説明

光電子機能部位を有する高分子化合物およびその製造方法

【課題】温和な条件で容易に高収率で、光電子機能部位を有する高分子化合物を得る。
【解決手段】光電子機能を有する部位を高分子化合物に導入する際に、(1)(a)アジド基を有する前駆体高分子化合物に、末端アルキンを含有し、かつ分子中に末端アルキン以外のアルキンを含有する低分子化合物をアジド-アルキン付加環化反応させること、または(b)末端アルキンを含有する前駆体高分子化合物に、アジド基を含有し、かつ分子中に末端アルキン以外のアルキンを含有する低分子化合物をアジド-アルキン付加環化反応させることにより、前駆体高分子化合物にアルキンを含む側鎖官能基を導入し、ついで(2)(1)(a)または(b)で得られた高分子化合物のアルキンを含む側鎖官能基とアクセプター分子とを反応させるアルキン-アクセプター分子付加反応を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光電子機能部位を有する高分子化合物、その製造方法およびそれにより得られる光電子機能材料に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子反応による高分子のポスト機能化は、数多く報告されており、重合が進行しないモノマーやモノマー合成が困難な場合には、目的高分子を得る唯一の方法として有用である。たとえば、銅触媒存在下でのアルキンとアジドの付加環化反応(クリックケミストリー)などの高収率反応を利用して、光電子機能を有する官能基を高分子に導入することができる。
【0003】
クリックケミストリー(click chemistry)は、今世紀に入ってからSharpless(米スクリプス研)らにより提唱された新たな概念であり、2つの反応部位が温和な条件下で非常に高収率かつ基質選択的に反応して化学的に安定な目的物を与える場合に適用される。「クリック」という用語は、あたかもシートベルトのバックルが「カチッ(click)」と音をたててつながるように、この手法で2つの分子が簡単につながることに由来する。Sharplessらの総説(非特許文献1:H. C. Kolb, M. G. Finn, K. B. Sharpless, Angew. Chem. Int. Ed. 40, 2004 (2001))では、クリックケミストリーを定義する上でポイントとなる条件が次のように整理されている。
【0004】
1)反応部位が容易に合成できる(あるいは市販されている)こと。
【0005】
2)溶媒は環境に負荷を与えないことが望ましく、理想的には無溶媒でも反応進行すること。
【0006】
3)水や酸素が反応に悪影響を与えないことが望ましく、室温、大気開放下でも反応が可能であること。
【0007】
4)副生成物がなく、原子利用効率が高いこと。そのため、分離精製が必要な際は再結晶や蒸留で対応でき、カラム精製の必要がないこと。
【0008】
これらの条件を満たす反応として、そこではアジドと末端アルキンの1,3-双極子付加環化によるトリアゾール環形成反応(Huisgen反応)が取り上げられている。無触媒で加熱すると1,4-トリアゾール誘導体と1,5-トリアゾール誘導体の混合物が得られるのに対し、銅(I)触媒存在下では室温で反応が進行し、非常に高収率で、ほぼ定量的に1,4-トリアゾール誘導体のみが選択的に得られる。この反応の有用性が認知されて以来、様々な分野にクリックケミストリーの概念が波及し、高分子を含む材料科学分野でも機能性部位付与のための重要な方法論となっている(非特許文献2〜5)。
【0009】
しかしながら、優れた光電子機能性を有する部位は立体的に嵩高いことが多いため、一段階の高分子反応では導入率を高くすることが難しいという問題があった。一方で、目的高分子の高純度を保つためには、高分子反応は通常1回だけに限ることが多かった。すなわち、複数回のきれいな(副反応が無く定量的な)高分子反応を用いて、優れた光電子機能性基を高収率で、定量的に導入する満足すべき方法はこれまで見出されていない。優れた光機能性基を有するモノマーを重合するという方法論も考えられるが、複雑なモノマー構造を化学合成するため多大なコストと時間が要求される。特に産業応用を考えた場合には、モノマーを重合して高分子を得る方法は、精製操作が簡便な高分子反応に比べて不利になることは明らかである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】H. C. Kolb, M. G. Finn, K. B. Sharpless, Angew. Chem. Int. Ed. 40, 2004 (2001)
【非特許文献2】T. Michinobu, J. Am. Chem. Soc. 130, 14074-14075 (2008).
【非特許文献3】T. Michinobu, H. Kumazawa, K. Noguchi, K. Shigehara, Macromolecules 42, 5903-5905 (2009).
【非特許文献4】Macromol. Rapid Commun. 2008, Vol.29, No.12-13, Pages 943-1185, Special issue : Click Chemistry in Polymer Science
【非特許文献5】C. Barner-Kowollik, A. J. Inglis, Macromol. Chem. Phys. 210, 987 (2009).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、多段階に及ぶ複雑な化学合成法を駆使して合成した重合用モノマーを高分子化するという従来法の難点を解決して、簡単に入手できる反応性高分子に高分子反応を実施して所望の光電子機能を付与でき、製造効率を大きく向上させ得る方法、ならびに光電子機能を有する部位を有する高分子化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記の課題を解決するために以下の発明を提供する。
(1)光電子機能を有する部位を高分子化合物に導入する際に、(1)(a)アジド基を有する前駆体高分子化合物に、末端アルキンを含有し、かつ分子中に末端アルキン以外のアルキンを含有する低分子化合物をアジド-アルキン付加環化反応させること、または(b)末端アルキンを含有する前駆体高分子化合物に、アジド基を含有し、かつ分子中に末端アルキン以外のアルキンを含有する低分子化合物をアジド-アルキン付加環化反応させることにより、前駆体高分子化合物にアルキンを含む側鎖官能基を導入し、ついで(2)(1)(a)または(b)で得られた高分子化合物のアルキンを含む側鎖官能基とアクセプター分子とを反応させるアルキン-アクセプター分子付加反応を行うことにより、光電子機能を有する部位を導入した高分子化合物を得ることを特徴とする光電子機能部位を有する高分子化合物の製造方法;
(2)アクセプター分子がテトラシアノ基含有化合物である上記(1)に記載の製造方法;
(3)テトラシアノ基含有化合物が、テトラシアノエチレン、7,7,8,8-テトラシアノキノジメタン(TCNQ)、2,3,5,6-テトラフルオロ-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタン、2-フルオロ-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタン、2,5-ジフルオロ-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタン、2,5-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタンまたは11,11,12,12-テトラシアノナフト-2,6-キノジメタン、アントラセン型TCNQまたは2,5-ジメチル-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタンである上記(2)に記載の光電子機能部位を有する高分子化合物の製造方法;
(4)アルキンを含む側鎖官能基の導入が定量的に行われる上記(1)〜(3)のいずれかに記載の光電子機能部位を有する高分子化合物の製造方法;
(5)アジド-アルキン付加環化反応が銅触媒の存在下に行われる上記(1)〜(4)のいずれかに記載の光電子機能部位を有する高分子化合物の製造方法;
(6)アルキン-テトラシアノ基含有化合物付加反応が20℃〜200℃で行われる上記(1)〜(5)のいずれかに記載の光電子機能部位を有する高分子化合物の製造方法;
(7)上記(1)〜(6)のいずれかに記載の製造方法で得られた高分子化合物を含む光電子機能材料;ならびに
(8)式(I)、(I’)、(I’’)、(II)、(II’)または(II’’)で示される高分子化合物。
【0013】
【化1】

