説明

光情報記録媒体及び2光子吸収材料

【課題】本発明は、記録マークを形成するのに必要となるレーザ光の光強度を低下させる。
【解決手段】本発明における光情報記録媒体100の記録層101は、2光子吸収材料を含有する。この2光子吸収材料は、金属原子に対して単数又は複数の分子が配位してなる金属錯体であり、情報記録用の記録光である記録光ビームL1の照射に応じた2光子吸収による状態変化によって記録光ビームL1を1光子吸収し、当該1光子吸収に応じた発熱により記録マークを形成するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光情報記録媒体及び2光子吸収材料に関し、例えばレーザ光を用いて情報が記録され、また当該レーザ光を用いて当該情報が再生される光情報記録媒体に適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
従来、光情報記録媒体としては、円盤状の光情報記録媒体が広く普及しており、一般にCD(Compact Disc)、DVD(Digital Versatile Disc)及びBlu−ray Disc(登録商標、以下BDと呼ぶ)等が用いられている。
【0003】
一方、かかる光情報記録媒体に対応した記録再生装置では、音楽コンテンツや映像コンテンツ等の各種コンテンツ、或いはコンピュータ用の各種データ等のような種々の情報を当該光情報記録媒体に記録するようになされている。特に近年では、映像の高精細化や音楽の高音質化等により情報量が増大し、また1枚の光情報記録媒体に記録するコンテンツ数の増加が要求されているため、当該光情報記録媒体のさらなる大容量化が求められている。
【0004】
ここで一般的にレーザ光を対物レンズによって集光したときのスポットサイズはレーザ光の波長と対物レンズの開口数NAによって決定されることが知られている。このため記録マークのサイズを小さくして光情報記録媒体を大容量化するためには、波長の短いレーザ光を使用してスポットサイズを小さくすることが望ましい。
【0005】
スポットサイズの微細化は主に対物レンズの開口数NAを大きくすること及びレーザ光の波長を短くすることにより達成されてきた。現在、BDにおいては、対物レンズの開口数NAが0.85、レーザ光の波長が405[nm]を用いている。しかしながら、さらなる開口数NAの増大又はレーザ光の短波長化は困難である。
【0006】
例えば開口数NAを0.85以上にするためにはニアフィールド光を用いるなど、従来とは異なる手法が必要となる。またレーザ光の波長を短波長化するためには、当該レーザ光の波長に対して光情報記録媒体の基板や保護層の透明性を確保せねばならない。すなわちいずれの場合にも、記録再生装置や光情報記録媒体の高コスト化を避けることはできない。
【0007】
そこで、光情報記録媒体を大容量化する手法の一つとして、光情報記録媒体の厚み方向に3次元的に情報を記録するようになされた光情報記録媒体が提案されている。この光情報記録媒体の中には、記録層中に2光子吸収によって発泡する2光子吸収材料を含有させておき、レーザ光を照射することにより気泡でなる記録マークを形成するようになされたものがある(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2005−37658公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところでかかる構成の光情報記録媒体では、CDやDVDで使用されている赤色(例えば600〜750[nm])のレーザ光を2光子吸収して記録マークを形成するようになされている。2光子吸収は、3次の非線形光学効果の一種であり、1個の分子が仮想準位を介して2個の光子を同時に吸収して励起状態になる現象であり、電場強度(すなわち光強度)の2乗に比例する。
【0009】
このため記録層として2光子吸収材料を含有する光情報記録媒体(以下、これを2光子吸収記録媒体と呼ぶ)では、最も電場強度の大きい焦点近傍でのみ2光子吸収を生じる一方、電場強度の小さい焦点以外の部分では2光子吸収を生じない。すなわちレーザ光は、焦点に達するまでに殆ど吸収されることなく記録層内を進行し、焦点に到達した時点で2光子吸収を生じて吸収されることになる。
【0010】
ここで一般的な1光子を吸収する記録層の場合、記録層の全域でレーザ光を吸収するため、記録層の深い部分に到達するまでにレーザ光の光強度を低下させてしまう。このため一般的な1光子を吸収する記録層では、記録層を例えば10層以上にすることが困難であった。
【0011】
これに対して2光子吸収記録媒体では、レーザ光が焦点に達するまでに殆ど吸収されないため、記録層を10層以上にすることが可能となる。
【0012】
このように2光子吸収記録媒体では、光情報記録媒体における記録層の数を増大させることができるため、当該光情報記録媒体における記憶容量を増大させるのに非常に有利である。しかしながら2光子吸収記録媒体では、2光子吸収を生じさせるために非常に大きな光強度でなるレーザ光を用いる必要がある。このため、2光子吸収材料の高感度化が検討されている(例えば特許文献2及び3参照)。
【特許文献2】特開2007−332043公報
【特許文献3】特開2004−279647公報
【0013】
ところで特許文献2及び3に示されるように、一般的な2光子吸収記録媒体では、赤色から赤外光(600〜800[nm])の波長のレーザ光(以下、これを長波長レーザ光と呼ぶ)を用いて記録を行うようになされている(例えば特許文献2参照)。
【0014】
これは次の理由によると考えられる。2光子吸収を生じる分子の吸収断面積は、非特許文献1に示されるように、理論的には有効に共役したπ電子の数に比例する。大きなπ電子系を持つ分子、すなわち長波長を吸収する分子ほど、大きな2光子吸収断面積を有するのである。
【非特許文献1】Journalof Chemical Physics Vol.119, p.8327 (2003): Mark G. Kuzyk 「Fundamental limits on two-photon absorptioncross sections」
【0015】
しかしながら、長波長レーザを用いて記録する場合には、以下のようなデメリットがある。
【0016】
レーザ光をレンズで集光した際の焦点における光束径(すなわちスポット径)はレーザ光の波長に比例する。すなわちレーザ光において、その波長が2倍になると、スポット径は2倍になり、当該スポットの面積は4倍となる。
【0017】
ここで同一の光強度でなるレーザ光の場合、焦点における光強度は1/4倍となり、光子密度は1/2倍となる。さらに2光子吸収量は光子密度の2乗に比例するため、2光子吸収断面積が波長に依存しないと仮定した場合、レーザ光の波長が1/2になると、2光子吸収量が1/4に減少することになる。なお実際には2光子吸収断面積は波長に応じて変化する。
【0018】
言い換えると、800[nm]のレーザ光を用いて400[nm]と同様の2光子吸収量を得るためには、800[nm]における2光子吸収断面積が400[nm]の2光子吸収断面積と比して4倍である必要がある。
【0019】
実際上、長波長レーザを用いて2光子吸収による光記録を実行するためには、10[GW/cm]程度の出射光強度が必要となるため、チタンサファイアレーザのようなフェムト秒レーザを用いる必要がある。このフェムト秒レーザは、非常に高価であるのに加え、繰り返し周波数が低く、光記録を行うには性能が不十分である。
【0020】
また2光子吸収媒体は、長波長レーザを用いて記録をする場合、スポット径が大きくなりスポットにおける光子密度が全体的に小さくなるため、比較的光子密度が高い焦点近傍の狭い範囲でしか2光子吸収を生じることができず、スポット径と比してかなり小さい記録マークRMを形成することになる。
【0021】
すなわち2光子吸収媒体は、長波長レーザを用いて記録をする場合、図1及び図2に示すように、焦点近傍において1光子吸収による記録マークRMよりも小さな記録マークRMを形成することができる。しかしながら2光子吸収媒体は、当該記録マークRMを検出するために、記録時よりレーザ光のスポット径を小さくする必要が生じ、記録時よりも短波長のレーザ光を照射する必要が生じる。
【0022】
このため2光子吸収媒体は、記録と再生に長波長レーザと短波長のレーザの2種類のレーザを使用させることになる。この結果2光子吸収媒体を記録及び再生する記録再生装置は、長波長レーザ及び短波長のレーザを出射させる2つの光源が必要となり、コストが増大してしまう。
【0023】
これに対して2光子吸収媒体は、400[nm]などの短波長レーザを用いて記録する場合、上述したスポット径の差異によりスポットにおける光子密度が全体的に大きくなるため、長波長レーザよりも小さい光強度で2光子吸収を生じることができる。
【0024】
また2光子吸収媒体は、短波長レーザを用いて記録する場合には、光エネルギーを焦点近傍に集中させることができるため、スポット径と比して小さいものの比較的スポット径に近いサイズでなる記録マークRMを形成することができる。すなわち2光子吸収媒体は、記録再生装置に対し、記録及び再生で同一のレーザを使用させることができる。
【0025】
