説明

光学活性マンデル酸又はその誘導体の製造方法

【課題】効率的に不純物である二量体を低減した高純度マンデル酸又はその誘導体の高収率な製造方法を提供すること。
【解決手段】鉱酸でマンデロニトリル又はその誘導体の加水分解反応を行う光学活性マンデル酸又はその誘導体の製造方法であって、マンデル酸又はその誘導体とマンデルアミド又はその誘導体に対するマンデル酸又はその誘導体の生成比を50%以下とする光学活性マンデル酸又はその誘導体の製造方法及びマンデロニトリル又はその誘導体が実質的に消失するまでの加水分解反応温度を50℃未満とする該方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医農薬原料、液晶材料及び光学分割剤として有用な光学活性マンデル酸又はその誘導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マンデル酸又はその誘導体は、マンデロニトリル又はその誘導体を、鉱酸で加水分解することにより得られる。製造方法については、種々の方法が知られているが、例えば、特許文献1には塩酸を用いて加水分解を行う方法が報告されている。しかし、この加水分解の条件では酸の使用量が光学活性シアノヒドリンに対して2〜7当量と多く、反応後に過剰の酸分を中和するためのアルカリを多量に必要とするという問題があった。
また、酸の使用量が少ないと、反応中に結晶が析出し撹拌できなるだけでなく、二量体等の不純物が生成し、収率低下を起こしてしまうという問題があった。
【0003】
【特許文献1】特開2001−342165号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、効率的に不純物である二量体を低減した高純度マンデル酸又はその誘導体の高収率な製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)鉱酸でマンデロニトリル又はその誘導体の加水分解反応を行う光学活性マンデル酸又はその誘導体の製造方法であって、マンデル酸又はその誘導体とマンデルアミド又はその誘導体に対するマンデル酸又はその誘導体の生成比を50%以下とする光学活性マンデル酸又はその誘導体の製造方法。(2)マンデロニトリル又はその誘導体が実質的に消失するまでの加水分解反応温度を50℃未満とする(1)の方法。(3)マンデロニトリル又はその誘導体が実質的に消失した後に、水を添加して二量体を分解する(2)の方法。(4)加水分解反応開始時のマンデロニトリル又はその誘導体に対する鉱酸のモル比を、1〜2モル当量とする(1)〜(3)いずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、効率的に不純物である二量体が低減した高純度なマンデル酸又はその誘導体を高収率に得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造するにあたり、その前駆体であるマンデロニトリル又はその誘導体は、例えば、アルデヒド類にシアン化合物を付加して製造することができる。アルデヒド類としては、次式(I)で示される化合物が挙げられる。
【0008】
【化1】

【0009】
式(I)のAr基としては、例えば、フェニル、ベンジル、ナフチル、ピリジル、フリル等が挙げられる。置換されたAr基の場合、置換基としては、例えば、(保護されていても良い)ヒドロキシ、C〜Cアルキル、C〜Cアルコキシ、アルキルチオ、ハロゲン、置換されたフェニル、フェノキシ、アミノまたはニトロが挙げられる。好ましくは、Ar基はアリール基、特に好ましくはフェニル基である。それらAr基は無置換、あるいはC〜Cアルキル、C〜Cアルコキシ、(保護されていても良い)ヒドロキシ、アセトキシ、Cl、Br、フェニル、フェノキシまたはフルオロフェノキシによって置換されていてもよい。
【0010】
具体的には、ベンズアルデヒド、m−フェノキシベンズアルデヒド、p−アセトキシベンズアルデヒド、p−メチルベンズアルデヒド、o−クロロベンズアルデヒド、m−クロロベンズアルデヒド、p−クロロベンズアルデヒド、m−ニトロベンズアルデヒド、3,4−メチレンジオキシベンズアルデヒド、2,3−メチレンジオキシベンズアルデヒド、フルフラール、ピリジン−2−カルバルデヒド等の芳香族アルデヒドが挙げられる。
好ましくは、ベンズアルデヒド、m−フェノキシベンズアルデヒド、p−メチルベンズアルデヒド、o−クロロベンズアルデヒド、m−クロロベンズアルデヒド、p−クロロベンズアルデヒド、m−ニトロベンズアルデヒド、3,4−メチレンジオキシベンズアルデヒド、2,3−メチレンジオキシベンズアルデヒドであり、特に好ましくは、ベンズアルデヒド、o−クロロベンズアルデヒド、m−クロロベンズアルデヒド、p−クロロベンズアルデヒドが挙げられる。
【0011】