【0014】
上記式(I)、(I’)、(I’’)、(II)、(II’)または(II’’)において、R’は高分子主鎖を構成し、かつ側鎖を有する繰り返し単位を示し、Dはフェニレン、アルキレンまたはアルキルエステル、EはN,N−ジアルキル−4−アミノフェニル、N,N−ジアリール−4−アミノフェニルまたは9−フェニルカルバゾール、そしてXは水素もしくはハロゲン原子またはアルキル基である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、温和な条件下で進行する2つの定量的な付加反応(クリックケミストリー)を用いて、高分子化合物に光電子機能性基を高密度で、高効率で導入することができる。すなわち、本発明は置換基密度の増大に伴い光電子機能(非線形光学効果や太陽電池等の有機エレクトロニクスデバイス特性)に優れた新規な高分子化合物を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】アルキンとテトラシアノエチレンの反応の紫外可視吸収スペクトル。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の光電子機能部位を有する高分子化合物の製造方法においては、光電子機能を有する部位を高分子化合物に導入する際に、(1)(a)アジド基を有する前駆体高分子化合物に、末端アルキンを含有し、かつ分子中に末端アルキン以外のアルキンを含有する低分子化合物をアジド-アルキン付加環化反応させること、または(b)末端アルキンを含有する前駆体高分子化合物に、アジド基を含有し、かつ分子中に末端アルキン以外のアルキンを含有する低分子化合物をアジド-アルキン付加環化反応させることにより、前駆体高分子化合物にアルキンを含む側鎖官能基を導入し、ついで(2)(1)(a)または(b)で得られた高分子化合物のアルキンを含む側鎖官能基とアクセプター分子とを反応させるアルキン-アクセプター分子付加反応を行うことにより、光電子機能を有する部位を導入した高分子化合物を得る。
【0018】
本発明においては、クリックケミストリーという概念に分類される2種類の異なる高分子反応を連続して、目的とする光電子機能性高分子を得ることができる。すなわち、光電子機能性基前駆体をアジド-アルキン付加環化反応で高分子に導入した後、アルキン-アクセプター分子の付加反応を実施するものである。これにより、目的側鎖部位を高い密度で導入することができる。したがって、定量的な付加反応を2段階で実施して、光電子機能性に優れた置換基を高収率で高分子に導入することでき、ここでは副生成物が存在せず、精製操作の必要がない。すなわち、反応が進行した部分と未反応部分(あるいは副反応が生じた部位)をカラムクロマトグラフィーで分離することができない高分子に適用する利点が大きいわけである。
【0019】
本発明の特徴は、2種類のクリックケミストリーの順番を制御したことにある。すなわち、光電子機能を有する部位を高分子化合物に導入する際に、まず(a)アジド基を有する前駆体高分子化合物に、末端アルキンを含有し、かつ分子中に末端アルキン以外のアルキンを含有する低分子化合物をアジド-アルキン付加環化反応させる。あるいは、(b)末端アルキンを含有する前駆体高分子化合物に、アジド基を含有し、かつ分子中に末端アルキン以外のアルキンを含有する低分子化合物をアジド-アルキン付加環化反応させることにより、前駆体高分子化合物にアルキンを含む側鎖官能基を導入する。
【0020】
上記(a)の場合において、アジド基(−N)を有する前駆体高分子化合物としては、ポリ(4−アジドメチルスチレン)等のポリスチレン、ポリ(2,2-ビス(アジドメチル)-1,3-プロパンジオールグルタラート)等のポリエステル、ポリ(アジド化カプロラクトン)等のポリアミド、グリシジルアジドポリウレタン等のポリウレタン、ポリカーボネート、ポリ(6-アジドヘキシル(メタ)アクリレート)等のポリアクリル、そしてポリフェニレンビニレン、ポリ(ビニルカルバゾール)、ポリフルオレン、ポリフェナンスレン、ポリアセチレン等の共役高分子等が挙げられる。
【0021】
また、末端アルキンを含有し、かつ分子中に末端アルキン以外のアルキンを含有する低分子化合物としては、H−C≡C−A−C≡C−Bで表される化合物が挙げられる。ここで、Aとしてはフェニレン等のアリーレン、アルキレンまたは−(CH−OOC−等が挙げられ、Bとしてはp−φ−NR、o−φ−NRまたはフェロセンで示される電子供与基が好適であり、ここでRはアルキル、アリールまたはNRがカルバゾール残基である。
【0022】