しかしながら、例えばBDで使用されている波長が405[nm]でなる青紫色レーザ光のように、波長が600[nm]未満でなる短波長のレーザ光に対して2光子吸収を生じる2光子吸収材料については2光子吸収を生じる条件を満たすものが発見されておらず、未だ提案されていない。また例え2光子吸収を生じる材料が発見されたとしても、一般的な半導体レーザでは光強度が不足すると考えられる。
【0026】
すなわち記録光として長波長のレーザ光を用いた場合には出射光強度が不足し、比較的出射光強度が低くて済む短波長のレーザ光を2光子吸収する2光子吸収材料に当たってはそもそも存在しないということになる。この結果一般的な半導体レーザを用いて2光子吸収を利用した記録マークRMを形成するためには、記録マークRMを形成するために必要となるレーザ光の光強度を低下させなくてはならないという問題があった。
【0027】
本発明は以上の点を考慮してなされたもので、記録マークを形成するために必要となるレーザ光の光強度を低下させ得る光情報記録媒体及び2光子吸収材料を提案しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0028】
かかる課題を解決するため本発明の光情報記録媒体においては、金属原子に対して単数又は複数の分子が配位してなる金属錯体であり、情報記録用の記録光の照射に応じた2光子吸収による状態変化によって記録光を1光子吸収する2光子吸収材料を含有する記録層を有するようにした。
【0029】
これにより光情報記録媒体では、1光子吸収に応じた発熱により記録マークを形成することができる。
【0030】
また本発明の光情報記録媒体では、パルス状の特異ピーク及び当該特異ピークに続いて照射され当該特異ピークと比して出射光強度の小さい特異スロープに応じて記録マークを形成する記録層を有するようにした。
【0031】
これにより光情報記録媒体では、特異スロープに応じた発熱により記録マークを形成することができる。
【0032】
さらに本発明の光情報記録媒体では、情報記録用の記録光に対する2光子吸収により励起1重項状態に遷移した後、最低3重項状態に遷移し、当該最低3重項状態のときに記録光を1光子吸収する2光子吸収材料を含有する記録層を有するようにした。
【0033】
これにより光情報記録媒体では、1光子吸収に応じた発熱により記録マークを形成することができる。
【0034】
また本発明の光情報記録媒体では、Phをフェニル基、TCNEをテトラシアノエチレン、Xを一般式としたとき、化(1)式によって表される2光子吸収材料を含有するようにした。
IrClX(PhP)TCNE ・・・化(1)
【0035】
これにより光情報記録媒体では、短波長でなる記録光に応じて2光子吸収することができる。
【0036】
さらに本発明の2光子吸収材料は、Phをフェニル基、TCNEをテトラシアノエチレン、Xを一般式としたとき、化(1)式によって表される。
IrClX(PhP)TCNE ・・・化(1)
【0037】
これにより光情報記録媒体では、短波長でなる記録光に応じて2光子吸収することができる。
【発明の効果】
【0038】
本発明によれば、1光子吸収に応じた発熱により記録マークを形成することができ、かくして記録マークを形成するために必要となるレーザ光の光強度を低下させ得る光情報記録媒体を実現できる。
【0039】
また本発明によれば、特異スロープに応じた発熱により記録マークを形成することができ、かくして記録マークを形成するために必要となるレーザ光の光強度を低下させ得る光情報記録媒体を実現できる。
【0040】
また本発明によれば、短波長でなる記録光に応じて2光子吸収することができ、かくして記録マークを形成するために必要となるレーザ光の光強度を低下させ得る光情報記録媒体及び2光子吸収材料を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
以下、図面について、本発明の一実施の形態を詳述する。なお、説明は以下の順序で行う。
1.実施の形態
2.他の実施の形態
【0042】
<1.実施の形態>
[1−1.記録再生装置の構成]
図3に示すように、記録再生装置10は制御部11を中心に構成されている。制御部11は、図示しないCPU(Central Processing Unit)と、各種プログラム等が格納されるROM(Read Only Memory)と、当該CPUのワークメモリとして用いられるRAM(Random Access Memory)とによって構成されている。
【0043】
制御部11は、光情報記録媒体100に情報を記録する場合、駆動制御部12を介してスピンドルモータ15を回転駆動させ、ターンテーブル(図示せず)に載置された光情報記録媒体100を所望の速度で回転させる。
【0044】
また制御部11は、駆動制御部12を介してスレッドモータ16を駆動させることにより、光ピックアップ17を移動軸G1及びG2に沿ってラジアル方向、すなわち光情報記録媒体100の内周側又は外周側へ向かう方向へ大きく移動させるようになされている。
【0045】
また制御部11は、光情報記録媒体100に対して情報を記録する際、外部から供給される記録情報を信号処理部13に供給する。信号処理部13は、記録情報に対して所定の変調処理及び2値化処理などを施すことにより記録データSwを生成し、これを光ピックアップ17に供給する。
【0046】
この結果、光ピックアップ17における短パルス光源20(詳しくは詳述する)から情報に応じて変調された記録光ビームL1が出射される。
【0047】
制御部11は、光ピックアップ17を制御して当該光ピックアップ17から光情報記録媒体100の記録光ビームL1が照射されるべき目標位置PGに対して光ビームを照射させることにより、記録層101に情報を記録するようになされている。
【0048】
また制御部11は、光情報記録媒体100から情報を再生する際、任意の間隔で立ち上がる読出パルス信号を光ピックアップ17に供給する。この結果光ピックアップ17における短パルス光源20から、読出光ビームL2が出射される。なおこの読出パルス信号は、記録マークRMの記録間隔に応じた間隔で生成される。
【0049】
そして光ピックアップ17は、当該光情報記録媒体100から戻ってきた戻り光ビームL3を受光し、当該戻り光ビームL3の受光量に応じた検出信号を信号処理部13に供給する。
【0050】
信号処理部13は、検出信号に基づいて戻り光ビームL3の受光量を表す再生信号SRFを生成し、記録マークRMの記録間隔を検出する。さらに信号処理部13は、当該再生信号SRFに対して所定の2値化処理及び復調処理などを施すことにより再生データを生成し、制御部11に供給する。
【0051】
このように記録再生装置10では、光情報記録媒体100に対して情報を記録し、また当該光情報記録媒体100から情報を再生するようになされている。
【0052】
図4に示すように光ピックアップ17は、情報記録処理の際、制御部11の制御に基づき、短パルス光源20から例えば波長405[nm]の記録光ビームL1をパルス出力させ、当該記録光ビームL1をコリメータレンズ21により発散光から平行光に変換した上でビームスプリッタ22に入射させるようになされている。
【0053】
ビームスプリッタ22は、光ビームを所定の割合で反射又は透過させる反射透過面22Sを有している。反射透過面22Sは記録光ビームL1が入射されると当該記録光ビームL1を透過させ、対物レンズ23へ入射させる。対物レンズ23は、記録光ビームL1を集光することにより、光情報記録媒体100内の目標位置PGに合焦させ、記録マークRMを形成させるようになされている。
【0054】
また光ピックアップ17は、情報再生処理の際、制御部11の制御に基づき、短パルス光源20から読出光ビームL2をパルス出力させ、情報記録処理と同様にして光情報記録媒体100内の目標位置PGに合焦させるようになされている。
【0055】
ここで光情報記録媒体100は、読出光ビームL2の合焦位置に記録マークRMが形成されていた場合、記録層101と記録マークRMとの屈折率の差異によって当該読出光ビームL2を反射し、戻り光ビームL3を生成する。また光情報記録媒体100は、読出光ビームL2の合焦位置に記録マークRMが形成されていない場合、読出光ビームL2を通過させ、戻り光ビームL3を殆ど生成しない。
【0056】
対物レンズ23は、光情報記録媒体100からの戻り光ビームL3を平行光に変換し、ビームスプリッタ22へ入射させる。このときビームスプリッタ22は、戻り光ビームL3の一部を反射透過面22Sにより反射し、集光レンズ24へ入射させる。集光レンズ24は、戻り光ビームL3を集光して受光素子25に照射する。
【0057】
これに応じて受光素子25は、戻り光ビームL3の光量を検出し、当該光量に応じた検出信号を生成して信号処理部13へ送出する。これにより信号処理部13は、検出信号を基に戻り光ビームL3の検出状態を認識し得るようになされている。
【0058】
なお光ピックアップ17は、図示しないアクチュエータによって対物レンズ23を光情報記録媒体100の厚さ方向に移動させることにより、記録光ビームL1及び読出光ビームL2の焦点を所望の深さ(すなわち厚さ方向における位置)に変位させるようになされている。
【0059】
このように記録再生装置10は、光情報記録媒体100に対して情報記録処理及び情報再生処理を実行するようになされている。
【0060】
