説明

光学素子用成形型及び光学素子の成形方法

【課題】本発明は、プレス成形時に、成形型と光学素子とが自然に離型するようにして、光学素子の面ワレや形状精度の低下を生じることを抑制することができる光学素子用成形型を提供する。
【解決手段】対向面が光学素子の成形面とされた一対の上型2及び下型3と、上型2及び下型3がそれぞれ上下の開口から摺動可能に挿入され、上型2及び下型3を同軸上に規制する円筒状の内胴4と、内胴4の外周に被嵌され、上型2及び下型3の成形面間の距離を規制する円筒状の外胴5とを備え、上型2及び下型3を互いに接近させて下型3上に置かれた加熱軟化したガラス素材を加圧して光学素子を成形する光学素子用成形型において、上型2及び/又は下型3の成形面の算術平均粗さRaが1〜16nmに粗面化されている光学素子用成形型1。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラス製の光学素子をプレス成形する光学素子用成形型及びそれを用いた光学素子の成形方法に係り、特に、光学素子と成形型との離型性を向上させた光学素子用成形型及び光学素子の成形方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、光学素子を得るために、ガラス材料からなるガラス素材を、加熱により軟化させ、得ようとする光学素子の形状をもとに精密加工された上型と下型の間でプレス成形して光学素子形状を付与し、これを冷却固化させてなる光学素子のプレス成形方法が一般に用いられるようになってきた。
【0003】
このとき用いられるプレス成形用の成形型は、成形する光学素子の表面が滑らかになるように、その成形面を研磨等により鏡面仕上げされている。このように成形型の成形面を鏡面とすることで、その成形面が転写された光学素子表面も鏡面とすることができ、これにより優れた光学素子を成形している(特許文献1参照)。
【0004】
また、光学素子の離型を円滑に行うことができるように、成形面に離型膜を設けて成形を行う方法も一般的に行われている。なお、離型膜を設ける場合には、離型膜の影響で成形型表面に微細凸凹が発生する場合があり、これは成形型によって成形される光学素子の表面に転写されて光の散乱による光学性能の低下を招くことがあった。これを防ぐために研磨等によって微細凸凹を低減させる処理が行われていた(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公昭54−38126号公報
【特許文献2】特開2004−91235号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1のように成形型と光学素子成形素材が直接接触する場合に、成形型の成形面が極度に鏡面となっていると、プレス成形時に、成形された光学素子と成形型の成形面とが密着し、光学素子の離型が自然に行われない場合があった。特に、凹面を有する光学素子を成形する場合には、成形後の冷却の際に、光学素子が成形型に噛みこんでしまい、外部から力を加えて離型させなければならない場合があった。このように光学素子が成形型に噛みこんでしまった場合には、光学素子の面ワレが生じたり、形状精度が不安定になったり、光学素子そのものが割れてしまったりして歩留まりが低下するという問題があった。このような噛みこみは、一般に、成形型の構成材料よりも光学素子の構成材料の方が、熱収縮率が大きいために生じることがわかっている。
【0007】
また、特許文献2のように離型膜を設ける場合には、離型を容易にすることができる半面、離型膜を設ける工程を行うために成形型の製造に手間やコストがかかり、また、上記したように離型膜の表面粗さの管理も必要であるため、より成形型の製造を容易にしながら、離型も効率的に行うことができる成形型が求められている。
【0008】
そこで、本発明は、上記の事情に対処してなされたもので、プレス成形により光学素子を製造する際に、離型膜を設けていなくても成形型と光学素子とが自然に離型するようにして、余分な操作を加えることなく、かつ、光学素子の割れや面ワレ、形状精度の低下を生じることを抑制し、歩留まりを高めることができる光学素子用成形型及び光学素子の成形方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の光学素子用成形型は、対向面が光学素子の成形面とされた一対の上型及び下型を備え、該上型及び下型を互いに接近させて加熱軟化したガラス素材を加圧して光学素子をプレス成形する光学素子用成形型において、前記上型及び/又は下型の成形面の内、少なくとも、前記プレス成形の際に前記ガラス素材が接触する範囲の算術平均粗さRaが1〜16nmに粗面化されていることを特徴とするものである。
