説明

免疫学的検定法および免疫学的検定法に使用する検査ディスク

【課題】測定操作の容易性、高精度および安価な費用という免疫学的検定法の利点を活かしつつ、測定時間の大幅な短縮、さらには従来法より1桁以上高感度の免疫学的検定法およびそれに使用できる検査ディスクを提供する。
【解決手段】抗原をマイクロビーズに固定化し、反応場であるマイクロチャンバーのサイズ(容積)と、該マイクロチャンバーに保持される前記マイクロビーズの総体積を一定の範囲にする競合的免疫学的検定法、およびその方法に使用する検査ディスクを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗原抗体反応による生物学的試料の定量分析に関し、抗原を正確に定量する免疫学的検定法(イムノアッセイ)、および該免疫学的検定法に使用する検査ディスクに関する。
【背景技術】
【0002】
免疫学的検定法(イムノアッセイ)とは、免疫学的測定法とも称され、特定の抗体(抗原)は特定の抗原(抗体)と特異的に結合反応をすることを応用した、生物学的試料の定量的検出法であり、感染症または癌の発症若しくはその予後観察等、様々な場面に有用な測定方法である。
【0003】
免疫学的検定法は、測定感度が良好で、一般的に測定精度が高く、また測定操作が比較的簡単であり低コストで分析可能という利点があるので、様々な方法が開発されている。これらの中で、標識試薬が放射性同位元素であるもの(ラジオイムノアッセイ)または酵素であるもの(エンザイムイムノアッセイ)、および測定原理が競合的原理または非競合的原理(サンドイッチ結合原理)によるものが代表的な検定法である。
【0004】
上記の酵素を標識とした免疫学的検定法において、例えば、ELISA(Enzyme−Linked ImmunoSorbent Assay)では、マイクロタイタープレートを用いた測定(検定)が広く行われている。本方法は、多検体を同時に測定できるという利点を有するが、抗原抗体反応時間のみならず、マイクロタイタープレートのウェル中への抗原または抗体の固定化(吸着)および該反応後の測定前処理に、各々1時間以上を必要とし、測定に必要な総時間が数時間を要するという問題を有している。
【0005】
マイクロタイタープレートを使用する場合の、測定時間に長時間を要するという問題を解決するため、マイクロ流路と称される、断面積が微小で細長い流路中で抗原抗体反応を行う測定方法も提案されている(非特許文献1)。しかし、非特許文献1の方法では、一度に多数の検体を同時に測定できないという別の問題を有していた。
【0006】
マイクロ流路を使用することによる上記問題の解決のため、本願発明者は、ELISAにおいて、多数のマイクロ流路および抗体を固定化したマイクロビーズを備える検査ディスクを開発し、非競合的結合原理による測定法(サンドイッチ法)に適用した(非特許文献2)。これにより、測定時間が30分間〜1時間程度にまで短縮された。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Sato K.、Kimura H.、Kitamori T.、「Determination of Carcinoembryonic Antigen in Human Sera by Integrated Bead−Bed Immunoassay in a Microchip for Cancer Diagnosis」、Anal Chem.、2001年、73、p.1213−1218
【非特許文献2】N.Matsunaga、S.Furutani、I.Kubo、「CENTRIFUGAL FLOW DEVICE FOR HIGH−THROUGHPUT DETECTION OF CANCER MARKER CEA」、ECS Transsactions、2008年、16(11)、p.123−128
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、非特許文献2の検定法では、2段階の抗原抗体反応が必要であるため測定時間短縮がいまだ十分なものではなかった。また、測定時間を短縮するためには、抗原抗体反応の反応場の表面積を大きくすることが考えられるが、固定化する抗体濃度の点で、反応場であるマイクロチャンバー(検出部)を、好適なサイズ(容積)とすることが非特許文献2では困難であった。一方、生体内の極わずかな変化をいち早く捉えて、早期に有効な診断または治療等を可能とするために、これまで以上に高感度および高精度の測定(検定)へのニーズが高まってきている。
【0009】