なお記録再生装置10は、光情報記録媒体100において基準層(図示しない)が形成されている場合には、当該基準層を基準として記録マークが記録されるべき位置(すなわち目標位置PG)を決定することができる。
【0061】
この場合記録再生装置10は、例えば赤色のレーザ光を基準層に対して照射し、赤色のレーザ光が基準層に合焦するよう対物レンズ23を駆動する。そして記録再生装置10は、記録光ビームL1及び読出光ビームL2を当該基準層104から任意の距離だけ離隔させることにより、記録光ビームL1及び読出光ビームL2を目標位置PGに合焦させることができる。
【0062】
[1−2.短パルス光源の構成]
[1−2−1.短パルス光源の構成]
図5に示すように、短パルス光源20は、レーザ制御部31と半導体レーザ34とから構成されている。
【0063】
半導体レーザ34は、半導体発光を用いる一般的な半導体レーザ(例えばソニー株式会社製、SLD3233)でなる。半導体レーザ34は、レーザ制御部31の制御により、レーザ光LL(すなわち記録光ビームL1又は読出光ビームL2)をパルス出力するようになされている。
【0064】
レーザ制御部31は、パルス生成器32及びLD(Laser Diode)ドライバ33とから構成されている。図6(A)に示すように、パルス生成器32は、離散的にパルス状の生成信号パルスSLwを発生するパルス信号SLを生成し、LDドライバ33に供給する。このときパルス生成器32は、例えば外部機器の制御に応じて、生成信号パルスSLwの信号レベルを制御する。
【0065】
図6(B)に示すように、LDドライバ33は、パルス信号SLを所定の増幅率で増幅することにより、生成信号パルスSLwに対応して駆動電圧パルスDJwを発生するレーザ駆動電圧DJを生成し、半導体レーザ34に供給する。このとき駆動電圧パルスDJwの電圧値は、生成信号パルスSLwの信号レベルに応じて決定されることになる。
【0066】
そして半導体レーザ34は、レーザ駆動電圧DJに応じてレーザ光LLをパルス出力する。
【0067】
このように短パルス光源20は、レーザ制御部31の制御により、半導体レーザ34からレーザ光LLを直接的にパルス出力するようになされている。
【0068】
[1−2−2.緩和振動モードによるレーザ光のパルス出力]
次式にレーザの特性を表すいわゆるレート方程式を示している。なお、Γは閉込め係数、τphは光子寿命、τはキャリア寿命、Cは自然放出結合係数、dは活性層厚、qは電荷素量、gmaxは最大利得、Nはキャリア密度、Sは光子密度、Jは注入キャリア密度、cは光速、Nは透明化キャリア密度、nは群屈折率を示している。
【0069】
【数1】

【0070】
図7及び図8に、(1)式から導かれるキャリア密度Nと注入キャリア密度Jと、光子密度Sとの関係を示している。なお図3及び図4では、Γ=0.3、Ag=3e−16[cm]、τph=1e−12[s]、τ=1e−9[s]、C=0.03、d=0.1[μm]、q=1.6e−19[C]として計算を行った。
【0071】
図8に示すように、一般的な半導体レーザは、注入キャリア密度J(すなわちレーザ駆動電圧DJ)の増大に応じてキャリア密度Nが飽和状態の少し手前となる飽和前点Slにおいて、発光を開始する。そして図7に示すように、半導体レーザは、注入キャリア密度Jの増大に伴って光子密度S(すなわち出射光強度)を増大させる。また図7と対応する図9に示すように、注入キャリア密度Jのさらなる増大に伴って、光子密度Sはさらに増大することがわかる。
【0072】
図10、図11及び図12では、図9に示されたポイントPT1、PT2及びPT3においてレーザ駆動電圧DJ(すなわち注入キャリア密度J)を印加し始めてからの時間を横軸として、光子密度Sを縦軸として示している。
【0073】
図10に示すように、最も大きなレーザ駆動電圧DJを印加した場合を表すポイントPT1において、光子密度Sは、緩和振動により大きく振動してその振幅が大きくなり、かつ振幅の周期(すなわち極小値から極小値まで)となる振動周期taが約60[ps]と小さいことが確認された。光子密度Sの値は、発光開始直後に出現する第1波の振幅が最も大きく、第2波、第3波と徐々に減衰し、やがて安定する。
【0074】
このポイントPT1の光子密度Sにおける第1波の最大値は約3×1016と、光子密度Sが安定したときの値である安定値(約1×1016)の約3倍であった。
【0075】
ここで(1)式に示したレート方程式から、レーザ駆動電圧DJを印加し始めてから発光を開始するまでの発光開始時間τdを算出することができる。すなわち発振以前のため光子密度S=0とすると、(1)式における上段の式を次式のように表すことができる。
【0076】
【数2】

【0077】
ここでキャリア密度Nをスレショールド値Nthとすると、発光開始時間τdを次式のように表すことができる。
【0078】
【数3】

【0079】
すなわち発光開始時間τdは、注入キャリア密度Jに反比例することがわかる。
【0080】
図10に示したポイントPT1では、(3)式から当該発光開始時間τdが約200[ps]と算出される。このポイントPT1では、大きな電圧値でなるレーザ駆動電圧DJを印加しているため、発光開始時間τdも短くなっている。
【0081】
図11に示すように、ポイントPT1よりも印加したレーザ駆動電圧DJの値が小さいポイントPT2では、明確な緩和振動を生じているものの、ポイントPT1と比して振動の振幅が小さくなり、かつ振動周期taが約100[ps]と大きくなった。またポイントPT2では、発光開始時間τdも約400[ps]とポイントPT1と比較して大きくなった。このポイントPT2の光子密度Sにおける第1波の最大値は約8×1015と、安定値(約4×1015)の約2倍であった。
【0082】
図12に示すように、ポイントPT2よりも供給したレーザ駆動電圧DJの値がさらに小さいポイントPT3では、緩和振動が殆どみられず、また発光開始時間τdが約1[ns]と比較的長いことが確認された。このポイントPT3の光子密度Sにおける最大値はほぼ安定値と同一であり、約1.2×1015であった。
【0083】
一般的なレーザ光源では、半導体レーザに対してポイントPT3のように緩和振動の殆どみられない条件(電圧値)となる比較的小さいレーザ駆動電圧DJを印加することにより、敢えて出射開始直後の出射光強度の差異を小さくし、レーザ光LLの出力を安定させている。以下、半導体レーザ34が緩和振動を生じさせない低電圧によるレーザ光LLを出力するモードを、通常モードと呼び、当該通常モードにおいて出力されたレーザ光LLを通常出力光LNpと呼ぶ。
【0084】
しかしながら本実施の形態による短パルス光源20では、ポイントPT1及びPT2のように緩和振動を生じさせることにより、レーザ光の瞬間的な出射光強度の最大値を安定値よりも増大(例えば1.5倍以上)させるようになされている。また、緩和振動を生じさせるための電圧値(以下、これを振動電圧値αと呼ぶ)として、大きな値を選択することができるため、大きな振動電圧値αに応じた大きな出射光強度でなるレーザ光を出射させ得るようになされている。
【0085】
すなわち同一の半導体レーザに対して振動電圧値αでなるレーザ駆動電圧DJを印加することにより、従来と比してレーザ光の出射光強度を大幅に増大させることが可能となる。例えばポイントPT1では、緩和振動の第1波による光子密度Sが約3×1016であり、従来の電圧値を印加した場合を示すポイントPT3(約1.2×1015)と比して、半導体レーザ34の出射光強度を20倍以上に増大させることが可能となる。
【0086】
実際上、一般的な半導体レーザ(ソニー株式会社製、SLD3233VF)に対して、比較的大きなレーザ駆動電圧DJを印加した時に測定された出射光強度を、図13に示している。図から、図10及び図11で光子密度Sにみられた緩和振動が出射光強度にそのまま表われ、同様の緩和振動が出射光強度として実際に生じていることが確認された。なお図13では、レーザ駆動電圧DJを半導体レーザに対して矩形のパルス状に供給した場合に得られたレーザ光LLの波形を示している。なお以下、レーザ駆動電圧DJのうち、パルス状に供給される部分を駆動電圧パルスDJwと呼ぶ。
【0087】
図14(A)は、図11に対応する図である。例えば図14(B)に示すように、短パルス光源20のレーザ制御部31は、半導体レーザ34に対し、緩和振動を生じさせるのに十分な振動電圧値α1でなるレーザ駆動電圧DJを駆動電圧パルスDJwとして供給する。このときレーザ制御部31は、駆動電圧パルスDJwとして、発光開始時間τdと振動周期taとを加算(τd+ta)した時間(以下、これを電流波供給時間βと呼ぶ)に亘り、矩形状のパルスでなるレーザ駆動電圧DJを印加する。
【0088】
これによりレーザ制御部31は、図14(C)に示すように、半導体レーザ34に緩和振動による第1波のみを出射させ、当該半導体レーザ34に出射光強度の大きいパルス状のレーザ光LL(以下、これを振動出力光LMpと呼ぶ)を出射させることができる。
【0089】
またレーザ制御部31は、パルス状でなる駆動電圧パルスDJwを供給することにより、大きな電圧値でなるレーザ駆動電圧DJを印加する時間を短縮することができ、半導体レーザ34の過発熱などにより生じる当該半導体レーザ34の不具合を抑制するようになされている。
【0090】