【0010】
また、本発明の光学素子の成形方法は、本発明の光学素子用成形型にガラス素材を収容し、前記光学素子用成形型を加熱して該成形型内のガラス素材を軟化させる加熱工程と、軟化したガラス素材を、プレス手段を用いて前記光学素子用成形型により加圧して光学素子形状を付与するプレス工程と、プレス工程後、前記光学素子用成形型を冷却し、光学素子形状を付与したガラス素材を固化させる冷却工程と、を有することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の光学素子用成形型及び光学素子の成形方法によれば、プレス成形後の成形型及び光学素子を冷却する際に、成形型から光学素子を自然に離型させるようにすることができ、離型のための余分な操作が不要で、かつ、面ワレ等の光学素子形状の不良発生を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施形態である光学素子用成形型の側断面図である。
【図2】図1の光学素子用成形型を用いたプレス成形の動作を説明する図である。
【図3】本発明の光学素子用成形型によるプレス成形における効果を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について図面を参照しながら説明する。ここで、図1は本発明の一実施形態である光学素子用成形型の側断面図であり、図2は、図1の光学素子用成形型を用いたプレス成形を説明する図である。
【0014】
図1に示した光学素子用成形型1は、光学素子の上面を成形する上型2、光学素子の下面を成形する下型3、上型2及び下型3を内挿し摺動させて、光学素子の中心軸の位置合わせを行う円筒状の内胴4と、内胴の外周に被嵌され、上型及び下型の上下方向の距離を規制するための円筒状の外胴5と、から構成されるものである。
【0015】
本実施形態において、上型2及び下型3は、それぞれ円柱状の胴部を基本形状とする部材であり、これらの上型2及び下型3は光学素子を形成するものであるため、上型2には光学素子の上面を形成する上成形面2aが、下型3には光学素子の下面を形成する下成形面3aが形成されており、上型2及び下型3は、これら上成形面2aと下成形面3aとを対向させてなる一対の成形型として使用される。
【0016】
ここで、上成形面2a及び/又は下成形面3aは、その成形面の内、少なくとも、プレス成形の際にガラス素材が接触する範囲の算術平均粗さRaが1〜16nmと粗面化されているものである。この成形面は、通常、光学素子表面を滑らかに形成するために、研磨されて形成され、その算術平均粗さは1nm未満であるが、本発明においては、これを粗面化するものである。ここで、成形面の算術平均粗さRaは2〜6nmであることが好ましい。なお、本明細書において、算術平均粗さRaとは、原子間力顕微鏡にて5μm四方の高さデータを約20nmピッチで測定し、うねりを除去するため各測定ラインに対して3次曲線で平坦化した後に算出した粗さパラメータである。
【0017】
このように成形面を粗面化するには、一般に、エッチング液を用いるウェットエッチングにより鏡面化された成形面を処理することで行われる。具体的には、粗面化したい成形面のみにエッチング液を直接塗布したり、スプレー状に吹き付けたり、エッチング液に成形面のみが接触するように浸漬させたり、することで成形面をエッチング液と接触させればよい。
【0018】
このとき、処理室の雰囲気温度や照度、処理する成形型の温度や処理個数、エッチング液の温度、量、濃度や、処理時間などの条件を一定に保つことで、安定した処理を行うことができる。処理後の算術平均粗さRaを調整するには、これらの条件を変更したり、処理時間を変えたりすることによって、所望の表面粗さとするようにそれぞれの条件を設定すればよい。
【0019】
エッチング液は、処理する成形型の材質に応じ、公知のエッチング液の中から適宜選択すればよい。硫酸、硝酸、過塩素酸などの酸性溶液でもよいし、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ性溶液でもよい。
