全血試料の前処理方法及び核酸増幅方法
【課題】全血試料の核酸を増幅するための前処理であって、遠心分離処理を行うことなく、夾雑物を簡単に凝固させ得る方法、及び、全血試料中の核酸を簡便に効率良く増幅させることができる核酸増幅方法の提供。
【解決手段】全血試料中の核酸を増幅するための前処理方法であって、 (a)全血試料を、多価陽イオンを含む希釈溶媒を用いて希釈する工程と、 (b)工程(a)において希釈された全血試料を熱処理する工程と、を有することを特徴とする全血試料の前処理方法、及び、前記記載の全血試料の前処理方法を用いて前処理された処理液を用いて核酸増幅反応を行うことを特徴とする核酸増幅方法。
【解決手段】全血試料中の核酸を増幅するための前処理方法であって、 (a)全血試料を、多価陽イオンを含む希釈溶媒を用いて希釈する工程と、 (b)工程(a)において希釈された全血試料を熱処理する工程と、を有することを特徴とする全血試料の前処理方法、及び、前記記載の全血試料の前処理方法を用いて前処理された処理液を用いて核酸増幅反応を行うことを特徴とする核酸増幅方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遠心分離処理を行うことなく、簡便に、全血試料の核酸を増幅するための前処理を行うための方法、及び該方法により前処理された全血試料を用いて核酸増幅を行う方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の遺伝子工学技術や分子生物学の進歩に伴い、試料中に含まれる核酸の解析は、学術研究の分野のみならず、医療分野においても広く行われるようになってきている。例えば、遺伝病、癌、感染症、生活習慣病等の診断のために、生体試料中のゲノムDNAやmRNA等の核酸の解析が行われている。通常は、生体試料中に含まれる核酸は微量であるため、解析対象となる標的核酸を増幅することにより解析が行われることが多い。
生体試料中には、タンパク質をはじめとする様々な物質が含まれているが、これらの物質は、核酸増幅反応の阻害要因となり得る。特にタンパク質には、核酸分解活性や、核酸増幅に用いられる酵素等の阻害活性を有するものが多く、高精度かつ高感度に標的核酸を増幅するためには、生体試料中のタンパク質の失活や除去を行うことが好ましい。このため、通常、核酸抽出等の前処理がなされた生体試料を用いて核酸増幅は行われる。
【0003】
このような前処理方法については、種々の方法が開示されている。例えば、シリカゲル粒子カラムを用いた抽出法等がある。ここで、シリカゲル粒子カラムを用いた抽出法とは、(a)生体試料に界面活性剤を添加して細胞を溶解し、プロテイナーゼKでタンパク質を消化する、(b)該消化処理後の生体試料をシリカゲル粒子カラムに通すことにより、核酸をシリカゲル粒子に吸着させる、(c)その後、溶出液を用いてカラムから核酸を溶出することにより、核酸を抽出する、という方法である。このシリカゲル粒子カラムを用いた方法は、市販のキット等により広く用いられており、シリカゲル粒子を磁性粒子とした核酸抽出用全自動機も市販されている。このシリカゲル粒子カラムを用いて精製する市販のキットは、簡便であり、かつ非常に純度の高い核酸を得ることができるため、血液を使った遺伝子検査等において広く使用されている。しかしながら、シリカゲル粒子カラムは高価であり、非常にコストがかかるという問題がある。
【0004】
また、核酸を含有する生体試料から、核酸以外の夾雑物、特に、核酸増幅反応等の酵素反応を阻害する物質を除去する方法として、例えば、(1)核酸含有サンプルから少なくとも一つの夾雑物を除去するための方法であって、(a)前記核酸含有サンプルを少なくとも一つの凝集剤と接触させて凝集剤沈殿物を形成する工程;および、(b)前記凝集剤沈殿物から前記核酸を分離する工程、を含む方法が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。当該方法では、工程(b)の後に前記核酸を精製または単離することを含んでいてもよく、核酸含有サンプルを、前記凝集剤と接触される前に分解、変性または破壊する工程を含んでいてもよい。なお、当該凝集剤としては、陽イオン性化学物質、陰イオン性化学物質、両イオン性化学物質、非帯電性化学物質、またはこれらの組合せが挙げられている。その他、(2)土壌から、土壌に含まれる細菌のDNAを抽出する方法として、アルミニウムイオンや3価鉄イオンを用いて前処理を行い、核酸抽出を行うことにより、土壌由来の阻害物質を除去する方法が開示されている(例えば、非特許文献1参照。)。
【0005】
これに対して、より安価な方法として、単に生体試料を煮沸処理し、生体試料中のタンパク質等の夾雑物を凝固させ、核酸と分離させるボイリング法がある(例えば、非特許文献1参照。)。このボイリング法を応用した方法として、例えば、(3)全血試料中の核酸を増幅するための前処理方法であって、(i)全血試料を希釈する工程と、(ii)希釈された全血試料を熱処理する工程と、(iii)熱処理後の試料を遠心分離する工程とを含む前処理方法等がある(例えば、特許文献2参照。)。血液のように、夾雑物が多く、核酸含量が微量である生体試料では、ボイリング法のように単に煮沸処理するだけでは、得られる核酸の精度が不十分であり、正確な検査が困難な場合が多いが、上記(3)の方法のように、夾雑物を凝固させた後に遠心分離処理することにより、核酸増幅反応を阻害する物質等を効率よく除去することができ、より正確な検査をすることが可能となる。
【特許文献1】特表2008−500066号公報
【特許文献2】特開2006−187221号公報
【非特許文献1】ブレイド(Braid)、外2名、ジャーナル・オブ・マイクロバイオロジカル・メソッズ(Journal of Microbiological Methods)、2003年、第52巻、p389〜393
【非特許文献2】蛋白質核酸酵素、共立出版、1996年、第41巻、第5号、p453〜456
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
臨床検査等のように多検体を処理する場合には、作業効率の点から、検査工程が少なく、かつ特殊な装置を要さないことが好ましい。また、各工程の操作が簡便であれば、検査を自動化しやすく、より好ましい。しかしながら、上記(1)や(2)の方法では、工程数が多く、作業が煩雑であり、作業効率が十分ではない、という問題がある。また、上記(3)の方法は、上記(1)や(2)の方法よりも工程数が少ないものの、遠心分離処理を含む方法であるため、操作が煩雑であるという問題がある。また、遠心分離操作を含む工程を自動化する場合には、装置の構成が複雑になり、装置コストが高くなるという問題もある。
【0007】
本発明は、全血試料の核酸を増幅するための前処理であって、遠心分離処理を行うことなく、夾雑物を簡単に凝固させ得る方法、及び、全血試料中の核酸を簡便に効率良く増幅させることができる核酸増幅方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、全血試料を、マグネシウムイオン等の多価の陽イオンを含む希釈溶媒を用いて希釈することにより、タンパク質等の夾雑物を簡単に不活性化させることができること、及び、得られた処理液は、遠心分離処理することなく、核酸増幅反応の供することができることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は、
(1) 全血試料中の核酸を増幅するための前処理方法であって、 (a)全血試料を、多価陽イオンを含む希釈溶媒を用いて希釈する工程と、 (b)工程(a)において希釈された全血試料を熱処理する工程と、を有することを特徴とする全血試料の前処理方法、
(2) 前記多価陽イオンが、アルカリ土類金属イオン又はアルミニウムイオンであることを特徴とする前記(1)記載の全血試料の前処理方法、
(3) 前記多価陽イオンが、アルミニウムイオン又は鉄イオンであることを特徴とする前記(1)記載の全血試料の前処理方法、
(4) 前記工程(b)における熱処理の温度が、50〜100℃であることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか記載の全血試料の前処理方法、
(5) 前記工程(b)における熱処理の温度が、50〜90℃であることを特徴とする前記(1)又は(2)記載の全血試料の前処理方法、
(6) 前記(1)〜(5)のいずれか記載の全血試料の前処理方法を用いて前処理された処理液を用いて核酸増幅反応を行うことを特徴とする核酸増幅方法、
を提供することを目的とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の全血試料の前処理方法により、遠心分離処理をすることなく、簡便に、全血試料中の夾雑物を不活性化させることができる。このため、本発明の全血試料の前処理方法により得られた処理液を用いることにより、核酸増幅を高精度かつ効率的に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の全血試料の前処理方法に供される全血試料は、動物から採取された全血であればよい。例えば、ヒト由来の全血試料であってもよく、マウスやウサギ、モルモット等の実験動物由来の全血試料であってもよく、ウシ、ウマ、ブタ、トリ等の家畜由来の全血試料であってもよい。また、採血直後の全血試料であってもよく、保存後の全血試料であってもよい。保存後の全血試料を用いる場合、保存条件は特に限定されるものではなく、室温保存されたものであってもよく、冷蔵や冷凍保存されたものであってもよい。
