製するのが好ましい。
【0015】
上記自然界由来のエステル加水分解酵素は、グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルに作用させる場合に特に好ましく光学分割が可能で、グリセロールアセトナイドの他のエステル体、例えばプロピオン酸エステル(GAPrと略す)、ブタン酸エステル(GABuと略す)、安息香酸エステル(GABzと略す)、ピバル酸エステル(GAPvと略す)等のラセミ体に作用させても光学活性なエステル体を高収率で得ることはできない。
【0016】
上記自然界由来のエステル加水分解酵素の使用形態は特に限定されず、前記記載の活性を有する限り、固定化酵素、該酵素を含有する微生物菌体、菌体培養物、または菌体処理物のいずれの形態で使用しても良い。
【0017】
本発明に用いられる酵素の量およびラセミ体の量は、使用する酵素の種類によって異なり、適宜使用すれば良い。
【0018】
本発明においては、グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルに水性溶媒中で該酵素を作用させることによって行われる。水性溶媒としては、水または水と有機溶媒の混合溶媒が用いられる。該有機溶媒としては、水と二層系を形成する有機溶媒、例えば酢酸ブチル等が用いられる。通常、当該酵素は、ラセミ体グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルを含有する水溶液あるいは緩衝液に添加される。添加後、適宜攪拌することが望ましい。
【0019】
安定した酵素反応を行なうために、反応液内のpHを一定範囲に保持することが好ましい。好適なpHの範囲は、好ましくは5〜9であるが、使用する酵素によってpHをその酵素の至適範囲内にするのが好ましい。反応液を至適範囲のpHに制御するために、適当な酸またはアルカリで滴定することが好ましい。使用する酸として適しているものは、例えば、塩酸、燐酸などである。アルカリとして適しているものは、例えば、水酸化ナトリウム、アンモニア水、炭酸カルシウム等である。特にアンモニア水を用いると好ましい。
【0020】
また、使用する酵素の活性を効率的に発揮させる目的で、反応液の温度を一定範囲に調整することが好ましい。使用する酵素によって異なるが、調製される温度範囲は、好ましくは、20〜60℃である。
【0021】
酵素反応時間は、使用する酵素の種類、酵素量、ラセミ体グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステル量、反応温度、pHで異なる。残存するグリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルの光学純度が液体クロマトグラフィー等の分析により98%e.e.となったところで反応終了とする。酵素活性が失われる前に反応を終了させる必要がある。
【0022】
酵素を作用させた後、反応液には残存するグリセロールアセトナイドイソ酪酸エステル、GA、イソ酪酸の光学活性体が含まれる。光学活性グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルを得るために、反応液に、溶媒抽出法、カラムクロマトグラフ法などの当業者に周知の分離方法を用いて分取することができる。溶媒抽出法を用いる場合、反応液に例えばn−ヘキサンやn−ヘプタン等の非親水性溶媒を添加し、油層溶媒を減圧下で除去すれば、容易にグリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルのシロップを得ることができる。さらに精製するために、抽出、蒸留、各種クロマトグラフィー操作などを行なってもよい。
【0023】
このようにして得られた光学活性グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルから、酸、塩基等を用いて当業者に公知の手法で加水分解することにより、光学活性GAとしても得ることができる。R体グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルからはS体GAが、S体グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルからはR体GAが得られる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例、比較例をあげて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はそれら実施例に限定されるものではない。
【0025】
実施例、比較例における反応液中のGAエステル、GAの定量、GAエステルの光学純度測定は次のように行なった。
1)GAエステル、GAの定量
ガスクロマトグラフィー条件
カラム担体:Silicone OV1701UniportHP
2% 60/80 mesh(GLサイエンス社製)
カラム温度:120℃
インジェクション温度:240℃
検出:FID:240℃
2)GAエステルの光学純度測定
高速液体クロマトグラフィー条件
カラム:キラルセルOB−H 0.46φ×25cm(ダイセル化学社製)
移動層:ヘキサン:イソプロピルアルコール(100:1)
