説明

光学活性(1S)−3−クロロ−1−(2−チエニル)−プロパン−1−オールの製造方法

本発明は、式(I):
【化1】


で表される光学活性(1S)-3-クロロ-1-(2-チエニル)プロパン-1-オールの製造方法であって、ここで
式(II):
【化2】


で表される3-クロロ-1-(2-チエニル)プロパン-1-オンを、媒質中で、サーモアナエロバクター(Thermoanaerobacter)属に由来するアルコールデヒドロゲナーゼを用いて還元して式(I)の化合物を生じさせ、このように形成した生成物を実質的にエナンチオマー的に純粋な形態で単離する、上記方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素的還元による光学活性(1S)-3-クロロ-1-(2-チエニル)プロパン-1-オールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
(1S)-3-クロロ-1-(2-チエニル)プロパン-1-オールは、(1S)-3-メチルアミノ-1-(2-チエニル)プロパン-1-オール(「デュロキセチンアルコール」)を製造するための直接前駆体であり、このデュロキセチンアルコール自体はその後のデュロキセチン合成における中間体である。デュロキセチン(登録商標)は、現在承認申請中の活性医薬成分であり、うつ病および失禁の適応症のための使用を目的とする。
【0003】
EP-B-0273658は、マンニッヒ(Mannich)反応で2-アセチルチオフェンをホルムアルデヒドおよびジメチルアミンと反応させ、結果として生じるマンニッヒ塩基のケト基をラセミの(S)-3-N,N-ジメチルアミノ-1-(チエン-2-イル)プロパン-1-オールに還元し、このアルコール基をフッ化ナフチルでエーテル化し、最終的にジメチルアミノ基をメチルアミノ基に変換することによる、デュロキセチンに対応する塩基の製造方法を記載している。このナフチルエーテルの所望のエナンチオマーは、キラルな出発物質を用いることによって、あるいは最終生成物の段階で、例えば、光学活性な酸との塩を介してまたはキラル固定相上でクロマトグラフィーを介して、ラセミ体の分離を行うことによって得られる。
【0004】
US-5,362,886は、ケト基の還元で得られるラセミのプロパノールをS-マンデル酸と混合する、類似の方法を記載している。このアルコールの、結果として生じるS-エナンチオマーは後の反応段階で使用する。
【0005】
EP-A-0457559は同様に、EP-B-0273658と類似の方法を記載する。この方法では、マンニッヒ塩基のケト基を、非対称還元系LAH-lcb(水素化アルミニウムリチウム-[(2R,2S)-(-)-4-ジメチルアミノ-1,2-ジフェニル-3-メチル-2-ブタノール])を用いてS-エナンチオマー型のアルコールに還元する。この方法の不利点は、そのコストに加えて、数分間しか安定しないLAH-lcb還元系の感受性である。
【0006】
Journal of Labelled Compounds and Radiopharmaceuticals, Volume XXXVI, 3, 213〜223頁中で、W. J. WheelerとF. Kuoは、デュロキセチンの製造方法を記載している。この目的のため、Stilleカップリングにおいて、DMPU(ジメチルプロピレンウレア)中の触媒量のベンジルクロロビス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(II)の存在下で、チオフェン-2-カルボニルクロリドをビニルトリ-n-ブチルスタンナンと反応させて
式(V):
【化1】

【0007】
で表される1-(チエン-2-イル)プロペノンを生じさせ、その後これを塩化水素で処理することにより式(VI):
【化2】

【0008】
で表される3-クロロ-1-(チエン-2-イル)プロパン-1-オンに変換する。
【0009】
このようにして得られたクロロプロパノンは、その後キラルなオキサザボロリジン(oxazaborylidine)とBH3とを用いて式(VII):
【化3】

【0010】
で表される(S)-3-クロロ-1-(チエン-2-イル)-プロパン-1-オールに還元する。
【0011】
このようにして得られたアルコールは、ヨウ化ナトリウムを用いた反応、またその後のメチルアミンを用いた反応により、(S)-3-メチルアミノ-1-(チエン-2-イル)プロパン-1-オールに変換する。水素化ナトリウム、1-フルオロナフタレンおよび塩化水素を用いたその後の反応から、デュロキセチンが塩酸塩の形態で得られる。
【化4】

