説明

光学異方性の制御方法

【課題】柔軟で、かつ十分な機械的強度と加工性を有するヒドロゲルの膨潤収縮現象を利用した光学異方的性質の制御方法を提供する。特に、情報材料、電子材料、医療材料などの多くの分野で利用されるセンサー、表示素子、位相差フィルムなどの刺激応答性のインテリジェント材料の光学異方的性質の制御方法を提供する。
【解決手段】(A)水溶性有機高分子と(B)層状粘土鉱物とが複合化して形成された三次元網目内に水を含有するゲルの光学異方性の制御方法であって、該ゲルを固定した状態で、該ゲルの含水率を変化させることによって、複屈折を変化させることを特徴とする光学異方性の制御方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶性有機高分子と層状粘土鉱物とが複合化して形成された三次元網目内に水を含有するゲルの光学異方性制御に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高分子ゲルは有機高分子の三次元架橋物が水又は有機溶媒を含んで膨潤したものであり、柔軟材料、高吸水性材料、薬剤放出制御剤、アクチュエータ、人工器官などとして、医療・医薬、食品、土木、スポーツ関連などの分野で広く用いられている。特に、田中らによって、ゲルの体積転移が温度、溶媒組成、pHなどにより誘起されることが報告されてから、刺激応答性のインテリジェント材料などの高機能性材料としての応用に注目が集まっている(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
一方、光学異方体は、偏光フィルム、位相差フィルム、液晶表示材料や分光分析機器などに幅広く用いられている。ソフトマテリアル(柔軟材料)である高分子ゲルも光学異方性を持たせることにより、より多くの分野で用いられることが期待される。しかし、従来知られている有機架橋剤により架橋された有機高分子ゲルは強度的に脆く、折り曲げ、延伸、圧縮などの変形が困難で、一方向に配向した光学異方性を作り出すことは難しかった。また、ポリビニルアルコール(PVA)のゲルのように延伸可能なゲルの場合も架橋が不均質で透明性が損なわれるという問題があった。
【0004】
本発明者らは、水溶性有機高分子と層状粘土鉱物とが複合化して形成された三次元網目内に水を含有する光学異方性のゲルについて報告している(特許文献1参照)。このゲルは従来のゲルには見られない高い延伸性と柔軟性、そして十分な強度を併せ持つことから、折り曲げ、延伸、圧縮などの変形を必要とする分野での応用を可能にする高性能性ゲルとして期待されている。公報ではこのゲルの特徴を生かして延伸により光学異方性の性質を制御する方法について開示されている。しかし、光学異方性の性質を制御するその他の方法については開示されていない。特に、ゲルの膨潤収縮を利用した光学異方性の性質の制御方法については開示されていない。
【0005】
ゲルの体積変動を利用して光学異方性の性質を制御することができるならば、刺激応答性のインテリジェント材料としてのゲルの用途展開が開ける。つまり、ゲルは周りの雰囲気の変動で自動的に膨潤収縮するため、ゲル雰囲気の変動を複屈折の変化として検出することが可能となる。一方、延伸による方法の場合、通常、外部操作が必要となる。
【0006】
【特許文献1】特開2004−85844号公報
【非特許文献1】「ゲルハンドブック」長田義仁編;エヌ・ティー・エヌ株式会社、1997年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、柔軟で、かつ十分な機械的強度と加工性を有するヒドロゲルの膨潤収縮現象を利用した光学異方的性質の制御方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、水溶性有機高分子と層状粘土鉱物とが複合化して形成された三次元網目内に水を含有するゲルを固定した状態で、該ゲルの含水率を変化させることによって、複屈折を変化させることが可能であることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
即ち、本発明は、(A)水溶性有機高分子と(B)層状粘土鉱物とが複合化して形成された三次元網目内に水を含有するゲルの光学異方性の制御方法であって、該ゲルを固定した状態で、該ゲルの含水率を変化させることによって、複屈折を変化させることを特徴とする光学異方性の制御方法を提供するものである。
【0010】
ここで、本発明のゲルの光学異方性について説明する。一般的に光学異方性とは、物質中を通過する光の速度(=屈折率)が物質内の方向で異なる性質(正常波と異常波に分かれる性質)、いわゆる複屈折を示す性質を言い、立方対称を持たない結晶のように物質内の方向で原子密度(電子密度)が異なる物質において生じる。また、非晶性高分子のように光学的に等方な材料においても、延伸などの歪みを加えることにより分子配向が生じる場合にも光学異方性(複屈折)が発現する。この場合、延伸方向の屈折率(na)と垂直方向の屈折率(nb)の差(na−nb)が複屈折度Δnであり、na>nbとなる延伸に対して正の複屈折を示す高分子材料とna<nbとなる負の複屈折を示す高分子材料が存在する。また、光学異方性は物質を通過する際に位相差が生じる現象として捉えることができ、複屈折度は光路差(位相差)(レターデーション)を膜厚で割った値(Δn=(na−nb)=Γ/d)で与えられる。ここで、Γはレターデーションを、dは膜厚を示す。本発明の複屈折の変化とは、複屈折の値(複屈折強度)の変化、つまりレターデーション或いは複屈折度の変化を示し、レターデーションと複屈折度の両者が共に変化することが好ましい。