【0012】
本発明の全血試料の前処理方法は、(a)全血試料を、多価陽イオンを含む希釈溶媒を用いて希釈する工程と、(b)希釈された全血試料を熱処理する工程と、を有することを特徴とする。このように、全血試料に多価陽イオンを添加して熱処理することにより、白血球の破裂等により、白血球中に含まれている核酸が溶液中に抽出されるとともに、タンパク質等の夾雑物を効率よく不活性化させることができる。これは、熱処理により変性したタンパク質と、多価陽イオンとが、キレート反応を起こすため、凝集が生じるためと推察される。すなわち、試料を煮沸処理することにより細胞を破壊してタンパク質を変性し、核酸を抽出するボイリング法とは異なり、キレート反応によりタンパク質を凝集させるため、脂質や糖類等のタンパク質以外の夾雑物も巻き込んで凝集物が形成される結果、より効果的に夾雑物を不活性化させることができると推察される。
以下、工程ごとに説明する。
【0013】
まず、工程(a)として、全血試料を、多価陽イオンを含む希釈溶媒を用いて希釈する。ここで、希釈倍率が小さすぎる場合には、最終的に得られる処理液が形成された凝集物でほぼ埋め尽くされてしまい、核酸増幅反応に用いるために十分量の処理液が回収しにくくなるおそれがある。一方、希釈倍率が高すぎる場合には、得られた処理液中の核酸濃度が低くなりすぎるおそれがある。核酸濃度が低くなりすぎると、核酸増幅反応の反応液へ供される処理液量が多くなり、結果、核酸増幅反応の反応スケールが大きくなり、コストが高くなる可能性がある。希釈倍率が2〜100倍、好ましくは、4〜64倍であれば、量と核酸濃度の双方の点から、核酸増幅反応に好ましい処理液を回収することができる。さらに、希釈倍率が16〜32倍であれば、不活性化された夾雑物による沈殿量を十分に少なくすることができ、得られた処理液を核酸増幅反応に供する場合に、反応溶液への不溶物の持ち込みを抑えることができる。このため、前処理から核酸増幅反応までの一連の工程を自動化装置を用い手行う場合には、希釈倍率を16〜32倍とすることが好ましい。
【0014】
工程(a)において用いられる希釈溶媒に含まれる多価陽イオンは、処理液が供される核酸増幅反応の反応液に持ち込まれた場合に、沈殿等を生じさせないものであれば、特に限定されるものではないが、2価又は3価の陽イオンであることが好ましい。また、金属イオンであってもよく、バリウムイオン等の非金属イオンであってもよい。排液処理の点からは、重金属イオン以外の多価陽イオンであることが好ましい。本発明においては、多価陽イオンとして、アルカリ土類金属イオン、アルミニウムイオン、又は鉄イオンであることが好ましく、マグネシウムイオン、アルミニウムイオン、又は3価鉄イオンであることがより好ましい。全血試料中の夾雑物をより効果的に不活性化させることができるためである。
【0015】
希釈溶媒に含まれる多価陽イオンの濃度は、全血試料に含まれている夾雑物を不活性化させるために十分な量であり、かつ、処理液が供される核酸増幅反応を阻害しない濃度であれば、特に限定されるものではなく、多価陽イオンの種類、希釈溶媒の種類、全血試料の希釈倍率、核酸増幅反応へ持ち込まれる量、及び核酸増幅反応の種類等を考慮して、適宜決定することができる。一般的には、希釈溶媒に含まれる多価陽イオンの濃度が高いほど、キレート反応の効率がよい。このため、例えば、希釈倍率が10倍以上である場合には、希釈溶媒の多価陽イオン濃度が1μM以上であれば、十分に全血試料中の夾雑物を不活性化させることができる。
【0016】
希釈溶媒の多価陽イオン濃度の上限は、用いられる多価陽イオンが、アルミニウムイオン等の核酸増幅反応に特段の影響を及ぼさない種類のイオンである場合には、特に限定されるものではない。例えば、多価陽イオンとしてアルミニウムイオンを用いた場合には、希釈溶媒のアルミニウムイオン濃度が1μM以上であることが好ましく、1μM〜50mMであることがより好ましく、25μM〜20mMであることがさらに好ましい。一方、多価陽イオンとして2価鉄イオン等の2価の金属イオンを用いた場合には、1μM〜2.5mMであることが好ましく、1μM〜0.5mMであることがより好ましい。また、多価陽イオンとして3価鉄イオンを用いた場合には、1μM〜5mMであることが好ましく、1μM〜2.5mMであることがより好ましく、0.5〜2.5mMであることがさらに好ましい。
【0017】
一方、多価陽イオンが、マグネシウムイオン等のように核酸増幅反応に影響を及ぼす可能性があるイオンである場合には、核酸増幅反応へ持ち込まれる量等を考慮して、核酸増幅反応に対する影響を抑えつつ、効率よくキレート反応を生じさせ得る濃度範囲を適宜決定することができる。希釈溶媒の多価陽イオン濃度が高すぎると、核酸増幅反応が阻害されるおそれがあり、逆に低すぎるとキレート反応効率が低く、夾雑物の不活性化効率が低下し、核酸増幅反応が阻害されるためである。例えば、希釈溶媒の多価陽イオンがマグネシウムイオンであり、希釈倍率が10倍以上であり、核酸増幅反応へ持ち込まれる処理液量が、核酸増幅反応の反応液の最終容量の10分の1以下程度である場合には、多価陽イオン濃度が1μM〜0.5mM、好ましくは25μM〜125μMであれば、核酸増幅反応に対する影響を抑えつつ、効率よく夾雑物を不活性化することができる。
【0018】
工程(a)において用いられる希釈溶媒の種類は、処理液が供される核酸増幅反応を阻害しない溶媒であれば特に限定されるものではなく、水や、一般的に生体試料の調製や核酸解析等に使用されるバッファー等に、多価陽イオンを添加したものを用いることができる。該バッファーとしては、例えば、トリスバッファー、リン酸バッファー、クエン酸バッファー等が挙げられる。また、希釈溶媒には、処理液が供される核酸増幅反応を阻害しない限度で、界面活性剤や有機溶媒等を添加してもよい。
【0019】
その後、工程(b)として、工程(a)において希釈された全血試料(希釈済全血試料)を熱処理する。熱処理の温度は、全血試料中の夾雑物を不活性化し得る温度であれば、特に限定されるものではないが、煮沸処理(100℃)以下であることが好ましい。特に、キレート反応により夾雑物を不活性化させるため、熱処理の温度は、煮沸処理(100℃)よりも比較的低めの温度で熱処理することがより好ましい。例えば、本発明の全血試料の前処理方法においては、熱処理温度を、50〜100℃とすることが好ましく、50〜90℃とすることがより好ましく、65〜90℃とすることがさらに好ましく、80〜90℃とすることが特に好ましい。
【0020】
該熱処理の時間は、熱処理の温度や希釈済全血試料の量等を考慮して、適宜決定することができる。熱処理温度が80〜90℃のように比較的高い場合には、熱処理温度が50〜70℃のように比較的低い場合よりも短時間の処理時間でよい。例えば、熱処理温度が80℃以上である場合には、熱処理時間は10分間以内であることが好ましく、2.5分間以内であることがより好ましく、1分間以内であることがさらに好ましい。また、該熱処理の時間は、所定の熱処理温度において希釈済全血試料を保持する時間のみならず、加温工程の時間も含まれる。この加温工程においても、夾雑物の不活性化は進行するためである。例えば、工程(a)を室温で行った後、工程(b)の熱処理を80℃以上で行う場合には、80℃まで加温する工程に、一般的には数秒〜数十秒間を要する。このため、希釈済全血試料の温度が80℃に達した時点で熱処理を終了してもよい。
【0021】
該熱処理により、全血試料中の夾雑物は不活性化され、凝集する。この凝集により得られる凝集物は、煮沸処理により変性したタンパク質による凝集物に比べて非常に強固であるため、例えば、遠心分離処理した場合には、沈殿物の容積が小さくなり、より多くの上清を得ることができる。
【0022】
本発明の全血試料の前処理方法により全血試料を処理して得られる処理液は、夾雑物が不活性化された核酸抽出液であるため、本発明の全血試料の前処理方法は、全血試料を用いた核酸解析の前処理として好適である。また、処理液中の不活性化された夾雑物が核酸増幅反応の反応溶液中に持ち込まれたとしても、核酸増幅反応を良好に行うことができることから、本発明の全血試料の前処理方法は、特に核酸増幅反応を用いた核酸解析のための前処理方法として特に好適である。本発明の全血試料の前処理方法により得られた処理液中の不活性化された夾雑物(凝集物)が、核酸増幅反応を阻害しない理由は明らかではないが、キレート反応による凝集物は、煮沸処理により変性したタンパク質による凝集物に比べて非常に強固であるためと推察される。
【0023】