【0020】
例えば、成形型の材質が、炭化タングステン(WC)を主成分とする超硬合金である場合、エッチング液として、硝酸第二セリウムアンモニウム(Ce(NH(NO)を含む酸性溶液や、フェリシアン化カリウム及び水酸化カリウムを含むアルカリ性溶液を用いると、均一で効率的に粗面化処理することができる。フェリシアン化カリウムと水酸化カリウムを用いる場合は、これら成分を1:2〜2:1(質量比)の割合で含有する混合水溶液とすることが好ましい。
【0021】
また、成形型の材質が、炭化ケイ素(SiC)を主成分とする場合、エッチング液として、硝酸ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化ナトリウムなどの溶融アルカリ塩を用いることで、効率的に粗面化処理を行うことができる。
【0022】
このウェットエッチングによる処理方法は、高価で大型の設備を必要とせず、均一で効率のよい処理ができ好ましいものである。
【0023】
また、図1では、上型2及び下型3で形成される光学素子形状は凹メニスカス形状のものを例示しているが、上型及び下型の少なくとも一方が凹面を有する光学素子を成形可能な凸形状の成形面を有するものであることが好ましい。そして、このとき、粗面化する成形面は凸形状の成形面であることが好ましい。これは、凸形状の成形面において光学素子の噛みこみが生じ易く、それが光学素子の形状不良の一因となるためである。したがって、凹メニスカス、両凹、平凹、凸メニスカス形状の光学素子を成形する上型及び下型の組み合わせからなる成形型である場合に、本願発明は特に適したものである。なお、凹メニスカス形状の光学素子を形成する成形型である場合には、該凹メニスカス形状の光学素子の〔外周の厚さ〕/〔中心の厚さ〕で表わされる偏肉比が3以上の時に効果的であり、4以上のときに特に効果的である。
【0024】
また、内胴4は、中空円筒形状に形成されており、その中空部分は上記した上型2及び下型3の円柱状の胴部が嵌合可能なようになっている。この内胴4は、上型2及び下型3を嵌合してプレスする際に、これら上型2及び下型3をそれぞれ上下の開口から摺動可能に挿入され、それらの光学中心軸を同軸上に規制するように位置合わせして、形成される光学素子の光学機能面を同軸のものとする。
【0025】
次に、外胴5は、内胴4と同様に中空円筒形状であるが、内胴4の外周に被嵌され、上型2及び下型3間の距離を規制するものである。具体的には、この外胴5は、プレス成形時において、上型2及び下型3を互いに接近させて下型上に置かれたガラス素材を加圧するときに、その加圧のためのプレス手段の加圧面間の距離を規制することで、上型2及び下型3の距離を規制する。ここで、外胴5は、内胴4と同一の中心軸を有するものである。
【0026】
この成形型は、超硬合金、SiN、サーメット、セラミックス等の素材からなり、上型2及び下型3には、成形する光学素子の面形状を転写するための成形面がそれぞれ対向する面に形成されている。この図1では、成形型として凹メニスカス形状の光学素子を製造するものを図示したが、光学素子形状はこれに限定されるものではなく、両凸、両凹、平凸、平凹、凸メニスカス形状のいずれの形状を成形する成形型であっても用いることができる。
【0027】
なお、外胴5は、上記セラミックス以外にも、ステンレス、インコネル(大同スペシャルメタル株式会社製、商品名)等の耐熱性のある金属を用いることもでき、ステンレス製とすると、加工が容易で、熱膨張量が大きく安価である点で好ましいものである。また、このとき、室温からプレス成形の成形温度における、外胴の上下方向における熱膨張量が、ガラス素材の上下方向の熱膨張量よりも大きくなるようにすることが、成形操作において光学素子に圧力が抜ける時間を生じさせることなく、成形を安定して行うことができる点から好ましい。
【0028】
次に、この光学素子用成形型1を用いた光学素子の成形方法について説明する。
【0029】
まず、本発明の光学素子の成形方法に用いる成形装置について説明するが、この成形装置は光学素子を成形するための成形室となるチャンバーと、該チャンバーの内部に設けたガラス素材を軟化させる加熱手段と、加熱軟化したガラス素材をプレス成形させるプレス手段と、プレス成形による光学素子形状が付与されたガラス素材を冷却する冷却手段と、を有するものである。
【0030】