レターデーションや複屈折度はベレックやセナルモンなどのコンペンセーターを用いた公知のレターデーションの測定方法などにより知ることができる。この場合、レターデーションを膜厚で割ったものが複屈折度となる。
【0011】
本発明のゲルにおいては、延伸などの外部応力を加えない場合も加えた場合についても光学異方性が生じる。本発明が対象とする光学異方性は巨視的な大きさで方向が揃った(配向した)光学異方性を対象とする。巨視的な大きさとしては、通常、0.01mm以上、好ましくは0.1mm以上の大きさである。本発明のゲルでは、通常の方法では、延伸などの外部応力を加えない場合に巨視的な大きさで均一な光学異方性を有するものは得られ難く、延伸などの操作が必要となる。但し、ゲル調製を外部応力や外力が加わった状態で行い、得られたゲルが巨視的な大きさの配向を有する場合には、調製後のゲルは巨視的な大きさで均一な光学異方性を有する。例えば、層状粘土鉱物の濃度が高くなると、ゲル化する前の反応液の粘度が高くなる。この高粘度の反応液をガラス板でフィルム状に押しつぶし、その状態で重合を行う場合、層状粘土鉱物の配向が生じ、重合後のゲルは巨視的な大きさで均一な光学異方性を有する場合がある。特に、厚み方向で現れやすい。本発明では、このような光学異方性を有するゲルの複屈折を変化させる方法を提供するものであるが、最初、巨視的に均一な光学異方性を持たないものや光学異方性自体もたない状態のゲルを使って、巨視的に均一な光学異方性を誘起し、その光学異方性の性質を変化させる場合についても含むものである。
【0012】
また、本発明では複屈折の正負の反転を含めた複屈折の変化も含まれる。複屈折の正負(「光学的正負」と呼ぶ場合もある)とは、偏光下における一方の消光位(或いは、最も暗くなる位置)の屈折率na(一般には正常波の屈折率)とし、他方をnb(一般には異常波の屈折率)として、Δn=(na−nb)の正負を表わす。特に、本発明では、ゲルの2端を固定する場合、固定した方向をna方向、それに垂直方向をnb方向とする。従来知られている有機高分子ゲルにおいて、複屈折の正負が反転する現象は知られていない。一般に高分子材料を単純に延伸するだけでは複屈折度が単調に増加するだけで、延伸に対する複屈折の正負が反転することは無い。我々が知る限り、シュミットら(マクロモルキュルス、33巻、7220頁、2000年)が合成ヘクトライトとポリエチレンオキサイドの水溶液の流動複屈折が剪断速度によって、負から正へ反転することを示している例があるだけである。しかし、これは溶液状態での現象であり、剪断運動を止めると複屈折は消えてしまい材料として利用できない。
【0013】
光学的正負は正常波に対して位相差が進むのか遅れるのかということなので、位相差が一波長分となると位相差ゼロとなることから、複屈折度の強さを単純に変化させるだけでも、同じ現象が観測される(+Δλと−Δλの違いとλ+Δλとλ−Δλとの違い)。例えば、光学異方性により生じる干渉色は光の波長周期で同じ色が現れる。しかし、λ+Δλとλ−Δλとの関係の場合、膜厚が異なるとλを中心とした対象性が失われてしまう。また、光学異性体に偏光を入射させた場合、物質内で楕円偏光となり、光学的正負の違いにより旋光性が全く逆の楕円偏光が生じる(右旋光と左旋光)。ゲルの厚みなどを制御して、4分の1の波長の位相差が生じるようにしたならば、刺激応答により右円偏光と左円偏光が反転する素子を得ることも可能である。更に、光学異方性が無い光学的に等方な状態から小さな含水脱水による変動により、複屈折を誘起して大きな信号変化を取り出すことも可能でとなり、用途も広がることとなり、特に好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の方法により、ゲルの膨潤収縮により複屈折を変化させることが可能となり、刺激応答性のインテリジェント材料として利用することが可能となり、センサー、表示素子、位相差フィルムなどとして、情報材料、電子材料、医療材料などの多くの分野で有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の光学異方体を構成する水溶性有機高分子と層状粘土鉱物とが複合化して形成された三次元網目内に水を含有するヒドロゲルは、重合後に水溶性有機高分子を形成する水溶性モノマー、層状粘土鉱物及び水を含む均一溶液中で前記水溶性モノマーを重合させることにより得られる。
【0016】
ゲルを構成する水溶性有機高分子は、水に膨潤又は溶解する性質を有し、更に、層状粘土鉱物と相互作用により三次元網目架橋構造を形成可能なものであり、ポリ(アルキルアクリルアミド)が好ましい。ポリ(アルキルアクリルアミド)は、N−アルキルアクリルアミド類、N,N−ジアルキルアクリルアミド類、アクリルアミドの中から選択される一つ又は複数を重合したものが挙げられる。
【0017】