一方、上記(b)の場合において、末端アルキンを含有する前駆体高分子化合物としては、ポリ(4−プロパギルオキシスチレン)等のポリスチレン、ポリエステル、ポリアミド、ポリウレタン、ポリカーボネート、ポリ(プロピイニル(メタ)アクリレート)等のポリアクリル、そしてポリフェニレンビニレン、ポリ(ビニルカルバゾール)、ポリフルオレン、ポリフェナンスレン、ポリアセチレン等の共役高分子等が挙げられる。
【0023】
また、アジド基を含有し、かつ分子中に末端アルキン以外のアルキンを含有する低分子化合物としては、N−A−C≡C−B’で表される化合物が挙げられる。ここで、Aとしてはフェニレン等のアリーレンまたはアルキレンが挙げられ、B’ としてはp−φ−NR、o−φ−NRまたはフェロセンで示される電子供与基が好適であり、ここでRはアルキル、アリールまたはNRがカルバゾール残基である。
【0024】
アジド-アルキン付加環化反応は銅触媒の存在下に有機溶媒中で行われるのが好適である。反応温度は、通常15〜50℃程度から選ばれるが、好適には室温で行われる。得られた高分子化合物は高分子主鎖に対する側鎖官能基には、ジアルキルアニリンドナー等で活性化された電子豊富なアルキンを含んでおり、棒状のコンパクトな構造である。
【0025】
本発明においては、次に、上記のように側鎖に位置している電子豊富なアルキンにアクセプター分子としてテトラシアノエチレン等を作用させると、室温で定量的に付加反応が進行し、目的とするドナーアクセプター構造を高密度で導入できる。本発明者の知見によれば、これに対し、先にテトラシアノエチレンと反応させたドナーアクセプター構造をアジド-アルキンクリック反応で高分子に導入しようとすると、立体障害が大きいため収率は著しく低下することが判明した。
【0026】
本発明では、アジドとアルキンのトリアゾール環形成反応以外の新しいクリックケミストリーも用いる。その理由は、アジドとアルキンの反応で生成するトリアゾール環は有用な光学機能が無く、高分子に光電子機能を付与できないためである。光電子機能性を示す有機構造は、主にπ電子に由来する共役電子系である。そこで、共役電子系に定量的に付加する反応として、電子豊富なアルキンとアクセプター分子の定量的付加反応を採用している。このアルキン-テトラシアノ基含有化合物付加反応は通常15℃〜200℃程度で有機溶媒中で行われるが、好適には室温が選ばれる。
【0027】
アクセプター分子としては、テトラシアノエチレン、7,7,8,8-テトラシアノキノジメタン(TCNQ)、2,3,5,6-テトラフルオロ-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタン、2-フルオロ-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタン、2,5-ジフルオロ-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタン、2,5-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタン、11,11,12,12-テトラシアノナフト-2,6-キノジメタン、アントラセン型TCNQ、2,5-ジメチル-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタン等のシアノ基を含む、対称分子もしくは非対称分子であるテトラシアノ基含有化合物が好適に使用される。生成物はドナーとアクセプターが共役連結した構造となるため、分子内ドナーアクセプター相互作用に基づく電荷移動吸収バンドが可視(近赤外)領域に現れ、電気化学的にも活性になる。これらの特性は非線形光学効果を大きくすることに繋がる。また、太陽光の効率的吸収が可能となるため、安価な有機太陽電池の素材として役立つと考えられる。
【0028】
本発明においては、上記のように(a)または(b)で得られた高分子化合物のアルキンを含む側鎖官能基とアクセプター分子とを反応させるアルキン-アクセプター分子付加反応を行うことにより、光電子機能を有する部位を導入した高分子化合物を得る。
【0029】
アジドとアルキンの付加環化反応およびアルキンとテトラシアノエチレン等のアクセプター分子との付加反応は、両方とも副反応なく、ほぼ定量的に進行して目的高分子を得ることができる。
【0030】
簡便な高分子回収法の例は以下に示すとおりである。アジドとアルキンの反応をジメチルホルムアミド(DMF)等の溶媒中で実施すると、反応前は黄色均一溶液であったのに対し、反応の進行と共に生成物が析出してくる。すなわち、析出物をろ過するだけで目的高分子を高収率(約85%)で得ることができる(アジド基含有量が約90%であることを考慮すると、実際の反応収率はほぼ100%となる)。
【0031】
【化2】

