説明

光触媒体及びそれを用いた還元用触媒体

【課題】高い選択性を有し、より長波長の光で還元反応を実現する光触媒体を提供する。
【解決手段】ニッケル含有硫化亜鉛、銅含有硫化亜鉛、窒化タンタル、酸窒化タンタル、酸化タンタルの少なくとも1つを含む半導体と、カルボキシビピリジン配位子を有するレニウム錯体またはビピリジン配位子を有するルテニウム錯体からなる基材と、が接合された構造を有し、半導体に光を照射することによって生じた励起電子が基材に移動することにより基材が触媒反応を呈するようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光触媒体及びそれを用いた還元生成物を得るための触媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化チタン等の半導体触媒の粉末を水に懸濁させ、キセノンランプや高圧水銀灯等の人工光源から光を照射しつつ二酸化炭素を通すことによってホルムアルデヒド、ギ酸、メタン、メタノール等を生成する技術が開示されている(非特許文献1)。
【0003】
また、酸化ジルコニウム半導体に光を照射することによって、光エネルギーを利用して水から水素と酸素とを製造する方法、及び、水及び二酸化炭素から水素、酸素及び一酸化炭素を製造する方法が開示されている(特許文献1)。
【0004】
また、金属−配位子間の電荷吸収バンドが紫外領域から可視領域に亘る金属錯体から選ばれた光触媒と有機アミンから選ばれた電子供与剤とを溶解させ、その有機溶媒中に0.2〜7.5MPaの高圧で二酸化炭素を導入し、その圧力下において光を照射することによって二酸化炭素を選択的に一酸化炭素に還元する技術が開示されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2526396号公報
【特許文献2】特許第3590837号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】ネイチャ,Vol.277,pp637-638,1979
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記非特許文献1ではホルムアルデヒド、ギ酸、メタン、メタノール等が同時生成され、上記特許文献1では水素のみ、又は水素と一酸化炭素とが同時生成される。光照射により水素、又は2種類以上の二酸化炭素還元物を同時に生成できることが無機半導体光触媒の特徴であるが、工業的な利用の観点では生成物を高い選択性で生成できることが重要である。
【0008】
また、上記特許文献2ではレニウム錯体を用いた還元処理が示されている。レニウム錯体を用いた場合には、選択的に一酸化炭素が生成され易いという特徴が知られている。レニウム錯体を光触媒体として利用する場合、二酸化炭素還元反応を実現する可視光の吸収域が450nm以下であり、比較的短波長側に限定される。
【0009】
上記特許文献2には、その他の金属の錯体についても記載されているが、可能性がある金属元素を羅列するに留まり、実現されていない。
【0010】
また、色素増感型太陽電池の分野では、ルテニウム錯体はRu(bpy)3(bpy:bipyridine)構造によってはより長波長の光吸収が可能であることが知られているが、その構造では光触媒反応は得られていない。Ru(bpy)2(CO)2のルテニウム錯体では電気化学的な触媒反応のみが実現されており、高い生成物選択性で二酸化炭素からギ酸が生成されている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の1つの態様は、半導体と、基材と、を、互いに電子をやりとりできる状態で共存させ、少なくとも前記半導体に光を照射することによって前記半導体に生じた励起電子が前記基材に移動することにより前記基材が触媒反応を呈する光触媒体である。
【0012】
また、半導体と、基材と、が接合された構造を有し、少なくとも前記半導体に光を照射することによって生じた励起電子が前記基材に移動することにより前記基材が触媒反応を呈する光触媒体である。
【0013】