これらアルデヒド基に付加させるシアン化合物としては、好ましくは、青酸又は青酸を発生し得るシアン化合物が適当である。シアン化合物としては、例えば、青酸、KCN、NaCN、アセトンシアノヒドリン((CH3)2C(OH)CN)が挙げられる。
【0012】
マンデロニトリル又はその誘導体の合成は、化学的触媒又は生物学的触媒の存在下で立体選択的な付加反応で合成される。化学的触媒としては、環状ジペプチド等が挙げられる。生物学的触媒としては、生物体由来の(S)−ヒドロキシニトリルリアーゼ、(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼ等を含む粗酵素、精製酵素、固定化酵素が挙げられる。これらの酵素は、該酵素をコードする遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え微生物によって生産されたものであっても良い。
【0013】
(S)−ヒドロキシニトリルリアーゼには、例えばトウダイグサ科に属する植物であるキャッサバ(Manihot esculenta)由来のもの(EC 4.1.2.37)、パラゴムノキ(Hevea brasiliensis)由来のもの(EC 4.1.2.39)、あるいはイネ科に属する植物であるモロコシ(Sorghum bicolor)由来のもの(EC4.1.2.11)等が挙げられる。
【0014】
上記式(I)で示されるアルデヒド類を原料として用い、青酸を付加させた場合、次式(II)で示されるマンデロニトリル又はその誘導体が得られる。
【0015】
【化2】

【0016】
上記式(II)で示されるマンデロニトリル又はその誘導体としては、例えば、マンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−フェニルアセトニトリル)、3−フェノキシマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(3−フェノキシフェニル)アセトニトリル)、4−アセトキシマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(3−アセトキシフェニル)アセトニトリル)、4−メチルマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(p−トリル)アセトニトリル)、2−クロロマンデロニトリル(2−(2−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)、3−クロロマンデロニトリル(2−(3−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)、4−クロロマンデロニトリル(2−(4−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)、3−ニトロマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(3−ニトロフェニル)アセトニトリル)、3,4−メチレンジオキシマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(3,4−メチレンジオキシフェニル)アセトニトリル)、2,3−メチレンジオキシマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(2,3−メチレンジオキシフェニル)アセトニトリル)、2−(2−フリル)−2−ヒドロキシアセトニトリル、2−(2−ピリジル)−2−ヒドロキシアセトニトリル等の2−アリール−2−ヒドロキシアセトニトリル等が挙げられる。好ましくは、マンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−フェニルアセトニトリル)、3−フェノキシマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(3−フェノキシフェニル)アセトニトリル)、4−メチルマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(p−トリル)アセトニトリル)、2−クロロマンデロニトリル(2−(2−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)、3−クロロマンデロニトリル(2−(3−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)、4−クロロマンデロニトリル(2−(4−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)、3−ニトロマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(3−ニトロフェニル)アセトニトリル)、3,4−メチレンジオキシマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(3,4−メチレンジオキシフェニル)アセトニトリル)、2,3−メチレンジオキシマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(2,3−メチレンジオキシフェニル)アセトニトリル)であり、特に好ましくは、マンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−フェニルアセトニトリル)、2−クロロマンデロニトリル(2−(2−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)、3−クロロマンデロニトリル(2−(3−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)、4−クロロマンデロニトリル(2−(4−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)が挙げられる。
【0017】
上記方法で得られたマンデロニトリル又はその誘導体を加水分解することによりマンデル酸又はその誘導体を製造する。鉱酸で加水分解反応を行うことにより生成するマンデル酸又はその誘導体は、次式(III)で示される化合物である。
【0018】
【化3】

【0019】
加水分解反応に用いる鉱酸としては、塩酸、硫酸、硝酸又は燐酸等が挙げられる。鉱酸は、水を含んでいるものが好ましく、好ましくは、35%塩酸である。
加水分解反応によりマンデロニトリル又はその誘導体が実質的に消失するまでの反応温度は、50℃未満とする。この範囲内であるとマンデロニトリルからマンデルアミドとマンデル酸の混合物になるまでの反応速度が速く攪拌可能なスラリー濃度となる点から好ましい。20〜45℃とすることが好ましく、25〜40℃とすることが特に好ましい。実質的に消失するとは、硝酸銀によるマンデロニトリルの滴定分析によりマンデロニトリルが検出できないことを意味する。
【0020】
マンデル酸又はその誘導体とマンデルアミド又はその誘導体に対するマンデル酸又はマンデル酸誘導体の生成比は、50%以下とすることが好ましい。この範囲内であるとマンデロニトリルからマンデルアミドとマンデル酸の混合物になるまでの反応速度が速く攪拌可能なスラリー濃度となる点から好ましい。生成比は、10〜45%とすることがより好ましく、20〜40%とすることが特に好ましい。
【0021】
鉱酸の使用量は、反応開始時のマンデロニトリル又はその誘導体に対して、1〜2モル当量とする量が好ましい。この範囲内であると反応後の中和に使用するアルカリの量が増大せず副生する無機塩の量も増大しない。また、反応速度が低下せず、反応中の結晶の析出を抑制できることにより攪拌効率が良い。使用量は、1.3〜1.8モル当量とすることが特に好ましい。
【0022】
マンデロニトリル又はその誘導体が実質的に消失した後に水を添加することが好ましい。
添加する水の量は、反応開始時のマンデロニトリル又はその誘導体に対して、1〜4倍量とすることが好ましく、2〜3倍量とすることが特に好ましい。
この範囲内であると反応液の濃度が薄くなり過ぎず、結晶化時の収率低下を防げる。また、副生する二量体の分解が十分に進む点から好ましい。
反応温度は、50℃〜90℃とすることが好ましい。この範囲内であると二量体の分解速度を調節できる点から好ましい。反応温度は、60℃〜80℃とすることが特に好ましい。
【0023】
水添加後、1〜5時間攪拌することが好ましく、2〜4時間とすることが特に好ましい。この範囲内であると二量体のみを分解しマンデル酸は分解されない点から好ましい。
マンデル酸又はその誘導体の二量体とは、マンデル酸又はその誘導体の二分子からなり、各ヒドロキシル基とカルボキシル基の少なくとも一組が分子間でエステル結合を形成したものである。
【実施例】
【0024】
以下、実施例及び比較例により本発明をさらに詳しく説明する。
<硝酸銀による滴定分析>
200ml三角フラスコに純水50mlとアルカリ水溶液(5%水酸化ナトリウム水溶液と4%アンモニア水となるように調整)を10mlはかり取り、試料を1g程度加えた後、純水50mlで希釈する。この試料に4-ジメチルアミノベンジリデンロダニンの0.02%アセトン溶液を指示薬として加え、0.01規定の硝酸銀にて滴定を行う。
【0025】
<マンデル酸又はその誘導体の化学純度及び二量体含有割合>
マンデル酸又はその誘導体の純度及びマンデル酸又はその誘導体の二量体の含有割合は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用い、下記の分析条件で決定した。
試料調製方法: 試料200mgをキャリヤー25mLに溶解
装置: カラムオーブン 日本分光社製 865−CO
UV 日本分光社製 870−UV
ポンプ 日本分光社製 880−PU