そこで、本発明の目的は、測定操作の容易性、高精度および安価な費用という免疫学的検定法の利点を活かしつつ、測定時間の大幅な短縮、さらには従来法より1桁以上高感度の免疫学的検定法およびそれに使用できる検査ディスクを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するために、本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、測定原理を競合的結合法(以降、競合法と称する)に変えて、以下のような方法およびその方法を実施する検査ディスクを開発した。具体的には、抗体の代わりに抗原をマイクロビーズに固定化し、好適には反応場であるマイクロチャンバー(検出部)のサイズ(容積)と、該マイクロチャンバーに保持(充填)される前記マイクロビーズの総体積を一定の範囲にすることにより、前記課題を解決し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明の第1の発明によれば、2〜100本のマイクロ流路が形成され、該マイクロ流路の各々に反応前試料の供給部と、抗原抗体反応の検出部と、反応後試料の排出部とを有し、さらに、抗原を固定化したマイクロビーズが前記検出部に保持されている、ディスク状検査容器を使用して、測定対象物を競合的結合原理によりに検出する免疫学的検定法が提供される。なお、本出願において、「マイクロ流路」と称した場合は、原則供給部、検出部および排出部を含んだ基本構成全体を示すものとし、供給部、検出部および排出部を含まない場合は単に「流路」と称する。
【0012】
第2の発明によれば、前記マイクロビーズに固定化される抗原は腫瘍マーカーであることが好適である。
【0013】
第3の発明によれば、1μg/mL〜20μg/mL濃度の前記腫瘍マーカーの水溶液により、前記マイクロビーズに前記腫瘍マーカーを固定化して、測定対象物を競合的結合原理によりに検出することが好適である。
【0014】
第4の発明によれば、前記検出部の1個の容積は0.001〜0.1mmであることが好適である。
【0015】
第5の発明によれば、前記抗原抗体反応の反応時間は1〜5分間である免疫学的検定法が提供される。
【0016】
第6の発明によれば、2〜100本のマイクロ流路が形成され、該マイクロ流路の各々に反応前試料の供給部と、抗原抗体反応の検出部と、反応後試料の排出部とを有し、さらに、抗原を固定化したマイクロビーズが前記検出部に保持されている、免疫学的検定法に使用する検査ディスクが提供される。
【0017】
第7の発明によれば、前記検査ディスクの前記マイクロビーズに固定化される抗原は、腫瘍マーカーであることが好適である。
【0018】
第8の発明によれば、前記検出部の1個の容積は、0.001〜0.1mmであることが好適である。
【発明の効果】
【0019】
本発明の免疫学的検定法および検査ディスクによれば、当該免疫学的検定の測定時間を大幅に短縮できるという効果を奏する。さらには、従来法より1桁以上高感度で高精度に生物学的試料の定量ができるという効果も奏する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の免疫学的検定法の測定フローを概略的に示す工程図である。
【図2】(a)は本発明の検査ディスクの一例を上面視にて模式的に示す図である。(b)は1本のマイクロ流路を概念的に示す模式図である。
【図3】1本のマイクロ流路において、抗原が固定されたマイクロビーズが検出部(マイクロチャンバー)に保持され、抗原抗体反応が行われる状態を模式的に表す、該1本のマイクロ流路の断面図である。
【図4】(a)は一つの検出部(マイクロチャンバー)近傍を、側面から見た断面図を概略的に表した図である。(b)は検出部の容積V3部分を示すために、(a)のIVb−IVb線の矢視方向の断面図を概略的に示した図である。
【図5】複数の検出部につながっている第2の供給部を有する、本発明の検査ディスクの別の例を上面視にて模式的に示す図である。
【図6】実施形態1での、測定対象の抗原(腫瘍マーカー)濃度と化学発光強度(CL強度;Chemiluminescence intensity)の関係を表すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について、図を参照しながら、課題解決のために重要な点および従来技術と異なる特徴等について説明する。
【0022】
本発明の免疫学的検定法は、抗原をマイクロビーズに固定し、反応場であり検出部であるマイクロチャンバーに保持して抗原抗体反応を行わせる。抗体をビーズなどの担体(固相)等に固定化する場合は、抗体の分子形態(構造)がY字型ヘテロテトラマーいう共通の構造を有していることから、基本的な固定化方法が確立されており特に困難性を有しない。しかし、抗原を固定化する場合は、抗原には様々な構造および性質の分子があるため、担体への固定化には、対象抗原毎にその方法に工夫を要するという困難性がある。
【0023】
したがって、抗体を担体等に固定化し、抗原を標識して競合法で免疫学的検定を行う方法も考え得るが、例えば抗原を酵素で標識する場合は、酵素との反応効率が低いという問題がある。さらには、腫瘍マーカー等の抗原を標識抗原として試薬化すると費用が高いという不利益点もある。そこで、高精度および安価という本検定法の利点を活かすため、抗原固定化による競合法を完成させた。
【0024】
しかしながら、上記した困難性以上に、抗原を固定化した場合は、分子量の比較的大きな抗体が立体的障害を受けることなくマイクロビーズの表面に接近して、固定化抗原と反応しなければならないという困難性を克服する必要があった。これらの困難性を解決するための方法および装置について、その実施の形態の詳細を以下に説明する。
【0025】
すなわち、本発明においては、図2に一例として示すような検査ディスク1を使用し、図1に示すフローに従って、抗原固定化での競合法による免疫学的検定を行う。好ましくは、検出部であるマイクロチャンバー3のサイズを所定の範囲とすることにより、短時間で高精度の測定を行うことができる。
【0026】
抗原には、細菌やウイルスなど、生体内へ外部から侵入してくるもの、および癌などの腫瘍を起因として血液中に遊離してくる腫瘍マーカーなど種々のものがある。本発明のマイクロビーズ7への固定化能、および術後の予後観察等における極微量分析の意義において、抗原としては腫瘍マーカーが好ましい。
【0027】
腫瘍マーカーとしては、CEA(癌胎児性抗原)、STN(シアリルTn抗原)、TPA(組織ポリペプチド抗原)、PSA(前立腺特異抗原)、AFP(α−フェトプロテイン)およびerbB−2(HER2タンパクのコード遺伝子)等,種々のものを挙げることができる。マイクロビーズ7上での抗体との反応の好適性の点で、CEA、AFPおよびPSA等の糖タンパク質系が好ましい。
【0028】
本発明の免疫学的検定法の測定手順を、図1に示す測定フローの工程図に従って説明する。まず、複数のマイクロビーズ7に抗原をカルボジイミド法等により固定化(S1)する。固定化する抗原(固定化抗原8)は上記の理由により腫瘍マーカーであることが好ましい。
【0029】
本発明のマイクロビーズ7は、球体、多面体、卵状、ラグビーボール状、またはゴルフボールのように表面に多数のディンプルを有する球体等の形状であってよく、供給部2から検出部3までの流動性およびマイクロビーズ7の表面上での効率的な抗原抗体反応の進行の点で、球体(真球だけでなく略球体も含む)が好ましい。なお、マイクロビーズ7が球体である場合には、その直径は1μm以上、100μm以下であり、検出部3に効果的に保持させる点で5μm以上が好ましい。また、抗原抗体反応に好適な表面密度となるように抗原8を固定化する点において、前記直径は50μm以下が好ましく、30μm以下がより好ましい。マイクロビーズ7が球体以外の形状である場合においても、上記のサイズとほぼ同程度であることが好ましい。
【0030】
また、マイクロビーズ7の材質としては、抗原が固定化されれば特に制限はなく、ガラス、ポリスチレンまたはポリカーボネート等の樹脂、金または銀等の金属、およびステンレス等の金属化合物を使用することができる。安価で軽量である点で樹脂製のマイクロビーズが好ましい。
【0031】
抗原固定化に使用するマイクロビーズ7の数は、検査ディスク1の一つの検出部当たり数千〜数万個になるように決定する。一つの検出部当たりの具体的な個数は、マイクロビーズ7の体積と検出部3のサイズ(容積)の相対的関係によって決められる。反応速度向上と高感度の両立の点で、マイクロビーズの総体積が、検出部3の容積の5%以上が好ましく、より好ましくは10%、さらに好ましくは25%以上である。一方、後述するように抗原抗体反応においてはインキュベーションすることが好ましいので、インキュベーション時の試料液とマイクロビーズの接触効率の点で、前記マイクロビーズの総体積は、前記検出部容積の70%以下が好ましく、より好ましくは50%、さらに好ましくは40%以下である。
【0032】