本発明の全血試料の前処理方法により得られた処理液は、他の核酸試料と同様に、核酸増幅反応等の核酸解析に供されることができる。該処理液が供される核酸増幅反応としては、例えば、PCR(polymerase chain reaction)法、LCR(ligase chain reaction)法、SDA(strand displacement amplification)法、LAMP(Loop−Mediated Isothermal Amplification)法、ICAN(Isothermal and Chimeric primer−initiated Amplification of Nucleic acids)法等がある。本発明においては、特にPCR法であることが好ましい。なお、これらの手法は、核酸として本発明の全血試料の前処理方法により得られた処理液を用いる以外は、一般的な反応条件により行うことができる。
【0024】
上述したように、該処理液中の不活性化された夾雑物は、核酸増幅反応をほとんど阻害しない。このため、これらの核酸増幅反応の反応溶液に、該処理液を、夾雑物による凝集物の持ち込みを気にすることなく添加することができる。また、キレート反応により得られる凝集物は、その強い凝集力により容積が小さくなり、沈殿し易い。このため、例えば、核酸増幅反応後の解析操作等の点から、凝集物の持ち込みを抑制したい場合には、工程(b)による熱処理後、室温程度まで液温を低下させ静置することにより、凝集物を沈澱させ、この処理液の上層部分から回収した処理液を反応溶液に添加することにより、凝集物の持ち込み量を簡便に低下させることができる。
【0025】
また、例えば、アルミニウムイオンや3価鉄イオン等の3価陽イオンを用いた場合に得られる凝集物は、マグネシウムイオンや2価鉄イオン等の2価陽イオンを用いた場合に得られる凝集物よりも、核酸増幅反応への阻害効果が小さい。このため、3価陽イオンを用いた場合のほうが、2価陽イオンを用いた場合よりも、核酸増幅反応の反応溶液への夾雑物の持ち込み量を考慮することなく、簡便に熱処理後の処理液を核酸増幅反応へ供することができる。これは、多価陽イオンとしては、より価数の高いほうが、凝集能力が高く効率よく夾雑物を不活性化することができるためと推察される。
【0026】
このように、本発明の全血試料の前処理方法は、従来の前処理方法とは異なり、得られた処理液から遠心分離処理により凝集物を除去する工程を省いた場合であっても、核酸解析に好適な処理液を得ることができる。このため、本発明の全血試料の前処理方法は、複雑な遠心分離処理部を設けることなく、溶液添加部と温度制御部を備えた装置を用いて、全工程を自動化することも容易である。さらに、市販のPCR装置等の温度制御部を備えた核酸増幅反応装置に、溶液分注装置を備えた簡単な構成の装置により、前処理工程から核酸増幅反応までの一連の工程を全自動化することも容易である。
【実施例】
【0027】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0028】
[実施例1]
多価陽イオンとして、濃度の異なるマグネシウムイオンを用いて、本発明の全血試料の前処理方法によりヒトから採取した全血を前処理し、PCRを行い、解析対象である遺伝子の増幅産物を得た。ヒトのビタミンKエポキシド還元酵素複合体(vitamin K epoxide reductase complex:VKORC)のサブユニット1(VKORC1)遺伝子及びヒトの肝チトクロームP450(cytochromeP450:CYP)2C9遺伝子を解析対象の遺伝子とした。
まず、全血5μLを、硫酸マグネシウム濃度が異なるにがり液(硫酸マグネシウム、和光純薬工業社製)155μLで希釈し(稀釈倍率が32倍)、それぞれ混合した。にがり液中の硫酸マグネシウム濃度は1.88mM〜7.3μMとした。これらの希釈液に、サーマルサイクラーにて、70℃で5分間の熱処理を施した後、25℃とし、処理液を得た。
これらの処理液を鋳型とし、表1記載のプライマーを用いてマルチプレックスPCRを行った。なお、これらのプライマーを用いることにより、82bpのCYP2C9遺伝子の増幅産物、144bpのVKORC1遺伝子の増幅産物が、それぞれ得られる。
【0029】
【表1】
【0030】
具体的には、2μLの処理液に、最終濃度が、1×PCR Buffer(東洋紡績社製)、0.2mMのdNTP、1mMの硫酸マグネシウム、10μLのヒトゲノム検体(20ng/μL)、0.3μMの各プライマー、及び0.9μLのKODplus(東洋紡績社製)となるようにそれぞれ添加し、milliQ水を加え、全量36μLの反応溶液を調製した。なお、処理液に代えて、表1記載のプライマーを用いて、VKORC1遺伝子及びCYP2C9遺伝子の増幅産物が得られることが確認されているヒト抽出ゲノム10ng(財団法人ヒューマンサイエンス振興財団が提供しているヒューマンサイエンス研修資源バンクより非連結匿名化された状態で入手)を用いたものをPCRのポジティブコントロールとし、等量のmilliQ水を用いたものを、ネガティブコントロールとした。
これらの反応溶液を、94℃で5分間の変性工程、次に94℃で30秒間、64℃で30秒間、68℃で30秒間を35サイクルの増幅工程、68℃で2分間の伸長工程、からなる反応条件によりPCR反応を行った。PCR反応後の反応溶液を、8%ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動した後、SYBR Green1染色することにより、目的のCYP2C9増幅産物(82bp)及びVKORC1増幅産物(144bp)が増幅されているか否かを確認した。
【0031】
図1はSYBR Green1染色により得られたバンドパターンを示した染色図である。レーンMは分子量マーカーである20bpラダー(タカラバイオ社製)を、レーン1〜9には、表2記載の硫酸マグネシウム濃度のにがり液を用いて前処理した処理液を鋳型とした反応溶液を、レーン10にはポジティブコントロール(ヒトゲノムを鋳型としたもの)をそれぞれ流した。さらに、各バンドの濃さをデンシトグラフで測定し、各増幅産物量を測定した結果を図2に示す。
【0032】
【表2】
【0033】
この結果、前処理に用いるにがり液中のマグネシウムイオンの濃度が7.3μM〜0.469mMであるレーン3〜9において、レーン10と同様にCYP2C9増幅産物とVKORC1増幅産物の両方が検出された。特に、マグネシウムイオンの濃度が0.029〜0.117mMであるレーン5〜7において、両増幅産物をバランスよく得ることができた。一方、レーン1ではCYP2C9増幅産物のみが、レーン2ではVKORC1増幅産物のみが検出された。
これらの結果から、本発明の全血試料の前処理方法により処理された処理液は、遠心分離処理を行うことなく核酸増幅反応の供し得ることが明らかである。なお、一般的には、PCR等のポリメラーゼを用いる核酸増幅反応のための前処理には、マグネシウムイオンを含有する液は用いない。ポリメラーゼ反応におけるマグネシウムイオン濃度は最適値があることがよく知られており、検体からのマグネシウム持込を避ける必要があるためである。にもかかわらず、本発明においては、マグネシウムイオン含有液を用いた場合でも、良好に前処理を行うことができた。
【0034】
[実施例2]
前処理における熱処理温度の影響を調べた。
具体的には、前処理に用いたにがり液の硫酸マグネシウム濃度を0.117mMとし、熱処理の温度を50℃〜90℃とした以外は、実施例1と同様にして、全血試料を前処理し、該前処理液を鋳型としてPCR反応を行い、得られた増幅産物を電気泳動後のSYBR Green1染色により検出した。
図3はSYBR Green1染色により得られたバンドパターンを示した染色図である。レーンMは分子量マーカーである20bpラダー(タカラバイオ社製)を、レーン1〜5には、表3記載の熱処理温度で前処理した処理液を鋳型とした反応溶液を、レーン6にはポジティブコントロール(ヒトゲノムを鋳型としたもの)をそれぞれ流した。さらに、各バンドの濃さをデンシトグラフで測定し、各増幅産物量を測定した結果を図4に示す。
【0035】
【表3】
【0036】
この結果、全てのレーンにおいて、CYP2C9増幅産物とVKORC1増幅産物の両方が十分な強度で検出され、いずれもマルチプレックス増幅ができた。特に、前処理における熱処理温度を80℃〜90℃とした場合には、非特異増幅も少なくすることができた。シグナル強度も高く、非特異増幅も少なかったことから、本実施例においては、熱処理の温度は80℃が最も適切であった。
【0037】
[実施例3]
前処理における熱処理時間の影響を調べた。
具体的には、前処理に用いたにがり液の硫酸マグネシウム濃度を0.117mMとし、熱処理の温度を80℃とし、80℃に達した後の加熱保持時間を0〜10分間とした以外は、実施例1と同様にして、全血試料を前処理し、該前処理液を鋳型としてPCR反応を行い、得られた増幅産物を電気泳動後のSYBR Green1染色により検出した。