インテグレーター 島津製作所社製 C−R3A
カラム: ODS−2(GLサイエンス社製)
キャリヤー: アセトニトリル:水=3/7(リン酸にてpH3.0に調整)
カラム温度: 40℃
流速: 1mL/min
波長: 220nm
検出限界値: マンデル酸類結晶中の二量体含有割合0.015%(面積百分率)(マンデル酸類とその二量体のHPLC分析結果の吸収ピーク面積合計を100面積%とした場合)
リテンションタイム: 約4.9min((S)−マンデル酸)
約22.0min (マンデル酸類の二量体)
マンデル酸の二量体の含有割合は、HPLC分析より得られた吸収ピークの面積百分率よりマンデル酸とその二量体の面積合計を100面積%として算出した。
【0026】
[調製例1]
(S)-マンデロニトリルの合成
1L容フラスコに(S)−ヒドロキシニトリルリアーゼ酵素(EC 4.1.2.37)水溶液(1072U/mL)9.0g、50mMリン酸水素ナトリウム/50mMクエン酸緩衝液(pH6.0)64.5g及びターシャルブチルメチルエーテル(和光純薬工業社製)260.0gを仕込んだ。これを16〜18℃で攪拌しながら、シアン化水素70.6g(2.62モル)及びベンズアルデヒド(和光純薬工業社製)180.2g(1.70モル)を2時間かけて連続的に滴下した。滴下終了後、18℃で4時間撹拌した。このときの(S)−マンデロニトリルの収率及び光学純度は、それぞれ98%及び97%eeであった。次いで、98%硫酸0.7gを添加し、ターシャルブチルメチルエーテル及び50mMリン酸水素ナトリウム/50mMクエン酸緩衝液中の水分をエバポレーターで留去し、90質量%(S)−マンデロニトリル水溶液(光学純度97.0%ee)を得た。
【0027】
[実施例1]
攪拌機および温度計を付した1000ml三口フラスコに、35%塩酸166.6g(1.60mol)を入れ、調整例1で得られた(S)−マンデロニトリル133.2g(0.90mol)を35℃で1時間かけて滴下した。その後、温度35〜40℃で5時間攪拌した。
(S)−マンデル酸の生成比が32%となり、(S)−マンデロニトリルが実質的に消失したことを硝酸銀による滴定分析で確認し、純水333.0gを添加し、70℃で3時間攪拌した。反応後の収率は、98.5%、二量体は1.2%であった。
【0028】
[実施例2]
(S)−マンデロニトリルを30℃で1時間かけて滴下し、その後、温度30〜35℃で8時間攪拌した以外は実施例1と同様の方法で行った。(S)−マンデル酸の生成比が26%となった。反応後の収率は、98.1%、二量体は1.1%であった。
【0029】
[実施例3]
(S)−マンデロニトリルを40℃で1時間かけて滴下し、その後、温度40〜45℃で3時間攪拌した以外は実施例1と同様の方法で行った。(S)−マンデル酸の生成比が37%となった。反応後の収率は、98.3%、二量体は1.4%であった。
【0030】
[実施例4]
35%塩酸を112.5g(1.08mol)を入れ、(S)−マンデロニトリルを45℃で1時間かけて滴下し、その後、温度40〜45℃で5時間攪拌した以外は実施例1と同様の方法で行った。マンデル酸の生成比が41%となった。反応後の収率は、97.9%、二量体は1.5%であった。
【0031】
[比較例1]
(S)−マンデロニトリルを50℃で1時間かけて滴下し、その後、加水分解反応温度50℃で3時間攪拌した以外は実施例1と同様の方法で行った。
結晶の析出量が多く、攪拌が不可能であった。このときの(S)−マンデル酸の生成比は59%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉱酸でマンデロニトリル又はその誘導体の加水分解反応を行う光学活性マンデル酸又はその誘導体の製造方法であって、マンデル酸又はその誘導体とマンデルアミド又はその誘導体に対するマンデル酸又はその誘導体の生成比を50%以下とする光学活性マンデル酸又はその誘導体の製造方法。
【請求項2】
マンデロニトリル又はその誘導体が実質的に消失するまでの加水分解反応温度を50℃未満とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
マンデロニトリル又はその誘導体が実質的に消失した後に、水を添加して二量体を分解する請求項2記載の方法。
【請求項4】
加水分解反応開始時のマンデロニトリル又はその誘導体に対する鉱酸のモル比を、1〜2モル当量とする請求項1〜3いずれかに記載の方法。

【公開番号】特開2007−223993(P2007−223993A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−49994(P2006−49994)
【出願日】平成18年2月27日(2006.2.27)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】