なお、一つの検出部3の容積は、流路5、6とつながり、幅が流路5、6より大きくなっている部分の面積と当該部分の高さ(深さ)を掛けた値とする。図4(a)に一つの検出部3の近傍を検査ディスクの側面から見た断面図で表し、同図のIVb−IVb線の矢視方向の断面図(前記一つの検出部3の近傍を検査ディスクの上面から見た断面図)を図4(b)に示す。一つの検出部3の容積を図4(b)のV3で指し示している。なお、検出部3は流路5および6と開口してつながっているが、容積V3は、検出部3と両流路5および6の境界部までの容積である。
【0033】
以上のことから、本発明の検出部3は、抗原抗体反応に好適な数量のマイクロビーズを保持する点で、その容積は0.001〜0.1mmであることが好ましい。この容積を確保するため、検出部3の幅は流路5または6の幅の2〜10倍程度となり、検出部3の長さは100〜3000μm程度となる。また、その深さは、マイクロビーズ表面で抗原抗体反応が効率よく行われる点で、供給部2から検出部3までの流路5の1〜2倍が好ましい。該検出部3の形状は、前記容積を確保できれば特に制限がなく、例えば、略直方体または図4(b)に示したように上面視、略楕円状等様々な形状を取ることができる。
【0034】
検出部3に保持されるマイクロビーズの総体積と検出部3の容積が、上記した相対的関係になるようにマイクロビーズ数を決定し、血球計算盤により濃度計測した懸濁液から、適切な濃度のマイクロビーズ懸濁液を調製する。該懸濁液に抗原を添加し、インキュベーションしながら固定化させる(S1)。操作の具定例については後述の実施形態1において詳述する。
【0035】
このようにして調製した、抗原固定化マイクロビーズ懸濁液を検査ディスク1のマイクロ流路の供給部2から、マイクロピペット等でマイクロ流路中に注入し、抗原固定化マイクロビーズを、例えば遠心力によって検出部3に充填する(S3)。図2(a)のような複数のマイクロ流路を有する検査ディスクを使用するときは、各供給部2に前記懸濁液を注入して各検出部3に充填する。このとき、各マイクロ流路の抗原抗体反応が均一に進行するようにするため、各検出部3に保持されるマイクロビーズの総体積の検出部3の容積に対する割合は、上記に示した範囲内で、すべての検出部3においてほぼ同程度であることが望ましい。
【0036】
検査ディスクの一例を図2に示すが、検査ディスク1には多数のマイクロ流路(供給部2、検出部3および排出部4も含む)が存在することが、多検体同時検定の点で好ましい。前記マイクロ流路の数は、多検体同時検定の実効を挙げる上において、一つの検査ディスクには20本以上のマイクロ流路が存在することが好ましく、40本以上であればより好ましい。一方、検査ディスクの実用的なサイズと検定操作に支障をきたさない点で、100本以下が好ましく、80本以下がより好ましい。
【0037】
また、検定(測定)試料等を遠心力により検出部3に送液充填しうる利便性の点で、検査ディスクに形成される複数のマイクロ流路は、対称的あるいは均等的な位置関係で該検査ディスク中に形成されるのが好ましい。例えば、図2(a)に示したように検査ディスク1の中心を対称点とした略点対称の形で配置されるのが好ましい。
【0038】
図2(a)は検査ディスクを上から見た場合の模式図であり、多数のマイクロ流路が簡略的に記載されている。図2(b)は一つのマイクロ流路を模式的に示しており、供給部2および排出部4は大気に解放されているが、検出部3並びに流路5および6は検査ディスクの内部に形成されている。これらそれぞれの部分は、マイクロビーズ懸濁液および試料液が流動したり保持されたりできるように、一定の空間(容積)を有している。なお、供給部2および排出部4は、試料液等の供給および排出のし易さの点で、その開口部の上面部の面積は0.5〜3mmが好ましい。この場合、供給部及び排出部の容積は、各々0.5mm〜5mm程度となる。なお、各マイクロ流路とも、上記した通り、試料供給部2及び排出部4のみで大気へ開放されており、流路5、6及び検出部3は検査ディスク1の本体内部に形成されている。
【0039】
本発明の検査ディスクにおいて、供給部2から検出部3までの流路5の幅は、50〜200μmであり、深さは30〜150μmである。または、該流路5の断面が円形である場合は、その直径が30〜200μmである。あるいは、前記流路5の断面は、その断面積が同程度の楕円形状であってもよい。ただし、マイクロビーズ7が通過できる必要があるため、マイクロビーズ7の直径との兼ね合いで、前記流路5の幅、深さまたは直径をこれらの範囲内で決定する。
【0040】
一方、検出部3から排出部4までの流路6の幅は、50〜200μmであり、深さは2〜10μmである。ただし、マイクロビーズ7が検出部3で止まり排出部4方向へ流出しない必要があるため、マイクロビーズ7の直径との兼ね合いで、検出部3から排出部4までの前記流路6の幅はこれらの範囲内で決定する。