また、半導体と、基材と、が接合された構造、又は、半導体と、基材と、が接触する状態を有し、前記半導体に光を照射することによって生じた励起電子が前記基材に移動することにより炭素含有化合物を還元する光触媒体である。
【0014】
ここで、前記半導体と前記基材とが接合された状態、又は、半導体と、基材と、が接触する状態において、前記半導体の伝導帯の最下端のエネルギー準位の値から前記電子によって占有されていない分子軌道のうち最もエネルギーの低い準位(Lowest Unoccupied Molecular Orbital:LUMO)の値を引いた値が0.2電子ボルト以下であることが好適である。
【0015】
また、前記基材は、金属錯体であることが好適であり、例えば、レニウム錯体又はルテニウム錯体とすることができる。
【0016】
また、前記半導体は、ニッケル含有硫化亜鉛、銅含有硫化亜鉛、窒化タンタル、酸窒化タンタル、酸化タンタル、硫化亜鉛、リン化ガリウム、リン化インジウム、炭化ケイ素、酸化鉄、銅の酸化物の少なくとも1つを含むことが好適である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、高い反応選択性を有し、より長波長の光でも還元反応を実現する光触媒体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施の形態における光触媒体の製造方法を示すフローチャートである。
【図2】実施例1における光照射時の一酸化炭素量の経時変化を示す図である。
【図3】実施例3における光照射時の一酸化炭素量の経時変化を示す図である。
【図4】本発明の実施例1における作用を説明する図である。
【図5】本発明の実施例6における作用を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1に、本発明の実施の形態における光触媒体及びそれを用いた還元用触媒体の製造方法のフローチャートを示す。
【0020】
工程S10では、材料となる半導体を準備する。半導体は、その伝導帯の最下端のエネルギー準位の値から、後に記載される基材の電子によって占有されていない分子軌道のうち最もエネルギーの低い準位の値を引いた値が0.2電子ボルト以下である材料とする。例えば、酸化タンタル、窒化タンタル、酸窒化タンタル、ニッケル含有硫化亜鉛、銅含有硫化亜鉛、酸化タンタル、硫化亜鉛、リン化ガリウム、酸化鉄、炭化ケイ素、銅の酸化物とすることができる。
【0021】
窒化タンタル及び酸窒化タンタルは、酸化タンタルを、アンモニアガスを含む雰囲気で加熱処理することによって生成することができる。アンモニアは非酸化性のガス(アルゴン、窒素等)によって希釈することが好適であり、例えば、アンモニアとアルゴンとをそれぞれ同じ流量で混合したガス流中に酸化タンタルを配して加熱することが好適である。加熱温度は500℃以上900℃以下が好ましく、さらには650℃以上850℃以下がより好ましい。処理時間は6時間以上15時間以下が好ましい。アンモニア処理する前の酸化タンタルは市販の結晶性を有するもの、または、塩化タンタル等のタンタル含有化合物溶液に加水分解処理等を施すことによって得たアモルファス状のものなどが使用できる。
【0022】
また、ニッケル含有硫化亜鉛は、ニッケル含有水和物と亜鉛含有水和物とを溶解させ、そこに硫化ナトリウム水和物を溶解させた水溶液を投入して撹拌し、遠心分離及び再分散を行い、上澄みを除去したうえで乾燥させることによって得ることができる。ニッケル含有水和物は、例えば、硝酸ニッケル(II)六水和物等とすることができる。亜鉛含有水和物は、例えば、硝酸亜鉛(II)六水和物等とすることができる。ここで、ニッケル源として、その他に塩化ニッケル、酢酸ニッケル、過塩素酸ニッケル、硫酸ニッケル等が使用可能である。また、亜鉛源として、塩化亜鉛、酢酸亜鉛、過塩素酸亜鉛、硫酸亜鉛等が使用可能である。
【0023】