より具体的には、例えば、ポリ(N−メチルアクリルアミド)、ポリ(N−エチルアクリルアミド)、ポリ(N−シクロプロピルアクリルアミド)、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N、N−ジメチルアクリルアミド)、ポリ(N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド)、ポリ(N−メチル−N−エチルアクリルアミド)、ポリ(N−メチル−N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N−メチル−N−n−プロピルアクリルアミド)、ポリ(N,N−ジエチルアクリルアミド)、ポリ(N−アクリロイルピロリジン)、ポリ(N−アクリロイルピペリジン)、ポリ(N−アクリロイルモルフォリン)、ポリ(アクリルアミド)などが例示される。また、本発明が目的とする効果が損なわれない限り、上記以外のモノマーを合わせて用いて良い。特に、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)などのようにコイル−グロビュール転移を示す水溶性有機高分子の場合、ゲルの含水率が水温に対する応答性を示し、共重合化によって転移温度を制御するも可能であったり、ゲルの周りの水溶液のpHや塩或いはイオン濃度により転移温度が変化するため、興味深い展開が期待される。
【0018】
層状粘土鉱物は、層間が膨潤し易い膨潤性層状粘土鉱物であり、好ましくは水に均一分散可能な膨潤性層状粘土鉱物であり、特に好ましくは水中で分子レベル、すなわち単一層、若しくはそれに近いレベルで剥離し均一分散可能な水膨潤性層状粘土鉱物である。層状粘土鉱物としては、具体的には、水膨潤性スメクタイトや水膨潤性雲母などの膨潤性粘土鉱物が用いられる。より具体的には、ナトリウムを層間イオンとして含む水膨潤性ヘクトライト、水膨潤性モンモリロナイト、水膨潤性サポナイト、水膨潤性合成雲母などが挙げられる。
【0019】
膨潤性層状粘土鉱物は前記水溶性モノマーを含有する溶液中で微細かつ均一に分散することが必要で、特に該溶液中に溶解することが望ましい。ここで溶解とは、層状粘土鉱物の沈殿を生じるような大きな凝集体が無い状態を意味する。より好ましくは1〜10層程度のナノメーターレベルの厚みで分散しているもの、特に好ましくは1〜2層程度の厚みで分散しているものである。
【0020】
水溶性有機高分子と層状粘土鉱物との比率は、水溶性有機高分子と層状粘土鉱物からなる三次元網目が調製され、且つ光学異方性が発現されれば良く、また用いる水溶性有機高分子や層状粘土鉱物の種類によっても異なり一概には規定できない。一般に層状粘土鉱物の割合が高くなるほど、複屈折の値が大きくなるが、応答速度が遅くなる傾向が見られる。一方、層状粘土鉱物の割合が小さいと複屈折は小さくなるが、より光学的に等方に近い状態で反転現象を捉えることができたり、応答速度が速いなどの利点がある。更に、ゲル合成が容易であることや均一性に優れることなどの条件を考慮すると、水溶性有機高分子1に対する層状粘土鉱物の質量比が0.01〜10であることが好ましく、より好ましくは0.02〜3.0、特に好ましくは0.03〜2.0である。
【0021】
層状粘土鉱物と水溶性有機高分子とが複合化して三次元網目を形成するためには、層状粘土鉱物の表面或いは側面と水溶性有機高分子の主鎖又は側鎖の官能基との相互作用が関与すると考えられる。水溶性有機高分子として、ポリ(アルキルアクリルアミド)、層状粘土鉱物として水膨潤性ヘクトライトを用いた場合は、重合開始剤の末端アニオンと同じ高分子鎖の末端アニオンとヘクトライト層表面に吸着した開始剤から供給されるカリウムカチオンとのイオン相互作用や、高分子鎖の−N(H)−とヘクトライト層表面のSiとの配位結合が水溶性有機高分子と層状粘土鉱物の複合化に寄与していると推測される。
【0022】
本発明では、ゲルの三次元網目内に含まれる水の量は、目的により大きく異なる。そのために、ゲル中に含まれる水の量を一概に規定することはできない。一般的には、含水率が大きいゲルほど含水率変化に対する複屈折の値の変化は小さく、反対に含水率が小さいゲルほど含水率変化に対する複屈折の変化は大きくなる。目的に応じて使い分けることできる。通常、含水率((水質量(=ゲル質量−乾燥ゲル質量))/乾燥ゲル質量)×100)は1質量%〜2000質量%の範囲で用いることが好ましい。また、ゲルの調製の行い易さから、最初、含水量が大きかったり、反対に小さいゲルを調製した後、使用する前に目的に合った含水率に調節することも可能である。
【0023】
また、複屈折の正負を挟んで複屈折を変化させる場合、この複屈折の正負が反転する含水率は水溶性有機高分子濃度、層状粘土鉱物濃度、溶媒組成、固定条件などにより異なる。また用途目的により、ゲル中の水分量は光学的正負が反転する含水率から大きく異なる値を設定することも可能である。つまり、ゲルが10%程度含水或いは脱水しただけで光学的正負が反転する場合(高感度の場合)や、100%以上の含水率変化がなければ光学的正負が反転しない場合(低感度の場合)など、目的により使用されるゲルの水分量が大きく異なる。そのため上述した範囲内で光学的正負が反転する含水率を挟んで使用される。
【0024】