ここで、成形室となるチャンバーと、図2に示したように該チャンバーの内部に設けた加熱手段と、プレス手段と、冷却手段と、が、この順番に並べられてなる成形装置を一例として説明する。成形室であるチャンバーは、その内部において、光学素子の成形操作を行う場を提供するものであり、ガラス素材30を軟化し、変形を容易にするものであって高温に加熱されるため、成形型1が酸化されないように、チャンバー内雰囲気を窒素等の不活性ガス雰囲気とすることができるようになっている。この不活性ガス雰囲気とするには、チャンバーを密閉構造として内部雰囲気を置換することで達成できるが、半密閉構造として、不活性ガスを常時チャンバー内に供給して、チャンバー内を陽圧にしながら外部の空気が流入しないようにして不活性ガス雰囲気を維持するようにしてもよい。
【0031】
ここで、加熱手段は、成形型に収容されたガラス素材を軟化させるものであり、その内部にヒータが埋め込まれた上下一対の加熱プレート10a及び10bから構成されるものである。この加熱プレートは、上下一対の加熱プレートを成形型の上型、下型にそれぞれ接触させることにより、上型及び下型を加熱することができ、さらに成形型内部に収容されているガラス素材をも加熱させることができるようになっている。
【0032】
また、プレス手段は、上下のプレスプレート間の距離を狭めることにより、そのプレートの加圧面を成形型と接触させ上型と下型との距離を狭めて、成形型内に収容されたガラス素材を軟化状態のまま押圧して変形させ、上型及び下型の光学成形面形状をガラス素材に付与することにより光学素子の成形を行うものであり、その内部にヒータが埋め込まれた上下一対のプレスプレート11a及び11bから構成されるものである。このプレスプレートを用いたプレスは前段階の加熱温度を維持しながら行われるものである。
【0033】
最後に、冷却手段は、成形型を冷却することにより光学素子形状が付与されたガラス素材を冷却、固化するものであり、その内部に、ヒータが埋め込まれた上下一対の冷却プレート12a及び12bから構成されるものである。この冷却プレートは、上下一対の冷却プレートを成形型の上型、下型にそれぞれ接触させることにより、上型及び下型を冷却することができ、さらに成形型内部に収容されているガラス素材をも冷却することができるようになっている。
【0034】
そして、光学素子用成形型1は、これら加熱手段、プレス手段、冷却手段の各手段間を順次移動しながら所定の処理が施されるものであり、この手段間の移動はロボットアーム等により行われる。
【0035】
まず、上記した光学素子の製造装置を用い、光学素子用成形型1の内部にガラス素材を収容し、加熱プレート10a及び10bにそれぞれ上型2及び下型3を接触させて光学素子用成形型を加熱して、予め所定の温度まで熱してガラス素材を軟化させる(図2(a))。
【0036】
次いで、光学素子用成形型1をプレス手段によりプレスしてプレス成形を行うために、まず、加熱された光学素子用成形型1をプレスプレート11b上に移動させ、載置する。
【0037】
その後、プレスプレート11aを押し下げてプレスプレート11a及び11bによりプレス成形を行うが、プレスプレート11aを下降させると、プレスプレート11aは上型2と接触して上型2を押し下げていく。上型2が押し下げられると、ガラス素材30はその圧力により変形し、プレス成形が行われる。このプレス成形では、プレスプレート11aが外胴5により規制されるまで下降させて押し切ることで行われ、プレスプレート11a,11b間の距離は、外胴5の高さにより決定され、このとき、ガラス素材30が所定の厚みになるようになっている(図2(b))。
【0038】
この加熱及びプレス工程において、ガラス素材は、変形が容易な屈伏点以上に加熱されるが、一般的には、軟化点まで温度を上げるとレンズ表面が白濁するので屈伏点(At)から軟化点の間の温度に設定する。
【0039】
この加熱温度は、用いるガラス素材が加圧変形できる温度であればよく、屈伏点と軟化点との中間付近の温度であることが好ましい。加熱手段及びプレス手段を所定の温度に設定して、この加熱を行うことで、これら加熱手段及びプレス手段に接触した上型2及び下型3は、温度が昇温していき設定温度と同じ温度にまで加熱される。
【0040】
プレス工程では、上記したように成形型の上下から圧力をかけることでガラス素材30のプレス成形を行い、これによりガラス素材には上型2及び下型3の光学成形面が転写され、光学素子形状が付与される。