同様に、銅含有硫化亜鉛は、銅含有水和物と硝酸亜鉛水和物とを溶解させ、そこに硫化ナトリウム水和物を投入して撹拌し、遠心分離及び再分散を行い、上澄みを除去したうえで乾燥させることによって得ることができる。銅含有水和物は、例えば、硝酸銅(II)二・五(2.5)水和物とすることができる。亜鉛含有水和物は、例えば、硝酸亜鉛(II)六水和物等とすることができる。ここで、銅源として、その他に塩化銅、酢酸銅、過塩素酸銅、硫酸銅等が使用可能である。また、亜鉛源として、塩化亜鉛、酢酸亜鉛、過塩素酸亜鉛、硫酸亜鉛等が使用可能である。
【0024】
工程S12では、材料となる基材を準備する。基材は、その空軌道のエネルギー準位値が工程S10で準備した半導体の伝導帯の最下端のエネルギー準位の値よりも低い或いは0.2Vまで高い物質とする。基材は、金属錯体とすることができ、例えば、カルボキシビピリジン配位子を有するレニウム錯体((Re(dcbpy)(CO)3P(OEt)3)),((Re(dcbpy)(CO)3Cl)),Re(dcbpy)(CO)3MeCN,Re(dcbqi)(CO)3MeCN等とすることができる。
【0025】
工程S14では、半導体と基材とを接合した光触媒体を合成する。工程S10で準備した半導体と工程S12で準備した基材とを溶媒中で混ぜ合わせて撹拌し、乾燥させることによって半導体と基材とを接合した光触媒体を合成する。
【0026】
溶媒は、有機溶媒とすることができ、例えば、メタノール、エタノール、アセトン等を適用することができる。また、半導体と基材との混合割合は重量比で半導体/基材=10以上500以下の割合とすることが好適である。また、半導体が薄膜の場合には、基材の被覆率が1%以上50%以下であることが好適である。
【0027】
<実施例1>
硝酸亜鉛(II)六水和物と硝酸ニッケル(II)六水和物を蒸留水に溶解させ、その後に硫化ナトリウム九水和物を溶解させた水溶液を投入して2時間撹拌した。このとき、溶液中の全金属イオン濃度は0.1mol/Lと一定にし、ニッケルの割合は全金属濃度に対して0.1wt%とした。撹拌後の懸濁液は遠心分離と再分散を3回繰り返し、上澄みを除去後、真空乾燥させ、得られた固体を乳鉢で粉砕してニッケル含有硫化亜鉛の半導体粉末を得た。X線回折装置(RINT−TTR,リガク)によるX線回折測定の結果、この粉末中にZnSの結晶相のみが存在することが確認された。また、分光光度計(UV−3600・ISR−3100,島津製作所)による拡散反射測定の結果、粉末は550nm以下の波長の光を吸収することが確認された。
【0028】
その後、この粉末500mgとカルボキシビピリジン配位子を有するレニウム錯体((Re(dcbpy)(CO)3MeCN))4mgをメタノール中で12時間撹拌し、真空乾燥させることにより半導体と金属錯体を接合した触媒を合成した。
【0029】
<実施例2>
硝酸亜鉛(II)六水和物と硝酸銅(II)三水和物を蒸留水に溶解させ、その後に硫化ナトリウム九水和物を投入して2時間撹拌した。このとき、溶液中の全金属イオン濃度は0.1mol/Lと一定にし、銅の割合は全金属濃度に対して4.5wt%とした。撹拌後の懸濁液は遠心分離と再分散を3回繰り返し、上澄みを除去後、真空乾燥させ、得られた固体を乳鉢で粉砕して銅含有硫化亜鉛の半導体粉末を得た。
【0030】
その後、この粉末500mgとレニウム錯体((Re(dcbpy)(CO)3MeCN))4mgをメタノール中で12時間撹拌し、真空乾燥させることにより半導体と金属錯体を接合した触媒を合成した。
【0031】
<実施例3>
酸化タンタル(V)(和光純薬工業製)をアンモニアとアルゴンをそれぞれ250sccmの流量で混合したガス流中において750℃で12時間処理し、オレンジ色の粉末を得た。X線回折測定の結果、この粉末中にはTa35、TaON、Ta25の結晶相が混在することが確認された。この粉末は620nm以下の波長の光を吸収することが分光光度計による測定で確認された。この粉末500mgとカルボキシビピリジン配位子を有するレニウム錯体((Re(dcbpy)(CO)3MeCN))2mgをメタノール中で12時間撹拌し、真空乾燥させることにより半導体と金属錯体を接合した触媒を合成した。
【0032】
<実施例4>