【0032】
GPC(ポリスチレン標準)から分子量測定したところ、アジドポリマーでは数平均分子量(Mn)11,600、多分散度(Mw/Mn)1.75であった。アルキンとのクリック反応後はMn 49,000、Mw/Mn 1.40と著しく分子量が増大し、非常に高い収率と対応している。続くテトラシアノエチレンとの反応後はMn 50000、Mw/Mn 1.56と若干の分子量増加が観測され、テトラシアノエチレンの分子量128を考慮すると合理的である。さらに、一連の実験を通して分子量分布が大きく変化していないことが、少なくとも分子間の副反応が存在しないことを示している。NMRから各ポリマーの構造を同定した。また、IR測定したところ、アルキンに由来する2207cm-1の弱いピークはテトラシアノエチレンとの反応後は消失し、新たにシアノ基に由来する強いピークが2214cm-1に現れた。アジド-アルキンクリックポリマーとテトラシアノエチレンクリックポリマーの熱分析を実施した。TGから算出した熱分解温度はアジド-アルキンクリックポリマーが381.5℃、テトラシアノエチレンクリックポリマーが345.6℃であり、両ポリマーとも十分な熱安定性を有していた。また、DSCから算出したガラス転位点はアジド-アルキンクリックポリマーが-33.6℃、テトラシアノエチレンクリックポリマーが-47.8℃であった。
【0033】
【化3】