図5はSYBR Green1染色により得られたバンドパターンを示した染色図である。レーンMは分子量マーカーである20bpラダー(タカラバイオ社製)を、レーン1〜5には、表4記載の加熱保持時間で前処理した処理液を鋳型とした反応溶液を、レーン6にはポジティブコントロール(ヒトゲノムを鋳型としたもの)をそれぞれ流した。さらに、各バンドの濃さをデンシトグラフで測定し、各増幅産物量を測定した結果を表4及び図6に示す。
【0038】
【表4】
【0039】
この結果、全てのレーンにおいて、CYP2C9増幅産物とVKORC1増幅産物の両方が十分な強度で検出され、いずれもマルチプレックス増幅ができた。特に、前処理における加熱保持時間が0分間の場合(加熱して80℃になってすぐに25℃とした場合)には、最も増幅産物量が多く得られた。
【0040】
[実施例4]
前処理における全血の稀釈倍率の影響を調べた。
まず、前処理に用いたにがり液の硫酸マグネシウム濃度を0.117mMとし、5μLの全血に対する稀釈倍率を4〜64倍とし、熱処理の温度を80℃とし、80℃に達した後の加熱保持時間を0分間とした以外は、実施例1と同様にして、全血試料を前処理し、該前処理液を鋳型としてPCR反応を行い、得られた増幅産物を電気泳動後のSYBR Green1染色により検出した。
図7はSYBR Green1染色により得られたバンドパターンを示した染色図である。レーンMは分子量マーカーである20bpラダー(タカラバイオ社製)を、レーン1〜5には、表5記載の稀釈倍率で前処理した処理液を鋳型とした反応溶液を、レーン6にはポジティブコントロール(ヒトゲノムを鋳型としたもの)をそれぞれ流した。さらに、各バンドの濃さをデンシトグラフで測定し、各増幅産物量を測定した結果を図8に示す。
【0041】
【表5】
【0042】
この結果、全てのレーンにおいて、CYP2C9増幅産物とVKORC1増幅産物の両方が検出され、いずれもマルチプレックス増幅ができた。特に、希釈倍率が4〜32倍であったレーン2〜5では、両増幅産物が十分な強度で検出することができた。
一方、図9は、前処理後に得られた処理液の状態を観察した図である。希釈倍率が4倍及び8倍の場合には、前処理後に得られた処理液中に、多量の沈澱(血液変性物)が生じていた。このため、自動化装置に適用する場合には、沈殿量の少なく、かつ十分量の増幅産物が得られる16〜32倍の稀釈倍率で行うことが好ましい。
【0043】
[実施例5]
多価陽イオンとして、アルミニウムイオンを用いて、本発明の全血試料の前処理方法によりヒトから採取した全血10検体を前処理し、PCRを行い、解析対象である遺伝子の増幅産物を得た。解析対象の遺伝子は、実施例1と同様に、VKORC1遺伝子及びCYP2C9遺伝子とした。
まず、各全血6.25μLを、硫酸アルミニウム水溶液(硫酸アルミニウム、和光純薬工業社製)43.75μLで希釈し、それぞれ混合した。これらの希釈液中の硫酸アルミニウム濃度は10mMとした。これらの希釈液に、サーマルサイクラーにて、80℃で5分間の熱処理を施した後、25℃とし、処理液を得た。
実施例1と同様にして、これらの処理液を鋳型としてPCR反応を行い、得られた増幅産物を電気泳動後のSYBR Green1染色により検出した。
図10はSYBR Green1染色により得られたバンドパターンを示した染色図である。レーンMは分子量マーカーである20bpラダー(タカラバイオ社製)を、レーン1〜10には、全血10検体から得られた処理液を鋳型とした反応溶液を、レーン11にはポジティブコントロール(ヒトゲノムを鋳型としたもの)を、レーン12にはネガティブコントロール(milliQ水を添加したもの)を、それぞれ流した。この結果、検体による増幅量の差が見られたものの、いずれの検体においても、マルチプレックスPCRによって両遺伝子が検出できた。
【0044】
[実施例6]
多価陽イオンとして、2価鉄イオンと3価鉄イオンを用いて、多価陽イオンの価数による影響を観察した。
具体的には、全血6.25μLを、濃度が異なる塩化第一鉄水溶液(FeCl2、和光純薬工業社製)43.75μL、又は塩化第二鉄水溶液(FeCl3、和光純薬工業社製)43.75μLで希釈し、それぞれ混合した。これらの希釈液中の塩化第一鉄又は塩化第二鉄の濃度は0.5〜50mMとした。これらの希釈液に、サーマルサイクラーにて、80℃で5分間の熱処理を施した後、25℃とし、処理液を得た。
実施例1と同様にして、これらの処理液を鋳型としてPCR反応を行い、得られた増幅産物を電気泳動後のSYBR Green1染色により検出した。
図11はSYBR Green1染色により得られたバンドパターンを示した染色図である。レーンMは分子量マーカーである20bpラダー(タカラバイオ社製)を、レーン1〜6には、表6記載の塩化第一鉄(FeCl2)濃度の塩化第一鉄水溶液を用いて前処理した処理液を鋳型とした反応溶液を、レーン9〜14には、表7記載の塩化第二鉄(FeCl3)濃度の塩化第二鉄水溶液を用いて前処理した処理液を鋳型とした反応溶液を、レーン7及び15にはポジティブコントロール(ヒトゲノムを鋳型としたもの)を、レーン8及び16にはネガティブコントロール(milliQ水を添加したもの)を、それぞれ流した。この結果、二価の鉄イオン(FeCl2)を用いた場合も、三価の鉄イオン(FeCl3)を用いた場合も、マルチプレックスPCRによって両遺伝子が検出できた。特に、二価の鉄イオンを用いた場合よりも、三価の鉄イオンを用いた場合の方が、増幅産物量が多い傾向が観察された。塩化第二鉄水溶液を用いた場合には、希釈液中の三価の鉄イオン濃度が、2.5〜0.5mM、特に2.5mMの場合に、PCR増幅が非常に良好であることが分かった。
【0045】
【表6】
【0046】
【表7】
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の全血試料の前処理方法を用いることにより、遠心分離処理をすることなく、簡便に、核酸解析、特に核酸増幅反応に好適な核酸試料を調製することができるため、特に多検体の遺伝子解析を行うような臨床検査等の分野で利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】実施例1において、PCR反応後の反応溶液をポリアクリルアミドゲル電気泳動した後、SYBR Green1染色して得られたバンドパターンを示した染色像である。
【図2】実施例1において、SYBR Green1染色により得られた各バンドの濃さをデンシトグラフで測定した結果を示した図である。
【図3】実施例2において、PCR反応後の反応溶液をポリアクリルアミドゲル電気泳動した後、SYBR Green1染色して得られたバンドパターンを示した染色像である。
【図4】実施例2において、SYBR Green1染色により得られた各バンドの濃さをデンシトグラフで測定した結果を示した図である。
【図5】実施例3において、PCR反応後の反応溶液をポリアクリルアミドゲル電気泳動した後、SYBR Green1染色して得られたバンドパターンを示した染色像である。
【図6】実施例3において、SYBR Green1染色により得られた各バンドの濃さをデンシトグラフで測定した結果を示した図である。
【図7】実施例4において、PCR反応後の反応溶液をポリアクリルアミドゲル電気泳動した後、SYBR Green1染色して得られたバンドパターンを示した染色像である。
【図8】実施例4において、SYBR Green1染色により得られた各バンドの濃さをデンシトグラフで測定した結果を示した図である。
【図9】実施例4において、前処理後に得られた処理液の状態を観察した図である。
【図10】実施例5において、PCR反応後の反応溶液をポリアクリルアミドゲル電気泳動した後、SYBR Green1染色して得られたバンドパターンを示した染色像である。
【図11】実施例6において、PCR反応後の反応溶液をポリアクリルアミドゲル電気泳動した後、SYBR Green1染色して得られたバンドパターンを示した染色像である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、遠心分離処理を行うことなく、簡便に、全血試料の核酸を増幅するための前処理を行うための方法、及び該方法により前処理された全血試料を用いて核酸増幅を行う方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の遺伝子工学技術や分子生物学の進歩に伴い、試料中に含まれる核酸の解析は、学術研究の分野のみならず、医療分野においても広く行われるようになってきている。例えば、遺伝病、癌、感染症、生活習慣病等の診断のために、生体試料中のゲノムDNAやmRNA等の核酸の解析が行われている。通常は、生体試料中に含まれる核酸は微量であるため、解析対象となる標的核酸を増幅することにより解析が行われることが多い。
生体試料中には、タンパク質をはじめとする様々な物質が含まれているが、これらの物質は、核酸増幅反応の阻害要因となり得る。特にタンパク質には、核酸分解活性や、核酸増幅に用いられる酵素等の阻害活性を有するものが多く、高精度かつ高感度に標的核酸を増幅するためには、生体試料中のタンパク質の失活や除去を行うことが好ましい。このため、通常、核酸抽出等の前処理がなされた生体試料を用いて核酸増幅は行われる。