酸化タンタル(V)(和光純薬工業製)をアンモニアとアルゴンをそれぞれ250sccmの流量で混合したガス流中において800℃で6時間処理し、黄色の粉末を得た。X線回折測定の結果、この粉末中にはTaONの結晶相のみが存在することが確認された。この粉末は550nm以下の波長の光を吸収することが分光光度計による測定で確認された。この粉末500mgとカルボキシビピリジン配位子を有するレニウム錯体((Re(dcbpy)(CO)3MeCN))2mgをメタノール中で12時間撹拌し、真空乾燥させることにより半導体と金属錯体を接合した触媒を合成した。
【0033】
<実施例5>
酸化タンタル(V)(和光純薬工業製)3gを、透明石英管製の処理炉を用いて、アンモニアとアルゴンをそれぞれ250sccmの流量で混合したガス流中において820℃で18時間処理することにより、赤色の粉末を得た。X線回折測定の結果、この粉末中にはTa35の結晶相のみが存在することが確認された。この粉末は620nm以下の波長の光を吸収することが分光光度計による測定で確認された。この粉末500mgとカルボキシビピリジン配位子を有するレニウム錯体((Re(dcbpy)(CO)3MeCN))1mgをメタノール中で12時間撹拌し、真空乾燥させることにより半導体と金属錯体を接合した触媒を合成した。
【0034】
<比較例1>
実施例1におけるニッケル含有硫化亜鉛の半導体粉末を比較例1とした。
【0035】
<比較例2>
実施例3における窒化タンタル(V)の半導体粉末を比較例2とした。
【0036】
<比較例3>
実施例1から5におけるレニウム錯体((Re(dcbpy)(CO)3MeCN))を比較例3とした。
【0037】
<比較例4>
市販の酸化チタン(石原産業製、品番 ST−01)をアンモニアガス中において575℃で3時間熱処理することにより、窒素ドープ酸化チタンを作製した。この粉末はアナターゼ型結晶を有しており、また、550nm以下の光を吸収できることが確認された。この粉末500mgに比較例3のレニウム錯体4mgを、実施例5と同様の方法で吸着させたものを比較例4とした。
【0038】
<光触媒性能評価>
実施例1〜5及び比較例1〜4について光触媒体としての性能を評価した。試験管にジメチルフォルムアミドとトリエタノールアミンを合計5mL、体積比にして40:1の比で入れ、さらに実施例1〜5及び比較例1〜4で得られた物質を2mg入れた溶液をそれぞれ作成した。
【0039】
その後、ガスボンベから各溶液に二酸化炭素ガスを供給して15分以上バブリングし、溶液中の酸素を追い出すと共に、溶液中に二酸化炭素を溶存させ、空気が混入しないようにゴム栓で密閉した。
【0040】
これらのサンプルに、500Wのキセノンランプ(ウシオ電機製)から光を照射して光触媒反応速度を評価した。この際、比較例3のレニウム錯体は波長490nm以上の光を吸収できないことが透過スペクトルから明らかであったので、短波長側の光をカットするフィルタ(SC50:シグマ光機製)を使用して490nm以上の光のみを各サンプルに照射した。また、その前段には熱線吸収フィルタを挿入し、フィルタ及び各サンプルの加熱を極力抑えるように工夫した。
【0041】
光照射に伴う生成物の評価にはガスクロマトグラフを使用した。カラムにはアクティブカーボンを、キャリアガスにはヘリウムを用い、検出器は熱伝導度検出器TCDを使用した。
【0042】
図2に、実施例1のサンプルに対して12時間光照射した場合に生成される一酸化炭素量の経時変化を示す。縦軸は実濃度ではなく一酸化炭素生成モル数を系に含まれる錯体触媒モル数で割った数値(ターンオーバー数TNCO)を表す。照射時間と共に一酸化炭素濃度が増大し、錯体触媒分子数以上の一酸化炭素が生成された。この実験では、光照射に伴う水素の生成はみられなかった。図4に、実施例1に反応を表した図を示す。
【0043】
図3に、実施例3のサンプルに対して27時間光照射した場合に生成される一酸化炭素量の経時変化を示す。照射時間と共に一酸化炭素濃度が増大し、錯体触媒分子数以上の一酸化炭素が生成した。ここでも、光照射に伴う水素の発生はみられなかった。
【0044】