【0034】
アルキンとテトラシアノエチレンの反応の紫外可視吸収スペクトルを測定したところ、反応の進行に伴い吸収スペクトルの位置と形が大きく変化した(図1)。テトラシアノエチレンの添加に伴い、前駆体高分子の吸収極大355.5nm(3.49eV)が徐々に減少し始め、新たに電荷移動吸収バンドが480nm(2.58eV)に現れた。テトラシアノエチレンの添加量が増大するにつれて電荷移動吸収バンドは増大した。382nmに等吸収点を有するため、副反応なく反応進行していることを示している。反応溶液は前駆体高分子の薄黄色から、最終的には赤色に変化した。また、最長吸収端から算出した光学バンドギャップは、前駆体高分子では417nm(2.97eV)であるのに対し、最終目的ポリマーは750nm(1.65eV)であり、約1.32eV狭くなっていた。
【0035】
ジクロロメタン(0.1M n(C4H9) 4NClO4)中で電気化学測定したところ、酸化還元電位に大きな差が現れた。前駆体高分子は0.272V(vs.Fc/Fc+)に半可逆な酸化電位が観測されたのに対し、テトラシアノエチレン付加後は酸化電位が0.838Vへと高電位シフトした。さらに、テトラシアノブタジエン部位に由来する可逆な還元波も-0.909Vに観測された。最終目的ポリマーの電気化学から算出したバンドギャップは1.75eVであり、光学バンドギャップと良い一致を示した。
【0036】
電子豊富なアルキンとアクセプター分子の反応はテトラシアノエチレンに限定されることはなく、様々なシアノ基を含む対称分子に当てはまる。例えば、7,7,8,8-テトラシアノキノジメタンとも定量的に反応進行し、緑色のポリマーが得られる。2,3,5,6-テトラフルオロ-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタンの場合も同様に反応が進行して、橙色のポリマーが得られる。
【0037】
【化4】