また、本発明の目的とする効果が損なわれない範囲で、水と混和する有機溶媒を含んでいても構わない。水と混和する有機溶媒としては、メタノール、エタノール、アセトン、メチルエチルケトン、テトラヒドロフラン、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルフォキシドなどが例示される。
【0025】
上述した水溶性有機高分子を形成する水溶性モノマー、層状粘土鉱物及び水を含む均一溶液中で水溶性モノマーを重合させる重合反応は、例えば、過酸化物の存在、加熱又は紫外線照射などの慣用の方法を用いたラジカル重合により行わせることができる。ラジカル重合開始剤及び触媒としては、慣用のラジカル重合開始剤及び触媒のうちから適宜選択して用いることができる。好ましくは、水に分散性を有し、系全体に均一に含まれるものが用いられる。特に好ましくは層状に剥離した粘土鉱物と強い相互作用を有するカチオン系ラジカル重合開始剤である。
【0026】
具体的には、重合開始剤としては、水溶性の過酸化物、例えば、ペルオキソ二硫化カリウムやペルオキソ二硫化アンモニウム、水溶性のアゾ化合物、例えば、和光純薬工業株式会社製のVA−044、V−50、V−501、VA−057などが好ましく用いられる。その他、ポリエチレンオキシド鎖を有する水溶性のラジカル開始剤なども用いられる。
【0027】
また触媒として、3級アミン化合物であるN,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミンやβ−ジメチルアミノプロピオニトリルなどが好ましく用いられる。重合温度は用いる水溶性有機高分子、重合触媒及び開始剤の種類などに合わせて0℃〜100℃の範囲で設定する。重合時間も触媒、開始剤、重合温度、重合溶液量などの重合条件により異なり、一概には規定できないが、一般に数十秒〜数十時間の間で行う。
【0028】
本発明のゲルは、注入、流入、或いは挟み込むなどの方法で、反応溶液を目的とする形状の型内に入れることによって、任意の形状で得ることができる。本発明では、少なくとも2端を固定できうる形状であるならば特に制限されない。しかし、本発明の効果を好ましく発揮させるためには、ロット状、繊維状、棒状、リボン状のように1軸方向にある程度長いアスペクト比と持つものや、フィルム状、シート状、塗膜状のような平面をもつものが好ましく用いられる。中でも、平面を持つ、リボン状、フィルム状や塗膜状のゲルの場合、複屈折が均質に現れ易く、検出も容易なため、特に好ましく用いられる。ゲルの大きさについても複屈折の変化が確認でき得る大きさならば特に規定されず、0.01mmから数平方メートルに及ぶものまで可能であるが、目視で確認できる0.1mm以上の大きさが好ましい。
【0029】
本発明で使用するゲルでは、層状粘土鉱物が微細分散しているために、ゲル全体では均一な透明性を保持している。具体的には、一般に50%以上の全光透過率、好ましくは70%以上、特に好ましくは90%以上の全透過率を有する。
【0030】
また、本発明で使用されるゲルは、従来の有機架橋剤を用い重合して得られる水溶性有機高分子の有機架橋ゲル(以下、有機架橋ゲルと呼ぶ)に比べて、極めて優れた強靱性を有する。例えば、ゲルに含まれる溶媒が水で、水溶液有機高分子1に対する水の質量比率を10として評価する場合、本発明のゲルは、引張試験の破断伸びが少なくとも50%以上、好ましくは100%以上、より好ましくは300%以上のものが得られる。また、引張強度についても、5kPa以上、好ましくは10kPa以上、より好ましくは30kPa以上ものが得られる。
【0031】
本発明は上記で述べた水溶性有機高分子と層状粘土鉱物とが複合化して形成された三次元網目に水を含有するゲルを、ゲルの両端若しくは四方を固定させた状態で、ゲルの含水率を変化させることによって、複屈折を変化させる方法である。ここで固定とは「固定した部分のゲルの長さが、含水率の変動に追随して自由に収縮しないようにする固定操作」を示す。但し、一時的に大きな吸水が生じることにより固定された部分が多少ゆるみ、たるんだ状況となる場合があったとしても、本発明の効果を大きく損なうことが無い限り可能である。
【0032】
本発明では、ゲルは、ゲル中の水の出入りが可能なように一部分が開放された状態で、固定持具に直接挟み込んだり、掴む具を用いて固定したり、紐などで縛ったり、針状物などに刺したり、或いは接着するなどの公知の方法で、基板上やフレームなどに固定される。また、ゲル中の水が出入り可能な基板の間に挟み込む方法や基板に直接塗布して固定する方法も可能である。
【0033】
また、重合後に均一な光学異方性を持たないゲルなどの場合、1〜2000%の範囲でゲルを延伸させた状態でゲルを固定させることは好ましい。延伸により均一な光学異方性が発現するだけでなく、変化させ得る複屈折の範囲や感度を制御することが可能である。
【0034】