【0041】
図2(a)では、各マイクロ流路には、各々、供給部2、検出部3および排出部4が一つずつの場合が示されているが、一つのマイクロ流路に2〜4個の供給部を有していても良い。具体的には、図2の供給部2と検出部3を結ぶ流路5から枝分かれする形で流路が形成され、その流路の端に第2、第3または第4の供給部が形成されていても良い。あるいは、第2、第3および第4の供給部が直接検出部3とつながるように複数の流路が形成されていても良い。
【0042】
また、検査ディスクの別の形態として、図5に模式的に示すように、図2の供給部2に相当する供給部2(a)とは別に、複数の検出部3に同時に試料液等を供給できる供給部2(b)を備えていても良い。図1の洗浄S7および発光基質注入S8をすばやく実行できる点においては、図5に示す検査ディスクの形態が好ましい。供給部2(b)から試料液等を同時に供給できる検出部3の数としては、試料液、洗浄液または発光基質等を均質に供給できる点で、2〜20個が好ましく、効率性の点では4個以上がより好ましい。8個以上であればさらに好ましい。
【0043】
抗原固定化マイクロビーズを調製する一方で、抗体を酵素で標識する(S2)とともに測定対象の抗原を混合して測定試料液を調製する(S4)。抗原固定化マイクロビーズを検出部3に充填後、該測定試料液を供給部2から注入し、同様に遠心力で検出部3に送液して前記抗原固定化マイクロビーズが充填されている検出部3を前記測定試料液で満たす(S5)。このようにして前記抗原固定化マイクロビーズと前記測定試料液とを接触させた後、所定時間インキュベートして抗原抗体反応を行う(S6)。
【0044】
本発明に使用できる抗体の種類としては、IgG、IgM、IgA、IgD、およびIgEいずれも使用できるが、具体的に測定に使用する抗体は、当然のことながら、測定対象抗原と反応する抗体が選択される。
【0045】
抗原抗体反応がおこなわれる検出部3の内部の様子を図3に概念的に表す。表面に抗原が固定化(固定化抗原8)されたマイクロビーズ7が保持されている。検出部3から排出部4につながる流路6は、その深さがマイクロビーズ7の直径より小さいため、マイクロビーズ7は流路6の方へ流出せずに検出部3で止まっている。この検出部3に、酵素で標識された抗体10と測定対象抗原9を含有する前記測定試料液が、上記したように送液されて、酵素標識抗体10と固定化抗原8または測定対象抗原9との間で競合的に抗原抗体反応が行われる(図3)。
【0046】
本実施の形態において、酵素標識抗体10の量は、測定対象抗原9とマイクロビーズ7上の固定化抗原8の全てと結合(反応)する量より少ないため、測定対象抗原9と固定化抗原8とで酵素標識抗体10を取り合う形で競合的結合が起きる。そして、固定化抗原8と結合する酵素標識抗体10の量は、試料中の測定対象抗原9の量(濃度)によって規則性を持って変化するため、固定化抗原8と結合した酵素標識抗体10の量を発光強度分析等により検出すれば、試料中の測定対象抗原量を定量することができる。
【0047】
固定化抗原8と結合した酵素標識抗体10の量を測定するに当たり、インキュベートによる抗原抗体反応後に、緩衝液を供給部2より注入して流路5、6内及び検出部3を洗浄する(S7)。洗浄の目的は、測定対象抗原9と酵素標識抗体10との結合物質、未反応の測定対象抗原9およびその他の検出時に障害となる物質の排出除去である。これらの排出物はマイクロ流路の排出部4より排出する。
【0048】
前記洗浄後、発光試薬として、p−ヨードフェノール、ルミノールおよび過酸化水素(H)を含む水溶液を供給部2より注入し、固定化抗原8と結合した酵素標識抗体10を発光させ(S8)、該発光の発光強度をイメージングアナライザーで測定する(S9)。以上の測定(検定)操作を測定対象抗原9の濃度を変化させて行い、抗原濃度と発光強度の関係についての検量線を作成する。該検量線の作成にあたり、測定対象抗原9の濃度毎に検査ディスクを変えてもよく、複数のマイクロ流路を有する検査ディスクを使用してマイクロ流路毎に測定対象抗原濃度を変化させて、1枚の検査ディスクで測定を行っても良い。時間短縮、効率性の点で1枚の検査ディスクで検量線を作成できる測定を行うことが好ましい。
【0049】
抗原濃度が未知である実際の測定対象試料を、上記と同様の測定フローで測定し、得られた発光強度を前記検量線上にプロットして抗原濃度を読み取ることによって、未知試料中の抗原濃度を決定することができる。
【0050】