【0038】
非常に高い収率で光電子機能を有する部位を高分子に導入する方法は、1)アジド-アルキン付加環化反応2)電子豊富アルキン-テトラシアノエチレン付加反応という反応の順番が重要である。例えば、電子豊富アルキンとテトラシアノエチレンの反応を先に行い、定量的に光電子機能モノマー部位を合成した後、アジド-アルキン付加環化反応で最終目的ポリマーを得た場合、GPCから算出した分子量はMn 26300、Mw/Mn 3.84という結果になった。低い分子量は嵩高い置換基の導入が難しいことを示唆しており、多分散度が広がっているのは分子間での副反応が生起した可能性が考えられる。
【0039】
【化5】

【0040】
また、同様のアプローチは末端アルキン分子の連結構造を変化させても問題なく進行し、例えば、末端アルキンの位置をm-位に変えた誘導体でも、非常に高い収率で目的ポリマーが得られる。
【0041】
【化6】

【0042】
本発明で得られる高分子化合物は、好適には次の構造を有する。
(a)アジド基を有する前駆体高分子化合物を用いる場合
【0043】
【化7】

【0044】
(b)末端アルキンを含有する前駆体高分子化合物を用いる場合
【0045】
【化8】

【0046】
上記(I)、(I’)、(I’’)、(II)、(II’)または(II’’)において、R’は高分子主鎖を構成し、かつ側鎖を有する繰り返し単位を示し、Dはフェニレン、アルキレンまたはアルキルエステル、EはN,N−ジアルキル−4−アミノフェニル、N,N−ジアリール−4−アミノフェニルまたは9−フェニルカルバゾール、そしてXは水素もしくはハロゲン原子またはアルキル基である。
【0047】
本発明の電子豊富なアルキンを含む側鎖をもつ前駆体高分子とアクセプター分子とのクリック型反応で得られた高分子化合物は、光電子機能材料として有用であり、常法により配向処理、他の高分子とのブレンド、各種添加物の配合等を行うことができる。たとえば、分子内電荷移動相互作用に基づく光電子機能材料を電子豊富なアルキンの分子構造やアクセプター分子の付加量を調節することで、高い非線形光学効果を示すドナーアクセプター型分子や有機薄膜太陽電池用の半導体特性に優れた機能高分子などを目的に応じて創り分け、共役電子系の高機能化を実現し得る。
【実施例】
【0048】
(実施例1)
定量的な付加反応により反応性高分子に光電子機能性基を導入する方法は以下のスキームに従い行った。
【0049】
【化9】

【0050】
ポリ(4-アジドメチルスチレン)(Mn 11,600、Mw/Mn 1.75)31.0mgと4-[(4-エチニルフェニル)エチニル]-N,N-ジヘキサデシルアニリン130mgをDMF8ml中に溶解させた後、アルゴン雰囲気下でアスコルビン酸ナトリウム3.9mgと硫酸銅5水和物2.25mgを加え、そのまま室温で24時間攪拌した。析出したポリマーはろ過して回収した後、メタノール、水、DMFで洗浄した。真空乾燥した後、目的ポリマーを得た。
収率85%、GPC(Mn 49,000、Mw/Mn 1.40)、分解温度381.5℃、ガラス転位温度-33.6℃、IR(2207cm-1C≡C)、1H NMR(0.80(t, 6H, -CH3), 1.17(s, 52H, -CH-), 1.50(m, 7H, -CH- and -CHPhCH-), 3.10(br s, 4H, NCH), 5.22(br s, 2H, PhCH), 6.41(d, 2H, Ar), 6.68(br s, 2H, Ar), 7.23(d, 2H, Ar), 7.35(d, 2H, Ar), 7.65-7.90(m, 5H, Ar))。
【0051】
得られたポリマー24.34mgを3mlのクロロホルムに溶解し、テトラシアノエチレンの1,2-ジクロロエタン溶液(0.16M)を0.18ml加えた。室温で1時間攪拌した後、溶媒を減圧除去して目的高分子を得た。
収率100%、GPC(Mn 50,000、Mw/Mn 1.56)、分解温度345.6℃、ガラス転位温度-47.8℃、IR(2214cm-1: νC≡N)、1H NMR(0.80(t, 6H, -CH), 1.17(s, 52H, -CH-), 1.53(m, 7H, -CH- and -CHPhCH-), 3.28(br s, 4H, NCH), 5.41(br s, 2H, PhCH), 6.61-6.85(m, 4H, Ar), 7.62-8.10(m, 9H, Ar))。
(比較例1)
比較実験として、電子豊富アルキンとテトラシアノエチレンの反応を先に実施し、その後ポリ(4-アジドメチルスチレン)との高分子反応を行った。
【0052】
【化10】