また、複屈折の正負を挟んで強度変化を行う方法は特に好ましく、延伸してゲルを固定することで、光学的正負が反転する含水率の値を変化させることもできる。一般に、延伸を大きくしておくと、より高い含水率で光学的正負の反転が生じ、反対に、延伸を小さくすることで、より低い含素率で光学的正負が反転する傾向がある。固定する際の延伸倍率を変えることにより使用条件を変化させることが可能となる。延伸倍率が2000%を越えると、場合によってはゲルの限界延伸倍率を越えることがあり好ましくない。尚、本発明では重合後に均一な光学異方性を持たないゲルを延伸しないで定長状態で固定することも可能である。ゲルの収縮により、延伸と類似の効果が現れ、均一な光学異方性が発現し、更に、収縮させることで複屈折の正負の反転が生じる。
【0035】
ゲルの含水率を変化させる方法は、水温変化、接触溶媒のpH、イオン濃度、或いは組成変化、気液の接触条件変動、気中保持の場合は湿度変化などにより可能であり、使用するゲルの種類や使用目的により選択される。また、pHやイオンセンサーなどとして使用する場合、検出したいイオンの種類や濃度、温度に好適に応答するゲルを上述した水溶性有機高分子やその共重合体を選択するなどの方法で調製し用いられる。
【0036】
また、複屈折の正負を挟んで強度変化を行う場合には、複屈折の正負が反転する含水率(以後、「反転含水率」と呼ぶこともある)は、使用する水溶液有機高分子の種類や濃度、使用する層状粘土鉱物の種類や濃度、ゲル固定時の延伸倍率などにより異なる。一般に、光学的正負の反転する含水率は水溶液有機高分子の濃度が高くなると高含水率側に、層状粘土鉱物の濃度が高くなると低含水率側に、ゲルの延伸倍率が大きくなると高含水率側にシフトする傾向が見られる。また、この反転含水率を中心に、含水方向では正の複屈折を示し、脱水方向では負の複屈折を示す傾向が見られる。更に、ゲルの含水率を反転含水率付近に設定した後、ゲルを微少変形させることによっても、光学的正負を反転させることができる。この場合、延伸方向では負の複屈折を示し、収縮方向では正の複屈折を示す傾向が見られる。具体的ないくつかの例については、実施例で示している。
【0037】
含水率の変動により、光学的正負が反転する理由は明確には判っていないが、本発明で好ましく使用されるポリ(アルキルアクリルアミド)類は延伸により負の複屈折を示す傾向が見られる。おそらく、層状粘土鉱物は延伸により正の複屈折を示すものと推測される。本発明で使用するゲルの場合、外部応力が加わえていくと、初期には層状粘土鉱物の配向が強く現れ、粘土鉱物の配向はある時点で飽和する。水溶性有機高分子の配向は飽和することは無く応力に比例して増加するため、複合体全体では正から負への複屈折の反転が生じると思われる。本発明ではゲルを固定して使用するため、脱水により、有機高分子の配向効率が高く現れ、反対に、含水により配向効率が弱くなると推測され、ゲルの膨潤−収縮により、延伸−脱延伸と類似の効果が現れ、光学的正負が反転するものと推測される。
【0038】
複屈折の正負は公知の方法により知ることができる。光学的正負は鋭敏色板(ラムダ板)や4分の1ラムダ板などの検板を用いたクロスニコル下での偏光顕微鏡観察などの方法によって知ることができる。また、ベレックコンペンセーターのように、加色側若しくは減色側のどちらか一方にだけ作用する補償板により確認することもできる。鋭敏色板などの検板を用いる場合、色の違いで複屈折の正負を知ることができる。例えば、レターデーションが100−200nmの場合、鋭敏色板の加色方向とサンプルの加色方向が一致する対角位にサンプルを向けると「青、青緑、緑」の色を呈し、一致しない方向に向けた場合、「橙、黄色」の色を呈する。2端を固定した場合、固定方向を鋭敏色板の加色方向に一致するように向けた場合に、「青、青緑、緑」の色となる時は正の複屈折、「橙、黄色」の色となる時は負の複屈折である。
【0039】
更に、通常用いられている光弾性の観察方法を利用して、大きな形状のゲルフィルムなどの複屈折の正負の反転を色の変化として検出表示することも可能である。
【実施例】
【0040】
次いで本発明を実施例により、より具体的に説明するが、もとより本発明は以下に示す実施例にのみ限定されるものではない。
【0041】
(合成例1)(N−NC2ゲルの合成)
水溶性有機高分子の重合モノマーとして、N−イソプロピルアクリルアミド(NIPA:興人株式会社製)を使用した。NIPAはトルエンとヘキサンの混合溶媒(1:10質量比)を用いて再結晶し無色針状結晶に精製したものを使用した。層状粘土鉱物は水膨潤性の合成ヘクトライト(商品名 ラポナイトXLG、日本シリカ株式会社製)を120℃で2時間真空乾燥させて用いた。溶媒は18Ωの超純水を用い、水は使用前に予め3時間以上窒素でバブリングさせて含有酸素を除去してから使用した。
【0042】
内部を窒素置換した100mLの丸底フラスコに純水38g入れたものに、撹拌下で0.64gの合成ヘクトライトと4.52gのNIPAを入れ、35℃で撹拌し透明な均質溶液を得た。この溶液を氷浴に入れ、20分間ゆっくりと撹拌した後、触媒としてテトラメチルエチレンジアミン(TEMED)32μLを加え、次いで、予め調製した純水20gとペルオキソ二硫化カリウム(KPS:関東化学株式会社製)0.2gからなる開始剤水溶液2mLを撹拌下で加えた。15cm2のガラス板の四方を囲うように厚さ2mm、幅10mmのシリコンゴムのスペーサを2枚のガラス板に挟んで、2mm厚のゲルフィルムが得られるゲル調製容器を作成した。溶液を窒素雰囲気下でゲル調製容器中に入れた。尚、ゲル調製容器内への溶液の導入は窒素雰囲気としたグローブボックス内で行った。20℃で24時間保持することで重合を進行させた。得られたフィルム(N−NC2)は無色透明で非常に柔らかいゲルであった。ゲルの透明性を日本電色工業株式会社製の濁度計NDH−300Aを用いて測定したところ、全透過率は98%であった。得られたN−NC2ゲルフィルムの含水率は765%、乾燥ゲルの灰分12%であり、仕込み値の含水率775%、灰分12%によく一致している。尚、含水率はゲルの水分量を乾燥質量で割ったもので、ゲルの乾燥物は、60℃で12時間、更に100℃真空乾燥12時間させて得た。灰分は熱質量分析(TGA)(セイコー電子製)より求めた。乾燥ゲル(約10mg)を空気中で毎分10℃の速度で800℃まで昇温させて、質量変化から灰分を求めた。