流速:0.5mL/分
検出:UV 210nm
【0026】
(参考例)
光学分割反応に用いるラセミ体グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルの合成は次の様に行なった。フラスコに200mlの塩化メチレン、73.5gのトリエチルアミン、1.48gの4−ジメチルアミノピリジン、80.0g(0.605mol)のGAを添加し、攪拌しながら0−10℃でイソブタン酸塩化物を64.5g(0.605mol)滴下した。2時間反応後、イオン交換水を225g添加して攪拌し、上層を除去した。次に、1N塩酸を240g添加して攪拌後、上層を除去し、5%(w/w)重曹を225g添加して攪拌後、上層を除去した。さらにイオン交換水225gを添加して攪拌し、上層を除去する操作を下層に未反応のGAがなくなるまで行なった後、下層をエバポレーターで濃縮し、122gの濃縮シロップを得た。
【0027】
直径6cmのガラス製カラム管にシリカゲル(ダイソー製1001)500gを充填し、移動層はヘキサン:酢酸エチル(9:1)200mlを使用した。上記濃縮シロップ55gカラムに供し、溶出した溶液をエバポレーターにて濃縮した。その結果53gの精製シロップを得た。ガスクロマトグラフィーによる化学純度分析の結果、グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルの純度は93.1%であった。
【0028】
実施例1
グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステル(GAIB)を光学分割し得る酵素のスクリーニングを次の様に行なった。20mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)5mlに250mgの炭酸カルシウム、50mgのラセミ体グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステル(終濃度1%(w/v))、50mgの各酵素を添加し、30℃で48時間振とうした。反応終了後、生成したGAをガスクロマトグラフィーにて定量した。
【0029】
上記で使用した酵素のうちEnHCHは次に示す方法で調製した。2%(w/v)ペプトン、1%(w/v)酵母エキス、0.5%(w/v)グリセリン、0.005%(w/v)アンピシリンナトリウムからなる200mlの栄養培地にて、EnHCH酵素をコードする遺伝子が導入された組換え大腸菌DH5α(pKK−EnHCH1)を37℃で好気的に振とう培養後、得られた培養液を遠心分離により集菌し、ペレットを24時間凍結乾燥を行なった後、乳鉢にてすりつぶした粉体をEnHCH酵素試料とした。菌体濁度(O.D.)8.8の培養液200mlからEnHCH酵素試料0.8gを得た。
【0030】
40種類の酵素についてスクリーニングを試みた結果、48時間以内にグリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルからGAへの転換率が50%以上になった酵素は24種類であった。ここで転換率とは、酵素反応によりグリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルがGAへ分解された結果、生成されたGAモル量について、反応前のグリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルモル量を100としたときの相対値で示す。本反応のようにラセミ体の一方を分割する場合、理想転換率は50%であり、グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルの転換率が50%以上でないと高光学純度なグリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルは得られない。しかしながら、転換率が高すぎると、残存する光学活性なグリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルの収率が悪くなる。転換率50%以上の反応について、反応液と等量のヘキサンで抽出し、濃縮を行なうことにより反応後に残存するグリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルシロップを得た。これについて高速液体クロマトグラフィーにて光学純度を測定した。E値を求めた結果、S体グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルを残存させる酵素群のうち、高い値を示した3種類の酵素(LipaseQLM、LipaseSL、EnHCH)を用いると光学純度99%e.e.以上のS体グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルが転換率70%以下で得られた。またEsterase Rabbit Liver、LipaseSMの2種類の酵素で98%e.e.以上のR体グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルを残存させることができた。結果を下記表1に示す。
【0031】
【表1−a】