一般的に、半導体のみを光触媒体として利用した場合、半導体膜や粉体の表面は均一でなく、多くの欠陥や原子レベルの構造的な段差等が存在する。従って、表面上のサイトによって局所的な表面エネルギーが異なることになり、反応基質である二酸化炭素、プロトン、溶媒、ガス及び反応中間生成物等の吸着特性が異なる。したがって、これらの物質に電子が供給される確率、速度等の反応プロセスが一定とならず、複数種の反応が同時に生じて種々の反応生成物が生ずると考えられる。
【0045】
一方、半導体と金属錯体等の触媒基材を複合化させた場合、電子と二酸化炭素の反応場は半導体表面ではなく基材上が中心となると考えられる。その場合、例えば、基材が金属錯体の場合、金属錯体上の配位子が反応場となることから、前記の基質の吸着性のばらつきが抑制され、金属錯体のもつ反応選択性が複合体においても維持されることとなる。
【0046】
この考え方は、半導体のみが光励起される場合のみならず、半導体と基材の両方が光励起される場合においても、電子は基材上の反応場に集中するために同様のことが起こる。
【0047】
表1に、実施例1〜5及び比較例1〜4において光照射を6時間行った後に生成された一酸化炭素濃度を測定した結果を示す。単位はngである。
【0048】
【表1】

【0049】
比較例1、比較例3及び比較例4では、光照射による一酸化炭素の生成は認められなかった。比較例1では、照射された波長490nm以上の光を吸収できるものの二酸化炭素を一酸化炭素に還元することができなかったものと考えられる。比較例3では、照射された波長490nm以上の光を吸収できず、触媒作用として還元反応が生じなかったものと考えられる。また、レニウム錯体では光励起された電子の寿命が短いため、錯体上の反応場に移動する確率が低く、光吸収しても反応まで至らないという理由も考えられる。比較例4においては、半導体の伝導帯の最下部のポテンシャルが金属錯体の最低空軌道のポテンシャルよりも低いため、半導体内に生じた励起電子がほとんど金属錯体に移動できなかったためと考えられる。
【0050】
これに対して、実施例1及び実施例2では、半導体と金属錯体とを複合体形成したことで、光照射によって触媒作用として還元反応が生じ、一酸化炭素の生成が可能であることが示された。
【0051】
表2には、表1の結果の一部を、半導体の伝導帯の最下部(CBM)のポテンシャルと金属錯体の最低空軌道(LUMO)のポテンシャルと共に示した。これらのCBM、LUMO位置として示した数値は、標準水素電極電位を基準とした値であり、単位はボルト(V)である。この値は、大気中電子分光装置(AC−2,理研計器)によって測定された半導体の価電子帯最上部又は最高被占軌道(HOMO)のポテンシャルと、分光光度計から求めたバンドギャップの値から換算したものである。ここで、LUMOは、前記の電子によって占有されていない分子軌道のうち最もエネルギーの低い準位と同じ意味である。
【0052】
【表2】

【0053】
比較例2のレニウム錯体のLUMO値は−1.1Vである。この場合、前記のとおり光吸収できないことにより一酸化炭素は生成しない。比較例4においても、半導体のCBMの位置が複合したレニウム錯体のLUMOよりも0.9Vだけ正側にあるため、前記の通り一酸化炭素は生成しない。これに対し、0.2Vだけ正側にある実施例1及び0.2Vだけ負側にある実施例4と実施例5においては一酸化炭素が生成している。
【0054】
ここには、電気化学的にCO2からギ酸を生成する[Ru(bpy)2(CO)22+(bpy=2,2’−bipyridine)錯体触媒と光触媒半導体を組み合わせることにより、[Ru(bpy)2(CO)22+に特徴的なギ酸生成反応を光照射によって実現した本発明の実施例を示す。
【0055】
<実施例6>
5gの塩化タンタル(和光純薬)を100mLのエタノール中に溶解させ、5%のNH3水溶液を加えて300mLにメスアップし、5時間撹拌してタンタル酸化物の粉末を作成した。この白色粉末を大気中に置いて800℃で5時間熱処理した後、アンモニア(NH3)ガスを0.4L/min、アルゴン(Ar)ガスを0.2mL/minで混合流通させた条件下において575℃で5時間処理し、黄色の窒素ドープ酸化タンタル(NドープTa25)の粉末を作成した。8mLサイズの試験管に、アセトニトリルと電子供与剤としてトリエタノールアミン(TEOA)を5:1の体積比で混合した溶液を4mL入れ、さらにNドープTa25粉末を5mgと、ルテニウムを核とする錯体触媒[Ru(bpy)2(CO)22+(bpy=2,2’−bipyridine)を濃度0.05mM相当入れた後に、CO2ガスを溶液中に15分間通気し溶液中に飽和させ、ゴム栓で密閉した。