また、得られたゲルを幅50mm、長さ70mmの短冊状に切り出し、引張試験を行ったところ、破断伸びは1400%、破断強度は80kPaであった。尚、引張試験機は株式会社島津製作所製、オートグラフAGS−Hを用い、チャック間距離30mm、クロスヘッドスピード毎分100mmで延伸を行った。
【0043】
(合成例2)(N−NC5ゲルの合成)
合成ヘクトライドの使用量を1.6gとする以外は、合成例1と同じ条件で厚さ2mmのN−NC5ゲルフィルムを調製した。無色透明で非常に柔らかいゲルが得られた。全透過率は99%であった。また、得られたN−NC5ゲルの含水率は610%、乾燥ゲルの灰分26%であり、仕込み値の含水率640%、灰分27%によく一致している。破断伸びは約1100%、破断強度は110kPaであった。
【0044】
(合成例3)(N−NC10ゲルの合成)
50mLのスクリュー管に純水38g入れ、更に、TEMED32μLを加えた。次いで、スターラー撹拌下で3.2gの合成ヘクトライトと4.52gのNIPAを入れた後、攪拌機(株式会社シンキー製)で約10分間撹拌し均一溶液を得た。溶液は粘性が高く流動性に乏しかった。この溶液を氷浴に入れ、20分間保持した。純水20gとKPS0.2gからなる開始剤水溶液2mLを加え、攪拌機で1分間撹拌した。得られた粘調液を2mm厚のゲル調製容器に挟み込んだ。尚、サンプルの撹拌時や氷浴での冷却時はサンプル容器内を窒素雰囲気としている。また、ゲル調製容器内への挟み込みは窒素雰囲気としたグローブボックス内で行った。20℃で24時間保持することで重合を進行させた。
【0045】
無色透明で十分な柔軟性を有するものの比較的堅いゲルが得られた。全透過率は97%であった。得られたN−NC10ゲルの含水率は510%、乾燥ゲルの灰分41%であり、仕込み値の含水率520%、灰分40%によく一致している。破断伸びは約900%、破断強度は約420kPaであった。
【0046】
(合成例4)(D−NC5ゲルの合成)
NIPAの代わりに、DMAAを3.96g使用した以外は、合成例2と同じ条件でD−NC5のゲルフィルムを調製した。D−NC5ゲルは無色透明で柔らかく、全透過率は99%であった。得られたD−NC5ゲルの含水率は680%、灰分28%であり、仕込み値の含水率720%、灰分29%によく一致している。破断伸びは約1100%、破断強度は約75kPaであった。
【0047】
尚、実施例では複屈折度(Δn=(na−nb)、naは延伸方向の屈折率、nbは延伸に垂直な方向の屈折率)は、厚さ1mmに換算して示す。複屈折度の正負は光学的正負に対応している。
【0048】
(実施例1)
合成例1で得られたN−NC2ゲルフィルム(厚さ2mm、含水率770%)を長さ70mm、幅5mmの短冊状にカットした。長さ30mmの部分を毎分100mmの速度で270mm(900%)一軸方向に延伸した。延伸には引張試験を行った引張試験機を用いた。伸張状態のゲルをガラス板に固定し、複屈折を測定した。尚、延伸ゲルの乾燥を防ぐために、水を張った小さなガラス容器にゲルを入れて複屈折を測定した。クロスニコル下で鋭敏色板を通して、ポラライザー方向に平行な消光位にゲルの延伸方向を向けた後、鋭敏色板の加色側の対角位(Z'方向)にゲルを回転させて観察したところ、ゲルは青色を呈していた。使用した偏光顕微鏡はニコン株式会社社製ECLPSE LV100Polであり、白色光で観察を行った。(以後、この方法による偏光顕微鏡観察を単に「鋭敏色板を用いた偏光顕微鏡観察」と称する。)延伸部分全体が同じ青色であり、フィルム全体が均質に配向しており、正の複屈折を示すことが確認できた。また、複屈折度を測定したところ、約+50nmだった。この延伸されたゲルを、伸張状態に保持し、50℃の温水に約5分間浸漬させた後、同様に複屈折を測定した。鋭敏色板を用いた偏光顕微鏡観察ではゲルは橙色を呈していた。負の複屈折であることが判る。複屈折度は約−100nmであった。このゲルの含水率は約600%だった。脱水により、光学的正負が反転することが確認できた。この含水率600%の伸張ゲルを25℃の水に約10分間浸漬させた。含水率は約800%となっていた。鋭敏色板を用いた偏光顕微鏡観察ではゲルは青色であった。吸水により再び正の複屈折となったことが確認できた。複屈折度はフィルム全体に均質で約+40nmであった。ゲルの含水−脱水により、光学的正負が可逆的に反転することがわかる。
【0049】