【0041】
このプレス工程におけるプレス時の圧力は、2.5〜37.5N/mmとすることが好ましく、例えば、10〜20N/mmであることが特に好ましい。ここで言うプレス時の圧力とは、ガラス素材に加わる圧力を指す。
【0042】
そして、このようにプレス工程でガラス素材に光学素子形状を付与した後、光学素子用成形型1を、今度は冷却プレート12b上に移動させて、冷却プレート12bと光学素子用成形型1を接触させて、光学素子用成形型1を冷却することによって、ガラス素材の冷却、固化を行う(図2(c))。
【0043】
この冷却工程においては、成形されたガラス素材30が、歪点以下になるまで冷却することが好ましい。この冷却工程においても、ガラス素材30への加圧は継続して行うことが好ましく、上記歪点以下の温度になるまで加圧を続けることが好ましい。
【0044】
さらに、この冷却中に、ガラス素材の温度がガラス転移点以下になったところで、ガラス素材に加圧する圧力を変化させることもでき、例えば、ガラス素材30の温度が、ガラス転移点以上のときにはプレス時の圧力と同じ圧力としておき、ガラス転移点よりも低い温度になってからは圧力を高くして、段階的に加圧するようにしてもよい。
【0045】
ガラス転移点以上の温度を低圧にするのは、肉厚バラツキを抑えるためであり、それ以下の温度域では押込み量がほとんど無いので増圧しても問題ない。すなわち、ガラス素材が硬化状態に近づくガラス転移点(Tg)付近までは低い圧力で保圧し、ガラス転移点(Tg)付近からそれ以下の温度となりガラス素材が固化するまで、より高い圧力をかけるものである。このように冷却工程において圧力を継続してかけることにより光学素子の面形状が安定する。
【0046】
なお、ここで、低い圧力とは2.5N/mm以下、高い圧力とは2.5N/mm超である。また、ガラス素材が歪点以下となり、固化した後は、さらに20N/mm超となるような高い圧力をかけてもよい。このように段階的に圧力を高めることで光学素子の面ワレが生じる等の不具合が生じることを抑制し、形状精度を高めることができる。また、固化した後の圧力としては、ガラス素材にワレが生じる等の不具合が生じない限りはどのような圧力でもよいが、通常、30N/mm程度が上限である。上記では2段階に圧力を増加させていく例を説明したが、それ以上の多段階として増圧するようにしてもよい。本明細書において、面ワレとは、光学素子が成形型から離型する際に、一部だけが先に離型し、その後に残りが離型した場合に、曲率が不連続な光学面が形成されて非球面形状精度が悪化する不良が生じる離型異常のことを言う。
【0047】
そして、この冷却工程においては、成形型をさらに冷却させるために、例えば、水冷手段上へ移動させて冷却を行うことが好ましい。この水冷手段による冷却は、冷却工程で冷却されたガラス素材をさらに急冷させ、ガラス素材を歪点付近の温度から成形型が酸化しない温度の200℃以下まで冷却させるものである。ここで用いる水冷手段は、上記冷却手段の冷却プレート12a及び12b内部に埋め込まれたヒータに換えて冷却水を循環させる構成としたものが挙げられる。
【0048】
この冷却工程において、温度が低下していくと成形型1及びガラス素材30は共に収縮していくが、一般に、成形型1よりもガラス素材30の熱収縮率が大きい。そのため、上型の成形面が凸形状を有する場合には、従来のように、その成形面52aが従来の鏡面仕上げの滑らかな上型52(算術平均粗さRaが1nm未満)である場合には、その凸形状部分にガラス素材30が噛みこむ場合がある(図3(b))。その点、本願発明のように粗面化した成形面2aを有する場合には、ガラス素材30と成形型2とは、冷却時の収縮により、自然と光学素子が成形型から離型する(図3(a))。
【0049】
なお、本発明で用いるガラス素材30としては、ホウ酸ランタン系ガラス、リン酸ビスマス系ガラス等のガラス素材が挙げられ、成形型の材質との組み合わせにより適宜選択して成形を行えばよい。
【0050】
このようにして冷却、固化して得られた光学素子は、必要に応じてアニール工程等に付されて歪み等を除去する等の後処理を施し、さらにその外周部を切削等により所望の径を有する光学素子形状に加工し、反射防止コート等を施して最終的な製品とされる。
【実施例】
【0051】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