【0003】
このような前処理方法については、種々の方法が開示されている。例えば、シリカゲル粒子カラムを用いた抽出法等がある。ここで、シリカゲル粒子カラムを用いた抽出法とは、(a)生体試料に界面活性剤を添加して細胞を溶解し、プロテイナーゼKでタンパク質を消化する、(b)該消化処理後の生体試料をシリカゲル粒子カラムに通すことにより、核酸をシリカゲル粒子に吸着させる、(c)その後、溶出液を用いてカラムから核酸を溶出することにより、核酸を抽出する、という方法である。このシリカゲル粒子カラムを用いた方法は、市販のキット等により広く用いられており、シリカゲル粒子を磁性粒子とした核酸抽出用全自動機も市販されている。このシリカゲル粒子カラムを用いて精製する市販のキットは、簡便であり、かつ非常に純度の高い核酸を得ることができるため、血液を使った遺伝子検査等において広く使用されている。しかしながら、シリカゲル粒子カラムは高価であり、非常にコストがかかるという問題がある。
【0004】
また、核酸を含有する生体試料から、核酸以外の夾雑物、特に、核酸増幅反応等の酵素反応を阻害する物質を除去する方法として、例えば、(1)核酸含有サンプルから少なくとも一つの夾雑物を除去するための方法であって、(a)前記核酸含有サンプルを少なくとも一つの凝集剤と接触させて凝集剤沈殿物を形成する工程;および、(b)前記凝集剤沈殿物から前記核酸を分離する工程、を含む方法が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。当該方法では、工程(b)の後に前記核酸を精製または単離することを含んでいてもよく、核酸含有サンプルを、前記凝集剤と接触される前に分解、変性または破壊する工程を含んでいてもよい。なお、当該凝集剤としては、陽イオン性化学物質、陰イオン性化学物質、両イオン性化学物質、非帯電性化学物質、またはこれらの組合せが挙げられている。その他、(2)土壌から、土壌に含まれる細菌のDNAを抽出する方法として、アルミニウムイオンや3価鉄イオンを用いて前処理を行い、核酸抽出を行うことにより、土壌由来の阻害物質を除去する方法が開示されている(例えば、非特許文献1参照。)。
【0005】
これに対して、より安価な方法として、単に生体試料を煮沸処理し、生体試料中のタンパク質等の夾雑物を凝固させ、核酸と分離させるボイリング法がある(例えば、非特許文献1参照。)。このボイリング法を応用した方法として、例えば、(3)全血試料中の核酸を増幅するための前処理方法であって、(i)全血試料を希釈する工程と、(ii)希釈された全血試料を熱処理する工程と、(iii)熱処理後の試料を遠心分離する工程とを含む前処理方法等がある(例えば、特許文献2参照。)。血液のように、夾雑物が多く、核酸含量が微量である生体試料では、ボイリング法のように単に煮沸処理するだけでは、得られる核酸の精度が不十分であり、正確な検査が困難な場合が多いが、上記(3)の方法のように、夾雑物を凝固させた後に遠心分離処理することにより、核酸増幅反応を阻害する物質等を効率よく除去することができ、より正確な検査をすることが可能となる。
【特許文献1】特表2008−500066号公報
【特許文献2】特開2006−187221号公報
【非特許文献1】ブレイド(Braid)、外2名、ジャーナル・オブ・マイクロバイオロジカル・メソッズ(Journal of Microbiological Methods)、2003年、第52巻、p389〜393
【非特許文献2】蛋白質核酸酵素、共立出版、1996年、第41巻、第5号、p453〜456
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
臨床検査等のように多検体を処理する場合には、作業効率の点から、検査工程が少なく、かつ特殊な装置を要さないことが好ましい。また、各工程の操作が簡便であれば、検査を自動化しやすく、より好ましい。しかしながら、上記(1)や(2)の方法では、工程数が多く、作業が煩雑であり、作業効率が十分ではない、という問題がある。また、上記(3)の方法は、上記(1)や(2)の方法よりも工程数が少ないものの、遠心分離処理を含む方法であるため、操作が煩雑であるという問題がある。また、遠心分離操作を含む工程を自動化する場合には、装置の構成が複雑になり、装置コストが高くなるという問題もある。
【0007】
本発明は、全血試料の核酸を増幅するための前処理であって、遠心分離処理を行うことなく、夾雑物を簡単に凝固させ得る方法、及び、全血試料中の核酸を簡便に効率良く増幅させることができる核酸増幅方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、全血試料を、マグネシウムイオン等の多価の陽イオンを含む希釈溶媒を用いて希釈することにより、タンパク質等の夾雑物を簡単に不活性化させることができること、及び、得られた処理液は、遠心分離処理することなく、核酸増幅反応の供することができることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は、
(1) 全血試料中の核酸を増幅するための前処理方法であって、 (a)全血試料を、多価陽イオンを含む希釈溶媒を用いて希釈する工程と、 (b)工程(a)において希釈された全血試料を熱処理する工程と、を有することを特徴とする全血試料の前処理方法、
(2) 前記多価陽イオンが、アルカリ土類金属イオン又はアルミニウムイオンであることを特徴とする前記(1)記載の全血試料の前処理方法、
(3) 前記多価陽イオンが、アルミニウムイオン又は鉄イオンであることを特徴とする前記(1)記載の全血試料の前処理方法、
(4) 前記工程(b)における熱処理の温度が、50〜100℃であることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか記載の全血試料の前処理方法、
(5) 前記工程(b)における熱処理の温度が、50〜90℃であることを特徴とする前記(1)又は(2)記載の全血試料の前処理方法、
(6) 前記(1)〜(5)のいずれか記載の全血試料の前処理方法を用いて前処理された処理液を用いて核酸増幅反応を行うことを特徴とする核酸増幅方法、
を提供することを目的とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の全血試料の前処理方法により、遠心分離処理をすることなく、簡便に、全血試料中の夾雑物を不活性化させることができる。このため、本発明の全血試料の前処理方法により得られた処理液を用いることにより、核酸増幅を高精度かつ効率的に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の全血試料の前処理方法に供される全血試料は、動物から採取された全血であればよい。例えば、ヒト由来の全血試料であってもよく、マウスやウサギ、モルモット等の実験動物由来の全血試料であってもよく、ウシ、ウマ、ブタ、トリ等の家畜由来の全血試料であってもよい。また、採血直後の全血試料であってもよく、保存後の全血試料であってもよい。保存後の全血試料を用いる場合、保存条件は特に限定されるものではなく、室温保存されたものであってもよく、冷蔵や冷凍保存されたものであってもよい。
【0012】
本発明の全血試料の前処理方法は、(a)全血試料を、多価陽イオンを含む希釈溶媒を用いて希釈する工程と、(b)希釈された全血試料を熱処理する工程と、を有することを特徴とする。このように、全血試料に多価陽イオンを添加して熱処理することにより、白血球の破裂等により、白血球中に含まれている核酸が溶液中に抽出されるとともに、タンパク質等の夾雑物を効率よく不活性化させることができる。これは、熱処理により変性したタンパク質と、多価陽イオンとが、キレート反応を起こすため、凝集が生じるためと推察される。すなわち、試料を煮沸処理することにより細胞を破壊してタンパク質を変性し、核酸を抽出するボイリング法とは異なり、キレート反応によりタンパク質を凝集させるため、脂質や糖類等のタンパク質以外の夾雑物も巻き込んで凝集物が形成される結果、より効果的に夾雑物を不活性化させることができると推察される。
以下、工程ごとに説明する。
【0013】
まず、工程(a)として、全血試料を、多価陽イオンを含む希釈溶媒を用いて希釈する。ここで、希釈倍率が小さすぎる場合には、最終的に得られる処理液が形成された凝集物でほぼ埋め尽くされてしまい、核酸増幅反応に用いるために十分量の処理液が回収しにくくなるおそれがある。一方、希釈倍率が高すぎる場合には、得られた処理液中の核酸濃度が低くなりすぎるおそれがある。核酸濃度が低くなりすぎると、核酸増幅反応の反応液へ供される処理液量が多くなり、結果、核酸増幅反応の反応スケールが大きくなり、コストが高くなる可能性がある。希釈倍率が2〜100倍、好ましくは、4〜64倍であれば、量と核酸濃度の双方の点から、核酸増幅反応に好ましい処理液を回収することができる。さらに、希釈倍率が16〜32倍であれば、不活性化された夾雑物による沈殿量を十分に少なくすることができ、得られた処理液を核酸増幅反応に供する場合に、反応溶液への不溶物の持ち込みを抑えることができる。このため、前処理から核酸増幅反応までの一連の工程を自動化装置を用い手行う場合には、希釈倍率を16〜32倍とすることが好ましい。