尚、1軸延伸は25℃、相対湿度約40%の雰囲気で行った。以後、特に断らない限り、1軸延伸処理はこの雰囲気で行っている。複屈折度はセナルモン式ペンセーターとベレック式コンペンセーターの両方で測定したがほぼ同じ値となった。セナルモン式コンペンセーターはGIPフィルターを通して使用した。ベレック式コンペンセーターと鋭敏色板は白色光を用いた。
【0050】
(実施例2)
合成例2で得られたN−NC5ゲル(含水率610%)を長さ70mm、幅5mm、厚さ2mmの短冊状にカットした。長さ30mmの部分を毎分100mmの速度で300mm(1000%)延伸した。延伸した状態のフィルムをガラス板に固定し、複屈折を測定した。鋭敏色板を用いた偏光顕微鏡観察ではゲルは青色を呈していた。延伸に対して、正の複屈折となることが判った。また、複屈折度はフィルム全体に均質で約+180nmだった。この延伸されたゲルを、伸張状態に保持し、50℃の温水に約60分間浸漬させた後、同様に複屈折を測定した。鋭敏色板を用いた偏光顕微鏡観察ではゲルは橙色を呈していた。負の複屈折であることが判る。複屈折度はフィルム全体に均質で約−100nmであった。含水率は約210%だった。脱水により、光学的正負が反転することが確認できた。この含水率210%の伸張ゲルを25℃の水に約10分間浸漬させた。含水率は約350%となっていた。鋭敏色板を用いた偏光顕微鏡観察ではゲルは青色であった。吸水により再び正の複屈折となったことが確認できた。複屈折度はフィルム全体に均質で約+110nmであった。ゲルの含水−脱水により、光学的正負が可逆的に反転することがわかる。
【0051】
参考例1として、含水率210%の負の複屈折を示すゲルの伸張度を約600%に弛緩させたところ、複屈折度は約+400nmとなり、光学的正負が反転した。また、再度、このゲルを1000%まで延伸して、複屈折度を測定したところ、複屈折度は−120nmだった。延伸により、複屈折の正負が再度反転した。
【0052】
(実施例3)(N−NC5ゲルの含脱水)
N−NC5ゲル(含水率610%)を長さ70mm、幅5mm、厚さ2mmの短冊状にカットした。長さ30mmの部分を毎分100mmの速度で126mm(420%)延伸した。延伸した状態のフィルムをガラス板に固定し、複屈折を測定した。鋭敏色板を用いた偏光顕微鏡観察ではゲルは青色を呈しており、正の複屈折となることが判る。また、複屈折度はフィルム全体に均質で約+240nmだった。この延伸されたゲルを、伸張状態に保持し、50℃の温水に約1日間浸漬させた後、同様に複屈折を測定した。鋭敏色板を用いた偏光顕微鏡観察ではゲルは橙色を呈しており、負の複屈折であった。複屈折度はフィルム全体に均質で約−180nmであった。含水率は約40%だった。脱水によりゲルの光学的正負が反転したことが判る。この含水率40%の伸張ゲルを25℃の水にわずか1分間浸漬させた。含水率は約85%となっていた。鋭敏色板を用いた偏光顕微鏡観察ではゲルは青色であり、再び正の複屈折となることが判る。複屈折度はフィルム全体に均質で約+140nmであった。ゲルの含水−脱水により、光学的正負が可逆的に反転することがわかる。また、条件を選ぶ場合、わずか数分、含水率のわずかな変化で光学的正負が反転することがわかる。
【0053】
(実施例4)
合成例3で得られたN−NC10ゲル(含水率510%)を長さ70mm、幅10mm、厚さ2mmの短冊状にカットした。長さ30mmの部分を毎分100mmの速度で255mm(850%)延伸した。延伸した状態のフィルムをガラス板に固定し、複屈折を測定した。延伸に対して正の複屈折を示し、複屈折度はフィルム全体に均質で約+500nmだった。この延伸されたゲルを、伸張状態で25℃の空気中で12時間保持した。複屈折を測定したところ、負の複屈折を示し、複屈折度はフィルム全体に均質で約−400nmであった。ゲルを150℃で乾燥させたところ、含水率は約10%だった。ゲルの脱水により、光学的正負が反転することがわかる。
【0054】
【表1】

【0055】
(実施例5)
合成例4で得られたD−NC5ゲル(含水率680%)を長さ70mm、幅10mm、厚さ2mmの短冊状にカットした。長さ30mmの部分を毎分100mmの速度で250mm(840%)延伸した。延伸した状態のフィルムをガラス板に固定し、複屈折を測定した。鋭敏色板を用いた偏光顕微鏡観察ではゲルは青色を呈しており、延伸に対して正の複屈折を示し、複屈折度はフィルム全体に均質で約+120nmだった。この延伸されたゲルを、伸張状態で25℃の空気中で30分間保持した。複屈折を測定したところ、鋭敏色板を用いた偏光顕微鏡観察ではゲルは橙色を呈しており、負の複屈折を示し、複屈折度はフィルム全体に均質で約−500nmであった。このゲルの含水率は約170%だった。更に、このゲルを2分間25℃の水に浸漬させたところ、含水率は710%となった。鋭敏色板を用いた偏光顕微鏡観察ではゲルは青色を呈しており、正の複屈折を示すことが判った。複屈折度は+168nmであった。含水率の変化により、複屈折の正負が反転することが確認できた。
【0056】
(実施例6、参考例1)