【0053】
4-[(4-エチニルフェニル)エチニル]-N,N-ジヘキサデシルアニリン98.88mgを1,2-ジクロロエタン7mlに溶解し、テトラシアノエチレン18.95mgを加えた。室温で1時間攪拌した後、溶媒を減圧除去した。ジクロロメタンを溶出液としてカラム精製したのち、2-[4-(ジヘキサデシルアミノ)フェニル]-3-(4-エチニルフェニル)ブタ-1,3-ジエン-1,1,4,4-テトラカルボニトリルを得た。
収率100%、IR(2217cm-1: νC≡N、3300cm-1: νC≡C)、1H NMR(0.79(t, 6H, -CH), 1.86(s, 52H, -CH-), 1.56(m, 4H, -CH-), 3.27(s, 1H, C≡CH), 3.31(m, 4H, NCH), 6.60(m, 2H, Ar), 7.53(m, 2H, Ar), 7.65(m, 4H, Ar))。
【0054】
ポリ(4-アジドメチルスチレン)(Mn 11,600、Mw/Mn 1.75)20mgと2-[4-(ジヘキサデシルアミノ)フェニル]-3-(4-エチニルフェニル)ブタ-1,3-ジエン-1,1,4,4-テトラカルボニトリル100mgをDMF6.3ml中に溶解させた後、アルゴン雰囲気下でアスコルビン酸ナトリウム2.5mgと硫酸銅5水和物1.6mgを加え、そのまま室温で60時間攪拌した。DMFを減圧除去した後、少量のジクロロメタンに溶解し、メタノール/ジクロロメタン3:1の混合溶媒に再沈澱した。室温で1日静置した後、ろ過して目的高分子を回収した。
収率94%、GPC(Mn 26,300、Mw/Mn 3.84)。
(実施例2)
【0055】
【化11】

【0056】
ポリ(4-アジドメチルスチレン)(Mn 11,600、Mw/Mn 1.75)47.76mgと4-[(3-エチニルフェニル)エチニル]-N,N-ジヘキサデシルアニリン200mgをDMF12ml中に溶解させた後、アルゴン雰囲気下でアスコルビン酸ナトリウム6mgと硫酸銅5水和物3.7mgを加え、そのまま室温で24時間攪拌した。析出したポリマーはろ過して回収した後、メタノール、水、DMFで洗浄した。真空乾燥して目的ポリマーを得た。
収率85%、GPC(Mn 47,500、Mw/Mn 2.04)。
【0057】
得られたポリマー22.72mgを4mlのクロロホルムに溶解し、テトラシアノエチレンの1,2-ジクロロエタン溶液(8.61mM)を3.2ml加えた。室温で1時間攪拌した後、溶媒を減圧除去して目的高分子を得た。収率100%。
(実施例3)
電子豊富アルキンと7,7,8,8-テトラシアノキノジメタンの反応は確実の反応させるため、反応溶液を加熱した。
【0058】
【化12】