【表1−b】

【0032】
(比較例1〜4)
グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルに対して高い立体選択性を示したEsterase Rabbit Liver、LipaseSM、LipaseQLM、LipaseSL、DAISOLipase(EnHCH)を用いて、GAのその他のエステル体、すなわちGAPr(プロピオン酸エステル、比較例1)、GABu(ブタン酸エステル、比較例2)、GABz(安息香酸エステル、比較例3)、GAPv(ピバル酸エステル、比較例4)に対する反応性を調べた。各エステルのラセミ体の合成は、イソブタン酸塩化物と各々プロピオン酸、ブタン酸、安息香酸、ピバル酸の塩化物を当モル量で反応した以外は参考例と同様に行なった。用いるラセミ体と仕込み最終濃度以外は実施例1と同様に行なった。結果を下記表2〜4に示す。
【0033】
比較例1
【表2】

【0034】
比較例2
【表3】

【0035】
比較例3
【表4】

【0036】
比較例4
【表5】

【0037】
反応の結果、GAPr、GABuの反応については、Esterase Rabbit Liverは48時間経過しても転換率50%以上にならず、その他の酵素については、2時間以内に転換率70%以上になり、GAエステルの光学純度、E値はグリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルの場合より極めて低く、立体選択性が低いことがわかった。GABzの反応については、Esterase Rabbit Liver以外の酵素で比較的高い立体選択性であったが、98%e.e.以上にはならず、また、1%(w/v)仕込み時で120時間要した。GAPvの反応については、Lipase SLのみ48時間で転換率51.9%であったが、光学純度が低かった。
【0038】
実施例2
2%(w/v)ペプトン、1%(w/v)酵母エキス、0.5%(w/v)グリセリン、0.005%(w/v)アンピシリンナトリウムからなる100mlの栄養培地にて、組換え大腸菌DH5α(pKK−EnHCH1)を37℃で好気的に振とう培養した。20mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.5)400mlに75gのラセミ体GAIB、100mlの上記培養液を加え、30℃で反応した。反応の進行に伴なってpHが低下するので、25%(w/w)NaOHでpH6.5に制御した。反応中、および反応終了後、GAの生成量をガスクロマトグラフィーで定量した。また、遠心分離により除菌を行ない、上清についてn−ヘキサン抽出を行なった。エバポレーターにより濃縮を行ない、(S)−GAIBのシロップを得た。抽出した(S)−GAIBの光学純度を求めた。
【0039】
実施例3
pHの制御を14%(w/w)アンモニア水を用いた以外は実施例と同様に行なった。その結果、アンモニア水を用いると、NaOHを用いた場合よりも反応速度が上がり、(S)−GAIBの光学純度の上昇が速くなった。
実施例2、実施例3の結果を下記、表6に示す。
【0040】
【表6】

【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明により得られる光学活性グリセロールアセトナイドのイソ酪酸エステルは、医薬中間体として有用な化合物である。本発明によれば、簡便に調製、または安価に入手できる酵素を利用することにより、高光学純度のグリセロールアセトナイドのイソ酪酸エステルを効率良く製造できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルのラセミ体に、ウサギの肝臓由来のエステル加水分解酵素、あるいはセラチア属、アルカリゲネス属、バルクホルデリア属、またはエンテロバクター属に属する微生物由来のエステル加水分解酵素を水性溶媒中で作用させ、該化合物のラセミ体を立体選択的に加水分解し、残存する光学活性グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルを回収する、光学活性グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルの製造方法。
【請求項2】
エステル加水分解酵素が、ウサギの肝臓由来、またはセラチア マルスエッセンス(Serratia marcescens)由来の酵素であり、残存する光学活性グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルが(R)−グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
エステル加水分解酵素が、
Esterase Rabbit Liver(ウサギ由来、SIGMA社製)、またはLipaseSM(セラチア マルスエッセンス由来、田辺製薬社製)である、請求項2に記載の(R)−グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルの製造方法。
【請求項4】
エステル加水分解酵素が、アルカリゲネス属、バルクホルデリア属、またはエンテロバクター属に属する微生物由来の酵素であり、残存する光学活性グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルが(S)−グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
エステル加水分解酵素が、LipaseQLM(アルカリゲネス属由来、名糖産業社製)、またはLipaseSL(バルクホルデリア セパシア由来、名糖産業社製)である、請求項4に記載の(S)−グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルの製造方法。
【請求項6】
エステル加水分解酵素が、エンテロバクター属の微生物由来の酵素であって、下記
(a)配列番号1に記載のアミノ酸配列、
(b)配列番号1に記載のアミノ酸配列において1から複数個のアミノ酸が欠失、付加又
は置換されているアミノ酸配列であって、クロロヒドリン及びヒドロキシカルボン酸エス
テル不斉加水分解酵素活性を有するアミノ酸配列、
のいずれかのアミノ酸配列からなる酵素(EnHCH、ダイソー社製)である、請求項4に記載の(S)−グリセロールアセトナイドイソ酪酸エステルの製造方法。
【請求項7】
エステル加水分解酵素を作用させる工程において、アンモニア水を用いて酵素の至適pHに制御する請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。