【0012】
Hal = ハロゲン
Chemie Ingenieur Technik (74) 1035-1039頁, 2002において、T. Stillgerらは、5-オキソヘキサン酸エチルの(S)-5-ヒドロキシヘキサン酸エチルへの酵素によるエナンチオ選択的還元に対する基質結合型補酵素の再生反応を記載している。
【特許文献1】EP-B-0273658
【特許文献2】US-5,362,886
【特許文献3】EP-A-0457559
【非特許文献1】Journal of Labelled Compounds and Radiopharmaceuticals, Volume XXXVI, 3, 第213〜223頁
【非特許文献2】Chemie Ingenieur Technik (74) 1035-1039頁, 2002
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、その反応過程が安価な経路によって極めて定量的に生成物をもたらすような、光学活性(1S)-3-クロロ-1-(2-チエニル)プロパン-1-オールの立体特異的還元の経路を見出すことであった。
【課題を解決するための手段】
【0014】
この目的は、サーモアナエロバクター(Thermoanaerobacter)属から、上記の反応の立体特異的触媒作用を行うことができる、デヒドロゲナーゼ活性を有する酵素を調製することができるという驚くべき発見によって、達成される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明は、式I:
【化5】

【0016】
で表される光学活性(1S)-3-クロロ-1-(2-チエニル)プロパン-1-オールの製造方法であって、
式II:
【化6】

【0017】
で表される3-クロロ-1-(2-チエニル)プロパン-1-オンを含む媒質中で、サーモアナエロバクター(Thermoanaerobacter)属に由来するアルコールデヒドロゲナーゼを用いて式IIの化合物を式Iの化合物に還元し、形成した生成物を実質的にエナンチオマー的に純粋な形態で単離することによる、上記製造方法を提供する。
【0018】
本発明において用いるデヒドロゲナーゼ活性を有する酵素は、本発明の方法において、遊離型酵素または固定化酵素として使用することができる。
【0019】
本発明の方法は、0℃〜95℃、好ましくは10℃〜85℃、さらに好ましくは15℃〜75℃の温度で実施するのが有利である。
【0020】
本発明の方法におけるpHは、pH 4〜12、好ましくはpH 4.5〜9、さらに好ましくはpH 5〜8に維持するのが有利である。
【0021】
本発明の方法において、エナンチオマー的に純粋な、またはキラルな生成物、すなわち光学活性アルコールは、エナンチオマー濃縮を示すエナンチオマーを意味すると理解される。この方法では、エナンチオマー的純度は、少なくとも70% ee、好ましくは最低でも80% ee、さらに好ましくは最低でも90% ee、最も好ましくは最低でも98% eeを達成することが好ましい。
【0022】
本発明の方法のために、本発明の核酸、核酸構築物またはベクターを含む増殖細胞を使用することができる。静止細胞または破壊細胞を使用することも可能である。破壊細胞は、例えば、溶媒等を用いた処理によって透過性にされた細胞、あるいは酵素処理、機械的処理(例えば加圧型細胞破壊装置(French Press)もしくは超音波)または別の方法によって破壊された細胞を意味すると理解される。このように得られた粗抽出物は、本発明の方法に有利に適している。本発明の方法に、精製したまたは部分的に精製した酵素を使用することもできる。本発明の反応に有利に使用することができる固定化微生物または固定化酵素は、同様に好適である。
【0023】
本発明の方法に遊離型の生物または遊離型の酵素を使用する場合、これらは抽出の前に、例えば濾過または遠心分離を用いて適切に取り除かれる。
【0024】
本発明の方法により調製される(1S)-3-クロロ-1-(2-チエニル)プロパン-1-オールは、抽出または蒸留によって水性反応溶液から有利に得ることができる。収率を高めるため、抽出は2回以上反復することができる。好適な抽出剤の例として、トルエン、ジクロロメタン、酢酸ブチル、ジイソプロピルエーテル、ベンゼン、メチル第3ブチルエーテル(MTBE)または酢酸エチルなどの溶媒が挙げられるが、これらに限定するものではない。
【0025】
別法として、本発明の方法において調製される(1S)-3-クロロ-1-(2-チエニル)プロパン-1-オール生成物は、抽出または蒸留もしくは/および結晶化を用いて、反応溶液の有機相から有利に得ることができる。収率を高めるため、抽出は2回以上反復することができる。好適な抽出剤の例として、トルエン、ジクロロメタン、酢酸ブチル、ジイソプロピルエーテル、ベンゼン、メチル第3ブチルエーテル(MTBE)または酢酸エチルなどの溶媒が挙げられるが、これらに限定するものではない。
【0026】