【0059】
アジド-アルキン付加環化反応で得られたポリマー24.34mgを3mlのクロロホルムに溶解し、7,7,8,8-テトラシアノエチレンの1,2-ジクロロエタン溶液(0.16M)を0.18ml加えた。180℃で6時間攪拌した後、溶媒を減圧除去して緑色の目的高分子を得た。収率100%。
(実施例4)
電子豊富アルキンと2,3,5,6-テトラフルオロ-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタンの反応は確実の反応させるため、反応溶液を加熱した。
【0060】
【化13】

【0061】
アジド-アルキン付加環化反応で得られたポリマー24.34mgを3mlのクロロホルムに溶解し、2,3,5,6-テトラフルオロ-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタンの1,2-ジクロロエタン溶液(0.16M)を0.18ml加えた。180℃で6時間攪拌した後、溶媒を減圧除去して橙色の目的高分子を得た。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明方法の高分子化合物は、光電子機能を持つ置換基密度が高く、非線形光学材料や有機太陽電池等の有機エレクトロニクスデバイス用の材料として応用が期待できる。また、本発明方法によれば温和な条件で容易に高収率で目的とする高分子化合物を製造できるのでその工業的価値は大きい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光電子機能を有する部位を高分子化合物に導入する際に、(1)(a)アジド基を有する前駆体高分子化合物に、末端アルキンを含有し、かつ分子中に末端アルキン以外のアルキンを含有する低分子化合物をアジド-アルキン付加環化反応させること、または(b)末端アルキンを含有する前駆体高分子化合物に、アジド基を含有し、かつ分子中に末端アルキン以外のアルキンを含有する低分子化合物をアジド-アルキン付加環化反応させることにより、前駆体高分子化合物にアルキンを含む側鎖官能基を導入し、ついで(2)(1)(a)または(b)で得られた高分子化合物のアルキンを含む側鎖官能基とアクセプター分子とを反応させるアルキン-アクセプター分子付加反応を行うことにより、光電子機能を有する部位を導入した高分子化合物を得ることを特徴とする光電子機能部位を有する高分子化合物の製造方法。
【請求項2】
アクセプター分子がテトラシアノ基含有化合物である請求項1に記載の光電子機能部位を有する高分子化合物の製造方法。
【請求項3】
テトラシアノ基含有化合物が、テトラシアノエチレン、7,7,8,8-テトラシアノキノジメタン(TCNQ)、2,3,5,6-テトラフルオロ-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタン、2-フルオロ-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタン、2,5-ジフルオロ-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタン、2,5-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタンまたは11,11,12,12-テトラシアノナフト-2,6-キノジメタン、アントラセン型TCNQまたは2,5-ジメチル-7,7,8,8-テトラシアノキノジメタンである請求項2に記載の光電子機能部位を有する高分子化合物の製造方法。
【請求項4】
アルキンを含む側鎖官能基の導入が定量的に行われる請求項1〜3のいずれかに記載の光電子機能部位を有する高分子化合物の製造方法。
【請求項5】
アジド-アルキン付加環化反応が銅触媒の存在下に行われる請求項1〜4のいずれかに記載の光電子機能部位を有する高分子化合物の製造方法。
【請求項6】
アルキン-テトラシアノ基含有化合物付加反応が20℃〜200℃で行われる請求項1〜5のいずれかに記載の光電子機能部位を有する高分子化合物の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法で得られた高分子化合物を含む光電子機能材料。
【請求項8】
式(I)、(I’)、(I’’)、(II)、(II’)または(II’’)で示される高分子化合物。
【化1】

上記式(I)、(I’)、(I’’)、(II)、(II’)または(II’’)において、R’は高分子主鎖を構成し、かつ側鎖を有する繰り返し単位を示し、Dはフェニレン、アルキレンまたはアルキルエステル、EはN,N−ジアルキル−4−アミノフェニル、N,N−ジアリール−4−アミノフェニルまたは9−フェニルカルバゾール、そしてXは水素もしくはハロゲン原子またはアルキル基である。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2011−94066(P2011−94066A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−250942(P2009−250942)
【出願日】平成21年10月30日(2009.10.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)、「クリック型反応による有機光電子機能材料の創製」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】