一方レーザ制御部31は、図14(D)に示すように、緩和振動を生じさせるのに十分でかつ振動電圧値α1よりも小さい振動電圧値α2でなる駆動電圧パルスDJwを半導体レーザ34に供給することにより、半導体レーザ34に出射光強度の比較的小さい振動出力光LMpを出射させることができる。なお以下、半導体レーザ34が緩和振動を生じさせてレーザ光LLをパルス出力するモードを緩和振動モードと呼び、緩和振動を生じない通常モードと区別する。
【0091】
このように短パルス光源20は、レーザ光LLに緩和振動を生じさせるよう駆動電圧パルスDJwの電圧値を制御することにより、振動緩和モードによってレーザ光LLをパルス出力し得るようになされている。
【0092】
[1−2−3.特異モードによるレーザ光のパルス出力]
本願発明人らは、レーザ光LLに緩和振動を生じさせる振動電圧値αよりもさらに大きな特異電圧値βでなる駆動電圧パルスDJwを半導体レーザ34に供給することにより、半導体レーザ34から振動出力光LMpよりもさらに大きな出射光強度でなるレーザ光LLをパルス出力し得ることを見出した。
【0093】
次に、駆動電圧パルスDJwの電圧値を変化させた場合のレーザ光LLの変化を測定した実験の結果について説明する。
【0094】
図15に、短パルス光源20から出射されたレーザ光LLを分析する光測定装置41の構成を示している。
【0095】
光測定装置41における短パルス光源20において、半導体レーザ34から出射されたレーザ光LLは、コリメータレンズ42に供給された。
【0096】
レーザ光LLは、コリメータレンズ42によって発散光から平行光に変換され、集光レンズ45へ入射された。レーザ光LLは、集光レンズ45によって集光された後、光サンプルオシロスコープ46(浜松ホトニクス株式会社製、C8188−01)及び光スペクトルアナザイザ47(株式会社エーディーシー製、Q8341)により測定及び分析された。
【0097】
またコリメータレンズ42及び集光レンズ45間にパワーメータ44(株式会社エーディーシー製、Q8230)が設置され、レーザ光LLの出射光強度が測定された。
【0098】
図17に示すように、パルス生成器32に対してパルス幅Wsが1.5[ns]でなる矩形状の設定パルスSLsを設定した場合において、実際にパルス生成器32から出力されたパルス信号SLの波形を図17(B)に示している。このパルス信号SLにおいて、設定パルスSLsに対応して出現するパルス(以下、これを生成信号パルスSLwと呼ぶ)の半値幅である信号パルス半値幅SLhalfは、約1.5[ns]であった。
【0099】
図17(B)に示したパルス信号SLを入力した場合において、実際にLDドライバ33から出力されたレーザ駆動電圧DJの波形を図17(C)に示している。このレーザ駆動電圧DJにおいて、生成信号パルスSLwに対応して出現するパルス(すなわち駆動電圧パルスDJw)の半値幅である電圧パルス半値幅Thalfは、生成信号パルスSLwの信号レベルに応じて約1.5[ns]〜約1.7[ns]の範囲で変化した。
【0100】
このときの生成信号パルス信号SLwの信号レベル(最大電圧値)と駆動電圧パルスDJwにおける電圧パルス半値幅Thalfとの関係、及び生成信号パルス信号SLwの信号レベルと駆動電圧パルスDJwにおける最大電圧値Vmaxとの関係を図16に示している。
【0101】
図16からわかるように、LDドライバ33に入力される生成信号パルスSLwの電圧値が大きくなるに従って、当該LDドライバ33から出力される駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxも上昇する。またパルス信号SLの電圧値が大きくなるに従って、駆動電圧パルスDJwの電圧パルス半値幅Thalfも徐々に大きくなることがわかる。
【0102】
言い換えると、同一パルス幅でなる設定パルスSLsをパルス生成器32に設定した場合であっても、LDドライバ33に対して供給される生成信号パルスSLwの最大電圧値が変化することにより、LDドライバ33から出力される駆動電圧パルスDJwのパルス幅及び電圧値が変化することがわかる。
【0103】
このような駆動電圧パルスDJwに応じて出力されたレーザ光LLについて、光サンプルオシロスコープ46によって測定した結果を図18(A)及び(B)に示している。なおこの図18において、時間を示す横軸は相対値であり、波形の形状を見易くするために各波形をずらして示している。
【0104】
図18(A)に示すように、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが8.8[V]のとき、レーザ光LLの波形LT1には、比較的幅広い小さな出力ピーク(時間1550[ps]近傍)が1つのみ確認され、緩和振動による振動が見られなかった。すなわちこの波形LT1では、短パルス光源20が通常モードにおいて通常出力光LNpを出力していることを表している。
【0105】
図18(A)に示すように、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが13.2[V]のとき、レーザ光LLの波形LT2には、緩和振動による複数のピークが確認された。すなわちこの波形LT2では、短パルス光源20が緩和振動モードにおける振動出力光LMpを出力していることを表している。
【0106】
図18(B)に示すように、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが17.8[V]、22.0[V]、26.0[V]及び29.2[V]のとき、レーザ光LLの波形LT3、LT4、LT5及びLT6には、時間軸方向に先頭部分となるピークと、細かい振動を伴い緩やかに減衰するスロープ部分が確認された。
【0107】
レーザ光LLの波形LT3、LT4、LT5及びLT6は、先頭のピークの後に大きなピークがなく、第1波に続いて第2波、第3波のピークを有する緩和振動モードによる波形LT2(図18(A))とは、その形状が明らかに異なっている。
【0108】
なお測定に使用された光サンプルオシロスコープ46の解像度が約30[ps]以上であるため、各図には表われていないが、ストリークカメラを用いた実験により、先頭のピークのピーク幅(半値幅)は、約10[ps]であることが確認された。またこれに伴って、当該先頭のピークの最大出射光強度も実際より低く表われている。
【0109】
ここで、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxを変化させたときのレーザ光LLについて、さらに分析する。
【0110】
同様にして駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxを変化させたときに得られたレーザ光LLの出射光強度について、光スペクトルアナライザ17によって測定した結果を図19〜図23に示している。なお図19(A)〜図23(A)では、レーザ光LLを波長ごとに分解した結果を表しており、図19(B)〜図23(B)では、レーザ光LLを図18と同様時間軸方向に分解した結果を示している。
【0111】
図19(B)に示すように、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが8.8[V]のとき、レーザ光LLの波形LT11にはピークが1つのみ見られていることから、当該レーザ光LLは通常モードによる通常出力光LNpといえる。また図19(A)に示すように、そのスペクトラムST11では、約404[nm]に1つのピークのみが確認された。このことから図19(B)に示す波形LT11が約404[nm]の波長でなるレーザ光LLに基づくものであることがわかる。
【0112】
図20(B)に示すように、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが13.2[V]のとき、レーザ光LLの波形LT12には大きなピークが複数見られることから、当該レーザ光は緩和振動モードによる振動出力光LMpといえる。また図20(A)に示すように、そのスペクトラムST12では、約404[nm]及び約407[nm]に2つのピークが確認された。このことから図20(B)に示す波形LT2が約404[nm]及び約407[nm]の波長でなるレーザ光LLに基づくものであることがわかる。
【0113】
図21(B)に示すように、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが15.6[V]のとき、レーザ光LLの波形LT13には先頭部分のピーク及び緩やかに減衰するスロープ部分が見られた。このとき図21(A)に示すように、スペクトラムST13では、約404[nm]及び約408[nm]に2つのピークが確認された。スペクトラムST13では、緩和振動モードで確認された約406[nm]のピークが長波長側へ2[nm]移動している。さらに398[nm]近傍が僅かに盛り上がっていることが確認された。
【0114】
図22(B)に示すように、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが17.8[V]のとき、レーザ光LLの波形LT14には先頭部分のピーク及び緩やかに減衰するスロープ部分が見られた。また図22(A)に示すように、そのスペクトラムST14では、約398[nm]と約403[nm]に2つの大きなピークが確認された。スペクトラムST14では、スペクトラムST13(図21(B))と比較して、約408[nm]のピークが非常に小さくなり、その代りに約398[nm]に大きなピークが確認された。