【0014】
工程(a)において用いられる希釈溶媒に含まれる多価陽イオンは、処理液が供される核酸増幅反応の反応液に持ち込まれた場合に、沈殿等を生じさせないものであれば、特に限定されるものではないが、2価又は3価の陽イオンであることが好ましい。また、金属イオンであってもよく、バリウムイオン等の非金属イオンであってもよい。排液処理の点からは、重金属イオン以外の多価陽イオンであることが好ましい。本発明においては、多価陽イオンとして、アルカリ土類金属イオン、アルミニウムイオン、又は鉄イオンであることが好ましく、マグネシウムイオン、アルミニウムイオン、又は3価鉄イオンであることがより好ましい。全血試料中の夾雑物をより効果的に不活性化させることができるためである。
【0015】
希釈溶媒に含まれる多価陽イオンの濃度は、全血試料に含まれている夾雑物を不活性化させるために十分な量であり、かつ、処理液が供される核酸増幅反応を阻害しない濃度であれば、特に限定されるものではなく、多価陽イオンの種類、希釈溶媒の種類、全血試料の希釈倍率、核酸増幅反応へ持ち込まれる量、及び核酸増幅反応の種類等を考慮して、適宜決定することができる。一般的には、希釈溶媒に含まれる多価陽イオンの濃度が高いほど、キレート反応の効率がよい。このため、例えば、希釈倍率が10倍以上である場合には、希釈溶媒の多価陽イオン濃度が1μM以上であれば、十分に全血試料中の夾雑物を不活性化させることができる。
【0016】
希釈溶媒の多価陽イオン濃度の上限は、用いられる多価陽イオンが、アルミニウムイオン等の核酸増幅反応に特段の影響を及ぼさない種類のイオンである場合には、特に限定されるものではない。例えば、多価陽イオンとしてアルミニウムイオンを用いた場合には、希釈溶媒のアルミニウムイオン濃度が1μM以上であることが好ましく、1μM〜50mMであることがより好ましく、25μM〜20mMであることがさらに好ましい。一方、多価陽イオンとして2価鉄イオン等の2価の金属イオンを用いた場合には、1μM〜2.5mMであることが好ましく、1μM〜0.5mMであることがより好ましい。また、多価陽イオンとして3価鉄イオンを用いた場合には、1μM〜5mMであることが好ましく、1μM〜2.5mMであることがより好ましく、0.5〜2.5mMであることがさらに好ましい。
【0017】
一方、多価陽イオンが、マグネシウムイオン等のように核酸増幅反応に影響を及ぼす可能性があるイオンである場合には、核酸増幅反応へ持ち込まれる量等を考慮して、核酸増幅反応に対する影響を抑えつつ、効率よくキレート反応を生じさせ得る濃度範囲を適宜決定することができる。希釈溶媒の多価陽イオン濃度が高すぎると、核酸増幅反応が阻害されるおそれがあり、逆に低すぎるとキレート反応効率が低く、夾雑物の不活性化効率が低下し、核酸増幅反応が阻害されるためである。例えば、希釈溶媒の多価陽イオンがマグネシウムイオンであり、希釈倍率が10倍以上であり、核酸増幅反応へ持ち込まれる処理液量が、核酸増幅反応の反応液の最終容量の10分の1以下程度である場合には、多価陽イオン濃度が1μM〜0.5mM、好ましくは25μM〜125μMであれば、核酸増幅反応に対する影響を抑えつつ、効率よく夾雑物を不活性化することができる。
【0018】
工程(a)において用いられる希釈溶媒の種類は、処理液が供される核酸増幅反応を阻害しない溶媒であれば特に限定されるものではなく、水や、一般的に生体試料の調製や核酸解析等に使用されるバッファー等に、多価陽イオンを添加したものを用いることができる。該バッファーとしては、例えば、トリスバッファー、リン酸バッファー、クエン酸バッファー等が挙げられる。また、希釈溶媒には、処理液が供される核酸増幅反応を阻害しない限度で、界面活性剤や有機溶媒等を添加してもよい。
【0019】
その後、工程(b)として、工程(a)において希釈された全血試料(希釈済全血試料)を熱処理する。熱処理の温度は、全血試料中の夾雑物を不活性化し得る温度であれば、特に限定されるものではないが、煮沸処理(100℃)以下であることが好ましい。特に、キレート反応により夾雑物を不活性化させるため、熱処理の温度は、煮沸処理(100℃)よりも比較的低めの温度で熱処理することがより好ましい。例えば、本発明の全血試料の前処理方法においては、熱処理温度を、50〜100℃とすることが好ましく、50〜90℃とすることがより好ましく、65〜90℃とすることがさらに好ましく、80〜90℃とすることが特に好ましい。
【0020】
該熱処理の時間は、熱処理の温度や希釈済全血試料の量等を考慮して、適宜決定することができる。熱処理温度が80〜90℃のように比較的高い場合には、熱処理温度が50〜70℃のように比較的低い場合よりも短時間の処理時間でよい。例えば、熱処理温度が80℃以上である場合には、熱処理時間は10分間以内であることが好ましく、2.5分間以内であることがより好ましく、1分間以内であることがさらに好ましい。また、該熱処理の時間は、所定の熱処理温度において希釈済全血試料を保持する時間のみならず、加温工程の時間も含まれる。この加温工程においても、夾雑物の不活性化は進行するためである。例えば、工程(a)を室温で行った後、工程(b)の熱処理を80℃以上で行う場合には、80℃まで加温する工程に、一般的には数秒〜数十秒間を要する。このため、希釈済全血試料の温度が80℃に達した時点で熱処理を終了してもよい。
【0021】
該熱処理により、全血試料中の夾雑物は不活性化され、凝集する。この凝集により得られる凝集物は、煮沸処理により変性したタンパク質による凝集物に比べて非常に強固であるため、例えば、遠心分離処理した場合には、沈殿物の容積が小さくなり、より多くの上清を得ることができる。
【0022】
本発明の全血試料の前処理方法により全血試料を処理して得られる処理液は、夾雑物が不活性化された核酸抽出液であるため、本発明の全血試料の前処理方法は、全血試料を用いた核酸解析の前処理として好適である。また、処理液中の不活性化された夾雑物が核酸増幅反応の反応溶液中に持ち込まれたとしても、核酸増幅反応を良好に行うことができることから、本発明の全血試料の前処理方法は、特に核酸増幅反応を用いた核酸解析のための前処理方法として特に好適である。本発明の全血試料の前処理方法により得られた処理液中の不活性化された夾雑物(凝集物)が、核酸増幅反応を阻害しない理由は明らかではないが、キレート反応による凝集物は、煮沸処理により変性したタンパク質による凝集物に比べて非常に強固であるためと推察される。
【0023】
本発明の全血試料の前処理方法により得られた処理液は、他の核酸試料と同様に、核酸増幅反応等の核酸解析に供されることができる。該処理液が供される核酸増幅反応としては、例えば、PCR(polymerase chain reaction)法、LCR(ligase chain reaction)法、SDA(strand displacement amplification)法、LAMP(Loop−Mediated Isothermal Amplification)法、ICAN(Isothermal and Chimeric primer−initiated Amplification of Nucleic acids)法等がある。本発明においては、特にPCR法であることが好ましい。なお、これらの手法は、核酸として本発明の全血試料の前処理方法により得られた処理液を用いる以外は、一般的な反応条件により行うことができる。
【0024】
上述したように、該処理液中の不活性化された夾雑物は、核酸増幅反応をほとんど阻害しない。このため、これらの核酸増幅反応の反応溶液に、該処理液を、夾雑物による凝集物の持ち込みを気にすることなく添加することができる。また、キレート反応により得られる凝集物は、その強い凝集力により容積が小さくなり、沈殿し易い。このため、例えば、核酸増幅反応後の解析操作等の点から、凝集物の持ち込みを抑制したい場合には、工程(b)による熱処理後、室温程度まで液温を低下させ静置することにより、凝集物を沈澱させ、この処理液の上層部分から回収した処理液を反応溶液に添加することにより、凝集物の持ち込み量を簡便に低下させることができる。
【0025】
また、例えば、アルミニウムイオンや3価鉄イオン等の3価陽イオンを用いた場合に得られる凝集物は、マグネシウムイオンや2価鉄イオン等の2価陽イオンを用いた場合に得られる凝集物よりも、核酸増幅反応への阻害効果が小さい。このため、3価陽イオンを用いた場合のほうが、2価陽イオンを用いた場合よりも、核酸増幅反応の反応溶液への夾雑物の持ち込み量を考慮することなく、簡便に熱処理後の処理液を核酸増幅反応へ供することができる。これは、多価陽イオンとしては、より価数の高いほうが、凝集能力が高く効率よく夾雑物を不活性化することができるためと推察される。
【0026】