【0056】
<実施例7>
8mLサイズの試験管に、アセトニトリルとトリエタノールアミン(TEOA)を5:1の体積比で混合した溶液を4mL入れ、さらに実施例1で使用したものと同じニッケル含有酸化亜鉛の粉末を5mgと、ルテニウムを核とし、ビピリジン配位子を有する錯体[Ru(bpy)2(CO)22+(bpy=2,2’−bipyridine)を濃度0.05mM相当入れた後に、CO2ガスを溶液中に15分間通気し溶液中に飽和させ、ゴム栓で密閉した。
【0057】
<比較例5>
実施例6からトリエタノールアミン(TEOA)を除いた状態をゴム栓で密閉した。
<比較例6>
実施例6からCO2ガスの代わりにアルゴンガス(Ar)を溶液中に15分間通気し溶液中に飽和させ、ゴム栓で密閉した。
<比較例7>
実施例6から錯体[Ru(bpy)2(CO)22+を除いた状態をゴム栓で密閉した。
<比較例8>
比較例7にさらに、CO2ガスの代わりにアルゴンガス(Ar)を溶液中に15分間通気し溶液中に飽和させ、ゴム栓で密閉した。
<比較例9>
実施例7から、CO2ガスの代わりにアルゴンガス(Ar)を溶液中に15分間通気し溶液中に飽和させ、ゴム栓で密閉した。
<比較例10>
実施例6から、NドープTa25粉末を除いた状態をゴム栓で密閉した。
<比較例11>
比較例10にさらに、CO2ガスの代わりにアルゴンガス(Ar)を溶液中に15分間通気し溶液中に飽和させ、ゴム栓で密閉した。
<比較例12>
実施例6から、NドープTa25粉末と錯体触媒[Ru(bpy)2(CO)22+を除いた状態をゴム栓で密閉した。
<比較例13>
比較例12にさらに、CO2ガスの代わりにアルゴンガス(Ar)を溶液中に15分間通気し溶液中に飽和させ、ゴム栓で密閉した。
【0058】
これらの実施例6〜7及び比較例5〜13に対して、スターラーで内部溶液を撹拌しながら、メリーゴーラウンド方式の照射装置によりXeランプ(ウシオ電機製)の放射光のうち可視光を熱線吸収フィルタ(旭硝子製)と紫外線カットフィルタ(40L、シグマ光機製)を通して16時間照射した。光照射後、溶液上の気相部分のガスはガスクロマトグラフで、また液相部分の化合物はイオンクロマトグラフを用いて分析した。
【0059】
照射後の生成物分析結果を表3に示す。[HCOOH]の欄に、生成したギ酸量をモル濃度で示す。また、TNは、それぞれ生成物のターンオーバー数(生成物モル数/錯体触媒のモル数)を示す。比較例7,8,10,11のように、NドープTa25半導体又は錯体[Ru(bpy)2(CO)22+単独の場合にはギ酸の濃度は0.02mM以下である。これは、NドープTa25は光照射によってCO2を還元しギ酸を生成する能力が低いか、又はほとんど生成しておらずコンタミネーション(不純物)レベルであることを示している。また、錯体[Ru(bpy)2(CO)22+は電気化学的にはCO2をギ酸に還元する触媒として知られているが、光照射によってギ酸を生成する能力はほとんどないことを示している。しかしながら、実施例6のように両者が混在する場合、生成されるギ酸濃度は少なくとも22倍以上に向上した。これは、比較例5のトリエタノールアミンが存在しない場合、及び比較例6のCO2が溶液中に存在しない場合と比較しても20倍以上高い。また、実施例6においては一酸化炭素と水素も生成したが、これらの生成モル数はいずれもギ酸の10%程度である。これらのことから、図5に示すスキームにより、NドープTa25が光励起され生じた電子が錯体触媒に移動し、[Ru(bpy)2(CO)22+に特徴的なギ酸生成が生じたものと考えられる。この反応は、二酸化炭素の同位体13CO2を通気した場合においても13C−NMR測定でH13COOHが観測されていることから、溶液中のアセトニトリルやトリエタノールアミンではなく通気されたCO2がギ酸に還元されたことが証明できている。一方、実施例7に示すニッケル含有硫化亜鉛粉末を用いた系では、有意差のあるギ酸生成量は得られなかった。これは、この系では半導体と基材の錯体を接合しなかったためである可能性が高い。