【0115】
図19(B)に示すように、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが38.4[V]のとき、レーザ光LLの波形LT15には先頭部分のピーク及び緩やかに減衰するスロープ部分が明確に見られた。また図19(A)に示すように、そのスペクトラムST15では、約398[nm]及び約404[nm]に2つのピークが確認された。スペクトラムST15は、スペクトラムST14(図18(B))と比較すると、約408[nm]のピークが完全に消失し、約398[nm]に明確なピークが確認された。
【0116】
これらのことから、短パルス光源20では、振動電圧値αよりも大きな特異電圧値β(すなわち最大電圧値Vmax)でなる駆動電圧パルスDJwを半導体レーザ34に供給したことにより、振動出力光LMpとはその波形及び波長の異なるレーザ光LLを出力することが確認された。また発光開始時間τdも上述したレート方程式から導かれる(3)式とは一致しなかった。
【0117】
ここでレーザ光LLの波長に着目する。レーザ光LLは、最大電圧値Vmaxが大きくなるにつれて通常出力光LNp(図19)、振動出力光LMp(図20)へと変化し、さらに当該振動出力光LMpからその波長を変化させる。
【0118】
具体的に、図20に示したように、振動出力光LMpは、通常出力光LNpとほぼ同じ波長(通常出力光LNpの波長±2[nm]以内)のピークに加えて、当該通常出力光LNpよりも約3[nm](3±2[nm]以内)長波長側にピークを有する。
【0119】
これに対して図23に示したレーザ光LLは、通常出力光LNpとほぼ同じ波長((通常出力光LNpの波長±2[nm]以内)のピークに加えて、当該通常出力光LNpよりも約6[nm](6±2[nm]以内)短波長側にピークを有する。以下、このレーザ光LLを特異出力光LApと呼び、当該特異出力光LApを出力する半導体レーザ34のモードを特異モードと呼ぶ。
【0120】
ここで最大電圧値Vmaxが15.6[V]のレーザ光LL(図21(A))と17.8[V]のレーザ光LL(図22(A))とを比較すると、長波長側のピークは消失し、代りに短波長側のピークが出現している。つまり最大電圧値Vmaxの上昇に伴いレーザ光LLが振動出力光LMpから特異出力光LApへ変化する過程において、長波長側のピークが徐々に減衰し、代りに短波長側のピークが増大していくといえる。
【0121】
また特異スロープASPは特異ピークAPKと比して長時間に亘って確認されることから、特異スロープASP(波長404[nm]付近)の光エネルギーは、特異ピークAPK(波長398[nm]付近)の光エネルギーよりも遙かに大きくなることが確認された(図23(A))。
【0122】
以下、短波長側のピーク面積が長波長側のピーク面積以上となるレーザ光LLを、特異出力光LApとし、短波長側のピーク面積が長波長側のピーク面積未満となるレーザ光LLを振動出力光LMpとする。なお図22のように2つのピークが重複する場合には、通常出力光LNpの波長及び当該通常出力光LNpから6[nm]短波長側の波長をそれぞれのピークの中心波長とし、当該中心波長±3[nm]の範囲における面積を当該ピークの面積とする。
【0123】
従って、最大電圧値Vmaxが15.6[V]のレーザ光LL(図21)は振動出力光LMpとなり、最大電圧値Vmaxが17.8[V]のレーザ光LL(図22)は特異出力光LApとなる。
【0124】
以上を踏まえて、特異モードにおけるレーザ光LLについてまとめる。
【0125】
半導体レーザ34は、緩和振動を生じさせる電圧値よりもさらに大きい特異電圧値でβなるレーザ駆動電圧DJが印加されると、特異モードに遷移し、図24に示すように、最初に出現する特異ピークAPKと、続いて出現するスロープASPとからなる特異出力光LApを出射する。
【0126】
特異ピークAPKは、その波長が通常モードにおけるレーザ光LLの波長と比して、約6[nm]短波長側にシフトする。なお他の実験において、通常モードにおけるレーザ光LLの波長が異なる半導体レーザを用いた場合であっても、同様の結果が得られている。
【0127】
パワーメータ44による測定(半導体レーザ34としてソニー株式会社製、SLD3233を使用)の結果、この特異ピークAPKの出射光強度は、約12[W]と緩和振動モードにおけるレーザ光LLの最大の出射光強度(約1〜2[W])と比して、非常に大きいことが確認された。なお光サンプルオシロスコープ46の解像度が低いためこの出射光強度は図面には表われていない。
【0128】
またストリークカメラ(図示せず)による分析の結果、特異ピークAPKは、ピーク幅が10[ps]程度であり、緩和振動モードにおけるピーク幅(約30[ps])と比して、小さくなることが確認された。なお光サンプルオシロスコープ46の解像度が低いためこのピーク幅は図面には表われていない。
【0129】
また特異スロープASPは、その波長が通常モードにおけるレーザ光LLの波長と同一であり、最大の出射光強度は約1〜2[W]程度であった。さらに特異スロープASPは、そのトータルの光エネルギーが特異ピークAPKよりも大きいことが確認された。
【0130】
実際上、短パルス光源20のレーザ制御部31は、半導体レーザ34に対し、振動電圧値αよりもさらに大きい特異電圧値βでなるレーザ駆動電圧DJを駆動電圧パルスDJwとして印加する。
【0131】
これによりレーザ制御部31は、図22に示したように、半導体レーザ34を特異モードに遷移させ、レーザ光LLとして、当該半導体レーザ34から非常に大きい特異ピークAPKを有する特異出力光LApを出射させることができる。
【0132】
このように短パルス光源20は、半導体レーザ34を特異モードへ遷移させるのに十分な電圧値でなる駆動電圧パルスDJwを印加するようパルス発生器4を制御することにより、半導体レーザ34から特異出力光LApを出力し得るようになされている。
【0133】
すなわち記録再生装置10は、例えば記録光ビームL1として特異出力光LApを出射することにより、大きな光強度による2光子吸収を利用して記録マークRMを形成することができる(詳しくは後述する)。
【0134】
また記録再生装置10は、例えば読出光ビームL2として振動出力光LMp若しくは通常出力光LMpを出射することにより、適切な光量でなる戻り光ビームL3を生成させ、再生信号SRFの品質を向上させ得るようになされている。
【0135】
[1−3.光情報記録媒体の構成]
図25(A)及び(B)に示すように、光情報記録媒体100は、基板102及び103の間に記録層101を形成することにより、全体として情報を記録するメディアとして機能するようになされている。
【0136】
基板102及び103はガラス基板でなり、光を高い割合で透過させるようになされている。また基板102及び103は、直径dxが約120[mm]程度、厚さt2及びt3が例えば0.6[mm]でなる中心に円形の孔部を有する円盤状に構成されている。なお基板102及び103は正方形板状又は長方形板状など各種形状に構成されても良い。また基板102及び103のサイズに制限はなく、さらには必ずしも中心に孔部を有する必要はない。
【0137】
この基板102及び103の外側表面(記録層101と接触しない面)には、波長が例えば405[nm]でなる光ビームに対して無反射となるような多層無機層(例えば、Nb/SiO/Nb/SiOの4層)のAR(AntiReflection coating)処理を施している。
【0138】
また基板102及び103としては、材料の選択や表面処理により波長が400[nm]未満でなる紫外光を遮断するようにしても良い。これにより基板102及び103は、記録層101に紫外光が曝露されるのを防止することができ、記録層101の耐久性を向上させることができる。
【0139】
なお基板102及び103としては、ガラス板に限られず、例えばアクリル樹脂やポリカーボネート樹脂など種々の光学材料を用いることができる。例えば基板102及び103としてポリカーボネート樹脂を用いることにより、基板102及び103に紫外光を遮断する機能を付加することができる。基板102及び103の厚さt2及びt3は、上記に限定されるものではなく、0.01[mm]〜1.2[mm]の範囲から適宜選択することができる。この厚さt2及びt3は、同一の厚さであっても異なっていても良い。また、基板102及び103の外側表面にAR処理を必ずしも施さなくても良い。
【0140】
記録層101は、直径φが基板102及び103と同等又は僅かに小さく、その厚さt1(=0.01[mm]〜0.5[mm])が記録マークRMの高さよりも十分に大きくなるよう設計されている。このため記録層101は、光情報記録媒体100の面方向だけでなく厚さ方向に複数の記録マークを形成し、当該記録マークを3次元的に配列させるようになされている。
【0141】