このように、本発明の全血試料の前処理方法は、従来の前処理方法とは異なり、得られた処理液から遠心分離処理により凝集物を除去する工程を省いた場合であっても、核酸解析に好適な処理液を得ることができる。このため、本発明の全血試料の前処理方法は、複雑な遠心分離処理部を設けることなく、溶液添加部と温度制御部を備えた装置を用いて、全工程を自動化することも容易である。さらに、市販のPCR装置等の温度制御部を備えた核酸増幅反応装置に、溶液分注装置を備えた簡単な構成の装置により、前処理工程から核酸増幅反応までの一連の工程を全自動化することも容易である。
【実施例】
【0027】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0028】
[実施例1]
多価陽イオンとして、濃度の異なるマグネシウムイオンを用いて、本発明の全血試料の前処理方法によりヒトから採取した全血を前処理し、PCRを行い、解析対象である遺伝子の増幅産物を得た。ヒトのビタミンKエポキシド還元酵素複合体(vitamin K epoxide reductase complex:VKORC)のサブユニット1(VKORC1)遺伝子及びヒトの肝チトクロームP450(cytochromeP450:CYP)2C9遺伝子を解析対象の遺伝子とした。
まず、全血5μLを、硫酸マグネシウム濃度が異なるにがり液(硫酸マグネシウム、和光純薬工業社製)155μLで希釈し(稀釈倍率が32倍)、それぞれ混合した。にがり液中の硫酸マグネシウム濃度は1.88mM〜7.3μMとした。これらの希釈液に、サーマルサイクラーにて、70℃で5分間の熱処理を施した後、25℃とし、処理液を得た。
これらの処理液を鋳型とし、表1記載のプライマーを用いてマルチプレックスPCRを行った。なお、これらのプライマーを用いることにより、82bpのCYP2C9遺伝子の増幅産物、144bpのVKORC1遺伝子の増幅産物が、それぞれ得られる。
【0029】
【表1】
【0030】
具体的には、2μLの処理液に、最終濃度が、1×PCR Buffer(東洋紡績社製)、0.2mMのdNTP、1mMの硫酸マグネシウム、10μLのヒトゲノム検体(20ng/μL)、0.3μMの各プライマー、及び0.9μLのKODplus(東洋紡績社製)となるようにそれぞれ添加し、milliQ水を加え、全量36μLの反応溶液を調製した。なお、処理液に代えて、表1記載のプライマーを用いて、VKORC1遺伝子及びCYP2C9遺伝子の増幅産物が得られることが確認されているヒト抽出ゲノム10ng(財団法人ヒューマンサイエンス振興財団が提供しているヒューマンサイエンス研修資源バンクより非連結匿名化された状態で入手)を用いたものをPCRのポジティブコントロールとし、等量のmilliQ水を用いたものを、ネガティブコントロールとした。
これらの反応溶液を、94℃で5分間の変性工程、次に94℃で30秒間、64℃で30秒間、68℃で30秒間を35サイクルの増幅工程、68℃で2分間の伸長工程、からなる反応条件によりPCR反応を行った。PCR反応後の反応溶液を、8%ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動した後、SYBR Green1染色することにより、目的のCYP2C9増幅産物(82bp)及びVKORC1増幅産物(144bp)が増幅されているか否かを確認した。
【0031】
図1はSYBR Green1染色により得られたバンドパターンを示した染色図である。レーンMは分子量マーカーである20bpラダー(タカラバイオ社製)を、レーン1〜9には、表2記載の硫酸マグネシウム濃度のにがり液を用いて前処理した処理液を鋳型とした反応溶液を、レーン10にはポジティブコントロール(ヒトゲノムを鋳型としたもの)をそれぞれ流した。さらに、各バンドの濃さをデンシトグラフで測定し、各増幅産物量を測定した結果を図2に示す。
【0032】
【表2】
【0033】
この結果、前処理に用いるにがり液中のマグネシウムイオンの濃度が7.3μM〜0.469mMであるレーン3〜9において、レーン10と同様にCYP2C9増幅産物とVKORC1増幅産物の両方が検出された。特に、マグネシウムイオンの濃度が0.029〜0.117mMであるレーン5〜7において、両増幅産物をバランスよく得ることができた。一方、レーン1ではCYP2C9増幅産物のみが、レーン2ではVKORC1増幅産物のみが検出された。
これらの結果から、本発明の全血試料の前処理方法により処理された処理液は、遠心分離処理を行うことなく核酸増幅反応の供し得ることが明らかである。なお、一般的には、PCR等のポリメラーゼを用いる核酸増幅反応のための前処理には、マグネシウムイオンを含有する液は用いない。ポリメラーゼ反応におけるマグネシウムイオン濃度は最適値があることがよく知られており、検体からのマグネシウム持込を避ける必要があるためである。にもかかわらず、本発明においては、マグネシウムイオン含有液を用いた場合でも、良好に前処理を行うことができた。
【0034】
[実施例2]
前処理における熱処理温度の影響を調べた。
具体的には、前処理に用いたにがり液の硫酸マグネシウム濃度を0.117mMとし、熱処理の温度を50℃〜90℃とした以外は、実施例1と同様にして、全血試料を前処理し、該前処理液を鋳型としてPCR反応を行い、得られた増幅産物を電気泳動後のSYBR Green1染色により検出した。
図3はSYBR Green1染色により得られたバンドパターンを示した染色図である。レーンMは分子量マーカーである20bpラダー(タカラバイオ社製)を、レーン1〜5には、表3記載の熱処理温度で前処理した処理液を鋳型とした反応溶液を、レーン6にはポジティブコントロール(ヒトゲノムを鋳型としたもの)をそれぞれ流した。さらに、各バンドの濃さをデンシトグラフで測定し、各増幅産物量を測定した結果を図4に示す。
【0035】
【表3】
【0036】
この結果、全てのレーンにおいて、CYP2C9増幅産物とVKORC1増幅産物の両方が十分な強度で検出され、いずれもマルチプレックス増幅ができた。特に、前処理における熱処理温度を80℃〜90℃とした場合には、非特異増幅も少なくすることができた。シグナル強度も高く、非特異増幅も少なかったことから、本実施例においては、熱処理の温度は80℃が最も適切であった。
【0037】
[実施例3]
前処理における熱処理時間の影響を調べた。
具体的には、前処理に用いたにがり液の硫酸マグネシウム濃度を0.117mMとし、熱処理の温度を80℃とし、80℃に達した後の加熱保持時間を0〜10分間とした以外は、実施例1と同様にして、全血試料を前処理し、該前処理液を鋳型としてPCR反応を行い、得られた増幅産物を電気泳動後のSYBR Green1染色により検出した。
図5はSYBR Green1染色により得られたバンドパターンを示した染色図である。レーンMは分子量マーカーである20bpラダー(タカラバイオ社製)を、レーン1〜5には、表4記載の加熱保持時間で前処理した処理液を鋳型とした反応溶液を、レーン6にはポジティブコントロール(ヒトゲノムを鋳型としたもの)をそれぞれ流した。さらに、各バンドの濃さをデンシトグラフで測定し、各増幅産物量を測定した結果を表4及び図6に示す。
【0038】
【表4】
【0039】
この結果、全てのレーンにおいて、CYP2C9増幅産物とVKORC1増幅産物の両方が十分な強度で検出され、いずれもマルチプレックス増幅ができた。特に、前処理における加熱保持時間が0分間の場合(加熱して80℃になってすぐに25℃とした場合)には、最も増幅産物量が多く得られた。
【0040】
[実施例4]
前処理における全血の稀釈倍率の影響を調べた。
まず、前処理に用いたにがり液の硫酸マグネシウム濃度を0.117mMとし、5μLの全血に対する稀釈倍率を4〜64倍とし、熱処理の温度を80℃とし、80℃に達した後の加熱保持時間を0分間とした以外は、実施例1と同様にして、全血試料を前処理し、該前処理液を鋳型としてPCR反応を行い、得られた増幅産物を電気泳動後のSYBR Green1染色により検出した。
図7はSYBR Green1染色により得られたバンドパターンを示した染色図である。レーンMは分子量マーカーである20bpラダー(タカラバイオ社製)を、レーン1〜5には、表5記載の稀釈倍率で前処理した処理液を鋳型とした反応溶液を、レーン6にはポジティブコントロール(ヒトゲノムを鋳型としたもの)をそれぞれ流した。さらに、各バンドの濃さをデンシトグラフで測定し、各増幅産物量を測定した結果を図8に示す。
【0041】
【表5】
【0042】
この結果、全てのレーンにおいて、CYP2C9増幅産物とVKORC1増幅産物の両方が検出され、いずれもマルチプレックス増幅ができた。特に、希釈倍率が4〜32倍であったレーン2〜5では、両増幅産物が十分な強度で検出することができた。
一方、図9は、前処理後に得られた処理液の状態を観察した図である。希釈倍率が4倍及び8倍の場合には、前処理後に得られた処理液中に、多量の沈澱(血液変性物)が生じていた。このため、自動化装置に適用する場合には、沈殿量の少なく、かつ十分量の増幅産物が得られる16〜32倍の稀釈倍率で行うことが好ましい。
【0043】
[実施例5]