上記の抗原抗体反応に関しては、数分間、具体的には10分間以内の2分間以上で十分である。1枚の検査ディスクの複数のマイクロ流路で同時測定することによるタイムラグを考慮すれば、3分間以上が好ましい。
【0051】
本発明の一例として、抗原として腫瘍マーカーであるCEA(癌胎児性抗原)、酵素標識抗体として西洋ワサビペルオキシダーゼ(Horseradish Peroxidase:HRP)で標識したゴートポリクローナル抗体を使用して免疫学的検定を行った。この例において、抗原抗体反応を5分間で行ったときの検量線を図6に示す。なお、該抗原抗体反応が10分間および15分間であってもほぼ同じプロットとなる検量線が描かれた。
【0052】
図6から明らかなように、測定対象抗原濃度が0.9pg/mLと9pg/mLとで発光強度に明らかな差があり、このことは、試料中の測定対象抗原濃度がこの範囲であっても測定できることを示している。以上述べたとおり、本発明により非常に高感度の測定が短時間でかつ高精度に実施可能となった。
【0053】
上記の本発明の免疫学的検定法に使用する検査ディスクの素材としては、熱可塑性樹脂若しくは熱硬化性樹脂等の高分子材料、セラミックス、ガラス、シリコンまたは金属等の任意の素材が使用できる。密閉性、微細加工性の点でガラス、シリコン、高分子材料、またはこれらの組み合わせが好ましい。高分子材料としては、例えばポリジメチルシロキサン(PDMS)等のシロキサン類を使用することができる。なお、これらの素材は、マイクロ流路およびマイクロチャンバー(検出部)の状況を、肉眼的または光学的に観察するために透明であるのが好ましい。
【0054】
前記検査ディスクの製造方法として、次のような方法を挙げることができる。例えば、流路とマイクロチャンバーのパターンを有する前記材質のシートまたはプレートと、試料液の供給部及び排出部を有する平坦なシートまたはプレートとを貼り合わせることにより製造することができる。また、該供給部および排出部は、流路とマイクロチャンバーのパターンを有するシートまたはプレートに形成されていてもよい。あるいは、流路、マイクロチャンバー、供給部、および排出部のパターンが、2枚のシートまたはプレートに分割して作成されたもの(例えば略面対称の形)を、貼り合わせて前記検査ディスクを製造してもよい。光学的な観察及び解析に適する点で、前記検査ディスクの厚さは1mm〜3mmが好ましい。
【0055】
これらの流路とマイクロチャンバー等のパターンを有するシートは、金型でプレスしたり、金型に熱可塑性樹脂等の流動性の素材を流し込むことで形成してもよく、厚膜のリソグラフィーにより凸型のパターンを形成し、該パターン上に熱可塑性樹脂等の流動性の素材を流し込んで形成してもよく、シートまたはプレートに直接、機械加工やフォトリソグラフィーを用いたエッチングにより形成してもよい。
【0056】
<実施形態1>
以下、好適な実施形態について図面に基づきさらに詳しく説明する。
【0057】
検査ディスクの作製
まず、直径4インチのシリコンウェハーを用いてマイクロ流路の鋳型を作製した。シリコンウェハー上に、薄膜フォトレジスト(SU−8 2005)を2000rpm、30秒間スピンコートし、塗り広げた。これをホットプレートで、65℃で1分間および95℃で2分間加熱後、デザインされたフォトマスクと共にマスクアライナーにセットしてUV(350nm)照射を90秒間し、薄膜フォトレジストを光硬化させた。次に上記シリコンウェハーを65℃で1分間および95℃で1分間加熱した。
【0058】
前記シリコンウェハーに厚膜フォトレジスト(SU−8 50)を滴下し、スピンコーターで2000rpm、30秒間回転させて均一な厚さ(50μm)に広げた。さらに、ホットプレートで、65℃で6分間および95℃で20分間加熱後、デザインされたフォトマスクと共にマスクアライナーにセットしてUV(350nm)照射を90秒間し、65℃で1分間および95℃で5分間加熱した。その後、SU−8の現像液に浸して未重合の余分なレジストを除去し、ドライ窒素ガスで乾燥させて鋳型を完成させた。
【0059】
この鋳型に対し、ポリジメチルシロキサン(PDMS)のプレポリマー(ダウコーニング製シルガード184)を流し込み、熱硬化させた。硬化したPDMSシートを鋳型から取り出して供給部および排出部が大気に開放するように成形した後、凹部が形成されたシート表面に対して当該シートと同じ形の平滑なガラスを張り合わせて、図2に示す64本のマイクロ流路を備えた検査ディスク(直径100mm、厚さ1.8mm)を作製した。
【0060】