記録層101及び基板102又は103の界面には、記録光ビームL1の少なくとも一部を反射する基準層(図示しない)が設けられても良い。この場合、反射層には、サーボ用の案内溝又はピットなどが形成されていても良い。例えば、一般的なBD−R(Recordable)ディスク等と同様のランド及びグルーブにより螺旋状のトラックを形成することにより、当該トラックを基準として記録マークが記録されるべき目標位置PGを決定することが可能となる。
【0142】
記録層101は主成分となるバインダー樹脂に対し、光ビームを2光子吸収する2光子吸収材料が分散されてなる。
【0143】
バインダー樹脂としては、光ビームに対する透過率の高い各種樹脂材料を用いることができる。例えば熱によって軟化する熱可塑性樹脂や、光による架橋又は重合反応によって硬化する光硬化型樹脂、熱による架橋または重合反応によって硬化する熱硬化型樹脂などを用いることができる。
【0144】
なお樹脂材料としては特に限定されないが、耐候性や光透過率などの観点から、PMMA(Polymethylmethacrylate)樹脂や、アクリル樹脂、ポリカーボネート樹脂、ノルボルネン樹脂、ニトロセルロースなどが用いられることが好ましい。
【0145】
またバインダー樹脂としては、耐候性の問題から、400[nm]未満でなる紫外光ビームを透過しない樹脂材料を用いたり、紫外線を吸収する紫外線吸収材料などを樹脂材料に添加しても良い。さらにバインダー樹脂には、記録特性や製造上の特性、強度特性などの観点から、種々の添加剤を添加することができる。
【0146】
2光子吸収材料としては、400[nm]以上600[nm]未満でなる光ビームに対して2光子吸収を生じ発熱する特性を有するものが用いられることが好ましい。さらに2光子吸収材料としては、400[nm]以上500[nm]未満の青紫色光ビームに対して2光子吸収を生じるものが好ましい。この2光子吸収による発泡は、熱分解による反応、すなわちヒートモードで起こるものをいう。
【0147】
さらに2光子吸収材料としては、2光子吸収の結果として生じた当該2光子吸収材料の状態変化により、光ビームを1光子吸収して発熱する材料が好ましい。特に2光子吸収材料としては、光強度の大きい特異ピークAPKに対して2光子吸収を生じ、トータルの光エネルギーの大きい特異スロープASPを吸収して発熱し得る材料であることが好ましい。
【0148】
2光子吸収による状態変化は、化学変化や構造変化であっても良く、特に2光子吸収に応じて基底状態から励起状態に遷移することによる構造変化であることが好ましい。この励起状態は最低3重項状態であることが好ましい。最低3重項状態はスピン禁制状態であるため寿命が長く、最低3重項状態にある2光子吸収材料が比較的長時間に亘って照射される特異スロープASPを十分に吸収し得るからである。
【0149】
基底状態から最低3重項状態への変化の形態としては特に制限されず、基底状態から直接的に最低3重項状態へ遷移しても良く、また図26に示すように、基底状態から励起1重項状態を介して最低3重項状態へ遷移しても良い。
【0150】
2光子吸収材料としては、単数又は複数の分子が金属に配位してなる金属錯体であることが好ましい。かかる金属錯体では、2光子吸収により基底状態から1重項励起状態に変化した後、金属原子の重原子効果により迅速に項間交差を生じ最低3重項状態へ遷移し得るからである。
【0151】
金属としては特に制限されないが、イリジウム、オスニウム、ルテニウム、金、プラチナなどの遷移金属であることが好ましい。容易に錯体を形成し得るからである。
【0152】
この金属に配位する分子としては特に制限されないが、テトラシアノエチレンを含有することが好ましい。テトラシアノエチレンは、π軌道とπ*軌道のエネルギーの差異が比較的小さく(非特許文献2参照)、最低3重項状態への遷移が容易であると共に、当該最低3重項状態を長時間に亘って保ち得るからである。
【0153】
また金属に配位する分子としては、テトラシアノエチレンの他にも、Cl、NCS、CO、Br、NCO、PhP、PhAsなどの各種電子供与基又は電子吸引基を含有していても良い。これらの電子供与基又は電子吸引基は、テトラシアノエチレンを中心としたπ電子雲に影響を与え、2光子吸収の生じる確率などに影響を与え得、2光子吸収の確率を向上させることができる。要は、2光子吸収材料(すなわち金属錯体)総体として2光子吸収を十分に生じる構造であれば良い。
【0154】
2光子吸収材料としては、以下に示されるイリジウム錯体であることが特に好ましい。テトラシアノエチレン及びPhPがイリジウム錯体におけるπ電子雲を形成し、2光子吸収特性を呈し得るからである。なおPhはフェニル基、TCNEはテトラシアノエチレン、Xは一般式である。
IrClX(PhP)TCNE ・・・化(1)
【0155】
化(2)式、化(3)式、化(4)式に示すように、一般式Xは、Cl、NCS、NCOであることが特に好ましい。イリジウム錯体の全体的なπ電子雲のバランスを調整し、良好な2光子吸収特性を呈し得るからである。なお以下、化(2)式、化(3)式、化(4)式に示される化合物をそれぞれ化合物1、化合物2、化合物3と呼ぶ。
IrCl(CO)(PhP)TCNE ・・・化(2)
IrNCS(CO)(PhP)TCNE ・・・化(3)
IrNCO(CO)(PhP)TCNE ・・・化(4)
【0156】
2光子吸収材料の含有割合は特に制限されないが、記録光ビームL1を十分に吸収して記録マークを確実に形成するために、バインダー樹脂に対して重量比で0.001[%]、さらには0.05[%]以上であることが好ましい。また2光子吸収材料の含有割合は、透過率の低下などの弊害を防止するため、20.0[%]未満、さらには10.0[%]未満であることが好ましい。
【0157】
なお記録層101は、発熱に応じた発泡により記録マークRMを形成することが好ましい。この発泡は、2光子吸収材料が熱分解又は蒸発することにより気化して生じても良く、バインダー樹脂若しくは当該バインダー樹脂に添加された各種添加剤などの混合成分が熱分解又は蒸発することにより気化して生じても良い。記録層101は、熱に応じて気化する気化材料を含有しても良い。
【0158】
次に、光情報記録媒体100の作製方法について説明する。
【0159】
例えばバインダー樹脂として熱可塑性樹脂を用いる場合、加熱した熱可塑性樹脂に2光子吸収材料を添加し、混練機で混練することによりバインダー樹脂に2光子吸収材料を分散させる。
【0160】
そして2光子吸収材料が分散されたバインダー樹脂を基板103上に展開し、冷却させることにより記録層101を作製した後、例えばUV接着剤やPSA(Pressure Sensitive Adhesive:感圧接着)シートなどを用いて基板102を記録層101に接着することにより光情報記録媒体100を作製することができる。
【0161】
また熱可塑性樹脂を有機溶剤などで希釈する場合(以下、この熱可塑性樹脂を溶剤希釈型樹脂と呼び、加熱により成型する熱可塑性樹脂と区別する)には、予め2光子吸収材料を有機溶剤に分散してから当該有機溶剤に溶剤希釈型樹脂を溶解させたり、有機溶剤で希釈した溶剤希釈型樹脂に2光子吸収材料を添加して攪拌することによりバインダー樹脂に2光子吸収材料を分散させる。
【0162】
そして2光子吸収材料が分散されたバインダー樹脂を基板103上に展開し、加熱乾燥させることにより記録層101を作製した後、例えばUV接着剤を用いて基板102を記録層101に接着することにより光情報記録媒体100を作製することができる。
【0163】
さらにバインダー樹脂として熱硬化性樹脂や光硬化性樹脂を用いる場合、未硬化の樹脂材料に2光子吸収材料を添加して攪拌することによりバインダー樹脂に2光子吸収材料を分散させる。
【0164】
そして2光子吸収材料が分散されたバインダー樹脂を基板103上に展開し、未硬化の記録層101に対して基板103が載置された状態で光硬化又は熱硬化させることにより光情報記録媒体100を作製することができる。
【0165】
また2光子吸収材料をバインダー樹脂に結合させるようにしても良い。この場合2光子吸収材料は、バインダー樹脂に分散された後、加熱などによりバインダー樹脂に結合されることになる。2光子吸収材料が有する官能基を用いてバインダー樹脂に直接結合されるようにしても良く、また、カップリング剤などを用いてバインダー樹脂に間接的に結合されるようにしても良い。
【0166】
[1−4.実施例]
実施例では、実際に化合物1〜化合物3を合成し、これらを用いて光情報記録媒体100を作製した。
【0167】
まず、化合物1〜化合物3を非特許文献2に記載された方法に従って調整した。
【非特許文献2】Journal of the American Chemical society Vol. 90 No. 14 Page 3705Year 1986
【0168】
テトラシアノエチレンは市販されているものを使用した。IrCl(CO)(PhP)は、非特許文献3及び非特許文献4に記載された方法に従って調整した。
【非特許文献3】P. B. Chock and J. Halpern, J. Am. Chem. Soc., 88, 3511(1966)
【非特許文献4】J.P. Collman, F.D. Vastine, and W. R.Roper, ibid., 88, 5053
【0169】