多価陽イオンとして、アルミニウムイオンを用いて、本発明の全血試料の前処理方法によりヒトから採取した全血10検体を前処理し、PCRを行い、解析対象である遺伝子の増幅産物を得た。解析対象の遺伝子は、実施例1と同様に、VKORC1遺伝子及びCYP2C9遺伝子とした。
まず、各全血6.25μLを、硫酸アルミニウム水溶液(硫酸アルミニウム、和光純薬工業社製)43.75μLで希釈し、それぞれ混合した。これらの希釈液中の硫酸アルミニウム濃度は10mMとした。これらの希釈液に、サーマルサイクラーにて、80℃で5分間の熱処理を施した後、25℃とし、処理液を得た。
実施例1と同様にして、これらの処理液を鋳型としてPCR反応を行い、得られた増幅産物を電気泳動後のSYBR Green1染色により検出した。
図10はSYBR Green1染色により得られたバンドパターンを示した染色図である。レーンMは分子量マーカーである20bpラダー(タカラバイオ社製)を、レーン1〜10には、全血10検体から得られた処理液を鋳型とした反応溶液を、レーン11にはポジティブコントロール(ヒトゲノムを鋳型としたもの)を、レーン12にはネガティブコントロール(milliQ水を添加したもの)を、それぞれ流した。この結果、検体による増幅量の差が見られたものの、いずれの検体においても、マルチプレックスPCRによって両遺伝子が検出できた。
【0044】
[実施例6]
多価陽イオンとして、2価鉄イオンと3価鉄イオンを用いて、多価陽イオンの価数による影響を観察した。
具体的には、全血6.25μLを、濃度が異なる塩化第一鉄水溶液(FeCl2、和光純薬工業社製)43.75μL、又は塩化第二鉄水溶液(FeCl3、和光純薬工業社製)43.75μLで希釈し、それぞれ混合した。これらの希釈液中の塩化第一鉄又は塩化第二鉄の濃度は0.5〜50mMとした。これらの希釈液に、サーマルサイクラーにて、80℃で5分間の熱処理を施した後、25℃とし、処理液を得た。
実施例1と同様にして、これらの処理液を鋳型としてPCR反応を行い、得られた増幅産物を電気泳動後のSYBR Green1染色により検出した。
図11はSYBR Green1染色により得られたバンドパターンを示した染色図である。レーンMは分子量マーカーである20bpラダー(タカラバイオ社製)を、レーン1〜6には、表6記載の塩化第一鉄(FeCl2)濃度の塩化第一鉄水溶液を用いて前処理した処理液を鋳型とした反応溶液を、レーン9〜14には、表7記載の塩化第二鉄(FeCl3)濃度の塩化第二鉄水溶液を用いて前処理した処理液を鋳型とした反応溶液を、レーン7及び15にはポジティブコントロール(ヒトゲノムを鋳型としたもの)を、レーン8及び16にはネガティブコントロール(milliQ水を添加したもの)を、それぞれ流した。この結果、二価の鉄イオン(FeCl2)を用いた場合も、三価の鉄イオン(FeCl3)を用いた場合も、マルチプレックスPCRによって両遺伝子が検出できた。特に、二価の鉄イオンを用いた場合よりも、三価の鉄イオンを用いた場合の方が、増幅産物量が多い傾向が観察された。塩化第二鉄水溶液を用いた場合には、希釈液中の三価の鉄イオン濃度が、2.5〜0.5mM、特に2.5mMの場合に、PCR増幅が非常に良好であることが分かった。
【0045】
【表6】
【0046】
【表7】
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の全血試料の前処理方法を用いることにより、遠心分離処理をすることなく、簡便に、核酸解析、特に核酸増幅反応に好適な核酸試料を調製することができるため、特に多検体の遺伝子解析を行うような臨床検査等の分野で利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】実施例1において、PCR反応後の反応溶液をポリアクリルアミドゲル電気泳動した後、SYBR Green1染色して得られたバンドパターンを示した染色像である。
【図2】実施例1において、SYBR Green1染色により得られた各バンドの濃さをデンシトグラフで測定した結果を示した図である。
【図3】実施例2において、PCR反応後の反応溶液をポリアクリルアミドゲル電気泳動した後、SYBR Green1染色して得られたバンドパターンを示した染色像である。
【図4】実施例2において、SYBR Green1染色により得られた各バンドの濃さをデンシトグラフで測定した結果を示した図である。
【図5】実施例3において、PCR反応後の反応溶液をポリアクリルアミドゲル電気泳動した後、SYBR Green1染色して得られたバンドパターンを示した染色像である。
【図6】実施例3において、SYBR Green1染色により得られた各バンドの濃さをデンシトグラフで測定した結果を示した図である。
【図7】実施例4において、PCR反応後の反応溶液をポリアクリルアミドゲル電気泳動した後、SYBR Green1染色して得られたバンドパターンを示した染色像である。
【図8】実施例4において、SYBR Green1染色により得られた各バンドの濃さをデンシトグラフで測定した結果を示した図である。
【図9】実施例4において、前処理後に得られた処理液の状態を観察した図である。
【図10】実施例5において、PCR反応後の反応溶液をポリアクリルアミドゲル電気泳動した後、SYBR Green1染色して得られたバンドパターンを示した染色像である。
【図11】実施例6において、PCR反応後の反応溶液をポリアクリルアミドゲル電気泳動した後、SYBR Green1染色して得られたバンドパターンを示した染色像である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
全血試料中の核酸を増幅するための前処理方法であって、
(a)全血試料を、多価陽イオンを含む希釈溶媒を用いて希釈する工程と、
(b)工程(a)において希釈された全血試料を熱処理する工程と、
を有することを特徴とする全血試料の前処理方法。
【請求項2】
前記多価陽イオンが、アルカリ土類金属イオン又はアルミニウムイオンであることを特徴とする請求項1記載の全血試料の前処理方法。
【請求項3】
前記多価陽イオンが、アルミニウムイオン又は鉄イオンであることを特徴とする請求項1記載の全血試料の前処理方法。
【請求項4】
前記工程(b)における熱処理の温度が、50〜100℃であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の全血試料の前処理方法。
【請求項5】
前記工程(b)における熱処理の温度が、50〜90℃であることを特徴とする請求項1又は2記載の全血試料の前処理方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか記載の全血試料の前処理方法を用いて前処理された処理液を用いて核酸増幅反応を行うことを特徴とする核酸増幅方法。
【請求項1】
全血試料中の核酸を増幅するための前処理方法であって、
(a)全血試料を、多価陽イオンを含む希釈溶媒を用いて希釈する工程と、
(b)工程(a)において希釈された全血試料を熱処理する工程と、
を有することを特徴とする全血試料の前処理方法。
【請求項2】
前記多価陽イオンが、アルカリ土類金属イオン又はアルミニウムイオンであることを特徴とする請求項1記載の全血試料の前処理方法。
【請求項3】
前記多価陽イオンが、アルミニウムイオン又は鉄イオンであることを特徴とする請求項1記載の全血試料の前処理方法。
【請求項4】
前記工程(b)における熱処理の温度が、50〜100℃であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の全血試料の前処理方法。
【請求項5】
前記工程(b)における熱処理の温度が、50〜90℃であることを特徴とする請求項1又は2記載の全血試料の前処理方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか記載の全血試料の前処理方法を用いて前処理された処理液を用いて核酸増幅反応を行うことを特徴とする核酸増幅方法。
【図2】
【図4】
【図6】
【図8】
【図1】
【図3】
【図5】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【図4】
【図6】
【図8】
【図1】
【図3】
【図5】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−97828(P2011−97828A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−333576(P2008−333576)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(510005889)ベックマン コールター, インコーポレイテッド (174)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(510005889)ベックマン コールター, インコーポレイテッド (174)
【Fターム(参考)】
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