本実施形態で作製した前記検査ディスクの供給部2および排出部4の開口部の上面部面積は約1mmである。また、流路5の「幅×深さ」は「100μm×56μm」、検出部3の容積は0.020mm(平均幅×長さ×深さ=350μm×1000μm×56μm)、流路6の「幅×深さ」は「100μm×5μm」である。
【0061】
抗原固定化マイクロビーズの調製
抗原として腫瘍マーカー「癌胎児性抗原(Carcinoembryonic antigen;CEA)」を使用した。CEAを直径10μmの球体状ポリスチレンマイクロビーズに、カルボジイミド法によって次のように固定化した。該ポリスチレンマイクロビーズの懸濁液0.2mL、EDC溶液(1mg/mL)0.75mL、および超純水0.05mLを混合し、1時間室温でゆっくり攪拌した後、2000rpmで10分間遠心後に上澄み溶液を取り除いた。さらに、CEA溶液(9μg/mL)を200μL混合し、低温室(4℃)で一晩ゆっくり攪拌して反応させた。この反応懸濁液を2000rpmで10分間遠心後に上澄み溶液を取り除き、ブロッキング剤溶液(400ng/mL)を1mL添加し、インキュベーター(37℃)で1.5時間ゆっくり攪拌した。このビーズ懸濁液を2000rpmで10分間遠心後、上澄み液を取り除き、ビーズを回収した。沈殿したビーズにTBSTバッファー(20mM Tris−HCl、0.15M NaCl、および0.05% Tween;pH7.6)1mLを加え再懸濁した。その後、2000rpmで10分間遠心してマイクロビーズを回収する洗浄操作を3回、0.1Mリン酸バッファー(PB;pH7.0)で前記と同様の洗浄操作を2回行い、回収したCEA固定化マイクロビーズにPBを加え懸濁液0.1mLを調製した。前記CEA固定化マイクロビーズ懸濁液は、免疫学的検定法を実施するまでは冷蔵庫に保管した。
【0062】
CEAの本発明による免疫学検定(検量線の作成と検証)
前記CEA固定化マイクロビーズ懸濁液の1.5μLを、上記の方法により作製した検査ディスク1の供給部2から注入し、遠心力(3000rpm、30秒間)で検出部3に送液して該検出部3に保持させた。本実施形態において、検出部3の容積に対する抗原固定化マイクロビーズの総体積の割合は、各検出部とも26±0.5%となるように充填して保持した。
【0063】
測定対象CEAを含む試料溶液と、1000倍希釈HRP標識ゴートポリクローナル抗体を1:1で混合し、その混合溶液である測定試料液1μLを供給部2から注入して遠心力(3000rpm、30秒間)で検出部3に送液した。送液後、室温でインキュベートしながら抗原抗体反応を行った。なお、測定対象CEA濃度は、0.9、9、90、900、および9000(pg/mL)の5種類とし、加えてCEAもHRP標識ゴートポリクローナル抗体も入っていないPBについても測定した。なお、この測定は一つの検査ディスク上で、1種類の濃度について3〜5流路を使用して(n数:3〜5)行った。また、インキュベート時間は5、10、または15分間の3種類を実施して比較した。
【0064】
インキュベート後、TBSTバッファーで5回、PBで2回、各2μLずつ供給部2より注入し、遠心力(3000rpm、30秒間)により流路5、6内、検出部3、およびマイクロビーズ7を洗浄した(洗浄液は排出部4から排出)。この操作を2回繰り返し、測定試料液中のCEAとHRP標識ゴートポリクローナル抗体との結合物質、未反応のCEAおよびその他の検出時に障害となる物質を除去した。
【0065】
洗浄後、供給部2から発光基質水溶液(p−ヨードフェノール0.4mM、ルミノール0.375mMおよびH0.75mM)を1μL注入し遠心力(3000rpm、30秒間)により検出部に発行基質溶液を送液し、マイクロビーズ7に固定化されたCEAと反応したHRP標識ゴートポリクローナル抗体の標識酵素と反応させた。これにより、マイクロビーズ7上に存在する標識酵素が発光するので、その化学発光強度(CL強度)をイメージングアナライザーで5分間測定した。上記の測定対象CEA濃度の各条件下で抗原抗体反応を行った場合、マイクロビーズ7の表面上に固定化されたCEAと抗体との結合量が異なり、その化学発光強度に差があらわれる。
【0066】
測定対象CEAが少なければ、マイクロビーズ表面に固定化されたCEAと反応する酵素標識抗体が多く、反対に、測定対象CEAが多ければ、該測定対象CEAと反応する酵素標識抗体が多くなるので、固定化CEAと反応する酵素標識抗体は少なくなる。したがって、測定対象CEAが少ないほど、検出部3(マイクロビーズ保持部分)の発光強度が強く、測定対象CEAが多いほど発光強度が弱い。
【0067】