【0060】
【表3】

【0061】
表4に、代表的な例のLUMOとCBM(conduction band minimum)位置と生成ギ酸量の関係を示す。エネルギー位置の単位はV、ギ酸生成量の単位はμgである。電気化学測定から[Ru(bpy)2(CO)22+の還元電位(LUMO)を求めたところ、約−1.0V(vsNHE)であった。また、NドープTa25の半導体のCBM(conduction band minimum)位置は、約−1.5V(vsNHE)であった。このことから、この反応系では実施例6に示す程度のCBMとLUMOのエネルギー差がある場合に明確なギ酸の生成が見られている。
【0062】
【表4】

【0063】
この形態では、光照射前の段階において基材の金属錯体触媒と半導体とが接合されていないが、溶液中で撹拌されているために頻繁に接触することができる。したがって、半導体の励起電子が錯体触媒に移動し、本発明の特徴である光触媒反応が進行した。
【0064】
これらのことから、実施例でみる限り、標準水素電極電位換算で、半導体のCBMポテンシャルから基材となる金属錯体のLUMOのポテンシャルを引いた値が+0.2V以下である場合に本発明の効果を顕著に発現させることができるといえる。
【0065】
ただし、電子遷移は確率的なものであり、この実施例の範囲外においても電子移動は生ずることから、実際には数値限定は困難である。例えば、半導体には伝導帯の最下部(CBM)よりも正のエネルギー側に多くの不純物準位が存在するため、これだけではすべてを規定することはできない。これらの数値範囲に限定されることなく、半導体の光励起電子が基材に移動することが可能な場合において本発明の効果は発現される。
【0066】
また、比較例2では、半導体のみへの光照射によって一酸化炭素が生じている。しかしながら、対応する実施例3で生じた一酸化炭素の濃度と比べると小さい。すなわち、実施例3では、半導体と基材とを接合することによって一酸化炭素生成速度を大幅に向上できたことが示された。
【0067】
すなわち、実施例1〜5の光触媒体では、光(太陽光や人工光)を照射した結果、半導体内部で光励起電子が生成され、それが接合された基材に移動することによって高効率かつ高い反応生成物選択性をもって触媒反応が起こったものと考えられる。
【0068】
また、これら実施例に挙げた例だけではなく、基材としてカルボキシビピリジン配位子を有する[Ru(dcbpy)(bpy)(CO)22+((dcbpy)4,4’−dicarboxy−2,2’−bipyridine))錯体を窒素ドープ酸化タンタル表面に結合させ、アセトニトルリと電子供与剤としてトリエタノールアミン(TEOA)を5:1の体積比で混合した溶液中にCO2ガスを飽和させ、ゴム栓で密閉した系においても、可視光を照射することによってギ酸の生成が確認された。したがって、本発明によるギ酸の生成は、結合系においても実現する。
【0069】
さらには、粉末の代わりに窒素ドープ酸化タンタルやZnドープGaP膜を半導体電極として使用し、トリエタノールアミンのような犠牲剤を使用する代わりに、外部からバイアス電圧を印加した系においても、光照射によってこれら半導体電極から[Ru(bpy)2(CO)22+錯体に光励起電子が移動することによってギ酸が生成することが確認できている。
【0070】
なお、本発明の半導体としては、ここに挙げた例だけではなく、本発明の概念を満たすとおり少なくとも半導体内部で生じた光励起電子が基材となる錯体触媒へ移動する事が可能であれば、酸化タンタル、硫化亜鉛、リン化ガリウム、炭化ケイ素、酸化鉄、銅酸化物、リン化インジウム、窒素含有銅酸化物等の他の光応答性半導体であってもよい。
【0071】