IrNCS(CO)(PhP)、IrNCO(CO)(PhP)は、IrCl(CO)(PhP)から複分解法(metathetical process)によって調整した。すなわち50[℃]のアセトン溶液中でIrCl(CO)(PhP)をモル比で10倍量のNaSCNと30分間反応させることにより、IrNCS(CO)(PhP)、IrNCO(CO)(PhP)を得た。
【0170】
常温下において、1価のイリジウム錯体(IrX(CO)(PhP);X=Cl、NCS、CO)を少量のベンゼンに溶解又は懸濁させた。溶解性が悪い場合には、常温より若干高い温度(50〜70[℃])に加温した。
【0171】
イリジウム錯体に対し、モル比で当量の固体のテトラシアノエチレンを加え、マグネット攪拌子により攪拌して反応させることにより、化合物1〜化合物3を得た。
【0172】
次に、この化合物1〜化合物3を用いて光情報記録媒体100としてのサンプルS1〜サンプルS3を作製した。なお便宜上、サンプルS1の作製について説明し、同様にして作製されたサンプルS2及びサンプルS3についての説明を省略する。
【0173】
0.104[g]の化合物1、5.18[g]のポリカーボネート(分子量約36000)をクロロホルム350[ml]に溶解させて攪拌し、均一な調整溶液を得た。
【0174】
直径13[cm]の底が平らな円筒容器にクロロホルムを入れ、化合物1及びポリカーボネートの固形分濃度が重量比で0.02[%]になるように調整溶液を添加し、0.02[%]溶液を調整した。さらに化合物1及びポリカーボネートの固形分濃度が重量比で1[%]になるように、0.02[%]溶液に対してポリカーボネート(分子量約36000)を添加し、溶解させ、1[%]溶液を調整した。すなわちこの1[%]溶液の固形分重量のうち、0.394[%]が化合物1であり、残りの99.60[%]がポリカーボネートとなる。
【0175】
この1[%]溶液を円筒容器中でそのまま乾燥させた後、円筒容器から取り出し、約160[℃]の温風でさらに乾燥させた。この結果、直径13[cm]、厚さ約330[μm]のフィルムを得た。このフィルムから、中心に直径約4[cm]の孔部を有する直径約11.8[cm]の円盤状フィルム(すなわち記録層101)を切り出した。
【0176】
この円盤状フィルムを15[μm]のPSAシートを用いて直径12[cm]、厚さ0.8[mm]中心孔部の直径15[mm]のポリカーボネート板(すなわち基板103)に貼り合わせた。さらに円盤状フィルムの反対側に同一のPSAシートを用いて厚さ40[μm]のポリカーボネートシート(すなわち基板102)に貼り合わせることにより、光情報記録媒体100としてのサンプルS1を作製した。
【0177】
なおポリカーボネートシートには、予め記録光ビームL1をガイドするための螺旋状の案内溝を形成し、接着面側(記録層101側)に650[nm]のレーザ光を反射して、405[nm]のレーザ光を透過する誘電体層(すなわち基準層)を形成した。この誘電体層は、窒化シリコン(80[nm])、酸化シリコン(110[nm])、窒化シリコン(80[nm])、酸化シリコン(110[nm])、窒化シリコン(80[nm])の5層構造とした。
【0178】
そして20[V]の駆動電圧パルスDJwを有するレーザ駆動電圧DJを記録再生装置10の半導体レーザ34に対して印加することにより半導体レーザ34から波長405[nm]でなる記録光ビームL1を出射した。記録再生装置10は、これをNA(Numerical Aperture)=0.85の対物レンズ23により集光し、サンプルS1〜サンプルS3における記録層101に対して照射した。
【0179】
そして記録再生装置10は、記録光ビームL1と同一波長、同一の開口数NAでなる対物レンズ23を介して光パワー1.0[mW]の読出光ビームL2(通常出力光LNp)を連続的に照射した。このとき受光素子25は、サンプルS1〜サンプルS3のいずれのサンプルからも、記録光ビームL1を照射した位置から十分に検出可能な光量でなる戻り光ビームL3を検出することができた。
【0180】
すなわちサンプルS1〜サンプルS3では、短パルス光源20から出射される記録光ビームL1(すなわち特異出力光LAp)によって記録マークRMを形成し得ることが確認された。
【0181】
またサンプルS1〜サンプルS3では、記録層101の厚さ方向に目標位置PGを変更した場合であっても、同様に記録光ビームL1によって記録マークRMを形成し得ることが確認された。
【0182】
このように2光子吸収材料として化(1)式で表される化合物1〜化合物3を含有するサンプルS1〜サンプルS3は、パルス状の記録光ビームL1によって、記録層101の任意の位置に記録マークRMを形成し得ることが確認された。
【0183】
[1−5.動作及び効果]
以上の構成において、光情報記録媒体100の記録層101は、金属原子に対して単数又は複数の分子が配位してなる金属錯体であり、情報記録用の記録光の照射に応じた2光子吸収による状態変化によって記録光を1光子吸収する2光子吸収材料を含有する。
【0184】
これにより記録層101は、2光子吸収材料が2光子吸収により基底状態から励起1重項状態へ遷移した後、金属原子の重原子効果により迅速に最低3重項状態に遷移して記録光を1光子吸収する。この最低3重項状態の寿命は長いため、2光子吸収材料は、長時間に亘って記録光を1光子吸収して十分に発熱することができ、記録マークRMを形成することができる。
【0185】
2光子吸収材料は、テトラシアノエチレンを含有する。ここでテトラシアノエチレンは、2光子吸収の吸収断面積が大きく、2光子吸収を生じ易い構造を有している。このため金属原子にテトラシアノエチレンを配位させた金属錯体は、十分な確率で2光子吸収を生じることが可能となる。
【0186】
また記録層101は、化(1)式によって表される化合物1〜化合物3を含有することにより、一般的な半導体レーザ34を用いて記録マークRMを形成し得ることが確認された。
【0187】
さらに記録層101は、パルス状の特異ピークAPK及び当該特異ピークAPKに続いて照射され当該特異ピークAPKと比して出射光強度の小さい特異スロープASPに応じて記録マークRMを形成する。
【0188】
ここで2光子吸収に使用される従来のレーザ光源は、各種光学部品を使用してレーザ光をパルス状に調整することにより光強度を増大させており、構成上、非常に高価であった。本願発明では、特異モードにおいて半導体レーザ34から直接的にピコ秒レベルのレーザ光(特異出力光LAp)をパルス出力することができる。ここで特異出力光LApは、光強度の大きい特異ピークAPKと特異スロープASPとからなるという特徴を有している。
【0189】
本願発明では、この特徴に着目し、特異ピークAPKにおけるエネルギーの不足分を特異スロープASPのエネルギーによって補って発熱させることにより、一般的な半導体レーザ34を用いて記録マークRMを形成することができる。
【0190】
さらに2光子吸収材料は、2光子吸収を生じ状態変化が生じた箇所でのみ1光子吸収を生じるため、記録光ビームL1の焦点近傍以外の領域で記録光ビームL1を吸収することがない。このため記録層101は、通常の2光子吸収材料を用いた場合と同様に、記録光ビームL1の強度を殆ど低下させることなく焦点に到達させることができる。
【0191】
また記録層101は、特異ピークAPKを2光子吸収して状態変化し、特異スロープASPを1光子吸収することにより発熱する2光子吸収材料を含有する。これにより記録層101は、トータルエネルギーの大きな特異スロープASPのエネルギーを熱に変換し、効率良く記録マークRMを形成することができる。
【0192】
さらに記録層101は、情報記録用の記録光としての記録光ビームL1に対する2光子吸収により励起1重項状態に遷移した後、最低3重項状態に遷移し、当該最低3重項状態のときに記録光ビームL1を1光子吸収する2光子吸収材料を含有する。
【0193】
これにより記録層101は、寿命の長い(μ秒オーダー)最低3重項状態において記録光を1光子吸収することができるため、十分に発熱して記録マークRMを形成することができる。
【0194】
また2光子吸収材料は、化(2)式、化(3)式又は化(4)式のいずれかであることにより、600[nm]未満の短波長でなる405[nm]の記録光ビームL1を2光子吸収することができる。
【0195】
以上の構成によれば、光情報記録媒体100の記録層101は、短波長の記録光ビームL1に応じて2光子吸収を生じる。これにより記録層101は、記録光ビームL1のエネルギーを焦点に小さく集中させることができ、長波長でなる光ビームの2光子吸収と比較して、2光子吸収させるのに必要となる記録光ビームL1の光強度を低下させることができる。
【0196】
さらに記録層101は、状態変化によって当該記録光ビームL1を1光子吸収して発熱することにより、比較的低い光強度でなる記録光ビームL1に応じて発熱することができる。これにより記録層101は、単純な2光子吸収によって記録マークRMを形成する従来の方法と比較して、記録マークRMを形成するために必要な2光子吸収量を低下させることができる。
【0197】
この結果、記録マークRMを形成するために必要な記録光ビームL1の出射光強度を低下させることができ、一般的な半導体レーザ34を用いて記録マークRMを形成させることができる光情報記録媒体を実現することができる。
【0198】
<2.他の実施の形態>