【0052】
(実施例1)
図1の光学素子用成形型を用いて、光学素子の成形を以下の通り行った。
【0053】
ここで用いた光学素子用成形型は、タングステンカーバイドを99.9%以上含有する超微粒子WC基焼結体(ダイジェット工業株式会社製、商品名:CW500)からなる超硬合金製のものであり、プレス成形により、直径15mm、中心厚さ1mm、周辺厚さ5mmの凹メニスカス形状の光学素子が得られるものである。ここで、上型は胴部の直径がφ16mm、フランジの直径がφ21mm、厚みが3mmであり、下型は胴部の直径がφ16mm、フランジの直径がφ21mm、厚みが3mmであり、内胴はその円筒状の内径がφ16mmで上型及び下型とはクリアランスを5μm設け、外径がφ21mm、長さが25mmである。なお、外胴はSUS316L製で、その円筒状の内径がφ21.6mm、外径がφ26.6mm、長さが32mmmのものを用いた。
【0054】
まず、鏡面化した成形型の成形面2a及び3aに、フェリシアン化カリウム10g/100mL水溶液と水酸化カリウム10g/100mL水溶液との1:1混合液を塗布し、5秒間混合液と接触させ、その後混合液を拭き取り、粗面化処理を行った。
【0055】
得られた粗面化処理を施した成形型の成形面の算術平均粗さRaを測定したところ、Raは1.6nmであった。なお、この算術平均粗さRaは、日本ビーコ株式会社製 原子間力顕微鏡 Nanoscope D3000 を用いて算出した。なお探針には先端径が10nmでシリコン製のものを使用した。粗さの平均長さRSmは約0.2μmであるため先端径としては十分である。探針の検定として粗さ既知の標準サンプルを用いて先端径が良好であることを確認した。
【0056】
(実施例2〜5)
粗面化処理の時間を、それぞれ10秒、20秒、30秒、1分とした以外は、実施例1と同様の操作により粗面化処理した成形型を得た。このように処理時間を変更した順番にそれぞれ実施例2〜5とした。このとき、Raは、それぞれ、3.0nm、5.6nm、8.0nm、15.5nmであった。
【0057】
(比較例1)
粗面化処理を行わない成形型を比較例1として用いた。この成形型の成形面のRaは0.6nmであった。
【0058】
(比較例2)
粗面化処理の時間を2分とした以外は、実施例1と同様の操作により粗面化処理した成形型を得た。このとき、Raは、30.4nmであった。
【0059】
(試験例)
上記実施例及び比較例で得られた成形型の内部に直径φ5.7mmの球状のホウ酸ランタン系のガラス素材を収容し、成形型を680℃に加熱した。なお、このガラス素材の歪点は600℃、ガラス転移点(Tg)は620℃、屈伏点(At)は660℃である。
【0060】
ガラス素材を収容した成形型を、690℃程度に予備加熱した後、搬送手段により680℃に加熱されたプレスプレート11b上に搬送して載置すると同時に、プレスプレート11bと同じ温度に維持されたプレスプレート11aを、下降させて上型2に接触させ、上型2、下型3及びガラス素材30を120秒間十分に加熱し、昇温させてガラス素材を軟化状態とした。
【0061】
次に、上型2、下型3及びガラス素材30が十分に加熱され、プレスプレート11a及び11bと同程度の温度(680℃程度)となったところで、プレスプレート11aをさらに下降させ、上型2及び下型3によりガラス素材30のプレス成形を行った。成形時の圧力を22N/mmとし、100秒程度押圧して押切った。
【0062】
次に、光学素子用成形型1を搬送手段により冷却手段上に搬送して載置させ、成形型全体を冷却した。この冷却の際にも、ガラス素材30へ22N/mmの圧力をかけるようにして、ガラス素材の歪点以下になるまで冷却した。
【0063】
ガラス素材が歪点以下の温度となったところで、成形型を冷却手段から水冷手段上に搬送させて載置し、ガラス素材を室温になるまで冷却した。
【0064】
ガラス素材が十分に冷却したところで、成形型から取り出し、光学素子を得た。このとき、実施例1〜5の成形型を用いた場合には、300回以上成型しても常に光学素子が成形型から自然に離型した。また、レンズの表面は、実施例1〜3では金型からの転写による白曇り等は生じることなく問題なく、実施例4,5では若干白く曇ったレンズとなったものの一般的な製品規格は満足する。実施例4は一般的な製品規格の上限であった。レンズの表面荒れに伴う白曇りと離型のバランスからRaは2〜6nmであることが特に望ましい。