試料中のCEA濃度と発光強度の関係について、その測定結果を図6に示す。抗原抗体反応時間を5分間とした場合の測定結果であるが、該反応時間を10分間または15分間とした場合も、ほぼ同じプロットおよび線が得られ、本実施形態において抗原抗体反応時間は5分間であれば十分であることが示された。なお、図6で9000pg/mlにおける発光強度は、CEAもHRP標識ゴートポリクローナル抗体も入っていないPBを検出部3に送液した後、発光基質水溶液を送液した際のバックグラウンドの発光強度とほとんど差がないことが示された。また、CEA固定化マイクロビーズの検査ディスクへの注入から発光強度測定までの測定時間については、約15分間であり、非特許文献2による方法の1/2〜1/4にまで時間が短縮された。
【0068】
また、試料中のCEA濃度が0.9pg/mLと9pg/mLとで発光強度に明らかな差があり、このことは、試料中の測定対象CEA濃度がこの範囲であっても測定できることを示している。この点に関し、CEA濃度を変化させた既知試料を数回測定し、全て図6の検量線上にプロットされることを確認した。以上のことから、本発明によって非常に高感度の測定が短時間でかつ高精度に実施可能であることを実証することができた。
【0069】
このように短時間で高精度に測定できる理由については、明確ではないが、マイクロビーズの体積と検出部であるマイクロチャンバーの容積の比率を特定のものとしたこと、非常に小さなマイクロビーズを使用して反応場である表面積を大きくしたことが一因と考えられる。さらに、これらのことにより、マイクロビーズ表面上での抗原抗体反応の濃度を非特許文献2の方法の1/10以下とすることができたことによるものと考えられる。すなわち、マイクロビーズ表面上の抗原および抗体の濃度が低くなったことにより、分子量の比較的大きな抗体が立体的障害を受けることなく、固定化抗原と反応がスムーズに進行できるようになったことによるものと思われる。
【産業上の利用可能性】
【0070】
高感度かつ迅速な免疫学検定が実施可能となることにより、癌あるいは感染症等様々な疾病の早期かつ的確な診断、および予後の追跡による、例えば癌転移の早期発見への応用が可能である。
【符号の説明】
【0071】
1 検査ディスク
2、2a、2b 供給部
3 検出部(マイクロチャンバー)
4 排出部
5、6 流路
7 マイクロビーズ
8 固定化抗原
9 測定対象抗原
10 酵素標識抗体
11 別形態の検査ディスク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2〜100本のマイクロ流路が形成され、該マイクロ流路の各々に反応前試料の供給部と、抗原抗体反応の検出部と、反応後試料の排出部とを有し、さらに、抗原を固定化したマイクロビーズが前記検出部に保持されているディスク状検査容器を使用して、測定対象物を競合的結合原理によりに検出する免疫学的検定法。
【請求項2】
前記マイクロビーズに固定化される抗原は腫瘍マーカーである、請求項1に記載の免疫学的検定法。
【請求項3】
1μg/mL〜20μg/mL濃度の前記腫瘍マーカーの水溶液により、前記マイクロビーズに前記腫瘍マーカーを固定化して、測定対象物を競合的結合原理によりに検出する、請求項1または2に記載の免疫学的検定法。
【請求項4】
前記検出部の1個の容積は0.001〜0.1mmである、請求項1〜3いずれか一項に記載の免疫学的検定法。
【請求項5】
前記抗原抗体反応の反応時間は1〜5分間である、請求項1〜4いずれか一項に記載の免疫学的検定方法。
【請求項6】
2〜100本のマイクロ流路が形成され、該マイクロ流路の各々に反応前試料の供給部と、抗原抗体反応の検出部と、反応後試料の排出部とを有し、さらに、抗原を固定化したマイクロビーズが前記検出部に保持されている、免疫学的検定法に使用する検査ディスク。
【請求項7】
前記マイクロビーズに固定化される抗原は、腫瘍マーカーである、請求項6に記載の免疫学的検定法に使用する検査ディスク。
【請求項8】
前記検出部の1個の容積は、0.001〜0.1mmである、請求項6または7に記載の免疫学的検定法に使用する検査ディスク。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−216947(P2010−216947A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−63089(P2009−63089)
【出願日】平成21年3月16日(2009.3.16)
【出願人】(598123138)学校法人 創価大学 (49)
【出願人】(800000080)タマティーエルオー株式会社 (255)
【Fターム(参考)】