なお上述した実施の形態においては、記録光ビームL1として半導体レーザ34から特異出力光LNpを出射するようにした場合について述べた。本発明はこれに限らず、例えばレーザ光をパルス出力するピコ秒レーザなどの各種レーザと、通常の半導体レーザを組み合わせ、2つのレーザ光を連続的に又は同時に照射するようにしても良い。
【0199】
また上述した実施の形態においては、2光子吸収材料が金属錯体でなるようにした場合について述べた。本発明はこれに限らず、2光子吸収による状態変化により記録光ビームL1を吸収するような材料であればその構造に制限はない。
【0200】
さらに上述した実施の形態においては、2光子吸収材料がバインダー樹脂に分散又は結合されるようにした場合について述べたが、本発明はこれに限らず、例えばガラスなどの無機材料に分散されるようにしても良い。
【0201】
さらに上述した実施の形態においては、バインダー樹脂として各種樹脂材料が用いられるようにした場合について述べたが、本発明はこれに限らず、例えば必要に応じて各種添加剤や例えばシアニン系、クマリン系、キノリン系色素、ベンゾフェノン誘導体などの増感材などを加える等しても良い。
【0202】
さらに上述した実施の形態においては、波長405[nm]でなる記録光ビームL1に対して2光子吸収を生じるようにした場合について述べたが、本発明はこれに限らず、600[nm]未満の短波長の光ビームに対して2光子吸収を生じれば良い。
【0203】
さらに上述した実施の形態においては、光情報記録媒体100の基板102側の面から記録光ビームL1及び読出光ビームL2をそれぞれ照射するようにした場合について述べたが、本発明はこれに限らず、例えば記録光ビームL1を基板103側の面から照射するようにする等、各光又は光ビームをそれぞれいずれの面、もしくは両面から照射するようにしても良い。
【0204】
さらに上述した第2の実施の形態においては、短パルス光源20から出射される記録光ビームL1の波長を405[nm]とする以外にも、他の波長とするようにしても良く、要は記録層101内における目標位置PGの近傍に記録マークRMを適切に形成できれば良い。
【0205】
さらに上述した実施の形態においては、記録マークRMを3次元的に形成するようにした場合について述べたが、本発明はこれに限らず、例えば仮想マーク記録層を1層のみ有することにより記録マークRMを2次元的に形成しても良い。
【0206】
さらに上述した実施の形態においては、例えば2光子吸収材料が2光子吸収によって蒸発することにより気泡でなる記録マークRMを形成するようにした場合について述べたが、本発明はこれに限らず、例えば屈折率を変化させることにより記録マークRMを形成するようにしても良い。この場合、一の光源から出射した記録光ビームL1を2つに分離し、互いに反対方向から同一の目標マーク位置に照射することにより、ホログラムでなる記録マークRMを形成することも可能である。
【0207】
さらに上述した実施の形態においては、戻り光ビームL3を受光するようにした場合について述べた。本発明はこれに限らず、戻り光ビームL3の代わりに、読出光ビームL2の透過光を受光する受光素子を配置して記録マークRMの有無に応じた読出光ビームL2の光変調を検出することにより、当該読出光ビームL2の光変調を基に情報を再生するようにしても良い。さらには、記録層101単体で所望の強度が得られる場合等に、光情報記録媒体100から当該基板102及び103を省略しても良い。
【0208】
さらに上述した実施の形態においては、記録層としての記録層101によって光情報記録媒体としての光情報記録媒体100を構成する場合について述べたが、本発明はこれに限らず、その他種々の構成でなる記録層によって光情報記録媒体を構成するようにしても良い。
【産業上の利用可能性】
【0209】
本発明は、例えば映像コンテンツや音声コンテンツ等のような大容量の情報を光情報記録媒体等の記録媒体に記録し又は再生する記録再生装置等でも利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0210】
【図1】1光子吸収による記録マークの形成を示す略線図である。
【図3】2光子吸収による記録マークの形成の説明に供する略線図である。
【図2】記録再生装置の構成を示す略線図である。
【図4】光ピックアップの構成を示す略線図である。
【図5】短パルス光源の構成を示す略線図である。
【図6】パルス信号とレーザ駆動電圧を示す略線図である。
【図7】注入キャリア密度と光子密度との関係(1)の説明に供する略線図である。
【図8】注入キャリア密度とキャリア密度との関係の説明に供する略線図である。
【図9】注入キャリア密度と光子密度との関係(1)の説明に供する略線図である。
【図10】PT1における光子密度の説明に供する略線図である。
【図11】PT2における光子密度の説明に供する略線図である。
【図12】PT3における光子密度の説明に供する略線図である。
【図13】実際の発光波形を示す略線図である。
【図14】駆動電流と出射光強度(1)の説明に供する略線図である。
【図15】光測定装置の構成を示す略線図である。
【図16】パルス信号と駆動電圧パルスとの関係を示す略線図である。
【図17】各パルスの形状を示す略線図である。
【図18】電圧とレーザ光の波形を示す略線図である。
【図19】8.8[V]のときのレーザ光を示す略線図である。
【図20】13.2[V]のときのレーザ光を示す略線図である。
【図21】15.6[V]のときのレーザ光を示す略線図である。
【図22】17.8[V]のときのレーザ光を示す略線図である。
【図23】38.4[V]のときのレーザ光を示す略線図である。
【図24】特異出力光の波形を示す略線図である。
【図25】状態変化の例の説明に供する略線図である。
【図26】光情報記録媒体の構成を示す略線図である。
【符号の説明】
【0211】
10……記録再生装置、11……制御部、17……光ピックアップ、20……短パルス光源、23……対物レンズ、100……光情報記録媒体、101……記録層、102、103……記録層、t1、t2、t3……厚さ、L1……記録光ビーム、L2……読出光ビーム、L3……戻り光ビーム、RM……記録マーク、APK……特異ピーク、ASP……特異スロープ。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属原子に対して単数又は複数の分子が配位してなる金属錯体であり、情報記録用の記録光の照射に応じた2光子吸収による状態変化によって上記記録光を1光子吸収する2光子吸収材料を含有する記録層
を有する光情報記録媒体。
【請求項2】
上記2光子吸収材料は、
テトラシアノエチレンを含有する
請求項1に記載の光情報記録媒体。
【請求項3】
上記2光子吸収材料は、
Phをフェニル基としたとき、PhPを含有する
請求項2に記載の光情報記録媒体。
【請求項4】
上記2光子吸収材料は、
TCNEをテトラシアノエチレン、Xを一般式としたとき、化(1)式によって表される
IrClX(PhP)TCNE ・・・化(1)
請求項3に記載の光情報記録媒体。
【請求項5】
上記2光子吸収材料は、化(2)式、化(3)式又は化(4)式のいずれかによって表される
IrCl(CO)(PhP)TCNE ・・・化(2)
IrNCS(CO)(PhP)TCNE ・・・化(3)
IrNCO(CO)(PhP)TCNE ・・・化(4)
請求項3に記載の光情報記録媒体。
【請求項6】
上記状態変化は、
基底状態から励起状態への遷移である
請求項1に記載の光情報記録媒体。
【請求項7】
上記2光子吸収材料は、
2光子吸収反応により励起1重項状態に遷移した後、上記金属原子による重原子効果により最低3重項状態に遷移する
請求項6に記載の光情報記録媒体。
【請求項8】
パルス状の特異ピーク及び当該特異ピークに続いて照射され当該特異ピークと比して出射光強度の小さい特異スロープに応じて記録マークを形成する記録層
を有する光情報記録媒体。
【請求項9】
上記記録層は、
上記特異ピークを2光子吸収して状態変化し、上記特異スロープを1光子吸収することにより発熱する2光子吸収材料を含有する
請求項8に記載の光情報記録媒体。
【請求項10】
情報記録用の記録光に対する2光子吸収により励起1重項状態に遷移した後、最低3重項状態に遷移し、当該最低3重項状態のときに記録光を1光子吸収する2光子吸収材料を含有する記録層
を有する光情報記録媒体。
【請求項11】
Phをフェニル基、TCNEをテトラシアノエチレン、Xを一般式としたとき、化(1)式によって表される2光子吸収材料を含有する
IrClX(PhP)TCNE ・・・化(1)
光情報記録媒体。
【請求項12】
Phをフェニル基、TCNEをテトラシアノエチレン、Xを一般式としたとき、化(1)式によって表される
IrClX(PhP)TCNE ・・・化(1)
2光子吸収材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【公開番号】特開2010−122373(P2010−122373A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−294582(P2008−294582)
【出願日】平成20年11月18日(2008.11.18)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】