【0065】
一方、比較例1では1回目の成形で成形型に光学素子が噛みこんでいたため、外部から力を加えて離型させなければならなかった。また、比較例2は、複数回成形を繰り返しても光学素子の離型は自然に行われたものの、得られた光学素子の表面が粗くなり、レンズが白く曇るに伴い透過率が下がり、光学素子として十分な性能が得られなかった。
【0066】
以上に示したように、本発明の光学素子の成形型及び成形方法により、プレス成形操作における成形型と光学素子との離型を自然に行うことができるようになり、形状精度の高い光学素子を容易に得ることができることがわかった。また、離型を自然に行うことができるため、面ワレ等の形状不良の発生を低減できるものである。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の光学素子用成形型及びそれを用いた成形方法は、プレス成形による光学素子の製造に用いることができる。
【符号の説明】
【0068】
1…光学素子用成形型、2…上型、3…下型、4…内胴、5…外胴、2a…上成形面,3a…下成形面、10a,10b…加熱プレート、11a,11b…プレスプレート、12a,12b…冷却プレート、30…ガラス素材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対向面が光学素子の成形面とされた一対の上型及び下型を備え、該上型及び下型を互いに接近させて加熱軟化したガラス素材を加圧して光学素子をプレス成形する光学素子用成形型において、
前記上型及び/又は下型の成形面の内、少なくとも、前記プレス成形の際に前記ガラス素材が接触する範囲の算術平均粗さRaが1〜16nmに粗面化されていることを特徴とする光学素子用成形型。
【請求項2】
前記粗面化された成形面は、エッチング液を用いるウェットエッチング処理により粗面化されたものであることを特徴とする請求項1記載の光学素子用成形型。
【請求項3】
前記上型及び下型が超硬合金製であり、前記エッチング液が、フェリシアン化カリウムと水酸化カリウムを1:2〜2:1(質量比)の割合で含有する混合水溶液であることを特徴とする請求項2記載の光学素子用成形型。
【請求項4】
前記粗面化された成形面が、光学素子の凹面を成形する凸形状の面であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の光学素子用成形型。
【請求項5】
前記成形型が、凹メニスカス形状の光学素子を成形するものであり、該凹メニスカス形状の光学素子の(外周の厚さ)/(中心の厚さ)で表わされる偏肉比が3以上であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載の光学素子用成形型。
【請求項6】
前記光学素子用成形型が、対向面が光学素子の成形面とされた一対の上型及び下型と、上型及び下型がそれぞれ上下の開口から摺動可能に挿入され、上型及び下型を同軸上に規制する円筒状の内胴と、前記内胴の外周に被嵌され、前記上型及び下型の成形面間の距離を規制する円筒状の外胴とを備えたものであることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項記載の光学素子用成形型。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれか1項記載の光学素子用成形型にガラス素材を収容し、前記光学素子用成形型を加熱して該成形型内のガラス素材を軟化させる加熱工程と、軟化したガラス素材を、プレス手段を用いて前記光学素子用成形型により加圧して光学素子形状を付与するプレス工程と、プレス工程後、前記光学素子用成形型を冷却し、光学素子形状を付与したガラス素材を固化させる冷却工程と、を有することを特徴とする光学素子の成形方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−246308(P2011−246308A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−120871(P2010−120871)
【出願日】平成22年5月26日(2010.5.26)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】