有機相の濃縮後、生成物は、通常は優れた化学的純度で、すなわち80%を上回る化学的純度で得ることができる。抽出後、上記の生成物を含有する有機相は、部分的にのみ濃縮して生成物を晶出させることもできる。この目的を達成するためには、溶液は0℃〜10℃の温度に冷却することが有利である。結晶化は、有機溶液または水溶液から直接行うこともできる。晶出させた生成物は、再度同じ溶媒または別の結晶化のための別の溶媒に入れて、再度結晶化させることができる。少なくとも1回は行うその後の有利な結晶化は、必要に応じて、生成物のエナンチオマー的純度をさらに高め得る。
【0027】
上記の仕上げ用の後処理において、本発明による方法の生成物は、反応に用いる基質(例えば3-クロロ-1-(2-チエニル)プロパン-1-オン)に基づいて、60〜100%、好ましくは80〜100%、さらに好ましくは90〜100%の収率で単離することができる。単離した生成物は、90%超、好ましくは95%超、さらに好ましくは98%超の高い化学的純度を特徴とする。さらにこの生成物は高いエナンチオマー的純度を有し、必要に応じて、結晶化によりさらに有利に高めることができる。
【0028】
本発明の方法は、バッチ式、セミバッチ式に、または連続的に行うことが可能である。
【0029】
本発明の方法は、例えばBiotechnology, volume 3, 第2版, Rehmら編(1993)の、特に第II章に記載のように、バイオリアクター中で有利に行うことができる。
【0030】
上記の説明および下記の実施例は、本発明を例示する役割を果たすにすぎない。当業者には明らかな、数多くの可能な改変は、同様に本発明に包含される。
【0031】
本発明の方法の利点は、式(I)の光学活性アルカノール、およびアルカノン(II)の実質的に定量的な変換の、特に高い収率にある。
【0032】
アルコールデヒドロゲナーゼによる酵素的還元は、反応の過程で消費される、すなわち酸化される補酵素を必要とする。好適な補酵素は、NADPへと酸化されるNADPHである。
【0033】
本発明の好適な実施形態は、補酵素を、同時に起こる酸化反応と共役させることにより補酵素を再生する。この目的のために特に好ましいのは、上記の反応と同様にアルコールデヒドロゲナーゼによって触媒される、アルカノール/ケトン系、特にイソプロパノール/アセトンである。
【0034】
化合物(II)の化合物(I)への還元において消費されるNADPHは、イソプロパノールのアセトンへの酵素的酸化によって再生される。ここで、イソプロパノール(いわゆる犠牲的アルコール)が十分に利用可能であって、また本発明の酵素を損なう可能性がある過剰に高い濃度のアセトンが形成されないことが確保されなければならない。
【実施例】
【0035】
実験の部:
酵素
以下で使用したサーモアナエロバクター(Thermoanaerobacter)種に由来するアルコールデヒドロゲナーゼ(以下、ADH-Tと略す)は市販されており、Julich Fine Chemicalsから購入した (注文No. 90112610、サーモアナエロバクター(Thermoanaerobacter)種に由来するアルコールデヒドロゲナーゼT)。このADH-Tは、さらなる精製を行わずに使用した。
【0036】
NADPHを用いたインキュベーション
1 mlの50 mM NaH2PO4バッファー(pH 5)中で、10 μmolのNADPH、10 μmolの3-クロロ-1-(チエン-2-イル)プロパン-1-オンおよびADH-T(0.58 mgのタンパク質)を、30℃でインキュベートした。60分後、HClconc.を添加することにより反応を終了させ、遠心分離によって変性タンパク質を除去した。遠心分離後、その上清をクロマトグラフィーで分析した。反応物と生成物のピーク面積を基準として、酵素活性を計算することができる。キラルクロマトグラフィー材料を使用することによって、(1S)-3-クロロ-1-(チエン-2-イル)プロパン-1-オールの2種類のエナンチオマーを識別することが可能となる。
【0037】
NADPとイソプロパノールを用いたインキュベーション(補酵素再生)
NADPH補酵素は、反応の間に消費される。ADH-Tはi-プロパノールをアセトンへと酸化させる役割を果たし、これにより消費された補酵素を再生させることができるということが知られている。この方法は、反応混合物に添加しなければならないNADPHが触媒量のみであるため有利である。
【0038】
1 mlのバッファー(10% 2-プロパノールを含む50 mM NaH2PO4(pH 5))中で、0.2μmolのNADP、10 μmolの3-クロロ-1-(チエン-2-イル)プロパン-1-オンおよびADH-T(0.58 mgのタンパク質)を、30℃でインキュベートした。60分後、HClconc.を添加することにより反応を終了させ、遠心分離によって変性タンパク質を除去した。後処理と分析は、上記のとおりに行った。
【0039】
(1S)-3-クロロ-1-(チエン-2-イル)プロパン-1-オールの分析
3-クロロ-1-(チエン-2-イル)プロパン-1-オンと3-クロロ-1-(チエン-2-イル)プロパン-1-オールの濃度は、HPLCで測定することができる。固定相と移動相の選択に応じて、濃度に加えてee値を測定することも可能である。