また、基材としては実施例に挙げた[Re(dcbpy)(CO)3MeCN]2+(dcbpy=di−carboxy−2,2’−bipyridine)及び[Ru(bpy)2(CO)22+(bpy=2,2’−bipyridine)だけでなく、[Re(bpy)2(CO)2L]2+(L=Ligand、触媒)、[Ru(bpy)(trpy)(CO)]2+(bpy=2,2’−bipyridine;trpy=2,2’・6’,2”−terpyridine)、[Ru(bpy)2(CO)(CHO)]+,[Ru(bpy)2(qu)(CO)]2+(bpy=2,2’−bipyridine;qu=Quinoline)、[Ru(pbn)(bpy)22+(pbn=2−(2−pyridyl)benzo[b]−1.5−naphthyridine;bpy=2,2’−bipyridine)等を代表とするレニウムを核とする錯体組織や、他のルテニウムを核とする錯体触媒、その他マンガン、パラジウム、イリジウム、鉄、銅等の他の金属を核とする錯体触媒であれば、それ自身が光触媒でなくても、半導体内部で生じた光励起電子が基材物質に移動することにより触媒反応が生じればよい。また、基材は金属錯体でなく各種有機分子であっても、少なくとも半導体との組合せにより半導体内部で生じた光励起電子が基材物質に移動することにより触媒反応が生じればよい。また、反応溶媒については、今回の実例に挙げたアセトニトリルのみならずジメチルホルムアミド、アセトン、アルコール等の他の有機溶媒、水、又は水と前記のような有機触媒の混合物であってもよい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体と、基材と、を、互いに電子をやりとりできる状態で共存させ、少なくとも前記半導体に光を照射することによって前記半導体に生じた励起電子が前記基材に移動することにより前記基材が触媒反応を呈する光触媒体。
【請求項2】
請求項1に記載の光触媒体であって、前記半導体と前記基材とが接触することを特徴とする光触媒体。
【請求項3】
請求項1に記載の光触媒体であって、前記半導体と前記基材とが接合されていることを特徴とする光触媒体。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1つに記載の光触媒体であって、
前記半導体の伝導帯の最下端のエネルギー準位値から前記電子によって占有されていない分子軌道のうち最もエネルギーの低い準位値を引いた値が0.2電子ボルト以下であることを特徴とする光触媒体。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1つに記載の光触媒体であって、
前記基材は、金属錯体であることを特徴とする光触媒体。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1つに記載の光触媒体であって、
前記基材は、レニウム錯体又はルテニウム錯体であることを特徴とする光触媒体。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1つに記載の光触媒体であって、
前記半導体は、ニッケル含有硫化亜鉛、銅含有硫化亜鉛、窒化タンタル、酸窒化タンタル、酸化タンタル、硫化亜鉛、リン化ガリウム、リン化インジウム、炭化ケイ素、酸化鉄、銅の酸化物の少なくとも1つを含むことを特徴とする光触媒体。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか1つに記載の光触媒体であって、
前記基材側における触媒反応は還元反応であることを特徴とする光触媒体。
【請求項9】
半導体と、基材と、が接合された構造を有し、
前記半導体に光を照射することによって生じた励起電子が前記基材に移動することにより炭素含有化合物を還元する光触媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−64066(P2010−64066A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−184051(P2009−184051)
【出願日】平成21年8月7日(2009.8.7)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】