合成例2で得られたNC5ゲル(含水率610%)を長さ70mm、幅10mm、厚さ2mmの短冊状にカットした。長さ30mmの部分を毎分100mmの速度で250mm(840%)延伸し、ガラス板に固定した。複屈折を測定した。レターデーションは114nmで、複屈折度(1mm当たり)は165nmであった。この伸張したゲルを25℃の3モル/Lの濃度の塩化ナトリウム水溶液に10分間浸漬させた。ゲルは収縮し、含水率は300%となった。複屈折測定を行ったところ、レターデーションは283nm、複屈折度は602nmであった。(参考例1)一方、840%に伸張したNC5ゲルを10分間水に浸漬させると若干膨潤し、含水率は700%となった。複屈折度は140nm、レターデーションは110nmで変化は小さい。10分間ほどの水中浸漬では含水率の変化が少ないため複屈折に変化は見られないが、塩濃度が変化することで、短時間で大きな含水率変化が生じ、複屈折の強度も大きく変化した。
【0057】
(実施例7)
合成例2で得られたNC5ゲル(含水率610%)を長さ70mm、幅10mm、厚さ2mmの短冊状にカットした。延伸しないで、ガラス板に固定した。複屈折を測定したが複屈折度とレターデーションはゼロであった。50℃の温水に10分間浸漬させたところ、含水率は400%に低下した。複屈折を測定したところ、固定した方向に対し、正の複屈折を示し、値は+45nm(レターデーション65nm)で均質だった。更に、60分間浸漬を続けたら、含水率は250%まで低下し、複屈折度は+160nm(レターデーション205nm)に向上した。複屈折度ゼロの状態から、含水率を変化させることで複屈折が誘起された。
【0058】
(比較例1)
層状粘土鉱物を添加しないで、有機架橋剤(N,N’−メチレンビスアクリルアミド:BIS:関東化学株式会社製)をNAPAの5モル%用いること以外は合成例2と同様にして、PNIPAの有機架橋ゲル(含水率990%)を調整した。ゲルは白濁化して光学異方性を確認することができなかった。また、非常に脆く、NCゲルのようにクリップを使ってガラス板上に固定化することができなかった。
【0059】
(比較例2、3、4)
ゼラチンの20%溶液(比較例2)、寒天の10%溶液(比較例3)、ジュランガムの3%溶液(比較例4)の各水溶液を調製し、7℃の冷蔵庫内に1日保持して、ゼラチン、寒天、ジュランガムのヒドロゲルを調製した。延伸を試みたが、ゼラチンと寒天ゲルは全く延伸できなく、すぐに破断した。ジュランガムのゲルは僅かに延伸することができ、正の複屈折を示したが、延伸倍率は10%以下で、すぐに破断した。
【0060】
図1に実施例2(伸張率1000%;◇及び◆)と実施例3(伸張率420%;□及び■)において、ゲルの含水率を変化させた場合の複屈折度の変化を示した。最初に610%の含水率のゲルを1000%及び420%に延伸した。50℃の温水中への浸漬時間を変化させて、ゲルを脱水収縮させて複屈折を測定した。図中黒塗りの記号(◆及び■)で結果を示している。伸張度1000%の場合、浸漬時間は0分、10分、30分、60分、2時間、3時間である。伸張度420%の場合、浸漬時間は0分、10分、20分、30分、1時間、3時間、5時間、10時間、24時間である。ゲルの断面を写真撮影し、断面積を得た。含水率変化は断面積変化から求めた。次いで、25℃の水に浸漬させ、ゲルに水を含水させながら複屈折を測定した。白抜きの記号(◇及び□)で結果を示している。伸張度1000%の場合、浸漬時間は0分、1分、5分、10分、20分、30分、60分、2時間、3時間であり、伸張度420%の場合、浸漬時間は0分、1分、2分、5分、10分、20分、30分、40分、1時間、2時間、3時間、5時間、10時間、24時間である。ゲルの脱水収縮、含水膨潤によりΔnが可逆的に変化している。また、正負の反転も可逆的に生じている。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】実施例2(伸張率1000%;◇及び◆)と実施例3(伸張率420%;□及び■)における、ゲルの含水率と複屈折度の関係を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)水溶性有機高分子と(B)層状粘土鉱物とが複合化して形成された三次元網目内に水を含有するゲルの光学異方性の制御方法であって、該ゲルを固定した状態で、該ゲルの含水率を変化させることによって、複屈折を変化させることを特徴とする光学異方性の制御方法。
【請求項2】
前記複屈折を変化させることが、複屈折の正負を反転させることである光学異方性の制御方法。
【請求項3】
前記ゲルを延伸させた状態でゲルを固定する請求項1又は2記載の光学異方性の制御方法。
【請求項4】
前記ゲルの延伸率が1〜2000%である請求項3記載の光学異方性の制御方法。
【請求項5】
前記水溶性有機高分子が、ポリ(アルキルアクリルアミド)である請求項1〜4のいずれかに記載の光学異方性の制御方法。
【請求項6】
前記層状粘土鉱物が、水膨潤性スメクタイトである請求項1〜5のいずれかに記載の光学異方性の制御方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−314631(P2007−314631A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−144041(P2006−144041)
【出願日】平成18年5月24日(2006.5.24)
【出願人】(000173751)財団法人川村理化学研究所 (206)
【Fターム(参考)】