【0040】
a)アキラル分析
反応の定量化は、下記の系を用いて行った:
固定相: Chromolith SpeedROD RP18, 50*4, 6 μm,
Merck (Darmstadt), 45℃まで加熱
移動相: 溶離液A:10 mM KH2PO4, pH 2.5
溶離液B:アセトニトリル
勾配:0-0.5分、35%B;0.5-1.0分 35〜80%B; 1.0-1.2分 80%B;1.2-1.3分 80%-35%B; 1.3-2.0分 35%B;
流量: 1.5 ml/分
検出: 230〜260nmのUV検出
保持時間: 3-クロロ-1-(チエン-2-イル)プロパン-1-オン:約1.6分
3-クロロ-1-(チエン-2-イル)プロパン-1-オール:約1.3分
較正曲線を作成するために真正物質を使用し、これを用いて未知のサンプルの濃度を決定することができる。
【0041】
b)キラル分析
固定相: Chiracel OD-H, 250*4, 6 μm, Daicel,40℃まで加熱
移動相: 溶離液A:n-ヘキサン
溶離液B:イソプロパノール
2.5% Bで無勾配
流量: 1.0 ml/分
検出: 230〜260 nmでUV検出
保持時間: 3-クロロ-1-(チエン-2-イル)プロパン-1-オン:約9.5分
(1S)-3-クロロ-1-(チエン-2-イル)プロパン-1-オール: 約16.6分
(1R)-3-クロロ-1-(チエン-2-イル)プロパン-1-オール:約18.3分
較正曲線を作成するために真正物質を使用し、これを用いて未知のサンプルの濃度を決定することができる。
【0042】
結果
補酵素再生を伴わない反応
60分間のインキュベーション後、2.1 mMの(1S)-3-クロロ-1-(チエン-2-イル)プロパン-1-オールを反応混合物中で測定した。反応当初のADH-Tの比活性は、タンパク質1g当たり98Uである。結果として生じるアルコールのee値は95%である。
【0043】
補酵素再生を伴う反応
この系においても、ADH-Tは、基質のカップリングによって還元反応と酸化反応の両方を触媒することができる。しかし、1時間インキュベーションした後、反応混合物中にはわずか0.7 mMの(1S)-3-クロロ-1-(チエン-2-イル)プロパン-1-オールしか見出されなかった。反応当初の酵素の比活性も、タンパク質1g当たり23Uと極めて低かった。結果として生じたアルコールのee値は94%である。この比較的低い活性は、イソプロパノールの酸化の最適条件が存在していなかった可能性によって説明することができる。恐らく、全体の反応の平衡位置も好ましくない。
【0044】
また、補酵素再生は、例えば、グルコースデヒドロゲナーゼまたはギ酸デヒドロゲナーゼなどの補助酵素の添加によって行うことも可能である。この場合、イソプロパノールの代わりにグルコースまたはギ酸のような別の第2の基質が必要となる。グルコースデヒドロゲナーゼは、グルコースをグルコン酸へと酸化し、この際、補酵素再生の間に、ギ酸デヒドロゲナーゼを用いて補酵素を最終生成物としてのCO2へと還元する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式I:
【化1】

で表される光学活性(1S)-3-クロロ-1-(2-チエニル)プロパン-1-オールの製造方法であって、
式II:
【化2】

で表される3-クロロ-1-(2-チエニル)プロパン-1-オンを含む媒質中で、サーモアナエロバクター(Thermoanaerobacter)属に由来するアルコールデヒドロゲナーゼを用いて式IIの化合物を式Iの化合物に還元し、形成した生成物を実質的にエナンチオマー的に純粋な形態で単離することによる、上記製造方法。
【請求項2】
還元中にNADPHを補酵素として使用する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
還元中に酸化型補酵素が再生される、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
補酵素の再生が、イソプロパノールのアセトンへの酵素的酸化により行われる、請求項3に記載の方法。

【公表番号】特表2009−520482(P2009−520482A)
【公表日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−546384(P2008−546384)
【出願日】平成18年12月13日(2006.12.13)
【国際出願番号】PCT/EP2006/069629
【国際公開番号】WO2007/074060
【国際公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【出願人】(508020155)ビーエーエスエフ ソシエタス・ヨーロピア (2,842)
【氏名又は名称原語表記】BASF SE
【住所又は居所原語表記】D−67056 Ludwigshafen, Germany
【Fターム(参考)】